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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-07
(45)【発行日】2023-11-16
(54)【発明の名称】真空蒸着装置用の蒸着源
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/24 20060101AFI20231108BHJP
【FI】
C23C14/24 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023096544
(22)【出願日】2023-06-12
【審査請求日】2023-06-13
(31)【優先権主張番号】P 2023024929
(32)【優先日】2023-02-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】木本 孝仁
(72)【発明者】
【氏名】安田 仁
(72)【発明者】
【氏名】倉内 利春
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 俊介
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】実開昭51-1556(JP,U)
【文献】実開昭50-52244(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ内で蒸着材料を蒸発させて被蒸着物に対して蒸着するための真空蒸着装置用の蒸着源であって、
蒸着材料の収容部を有するボート本体と、当該ボート本体の一方向両端から上方に夫々起立する起立板部と、両起立板部の上端から外方に夫々張り出す電極取付板部とを有する蒸着ボートを備え、両電極取付板部の間に通電することでボート本体を加熱して収容部内の蒸着材料を蒸発させるものにおいて、
起立板部に通電電流の分流路を設けたことを特徴とする真空蒸着装置用の蒸着源。
【請求項2】
前記分流路が、電極取付板部及び前記起立板部をその板厚方向両側から挟持する一対の補強板で構成されることを特徴とする請求項1記載の真空蒸着装置用の蒸着源。
【請求項3】
前記補強板が、モリブデン、タングステン及びタンタルのいずれか1種を主成分とする高融点金属材料で構成されることを特徴とする請求項2記載の真空蒸着装置用の蒸着源。
【請求項4】
請求項2または請求項3記載の真空蒸着装置用の蒸着源であって、前記電極取付板部を挟持する上下一対の電極プレートを備えるものにおいて、上側に位置する前記電極プレートの前記ボート本体側の端面を覆う衝立部が前記補強板に設けられることを特徴とする真空蒸着装置用の蒸着源。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空チャンバ内で蒸着材料を蒸発させて被蒸着物に対して蒸着するための真空蒸着装置用の蒸着源に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の真空蒸着装置用の蒸着源の中には、蒸着ボートを用いるものが例えば特許文献1で知られている。このものは、蒸着材料の収容部を有するボート本体と、当該ボート本体の一方向両端から上方に夫々起立する起立板部と、両起立板部の上端から外方に夫々張り出す電極取付板部とを備える。通常は、低コスト化等のため、ボート本体、起立板部及び電極取付板部といった各部が単一の金属製の板材から形成される。そして、蒸着ボートが、両電極取付板部を上下一対の電極プレートで夫々保持(挟持)させて真空チャンバ内に設置される。真空雰囲気の真空チャンバ内での被蒸着物への蒸着に際しては、電源によって電極プレートを介して両電極取付板部の間に通電することでボート本体をジュール熱で加熱し、例えば、ボート本体の収容部に対してその上方からワイヤ状の蒸着材料を連続または間欠的に供給して当該収容部内で溶解、蒸発させ、この蒸発した蒸着物質が飛散することで被蒸着物に蒸着される。このとき、溶解した蒸着材料は収容部で流動し、この流動したものが電極取付板部へと這い上がることが起立板部で防止される。
【0003】
ところで、上記蒸着ボートでは、収容部に蒸着材料のない状態で加熱すると、ボート本体、起立板部及び電極取付板部は同等の温度に加熱される。然し、加熱されたボート本体の収容部に対してワイヤ状の蒸着材料を供給すると、起立板部が高温に過熱される場合があることが判明した。このように起立板部が過熱された状態が続くと、蒸着ボートの各部の変形を招き、場合によっては、板厚が減少(薄肉化)して孔が開くという不具合が発生し、これでは、蒸着ボートが早期に寿命を迎えるという問題がある。これは、ボート本体の収容部にワイヤ状の蒸着材料を供給して溶解させたときに、蒸着材料の種類によっては、ボート本体の電気抵抗値が減少し(言い換えると、通電電流が溶解した蒸着材料へと分流し)、起立板部の電気抵抗値が相対的に高くなることに起因すると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-46106号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上の点に鑑み、局所的な過熱を抑制して高寿命化を図ることができる真空処理装置用の蒸着源を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、真空チャンバ内に配置され、蒸着材料を蒸発させて被蒸着物に対して蒸着するための本発明の真空蒸着装置用の蒸着源は、蒸着材料の収容部を有するボート本体と、当該ボート本体の一方向両端から上方に夫々起立する起立板部と、両起立板部の上端から外方に夫々張り出す電極取付板部とを有する蒸着ボートを備え、両電極取付板部の間に通電することでボート本体を加熱して収容部内の蒸着材料を蒸発させ、起立板部に通電電流の分流路を設けたことを特徴とする。
【0007】
本発明によれば、加熱状態のボート本体の収容部で蒸着材料を溶解させたときに、ボート本体の電気抵抗値が減少したとしても、分流路により起立板部の電気抵抗値が相対的に高くなることが抑制される。そのため、当該起立板部の過熱が可及的に防止されて蒸着ボートの高寿命化を図ることができる。この場合、起立板部での電気抵抗値が蒸着中におけるボート本体の電気抵抗値と同等になるように分流路を設定することが好ましい。これにより、蒸着中、ボート本体と起立板部とを同等の温度にできることで、仮に収容部内で溶解した蒸着材料が起立板部へと這い上がってきたとしても、この這い上がってきた蒸着材料もまた速やかに蒸発することで、当該起立板部での蒸着材料の堆積を防止することができ、その上、蒸着レートの変動も抑制することができる。なお、起立板部が過熱されると、溶解した蒸着材料が起立板部へと這い上がって接触したときに突沸が発生するが、起立板部の過熱が防止されているため、突沸の発生も可及的に抑制することができる。
【0008】
本発明において、前記分流路が、電極取付板部及び起立板部をその板厚方向両側から挟持する一対の補強板で構成することができる。これにより、起立板部の電気抵抗値が相対的に高くなることが抑制さるという機能を損なうことなく、電極取付板部や起立板部が補強されて蒸着ボートの変形をより一層抑制することができ、有利である。この場合、補強板が、モリブデン、タングステン及びタンタルのいずれか1種を主成分とする高融点金属材料で構成されることが好ましい。
【0009】
また、本発明において、前記電極取付板部を挟持する上下一対の電極プレートを備える場合、上側に位置する前記電極プレートの前記ボート本体側の端面を覆う衝立部が前記補強板に設けられる構成を採用してもよい。これにより、仮に何等かの原因で、溶解した蒸着材料が起立板部を経て電極取付板部まで這い上がってきたとしても、これが衝立部で阻止されるため、電極プレートに直接到達することが確実に防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本実施形態の蒸着源を備えるインライン式の真空蒸着装置の構成を説明する断面図。
図2】(a)は、図1に示す蒸着源の拡大平面図、(b)は、蒸着源の拡大断面図。
図3】起立板部への補強板の取付を説明する部分拡大図。
図4】ボート本体に生ずるクリープ変形を説明する図。
図5】(a)及び(b)は、変形例に係る蒸着源の拡大部分平面図及び拡大部分断面図。
図6】他の変形例に係る蒸着源の拡大部分断面図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、被蒸着物を矩形のガラス基板(以下、「基板Sg」という)とし、また、蒸着材料Emをワイヤ状に成形された銅製のものとし、蒸着材料Emを供給しながら蒸発させて真空チャンバ内で基板Sgの成膜面に銅膜を蒸着する場合を例に本発明の真空蒸着装置用の蒸着源BSの実施形態を説明する。以下において、上、下といった方向を示す用語は、蒸着源BSの設置姿勢である図1を基準とする。
【0012】
図1を参照して、インライン式の真空蒸着装置Esは真空チャンバ1を備え、真空チャンバ1には、図示省略の排気管を介して真空ポンプが接続され、その内部を所定圧力(真空度)に真空排気して真空雰囲気を形成できる。真空チャンバ1の上方空間には基板搬送装置2が設けられている。基板搬送装置2は、成膜面としての下面を開放した状態で基板Sgを保持するキャリア21を有し、図外の駆動装置によってキャリア21、ひいては基板Sgを真空チャンバ1内の一方向に所定速度で搬送できる。基板搬送装置2としては公知のものが利用できるため、これ以上の説明は省略する。そして、一方向に搬送される基板Sgに対向させて真空チャンバ1の下方空間には本実施形態の蒸着源BSが設けられている。
【0013】
図2も参照して、蒸着源BSは蒸着ボート3を備える。蒸着ボート3は、平坦な底面を持つ蒸着材料Emの収容部としての凹部31aを有するボート本体31と、ボート本体31の長手方向(図1中、左右方向)両端から上方に略直角に夫々起立する起立板部32と、両起立板部32の上端から外方に水平に夫々張り出す電極取付板部33とを備える。本実施形態では、蒸着ボート3が、蒸着材料Emより高い融点の金属製板材、具体的には、高融点金属製で0.3mm~3mmの範囲の一定の板厚を持つ板材をプレス加工により一体に形成したものである。本発明にいう「高融点金属」としては、モリブデン、タングステンやタンタルが挙げられ、その中には、モリブデン、タングステン及びタンタルのいずれか1種を主成分とするもの(例えば、モリブデンに所定の重量比で酸化イットリウムを添加したもの)を含む。
【0014】
真空チャンバ下壁1aの内面には、長手方向に間隔を存して絶縁材料で構成される2個の支持台4,4が設置されている。支持台4,4の上面には、導電性の良い銅などの金属で構成される上下一対の電極プレート5a,5bが、蒸着ボート3の各電極取付板部33を上下方向から挟持させた状態でボルト等の締結手段41によって着脱自在に夫々取り付けられる。この場合、電極取付板部33を挟持する電極プレート5a,5bの部分は、両電極プレート5a,5bをその全面に亘って密着できるように電極プレート5a,5bより広い幅を有し、電極取付板部33を挟持した状態で電極取付板部33の両側で締結手段41による締結が可能となっている。そして、電極取付板部33を挟持した電極プレート5a,5bの取付状態では、凹部31aを画成するボート本体31の底板が水平となる姿勢で蒸着ボート3が真空チャンバ下壁1aの内面から所定の高さ位置に設置される。
【0015】
真空チャンバ1内には、ワイヤ状の蒸着材料Emをボート本体31の凹部31aに対して連続または間欠的に供給するための材料供給手段6が設けられている。材料供給手段6は、真空チャンバ1内に配置される防着板11の蒸着源BSと背向する側に設置される繰出ローラ61と、繰出ローラ61を回転駆動するモータ62と、上下一対のガイドローラ63,63とを備える。防着板11には、蒸着ボート3の上方に位置させて蒸着材料Emが挿通する透孔11aが形成され、透孔11aの周囲を囲うようにして防着板11の蒸着源BS側の面には、へ字状に湾曲させた所定長さのガイド管64が取り付けられている。蒸着材料Emとしては、φ1mm~5mmの外径に成形したものが利用され、繰出ローラ61に予め巻回される。そして、繰出ローラ61に巻回されたワイヤ状の蒸着材料Emの先端を引き出して上下一対のガイドローラ63,63の間を通し、透孔11aからガイド管64内を挿通させる。ガイド管64から突出する蒸着材料Emの先端を凹部31aの長手方向中央領域でその内底面に接するようにしてワイヤ状の蒸着材料Emが準備される。
【0016】
真空雰囲気の真空チャンバ1内で基板Sgの下面に銅膜を蒸着する場合、図外の電源によって電極プレート5a,5bを介して両電極取付板部33,33の間に通電することでボート本体31をジュール熱で加熱し、所定時間が経過すると、モータ62により繰出ローラ61を回転駆動してワイヤ状の蒸着材料Emを繰り出す。これにより、凹部31a内に存する蒸着材料Emが溶解、蒸発し、この蒸発した蒸着物質が飛散することで、一方向に移動する基板Sgの下面に銅膜が蒸着される。このとき、溶解した蒸着材料Emは凹部31aで流動し、この流動したものが電極取付板部33へと這い上がることが起立板部32で防止される。両電極取付板部33,33の間に通電する電流値とワイヤ状の蒸着材料Emの供給速度は、基板Sgに蒸着しようとする蒸着レートに応じて適宜設定される。
【0017】
ここで、加熱されたボート本体31の凹部31aに対してワイヤ状の蒸着材料Emを供給すると、起立板部32が高温に過熱される場合がある。これは、ボート本体31の電気抵抗値が減少し(言い換えると、通電電流が溶解した蒸着材料Emへと分流し)、起立板部32の電気抵抗値が相対的に高くなることに起因すると考えられる。このように起立板部32が過熱された状態が続くと、蒸着ボート3の各部に熱変形を招き、場合によっては、板厚が減少(薄肉化)して孔が開くという不具合が発生し、蒸着ボート3が早期に寿命を迎えてしまう。
【0018】
本実施形態では、起立板部32と電極取付板部33との輪郭とが一致するように、一定の板厚を持つ一枚の板材をL字状に成形した2枚の補強板7a,7bを準備し、電極プレート5a,5bに取り付けるときに、一対の補強板7a,7bによって電極取付板部33及び起立板部32がその板厚方向(上方方向)両側から挟持されるようにした。補強板7a,7bとしては、高融点金属製のものが利用できる。また、図3に示すように、起立板部32と電極取付板部33とに対し、その上方から取り付けられる一方の補強板7aの下方に屈曲させた部分71は、起立板部32を通る延長線32aに対して起立板部32側に向けて所定角度(例えば、2度~10度)の範囲で傾けている。また、他方の補強板7bの下方に屈曲させた部分72は、延長線32aに対して起立板部32側に向けて所定角度(例えば、2度~10度)の範囲で傾けている。これにより、起立板部32及び電極取付板部33に対して補強板7a,7bを一体化させて挟持するためのボルト等の固定手段を特段用いることなく、一対の補強板7a,7bによって板厚方向両側から起立板部32を確実に挟持することができる。
【0019】
以上によれば、加熱状態のボート本体31の凹部31aにワイヤ状の蒸着材料Emを供給して溶解させたときに、ボート本体31の電気抵抗値が減少したとしても、一対の補強板7a,7bが通電電流の分流路としての役割を果たし、起立板部32の電気抵抗値が相対的に高くなることが抑制されて当該起立板部32の過熱を可及的に防止することができる。しかも、一対の補強板7a,7bによって電極取付板部33や起立板部32が補強されることで、蒸着ボート3の変形をより一層抑制することができる。その結果、蒸着ボート3の局所的な過熱や変形を抑制して高寿命化を図ることができる。この場合、起立板部32での電気抵抗値が蒸着中におけるボート本体31の電気抵抗値と同等になるよう各補強板7a,7bの断面積を設定することが好ましい。これにより、蒸着中、ボート本体31と起立板部32とを同等の温度にできることで、仮に蒸着中に凹部31a内で溶解した蒸着材料Emが起立板部32へと這い上がってきたとしても、這い上がってきた蒸着材料Emもまた速やかに蒸発することで、起立板部32での蒸着材料Emの堆積を防止することができ、その上、蒸着レートの変更も抑制することができる。なお、起立板部32が過熱されると、溶解した蒸着材料Emが起立板部32へと這い上がって接触したときに突沸が発生するが、起立板部32の過熱が防止されるため、突沸の発生も抑制することができる。
【0020】
ところで、上記のように、加熱されたボート本体31の凹部31aにワイヤ状の蒸着材料Emを供給すると、蒸着レートに応じたボート本体31の加熱温度、蒸着材料Emの供給速度によっては、図4に示すように、蒸着材料Emの供給によってもたらされる荷重が作用する、凹部31aを画成するボート本体31の底板部分31bが下方に向けて膨出するように変形する。このように底板部分31bに生ずる変形は、高温度下におけるクリープによるもの(クリープ変形)であり、このときの変形量が蒸着時間の増加に従い大きくなると、やがてボート本体31の底板部分31bに孔が開く。また、蒸着時間の増加に従い、電極取付板部33からボート本体31に亘って蒸着ボート3全体の変形が進行し、場合によっては、起立板部32が破断することがあり、この場合もまた蒸着ボート3が早期に寿命を迎えてしまう。
【0021】
本実施形態では、底板部分31bにその下側から当接する支持手段8を設けた。支持手段8は、両支持台4,4の内側に位置させて、真空チャンバ下壁1aの内面に第1の碍子81aを介して水平に設置される第1のベース板82を備える。第1のベース板82には上方にのびる2本の支柱83,83が立設されている。そして、各支柱83で支持させて真空チャンバ下壁1aの内面から所定の高さ位置には、第2のベース板84が設けられている。第2のベース板84には、第2の碍子81bを介してその上端が、ボート本体31の下面に当接する支持板85が設けられている。支持板85は、ボート本体31とより長い幅(図2(a)における上下方向)を有し且つ0.1mm~2mmの範囲の一定の板厚を有する一枚の高融点金属製の板材をコ字状に屈曲させたものである。本実施形態では、この屈曲した支持板85の2個をその両自由端側が凹部31a側を向く姿勢で且つ各支持板85,85の互いに隣接する一方の自由端85a,85bが底板部分31bに夫々当接すると共に各支持板85,85の幅方向が、ボート本体31の長手方向に直交する方向に夫々合致する姿勢で並設している。この場合、自由端85a,85b相互の間の長手方向の隙間は、例えば底板部分31bが変形範囲に応じて適宜設定される。
【0022】
また、各支柱83で支持させて第2のベース板84から所定の高さ位置には、蒸着ボート3の底面と同等以上の面積を有するリフレクタ板86が設けられている。リフレクタ板86は0.1mm~2mmの範囲の板厚を有する高融点金属製の板材で構成される。この場合、ボート本体31に対向するリフレクタ板86の面を鏡面加工するようにしてもよい。また、リフレクタ板86には、支持板85,85の挿通を可能とする長孔86aが形成されている。本実施形態では、支柱83,83の外周面にはねじ山83aが設けられ、ねじ山83aには複数個のナット部材83bが螺合している。この場合、第2のベース板84及びリフレクタ板86には板厚方向に貫通する貫通孔(図示せず)が形成され、支柱83,83を挿通させて上下方向で対をなすナット部材83bで位置決め保持されるようにし、第2のベース板84やリフレクタ板86のボート本体31に対する高さ位置を適宜調整できるようにしている。
【0023】
以上によれば、蒸着材料Emの供給によってもたらされる荷重が作用するボート本体31の底板部分31bにその下側から当接する支持手段8を設けたことで、クリープ変形が可及的に抑制される。このとき、支持手段8を上記のように構成することで、底板部分31bに対する接触面積を可及的に小さくでき、しかも、ワイヤ状の蒸着材料Emを供給するときの振動等により底板部分31bに対して荷重が作用する領域が多少変動したとしても、支持板85の自由端85a,85bを位置させるようにでき、常時、荷重が作用する底板部分31bを支持できる。その上、2個の屈曲した支持板85,85を並設したため、各支持板85,85の他方の自由端が、ボート本体31の長手方向両端側(底板部分31b以外の部分)を支持するため、ボート本体31全体の変形を低減でき、蒸着中にはボート本体31を常時略水平に保持することができる。
【0024】
また、リフレクタ板86を更に備えるため、蒸着中に何らかの原因によってボート本体31の凹部31a内で突沸が発生したとき、この突沸により生ずる液体状又は固体状の蒸着材料Emが碍子81bに付着して絶縁破壊を招くといったことが確実に防止できる。更には、ボート本体31からの輻射熱を反射することで、仮にボート本体31の下方空間に、配管や配線といった何らかの部品が配置されているような場合には、当該部品を熱から保護することもでき、有利である。結果として、分流路として機能する補強板7a,7bを設けことと相俟って蒸着ボート3の高寿命化を図ることができる。
【0025】
以上の効果を確認するために、図1に示す真空蒸着装置Esを用い、真空雰囲気の真空チャンバ1内で次の連続蒸着実験を行った。実験条件としては、蒸着ボート3を板厚が0.3mmでタングステン(W)製のものとし、また、ワイヤ状の蒸着材料Emをφ2mmの銅製のものとして材料供給手段6によって10mm/secの供給速度で供給し、蒸着ボート3に対する印加電力を8kWに設定した。第1実験では、支持手段8を設けることなく、電極取付板部33及び起立板部32に、図1に示すようにその板厚方向両側から挟持する一対の補強板7a,7bを取り付けた。補強板7a,7bとしては、板厚が0.3mmのMo製のものとした。先ず、比較実験として、補強板7a,7bのない状態で連続蒸着をしたところ、開始から数分経過に起立板部32に変形がみられ、更に時間が経過すると、起立板部32の板厚が減少して孔が開くことが確認された。そして、開始から30分を待たずに起立板部32が破断し、蒸着の継続が不能になった。それに対して、第1実験では、90分間連続蒸着することができ、90分間連続蒸着した後でも、蒸着ボート3の変形(起立板部32での変形)が可及的に抑制されることが目視で確認され、また、起立板部32の破断も確認されなかった。但し、ボート本体31の底板部分31bにクリープによる変形がみられ、支持手段8を用いないと、ボート本体31の底板部分31bの変形を有効に抑制できないことが明らかになった。そこで、第2実験として、補強板7a,7bと支持手段8の両方を設けて上記と同様の実験条件で連続蒸着実験を行った。その結果、90分間連続蒸着することができ、90分間連続蒸着した後でも、蒸着ボート3の底板部分31bの変形も可及的に抑制されていることが目視で確認された。
【0026】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の技術思想の範囲を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。上記実施形態では、一対の補強板7a,7bで分流路を構成したものを例に説明したが、蒸着中に起立板部32の電気抵抗値が相対的に高くなることが抑制できるように分流できるものであれば、これに限定されるものではなく、例えば、電線やブスバーといった導電性部品でボート本体31と電極取付板部33とを並列接続して起立板部の分流路を形成するようにしてもよい。また、上記実施形態では、起立板部32に対して補強板7a,7bの一部を傾けて、一対の補強板7a,7bによって起立板部32を挟持するものを例に説明したが、これに限定されるものではなく、例えば、起立板部32及び電極取付板部33の板厚方向両側に一対の補強板7a,7bを設置した後、高融点金属製のボルト等によって補強板7a,7bを締結し、または、スポット溶接することで一体化させて起立板部32が挟持されるようにしてもよい。
【0027】
また、上記実施形態では、支持手段8として、コ字状に屈曲させた2個の支持板85,85を並設したものを有する場合を例に説明したが、蒸着材料Emの供給によってもたらされる荷重が作用する底板部分31bにその下方から当接して支持できるものであれば、これに限定されるものではない。例えば、底板部分31bを跨ぐように断面円形や長円形状の梁部材を設けて底板部分31bを支持してもよく、また、支持板85に複数本の柱状体を立設して底板部分31bを支持するようにしてもよい。なお、支持手段8を設ける場合、蒸着ボート3として起立板部32のない形状のものにも本発明は適用することができる。更に、上記実施形態では、支持板85の自由端85a,85bがボート本体31の長手方向に直交する方向に合致する姿勢で並設するものを例に説明したが、これに限定されるものではなく、ワイヤ状の蒸着材料Emを供給したときの蒸着材料Emの振動方向によっては、各支持板85,85の幅方向が、ボート本体31の長手方向に合致する姿勢で並設することもできる。
【0028】
更に、上記実施形態では、補強板7a,7bとして一枚の板材をL字状に成形してなるものを例に説明したが、これに限定されるものではない。変形例に係るものでは、図5(a)及び(b)に示すように、上側の補強板7aの上面70aには、電極プレート5aの凹部31a側の端面より内側に位置させて、上方に突出する板状の衝立部70bが設けられている。この場合、衝立部70bは、補強板7aと同等以上の幅を有する。また、補強板7aの取付状態にて、衝立部70bの上端が電極プレート5aの上面より、好ましくは、締結手段41より上方に位置するように衝立部70bの高さが設定されている。この場合、衝立部70bは、補強板7aに一体に形成することができ、また、補強板7aに別体の衝立部70bをスポット溶接等により取り付けることもできる。これにより、仮に何等かの原因で、溶解した蒸着材料Emが起立板部32を経て電極取付板部33の上面まで這い上がってきたとしても、これが衝立部70bで阻止されるため、電極プレート5aに直接到達することが確実に防止できる。なお、補強板7a,7bを用いず、電極取付板部33が上下一対の電極プレート5a,5bで直接挟持されるような場合には、電極取付板部33の上面に衝立部70bを形成すればよい。
【0029】
また、図6に示すように、一枚の板材をL字状に成形した屈曲板70cを準備し、一方の自由端が上方を向く姿勢で屈曲板70cを電極取付板部33に設置した後、電極取付板部33と共に上下一対の電極プレート5a,5bで挟持するようにしてもよい。これにより、上方をのびる屈曲板70cの部分が衝立部として役割を果たし、溶解した蒸着材料Emが起立板部32を経て電極取付板部33の上面まで這い上がってきたとしても、これを衝立部70bで阻止することができる。なお、補強板7a,7bを用いる場合にも屈曲板70cを取り付けて衝立部を構成するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0030】
BS…真空蒸着装置用の蒸着源、Em…蒸着材料、Es…真空蒸着装置、Sg…基板(被蒸着物)、1…真空チャンバ、3…蒸着ボート、31…ボート本体、31a…凹部(蒸着材料の収容部)、31b…ボート本体の底面部分(蒸着材料の供給によってもたらされる荷重が作用する部分)、32…起立板部、33…電極取付板部、6…材料供給手段、7a,7b…補強板(分流路を構成するもの)、8…支持手段、81a,81b…碍子、82…第1のベース板、84…第2のベース板(ベース板)、85…支持板、86…リフレクタ板。

【要約】
【課題】局所的な過熱を抑制して高寿命化を図ることができる真空処理装置用の蒸着源を提供する。
【解決手段】蒸着材料Emの収容部31aを有するボート本体31と、ボート本体の一方向両端から上方に夫々起立する起立板部32と、両起立板部の上端から外方に夫々張り出す電極取付板部33とを有する蒸着ボートを備える。両電極取付板部の間に通電することでボート本体を加熱して収容部内の蒸着材料を蒸発させる。このとき、起立板部に通電電流の分流路を設ける。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6