(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-06
(45)【発行日】2023-11-14
(54)【発明の名称】イオンミリング装置
(51)【国際特許分類】
H01J 37/244 20060101AFI20231107BHJP
H01J 37/305 20060101ALI20231107BHJP
【FI】
H01J37/244
H01J37/305 A
(21)【出願番号】P 2021566419
(86)(22)【出願日】2019-12-24
(86)【国際出願番号】 JP2019050527
(87)【国際公開番号】W WO2021130843
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2022-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】会田 翔太
(72)【発明者】
【氏名】高須 久幸
(72)【発明者】
【氏名】上野 敦史
(72)【発明者】
【氏名】鴨志田 斉
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/017661(WO,A1)
【文献】特表2004-509436(JP,A)
【文献】特開平08-005528(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/04
H01J 37/16
H01J 37/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源と、
前記イオン源から非集束のイオンビームを照射することにより加工される試料が載置される試料ステージと、
第1の方向に延在する線状のイオンビーム電流測定部材を保持する測定部材保持部と、
制御部とを有し、
前記測定部材保持部及び前記試料ステージの少なくとも前記イオン源に対向する面を覆うように被覆材が設けられ、
前記被覆材の材料は、前記被覆材が設けられる構造物の材料の元素よりも原子番号の小さな元素を主成分とし、
前記制御部は、前記イオン源と前記試料ステージとの間に位置し、前記第1の方向と直交する第2の方向に延びる軌道上を、前記イオン源から第1の照射条件で前記イオンビームが出力された状態で、前記イオンビーム電流測定部材を前記イオンビームの照射範囲において移動させ、前記イオンビームが前記イオンビーム電流測定部材に照射されることにより前記イオンビーム電流測定部材に流れるイオンビーム電流を測定するイオンミリング装置。
【請求項2】
請求項1において、
試料室を有し、
前記試料室の前記イオン源に対向する内壁に前記被覆材が設けられるイオンミリング装置。
【請求項3】
請求項1において、
前記被覆材は炭素を主成分とするイオンミリング装置。
【請求項4】
請求項1において、
電極を有し、
前記電極は、前記軌道よりも前記試料ステージ側、かつ前記イオン源からの前記イオンビームのイオンビーム中心と前記イオンビーム電流測定部材とが交わるとき、前記イオン源からみて前記イオンビーム電流測定部材と前記電極とが重なる位置に配置され、
前記制御部は、前記電極に所定の正電圧を印加した状態で、前記イオンビーム電流を測定するイオンミリング装置。
【請求項5】
請求項4において、
前記電極はグラファイトカーボンであるイオンミリング装置。
【請求項6】
請求項1において、
前記軌道よりも前記イオン源側、かつ前記イオン源からの前記イオンビームが照射されない位置に配置される電極を有し、
前記制御部は、前記電極に所定の正電圧を印加した状態で、前記イオンビーム電流を測定するイオンミリング装置。
【請求項7】
請求項
6において、
前記電極は銅またはリン青銅であり、
前記電極に前記被覆材が設けられるイオンミリング装置。
【請求項8】
請求項1において、
前記制御部は、前記試料ステージに所定の正電圧を印加した状態で、前記イオンビーム電流を測定するイオンミリング装置。
【請求項9】
請求項4~8のいずれか一項において、
前記制御部は、前記イオンビーム電流と当該イオンビーム電流が測定されたときの前記イオンビーム電流測定部材の位置との関係を示すイオンビームプロファイルを計測するイオンミリング装置。
【請求項10】
請求項
9において、
前記制御部は、前記イオンビームプロファイルのピーク値及び半値幅を算出するイオンミリング装置。
【請求項11】
請求項1において、
前記イオンビーム電流測定部材は、断面が円柱形状であり、径が前記イオンビームの半値幅以下であるグラファイトカーボンの線状材であるイオンミリング装置。
【請求項12】
請求項
9において、
試料室と、
前記試料室に設置されるイオン源位置調整機構とを有し、
前記イオン源は前記イオン源位置調整機構を介して前記試料室に取り付けられ、
前記イオン源は、ぺニング型イオン源であり、
前記イオンビームプロファイルに基づき、前記イオン源の放電電圧、前記イオン源のガス流量または作動距離の1つ以上が調整可能なイオンミリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンミリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、イオン源においてプラズマを生成してイオンを引き出し、引出したイオンを照射して基板等に加工処理を施すイオンミリング装置が開示される。このイオンミリング装置は例えば、4インチ(Φ100)基板に対して加工を行うものであって、均一あるいは所望の分布の大口径のイオンビームを得るため、イオン源内のプラズマ分布を電気的に制御することにより引出しイオンビームの分布を制御することが開示される。制御方法の一例として、ファラデーカップを用いてイオンビームの分布状態を測定し、測定結果に基づいてプラズマ制御電極に印加する電圧を調整することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
イオンミリング装置は、試料(例えば、金属、半導体、ガラス、セラミックなど)に対して非集束のイオンビームを照射し、スパッタリング現象によって試料表面の原子を無応力で弾き飛ばすことで、その表面あるいは断面を研磨するための装置である。イオンミリング装置には、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)や透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)による試料の表面あるいは断面を観察するための前処理装置として用いられるものがある。このような前処理装置向けのイオン源には、構造を小型化するために有効なペニング方式を採用する場合が多い。
【0005】
ペニング型イオン源からのイオンビームは収束させないまま試料に照射するため、試料のイオンビーム照射点付近でのイオン分布は、中心部でのイオン密度が最も高く、中心から外側に向かってイオン密度が低くなる特性を有する。一方、特に電子顕微鏡による表面観察では、構造・組成を正確に観察するため、試料表面を平滑に研磨する必要がある。このため、試料を回転させながらイオンビームを低入射角度で照射する。これにより、観察する部位を含む周辺範囲について、広範かつ平滑な加工面を得ることが可能になる。イオン密度は試料の加工速度(ミリングレート)に直結するため、イオン分布の特性は試料加工面の加工形状に大きく影響する。
【0006】
ペニング方式を採用したイオン源はその構造から、発生させて射出したイオンが内部の構成部材を摩耗させることが知られている。また、試料を加工した結果、加工面から発生して浮遊した微小粒子がイオン源の、特にイオンビーム射出口に付着して、汚れの原因となる。これらの要因などにより、イオンミリング装置を使用し続けているとイオンビームの特性が変化し、ひいては試料加工面の加工形状の再現性が低下する。電子顕微鏡による観察が量産工程管理目的で行われる場合には、多数の試料に対して同一の加工を施すことが求められるため、イオンミリング装置の加工形状の再現性の低下は欠陥検出精度の低下につながるおそれがある。
【0007】
本発明はこのような課題を鑑み、試料の表面あるいは断面を観察の前処理加工を行うイオンミリング装置に適したイオンビームの照射条件を調整可能とするイオンミリング装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施の形態であるイオンミリング装置は、イオン源と、イオン源から非集束のイオンビームを照射することにより加工される試料が載置される試料ステージと、第1の方向に延在する線状のイオンビーム電流測定部材を保持する測定部材保持部と、制御部とを有し、測定部材保持部及び試料ステージの少なくともイオン源に対向する面を覆うように被覆材が設けられ、被覆材の材料は、被覆材が設けられる構造物の材料の元素よりも原子番号の小さな元素を主成分とし、制御部は、イオン源と試料ステージとの間に位置し、第1の方向と直交する第2の方向に延びる軌道上を、イオン源から第1の照射条件でイオンビームが出力された状態で、イオンビーム電流測定部材をイオンビームの照射範囲において移動させ、イオンビームがイオンビーム電流測定部材に照射されることによりイオンビーム電流測定部材に流れるイオンビーム電流を測定する。
【発明の効果】
【0009】
イオンミリング装置のイオン分布の再現性を高めることができる。
【0010】
その他の課題と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】イオンミリング装置の構成例(模式図)である。
【
図2】イオン源および電源回路の構成を示す図である。
【
図4】比較例におけるイオンビーム電流の計測の様子を示す図である。
【
図5】比較例により計測されるイオンビームプロファイルを示す図である。
【
図6A】実施例におけるイオンビーム電流の計測の様子を示す図である。
【
図6B】実施例におけるイオンビーム電流測定部材の軌道と電子トラップとの位置関係を示す図である。
【
図7A】変形例におけるイオンビーム電流の計測の様子を示す図である。
【
図7B】変形例におけるイオンビーム電流測定部材の軌道と電子トラップとの位置関係を示す図である。
【
図8】イオンビーム照射条件の調整についてのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
【0013】
図1は、本発明の実施の形態であるイオンミリング装置100の主要部を上方から(鉛直方向をY方向とする)示した図(模式図)である。真空状態を保持可能な試料室108には、イオン源位置調整機構104を介して取り付けられるイオン源101、加工対象とする試料を設置するための試料ステージ102、回転中心R
0を軸として試料ステージ102を回転させる試料ステージ回転駆動源103が設けられている。イオン源101からのイオンビームは集束させないまま試料に照射されるため、試料のイオンビーム照射点付近でのイオンビーム分布は、中心部でのイオン密度が最も高く、中心から外側に向かってイオン密度が低くなる特性を有する。イオン密度は試料の加工速度に直結するため、イオンビーム照射点付近でのイオンビーム分布は試料の加工形状に大きく影響する。このため、イオン源101からの非集束イオンビームのイオンビーム分布を計測するため、イオンミリング装置100は、試料ステージ102の試料載置面に近接して配置されるイオンビーム電流測定部材105、イオンビーム電流測定部材105を保持する測定部材保持部106、測定部材保持部106をX方向に往復駆動する駆動ユニット107、及び電子トラップ112を備えている。イオンミリング装置100を構成する各機構は電源ユニット110から電源を供給され、制御部109により制御される。また、表示部111には装置の制御パラメータや動作状態などが表示される。
【0014】
イオン源101からのイオンビームはイオンビーム中心B0を中心に放射状に広がった状態で放出されるため、試料ステージ102の回転中心R0とイオンビーム中心B0とが一致するよう調整する必要がある。この調整を容易にするため、イオン源101は、その位置をX方向、Y方向、およびZ方向に位置を調整するイオン源位置調整機構104を介して試料室108に取り付けられている。これにより、イオン源101のイオンビーム中心B0の位置、具体的にはXY面(X方向及びY方向を含む面)上の位置及び作動距離(WD:Working Distance、Z方向の位置)が調整可能とされている。
【0015】
詳細は後述するが、イオンビーム電流測定部材105は導電性部材であり、イオン源101からイオンビーム電流測定部材105に衝突するイオンの量を、イオン源101とイオンビーム電流測定部材105との間のイオンビーム電流として電流計113により計測する。制御部109は、イオンビーム電流測定部材105をX方向に移動させながら電流計113によりイオンビーム電流を計測することにより、X方向に沿った位置ごとのイオンビーム電流を取得し、イオンビームプロファイルとして表示部111に表示する。また、イオンビームプロファイルの計測中、電子トラップ112がイオンビーム電流測定部材105よりも試料ステージ102側に、かつイオンビーム中心B0とイオンビーム電流測定部材105とが交わるとき、イオン源101からみてイオンビーム電流測定部材105と電子トラップ112とが重なる位置に配置される。電子トラップ112には電源ユニット110から所定の正電位が印加される。
【0016】
さらに、試料室108内に配置される構造物、具体的には測定部材保持部106、駆動ユニット107、試料ステージ102、試料ステージ回転駆動源103、及び試料室108の内壁には被覆材120が設けられている。被覆材120の例として、カーボンのような軽元素を使用できる。カーボンペーストをイオンビームの照射領域に塗布する、あるいはカーボンの板材を貼り付けてもよい。また、耐熱性の高い樹脂を塗布してもよい。有機物には炭素(C)が含まれるためである。被覆材120にイオンビームが照射されることによって加熱されるため、被覆材には耐熱性が要求される。例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE:polytetrafluoroethylene)や芳香族ポリエーテルケトン(例えば、PEEK:polyetheretherketone、PEK:polyetherketone)などが適用可能である。さらにカーボン粒子を樹脂に混合して塗布してもよい。被覆材の機能については後述する。
【0017】
図2は、イオン源101の内部構造およびイオン源101の電圧を印加する電源ユニット110の電源回路を示す模式図である。なお、電源回路はイオン源101に関する回路のみを示している。
図2は、イオン源101としてぺニング方式を採用したイオン源(ぺニング型イオン源)を示している。ぺニング型イオン源内部には、同電位とされる第1のカソード201と第2のカソード202との間に、電源ユニット110から放電電圧が印加されるアノード203が配置され、アノード-カソード間の電位差により電子を発生させる。発生した電子は永久磁石204によってイオン源内部に滞留する。一方、イオン源には、外部からアルゴンガスが配管206を通して導入され、電子とアルゴンガスとが衝突することによりアルゴンイオンが生成される。アルゴンイオンは、加速電圧が印加された加速電極205に誘引され、イオンビーム照射口207を通って、イオンビームとして照射される。
【0018】
イオン源101は、ビームの照射を繰り返すうちに、イオン源101の内部部品が摩耗したり、照射対象となる加工物から発生した微小粒子が飛散し、イオンビーム照射口207に付着したりすることで、イオン源101が照射するイオンビーム分布が変動する。イオン源101の内部部品の交換やクリーニングといったメンテナンスを実施することで、内部部品の摩耗やイオンビーム照射口207の微小粒子の付着は解消されるが、変動前のイオンビーム分布に戻ることを保証するものではない。そのため、例えば、メンテナンス実施後にイオンビーム分布の確認を行い、所望のイオンビーム分布が得られるようにイオン源101の作動距離や放電電圧、ガス流量を調節する。これにより、イオンミリング装置による加工の再現性を高めることができる。
【0019】
図3にイオンビーム電流測定部材105を駆動する駆動ユニット107の構成例を示す。図では、駆動ユニット107の上面図と、上面図のA-A線に沿ったイオンビーム電流測定部材105及び測定部材保持部106の断面図とを示している。なお、被覆材については表示を省略している。
【0020】
測定部材保持部106は絶縁材で構成されており、その内部に導電性を有するイオンビーム電流取出部310が設けられている。イオンビーム電流測定部材105はイオンビーム電流取出部310に取り付けられ、イオンビーム電流取出部310を介してイオンビーム電流取出配線311と接続される。イオンビーム電流取出配線311は電流計113に接続されている。
【0021】
駆動ユニット107は、モータ301、傘歯車302、ギア303、レール部材304を有する。モータ301の駆動軸に設けた傘歯車302及びギア303が回転し、レール部材304に駆動を伝達することで、測定部材保持部106をX方向に往復移動させる。測定部材保持部106を往復移動させる軌道はイオン源101と試料ステージ102との間に位置している。できるだけ試料ステージ102の近傍に位置させることが望ましい。なお、モータ301は駆動ユニット107専用に設ける必要はなく、試料ステージ102を回転させる試料ステージ回転駆動源103と兼用することも可能である。
【0022】
イオンビーム電流測定部材105は、イオンビーム電流の測定中はイオン源101からのイオンビームが照射されることにより、加工されている状態となる。このように測定ごとに消耗する部材であるため、イオンにより加工されにくい、低スパッタ収率の部材が適している。また、イオンビーム電流測定部材105として線状材を使用し、非集束イオンビーム照射範囲をイオンビーム電流測定部材105が移動することにより、イオンビームプロファイルを計測する。このことは、イオンビーム電流測定部材105の径が測定可能なイオン分布の空間分解能を決定することを意味する。このため、イオンビーム電流測定部材105の径は、加工の際のイオンビームの半値幅よりも小さい径とすることが望ましい。例えば、0.2mm以上、0.5mm以下の径を有するグラファイトカーボンの線状材を用いることができる。また、イオンビーム電流測定部材105にイオンが衝突することによるイオンの不規則な挙動を抑制するため、イオンビーム電流測定部材105の断面形状は円形とすることが望ましい。グラファイトカーボンの線状材の他にも、タングステンの線状材なども使用可能である。イオンビーム電流測定部材105は、測定部材保持部106から取り外し可能であり、イオンビーム電流測定部材105がイオンビームにより消耗した場合には、新たなイオンビーム電流測定部材に交換する。
【0023】
図4は比較例として、電子トラップ112及び被覆材120を設けないでイオンビーム電流を計測する様子を示す模式図である。本計測方法ではイオンビーム電流測定部材105にイオン源101から照射される正電荷をもつアルゴンイオンが衝突することによって流れる電流を電流計113により計測する。ところが、この比較例の構成ではイオンビーム電流測定部材105をイオンビームが照射されない位置に移動させているにもかかわらず、電流計113から電流値が計測されることが確認された(第1の課題)。これは、アルゴンイオンがイオンビーム電流測定部材105近傍の構造物、具体的には測定部材保持部106などに衝突することにより二次電子や後方散乱電子が発生し、発生した二次電子や後方散乱電子がイオン源101の加速電極205に衝突することにより、電流計113で計測される電流値が増大するためである。
【0024】
図5に
図4の比較例により計測されるイオンビームプロファイルを示す。横軸がビーム測定位置であり、縦軸が電流計113で測定されるイオンビーム電流Iを示している。なお、ビーム測定位置はXZ平面上におけるイオンビーム電流測定部材105の軌道とイオンビーム中心B
0との交点を原点として表記している。前述のように、計測されるイオンビームプロファイル500は、アルゴンイオンがイオンビーム電流測定部材105に衝突することにより流れる真のイオンビームプロファイル501とイオンビームの照射に起因して発生する電子によるバックグラウンドノイズプロファイル502との和となっている。なお、
図5ではバックグラウンドノイズプロファイル502を一定値として単純化して表しているが、実際には二次電子や後方散乱電子の発生ばらつき、ビーム測定位置によるイオンビーム電流測定部材105への電子の衝突量の違いによって測定位置によって変動する値をとる。
【0025】
真のイオンビームプロファイル501はガウス分布にしたがうと考えられる。したがって、計測されるイオンビーム電流I(x)は(数1)で表すことができる。
【0026】
【0027】
ここで、Aは真のイオンビームプロファイルの最大値、σは真のイオンビームプロファイルの分散である。すなわち、真のイオンビームプロファイル501の情報を得るには、計測されるイオンビームプロファイル500からバックグラウンドノイズプロファイル502の影響を取り除く必要がある。
【0028】
加えて、
図5に、計測されるイオンビームプロファイル500の一部503を拡大した波形504を示す。実際に計測されるイオンビームプロファイル500には高周波のノイズ波形が含まれている。測定されるイオンビーム電流値のデータを平均化することで、滑らかなプロファイル波形(波形505)を得ることは可能であるが、ノイズ成分が大きいとイオンビームプロファイルを平滑化するために必要なデータ量が多くなる。このため、イオンビーム電流測定部材105の移動速度を上げることができず、イオンビームプロファイル500の計測時間を短縮することができなかった(第2の課題)。これは、イオン源101からイオンビームが非集束で照射されるため、アルゴンイオンは試料室108の広い領域に飛散する。イオンビーム強度としては低いものの、試料室108の内壁や試料室108内の構造物の広い範囲でアルゴンイオンが衝突し、二次電子や後方散乱電子が発生し、イオン源101の加速電極205に衝突する(
図4参照)。この二次電子や後方散乱電子がイオンビームプロファイル波形のノイズとして計測される。
【0029】
図6Aに、プレート状の電子トラップ112及び被覆材120を設けてイオンビーム電流を計測する様子を示す。また、
図6Bにイオンビーム電流測定部材105の軌道(座標X0~X5は軌道上の位置を示す)と電子トラップ112との位置関係を示す。また、あわせてイオンビーム電流測定部材105の軌道近傍でのイオンビームの強度を濃淡で模式的に示している。イオンビーム強度は、イオンビーム中心B
0を最大強度として、その周辺にいくほどガウス分布にしたがって低減する。イオンビーム強度の高い領域を濃度の濃い領域、ビーム強度の低い領域を濃度の薄い領域として表示している。
【0030】
アルゴンイオンが衝突して発生する二次電子や後方散乱電子は負の電荷を有するため、正電圧を印加した電子トラップ112をイオンビーム電流測定部材105の軌道の近傍に設け、発生する二次電子や後方散乱電子を捕獲する。電子トラップ112に印加する電圧は電源ユニット110から供給され、電圧値は図示しない制御部109により設定される。電子トラップ112に印加する正電圧は、イオンビームプロファイルの計測に影響を与えない程度の正電圧として設定する。
【0031】
電子トラップ112はイオンビーム電流測定部材105の軌道よりも試料ステージ102側に、イオンビーム中心B
0とイオンビーム電流測定部材105とが交わるとき、イオン源101からみてイオンビーム電流測定部材105と電子トラップ112とが重なるように配置される。
図6Bに示されるように、イオン源101のイオンビーム強度はイオンビーム中心B
0近傍が最も高く、二次電子や後方散乱電子の発生量も、エネルギーも大きい。したがって、電子トラップ112をイオンビーム中心B
0近傍に配置することで発生する二次電子や後方散乱電子を効率的に捕獲することができる。
【0032】
ただし、
図6Aのように電子トラップ112を配置する場合、アルゴンイオンが衝突することにより、電子トラップ112自体が二次電子や後方散乱電子の発生源となるおそれがある。特に後方散乱電子はエネルギーが高く、直進性が高いため、加速電極205まで到達する電子量も多い。ここで、後方散乱電子の発生量は、照射対象の構成元素の原子番号の増大に伴い増加することが知られているので、電子トラップ112には軽元素、かつ低スパッタ収率の材料を用いることが望ましい。具体的にはグラファイトカーボンを用いることが望ましい。
【0033】
このように、測定部材保持部106などの構造物から発生する二次電子や後方散乱電子の影響を電子トラップ112により取り除くことで、
図5の破線で示したような、真のイオンビームプロファイル501の情報を得ることができる。電子トラップ112は、効率的に二次電子や後方散乱電子を捕獲するため、ある程度の面積を有することが必要であるが、その大きさは限定されない。例えばイオンビーム中心B
0を中心としてイオンビームの半値幅を直径とする円形状あるいは一辺とする四角形状のプレート電極とすることができる。また、電子をトラップできればよいので、プレート電極に限られず、メッシュ電極、その他の電極が許容される。
【0034】
また、被覆材120により比較的弱い強度のイオンビームが照射されることにより発生する電子量が低減され、イオンビームプロファイル波形のノイズを低減することができる。これは以下の理由による。前述のように後方散乱電子の発生量は、照射対象の構成元素の原子番号の増大に伴い増加する。被覆材120の材料として、被覆する構造物あるいは内壁の材料の元素よりも原子番号の小さな元素を主成分とする材料を用いることにより、後方散乱電子の発生を効果的に抑制することができる。
【0035】
被覆材120は、構造物の全面あるいは試料室108の壁面全てを必ずしも被覆しなくてもよいが、少なくともイオン源101に対向する面については被覆することが望ましい。イオンビームは直進性が強く、イオン源101に対向する面から単位面積当たりに発生する二次電子、後方散乱電子の量が、それ以外の面よりも多いためである。
【0036】
図7A~Bに電子トラップの変形例を示す。
図6Aでは電子トラップをイオン源101からみてイオンビーム電流測定部材105の背後に配置するのに対して、
図7Aでは電子トラップをイオンビーム電流測定部材105よりもイオン源101側に配置する。
図7Aは側面図を、
図7Bは上面図を示している。電子トラップ700に印加する電圧も電源ユニット110から供給され、電圧値は図示しない制御部109により設定される。電子トラップ700はイオン源101からのイオンビームが照射されない領域に配置し、発生した二次電子や後方散乱電子が加速電極205に到達する前に捕獲する。
図6A~Bに示した電子トラップ112と異なり、イオンビームが照射されることがないので、電子トラップ700としては銅やリン青銅などの導電性の高い材料を用いることができる。この例では、電子トラップ700の表面にも被覆材120を設けている(
図7Bでは被覆材120を省略して表示している)。電子トラップ112と電子トラップ700の双方を備えるようにしてもよい。
【0037】
図1に示すイオンミリング装置において、制御部109が実行するイオンビームプロファイルの取得、およびイオンビーム照射条件の調整方法について、
図8のフローチャートを用いて説明する。
【0038】
S801:制御部109は駆動ユニット107を制御し、イオンビーム電流測定部材105を原点位置に移動する。ここでは原点位置はイオンビーム照射範囲の中心となるように設定するが、原点位置の設定はこれに限らない。
【0039】
S802:制御部109は、電源ユニット110を制御し、現在の設定として保持しているイオンビーム照射条件により、イオン源101よりイオンビームを出力する。現在の設定とは、試料の加工条件として定められたイオンビーム照射条件をいう。一般的には、試料を加工する際のイオン源101の加速電圧、放電電圧、ガス流量が定められている。
【0040】
S803:制御部109は、電子トラップ112(及び/または電子トラップ700)に電源ユニット110を制御し、所定の電圧を印加する。電子トラップに印加する正電圧はイオンビームプロファイルの計測に悪影響を及ぼさない範囲の電圧に定められている。
【0041】
S804:イオンビームの出力開始後、制御部109は駆動ユニット107を制御して、イオンビーム電流測定部材105をX方向に往復移動させながら、電流計113によりイオンビーム電流の測定を行う。制御部109は、イオンビーム電流測定部材105のX方向における位置と当該位置における電流値とを対応付けることで、イオンビームプロファイルを取得する。取得したイオンビームプロファイルは表示部111に表示する。
【0042】
S805:調整目標とするイオンビームプロファイルを読み込み、表示部111に表示する。なお、本ステップは、イオンビームプロファイルの取得(S804)の前に実施してもよい。
【0043】
S806:S804で取得したイオンビームプロファイルが、S805で読み込んだ目標イオンビームプロファイルに近似するよう、イオンビーム照射条件を調整する。具体的には、イオン源101の作動距離、放電電圧、ガス流量のうち、一つ以上のパラメータを調整する。
【0044】
このとき、加速電圧については調整対象としない。加速電圧を変えてしまうと同じイオンビーム電流であっても試料の加工速度(ミリングレート)が大幅に変わってしまうためである。
【0045】
S807:調整されたイオンビーム照射条件により、再度イオンビームプロファイルを取得する。S807での処理は、S804での処理と同じである。
【0046】
S808:S807で取得したイオンビームプロファイルとS805で読み込んだ目標イオンビームプロファイルとを比較し、所望のイオンビームプロファイルが取得できていれば終了し、できていなければ、イオンビーム照射条件の調整(S806)からのステップを繰り返す。
【0047】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は記述した実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。例えば、イオンビーム電流測定部材105の近傍に位置し、イオンビームプロファイル測定時に動作しない構造物、例えば試料ステージ、に対して正電位を印加可能にすることで電子トラップとして機能させてもよい。また、イオンミリング装置が試料ステージをZ方向に移動させることができる試料ステージ位置調整機構を備えていれば、試料ステージ位置調整機構により作動距離を調整してもよい。また、被覆材は被覆する対象に応じて材料や被覆方法を異ならせてもよい。被覆材で覆う範囲も実施例として記載した範囲に限定されない。例えば、試料室108の構造物の全てを被覆せず、イオンビームが照射される測定部材保持部や試料ステージを被覆し、これらの構造物によってイオンビームが照射されにくい配置となっている構造物については被覆材を設けないようにしてもよい。また、イオン源101に対向する試料室108の内壁全面に被覆材を設けた例を示しているが、イオンビーム中心B0と内壁との交点を中心としたイオンビーム強度が比較的強い領域に対してのみ被覆材を設けるようにしてもよい。
【0048】
また、イオンビーム照射条件の調整においては、イオンビームプロファイルそのものを基準に調整してもよいし、イオンビームプロファイルの特徴量、例えばイオンビームプロファイルのピーク値と半値幅を算出し、特徴量が一致するようにイオンビーム照射条件の調整を行うようにしてもよい。このとき、表示部111には、イオンビームプロファイルそのものを表示するのではなく、調整基準とする特徴量を表示するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0049】
100:イオンミリング装置、101:イオン源、102:試料ステージ、103:試料ステージ回転駆動源、104:イオン源位置調整機構、105:イオンビーム電流測定部材、106:測定部材保持部、107:駆動ユニット、108:試料室、109:制御部、110:電源ユニット、111:表示部、112:電子トラップ、113:電流計、120:被覆材、201:第1のカソード、202:第2のカソード、203:アノード、204:永久磁石、205:加速電極、206:配管、207:イオンビーム照射口、301:モータ、302:傘歯車、303:ギア、304:レール部材、310:イオンビーム電流取出部、311:イオンビーム電流取出配線、700:電子トラップ。