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特許7381008水素発生システムの制御方法、および水素発生システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-15
(54)【発明の名称】水素発生システムの制御方法、および水素発生システム
(51)【国際特許分類】
   C25B 15/00 20060101AFI20231108BHJP
   C25B 15/02 20210101ALI20231108BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20231108BHJP
【FI】
C25B15/00 303
C25B15/02
C25B9/00 A
C25B15/00 302A
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019171593
(22)【出願日】2019-09-20
(65)【公開番号】P2021046600
(43)【公開日】2021-03-25
【審査請求日】2022-06-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】ENEOS株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】原田 耕佑
(72)【発明者】
【氏名】松岡 孝司
(72)【発明者】
【氏名】高見 洋史
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 康司
(72)【発明者】
【氏名】小島 宏一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 直也
(72)【発明者】
【氏名】辻村 拓
(72)【発明者】
【氏名】古谷 博秀
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-019379(JP,A)
【文献】特開2017-206731(JP,A)
【文献】特開2019-099905(JP,A)
【文献】特開2014-091838(JP,A)
【文献】国際公開第2012/043085(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水の電気分解によって水素を発生する電解槽と、
前記電解槽に電解電流を供給する電源と、を備える水素発生システムの制御方法であって、
前記電解槽は、酸素発生用電極、水素発生用電極、前記酸素発生用電極を収容する酸素発生極室、前記水素発生用電極を収容する水素発生極室、ならびに前記酸素発生極室および前記水素発生極室を仕切る隔膜を有し、
前記酸素発生用電極は、前記電解電流が前記電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、
前記水素発生用電極は、前記運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有し、
前記制御方法は、前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極のうち、前記劣化率の大きい電極の前記電位変化が前記劣化率の小さい電極の前記電位変化よりも小さくなるように、前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極の電位を制御することを含み、
前記劣化率dANは、前記酸素発生用電極に対して、前記水素発生システムの定格電解時における前記酸素発生用電極の電位と、前記定格電解時における前記水素発生用電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値であり、
前記劣化率dCAは、前記水素発生用電極に対して、前記定格電解時における前記水素発生用電極の電位と、前記定格電解時における前記酸素発生用電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である水素発生システムの制御方法。
【請求項2】
前記酸素発生用電極が有する電荷量をQAN_electrode、
前記水素発生用電極が有する電荷量をQCA_electrode、
前記酸素発生極室に存在する酸素が有する正の電荷量の絶対値をQAN_O
前記水素発生極室に存在する水素が有する負の電荷量の絶対値をQCA_Hとするとき、
前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、
AN_electrode+QAN_O<QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持するか、
前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、
AN_electrode+QAN_O>QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持することを含む請求項1に記載の水素発生システムの制御方法。
【請求項3】
前記水素発生システムは、運転中に前記酸素発生極室内の酸素を排出しており、
前記制御方法は、前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、前記運転停止に移行する際、前記電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に前記排出を抑制するか、
前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、前記運転停止に移行する際、前記排出を抑制して所定時間が経過した後に前記電解電流の供給を停止することを含む請求項1または2に記載の水素発生システムの制御方法。
【請求項4】
前記水素発生システムは、運転中に前記水素発生極室内の水素を排出しており、
前記制御方法は、前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、前記運転停止に移行する際、前記排出を抑制して所定時間が経過した後に前記電解電流の供給を停止するか、
前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、前記運転停止に移行する際、前記電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に前記排出を抑制することを含む請求項1乃至3のいずれか1項に記載の水素発生システムの制御方法。
【請求項5】
前記水素発生システムは、運転中に前記酸素発生極室内の酸素を排出し、前記水素発生極室内の水素を排出しており、
前記制御方法は、前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、前記運転停止中から運転を開始する際、前記電解電流の供給開始以降に前記水素発生極室内の水素の排出を開始するか、
前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、前記運転停止中から運転を開始する際、前記電解電流の供給開始以降に前記酸素発生極室内の酸素の排出を開始することを含む請求項1乃至4のいずれか1項に記載の水素発生システムの制御方法。
【請求項6】
前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、前記運転停止中、前記水素発生極室に水素を供給するか、
前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、前記運転停止中、前記酸素発生極室に酸素を供給することを含む請求項1乃至5のいずれか1項に記載の水素発生システムの制御方法。
【請求項7】
前記隔膜は、固体高分子形電解質膜で構成され、
前記水素発生システムは、前記酸素発生極室に純水を流通させる第1流通機構と、前記水素発生極室に純水を流通させる第2流通機構と、備える請求項1乃至6のいずれか1項に記載の水素発生システムの制御方法。
【請求項8】
酸素発生用電極、水素発生用電極、前記酸素発生用電極を収容する酸素発生極室、前記水素発生用電極を収容する水素発生極室、ならびに前記酸素発生極室および前記水素発生極室を仕切る隔膜を有し、水の電気分解によって水素を発生する電解槽と、
前記電解槽に電解電流を供給する電源と、
前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極の電位を制御する制御部と、を備え、
前記酸素発生用電極は、前記電解電流が前記電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、
前記水素発生用電極は、前記運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有し、
前記制御部は、前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極のうち、前記劣化率の大きい電極の前記電位変化が前記劣化率の小さい電極の前記電位変化よりも小さくなるように、前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極の電位を制御し、
前記劣化率dANは、前記酸素発生用電極に対して、水素発生システムの定格電解時における前記酸素発生用電極の電位と、前記定格電解時における前記水素発生用電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値であり、
前記劣化率dCAは、前記水素発生用電極に対して、前記定格電解時における前記水素発生用電極の電位と、前記定格電解時における前記酸素発生用電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である水素発生システム。
【請求項9】
酸素発生用電極、水素発生用電極、前記酸素発生用電極を収容する酸素発生極室、前記水素発生用電極を収容する水素発生極室、ならびに前記酸素発生極室および前記水素発生極室を仕切る隔膜を有し、水の電気分解によって水素を発生する電解槽と、
前記電解槽に電解電流を供給する電源と、を備え、
前記酸素発生用電極は、前記電解電流が前記電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、
前記水素発生用電極は、前記運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有し、
前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極のうち、前記劣化率の大きい電極の前記電位変化が前記劣化率の小さい電極の前記電位変化よりも小さくなるように、以下の構成(I)および構成(II)の少なくとも一方を備え、
前記劣化率dANは、前記酸素発生用電極に対して、水素発生システムの定格電解時における前記酸素発生用電極の電位と、前記定格電解時における前記水素発生用電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値であり、
前記劣化率dCAは、前記水素発生用電極に対して、前記定格電解時における前記水素発生用電極の電位と、前記定格電解時における前記酸素発生用電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である水素発生システム。
構成(I):前記酸素発生極室および前記水素発生極室の容積が異なる。
構成(II):前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極の電極容量が異なる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素発生システムの制御方法および水素発生システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、水素を発生する装置の一つとして、固体高分子形のイオン交換膜を用いた電気化学装置(水電解装置)が考案されている。この電気化学装置では、陽極または両極に水を供給しながら電源によって電極間に電流を流すことで、水の電気分解により酸素および水素が得られる。一方で、このような電気化学装置では、給電が停止すると電気化学セルに逆電流が発生し、これにより電極が劣化することが知られている(特許文献1参照)。また、両極間でのガスのクロスオーバー(クロスリーク)によっても、給電停止中に電極が劣化することが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平1-222082号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、火力発電で得られるエネルギーに比べて生成過程での二酸化炭素排出量を抑制することができるエネルギーとして、風力や太陽光等で得られる再生可能エネルギーが注目されている。また、再生可能エネルギーを利用した水素の製造に前述の電気化学装置等を利用したシステムの開発が進められている。しかしながら、風力や太陽光を用いた発電装置は、出力が頻繁に変動し、無風時や天候によっては出力がゼロになる。したがって、風力や太陽光を用いた発電装置を電気化学装置の電源として利用する場合、電気化学装置が頻繁に停止と起動を繰り返すことになる。そのため、不規則に発生する電気化学装置の停止による電極の劣化を抑制する必要がある。
【0005】
前述のような電気化学装置は、火力発電で得られるエネルギーのような安定した電力を用いて連続運転されることが一般的である。このため、電気化学装置の停止は電源を意図的に停止する場合が主であり、電気化学装置の停止に伴う電極の劣化の対策は比較的容易である。一方、再生可能エネルギーと電気化学装置との組み合わせで水素を発生するシステムにおける課題は十分に検討されてこなかった。本発明者らは、再生可能エネルギーと電気化学装置とを組み合わせた現実的な水素製造を実現すべく鋭意検討を重ねた結果、再生可能エネルギーの給電停止回数の多さに起因する電極の劣化を抑制して、水素発生システムの耐久性をより向上させる技術に想到した。
【0006】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、水の電気分解を行う水素発生システムの耐久性を向上させる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様は、水の電気分解によって水素を発生する電解槽と、電解槽に電解電流を供給する電源と、を備える水素発生システムの制御方法である。電解槽は、酸素発生用電極、水素発生用電極、酸素発生用電極を収容する酸素発生極室、水素発生用電極を収容する水素発生極室、ならびに酸素発生極室および水素発生極室を仕切る隔膜を有する。酸素発生用電極は、電解電流が前記電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、水素発生用電極は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有する。本発明のある態様の制御方法は、酸素発生用電極および水素発生用電極のうち、劣化率の大きい電極の電位変化が劣化率の小さい電極の電位変化よりも小さくなるように、酸素発生用電極および水素発生用電極の電位を制御することを含む。
【0008】
本発明の他の態様は、水素発生システムである。この水素発生システムは、酸素発生用電極、水素発生用電極、酸素発生用電極を収容する酸素発生極室、水素発生用電極を収容する水素発生極室、ならびに酸素発生極室および水素発生極室を仕切る隔膜を有し、水の電気分解によって水素を発生する電解槽と、電解槽に電解電流を供給する電源と、酸素発生用電極および水素発生用電極の電位を制御する制御部と、を備える。酸素発生用電極は、電解電流が電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、水素発生用電極は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有する。制御部は、酸素発生用電極および水素発生用電極のうち、劣化率の大きい電極の電位変化が劣化率の小さい電極の電位変化よりも小さくなるように、酸素発生用電極および水素発生用電極の電位を制御する。
【0009】
以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システムなどの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、水の電気分解を行う水素発生システムの耐久性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施の形態に係る水素発生システムの模式図である。
図2】実施例1に係る段階的停止制御を実施した際の、電解停止時と酸素発生極室への水循環停止時とにおける両電極および両電極室の保有電荷量を示す図である。
図3図3(A)および図3(B)は、実施例1に係る段階的停止制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である。
図4】比較例1に係る電解停止制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である。
図5】実施例2に係る電解開始制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である。
図6】比較例2に係る電解開始制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、この用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0013】
図1は、実施の形態に係る水素発生システムの模式図である。水素発生システム1は、電解槽2と、電源4と、第1流通機構6と、第2流通機構8と、制御部10と、を備える。
【0014】
電解槽2は、水の電気分解によって水素を発生する。本実施の形態に係る電解槽2は、イオン交換膜を利用する固体高分子膜(PEM:Polymer Electrolyte Membrane)型水電解槽である。電解槽2は、酸素発生用電極12と、酸素発生極室14と、水素発生用電極16と、水素発生極室18と、隔膜20と、を有する。
【0015】
酸素発生用電極12は、酸化反応が起こる極であり陽極(アノード)と定義される。酸素発生用電極12は、触媒層12aと、ガス拡散層12bと、を有する。触媒層12aは、触媒として例えばイリジウム(Ir)や白金(Pt)を含有する。なお、触媒層12aは、他の金属や金属化合物を含有してもよい。触媒層12aは、隔膜20の一方の主表面に接するように配置される。ガス拡散層12bは、導電性の多孔質体等で構成される。ガス拡散層12bを構成する材料には、公知のものを用いることができる。酸素発生用電極12は、酸素発生極室14に収容される。酸素発生極室14における酸素発生用電極12を除く空間は、水および酸素の流路を構成する。
【0016】
水素発生用電極16は、還元反応が起こる極であり陰極(カソード)と定義される。水素発生用電極16は、触媒層16aと、ガス拡散層16bと、を有する。触媒層16aは、触媒として例えば白金(Pt)を含有する。なお、触媒層16aは、他の金属や金属化合物を含有してもよい。触媒層16aは、隔膜20の他方の主表面に接するように配置される。ガス拡散層16bは、導電性の多孔質体等で構成される。ガス拡散層16bを構成する材料には、公知のものを用いることができる。水素発生用電極16は、水素発生極室18に収容される。水素発生極室18における水素発生用電極16を除く空間は、水および水素の流路を構成する。
【0017】
酸素発生極室14および水素発生極室18は、隔膜20によって仕切られる。隔膜20は、酸素発生用電極12および水素発生用電極16の間に配置される。本実施の形態の隔膜20は、固体高分子形電解質膜で構成される。固体高分子形電解質膜は、プロトン(H)が伝導する材料であれば特に限定されないが、例えば、スルホン酸基を有するフッ素系イオン交換膜が挙げられる。
【0018】
電解槽2における水の電解時の反応は以下の通りである。
電解時の陽極(正極)反応:2HO→O+4H+4e
電解時の陰極(負極)反応:4H+4e→2H
【0019】
酸素発生用電極12では、水が電気分解され、酸素ガスとプロトンと電子が生じる。プロトンは、隔膜20を移動して水素発生用電極16に向かう。電子は、電源4の正極に流入する。酸素ガスは、酸素発生極室14を介して外部へ排出される。水素発生用電極16では、電源4の負極から供給された電子と、隔膜20を移動したプロトンとの反応により水素ガスが生成される。水素ガスは、水素発生極室18を介して外部へ排出される。
【0020】
電源4は、電解槽2に電解電流を供給する直流電源である。電源4からの電解電流の供給により、電解槽2の酸素発生用電極12と水素発生用電極16との間に所定の電解電圧が印加される。本実施の形態の電源4は、入力された再生可能エネルギー由来の電力を変換して電解槽2に電解電流を供給する。例えば電源4には、再生可能エネルギー由来の発電を行う風力発電装置22や太陽光発電装置24が接続されている。例えば電源4は、再生可能エネルギーが交流で入力される場合、トランスにより電圧変換し、ブリッジ形ダイオードにより整流し、平滑電解コンデンサにより平滑化し、出力端子から電解槽2に電解電流を供給する。これにより、再生可能エネルギーを利用した水の電気分解が可能となる。なお、電源4に供給される電力は、再生可能エネルギー由来のものに限定されない。
【0021】
第1流通機構6は、酸素発生極室14に水を流通させる機構である。第1流通機構6は、第1循環タンク26と、第1循環路28と、第1循環装置30と、を有する。第1循環タンク26には、酸素発生極室14に供給され、また酸素発生極室14から回収される水が収容される。本実施の形態の第1循環タンク26には、純水が収容される。
【0022】
第1循環タンク26と酸素発生極室14とは、第1循環路28によって接続される。第1循環路28は、第1循環タンク26から酸素発生極室14に水を供給するための往路部28aと、酸素発生極室14から第1循環タンク26に水を回収するための復路部28bと、を有する。第1循環装置30は、往路部28aの途中に設けられる。第1循環装置30の駆動により、水が第1循環路28内を流れ、第1循環タンク26と酸素発生極室14との間を循環する。第1循環装置30としては、例えばギアポンプやシリンダーポンプ等の各種ポンプ、あるいは自然流下式装置等を用いることができる。
【0023】
第1循環タンク26は、気液分離部としても機能する。酸素発生用電極12では電極反応により酸素が生成されるため、酸素発生極室14から回収される水には、ガス状酸素および溶存酸素が含まれる。ガス状酸素は、第1循環タンク26において水から分離され、系外に取り出される。酸素が分離された水は、再び電解槽2に供給される。
【0024】
第2流通機構8は、水素発生極室18に水を流通させる機構である。第2流通機構8は、第2循環タンク32と、第2循環路34と、第2循環装置36と、を有する。第2循環タンク32には、水素発生極室18に供給され、また水素発生極室18から回収される水が収容される。本実施の形態の第2循環タンク32には、純水が収容される。
【0025】
第2循環タンク32と水素発生極室18とは、第2循環路34によって接続される。第2循環路34は、第2循環タンク32から水素発生極室18に水を供給するための往路部34aと、水素発生極室18から第2循環タンク32に水を回収するための復路部34bと、を有する。第2循環装置36は、往路部34aの途中に設けられる。第2循環装置36の駆動により、水が第2循環路34内を流れ、第2循環タンク32と水素発生極室18との間を循環する。第2循環装置36としては、例えばギアポンプやシリンダーポンプ等の各種ポンプ、あるいは自然流下式装置等を用いることができる。
【0026】
第2循環タンク32は、気液分離部としても機能する。水素発生用電極16では電極反応により水素が生成されるため、水素発生極室18から回収される水には、ガス状水素および溶存水素が含まれる。ガス状水素は、第2循環タンク32において水から分離され、系外に取り出される。水素が分離された水は、再び電解槽2に供給される。なお、電解槽2がPEM型水電解槽である場合、第2流通機構8は省略することもできる。この場合、水素発生極室18には、水素ガスを系外に取り出すための配管が接続される。
【0027】
制御部10は、酸素発生用電極12および水素発生用電極16の電位を制御する。制御部10は、ハードウェア構成としてはコンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や回路で実現され、ソフトウェア構成としてはコンピュータプログラム等によって実現されるが、図1では、それらの連携によって実現される機能ブロックとして描いている。この機能ブロックがハードウェアおよびソフトウェアの組合せによっていろいろなかたちで実現できることは、当業者には当然に理解されるところである。
【0028】
制御部10には、電解槽2に設けられる電位検出部38から、酸素発生用電極12および水素発生用電極16の電位、あるいは電解槽2の電圧(いわゆるセル電圧)を示す信号が入力される。各電極の電位や電解槽2の電圧は、公知の方法で検出することができる。一例として、参照極が隔膜20に設けられる。参照極は、参照電極電位に保持される。例えば参照極は、可逆水素電極(RHE:Reversible Hydrogen Electrode)である。電位検出部38は、参照極に対する各電極の電位を検出して、検出結果を制御部10に送信する。電位検出部38は、例えば公知の電圧計で構成される。
【0029】
制御部10は、電位検出部38の検出結果に基づいて、水素発生システム1の運転中に電源4の出力や第1循環装置30および第2循環装置36の駆動等を制御する。また、制御部10は、後述する電極劣化抑制制御に基づいて、水素発生システム1の運転停止に移行する際、運転停止中、運転を開始する際等に、電源4、第1循環装置30、第2循環装置36等を制御する。なお、水素発生システム1の「運転」あるいは「運転中」とは、電源4から電解槽2に電解電流が供給される状態を意味する。また、「運転停止」あるいは「運転停止中」とは、電源4から電解槽2に電解電流が供給されない(電解電流の供給が停止している)状態を意味する。
【0030】
図1には1つの電解槽2のみが図示されているが、水素発生システム1は、複数の電解槽2を有してもよい。この場合、各電解槽2は、酸素発生極室14と水素発生極室18の並びが同じになるように向きが揃えられ、隣り合う電解槽2の間に通電板を挟んで積層される。これにより、各電解槽2は電気的に直列接続される。通電板は、金属等の導電性材料で構成される。
【0031】
また、電解槽2は、アルカリ水電解槽であってもよい。この場合、第1循環タンク26および第2循環タンク32には、イオン伝導性の電解液、具体的には水酸化カリウム(KOH)水溶液、水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液等のアルカリ水溶液が収容される。また、隔膜20は、PTFE結着チタン酸カリウム、PTFE結着ジルコニア、焼結ニッケル等の公知の材料で構成される。
【0032】
[運転停止中に起こる電位変化の発生原因]
電源4から電解槽2への電解電流の供給が停止して、水素発生システム1の運転が停止すると、隔膜20を介してガスのクロスオーバーが生じる場合がある。具体的には、酸素発生用電極12で生じた酸素ガスの一部が、隔膜20を通過して水素発生用電極16側に移動する。水素発生用電極16で生じた水素ガスの一部が、隔膜20を通過して酸素発生用電極12側に移動する。ガスのクロスオーバーが起こると、酸素発生用電極12では、残存している酸素ガスと水素発生用電極16側から移動してきた水素ガスとが反応して、水が生成される。同様に、水素発生用電極16では、残存している水素ガスと酸素発生用電極12側から移動してきた酸素ガスとが反応して、水が生成される。
【0033】
また、水素発生システム1の運転が停止すると、酸素発生用電極12における酸素の還元反応と水素発生用電極16における水素の酸化反応との電位差を起電力とし、第1循環路28や第2循環路34等を経路として、電解時とは逆向きの電流、つまり逆電流が流れることがある。
電解槽2における水の電解停止後の逆反応は、以下の通りである。
電解停止後の陽極(正極)反応:O+4H+4e→2H
電解停止後の陰極(負極)反応:2H→4H+4e
【0034】
ガスのクロスオーバーや逆電流が生じると、酸素発生極室14中の酸素および水素発生極室18中の水素は、等しい電荷量に相当する量が消費されていく。つまり、上述の反応により、酸素1分子に対して水素2分子が消費される。いずれかの電極室において残存する酸素または水素が消費し尽くされ、さらに電極自体が持つ電気容量も消費されてしまうと、両電極の電位は、その時点で酸素または水素が残存する電極の酸化還元電位に変化してしまう。つまり、水素発生システム1の運転が停止すると、酸素発生用電極12および水素発生用電極16の電位は、酸素発生極側の酸化剤の総量と水素発生極側の還元剤の総量とのうち総量が多い電極の電位に変化する。
【0035】
酸素発生極側の酸化剤および水素発生極側の還元剤の各総量は、電気量(電荷量)に換算して以下のように計算することができる。
酸化剤の総量(電気量)=酸素発生極の電極容量+反応電子数×ファラデー定数×電極室内酸素のモル数
還元剤の総量(電気量)=水素発生極の電極容量+反応電子数×ファラデー定数×電極室内水素のモル数
上記式において、酸素のモル数は、水に溶存する酸素とガス状態の酸素との合計のモル数である。同様に、水素のモル数は、水に溶存する水素とガス状態の水素との合計のモル数である。
【0036】
本実施の形態の電解槽2では、水素発生システム1の運転中や運転停止直後において、酸素発生用電極12の電位は1.2V(vs.RHE)以上であり、水素発生用電極16の電位は約0V(vs.RHE)以下である。水素発生システム1の運転停止中にガスのクロスオーバーや逆電流が生じると、酸素発生用電極12の電位が酸素発生極触媒の酸化還元電位以下に低下するか、または水素発生用電極16の電位が水素発生極触媒の酸化還元電位以上に上昇し得る。
【0037】
このような電位の変化が生じると、触媒の価数変化、溶出、凝集などが起こり、電位が変化した電極の劣化が進行する。電極の劣化が進行すると、電解槽2の電解過電圧が増大し、単位質量の水素を発生させるために必要な電力量が増大してしまう。水素発生に必要な電力量が上昇して水素の生成効率が所定値を下回ったとき、電解槽2は寿命に達する。電極の劣化による寿命は、例えば、電解槽2の電解時の電圧(電流密度1A/cmの場合)が20%上昇した場合を基準とする。
【0038】
特に、電解槽2がアルカリ水電解槽であって循環路に電解液を流通させる場合、循環路がイオン導伝パスとなる。このため、第1循環路28に(場合によっては第2循環路34にも)純水を流通させるPEM型水電解槽よりも逆電流が発生しやすい。したがって、水素発生システムの運転が停止すると、アルカリ水電解槽ではPEM型水電解槽よりも速い速度で電極の電位変化が生じる。なお、PEM型水電解槽であっても、変化の速度は緩やかではあるものの、主にガスのクロスオーバーに起因して電位の変化が起こり得る。
【0039】
[電位変化に起因する電極劣化への対策]
酸素発生用電極12の電位が変化する確率と、水素発生用電極16の電位が変化する確率とは、通常は不明である。また、酸素発生用電極12の還元劣化に対する耐性や、水素発生用電極16の酸化劣化に対する耐性は、含有する触媒の種類や量等により様々である。このため、各電極における、電解槽2の寿命到達までに要する電位変化の回数(以下では適宜、この回数を寿命回数という)は、一般的に大きな差がある。
【0040】
酸素発生用電極12は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有する。また、水素発生用電極16は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有する。劣化率dANおよび劣化率dCAは、酸素発生用電極12および水素発生用電極16のそれぞれに対して、所定の電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値(単位:V/サイクル)である。酸素発生用電極12に対して実施される電位サイクル試験では、酸素発生用電極12に対して水素発生システム1の定格電解時における酸素発生用電極12の電位と、定格電解時における水素発生用電極16の電位から過電圧分を減じた電位とが繰り返し印加される。水素発生用電極16に対して実施される電位サイクル試験では、水素発生用電極16に対して水素発生システム1の定格電解時における水素発生用電極16の電位と、定格電解時における酸素発生用電極12の電位から過電圧分を減じた電位とが繰り返し印加される。
【0041】
例えば、電位サイクル試験では、酸素発生用電極12に対して、定格電解時の酸素発生用電極12の電位と電解停止直後の反対側の電極の電位、つまり定格電解時の電位から過電圧分が消失した後の水素発生用電極16の電位とが繰り返し印加される。同様に、水素発生用電極16に対して、定格電解時の水素発生用電極16の電位と電解停止直後の反対側の電極の電位、つまり定格電解時の電位から過電圧分が消失した後の酸素発生用電極12の電位とが繰り返し印加される。一例として、酸素発生用電極12には、電位1.5Vと電位0Vとが繰り返し印加される。水素発生用電極16には、電位-0.2Vと電位1.2Vとが繰り返し印加される。
【0042】
この電位サイクル試験が施されると、一般的に電極触媒の劣化が進行する。そして、サイクル回数の増加にともなって定格電解時の電圧が徐々に上昇していく。したがって、電圧の上昇量(変位量)をサイクル回数で除した値を劣化率としたとき、酸素発生用電極12は劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、水素発生用電極16は劣化率dCAで劣化する劣化特性を有する。
【0043】
仮に、電解槽2は、定格電解時の電圧が0.3V上昇したときに寿命を迎えるとする。劣化しにくい電極の劣化率が0.00003V/回であり、劣化しやすい電極の劣化率が0.0003V/回であるとき、電位変化を制御しない場合は、劣化しやすい電極の寿命回数がボトルネックとなり、最小で1000回、両電極が等しい回数だけ電位変動した場合でも2000回の運転停止で、電解槽2が寿命に達する。一方、劣化しにくい電極のみに電位変化を起こさせた場合、10000回まで運転停止を許容することができる。したがって、電解槽2の寿命を延ばすためには、水素発生システム1の運転停止中に、劣化しにくい電極の電位変化を許容し、劣化しやすい電極の電位変化を抑制することが重要である。
【0044】
そこで、本実施の形態に係る水素発生システム1の制御方法は、酸素発生用電極12および水素発生用電極16のうち、電解電流が電解槽2に供給されない運転停止中に生じる電位変化による劣化率の大きい電極の電位変化が、劣化率の小さい電極の電位変化よりも小さくなるように、酸素発生用電極12および水素発生用電極16の電位を制御することを含む。酸素発生用電極12の劣化率dANと、水素発生用電極16の劣化率dCAとを比較して、劣化率が大きい電極の電位変化を抑制することで、電解槽2の寿命を延ばすことができる。
【0045】
例えば、水素発生用電極16の劣化率dCAが酸素発生用電極12の劣化率dANよりも大きい場合、水素発生用電極16の電位上昇量を酸素発生用電極12の電位低下量よりも小さくなるように両電極の電位を制御することで、電解槽2の寿命を延ばすことができる。両電極の劣化率の差が2倍以上(dAN/dCA<0.5あるいはdCA/dAN<0.5)であれば、劣化率の大きい電極の電位変化を抑制することによって効果的に電解槽2の寿命を延ばすことができると考えられる。
【0046】
劣化率が大きい電極の電位変化を抑制するためには、劣化率の大きい電極の電極室に存在する酸素または水素が持つ電荷量と、電極自体が持つ電荷量との和が、劣化率の小さい電極の電極室に存在する水素または酸素が持つ電荷量と、電極自体が持つ電荷量との和よりも多い状態を水素発生システム1の運転停止中に保てばよい。
【0047】
本発明者らは、白金やイリジウムからなる酸素発生用電極12の電位が水素発生用電極16の電位付近まで低下することによる劣化よりも、白金からなる水素発生用電極16の電位が酸素発生用電極12の電位付近まで上昇することによる劣化のほうが、劣化の程度が大きいこと、つまり酸素発生用電極12よりも水素発生用電極16の方が寿命回数が少ないことを見出している。この場合は、水素発生極室18に存在する水素が持つ負の電荷量と水素発生用電極16が持つ電荷量との和が、酸素発生極室14に存在する酸素が持つ正の電荷量と酸素発生用電極12が持つ電荷量との和よりも多い状態を保てばよい。
【0048】
したがって、本実施の形態に係る水素発生システム1の制御方法は、酸素発生用電極12が有する電荷量をQAN_electrode、水素発生用電極16が有する電荷量をQCA_electrode、酸素発生極室14に存在する酸素が有する正の電荷量の絶対値をQAN_O、水素発生極室18に存在する水素が有する負の電荷量の絶対値をQCA_Hとするとき、水素発生用電極16の劣化率dCAが酸素発生用電極12の劣化率dANより大きい場合に、QAN_electrode+QAN_O<QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持するか、酸素発生用電極12の劣化率dANが水素発生用電極16の劣化率dCAより大きい場合に、QAN_electrode+QAN_O>QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持することを含む。
【0049】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法1]
水素発生システム1は、酸素発生極室14内の酸素を排出する排出機構として、酸素発生極室14に水を流通させる第1流通機構6を備える。そして、運転中に酸素発生極室14に水を流通させることで、酸素発生極室14内の酸素を第1循環タンク26側に排出している。そこで、本実施の形態に係る水素発生システム1の制御方法は、水素発生用電極16の劣化率dCAが酸素発生用電極12の劣化率dANより大きい場合に、水素発生システム1の運転停止に移行する際、電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に酸素の排出を抑制することを含む。
【0050】
つまり、制御部10は、電源4からの電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に、第1流通機構6の駆動を抑制する。電解電流の供給を停止した後も酸素発生極室14への水の流通を継続することで、酸素発生極室14に存在する酸素の量を減らすことができる。これにより、水素発生極側の負の電荷量が酸素発生極側の正の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすい水素発生用電極16の電位変動を抑制することができる。
【0051】
前記「排出を抑制」は、酸素の排出量(言い換えれば水の流通量)を定格電解時の排出量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、酸素発生極室14の酸素ガスが全て第1循環タンク26側に追い出され、酸素発生極室14が水で満たされるまでに要する時間である。
【0052】
また、本実施の形態の制御方法は、酸素発生用電極12の劣化率dANが水素発生用電極16の劣化率dCAより大きい場合に、水素発生システム1の運転停止に移行する際、酸素発生極室14からの酸素の排出を抑制して所定時間が経過した後に電解電流の供給を停止することを含む。
【0053】
つまり、制御部10は、第1流通機構6の駆動を抑制して所定時間が経過した後に、電源4からの電解電流の供給を停止する。電解電流の供給停止に先立って酸素発生極室14への水の流通を抑制することで、酸素発生極室14に存在する酸素の量を増やすことができる。これにより、酸素発生極側の正の電荷量が水素発生極側の負の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすい酸素発生用電極12の電位変動を抑制することができる。
【0054】
前記「排出を抑制」は、酸素の排出量を定格電解時の排出量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、酸素発生極室14内が酸素ガスで満たされるまでに要する時間である。
【0055】
本発明者らは、以下の実施例1および比較例1に基づいて、上述した具体的手法1によって得られる効果を検証した。
【0056】
(実施例1)
まず、酸化イリジウム(IrO)からなる酸素発生用電極(幾何面積25cm)、酸素発生極室(容積2mL)、白金担持カーボン(Pt/C)からなる水素発生用電極(幾何面積25cm)、水素発生極室(容積2mL)、水素発生極室中に挿入した参照極(標準水素電極)を備えるPEM型水電解槽を用意した。そして、このPEM型水電解槽を用いて、1.0A/cmの電流密度で水電解試験を実施した。電解中、電解槽全体を80℃に保ち、酸素発生用電極には流速30mL/分で超純水を流通させ、水素発生用電極には水を流通させなかった。このときの電解槽の電圧は、1856mVであった。
【0057】
次に、PEM型水電解槽の酸素発生用電極に対して、劣化加速試験として上述の電位サイクル試験を実施した。具体的には、電気化学評価装置(北斗電工社製、HZ-5000(HAG3010))を用いて、電位範囲を参照極基準で0V~1.5Vとし、掃引速度を1.5V/秒として、5000サイクルの電位サイクル試験を実施した。電位サイクル試験を実施した後に、1.0A/cmの電流密度で水電解試験を再び実施した。この結果、電解槽の電圧は1859mVであった。つまり、酸素発生用電極の劣化により、電解槽の電圧は3mV上昇した。よって、劣化率dANは0.6μV/サイクルであった。
【0058】
また、PEM型水電解槽の水素発生用電極に対して、劣化加速試験として上述の電位サイクル試験を実施した。具体的には、電気化学評価装置(北斗電工社製、HZ-5000(HAG3010))を用いて、電位範囲を参照極基準で-0.2V~1.2Vとし、掃引速度を1.5V/秒として、1000サイクルの電位サイクル試験を実施した。電位サイクル試験を実施した後に、1.0A/cmの電流密度で水電解試験を再び実施した。この結果、電解槽の電圧は1942mVであった。この試験の直前の定格電解時の電圧は1901mVであった。したがって、水素発生用電極の劣化により、電解槽の電圧は31mV上昇した。よって、劣化率dCAは、6.2μV/サイクルであった。
【0059】
以上の結果から、酸素発生用電極の劣化率dANよりも水素発生用電極の劣化率dCAの方が大きいことが確認された。したがって、このPEM型水電解槽では、電解停止中に水素発生用電極の電位を変動させないように制御する必要がある。
【0060】
そこで、このPEM型水電解槽を用い、以下に示す手順で定格電解と電解停止制御とを実施した。まず、電流密度1A/cm、電解槽温度80℃、酸素発生極室への超純水の循環30cc/分、水素発生極室への水循環なしの条件で、定格電解を実施した。このときの電解槽の電圧は2014mVであった。続いて電解停止制御として、まずは電源からの電解電流の供給を停止し、その20秒後に酸素発生極室への超純水の循環を停止した。この段階的停止制御が完了した時点で、水素発生極室は水素ガスで満たされており、酸素発生極室は超純水で満たされていた。
【0061】
また、電気化学評価装置(北斗電工社製、HZ-5000(HAG3010))を用いて、電解停止時と酸素発生極室への水循環停止時とにおける両電極および両電極室の保有電荷量を計測した。図2は、実施例1に係る段階的停止制御を実施した際の、電解停止時と酸素発生極室への水循環停止時とにおける両電極および両電極室の保有電荷量を示す図である。
【0062】
図2に示すように、電解停止時(電解電力の供給停止時)において、酸素発生用電極の電荷量QAN_electrodeは0.5C、酸素発生極室に存在する酸素の電荷量QAN_Oは21.0Cであり、したがって酸素発生極側の電荷量の和QAN totalは、21.5Cであった。一方、水素発生用電極の電荷量QCA_electrodeは3.2C、水素発生極室に存在する水素の電荷量QCA_Hは17.2Cであり、したがって水素発生極側の電荷量の和QCA totalは、20.4Cであった。したがって、電解停止時は、QAN_electrode+QAN_O>QCA_electrode+QCA_Hの状態であった。
【0063】
一方、酸素発生極室への水循環停止時において、酸素発生用電極の電荷量QAN_electrodeは0.5C、酸素発生極室に存在する酸素の電荷量QAN_Oは0.5Cであり、したがって酸素発生極側の電荷量の和QAN totalは、1.0Cまで減少した。一方、水素発生極側の電荷量の和QCA totalは、20.4Cのまま維持された。よって、段階的停止制御により、QAN_electrode+QAN_O<QCA_electrode+QCA_Hの状態が得られることが確認された。
【0064】
また、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて、段階的停止制御を実施した際の酸素発生用電極および水素発生用電極の電位を計測した。図3(A)および図3(B)は、実施例1に係る段階的停止制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である。なお、図3(B)には、第1循環タンク26の内圧(陽極タンク圧)および第2循環タンク32の内圧(陰極タンク圧)も図示されている。
【0065】
図3(A)に示すように、電解停止(0分)から酸素発生用電極(陽極)の電位が徐々に低下し始め、約35分後に水素発生用電極(陰極)の電位に到達した。一方、水素発生用電極の電位は、ほとんど変化しなかった。また、定格電解の停止から22時間が経過した後に再び定格電解を実施したところ、図3(B)に示すように電解槽の電圧(セル電圧)は2014mVであり、1度目の定格電解時の電圧と同じ値であった。
【0066】
(比較例1)
実施例1で使用したものと同じPEM型水電解槽を用い、実施例1と同じ条件で定格電解を実施した。このときの電解槽の電圧は、2025mVであった。続いて、以下に示す手順で電解停止制御を実施した。すなわち、まずは酸素発生極室への超純水の循環を停止し、その20秒後に電源からの電解電流の供給を停止した。つまり、比較例1の電解停止制御では、電解電流の供給停止と酸素発生極室への水流通の停止との順番を実施例1とは逆にした。したがって、比較例1では定格電解中に水流通を停止したことになる。この停止順序は、従来のPEM型水電解槽における停止順序に相当する。この段階的停止制御が完了した時点で、水素発生極室は水素ガスで満たされており、酸素発生極室は酸素ガスで満たされていた。
【0067】
実施例1と同様に、電解停止制御を実施した際の両電極の電位を計測した。図4は、比較例1に係る電解停止制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である。図4に示すように、電解停止(0分)から約20分後に、水素発生用電極(陰極)の電位が徐々に上昇し始め、約50分後に酸素発生用電極(陽極)の電位に到達した。一方、酸素発生用電極の電位は、ほとんど変化しなかった。また、定格電解の停止から15時間が経過した後に再び定格電解を実施したところ、電解槽の電圧は2028mVであり、1度目の定格電解時の電圧から3mV上昇した。
【0068】
以上の結果から、電解停止後に酸素発生極室からの酸素排出を停止(抑制)する段階的停止制御によって、劣化率の大きい水素発生用電極の電位変動を抑制でき、これにより電解槽の電圧の増大を抑制できることが確認された。また、この結果から、酸素発生用電極の劣化率の方が水素発生用電極の劣化率よりも大きい場合には、電解停止前に酸素発生極室からの酸素排出を停止する段階的停止制御によって酸素発生用電極の電位変動を抑制できることを理解することができる。
【0069】
なお、水素発生システム1は、酸素発生極室14内の酸素を排出する排出機構として、第1流通機構6以外の機構を備えてもよい。例えば、水素発生システム1は、当該排出機構として、酸素発生極室14に窒素等の不活性ガスを流通させるガス流通機構48を備えてもよい。この場合、ガス流通機構48によって酸素発生極室14に不活性ガスを流通させることで酸素発生極室14内の酸素を排出して、酸素発生極室14内の残存酸素量を減らすことができる。
【0070】
例えば、ガス流通機構48は、不活性ガスのタンク50と、酸素発生極室14とタンク50とをつなぐガス流路52と、ガス流路52の途中に設けられる開閉弁54と、を有し、制御部10によって開閉弁54が制御される。制御部10は、開閉弁54を制御することで、タンク50から酸素発生極室14への不活性ガスの流通と停止とを切り替えることができる。なお、ガス流通機構48は、水素ガスなどの、酸素発生用電極12に対して還元作用を有する還元性ガスを酸素発生極室14に供給してもよい。
【0071】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法2]
水素発生システム1は、水素発生極室18内の水素を排出する排出機構として、水素発生極室18に水を流通させる第2流通機構8を備える。そして、運転中に水素発生極室18に水を流通させることで、水素発生極室18内の水素を第2循環タンク32側に排出している。そこで、本実施の形態の制御方法は、水素発生用電極16の劣化率dCAが酸素発生用電極12の劣化率dANより大きい場合に、水素発生システム1の運転停止に移行する際、水素の排出を抑制して所定時間が経過した後に、電解電流の供給を停止することを含む。
【0072】
つまり、制御部10は、第2流通機構8の駆動を抑制して所定時間が経過した後に、電源4からの電解電流の供給を停止する。電解電流の供給停止に先だって水素発生極室18への水の流通を抑制することで、水素発生極室18に存在する水素の量を増やすことができる。これにより、水素発生極側の負の電荷量が酸素発生極側の正の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすい水素発生用電極16の電位変動を抑制することができる。
【0073】
前記「排出を抑制」は、水素の排出量(言い換えれば水の流通量)を定格電解時の排出量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、水素発生極室18内が水素ガスで満たされるまでに要する時間である。
【0074】
また、本実施の形態の制御方法は、酸素発生用電極12の劣化率dANが水素発生用電極16の劣化率dCAより大きい場合に、水素発生システム1の運転停止に移行する際、電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に、水素の排出を抑制することを含む。
【0075】
つまり、制御部10は、電源4からの電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に、第2流通機構8の駆動を抑制する。電解電流の供給を停止した後も水素発生極室18への水の流通を継続することで、水素発生極室18に存在する水素の量を減らすことができる。これにより、酸素発生極側の正の電荷量が水素発生極側の負の電荷量よりも十分多い状態を維持して、劣化しやすい酸素発生用電極12の電位変動を抑制することができる。
【0076】
前記「排出を抑制」は、水素の排出量を定格電解時の排出量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、水素発生極室18の水素ガスが全て第2循環タンク32側に追い出され、水素発生極室18が水で満たされるまでに要する時間である。
【0077】
なお、水素発生システム1は、水素発生極室18内の水素を排出する排出機構として、第2流通機構8以外の機構を備えてもよい。例えば、水素発生システム1は、当該排出機構として、水素発生極室18に窒素等の不活性ガスを流通させるガス流通機構40を備えてもよい。この場合、ガス流通機構40によって水素発生極室18に不活性ガスを流通させることで水素発生極室18内の水素を排出して、水素発生極室18内の残存水素量を減らすことができる。
【0078】
例えば、ガス流通機構40は、不活性ガスのタンク42と、水素発生極室18とタンク42とをつなぐガス流路44と、ガス流路44の途中に設けられる開閉弁46と、を有し、制御部10によって開閉弁46が制御される。制御部10は、開閉弁46を制御することで、タンク42から水素発生極室18への不活性ガスの流通と停止とを切り替えることができる。なお、ガス流通機構40は、酸素ガスなどの、水素発生用電極16に対して酸化作用を有する酸化性ガスを水素発生極室18に供給してもよい。
【0079】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法3]
本実施の形態の制御方法は、水素発生用電極16の劣化率dCAが酸素発生用電極12の劣化率dANより大きい場合に、水素発生システム1の運転停止中から運転開始に移行する際、電解電流の供給開始以降に水素発生極室18内の水素の排出を開始することを含む。
【0080】
つまり、制御部10は、電源4からの電解電流の供給開始と同時、または供給開始の後に、第2流通機構8の駆動を開始する。電解電流の供給開始までは第2流通機構8を停止させておくことで、水素発生極室18に存在する水素ガスの量が電解停止中に低下してしまうことを抑制することができる。これにより、水素発生システム1の運転開始まで、水素発生極側の負の電荷量が酸素発生極側の正の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすい水素発生用電極16の電位変動を抑制することができる。
【0081】
また、本実施の形態の制御方法は、酸素発生用電極12の劣化率dANが水素発生用電極16の劣化率dCAより大きい場合に、水素発生システム1の運転停止中から運転開始に移行する際、電解電流の供給開始以降に酸素発生極室14内の酸素の排出を開始することを含む。
【0082】
つまり、制御部10は、水素発生用電極16よりも酸素発生用電極12の方が劣化しやすい場合、電源4からの電解電流の供給開始と同時、または供給開始の後に、第1流通機構6の駆動を開始する。電解電流の供給開始までは第1流通機構6を停止させておくことで、酸素発生極室14に存在する酸素ガスの量が電解停止中に低下してしまうことを抑制することができる。これにより、水素発生システム1の運転開始まで、酸素発生極側の正の電荷量が水素発生極側の負の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすい酸素発生用電極12の電位変動を抑制することができる。前記「排出を開始」は、排出が抑制された状態の排出量から当該排出量を超える排出量に増加させることを意味する。
【0083】
本発明者らは、以下の実施例2および比較例2に基づいて、上述した具体的手法3によって得られる効果を検証した。
【0084】
(実施例2)
実施例1で使用したものと同じPEM型水電解槽を用い、実施例1と同じ条件および手順で、定格電解および段階的停止制御を実施した。その後、運転停止の状態を15時間維持した。このとき、両電極の電位はいずれも0Vであった。
【0085】
その後、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて酸素発生用電極および水素発生用電極の電位を計測しながら、以下に示す手順で電解開始制御を実施した。図5は、実施例2に係る電解開始制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である。
【0086】
まず、第1流通機構6を駆動して、酸素発生極室14への水の流通を開始した(図5の時間a)。これにより、水に溶存する酸素が酸素発生用電極12に供給され、酸素発生用電極(陽極)の電位が上昇した。一方、第2流通機構8の駆動は停止したままであるため、水素発生極室18内には十分な量の水素が存在し、QAN_electrode+QAN_O<QCA_electrode+QCA_Hの状態が維持された。このため、水素発生用電極16(陰極)の電位は0Vのままであった。
【0087】
第1流通機構6の駆動開始から約8分経過後に、電源4からの電解電流の供給と第2流通機構8の駆動とを同時に開始した(図5の時間b)。この結果、酸素発生用電極の電位はさらに上昇し、水素発生用電極の電位はわずかに低下した。運転再開後の定格電解では、運転停止前の定格電解に対して電圧が1mV上昇した。
【0088】
(比較例2)
実施例1で使用したものと同じPEM型水電解槽を用い、実施例1と同じ条件および手順で、定格電解および段階的停止制御を実施した。その後、運転停止の状態を22時間維持した。その後、以下に示す手順で電解開始制御を実施した。また、実施例2と同様に、両電極の電位を計測した。図6は、比較例2に係る電解開始制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である。
【0089】
まず、第1流通機構6および第2流通機構8を駆動して、酸素発生極室および水素発生極室への水の流通を開始した(図6の時間c)。この駆動タイミングは、従来のPEM型水電解槽における駆動タイミングに相当する。これにより、両電極から気体成分が追い出されるとともに、流通する水に溶存する酸素が酸素発生極室および水素発生極室に供給され、QAN_electrode+QAN_O>QCA_electrode+QCA_Hの状態となった。このため、酸素発生用電極(陽極)だけでなく水素発生用電極(陰極)の電位も上昇した。
【0090】
第1流通機構6および第2流通機構8の駆動開始から約60分経過後に、電源4からの電解電流の供給を開始した(図6の時間d)。運転再開後の定格電解では、運転停止前の定格電解に対して電圧が7mV上昇した。
【0091】
以上の結果から、電解電流の供給開始まで水素発生極室への水の流通を待機させる電解開始制御によって、劣化率の大きい水素発生用電極の電位変動を抑制でき、これにより電解槽の過電圧の増大を抑制できることが確認された。また、この結果から、酸素発生用電極の劣化率のほうが水素発生用電極の劣化率よりも大きい場合には、電解電流の供給開始まで酸素発生極室への水の流通を待機させる電解開始制御によって酸素発生用電極の電位変動を抑制できることを理解することができる。
【0092】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法4]
本実施の形態の制御方法は、水素発生用電極16の劣化率dCAが酸素発生用電極12の劣化率dANより大きい場合に、水素発生システム1の運転停止中、水素発生極室18に水素を供給することを含む。これにより、水素発生極側の負の電荷量が酸素発生極側の正の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすい電極の電位変動を抑制することができる。
【0093】
また、本実施の形態の制御方法は、酸素発生用電極12の劣化率dANが水素発生用電極16の劣化率dCAより大きい場合に、水素発生システム1の運転停止中、酸素発生極室14に酸素を供給することを含む。これにより、酸素発生極側の正の電荷量が水素発生極側の負の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすい電極の電位変動を抑制することができる。
【0094】
水素発生極室18に水素を供給する機構としては、上述したガス流通機構40が例示される。この場合、タンク42には、不活性ガスや酸化性ガスに代えて水素ガスが収容される。制御部10は、開閉弁46を制御することで、タンク42から水素発生極室18への水素ガスの流通と停止とを切り替えることができる。酸素発生極室14に酸素を供給する機構としては、上述したガス流通機構48が例示される。この場合、タンク50には、不活性ガスや還元性ガスに代えて酸素ガスが収容される。制御部10は、開閉弁54を制御することで、タンク50から酸素発生極室14への酸素ガスの流通と停止とを切り替えることができる。
【0095】
また、水素発生極室18に水素を供給する機構は、水素発生極室18に流通させる水に水素を溶存させて、この水を第2流通機構8によって水素発生極室18に流通させるものであってもよい。同様に、酸素発生極室14に酸素を供給する機構は、酸素発生極室14に流通させる水に酸素を溶存させて、この水を第1流通機構6によって酸素発生極室14に流通させるものであってもよい。なお、水素発生極室18への水素の供給と、酸素発生極室14への酸素の供給とは、水素発生システム1の運転停止から運転再開まで継続してもよいし、所定時間の経過後に停止してもよい。
【0096】
[運転停止中に生じる劣化率の大きい電極の電位変化を劣化率の小さい電極の電位変化より小さくするその他の具体的手法1]
酸素発生用電極12よりも水素発生用電極16の方が劣化しやすい場合、水素発生極室18の容積を酸素発生極室14の容積よりも大きくしてもよい。これにより、水素発生極側の負の電荷量が酸素発生極側の正の電荷量よりも多い状態を維持することができる。同様に、水素発生用電極16よりも酸素発生用電極12の方が劣化しやすい場合、酸素発生極室14の容積を水素発生極室18の容積よりも大きくしてもよい。これにより、酸素発生極側の正の電荷量が水素発生極側の負の電荷量よりも十分多い状態を維持することができる。
【0097】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法5]
素発生用電極12よりも水素発生用電極16の方が劣化しやすい場合、水素発生システム1の運転停止に移行する際、水素発生極室18内を加圧してもよい。これにより、水素発生極室18内に存在する気体水素の物質量を増加させることができ、よって、水素発生極側の負の電荷量が酸素発生極側の正の電荷量よりも多い状態を維持することができる。この方法は、例えば水素発生システム1が水素発生極室18の加圧機構を備え、制御部10が加圧機構を制御することで実現することができる。
【0098】
同様に、水素発生用電極16よりも酸素発生用電極12の方が劣化しやすい場合、水素発生システム1の運転停止に移行する際、酸素発生極室14内を加圧してもよい。これにより、酸素発生極室14内に存在する気体酸素の物質量を増加させることができ、よって、酸素発生極側の正の電荷量が水素発生極側の負の電荷量よりも多い状態を維持することができる。この方法は、例えば水素発生システム1が酸素発生極室14の加圧機構を備え、制御部10が加圧機構を制御することで実現することができる。
【0099】
[運転停止中に生じる劣化率の大きい電極の電位変化を劣化率の小さい電極の電位変化より小さくするその他の具体的手法2]
酸素発生用電極12よりも水素発生用電極16の方が劣化しやすい場合、水素発生用電極16にカーボンなどの電極容量を増大させる材料を含有させてもよい。これにより、水素発生極側の負の電荷量が酸素発生極側の正の電荷量よりも多い状態を維持することができる。同様に、水素発生用電極16よりも酸素発生用電極12の方が劣化しやすい場合、酸素発生用電極12にカーボンなどの電極容量を増大させる材料を含有させてもよい。これにより、酸素発生極側の正の電荷量が水素発生極側の負の電荷量よりも多い状態を維持することができる。
【0100】
なお、上述した運転停止中の電位変化を制御する具体的手法1~5、およびその他の具体的手法1,2は、それぞれを適宜組み合わせることができる。また、電解槽2がPEM型水電解槽であるかアルカリ型水電解槽であるかに応じて、適宜選択することができる。
【0101】
以上説明したように、本実施の形態に係る水素発生システム1の制御方法は、電解槽2が有する酸素発生用電極12および水素発生用電極16のうち、運転停止中に生じる電位変化による劣化率の大きい電極の当該電位変化が、劣化率の小さい電極の当該電位変化よりも小さくなるように、酸素発生用電極12および水素発生用電極16の電位を制御することを含む。このように、劣化耐性の乏しい電極の電位変化を抑制することで、水素発生システム1の耐久性を向上させることができ、より長期間にわたって低電力で水素を製造することができる。
【0102】
酸素発生用電極12の劣化率dANは、酸素発生用電極12に対して、水素発生システム1の定格電解時における酸素発生用電極12の電位と、定格電解時における水素発生用電極16の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である。また、水素発生用電極16の劣化率dCAは、水素発生用電極16に対して、水素発生システム1の定格電解時における水素発生用電極16の電位と、定格電解時における酸素発生用電極12の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である。これにより、水素発生システム1の耐久性を向上させることができる。
【0103】
また、酸素発生用電極12が有する電荷量をQAN_electrode、水素発生用電極16が有する電荷量をQCA_electrode、酸素発生極室14に存在する酸素が有する正の電荷量の絶対値をQAN_O、水素発生極室18に存在する水素が有する負の電荷量の絶対値をQCA_Hとするとき、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、QAN_electrode+QAN_O<QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、QAN_electrode+QAN_O>QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持することを含む。これにより、水素発生システム1の耐久性を向上させることができる。
【0104】
また、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、運転停止に移行する際、電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に酸素発生極室14内の酸素排出を抑制するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、運転停止に移行する際、酸素発生極室14内の酸素排出を停止して所定時間が経過した後に電解電流の供給を抑制することを含む。これにより、水素発生システム1の耐久性を向上させることができる。
【0105】
また、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、運転停止に移行する際、水素発生極室18内の水素排出を抑制して所定時間が経過した後に電解電流の供給を停止するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、運転停止に移行する際、電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に水素発生極室18内の水素排出を抑制することを含む。これにより、水素発生システム1の耐久性を向上させることができる。
【0106】
また、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、運転停止中から運転開始に移行する際、電解電流の供給開始以降に水素発生極室18内の水素の排出を開始するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、運転停止中から運転開始に移行する際、電解電流の供給開始以降に酸素発生極室14内の酸素の排出を開始することを含む。これにより、水素発生システム1の耐久性を向上させることができる。
【0107】
また、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、運転停止中、水素発生極室18に水素を供給するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、運転停止中、酸素発生極室14に酸素を供給することを含む。これにより、水素発生システム1の耐久性を向上させることができる。
【0108】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明した。前述した実施の形態は、本発明を実施するにあたっての具体例を示したものにすぎない。実施の形態の内容は、本発明の技術的範囲を限定するものではなく、請求の範囲に規定された発明の思想を逸脱しない範囲において、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。設計変更が加えられた新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態および変形それぞれの効果をあわせもつ。前述の実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「本実施の形態の」、「本実施の形態では」等の表記を付して強調しているが、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。以上の構成要素の任意の組み合わせも、本発明の態様として有効である。
【0109】
実施の形態は、以下に記載する項目によって特定されてもよい。
[項目1]
酸素発生用電極12、水素発生用電極16、酸素発生用電極12を収容する酸素発生極室14、水素発生用電極16を収容する水素発生極室18、ならびに酸素発生極室14および水素発生極室18を仕切る隔膜20を有し、水の電気分解によって水素を発生する電解槽2と、
電解槽2に電解電流を供給する電源4と、
酸素発生用電極12および水素発生用電極16の電位を制御する制御部10と、を備え、
酸素発生用電極12は、電解電流が電解槽2に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、
水素発生用電極16は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有し、
制御部10は、酸素発生用電極12および水素発生用電極16のうち、劣化率の大きい電極の電位変化が劣化率の小さい電極の電位変化よりも小さくなるように、酸素発生用電極12および水素発生用電極16の電位を制御する水素発生システム1。
【符号の説明】
【0110】
1 水素発生システム、 2 電解槽、 4 電源、 6 第1流通機構、 8 第2流通機構、 10 制御部、 12 酸素発生用電極、 14 酸素発生極室、 16 水素発生用電極、 18 水素発生極室、 20 隔膜。
図1
図2
図3
図4
図5
図6