IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本ゼオン株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-心毒性評価方法 図1
  • 特許-心毒性評価方法 図2
  • 特許-心毒性評価方法 図3
  • 特許-心毒性評価方法 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】心毒性評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20231114BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231114BHJP
【FI】
C12Q1/02
G01N33/15 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020548180
(86)(22)【出願日】2019-08-23
(86)【国際出願番号】 JP2019033022
(87)【国際公開番号】W WO2020066396
(87)【国際公開日】2020-04-02
【審査請求日】2022-07-04
(31)【優先権主張番号】P 2018185533
(32)【優先日】2018-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100150360
【弁理士】
【氏名又は名称】寺嶋 勇太
(74)【代理人】
【識別番号】100181847
【弁理士】
【氏名又は名称】大島 かおり
(72)【発明者】
【氏名】足達 慧
(72)【発明者】
【氏名】関野 祐子
【審査官】西村 亜希子
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-537429(JP,A)
【文献】特開2017-079658(JP,A)
【文献】国際公開第2018/066512(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/188061(WO,A1)
【文献】特開2007-119509(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
G01N33/
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
心筋細胞を培地とともに培養容器に播種し、
前記培養容器内の培地に薬剤を添加して、該薬剤を前記心筋細胞に接触させ、その後、
前記心筋細胞から分泌される、心疾患のバイオマーカーであるナトリウム利尿ペプチドを測定して前記薬剤の心毒性を評価する、心毒性評価方法であって、
前記培養容器の少なくとも培養面がノルボルネン系重合体およびその水素化物で構成され、かつ、前記培養面の表面自由エネルギーが30~37mN/mである、方法。
【請求項2】
前記心筋細胞が多能性幹細胞由来心筋細胞である、請求項1に記載の心毒性評価方法。
【請求項3】
前記心疾患が心不全である、請求項1または2に記載の心毒性評価方法。
【請求項4】
前記ノルボルネン系重合体およびその水素化物がノルボルネン系開環重合体水素化物である、請求項1~3のいずれかに記載の心毒性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規薬剤に関して、副作用予測や臨床試験前のヒトへの投与量決定のために、薬物誘導性の心毒性を評価する方法に関し、特に、薬物との接触に起因して心筋細胞から分泌される心疾患のバイオマーカーを測定することにより心毒性を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心疾患を診断する方法の1つとして、心筋細胞から分泌される心疾患のバイオマーカーを測定する方法が挙げられる。特許文献1には、実検体に近いBNP測定用標準物を用いることにより血中のBNP量を正確に測定する方法が記載されている。また、特許文献2には、薬剤のスクリーニングのためにin vitro分化心筋細胞を用い、その薬効評価や毒性評価を行うことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開第2014-32062号公報
【文献】特表第2007-537429号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、バイオマーカー測定の際に使用される容器の素材や特性を制御することにより、測定の再現性を高めることについてはこれまで検討されてこなかった。
【0005】
本発明は、上述した実情に鑑みてなされたものであり、心疾患のバイオマーカーを高い精度で測定する心毒性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、脂環構造含有重合体で構成され、かつ、培養面の表面自由エネルギーが特定の範囲内である培養容器を用いることにより、細胞から分泌されるバイオマーカーについて、再現性の高い測定が可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
ここで、表面自由エネルギーとは、インク等がプラスチックや金属の表面にどれだけ接着するかを測定することにより判断される基準である。単位は、mN/mで表され、表面自由エネルギーの値が高いほど接着性が高い。
【0007】
本発明は、上記の知見に基づきなされたものであって、上記課題を有利に解決することを目的とするものであり、本発明の一態様は、心筋細胞を培地とともに培養容器に播種し、前記培養容器内の培地に薬剤を添加して、該薬剤を前記心筋細胞に接触させ、その後、前記心筋細胞から分泌される心疾患のバイオマーカーを測定して前記薬剤の心毒性を評価する、心毒性評価方法であって、前記培養容器の少なくとも培養面が脂環構造含有重合体で構成され、かつ、前記培養面の表面自由エネルギーが30~37mN/mである、方法である。
培養容器の少なくとも培養面が脂環構造含有重合体で構成され、かつ、培養面の表面自由エネルギーが30~37mN/mである培養容器を用いることにより、薬剤に反応して心筋細胞が分泌する心疾患のバイオマーカー量の測定値のバラツキが低減され、再現性の高い測定を行うことができる。
【0008】
また、上記態様では、前記心筋細胞が多能性幹細胞由来心筋細胞であることが好ましい。とりわけ、人工多能性幹細胞由来心筋細胞であることが好ましい。倫理上の問題がないこと、安定供給が見込めるため、測定が長期間にわたる場合でも精度の高い測定を行うことができるからである。
【0009】
また、上記態様では、前記心疾患が心不全であり、該心不全のバイオマーカーが、ナトリウム利尿ペプチドであることが好ましい。
【0010】
また、上記態様では、前記脂環構造含有重合体がノルボルネン系開環重合体水素化物であることが好ましい。脂環構造含有重合体のなかでもノルボルネン系開環重合体水素化物で培養容器の培養面を構成することにより、心疾患のバイオマーカー量の測定値のバラツキが顕著に低減されるからである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、心疾患のバイオマーカーを高い精度で測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、実施例1のドキソルビシン添加前後でのBNPの濃度の差分を示すグラフである。
図2図2は、比較例1のドキソルビシン添加前後でのBNPの濃度の差分を示すグラフである。
図3図3は、比較例2のドキソルビシン添加前後でのBNPの濃度の差分を示すグラフである。
図4図4は、比較例3のドキソルビシン添加前後でのBNPの濃度の差分を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明の方法は、心疾患のバイオマーカーを測定するにあたって、培養容器内面における細胞が接する面(以下、「培養面」という)の表面自由エネルギーが特定の範囲であり、かつ、培養面が脂環構造含有重合体で構成される培養容器を用いる点に特徴がある。
このような培養容器を用いることで、細胞に必要以上のストレスを与えることなく、細胞を培養面に接着させることができ、これにより、細胞から分泌されるバイオマーカーのバラツキを最小限に抑えることができると考えられる。
【0014】
本発明において使用される細胞は、心筋細胞であり、例えば、多能性幹細胞由来心筋細胞(なかでも人工多能性幹細胞由来心筋細胞)、胚性幹細胞由来心筋細胞、ヒト由来心筋細胞などが挙げられる。
【0015】
上記細胞を培養するための培地は、心筋細胞を培養し、維持することができれば、特に限定されるものではなく、市販の心筋細胞培養用培地を用いることができる。
上記培地には、添加剤を配合することもできる。添加剤としては、ミネラル、金属、ビタミン成分等が挙げられる。
これらの添加剤は一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0016】
上記細胞を培養容器に播種する方法に格別な制限はなく、例えば、必要に応じて、少なくとも培養面を細胞外マトリックス等でコートする。その後、培地に懸濁した細胞をピペット等で培養容器内に播種し、必要に応じて容器を揺動させて培養容器内に細胞を均等に散らした後、インキュベータ内で静置する。細胞外マトリックスとしては、例えば、ゼラチン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニンなどの天然由来または合成のものが挙げられる。
【0017】
培養面を細胞外マトリックスでコートする方法は、一般的な細胞基質を培養容器にコートする方法と同様であり、通常、培養容器内に上述のコート剤を入れて、培養温度付近の温度で、通常10分間~5時間、好ましくは30分間~2時間静置しコート剤を培養面に接触させた後、コート剤を除去する方法が採用される。接触時間が短すぎるとコートが不十分となる。一方、培養面を構成する脂環構造含有重合体へのタンパク質吸着性は低く、ポリスチレンなどのように多層吸着しないため、接触時間を長くしても、吸着量が増えることはない。従って、上記の時間以上に接触時間を長くする必要はない。なお、コート剤除去後、乾燥を防ぐために、速やかに培地を添加することが望ましい。
【0018】
脂環構造含有重合体で構成される培養面は水性溶液をはじきやすいため、培養容器に添加するコート剤の量は、一般的なポリスチレン製細胞培養容器に添加するコート剤量より1.5~3倍程度多く添加することが望ましく、具体的には培養面1cm2に対して、0.15~0.30mlを添加するのが好ましい。
【0019】
上記培地に、新規薬剤を添加して細胞と接触させ、バイオマーカーの分泌の有無を評価する。
上記方法が有効であるかどうかは、例えば、ドキソルビシン、エンドセリン、トラスツズマブなどの心毒性が知られた薬剤での心疾患のバイオマーカーの分泌と比較することで確認できる。
【0020】
本発明において測定される心疾患のバイオマーカーとしては、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)(以下、「BNP」という)、C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)、これらの前駆体や分解物などのナトリウム利尿ペプチド類のような心不全のバイオマーカー;トロポニンT、トロポニンI、ミオグロビン、CK-MBなどの心筋梗塞のバイオマーカー;などが挙げられる。
これらの中でも、心不全のバイオマーカーでは、測定値のバラツキ低減の顕著な効果が得られる。このような観点から、特に、BNPやN末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)などの脳性ナトリウム利尿ペプチド類が好ましく、とりわけBNPが好ましい。
【0021】
本発明の培養容器としては、脂環構造含有重合体を培養容器の材料として用いることが可能であれば、任意の形状のものを使用することができる。培養容器の形状としては、ディッシュ、プレート、マイクロ流路チップ、バッグ、チューブ、スキャホールド、カップ、ジャー・ファーメンターなどが挙げられる。
培養容器のうち、少なくとも培養面が脂環構造含有重合体で構成されていればよい。例えば、96ウェルプレートの場合、各ウェルの内側の底面が脂環構造含有重合体で形成されていればよい。バッグの場合、例えば、異なるポリマー材料からなるフィルムの積層体で構成されているものは、最内層(バッグ内面)が脂環構造含有重合体からなるフィルムにより形成されていればよい。
あるいは、培養容器全体が脂環構造含有重合体からなることとしてもよい。例えば、培養ディッシュ、フラスコ、または複数のウェルを有するプレートであれば、脂環構造含有重合体でこれらの容器全体を成形することにより、容器全体を脂環構造含有重合体で構成することができる。
【0022】
上記脂環構造含有重合体は、主鎖および/または側鎖に脂環構造を有する樹脂であり、機械的強度、耐熱性などの観点から、主鎖に脂環構造を含有するものが好ましく、分化誘導効率の観点から、極性基を有しないものがより好ましい。ここで、極性基とは、極性のある原子団を指す。極性基としては、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、酸無水物基などが挙げられる。
【0023】
上記脂環構造としては、飽和環状炭化水素(シクロアルカン)構造、不飽和環状炭化水素(シクロアルケン)構造などが挙げられるが、機械的強度、耐熱性などの観点から、シクロアルカン構造やシクロアルケン構造が好ましく、中でもシクロアルカン構造を有するものが最も好ましい。
【0024】
脂環構造を構成する炭素原子数は、格別な制限はないが、通常4~30個、好ましくは5~20個、より好ましくは5~15個である。脂環構造を構成する炭素原子数がこの範囲内であるときに、機械的強度、耐熱性、および成形性の特性が高度にバランスされ、好適である。
【0025】
脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常30重量%以上、好ましくは50重量%以上、より好ましくは70重量%以上である。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合が過度に少ないと耐熱性に劣り好ましくない。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位以外の残部は、格別な限定はなく、使用目的に応じて適宜選択される。
【0026】
脂環構造含有重合体の具体例としては、(1)ノルボルネン系重合体、(2)単環の環状オレフィン系重合体、(3)環状共役ジエン系重合体、(4)ビニル脂環式炭化水素系重合体、および(1)~(4)の水素化物などが挙げられる。これらの中でも、耐熱性、機械的強度等の観点から、ノルボルネン系重合体およびその水素化物が好ましい。
【0027】
(1)ノルボルネン系重合体
ノルボルネン系重合体は、ノルボルネン骨格を有する単量体であるノルボルネン系単量体を重合してなるものであり、開環重合によって得られるものと、付加重合によって得られるものに大別される。
【0028】
開環重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の開環重合体およびノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体、ならびにこれらの水素化物などが挙げられる。付加重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の付加重合体およびノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体などが挙げられる。これらの中でも、ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物が、耐熱性、機械的強度等の観点から好ましい。
【0029】
ノルボルネン系重合体の合成に使用可能なノルボルネン系単量体としては、ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン(慣用名ノルボルネン)、5-メチル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5,5-ジメチル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-エチル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-エチリデン-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-ビニル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-プロペニルビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-メトキシカルボニル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-シアノビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン、5-メチル-5-メトキシカルボニル-ビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン等の2環式単量体;
トリシクロ[4.3.01,6.12,5]デカ-3,7-ジエン(慣用名ジシクロペンタジエン)、2-メチルジシクロペンタジエン、2,3-ジメチルジシクロペンタジエン、2,3-ジヒドロキシジシクロペンタジエン等の3環式単量体;
テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン(テトラシクロドデセン)、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-エチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-エチリデンテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8,9-ジメチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-エチル-9-メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-エチリデン-9-メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、8-メチル-8-カルボキシメチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン、7,8-ベンゾトリシクロ[4.3.0.12,5]デカ-3-エン(慣用名メタノテトラヒドロフルオレン:1,4-メタノ-1,4,4a,9a-テトラヒドロフルオレンともいう)、1,4-メタノ-8-メチル-1,4,4a,9a-テトラヒドロフルオレン、1,4-メタノ-8-クロロ-1,4,4a,9a-テトラヒドロフルオレン、1,4-メタノ-8-ブロモ-1,4,4a,9a-テトラヒドロフルオレン等の4環式単量体;等が挙げられる。
【0030】
ノルボルネン系単量体と開環共重合可能なその他の単量体としては、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテン、1,4-シクロヘキサジエン、1,5-シクロオクタジエン、1,5-シクロデカジエン、1,5,9-シクロドデカトリエン、1,5,9,13-シクロヘキサデカテトラエン等の単環のシクロオレフィン系単量体が挙げられる。
これらの単量体は、置換基を1種または2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0031】
ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、エチレン、プロピレン、1-ブテン、1-ペンテン、1-ヘキセン等の炭素数2~20のα-オレフィン系単量体;シクロブテン、シクロペンテン、シクロヘキセン、シクロオクテン、テトラシクロ[9.2.1.02,10.03,8]テトラデカ-3,5,7,12-テトラエン(3a,5,6,7a-テトラヒドロ-4,7-メタノ-1H-インデンとも言う)等のシクロオレフィン系単量体;1,4-ヘキサジエン、4-メチル-1,4-ヘキサジエン、5-メチル-1,4-ヘキサジエン、1,7-オクタジエン等の非共役ジエン系単量体;等が挙げられる。
【0032】
これらの中でも、ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、α-オレフィン系単量体が好ましく、エチレンがより好ましい。
これらの単量体は、置換基を1種または2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0033】
ノルボルネン系単量体の開環重合体、またはノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体は、単量体成分を、公知の開環重合触媒の存在下で重合して得ることができる。開環重合触媒としては、例えば、ルテニウム、オスミウムなどの金属のハロゲン化物と、硝酸塩またはアセチルアセトン化合物、および還元剤とからなる触媒、あるいは、チタン、ジルコニウム、タングステン、モリブデンなどの金属のハロゲン化物またはアセチルアセトン化合物と、有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物は、通常、上記開環重合体の重合溶液に、ニッケル、パラジウムなどの遷移金属を含む公知の水素化触媒を添加し、炭素-炭素不飽和結合を水素化することにより得ることができる。
【0034】
ノルボルネン系単量体の付加重合体、またはノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体は、単量体成分を、公知の付加重合触媒の存在下で重合して得ることができる。付加重合触媒としては、例えば、チタン、ジルコニウムまたはバナジウム化合物と有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
【0035】
(2)単環の環状オレフィン系重合体
単環の環状オレフィン系重合体としては、例えば、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテンなどの、単環の環状オレフィン系単量体の付加重合体を用いることができる。
(3)環状共役ジエン系重合体
環状共役ジエン系重合体としては、例えば、シクロペンタジエン、シクロヘキサジエンなどの環状共役ジエン系単量体を1,2-または1,4-付加重合した重合体およびその水素化物などを用いることができる。
(4)ビニル脂環式炭化水素重合体
ビニル脂環式炭化水素重合体としては、例えば、ビニルシクロヘキセン、ビニルシクロヘキサンなどのビニル脂環式炭化水素系単量体の重合体およびその水素化物;スチレン、α-メチルスチレンなどのビニル芳香族系単量体の重合体の芳香環部分の水素化物;などが挙げられる。ビニル脂環式炭化水素重合体は、これらの単量体と共重合可能な他の単量体との共重合体であってもよい。
【0036】
脂環構造含有重合体の分子量に格別な制限はないが、シクロヘキサン溶液(重合体が溶解しない場合はトルエン溶液)のゲル・パーミエーション・クロマトグラフィーで測定したポリイソプレン換算の重量平均分子量で、通常5,000以上であり、好ましくは5,000~500,000、より好ましくは8,000~200,000、特に好ましくは10,000~100,000である。重量平均分子量がこの範囲内であるときに、機械的強度と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。
【0037】
脂環構造含有重合体のガラス転移温度は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常50~300℃、好ましくは100~280℃である。ガラス転移温度がこの範囲内であるときに、耐熱性と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。
本発明における脂環構造含有重合体のガラス転移温度は、JIS K 7121に基づいて測定されたものである。
【0038】
上記脂環構造含有重合体は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
また、脂環構造含有重合体には、熱可塑性樹脂材料で通常用いられている配合剤、例えば、軟質重合体、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、近赤外線吸収剤、離型剤、染料や顔料などの着色剤、可塑剤、帯電防止剤、蛍光増白剤などの配合剤を、通常採用される量、添加することができる。
また、脂環構造含有重合体には、軟質重合体以外のその他の重合体(以下、単に「その他の重合体」という)を混合しても良い。脂環構造含有重合体に混合されるその他の重合体の量は、脂環構造含有重合体100質量部に対して、通常200質量部以下、好ましくは150質量部以下、より好ましくは100質量部以下である。
脂環構造含有重合体に対して配合する各種配合剤やその他の重合体の割合が多すぎると細胞が浮遊し難くなるため、いずれも脂環構造含有重合体の性質を損なわない範囲で配合することが好ましい。
脂環構造含有重合体と配合剤やその他の重合体との混合方法は、ポリマー中に配合剤が十分に分散する方法であれば、特に限定されない。また、配合の順番に格別な制限はない。配合方法としては、例えば、ミキサー、一軸混練機、二軸混練機、ロール、ブラベンダー、押出機などを用いて樹脂を溶融状態で混練する方法、適当な溶剤に溶解して分散させた後、凝固法、キャスト法、または直接乾燥法により溶剤を除去する方法などが挙げられる。
二軸混練機を用いる場合、混練後は、通常は溶融状態で棒状に押出し、ストランドカッターで適当な長さに切り、ペレット化して用いられることが多い。
【0039】
脂環構造含有重合体で構成される容器の成形方法は、所望される培養容器の形状に応じて任意に選択することができる。成形方法としては、例えば、射出成形法、押出成形法、キャスト成形法、インフレーション成形法、ブロー成形法、真空成形法、プレス成形法、圧縮成形法、回転成形法、カレンダー成形法、圧延成形法、切削成形法、紡糸等が挙げられ、これらの成形法を組み合わせたり、成形後必要に応じて延伸等の後処理をすることもできる。
【0040】
本発明で使用される培養容器は、滅菌処理することが好ましい。
滅菌処理の方法に格別な制限はなく、高圧蒸気法や乾熱法などの加熱法;γ線や電子線などの放射線を照射する放射線法や高周波を照射する照射法;酸化エチレンガス(EOG)などのガスを接触させるガス法;滅菌フィルタを用いる濾過法;など、医療分野で一般的に採用される方法から、成形体の形状や用いる細胞に応じて、選択することができる。なかでも、培養面の表面自由エネルギーを特定の範囲に維持しやすいことから、ガス法が好ましい。
【0041】
本発明で使用される培養容器の培養面の表面自由エネルギーは、30~37mN/mの範囲であることとする。培養面の表面自由エネルギーを上記の範囲に制御するためには、細胞の接着性を向上させるために通常行われるプラズマ処理などの表面処理を、培養面に対して行わないことが重要である。上記表面自由エネルギーは、好ましくは、32~36mN/mの範囲である。
【0042】
上記表面自由エネルギーは、所定のレンジで、対応する表面自由エネルギー値がそれぞれ付与されているいくつかのテストインクが、培養面に所定時間の間、接着を維持できるかどうかを測定することにより評価される。より具体的には、培養面に引いたインクの線が水滴にならずに2秒間変わらなければ、培養面の表面自由エネルギーの値は、使用したインクに付与されている表面自由エネルギーの値と同じ数値か、それ以上であることを意味する。インクの成分は、有機溶媒(2-エトキシエタノール、2-プロパノール)と塩基性染料(ホルムアミド)の混合物であり、これらの液体を異なる比率で混ぜ合わせて、種々の表面自由エネルギー値に対応するインクを作製する。
具体的な表面自由エネルギーの測定方法としては、例えば、まず38mN/mの表面自由エネルギー値が付与されているインクを使用して、測定面に線を引き、インクの線が水滴にならず2秒間変わらなければ表面自由エネルギーは38mN/mと同じかそれ以上ということである。この場合、次に、40mN/mの表面自由エネルギー値が付与されているインクを使って同様の測定を行う。インクの線が水滴にならず2秒間変わらなければ、このような測定を、2秒以内にインクの線が水滴に変わるまで、さらに高い値が付与されているインクを使用して行う。
上記の測定において、38mN/m程度のインクで既に水滴に変わるようであれば、38mN/mよりも低い値が付与されているインクを使って同様の測定を行う。例えば、35mN/mの表面自由エネルギー値が付与されているインクで測定面に線を引き、2秒以内にインクの線が水滴にならず2秒間変わらなければ、表面自由エネルギーの値は2つの値の間(35~38mN/m)であることがわかる。
【0043】
上記心疾患のバイオマーカーの測定は、市販の測定キットなど、公知の方法を使用すればよく、特に限定されない。
【実施例
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0045】
(実施例I)
脂環構造含有重合体として、ゼオノア(登録商標)1060R(日本ゼオン社製、ノルボルネン系開環重合体水素化物:以下、単に「1060R」という)を用いて、射出成形法により、0.32cm2の底面積を有する円筒形状のウェルを96個含むウェルプレートを培養容器として得た。その後、当該培養容器について酸化エチレンガスによる滅菌処理を行った(以下、この培養容器を「1060R製96ウェルプレート」という。)。1060R製96ウェルプレートのウェル内底面(細胞と接触する面、すなわち培養面)における表面自由エネルギーは34mN/mであった。ここで、上記表面自由エネルギーは、表面エネルギー値評価インク(Arcotest社製)を用いて測定した。
1060R製96ウェルプレートの各ウェルに対して、滅菌水を用いて10μg/mLに調製したヒトフィブロネクチン(コーニング社製、型番356008)溶液を200μL添加し、37℃で2時間インキュベートし、1060R製96ウェルプレートのウェル内底面について、ヒトフィブロネクチンコーティングを行った。その後、各ウェルからヒトフィブロネクチン溶液を取り除き、付属の心筋細胞用解凍培地を使用して、iCell(登録商標) Cardiomyocytes2(Cellular Dynamics International社製、型番CMC-100-012-001)を7.5×104cells/wellで播種し、5%CO2雰囲気下37℃の条件で4時間培養を行った。
その後、1060R製96ウェルプレートの各ウェルより心筋細胞用解凍培地を取り除き、新たに心筋細胞用維持培地を200μL加え、5%CO2雰囲気下37℃の条件で培養を行った。
細胞を播種してから2日後に1060R製96ウェルプレートの各ウェル内の心筋細胞用維持培地を半量交換した。細胞を播種してから3日後に1060R製ウェルプレートの各ウェルから培養上清を20μLずつ採取した(添加前上清サンプル)。
次に、ジメチルスルホキシド(DMSO)(ナカライテスク社製、型番13435-35)を用いてドキソルビシン(Toronto Reseach Chemical社製、型番D558000)溶液を希釈し、1060R製96ウェルプレートに20μL加え、ウェル内におけるドキソルビシンの終濃度が10-6Mとなるように調製した。さらに段階希釈を行って、各ウェルにおけるドキソルビシンの終濃度が10-7M、10-8M、10-9M、10-10M、10-11M、10-12M、10-13Mおよび10-14Mとなるように調製して各ウェルに20μL加え、5%CO2雰囲気下37℃の条件で16時間インキュベートを行った。その後、ドキソルビシン溶液を加えた各ウェルから上清を20μL回収した(添加後上清サンプル)。
ドキソルビシン添加前後で回収した上清サンプルについて、Human BNP ELISA Kit(RayBiotech社製、型番ELH-BNP)を用いて上清サンプル中に含まれるBNP濃度を測定した。
ドキソルビシンの添加前後における、細胞から分泌されたBNPの濃度の差分を図1のグラフに示す。上記の各ドキソルビシン濃度あたりn=3のサンプル数の平均からの標準偏差を表すエラーバーとともにBNPの濃度の差分をプロットした。図1の結果から、ドキソルビシンの添加前後における、細胞から分泌されたBNPの濃度の差分のバラツキがきわめて小さいことがわかる。また、図1のグラフから、ドキソルビシン濃度が高くなるにつれて、BNPの濃度の差分も大きくなるという相関関係を読み取ることができる。
【0046】
(比較例1)
実施例1で使用した1060R製96ウェルプレートの代わりに、1060R96製ウェルプレートに対してプラズマ内壁処理装置(泉工業社製、型番IP-200)を用いてウェル内底面およびウェル内壁を100Vで60秒処理したウェルプレート(上記表面エネルギー値評価インクにより測定された表面自由エネルギーの値:52mN/m、以下、「プラズマ処理1060R製96ウェルプレート」という)を培養容器に用いたこと以外は、実施例1と同様に、細胞培養、ドキソルビシンの添加、および上清の回収を行い、ドキソルビシン添加前後のBNP濃度を測定した。
ドキソルビシンの添加前後における、細胞から分泌されたBNP濃度の差分を図2のグラフに示す。各ドキソルビシン濃度あたりn=3のサンプル数の平均からの標準偏差を表すエラーバーとともにBNPの濃度の差分をプロットした。図2の結果から、表面処理により培養面の表面自由エネルギーの値が特定の範囲を外れたウェルプレートを使用すると、BNPの濃度の差分の測定値のバラツキが大きくなり、測定精度が顕著に低下していることがわかる。また、測定精度が低下するため、ドキソルビシン濃度とBNPの濃度の差分との相関関係を読み取ることができない。
【0047】
(比較例2)
実施例1で使用した1060R製96ウェルプレートの代わりに、ポリスチレン製96ウェルプレート(ファルコン(登録商標)、コーニング社製、型番353916;表面自由エネルギー:43mN/m)を用いたこと以外は、実施例1と同様に、細胞培養、ドキソルビシンの添加、および上清の回収を行い、ドキソルビシン添加前後のBNP濃度を測定した。
ドキソルビシンの添加前後における、細胞から分泌されたBNP濃度の差分を図3のグラフに示す。各ドキソルビシン濃度あたりn=3のサンプル数の平均からの標準偏差を表すエラーバーとともにBNPの濃度の差分をプロットした。図3の結果から、ポリスチレンのような、培養面の材質が脂環構造含有重合体以外であり、表面自由エネルギーが37mN/mを上回るウェルプレートを用いると、BNPの濃度の差分のバラツキが大きくなり、測定精度が顕著に低下していることがわかる。また、測定精度が低下するため、ドキソルビシン濃度とBNPの濃度の差分との相関関係を読み取ることができない。
【0048】
(比較例3)
実施例1で使用した1060R製96ウェルプレートの代わりに、組織培養用ポリスチレン製96ウェルプレート(ファルコン(登録商標)、コーニング社製、型番351172;表面自由エネルギー:37mN/m)を用いたこと以外は、実施例1と同様に、細胞培養、ドキソルビシンの添加、および上清の回収を行い、ドキソルビシン添加前後のBNP濃度を測定した。
ドキソルビシンの添加前後における、細胞から分泌されたBNP濃度の差分を図4のグラフに示す。各ドキソルビシン濃度あたりn=3のサンプル数の平均からの標準偏差を表すエラーバーとともにBNPの濃度の差分をプロットした。図4の結果から、培養面の表面自由エネルギーの値が特定の範囲内であっても、培養面が脂環構造含有重合体で構成されていないウェルプレートを用いると、ドキソルビシンの添加前後における、細胞から分泌されたBNPの濃度の差分のバラツキが大きくなり、測定精度が顕著に低下していることがわかる。
【0049】
図1~4の結果から、培養面の表面自由エネルギーの値が特定の範囲内であり、かつ、培養面が脂環構造含有重合体で構成されているウェルプレートを使用することにより、BNP濃度の測定値のバラツキが顕著に低減され、再現性の高い測定が可能となることがわかる。
なお、培養面の表面自由エネルギーが30mN/mを下回る場合、培養面の疎水性が高くなり、疎水性相互作用によるタンパク質吸着がより促進される。そのため、比較例2のように培養面を表面処理した場合と同様に、BNPの濃度の差分のバラツキが大きくなり、測定精度が顕著に低下することとなる。
また、BNP以外のバイオマーカーであっても、上述のようなストレス性のバイオマーカーであれば、上記BNPの測定結果と同様に、最小限のストレスで培養容器に細胞を接着させることにより、測定値のバラツキを顕著に低減できる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の心毒性評価方法によれば、高精度で心疾患のバイオマーカーを測定することができるため、正確な心毒性評価を行うことができる。
これにより、既に心毒性を有することが分かっている化合物について、その毒性を正確に測定できる。そのため、本発明の評価方法を利用して、例えば、ドキソルビシンをポジティブコントロールとしつつ、別の新規薬剤の毒性を評価することが可能となり、ひいては、毒性を低減しつつ薬効を最大限に引き出すための当該薬剤の投与量を決定することも可能となる。
図1
図2
図3
図4