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特許7382382モーターブラシ用の摺動接点材料及びモーターブラシ並びに直流モーター
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-08
(45)【発行日】2023-11-16
(54)【発明の名称】モーターブラシ用の摺動接点材料及びモーターブラシ並びに直流モーター
(51)【国際特許分類】
   H02K 13/00 20060101AFI20231109BHJP
   H01R 39/20 20060101ALI20231109BHJP
   C22C 5/06 20060101ALI20231109BHJP
   B22F 7/00 20060101ALN20231109BHJP
   B22F 1/00 20220101ALN20231109BHJP
【FI】
H02K13/00 Q
H01R39/20
C22C5/06 C
C22C5/06 Z
B22F7/00 A
B22F1/00 K
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021211066
(22)【出願日】2021-12-24
(65)【公開番号】P2023095274
(43)【公開日】2023-07-06
【審査請求日】2022-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000113791
【氏名又は名称】マブチモーター株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】橋本 康弘
(72)【発明者】
【氏名】鵜澤 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】中村 啓次
(72)【発明者】
【氏名】吉村 和敏
(72)【発明者】
【氏名】垣内 俊平
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】堀内 義徳
(72)【発明者】
【氏名】井戸 隆太
(72)【発明者】
【氏名】麻田 敬雄
(72)【発明者】
【氏名】高橋 昌宏
【審査官】中島 亮
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-280971(JP,A)
【文献】特開2005-154838(JP,A)
【文献】特開平09-171735(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02K 13/00
B22F 1/00
B22F 7/00
C22C 5/06
H01R 39/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
純Agをマトリックスとし、前記マトリックスにZnO粒子及びTa粒子が分散されてなるモーターブラシ用の摺動接点材料であって、
前記マトリックスである純Agは、Fe、Cr、Niの合計含有量が0.1質量%以下の純Agであり、
前記ZnO粒子の含有量が0.1質量%以上12質量%以下であり、前記Ta粒子の含有量が0.1質量%以上6.0質量%以下であるモーターブラシ用の摺動接点材料。
【請求項2】
Cu系材料からなるベース材と、前記ベース材の少なくとも一部に摺動接点材料が接合されたモーターブラシ用の複合材であって、前記摺動接点材料として請求項1記載の摺動接点材料が接合されたモーターブラシ用の複合材。
【請求項3】
請求項2記載の複合材を含んでなる直流モーター用のモーターブラシ。
【請求項4】
モーターブラシ及び整流子を備える直流モーターにおいて、請求項3記載のモーターブラシを備えるモーター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小型直流モーターのモーターブラシの構成材料として好適な摺動接点材料に関する。特に、耐摩耗性と耐火花性の双方において優れており、Pdフリーで材料コストにも配慮された摺動接点材料及びこれを用いるモーターブラシに関する。
【背景技術】
【0002】
小型直流モーターは、従来から自動車、各種精密機器、家庭用電気機器等のあらゆる分野に広く用いられている。例えば、自動車には音響機器、空調機器(エアコンダンパー)、電動格納ミラー、ステアリングロックピン、ドアロック等の多数の電装品が搭載されており、それらの駆動のために直流小型モーターが使用されている。また、小型直流モーターは、家庭用電気機器であるシェ-バー、電動歯ブラシ、小型掃除機等の主要部品としても使用されている。
【0003】
直流モーターは、その用途は異なっても基本的な構造・構成は共通している。一般的な直流モーターは、ケーシングとケーシング内面に設置される永久磁石と、ケーシング内部に回転可能な状態でシャフトにより支持される回転子(ローター)を備える。回転子は電機子及び整流子(コミテータ)を有し、整流子には集電体であるブラシ(刷子)が電気的に接続されている。モーターは、外部電源からブラシ及び整流子を介して回転子に給電し回転させている。こうした直流モーターにおいて、その安定した駆動を確保する上で重要な要素として、ブラシ及び整流子を構成する接点材料の耐久性である。特に、ブラシはモーター駆動時に絶えず同一箇所が摩擦を受ける過酷な環境下にあり、整流子以上の耐久性が要求される。
【0004】
小型直流モーターのモーターブラシにおいては、その駆動の際に受ける負荷により接点材料の選定がなされている。この小型直流モーターの負荷は、停動トルクと停動電流との相関によって定まる。停動トルク及び停動電流が大きい高負荷の小型直流モーターのモーターブラシは、通電電流が大きいため、ブラシが整流子から離隔する際の火花放電やアーク放電の発生が懸念され、火花消耗への耐久性が要求される。そして、摺動接点材料に共通する特性として機械的摩耗に対する耐久性も要求される。高負荷の小型直流モーターにおけるこれらの要求に応え得るモーターブラシ用の接点材料としては、金属に対する動摩擦係数が小さく、機械的摩耗性に優れたカーボン系材料が一般的に用いられている。カーボン系材料には、カーボン粉末に貴金属や銅等の金属粉末やセラミックス粉末を混合した材料が知られている(特許文献1、2)。そして、高負荷の小型直流モーターのモーターブラシには、機械的摩耗及び火花消耗に対する補償のため、カーボン系材料をmmオーダーの大体積のブロック体にしたブラシ材が用いられている。また、高負荷の小型直流モーターのモーターブラシは、ブロック状のブラシ材をスプリングで整流子へ押し付ける構造を採ったものが一般的となっている。尚、このような構成を採用する高負荷の小型直流モーターは、自動車の電動格納ミラー、ステアリングロック、ドアロック等の電装品に採用されている。
【0005】
一方、停動トルク及び停動電流が比較的小さい低負荷の小型直流モーターのモーターブラシでは、放電による火花消耗が懸念されることが少ないことから、機械的摩耗に対する耐久性の確保が追及される。低負荷の小型直流モーターのモーターブラシ用の接点材料には、貴金属系材料、特に、Ag-Pd系合金が用いられている。Ag-Pd系合金としては、Ag-50質量%Pd合金や引用文献3記載のAg-30質量%Pd合金等が挙げられる。Ag-Pd系合金は、機械的摩耗に対する耐久性が極めて高く、更に耐溶着性にも優れている。
【0006】
低負荷の小型直流モーターのモーターブラシでは、これらの貴金属系材料をベリリウム銅やリン青銅等の銅系材料からなるベース材に接合されたブラシ材が使用されている。尚、こうした構成を採用する低負荷の小型直流モーターは、自動車用途ではエアコンダンパー等の車両用空気調和装置(HVAC)や音響機器等で使用されている。また、シェーバー等の家庭用電気機器や玩具等に内蔵される汎用モーターでも低負荷の小型直流モーターが使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平11-4563号公報
【文献】特開2005-176492号公報
【文献】特開平5-277762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記した各種の小型直流モーターで採用されているモーターブラシ用の摺動接点材料は、それぞれの用途においてこれまで問題なく使用されてきた。しかしながら、小型直流モーターに対する需要傾向や製品コスト抑制の要求により、高負荷・低負荷の小型直流モーターの双方でモーターブラシの構成材料の変更が求められている。
【0009】
高負荷の小型直流モーターのモーターブラシで使用されているカーボン系材料についていえば、まず、モーターの小型化の要求への対応が材質変更の理由となる。カーボン系材料は、最小アーク電流が小さいために摺動時に火花放電及びアーク放電を発生させ易い。これまでは、機械的摩耗に加えて放電による火花消耗を補償するため、カーボン系材料をブロック状のブラシ材としてしたが、mmオーダーのブラシ材は小型化に対応することは困難である。
【0010】
また、カーボン系材料で発生し易い火花放電やアーク放電は、ノイズや回転騒音の要因となる。近年の自動車業界では、高級志向の高まりもあってモーター駆動時のノイズを忌避する傾向にある。そのため、高負荷の小型直流モーターの摺動接点材料については、カーボン系材料に替わり得る材料であって、耐摩耗性に優れると共に火花放電等が生じ難い耐火花性が良好な摺動接点材料が求められている。
【0011】
一方、低負荷の小型直流モーターのモーターブラシ用の接点材料であるAg-Pd系合金は、最近のPd価格の高騰により材質変更の要求がなされている。Pdの価格は、かつては貴金属の中では比較的低かったが、2~3年程前から急騰しており現在では金(Au)と同等以上となっている。モーターブラシ用途のAg-Pd系合金は、Pdの含有割合が高く50質量%となる合金もあるので、Pd価格はダイレクトにモーターブラシの材料コストに影響を及ぼす。家庭用電気機器で使用される汎用モーターに使用されるモーターブラシにとって、その材料コストの上昇は製品コストにも影響を及ぼすこととなる。
【0012】
上記のとおり、Ag-Pd系合金は、機械的摩耗への耐久性が極めて高く、摺動接点材料として比肩できるものがない程の特性を有する。しかし、上記のPd価格の急騰の問題から、Ag-Pd系合金の耐久性まで示すものではなくとも、Pdフリーでコストと特性とのバランスに優れた摺動接点材料が求められている。
【0013】
以上説明した高負荷・低負荷の小型直流モーターの双方における材料変更の必要性は、これまで認識はされていたものの、具体的な取り組みは少ない。とりわけ、上記の材料コストの問題まで加味すれば材質変更は困難であった、というのが実情である。本発明は、かかる背景のもとになされたものであり、高負荷の小型直流モーターのモーターブラシの構成材料として好適であり、機械的摩耗に対する耐久性が良好であると共に、耐火花性にも優れる摺動接点材料を提供する。更に、低負荷の小型直流モーターのモーターブラシにも使用可能であり、Ag-Pd系合金に代替可能な低コストの摺動接点材料を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決する本発明は、純Agをマトリックスとし、前記マトリックスにTa粒子及びZnO粒子が分散されてなるモーターブラシ用の摺動接点材料であって、前記Ta粒子の含有量が0.1質量%以上6.0質量%以下であり、前記ZnO粒子の含有量が0.1質量%以上12.0質量%以下であるモーターブラシ用の摺動接点材料である。
【0015】
本発明に係るモーターブラシ用の摺動接点材料は、Agからなるマトリックスに金属酸化物粒子が分散した複合材料からなる。マトリックスを構成するAgは、カーボン系材料とは異なり高負荷領域においても放電が生じ難く火花放電特性において好適な金属である。よって、Agを主体とする本発明の貴金属合金は、従来のカーボン系材料よりも耐火花性が良好であるといえる。これにより、火花消耗への耐性を確保すると共に、カーボン系材料で懸念されていたノイズの問題を低減することができる。
【0016】
そして、本発明では、Agマトリックスに分散粒子である金属酸化物として、Ta酸化物であるTaとZn酸化物であるZnOの双方を必須的に含む。本発明者等の検討では、Taは耐摩耗性と耐火花性の向上に寄与し、ZnOは耐火花性の更なる向上に寄与する。上記のとおり、直流モーターにおけるブラシは、整流子と比較して、摩耗及び火花発生においてより過酷な負荷状態にある。これら2種の金属酸化物を適切な含有量で分散させることで、上述した過酷な負荷に耐え得るモーターブラシとすることができる。
【0017】
以上のように、本発明に係るモーターブラシ用の摺動接点材料は、金属酸化物粒子の分散による材料強化を図ると共に、マトリックス及び金属酸化物の構成の好適化による耐火花性の向上を図っている。これらにより、本発明に係る摺動接点材料は、機械的摩耗に対する耐久性及び火花消耗に対する耐久性の双方を良好なものとする。また、本発明に係る摺動接点材料は、高価なPdを含まないPdフリーの貴金属合金である。よって、本発明は、Ag-Pd合金に替わるモーターブラシ用の摺動接点材料としても有用である。以下、本発明に係るモーターブラシ用の摺動接点材料の構成についてより詳細に説明する。
【0018】
(A)本発明に係る摺動接点材料の構成及び製造方法
(I)Agマトリックス
本発明に係るモーターブラシ用の摺動接点材料のマトリックスは、純Agである。耐火花性を考慮するとき、マトリックスにAg以外の金属元素が混入する場合、即ち、マトリックスがAg合金である場合には火花特性が悪化する。純Agをマトリックスとすることは、本発明のモーターブラシ用の接点材料として必須の条件となる。純Agとは、Ag及び不可避不純物以外の元素を含まないAgである。不可避不純物としては、Fe、Cr、Pd、Cu、Ni、Mn、Al、Si、Mg等の元素が挙げられる。不可避不純物は、摺動接点材料の原料となるAg粉末及び金属酸化物粉末に微量混入される元素や、製造装置(粉砕機、混合機等)の構成材料から混入する。不可避不純物の中で、特に規制されるべき元素としては、Fe、Cr、Niである。これらが特に耐火花性に影響を及ぼすからである。本発明に係るモーターブラシ用の摺動接点材料では、材料全体におけるFe、Cr、Niの合計含有量が0.3質量%以下であるものが好ましい。Fe、Cr、Niの合計含有量は、0.2質量%以下がより好ましく、0.1質量%以下が更に好ましい。
【0019】
(II)分散粒子(金属酸化物)
本発明に係るモーターブラシ用の摺動接点材料では、純AgマトリックスにZnOとTaの双方の酸化物粒子が分散する。そして、本発明は、これらの酸化物粒子の含有量を規定する。
【0020】
ZnOは耐火花性の向上に寄与する。本発明は、モーターブラシ用の摺動接点材料として、特に耐火花性の改善を図るため、Taに加えてZnOを含む。ZnOの含有量は、摺動接点材料の全体質量を基準として、0.1質量%以上12質量%以下とする。0.1質量%未満では前記の作用が期待されず、12質量%を超えると加工性が悪くなり、モーターブラシとするための所定形状に加工することが困難となる。ZnOの含有量は、1質量%以上9質量%以下が好ましく、2質量%以上7質量%以下がより好ましい。
【0021】
また、Taは耐摩耗性と耐火花性の向上に寄与し、その含有量は、摺動接点材料の全体質量を基準として、0.1質量%以上6.0質量%以下とする。0.1質量%未満では前記の作用が期待されず、6.0質量%を超える量のTaは、マトリクス中で均一に分散し難く凝集体となって接触抵抗を上昇させるため、耐火花性向上の効果が期待できなくなる。このTaの含有量は、0.5質量%以上3.0質量%以下が好ましく、0.9質量%以上2.0質量%以下がより好ましい。
【0022】
上記した範囲にあるZnO及びTaの含有量の測定は、電子線プローブマイクロ分析(EPMA)、エネルギー分散型X線分析(EDX)や、波長分散型X線分析(WDX)、蛍光X線分析(XRF分析)等の分析法にて簡易に測定可能である。また、本発明に係る摺動接点材料は、Cu系材料等のベース材に接合されてモーターブラシを構成する。接点材料の一部又は全部をベース材から分離とすることができる場合には、分離した材料について、誘導結合発光分光分析(ICP発光分光分析)を行い、Zn、Taの各金属成分の含有量を測定し、そこから酸化物含有量を推定することも可能である。
【0023】
酸化物粒子の粒径は、平均粒径でZnOは、0.5μm以上5μm以下が好ましく、Taは、0.5μm以上5μm以下が好ましい。いずれも0.5μm未満では耐摩耗性向上の効果が生じ難くなる。また、酸化物粒子の平均粒径が5μmを超えるようになると、その分散状態が疎となり、この場合も耐摩耗性に寄与し難くなるからである。尚、材料中の平均粒径の測定は、SEM等の金属組織観察を行い、画像中の酸化物粒子の粒径を二軸法等で測定して平均値を求めることができる。この場合において、Ta、ZnOの区別する必要がある場合には、EPMA等による元素マッピングを補助として使用すればよい。
【0024】
本発明に係るモーターブラシ用の摺動接点材料は、粉末冶金法により製造可能である。粉末冶金法では、マトリックスとなるAg粉末と、分散粒子となるTa粉末及びZnO粉末との混合粉末を焼結することで接点材料を得ることができる。このとき、Ag粉末は平均粒径が1μm以上15μm以下のものが好ましく、Ta粉末は平均粒径0.5μm以上5μm以下、ZnO粉末は平均粒径0.5μm以上5μm以下のものが好ましい。また、焼結前には混合粉末を加圧してビレット(圧縮体)とすることがより好ましい。ビレットの製造は、混合粉末を2.5×10MPa以上15×10MPa以下で加圧するのが好ましい。また、焼結の際の加熱温度は、700℃以上950℃以下とするのが好ましい。この粉末冶金法で得られた焼結体からなる接点材料は、適宜に加工することができる。
【0025】
(B)本発明に係る摺動接点材料の形態
本発明に係る摺動接点材料をモーターブラシとする際の形態については、特に制限はない。搭載されるモーターの仕様に合わせた形状、寸法に加工して使用することができる。但し、モーターブラシは適度な接触圧で整流子と接触した状態を維持する必要があることからバネ性が要求される。そのため、本発明に係る摺動接点材料については、バネ性を有するベース材と組み合わせた複合材の状態での利用が好ましい。このベース材としては、Cu系材料が好ましい。Cu系材料は、純Cu、洋白、ベリリウム銅、リン青銅、CuNi合金等が挙げられる。そして、Cu系材料からなるベース材の少なくとも一部に摺動接点材料を接合することでモーターブラシ用の複合材とすることができる。
【0026】
尚、本発明に係る摺動接点材料は、Ag-Pd系合金にくらべると低コストであるが、Cu系材料に比べると高価である。よって、複合材の適用はモーターブラシのコストダウンにも繋がる。更に、複合材を適用するモーターブラシは、適切なバネ性のベース材を選定することで、モーターの小型化を図ることができる。カーボン系材料を適用する従来の高負荷の小型直流モーターでは、ブロック状のカーボン系材料にバネ材を組み合わせたブラシが使用されるが、本発明ではこれに比べて小型化のモーターを得ることができる。
【0027】
上記複合材の寸法は特に制限はない。テープ状・板状のベース材の一部又は全面にテープ状・板状・チップ状の摺動接点材料を接合する。また、摺動接点材料とベース材との接合は、圧接接合(クラッド接合)の他、シーム溶接やろう付け等の接合方法が適用できる。そして、この複合材を適宜に切断・加工することでモーターブラシとすることができる。
【0028】
そして、本発明に係る接点材料を適用するモーターブラシは、上述した高負荷・低負荷の小型直流モーターに適用可能である。小型直流モーターの構成は、上述のとおりであり、モーターブラシと整流子を必須の構成とする。モーターブラシは、モーター外部の電源からの電力を整流子に給電する。
【0029】
本発明に係る摺動接点材料を適用するモーターブラシに対し、整流子の構成材料としては、Ag合金が好ましい。Ag合金としては、AgにPd、Cu、Zn、Niの1種又は2種以上を合計で1質量%以上12%以下添加したAg合金が挙げられる。具体的には、Ag-Cu合金、Ag-Cu-Ni合金、Ag-Pd-Cu-Zn-Ni合金が挙げられる。
【0030】
また、整流子材料としては、上記Ag合金(固溶体合金)の他に本発明と同様の酸化物分散型Ag合金が使用されることもある。例えば、AgCu合金マトリックスにMgO及びZnOを分散させた酸化物分散型Ag合金がある。また、Ag合金(Fe、Co、Ni、Cuを1種又は2種以上含むAg合金)をマトリックスとし、これにTa粒子やMg、Fe、Co、Ni、Znの酸化物粒子が分散したものがある。後者の整流子用の接点材料は、TaとZnの酸化物粒子が分散し得ることから本発明に係るモーターブラシ用の接点材料と類似する。しかし、この整流子用の接点材料は、マトリックスとしてAg合金を適用している点において相違する。上述のとおり、モーターブラシ用の接点材料には、より高度な耐火花性が要求され、マトリックスに添加元素を含むAg合金は好ましくないからである。また、後者のAg合金にTa粒子等が分散する整流子用の接点材料は、特に、高負荷の小型直流モーターの整流子に好適に使用される。
【0031】
上記のAg合金からなる整流子材料の構成は、低負荷・高負荷の小型直流モーターの仕様に応じて適用される。尚、いずれの用途の小型直流モーターにおいても、小型直流モーターの整流子は、モーターブラシと接触する面に上記整流子材料があれば良い。従って、整流子についても、接点材料をベース材にクラッドした複合材で構成することができる。このときのベース材は、上記したモーターブラシ用の複合材と同じCu系材料が使用できる。
【発明の効果】
【0032】
本発明に係る摺動接点材料は、機械的摩耗及び放電・火花発生について過酷な使用環境下にあるモーターブラシに適用するため、高い耐摩耗性と耐火花性を有する。また、構成金属としてPdを使用することなく前記特性を発揮し得る。これらの性能面及びコスト面の双方で改善点を有する本発明は、高負荷の小型直流モーターのモーターブラシで使用されてきたカーボン系材料に替わる接点材料として期待できる。本発明の接点材料は、耐久性を発揮しつつノイズ低減効果も有する。
【0033】
そして、本発明の摺動接点材料は、低負荷の小型直流モーターにおけるブラシ用途にも対応可能である。これらの直流モーターでは、モーターブラシ用材料としてAg-Pd合金が使用されてきたが、本発明はその代替材料として有用である。本発明の接点材料は、Pdを使用しないことから、近年のPdの高騰傾向を考慮すれば、低コストで汎用モーター等を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】第1実施形態で製造した摺動接点材料(Ag-1.2質量%Ta-3.0質量%ZnO)材料組織を示す写真。
【発明を実施するための形態】
【0035】
第1実施形態:本発明の好ましい実施形態について、以下に記載する実施例に基づいて説明する。本実施形態では、純Agマトリックスに1.2質量%のTaと3.0質量%のZnOが分散する摺動接点材料及び摺動接点材料を含む複合材を製造した。そして、複合材をモーターブラシに加工して直流小型モーターに組み込み、耐摩耗性を評価した。
【0036】
[摺動接点材料の製造]
本実施形態では摺動接点材料を粉末冶金法により製造した。純Ag粉末(平均粒径7μm)に、1.2質量%のTa粉末(平均粒径1μm)と3.0質量%のZnO粉末(平均粒径1μm)をボールミルで5時間混合した。この粉末混合物を、円筒容器に詰めて長手方向から圧力5×10MPaを加えて圧縮し直径50mmの円柱ビレットを形成した。そして、この円柱ビレットを、大気中にて850℃で4時間加熱して焼結処理を行った。この圧縮処理と焼結処理は、3回繰り返し摺動接点材料を製造した。この摺動接点材料を熱間押出し加工して、直径6mmの粗線に加工し、伸線加工と焼鈍処理を繰返して直径1mmの線材とした。更に、この線材を圧延機で圧延してテープ状の摺動接点材料を得た。本実施形態で製造した摺動接点材料の金属組織写真を図1に示す。
【0037】
[モーターブラシ用複合材の製造]
次に、上記のテープ状の摺動接点材料とベース材とをクラッド接合して(インレイ接合)をして複合材にした。ベース材は、バネ用洋白(C7701)を使用した。クラッド接合は圧延機で行い、圧延後750℃で熱処理をして複合材とした。モーターブラシとなるこの複合材の摺動接点材料の厚さは30μmであった。
【0038】
[参考例]
本実施形態で製造した摺動接点材料(Ag-1.2%Ta-3%ZnO)の耐久性評価のための参考例として、Ag-50%Pd合金を摺動接点材料とした複合材を製造した。評価基準となる参考例にAg-Pd合金を適用したのは、上述したように、Ag-Pd合金は耐摩耗性が極めて良好だからである。また、Ag-Pd合金は、高負荷での使用を考慮した耐火花性においても良好な貴金属系の接点材料であるので、耐火花性評価の参考にもなり得るからである。但し、本願においては、課題の一つとして材料コストの改善を挙げていること、及び、Pd価格が高騰状態にあることを考慮し。参考例のAg-Pd合金の厚さを10μmに設定し、材料コストが同程度となるようにした。そして、本実施形態と同じベース材にAg-50%Pd合金をクラッドして複合材を製造した。
【0039】
[直流小型モーターの作製と耐久試験]
本実施形態及び参考例で製造した複合材をモーターブラシに加工し、実際に直流小型モーターを組立て、摺動接点材料の耐久試験を行った。耐久試験は、以下の2種の試験条件で行った。尚、直流小型モーターの整流子は、各試験条件で異なる接点材料を用い、それぞれの接点材料を銅系材料からなるベース材にクラッドした複合材から製造した。
【0040】
本実施形態の下記2種の試験条件において、「試験条件1」は、車両用空気調和装置(HVAC)で使用される低負荷の小型直流モーターを模擬したものであり、機械的摩耗に対する耐久性評価を意図するものである。また、「試験条件2」は、自動車の電動格納ミラーで使用される高負荷の小型直流モーターを模擬したものであり、火花消耗に対する耐久性評価を意図するものである。これらの耐久試験では、反時計回転(CCW)及び停止(OFF)と時計回転(CW)及び停止(OFF)とを組合せた運転モードを1サイクルとし、モーターが停止するまでのサイクル数を評価した。
【0041】
【表1】
【0042】
上記2つの試験条件による耐久試験の結果、本実施形態の摺動接点材料であるAg-1.2%Ta-3%ZnOは、試験条件1では、683000サイクルまでの耐久を示した。一方、参考例としたAg-Pd合金では、473000サイクルでモーターの停止が見られた。試験条件1は、HVAC等の低負荷のモーターにおける機械的摩耗性に対する評価試験であり、本実施形態の摺動接点材料は、参考例のAg-Pd合金に対して高い耐久性を有する。
【0043】
また、試験条件2における評価結果は、Ag-1.2%Ta-3%ZnO及びAg-Pd合金の双方において、100000サイクルを超えてもモーターは停止しなかった。電動格納ミラー用のモーターにおいては、上記試験条件2で50000サイクルが規格として要求されているので、これらの摺動接点材料は、規格の2倍以上の寿命を有することが確認された。試験条件2は、高負荷の小型直流モーターにおける耐火花性を評価する試験であり、Ag-1.2%Ta-3%ZnOは、耐火花性に優れることが確認された。尚、参考例であるAg-Pd合金も本実施形態と同等に耐火花性に優れるといえる。
【0044】
以上の本実施形態における2つの試験条件の下での評価試験から、本実施形態の摺動接点材料であるAg-1.2%Ta-3%ZnOは、参考例であるAg-Pd合金に対しても、好適な耐摩耗性と耐火花性を有することが確認された。
【0045】
第2実施形態:本実施形態では、Ag-Ta-ZnOについて、Ta及びZnOの含有量が異なる摺動接点材料を複数製造し、その耐久性の評価を行った。摺動接点材料の製造は第1実施形態と同様に粉末冶金法により製造した。ここでは、第1実施形態と同じ純Ag粉末、Ta粉末、ZnO粉末を使用し、同様の製造条件でAg-Ta-ZnO合金からなる摺動接点材料(厚さ30μm)を製造してモーターブラシを製造した。
【0046】
そして、製造した各モーターブラシを第1実施形態と同じ直流小型モーターに組み込み、耐久試験を行った。本実施形態においても機械的摩耗及び火花消耗に対する耐久性を確認することとしたが、試験条件をシビアにした加速試験にて評価した。本実施形態における試験条件を表2に示す。
【0047】
【表2】
【0048】
本実施形態の2つの試験条件は、いずれもHVAC用途の低負荷の小型直流モーターを模擬したものである。「試験条件3」は、主に機械的摩耗を評価するための条件であり、第1実施形態の「試験条件1」に対して回転数を高めた加速試験である。また、「試験条件4」は、主に電気的負荷の増大による耐火花性を評価する条件であり、第1実施形態の「試験条件1」に対して回転数及び電流を高めた加速試験である。この耐久試験の結果を表3に示す。尚、本実施形態でも参考例としてAg-50%Pd合金を接点材料(厚さ10μm)によるモーターブラシについての耐久試験を行った。この耐久試験の結果を表3に示す。
【0049】
【表3】
【0050】
本実施形態における耐久試験の結果から、加速試験においては、いずれの試験条件においても、各実施例のAg-Ta-ZnO合金は、参考例であるAg-Pd合金よりも耐摩耗性及び耐火花性の双方において優れていることが確認された。即ち、本実施形態のAg-Ta-ZnO合金によれば、高耐久の摺動接点材料を得ると共に、Pdフリーにしてコストダウンを図ることができる。
【0051】
そして、実施例1~実施例4の接点材料を対比すると、TaとZnOのいずれかの含有量の増加により耐火花性の向上がみられる。つまり、TaとZnOはいずれも耐火花性の改善効果があると考えられる。また、機械的摩耗についてみると、実施例1と実施例2との対比からは、Taには耐摩耗性の改善効果があるといえる。一方、実施例2と実施例4とを対比すると、ZnO含有量が増えても停止サイクル数は同じであることから、ZnOは機械的摩耗に対する改善作用は少ないと考えられる。もっとも、機械的摩耗のみならず火花消耗についても過酷な環境にあるモーターブラシの接点材料としては耐摩耗性を確保する上でZnOを適切な含有量で含むことが必須といえる。
【0052】
尚、第1及び第2実施形態で参考例として試験したAg-50%Pd合金については、接点材料の厚さを同一にして本実施形態のAg-Ta-ZnO合金と対比すると、本実施形態よりも耐久時間は長くなると予測される。Ag-Pd合金は固溶強化による強化幅が極めて高い。一方、本発明のAg-Ta-ZnO合金は、金属酸化物粒子による分散強化により耐摩耗性を高めているものの、比較的軟質なAgをマトリックスにしているので、強化幅は固溶強化より低いと考えられる。但し、上述のとおり、Ag-Pd合金は、Pd価格の高騰によりコストと性能とのバランスが崩れている。本発明に係るAg-Ta-ZnO合金からなるモーターブラシ材料は、Pdフリーであるので材料コストはAg-Pd合金よりも著しく低廉である。そして、第1及び第2実施形態のように、材料コストを勘案すると、本実施形態のAg-Ta-ZnO合金は、Ag-Pd合金の代替材料として極めて有用であることが確認された。
【0053】
第3実施形態:本実施形態では、シェーバー等で使用される低負荷の汎用小型直流モーターのモーターブラシを模擬した評価を行った。本実施形態では、第2実施形態の実施例1~3と同じAg-Ta-ZnO合金を粉末冶金法により製造した。そして、第2実施形態と同様にして、テープ状摺動接点材料とベース材とをクラッド接合して複合材(厚さを30μm)を製造した。尚、ベース材は、ベリリウム銅(C1741)を使用した。そして、製造した複合材をモーターブラシに加工して直流小型モーターを組立てて耐久試験を行った。
【0054】
また、比較のために2種の市販の汎用小型直流モーターについての耐久試験を行った。この比較例となる市販の小型直流モーターは、それぞれ、高電圧仕様と低電圧仕様となっている。高電圧仕様のモーターは、厚さ5μmのAg-30%Pd合金をモーターブラシ材料とし、低電圧仕様のモーターは、厚さ5μmのAg-50%Pd合金をモーターブラシ材料としている。尚、本実施形態でもAg-Ta-ZnO合金からなる接点材料の厚さ(30μm)は、これら比較例の接点材料の材料コストと同等となるように設定している。
【0055】
【表4】
【0056】
【表5】
【0057】
表5から、実施例1~実施例3のAg-Ta-ZnO合金をモーターブラシ材料とした小型直流モーターは、比較例となる高電圧仕様及び低電圧仕様の汎用モーターに対し、同等以上の駆動時間を示し耐久性良好であることが確認された。尚、本実施形態の結果でも、接点材料の厚さが同一であれば、Ag-Pd合金の方が各実施例のAg-Ta-ZnO合金よりも耐久時間は長くなると予測できる。しかし、本実施形態でも材料コストを勘案した評価であり、この観点からみれば、本実施形態のAg-Ta-ZnO合金は、Ag-Pd合金の代替材料として有用であることが確認された。
【0058】
第4実施形態:ここでは、Agマトリックスに分散する酸化物の種類を変更したモーターブラシ材料を製造し、火花消耗に対する耐久性を評価した。本実施形態では、第1実施形態(実施例1)のAg-Ta-ZnO合金(Ta:1.2質量%、ZnO:3質量%)を基準としつつ、Taの量を変えた接点材料やZnOに替えてMgO、SnOを分散させた接点材料を製造し、小型直流モーターに組み込んだときの耐久性を評価した。接点材料の製造については第1実施形態と同様の粉末冶金法による。混合粉末製造の際のZnO、SnOは、粒径1μmのZnO粉末、SnO粉末を使用した。
【0059】
各種の接点材料から複合材を製造し、モーターブラシに加工して小型直流モーターを作製した。そして、下記条件で摩耗試験を行った。この試験条件は、自動車のドアロックを模擬したものであり、耐火花性を主に評価する内容である。
【0060】
【表6】
【0061】
本実施形態の摩耗試験は、上記モードで10万サイクル駆動したモーターを分解してブラシを取り出して摩耗深さを接触式粗さ計により測定した(試験回数3回)。各種のモーターブラシ材料について測定した摩耗深さ平均値を表7に示す。
【0062】
【表7】
【0063】
第2実施形態で確認したように、Agマトリックスに分散する酸化物に関してしては、Taが主に接点材料の機械的摩耗への耐性を確保し、ZnOが耐火花性の改善効果があると考えられる。本実施形態の結果(表7)を参照すると、ZnO以外の酸化物(MgO、SnO)を分散させた接点材料では、実施例1等に対して耐火花性に劣っている。また、ZnOを含んでいても、MgO又はSnOも同時に分散した接点材料は、耐火花性は良好とならない。つまり、金属酸化物であれば何を分散させても良いという訳ではない。本実施形態から、機械的摩耗と火花消耗に対する耐性を向上させる上でZnOが好適であることが確認されることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、直流小型モーターのブラシ用の摺動接点材料として、好適な耐摩耗性及び耐火花性を有する。また、本発明の接点材料は、耐久性を発揮しつつノイズ低減効果も有する。本発明は、自動車用、各種精密機器、家庭用電気機器の各種分野における直流小型モーターに好適に適用できる。自動車用途においては、音響機器、エアコンダンパー、電動格納ミラー、ドアロック等の電装品における直流小型モーター挙げられる。また、家庭用電気機器としては、シェ-バー、電動歯ブラシ、小型掃除機等の小型モーターに適用できる。
図1