(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】クライアントタンパク質を保護するタンパク質のスクリーニング方法並びに生理活性タンパク質安定化タンパク質および該タンパク質を含む医薬組成物
(51)【国際特許分類】
C12P 21/00 20060101AFI20231108BHJP
C07K 14/47 20060101ALI20231108BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20231108BHJP
A61K 38/00 20060101ALI20231108BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20231108BHJP
C07K 16/00 20060101ALN20231108BHJP
C07K 14/575 20060101ALN20231108BHJP
C07K 14/555 20060101ALN20231108BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20231108BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20231108BHJP
【FI】
C12P21/00 A
C07K14/47
A61K47/42
A61K38/00
G01N33/15 Z
C07K16/00 ZNA
C07K14/575
C07K14/555
C12N15/12
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2020547981
(86)(22)【出願日】2019-06-20
(86)【国際出願番号】 JP2019024515
(87)【国際公開番号】W WO2020059228
(87)【国際公開日】2020-03-26
【審査請求日】2022-05-11
(32)【優先日】2018-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載日:平成30年(2018年)9月3日、掲載アドレス: https://www.aeplan.co.jp/jbs2018/index.html 刊行物名及び該当頁:第91回日本生化学会大会プログラム、[2T11e-02(2P-102)]熱耐性タンパク質の機能解析
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【氏名又は名称】大森 未知子
(74)【代理人】
【識別番号】100207907
【氏名又は名称】赤羽 桃子
(72)【発明者】
【氏名】泊 幸秀
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 信太郎
(72)【発明者】
【氏名】坪山 幸太郎
(72)【発明者】
【氏名】尾山 大明
(72)【発明者】
【氏名】秦 裕子
(72)【発明者】
【氏名】岩川 弘宙
(72)【発明者】
【氏名】松浦 絵里子
【審査官】上條 のぶよ
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/125501(WO,A1)
【文献】Biochemical and Biophysical Research Communications,2006年,Vol.346, No.4,p.1142-1149
【文献】FEBS Letters,2011年,Vol.585, No.4,p.630-634
【文献】PNAS,Vol. 107, No. 37,2010年,p.16084-16089
【文献】廣明 秀一,天然変性タンパク質の分子シールド効果を応用したタンパク質凝集抑制剤,KAKEN - 研究課題を探す│2016 年度実施状況報告書(KAKENHI-PROJECT-16K14707),2018年01月16日,URL:https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-16K14707/16K147072016hokoku
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 21/00
C07K 14/47
A61K 47/42
A61K 38/00
C07K 16/00
C07K 14/575
C07K 14/555
C12N 15/12
C12Q 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質集団からタンパク質の天然変性構造を指標として1種または2種以上の天然変性構造を有する候補タンパク質を選択する工程(選択工程)と、前記候補タンパク質の存在下でクライアントタンパク質の安定性を評価する工程(評価工程)とを含んでなる、クライアントタンパク質を保護するタンパク質のスクリーニング方法であって
、
前記選択工程においてタンパク質の天然変性構造を天然変性領域予測法および熱溶解性に基づく分析により評価し、
前記選択工程において、配列全体に対して50%を超えるアミノ酸残基が0.3より大きいIUPredスコアを有し、かつ、加熱処理後に熱可溶性であるタンパク質を候補タンパク質として選択する、方法。
【請求項2】
前記評価工程において、クライアントタンパク質の安定性をクライアントタンパク質のストレスからの保護の程度を指標にして評価する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ストレスが、物理的ストレスおよび化学的ストレスからなる群から選択される1種または2種以上である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
クライアントタンパク質が、生理活性タンパク質である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
生理活性タンパク質が、抗体、抗体断片、酵素、ホルモン、サイトカインおよびインターフェロンからなる群から選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
生理活性タンパク質の安定化に有用なタンパク質の同定方法である、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
生理活性タンパク質が医薬品の有効成分である、請求項4~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
生理活性タンパク質の安定性の評価を医薬品の製造承認に求められる安定性試験の条件に従って実施する、請求項4~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
クライアントタンパク質が、非凝集性タンパク質である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記評価工程において、クライアントタンパク質の安定性をタンパク質の凝集の程度を指標として評価する、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
タンパク質の凝集を、フィルタートラップアッセイまたは細胞におけるタンパク質局在、パルス形状解析(PulSA)、表現型解析、タンパク質凝集検出色素(チオフランビンT(ThT))による検出、タンパク質凝集検出試薬(ProteoStat)による検出からなる群から選択される1種または2種以上により測定する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
クライアントタンパク質が、凝集性タンパク質である、請求項1、10および11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
凝集性タンパク質が、疾患の発症および/または進展の原因となるタンパク質である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
疾患の治療、予防または改善に有効なタンパク質のスクリーニング方法である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
疾患が、タンパク質の異常な凝集により発症および/または進展する疾患である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
タンパク質の異常な凝集により発症および/または進展する疾患が、神経変性疾患である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
タンパク質集団が哺乳類由来である、請求項
1~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
天然変性領域予測法を、IUPred、D2P2、GlobPlot、GLOBPLOT2、FoldIndex、IsUnstruct、PONDR VL-XT、DisEMBL、PONDR VL3、PONDR VL3H、RONN、PONDR VSL2B、PONDR VSL2P、SpritzおよびSLIDERからなる群から選択されるプログラムを用いて実施する、請求項
1~17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記選択工程において、タンパク質の天然変性構造をIUPredにより評価する、請求項
1~18のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
IUPredにおいて、対象タンパク質の全アミノ酸残基のIUPredスコアの中央値が0.5より大きいタンパク質を候補タンパク質として選択する、請求項
19に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の参照】
【0001】
本願は、先行する米国特願62/734,329(出願日:2018年9月21日)の優先権の利益を享受するものであり、その開示内容全体は引用することにより本明細書の一部とされる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、クライアントタンパク質を保護するタンパク質のスクリーニング方法に関する。本発明はまた、生理活性タンパク質を安定化させるタンパク質および該タンパク質を含む医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0003】
タンパク質は、固有の天然状態の立体構造に折りたたまれることで、その生物学的な機能を発揮する。種々の物理的または化学的要因により、タンパク質の一次構造の変化を伴わずに、二次、三次、四次構造などの立体構造に変化が起こり、タンパク質の物性が変化しうる。このような現象をタンパク質の変性という。変性に伴う変化として、タンパク質の溶解度の減少、生物活性の消失や低下、結晶化傾向の消失などがある。
【0004】
タンパク質は一般的に変性するものと考えられているが、その例外として、極限環境微生物に見られる高親水性および高耐熱性のタンパク質の例が知られている。例えば、緩歩動物であるクマムシにおいて乾燥に耐えるために必要とされる無構造タンパク質(tardigrade disordered protein;TDP)が知られている。また、陸上植物、耐放射線性細菌、乾燥耐性動物であるアルテミアおよび線虫などにおいて後期胚発生豊富(LEA)タンパク質および関連タンパク質が同定され、これらのタンパク質の発現は脱水、凍結および高塩分等の環境に対する耐性と関連することが知られている。対照的に、哺乳動物を含む中温性生物において熱可溶性タンパク質が報告されているが(非特許文献1、2)、その機能はほとんど明らかにされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】T. D. Kim, H. J. Ryu, H. Il Cho, C. H. Yang, J. Kim, Biochemistry. 39, 14839-14846 (2000)
【文献】C. A. Galea et al., J. Proteome Res. 8, 211-226 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、クライアントタンパク質を保護するタンパク質の新規なスクリーニング方法を提供することを目的とする。本発明はまた、生理活性タンパク質を安定化させるタンパク質および該タンパク質を利用した医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは今般、細胞溶解物の上清および煮沸した上清が、タンパク質の非特異的な吸着を抑制すること、タンパク質の機能発現を促進すること、また、タンパク質の活性を乾燥から保護することを見出した。本発明者らはまた、細胞溶解物の煮沸した上清には、天然変性構造を有するタンパク質が豊富に存在することを天然変性領域予測法を用いて見出し、また、これらのタンパク質のアミノ酸組成は従来知られている典型的な天然変性領域とは異なる傾向を有することを見出した。本発明者らはまた、ヒトプロテオームから天然変性領域予測法を用いて天然変性構造を有するタンパク質を選択し、これらのタンパク質が高い耐熱特性を有することを見出し、Hero(HEat-Resistant Obscure)タンパク質と名付けた。本発明者らはまた、Heroタンパク質がクライアントタンパク質を種々のストレス条件による変性から保護すること、また、凝集性タンパク質の凝集をイン・ビトロおよびイン・ビボにおいて抑制することを見出した。本発明者らはさらに、Heroタンパク質は断片化しても、また、アミノ酸残基の組成比を維持したままアミノ酸配列をシャッフルしても、その生理活性が維持されることを見出した。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0008】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]天然変性構造を有するタンパク質(候補タンパク質)の存在下でクライアントタンパク質の安定性を評価する工程(評価工程)を含んでなる、クライアントタンパク質を保護するタンパク質のスクリーニング方法。
[2]前記評価工程において、クライアントタンパク質の安定性をクライアントタンパク質のストレスからの保護の程度を指標にして評価する、上記[1]に記載の方法。
[3]ストレスが、物理的ストレスおよび化学的ストレスからなる群から選択される1種または2種以上である、上記[2]に記載の方法。
[4]クライアントタンパク質が、生理活性タンパク質である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]生理活性タンパク質が、抗体、抗体断片、酵素、ホルモン、サイトカインおよびインターフェロンからなる群から選択される、上記[4]に記載の方法。
[6]生理活性タンパク質の安定化に有用なタンパク質の同定方法である、上記[4]または[5]に記載の方法。
[7]生理活性タンパク質が医薬品の有効成分である、上記[4]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]生理活性タンパク質の安定性の評価を医薬品の製造承認に求められる安定性試験の条件に従って実施する、上記[4]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]クライアントタンパク質が、非凝集性タンパク質である、上記[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]前記評価工程において、クライアントタンパク質の安定性をタンパク質の凝集の程度を指標として評価する、上記[1]に記載の方法。
[11]タンパク質の凝集を、フィルタートラップアッセイまたは細胞におけるタンパク質局在、パルス形状解析(PulSA)、表現型解析、タンパク質凝集検出色素(チオフランビンT(ThT))による検出、タンパク質凝集検出試薬(ProteoStat)による検出からなる群から選択される1種または2種以上により測定する、上記[10]に記載の方法。
[12]クライアントタンパク質が、凝集性タンパク質である、上記[1]、[10]および[11]のいずれかに記載の方法。
[13]凝集性タンパク質が、疾患の発症および/または進展の原因となるタンパク質である、上記[12]に記載の方法。
[14]疾患の治療、予防または改善に有効なタンパク質のスクリーニング方法である、上記[13]に記載の方法。
[15]疾患が、タンパク質の異常な凝集により発症および/または進展する疾患である、上記[14]に記載の方法。
[16]タンパク質の異常な凝集により発症および/または進展する疾患が、神経変性疾患である、上記[15]に記載の方法。
[17]前記候補タンパク質が、哺乳類由来である、上記[1]~[16]のいずれかに記載の方法。
[18]前記候補タンパク質が、全アミノ酸残基のIUPredスコアの中央値が0.5より大きいタンパク質である、上記[1]~[17]のいずれかに記載の方法。
[19]前記候補タンパク質が、配列全体に対して50%を超えるアミノ酸残基が、0.3より大きいIUPredスコアを有するタンパク質である、上記[1]~[18]のいずれかに記載の方法。
[20]前記候補タンパク質が、加熱処理後に熱可溶性であるタンパク質である、上記[1]~[19]のいずれかに記載の方法。
[21]タンパク質集団からタンパク質の天然変性構造を指標として1種または2種以上の候補タンパク質を選択する工程(選択工程)をさらに含んでなる、上記[1]~[20]のいずれかに記載の方法。
[22]タンパク質集団が哺乳類由来である、上記[21]に記載の方法。
[23]前記選択工程において、タンパク質の天然変性構造を天然変性領域予測法により評価する、上記[21]または[22]に記載の方法。
[24]天然変性領域予測法を、IUPred、D2P2、GlobPlot、GLOBPLOT2、FoldIndex、IsUnstruct、PONDR VL-XT、DisEMBL、PONDR VL3、PONDR VL3H、RONN、PONDR VSL2B、PONDR VSL2P、SpritzおよびSLIDERからなる群から選択されるプログラムを用いて実施する、上記[23]に記載の方法。
[25]前記選択工程において、タンパク質の天然変性構造をIUPredにより評価する、上記[21]~[24]のいずれかに記載の方法。
[26]IUPredにおいて、対象タンパク質の全アミノ酸残基のIUPredスコアの中央値が0.5より大きいタンパク質を候補タンパク質として選択する、上記[25]に記載の方法。
[27]前記選択工程において、タンパク質の天然変性構造を熱溶解性に基づく分析より評価する、上記[21]または[22]に記載の方法。
[28]加熱処理後に熱可溶性であるタンパク質を候補タンパク質として選択する、上記[27]に記載の方法。
[29]下記(a)、(b)、(c)、(d)および(e)からなる群から選択されるタンパク質を含んでなる、生理活性タンパク質安定化剤:
(a)配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列を有するタンパク質、
(b)配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列をシャッフルしてなるアミノ酸配列を有するタンパク質、
(c)配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列の断片配列を有するタンパク質、
(d)表1、表2、表3、表4、表5または表6に記載のアミノ酸残基組成比(アミノ酸残基組成比は±5%の範囲を含む)を満たし、かつ、43アミノ酸残基長以上であるアミノ酸配列を有するタンパク質および
(e)前記(a)、(b)、(c)または(d)のタンパク質と実質的に同一のタンパク質。
[30]上記[29]で定義された(a)、(b)、(c)、(d)および(e)からなる群から選択されるタンパク質と、生理活性タンパク質とを含んでなる、医薬組成物。
[31]生理活性タンパク質が、医薬品の有効成分である、上記[29]に記載の安定化剤および上記[30]に記載の医薬組成物。
[32]生理活性タンパク質が、抗体、抗体断片、酵素、ホルモン、サイトカインおよびインターフェロンからなる群から選択される、上記[29]または[31]に記載の安定化剤および上記[30]または[31]に記載の医薬組成物。
[33]前記(c)の断片配列が、少なくとも43アミノ酸残基を有する、上記[29]、[31]または[32]に記載の安定化剤および上記[30]~[32]のいずれかに記載の医薬組成物。
[34]前記(c)のタンパク質が、生理活性タンパク質の安定化活性を有する、上記[29]および[31]~[33]のいずれかに記載の安定化剤および上記[30]~[33]のいずれかに記載の医薬組成物。
[35]前記(e)の実質的に同一のタンパク質が、下記(i)~(v)からなる群から選択されるタンパク質である、上記[29]、[31]または[32]に記載の安定化剤および上記[30]~[32]のいずれかに記載の医薬組成物:
(i)上記[29]の(a)、(b)、(c)および(d)のいずれかで定義されたアミノ酸配列に対して80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、生理活性タンパク質の安定化活性を有するタンパク質、
(ii)上記[29]の(a)、(b)、(c)および(d)のいずれかで定義された前記アミノ酸配列において、1または複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、生理活性タンパク質の安定化活性を有するタンパク質、
(iii)上記[29]の(a)、(b)、(c)および(d)のいずれかで定義されたアミノ酸配列をコードする塩基配列と80%以上の同一性を有する塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を含み、かつ、生理活性タンパク質の安定化活性を有するタンパク質、
(iv)上記[29]の(a)、(b)、(c)および(d)のいずれかで定義されたアミノ酸配列をコードする塩基配列において、1または複数個(好ましくは1~10個、1~5個、1~4個、1~3個、1または2個、1個)の塩基が欠失、置換、挿入および/または付加された塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を含み、かつ、生理活性タンパク質の安定化活性を有するタンパク質、および
(v)上記[29]の(a)、(b)、(c)および(d)のいずれかで定義されたアミノ酸配列をコードする塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドに対してストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチドによりコードされるアミノ酸配列を含み、かつ、生理活性タンパク質の安定化活性を有するタンパク質。
[36]生理活性タンパク質を前記(a)、(b)、(c)、(d)および(e)からなる群から選択されるタンパク質と複合化させた、上記[30]~[35]のいずれかに記載の医薬組成物。
【0009】
本発明の方法は、クライアントタンパク質を保護するタンパク質、特に、生理活性タンパク質の安定化に有用なタンパク質や、タンパク質の異常な凝集により発症および/または進展する疾患の治療、予防または改善に有効なタンパク質を選択できる点で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、熱可溶性タンパク質がショウジョウバエのアルゴノート2(Ago2)タンパク質の分子挙動をイン・ビトロにおいて改善することを示す図である。(A)磁気ビーズ上で免疫精製されたFLAG-TEV-SNAP-Ago2の模式図。(B)FLAG-TEV-SNAP-Ago2を抗FLAG抗体を介して磁性ビーズ上に免疫精製し、次いでFLAGタグをTEVプロテアーゼによって緩衝液、ショウジョウバエS2細胞またはヒトHEK293T細胞からの粗抽出液またはそれらを煮沸した上清中において、FLAGタグをTEVプロテアーゼによって切断した。+PKは、煮沸上清はプロテイナーゼKによって大部分が事前に除タンパクされていたことを示す。溶出されたAgo2(上のパネル)およびビーズ上に残っているAgo2(真ん中のパネル)を、SNAPタグに共有結合している赤色蛍光色素によって可視化した。溶出液に含まれる全タンパク質をクマシーブリリアントブルー(CBB)染色によって可視化した(下のパネル)。パネル上部の数値は、S2細胞粗溶解物を用いたものに対して正規化された、溶出されたAgo2の相対量を示す。煮沸上清中に残存するタンパク質はAgo2の溶出を促進する作用を有する。
【
図2】
図2は、熱可溶性タンパク質がショウジョウバエのアルゴノート2(Ago2)タンパク質の分子挙動をイン・ビトロにおいて改善することを示す図である。(A)
32P-放射標識小分子RNA二本鎖、Ago2、Dicer-2/R2D2およびHsp70/Hsp90シャペロン装置を含む、再構成系で組み立てられた未成熟体Ago2-RISCおよび成熟体Ago2-RISCの小分子RNAプルダウンアッセイ。S2細胞またはHEK293T細胞からの煮沸上清の添加により、未成熟体Ago2-RISCおよび成熟体Ago2-RISCの両方の形成が促進された。(B)(A)の結果を定量化して示した。データは3回の独立した実験からの平均値±SDを表す。
【
図3】
図3は、熱可溶性タンパク質がショウジョウバエのアルゴノート2(Ago2)タンパク質の乾燥後に復水した際の乳酸脱水素酵素(LDH)活性をイン・ビトロにおいて改善することを示す図である。煮沸上清中の熱可溶性タンパク質は乳酸脱水素酵素(LDH)活性を乾燥から保護する。煮沸上清または緩衝液と混合したLDHを一晩乾燥させ、残存するLDH活性を測定した。データは氷上で一晩インキュベートしたLDHの活性に対して正規化し、3回の独立した実験からの平均値±SDを表す。
【
図4】
図4は、親水性かつ高度に荷電したタンパク質は煮沸上清に濃縮されることを示す図である。(A、B)ショウジョウバエおよびヒト由来の細胞溶解物においてMS解析により同定されたタンパク質について、元の粗溶解物中および煮沸上清中のペプチドスペクトルマッチ値(PSM)+1の比率の分布を示す。同定されたタンパク質を、各グループが実質的に同数のタンパク質を含むように、煮沸による喪失または煮沸による濃縮の程度に従って5つのグループに分けた(グループI~V)。(C、D)グループI~Vのタンパク質のIUPredスコア中央値の分布。各グループの横幅はタンパク質の割合(または相対値)を示す。(E、F)グループI~Vのタンパク質の親水性アミノ酸または疎水性アミノ酸の比率。(G、H)グループI~Vのタンパク質のDIOPT(DRSC統合オルソログ予測ツール)スコアの分布。(I、J)グループI~Vのタンパク質の等電点の分布。各グループの横幅はタンパク質の割合(または相対値)を示す。
【
図5】
図5は、ヒトタンパク質アトラス母集団および母集団から選択された高いIUPredスコアを有するタンパク質におけるIUPredスコア中央値の分布(A)および等電点の分布(B)を示す図である。各グループの横幅はタンパク質の割合(または相対値)を示す。
【
図6】
図6は、6つの代表的なタンパク質のアミノ酸配列および変性領域の予測を示す図である。(A)は、6つの代表的なタンパク質のアミノ酸配列を示した図である。(B)はデフォルト設定(Z. Dosztanyi, V. Csizmok, P. Tompa, I. Simon, J. Mol. Biol. 347, 827-839 (2005))を用いたIUPredによる変性領域の予測を示した図である。対照として、緑色蛍光タンパク質(GFP)およびグルタチオン-S-転移酵素(GST)を使用した。
【
図7】
図7は、Heroタンパク質はストレス条件下で様々なタンパク質の活性を保護することを示す図である。選択された6つのHeroタンパク質の熱溶解性。各Heroタンパク質、GFPまたはGSTをFLAGタグと融合し、HEK293T細胞で発現させた。細胞抽出液を煮沸して(+)または煮沸しないで(-)調製し、次いで、溶解物またはそれらの上清中のタンパク質を抗FLAG抗体を用いてウェスタンブロッティング法により検出した。煮沸していない抽出液と比較して2倍量の煮沸した上清をロードした。
【
図8】
図8は、Heroタンパク質はストレス条件下で様々なタンパク質の活性を保護することを示す図である。(A)Heroタンパク質はLDH活性を乾燥から保護する。Heroタンパク質または対照と混合したLDHを一晩乾燥させ、残存するLDH活性を測定した。タンパク質濃度と比較して、はるかに高濃度のアルギニン(500倍)およびトレハロース(100倍)が使用されたことに留意されたい。データは氷上で一晩インキュベートしたLDHの活性に対して正規化し、3回の独立した実験からの平均値±SDを表す。(B)Heroタンパク質は有機溶媒中でGFPを保護する。Heroタンパク質または対照と混合したGFPをクロロホルムに曝露し、残存するGFP蛍光を測定した。データはクロロホルムに暴露していないGFPに対して正規化し、3回の独立した実験からの平均値±SDを表す。(C)Heroタンパク質は、熱ショックからルシフェラーゼ活性を保護する。ホタルルシフェラーゼを、各Heroタンパク質またはシャペロン因子と共にHEK293T細胞にトランスフェクトし、次いで細胞に熱ショックを与えた。熱ショック後の残存ルシフェラーゼ活性を測定した。データは熱ショックを与えていない細胞のルシフェラーゼ活性に対して正規化し、5回の独立した実験からの平均値±SDを表す。
【
図9】
図9は、断片化したHeroタンパク質が熱ショックからルシフェラーゼ活性を保護することを示す図である。
【
図10】
図10は、Heroタンパク質は、イン・ビトロで疾患原因タンパク質の凝集を防ぐことを示す図である。 イン・ビトロで形成されたTDP-43凝集のフィルタートラップアッセイ。組換えGST-TDP-43-HAを各Heroタンパク質または対照の存在下でインキュベートした。元のサンプルまたは5倍希釈したサンプルをそれぞれ1%SDSの存在下でセルロースアセテート膜にロードし、捕捉された凝集物を抗HA抗体でプローブした。抗HA抗体を用いたウェスタンブロッティングによって検出されるように、GST-TDP-43-HAの総量は変化しないままであった。
【
図11】
図11は、Heroタンパク質は、細胞内で疾患原因タンパク質の凝集を防ぐことを示す図である。細胞内で発現される凝集しやすいタンパク質のフィルタートラップアッセイ。TDP-43ΔNLS、HTTQ103またはGA50は、各Heroタンパク質またはGST対照と共に、HEK293T細胞においてGFP融合形態で発現させた。細胞抽出液の原液、5倍希釈液、25倍希釈液をフィルタートラップアッセイにかけ、抗GFP抗体でプローブした。
【
図12】
図12は、Heroタンパク質は、細胞内で疾患原因タンパク質の凝集を防ぐことを示す図である。GST(対照)または各Heroタンパク質と共に、GFPタグ付きTDP-43ΔNLS、HTTQ103またはGA50をトランスフェクトした細胞におけるGFPシグナルの代表的な顕微鏡像。
【
図13】
図13は、シャッフル化Heroタンパク質は、細胞内で疾患原因タンパク質の凝集を防ぐことを示す図である。
【
図14】
図14は、Heroタンパク質はショウジョウバエの眼においてタンパク質凝集体の神経毒性を抑制することを示す図である。(A)Hero9、13、45、または11単独の発現は、対照(YFP)と同様に、眼の外部(external eye)の形態において表現型を示さなかった。オレゴンRの遺伝子型は、+/+;+/+であり、対照(YFP)、Hero9、13、45または11の遺伝子型は、GMR-GAL4;UAS-YFP、UAS-Hero9、13、45または11/SM6a-TM6Bであった。(B)MJDtr-Q78またはTDP-43-YFPの発現は眼の外部の変性を引き起こした。Hero9とHero13の発現はMJDtr-Q78による眼の変性をやや緩和した(上段)。-の遺伝子型は、GMR-GAL4/+;UAS-MJDtr-Q78/TM3であり、対照(YFP)の遺伝子型は、GMR-GAL4/+;UASMJDtr-Q78/UAS-YFPであり、Hero9、13、45または11の遺伝子型は、GMR-GAL4/+;UAS-MJDtr-Q78/UAS-Hero9、13、45または11であった。Hero9とHero45の二重コピーの発現はTDP-43-YFPによる眼の変性を強く抑制した(下段)。-の遺伝子型は、GMR-GAL4、UAS-TDP-43-YFP/+;TM3/+であり、対照(YFP)の遺伝子型は、GMR-GAL4,UAS-TDP-43-YFP/+;UAS-YFP/+であり、Hero9、13、45または11の遺伝子型は、GMR-GAL4,UAS-TDP-43-YFP/+;UAS-Hero9、13、45または11/+であった。Hero45(×2)の遺伝子型は、GMR-GAL4,UAS-TDP-43-YFP/+;UAS-Hero45/UAS-Hero45であった。眼の撮像は、1日齢の成虫において実施した。
【
図15】
図15は、Heroタンパク質はショウジョウバエの眼においてタンパク質凝集体の神経毒性を抑制することを示す図である。(上段)-の遺伝子型は、GMR-GAL4/+であり、対照(Piwi)の遺伝子型は、GMR-GAL4/UAS-KK(Piwi)であり、Hsc70-4、CG17931、CG14818またはVig2の遺伝子型は、GMR-GAL4/UAS-KK(Hsc70-4)、KK(CG17931)、KK(CG14818)またはKK(Vig2)であった。また、CG12384またはCG11444の遺伝子型は、GMR-GAL4/UAS-KK(CG12384)またはKK(CG11444)であった。Hsc70-4またはCG17931(ヒトHero7のショウジョウバエホモログ)のノックダウンにより、眼の変性表現型が観察された。(中段)-の遺伝子型は、GMR-GAL4/+;UAS-MJDtr-Q78/+であり、および対照(Piwi)の遺伝子型は、GMR-GAL4/UAS-KK(Piwi);UAS-MJDtr-Q78/+であり、Hsc70-4、CG17931、CG14818またはVig2の遺伝子型は、GMR-GAL4/UAS-KK(Hsc70-4)、KK(CG17931)、KK(CG14818)またはKK(Vig2);UAS-MJDtr-Q78/+であった。また、CG12384またはCG11444の遺伝子型は、GMR-GAL4/UAS-KK(CG12384)またはKK(CG11444);UAS-MJDtr-Q78/+であった。MJDtr-Q78の過剰発現による眼の表現型は、CG17931、CG14818、Vig2、CG12384およびCG11444をRNAiにより欠損させることにより悪化した。(下段)-の遺伝子型は、GMR-GAL4;UAS-TDP43-YFP/+であり、対照(Piwi)の遺伝子型は、GMR-GAL4;UAS-TDP43-YFP/UAS-KK(Piwi)であり、Hsc70-4、CG17931、CG14818、またはVig2の遺伝子型は、GMR-GAL4;UAS-TDP43-YFP/UAS-KK(Hsc70-4)、KK(CG17931)、KK(CG14818)またはKK(Vig2)であった。また、CG12384またはCG11444の遺伝子型は、GMR-GAL4;UAS-TDP43-YFP/UAS-KK(CG12384)またはKK(CG11444)であった。眼の撮像は、1日齢の雌の成虫において実施した。TDP-43-YFPの過剰発現による眼の表現型は、CG17931、CG14818、Vig2、CG12384およびCG11444をRNAiにより欠損させることにより悪化した。
【
図16】
図16は、TDP43ΔNLSと各Heroタンパク質とを融合させて発現させた場合のHeroタンパク質による凝集抑制効果を示す図である。
【発明の具体的説明】
【0011】
<<定義>>
本発明において「クライアントタンパク質」は、ストレス等から保護する対象となるタンパク質をいう。クライアントタンパク質としては、生理活性タンパク質が挙げられる。本発明において「生理活性タンパク質」は特に限定されず、例えば、抗体、抗体断片、酵素、ホルモン、サイトカイン、インターフェロン等が挙げられる。本発明において生理活性タンパク質は、医薬品の有効成分またはその候補とすることができる。
【0012】
クライアントタンパク質としてはまた、凝集性タンパク質が挙げられる。本発明において「凝集性タンパク質」は、疾患の発症および/または進展の原因となるタンパク質から選択することができる。
【0013】
本発明において「候補タンパク質」は、哺乳類(好ましくはヒト)由来のタンパク質とすることができる。本発明において「タンパク質集団」は、哺乳類(好ましくはヒト)由来のタンパク質集団とすることができる。本明細書において「タンパク質」は、ペプチドおよびポリペプチドを含む意味で用いられる。
【0014】
本発明において「天然変性構造」(intrinsically disordered structure)とは、天然状態では一定の立体構造を持たない構造をいい、「本質的に不規則な構造」と同義である。ここで「天然変性」(intrinsically disordered)とは「本質的に構造を持たない」(intrinsically unstructured)と同義である。また、「天然変性構造」を有するタンパク質は天然変性タンパク質(intrinsically disordered protein)いう。
【0015】
本発明において「ポリヌクレオチド」には、DNAおよびRNAが含まれ、さらには、これらの修飾体や人工核酸が含まれるが、好ましくはDNAである。また、DNAには、cDNA、ゲノムDNAおよび化学合成DNAが含まれる。
【0016】
本発明において「スクリーニング方法」とは、候補物質に関する評価結果に基づいて所定の特性を有する物質を選びだす方法を意味し、候補物質は1種であっても2種以上であってもよい。本発明の「スクリーニング方法」は候補物質を所定の特性を有する物質として同定する「同定方法」を含む。本発明の「スクリーニング方法」はイン・ビトロのスクリーニング方法とすることができる。
【0017】
<<スクリーニング方法>>
<評価工程/工程(B)>
候補タンパク質
本発明のスクリーニング方法は、天然変性構造を有するタンパク質を候補タンパク質とし、該タンパク質の存在下でクライアントタンパク質の安定性を評価する工程(本明細書において「評価工程」または「工程(B)」ということがある)を含むことを特徴とする。
【0018】
工程(B)で評価に供される候補タンパク質は、天然変性構造を有するタンパク質であれば特に限定されないが、天然変性領域(intrinsically unstructured/disordered regions/domains)予測法により天然変性構造を有するとされるタンパク質を用いることができる。例えば、IUPred(Z. Dosztanyi, V. Csizmok, P. Tompa, I. Simon, J. Mol. Biol. 347, 827-839 (2005))により天然変性構造を有するとされるタンパク質を候補タンパク質として工程(B)に供することができ、好ましくは、全アミノ酸残基のIUPredスコアの中央値が0.5より大きいタンパク質を候補タンパク質とすることができる。あるいは、配列全体に対して50%を超える(好ましくは60%を超える、70%を超える、75%を超える、または80%を超える)アミノ酸残基が、0.3より大きい(好ましくは0.4より大きい、0.5より大きい、または0.6より大きい)IUPredスコアを有するタンパク質を候補タンパク質として工程(B)に供することができる。
【0019】
本発明のスクリーニング方法においてはまた、熱溶解性に基づく分析により天然変性構造を有するとされるタンパク質を候補タンパク質として工程(B)に供することができ、好ましくは、加熱処理後に熱可溶性であるタンパク質を候補タンパク質とすることができる。
【0020】
工程(B)は、候補タンパク質の非存在下でのクライアントタンパク質の安定性の評価、あるいは対照タンパク質の存在下でのクライアントタンパク質の安定性の評価を併せて実施してもよい。対照タンパク質は、クライアントタンパク質を保護するタンパク質ではないタンパク質から選択することができ、例えば、生化学分野で対照タンパク質として汎用されている、ウシ血清アルブミン(BSA)、グルタチオン S-トランスフェラーゼ(GST)等のタンパク質を使用することができる。
【0021】
工程(B)では、例えば、候補タンパク質の存在下でのクライアントタンパク質の安定性の程度が、該候補タンパク質の非存在下での安定性の程度あるいは対照タンパク質の存在下での安定性の程度を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、候補タンパク質がクライアントタンパク質の安定化に寄与していると判定することができる。すなわち、本発明のスクリーニング方法は、工程(B)の後に、(C)前記候補タンパク質の存在下でのクライアントタンパク質の安定性の程度が、該候補タンパク質の非存在下での安定性の程度あるいは対照タンパク質の存在下での安定性の程度を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、候補タンパク質を、クライアントタンパク質を保護するタンパク質であると決定する工程をさらに含んでいてもよい。
【0022】
工程(B)は、クライアントタンパク質の安定性への候補タンパク質の効果を評価できる限りその態様に制限はないが、例えば、アミノ酸配列情報に基づいて公知の方法に従って候補タンパク質の組換えタンパク質を調製して評価工程を実施してもよく、あるいは、塩基配列情報に基づいて候補タンパク質を細胞内または個体内で強制発現させるか、ノックダウンまたはノックアウトして評価工程を実施してもよい。あるいは候補タンパク質を抗体などで機能阻害する等して候補タンパク質の効果を検証することができる。また、塩基配列情報に基づいて候補タンパク質を細胞内または個体内で強制発現またはノックダウンした試料から抽出液を作成して、リコンビナントタンパク質として精製することなく、粗抽出液そのものを用いて工程(B)を実施してもよい。工程(B)の安定性の評価工程は、これらの方法のいずれの方法を用いてもよく、これらの方法を組み合わせて用いてもよい。
【0023】
ストレスからの保護の評価
本発明のスクリーニング方法では、評価工程において、クライアントタンパク質の安定性をクライアントタンパク質のストレスからの保護の程度を指標にして評価することができる。クライアントタンパク質のストレスからの保護は、ストレス条件下におけるクライアントタンパク質の変性からの保護とすることができる。
【0024】
評価工程において、クライアントタンパク質の安定性をクライアントタンパク質のストレスからの保護の程度を指標にして評価する場合、クライアントタンパク質として生理活性タンパク質あるいは非凝集性タンパク質を選択することができる。この場合、本発明のスクリーニング方法は、生理活性タンパク質の安定化に有用なタンパク質のスクリーニング方法とすることができる。
【0025】
本発明において「ストレス」とは、タンパク質に対するストレスであり、具体的にはタンパク質を変性させるストレスであり、このようなストレスとしては物理的ストレスおよび化学的ストレスが挙げられる。物理的ストレスとしては、例えば、加熱、常温保存、凍結、解凍、低温、熱ショック、乾燥、圧力、吸着、攪拌、超音波、希釈、濃縮、日常光線、紫外線、X線が挙げられる。化学的ストレスとしては、酸、アルカリ、尿素、塩酸グアニジン、尿素、有機溶媒、界面活性剤等の変性剤による処理や、プロテアーゼ等の酵素による処理が挙げられる。
【0026】
工程(B)では、例えば、候補タンパク質の存在下でのクライアントタンパク質のストレスからの保護の程度が、該候補タンパク質の非存在下での保護の程度あるいは対照タンパク質の存在下での保護の程度を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、候補タンパク質がクライアントタンパク質のストレスからの保護に寄与していると判定することができる。すなわち、本発明のスクリーニング方法は、工程(B)の後に、(C1)前記候補タンパク質の存在下でのクライアントタンパク質のストレスからの保護の程度が、該候補タンパク質の非存在下での保護の程度あるいは対照タンパク質の存在下での保護の程度を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、候補タンパク質を、クライアントタンパク質をストレスから保護するタンパク質(あるいはクライアントタンパク質の安定化に有用なタンパク質)であると決定する工程をさらに含んでいてもよい。
【0027】
クライアントタンパク質が生理活性タンパク質である場合、クライアントタンパク質のストレスからの保護の程度は、該生理活性タンパク質の活性を指標に評価することができる。例えば、ストレス負荷前の生理活性に対するストレス負荷後の残存生理活性の割合(百分率)に基づいてクライアントタンパク質のストレスからの保護の程度を評価することができ、ストレス負荷後の残存生理活性率が高いほどストレスからの保護の程度が高いといえる。
【0028】
生理活性タンパク質に対して保護効果があるタンパク質のスクリーニングに当たっては、工程(B)において、候補タンパク質の存在下における生理活性タンパク質の医薬品としての安定性(例えば、保存安定性、光安定性)を評価することができる。この場合、評価試験は、工程(B)を医薬品の製造承認に求められる安定性試験の条件に従って実施してもよい。例えば、保存安定性であれば、医薬品の製造承認申請に求められる長期保存試験、中間的試験または加速試験の条件下で安定性の評価試験を実施することができる。工程(B)を医薬品の製造承認に求められる安定性試験の条件に従って実施した場合には、工程(B)の後に、(C2)前記候補タンパク質の存在下での生理活性タンパク質(好ましくは医薬品の有効成分である生理活性タンパク質)の安定性の程度が、該候補タンパク質の非存在下での安定性の程度あるいは対照タンパク質の存在下での安定性の程度を上回る場合に(好ましくは有意差をもって上回る場合に)、候補タンパク質を、生理活性タンパク質の安定化に有用なタンパク質であると決定する工程をさらに含んでいてもよい。この場合、本発明のスクリーニング方法は生理活性タンパク質の安定化(好ましくは医薬品の有効成分である生理活性タンパク質の医薬品としての安定化)に有用なタンパク質の同定方法とすることができる。
【0029】
凝集抑制の評価
本発明のスクリーニング方法ではまた、工程(B)において、クライアントタンパク質の安定性をタンパク質の凝集の程度を指標として評価することができる。
【0030】
工程(B)において、クライアントタンパク質の安定性をタンパク質の凝集の程度を指標にして評価する場合、クライアントタンパク質は凝集性タンパク質とすることができ、前述の通り、凝集性タンパク質は、疾患の発症および/または進展の原因となるタンパク質から選択することができる。
【0031】
工程(B)において、クライアントタンパク質の安定性を凝集性タンパク質の凝集の程度を指標にして評価し、クライアントタンパク質が疾患の発症および/または進展の原因となる凝集性タンパク質である場合、本発明のスクリーニング方法は、疾患の治療、予防または改善に有効なタンパク質またはその候補のスクリーニング方法とすることができる。
【0032】
上記疾患としては、例えば、タンパク質の異常な凝集により発症および/または進展する疾患が挙げられ、具体的には、神経変性疾患、筋疾患、アミロイド沈着による疾患が挙げられる。神経変性疾患としては、例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、ポリグルタミン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、前頭側頭型認知症(FTD)、プリオン病が挙げられる。神経変性疾患としてはまた、αシヌクレイノパシー、セルピノパシー、脊髄小脳変形症(例えば、脊髄小脳変形症1型(SCA1)、脊髄小脳変形症2型(SCA2)、脊髄小脳変形症6型(SCA6)、脊髄小脳変形症7型(SCA7)、脊髄小脳変形症17型(SCA17))、タウオパシー、二次(AA)アミロイドーシス、球脊髄性筋萎縮症(SBMAまたはケネディー病)、第17染色体に関連する前頭側頭型認知症/パーキンソニズム、ピック病、びまん性レヴィ小体認知症(DLBD)、多系統萎縮症(MSA)、筋緊張性異栄養症、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)、フリードライヒ失調症、脆弱性X症候群、脆弱性XE精神遅滞、Machado-Joseph病(MJDまたはSCA3)、神経セルピン封入体を有する家族性脳症(FENIB)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、進行性核上麻痺(PSP)、筋萎縮性側索硬化症/パーキンソニズム認知症複合型、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ウィルソン病、神経線維腫症2型、脱髄性末梢性ニューロパシー、網膜色素変性症、好銀性顆粒認知症、大脳皮質基底核変性症、石灰化を伴うびまん性神経原線維変化、ハレルフォルデン・スパッツ病、ニーマン・ピック病C型、亜急性硬化性全脳炎、感染性海綿状脳症(TSE)、透析関連アミロイドーシス、脳アミロイド血管症、封入体筋炎、前頭側頭型認知症-FUS(FTD-FUS)、クロイツフェルト・ヤコブ病、家族性アミロイドーシス、脳血管βアミロイドアンギオパシー、緑内障における網膜神経節細胞変性、トリヌクレオチドリピート病、家族性イギリス認知症、家族性デンマーク痴呆、アミロイドーシス、皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症(CADASIL)、アレキサンダー病、セイピノパシー、家族性アミロイドニューロパシーおよび老人性全身性アミロイドーシスが挙げられる。タンパク質の異常な凝集により発症および/または進展する疾患としてはまた、例えば、白内障、嚢胞性線維症、II型糖尿病、慢性肝臓疾患、溶血性貧血、マルファン症候群、気腫、特発性肺線維症、ダウン症候群、加齢黄斑変性症、軽鎖(AL)アミロイドーシス(原発性全身性アミロイドーシス)、重鎖(AH)アミロイドーシス、大動脈内側アミロイドーシス、ApoAIアミロイドーシス、ApoAIIアミロイドーシス、ApoAIVアミロイドーシス、フィンランド型家族性アミロイドーシス(FAF)、リゾチームアミロイドーシス、フィブリノーゲンアミロイドーシス、透析アミロイドーシス、封入体筋炎/ミオパチー、ロドプシン変異を伴う網膜色素変性症、甲状腺髄様がん、心房性アミロイドーシス、下垂体プロラクチノーマ、遺伝性格子角膜ジストロフィー、皮膚苔癬アミロイドーシス、マロリー体、角膜ラクトフェリンアミロイドーシス、肺胞蛋白症、歯原性(Pindborg)腫瘍アミロイド、精嚢アミロイド、アポリポタンパク質C2アミロイドーシス、アポリポタンパク質C3アミロイドーシス、Lect2アミロイドーシス、インスリンアミロイドーシス、ガレクチン-7アミロイドーシス(原発性限局性皮膚アミロイドーシス)、角質デスモシンアミロイドーシス、エンフビルチドアミロイドーシスおよび鎌状赤血球症が挙げられる。
【0033】
前述の通り、クライアントタンパク質は、疾患の発症および/または進展の原因となる凝集性タンパク質とすることができる。疾患の発症および/または進展の原因となる凝集性タンパク質としては、例えば、アルツハイマー病の原因タンパク質であるアミロイドβ、パーキンソン病の原因タンパク質であるαシヌクレインおよびパーキン、ハンチントン舞踏病の原因タンパク質であるハンチンチン、ポリグルタミン病の原因タンパク質であるポリグルタミン配列、筋萎縮性側索硬化症(ALS)および前頭側頭型認知症(FTD)の原因タンパク質である43kDaのTAR DNA結合タンパク質(TDP-43)、スーパーオキシドディスムターゼ、FUS(Fused in sarcoma)、C9ORF72およびユビキリン2、プリオン病の原因タンパク質であるプリオン、EWSR、hnRNPA1、A2、FUSおよびアミロイド、αシヌクレイノパシーの原因タンパク質であるαシヌクレイン、セルピノパシーの原因タンパク質であるセルピン、白内障の原因タンパク質であるクリスタリン、脊髄小脳変形症の原因タンパク質であるアタキシン3、タウオパシーの原因タンパク質である微小管結合タンパク質タウ、二次(AA)アミロイドーシスの原因タンパク質であるアミロイドAタンパク質、嚢胞性線維症の原因タンパク質である嚢胞性線維症膜貫通コンダクタンス調節因子(CFTR)タンパク質、II型糖尿病の原因タンパク質である膵島アミロイドポリペプチド(IAPP;アミリン)、球脊髄性筋萎縮症の原因タンパク質であるアンドロゲン受容体、前頭側頭型認知症-FUS(FTD-FUS)の原因タンパク質であるFUS(Fused in sarcoma)、クロイツフェルト・ヤコブ病の原因タンパク質であるプリオン、家族性アミロイドーシスの原因タンパク質であるトランスサイレチン、脳血管βアミロイドアンギオパシーの原因タンパク質であるアミロイドβ、緑内障における網膜神経節細胞変性の原因タンパク質であるアミロイドβ、トリヌクレオチドリピート病の原因タンパク質であるタンデムグルタミン伸長を有するタンパク質、家族性イギリス認知症の原因タンパク質であるABri、家族性デンマーク痴呆の原因タンパク質であるADan、アミロイドーシスを伴う遺伝性脳出血の原因タンパク質であるシスタチンC、皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症(CADASIL)の原因タンパク質であるNotch3、アレキサンダー病の原因タンパク質であるグリア線維性酸性蛋白(GFAP)、セイピノパシーの原因タンパク質であるセイピン、家族性アミロイドニューロパシー、老人性全身性アミロイドーシスの原因タンパク質であるトランスサイレチン、軽鎖(AL)アミロイドーシス(原発性全身性アミロイドーシス)の原因タンパク質であるモノクローナル免疫グロブリン軽鎖、重鎖(AH)アミロイドーシスの原因タンパク質である免疫グロブリン重鎖、大動脈内側アミロイドーシスの原因タンパク質であるメダン(ラクタドヘリン)、ApoAIアミロイドーシスの原因タンパク質であるアポリポタンパク質AI、ApoAIIアミロイドーシスの原因タンパク質であるアポリポタンパク質AII、ApoAIVアミロイドーシスの原因タンパク質であるアポリポタンパク質AIV、フィンランド型家族性アミロイドーシス(FAF)の原因タンパク質であるゲルゾリン、リゾチームアミロイドーシスの原因タンパク質であるリゾチーム、フィブリノーゲンアミロイドーシスの原因タンパク質であるフィブリノゲン、透析アミロイドーシスの原因タンパク質であるベータ2ミクログロブリン、封入体筋炎/ミオパチーの原因タンパク質であるアミロイドβペプチド(Aβ)、ロドプシン変異を伴う網膜色素変性症の原因タンパク質であるロドプシン、甲状腺髄様がんの原因タンパク質であるカルシトニン、心房性アミロイドーシスの原因タンパク質である心房性ナトリウム利尿因子、下垂体プロラクチノーマの原因タンパク質であるプロラクチン、遺伝性格子角膜ジストロフィーの原因タンパク質であるケラトエピテリン、皮膚苔癬アミロイドーシスの原因タンパク質であるケラチン、マロリー体の原因タンパク質であるケラチン中間径フィラメントタンパク質、角膜ラクトフェリンアミロイドーシスの原因タンパク質であるラクトフェリン、肺胞蛋白症の原因タンパク質である界面活性剤プロテインC(SP-C)、歯原性(Pindborg)腫瘍アミロイドの原因タンパク質である歯原性アメロブラスト関連タンパク質、精嚢アミロイドの原因タンパク質であるセメノジェリンI、アポリポタンパク質C2アミロイドーシスの原因タンパク質であるアポリポタンパク質C2(ApoC2)、アポリポタンパク質C3アミロイドーシスの原因タンパク質であるアポリポタンパク質C3(ApoC3)、Lect2アミロイドーシスの原因タンパク質である白血球走化性因子-2(Lect2)、インスリンアミロイドーシスの原因タンパク質であるインスリン、ガレクチン-7アミロイドーシス(原発性限局性皮膚アミロイドーシス)の原因タンパク質であるガレクチン-7(Gal7)、角質デスモシンアミロイドーシスの原因タンパク質である角質デスモシン、エンフビルチドアミロイドーシスの原因タンパク質であるエンフビルチドおよび鎌状赤血球症の原因タンパク質であるヘモグロビンが挙げられる。
【0034】
工程(B)では、例えば、工程(A)により選択された候補タンパク質の存在下でのクライアントタンパク質の凝集の程度が、該候補タンパク質の非存在下での凝集の程度あるいは対照タンパク質の存在下での凝集の程度を下回る場合に(好ましくは有意差をもって下回る場合に)、候補タンパク質がクライアントタンパク質の凝集抑制に寄与していると判定することができる。すなわち、本発明のスクリーニング方法は、工程(B)の後に、(C3)前記候補タンパク質の存在下でのクライアントタンパク質の凝集の程度が、該候補タンパク質の非存在下での凝集の程度あるいは対照タンパク質の存在下での凝集の程度を下回る場合に(好ましくは有意差をもって下回る場合に)、候補タンパク質を、クライアントタンパク質の凝集を抑制するタンパク質(あるいは疾患の治療、予防または改善に有効なタンパク質またはその候補)であると決定する工程をさらに含んでいてもよい。
【0035】
クライアントタンパク質が凝集性タンパク質である場合、クライアントタンパク質の凝集の程度は、公知の測定手段により測定することができ、例えば、フィルタートラップアッセイ、細胞におけるタンパク質局在分析、パルス形状解析(PulSA)、表現型解析により凝集物を定量的に測定することができる。本発明のスクリーニング方法では、凝集物の生成量に基づいてクライアントタンパク質の凝集の程度を評価することができ、凝集物の生成量が少ないほどクライアントタンパク質の凝集を抑制する効果が高いといえる。
【0036】
<選択工程/工程(A)>
本発明のスクリーニング方法は工程(B)の前に、タンパク質集団からタンパク質の天然変性構造を指標として候補タンパク質を選択する工程(本明細書において「選択工程」または「工程(A)」ということがある)を含んでいてもよい。工程(A)は、天然変性領域予測法を用いて実施することができる。
【0037】
本発明において「天然変性領域予測法」とは、天然変性領域予測法を用いたプログラムおよびシステムを含む意味であり、公知のものを利用することができる。このようなプログラムおよびシステムとしては、例えば、IUPred(Z. Dosztanyi, V. Csizmok, P. Tompa, I. Simon, J. Mol. Biol. 347, 827-839 (2005)、URL:https://iupred2a.elte.hu/)、D2P2(URL:http://d2p2.pro/)、GLOBPLOT(URL:http://globplot.embl.de)、GLOBPLOT2(URL:http://globplot.embl.de)、FoldIndex(URL:https://fold.weizmann.ac.il/)、IsUnstruct(URL:http://bioinfo.protres.ru/IsUnstruct/)、DisEMBL(URL:http://dis.embl.de/)、PONDR VL-XT(URL:http://www.pondr.com)、PONDR VL3(URL:http://www.dabi.temple.edu/disprot/predictor.php)、PONDR VL3H(URL:http://www.dabi.temple.edu/disprot/predictor.php)、PONDR VSL2B(URL:http://www.dabi.temple.edu/disprot/predictor.php)、PONDR VSL2P(URL:http://www.dabi.temple.edu/disprot/predictor.php)、RONN(URL:http://www.bioinformatics.nl/~berndb/ronn.html)、ESpritz(URL:http://protein.bio.unipd.it/espritz/)、SLIDER(URL:http://biomine.cs.vcu.edu/servers/SLIDER/)が挙げられる。
【0038】
天然変性領域予測法による、タンパク質の天然変性構造を評価する指標としては、各予測法における特徴および基準に基づいて適宜定めることができ、例えば、配列全体(配列長)に対する天然変性構造領域の比率、天然変性構造を示すスコアの中央値(平均値等)、天然変性構造領域のアミノ酸組成、天然変性構造領域の長さ、アミノ酸組成における疎水性および親水性アミノ酸の比率および天然変性構造領域の電荷(pI値)が挙げられる。
【0039】
例えば、IUPredについて、所与の位置のアミノ酸残基のスコアが0.5以上であることは該アミノ酸残基が変性領域の一部である可能性が高いことを示す(Z. Dosztanyi, V. Csizmok, P. Tompa, I. Simon, J. Mol. Biol. 347, 827-839 (2005))。従って、タンパク質の天然変性構造をIUPredにより評価する場合、対象タンパク質について、全アミノ酸残基のIUPredスコアの中央値が、例えば、0.5より大きい場合、好ましくは0.6より大きい場合に、該タンパク質を候補タンパク質と判定することができる。また、対象タンパク質について、配列全体におけるIUPredスコアが高い場合に、該タンパク質を候補タンパク質と判定することができ、例えば、配列全体に対して50%を超える(好ましくは60%を超える、70%を超える、75%を超える、または80%を超える)アミノ酸残基が、0.3より大きい(好ましくは0.4より大きい、0.5より大きい、または0.6より大きい)IUPredスコアを有するタンパク質を候補タンパク質と判定することができる。
【0040】
工程(A)を上述のように構造予測プログラムを使用して実施するときは、タンパク質集団はヒトプロテオームおよびその配列データとすることができ、例えば、ヒトゲノムの遺伝子産物データベースや、ヒトタンパク質データベース(UniProtヒトプロテオーム;UP000005640、ヒトタンパク質アトラス)のタンパク質の配列データが挙げられる。
【0041】
また、等電点(pI値)に基づいて対象タンパク質の天然変性構造を評価する場合、対象タンパク質について、pIが6以下または8以上である場合に候補タンパク質と判定することができ、好ましくはpIが5以下または9以上であるとき、より好ましくはpIが4.5以下または10以上であるとき、さらに好ましくは、pIが4以下または11以上であるとき、特に好ましくはpIが3.5以下または12以上であるときに候補タンパク質と判定することができる。
【0042】
本発明のスクリーニング方法の工程(A)はまた、熱溶解性に基づく分析により実施し、天然変性構造を有するタンパク質を候補タンパク質として選択することができる。工程(A)は、天然変性領域予測法のみにより、あるいは、熱溶解性に基づく分析のみにより実施することができるが、天然変性領域予測法と、熱溶解性に基づく分析とを組み合わせて実施してもよい。
【0043】
熱可溶性に基づく分析は、例えば、対象タンパク質を水溶液中で加熱(好ましくは煮沸)した場合に、加熱後において、対象タンパク質が沈澱することなく上清中に存在する現象を指標として実施することができる。すなわち、対象タンパク質を水溶液中で加熱(好ましくは煮沸)した場合に、加熱後において、沈澱することなく上清中に存在する対象タンパク質を候補タンパク質として選択することができる。加熱した上清において可溶性であるタンパク質(すなわち、熱可溶性タンパク質)は、生理的条件下で天然変性構造を有している可能性が高いと考えられる。加熱条件は、典型的な高次構造を有するタンパク質を変性し得る限り特に限定されることはなく、例えば、80~100℃において5~20分、好ましくは85℃~100℃において10~20分、より好ましくは90~97℃において15分とすることができる。本発明の好ましい態様では、加熱した上清として、煮沸した上清(本明細書において、単に「煮沸上清」ということがある)を使用することができる。
【0044】
工程(A)を熱可溶性に基づく分析により実施する場合、タンパク質集団はヒトの細胞、組織、体液、ヒト以外の動物、植物、細菌、ウイルス等由来とすることができ、例えば、ヒトの上皮細胞、神経組織が挙げられる。また本発明のスクリーニング方法により同定されたタンパク質保護作用を有するタンパク質は後述のように医薬品の安定化剤として利用しうるものであるため、タンパク質集団はヒトの正常細胞、正常組織、正常器官等や、健常人の体液等を由来とすることができる。
【0045】
工程(A)を熱可溶性に基づく分析により実施する場合、熱可溶性タンパク質の調製は以下のようにして実施することができる。例えば、タンパク質集団が細胞由来の場合には、細胞を溶解し、溶解物(細胞粗溶解物)を加熱し、遠心分離により上清を回収し、該上清に含まれているタンパク質を熱可溶性タンパク質として得ることができる。また、タンパク質集団が各種生体組織に存在する場合には、破砕、懸濁処理を実施し、遠心分離により上清を回収し、その上清を加熱し、遠心分離によりさらなる上清を回収し、該上清に含まれているタンパク質を熱可溶性タンパク質として得ることができる。
【0046】
回収された上清中に存在する熱可溶性タンパク質の同定は、例えば、高速液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)により実施することができ、これらのタンパク質を候補タンパク質として選択することができる。
【0047】
工程(A)を天然変性領域予測法を用いて実施した場合には、候補タンパク質のアミノ酸配列情報や塩基配列情報に基づいて、候補タンパク質を工程(B)の安定性の評価工程に供することができる。工程(A)を熱溶解性に基づく分析により実施した場合には、得られた候補タンパク質をそのまま工程(B)の安定性の評価工程に供することができる。但し、工程(A)で熱溶解性に基づく分析を実施し、候補タンパク質が2種以上得られた場合には、候補タンパク質それぞれの特性を見極める観点から、質量分析法等により個々の候補タンパク質を同定し、同定情報に基づいて、候補タンパク質を工程(B)の安定性の評価工程に供することができる。
【0048】
<<生理活性タンパク質安定化剤および医薬組成物>>
後記実施例に記載の通り、本発明のスクリーニング方法を実施することにより、配列番号1~6のアミノ酸配列を有するタンパク質が、生理活性タンパク質をストレスから保護するタンパク質として同定された。従って、本発明の別の側面によると、(a)配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列を有するタンパク質(以下「本発明の安定化タンパク質」という)を有効成分として含んでなる、生理活性タンパク質安定化剤が提供される。本発明の安定化剤は、好ましくは生理活性タンパク質を有効成分とする医薬品の安定化剤として用いることができる。
【0049】
後記実施例に記載の通り、アミノ酸残基の組成比を維持しつつアミノ酸配列をシャッフルしたHeroタンパク質や、Heroタンパク質の断片について、元のHeroタンパク質と同様にクライアントタンパク質を保護する活性が認められた。従って、本発明においては、(a)配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列を有するタンパク質に加えて、前記(b)、(c)、(d)および(e)のタンパク質も本発明の安定化タンパク質に含まれる。前記(b)、(c)、(d)および(e)のタンパク質は、非天然由来のタンパク質であっても、哺乳類(好ましくはヒト)由来のタンパク質であってもよい。
【0050】
本発明においてアミノ酸配列の「シャッフル」とは、元のアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基の組成比を維持しつつ、並び順をランダムに入れ替えることを意味する。従って、前記(b)の配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列をシャッフルしてなるアミノ酸配列を有するタンパク質は、元のアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基の組成比を維持しつつ、並び順をランダムに入れ替えてなるアミノ酸配列を有するタンパク質を意味する。Heroタンパク質のアミノ酸残基の組成比は後記の表1~6を参照することができるが、上記(b)のタンパク質は元のアミノ酸配列のアミノ酸残基の個数が維持されるため、配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列のアミノ酸残基の個数および種類を維持しつつ、並び順をランダムに入れ替えてなるアミノ酸配列を有するタンパク質と言い換えることができる。アミノ酸配列のシャッフルは公知の手法に従って行うことができ、例えば、ランダムなタンパク質配列を生成するソフトウエア(例えば、Random protein sequence generator、RandSeq、https://web.expasy.org/randseq/)を用いてシャッフルされたアミノ酸配列を得ることができる。得られたシャッフル化アミノ酸配列が与えられれば公知のペプチド合成方法等の手法に従って該アミノ酸配列を有するタンパク質を合成することができる。前記(b)のタンパク質は、生理活性タンパク質の安定化活性を有するものとすることができる。
【0051】
前記(c)のタンパク質は、配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列の断片配列を有するタンパク質である。該タンパク質は、元のアミノ酸配列の任意の断片配列を有するタンパク質を意味する。前記断片配列のアミノ酸残基長は、元のアミノ酸配列の全アミノ酸残基長の3分の1以上(33%以上)とすることができ、好ましくは全アミノ酸残基長の5分の2以上(40%以上)、2分の1以上(50%以上)、3分の2以上(67%以上)、4分の3以上(75%以上)または5分の4以上(80%以上)とすることができる。前記断片配列のアミノ酸残基長の下限値は、例えば、43アミノ酸残基、50アミノ酸残基、60アミノ酸残基、70アミノ酸残基、80アミノ酸残基、90アミノ酸残基とすることができる。前記(c)のタンパク質は、生理活性タンパク質の安定化活性を有するものとすることができる。
【0052】
前記(d)のタンパク質は、Heroタンパク質のアミノ酸残基の組成比を満たし、かつ、43アミノ酸残基長以上であるアミノ酸配列を有するタンパク質である。該タンパク質は、元のアミノ酸配列のアミノ酸残基の組成比を満たし、かつ、所定のアミノ酸残基長である限り、アミノ酸残基の並び順は限定されない。前記アミノ酸配列のアミノ酸残基長の下限値は、例えば、43アミノ酸残基、50アミノ酸残基、60アミノ酸残基、70アミノ酸残基、80アミノ酸残基、90アミノ酸残基とすることができ、上限値は、例えば、5000アミノ酸残基、2000アミノ酸残基、1000アミノ酸残基、700アミノ酸残基、500アミノ酸残基、408アミノ酸残基、300アミノ酸残基、200アミノ酸残基、110アミノ酸残基とすることができる。これらの下限値および上限値はそれぞれ任意に組み合わせることができ、前記(d)のアミノ酸配列は、例えば、50~1000アミノ酸残基長、70~700アミノ酸残基長、90~500アミノ酸残基長を有するものとすることができる。
【0053】
前記(d)のタンパク質において規定されるHeroタンパク質のアミノ酸残基の組成比は以下の通りである。前記(d)のタンパク質をアミノ酸残基組成比で特定する場合、下記表1~6のアミノ酸残基の組成比は、その±5%(好ましくは±4%、±3%、±2%、±1%または±0.5%)の範囲を含むものとする。例えば、Hero7のアミノ酸残基組成比(表1)においてArgの組成比は、11.9%の±5%、すなわち、6.9%~16.9%の範囲を取り得る。
【0054】
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
前記(d)のタンパク質は、生理活性タンパク質の安定化活性を有するものとすることができる。前記(d)のタンパク質の具体的な態様としては、前記(b)のタンパク質が挙げられる。
【0061】
本発明においては、前記(a)、(b)、(c)および(d)のタンパク質に加えて、前記(a)、(b)、(c)または(d)のタンパク質と実質的に同一のタンパク質((e)のタンパク質)も本発明の安定化タンパク質に含まれる。この実質的に同一のタンパク質は前記(i)~(v)からなる群から選択されるタンパク質である。
【0062】
前記(i)において、「同一性」は「相同性」を含む意味で用いられる。ここで「同一性」は、例えば、比較する配列同士を適切に整列(アライメント)させたときの同一性の程度であり、前記配列間のアミノ酸の正確な一致の出現率(%)を意味する。同一性については、例えば、配列におけるギャップの存在およびアミノ酸の性質が考慮される(Wilbur, Natl. Acad. Sci. U.S.A. 80:726-730(1983))。前記アライメントは、例えば、任意のアルゴリズムの利用により行うことができ、具体的に、BLAST(Basic local alignment search tool)(Altschul et al., J. Mol. Biol. 215:403-410 (1990))、FASTA(Peasron et al., Methods in Enzymology 183:63-69 (1990))、Smith-Waterman(Meth. Enzym., 164, 765 (1988))などの相同性検索ソフトウエアを使用することができる。また、同一性の算出は、例えば、前記のような公知の相同性検索プログラムを用いて行うことができ、例えば、米国国立生物工学情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)において、デフォルトのパラメーターを用いることによって算出することができる。
【0063】
前記(i)における同一性は、例えば、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上または99%以上である。
【0064】
前記(ii)において、「アミノ酸配列において、1個または複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加された」とは、例えば、部位突然変異誘発法などの公知の方法により生じる程度の数のアミノ酸、または、天然に生じる程度の数のアミノ酸が、欠失、置換、挿入および/または付加によって改変されたことを意味する。前記置換などにより改変されるアミノ酸の個数は、例えば、1~20個、1~10個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、または1個である。前記アミノ酸配列において、前記改変は、例えば、連続して生じてもよいし、不連続に生じてもよい。
【0065】
前記(ii)におけるアミノ酸の挿入としては、例えば、アミノ酸配列の内部への挿入が挙げられる。さらに、前記(ii)におけるアミノ酸の付加は、例えば、アミノ酸配列のN末端もしくはC末端への付加であっても、N末端およびC末端の両末端への付加であってもよい。
【0066】
前記(ii)におけるアミノ酸の置換は、アミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が別の種類のアミノ酸残基に置き換えられることを意味する。前記(ii)におけるアミノ酸の置換は、例えば、保存的置換であってもよい。「保存的置換」は、タンパク質の機能を実質的に改変しないように、1個または複数個のアミノ酸を、別のアミノ酸および/またはアミノ酸誘導体に置換することを意味する。保存的置換において、置換されるアミノ酸と置換後のアミノ酸とは、例えば、性質および/または機能が類似していることが好ましい。具体的には、疎水性および親水性の指標、極性、電荷などの化学的性質、あるいは二次構造などの物理的性質が類似していることが好ましい。このように、性質および/または機能が類似するアミノ酸またはアミノ酸誘導体は、当該技術分野において公知である。例えば、非極性アミノ酸(疎水性アミノ酸)としては、例えば、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンなどが挙げられる。極性アミノ酸(中性アミノ酸)は、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインなどが挙げられる。陽電荷を有するアミノ酸(塩基性アミノ)酸は、アルギニン、ヒスチジン、リジンなどが挙げられ、負電荷を有するアミノ酸(酸性アミノ酸)は、アスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0067】
前記(iii)、(iv)および(v)において、「アミノ酸配列をコードする塩基配列」とは、特定のアミノ酸配列が与えられることによって、遺伝暗号(すなわち、コドン)に基づいて特定することができる。
【0068】
前記(iii)、(iv)および(v)において、「塩基配列によりコードされるアミノ酸配列」および「ポリヌクレオチドによりコードされるアミノ酸配列」は、特定の塩基配列または特定の塩基配列を有するポリヌクレオチドが与えられることによって、遺伝暗号(すなわち、コドン)に基づいて特定することができる。
【0069】
前記(iii)において、「同一性」は「相同性」を含む意味で用いられる。ここで、「同一性」は、前記(i)において述べたのと同様に、比較する配列同士を適切に整列(アライメント)させたときの同一性の程度であり、前記配列間の塩基の正確な一致の出現率(%)を意味する。同一性については、例えば、配列におけるギャップの存在および塩基の性質が考慮される(Wilbur, Natl. Acad. Sci. U.S.A. 80:726-730 (1983))。前記アライメントは、例えば、任意のアルゴリズムの利用により行うことができ、例えば、前述した、BLAST、FASTA、Smith-Watermanなどの相同性検索ソフトウエアが使用することができる。また、同一性の算出は、例えば、前記のような公知の相同性検索プログラムを用いて行うことができ、例えば、前記相同性アルゴリズムBLAST(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)において、デフォルトのパラメーターを用いることによって算出することができる。
【0070】
前記(iii)における同一性は、例えば、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上または99%以上である。
【0071】
前記(iv)において、「塩基配列において、1または複数個の塩基が欠失、置換、挿入および/または付加された」は、例えば、部位突然変異誘発法などの公知の方法により生じる程度の数の塩基(ヌクレオチド)、または、天然に生じる程度の数の塩基が、欠失、置換、挿入および/または付加によって改変されたことを意味する。前記置換などにより改変される塩基の個数は、例えば、1~50個、1~20個、1~10個、1~6個、1~数個、1~3個、1~2個または1個である。前記欠失、挿入および/または付加される塩基は、例えば、連続する3つの塩基からなるコドンが好ましく、コドンの数は、例えば、1~20個、1~10個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個または1個である。前記塩基配列において、前記改変は、連続して生じてもよいし、不連続に生じてもよい。
【0072】
また、前記(iv)における塩基の挿入としては、例えば、塩基配列の内部への挿入が挙げられる。さらに、前記(iv)における塩基の付加は、例えば、塩基配列の5’末端もしくは3’末端への付加であっても、5’末端および3’末端の両末端への付加であってもよい。
【0073】
前記(v)において、「ハイブリダイズする」とは、あるポリヌクレオチドが標的となるポリヌクレオチドと相補的なそれぞれの塩基同士の水素結合により二本鎖を形成することをいう。「ハイブリダイズ」は、各種ハイブリダイゼーションアッセイにより検出することができる。ハイブリダイゼーションアッセイとしては、例えば、サザンハイブリダイゼーションアッセイ、コロニーハイブリダイゼーションアッセイなどの公知の方法が挙げられる。
【0074】
前記(v)において、「ハイブリダイズ」あるいは「ハイブリダイゼーション」は、ストリンジェントな条件下で実施することができ、例えば、ハイブリダイゼーション緩衝液中でハイブリダイゼーション反応を行った後、洗浄緩衝液で洗浄することにより実施することができる。ここで「ストリンジェントな条件」は、ある塩基配列とその相補鎖との二重鎖のTm(℃)および必要な塩濃度などに依存して決定することができ、アミノ酸配列をコードする塩基配列を選択した後にそれに応じたストリンジェントな条件を設定することは当業者に周知の技術である(例えば、J. Sambrook, E. F. Frisch, T. Maniatis; Molecular Cloning 2nd edition, Cold Spring Harbor Laboratory(1989)参照)。ストリンジェントな条件としては、例えば、ハイブリダイゼーションに通常用いられる適切な緩衝液(例えば、SSC溶液)中で、塩基配列によって決定されるTmよりわずかに低い温度(例えば、Tmよりも0~5℃低い温度あるいはTmよりも0~2℃低い温度)においてハイブリダイゼーション反応を実施することが挙げられる。ストリンジェントな条件としてはまた、ハイブリダイゼーション反応後の洗浄を高濃度低塩濃度溶液で実施することが挙げられる。
【0075】
本発明において、「生理活性タンパク質の安定化活性」は、クライアントタンパク質である生理活性タンパク質を安定化する活性である。従って、「生理活性タンパク質の安定化活性を有するタンパク質」であるか否かは、例えば、候補タンパク質を後述する実施例に記載の保護効果確認試験や凝集抑制効果確認試験に付し、候補タンパク質についてこれらの効果を判定することができる。
【0076】
また、本発明のさらに別の側面によると、1種または2種以上の本発明の安定化タンパク質を含んでなる医薬組成物が提供される。本発明の医薬組成物は有効成分として生理活性タンパク質を含んでいてもよく、本発明の安定化タンパク質は有効成分の安定化剤として作用する。すなわち、本発明の医薬組成物は、有効成分の安定化に有効な量で本発明の安定化タンパク質を含むことができる。
【0077】
本発明の医薬組成物は、薬学上許容される製剤用添加剤をさらに含んでいてもよい。製剤形態に適した製剤用添加剤は当業者に自明であり、製剤形態に応じて適宜選択することができる。本発明の医薬組成物の製剤形態は特に限定されず、液剤、固形製剤等の任意の製剤形態を取ることができるが、好ましくは液剤である。
【0078】
本発明の医薬組成物では、生理活性タンパク質を本発明の安定化タンパク質と複合化させた態様で提供してもよく、好ましくは、生理活性タンパク質を本発明の安定化タンパク質と遺伝子工学的に融合させた態様で提供してもよい。本発明の安定化タンパク質の複合化あるいは遺伝子工学的な融合化は公知の手段で実施することができる。また、本発明の安定化タンパク質は1つのみ複合化あるいは融合化しても、複数個で(例えば、タンデム状または散在状に)複合化あるいは融合化してもよく、生理活性タンパク質の末端または内部に複合化あるいは融合化してもよい。
【0079】
本発明のさらに別の側面によると、前記(a)、(b)、(c)、(d)および(e)からなる群から選択されるタンパク質と生理活性タンパク質とを接触させる工程を含んでなる、生理活性タンパク質の安定化方法が提供される。本発明の安定化方法は、本発明のスクリーニング方法、本発明の安定化剤および本発明の医薬組成物に関する記載に従って実施することができる。
【0080】
本発明のさらに別の側面によると、生理活性タンパク質の安定化剤の製造のための、生理活性タンパク質の安定化剤としての、あるいは、生理活性タンパク質の安定化のための、前記(a)、(b)、(c)、(d)および(e)からなる群から選択されるタンパク質の使用が提供される。本発明の使用は、本発明のスクリーニング方法、本発明の安定化剤および本発明の医薬組成物に関する記載に従って実施することができる。
【0081】
本発明の方法および使用は非治療的態様で実施することができる。「非治療的」とはヒトを手術、治療又は診断する行為(すなわち、ヒトに対する医療行為)を含まないことを意味し、具体的には、医師又は医師の指示を受けた者がヒトに対して手術、治療又は診断を行う方法を含まないことを意味する。
【実施例】
【0082】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0083】
例1:煮沸上清がクライアントタンパク質に与える影響の分析
(1) 一般的な方法
ショウジョウバエS2細胞は、10%ウシ胎児血清(Gibco社製)およびAntibiotic-Antimycotic(Gibco社製)を添加したSchneider’s Drosophila培地(Gibco社製)で、27℃で培養した(以下の例においても同様)。HEK293T細胞は、10%FBSを添加したダルベッコ改変イーグル培地(Sigma社製)で5%CO2雰囲気中、37℃で維持した(以下の例においても同様)。
【0084】
溶解緩衝液(30mM HEPES-KOH pH7.4、100mM KOAc、2mM Mg(OAc)2)、洗浄緩衝液(1%TritionX-100および800mM NaClを含有する溶解緩衝液)および低張溶解緩衝液(10mM HEPES-KOH pH7.4、10mM KOAc、1.5mM Mg(OAc)2、1×完全EDTAフリープロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche社製)および5mM DTT)を細胞溶解物の調製に使用した(以下の例においても同様)。
【0085】
S2細胞またはHEK293T細胞から溶解物を調製するために、細胞を収集し、PBSで1回洗浄した。細胞ペレットを等量の低張溶解緩衝液で再懸濁し、15分間インキュベートし、15秒間ボルテックスし、17,000×gで20分間遠心分離した。上清をチューブに回収し、液体窒素で急速冷凍し-80℃で保存した。煮沸するために、溶解物を95℃で15分間加熱し、氷上で1分間保持し、次いで20,000×gで5分間遠心分離して凝集を除去した(以下の例においても同様)。
【0086】
(2) クライアントタンパク質(アルゴノート)溶出アッセイ
ア プラスミドの構築
pCAGEN-FlagTevSnap-DESTは、下記のようにして作製した。N末端FLAGタグ、TEVプロテアーゼ認識配列およびSNAPタグ、とそれに続くGateway attR部位を含むDNA断片を、NEBuilder HiFi DNAアセンブリマスターミックス(NEB社製)を用いてpCAGENに挿入して作製した。pCAGEN-FlagTevSnap-Ago2(野生型)は、下記のようにして作製した。pENTR/D-Ago2(K. Tsuboyama, H. Tadakuma, Y. Tomari, Mol. Cell. 70, 722-729.e4 (2018))においてコドン最適化ショウジョウバエAgo2 CDS配列を含むDNA断片を、Gateway LR Clonase(Invitrogen社製)を用いてpCAGEN-FlagTevSnap-DESTに挿入して作製した。
【0087】
イ 方法
HEK293T細胞において発現させたFLAG-TEV-SNAP-Ago2をSNAP-Surface Alexa Fluor 647(NEB社製)で標識し、Dynabeads ProteinG(Invitrogen社製)上にコンジュゲートした抗FLAG抗体によって免疫精製した。ビーズを洗浄緩衝液で3回洗浄し、2mMのATPを含む洗浄緩衝液で3回洗浄し、溶解緩衝液ですすいだ。ビーズを2U/μLのTurboTEVプロテアーゼ(Accelagen社製)を含む溶解緩衝液、粗溶解物またはそれらの煮沸上清と共に室温で1時間インキュベートした。プロテイナーゼKで処理した上清を調製するために、上清を2mg/mLプロテイナーゼKと混合し、37℃で1時間インキュベートし、95℃で15分間再煮沸させてプロテイナーゼKを失活させた。SNAPタグに共有結合させた赤色蛍光染料は、Luminate Forte Western HRP Substrate(ミリポア社製)を用いて化学発光検出法により検出した。画像はAmersham Imager 600(GEヘルスケア社製)によって取得した。
【0088】
ウ 結果
結果は、
図1Bに示した通りであった。アルゴノート(Argonote2;Ago2)タンパク質に関する研究の過程で、抗FLAG磁気ビーズを使用してショウジョウバエAgo2をTEVプロテアーゼで切断可能なFLAGタグと融合させて免疫精製した場合(
図1A参照)、FLAGタグをTEVプロテアーゼで除去した後でさえビーズからAgo2タンパク質を溶出できないという奇妙な現象を観察した(
図1B)。このことから、精製された遊離のAgo2タンパク質は不安定でありビーズに非特異的に吸着する傾向があると考えた。驚くべきことに、TEVプロテアーゼ処理中にショウジョウバエS2細胞粗溶解物を添加することにより、Ago2の効率的な溶出が促進された。この効果の原因がタンパク質であるかどうかを検証するために、S2細胞粗溶解液を95℃で15分間煮沸し、沈殿したタンパク質を遠心分離によって除去した。細胞粗溶解物中の全タンパク質濃度の約4.3%しか含まない熱変性溶解物の上清は、元の溶解物と同様にAgo2を溶出するのに適していた。煮沸した上清をプロテイナーゼK(PK)で消化し、続いて2回目の加熱によってその不活性化を行ったところ、Ago2溶出の活性は半分になった。ショウジョウバエAgo2の溶出は、ヒトHEK293T細胞からの粗溶解物およびその煮沸上清(元のタンパク質濃度の約6%)によって同様に促進され、溶出の効率はプロテイナーゼK処理によって半減したことが確認された。これらの結果から、S2細胞またはHEK293T細胞粗溶解物の煮沸上清中に含まれるいくつかの熱可溶性タンパク質がビーズからの遊離のAgo2の溶出を促進することが示された。
【0089】
(3)小分子RNA(small RNA)プルダウンアッセイ
ア プラスミドの構築
pCold-Hsc70-4、Hsp83、Hop、Droj2およびp23はS. Iwasaki et al., Nature. 521, 533-536 (2015)に記載されている。pCAGEN-FlagTevSnap-Ago2(野生型)は、上記(2)アの記載に従って作製した。pCAGEN-Flag-GSTは、N末端にFLAGタグを有するGSTを含むDNA断片を、NEBuilder HiFi DNAアセンブリマスターミックス(NEB社製)を用いてpCAGENに挿入して作製した。
【0090】
イ タンパク質精製
Hsc70-4、Hsp83、Hop、Droj2、p23およびDicer-2/R2D2ヘテロ二量体の組換えタンパク質を、以前に記載されたように発現させ精製した(S. Iwasaki et al., Nature. 521, 533-536 (2015))。
【0091】
ウ 方法
未成熟体Ago2-RISC(RNA-induced silencing complex、RISC)および成熟体Ago2-RISC形成を検出するための小分子RNAプルダウンは、Z. Dosztanyi, V. Csizmok, P. Tompa, I. Simon, J. Mol. Biol. 347, 827-839 (2005)にわずかな変更を加えて行った。S2細胞で発現させたFLAG-TEV-Halo-Ago2を、Dynabeads Protein G(Invitrogen社製)にコンジュゲートした抗FLAG抗体によって免疫精製した。ビーズを洗浄緩衝液で3回洗浄し、2mMのATPを含む洗浄緩衝液で3回洗浄し、最後に溶解緩衝液ですすいだ。次いで、Ago2-コンジュゲートビーズを、再構成システム、32P放射標識スモールRNA二本鎖、ATP再生システム(1mM ATP、25mMクレアチンモノホスフェート(シグマ社製)、0.03U/μLクレアチンキナーゼ(Calbiochem社製)、0.1U/μLのRNasin Plus RNase阻害剤(Promega社製))および各3.5μLの各煮沸上清と共に、10μlの溶解緩衝液中で25℃、60分間インキュベートした。再構成システムは、20nMのDicer-2/R2D2、600nMのDroj2、1.8μMのHsc70-4、1.5μMのHop、3μMのHsp83および3μMのp23を含んでいた。全ての場合において、全タンパク質濃度はグルタチオン-S-転移酵素(本明細書において、単に「GST」ということがある)の添加によって調整した。インキュベーション後、ビーズを洗浄緩衝液で4回洗浄し、次いで結合したRNAをプロテイナーゼK処理によって抽出し、ネイティブPAGEによって分析した。
【0092】
エ 結果
結果は、
図2Aおよび
図2Bに示した通りであった。ショウジョウバエAgo2-RISCの組み立てには、スモールRNA二本鎖およびAgo2自体だけでなく、Dicer-2/R2D2ヘテロ二量体およびHsp70/90シャペロン装置も必要とされる(S. Iwasaki et al., Nature. 521, 533-536 (2015))。これらの因子はすべてS2細胞粗溶解物に存在し、磁気ビーズ上に固定化されたFLAGタグ付きAgo2と、
32P放射性標識スモールRNA二本鎖およびS2細胞溶解物とのインキュベーションにより、二本鎖の両方の鎖を含む未成熟体RISCおよび一本鎖ガイドのみを含む成熟体RISCが効率的に組み立てられることが確認された。S2粗溶解物と比較して、高濃度の精製Hsp70/90シャペロン装置およびDicer-2/R2D2を用いたAgo2-RISC集合体の再構成は、未成熟体Ago2-RISCを効率的に形成したが、成熟Ago2-RISCへの変換は非効率的であった。シャペロンなしでは上清自体は再構成活性を示さなかったが、熱変性したS2細胞またはHEK293T細胞溶解物の上清をシャペロン存在下で添加すると、未成熟体および成熟体の両方のAgo2-RISCの形成が強く促進された。したがって、ショウジョウバエS2細胞またはヒトHEK293T細胞の煮沸上清は、Dicer-2/R2D2によるAgo2-RISCとシャペロン装置の集合を促進することができる。これらの結果から、煮沸上清中の因子が、その遊離型(
図1Aおよび
図1B)またはRISC集合体(
図2Aおよび
図2B)のいずれにおいても、Ago2の分子挙動を種の境界を超えて改善することが示された。
【0093】
(4)クライアントタンパク質(乳酸脱水素酵素)の乾燥からの保護効果
ア 方法
ウサギ筋肉由来の精製乳酸脱水素酵素(LDH)(Roche社製)を5倍希釈した、S2細胞またはHEK293T細胞からの煮沸上清で5μg/mLに希釈した。サンプルをSpeedVac真空濃縮機(Thermo社製)中で加熱せずに16時間乾燥させた。正規化のために、同じ条件下で同じ量のLDHを乾燥の場合と同じ期間、氷上に保った。乾燥試料をPBSで再水和し、細胞傷害性LDHアッセイキット-WST(同仁化学研究所社製)を用いてLDH活性を測定した。
【0094】
イ 結果
結果は、
図3に示した通りであった。ウサギ筋肉由来の精製ラクテートデヒドロゲナーゼ(LDH)を室温で一晩蒸発乾固させると、その活性は元のレベルの約20%まで低下したが、乾燥前にS2細胞またはHEK293T細胞からの煮沸上清を添加することにより、LDH活性の約60~70%が維持されることが確認された。該効果は上清をプロテイナーゼK処理することにより低下したことから、熱可溶性のショウジョウバエおよびヒトタンパク質がLDHの活性を乾燥から保護できることが示された。
【0095】
例2:煮沸した細胞粗溶解物に含まれる可溶性タンパク質の同定
(1) 方法
ア 熱可溶性タンパク質の質量分析による同定
熱は一般に、疎水性領域を露出させることによってタンパク質構造を変性させる。したがって、煮沸上清中で可溶性のままであるタンパク質は、親水性であり、本質的に不規則である可能性が高い。この考えを検証するために、ショウジョウバエS2細胞およびヒトHEK293T細胞溶解物およびこれらの煮沸上清をLC-MS/MS分析に供し、タンパク質を同定した。具体的には、下記のようにして質量分析を実施した。
【0096】
細胞溶解物およびこれらの煮沸上清中のタンパク質をトリプシン処理し、Dina-2AナノフローLCシステム(KYA Technologies社製)と組み合わせたLTQ-Orbitrap Velos質量分析計(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いてナノ液体クロマトグラフィータンデム質量分析(nanoLC-MS/MS)分析を常法に従って実施した。次いで、同定された熱可溶性タンパク質の相対アミノ酸頻度を分析するため、MS/MSシグナルを、Mascotアルゴリズム(バージョン2.5.1;Matrix Science)を使用して、UniProtヒトプロテオーム(Homo sapiens;UP000005640)およびショウジョウバエプロテオーム(Drosophila melanogaster;UP000000803)に対して処理した。タンパク質同定は、閾値を超えたマスコットスコアに基づいた(誤発見率[FDR]<0.01)。タンパク質量と相関する、すべてのペプチドスペクトルマッチ(PSM)値に1を加え(ゼロを避けるため)、元の粗溶解物中の(PSM+1)と煮沸上清中の(PSM+1)との間の比率を算出した。次に、同定されたタンパク質を、各グループが実質的に同数のタンパク質を含むように、煮沸による喪失または濃縮の程度(グループI「最も喪失」からグループV「最も濃縮」)に従って5つのグループに分けた。各グループは煮沸による濃縮または喪失の程度に従って、実質的に同数のタンパク質を含んでいた。
【0097】
イ 構造的に不規則なドメインの予測
上記(1)で同定されたタンパク質の全体的な特徴を調べるために、本質的に不規則な領域(Intrinsically disordered Resions;IDRs)の予測法であるIUPred(Z. Dosztanyi, V. Csizmok, P. Tompa, I. Simon, J. Mol. Biol. 347, 827-839 (2005))を利用した。IUPredにおける0.5以上のスコアは所与の位置のアミノ酸残基が変性領域の一部である可能性が高いことを示す(Z. Dosztanyi, V. Csizmok, P. Tompa, I. Simon, J. Mol. Biol. 347, 827-839 (2005))。具体的には、下記のようにして変性(disorder)の度合いを予測した。
【0098】
アミノ酸配列は、UniProtヒトプロテオーム(Homo sapiens;UP000005640)およびショウジョウバエプロテオーム(Drosophila melanogaster;UP000000803)から収集した。また、上記(1)で同定されたタンパク質のアミノ酸配列を用いた。これらの配列をIUPred法に供し、全アミノ酸残基のIUPredスコアの中央値を各タンパク質に割り当て、それらの分布をバイオリンプロットにプロットした。
【0099】
ウ オルソログ予測
オルソログ予測は、DIOPT、DRSC(ショウジョウバエRNAiスクリーニングセンター)統合オルソログ予測ツール(Integrative Ortholog Prediction Tool)によって行われた。ショウジョウバエとヒトとの間で最もよく一致したタンパク質のスコアをプロットした。
【0100】
(2)結果
結果は、
図4に示した通りであった。ショウジョウバエS2細胞およびヒトHEK293T細胞溶解物およびこれらの煮沸上清をLC-MS/MS分析に供することにより、S2細胞について910個およびHEK293T細胞について980個のタンパク質を高い信頼性で同定した(FDR[偽の発見率]<0.01)。同定されたタンパク質を、各グループが実質的に同数のタンパク質を含むように、煮沸による喪失または濃縮の程度(グループI「最も喪失」からグループV「最も濃縮」)に従って5つのグループに分けた(
図4Aおよび
図4B)。ショウジョウバエまたはヒトの両方において、煮沸により濃縮されたタンパク質は、煮沸により喪失したタンパク質と比較して、はるかに高いIUPredスコアの中央値の分布を示した(
図4Cおよび
図4D)。さらに、煮沸により濃縮されたタンパク質において、親水性アミノ酸は過剰に存在したが、疎水性アミノ酸は少数しか存在しなかった(
図4Eおよび
図4F)。このように、構造的に不規則な親水性タンパク質が煮沸上清中に濃縮された。
また、LEAタンパク質に関連するモチーフは、煮沸上清中に同定されたタンパク質の中には見出されず、同定されたタンパク質の一次配列の間に共通または保存されたモチーフは検出されなかった。さらに、ショウジョウバエとヒトを比較するための15の異なるオルソログ予測ツールを統合したDIOPT(DRSC統合オルソログ予測ツール)スコア(Hu et al., BMC Bioinformatics, 12 (2011))は、煮沸による濃縮が増加するにつれて徐々に減少したことから、可溶性タンパク質は、通常の熱に弱いタンパク質よりも一次アミノ酸配列が進化的に保存されていないことが示された(
図4Gおよび
図4H)。これらの結果から、熱可溶性タンパク質は、全体として、従来の配列および相同性に基づく分類によっては定義することができないことが示唆された。また、煮沸により濃縮されたタンパク質の等電点(pI)は、酸性(約pH5)または塩基性(約pH10)領域に集中し、中性(約pH7~8)領域を避けて二峰性分布を示した(
図4Iおよび
図4J)。したがって、耐熱性タンパク質は、生理的pH下では、非常に負に帯電しているか、または非常に正に帯電している傾向があることが確認された。
【0101】
例3:構造的に不規則なタンパク質の選択
LC-MS/MS分析は本質的な偏りがあり、また、HEK293T細胞で発現されるタンパク質しか検出できない可能性がある。このため、例2におけるLC-MS/MS分析で同定したタンパク質リストとは無関係に、IUPredスコア自体を利用して、さらなる機能分析のためにヒトプロテオーム全体からタンパク質を選択することとした。
【0102】
(1)方法
ヒトタンパク質アトラス(M. Uhlen et al., Science. 347, 1260419 (2015))を母集団として、配列全体において高いIUPredスコアを有し(IUPredスコアが0.4より小さい残基数が25%を超える局所構造化タンパク質を除く、全ての残基のIUPredスコアの中央値が0.6より大きい)、かつ、高発現レベル(RPKM中央値が25より大きい)であるタンパク質をヒトタンパク質アトラス(M. Uhlen et al., Science. 347, 1260419 (2015).)から選択した。
【0103】
(2)結果
約450個のヒトタンパク質が同定された(
図5A)。また、これらのタンパク質も二峰性の等電点(pI)分布を示した(
図5B)。これらのうち、6つの代表的なタンパク質、すなわち、SERF2(P84101)、C9orf16(Uniprot identifier;Q9BUW7)、C19orf53(Q9UNZ5)、BEX3(Q00994)、C11orf58[SMAP](O00193)およびSERBP1(Q8NC51)をさらなる分析のために選択した(
図6A)。なお、これらのうち4つ(C9orf16、C11orf58、SERBP1およびSERF2)は例2におけるLC-MS/MSによって検出されたタンパク質であった。これら6つのタンパク質について、IUPredを用いて天然変性構造が予測された(
図6B)。6つのタンパク質の等電点(pI)は、それぞれ4.13(C9orf16)、4.57(C11orf58)、5.31(BEX3)、8.66(SERBP1)、10.44(SERF2)および11.55(C19orf53)であった。
【0104】
例4:代表的なHeroタンパク質の機能の解析
(1)Heroタンパク質の熱溶解性分析
ア プラスミドの構築
pCAGEN-Flag-Hero9、20、13、45、7または11は、下記のようにして作製した。Hero9、20、13、45、7または11(それぞれC9orf16、BEX3、C11orf58、SERBP1、SERF2またはC19orf53)を含むDNA断片をHEK293T細胞 cDNAからPCRにより増幅し、pENTR/D-TOPO(Invitrogen社製)にクローニングし、続いてGateway LR Clonase(Invitrogen社製)を用いてpCAGEN-Flag-DESTで再結合した。pCAGEN-Flag-GSTおよびpCAGEN-Flag-GFPは、N末端にFLAGタグを有するGSTまたはGSTを含むDNA断片を、NEBuilder HiFi DNAアセンブリマスターミックス(NEB社製)を用いてpCAGENに挿入して作製した。
【0105】
イ 方法
対照である緑色蛍光タンパク質(本明細書において、単に「GFP」ということがある)およびGSTと共に、例3で選択した6つの候補タンパク質の熱溶解性を分析した。HEK293T細胞においてFLAGタグタンパク質として上記アで作製したプラスミドを発現させて、95℃で15分間細胞溶解物を煮沸した後、上清を抗DDDDK抗体(M185、MBL社製)を1:10000希釈で用いて、ウェスタンブロッティング法により分析した。画像はAmersham Imager 600(GE Healthcare社製)によって取得した。
【0106】
ウ 結果
結果は
図7に示した通りであった。6つのタンパク質の全てが、煮沸後の可溶性上清中で容易に検出可能であったのに対して、GFPおよびGSTは煮沸した上清においてほとんど検出されなかった。この並外れた耐熱性と構造化されていない性質に基づいて、我々はこのタンパク質クラスをHEat-Resistant Obscure(Hero)タンパク質と呼び、ヒートショックタンパク質(例:Hsp70)の命名規則に従って各タンパク質を区別するために分子量を加えた。SERF2、C9orf16、C19orf53、BEX3、C11orf58、SERBP1をそれぞれHero7(配列番号1)、Hero9(配列番号2)、Hero11(配列番号3)、Hero13(配列番号4)、Hero20(配列番号5)およびHero45(配列番号6)と称することとした。
【0107】
例5:Heroタンパク質の精製および機能の解析
(1)乳酸脱水素酵素(LDH)の乾燥に対するHeroタンパク質の保護効果
ア プラスミドの構築
pCold I-GFP、GST、Hero9、Hero20、Hero13、Hero45、Hero7またはHero11-FlagHisは、下記のようにして作製した。各Heroタンパク質のCDSおよびC末端のFLAGおよびHisタグを含むDNA断片を、NEBuilder HiFi DNAアセンブリマスターミックス(NEB社製)によってpCold Iに挿入して作製した。Hero13およびHero45は、コドン最適化DNA断片(Eurofins社製)を合成し鋳型として利用した。
【0108】
イ Heroタンパク質の精製
GST、Hero9、20、13、45、7および11の組み換えタンパク質は、大腸菌Rosetta2(DE3)株においてC末端Hisタグ化タンパク質として発現させた。典型的には、細胞をアンピシリンと共に37℃で0.4~0.6のOD600まで培養し、次いで1 mMイソプロピル-β-D-チオガラクトシド(IPTG)と共に15℃で一晩増殖させた。細胞ペレットを、EDTAを含まない1×プロテアーゼインヒビターカクテル(Roche社製)を含有するHis A緩衝液(30mM HEPES-KOH pH7.4、200mM KOAc、2mM Mg(OAc)2、5%グリセロール)中に再懸濁し、超音波処理し、10,000×gで5分間、2回遠心分離した。上清をcOmplete His-Tag精製樹脂(Roche社製)のスラリーに添加し、室温で1時間または4℃で2時間インキュベートし、次にHis B緩衝液(400mMイミダゾールを含有するHis A緩衝液)で溶出した。溶離液を集め、PD-10(GE Healthcare社製)を用いて緩衝液をPBSに交換した。
【0109】
ウ 方法
5μg/mLのウサギ筋肉由来の精製乳酸脱水素酵素(LDH)(Roche社製)を4μg/mLのBSA、上記イで調製したGSTもしくは各Heroタンパク質を含むPBS、400μg/mLのトレハロースまたは2mg/mLのアルギニンで5μg/mLに希釈した以外は、例1(4)アに記載の方法に従って、LDH活性を測定した。
【0110】
エ 結果
結果は、
図8Aに示した通りであった。
図8Aの結果から、煮沸した上清の結果(
図3参照)と同様に、6つの全てのHeroタンパク質はLDH活性を約50%保護し、この効果はBSA、GSTまたは従来のタンパク質安定剤であるアルギニン若しくはトレハロースと比較してはるかに強い効果であることが確認された。
【0111】
(2)強化緑色蛍光タンパク質(EGFP)の有機溶媒による変性に対するHeroタンパク質の保護効果
ア プラスミドの構築
pCold I-GST、Hero9、Hero20、Hero13、Hero45、Hero7またはHero11-FlagHisは、上記(1)アの記載に従って作製した。
【0112】
イ タンパク質精製
タンパク質精製は、上記(1)イの記載に従って行った。EGFPの組換えタンパク質は、S. Iwasaki et al., Nature. 521, 533-536 (2015)に記載された手順に従って発現させ精製した。
【0113】
ウ 方法
10μg/mLの強化緑色蛍光タンパク質(本明細書において、単に「EGFP」ということがある)を50μg/mLのBSA、上記イで調製したGSTまたは各Heroタンパク質と混合し、続いて同量のクロロホルムを添加した。試料を室温で30分間連続的に振盪し、10,000×gで1分間遠心分離した。上清中(すなわち、水相中)のEGFP強度を測定した。
【0114】
エ 結果
結果は、
図8Bに示した通りであった。EGFPをクロロホルムに曝すと、その蛍光強度は天然の状態の約10%に減少した。対照的に、6つのHeroタンパク質のうちの4つは、EGFP活性の60%より多くを維持した。驚くべきことに、Hero45の存在下では、クロロホルム中でさえもEGFP蛍光は減少しないままであることが確認された。これは、メタクリル酸エステル系ランダムヘテロポリマー(RHP)がトルエン中のセイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)活性を保持する(B. Panganiban et al., Science. 359, 1239-1243 (2018))能力を思い起こさせる。これらの結果から、天然のHeroタンパク質は、過酷な条件に対してもタンパク質を安定化させるための分子シールドとして機能することが示された。
【0115】
(3)クライアントタンパク質の熱ショックに対するHeroタンパク質の保護効果
ア プラスミドの構築
pCAGEN-Flag-Hero9、20、13、45、7または11は、例4(1)アの記載に従って作製した。pCold-Hsc70-4およびHsp83は、S. Iwasaki et al., Nature. 521, 533-536 (2015)に記載されている。pCAGEN-FLucは、ホタルルシフェラーゼを、NEBuilder HiFi DNAアセンブリマスターミックス(NEB社製)を用いてpCAGENに挿入して作製した。pCAGEN-Flag-DESTは、S. Iwasaki et al., Nature. 521, 533-536 (2015)に記載されている。
【0116】
イ 方法
HEK293T細胞において6つのHeroタンパク質、Hsp70またはHsp90のそれぞれと共にホタルルシフェラーゼを発現させた後、熱ショックを与えた。具体的には、96ウェルプレート中のHEK293T細胞に、リポフェクタミン3000(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて、上記アで調製した10ngのpCAGEN-FLucおよび90ngの空のpCAGENまたはpCAGEN-Flag-Hero9、20、13、45、7または11をトランスフェクトした。約48時間後、4mMシクロヘキシミドを培地に添加し、細胞を37℃で10分間インキュベートし、次いで45℃で8分間熱ショックに供した。細胞をPassive Lysis Solution(Perkin Elmer社製)で溶解し、室温で15分間インキュベートし、溶解物を集めた。FLucのルシフェラーゼ活性は、センシライトエンハンストフラッシュルミネッセンス(Perkin Elmer社製)を用いて測定した。
【0117】
ウ 結果
結果は、
図8Cに示した通りであった。熱ショックにより、ルシフェラーゼ活性は元のレベルの約10%に低下した。既知のシャペロンであるHsp70またはHsp90の過剰発現により、ルシフェラーゼ活性の約15~30%が維持された。Heroタンパク質は、ルシフェラーゼをシャペロンと同様にまたはそれ以上に熱ショックから保護し、Hero7タンパク質はルシフェラーゼ活性の約50%を保護することが確認された。例4と例5の結果を併せて、Heroタンパク質はイン・ビトロおよび細胞内においても様々なタンパク質を安定化させる効果を有することが確認された。
【0118】
(4)クライアントタンパク質の熱ショックに対する断片化したショウジョウバエHeroタンパク質の保護効果
ア プラスミドの構築
CG1943、CG12384およびCG14818については、ハエS2細胞由来のcDNAライブラリーよりクローニングし、pCAGEN-Fベクターへと挿入した。pCAGEN-Flag-Hero9または20は、例4(1)アの記載に従って作製した。断片化タンパク質については、インバースPCRを用いて不要な配列を削除した。
【0119】
イ 方法
上記アで調製したプラスミドを用いた以外は、上記(3)イの記載と同様にして行った。なお、各全長Heroタンパク質を全アミノ酸配列長の中央で分割した断片のN末側断片を断片1といい、C末側断片を断片2とした。各タンパク質の配列は、CG1943の全長タンパク質(配列番号7)、断片1(配列番号8)および断片2(配列番号9)であり、CG12384の全長タンパク質(配列番号10)、断片1(配列番号11)および断片2(配列番号12)であり、CG14818の全長タンパク質(配列番号13)、断片1(配列番号14)および断片2(配列番号15)であり、Hero9の断片1(配列番号16)および断片2(配列番号17)であり、Hero20の断片1(配列番号18)および断片2(配列番号19)である。
【0120】
ウ 結果
結果は、
図9に示した通りであった。熱ショックにより、ルシフェラーゼ活性は元のレベルの約10%に低下した。既知の熱ショックタンパク質であるHsp70またはHsp90の過剰発現により、ルシフェラーゼ活性の約15~30%が維持された。ショウジョウバエおよびヒトのHeroタンパク質を半分に分割したHeroタンパク質断片は、各全長Heroタンパク質と同様にまたはそれ以上にルシフェラーゼ活性を熱ショックから保護することが確認された。上記(3)の結果と併せて、Heroタンパク質は断片化してもタンパク質を安定化させる効果を有することが確認された。
【0121】
例6:凝集性タンパク質の凝集に対するHeroタンパク質の抑制効果(1)
タンパク質の不安定性は、病気、特に神経変性疾患にしばしば関連し、例えば、43kDaのTAR DNA結合タンパク質(TDP-43)の凝集は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の実質的に全ての場合および前頭側頭型認知症(FTD)の約半分の場合に観察される(M. Neumann et al., Science. 314, 130-133 (2006).)。タンパク質を安定化させるHeroタンパク質の強力な活性(
図1~9参照)を考慮して、Heroタンパク質がTDP-43の病原性凝集を防ぐことができるかどうかを試験した。
【0122】
(1)イン・ビトロにおけるクライアントタンパク質の凝集に対するHeroタンパク質の抑制効果
ア プラスミドの構築
pCold I-GstTev-TDP-43-HAは、下記のようにして作製した。N末端GSTタグおよびTEVプロテアーゼ認識配列を含むDNAフラグメントをpCold I(タカラ社製)に挿入し、続いてNEBuilder HiFi DNAアセンブリマスターミックス(NEB社製)によってC末端2×HAタグを含むDNAフラグメントを挿入した。最後に、TDP-43を含むDNA断片をNEBuilder HiFi DNA Assembly Master Mix(NEB社製)によりpCold I-GstTev-HAに挿入して作製した。pCold I-GST、Hero9、Hero20、Hero13、Hero45、Hero7またはHero11-FlagHisは、例5(2)アの記載に従って作製した。
【0123】
イ タンパク質精製
GST、Hero9、20、13、45、7および11の組み換えタンパク質精製は、例5(2)イの記載に従って行った。GST-TEV-TDP-43-HAの組換えタンパク質を大腸菌Rosetta 2(DE3)株で発現させた。典型的には、1L培養中の細胞をアンピシリンと共に37℃で0.4~0.6のOD600まで培養し、次に1mMイソプロピル-β-D-チオガラクトシド(IPTG)と共に15℃で一晩増殖させた。細胞ペレットを0.5MのNaCl、0.1%のトリトン、10mg/LのRNaseA(ナカライテスク社製)およびEDTAを含まない1×プロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche社製)(L. Guo et al., Cell. 173, 677-692 (2018))を含有するPBS中に再懸濁し、超音波処理し、10,000×gで5分間、2回遠心分離した。上清をグルタチオンセファロース4ファーストフロー(GE Healthcare社製)のスラリーに添加し、4℃で2時間インキュベートし、次いでGST溶出緩衝液(100mM Tris-HCl pH8.0、20mMグルタチオン、100mM NaCl)で溶出した。溶出液を回収し、PD-10(GE Healthcare社製)を用いて緩衝液をPBSに交換した。
【0124】
ウ 方法
上記イで作製したGST-TEV-TDP-43-HAの組換えタンパク質をBSA(100μg/mL)、上記イで作製したGST(100μg/mL)および各Heroタンパク質(100μg/mL)、アルギニン(2mg/mL)またはトレハロース(500μg/mL)と混合し、37℃で16時間インキュベートした。続いて、5倍容量の1%SDSを含むPBSを添加し、次いで1%SDSを含むPBS中でインキュベートしておいた0.2μm孔径のセルロースアセテート膜(GE Healthcare社製)にロードした。1%SDSで洗浄後、抗HA抗体(M180、MBL社製)を1:10000希釈で用いて凝集物を検出した。画像はAmersham Imager 600(GE Healthcare社製)により取得した。
【0125】
エ 結果
結果は、
図10に示した通りであった。驚くべきことに、煮沸したHEK293T上清と同様に、試験した6つのヒトHeroタンパク質のうち5つがTDP-43凝集をほぼ完全に阻害したが、BSA、GSTおよび従来のタンパク質安定剤であるアルギニンおよびトレハロースは凝集を阻害しないことが確認された。
【0126】
(2)細胞におけるクライアントタンパク質の凝集に対するHeroタンパク質の抑制効果
ア プラスミドの構築
pCAGEN-GFP-TDP43ΔNLSは、下記のようにして作製した。TDP-43を含むDNA断片をPCRによりHEK293T細胞cDNAから増幅し、pENTR/D-TOPO(Invitrogen社製)にクローニングし、続いてGateway LR Clonase(Invitrogen社製)を用いてpCAGEN-GFP-DESTと組み換えた。TDP-43のNLS欠失(78~99)は、PCRに基づく部位特異的突然変異誘発により行った。pCAGEN-HTTQ103-GFPは、下記のようにして作製した。HTT103Q-GFPを含むDNA断片をp426 103Q GPD(Addgene#1184;S. Krobitsch, S. Lindquist, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 97, 1589-94 (2000))から増幅し、NEBuilder HiFi DNA Assembly Master Mix(NEB社製)を用いてpCAGENに挿入した。pCAGEN-GFP-GA50は、下記のようにして作製した。GA 50を含むDNA断片をpAG303-Gal-GA 50(Addgene#84907;A. Jovicic et al., Nat. Neurosci. 18, 1226-1229 (2015))から増幅し、GFPを含むDNA断片をNEBuilder HiFi DNA Assembly Master Mix(NEB社製)によってpCAGENに挿入した。pCAGEN-Flag-Hero9、20、13、45、7または11は、例4(1)アの記載に従って作製した。
【0127】
イ 方法
凝集しやすいタンパク質を、6つのヒトHeroタンパク質のそれぞれまたは対照としてのGSTと共に、HEK293T細胞においてGFP融合として発現させた。具体的には、12ウェルプレート中のHEK293T細胞に、100ngのpCAGEN-GFP-HTTQ103、100ngのpCAGEN-GFP-GA50または200ngのpCAGEN-GFP-TDP43ΔNLSおよび900ng(HTTQ103およびGA50の場合)または800ng(TDP43ΔNLSの場合)のpCAGEN-Flag-Hero9、20、13、45、7または11をLipofectamine 3000(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いてトランスフェクトした。約48時間後、細胞を1×完全EDTAフリープロテアーゼ阻害剤カクテル(ロシュ社製)を含有する200μLのPBSに再懸濁し、Bioruptor II(BMBio社製)によって超音波処理した。総タンパク質濃度を調整した後、1%SDSを加えた。サンプルを上記(1)ウの記載に従ってフィルタートラップアッセイにかけ、凝集物を抗GFP抗体(sc-9996、Santa Cruz社製)を1:10000希釈で用いて検出した。画像はAmersham Imager 600(GE Healthcare社製)により取得した。なお、HTTQ103は、ハンチントン病を引き起こすハンチンチン変異体に見られる異常なCAG拡大に由来する103のポリグルタミン残基のストレッチからなる(S. Krobitsch, S. Lindquist, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 97, 1589-94 (2000).)。また、GA50(50グリシン-アラニンリピート)は、ALSを引き起こすC9orf72イントロンに見られる異常なGGGGCCリピートに由来する(K. Mori et al., Science. 339, 1335-8 (2013))。核局在化シグナル(TDP-43ΔNLS)を欠くTDP-43は強制的に細胞質局在化されるため野生型よりも凝集しやすい(Nonaka T et al., Hum Mol Genet.,18(18):3353-64(2009))。
【0128】
ウ 結果
結果は、
図11に示した通りであった。Hero45、7および11は、TDP-43ΔNLSの細胞における凝集を強く抑制した。また、HTTQ103およびGA50の凝集も、Hero9(HTTQ103)、Hero45(GA50)および他のいくつかのHeroタンパク質によって著しく減少することが確認された。
【0129】
(3)顕微鏡観察によるクライアントタンパク質の凝集に対するHeroタンパク質の抑制効果
ア プラスミドの構築
プラスミドの構築は、上記(2)アの記載に従って行った。
【0130】
イ 方法
上記(2)イの記載に従って、HEK293T細胞をトランスフェクトし培養した。細胞の画像は、20倍対物レンズ(UCPLFLN20倍、0.7NA、オリンパス社製)を用いて倒立型顕微鏡(IX83、オリンパス社製)により取得した。
【0131】
ウ 結果
結果は、
図12に示した通りであった。
図12の結果から、GFPタグ付きTDP-43ΔNLS、HTTQ103およびGA50の凝集並びにHeroタンパク質の同時発現によるそれらの抑制は、顕微鏡レベルで明らかに観察された。
【0132】
(4)凝集性タンパク質の凝集に対するシャッフル化Heroタンパク質の抑制効果
ア プラスミドの構築
pCAGEN-Flag-Shuffled100(GST、Hero7、Hero11またはHero45)は、GST、Hero7、Hero11またはHero45のアミノ酸残基の組成比を有しつつ、アミノ酸配列がシャッフルされた100アミノ酸残基配列を含むDNA断片をpCAGEN-Flag-DESTベクターに挿入して作製した。pCAGEN-superFlag-Shuffled42(GST、Hero7、Hero11またはHero45)は、N末端スーパーフラッグ(Layton et al., 2019)と、GST、Hero7、Hero11またはHero45のアミノ酸残基の組成比を有しつつ、アミノ酸配列がシャッフルされた42アミノ酸残基配列を含むDNA断片をpCAGEN-superFlag-DESTベクターに挿入して作製した。タンパク質のシャッフルは、ランダムなタンパク質配列を生成するソフトウエア(Random protein sequence generator、RandSeq、https://web.expasy.org/randseq/)を用いて行った。シャッフル化Heroタンパク質のアミノ酸配列は、Hero7の100アミノ酸残基配列(配列番号20~22)および42アミノ酸残基配列(配列番号23、24)、Hero11の100アミノ酸残基配列(配列番号25~27)および42アミノ酸残基配列(配列番号28、29)、Hero45の100アミノ酸残基配列(配列番号30~32)および42アミノ酸残基配列(配列番号33、34)、GSTの元の配列(配列番号35)、100アミノ酸残基配列(配列番号36~38)および42アミノ酸残基配列(配列番号39、40)である。
【0133】
イ 方法
フィルタートラップアッセイは、pCAGEN-GFP-TDP43ΔNLSを用いて、上記(2)イの記載に従って行った。
【0134】
ウ 結果
結果は、
図13に示した通りであった。TDP-43ΔNLSの細胞凝集を阻害したHero45、7、および11(
図11参照)は、高い割合で塩基性アミノ酸残基を有し(アルギニンとリシンを合わせた割合が、それぞれ18.4%、32.2%、27.3%)、非常に高い正電荷(それぞれpI=8.66、10.44および11.55)を有することが示された。これらの正電荷を帯びた特性が、TDP-43ΔNLS凝集を阻害するHeroタンパク質の機能にとって重要であるという可能性を確認するために、Heroタンパク質の元のアミノ酸残基の組成比(すなわち、全アミノ酸残基数に対する各アミノ酸残基の割合)を維持し、かつ、総アミノ酸数を100アミノ酸または42アミノ酸に固定して、Hero7、11、および45、および対照としてのGSTのアミノ酸配列をランダムにシャッフルした。アミノ酸100残基では3つの異なるシャッフル配列を作製し、アミノ酸42残基では2つの異なるシャッフル配列を作製した。Heroタンパク質をシャッフル化した100アミノ酸残基配列は、元のHeroタンパク質と同程度またはさらに高い効率でTDP-43ΔNLSの凝集を阻害した。また、Heroタンパク質をシャッフル化した42アミノ酸残基配列は、TDP-43ΔNLS凝集を阻害しないことが確認された。これらの結果から、Heroタンパク質のアミノ酸配列それ自体ではなく、アミノ酸組成および長さ(すなわち、それらの分子的性質である、長く親水性かつ高度に荷電した「ポリマー」であること)が、クライアントタンパク質(少なくともTDP-43ΔNLS)の凝集に影響することが示された。
【0135】
例7:凝集性タンパク質の凝集に対するHeroタンパク質の抑制効果(2)
ショウジョウバエの眼は、神経変性疾患を研究するための有用なモデルシステムとして使用されている。キイロショウジョウバエの眼を用いてイン・ビボにおけるHeroタンパク質の凝集防止効果を評価した。
【0136】
ア プラスミドの構築
pUASg-HA.attB-Hero9、13、45または11の作製は下記のようにして作製した。pENTR中にHero9、13、45、7または11を含むDNA断片を、Gateway LR Clonase(Invitrogen社製)を用いてpUASg-HA-attB(DGRC#1423)に挿入して作製した。ショウジョウバエの飼育および交配は25℃で行った(以下、同様)。
【0137】
イ 方法
すべての一般的なショウジョウバエのストックはブルーミントンおよび京都ショウジョウバエストックセンターから入手した(以下、同様)。pUASg.attB-Hero9、13、45、および11の導入遺伝子を保有するショウジョウバエは、標準的なphiC31インテグラーゼ媒介性導入(Bestgene Inc.社製)により作製した。導入遺伝子を網膜において発現させるためにGMR-Gal4を使用した。UAS-MJDtr-Q78(J. M. Warrick et al., Cell. 93, 939-949 (1998))、UAS-TDP-43-YFPおよびUAS-YFP系統(A. C. Elden et al., Nature. 466, 1069-1075 (2010))は、Nancy Bonini博士から提供された(以下、同様)。
【0138】
ウ 結果
結果は、
図14に示した通りであった。
図14Aの結果から、網膜においてHero9、13、45または11を発現するトランスジェニックショウジョウバエを作製し、MJDtr-Q78およびTDP-43-YFPを発現する系統に遺伝子を導入したところ、YFPもトランスジェニックHeroタンパク質も単独では正常な眼の形態に検出可能な変化を引き起こさなかった。
図14B(上段)の結果から、ショウジョウバエの網膜の分化中の光受容体ニューロンにおいて、78個のグルタミン反復配列(MJDtr-Q78)の病原性拡大を含むヒトAtaxin3を過剰発現すると強力な網膜変性が引き起こされる(J. M. Warrick et al., Cell. 93, 939-949 (1998))が、Hero9または13を共発現することにより、眼の色素形成の欠陥が部分的に救済された。また、
図14B(下段)の結果から、YFPと融合したヒトTDP-43の発現(TDP-43-YTP)によっても眼における神経発生障害が引き起こされる(A. C. Elden et al., Nature. 466, 1069-1075 (2010))が、Hero9を共発現することによりほぼ完全に抑制された。また、Hero45によるTDP-43-YFPの救済の効果は中程度であったが、導入遺伝子のコピー数を2倍にすることによって救済効果が増強された。これらの結果から、イン・ビトロおよび細胞における結果(
図10および11参照)と一致して、Heroタンパク質が生きているショウジョウバエの神経系における疾患原因タンパク質の凝集を抑制できることが示された。
【0139】
例8:凝集性タンパク質の神経毒性に対するHeroタンパク質の抑制効果
ア 方法
RNAi系統は、ウィーンショウジョウバエリソースセンター(Vienna Drosophila Resource Center)から入手した(Barinova et al., Nature 448:151-156 (2007))。GMR-Gal4系統は、網膜における導入遺伝子の発現および/または長いヘアピンによるRNAiの誘導するために使用した。RNAi系統は、UAS-KK(Piwi)、KK(Hsc70-4)、KK(CG17931)、KK(CG14818)、KK(Vig2)、KK(CG12384)およびKK(CG11444)を使用した。
【0140】
イ 結果
結果は、
図15に示した通りであった。最も豊富で構成的に発現されるHsp70シャペロンであるHsc70-4がキイロショウジョウバエの正常な眼の発達に必要であることが知られている(Chang et al., J. Cell Biol. 159, 477-487 (2002); Hagedorn et al., J. Cell Biol. 173, 443-452 (2006); Kumar and Tiwari, Mol. Neurobiol. 55, 4345-4361 (2018))。
図15の結果から、GMR-Gal4ドライバーを用いた分化中の光受容体細胞におけるHsc70-4のノックダウンにより、眼の形態において中程度であるが検出可能な障害を示すことが確認された。一方、生殖細胞系列特異的なPiwi(モック)を欠損させても眼の異常は観察されなかった(
図15の上段)。ヒトHero7の遠いショウジョウバエホモログであるCG17931を眼特異的にノックダウンさせると、Hsc70-4のノックダウンと同様な眼の変性表現型を示した。これらの結果から、古典的シャペロンだけでなく、Heroタンパク質もハエの眼の発達において重要な役割を果たすことが示された。78個のグルタミン反復の病原性拡大を含むヒトアタキシン3(MJDtr-Q78)のGMR駆動性の過剰発現により、網膜変性が引き起こされることが知られている(Warrick et al., Cell 93, 939-949 (1998);
図15の中段)。また、眼の神経発達障害は、YFPと融合したヒトTDP-43(TDP-43-YFP)の発現によっても引き起こされる(Elden et al., Nature 466, 1069-1075 (2010);
図15の下段)。これら凝集性タンパク質の過剰発現による障害は、Piwi(ネガティブコントロール)の同時ノックダウンと比較して、CG17931(ヒトHero7の遠いホモログであり、相同性78%、同一性58%)を同時にノックダウンすることによって著しく悪化した(
図15の中段および下段)。また、MJDtr-Q78およびTDP-43-YFPの過剰発現による眼の表現型は、他の内因性ショウジョウバエHeroタンパク質であるCG14818(ヒトHero9の弱いホモログであり、相同性40%、同一性23%)およびVig2(ヒトHero45の弱いホモログであり、相同性41%、同一性30%)並びにCG12384およびCG11444(これらはハエに特有の可能性が高い)を欠損させた場合においても明らかに悪化した(
図15の中段および下段)。以上の結果から、イン・ビトロおよび細胞内の結果(
図7~
図13参照)と一致して、Heroタンパク質が、生きているハエにおいて、凝集性タンパク質の凝集に関連する眼の変性を抑制する効果を有することが示された。なお、上記において同一性および相同性の値はDIOPT(https://www.flyrnai.org/diopt)により算出した。
【0141】
例9:凝集性タンパク質とHeroタンパク質との融合による凝集抑制効果
ア プラスミドの構築
pCAGEN-GFP-TDP43DelNLSのC末端に、P2A pepitide配列およびmRuby3配列を付加した。次いで、P2A配列のすぐ上流にGST、Hero9、13、20、45、9または11配列を付加した。
【0142】
イ 方法
上記アで調製したプラスミドを用いた以外は、例6(2)イの記載と同様にして行った。また、GSTは抗凝集作用を有し、GSTを融合させたタンパク質は可溶化が促進される(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16781139)。ポジティブコントロールとして、GSTタグ化TDP43ΔNLSを用いた。
【0143】
ウ 結果
結果は、
図16に示した通りであった。凝集性タンパク質であるTDP43ΔNLSと各Heroタンパク質とを融合させて発現させた場合のHeroタンパク質による凝集抑制効果を観察した。非タグ化TDP43ΔNLS(ネガティブコントロール)では、凝集が抑制されなかった。GSTを融合させたTDP43ΔNLS(ポジティブコントロール)は、凝集がある程度抑制された。Heroタンパク質を融合させたTDP43ΔNLSでは、TDP43ΔNLSの凝集がGSTに比べてもさらに強く抑制されることが確認された。以上の結果から、凝集性タンパク質にHeroタンパク質を融合させることにより、凝集性タンパク質の凝集が抑制されることが確認された。
【配列表】