(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-09
(45)【発行日】2023-11-17
(54)【発明の名称】リパーゼ加水分解反応を用いるドコサヘキサエン酸含有グリセリドの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/64 20220101AFI20231110BHJP
C12N 9/20 20060101ALN20231110BHJP
【FI】
C12P7/64
C12N9/20
(21)【出願番号】P 2020541261
(86)(22)【出願日】2019-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2019034729
(87)【国際公開番号】W WO2020050304
(87)【国際公開日】2020-03-12
【審査請求日】2022-08-22
(31)【優先権主張番号】P 2018165450
(32)【優先日】2018-09-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】株式会社ニッスイ
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100188374
【氏名又は名称】一宮 維幸
(72)【発明者】
【氏名】廣内 勇二
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 潔大
(72)【発明者】
【氏名】降旗 清代美
(72)【発明者】
【氏名】土居崎 信滋
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-079650(JP,A)
【文献】特開平07-051075(JP,A)
【文献】国際公開第98/018952(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/149040(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/118173(WO,A1)
【文献】J. Ferment. Bioeng.,1993年,vol.75, no.4,p.259-264
【文献】JAOCS,2004年,vol.81, no.6,p.543-547
【文献】Eur. J. Lipid Sci. Technol.,2004年,vol.106,p.79-87
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドコサヘキサエン酸をグリセリドの構成脂肪酸として含有する組成物の製造方法であって、
ドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸として含むグリセリドを含有する原料油にカンディダ シリンドラセ由来のリパーゼおよび部分グリセリドリパーゼを作用させて加水分解反応を行い、それによりグリセリド画分中のドコサヘキサエン酸の割合を高める工程、を含み、
部分グリセリドリパーゼはペニシリウム カマンベルティ由来のリパーゼであり、
リパーゼ加水分解反応を30℃以下の温度で15時間以下行うことを特徴とする、前記方法。
【請求項2】
カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼが、リパーゼOFおよびリパーゼAYアマノ30SDからなる群から選択されるリパーゼであり、ペニシリウム カマンベルティ由来のリパーゼが、リパーゼGである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
グリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合が47面積%以上となるまでの加水分解反応時間が、部分グリセリドリパーゼを併用しない場合と比較して短縮されていることを特徴とする、請求項1
または2に記載の方法。
【請求項4】
カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼの使用量が原料油1gに対して、200~1,600ユニットである、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
部分グリセリドリパーゼの使用量が、活性比で、カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼ1に対して、0.1~1である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
リパーゼ加水分解反応を10~30℃で行う、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
反応後のグリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合が45面積%以上である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
反応後のグリセリド画分の脂肪酸組成におけるエイコサペンタエン酸の割合が5面積%以上である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
リパーゼ加水分解反応の反応液に加える水の量が、原料油1gに対し、0.2~1.2gである、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
リパーゼ加水分解反応の反応液の酸価が90~150となった時点で、反応を終了させる、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
反応後、グリセリドを回収する工程をさらに含む、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリパーゼ加水分解反応を利用したドコサヘキサエン酸が濃縮されたグリセリドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのn-3系高度不飽和脂肪酸は血液中の中性脂肪低下作用や心疾患のリスクの低減、抗炎症作用など様々な生理活性作用を有することが報告されている。n-3系高度不飽和脂肪酸もn-6系高度不飽和脂肪酸(リノール酸やアラキドン酸)も必須脂肪酸であり、摂取目安量(「日本人の食事摂取基準」2015年版)が設けられている。n-6系脂肪酸は植物油や肉類などから摂取しやすく、欧米型の食生活では過剰摂取により、体内で増えて炎症を促進し、動脈硬化を起こしやすい体質になるリスクがあるとの報告もある。一方、魚介類の摂取量は低下傾向にあり、n-3系脂肪酸の摂取量は不足しがちである。平成25年国民健康・栄養調査で発表された魚介類の一日摂取量は、すべての年代で減少しており、魚離れが進んでいる。
【0003】
n-3系高度不飽和脂肪酸の摂取を補うために、EPAやDHAのサプリメントが利用されている。サプリメントには、精製魚油そのままや、魚油中のEPA、DHA等を濃縮した濃縮グリセリドなどが用いられている。
【0004】
リパーゼは油脂を遊離脂肪酸とグリセリンに加水分解する反応を触媒する酵素であり、種々の動植物や微生物がリパーゼを有していることが知られている。ある種のリパーゼは全ての脂肪酸に同じように作用するわけではなく、グリセリド中の結合位置や脂肪酸の炭素鎖長、二重結合数などによって反応性が異なる。したがって、このようなリパーゼを用いて脂肪酸を選択的に加水分解することが可能であり、その結果、グリセリド画分中に特定の脂肪酸を濃縮することが可能である。例えばカンディダ シリンドラセ(Candida cylindracea)由来のリパーゼにより高度不飽和脂肪酸をグリセリド画分中に濃縮する技術は、古くから知られている(特許文献1)。
【0005】
リパーゼによる加水分解反応は高度不飽和脂肪酸の濃縮に有効な方法である。目的の高度不飽和脂肪酸以外の脂肪酸に対する加水分解が進行するほどグリセリド画分中の高度不飽和脂肪酸が濃縮される。しかしながら、酵素反応は平衡反応であるため、一定以上に濃縮するのは容易ではない。そのため、高濃度に濃縮したい場合は、リパーゼ反応を繰り返すというような対応がなされている。
【0006】
2種類のリパーゼを組み合わせて使用して高度不飽和脂肪酸をグリセリド画分中に濃縮する方法も報告されている。例えば、特許文献2には、カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼ、リゾプス(Rhizopus)属由来のリパーゼ、およびクロモバクテリウムリパーゼのうち2種類を組み合わせて使用することにより、各リパーゼを単独で使用した場合よりもDHA含量の高いグリセリドが得られると記載されている。また特許文献3には、ムコール ミーハイ(Mucor miehei)由来リパーゼ、カンディダ シリンドラセ由来リパーゼ、またはリゾプス オリゼー(Rhizopus oryzae)由来リパーゼをペニシリウム カマンベルティ由来リパーゼと組み合わせて使用することにより、グリセリド画分へのDHAの選択的濃縮が向上し、EPAに対するDHAの比率が上昇した高度不飽和脂肪酸含有油脂を製造することができることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭58-165796号公報
【文献】特開平7-268382号公報
【文献】国際公開第98/18952号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
リパーゼ反応は室温に近い穏やかな温度で行えることが化学的な方法と比べて大きなメリットであるが、反応時間は長くなりがちである。反応時間を短縮するためには、酵素の使用量を増やす必要がある。しかしながら、酵素の価格は高いことから、その使用量を増やすことは経済性を低下させるおそれがある。
【0009】
したがって、本発明は、リパーゼ反応を用いてグリセリド画分中にn-3系の高度不飽和脂肪酸を濃縮する方法において、酵素使用量の増加を抑制しながら反応時間を短縮させる、新規手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、2種類以上の特定のリパーゼを組み合わせることにより、リパーゼによる加水分解反応時間を大幅に短縮することができることを見出した。
【0011】
本発明者らは、上記知見に基づきさらに研究を重ね、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明は、下記〔1〕~〔11〕を提供する。
〔1〕ドコサヘキサエン酸をグリセリドの構成脂肪酸として含有する組成物の製造方法であって、
ドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸として含むグリセリドを含有する原料油にカンディダ シリンドラセ由来のリパーゼおよび部分グリセリドリパーゼを作用させて加水分解反応を行い、それによりグリセリド画分中のドコサヘキサエン酸の割合を高める工程、を含み、
リパーゼ加水分解反応を30℃以下の温度で15時間以下行うことを特徴とする、前記方法。
〔2〕グリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合が47面積%以上となるまでの加水分解反応時間が、部分グリセリドリパーゼを併用しない場合と比較して短縮されていることを特徴とする、〔1〕に記載の方法。
〔3〕部分グリセリドリパーゼがペニシリウム カマンベルティ由来のリパーゼである、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼの使用量が原料油1gに対して、200~1,600ユニットである、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕部分グリセリドリパーゼの使用量が、活性比で、カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼ1に対して、0.1~1である、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕リパーゼ加水分解反応を10~30℃で行う、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕反応後のグリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合が45面積%以上である、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の方法。
〔8〕反応後のグリセリド画分の脂肪酸組成におけるエイコサペンタエン酸の割合が5面積%以上である、〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の方法。
〔9〕リパーゼ加水分解反応の反応液に加える水の量が、原料油1gに対し、0.2~1.2gである、〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の方法。
〔10〕リパーゼ加水分解反応の反応液の酸価が90~150となった時点で、反応を終了させる、〔1〕~〔9〕のいずれかに記載の方法。
〔11〕反応後、グリセリドを回収する工程をさらに含む、〔1〕~〔10〕のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法により、カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼによりDHAを濃縮する方法において、酵素使用量の増加を抑制しながら、従来よりも短い時間でグリセリド画分中にDHAを濃縮することができる。また、加水分解反応によるグリセリド画分中のEPAの濃度の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、実施例1、比較例1、および比較例2の反応時間10時間および24時間のサンプルについて、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるDHAまたはDHA+EPAの割合を、面積%で示した図である。
【
図2】
図2は、実施例3の反応時間10時間および24時間のサンプルについて、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるDHAまたはDHA+EPAの割合を、面積%で示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、ドコサヘキサエン酸をグリセリドの構成脂肪酸として含有する組成物の製造方法であって、ドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸として含むグリセリドを含有する原料油にカンディダ シリンドラセ(別名カンディダ ルゴサ)由来のリパーゼおよび部分グリセリドリパーゼを作用させて加水分解反応を行い、それによりグリセリド画分中のドコサヘキサエン酸の割合を高める工程、を含み、リパーゼ加水分解反応を30℃以下の温度で15時間以下行うことを特徴とする、前記方法(以下、本発明の製造方法という場合がある)に関する。部分グリセリドリパーゼを併用することにより、カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼのみを作用させた場合よりも、加水分解反応の反応時間を短縮することができ、同じ分解度(酸価が同じ程度)に達する時間を半減させることができる。またカンディダ シリンドラセ由来のリパーゼの使用量を増加させて反応時間を短縮させる場合と比較して、部分グリセリドリパーゼを併用することにより、より少ない酵素使用量で、同程度に反応時間を短縮させることができる。
【0016】
本明細書中、ドコサヘキサエン酸をグリセリドの構成脂肪酸として含有する組成物は、ドコサヘキサエン酸が結合したグリセリドを含有するグリセリド組成物を意味する。ここで、グリセリド組成物とは、グリセリドを主要な構成成分とする組成物であり、グリセリドを例えば80質量%以上、85質量%以上、90質量%以上、95質量%以上、99質量%以上、99.5質量%以上、または99.9質量%以上含有し得る。
【0017】
本発明において、グリセリドには、トリグリセリド、ジグリセリド、およびモノグリセリドが含まれる。
【0018】
本発明の製造方法における原料油は、ドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸として含むグリセリドを含有する油であればよい。原料油としては、例えば、ドコサヘキサエン酸を多く含むことが知られている天然物由来の油が挙げられ、具体的には、海産動物油(例えば、イワシ油、マグロ油、カツオ油、オキアミ油、アザラシ油など)、および微生物油(例えば、モルティエレラ(Mortierella)属、ペニシリウム(Penicillium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、フザリウム(Fusarium)属に属する微生物が産生する油など)が例示される。脂肪酸中にドコサヘキサエン酸を一定量含む原料油を選択するのが好ましく、少なくとも10面積%以上、15面積%以上、20面積%以上含む原料油が好ましく、10~35面積%、20~35面積%含む原料油がさらに好ましい。一実施形態において、本発明の製造方法における原料油は、魚油であり、好ましくはマグロ油又はカツオ油である。
【0019】
本発明においては、これらの油をそのまま、精製して、または濃縮して使用することができる。例えば魚油の場合、魚全体または水産加工から発生する魚の頭、皮、中骨、内臓等の加工残滓を粉砕して蒸煮した後、圧搾して煮汁(スティックウォーター、SW)と圧搾ミールに分離し、煮汁とともに得られる油脂を煮汁から遠心分離により分離することにより、原油を調製することができる。原油は、脱ガム、脱酸、脱色、脱臭工程などの精製工程を経て精製魚油とされる。原油の精製には、薄膜蒸留(例えば分子蒸留または短行程蒸留)やアルカリ脱酸を用いてもよい。一実施形態において、本発明の製造方法における原料油は、短行程蒸留により処理された魚油であり、好ましくは短行程蒸留により処理されたマグロ油である。
【0020】
本発明における第一のリパーゼであるカンディダ シリンドラセ(Candida cylindracea)由来のリパーゼは、グリセリド画分中にドコサヘキサエン酸を濃縮するリパーゼであり、脂肪酸選択性を有し、グリセリドの構成脂肪酸中のドコサヘキサエン酸に作用しにくく、加水分解反応後にグリセリド画分の構成脂肪酸中のドコサヘキサエン酸の割合を高める性質を有する。なお、本明細書中、グリセリド画分の構成脂肪酸中のドコサヘキサエン酸の割合を高めることを、グリセリド画分中にドコサヘキサエン酸を濃縮するともいう。カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼとしては、リパーゼOF(名糖産業株式会社、以下、「リパーゼOF」と称する)およびリパーゼAYアマノ30SD(天野エンザイム株式会社)が例示される。
【0021】
第一のリパーゼの使用量は特に限定されないが、原料油1 gに対して200~1600 unit(すなわち200~1600 unit/g oil)を反応系に添加するのが好ましく、例えば、リパーゼの使用量は、原料油1 gに対して250~1600 unit、300~1500 unit、300~1200 unit、350~1000 unit、350~900 unitまたは400~800 unitであり得る。固定化リパーゼを用いる場合は、繰り返し使用できるものなので、固定化しないリパーゼのように必要量を添加するのではなく、過剰量の固定化リパーゼを反応系に添加し、反応後に回収して繰り返し使用することができる。したがって、少なくとも上記の原料油1 gに対する使用量を反応系に添加してもよく、さらにバッチ処理で使うか、カラム処理で使うか、何回繰り返して使うかなどに応じて、合理的な量に変更してもよい。例えば、原料油に対して3~30%(w/w)、4~25%(w/w)、さらに好ましくは、5~20%(w/w)の固定化リパーゼを用いることができる。なおリパーゼの1ユニットは、1分間に1マイクロモルの遊離脂肪酸を生成させる酵素量であり、第17改正日本薬局方の一般試験法「4.03消化力試験法」の3.脂肪消化力試験法により測定される。具体的には、オリーブ油を基質とする。オリーブ油を乳化液と混合し、乳化して基質溶液とする。オリーブ油にリパーゼを作用させた後、水酸化ナトリウムを加えて生成脂肪酸を中和し、後に残った過剰の水酸化ナトリウムを塩酸で滴定する。リパーゼを添加しないブランクの溶液についても水酸化ナトリウムを塩酸で滴定する。それらの差から、脂肪消化力(ユニット/g)を求める。
【0022】
本発明における第二のリパーゼである部分グリセリドリパーゼは、好ましくは、ペニシリウム属の微生物由来のリパーゼである。本明細書中、部分グリセリドリパーゼとは、モノグリセリドおよびジグリセリドを加水分解するが、トリグリセリドを加水分解しにくいリパーゼをいう。ペニシリウム属微生物由来のリパーゼとしては、好ましくはペニシリウム カマンベルティ(Penicillium camemberti)由来のリパーゼであり、リパーゼGアマノ50(天野エンザイム株式会社製、以下、「リパーゼG」と称する)が例示される。
【0023】
第二のリパーゼの使用量は、特に限定されないが、活性比(ユニット数の比)で、第一のリパーゼ1に対して第二のリパーゼ0.1~1であり得る。好ましくは、第一のリパーゼ:第二のリパーゼが、1:0.15~0.85、さらに好ましくは1:0.2~0.75となるように第二のリパーゼを用いることができる。
【0024】
ここで部分グリセリドリパーゼの1ユニットは、LV乳化法によって測定され、1分間に1マイクロモルの脂肪酸の増加をもたらす酵素量を1単位(ユニット)とする。LV乳化法とは、ラウリン酸ビニルの乳化液にリパーゼを作用させ、エタノール/アセトン混合溶媒で反応を停止し、水酸化ナトリウムで生成脂肪酸を中和後、残存する水酸化ナトリウムを塩酸で滴定することで、生成脂肪酸を定量してユニット数を求める方法である。
【0025】
本発明の製造方法では、原料油に第一のリパーゼおよび第二のリパーゼを作用させて加水分解反応を行う。第一のリパーゼおよび第二のリパーゼは、反応の開始時から反応系内に存在していてもよく、時間差をおいて反応系内に順次添加されてもよい。後者の場合、通常、第一のリパーゼを添加した後に第二のリパーゼを添加する。第一のリパーゼはグリセリドの構成脂肪酸中のドコサヘキサエン酸に作用しにくいため、これらを原料油に作用させることにより、グリセリド画分中のドコサヘキサエン酸の割合を高めることができる。なお第二のリパーゼは、部分グリセリドリパーゼであるため、原料油が部分グリセリドを含まない場合には原料油に直接作用する訳ではないが、本発明においては、原料油から生じた部分グリセリドにリパーゼを作用させることも、原料油にリパーゼを作用させることに含まれる。
【0026】
リパーゼによる加水分解反応は、リパーゼの加水分解活性が発現するのに十分な量の水の存在下に行う必要がある。水の添加量としては、原料油1重量部に対して0.2~1.2重量部、好ましくは、0.4~0.8重量部である。
【0027】
加水分解は、脂肪酸の劣化、リパーゼの失活などを抑制するため、乾燥窒素等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。また、原料油にトコフェロール、アスコルビン酸、t-ブチルハイドロキノンなどの抗酸化剤が含まれていてもよい。
【0028】
加水分解における反応温度は、30℃以下であり、リパーゼが活性を示す温度であればよい。反応温度は、例えば10~30℃程度が好ましい。グリセリド画分の脂肪酸組成における飽和脂肪酸の割合を低下させるためには、25℃以下、例えば10~25℃、好ましくは15~25℃で反応を行う。飽和脂肪酸は、現代の食生活では摂食過多になりがちである。本発明の製造方法によって得られるドコサヘキサエン酸が濃縮された組成物は、健康食品、医薬品などの原料として用いられ得ることから、飽和脂肪酸の含有量は低い方が好ましい。反応温度が低いほど、飽和脂肪酸の含有率は低下するが、10℃以下ではリパーゼ反応の速度自体が遅くなりすぎる点や油脂の粘度が高くなる点を考慮すると、反応温度は15~25℃前後が最も好ましい。大量反応の場合、反応槽内の温度を平均15~25℃になるよう設定し、反応温度の変化を±5℃程度の範囲に保持しながら反応を行えばよい。加水分解反応は、機械的撹拌や不活性ガス等の吹込による流動状態下で行うことができる。
【0029】
加水分解は、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合が目的とする割合になるまで反応を行う。反応時間は、原料油、酵素量などにより異なり得る。例えば、第一のリパーゼの使用量が多い場合には、反応時間を短くしてもよく、また第一のリパーゼの使用量が少ない場合には、反応時間を長くしてもよい。反応時間は、好ましくは15時間以下である。一実施形態において、反応時間は、例えば、7時間以上、8時間以上、9時間以上、または10時間以上、15時間以下、14時間以下、13時間以下、12時間以下、または11時間以下であり得る。反応時間は、例えば、8~15時間、または10~15時間であり得る。
【0030】
本発明の製造方法によれば、1回のリパーゼ反応で、グリセリド画分中のドコサヘキサエン酸の割合を45面積%以上、46面積%以上、47面積%以上、48面積%以上、49面積%以上、50面積%以上、または51面積%以上にまで高めることができる。例えばマグロ油(DHA23%程度含有)などを原料とする場合、前述の酵素量で、7時間以上加水分解することにより、1回のリパーゼ反応で、ドコサヘキサエン酸の割合を45面積%以上にまで高めることができる。したがって、本発明の製造方法におけるリパーゼによる加水分解反応は、1回の反応で完了させることができ、高い割合でドコサヘキサエン酸を含有するグリセリドを反応液から回収することができる。
【0031】
本明細書中、グリセリド画分の脂肪酸組成(面積%)は、特に明記しない限り、ナトリウムメチラート法により、リパーゼ反応物の油層中のグリセリドをメチルエステル化した後、リパーゼ反応により生成した遊離脂肪酸を除去し、ガスクロマトグラフィーにより測定した値(ピーク面積)に基づいて算出される。ガスクロマトグラフィーの分析条件は以下の通りである。
機種:Agilent 6890N GC system (Agilent社)
カラム:DB-WAX J&W 122-7032
カラム温度:180℃で0分間保持した後、180℃から230℃まで、3℃/分で昇温し、15分間保持
注入温度:250℃
注入方法:スプリット
スプリット比:30:1
検出器温度:250℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム (1mL/min、コンスタントフロー)
【0032】
リパーゼ反応によりグリセリド画分中のドコサヘキサエン酸の濃縮が進むに伴い、グリセリド画分中のエイコサペンタエン酸の割合が低下する場合がある。本発明の製造方法によれば、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるエイコサペンタエン酸の割合の低下が抑制される。一実施形態において、反応後のグリセリド画分の脂肪酸組成におけるエイコサペンタエン酸の割合は、5面積%以上、6面積%以上、7面積%以上、8面積%以上、9面積%以上、または10面積%以上であり得る。
【0033】
また本発明の製造方法によれば、1回のリパーゼ反応で、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸およびエイコサペンタエン酸の合計の割合を50面積%以上、51面積%以上、52面積%以上、53面積%以上、54面積%以上、55面積%以上、56面積%以上、57面積%以上、58面積%以上、59面積%以上、または60面積%以上にまで高めることができる。
【0034】
酸価(AV)は加水分解の程度を示す指標となる。本発明において、酸価は、基準油脂分析試験法(2013年度版)(社団法人日本油化学会編)に準じた方法により測定される数値である。具体的には、酸価は以下のように測定される。試料約100mgを20mLの中性溶剤(エタノール:ジエチルエーテル(1:1 v/v))に溶解させ、フェノールフタレイン溶液を添加した後、0.1M水酸化カリウム標準液で中和滴定を行い、下式により酸価を算出する。
AV=滴定量(mL)×56.11×水酸化カリウム標準液のファクター/試料重量(g)×(1/10)
【0035】
ここで、「水酸化カリウム標準液のファクター」は、「(標定で求めた)標準液の真の濃度/調製した標準液の表示濃度」を意味する。
【0036】
本発明においては、通常、酸価が90~150となるように加水分解反応を行うことで、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合を十分に高めることができる。酸価が150を超えるまで反応させるとドコサヘキサエン酸の回収率が低下する可能性がある。したがって、本発明の製造方法においては、反応液の酸価が100~150、あるいは110~140となった時点で加水分解反応を終了させることができる。
【0037】
本発明によれば、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合が47面積%以上となるまでの加水分解反応時間が、部分グリセリドリパーゼを併用しない場合と比較して短縮される。この場合、本発明の製造方法における使用量と同量のカンディダ シリンドラセ由来のリパーゼ単独による反応の反応時間が比較対象となる。例えば、200~1600 unit/g oilのカンディダ シリンドラセ由来のリパーゼを用いて行った反応(比較対象の反応)と、そこにさらに部分グリセリドリパーゼを加えて行った反応(本発明の製造方法における反応)とが比較される。
【0038】
一実施形態において、本発明により、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合が47面積%以上となるまでの加水分解反応時間が、部分グリセリドリパーゼを併用しない場合と比較して、1時間以上、2時間以上、3時間以上、4時間以上、5時間以上、6時間以上、7時間以上、8時間以上、9時間以上、10時間以上、11時間以上、12時間以上、13時間以上、または14時間以上、短縮される。あるいは、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合が47面積%以上となるまでの加水分解反応時間が、部分グリセリドリパーゼを併用しない場合と比較して、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、または55%以上、短縮される。
【0039】
また本発明によれば、リパーゼ加水分解反応の反応液の酸価が110以上となるまでの加水分解反応時間が、部分グリセリドリパーゼを併用しない場合と比較して短縮される。一実施形態において、本発明により、リパーゼ加水分解反応の反応液の酸価が110以上となるまでの加水分解反応時間が、部分グリセリドリパーゼを併用しない場合と比較して、1時間以上、2時間以上、3時間以上、4時間以上、5時間以上、6時間以上、7時間以上、8時間以上、9時間以上、10時間以上、11時間以上、12時間以上、13時間以上、または14時間以上、短縮される。あるいは、リパーゼ加水分解反応の反応液の酸価が110以上となるまでの加水分解反応時間が、部分グリセリドリパーゼを併用しない場合と比較して、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、または55%以上、短縮される。
【0040】
本発明により、反応時間を短縮する効果以外の効果として、EPAの回収率および濃度が高くなることが挙げられる。
【0041】
実施例に示すように、DHA濃度を50面積%以上に濃縮した際でも、EPA濃度を5面積%以上とすることができる。さらに、EPA濃度を5.6面積%以上、6.0面積%以上、6.4面積%以上、6.7面積%以上、7.4面積%以上とすることができる。DHA濃度を46面積%以上に濃縮した場合は、EPA濃度を6面積%以上とすることができる。さらに、EPA濃度を6.5面積%以上、7.0面積%以上、7.5面積%以上、7.9面積%以上、8.0面積%以上とすることができる。
【0042】
本発明の方法により、反応系全体としての脂肪酸選択性が変化し、EPA回収率及びEPA濃度を高めることができる。EPAはDHAと共に健康に有効な、好ましい脂肪酸であるから、少しでもそれらの残存率を高めることができるのは好ましい効果である。
【0043】
本発明の製造方法は、リパーゼによる加水分解反応後、グリセリドを回収する工程をさらに含んでもよい。グリセリドの回収は、加水分解反応時間終了後、加熱または酸添加によりリパーゼを失活させ、反応液から、水層、遊離脂肪酸およびグリセリンを除去することにより行うことができる。水層、遊離脂肪酸およびグリセリンは、公知の方法により除去することができる。例えば、加水分解反応時間終了後、酸添加によりリパーゼを失活させ、遠心分離などにより反応液からリパーゼおよびグリセリンなどを含む水層を除去し、さらに水層が中性になるまで水洗を繰り返した後、得られた油層から遊離脂肪酸を除去する。遊離脂肪酸の分離除去方法としては、アルカリ塩として除去する方法、液体クロマトグラフィー装置を用いる方法、蒸留により除去する方法など、公知の方法が採用できるが、アルカリ塩として除去する方法、分子蒸留又は短工程蒸留などを用いた蒸留により除去する方法が好ましい。遊離脂肪酸を除去することにより、高濃度でドコサヘキサエン酸を含有するトリグリセリドおよび部分グリセリドのグリセリド混合物が得られる。
【0044】
本発明の製造方法は、カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼを単独で使用する場合と比較して、グリセリド画分中のトリグリセリドの割合が高い組成物を得ることができる。カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼで加水分解したグリセリドはもともと他のリパーゼと比較してトリグリセリドの割合が高くなる特徴がある。実施例に示すように、部分グリセリドリパーゼと組み合わせることにより、さらにグリセリド画分中のトリグリセリドの割合を高めることができる。部分グリセリドの添加量に比例して、トリグリセリドの割合は高くなる。本発明の製造方法によれば、グリセリド画分中のトリグリセリドの割合を、部分グリセリドリパーゼを添加しない場合と比較して、例えば、1面積%、2面積%以上、3面積%以上、4面積%以上、または5面積%以上高くすることができる。また本発明の製造方法によって得られる組成物中、グリセリド画分中のモノグリセリドの割合は低い。そのため、本発明によれば、回収されたグリセリドについて部分グリセリドの除去をさらに行わなくてもよく、精製工程を簡略化することができる。
【0045】
回収されたグリセリドについて、さらに脱酸、脱色、または脱臭処理を行うこともできる。脱酸、脱色、脱臭はどのような方法で行ってもよいが、脱酸処理としては蒸留処理が、脱色処理としては活性白土、活性炭、シリカゲルなどによる処理が、脱臭処理としては水蒸気蒸留などが例示される。脱酸処理を蒸留で行うと、同時にモノグリセリドも除去されるので、得られる油のトリグリセリド比率をさらに高めることができる。
【0046】
また本発明の別の態様において、ドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸として含むグリセリドを含有する原料油のカンディダ シリンドラセ由来のリパーゼによる加水分解反応において、反応時間を短縮させる方法が提供される。当該方法は、ドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸として含むグリセリドを含有する原料油にカンディダ シリンドラセ由来のリパーゼおよび部分グリセリドリパーゼを作用させて加水分解反応を行うことを含む。
【0047】
原料油、カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼ、および部分グリセリドリパーゼは、本発明の製造方法に関して記載したとおりである。
【0048】
本発明によれば、同量のカンディダ シリンドラセ由来のリパーゼ単独の反応と比較して、グリセリド画分の脂肪酸組成におけるドコサヘキサエン酸の割合が47面積%以上となるまでの加水分解反応時間、またはリパーゼ加水分解反応の反応液の酸価が110以上となるまでの加水分解反応時間を短縮させることができる。例えば、反応時間を、1時間以上、2時間以上、3時間以上、4時間以上、5時間以上、6時間以上、7時間以上、8時間以上、9時間以上、10時間以上、11時間以上、12時間以上、13時間以上、または14時間以上、短縮させることができる。あるいは、反応時間を、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、または55%以上、短縮させることができる。
【0049】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0050】
各実施例において、脂肪酸組成、及び酸価の測定は以下の方法で行った。
【0051】
本発明において、面積%とは、各種脂肪酸を構成成分とするグリセリドの混合物をガスクロマトグラフィーや薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器(TLC/FID)を用いて分析したチャートのそれぞれの成分のピーク面積の全ピーク面積に対する割合であり、そのピークの成分の含有比率を示すものである。脂肪酸組成については、実施例に示す方法によるガスクロマトグラフィーにより分析した結果から算出し、脂質組成については、TLC/FIDを用いて分析した結果から算出した。
【0052】
<脂肪酸組成の測定>
原料に用いた魚油の脂肪酸組成は、魚油をメチルエステル化してガスクロマトグラフィーにて測定した。すなわち、魚油40μLに1Nナトリウムメチラート/メタノール溶液1mLを加え、80℃で1分間撹拌した。その後、1N塩酸を1mL加えて中和し、ヘキサン2mLおよび飽和食塩水溶液3mLを加え、撹拌、静置後、上層をガスクロマトグラフィーにて測定した。
【0053】
リパーゼ反応を行った油のグリセリド画分の脂肪酸組成は、グリセリド画分をメチルエステル化してから、リパーゼ反応により生成した遊離脂肪酸を除去し、ガスクロマトグラフィーにて測定した。すなわち、反応液70μLに1Nナトリウムメチラート/メタノール溶液1mLを加え、80℃で1分間撹拌した。その後、1N塩酸を1mL加えて中和後、ヘキサン700μLおよび飽和食塩水溶液3mLを加え、撹拌、静置後、メチルエステルと遊離脂肪酸を含有する上層を回収した。得られた上層から遊離脂肪酸を除去する操作を以下の通りに行った。回収した上層であるメチルエステルと遊離脂肪酸が溶解したヘキサン溶液700μLにトリエチルアミンを10~20μL加えて振り混ぜてから、固相抽出カートリッジ(Agilent Technologies社、BOND ELUT SI、100mg、1mL)に全量を負荷し、ヘキサンと酢酸エチルの混合溶液(ヘキサン:酢酸エチル=50:1容積比)1mLにてメチルエステルを溶出させて遊離脂肪酸を除去した。これをガスクロマトグラフィーにて測定した。
【0054】
ガスクロマトグラフィー分析条件
機種:Agilent 6890N GC system(Agilent社)
カラム:DB-WAX J&W 122-7032
カラム温度:180℃で0分間保持した後、180℃から230℃まで、3℃/分で昇温し、15分間保持
注入温度:250℃
注入方法:スプリット
スプリット比:30:1
検出器温度:250℃
検出器:FID
キャリアーガス:ヘリウム (1mL/min、コンスタントフロー)
【0055】
<酸価(AV)の測定>
基準油脂分析試験法(2013年度版)(社団法人日本油化学会編)に準じて行った。試料約100mgを20mLの中性溶剤(エタノール:ジエチルエーテル(1:1容積比))に溶解させ、フェノールフタレイン溶液を添加した後、0.1M水酸化カリウム標準液で中和滴定を行い、下式により酸価を算出した。
AV=滴定量(mL)×56.11×水酸化カリウム標準液のファクター/試料重量(g)×(1/10)
【0056】
<回収率>
グリセリド画分中へのDHAの回収率は、以下の式により計算した。EPAの回収率も同様に計算した。ケン化価は、脂肪酸組成から原料油の平均分子量を求め、計算により求めた。
DHA回収率=「グリセリド画分中のDHA面積%」×(1-酸価/原料油のケン化価)/「原料油中のDHA面積%」
【0057】
<脂質組成の測定>
脂質組成は薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器(TLC/FID,イアトロスキャン、三菱化学ヤトロン株式会社)にて行った。油20μLをヘキサン1mLに溶解し、クロマロッドに0.5μLを負荷した。ヘキサン、ジエチルエーテル、酢酸の混合溶液(ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸=70:30:1容積比)を展開溶媒として用い、30分間展開した。これをイアトロスキャンにて分析した。
【実施例】
【0058】
<実施例1>
精製魚油(マグロ脱酸油、DHA 24.6面積%、EPA 6.8面積%)3gにリパーゼOFを400 units/g oilとリパーゼGを100 units/g oil及び水2gを加えた。18℃で撹拌しながら、24時間、加水分解反応を行った。10時間後及び24時間後にサンプリングし、85%リン酸を対油1.5%添加し、18℃で1時間撹拌することでリパーゼを失活させた。その後、3回湯洗し、リパーゼ反応液の油層を得た。反応液の油層の酸価、グリセリド画分の脂肪酸組成、及びEPA、DHAの回収率を測定した。
【0059】
<比較例1、2>
実施例1のリパーゼOFとリパーゼGの代わりに、リパーゼOFのみを400 unit/g oil(比較例1)又は800unit/g oil(比較例2)用いた他は実施例1と同様に加水分解反応を行い、反応液の酸価及びグリセリド画分の脂肪酸組成を測定した。
【0060】
表1及び
図1にグリセリド画分の脂肪酸組成におけるDHA及びEPAの割合を示した。また、表2にDHA及びEPAの回収率、表3に反応液の酸価を示した。
【0061】
表1及び
図1に示すように、比較例1ではDHAの濃度が47面積%に到達するのに24時間かかるのに対し、リパーゼOFを2倍量にした比較例2及びリパーゼOFとリパーゼGを組み合わせた実施例1では、10時間の反応時間で47面積%に到達した。また表3に示すように、実施例1では、比較例1で24時間の反応で到達した酸価に、10時間で到達した。
【0062】
さらに、リパーゼOFを単独で用いた比較例1及び2では、DHAの濃縮が進むに伴い、EPAの濃度の低下が始まったが、リパーゼGを併用した実施例1ではEPAの低下が抑制された。表1及び
図1に示すように、リパーゼGを併用した実施例1では、リパーゼOFを単独で用いた比較例2と比較して、同程度の濃度までDHAを濃縮した場合に、EPAの濃度の低下がより抑えられた。
【0063】
回収率についても、実施例1と比較例2の10時間反応後のDHAの回収率はほぼ同じであったが、EPAの回収率は実施例1の方が高かった(表2)。
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
<実施例2>
実施例1、比較例1及び2と同様のリパーゼ反応を30℃で10時間行い、それぞれ実施例2、比較例3及び4とした。表4に、10時間反応後のグリセリド画分の脂肪酸組成におけるDHA及びEPAの割合を示す。
【0068】
30℃においても、18℃における反応と同様の傾向が認められた。すなわち、リパーゼOFとリパーゼGとを併用することにより、リパーゼOFを単独で用いた場合と比較して、同じ反応時間でグリセリド画分中のDHAの濃度をより高めることができ、また同程度の濃度までDHAを濃縮した場合にEPAの濃度の低下がより抑えられた。
【0069】
【0070】
<実施例3>
実施例1と同様のリパーゼ反応を、リパーゼの濃度、及びリパーゼOFに対するリパーゼGの比率を変えて行った。リパーゼOFの濃度を200、400、800、1600 units/g oilとし、1ユニットのリパーゼOFに対して、リパーゼGを0、0.25、0.5、又は1ユニット併用した。
【0071】
表5及び
図2に、10時間反応後及び24時間反応後のグリセリド画分の脂肪酸組成におけるDHA及びEPAの割合を示す。
【0072】
いずれの条件でも、リパーゼOFにリパーゼGを併用することにより、同量のリパーゼOF単独で24時間かかるDHAの濃度に、10時間程度で到達すること、すなわち反応時間を短縮できることが示された。また、リパーゼOFにリパーゼGを併用することにより、2倍量のリパーゼOF単独で到達したDHAの濃度に、同じ反応時間で到達することが示された。さらに、リパーゼOFにリパーゼGを併用することにより、リパーゼOFを単独で用いた場合よりもEPAの濃度の低下が抑えられ、その結果、DHA及びEPAの合計の濃度がより高い組成物が得られた。
【0073】
【0074】
表6に10時間反応のサンプルのグリセリド画分中のトリグリセリドの割合を面積%で示した。リパーゼGを併用することにより、トリグリセリドの比率が高くなることがわかる。モノグリセリド割合はいずれの場合も低く0.1~2.1の範囲であった。
【0075】
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明により、カンディダ シリンドラセ由来のリパーゼによりグリセリド画分中にDHAを濃縮する方法において、リパーゼ反応時間を短縮することができ、生産性を高めることができる。さらに、加水分解反応によるグリセリド画分中のEPAの濃度の低下を抑制することができ、DHA及びEPAの合計の濃度が高い組成物を得ることができる。そのような組成物は、DHA及びEPAに共通した生理活性作用(例えば、中性脂肪低下作用など)の利用を目的とした組成物の製造において特に有用である。