(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-08
(45)【発行日】2023-11-16
(54)【発明の名称】ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物及びインサート成形品
(51)【国際特許分類】
C08L 81/02 20060101AFI20231109BHJP
C08L 23/00 20060101ALI20231109BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20231109BHJP
C08K 3/013 20180101ALI20231109BHJP
C08K 7/04 20060101ALI20231109BHJP
C08K 7/00 20060101ALI20231109BHJP
C08K 7/16 20060101ALI20231109BHJP
B29C 45/14 20060101ALI20231109BHJP
【FI】
C08L81/02
C08L23/00
C08K3/04
C08K3/013
C08K7/04
C08K7/00
C08K7/16
B29C45/14
(21)【出願番号】P 2023538544
(86)(22)【出願日】2022-07-26
(86)【国際出願番号】 JP2022028754
(87)【国際公開番号】W WO2023008417
(87)【国際公開日】2023-02-02
【審査請求日】2023-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2021126178
(32)【優先日】2021-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390006323
【氏名又は名称】ポリプラスチックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【氏名又は名称】原 裕子
(74)【代理人】
【識別番号】100170575
【氏名又は名称】森 太士
(72)【発明者】
【氏名】金塚 竜也
(72)【発明者】
【氏名】出井 秀和
【審査官】横山 法緒
(56)【参考文献】
【文献】特許第6976366(JP,B2)
【文献】特許第7122491(JP,B2)
【文献】特開2022-096861(JP,A)
【文献】特開2008-069194(JP,A)
【文献】特開2006-143827(JP,A)
【文献】特表2017-503045(JP,A)
【文献】特開2020-105261(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
B29C 45/14
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)温度310℃及びせん断速度1200sec
-1で測定した溶融粘度が5~500Pa・sの、カルボキシル基末端を有するポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対して、
(B)(B1)長さが10000nm超3000000nm以下であり、アスペクト比が2000超500000以下のカーボンナノチューブを0.05~1.5質量部、又は(B3)カーボンナノストラクチャーを0.01~5質量部と、
(C)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位を含有するオレフィン系共重合体を1.0~45.0質量部と、
を含む、ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【請求項2】
前記(A)ポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対して、更に(D)無機充填剤(但し、前記(B1)カーボンナノチューブ、及び(B3)前記カーボンナノストラクチャーを除く。)5~250質量部を含む、請求項1に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【請求項3】
前記(D)無機充填剤が、繊維状無機充填剤である、請求項2に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【請求項4】
前記(D)無機充填剤が、繊維状無機充填剤と、板状無機充填剤及び/又は粉粒状無機充填剤との組合せからなる、請求項2に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【請求項5】
前記(C)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位を含有するオレフィン系共重合体が、
(C1)アミノ基、カルボキシル基、水酸基、酸無水物基、エポキシ基、グリシジル基、イソシアネート基、イソチオシアネート基、アセトキシ基、シラノール基、アルコキシシラン基、アルキニル基、オキサゾリン基、チオール基、スルホン酸基、スルホン酸塩残基、及びカルボン酸エステル基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体、
(C2)エチレン由来の構成単位と炭素原子数3以上のα-オレフィン由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体、並びに
(C3)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位とα,β-不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体、
からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系共重合体である、請求項1~4のいずれか1項に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【請求項6】
前記(C1)オレフィン系共重合体が、α,β-不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位を含有する、請求項5に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【請求項7】
前記(C1)オレフィン系共重合体が、無水マレイン酸変性エチレン系共重合体、グリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体、グリシジルエーテル変性エチレン系共重合体からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系共重合体である、請求項
5に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【請求項8】
前記(C1)オレフィン系共重合体が、更に(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位を含有する、請求項
5に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【請求項9】
請求項1~
4のいずれか1項に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物を含む樹脂部材と、金属、合金又は無機固体物を含むインサート部材とを有する、インサート成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物及びインサート成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイド樹脂(以下「PPS樹脂」とも呼ぶ。)に代表されるポリアリーレンサルファイド樹脂(以下「PAS樹脂」とも呼ぶ。)は、高い耐熱性、機械的物性、耐化学薬品性、寸法安定性、難燃性を有している。そのため、電気・電子機器部品材料、自動車機器部品材料、化学機器部品材料等に広く使用されている。しかしながら、PAS樹脂は、結晶化速度が遅いため成形時のサイクル時間が長い、また成形時にバリの発生が多いという問題があった。
【0003】
バリの発生を低減する方法としては、各種アルコキシシラン化合物を添加することが知られている(特許文献1~2参照)。各種アルコキシシラン化合物はPAS樹脂との反応性が高く、機械的物性の改良、バリ発生を抑制する効果等が認められている。しかし、バリ発生の抑制効果には限界があり、市場の要求を充分満足させるには至っておらず、また結晶化速度を速くする効果を併せ持っていない。
【0004】
上記問題の解決を図るため、特定のPAS樹脂に特定のカーボンナノチューブ及び必要に応じて無機充填剤の各々特定量を配合した樹脂組成物が提案されている(特許文献3参照)。その他、溶融粘度が異なる2種のPPS樹脂と、所定の平均粒子径を有するカオリン、アタパルジャイト、又はその混合物とを含む樹脂組成物が提案されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特公平6-21169号公報
【文献】特開平1-146955号公報
【文献】特開2006-143827号公報
【文献】特開平09-157525号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献3に記載の樹脂組成物において用いられるカーボンナノチューブは、平均直径が5~100nm、アスペクト比が50~2000のものであり、本発明の対象とするカーボンナノチューブとは異なる。また、特許文献4には、所定の平均粒子径を有するカオリン、アタパルジャイト、又はその混合物について、「材料に揺変性を付与する効果(溶融粘度のせん断速度依存性を高める効果)があると思われ、射出成形における保圧過程(せん断速度が小さくなる過程)で材料の溶融粘度が一気に上昇することによりバリの発生が大幅に低減されると思われる。」と記載されている。つまり、カオリン等の無機充填材は、射出成形における材料の溶融粘度を一気に高めることを目的に使用されることから一定量以上の量が必要と考えられ、実際にPPS樹脂組成物100重量部に対し、10~150重量部が好ましい旨記載されている。カオリン等の無機充填材を添加することでバリの発生を抑えることができるが、添加量を多いことにより成形性や強度低下など別の問題が発生することが危惧される。
【0007】
一方、PAS樹脂単独では、靱性に乏しく脆弱であり、例えばインサート成形品の高温と低温とに交互に晒される場合の耐久性、いわゆる耐ヒートショック性(耐高低温衝撃性)に劣ることが知られている。PAS樹脂組成物において、バリ発生の抑制と、優れた耐ヒートショック性とを両立することができれば有用性は更に高まる。
【0008】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みなされたものであり、その課題は、バリの発生の抑制と、優れた耐ヒートショック性との両立を図ることができるポリアリーレンサルファイド樹脂組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成する本発明の一態様は、以下のとおりである。
(1)(A)温度310℃及びせん断速度1200sec-1で測定した溶融粘度が5~500Pa・sの、カルボキシル基末端を有するポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対して、
(B)(B1)長さが10000nm超3000000nm以下であり、アスペクト比が2000超500000以下のカーボンナノチューブを0.05~1.5質量部、(B2)無機ナノチューブ(但し、炭素原子を含まないものに限る。)を0.01質量部以上10質量部未満、又は(B3)カーボンナノストラクチャーを0.01~5質量部と、
(C)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位を含有するオレフィン系共重合体を1.0~45.0質量部と、
を含む、ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【0010】
(2)前記(A)ポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対して、更に(D)無機充填剤(但し、前記(B1)カーボンナノチューブ、前記(B2)無機ナノチューブ、及び(B3)前記カーボンナノストラクチャーを除く。)5~250質量部を含む、前記(1)に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【0011】
(3)前記(D)無機充填剤が、繊維状無機充填剤である、前記(2)に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【0012】
(4)前記(D)無機充填剤が、繊維状無機充填剤と、板状無機充填剤及び/又は粉粒状無機充填剤との組合せからなる、前記(2)に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【0013】
(5)前記(C)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位を含有するオレフィン系共重合体が、
(C1)アミノ基、カルボキシル基、水酸基、酸無水物基、エポキシ基、グリシジル基、イソシアネート基、イソチオシアネート基、アセトキシ基、シラノール基、アルコキシシラン基、アルキニル基、オキサゾリン基、チオール基、スルホン酸基、スルホン酸塩残基、及びカルボン酸エステル基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体、
(C2)エチレン由来の構成単位と炭素原子数3以上のα-オレフィン由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体、並びに
(C3)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位とα,β-不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体、
からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系共重合体である、前記(1)~(4)のいずれかに記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【0014】
(6)前記(C1)オレフィン系共重合体が、α,β-不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位を含有する、前記(5)に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【0015】
(7)前記(C1)オレフィン系共重合体が、無水マレイン酸変性エチレン系共重合体、グリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体、グリシジルエーテル変性エチレン系共重合体からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系共重合体である、前記(5)又は(6)に記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【0016】
(8)前記(C1)オレフィン系共重合体が、更に(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位を含有する、前記(5)~(7)のいずれかに記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物。
【0017】
(9)前記(1)~(8)のいずれかに記載のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物を含む樹脂部材と、金属、合金又は無機固体物を含むインサート部材とを有する、インサート成形品。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、バリの発生の抑制と、優れた耐ヒートショック性との両立を図ることができるポリアリーレンサルファイド樹脂組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】耐ヒートショック性試験で用いた試験片を示す図であって、(a)は斜視図であり、(b)は平面図である。
【
図2】
図1に示す試験片のインサート部材を示す図であって、(a)は斜視図であり、(b)は鋭角形状部分の拡大平面図である。
【
図3】
図1に示す試験片の寸法についての説明図であって、(a)は平面図、(b)は側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本実施形態のポリアリーレンサルファイド樹脂組成物は、(A)温度310℃及びせん断速度1200sec-1で測定した溶融粘度が5~500Pa・sの、カルボキシル基末端を有するポリアリーレンサルファイド樹脂100質量部に対して、(B)(B1)長さが10000nm超3000000nm以下であり、アスペクト比が2000超500000以下のカーボンナノチューブを0.05~1.5質量部、(B2)無機ナノチューブ(但し、炭素原子を含まないものに限る。)を0.01質量部以上10質量部未満、又は(B3)カーボンナノストラクチャーを0.01~5質量部を含む。また、(C)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位を含有するオレフィン系共重合体を1.0~45.0質量部を含む。
【0021】
本実施形態のPAS樹脂組成物は、(B1)カーボンナノチューブ(以下、「CNT」とも呼ぶ。)、(B2)無機ナノチューブ、又は(B3)カーボンナノストラクチャー(以下、「CNS」とも呼ぶ。)を所定量含むことにより射出成形におけるバリの発生を抑制することができる。(B1)~(B3)の各成分を含むことでバリの発生が抑制されるのは以下のメカニズムによると推定される。
(B1)CNT
所定の長さで所定のアスペクト比を有するCNTによるバリが抑制されるメカニズムは、低せん断速度領域における溶融粘度の増加や、結晶化速度の向上(核剤効果による固化速度向上)が寄与していると推定される。また、低せん断速度領域における溶融粘度の増加により、離型抵抗の低減を図ることができ、結晶化速度の向上により、成形サイクルの短縮化を図ることができる。
(B2)無機ナノチューブ
無機ナノチューブの添加によりバリが抑制されるメカニズムは、結晶化速度の向上(核剤効果による固化速度向上)が寄与していると推定される。また、結晶化速度の向上により、成形サイクルの短縮化を図ることができる。
(B3)CNS
CNSの添加によりバリが抑制されるメカニズムは、低せん断速度領域における溶融粘度の増加や、結晶化速度の向上(核剤効果による固化速度向上)が寄与していると推定される。また、低せん断速度領域における溶融粘度の増加により、離型抵抗の低減を図ることができ、結晶化速度の向上により、成形サイクルの短縮化を図ることができる。
尚、本実施形態において、「核剤」は、「結晶核剤」、「造核剤」等と同義である。
【0022】
一方、本実施形態のPAS樹脂組成物において、(C)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位を含有するオレフィン系共重合体を含むことにより、耐ヒートショック性に優れる。(C)オレフィン系共重合体を含むことで耐ヒートショック性が向上するメカニズムとしては、(C)オレフィン系共重合体を含むことで、樹脂部材に可撓性が付与されやすく、可撓性の付与により樹脂部材が軟らかくなることが、耐ヒートショック性の改善に寄与すると考えられる。中でも、エチレン由来の構成単位と炭素原子数3以上のα-オレフィン由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体や、炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位とα,β-不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体は、樹脂部材に可撓性を付与しやすい。
また、(C)オレフィン系共重合体が特定の官能基を含有していると、当該官能基とPAS樹脂の末端基とが反応し、この反応によりPAS樹脂とオレフィン系共重合体との相互作用が高まることによって、耐ヒートショック性がより一層向上すると推測される。中でも、当該官能基がPAS樹脂のカルボキシル基末端と反応する官能基であることが好ましい。
耐ヒートショック性は、上記(B1)~(B3)の各成分を含むことによっても向上する。そのメカニズムは不明であるが、実験事実から明らかである(後記実施例参照)。
以下に、本実施形態のPAS樹脂組成物の各成分について説明する。
【0023】
[(A)ポリアリーレンサルファイド樹脂]
PAS樹脂は、機械的性質、電気的性質、耐熱性その他物理的・化学的特性に優れ、且つ加工性が良好であるという特徴を有する。
PAS樹脂は、主として、繰返し単位として-(Ar-S)-(但しArはアリーレン基)で構成された高分子化合物であり、本実施形態では一般的に知られている分子構造のPAS樹脂を使用することができる。
【0024】
上記アリーレン基としては、例えば、p-フェニレン基、m-フェニレン基、o-フェニレン基、置換フェニレン基、p,p’-ジフェニレンスルフォン基、p,p’-ビフェニレン基、p,p’-ジフェニレンエーテル基、p,p’-ジフェニレンカルボニル基、ナフタレン基等が挙げられる。PAS樹脂は、上記繰返し単位のみからなるホモポリマーでもよいし、下記の異種繰返し単位を含有したコポリマーが加工性等の点から好ましい場合もある。
【0025】
ホモポリマーとしては、アリーレン基としてp-フェニレン基を用いた、p-フェニレンサルファイド基を繰返し単位とするポリフェニレンサルファイド樹脂が好ましく用いられる。また、コポリマーとしては、前記のアリーレン基からなるアリーレンサルファイド基の中で、相異なる2種以上の組み合わせが使用できるが、中でもp-フェニレンサルファイド基とm-フェニレンサルファイド基を含有する組み合わせが特に好ましく用いられる。この中で、p-フェニレンサルファイド基を70モル%以上、好ましくは80モル%以上含有するものが、耐熱性、成形性、機械的特性等の物性上の点から適当である。また、これらのPAS樹脂の中で、2官能性ハロゲン芳香族化合物を主体とするモノマーから縮重合によって得られる実質的に直鎖状構造の高分子量ポリマーが、特に好ましく使用できる。尚、本実施形態に用いるPAS樹脂は、異なる2種類以上の分子量のPAS樹脂を混合して用いてもよい。
【0026】
尚、直鎖状構造のPAS樹脂以外にも、縮重合させるときに、3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物等のモノマーを少量用いて、部分的に分岐構造又は架橋構造を形成させたポリマーが挙げられる。また、低分子量の直鎖状構造ポリマーを酸素等の存在下、高温で加熱して酸化架橋又は熱架橋により溶融粘度を上昇させ、成形加工性を改良したポリマーも挙げられる。
【0027】
PAS樹脂は、従来公知の重合方法により製造することができる。一般的な重合方法により製造されたPAS樹脂は、通常、副生不純物等を除去するために、水あるいはアセトンを用いて数回洗浄した後、酢酸、塩化アンモニウム等で洗浄する。その結果として、PAS樹脂末端には、カルボキシル基末端を所定の割合で含有する。
【0028】
本実施形態に使用する基体樹脂としてのPAS樹脂の溶融粘度(310℃・せん断速度1200sec-1)は、上記混合系の場合も含め、機械的物性と流動性のバランスの観点から、5~500Pa・sのものを用いる。PAS樹脂の溶融粘度は、7~300Pa・sが好ましく、10~250Pa・sがより好ましく、13~200Pa・sが特に好ましい。
【0029】
尚、本実施形態のPAS樹脂組成物は、その効果を損なわない範囲で、樹脂成分として、PAS樹脂に加えて、その他の樹脂成分を含んでいてもよい。その他の樹脂成分としては、特に限定はなく、例えば、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、変性ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンナフタレート樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリサルフォン樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、液晶樹脂、弗素樹脂、環状オレフィン系樹脂(環状オレフィンポリマー、環状オレフィンコポリマー等)、熱可塑性エラストマー、シリコーン系ポリマー、各種の生分解性樹脂等が挙げられる。また、2種類以上の樹脂成分を併用してもよい。その中でも、機械的性質、電気的性質、物理的・化学的特性、加工性等の観点から、ポリアミド樹脂、変性ポリフェニレンエーテル樹脂、液晶樹脂等が好ましく用いられる。
【0030】
[(B)カーボンナノチューブ、無機ナノチューブ、カーボンナノストラクチャー]
次いで、(B1)カーボンナノチューブ、(B2)無機ナノチューブ、及び(B3)カーボンナノストラクチャーについて説明する。
【0031】
[(B1)カーボンナノチューブ(CNT)]
本実施形態において用いるCNTは、長さが10000nm超3000000nm以下であり、アスペクト比が2000超500000以下である。当該CNTを用いることで、比較的少量の添加であってもバリの発生を抑えることができる。尚、本実施形態で使用するCNTは、単層カーボンナノチューブ及び多層カーボンナノチューブのいずれでもよい。
ここで、CNTのアスペクト比は、CNTの長さをCNTの直径で除した数値であり、メーカー値(メーカーがカタログ等において公表している数値)を採用することができる。
【0032】
本実施形態に係るCNTにおいては、長さが10000nm超3000000nm以下であることと、アスペクト比が2000超500000以下であることとが相まってバリの発生を抑制することができる。CNTの長さは、11000~1500000nmが好ましく、12000~500000nmがより好ましい。また、CNTのアスペクト比は、2010~250000が好ましく、2030~100000がより好ましい。また、CNTの直径は、5~100nmが好ましく、7~50nmがより好ましい。
【0033】
本実施形態においては、PAS樹脂100質量部に対して、CNTを0.05~1.5質量部含む。CNTが0.05質量部未満であると、バリの発生を抑制することができない。また、CNTが1.5質量部を超えると、導電性が付与されやすい。本実施形態のPAS樹脂組成物は、優れた耐ヒートショック性を有することからインサート成形品に好適である。但し、インサート成形品に用いる場合には、本実施形態のPAS樹脂組成物は絶縁性を保っていることが好ましい。CNTの含有量は0.1~1.4質量部が好ましく、0.2~1.3質量部がより好ましい。
【0034】
本実施形態に係るCNTは、上市品としては、LG化学社製、CP1002M、高圧ガス工業(株)製、NTFシリーズ等が挙げられる。
【0035】
[(B2)無機ナノチューブ]
本実施形態において、無機ナノチューブによるバリ発生の抑制は、上述の通り、核剤効果による固化速度向上に起因すると考えられる。従って、比較的少量の添加であってもバリの発生を抑制することができる。尚、本実施形態において、無機ナノチューブは炭素原子を含まないものに限る。従って、本実施形態において、無機ナノチューブにはカーボンナノチューブは含まない。尚、無機ナノチューブは、直径がナノメートルオーダーサイズのチューブ状の無機物質である。更に、無機ナノチューブは、一般に絶縁性を有するものが多く、絶縁性を有する無機ナノチューブを用いればPAS樹脂組成物の絶縁性が低下することはない。その点においてカーボンナノチューブを用いるものとは異なる。
【0036】
本実施形態において使用される無機ナノチューブは、アルミノシリケートナノチューブ、窒化ホウ素ナノチューブ、酸化チタンナノチューブ、金属硫化物ナノチューブ、金属ハロゲン化物ナノチューブ等が挙げられる。
アルミノシリケートナノチューブとしては、ハロイサイトナノチューブ又はメタハロイサイトナノチューブが好ましい。これらのうち、低コスト及び入手しやすさの観点からハロイサイトナノチューブが好ましい。
また、金属硫化物ナノチューブとしては、モリブデン硫化物、タングステン硫化物、又は銅硫化物ナノチューブ等が挙げられる。金属ハロゲン化物ナノチューブとしては、塩化ニッケル、塩化カドミウム、又はヨウ化カドミウムナノチューブ等が挙げられる。
【0037】
本実施形態において、無機ナノチューブの平均長さは100nm~20μmであることが好ましく、500nm~15μmであることがより好ましく、1~10μmであることが更に好ましく、1~5μmであることが特に好ましい。また、無機ナノチューブの平均外径は、5~100nmであることが好ましく、10~80nmであることがより好ましく、30~70nmであることが更に好ましい。更に、無機ナノチューブのアスペクト比は、1~4000が好ましく、5~2000がより好ましい。
ここで、無機ナノチューブのアスペクト比は、無機ナノチューブの長さを無機ナノチューブの直径で除した数値であり、メーカー値(メーカーがカタログ等において公表している数値)を採用することができる。
【0038】
本実施形態のPAS樹脂組成物において、PAS樹脂100質量部に対して、無機ナノチューブを0.01質量部以上10質量部未満含み、0.01質量部未満であると、バリ発生の抑制効果が不十分となり、10質量部以上であると、例えばシャルピー衝撃強度等の機械的物性が悪化しやすい。無機ナノチューブの含有量は、好ましくは0.5~9.9質量部であり、より好ましくは1.0~9.5質量部である。
【0039】
本実施形態に係る無機ナノチューブの中でもハロイサイトナノチューブは、上市品としては、アプライド・ミネラルズ社製、ハロイサイト G(685445)等が挙げられる。
【0040】
[(B3)カーボンナノストラクチャー(CNS)]
本実施形態で使用するCNSは、複数のカーボンナノチューブが結合した状態で含む構造体であり、カーボンナノチューブは分岐結合や架橋構造で他のカーボンナノチューブと結合している。このようなCNSの詳細は、米国特許出願公開第2013-0071565号明細書、米国特許第9,113,031号明細書、同第9,447,259号明細書、同第9,111,658号明細書に記載されている。
【0041】
本実施形態において使用するCNSは市販品としてもよい。例えば、CABOT社製、ATHLOS 200、ATHLOS 100等を使用することができる。これらのうち、ATHLOS 200は、CNSを構成する最小単位としてのカーボンナノチューブの平均繊維径は10nm程度である。CNSを構成する最小単位としてのカーボンナノチューブの平均繊維径は、例えば0.1~50nmとすることができ、0.1~30nmが好ましい。
【0042】
本実施形態において、CNSは熱可塑性樹脂100質量部に対して0.01~5質量部添加する。当該CNSの添加量が0.01質量部未満であるとバリ発生の抑制が不十分となり、5質量部を超えると粘度が顕著に増加する傾向があり、成形性が悪化しやすい。当該CNSの添加量は、0.05~3質量部が好ましく、0.15~2.5質量部がより好ましく、0.5~1.7質量部が特に好ましい。尚、上述の通り、本実施形態のPAS樹脂組成物は、優れた耐ヒートショック性を有することからインサート成形品に好適である。インサート成形品に用いる場合には、本実施形態のPAS樹脂組成物は絶縁性を保っていることが好ましく、この観点からは、当該CNSの添加量は、0.01~0.5質量部が好ましく、0.03~0.45質量部がより好ましく、0.05~0.4質量部が更に好ましく、0.1~0.35質量部が特に好ましい。
【0043】
本実施形態において、PAS樹脂に(B1)~(B3)成分を添加する方法としては特に限定はなく従来公知の方法によって行うことができる。(B1)~(B3)成分を添加するタイミングとしては、PAS樹脂を重合する際、PAS樹脂組成物の調製時において原料を溶融混練する際等が挙げられる。
PAS樹脂組成物の調製時において、原料の溶融混練時に(B1)~(B3)成分を添加するタイミングとしては、例えば、一旦、PAS樹脂と(B1)~(B3)成分とを加熱・溶融混練し、ペレット化させたマスターバッチとしてからでもよい。その場合、(B1)~(B3)成分によるバリ抑制効果が損なわれない限り、PAS樹脂以外の樹脂を用いてマスターバッチを作製してもよい。
また、一旦、単にPAS樹脂と(B1)~(B3)成分とを攪拌させて得られる混合物としてから添加してもよい。その場合はPAS樹脂及び(B1)~(B3)成分をドライブレンドする方法等が挙げられ、タンブラー又はヘンシェルミキサー等を用いたブレンド方法としてもよい。
PAS樹脂及び(B1)~(B3)成分を配合して溶融混練する方法としては、例えば、PAS樹脂及び(B1)~(B3)成分をそれぞれ押出機に供給してもよいし、PAS樹脂及び(B1)~(B3)成分、その他の配合剤等をドライブレンドしてから押出機に供給してもよいし、一部の原料をサイドフィード方式で供給してもよい。
【0044】
[(C)オレフィン系共重合体]
本実施形態において用いる(C)オレフィン系共重合体は、炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位を含有する。当該オレフィン系共重合体は、耐ヒートショック性を向上させるために使用される。すなわち、上述のように、当該オレフィン系共重合体を含むことで、樹脂部材に可撓性が付与されやすく、可撓性の付与により樹脂部材が軟らかくなることが、耐ヒートショック性の改善に寄与すると考えられる。
【0045】
(C)オレフィン系共重合体としては、以下の(C1)オレフィン系共重合体、(C2)オレフィン系共重合体及び(C3)オレフィン系共重合体からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系共重合体が好ましい。
(C1)アミノ基、カルボキシル基、水酸基、酸無水物基、エポキシ基、グリシジル基、イソシアネート基、イソチオシアネート基、アセトキシ基、シラノール基、アルコキシシラン基、アルキニル基、オキサゾリン基、チオール基、スルホン酸基、スルホン酸塩残基、及びカルボン酸エステル基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体
(C2)エチレン由来の構成単位と炭素原子数3以上のα-オレフィン由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体
(C3)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位とα,β-不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体
本実施形態において、(C1)~(C3)オレフィン系共重合体は、1種単独で又は2種以上組み合わせて使用することができる。以下、(C1)~(C3)オレフィン系共重合体のそれぞれについて詳述する。
【0046】
((C1)オレフィン系共重合体)
(C1)オレフィン系共重合体は、上記特定の官能基を含有するオレフィン系共重合体である。すなわち、(C1)オレフィン系共重合体は、炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位とともに上記特定の官能基を含有するオレフィン系共重合体である。オレフィン系共重合体が上記特定の官能基を含有していると、当該官能基とPAS樹脂の末端基とが反応することで、PAS樹脂とオレフィン系共重合体との相互作用が高まる。そのような相互作用の高まりによって、耐ヒートショック性がより一層向上すると推測される。中でも、当該官能基がPAS樹脂のカルボキシル末端基と反応する官能基であることが好ましい。上記官能基の中でも、酸無水物基、エポキシ基、グリシジル基がより好ましく、エポキシ基、グリシジル基が更に好ましい。
以下に先ず、炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位について説明する。
【0047】
《炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位》
炭素原子数2以上のα-オレフィン(以下、単に「α-オレフィン」とも呼ぶ。)としては、特に限定されず、例えば、エチレン、プロピレン、ブチレン、1-ペンテン、1-ヘキセン、1-ヘプテン、1-オクテン、4-メチル-1-ペンテン、4-メチル-1-ヘキセン等を挙げることができる。中でも、エチレンが好ましい。当該α-オレフィンは、1種単独で使用することもでき、2種以上を併用することもできる。当該α-オレフィン由来の構成単位の含有量は、特に限定されないが、例えば、全樹脂組成物中0.5~20質量%とすることができる。
【0048】
(C1)オレフィン系共重合体の一つである、グリシジル基又はエポキシ基含有オレフィン系共重合体としては、側鎖にグリシジルエステル、グリシジルエーテルなどを有するオレフィン系共重合体や、二重結合を有するオレフィン系共重合体の二重結合部分を、エポキシ酸化したものなどが挙げられる。
【0049】
かかるグリシジル基又はエポキシ基含有オレフィン系(共)重合体のより具体的な態様としては、グリシジル基又はエポキシ基を有するモノマーが共重合されたオレフィン系共重合体が挙げられ、特にα-オレフィン及びα,β-不飽和酸のグリシジルエステルを共重合してなるグリシジル基含有オレフィン系共重合体が好適に用いられる。
【0050】
(C1)オレフィン系共重合体は、炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位の他に、α,β-不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位を含有することが好ましい。以下に、α,β-不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位について説明する。尚、本明細書において、(メタ)アクリル酸アルキルエステルを(メタ)アルキルアクリレートともいう。例えば、(メタ)アクリル酸グリシジルエステルをグリシジル(メタ)アクリレートともいう。また、本明細書において、「(メタ)アクリル酸」は、アクリル酸とメタクリル酸との両方を意味し、「(メタ)アクリレート」は、アクリレートとメタクリレートとの両方を意味する。
【0051】
《α,β-不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位》
α,β-不飽和酸のグリシジルエステル(以下、単に「グリシジルエステル」とも呼ぶ。)としては、特に限定されず、例えば、以下の一般式(1)に示される構造を有するものを挙げることができる。
【0052】
【化1】
[一般式(1)中、R
1は、水素原子又は炭素原子数1以上10以下のアルキル基を示す。]
【0053】
上記一般式(1)で示される化合物としては、例えば、アクリル酸グリシジルエステル、メタクリル酸グリシジルエステル、エタクリル酸グリシジルエステル等を挙げることができる。中でも、メタクリル酸グリシジルエステルが好ましい。α,β-不飽和酸のグリシジルエステルは、1種単独で使用することもでき、2種以上を併用することもできる。α,β-不飽和酸のグリシジルエステルに由来する構成単位の含有量は、好ましくは全樹脂組成物中0.02~2.5質量%であり、更に好ましくは0.05~1.5質量%であり、特に好ましくは0.08~1.0質量%である。α,β-不飽和酸のグリシジルエステルに由来する構成単位の含有量がこの範囲である場合、耐ヒートショック性を維持しつつモールドデポジットの析出をより抑制することができる。
【0054】
また、(C1)オレフィン系共重合体は、(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位を含有することが好ましい。特に、α,β-不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位と、(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有することが好ましい。以下に、(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位について説明する。
【0055】
《(メタ)アクリル酸アルキルエステル由来の構成単位》
(メタ)アクリル酸アルキルエステルとしては、特に限定されず、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸-n-プロピル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸-n-ブチル、アクリル酸イソブチル、アクリル酸-n-ヘキシル、アクリル酸-n-アミル、アクリル酸-n-オクチル等のアクリル酸アルキルエステル;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸-n-プロピル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸-n-ブチル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸-n-ヘキシル、メタクリル酸-n-アミル、メタクリル酸-n-オクチル等のメタクリル酸アルキルエステルが挙げられる。中でも、特にアクリル酸メチルが好ましい。(メタ)アクリル酸アルキルエステルは、1種単独で使用することもでき、2種以上を併用することもできる。(メタ)アクリル酸アルキルエステルに由来する共重合成分の含有量は、特に限定されないが、例えば、全樹脂組成物中0.2~5.5質量%とすることができる。
【0056】
より具体的には、(C1)オレフィン系共重合体としては、例えば、無水マレイン酸変性エチレン系共重合体、グリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体、グリシジルエーテル変性エチレン系共重合体、及びエチレンアルキルアクリレート共重合体等が挙げられる。中でも、無水マレイン酸変性エチレン系共重合体、グリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体、グリシジルエーテル変性エチレン系共重合体からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系共重合体であることが好ましく、グリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体が最も好ましい。
【0057】
グリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体としては、グリシジルメタクリレートグラフト変性エチレン共重合体、エチレン-グリシジルメタクリレート共重合体、エチレン-グリシジルメタクリレート-メチルアクリレート共重合体、エチレン-グリシジルメタクリレート-エチルアクリレート共重合体、エチレン-グリシジルメタクリレート-プロピルアクリレート共重合体、エチレン-グリシジルメタクリレート-ブチルアクリレート共重合体等を挙げることができる。中でも、特に優れた耐ヒートショック性が得られることから、エチレン-グリシジルメタクリレート共重合体及びエチレン-グリシジルメタクリレート-メチルアクリレート共重合体が好ましく、エチレン-グリシジルメタクリレート-メチルアクリレート共重合体が特に好ましい。エチレン-グリシジルメタクリレート共重合体及びエチレン-グリシジルメタクリレート-メチルアクリレート共重合体の具体例としては、「ボンドファースト」(住友化学(株)製)等が挙げられる。
【0058】
グリシジルエーテル変性エチレン系共重合体としては、例えば、グリシジルエーテルグラフト変性エチレン共重合体、グリシジルエーテル-エチレン共重合体を挙げることができる。
【0059】
((C2)エチレン由来の構成単位と炭素原子数3以上のα-オレフィン由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体)
(C2)オレフィン系共重合体は、共重合成分としてエチレンと炭素原子数3以上のα-オレフィンとを含有する。(C2)オレフィン系共重合体において、α-オレフィンの炭素数は3~20が好ましく、5~20がより好ましく、5~15が更に好ましい。尚、炭素原子数3以上のα-オレフィンの例示としては、上述の炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位のうち、炭素原子数が3以上のものが挙げられる。また、(C2)オレフィン系共重合体はランダム共重合体であっても、ブロック共重合体であってもよい。(C2)オレフィン系共重合体は、エチレン5~95質量%とα-オレフィン5~95質量%からなる共重合体であってもよい。(C2)オレフィン系共重合体の具体例としては、エチレン-オクテン共重合体(EO)、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-ブチレン共重合体、エチレン-ペンテン共重合体、エチレン-ヘキセン共重合体、エチレン-ヘプテン共重合体等が挙げられ、更にこれらの共重合体を混合しても使用できる。
【0060】
((C3)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位とα,β-不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体)
(C3)オレフィン系共重合体は、共重合成分として炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位とα,β-不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有する。また、ランダム、ブロック又はグラフト共重合体や、その共重合体を不飽和カルボン酸及びその酸無水物及びそれらの誘導体からなる群より選択される少なくとも1種で変性したものであってもよい(但し、(C1)オレフィン系共重合体に該当するものを除く。)。
炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位については上述したので、以下においてはα,β-不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位について説明する。
【0061】
《α,β-不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位》
α,β-不飽和カルボン酸アルキルエステルとしては、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸-n-プロピル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸-n-ブチル、アクリル酸-t-ブチル、アクリル酸イソブチル、アクリル酸-2-エチルヘキシル、アクリル酸ヒドロキシエチル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸-n-プロピル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸-n-ブチル、メタクリル酸-t-ブチル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸-2-エチルヘキシル、メタクリル酸ヒドロキシエチル等を用いることができる。
【0062】
変性剤として用いられる不飽和カルボン酸又はその酸無水物としては、アクリル酸、メタアクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、クロトン酸、メチルマレイン酸、メチルフマル酸、メサコン酸、シトラコン酸、グルタコン酸、マレイン酸モノメチル、マレイン酸モノエチル、フマル酸モノエチル、イタコン酸メチル、無水メチルマレイン酸、無水マレイン酸、無水メチルマレイン酸、無水シトラコン酸等が挙げられ、これらは一種又は二種以上で使用される。
オレフィン系共重合体C3の具体例としては、エチレンアクリル酸エチル共重合体(EEA)、エチレンメタクリル酸メチル共重合体等のエチレンと(メタ)アクリル酸エステルとの共重合体等が挙げられる。
【0063】
(C)オレフィン系共重合体がα-オレフィン由来の構成単位を共重合成分として含有することで、樹脂部材には可撓性が付与されやすい。可撓性の付与により樹脂部材が軟らかくなることは、耐ヒートショック性の改善に寄与する。そのような観点から、以上の(C)オレフィン系共重合体の中でも、(C2)エチレン由来の構成単位と炭素原子数3以上のα-オレフィン由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体、(C3)炭素原子数2以上のα-オレフィン由来の構成単位とα,β-不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体が好ましい。
【0064】
以上の(C1)~(C3)オレフィン系共重合体の中でも、(C1)オレフィン系共重合体を単独で含むか、又は(C1)オレフィン系共重合体と(C2)オレフィン系共重合体及び/又は(C3)オレフィン系共重合体とを併用して含むことが好ましい。
【0065】
(C1)~(C3)オレフィン系共重合体は、従来公知の方法で共重合を行うことにより製造することができる。例えば、通常よく知られたラジカル重合反応により共重合を行うことによって、上記(C1)~(C3)オレフィン系共重合体を得ることができる。オレフィン系共重合体の種類は、特に問われず、例えば、ランダム共重合体であっても、ブロック共重合体であってもよい。また、上記オレフィン系共重合体に、例えば、ポリ(メタ)アクリル酸メチル、ポリ(メタ)アクリル酸エチル、ポリ(メタ)アクリル酸ブチル、ポリ(メタ)アクリル酸-2エチルヘキシル、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、アクリロニトリル-スチレン共重合体、(メタ)アクリル酸ブチル-スチレン共重合体等が、分岐状に又は架橋構造的に化学結合したオレフィン系グラフト共重合体であってもよい。
【0066】
本実施形態のPAS樹脂組成物において、(C)オレフィン系共重合体は、PAS樹脂100質量部に対して、1.0~45.0質量部含む。当該オレフィン系共重合体が1.0質量部未満であると、耐ヒートショック性を十分に向上させることが難しい傾向があり、45.0質量部を超えると、流動性が低下したり、成形時のガス発生が多くなったりすることにより、成形不良が発生しやすくなる。一方、オレフィン系共重合体を添加すると、樹脂組成物の溶融粘度が大きくなる傾向があるため、オレフィン系共重合体添加前に比べ、バリは短くなる傾向がある。当該オレフィン系共重合体は、後述する(a)~(c)成分と相まったバリ発生の抑制効果と、流動性や成形性とのバランス、及び耐ヒートショック性向上効果の観点から、2.0~30.0質量部含むことが好ましく、3.5~25.0質量部含むことがより好ましく、4.0~20.0質量部含むことが更に好ましく、4.0~15.0質量部含むことが特に好ましい。
【0067】
本実施形態に用いる(C)オレフィン系共重合体は、その効果を害さない範囲で、他の共重合成分由来の構成単位を含有することができる。
【0068】
[(D)無機充填剤]
本実施形態のPAS樹脂組成物は、(D)無機充填剤(但し、(B1)カーボンナノチューブ、(B2)無機ナノチューブ、及び(B3)カーボンナノストラクチャーを除く。)を含むことが好ましい。中でも、無機充填剤は、機械的強度、耐ヒートショック性、耐熱性等をより向上させることができるため、繊維状無機充填剤を含んでいることが好ましい。特に、断面形状が丸型形状の繊維状無機充填剤と断面形状が扁平形状の繊維状無機充填剤とを併用すると、耐ヒートショック性をより向上させることができるため好ましい。
また、(D)無機充填剤は、繊維状無機充填剤と板状無機充填剤及び/又は粉粒状無機充填剤との組合せからなると、機械的強度や平面度をより向上させることができるため好ましい。
本実施形態において、「繊維状」とは、異径比が1以上4以下、かつ、平均繊維長(カット長)が0.01~3mmの形状をいう。また、「板状」とは、異径比が4より大きく、かつ、アスペクト比が1以上500以下の形状をいう。更に、「粉粒状」とは、異径比が1以上4以下、かつ、アスペクト比が1以上2以下の形状(球状を含む。)をいう。いずれの形状も初期形状(溶融混練前の形状)である。異径比とは、「長手方向に直角の断面の長径(断面の最長の直線距離)/当該断面の短径(長径と直角方向の最長の直線距離)」である。アスペクト比とは、「長手方向の最長の直線距離/長手方向に直角の断面の短径(当該断面における最長距離の直線と直角方向の最長の直線距離)」である。異径比及びアスペクト比は、いずれも、走査型電子顕微鏡及び画像処理ソフトを用いて算出することができる。また、平均繊維長(カット長)はメーカー値(メーカーがカタログなどにおいて公表している数値)を採用することができる。
【0069】
繊維状無機充填剤の例としては、ガラス繊維、カーボン繊維、酸化亜鉛繊維、酸化チタン繊維、ウォラストナイト、シリカ繊維、シリカ-アルミナ繊維、ジルコニア繊維、窒化硼素繊維、窒化ケイ素繊維、硼素繊維、チタン酸カリ繊維、等の鉱物繊維、ステンレス繊維、アルミニウム繊維、チタン繊維、銅繊維、真鍮繊維等の金属繊維状物質が挙げられ、これらを1種又は2種以上用いることができる。中でも、ガラス繊維が好ましい。
【0070】
ガラス繊維の上市品の例としては、日本電気硝子(株)製、チョップドガラス繊維(ECS03T-790DE、平均繊維径:6μm)、オーウェンスコーニング製造(株)製、チョップドガラス繊維(CS03DE 416A、平均繊維径:6μm)、日本電気硝子(株)製、チョップドガラス繊維(ECS03T-747H、平均繊維径:10.5μm)、日本電気硝子(株)製、チョップドガラス繊維(ECS03T-747、平均繊維径:13μm)、日東紡績(株)製、異形断面チョップドストランド(CSG 3PA-830、長径28μm、短径7μm)、日東紡績(株)製、異形断面チョップドストランド(CSG 3PL-962、長径20μm、短径10μm)等が挙げられる。
【0071】
繊維状無機充填剤は、一般的に知られているエポキシ系化合物、イソシアネート系化合物、シラン系化合物、チタネート系化合物、脂肪酸等の各種表面処理剤により表面処理されていてもよい。表面処理により、PAS樹脂との密着性を向上させることができる。表面処理剤は、材料調製の前に予め繊維状無機充填剤に適用して表面処理又は収束処理を施しておくか、又は材料調製の際に同時に添加してもよい。
繊維状無機充填剤の繊維径は、特に限定されないが、初期形状(溶融混練前の形状)において、例えば5μm以上30μm以下とすることができる。ここで、繊維状無機充填剤の繊維径とは、繊維状無機充填剤の繊維断面の長径をいう。
繊維状無機充填剤の断面形状は、特に限定されないが丸型形状や扁平形状等を挙げることができる。また、断面形状の異なる繊維状無機充填剤を併用してもよい。断面形状が丸型形状の繊維状無機充填剤と断面形状が扁平形状の繊維状無機充填剤とを併用すると、耐ヒートショック性をより向上させることができるため好ましい。
【0072】
板状無機充填剤としては、例えば、ガラスフレーク、タルク(板状)、マイカ、カオリン、クレイ、アルミナ(板状)、各種の金属箔等が挙げられ、これらを1種又は2種以上用いることができる。中でも、ガラスフレーク、タルクが好ましい。
ガラスフレークの上市品の例としては、日本板硝子(株)製、REFG-108(平均粒子径(50%d):623μm)、(日本板硝子(株)製、ファインフレーク(平均粒子径(50%d):169μm)、日本板硝子(株)製、REFG-301(平均粒子径(50%d):155μm)、日本板硝子(株)製、REFG-401(平均粒子径(50%d):310μm)等が挙げられる。
タルクの上市品の例としては、松村産業(株)製 、クラウンタルクPP、林化成(株)製、 タルカンパウダーPKNN等が挙げられる。
板状無機充填剤は、繊維状無機充填剤と同様に表面処理されていてもよい。
【0073】
粉粒状無機充填剤としては、カーボンブラック、シリカ、石英粉末、ガラスビーズ、ガラス粉、タルク(粒状)、ケイ酸カルシウム、ケイ酸アルミニウム、珪藻土等のケイ酸塩、酸化鉄、酸化チタン、酸化亜鉛、アルミナ(粒状)等の金属酸化物、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム等の金属炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の金属硫酸塩、その他炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化ホウ素、各種金属粉末等が挙げられ、これらを1種又は2種以上用いることができる。中でも、炭酸カルシウム、ガラスビーズが好ましい。
炭酸カルシウムの上市品の例としては、東洋ファインケミカル(株)製、ホワイトンP-30(平均粒子径(50%d):5μm)等が挙げられる。また、ガラスビーズの上市品の例としては、ポッターズ・バロティーニ(株)製、EGB731A(平均粒子径(50%d):20μm)、ポッターズ・バロティーニ(株)製、EMB-10(平均粒子径(50%d):5μm)等が挙げられる。
粉粒状無機充填剤も、繊維状無機充填剤と同様に表面処理されていてもよい。
【0074】
(D)無機充填剤が、繊維状無機充填剤と板状無機充填剤及び/又は粉粒状無機充填剤との組合せからなると、機械的強度や平面度をより向上させることができるため好ましい。
繊維状無機充填剤と板状無機充填剤及び/又は粉粒状無機充填剤との組合せの例としては、ガラス繊維とガラスフレーク、ガラス繊維と炭酸カルシウム、ガラス繊維とガラスビーズ、ガラス繊維とガラスフレークと炭酸カルシウム、ガラス繊維と異形断面(扁平形状)のガラス繊維と炭酸カルシウム、等の組合せが挙げられる。
【0075】
本実施形態のPAS樹脂組成物において、(D)無機充填剤は、PAS樹脂100質量部に対して、5~250質量部含むことが好ましい。当該無機充填剤が5~250質量部であると、十分な機械的物性及び流動性が得られる。当該無機充填剤は、15~200質量部含むことがより好ましく、25~150質量部含むことが更に好ましく、30~110質量部含むことが特に好ましい。
【0076】
[他の成分]
本実施形態においては、その効果を害さない範囲で、上記各成分の他、その目的に応じた所望の特性を付与するために、一般に熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂に添加される公知の添加剤、すなわち、離型剤、潤滑剤、可塑剤、難燃剤、染料や顔料等の着色剤、結晶化促進剤、結晶核剤、各種酸化防止剤、熱安定剤、耐候性安定剤、腐食防止剤等を配合してもよい。尚、本実施形態のPAS樹脂組成物によりバリの発生を抑えることができるが、必要に応じてアルコキシシラン化合物や、例えば、国際公開第2006/068161号や国際公開第2006/068159号等に記載されているような、溶融粘度が非常に高い分岐型ポリフェニレンサルファイド系樹脂等のバリ抑制剤を併用してもよい。
【0077】
[成形品、インサート成形品]
本実施形態のPAS樹脂組成物は、特に耐ヒートショック性に優れることから、耐ヒートショック性が要求される成形品又はインサート成形品に適用することが有用である。
本実施形態のPAS樹脂組成物を用いて成形品を成形する方法としては特に限定はなく、当該技術分野で知られている各種方法を採用することができる。例えば、本実施形態のPAS樹脂組成物を押出機に投入して溶融混練してペレット化し、このペレットを所定の金型を装備した射出成形機に投入し、射出成形することで作製することができる。そして、得られる成形品は、本実施形態のPAS樹脂組成物を用いるためバリの発生が少ない。
【0078】
本実施形態のPAS樹脂組成物を成形してなる成形品としては、電気・電子機器部品、自動車機器部品、化学機器部品、水廻り関連部品等が挙げられる。具体的には、自動車の各種冷却系部品、イグニッション関連部品、ディストリビューター部品、各種センサー部品、各種アクチュエーター部品、スロットル部品、パワーモジュール部品、ECU部品、各種コネクター部品、配管継手(管継手)、ジョイント等が挙げられる。
また、その他の用途として、例えば、LED、センサー、ソケット、端子台、プリント基板、モーター部品、ECUケース等の電気・電子部品、照明部品、テレビ部品、炊飯器部品、電子レンジ部品、アイロン部品、複写機関連部品、プリンター関連部品、ファクシミリ関連部品、ヒーター、エアコン用部品等の家庭・事務電気製品部品に用いることができる。
【0079】
一方、インサート成形品は、本実施形態のPAS樹脂組成物を含む樹脂部材と、金属、合金又は無機固体物とを含むインサート部材とを用いてインサート成形して得られる。すなわち、本実施形態のインサート成形品は、本実施形態のPAS樹脂組成物を含む樹脂部材と、金属、合金又は無機固体物を含むインサート部材とを有する。本実施形態のインサート成形品は、バリの発生が抑制され、かつ、耐ヒートショック性に優れたPAS樹脂組成物を含むため、樹脂部材にバリが少なく、耐ヒートショック性に優れる。
【0080】
本実施形態のインサート成形品は、成形用金型に金属等をあらかじめ装着し、その外側に上記配合のPAS樹脂組成物を充填して複合成形品としたものである。樹脂を金型に充填するための成形法としては射出、押出圧縮成形法等があるが、射出成形法が一般的である。尚、インサート成形品の形状及び大きさは、特に限定されない。また、樹脂にインサートする素材は、その特性を生かし且つ樹脂の欠点を補う目的で使用されるため、成形時に樹脂と接触したとき、形が変化したり溶融したりしないものが使用される。このため、主としてアルミニウム、マグネシウム、銅、鉄、真鍮及びそれらの合金等の金属類やガラス、セラミックスのような無機固体物であらかじめ平板状、棒、ピン、ネジ等に成形されているものが使用される。尚、特に、インサート部材の形状等については限定されるものではない。
本実施形態のインサート成形品が適用される部品としては、上記の本実施形態のPAS樹脂組成物を成形してなる成形品が適用される部品で挙げたものと同様であり、そのような部品の一部にインサート部材を有するものが挙げられる。
【実施例】
【0081】
以下に実施例を示して本実施形態を更に具体的に説明するが、これらの実施例により本実施形態の解釈が限定されるものではない。
【0082】
[実施例1~8、比較例1~6]
各実施例・比較例において、表1~2に示す各原料成分をドライブレンドした後、シリンダー温度320℃の二軸押出機に投入して(ガラス繊維は押出機のサイドフィード部より別添加)、溶融混練し、ペレット化した。尚、表1~2において、各成分の数値は質量部を示す。
また、使用した各原料成分の詳細を以下に示す。
【0083】
(1)PAS樹脂
・PPS樹脂1:(株)クレハ製、フォートロンKPS(溶融粘度:130Pa・s(せん断速度:1200sec-1、310℃))
・PPS樹脂2:(株)クレハ製、フォートロンKPS(溶融粘度:20Pa・s(せん断速度:1200sec-1、310℃))
【0084】
(PPS樹脂の溶融粘度の測定)
上記PPS樹脂の溶融粘度は以下のようにして測定した。
(株)東洋精機製作所製、キャピログラフを用い、キャピラリーとして1mmφ×20mmLのフラットダイを使用し、バレル温度310℃、せん断速度1200sec-1での溶融粘度を測定した。
【0085】
(2)カーボンナノチューブ(CNT)
・CNT:LG化学社製、CP1002M(平均径:9nm、平均長さ:19000nm、アスペクト比:2111)
(3)オレフィン系共重合体
・オレフィン系共重合体C1-1(グリシジル基含有オレフィン系共重合体):住友化学(株)製、ボンドファースト(登録商標)BF-7L(エチレン-グリシジルジメタクリレート-メチルアクリレート共重合体、グリシジルメタクリレート含有量:3質量%)
・オレフィン系共重合体C1-2(グリシジル基含有オレフィン系共重合体):住友化学(株)製、ボンドファースト(登録商標)7M(エチレン-グリシジルジメタクリレート-メチルアクリレート共重合体、グリシジルメタクリレート含有量:6質量%)
・オレフィン系共重合体C2:エチレン-オクテン共重合体、ダウ・ケミカル日本(株)製、Engage 8440
・オレフィン系共重合体C3:エチレンエチルアクリレート共重合体、(株)NUC製、NUC-6570
【0086】
(4)無機充填剤
・ガラス繊維:日本電気硝子(株)製、チョップドストランドECS 03 T-747H(繊維径:10.5μm、長さ3mm)
・炭酸カルシウム:旭鉱末(株)製、MC-35W(平均粒子径(50%d)25μm)
【0087】
[評価]
得られた各実施例・比較例のペレットを用いて以下の評価を行った。
(1)バリ長
一部に20μmの金型間隙を有するバリ測定部が外周に設けられている円盤状キャビティーの金型を用いて、シリンダー温度320℃、金型温度150℃で、キャビティーが完全に充填するのに必要な最小圧力で射出成形した。そして、その部分に発生するバリ長さを写像投影機((株)ミツトヨ製、CNC画像測定機(型式:QVBHU404-PRO1F))にて拡大して測定した。測定結果を表1~2に示す。
【0088】
(2)樹脂組成物の溶融粘度
(株)東洋精機製作所製、キャピログラフを用い、キャピラリーとして1mmφ×20mmLのフラットダイを使用し、バレル温度310℃、せん断速度1000sec-1での溶融粘度(MV)を測定した。測定結果を表1~2に示す。
【0089】
(3)耐ヒートショック性
(耐ヒートショック性試験)
まず、各実施例・比較例で得たペレットと金属製のインサート部材を用い、
図1~
図3に示す試験片をインサート成形した。
図1は、インサート成形した試験片1を示す図であり、
図2は、インサート部材11を示す図であり、
図3は試験片1の寸法を示す図である。試験片1は、
図1に示すように、樹脂組成物からなる円柱形の樹脂部材10に金属製のインサート部材11が埋入した状態で成形されている。円柱形の樹脂部材10は、上記のようにして得られたペレットを用いて成形されたものである。インサート部材11は、
図2に示すように、柱状であって、その上面及び底面の形状が一側が円弧状、他側が鋭角形状の涙型の形状をなす。鋭角形状部分は部分拡大図である
図1(b)に示すように、先端が円弧状になっており、その曲率半径rは0.2mmである。また、インサート部材11は、円柱形の樹脂部材10の高さより高く、その一部が突出している(
図1(a)参照)。更に、
図3(a)に示すように、インサート部材11の円弧を一部とする円の中心O1と、樹脂部材10の円の中心O2とは一致せず、インサート部材11の鋭角形状側が樹脂部材10の側面に近接するように配置されている。そして、インサート部材11の鋭角形状の先端と、樹脂部材10の側面との距離dwは1mmであり、樹脂部材10において、インサート部材11の鋭角形状の先端近傍が肉厚の薄いウェルド部となっている。尚、
図3に試験片の寸法を示しているが、その単位はmmである。
【0090】
上記試験片に対し、冷熱衝撃試験機(エスペック(株)製)を用い、-40℃にて1.5時間冷却後、180℃にて1.5時間加熱するというサイクルを繰り返し、20サイクル毎にウェルド部を観察した。ウェルド部にクラックが発生したときのサイクル数を耐ヒートショック性の指標として評価した。評価結果を表1~2に示す。
【0091】
【0092】
【0093】
表1より、主にCNTを含むか否かにおいて異なる比較例1及び実施例1~2の比較、並びに比較例3及び実施例3~4の比較から、オレフィン系共重合体とCNTとを併用することで、バリ長が短くなり、かつ、耐ヒートショック性に優れることが分かる。また、オレフィン系共重合体を含まないこと以外は実施例2とほぼ同等の比較例2は、耐ヒートショック性に劣っていた。同様に、オレフィン系共重合体を含まないこと以外は実施例4とほぼ同等の比較例4は、耐ヒートショック性に劣っていた。以上より、オレフィン系共重合体とCNTとを所定量含むことで、バリの発生の抑制と、優れた耐ヒートショック性との両立を図ることができる。
また、別の視点からは、オレフィン系共重合体もCNTも含まない比較例5及びCNTは含まないがオレフィン系共重合体は含む比較例1と、実施例1~2との比較(いずれもPAS樹脂はPPS樹脂1であり、他の成分の含有量は同等)から、オレフィン系共重合体を含むと耐ヒートショック性が向上し、バリ長が短くなるものの、バリの抑制効果としては不十分である。オレフィン系共重合体に加えて更にCNTを添加することでバリが抑制されるだけでなく、耐ヒートショック性の向上も認められる。同様のことが、オレフィン系共重合体もCNTも含まない比較例6及びCNTは含まないがオレフィン系共重合体は含む比較例3と、実施例3~4との比較(いずれもPAS樹脂はPPS樹脂2であり、他の成分の含有量は同等)においても言える。
更に、CNTの含有量が異なる比較例1及び実施例1~2の比較、並びに比較例3及び実施例3~4の比較から、CNTの含有量が増えるほど、耐ヒートショック性が顕著に向上していることが分かる。すなわち、耐ヒートショック性は、CNTを含むことによっても向上することが示された。
一方、実施例5及び6は、実施例1におけるオレフィン系共重合体(C1-1)6.2質量部を、それぞれ、オレフィン系共重合体(C1-1)3.1質量部と、オレフィン系共重合体(C2)又は(C3)3.1質量部との併用系に変更した例である。同様に、実施例7及び8は、実施例3におけるオレフィン系共重合体(C1-2)13.9質量部を、それぞれ、オレフィン系共重合体(C1-2)7.0質量部と、オレフィン系共重合体(C2)又は(C3)7.0質量部との併用系に変更した例である。実施例5~8のいずれの例も、バリ長が短くなり、かつ、耐ヒートショック性に優れることが分かる。
更に、比較例5は、実施例1からCNT及びオレフィン系共重合体を除いた例にほぼ等しく、また、比較例6は、実施例3からCNT及びオレフィン系共重合体を除いた例にほぼ等しい。比較例5及び6のいずれも、バリ長が長くなり、かつ、耐ヒートショック性に劣ることが分かる。
【符号の説明】
【0094】
1 試験片
10 樹脂部材
11 インサート部材