(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-10
(45)【発行日】2023-11-20
(54)【発明の名称】レーザー加工装置
(51)【国際特許分類】
B23K 26/53 20140101AFI20231113BHJP
B23K 26/064 20140101ALI20231113BHJP
B23K 26/073 20060101ALI20231113BHJP
B23K 26/55 20140101ALI20231113BHJP
H01L 21/301 20060101ALI20231113BHJP
【FI】
B23K26/53
B23K26/064 A
B23K26/073
B23K26/55
H01L21/78 B
(21)【出願番号】P 2019193626
(22)【出願日】2019-10-24
【審査請求日】2022-08-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000134051
【氏名又は名称】株式会社ディスコ
(74)【代理人】
【識別番号】100075384
【氏名又は名称】松本 昂
(74)【代理人】
【識別番号】100172281
【氏名又は名称】岡本 知広
(74)【代理人】
【識別番号】100206553
【氏名又は名称】笠原 崇廣
(74)【代理人】
【識別番号】100189773
【氏名又は名称】岡本 英哲
(74)【代理人】
【識別番号】100184055
【氏名又は名称】岡野 貴之
(72)【発明者】
【氏名】武田 昇
(72)【発明者】
【氏名】上山 春樹
【審査官】山内 隆平
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-198788(JP,A)
【文献】特表2018-520882(JP,A)
【文献】国際公開第2019/193918(WO,A1)
【文献】特開2005-288503(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/53
B23K 26/064
B23K 26/073
B23K 26/55
H01L 21/301
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被加工物を保持するチャックテーブルと、
該チャックテーブルによって保持された該被加工物にレーザービームを照射するレーザービーム照射ユニットと、
該チャックテーブルと該レーザービーム照射ユニットとを加工送り方向に沿って相対的に移動させる移動ユニットと、を備えるレーザー加工装置であって、
該レーザービーム照射ユニットは、該被加工物に対して透過性を有する波長のパルスレーザービームを発振するレーザー発振器と、該パルスレーザービームを集光して該チャックテーブルによって保持された該被加工物に照射する集光ユニットと、を有し、
該集光ユニットは、該パルスレーザービームを、強度分布を維持しながら伝播する領域を含む該レーザービームに変換し、
該レーザービームを、該集光ユニットから該チャックテーブルによって保持された該被加工物に、該領域が該被加工物の内部に位置付けられるように照射することにより、細孔と該細孔を囲む非晶質領域とを含むシールドトンネルを該被加工物の厚さ方向に沿って形成することを特徴とするレーザー加工装置。
【請求項2】
該集光ユニットは、該パルスレーザービームを変換してベッセルビームを形成するベッセルビーム形成ユニットと、該ベッセルビームを集光する凸レンズと、を有することを特徴とする請求項1に記載のレーザー加工装置。
【請求項3】
該領域は、該ベッセルビーム形成ユニットと該凸レンズとの間には位置付けられないことを特徴とする請求項2に記載のレーザー加工装置。
【請求項4】
該ベッセルビーム形成ユニットは、アキシコンレンズであることを特徴とする請求項2
又は3に記載のレーザー加工装置。
【請求項5】
該ベッセルビーム形成ユニットは、回折光学素子であることを特徴とする請求項2
又は3に記載のレーザー加工装置。
【請求項6】
該凸レンズは、該レーザービームの伝播方向における該領域の長さが該被加工物の厚さ以上となるように該ベッセルビームを集光し、
該シールドトンネルは、該被加工物の表面及び裏面で露出するように形成されることを特徴とする請求項2
又は3に記載のレーザー加工装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザービームの照射によって被加工物を加工するレーザー加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
デバイスチップの製造工程では、互いに交差する複数の分割予定ライン(ストリート)によって区画された複数の領域にそれぞれIC(Integrated Circuit)、LSI(Large Scale Integration)等のデバイスが形成されたウェーハが用いられる。このウェーハを分割予定ラインに沿って分割することにより、デバイスをそれぞれ備える複数のデバイスチップが得られる。
【0003】
ウェーハの分割には、ウェーハを保持するチャックテーブルと、環状の切削ブレードでウェーハを切削する切削ユニットとを備える切削装置が用いられる。切削ブレードを回転させ、チャックテーブルによって保持されたウェーハに切り込ませることにより、ウェーハが切断されて複数のデバイスチップに分割される。
【0004】
一方、近年では、レーザービームの照射によってウェーハを分割する手法も利用されている。例えば、ウェーハにレーザービームを分割予定ラインに沿って照射することにより、ウェーハの内部に改質された領域(改質層)が形成される。この改質層が形成された領域は、ウェーハの他の領域よりも脆くなる。そのため、分割予定ラインに沿って改質層が形成されたウェーハに外力を付与すると、ウェーハが分割予定ラインに沿って破断し、分割される(特許文献1参照)。
【0005】
また、ウェーハにレーザービームを照射することにより、ウェーハの内部にシールドトンネルと称されるフィラメント状の領域を形成する手法が提案されている(特許文献2参照)。このシールドトンネルは、ウェーハの厚さ方向に沿う細孔と、細孔を囲繞する非晶質領域とによって構成される。シールドトンネルが形成された領域は、ウェーハの他の領域と比較して破断しやすくなるため、シールドトンネルはウェーハの分割起点(分割のきっかけ)として機能する。
【0006】
シールドトンネルの形成時には、レーザービームを集光する集光レンズの球面収差がウェーハの厚さに応じて調整される。球面収差を大きくすると、ウェーハの厚さ方向においてレーザービームの集光領域が伸長され、ウェーハの厚さ方向に長いシールドトンネルをウェーハの内部に形成しやすくなる。これにより、ウェーハが比較的厚い場合にも(例えば厚さ300μm程度)、ウェーハの表面側から裏面側に至るシールドトンネルを形成することができ、ウェーハに分割起点が適切に形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2002-192370号公報
【文献】特開2016-198788号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、シールドトンネルを形成する際には、シールドトンネルが被加工物の表面側から裏面側に渡って広範囲に形成されるように球面収差を伸長した状態で、例えば被加工物の表面側にレーザービームが照射される。しかしながら、本出願人による検証の結果、球面収差が伸長された状態でレーザービームを被加工物の表面側に照射すると、レーザービームの強度が被加工物の表面の近傍において極めて高くなる現象が確認された。
【0009】
そのため、球面収差を伸長する方法を用いると、被加工物の表面側の領域で損傷が生じ、被加工物の表面側に意図しない加工痕が残存することがある。これにより、被加工物の加工精度が低下するとともに、被加工物の分割によって得られるデバイスチップの品質が低下する恐れがある。
【0010】
本発明はかかる問題に鑑みてなされたものであり、被加工物の損傷を抑制しつつ、被加工物にシールドトンネルを適切に形成することが可能なレーザー加工装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様によれば、被加工物を保持するチャックテーブルと、該チャックテーブルによって保持された該被加工物にレーザービームを照射するレーザービーム照射ユニットと、該チャックテーブルと該レーザービーム照射ユニットとを加工送り方向に沿って相対的に移動させる移動ユニットと、を備えるレーザー加工装置であって、該レーザービーム照射ユニットは、該被加工物に対して透過性を有する波長のパルスレーザービームを発振するレーザー発振器と、該パルスレーザービームを集光して該チャックテーブルによって保持された該被加工物に照射する集光ユニットと、を有し、該集光ユニットは、該パルスレーザービームを、強度分布を維持しながら伝播する領域を含む該レーザービームに変換し、該レーザービームを、該集光ユニットから該チャックテーブルによって保持された該被加工物に、該領域が該被加工物の内部に位置付けられるように照射することにより、細孔と該細孔を囲む非晶質領域とを含むシールドトンネルを該被加工物の厚さ方向に沿って形成するレーザー加工装置が提供される。
【0012】
なお、好ましくは、該集光ユニットは、該パルスレーザービームを変換してベッセルビームを形成するベッセルビーム形成ユニットと、該ベッセルビームを集光する凸レンズと、を有する。また、好ましくは、該領域は、該ベッセルビーム形成ユニットと該凸レンズとの間には位置付けられない。また、好ましくは、該ベッセルビーム形成ユニットは、アキシコンレンズ又は回折光学素子である。また、好ましくは、該凸レンズは、該レーザービームの伝播方向における該領域の長さが該被加工物の厚さ以上となるように該ベッセルビームを集光し、該シールドトンネルは、該被加工物の表面及び裏面で露出するように形成される。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様に係るレーザー加工装置は、パルスレーザービームを、強度分布を維持しながら伝播する領域を含むレーザービームに変換する集光ユニットを備える。そして、強度分布を維持しながら伝播する領域が被加工物の内部に位置付けられるように、レーザービームが被加工物に照射されることにより、シールドトンネルが被加工物の厚さ方向に沿って形成される。これにより、被加工物の損傷を抑制しつつ、被加工物にシールドトンネルを適切に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】
図2(A)は被加工物を示す斜視図であり、
図2(B)はデバイスが形成された被加工物を示す斜視図である。
【
図3】レーザービーム照射ユニットを示す模式図である。
【
図4】ベッセルビーム形成ユニットを示す側面図である。
【
図5】
図5(A)は被加工物にレーザービームが照射される様子を示す一部断面正面図であり、
図5(B)はレーザービームの照射後の被加工物を示す一部断面正面図である。
【
図6】
図6(A)はシールドトンネルが形成された被加工物の一部を拡大して示す断面図であり、
図6(B)はシールドトンネルを示す斜視図である。
【
図7】被加工物の深さ方向におけるレーザービームの強度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照して本発明の一態様に係る実施形態を説明する。まず、本実施形態に係るレーザー加工装置の構成例について説明する。
図1は、レーザー加工装置2を示す斜視図である。
【0016】
レーザー加工装置2は、レーザー加工装置2を構成する各構成要素を支持する基台4を備える。基台4の表面(上面)4aは、X軸方向(加工送り方向、左右方向、第1水平方向)及びY軸方向(割り出し送り方向、前後方向、第2水平方向)と概ね平行に形成されており、基台4の表面4a上には移動ユニット(移動機構)6が設けられている。移動ユニット6は、X軸移動ユニット(X軸移動機構)8と、Y軸移動ユニット(Y軸移動機構)18とを備える。
【0017】
X軸移動ユニット8は、基台4の表面4a上にX軸方向に沿って配置された一対のX軸ガイドレール10を備える。一対のX軸ガイドレール10には、板状のX軸移動テーブル12が、一対のX軸ガイドレール10に沿ってX軸方向にスライド可能な状態で装着されている。
【0018】
X軸移動テーブル12の裏面(下面)側にはナット部(不図示)が設けられており、このナット部は、一対のX軸ガイドレール10に沿って配置されたX軸ボールねじ14に螺合されている。また、X軸ボールねじ14の端部には、X軸ボールねじ14を回転させるX軸パルスモータ16が連結されている。X軸パルスモータ16でX軸ボールねじ14を回転させると、X軸移動テーブル12が一対のX軸ガイドレール10に沿ってX軸方向に移動する。
【0019】
Y軸移動ユニット18は、X軸移動テーブル12の表面(上面)側にY軸方向に沿って配置された一対のY軸ガイドレール20を備える。一対のY軸ガイドレール20には、板状のY軸移動テーブル22が、一対のY軸ガイドレール20に沿ってY軸方向にスライド可能な状態で装着されている。
【0020】
Y軸移動テーブル22の裏面(下面)側にはナット部(不図示)が設けられており、このナット部は、一対のY軸ガイドレール20に沿って配置されたY軸ボールねじ24に螺合されている。また、Y軸ボールねじ24の端部には、Y軸ボールねじ24を回転させるY軸パルスモータ26が連結されている。Y軸パルスモータ26でY軸ボールねじ24を回転させると、Y軸移動テーブル22が一対のY軸ガイドレール20に沿ってY軸方向に移動する。
【0021】
Y軸移動テーブル22の表面(上面)上には、レーザー加工装置2によって加工される被加工物11(
図2(A)及び
図2(B)参照)を保持するチャックテーブル(保持テーブル)28が配置されている。チャックテーブル28の上面は、被加工物11を保持する保持面28aを構成する。
【0022】
図2(A)は、被加工物11を示す斜視図である。例えば被加工物11は、サファイア、ガラス等でなる円盤状のウェーハであり、表面(第1面)11a及び裏面(第2面)11bを備える。ただし、被加工物11の材質、形状、構造、大きさ等に制限はない。例えば被加工物11は、半導体(Si、GaAs、InP、GaN、SiC等)、セラミックス、樹脂、金属等でなる、円形状又は矩形状のウェーハであってもよい。
【0023】
また、被加工物11には複数のデバイスが形成されていてもよい。
図2(B)は、デバイス13が形成された被加工物11を示す斜視図である。例えば、サファイア等でなる被加工物11の表面11a側に、IC(Integrated Circuit)、LSI(Large Scale Integration)、LED(Light Emitting Diode)等のデバイス13が複数形成される。
【0024】
なお、
図2(B)に示す被加工物11は、互いに交差するように格子状に配列された複数の分割予定ライン(ストリート)15によって複数の矩形状の領域に区画されており、デバイス13はそれぞれ、この領域の表面11a側に形成されている。被加工物11を分割予定ライン15に沿って分割すると、デバイス13をそれぞれ備える複数のデバイスチップが得られる。
【0025】
被加工物11は、
図1に示すチャックテーブル28によって保持される。チャックテーブル28の保持面28aは水平方向(XY平面方向)と概ね平行に形成されており、チャックテーブル28の内部に形成された吸引路(不図示)を介してエジェクタ等の吸引源(不図示)に接続されている。被加工物11を保持面28a上に配置した状態で、保持面28aに吸引源の負圧を作用させることにより、被加工物11がチャックテーブル28によって吸引保持される。
【0026】
移動ユニット6は、チャックテーブル28を保持面28aと平行な方向(XY平面方向)に沿って移動させる。具体的には、X軸移動ユニット8はチャックテーブル28をX軸方向に沿って移動させ、Y軸移動ユニット18はチャックテーブル28をY軸方向に沿って移動させる。また、チャックテーブル28にはモータ等の回転駆動源(不図示)が連結されている。この回転駆動源は、チャックテーブル28をZ軸方向(鉛直方向、上下方向)に概ね平行な回転軸の周りで回転させる。
【0027】
基台4の後端部(移動ユニット6及びチャックテーブル28の後方)には、支持構造30が設けられている。支持構造30は、基台4の表面4a上に配置された柱状の基部30aと、基部30aの上部から前方に突出する柱状の支持部30bとを有する。
【0028】
支持部30bの先端部(前端部)には、レーザービームを照射するレーザービーム照射ユニット32が配置されている。レーザービーム照射ユニット32は、被加工物11を加工するためのレーザービームを、チャックテーブル28によって保持された被加工物11に向かって照射する。
【0029】
また、支持部30bの先端部には、チャックテーブル28によって保持された被加工物11を撮像する撮像ユニット(カメラ)34が設けられている。例えば撮像ユニット34は、可視光カメラ、赤外線カメラ等によって構成され、レーザービーム照射ユニット32とX軸方向において隣接するように配置される。撮像ユニット34で被加工物11を撮像することによって取得された画像に基づいて、チャックテーブル28とレーザービーム照射ユニット32との位置合わせや、被加工物11の加工状況の確認等が行われる。
【0030】
レーザー加工装置2を構成する各構成要素(移動ユニット6、チャックテーブル28、チャックテーブル28に接続された回転駆動源(不図示)、レーザービーム照射ユニット32、撮像ユニット34等)はそれぞれ、制御ユニット(制御部)36に接続されている。この制御ユニット36によって、レーザー加工装置2の各構成要素の動作が制御される。
【0031】
制御ユニット36は、コンピュータ等によって構成されており、レーザー加工装置2の制御に必要な演算等の処理を行う処理部と、処理部による処理に用いられる各種のデータ、プログラム等が記憶される記憶部とを備える。処理部は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサを含んで構成される。また、記憶部は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等のメモリによって構成される。
【0032】
レーザー加工装置2によって被加工物11を加工する際は、まず、被加工物11をチャックテーブル28によって保持する。そして、レーザービーム照射ユニット32からチャックテーブル28によって保持された被加工物11にレーザービームを照射することにより、被加工物11が加工される。
【0033】
図3は、レーザービーム照射ユニット32を示す模式図である。レーザービーム照射ユニット32は、レーザービームをパルス発振するレーザー発振器50を備える。レーザー発振器50としては、例えばYAGレーザー、YVO
4レーザー、YLFレーザー等を用いることができる。このレーザー発振器50から、パルスレーザービーム52が発振される。
【0034】
なお、パルスレーザービーム52の波長は、パルスレーザービーム52の少なくとも一部が被加工物11を透過するように設定される。すなわち、パルスレーザービーム52は被加工物11に対して透過性を有する。レーザー発振器50から発振されたパルスレーザービーム52は、ミラー54で反射した後、集光ユニット56に入射する。
【0035】
集光ユニット56は、パルスレーザービーム52を集光し、チャックテーブル28によって保持された被加工物11に照射する。具体的には、集光ユニット56は、パルスレーザービーム52を変換してレーザービーム62を形成するとともに、レーザービーム62を被加工物11の内部で集光させる。その結果、被加工物11がレーザービーム62によって加工される。
【0036】
例えば、被加工物11を分割予定ライン15(
図2(B)参照)に沿って分割する場合には、レーザービーム62を分割予定ライン15に沿って照射することにより、被加工物11の内部に後述のシールドトンネル17(
図5(B)参照)が形成される。後述の通り、シールドトンネル17が形成された領域は、被加工物11の他の領域と比較して脆く、破断しやすい。そのため、シールドトンネル17は被加工物11の分割起点(分割のきっかけ)として機能する。
【0037】
被加工物11を確実に分割するためには、シールドトンネル17が被加工物11の表面11a側から裏面11b側に渡って広範囲に形成されることが好ましい。そこで、レーザービームを集光する集光レンズの球面収差を大きくすることにより、被加工物11の厚さ方向においてレーザービームの集光領域を伸長する手法が用いられることがある。集光領域が伸長されたレーザービームを被加工物11に照射すると、被加工物11の厚さ方向に長いシールドトンネル17が被加工物11の内部に形成される。これにより、被加工物11が比較的厚い場合にも、被加工物11の表面11a側から裏面11b側に至るシールドトンネル17を形成することが可能となる。
【0038】
しかしながら、本出願人による検証の結果、球面収差が伸長された状態でレーザービームを被加工物11の表面11a側に照射すると、レーザービームの強度が被加工物11の表面11aの近傍において極めて高くなる現象が確認された。そのため、球面収差を伸長する方法を用いると、被加工物11の表面11a側の領域で損傷が生じ、被加工物11の表面11a側に意図しない加工痕が残存することがある。これにより、被加工物11の加工精度が低下するとともに、被加工物11の分割によって得られるチップの品質が低下する恐れがある。
【0039】
そこで、本実施形態では、強度分布を維持しながら伝播する領域を含むレーザービーム62を、該領域が被加工物11の内部に位置付けられるように照射することによって、被加工物11を加工する。具体的には、回折現象によるビームの広がり(ビーム径の拡大)が実質的に生じないレーザービーム(非回折性レーザービーム)の照射によって、被加工物11にシールドトンネル17を形成する。非回折性レーザービームは、強度分布が伝搬距離に依存しないという性質をもつ。非回折性レーザービームの例としては、ベッセルビーム、長距離伝搬非回折ビーム(LRNB:Long Range Nondiffracting Beam)等が挙げられる。
【0040】
集光ユニット56は、レーザー発振器50から発振されたパルスレーザービーム52を、強度分布を維持しながら伝播する領域を含むレーザービーム62に変換する。すなわち、集光ユニット56は、パルスレーザービーム52から非回折性レーザービームを生成する。なお、この非回折性レーザービームは、強度分布が変化しない状態で伝播する理想的な非回折性レーザービームである必要はなく、強度が所定の値以上に保たれた状態で所定の距離伝搬する近似的な非回折性レーザービームであればよい。
【0041】
例えば集光ユニット56は、パルスレーザービーム52を変換してベッセルビームを形成するベッセルビーム形成ユニット(ベッセルビーム形成素子)58と、ベッセルビーム形成ユニット58によって形成されたベッセルビームを集光する凸レンズ60とを備える。この場合、被加工物11に照射される非回折性のレーザービーム62として、ベッセルビームが生成される。
【0042】
図4は、ベッセルビーム形成ユニット58を示す側面図である。例えばベッセルビーム形成ユニット58は、アキシコンレンズ64によって構成される。アキシコンレンズ64は、円柱状のエッジ部64aと、円錐状の先端部64bとを備える。
【0043】
アキシコンレンズ64のエッジ部64a側にパルスレーザービーム52が入射すると、アキシコンレンズ64の先端部64b側からレーザービーム62が出射する。このレーザービーム62は、自己干渉効果によって伝播方向(アキシコンレンズ64の光軸方向、矢印Aで示す方向)における強度分布が維持される領域(干渉領域62a)を含んでいる。この干渉領域62aでは、レーザービーム62の回折が実質的に生じず、レーザービーム62は微小なビーム径(例えば、直径数μm程度)を維持した状態で長距離(例えば、数mm以上)伝播する。すなわち、干渉領域62aにおいて近似的なベッセルビームが形成される。
【0044】
ただし、ベッセルビーム形成ユニット58はアキシコンレンズ64に限られない。例えば、ベッセルビーム形成ユニット58は回折光学素子(DOE:Diffractive Optical Element)であってもよい。この場合、回折光学素子としては、例えばアキシコンレンズ64と等価な光学性能を有するバイナリ光学素子を用いることができる。
【0045】
図3に示すように、ベッセルビーム形成ユニット58によって形成されたベッセルビーム(近似的なベッセルビーム)は、凸レンズ60を通過した後、レーザービーム62として被加工物11に照射される。このとき、レーザービーム62は、干渉領域62a(
図4参照)の少なくとも一部が被加工物11の内部(表面11aと裏面11bとの間)に位置付けられるように照射される。
【0046】
なお、干渉領域62aの長さと、干渉領域62aの被加工物11に対する高さ位置とは、ベッセルビーム形成ユニット58及び凸レンズ60の特性、位置等によって調整される。例えば、凸レンズ60の開口数(NA)、アキシコンレンズ64の角度θ(
図4参照)、凸レンズ60及びアキシコンレンズ64の高さ位置、凸レンズ60とアキシコンレンズ64との位置関係等を調整することにより、干渉領域62aの長さ及び位置が制御される。
【0047】
次に、上記のレーザービーム照射ユニット32を備えたレーザー加工装置2を用いて、被加工物11を加工する具体的な方法について説明する。ここでは、レーザービーム照射ユニット32から被加工物11にレーザービーム62を照射することにより、シールドトンネルと称されるフィラメント状の領域を被加工物11に形成する。以下では一例として、被加工物11の分割予定ライン15(
図2(B)参照)に沿ってシールドトンネルを形成する場合について説明する。
【0048】
図5(A)は、被加工物11にレーザービーム62が照射される様子を示す一部断面正面図である。被加工物11にレーザービーム62を照射する際は、まず、被加工物11をチャックテーブル28によって保持する。例えば、レーザービーム62を被加工物11の表面11a側に照射する場合には、被加工物11を、表面11a側が上方に露出し裏面11b側が保持面28aと対向するように、チャックテーブル28上に配置する。この状態で、保持面28aに吸引源(不図示)の負圧を作用させることにより、被加工物11がチャックテーブル28によって吸引保持される。
【0049】
次に、チャックテーブル28を回転させ、被加工物11に設定された一の分割予定ライン15(
図2(B)参照)の長さ方向をX軸方向に合わせる。また、レーザービーム62が一の分割予定ライン15の延長線上で集光するように、チャックテーブル28の位置を移動ユニット6(
図1参照)によって調整する。なお、チャックテーブル28とレーザービーム照射ユニット32との位置合わせは、撮像ユニット34(
図1参照)によって取得された画像に基づいて行われる。
【0050】
その後、レーザービーム照射ユニット32からレーザービーム62を照射しながら、チャックテーブル28を移動ユニット6(
図1参照)によって加工送り方向(矢印Bで示す方向)に移動させる。これにより、被加工物11を保持しているチャックテーブル28と、レーザービーム照射ユニット32とが、加工送り方向に沿って相対的に移動する。そして、レーザービーム62が一の分割予定ライン15に沿って線状に照射される。
【0051】
図5(B)は、レーザービーム62の照射後の被加工物11を示す一部断面正面図である。被加工物11にレーザービーム62が照射されると、被加工物11には、複数のシールドトンネル17が一の分割予定ライン15に沿って形成される。複数のシールドトンネル17はそれぞれ、被加工物11の厚さ方向に沿ってフィラメント状に形成される。
【0052】
図6(A)はシールドトンネル17が形成された被加工物11の一部を拡大して示す断面図であり、
図6(B)はシールドトンネル17を示す斜視図である。なお、
図6(A)には、シールドトンネル17が被加工物11の厚さ方向全域に渡って形成され、表面11a及び裏面11bで露出している例を示している。
【0053】
シールドトンネル17は、被加工物11の厚さ方向に沿って形成された細孔17aと、細孔17aを囲繞する非晶質領域17bとによって構成される。例えば、細孔17aの直径は1μm以下、非晶質領域17bの直径は5μm以下であり、隣接するシールドトンネル17の非晶質領域17b同士は互いに結合している。
【0054】
シールドトンネル17が形成された領域は、被加工物11の他の領域よりも脆くなる。そのため、例えばシールドトンネル17が形成された被加工物11に外力を付与すると、被加工物11がシールドトンネル17に沿って分割される。すなわち、シールドトンネル17は被加工物11の分割起点として機能する。
【0055】
被加工物11に照射されるレーザービーム62の条件(エネルギー、繰り返し周波数、加工送り速度等)は、被加工物11にシールドトンネル17が適切に形成されるように設定される。なお、レーザービーム62の具体的な照射条件の例は、後述の実施例の通りである。
【0056】
ここで、レーザービーム62は、干渉領域62aが被加工物11の内部に位置付けられるように、被加工物11に照射される(
図5(A)参照)。例えば、干渉領域62aの長さ(レーザービーム62の伝播方向における距離)が被加工物11の厚さ未満である場合には、干渉領域62aの全体が被加工物11の内部に位置付けられる。
【0057】
干渉領域62aでは、レーザービーム62の強度が所定の値以上に維持されており、被加工物11の内部のうち干渉領域62aが位置付けられた領域では特にシールドトンネル17の形成が進行しやすい。そのため、被加工物11の厚さ方向に沿うシールドトンネル17が形成されやすくなり、被加工物11が比較的厚い場合(例えば、厚さ300μm以上)であっても、被加工物11の厚さ方向の広範囲に渡ってシールドトンネル17を形成することが可能となる。
【0058】
なお、シールドトンネル17を分割起点として被加工物11を確実に分割するためには、シールドトンネル17が被加工物11の表面11aから裏面11bに至るように形成されることが好ましい。そこで、例えばレーザービーム62は、干渉領域62aの長さが被加工物11の厚さ以上となるように整形される。そして、レーザービーム62は、干渉領域62aが被加工物11の厚さ方向の全域に位置付けられるように、被加工物11に照射される。すなわち、干渉領域62aの上端は被加工物11の表面11aよりも上方に位置付けられ、干渉領域62aの下端は被加工物11の裏面11bよりも下方に位置付けられる。
【0059】
この状態で、レーザービーム62が分割予定ライン15に沿って走査される。これにより、被加工物11の表面11a及び裏面11bで露出するシールドトンネル17が、分割予定ライン15に沿って確実に形成される。
【0060】
その後、他の分割予定ライン15に対しても同様にレーザービーム62を照射する。そして、被加工物11に含まれる全ての分割予定ライン15に沿ってレーザービーム62が照射されると、シールドトンネル17の形成工程が完了し、分割予定ライン15に沿ってシールドトンネル17が形成された被加工物11が得られる。この被加工物11に例えば外力を付与すると、被加工物11が分割予定ライン15に沿って破断し、デバイス13(
図2(B)参照)をそれぞれ備える複数のデバイスチップが得られる。
【0061】
次に、本実施形態に係るレーザービーム照射ユニット32から照射されたレーザービーム(ベッセルビーム)の強度を評価した結果について説明する。本評価では、ベッセルビーム形成ユニット58と凸レンズ60とによって構成された集光ユニット56(
図3参照)から被加工物にレーザービームを照射した場合における、被加工物の内部でのレーザービームの強度を、シミュレーションによって算出した。
【0062】
本評価で用いたレーザービーム照射ユニット32の構成は、
図3に示す通りである。なお、レーザービーム62としては、各パルスが5つのサブパルスに分割されたフェムト秒レーザー(バーストパルスレーザー)を用いた。また、レーザービームの照射条件は以下のように設定した。
波長 :1030nm
エネルギー :250μJ
繰り返し周波数 :10kHz
加工送り速度 :100mm/s
【0063】
ベッセルビーム形成ユニット58としては、角度θ(
図4参照)が1.0°のアキシコンレンズ64を用い、凸レンズ60としては、焦点距離が25mmの非球面レンズを用いた。また、被加工物としては、厚さ1.5mmの石英ガラスを用いた。
【0064】
そして、レーザービーム62が被加工物の表面側に照射された場合における、被加工物の内部でのレーザービーム62の強度を算出した。なお、レーザービームの強度は、Zemax OpticStudio(Zemax,LLC社製)及びVirtualLab(Light Trans社製)を用いたシミュレーションによって算出した。
【0065】
図7は、被加工物(石英ガラス)の深さ方向におけるレーザービームの強度を示すグラフである。
図7において、本実施例に係るレーザービームの光軸中心における強度を実線で示している。また、
図7には、本実施例に係る集光ユニット56に代えて、集光レンズと、集光レンズの先端に固定されたガラス板(厚さ:2.0mm)とによって構成される集光ユニットでレーザービームを集光した場合のレーザービーム強度を、比較例(従来例)として示している。本比較例では、ガラス板によって球面収差が伸長されることにより、被加工物11の厚さ方向におけるレーザービームの集光領域が延長されている。
【0066】
比較例では、被加工物の表面近傍においてレーザービームの強度が極めて高くなることが確認された。この結果より、球面収差が伸長されたレーザービームを被加工物に照射してシールドトンネルを形成すると、被加工物の表面側の領域で損傷が生じる可能性が高いことが示唆される。
【0067】
一方、本実施例に係るレーザービーム照射ユニット32を用いた場合には、レーザービームの強度が被加工物の表面近傍で急激に増加する現象は確認されなかった。また、被加工物の表面側に入射したレーザービームは、被加工物の裏面側に向かって所定の強度を維持しながら長距離(
図7では0.9mm程度)伝播することが確認された。
【0068】
この結果は、レーザービーム照射ユニット32を用いると、被加工物の表面近傍において損傷が生じにくくなることを示唆している。また、レーザービーム照射ユニット32から照射されたレーザービーム(ベッセルビーム)を用いると、球面収差が伸長されたレーザービームを用いる場合と比較して、レーザービームが所定の値以上の強度を維持したまま、被加工物の内部により深く伝播することが確認された。
【0069】
本評価の結果より、レーザービーム照射ユニット32を用いると、被加工物の表面に過度のダメージを与えることなく、被加工物の内部にシールドトンネル17(
図5(B)等参照)を確実に形成することが可能となることが示された。
【0070】
以上の通り、本実施形態に係るレーザー加工装置2は、パルスレーザービーム52を、強度分布を維持しながら伝播する領域を含むレーザービーム62に変換する集光ユニット56を備える。そして、強度分布を維持しながら伝播する領域が被加工物11の内部に位置付けられるように、レーザービーム62が被加工物11に照射されることにより、シールドトンネル17が被加工物11の厚さ方向に沿って形成される。これにより、被加工物11の損傷を抑制しつつ、被加工物11にシールドトンネル17を適切に形成することができる。
【0071】
なお、本実施形態に係る構造、方法等は、本発明の目的の範囲を逸脱しない限りにおいて適宜変更して実施できる。
【符号の説明】
【0072】
11 被加工物
11a 表面(第1面)
11b 裏面(第2面)
13 デバイス
15 分割予定ライン(ストリート)
17 シールドトンネル
17a 細孔
17b 非晶質領域
2 レーザー加工装置
4 基台
4a 表面(上面)
6 移動ユニット(移動機構)
8 X軸移動ユニット(X軸移動機構)
10 X軸ガイドレール
12 X軸移動テーブル
14 X軸ボールねじ
16 X軸パルスモータ
18 Y軸移動ユニット(Y軸移動機構)
20 Y軸ガイドレール
22 Y軸移動テーブル
24 Y軸ボールねじ
26 Y軸パルスモータ
28 チャックテーブル(保持テーブル)
28a 保持面
30 支持構造
30a 基部
30b 支持部
32 レーザービーム照射ユニット
34 撮像ユニット(カメラ)
36 制御ユニット(制御部)
50 レーザー発振器
52 パルスレーザービーム
54 ミラー
56 集光ユニット
58 ベッセルビーム形成ユニット(ベッセルビーム形成素子)
60 凸レンズ
62 レーザービーム
62a 干渉領域
64 アキシコンレンズ
64a エッジ部
64b 先端部