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特許7383282非アルコール性脂肪肝炎マーカー及びその利用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-10
(45)【発行日】2023-11-20
(54)【発明の名称】非アルコール性脂肪肝炎マーカー及びその利用
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/576 20060101AFI20231113BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20231113BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20231113BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231113BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20231113BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20231113BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20231113BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20231113BHJP
   C12Q 1/6876 20180101ALN20231113BHJP
【FI】
G01N33/576 Z
G01N33/53 D ZNA
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
C12N15/12
C12N15/54
C12Q1/6876 Z
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019230780
(22)【出願日】2019-12-20
(65)【公開番号】P2021099248
(43)【公開日】2021-07-01
【審査請求日】2022-08-22
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】臼井 達哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一昭
(72)【発明者】
【氏名】モハメド エルバダウィー
(72)【発明者】
【氏名】篠原 祐太
(72)【発明者】
【氏名】山中 恵
(72)【発明者】
【氏名】林 希佳
(72)【発明者】
【氏名】後藤 悠太
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/163539(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/126514(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0316093(US,A1)
【文献】Nicole Prior,Liver organoids: from basic research to therapeutic applications,Gut,2019年07月12日,Vol.68,Page.2228-2237
【文献】山中恵,非アルコール性脂肪肝炎(NASH)モデルマウス由来肝臓オルガノイドを用いた新規バイオマーカーの探索,Journal of Toxicological Sciences,2020年06月,Vol.45 No.Supplement,Page.S99 P-36E
【文献】山本晴,NASHモデルマウス由来肝臓オルガノイドの開発と創薬への応用,日本薬理学雑誌,2021年,Vol.156 No.5,Page.275-281
【文献】田邊究,非アルコール性脂肪肝炎(NASH)オルガノイドモデルを用いた新規抗線維化薬の探索,日本獣医学会学術集会講演要旨集,2022年,Vol.165th,Page.ROMBUNNO.J1A-11
【文献】Kiwamu TANABE,Evaluating the Efficacy and Safety of Novel Antifibrotic Agents Using a Nonalcoholic Steatohepatitis (NASH) Organoid Model ,Journal of Toxicological Sciences,2022年06月,Vol.47 No.Supplement,Page.S345 P-36S
【文献】山中恵,三次元オルガノイド培養法を用いた非アルコール性脂肪肝炎(NASH)病態の解明,日本獣医学会学術集会講演要旨集,2019年08月20日,Vol.162nd,Page.496 JO-6
【文献】臼井達哉,マウス肝臓オルガノイド培養を用いたNASH病態の解明,三島海雲記念財団研究報告書,2019年,No.56,Page.ROMBUNNO.SK3-usui.pdf
【文献】臼井達哉,NASHモデルマウス由来肝臓オルガノイドの作製,Journal of Toxicological Sciences,2019年06月,Vol.44 No.Supplement,Page.S276P-80E
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/576
G01N 33/53
G01N 33/50
G01N 33/15
C12Q 1/6851
C12Q 1/686
C12N 15/12
C12N 15/54
C12Q 1/6876
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MUC5B (Mucin 5B) である非アルコール性脂肪肝炎マーカー。
【請求項2】
請求項1記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーを検出する物質を含む非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
【請求項3】
上記物質は、請求項1記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーと特異的に結合する分子である請求項2記載の非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
【請求項4】
上記分子は抗体又は核酸であることを特徴とする請求項3記載の非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
【請求項5】
上記物質は、請求項1記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーをコードする遺伝子の転写産物をリアルタイムPCRで検出するプライマーセットである請求項2記載の非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
【請求項6】
更に、非アルコール性脂肪肝炎オルガノイドを含む請求項2記載の非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
【請求項7】
非アルコール性脂肪肝炎オルガノイドに被検物質を作用させ、請求項1記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーの発現量が当該被検物質を作用させる前と比較して減少している場合、当該被検物質を非アルコール性脂肪肝の治療薬候補としてスクリーニングする、非アルコール性脂肪肝炎治療薬スクリーニング方法。
【請求項8】
上記非アルコール性脂肪肝炎マーカーとしてMUC5Bの発現量を測定し、MUC5Bの発現量が上記被検物質を作用させる前と比較して減少している場合、当該被検物質をCCR2/CCR5阻害作用を有する非アルコール性脂肪肝炎治療薬候補としてスクリーニングする、請求項7記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
非アルコール性脂肪肝炎患者由来の肝臓組織で作製したオルガノイドに非アルコール性脂肪肝炎治療薬を作用させ、請求項1記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーの発現量当該非アルコール性脂肪肝炎治療薬を作用させる前と比較する、非アルコール性脂肪肝に対する治療効果判定のためのデータ取得方法。
【請求項10】
上記非アルコール性脂肪肝炎治療薬としてCCR2/CCR5阻害作用を有する非アルコール性脂肪肝炎治療薬を上記オルガノイドに作用させ、上記非アルコール性脂肪肝炎マーカーとしてMUC5Bの発現量を測定し、MUC5Bの発現量上記非アルコール性脂肪肝炎治療薬を作用させる前と比較する、請求項9記載の治療効果判定のためのデータ取得方法。
【請求項11】
請求項1記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーを検出する物質を含む非アルコール性脂肪肝検査キット。
【請求項12】
上記物質は、請求項1記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーと特異的に結合する分子である請求項11記載の非アルコール性脂肪肝検査キット。
【請求項13】
上記分子は抗体又は核酸であることを特徴とする請求項12記載の非アルコール性脂肪肝検査キット。
【請求項14】
上記物質は、請求項1記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーをコードする遺伝子の転写産物をリアルタイムPCRで検出するプライマーセットである請求項11記載の非アルコール性脂肪肝検査キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非アルコール性脂肪肝炎マーカー及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
非アルコール性の脂肪肝から脂肪肝炎や肝硬変に進行した状態までを含む一連の肝臓病のことを「非アルコール性脂肪性肝疾患」(nonalcoholic fatty liver disease:NAFLD)と呼ぶ。また、NAFLDは、進行せず良好な経過をたどる単純性脂肪肝と、将来的に肝硬変・肝がんに進行する可能性のある非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steato-hepatitis; NASH)に分けられる。NASHは、基準値以下の飲酒量であって、ウイルス性肝炎、自己免疫性肝炎、原発性胆汁性肝硬変等を除外できる患者に対し、肝生検によって最終的に診断される。
【0003】
NASHの詳細な発病機序は未だに解明されておらず、NASH治療法の確立や新規治療薬の開発のために従来とは異なる病態へのアプローチ方法が求められている。現在、NASHの治療には、食餌や運動療法による体重減少が推奨されており、チアゾリジン系薬剤等の糖尿病治療薬や、フィブレート系薬剤等の脂質異常症治療薬などHMG-CoA還元酵素阻害剤などの投薬が行われる。しかし、現在においてもなお、NASHの確立された治療方法は存在せず、さらに有効な治療薬が求められている。
【0004】
NASHの治療方法や有効な治療薬の開発には、NASH患者における肝臓組織を対象として様々な解析が行われる。現在まで、NASHに対する分子ターゲットを見つけるための多くの努力にもかかわらず、NASHの有効な治療法はまだ知られておらず、NASHの効果的な治療戦略を開発する必要がある(非特許文献1)。
【0005】
このためには、先ず、NASH疾患を再現する実験モデルを開発する必要がある。NASHの各段階の組織病理学及び病態生理学を反映したいくつかの動物モデルは、疾患の病因と進行を理解するために開発されてきた(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Musso G et al., (2016) Nature Reviews Drug Discovery 15:249
【文献】Lau JKC et al., (2017) The Journal of pathology 241(1):36-44.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、NASHマーカーとして利用することができるNASHにおいて特異的に発現が変動する遺伝子群を同定することを目的とし、同定したNASHマーカーを有効に利用することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した目的を達成するために、本発明者らは、いわゆる三次元オルガノイド培養法により、進行度の異なるNASH由来の肝臓オルガノイドを作製し、NASH由来の肝臓オルガノイドを利用することでNASHマーカーを同定することに成功し、本発明を完成するに至った。本発明は以下を包含する。
【0009】
[1] 以下の(1)~(5):
(1)MUC5B (Mucin 5B)
(2)PARP3 (Poly(ADP-Ribose) Polymerase Family Member 3)
(3)GCNT1 (Glucosaminyl (N-Acetyl) Transferase 1)
(4)S100A14 (S100 Calcium Binding Protein A14)
(5)ZDHHC21 (Zinc Finger DHHC-Type Containing 21)
からなる群より選ばれる少なくとも1つである非アルコール性脂肪肝炎マーカー。
[2] 上記[1]記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーを検出する物質を含む非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
[3] 上記物質は、上記[1]記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーと特異的に結合する分子である[2]記載の非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
[4] 上記分子は抗体又は核酸であることを特徴とする[3]記載の非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
[5] 上記物質は、上記[1]記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーをコードする遺伝子を特異的に増幅するプライマーセットである[2]記載の非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
[6] 更に、非アルコール性脂肪肝炎オルガノイドを含む[2]記載の非アルコール性脂肪肝炎治療薬検査キット。
[7] 非アルコール性脂肪肝炎オルガノイドに被検物質を作用させ、上記[1]記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーの発現量が当該被検物質を作用させる前と比較して減少している場合、当該被検物質を非アルコール性脂肪肝の治療薬候補としてスクリーニングする、非アルコール性脂肪肝炎治療薬スクリーニング方法。
[8] 上記非アルコール性脂肪肝炎マーカーとしてMUC5Bの発現量を測定し、MUC5Bの発現量が上記被検物質を作用させる前と比較して減少している場合、当該被検物質をCCR2/CCR5阻害作用を有する非アルコール性脂肪肝炎治療薬候補としてスクリーニングする、[7]記載のスクリーニング方法。
[9] 非アルコール性脂肪肝炎患者由来の肝臓組織で作製したオルガノイドに非アルコール性脂肪肝炎治療薬を作用させ、[1]記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーの発現量が当該非アルコール性脂肪肝炎治療薬を作用させる前と比較して減少している場合、当該非アルコール性脂肪肝炎治療薬が奏功すると判断する、非アルコール性脂肪肝に対する治療効果判定方法。
[10] 上記非アルコール性脂肪肝炎治療薬としてCCR2/CCR5阻害作用を有する非アルコール性脂肪肝炎治療薬を上記オルガノイドに作用させ、上記非アルコール性脂肪肝炎マーカーとしてMUC5Bの発現量を測定し、MUC5Bの発現量が上記非アルコール性脂肪肝炎治療薬を作用させる前と比較して減少している場合、CCR2/CCR5阻害作用を有する非アルコール性脂肪肝炎治療薬が奏功すると判断する、[9]記載の治療効果判定方法。
[11] 上記[1]記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーを検出する物質を含む非アルコール性脂肪肝検査キット。
[12] 上記物質は、上記[1]記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーと特異的に結合する分子である[11]記載の非アルコール性脂肪肝検査キット。
[13] 上記分子は抗体又は核酸であることを特徴とする[12]記載の非アルコール性脂肪肝検査キット。
[14] 上記物質は、上記[1]記載の非アルコール性脂肪肝炎マーカーをコードする遺伝子を特異的に増幅するプライマーセットである[11]記載の非アルコール性脂肪肝検査キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る非アルコール性脂肪肝炎マーカーは、所定の進行度における非アルコール性脂肪肝炎の肝臓組織から作製された三次元オルガノイドを利用することで初めて同定されたマーカーである。したがって、本発明に係る非アルコール性脂肪肝炎マーカーを検出する物質は、例えば、非アルコール性脂肪肝炎の治療薬を探索するための有効なツールとして使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】病態進行度の異なるNASHモデルマウス(NASH A, B, C)の作製工程を示す図である。
図2】各NASHモデルマウスから摘出した肝臓の肉眼像である。
図3】各NASHモデルマウスから摘出した肝臓の重量、血中ALT及びT-CHOを測定した結果を示す特性図である。
図4】各NASHモデルマウスから摘出した肝臓のヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色写真である。
図5】各NASHモデルマウスから摘出した肝臓のマッソントリクローム染色写真である。
図6】各NASHモデルマウスから摘出した肝臓のオイルレッド染色写真である。
図7】各NASHモデルマウスの肝臓オルガノイドを撮像した位相差顕微鏡写真である。
図8】各NASHモデルマウスの肝臓オルガノイドのヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色写真である。
図9】肝細胞マーカー(アルブミン、AFP、CYP3A4/5)に関する、各NASHモデルマウス肝臓オルガノイドの免疫蛍光染色写真である。
図10】上皮間葉転換マーカー(E-カドヘリン、コラーゲンI)に関する、各NASHモデルマウス肝臓オルガノイドの免疫蛍光染色写真である。
図11】活性化星細胞マーカーα-SMAに関する、各NASHモデルマウス肝臓オルガノイドの免疫蛍光染色写真である。
図12】NASHモデルマウス肝臓オルガノイドの形成効率の変化を示す位相差顕微鏡写真である。
図13】NASHモデルマウス肝臓オルガノイドのオルガノイドサイズ、形成数及び増殖率を測定した結果を示す特性図である。
図14】NASHモデルマウス肝臓オルガノイドにおけるAREG、IGF2BP2、HMGA2及びGPR137Bの発現量を測定した結果を示す特性図である。
図15】NASHモデルマウス肝臓組織におけるAREG、IGF2BP2、HMGA2及びGPR137Bの発現量を測定した結果を示す特性図である。
図16】NASHモデルマウス肝臓オルガノイドにおけるAREG及びIGF2BP2のタンパク質レベルでの発現を示す免疫蛍光染色写真である。
図17】NASHモデルマウス肝臓組織におけるAREGのタンパク質レベルでの発現を示す位相差顕微鏡写真である。
図18】NASHモデルマウス肝臓組織におけるIGF2BP2のタンパク質レベルでの発現を示す位相差顕微鏡写真である。
図19】NASHモデルマウス肝臓オルガノイドにおけるEPHX2、GCNT1、GJA1、KRT23、LAMA3、S100a14及びZDHH21の発現量を測定した結果を示す特性図である。
図20】NASHモデルマウス肝臓オルガノイドにおけるKAIRN、SOCS2及びTM4SF1の発現量を測定した結果を示す特性図である。
図21】NASHモデルマウス肝臓オルガノイドにおけるMUC5B、PARP3、PHGDH及びTRPC1の発現量を測定した結果を示す特性図である。
図22】NASH Cモデルマウス肝臓オルガノイドにおけるCollagen I、AREG、IGF2BP2、HMGA2、GPR137B及びMUC5Bの発現量を測定した結果を示す特性図である。
図23】NASH Cモデルマウス肝臓オルガノイドにおけるPARP3、PHGDH及びTRPC1の発現量を測定した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係るNASHマーカーは、以下の(1)~(5)からなる群より選ばれる少なくとも1つのタンパク質である。
【0013】
(1)MUC5B (Mucin 5B)
(2)PARP3 (Poly(ADP-Ribose) Polymerase Family Member 3)
(3)GCNT1 (Glucosaminyl (N-Acetyl) Transferase 1)
(4)S100A14 (S100 Calcium Binding Protein A14)
(5)ZDHHC21 (Zinc Finger DHHC-Type Containing 21)
ここで、これら5種類のタンパク質は、NASHの発症に伴って又はNASHの進行度に応じて、肝臓組織における発現量が有意に変動することが新規に見いだされた一群のタンパク質である。具体的に、これら5種類のタンパク質は、NASH発症に伴って肝臓組織において発現量が上昇するタンパク質である。
【0014】
これらのうち、MUC5B (Mucin 5B)及びPARP3 (Poly(ADP-Ribose) Polymerase Family Member 3)は、NASHの進行度が末期において発現量が上昇する。また、GCNT1 (Glucosaminyl (N-Acetyl) Transferase 1)、S100A14 (S100 Calcium Binding Protein A14)及びZDHHC21 (Zinc Finger DHHC-Type Containing 21)は、NASHの進行度が初期において発現量が上昇する。
【0015】
ここで、NASHの進行度は、NASHによって肝機能が低下する程度(重症度)と言い換えることができ、例えば肝臓組織の線維化を指標として判断することができる。より具体的には、Brunt病理学的重症度分類に従うことができる(Brunt EM, et al., Am J Gastroenterol 1999; 94:2467-2474)。更に具体的には、NASHに必発の病理所見である肝臓における脂肪化の程度、風船様変性などの肝細胞の変化、炎症の程度(小葉内、門脈域の炎症)によって、グレード1(軽度)、2(中等度)、3(重症)と分類することができる。また、これらのスコアリングによる病理診断も行われており、軽度のNASHであるNAFLとの鑑別に用いられている。
【0016】
よって、これら(1)~(5)のタンパク質を被検動物におけるNASH発症及び/又は進行度の指標にすることができる。より具体的に、これら(1)~(5)のタンパク質の肝臓組織における発現量が基準値と比較して有意に高い場合には当該被検動物についてNASHと診断することができる。特に、(1)MUC5B及び/又は(2)PARP3の肝臓組織における発現量が基準値と比較して有意に高い場合には当該被検動物についてNASH末期と診断することができる。特に、(3)GCNT1、(4)S100A14及び(5)ZDHHC21からなる群から選ばれる少なくとも1つの短波楠津の肝臓組織における発現量が基準値と比較して有意に高い場合には当該被検動物についてNASH初期と診断することができる。
【0017】
ここで、(1)~(5)のタンパク質に関する各基準値については、例えばNASHに罹患していない健常動物における当該タンパク質の肝臓組織における発現量の平均値とすることができる。
【0018】
ここで、被検動物として特に限定されず、ヒトを含む哺乳動物を挙げることができる。哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、ブタ等が挙げられ、好ましくはヒトである。
【0019】
NASHマーカーは、上記(1)~(5)からなる群より選ばれる少なくとも1つのタンパク質であるが、特に2以上のタンパク質とすることが好ましい。すなわち、NASHマーカーとしてはく、上記(1)~(5)からなる群より選ばれる任意の2つのタンパク質とすることができ、任意の3つのタンパク質とすることが好ましく、任意の4つのタンパク質とすることがより好ましく、5つ全てのタンパク質とすることが最も好ましい。
【0020】
また、上記(1)~(5)のなかでも特にMUC5BをNASHマーカーとすることが好ましい。MUC5Bは、詳細を後述の実施例に示すが、進行したNASHにおいて発現量が上昇し、またNASH治療薬で処置したときに発現量が低下する。よって、MUC5BをNASHマーカーとすることで、NASHの発症及び/又は進行度の判定のみならず、NASH治療薬の候補物質をスクリーニングする際の指標として使用することができる。
【0021】
ところで、上記(1)MUC5B (Mucin 5B)は、ヒト、マウス、ラット等の各種動物(哺乳動物)が有している。タンパク質に関する情報や遺伝子に関する情報等を格納した公知のデータベースを利用することで、各種動物由来のMUC5Bについて、そのアミノ酸配列や当該アミノ酸配列をコードする塩基配列、アイソフォームに関する情報、多型に関する情報を得ることができる。一例として、ヒト由来MUC5Bについては、UniProtKBにQ9HC84 (MUC5B_HUMAN)として登録されている。
【0022】
また、上記(2)PARP3 (Poly(ADP-Ribose) Polymerase Family Member 3)は、ヒト、マウス、ラット等の各種動物(哺乳動物)が有している。タンパク質に関する情報や遺伝子に関する情報等を格納した公知のデータベースを利用することで、各種動物由来のPARP3について、そのアミノ酸配列や当該アミノ酸配列をコードする塩基配列、アイソフォームに関する情報、多型に関する情報を得ることができる。一例として、ヒト由来PARP3については、UniProtKBにQ9Y6F1 (PARP3_HUMAN)として登録されている。
【0023】
さらに、上記(3)GCNT1 (Glucosaminyl (N-Acetyl) Transferase 1)は、ヒト、マウス、ラット等の各種動物(哺乳動物)が有している。タンパク質に関する情報や遺伝子に関する情報等を格納した公知のデータベースを利用することで、各種動物由来のGCNT1について、そのアミノ酸配列や当該アミノ酸配列をコードする塩基配列、アイソフォームに関する情報、多型に関する情報を得ることができる。一例として、ヒト由来GCNT1は、UniProtKBにQ02742 (GCNT1_HUMAN)として登録されている。
【0024】
さらにまた、上記(4)S100A14 (S100 Calcium Binding Protein A14)は、ヒト、マウス、ラット等の各種動物(哺乳動物)が有している。タンパク質に関する情報や遺伝子に関する情報等を格納した公知のデータベースを利用することで、各種動物由来のS100A14について、そのアミノ酸配列や当該アミノ酸配列をコードする塩基配列、アイソフォームに関する情報、多型に関する情報を得ることができる。一例として、ヒト由来S100A14は、UniProtKBにQ9HCY8 (S10AE_HUMAN)として登録されている。
【0025】
さらにまた、上記(5)ZDHHC21 (Zinc Finger DHHC-Type Containing 21)は、ヒト、マウス、ラット等の各種動物(哺乳動物)が有している。タンパク質に関する情報や遺伝子に関する情報等を格納した公知のデータベースを利用することで、各種動物由来のZDHHC21について、そのアミノ酸配列や当該アミノ酸配列をコードする塩基配列、アイソフォームに関する情報、多型に関する情報を得ることができる。一例として、ヒト由来ZDHHC21は、UniProtKBにQ8IVQ6 (ZDH21_HUMAN)として登録されている。
【0026】
なお、上記(1)~(5)のタンパク質に関するアミノ酸配列等の情報がUniProtKB等のデータベースに格納されてない動物については、従来公知の手法によって上記(1)~(5)のタンパク質に関するアミノ酸配列等の情報を獲得することができる。すなわち、対象の動物からゲノムDNAを調製し、全ゲノムシーケンスの結果から上記(1)~(5)のタンパク質を特定することができる。
【0027】
以上のように、タンパク質に関するアミノ酸配列等の情報が格納されたUniProtKB等のデータベースや、従来公知の手法を用いることで、ヒトを含む各種動物について上記(1)~(5)のタンパク質を同定することができる。すなわち、タンパク質に関するアミノ酸配列等の情報が格納されたUniProtKB等のデータベースや、従来公知の手法を用いることで、ヒトのNASHマーカー、ヒト以外の動物のNASHマーカーを同定することができる。
【0028】
以下、上述したNASHマーカーを測定することでNASH治療薬を検査することができる、NASH治療薬検査キットについて説明する。NASH治療薬検査キットは、NASH治療薬の候補となる被検物質が治療効果を奏するか判定することができ、また、既知のNASH治療薬が所定のNASH患者に対して治療効果を奏するか判定することができる。いずれの場合でも、本発明に係るNASH治療薬検査キットは、上述したNASHマーカーと特異的に結合する分子を含んでいる。NASHマーカーと特異的に結合する分子とは、特に限定されないが、上述したNASHマーカーとの親和性(例えば、平衡解離定数(KD)で評価できる)が、当該NASHマーカー以外の物質との親和性と比較して有意に高い(すなわち、平衡解離定数(KD)が有意に低い)ことを意味する。
【0029】
このような、NASHマーカーと特異的に結合する分子としては、抗体、核酸(アプタマーを含む)等を挙げることができる。また、NASHマーカーをリガンドとするレセプター分子を、当該NASHマーカーと特異的に結合する分子として使用することもできる。
【0030】
抗体を作製する方法は、特に限定されず、従来公知の手法を適宜使用することができる。例えばハイブリドーマ法やファージ抗体ライブラリー法を適用して、上記NASHマーカーに対する抗体を作製することができる。上記(1)~(5)のタンパク質やその部分ペプチドを免疫原として用いれば、これらの方法によりNASHマーカーに特異的に結合する抗体を多数取得することができる。上記(1)~(5)のタンパク質やその部分ペプチドは従来公知の遺伝子工学的手法により調製することができる。具体的には、所望のタンパク質をコードする遺伝子を発現ベクターに挿入して、それを適当な宿主細胞に導入した後、その宿主細胞中あるいはその宿主細胞の培養上清中に発現した目的のタンパク質を精製することにより調製することができる。
【0031】
また、アプタマーとは、特定の物質と特異的に結合する核酸分子を意味する。上記(1)~(5)のタンパク質に対するアプタマー、すなわちNASHマーカーに特異的に結合するアプタマーは従来公知の方法で作製することができる。例えば、アプタマーの塩基配列はSELEX (Systematic Evolution of Ligands by EXponential enrichment)法という操作によって決定することができる。すなわち、まず、ランダムな塩基配列を持つ核酸群の中から標的となるタンパク質に結合する核酸群を選択し増幅する。その後、再び選択と増幅を繰り返し行い、標的となるタンパク質に特異性の高い配列を同定することができる。
【0032】
さらに、抗体やアプタマー等のNASHマーカーと特異的に結合する分子は、担体に固定した状態で使用することもできる。例えば、担体として、平板状の基板の一主面にNASHマーカーと特異的に結合する分子を配列したマイクロアレイをNASH治療薬検査キットとすることもできる。ここで、担体は、抗体やアプタマーを固定化可能であればよく、特に限定されないが、材料としては例えば、ガラス、シリコンなどの無機材料、ニトロセルロースなどの有機材料が挙げられる。担体の形状としては、例えば、膜、ビーズ、チップ、ロッド、プレートが挙げられる。
【0033】
<<NASH治療薬検査キットの利用態様1>>
NASH治療薬検査キットを用いて、NASH治療薬の候補となる被検物質が治療効果を奏するか判定する際、先ず、生体試料に対して被検物質を作用させる。このとき、被検物質の濃度や作用させる時間、その他pH等の各種条件を適宜設定することができる。ここで、被検物質としては、特に限定されず、天然に存在する化合物又は人工に作られた化合物を問わず広く使用することができる。また、精製された化合物に限らず、多種の化合物を混合した組成物や、動植物の抽出液も使用することができる。化合物には、低分子化合物に限らず、タンパク質、核酸、多糖類等の高分子化合物も包含される。
【0034】
被検物質を作用させる生体試料としては、マウスやラット等の実験動物そのものでも良いし、実験動物から採取した組織を培養したものでも良いし、実験動物やその組織から単離した細胞を培養した培養物でも良い。特に、被検物質を作用させる生体試料としては、NASHを発症した実験動物、当該実験動物由来の組織、細胞培養物とすることがより好ましい。
【0035】
さらに、生体試料としては、所謂、三次元オルガノイド培養法を適用して実験動物から採取した組織から作製した三次元オルガノイド、なかでも肝臓組織を用いて作製した肝臓オルガノイド、更にNASHを発症した実験動物又はその肝臓組織から作製したNASH肝臓オルガノイドを使用することが好ましい。所謂三次元オルガノイド培養法は公知であり、例えばBroutier L, et al. (2016) Culture and establishment of self-renewing human and mouse adult liver and pancreas 3D organoids and their genetic manipulation. Nature protocols 11:1724やSato et al., Nature. 2009 May 14;459(7244):262-265を参照して、実験動物から採取した組織(例えば肝臓)を用いて適宜、オルガノイドを作製することができる。
【0036】
被検動物由来の生体試料(例えばNASHを発症した事件動物の肝臓オルガノイド)におけるNASHマーカーを、上述したNASHマーカーに特異的な抗体を使用して測定する際、免疫学的手法により測定を行うことが好ましい。免疫学的手法としては、特に限定されないが、例えば、酵素免疫測定法(ELISA、EIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、放射免疫測定法(RIA)、発光免疫測定法(LIA)、電気化学発光(ECL)法、ウエスタンブロッティング法、表面プラズモン共鳴法、抗体アレイを用いた方法、免疫組織染色法、蛍光活性化細胞選別(FACS)法、イムノクロマトグラフィー法、免疫沈降法、免疫比濁法、ラテックス凝集法などを挙げることができる。
【0037】
また、被検動物由来の生体試料におけるNASHマーカーを質量分析法により測定することもできる。質量分析法おいては、各種の質量分析装置を利用することができる。例えば、質量分析装置としては、特に限定されないが、LC-MS、LC-MS/MS、GC-MS、FAB-MS、EI-MS、CI-MS、FD-MS、MALDI-MS、ESI-MS、HPLC-MS、FT-ICR-MS、CE-MS、ICP-MS、Py-MS、TOF-MS等が挙げられる。
【0038】
そして、生体試料に含まれるNASHマーカー量を、被検物質を生体試料に作用させる前と作用させた後で比較する。これにより、供試した被検物質について、生体試料におけるNASHマーカー量を低下させる機能を有するか判断することができる。例えば、NASHを発症した実験動物から作製した肝臓オルガノイドにおける被検物質を作用させる前のNASHマーカー発現量(基準値)と比較して、被検物質を作用させた後のNASHマーカー発現量が統計的に有意に低下している場合、その被検物質には生体試料におけるNASHマーカー量を低下させる機能を有すると判断できる。
【0039】
そして、生体試料におけるNASHマーカー量を低下させる機能を有すると判断された被検物質は、NASH治療薬としての有力な候補となる。以上のようにして、種々の被検物質のなかからNASH治療薬及び/又はその候補物質をスクリーニングすることができる。
【0040】
特に、NASHマーカーとしてMUC5Bの発現量は、NASHの末期において有意に発現することがNASH末期から作製した肝臓オルガノイドから見いだされており、cenicrivirocといったCCR2/CCR5阻害作用を有するNASH治療薬によりその発現量がNASH未発症レベルまで低下する。よって、NASHマーカーとしてMUC5Bを利用することで、同様に選抜された候補物質は、NASH治療薬のなかでもCCR2/CCR5阻害作用を有するNASH治療薬及び/又はその候補物質としてスクリーニングすることができる。
【0041】
上記基準値は、例えば(1)MUC5Bに関する基準値をMUC5B基準値と称し、上記(2)PARP3に関する基準値をPARP3基準値と称し、上記(3)GCNT1に関する基準値をGCNT1基準値と称し、上記(4)S100A14に関する基準値をS100A14基準値と称し、上記(5)ZDHHC21に関する基準値をZDHHC21基準値と称する。
【0042】
すなわち、上記(1)についてはMUC5B基準値を下回るか、上記(2)PARP3についてはPARP3基準値を下回るか、上記(3)GCNT1についてはGCNT1基準値を下回るか、上記(4)S100A14についてはS100A14基準値を下回るか、上記(5)ZDHHC21についてはZDHHC21基準値を下回る場合に、被検物質についてNASH治療薬及び/又はその候補としてスクリーニングされることとなる。
【0043】
ここで、これら基準値は、NASHを発症した動物と、NASHを発症していない動物と区別できる値であれば特に限定されないが、例えば、NASHを発症した動物から得られた試料におけるマーカーの測定値から設定することができる。具体的には、複数のNASHを発症した動物から得られた試料におけるマーカーの発現量の平均値を基準値として決定してもよい。また、NASHを発症した動物から得られた試料におけるマーカー発現量の平均値に標準偏差の1.0倍、1.5倍、2.0倍、2.5倍、または3.0倍の値を引いた値としてもよい。
【0044】
<<NASH治療薬検査キットの利用態様2>>
ところで、NASH治療薬検査キットは、NASH治療薬及び/又はその候補物質としてスクリーニング方法に限定されず、NASH治療薬の有効性を判定する方法にも利用することができる。すなわち、NASH治療薬検査キットは、既知のNASH治療薬が所定のNASH患者に対して治療効果を奏するか判定することができる。既知のNASH治療薬が所定のNASH患者に対して治療効果を奏するか判定する際、先ず、当該NASH患者由来の生体試料を準備する。ここで、対象となるNASH患者とは、NASHと診断された者に限定されず、NASHが疑われる者も含む意味である。
【0045】
本例において生体試料としては、NASH患者から採取した肝臓組織、当該肝臓組織を培養したもの、肝臓組織から単離した細胞を培養した培養物でも良い。特に、本例では、NASH患者から採取した肝臓組織を用いて、上述した三次元オルガノイド培養法を適用して作製した肝臓の三次元オルガノイドを生体試料として使用することが最も好ましい。
【0046】
また、既知のNASH治療薬としては、特に限定されず、cenicriviroc等のCCケモカイン受容体(CCR)2/CCR5阻害薬、selonsertib等のアポトーシス・シグナル調節キナーゼ1(ASK1)阻害剤、開発コードGS-0976等のアセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)阻害剤及び開発コードGS-9674及び6-ECDCA等の選択的非ステロイド性ファルネソイドX受容体(FXR)作動剤などを挙げることができる。
【0047】
本例においては、生体試料に含まれるNASHマーカー量を、NASH治療薬を生体試料に作用させる前と作用させた後で比較する。これにより、供試したNASH治療薬について、生体試料におけるNASHマーカー量を低下させる機能を有するか判断することができる。例えば、所定のNASH患者から作製した肝臓オルガノイドに対して所定のNASH治療薬を作用させる前のNASHマーカー発現量と比較して、当該NASH治療薬を作用させた後のNASHマーカー発現量が統計的に有意に低下している場合、そのNASH治療薬は生体試料におけるNASHマーカー量を低下させる機能を有すると判断できる。
【0048】
そして、NASH患者から作製した生体試料におけるNASHマーカー量を低下させる機能を有すると判断されたNASH治療薬は、NASH患者のNASH治療に有効である蓋然性が高いと判断することができる。以上のようにして、種々の既知のNASH治療薬のなかから、所定のNASH患者に対して治療効果が期待できるNASH治療薬をスクリーニングすることができる。
【0049】
特に、NASHマーカーとしてMUC5Bの発現量は、NASHの末期において有意に発現することがNASH末期から作製した肝臓オルガノイドから見いだされており、cenicrivirocといったCCR2/CCR5阻害作用を有するNASH治療薬によりその発現量がNASH未発症レベルまで低下する。よって、NASHマーカーとしてMUC5Bを利用することで、NASH治療薬のなかでもCCR2/CCR5阻害作用を有するNASH治療薬の有効性を判断することができる。
【実施例
【0050】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
〔実施例1〕
1.進行度の異なるNASH病態モデルマウスの作製
7週齢のC57/BLマウスにNASH誘導食(A06071302:コリン欠乏メチオニン減量60 Kcal%脂肪食)を4、8又は12週間連日給餌し、脂肪肝初期(NASH A), 脂肪肝中期(NASH B), 線維化進行期(NASH C)の病態群を作製した(図1)。また、7週齢のC57/BLマウスに通常食を4週間給餌した群をコントロール群(対照)とした。各マウスの病態進行については、摘出した肝臓の肉眼像の変化(図2)、肝重量および血清ALTの増加、血清T-Choの減少を指標に評価した(図3)。さらに、ヘマトキシリン・エオジン(H&E)による肝臓組織構造の変化(図4)、マッソントリクローム染色による線維化の進行(図5)、オイルレッド染色による脂肪沈着の観察(図6)を行い、NASH病態の進行を確かめた。
これら図1~6に示した結果から、NASH A、NASH B及びNASH Cがこの順でNASHの進行度(初期~末期)の病態モデルとして妥当性があることが示された。
【0052】
2.NASHモデルマウス由来肝臓オルガノイドの作製
病態の進行を確認したNASHモデルマウスNASH A、NASH B及びNASH Cの肝臓組織を摘出し、PBSで洗浄後、6cmディッシュ上で眼科ばさみを用いて組織をミンチ状に切り刻んだ後に、0.125mg/ml collagenase type IIと0.125mg/ml dispase IIを溶解したadvanced DMEM培養液に組織片を混合して、37℃の恒温槽で45分間振とうしながらインキュベートした(15分ごとに1mlピペットでピペッティングを行った)。その後、組織混合液を70μmのセルストレーナーに通過させ、回収した細胞液を600gで5分間遠心分離した。上清を取り除いた後に、8ml PBSを加えて組織片を洗浄し、さらに、600gで5分間遠心分離した。その後、上清を取り除き、氷上でマトリゲルと細胞を混合し、24wellプレートの各well中央に40μlずつ滴下した。30分間37℃のCO2インキュベーターに静置した後に、肝臓オルガノイド用の培養液(Laura et al., Nature Protocol, 2016)を添加し、インキュベーター内で培養を開始した。
【0053】
3.NASHモデルマウス由来肝臓オルガノイドの形態の違いと肝細胞マーカー発現
培養7~14日で各群の肝臓オルガノイドの位相差顕微鏡像を撮像したところ、各群において特徴的なオルガノイド形成が観察された(図7)。ヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色を用いた上皮組織構造解析によって、NASH Cマウス由来肝臓オルガノイドは、コントロールマウスやNASH Aと比較すると細胞間接着が崩壊した上皮構造の形態を示した(図8)。各NASHマウス由来肝臓オルガノイドは、全て肝細胞マーカーAlb、AFP及びCYP3A4/5発現を示した(図9)。これらの結果は、肝機能を損なうことなく、NASHの進行度に応じた特徴的なオルガノイドを作製できたことを示している。
【0054】
4.NASHモデルマウス由来肝臓オルガノイドにおける上皮間葉転換マーカー発現の変化と活性化星細胞マーカー発現の増加
NASH B及びC肝臓オルガノイドにおいて、上皮細胞マーカーE-cadherin発現の減少と間葉系マーカーであるCollagen I発現の増加が免疫蛍光染色によって観察された(図10)。さらに、活性化星細胞マーカーα-SMA発現がNASH B及びCオルガノイドにおいて観察された(図11)。これらの結果は、NASHモデルマウス由来肝臓オルガノイドにおいて、活性化星細胞の割合が増加したことで、collagen 1産生が亢進したことを示している。
【0055】
5.NASHモデルマウス肝臓組織由来オルガノイドの形成効率の変化
オルガノイドフォーメーションアッセイ(Usui T, et al. (2017) Establishment of a dog primary prostate cancer organoid using the urine cancer stem cells. Cancer science 108(12):2383-2392.)によってNASHモデルマウスのオルガノイド形成効率を検討した。その結果、NASH B及びCでオルガノイド形成効率が低下することが明らかとなった(図12)。オルガノイドのサイズはNASH Aのオルガノイドで最も大きく、形成数はNASH B及びCにおいて高値を示した。細胞増殖アッセイ(Usui T, et al. (2016) Establishment of a Novel Model for Anticancer Drug Resistance in Three-Dimensional Primary Culture of Tumor Microenvironment. Stem Cells Int 2016:7053872)により、各細胞の増殖率を測定した。その結果、細胞の増殖率に関しては、NASH A、NASH B及びNASH Cの各オルガノイドで差はなかった(図13)。これらのデータは、進行したNASHマウス由来肝臓オルガノイドは、オルガノイド形成効率がコントロールやNASH Aに比べて低下し、機能的な面でも違いがあることを示している。
【0056】
6.NASHモデルマウス肝臓オルガノイドを用いた治療効果判定マーカーの同定
NASHマウス由来肝臓オルガノイドのRNAシークエンス解析及びリアルタイムPCR解析(表1参照)を行った結果、AREG、IGF2BP2、HMGA2及びGPR137Bの発現がNASH A、B及びCのオルガノイドにおいて上昇していることが分かった(図14)。また、NASHモデルマウス肝臓組織においてもAREG、IGF2BP2及びGPR137Bは発現の上昇がみられ、HMGA2については、NASH Cの肝臓組織においてのみ発現が上昇した(図15)。
【0057】
また、AREG及びIGF2BP2タンパク質については、免疫蛍光染色を用いてNASHマウス由来肝臓オルガノイドにおいて発現の増加が観察された(図16)。
【0058】
さらに、NASHマウス由来肝臓組織においても、AREG及びIGF2BP2タンパク質発現はコントロールマウスの肝臓組織に比べて上昇していた(図17及び18)。
【0059】
これらの結果は、AREG、IGF2BP2及びGPR137BがNASH病態の治療効果判定マーカーとなる可能性を示している。すなわち、NASHマウス由来肝臓オルガノイドに被検物質を作用させ、その結果、これらAREG、IGF2BP2及びGPR137Bのうち少なくとも1つのタンパク質の発現が低下した場合に当該被検物質についてNASHへの治療効果を有すると判断することができる。
【0060】
7.NASHモデルマウス肝臓オルガノイドを用いた病態初期特異的マーカーの同定
NASHマウス由来肝臓オルガノイドのRNAシークエンス解析及びリアルタイムPCR解析(表1参照)を行った結果、EPHX2、GCNT1、GJA1、KRT23、LAMA3、S100a14及びZDHH21の発現がNASH Aのオルガノイドにおいて特異的に上昇していることが分かった(図19)。
【0061】
これらの結果は、EPHX2、GCNT1、GJA1、KRT23、LAMA3、S100a14及びZDHH21遺伝子がNASH初期の病態特異的マーカーとなる可能性を示している。これらのうち、GCNT1、S100A14及びZDHHC21については、NASHを初めとする肝臓疾患に関連するといった示唆が全くなく、NASHマーカーとして新規に同定されたものである。
【0062】
8.NASHモデルマウス肝臓オルガノイドを用いた病態中期特異的マーカーの同定
NASHマウス由来肝臓オルガノイドのRNAシークエンス解析及びリアルタイムPCR解析(表1参照)を行った結果、KAIRN、SOCS2及びTM4SF1の発現がNASH B及びCのオルガノイドにおいて上昇していることが分かった(図20)。
【0063】
これらの結果は、KAIRN、SOCS2及びTM4SF1遺伝子がNASH中期の病態特異的マーカーとなる可能性を示している。
【0064】
9.NASHモデルマウス肝臓オルガノイドを用いた病態後期特異的マーカーの同定
NASHマウス由来肝臓オルガノイドのRNAシークエンス解析及びリアルタイムPCR解析(表1参照)を行った結果、MUC5B、PARP3、PHGDH及びTRPC1の発現がNASH Cのオルガノイドにおいて特異的に上昇していることが分かった(図21)。
【0065】
これらの結果は、MUC5B、PARP3、PHGDH及びTRPC1遺伝子がNASH後期の病態特異的マーカーとなる可能性を示している。これらのうち、MUC5B及びPARP3、NASHを初めとする肝臓疾患に関連するといった示唆が全くなく、NASHマーカーとして新規に同定されたものである。
【0066】
10.NASHモデルマウス肝臓オルガノイドに対する治療薬処理によるNASHマーカーへの影響
NASH Cのオルガノイドに対してNASH治療薬を処置した後、RNAシークエンス解析及びリアルタイムPCR解析(表1参照)を行った。NASH治療薬として6-ECD(1μM)、Cenicrivoric(10μM)及びSelonsortib(100nM)を使用した。各NASH治療薬をNASH Cのオルガノイドに対して6日間処置した。その結果、AREG、IGF2BP2、HMGA2、GPR137B、MUC5B、PARP3、PHGDH及びTRPC1のうち、MUC5Bの発現量がCenicrivoric(10μM)による処置で有意に低下することが分かった(図22、23)。
【0067】
この結果は、被検物質をNASH Cのオルガノイドに対して作用させ、その後、MUC5Bの発現量が上記被検物質を作用させる前と比較して減少している場合、当該被検物質をCCR2/CCR5阻害作用を有する非アルコール性脂肪肝炎治療薬候補としてスクリーニングできることを示している。
【0068】
11.リアルタイムPCR解析
上記6.~10.において実施したリアルタイムPCR解析について、使用したプライマーセットを表1に示した。
【0069】
【表1】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
【配列表】
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