(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-10
(45)【発行日】2023-11-20
(54)【発明の名称】ポリロタキサン、高分子組成物、架橋高分子組成物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C08B 37/16 20060101AFI20231113BHJP
C08L 71/02 20060101ALI20231113BHJP
C08L 101/02 20060101ALI20231113BHJP
【FI】
C08B37/16
C08L71/02
C08L101/02
(21)【出願番号】P 2020021219
(22)【出願日】2020-02-12
【審査請求日】2023-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000241463
【氏名又は名称】豊田合成株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】505136963
【氏名又は名称】株式会社ASM
(74)【代理人】
【識別番号】100096116
【氏名又は名称】松原 等
(72)【発明者】
【氏名】中井 孝憲
(72)【発明者】
【氏名】岩瀬 直生
(72)【発明者】
【氏名】赤堀 真之
(72)【発明者】
【氏名】今井 英幸
(72)【発明者】
【氏名】栗本 英一
(72)【発明者】
【氏名】石田 真
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 耕三
(72)【発明者】
【氏名】前田 利菜
(72)【発明者】
【氏名】安藤 翔太
(72)【発明者】
【氏名】井上 勝成
【審査官】櫛引 智子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-233007(JP,A)
【文献】特開2015-203037(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B,C08L
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
直鎖状分子と、前記直鎖状分子を串刺し状に包接する環状分子と、前記直鎖状分子の両末端に配置され、前記環状分子の脱離を防止する封止基とを有するポリロタキサンにおいて、
前記環状分子がヒドロシリル基を有していることを特徴とするポリロタキサン。
【請求項2】
前記環状分子はシクロデキストリンである請求項1記載のポリロタキサン。
【請求項3】
請求項1又は2記載のポリロタキサンと、ポリマーとを含み、
前記ポリマーは、主鎖又は側鎖の少なくとも一方に二重結合を有したものであることを特徴とする高分子組成物。
【請求項4】
前記ポリマーの二重結合は、ビニリデン基を含む請求項3記載の高分子組成物。
【請求項5】
請求項3又は4記載の高分子組成物が、前記環状分子のヒドロシリル基と前記ポリマーの二重結合とが化学反応したことで、架橋されてなる架橋高分子組成物。
【請求項6】
請求項3又は4記載の高分子組成物を、触媒の存在下で、前記環状分子のヒドロシリル基と前記ポリマーの二重結合を化学反応させることで、架橋する架橋高分子組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリロタキサンとそれを含む高分子組成物及び架橋高分子組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、ゴムの破断伸びの向上が図られてきたが、ゴム材料ごとに限界があった。例えば、エチレン・プロピレン・ジエンゴム(EPDM)は220~900%程度で破断してしまう。そのため、高い伸び性能が必要な領域に用いる場合に、ゴム製品の破断が問題となる。例えば、EPDMがより高い発泡率の軽量ゴムへ移行したときに、固着等の現象により破断しやすくなる。
【0003】
近年、ゴムにポリロタキサンを加えることにより、物性を改良する試みがある。さらに、ポリロタキサンをゴムの架橋剤として機能させることで、従来の架橋ゴムと異なる物性を発現させる試みもある。ポリロタキサンは、特許文献1に開示されているように、環状分子に直鎖状分子が相対スライド可能に貫通し、直鎖状分子の両末端に配された封鎖基により環状分子が脱離しない構造の分子集合体であり、スライドリングマテリアルとも称されている。
【0004】
特許文献2には、ビニル基を有するポリロタキサンをEPDMと硫黄架橋してなり、所望の引張強度・引張伸長率・圧縮永久歪みを有する架橋ゴム組成物が開示されている。
【0005】
特許文献3には、環状分子がメルカプト基を有するポリロタキサンをスチレン・ブタジエンゴム(SBR)と硫黄架橋してなり、優れた耐久性を有する架橋ゴム組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2005/080469号
【文献】特開2015-203037号公報
【文献】特開2018-24768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献2の架橋EPDMの引張伸長率は130~460%であり、特許文献3の架橋SBRの破断伸びは98~116%であり、いずれも従来の各ゴムに対して大きく向上したものではなかった。
【0008】
そこで、本発明の目的は、破断伸びが従来よりも大きく向上した架橋高分子組成物と、その原料として用いることができる高分子組成及びポリロタキサンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
[1]ポリロタキサン
直鎖状分子と、前記直鎖状分子を串刺し状に包接する環状分子と、前記直鎖状分子の両末端に配置され、前記環状分子の脱離を防止する封止基とを有するポリロタキサンにおいて、
前記環状分子がヒドロシリル基を有していることを特徴とするポリロタキサン。
【0010】
ここで、前記環状分子はシクロデキストリンであることが好ましい。
【0011】
[2]高分子組成物
上記[1]又はその好ましい態様のポリロタキサンと、ポリマーとを含み、
前記ポリマーは、主鎖又は側鎖の少なくとも一方に二重結合を有したものであることを特徴とする高分子組成物。
【0012】
ここで、前記ポリマーの二重結合は、ビニリデン基を含むことが好ましい。そのようなポリマーとしては、VNB-EPDMを例示できる。
【0013】
[3]架橋高分子組成物
上記[2]又はその好ましい態様の高分子組成物が、前記環状分子のヒドロシリル基と前記ポリマーの二重結合とが化学反応したことで、架橋されてなる架橋高分子組成物。
【0014】
[4]架橋高分子組成物の製造方法
上記[2]又はその好ましい態様の高分子組成物を、触媒の存在下で、前記環状分子のヒドロシリル基と前記ポリマーの二重結合を化学反応させることで、架橋する架橋高分子組成物の製造方法。
【0015】
<作用>
(ア)ポリロタキサンのSiH基とポリマーの二重結合で架橋することにより、二重結合を有する汎用ゴムに対して適用可能な、スライド架橋点を提供することができる。また本架橋系では低温で高速に架橋することができる。
(イ)汎用ゴムに元々含まれる二重結合と架橋させることで1000%を超える伸びが実現できる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、破断伸びが従来よりも大きく向上した架橋高分子組成物と、その原料として用いることができる高分子組成及びポリロタキサンを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、ヒドロキシプロピル基修飾ポリロタキサンからヒドロシリル基修飾ポリロタキサンへの変性を説明する模式図である。
【
図2】
図2は、EPDMとヒドロシリル基修飾ポリロタキサンを架橋して架橋体を作製する手順を説明する図である。
【
図3】
図3は、同架橋の反応を(a)は模式的に示す図、(b)は化学式で示す図である。
【
図4】
図4は、作製した架橋体X-1~X-5、Y1~Y4の引張試験における応力-歪曲線を示すグラフ図である。
【
図5】
図5は、架橋体X-2の破壊エネルギーを求めるための(a)は測定試料の斜視図、(b)は破壊エネルギーの算出方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1.ポリロタキサン
ポリロタキサンは、環状分子がヒドロシリル基を有していること以外、特に限定されない。
環状分子としては、シクロデキストリン、クラウンエーテル、シクロファン、カリックスアレーン、ククルビットウリル、環状アミド等を例示できる。環状分子は、シクロデキストリンが好ましく、中でもα‐シクロデキストリン、β‐シクロデキストリン、γ-シクロデキストリンから選択されるのがよい。シクロデキストリンとともに他の環状分子が含有されていてもよい。
【0019】
直鎖状分子としては、ポリエチレングリコール、ポリ乳酸、ポリイソプレン、ポリイソブチレン、ポリブタジエン、ポリプロピレングリコール、ポリテトラヒドロフラン、ポリジメチルシロキサン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール及びポリビニルメチルエーテル等を例示できる。直鎖状分子は、ポリエチレングリコールが好ましく、ポリエチレングリコールとともに他の直鎖状分子が含有されていてもよい。
【0020】
封鎖基としては、ジニトロフェニル基類、シクロデキストリン類、アダマンタン基類、トリチル基類、フルオレセイン類、ピレン類、置換ベンゼン類(置換基として、アルキル、アルキルオキシ、ヒドロキシ、ハロゲン、シアノ、スルホニル、カルボキシル、アミノ、フェニルなどを例示できる。置換基は1つ又は複数存在してもよい。)、置換されていてもよい多核芳香族類(置換基として、上記と同じものを例示できる。置換基は1つ又は複数存在してもよい。)、及びステロイド類等を例示できる。ジニトロフェニル基類、シクロデキストリン類、アダマンタン基類、トリチル基類、フルオレセイン類、及びピレン類からなる群から選ばれるのが好ましく、より好ましくはアダマンタン基類又はトリチル基類である。
【0021】
2.ポリマー
分子内に二重結合を有するゴムポリマーとしては、特に限定されないが、主鎖に二重結合を有するものとして、ブタジエンゴム(BR)、アクリロニトリル・ブタジエンゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、 イソプレンゴム(IR)、イソブチレン・イソプレンゴム(IIR)等を例示でき、側鎖に二重結合を有するものとして、EPDM(特にVNB(5-ビニル-2-ノルボルネン)-EPDM)等を例示できる。
【0022】
3.触媒
触媒としては、特に限定されないが、白金触媒(白金錯体触媒も含む。)、白金族触媒(白金族錯体触媒も含む。)を例示できる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を具体化した実施例について比較例と共に、次の順に説明する。なお、本発明は本実施例に限定されるものではない。
<1>ヒドロキシプロピル基修飾ポリロタキサンの調製
<2>ヒドロシリル基修飾ポリロタキサンへの変性
<3>架橋体X-1~X-5、Y1~Y4の作製
<4>特性の測定
<5>評価
【0024】
<1>ヒドロキシプロピル基修飾ポリロタキサンの調製
まず、環状分子にシクロデキストリンを含有し、直鎖状分子にポリエチレングリコールを含有し、直鎖状分子の両末端に封鎖基を配置してなるポリロタキサンとして、国際公開第2005/080469号(特許文献1)に開示された、ヒドロキシプロピル基で修飾されたポリロタキサン(以下「HAPR」と略記することがある。)を調製した。
図1の左辺にHAPRを模式的に示す。
【0025】
<2>ヒドロシリル基修飾ポリロタキサンへの変性
2口フラスコに、クロロホルム(富士フィルム和光純薬社製の試薬特級,200mL)、1,1,3,3-テトラメチルジシラザン(TMDS)(東京化成工業社製、10mL)、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン(DBU)(東京化成工業社製、0.1mL)を順に注ぎ入れ、5分間撹拌した。
【0026】
そこに、上記<1>で調製したHAPR(5g)を加え、室温で撹拌した。加えた直後は溶解せずダマになったが、界面から徐々に溶解し、1~2時間程度で完全に溶解した。
【0027】
HAPRがクロロホルムに溶解し始めてから、
図1に示す反応が終了するまで、副生成物であるアンモニアガスが発生するため、そのアンモニアガスの発生が止まったら反応終了であり(反応時間約3日程度)、
図1の右辺に示すヒドロシリル基(‐SiH)修飾ポリロタキサン(以下「HAPR-SiH」と略記することがある。)が生成された。アンモニア発生の確認はフェノールフタレイン溶液(50%エタノール水溶液)を指示薬として用いた。
【0028】
反応終了後、クロロホルム300mLを加え希釈し、ロートとPTFEメンブレンフィルター(メルクミリポア社製、口径10μm)で濾過液を得た。沈殿又は乾固すると水素結合の影響で再溶解ができないため、HAPR-SiHは濾過後の溶液状態で保管、及び成膜・架橋体作製に使用した。同溶液中のHAPR-SiH濃度は2.5質量%である。
【0029】
<3>架橋体X-1~X-5、Y1~Y4の作製
次の表1に示す配合(単位はg)の架橋体(架橋ゴム組成物のフィルム)X-1~X-5、Y1~Y4を、以下のように作製した。
【表1】
【0030】
(1)まず、
図2(a)に示すように、シャーレに、各架橋体用のゴムポリマーと架橋材料とを入れ、クロロホルム(富士フィルム和光純薬社の製品コード038-02601)に溶解させ、攪拌して均一溶液とした。各架橋体用のゴムポリマーと架橋材料の詳細は、次のとおりである。
【0031】
X-1では、EPDM(三井化学社のVNB-EPDM、固体)を4.95g、上記<2>で調製したHAPR-SiHを固形分換算で0.05g入れた。両者におけるHAPR-SiHの比率は1質量%である。
X-2では、EPDM(同上)を6.41g、HAPR-SiH(同上)を固形分換算で0.34g入れた。両者におけるHAPR-SiHの比率は5質量%である。
X-3では、EPDM(同上)を4.95g、HAPR-SiH(同上)を固形分換算で0.55g入れた。両者におけるHAPR-SiHの比率は10質量%である。
X-4では、EPDM(同上)を5g入れ、架橋材料は入れなかった。
X-5では、EPDM(同上)を90g、テトラメチルジシラザン(TMDS、東京化成工業社の製品コードT0833)を10g入れた。
Y-1では、NBR(日本ゼオン社の商品名Nipol DN003)を5g入れ、架橋材料は入れなかった。
Y-2では、NBR(同上)を6.41g、HAPR-SiH(同上)を固形分換算で0.34g入れた。両者におけるHAPR-SiHの比率は5質量%である。
Y-3では、CR(デンカ社のグレード名DCR-35)を5g入れた。
Y-4では、CR(同上)を6.41g、HAPR-SiH(同上)を固形分換算でを0.34g入れた。
【0032】
(2)次に、
図2(b)に示すように、各架橋体用の溶液に白金錯体触媒であるカルシュテッド触媒(karsted触媒、シグマアルドリッチ社の製品番号479519-5G)を5滴加え、攪拌して適度に混和した。
(3)次に、
図2(c)に示すように、1,2日室温で溶媒を揮発させて各架橋体を成膜し、該膜を剥離した。膜の厚さは0.3mmである。
(4)次に、
図2(d)に示すように、各架橋体の膜をメタノール中で12時間以上浸漬し、不純物を除去した。
(5)その後、
図2(e)に示すように、各架橋体の膜を45℃、24時間以上真空乾燥し、溶媒を除去した。
【0033】
上記(2)から(3)の過程で、X-1~X-3では、
図3(a)及び(b)に示す架橋反応が起こり、HAPR-SiHの環状分子のヒドロシリル基と、EPDMの二重結合が化学反応することで架橋された架橋体が生成された。同様に、Y-2又はY-4では、HAPR-SiHの環状分子のヒドロシリル基と、NBR又はCRの二重結合が化学反応することで架橋された架橋体が生成された。
【0034】
<4>特性の測定
(1)弾性率と伸びの測定
各架橋体を短冊形(初期長2.8~6.2mm×幅10mm)に加工し、測定試料とした。ここで、架橋体ごとに初期長は相違したが、特性は初期長(及び初期長を基にした面積)で規格化して算出する数値であり、初期長の相違による影響はほぼないと考えられる。
各測定試料について、島津製作所社製の試験機「AG-X universal tester」を用いて引張速度500mm/minで長さ方向に引張試験を行い、応力-歪曲線を測定した。
図4に結果を示す。
弾性率は、5%伸長時までの応力-歪曲線を線形近似した傾きから算出した。表1に結果を示す。
伸びは、架橋体X-1~X-3については、3000%を越えて伸びたときに未破断であったが試験機のチャックが滑り出したため、その滑りがない所までの伸びとした(よって破断伸びはより大きいと考えられる)。その他の架橋体X-4,Y-1,Y-3については、破断伸びである。表1に結果を示す。
【0035】
(2)破壊エネルギーの測定
架橋体X-2,X-5について、
図5(a)に示すように、短冊形(初期長1.4~3mm×幅10mm)の測定試料に、短辺中央から内側へ5mm長のスリット状ノッチを入れ、上記試験機を用いて引張速度6mm/秒で長さ方向に引張試験を行い、応力-歪曲線(X-2についての
図5(b)下側の曲線を参照)を測定すると同時に、デジタルカメラを用いて測定試料のノッチから亀裂進展が始まるときの歪み(ε
fracture)を測定した。
破壊エネルギーは、上記(1)のノッチなしの測定試料を用いて測定した応力-歪曲線(X-2について
図5(b)上側に再掲する)から、次の数式1及び数式2を用いて算出した。ここで、Γは破壊エネルギー、Uは亀裂進展までの貯蔵エネルギー、hは試料の初期長、σは応力(Pa)である。表1に結果を示す。
【数1】
【数2】
【0036】
<5>評価
架橋体X-4,X-5,Y-1,Y-3は、比較例である。
架橋体X-1~X-3は、架橋体X-4に対して破断伸びが著しく大きく、架橋体X-5に対しても破断伸びが大きいとともに破壊エネルギーが大きく、実施例として位置付けられる。
架橋体Y-2は、架橋体Y-1に対して破断伸びが著しく大きく、破壊エネルギーも大きいと推定され、実施例として位置付けられる。
架橋体Y-4は、架橋体Y-3に対して破断伸びが著しく大きく、破壊エネルギーも大きいと推定され、実施例として位置付けられる。
【0037】
なお、本発明は前記実施例に限定されるものではなく、発明の要旨から逸脱しない範囲で適宜変更して具体化することができる。