(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】神経系細胞又は神経組織と非神経上皮組織とを含む細胞塊の製造方法及びその細胞塊
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0793 20100101AFI20231114BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20231114BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20231114BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20231114BHJP
C12N 5/0797 20100101ALI20231114BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20231114BHJP
A61L 27/38 20060101ALN20231114BHJP
C12N 5/0735 20100101ALN20231114BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20231114BHJP
【FI】
C12N5/0793
A61K35/30
A61P27/02
C12N5/071
C12N5/0797
C12Q1/02
A61L27/38 100
C12N5/0735
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2019555382
(86)(22)【出願日】2018-11-22
(86)【国際出願番号】 JP2018043280
(87)【国際公開番号】W WO2019103125
(87)【国際公開日】2019-05-31
【審査請求日】2021-11-11
(31)【優先権主張番号】P 2017226308
(32)【優先日】2017-11-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】中野 徳重
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/114285(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/183732(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/020091(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/043604(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/063986(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/063985(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/086236(WO,A2)
【文献】国際公開第2016/167372(WO,A1)
【文献】特開2017-111065(JP,A)
【文献】国際公開第2017/090741(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/043605(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)及び(2)を含む、神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造方法;
(1)多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程、
ここにおいて、神経組織が網膜又はその前駆組織であり、非神経上皮組織が角膜又はその前駆組織であり、
前記工程(2)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質が、前記工程(1)における多能性幹細胞の浮遊培養開始時から0.5時間以降72時間以内に添加され、
前記Wntシグナル伝達経路阻害物質がPORCN阻害剤又はTANK阻害剤である。
【請求項2】
下記工程(a)、(1)及び(2)を含む、神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造方法;
(a)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で維持培養するa工程、
(1)a工程で維持培養された多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程、
ここにおいて、神経組織が網膜又はその前駆組織であり、非神経上皮組織が角膜又はその前駆組織であり、
前記工程(2)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質が、前記工程(1)における多能性幹細胞の浮遊培養開始時から0.5時間以降72時間以内に添加され、
前記Wntシグナル伝達経路阻害物質がPORCN阻害剤又はTANK阻害剤である。
【請求項3】
未分化維持因子が、少なくともFGFシグナル伝達経路作用物質、又はTGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質を含む、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
FGFシグナル伝達経路作用物質がbFGFであり、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質がTGFβ1、TGFβ2、Nodal、Activin A又はActivin Bである、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
工程(a)の培養時間が6~48時間である、請求項2
~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、Alk5/TGFβR1阻害剤である、請求項2~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記Alk5/TGFβR1阻害剤が、SB431542、SB505124、SB525334、LY2157299、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A83-01及びRepSoxからなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物である請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質が、Hedgehogファミリーに属するタンパク質、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Smoアゴニスト、Purmorphamine、GSA-10、Hh-AG1.5、20(S)-Hydroxycholesterol及びSAGから選択される、請求項2~7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
工程(1)における浮遊培養の時間が、12時間~48時間である、請求項1~
8のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記工程(2)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質が、前記工程(1)で形成された凝集体の表層の細胞の1割以上が密着結合を形成している期間内に添加される、請求項1~
9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP2、BMP4、BMP7、BMP13及びGDF7からなる群から選ばれる少なくとも1種のタンパク質である、請求項1~
10のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項12】
前記工程(1)及び/又は工程(2)における培養が、さらにTGFβシグナル伝達経路阻害物質の存在下で行われる、請求項1~
11のいずれか一項に記載の細胞塊の製造方法。
【請求項13】
前記TGFβシグナル伝達経路阻害物質が、Alk5/TGFβR1阻害剤である、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
前記Alk5/TGFβR1阻害剤が、SB431542、SB505124、SB525334、LY2157299、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A83-01及びRepSoxからなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物である請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
前記工程(2)における培養が、さらにWntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で行われる、請求項
12~14のいずれか一項に記載の細胞塊の製造方法。
【請求項16】
前記Wntシグナル伝達経路阻害物質がPORCN阻害剤である、請求項1~
15のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項17】
前記PORCN阻害剤が、IWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、LGK-974、Wnt-C59、ETC-159及びGNF-6231からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物である、請求項
16に記載の製造方法。
【請求項18】
前記Wntシグナル伝達経路阻害物質がTANK阻害剤である、請求項1~
15のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項19】
前記TANK阻害剤が、IWR1-endo、XAV939及びMN-64からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物である、請求項
18に記載の製造方法。
【請求項20】
前記Wntシグナル伝達経路阻害物質が、IWP-2、C-59、IWP-L6、LGK-97
4及びXAV939からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物である、請求項1~
15のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項21】
請求項1~
20のいずれか一項に記載の製造方法により得られる、内側に神経組織及び外側に非神経上皮組織を含み、前記神経組織及び非神経上皮組織との間に空間が形成されてなる細胞塊。
【請求項22】
下記工程(1)~(3)を含む、非神経上皮組織シートの製造方法;
(1)請求項1~
20のいずれか一項に記載の製造方法で、神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を製造する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞塊から非神経上皮組織を回収する第二工程、
(3)第二工程で得られた非神経上皮組織を分散させ、平面上で培養することで、非神経上皮組織シートを得る第三工程。
【請求項23】
神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊であって、
(1)神経組織の表面の3割以上が、非神経上皮組織で被覆されており、
(2)非神経上皮組織で被覆されている神経組織の表面領域の少なくとも一部において、内側の神経組織と外側の非神経上皮組織との距離が30μm以上ある間隙が形成されており、
前記神経組織が網膜又はその前駆組織であり、前記非神経上皮組織が角膜又はその前駆組織である、細胞塊。
【請求項24】
以下の工程を含む非神経上皮組織シートの製造方法:
(1)請求項
21または請求項
23に記載の細胞塊から非神経上皮組織を回収する第一工程、及び
(2)第一工程で得られた非神経上皮組織を分散させ、平面上で培養することで、非神経上皮組織シートを得る第二工程。
【請求項25】
請求項
21もしくは請求項
23に記載の神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊、又は請求項1~
20のいずれか一項に記載の製造方法により得られる神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊と、被験物質とを接触させる工程と、
該被験物質が該組織に及ぼす影響を検定する工程とを含む、被験物質の毒性・薬効評価方法。
【請求項26】
請求項1~
20のいずれか一項に記載の方法により得られる細胞塊、
又は請求項
21もしくは
23に記載の細胞
塊を含む、感覚器の障害に基づく疾患の治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞から、神経系細胞又は神経組織と非神経上皮組織とを含む細胞塊を製造する方法及びその細胞塊に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、ヒトiPS細胞から作製した凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質及びマウス肉腫由来基底膜標品(マトリゲル)存在下で浮遊培養することにより、ヒト角膜オルガノイドを作製したことが報告されている。しかしながら、異種成分及び未決定因子の混入を回避する観点から、マウス肉腫由来基底膜標品を使用しなくてもよい神経系細胞又は神経組織と非神経上皮組織とを含む細胞塊の製造方法が切望されていた。
【0003】
非特許文献2には、ヒトiPS細胞を平面上で接着培養し、立体的な水晶体を作製したことが報告されている。非特許文献3には、ヒトiPS細胞を平面上で接着培養し、中枢神経、網膜、角膜、水晶体、表皮からなるコロニーを二次元的に形成させたことが報告されている。しかしながら、特定の処理が施された容器が不要であり、容易にスケールアップが可能である浮遊培養により、神経系細胞又は神経組織と非神経上皮組織とを含む細胞塊を効率よく製造する方法が切望されていた。
【0004】
特許文献1では、Wntシグナル伝達経路阻害物質の非存在下で細胞の凝集体を形成させ、得られた凝集体に5nMのBMP4を長時間作用させ、無血清培地中で浮遊培養することにより、角膜や水晶体等の前眼部組織が立体的に形成されたことが報告されている。
しかしながら、組み換えタンパク質(BMP4)が高価であることから、組み換えタンパク質を高濃度で長時間使用しなくてもよい、神経系細胞又は神経組織と非神経上皮組織とを含む細胞塊を製造する方法が切望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Foster et al. Scientific Reports, 7, 2017.
【文献】Fu et al. Investigative Ophthalmology & Visual Science, 58.1, 2017: 517-527.
【文献】Hayashi et al. Nature, 531.7594, 2016: 376-380.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、多能性幹細胞から神経系細胞又は神経組織と非神経上皮組織とを含む細胞塊を効率よく製造する手法を提供することである。特に、フィーダーフリー培養された多能性幹細胞を出発材料とすることができ、高価な組み換えタンパク質の使用量を低減してより安価に製造することで、効率よく細胞塊を製造する手法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく検討を重ねたところ、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、BMPシグナル伝達経路作用物質を添加することにより神経組織、神経系細胞と非神経上皮組織をともに含んでなる細胞塊を効率よく製造できることを見出した。さらに、多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理することにより細胞塊の製造効率を改善できることを見出した。加えて、BMPシグナル伝達経路作用物質の添加条件を最適化し、浮遊培養開始から72時間以内という最適な添加時期を同定することにより、従来よりも低濃度のBMP4による神経系細胞又は神経組織と非神経上皮組織とを含む細胞塊の分化誘導に成功した。
すなわち、本発明は以下に関する。
【0009】
[1]下記工程(1)及び(2)を含む、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊の製造方法;
(1)多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程。
[2]下記工程(a)、(1)及び(2)を含む、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊の製造方法;
(a)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で維持培養するa工程、
(1)a工程で維持培養された多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程。
[3]前記工程(2)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質が、前記工程(1)における多能性幹細胞の浮遊培養開始時から0.5時間以降72時間以内に添加される、上記[1]又は[2]に記載の細胞塊の製造方法。
[4]前記工程(2)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質が、前記工程(1)で形成された凝集体の表層の細胞の1割以上が密着結合を形成している期間内に添加される、上記[1]又は[2]に記載の細胞塊の製造方法。
[5]前記BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP2、BMP4、BMP7、BMP13及びGDF7からなる群から選ばれる少なくとも1種のタンパク質である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の細胞塊の製造方法。
[6]前記BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP4である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の細胞塊の製造方法。
[7]前記工程(2)における浮遊培養が、前記BMP4の濃度が10pM~5nMである培地でおこなわれる、上記[6]に記載の細胞塊の製造方法。
[8]前記Wntシグナル伝達経路阻害物質が非古典的Wnt経路に対する阻害活性を有することを特徴とする、上記[1]~[7]のいずれかに記載の細胞塊の製造方法。
[9]前記Wntシグナル伝達経路阻害物質がPORCN阻害剤である、上記[1]~[8]のいずれかに記載の細胞塊の製造方法。
[10]前記PORCN阻害剤がIWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、LGK-974、Wnt-C59、ETC-159及びGNF-6231からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物である上記[9]に記載の細胞塊の製造方法。
[11]前記Wntシグナル伝達経路阻害物質がTANK阻害剤である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の細胞塊の製造方法。
[12]前記TANK阻害剤がIWR1-endo、XAV939及びMN-64からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物である、上記[11]に記載の細胞塊の製造方法。
[13]前記工程(1)及び/又は前記工程(2)における培養が、さらにTGFβシグナル伝達経路阻害物質の存在下で行われる、上記[1]~[12]のいずれかに記載の細胞塊の製造方法。
[14]前記TGFβシグナル伝達経路阻害物質がAlk5/TGFβR1阻害剤である、上記[13]に記載の細胞塊の製造方法。
[15]前記Alk5/TGFβR1阻害剤がSB431542、SB505124、SB525334、LY2157299、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A 83-01及びRepSoxからなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物である、上記[14]に記載の細胞塊の製造方法。
[16]前記工程(a)におけるソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質がSAG、Purmorphamine及びGSA-10からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物であることを特徴とする、上記[2]~[15]のいずれかに記載の細胞塊の製造方法。
[17]前記工程(a)における培地に含まれるソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度が、10nMから700nMのSAGに相当するソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性を有する濃度である、上記[16]に記載の細胞塊の製造方法。
[18]前記工程(1)及び/又は工程(2)における浮遊培養が、無血清培地を用いた浮遊培養である、上記[1]~[17]のいずれかに記載の細胞塊の製造方法。
[19]前記無血清培地が、血清代替物を含む無血清培地である上記[18]に記載の細胞塊の製造方法。
[20]上記[1]~[19]のいずれかに記載の製造方法により得られる1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊。
[21]下記工程(1)~(4)を含む、非神経上皮組織シートの製造方法;
(1)多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程、
(3)第二工程で得られた細胞塊から2)非神経上皮組織を回収する第三工程、
(4)第三工程で得られた2)非神経上皮組織を分散させ、平面上で培養することで、非神経上皮組織シートを得る第四工程。
[22]下記工程(a)及び下記工程(1)~(4)を含む、非神経上皮組織シートの製造方法;
(a)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で維持培養するa工程、
(1)a工程で維持培養された多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程、
(3)第二工程で得られた細胞塊から2)非神経上皮組織を回収する第三工程、
(4)第三工程で得られた2)非神経上皮組織を分散させ、平面上で培養することで、非神経上皮組織シートを得る第四工程。
[23]前記工程(3)における非神経上皮組織の回収方法が、細胞塊の凍結融解によって行われる、上記[21]又は[22]に記載の非神経上皮組織シートの製造方法。
[24]細胞塊の凍結融解による非神経上皮組織の回収が、緩慢凍結法によって行われる、上記[23]に記載の非神経上皮組織シートの製造方法。
[25]前記2)非神経上皮組織が、角膜又はその前駆組織である、上記[21]~[24]のいずれかに記載の非神経上皮組織シートの製造方法。
[26]上記[21]~[25]のいずれかに記載の製造方法により得られる非神経上皮組織シート。
[27]1)神経系細胞又は神経組織の表面の3割以上が、2)非神経上皮組織で被覆されている、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊であって、
2)非神経上皮組織で被覆されている1)神経系細胞又は神経組織の表面領域の少なくとも一部において、1)神経系細胞又は神経組織と外側の2)非神経上皮組織との距離が30μm以上ある間隙が形成されている、細胞塊。
[28]前記2)非神経上皮組織が、培養液中においても自律的に上皮細胞によって形成される球体様の構造を維持可能な非神経上皮組織である、上記[27]に記載の細胞塊。
[29]前記2)非神経上皮組織が、上皮細胞極性を有する上記[27]又は[28]に記載の細胞塊。
[30]前記2)非神経上皮組織が、基底膜様構造を有する上記[27]~[29]のいずれかに記載の細胞塊。
[31]前記基底膜様構造が、1)神経系細胞又は神経組織と2)非神経上皮組織との間に形成されている、上記[30]に記載の細胞塊。
[32]前記2)非神経上皮組織が多列上皮である、上記[27]~[31]のいずれかに記載の細胞塊。
[33]前記2)非神経上皮組織が重層上皮である、上記[27]~[31]のいずれかに記載の細胞塊。
[34]前記2)非神経上皮組織が、角膜又はその前駆組織である、上記[27]~[33]のいずれかに記載の細胞塊。
[35]前記1)神経系細胞又は神経組織が、中枢神経系の細胞又は組織若しくはその前駆組織である、上記[27]~[34]のいずれかに記載の細胞塊。
[36]前記中枢神経系の細胞又は組織が網膜である、上記[35]に記載の細胞塊。
[37]前記2)非神経上皮組織の一部がプラコード又はプラコード由来組織である、上記[27]~[36]のいずれかに記載の細胞塊。
[38]前記プラコードが頭蓋プラコードである、上記[37]に記載の細胞塊。
[39]前記プラコード由来組織が水晶体である、上記[37]に記載の細胞塊。
[40]上記[27]~[39]のいずれかに記載の1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊と被験物質とを接触させる工程と、
該被験物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定する工程とを含む、被験物質の毒性・薬効評価方法。
[41]上記[1]~[19]のいずれかに記載の製造方法により得られた1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊と被験物質とを接触させる工程と、
該被験物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定する工程とを含む、被験物質の毒性・薬効評価方法。
[42]上記[21]~[25]のいずれかに記載の方法により得られた非神経上皮組織シートと被験物質とを接触させる工程と、
該被験物質が該非神経上皮組織シートに及ぼす影響を検定する工程とを含む、被験物質の毒性・薬効評価方法。
[43]前記検定する工程が、
被験物質と接触させた細胞塊又は非神経上皮組織シートを色素で染色する工程、
染色された細胞塊又は非神経上皮組織シートより色素を抽出する工程及び
抽出された色素の量を定量し被験物質の刺激性を評価する工程である、上記[40]~[42]のいずれかに記載の被験物質の毒性・薬効評価方法。
[44]上記[1]~[19]のいずれかに記載の方法により得られる細胞塊を含む、感覚器の障害に基づく疾患の治療薬。
[45]上記[25]に記載の方法により得られる非神経上皮組織シートを含む、角膜の障害に基づく疾患の治療薬。
[46]上記[1]~[19]のいずれかに記載の方法により得られる細胞塊から、2)非神経上皮組織の有効量を、移植を必要とする対象に移植する工程を含む、感覚器の障害に基づく非ヒト動物の疾患の治療方法。
[47]上記[1]~[19]のいずれかに記載の方法により得られる細胞塊を含む、被験物質の毒性・薬効評価用試薬。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、多能性幹細胞から神経系細胞又は神経組織と非神経上皮組織とを含む細胞塊を低コストに効率よく製造することが可能になる。
また、神経系細胞又は神経組織と非神経上皮組織との間に間隙を有する細胞塊であって、神経系細胞又は神経組織から非神経上皮組織を容易に分離採取することが可能な細胞塊を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1上段は、比較例1において、ヒトES細胞から細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段A及びBは比較例1において浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。下段C~Mは、浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。C~Fは、RLDH3、Chx10、汎サイトケラチン(Pan CK)とその核染色像をそれぞれ示す。G~Jは、Rx、Pax6、βIIIチューブリン(Tuj1)とその核染色像をそれぞれ示す。K~Mは、Bf1、N-Cadherinとその核染色像をそれぞれ示す。
【
図2-1】
図2-1の上段は、実施例1において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段A及びBは実施例2において浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。下段C~Rは、浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。C及びDは、Chx10の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。E及びFは、RLDH3の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。G及びHは、NCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。I及びJは、N-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。K~Nは、EpCAM、Six1、p63の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。O及びPは、PDGFRβの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。Q及びRは、サイトケラチン18(CK18)の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。
【
図2-2】
図2-2のS~ANは、浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。S及びTは、サイトケラチン19(CK19)の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。U及びVは、汎サイトケラチンの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。W~YはC-Maf、Sox1の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。Z~ABはProx1、アセチル化チューブリン(AcTub)の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AC~AEはL-Maf、Crystalline αA(Cry αA)の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AF~AHはEmx2、N-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AI~AKはPax6、βIIIチューブリンの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AL~ANはSix1、汎サイトケラチンの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。
【
図2-3】
図2-3のAO~AVは、浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。AO~APはEpCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AQ~ARはLamininの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。AS~AVはRLDH3、Chx10、汎サイトケラチンの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。下段AWは培養28日目の神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の構造を模式的に表した図である。
【
図3】
図3A~Cは、実施例2において、浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。A~CはN-Cadherin、EpCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。下段
図3Dは蛍光免疫染色により得られた画像を解析ソフトウェアにより計測した結果である。
【
図4】
図4上段は、実施例3において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段A~Cは実施例3において浮遊培養開始90日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。下段D~Nは、浮遊培養開始90日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。D~Kはサイトケラチン5(CK5)、サイトケラチン12(CK12)、Lamininの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。L~NはMucin4(MUC4)、Pax6の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。
【
図5】
図5上段は、実施例4において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊をBMP4の添加時期を変えて作製する際の手順を模式的に示した図である。下段A~Fは実施例2において浮遊培養開始10日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。AはBMP4を添加しないコントロールの細胞の、Bは浮遊培養開始と同時にBMP4を添加した細胞の、C~Fはそれぞれ浮遊培養を開始して1、2、3及び6日目にBMP4を添加した細胞から形成される浮遊培養開始10日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。
【
図6】
図6上段は、実施例5において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造過程において細胞凝集体を調製する際の手順を模式的に示した図である。下段A及びBは、それぞれ、実施例5において浮遊培養開始2及び3日後の細胞凝集体の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。下段C~Jは、浮遊培養開始2日後あるいは3日後の細胞凝集体における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。C及びDは、浮遊培養開始2日後の細胞凝集体のZO-1の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。G及びHは、浮遊培養開始2日後の細胞凝集体のN-Cadherin(NCad)の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。E及びFは、浮遊培養開始3日後の細胞凝集体のZO-1の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。I及びJは、浮遊培養開始3日後の細胞凝集体のN-Cadherin(NCad)の染色像とその核染色像をそれぞれ示す。
【
図7】
図7上段は、実施例6において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊をBMP4の添加濃度を変えて作製する際の手順を模式的に示した図である。下段A~Hは実施例6において浮遊培養開始10日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。AはBMP4を添加しないコントロールの、B~Hはそれぞれ浮遊培養開始後2日目に濃度を変えて(0.1nM, 0.25nM, 0.5nM, 0.75nM, 1nM, 1.5nM, 5nM)BMP4を添加しさらに浮遊培養を行って浮遊培養開始後10日目の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。
【
図8】
図8上段は、実施例7において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造における各Wntシグナル伝達経路阻害物質の効果を調べる手順を模式的に示した図である。下段A~Kは実施例7において浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。AはWntシグナル伝達経路阻害物質を添加しないコントロールの、B~Kはそれぞれ浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質をその種類や濃度を変えて添加しさらに浮遊培養を行って浮遊培養開始後10日目の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。
【
図9】
図9上段は、実施例8において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造における浮遊培養開始前の化合物による前処理の効果を調べる手順を模式的に示した図である。下段A~Cは実施例8において浮遊培養開始15日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。Aは、全周の80%以上が非神経上皮に被覆されている、球状に近い形態をしたGrade 1の細胞塊、Bは、全周80%から40%が非神経上皮に被覆されている、もしくは形がいびつなGrade 2の細胞塊、Cは、細胞塊表面の非神経上皮の割合が40%以下であるGrade 3の細胞塊の例である。Dは各条件の化合物前処理を実施したのちに形成された細胞塊の品質評価結果をグラフ化したものである。
【
図10】
図10上段は、実施例9において、ヒトiPS細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは実施例9において浮遊培養開始10日後の細胞塊、B及びCは浮遊培養開始28日後の細胞塊の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。下段D~Sは、浮遊培養開始28日後の細胞塊における各細胞マーカーの発現状況を蛍光免疫染色により調べた結果を示す図である。D~Gは、Six1、NCAM、E-Cadherinの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。H~Kは、RLDH3、Chx10、汎サイトケラチンの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。L~Oは、Pax6、Rx、βIIIチューブリンの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。P~Sは、p63、N-Cadherin、EpCAMの染色像とその核染色像をそれぞれ示す。
【
図11】
図11上段は、実施例10において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは実施例10において浮遊培養開始34日後の細胞塊、BはAの非神経上皮組織のみを単離した状態、Cは単離した非神経上皮組織を酵素処理で単細胞化したのちに細胞培養ディッシュへ播種後3日目の倒立顕微鏡の明視野観察像を示す図である。
【
図12】
図12上段は、実施例11において、ヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を作製する際の手順を模式的に示した図である。下段Aは実施例11において細胞塊をGHS分類1及び2の化合物で処理後にフルオレセイン染色法による評価を実施した結果をグラフ化したものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.定義
本発明において、「幹細胞」とは、分化能及び分化能を維持した増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、生体を構成するすべての細胞(三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)由来の組織)に分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0013】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることができる。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating Stress Enduring cell)や、生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIFを含む培地中で培養することにより製造することができる。ES細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。いずれもマウス胚性幹細胞である、EB5細胞は国立研究開発法人理化学研究所より、D3株はATCCより、入手可能である。ES細胞の一つである核移植ES細胞(ntES細胞)は、細胞核を取り除いた卵子に体細胞の細胞核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0014】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することにより製造することができる(Cell, 70: 841-847, 1992)。
【0015】
本発明における「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞や末梢血単核球等分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組み合わせのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。2006年、山中らによりマウス細胞で人工多能性幹細胞が樹立された(Cell, 2006, 126(4)pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell, 2007, 131(5) pp.861-872;Science, 2007, 318(5858) pp.1917-1920;Nat. Biotechnol., 2008, 26(1) pp.101-106)。人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加などにより体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science, 2013, 341 pp. 651-654)。
【0016】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球やT細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞、等が挙げられる。
【0017】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子(例、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子)の発現により初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。前記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、エピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、エレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法、等が挙げられる。
【0018】
本発明に用いられる多能性幹細胞は、好ましくはES細胞又は人工多能性幹細胞である。
【0019】
複能性幹細胞としては、造血幹細胞、神経幹細胞、網膜幹細胞、間葉系幹細胞等の組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞とも呼ばれる)を挙げることができる。
【0020】
遺伝子改変された多能性幹細胞は、例えば、相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変される染色体上の遺伝子としては、例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子、神経系細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子などがあげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法を用いて行うことができる。
【0021】
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子(例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子など)のゲノム遺伝子を単離し、単離されたゲノム遺伝子を用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターを作製する。作製されたターゲットベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲットベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0022】
標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離する方法としては、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons(1987-1997)等に記載された公知の方法があげられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)やUniversal GenomeWalker Kits(CLONTECH製)などを用いることにより、標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離することもできる。
【0023】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法にしたがって行うことができる。ターゲットベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、又はポリA選択などの方法を用いることができる。
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等があげられる。
【0024】
本発明における「哺乳動物」には、げっ歯類、有蹄類、ネコ目、霊長類等が包含される。げっ歯類には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等が包含される。有蹄類には、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等が包含される。ネコ目には、イヌ、ネコ等が包含される。本発明における「霊長類」とは、霊長目に属するほ乳類動物をいい、霊長類としては、キツネザルやロリス、ツバイなどの原猿亜目と、サル、類人猿、ヒトなどの真猿亜目が挙げられる。
【0025】
本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)の多能性幹細胞であり、最も好ましくはヒト多能性幹細胞である。
【0026】
本発明において、「シグナル伝達」とは、細胞膜等に存在する受容体タンパク質が化学物質などと結合して構造変化を起こし、それを刺激として順次細胞内に伝達して、最終的に遺伝子発現やチャネルの開口などの反応をもたらす過程や機構といった、細胞が有する生化学的刺激に対する、情報の伝達、増幅、処理、応答機構を表す。
【0027】
本発明において、「細胞接着(Cell adhesion)」とは、細胞と細胞同士の接着、及び細胞と細胞外マトリックスとの接着を言う。インビトロの人工培養環境下で生じる、細胞の培養器材等への接着も細胞接着に包含される。細胞接着の種類として、固定結合(anchoring junction)、連絡結合(communicating junction)、閉鎖結合(occluding junction)が挙げられる。
【0028】
本発明において、「密着結合(Tight junction)」とは、細胞間の接着のうち、脊椎動物と脊索動物で見られる閉鎖結合のことを表す。密着結合は上皮細胞間に形成される。生体由来の組織中並びに本発明の製造方法等で作製された細胞塊中に密着結合が存在しているかどうかは、例えば密着接合の構成成分に対する抗体(抗クローディン抗体、抗ZO-1抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。
【0029】
本発明における「浮遊培養」あるいは「浮遊培養法」とは、細胞、細胞凝集体又は細胞塊が培養液に浮遊して存在する状態を維持しつつ培養すること、及び当該培養を行う方法を言う。すなわち浮遊培養は、細胞、細胞凝集体又は細胞塊を培養器材等に接着させない条件で行われ、培養器材等に接着させる条件で行われる培養(接着培養、あるいは、接着培養法)は、浮遊培養の範疇に含まれない。この場合、細胞が接着するとは、細胞、細胞凝集体又は細胞塊と培養器材の間に、細胞接着の一種である強固な細胞-基質間結合(cell-substratum junction)ができることをいう。より詳細には、浮遊培養とは、細胞、細胞凝集体又は細胞塊と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせない条件での培養をいい、接着培養とは、細胞、細胞凝集体又は細胞塊と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせる条件での培養をいう。
浮遊培養中の細胞凝集体あるいは細胞塊においては、細胞と細胞が面接着する。浮遊培養中の細胞凝集体あるいは細胞塊では、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。一部の態様では、浮遊培養中の細胞凝集体又は細胞塊では、内在の細胞-基質間結合が凝集体あるいは細胞塊の内部に存在するが、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。
細胞と細胞が面接着(plane attachment)するとは、細胞と細胞が面で接着することをいう。より詳細には、細胞と細胞が面接着するとは、ある細胞の表面積のうち別の細胞の表面と接着している割合が、例えば、1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上であることをいう。細胞の表面は、膜を染色する試薬(例えばDiI)による染色や、細胞接着因子(例えば、E-cadherinやN-cadherin)の免疫染色により、観察できる。
【0030】
浮遊培養を行う際に用いられる培養器は、「浮遊培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等によるコーティング処理、又は、正電荷処理等の表面加工)されていないものなどを使用できる。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、MPCポリマー等の超親水性処理、タンパク低吸着処理等)されたものなどを使用できる。スピナーフラスコやローラーボトル等を用いて回転培養してもよい。培養器の培養面は、平底でもよいし、凹凸があってもよい。
【0031】
本発明において細胞の培養に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
多能性幹細胞の培養には、上記基礎培地をベースとした多能性幹細胞培養用の培地、好ましく公知の胚性幹細胞及び又は人工多能性幹細胞用の培地や、フィーダーフリー下で多能性幹細胞を培養するための培地を用いることができる。例えばEssential 8培地や、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、StemFit培地等のフィーダーフリー培地を挙げることができる。
【0032】
本発明における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
【0033】
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KnockoutTM Serum Replacement (Life Technologies社製:以下、KSRと記すこともある。)、Chemically-defined Lipid concentrated(Life Technologies社製)、GlutamaxTM(Life Technologies社製)、B27(Life Technologies社製)、N2(Life Technologies社製)が挙げられる。
【0034】
浮遊培養で用いる無血清培地は、適宜、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0035】
調製の煩雑さを回避するために、かかる無血清培地として、市販のKSR(ライフテクノロジー(Life Technologies)社製)を適量(例えば、約0.5%から約30%、好ましくは約1%から約20%)添加した無血清培地(例えば、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に1 × chemically-defined Lipid concentrated、5%KSR及び450μM1-モノチオグリセロールを添加した培地)を使用してもよい。また、KSR同等品として特表2001-508302に開示された培地が挙げられる。
【0036】
本発明における「血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含む培地を意味する。当該培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、1-モノチオグリセロール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。例えば、マトリゲル等の基底膜標品を使用して多能性幹細胞を網膜組織等に分化誘導する場合には、血清培地を用いることができる(Cell Stem Cell, 10(6), 771-775 (2012))。
【0037】
本発明における培養は、好ましくはゼノフリー条件で行われる。「ゼノフリー」とは、培養対象の細胞の生物種とは異なる生物種由来の成分が排除された条件を意味する。
【0038】
本発明に用いる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、含有成分が化学的に決定された培地(Chemically defined medium; CDM)である。
【0039】
本発明における「基底膜(Basement membrane)様構造」とは、細胞外マトリックスより構成される薄い膜状の構造を意味する。基底膜は生体においては、上皮細胞の基底側(basal)に形成される。基底膜の成分としては、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(パールカン)、エンタクチン/ニドゲン、サイトカイン、成長因子等が挙げられる。生体由来の組織中並びに本発明の製造方法等で作製された細胞塊中に基底膜が存在しているかどうかは、例えばPAM染色等の組織染色、並びに基底膜の構成成分に対する抗体(抗ラミニン抗体、抗IV型コラーゲン抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。
【0040】
本発明における「基底膜標品」とは、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播種して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現などを制御する機能を有する基底膜構成成分を含むものをいう。例えば、本発明により製造された細胞・組織を分散させ、更に接着培養を行う際には、基底膜標品存在下で培養することができる。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などとの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリクス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液などを用いて支持体から除去することで作製することができる。基底膜標品としては、基底膜調製物として市販されている商品(例えば、MatrigelTM(ベクトン・ディッキンソン社製:以下、マトリゲルと記すこともある))やGeltrexTM(Life Technologies社製)、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えば、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなど)を含むものが挙げられる。
【0041】
本発明において、Engelbreth-Holm-Swarm (EHS)マウス肉腫等の組織乃至細胞から抽出、可溶化されたマトリゲル(Corning社製)等の基底膜標品を細胞並びに組織の培養に用いることができる。同様に細胞培養に用いる基底膜成分として、ヒト可溶化羊膜(生物資源応用研究所社製)、HEK293細胞に産生させたヒト組み換えラミニン(BioLamina社製)、ヒト組み換えラミニン断片(ニッピ社製)、ヒト組み換えビトロネクチン(Thermo Fisher社製)等も用いることができるが、異なる生物種由来の成分混入を回避する観点、及び感染症のリスクを回避する観点から、好ましくは、成分の明らかな組み換えタンパク質である。
【0042】
本発明において、「物質Xを含む培地」及び「物質Xの存在下」とは、それぞれ外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地または外来性の物質Xを含む培地及び外来性の物質Xの存在下を意味する。外来性の物質Xは、例えば培地中に存在する細胞または組織が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌もしくは産生する内在的な物質Xと区別される。
例えば、「ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地」とは、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質が添加された培地または外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地を意味する。
【0043】
本発明において、「フィーダー細胞」とは、幹細胞を培養するときに共存させる当該幹細胞以外の細胞のことである。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞としては、例えば、マウス線維芽細胞(MEF)、ヒト線維芽細胞、又は、SNL細胞等が挙げられる。フィーダー細胞としては、増殖抑制処理したフィーダー細胞が好ましい。増殖抑制処理としては、増殖抑制剤(例えば、マイトマイシンC)処理又はUV照射等が挙げられる。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞は、液性因子(好ましくは未分化維持因子)の分泌や、細胞接着用の足場(細胞外基質)の作製により、多能性幹細胞の未分化維持に貢献する。
【0044】
本発明において、細胞の「凝集体」(Aggregate)とは、培地中に分散していた細胞が集合して形成された塊であって、細胞同士が接着している塊をいう。細胞塊、胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、スフェロイド(Spheroid)、オルガノイド(Organoid)も細胞の凝集体に包含される。好ましくは、細胞の凝集体において、細胞同士が面接着している。一部の態様において、凝集体の一部分あるいは全部において、細胞同士が細胞-細胞間結合(cell-cell junction)及び又は細胞接着(cell adhesion)、例えば接着結合(adherence junction)、を形成している場合がある。本発明における「凝集体」として具体的には、下記「2.神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造方法」における、第一工程で生成する、浮遊培養開始時に分散していた細胞が形成する凝集体が挙げられる。
本発明において、「均一な凝集体」とは、複数の凝集体を培養する際に各凝集体の大きさが一定であることを意味し、凝集体の大きさを最大径の長さで評価する場合、均一な凝集体とは、最大径の長さの分散が小さいことを意味する。より具体的には、凝集体の集団全体のうちの75%以上の凝集体が、当該凝集塊の集団における最大径の平均値±100%、好ましくは平均値±50%の範囲内、より好ましくは平均値±20%の範囲内であることを意味する。
【0045】
本発明において、「均一な凝集体を形成させる」とは、細胞を集合させて細胞の凝集体を形成させ浮遊培養する際に、一定数の分散した細胞を迅速に凝集させることで大きさが均一な細胞の凝集体を形成させることをいう。
「分散」とは、細胞や組織を酵素処理や物理処理等の分散処理により、小さな細胞片(2細胞以上100細胞以下、好ましくは50細胞以下)又は単一細胞まで分離させることをいう。一定数の分散した細胞とは、細胞片又は単一細胞を一定数集めたもののことをいう。
多能性幹細胞を分散させる方法としては、例えば、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理が挙げられる。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase又はパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、Accumax(Innovative cell technologies社製)やTrypLE Select(Life Technologies社製)を用いることもできる。
細胞保護剤添加処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、ROCK阻害物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。
例えば、多能性幹細胞を分散させる方法として、多能性幹細胞のコロニーを、細胞保護剤としてROCK阻害物質の存在下、細胞分散液(Accumax)で処理し、さらにピペッティングにより分散させる方法が挙げられる。
【0046】
本発明の製造方法においては、多能性幹細胞を迅速に集合させて多能性幹細胞の凝集体を形成させることが好ましい。このように多能性幹細胞の凝集体を形成させると、形成された凝集体から分化誘導される細胞において上皮様構造を再現性よく形成させることができる。凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えば、ウェルの小さなプレート(例えば、ウェルの底面積が平底換算で0.1~2.0 cm2程度のプレート)やマイクロポアなどを用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、例えば24ウェルプレート(面積が平底換算で1.88 cm2程度)、48ウェルプレート(面積が平底換算で1.0 cm2程度)、96ウェルプレート(面積が平底換算で0.35 cm2程度、内径6~8mm程度)、384ウェルプレートが挙げられる。好ましくは、96ウェルプレートが挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを上から見たときの底面の形状としては、多角形、長方形、楕円、真円が挙げられ、好ましくは真円が挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを横から見たときの底面の形状としては、外周部が高く内凹部が低くくぼんだ構造が好ましく、例えば、U底、V底、M底が挙げられ、好ましくはU底またはV底、最も好ましくはV底が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、細胞培養皿(例えば、60mm~150mmディッシュ、カルチャーフラスコ)の底面に凹凸、又は、くぼみがあるものを用いてもよい。ウェルの小さなプレートの底面は、細胞非接着性の底面、好ましくは前記細胞非接着性コートした底面を用いるのが好ましい。
多能性幹細胞の凝集体が形成されたことや、凝集体を形成する各細胞において上皮様構造が形成されたことは、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0047】
本発明における「組織」とは、形態や性質が異なる複数種類の細胞が一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体をさす。
【0048】
本発明において、「神経組織」とは、発生期又は成体期の大脳、中脳、小脳、脊髄、網膜、末梢神経等の、神経系細胞によって構成される組織を意味する。神経組織は、層構造をもつ上皮構造(神経上皮)を形成することがあり、神経組織中の神経上皮は光学顕微鏡を用いた明視野観察により存在量を評価することができる。
【0049】
本発明において、「神経系細胞(Neural cell)」とは、外胚葉由来組織のうち表皮系細胞以外の細胞を表す。すなわち、神経系前駆細胞、ニューロン(神経細胞)、グリア細胞、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞等の細胞を含む。神経系細胞には、下述する網膜組織を構成する細胞(網膜細胞)、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、神経網膜細胞、網膜色素上皮細胞も包含される。神経系細胞は、Nestin、TuJ1、PSA-NCAM、N-cadherin等をマーカーとして同定することができる。
ニューロンは、神経回路を形成し情報伝達に貢献する機能的な細胞であり、TuJ1、Dcx、HuC/D等の幼若神経細胞マーカー、及び/又は、Map2、NeuN等の成熟神経細胞マーカーの発現を指標に同定することができる。
グリア細胞(glial cell)としては、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミュラーグリア等が挙げられる。アストロサイトのマーカーとしてはGFAP、オリゴデンドロサイトのマーカーとしてはo4、ミュラーグリアのマーカーとしてはCRALBP等が挙げられる。
神経幹細胞とは、神経細胞及びグリア細胞への分化能(多分化能)と、多分化能を維持した増殖能(自己複製能ということもある)を持つ細胞である。神経幹細胞のマーカーとしてはNestin、Sox2、Musashi、Hesファミリー、CD133等が挙げられるが、これらのマーカーは前駆細胞全般のマーカーであり神経幹細胞特異的なマーカーとは考えられていない。神経幹細胞の数は、ニューロスフェアアッセイやクローナルアッセイ等により評価することができる。
ニューロン前駆細胞とは、増殖能をもち、神経細胞を産生し、グリア細胞を産生しない細胞である。ニューロン前駆細胞のマーカーとしては、Tbr2、Tα1等が挙げられる。あるいは、幼若神経細胞マーカー(TuJ1, Dcx, HuC/D)陽性かつ増殖マーカー(Ki67, pH3, MCM)陽性の細胞を、ニューロン前駆細胞として同定することもできる。
グリア前駆細胞とは、増殖能をもち、グリア細胞を産生し、神経細胞を産生しない細胞である。
神経系前駆細胞(Neural Precursor cell)は、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞を含む前駆細胞の集合体であり、増殖能とニューロン及びグリア細胞産生能をもつ。神経系前駆細胞はNestin、GLAST、Sox2、Sox1、Musashi、Pax6等をマーカーとして同定することができる。あるいは、神経系細胞のマーカー陽性かつ増殖マーカー(Ki67, pH3, MCM)陽性の細胞を、神経系前駆細胞として同定することもできる。
【0050】
本発明における「網膜組織」とは、生体網膜において各網膜層を構成する視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、これらの前駆細胞、または網膜前駆細胞などの細胞が、少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した網膜組織を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現有無若しくはその程度等により確認できる。
【0051】
本発明における「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層および内境界膜を挙げることができる。
【0052】
本発明における「網膜前駆細胞」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞のいずれの成熟な網膜細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜節細胞前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。
【0053】
本発明における「網膜層特異的神経細胞」とは、網膜層を構成する細胞であって網膜層に特異的な神経細胞を意味する。網膜層特異的神経細胞としては、双極細胞、網膜神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、視細胞、網膜色素上皮細胞、杆体細胞及び錐体細胞を挙げることができる。
【0054】
本発明における「網膜細胞」には、上述の網膜前駆細胞及び網膜層特異的神経細胞が包含される。
【0055】
網膜細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRx(Raxとも言う)、Aldh1a3、及びPAX6、視床下部ニューロンの前駆細胞では発現するが網膜前駆細胞では発現しないNkx2.1、視床下部神経上皮で発現し網膜では発現しないSox1、視細胞の前駆細胞で発現するCrx、Blimp1などが挙げられる。網膜層特異的神経細胞のマーカーとしては、双極細胞で発現するChx10、PKCα及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するCalretinin、水平細胞で発現するCalbindin、成熟視細胞で発現するRhodopsin及びRecoverin、杆体細胞で発現するNrl、錐体細胞で発現するRxr-gamma、網膜色素上皮細胞で発現するRPE65及びMitfなどが挙げられる。
【0056】
本発明において、「非神経上皮組織」とは、上皮構造を有する組織のうち神経上皮組織以外の組織を表す。上皮組織は外胚葉、中胚葉、内胚葉、栄養外胚葉のいずれの胚葉からも形成される。上皮組織には上皮、中皮、内皮が含まれる。非神経上皮組織に含まれる組織の例としては、表皮、角膜上皮、鼻腔上皮、口腔上皮、気管上皮、気管支上皮、気道上皮、腎上皮、腎皮質上皮、胎盤上皮等が挙げられる。
上皮組織は通常種々の細胞間結合によりつながれており、単層または重層化した層構造を有する組織を形成する。これら上皮組織の有無の確認、存在量の定量は光学顕微鏡による観察か、上皮細胞マーカーに対する抗体(抗E-Cadherin抗体、抗N-Cadherin抗体、抗EpCAM抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により可能である。
【0057】
本発明において、「上皮細胞極性(Epithelial polarity)」とは上皮細胞内に空間的に形成されている構成成分および細胞機能の分布の偏りを表す。例えば、角膜上皮細胞は眼球の最も外層に局在し、頂端側(apical)では涙液を保持するための膜結合型ムチン(MUC-1、4、 16)等の頂端側特異的なタンパク質を発現し、基底側(basal)では基底膜に接着するためのα6インテグリン、β1インテグリン等の基底側特異的なタンパク質を発現している。
生体由来の組織中並びに本発明の製造方法等で作製された細胞塊中の上皮細胞並びに上皮組織に上皮細胞極性が存在しているかどうかは、Phalloidin、頂端側マーカー(抗MUC-1抗体、抗PKC-zeta抗体等)並びに基底側マーカー(抗α6インテグリン抗体、抗β1インテグリン抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。
【0058】
角膜は、非神経上皮組織の一種であり、眼球壁の外層の前方約1/6を占める透明な時計皿状の組織である。角膜の部分構造としては、角膜上皮、ボーマン膜、角膜実質、デスメ膜、角膜内皮等が挙げられるが、これらに限定されない。角膜は、通常、体表側から順に、角膜上皮、ボーマン膜、角膜実質、デスメ膜、及び角膜内皮からなる5つの層から構成される。角膜、その部分構造、又はその前駆組織が誘導されたことは、マーカーの発現により確認することができる。角膜、その部分構造、又はその前駆組織のマーカーとしては、汎サイトケラチン(角膜上皮前駆組織)、サイトケラチン18(角膜上皮前駆組織)、サイトケラチン19(角膜上皮前駆組織)、EpCAM(角膜上皮前駆組織)、PDGFR-β(表層外胚葉)、Six1(表層外胚葉およびプラコード)、E-カドヘリン(角膜上皮前駆組織)、N-カドヘリン(角膜上皮幹細胞・前駆組織)、サイトケラチン3(角膜上皮)、サイトケラチン12(角膜上皮)、サイトケラチン14(角膜上皮)、p63(角膜上皮)、ZO-1(角膜上皮)、PDGFR-α(角膜実質、角膜内皮、又はその前駆組織)、Pitx2(角膜実質及び角膜内皮の前駆組織)、ABCG2(角膜実質及び角膜内皮の前駆組織)等が挙げられる。一態様において、本発明の方法により製造される細胞塊に含まれる角膜上皮の前駆組織は、パンサイトケラチン陽性及びE-カドヘリン陽性の上皮細胞層である。一態様において、本発明の方法により製造される細胞塊に含まれる角膜上皮は、サイトケラチン3陽性、サイトケラチン12陽性、サイトケラチン14陽性、p63陽性及びZO-1陽性の上皮構造である。一態様において、本発明の方法により製造される細胞塊に含まれる角膜実質及び角膜内皮の前駆組織は、間葉細胞の凝集層である。一態様において、該間葉細胞の凝集層は、汎サイトケラチン陽性、PDGFR-α陽性、又はPitx2陽性且つABCG2陽性である。角膜実質と角膜内皮は、共に間葉細胞に由来するが、角膜内皮は上皮化した内皮細胞層様の形態を呈するので、上記のマーカー発現の解析に加えて、形態学的な観察を行うことにより、角膜実質(又はその前駆組織)と角膜内皮(又はその前駆組織)とを区別したり、角膜内皮又はその前駆組織が誘導されたことを確認したりすることが可能となる。
【0059】
本発明において、「プラコード(placode)」とは、主に脊椎動物の発生過程において表皮外胚葉の一部が肥厚して形成される器官の原基のことを表す。プラコードに由来する組織としては、水晶体、鼻、内耳、三叉神経等が挙げられる。プラコード、またはその前駆組織である前プラコード領域(preplacode region)のマーカーとしては、Six1、Six4、Dlx5、Eya2等が挙げられる。
【0060】
水晶体プラコードとは、肥厚した表皮外胚葉細胞層からなる水晶体前駆組織である。胚発生においては、眼胞の表皮外胚葉への接触により、当該接触領域が肥厚することにより形成される。
水晶体とは、プラコードに由来する組織の一つであり、外から眼球に入ってきた光を屈折させて、網膜にピントをあわせるレンズの役割を果たす組織である。水晶体の部分構造としては、水晶体上皮、水晶体核、水晶体嚢、等が挙げられるが、これらに限定されない。水晶体の前駆組織としては、水晶体プラコード、水晶体胞等が挙げられる。
水晶体胞とは、水晶体プラコードの陥入により形成される小胞である。
水晶体、その部分構造、又はその前駆組織が誘導されたことは、マーカーの発現により確認することができる。水晶体、その部分構造、又はその前駆組織のマーカーとしては、Six1(表層外胚葉およびプラコード) 、FoxC1(プラコード) 、Emx2 (プラコード) 、Sox1(中枢神経系および水晶体前駆組織)、FoxE3(水晶体前駆組織)、Prox1(水晶体前駆組織)、L-Maf(水晶体前駆組織)、α、β及びγクリスタリン(水晶体)等が挙げられるが、これらに限定されない。一態様において、水晶体プラコードは、L-Maf陽性の肥厚した表皮外胚葉細胞層である。一態様において、水晶体胞は、L-Maf陽性の小胞である。
【0061】
後述の、本発明の製造方法により製造される神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の一態様として、前眼部組織が挙げられる。多能性幹細胞から作製された凝集体内において、多能性細胞から、前眼部組織若しくはその部分構造、又はその前駆組織への分化を誘導することにより、前眼部組織若しくはその部分構造、又はその前駆組織を含む細胞塊を得ることができる。上記前眼部組織には、非神経上皮組織の一種である角膜組織が含まれ、プラコード由来組織の一種である水晶体が含まれ、神経組織の一種である網膜組織が含まれる。
【0062】
2.神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造方法
本発明は、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊の製造方法を提供する。以下、本発明の製造方法とも称する。
本発明の製造方法の一態様は、下記工程(1)及び(2)を含む、神経系細胞又は神経組織、及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造方法である。
(1)多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程。
【0063】
本発明の製造方法のより好ましい一態様は、
下記工程(a)、(1)及び(2)を含む、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊の製造方法である。
(a)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で維持培養するa工程、
(1)a工程で維持培養された多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程。
【0064】
<(a)工程>
多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で維持培養するa工程について説明する。
a工程において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理してから、第一工程において浮遊培養に付すことにより、多能性幹細胞の状態が変わり、非神経上皮組織の形成効率が改善し、凝集体の質が向上し、分化しやすく、細胞死が生じにくく、凝集体の内部が密な未分化性を維持した細胞凝集体を高効率で製造することができる。
【0065】
工程(a)は、フィーダー細胞非存在下で実施することが好ましい。
本発明におけるフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)条件を意味する。
【0066】
工程(a)において用いられる培地は、フィーダーフリー条件下で、多能性幹細胞の未分化維持培養を可能にする培地(フィーダーフリー培地)であれば、特に限定されない。例えば、未分化維持因子を含み、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地が挙げられる。
【0067】
工程(a)において用いられる培地は、未分化維持培養を可能にするため、未分化維持因子を含む。未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定はない。当業者に汎用されている未分化維持因子としては、プライムド多能性幹細胞(Primed pluripotent stem cells)(例えば、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)の場合、FGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質、insulin等を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質として具体的には、線維芽細胞増殖因子(例えば、bFGF、FGF4やFGF8)が挙げられる。また、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質としては、TGFβシグナル伝達経路作用物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路作用物質としては、例えばTGFβ1、TGFβ2が挙げられる。Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えばNodal、ActivinA、ActivinBが挙げられる。ヒト多能性幹細胞(ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を培養する場合、工程(a)における培地は、好ましくは未分化維持因子として、bFGFを含む。
【0068】
本発明に用いる未分化維持因子は、通常哺乳動物の未分化維持因子である。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。未分化維持因子は、哺乳動物の種間で交差反応性を有し得るので、培養対象の多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な限り、いずれの哺乳動物の未分化維持因子を用いてもよいが、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物の未分化維持因子が用いられる。例えば、ヒト多能性幹細胞の培養には、ヒト未分化維持因子(例、bFGF、FGF4、FGF8、EGF、Nodal、ActivinA、ActivinB、TGFβ1、TGFβ2等)が用いられる。ここで「ヒトタンパク質X」とは、タンパク質X(未分化維持因子等)が、ヒト生体内で天然に発現するタンパク質Xのアミノ酸配列を有することを意味する。
【0069】
本発明に用いる未分化維持因子は、好ましくは単離されている。
「単離」とは、目的とする成分や細胞以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。従って、「単離されたタンパク質X」には、培養対象の細胞や組織から産生され細胞や組織及び培地中に含まれている内在性のタンパク質Xは包含されない。「単離されたタンパク質X」の純度(総タンパク質重量に占めるタンパク質Xの重量の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは99%以上、最も好ましくは100%である。
本発明は、一態様において、単離された未分化維持因子を提供する工程を含む。また、一態様において、工程(a)に用いる培地中へ、単離された未分化維持因子を外来的(又は外因的)に添加する工程を含む。あるいは、工程(a)に用いる培地に予め未分化維持因子が添加されていてもよい。
【0070】
工程(a)において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、培養する多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な濃度であり、当業者であれば、適宜設定することができる。例えば、未分化維持因子として、フィーダー細胞非存在下でbFGFを用いる場合、その濃度は、通常約4ng/mL~500ng/mL、好ましくは約10ng/mL~約200ng/mL、より好ましくは約30ng/mL~150ng/mLである。
【0071】
フィーダーフリー培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8培地が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium (64 mg/l), sodium selenium(14 μg/1), insulin(19.4 mg/l), NaHCO3(543 mg/l), transferrin (10.7 mg/l), bFGF (100 ng/mL)、及び、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1(2 ng/mL) またはNodal (100 ng/mL))を含む(Nature Methods, 8, 424-429 (2011))。市販のフィーダーフリー培地としては、例えば、Essential 8(Life Technologies社製)、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro(Life Technologies社製)、hESF9、mTeSR1 (STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2 (STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)が挙げられる。またこの他に、フィーダーフリー培地としては、StemFit(味の素社製)が挙げられる。上記工程(a)ではこれらを用いることにより、簡便に本発明を実施することができる。StemFit培地は、Nakagawa et al. Scientific Reports, 4, 3594, 2014.に記載の通り、未分化維持成分としてbFGFを含有する。
【0072】
工程(a)において用いられる培地は、血清培地であっても無血清培地であってもよいが、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、無血清培地である。
【0073】
工程(a)において用いられる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、含有成分が化学的に決定された培地である。
【0074】
工程(a)における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養及び接着培養のいずれの条件で行われてもよいが、好ましくは、接着培養により行われる。
【0075】
工程(a)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、培地として前記フィーダーフリー培地を用いるとよい。
工程(a)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場であるマトリクスにより、表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0076】
足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol 28, 611-615 (2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3, 1236 (2012))、基底膜標品 (Nat Biotechnol 19, 971-974 (2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0077】
「ラミニン」とは、α、β、γ鎖からなるヘテロ三量体分子であり、サブユニット鎖の組成が異なるアイソフォームが存在する細胞外マトリックスタンパク質である。具体的には、ラミニンは、5種のα鎖、4種のβ鎖および3種のγ鎖のヘテロ三量体の組合せで約15種類のアイソフォームを有する。α鎖(α1~α5)、β鎖(β1~β4)およびγ鎖(γ1~γ4)のそれぞれの数字を組み合わせて、ラミニンの名称が定められている。例えばα5鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン511という。本発明においては、好ましくはラミニン511が用いられる(Nat Biotechnol 28, 611-615 (2010))。
【0078】
本発明で用いるラミニン断片は、多能性幹細胞への接着性を有しており、フィーダーフリー条件での多能性幹細胞の維持培養を可能とするものであれば特に限定されないが、好ましくは、E8フラグメントである。ラミニンE8フラグメントは、ラミニン511をエラスターゼで消化して得られたフラグメントの中で、強い細胞接着活性をもつフラグメントとして同定されたものである(EMBO J., 3:1463-1468, 1984、J. Cell Biol., 105:589-598, 1987)。本発明においては、好ましくはラミニン511のE8フラグメントが用いられる(Nat Commun 3, 1236 (2012)、Scientific Reports 4, 3549 (2014))。本発明に用いられるラミニンE8フラグメントは、ラミニンのエラスターゼ消化産物であることを要するものではなく、組換え体であってもよい。あるいは、遺伝子組み換え動物(カイコ等)に産生させたものであってもよい。未同定成分の混入を回避する観点から、本発明においては、好ましくは、組換え体のラミニン断片が用いられる。ラミニン511のE8フラグメントは市販されており、例えばニッピ株式会社等から購入可能である。
【0079】
未同定成分の混入を回避する観点から、本発明において用いられるラミニン又はラミニン断片は、好ましくは単離されている。
【0080】
好ましくは、工程(a)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、単離されたラミニン511又はラミニン511のE8フラグメント(最も好ましくは、ラミニン511のE8フラグメント)により、表面をコーティングした細胞容器中で、ヒト多能性幹細胞を接着培養する。
【0081】
工程(a)における多能性幹細胞の培養時間は、続く工程(1)において形成される凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲で特に限定されないが、通常0.5~144時間、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、更に好ましくは12~48時間、より更に好ましくは18~28時間(例、24時間)である。
即ち、工程(1)開始の0.5~144時間(好ましくは、18~28時間)前に工程(a)を開始し、工程(a)を完了した後引き続き工程(1)が行われる。
【0082】
工程(a)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0083】
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞(例えば、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、接着培養する。当該接着培養は、好ましくは、ラミニン511、ラミニン511のE8フラグメント又はビトロネクチンで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。当該接着培養は、好ましくは、フィーダーフリー培地としてStemFitを用いて実施される。
【0084】
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞(例えば、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、浮遊培養する。当該浮遊培養では、ヒト多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞の凝集体を形成してもよい。
【0085】
ソニック・ヘッジホッグ(以下、Shhと記すことがある。)シグナル伝達経路作用物質とは、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白質(例えば、ShhやIhh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Smoアゴニスト、Purmorphamine、GSA-10、Hh-Ag1.5、20(S)-Hydroxycholesterol又はSAG(Smoothened Agonist;N-Methyl-N'-(3-pyridinylbenzyl)-N'-(3-chlorobenzo[b]thiophene-2-carbonyl)-1,4-diaminocyclohexane)等が挙げられる。Shhシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはSAGである。
培地中のShhシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。SAGは、工程(a)においては通常、約1nM~約2000nM、好ましくは約10nM~約1000nM、より好ましくは約10nM~約700nM、さらに好ましくは約50nM~約700nM、特に好ましくは約100nM~約600nM、最も好ましくは約100nM~約500nMの濃度で使用される。また、SAG以外のShhシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、前記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性は、当業者に周知の方法、例えばGli1遺伝子の発現に着目したレポータージーンアッセイにて決定することができる(Oncogene (2007) 26, 5163-5168)。例えば、10nMから700nMのSAGに相当するソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性を有するShh伝達経路作用物質としては、20nMから2μMのPurmorphamine、20nMから3μMのGSA-10、10nMから1μMのHh-Ag1.5等が挙げられる。
【0086】
TGFβファミリーシグナル伝達経路(すなわちTGFβスーパーファミリーシグナル伝達経路)とは、TGFβ、Nodal/Activin、又はBMPをリガンドとし、細胞内でSmadファミリーにより伝達される、シグナル伝達経路である。
【0087】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーにより伝達されるシグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質を挙げることができる。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβシグナル伝達経路阻害物質が好ましい。
【0088】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、TGFβに直接作用する物質(例えば、タンパク質、抗体、アプタマー等)、TGFβをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、TGFβ受容体とTGFβの結合を阻害する物質、TGFβ受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質(例えば、TGFβ受容体の阻害剤、Smadの阻害剤等)を挙げることができる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、Lefty等が挙げられる。
【0089】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができる。具体的には、SB431542(本明細書中、SB431と略記する場合がある)、SB505124、SB525334、LY2157299、LY2109761、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A 83-01、RepSox等のAlk5/TGFβR1阻害剤、SIS3等のSMAD3阻害剤が挙げられる。ここでSB431542(4-(5-ベンゾール[1,3]ジオキソール-5-イル-4-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル)-ベンズアミド)及びA 83-01(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)は、TGFβ受容体(ALK5)及びActivin受容体(ALK4/7)の阻害剤(すなわちTGFβR阻害剤)として公知の化合物である。SIS3は、TGFβ受容体の制御下にある細胞内シグナル伝達因子であるSMAD3のリン酸化を阻害するTGFβシグナル伝達経路阻害物質である。本発明で用いられるTGFβシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはSB431542又はA-83-01である。
培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。工程(a)におけるTGFβ伝達経路阻害物質としてSB431542を用いる場合は、通常、約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約50μM、より好ましくは約100nM~約50μM、更に好ましくは約1μM~約10μMの濃度で使用される。また、SB431542以外のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、前記濃度のSB431542と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0090】
<工程(1)>
未分化条件で維持された多能性幹細胞、好ましくは工程(a)で得られた多能性幹細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第一工程について説明する。
【0091】
Wntシグナル伝達経路とは、Wntファミリー・タンパク質をリガンドとし、主としてFrizzledを受容体とするシグナル伝達経路である。当該シグナル経路としては、β-Cateninによって伝達される古典的Wnt経路(Canonical Wnt pathway)に加えて、β-カテニン非依存性の非古典的Wnt経路(Non-Canonical Wnt pathway)等が挙げられる。非古典的Wnt経路としては、Planar Cell Polarity(PCP)経路、Wnt/Calcium経路、Wnt-RAP1経路、Wnt-Ror2経路、Wnt-PKA経路、Wnt-GSK3MT経路、Wnt-aPKC経路、Wnt-RYK経路、Wnt-mTOR経路等が挙げられる。非古典的Wnt経路では、Wnt以外の他のシグナル伝達経路でも活性化される共通のシグナル伝達因子が存在するが、本発明ではそれらの因子もWntシグナル伝達経路の構成因子とし、それらの因子に対する阻害物質もWntシグナル伝達経路阻害物質に含まれる。
【0092】
本発明において、Wntシグナル伝達経路阻害物質とはWntファミリー・タンパク質により惹起されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り限定されない。核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、Wnt のプロセシングと細胞外への分泌を阻害する物質、Wntに直接作用する物質(例えば、タンパク質、抗体、アプタマー等)、Wntをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。Wntシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、secreted Frizzled Related Protein(sFRP)クラスに属するタンパク質(sFRP1から5、Wnt Inhibitory Factor-1(WIF-1)、Cerberus)、 Dickkopf(Dkk)クラスに属するタンパク質(Dkk1から4、Kremen)等が挙げられる。
【0093】
Wntシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができる。Wntシグナル伝達経路阻害物質として例えば、Porcupine阻害剤(PORCN阻害剤とも称する)、Frizzled阻害剤、Dvl阻害剤、Tankyrase阻害剤(TANK阻害剤とも称する)、カゼインキナーゼ1阻害剤、カテニン応答性転写阻害剤、p300阻害剤、CBP阻害剤、BCL-9阻害剤(Am J Cancer Res. 2015; 5(8): 2344-2360)等が挙げられる。また、作用機序は報告されていないが、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてKY 02111、KY03-Iが挙げられる。
PORCN阻害剤として例えば、IWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、LGK-974、ETC-159、GNF-6231、Wnt-C59などが挙げられる。
TANK阻害剤として例えば、IWR1-endo、XAV939、MN-64、WIKI4、TC-E 5001、JW 55、AZ6102などが挙げられる。
本発明で用いられるWntシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはPORCN阻害剤、TANK阻害剤またはKY 02111であり、より好ましくはPORCN阻害剤である。
本発明で用いられるPORCN阻害剤は、好ましくはIWP-2又はWnt-C59である。本発明で用いられるTANK阻害剤は、好ましくはXAV939である。
本発明で用いられるWntシグナル伝達経路阻害物質は、非古典的Wnt経路(Non-Canonical Wnt pathway)に対する阻害活性を有することもまた好ましい。非古典的Wnt経路に対する阻害活性を有するWntシグナル伝達経路阻害物質としては例えばPORCN阻害剤、抗Frizzled抗体、Box5ペプチド等が挙げられる。Porcupineは古典的Wnt経路のリガンドであるWnt1やWnt3a等に加えて、非古典的Wnt経路のリガンドであるWnt5aやWnt5b、Wnt11の脂質修飾に関わることが知られており(Dev Biol. 2012 Jan 15;361(2):392-402.、Biochem J. 2007 Mar 15; 402(Pt 3): 515-523.)、PORCN阻害剤は古典的Wnt経路と非古典的Wnt経路の双方を阻害する。
培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。例えばWntシグナル伝達経路阻害物質としてPORCN阻害剤の1種であるIWP-2を用いる場合は、その濃度は通常約0.01μM~約30μM、好ましくは約0.1μM~約30μM、より好ましくは、約2μMである。PORCN阻害剤の1種であるWnt-C59を用いる場合は、その濃度は通常約1pM~約30μM、好ましくは約100pM~約30μM、より好ましくは、約1nM~約1μMである。TANK阻害剤の1種であるXAV939を用いる場合は、その濃度は通常約0.01μM~約30μM、好ましくは約0.1μM~約30μM、より好ましくは、約1μMである。KY 02111を用いる場合は、その濃度は通常約0.01μM~約30μM、好ましくは約0.1μM~約30μM、より好ましくは、約5μMである。
【0094】
工程(1)では、Wntシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質存在下で浮遊培養することが好ましい。
工程(1)において用いられるTGFβシグナル伝達経路阻害物質としては工程(a)で例示したものと同様のものが用いられる。工程(a)及び工程(1)のTGFβシグナル伝達経路阻害物質は同一であっても異なっていてもよいが、好ましくは同一である。
培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。TGFβシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542を用いる場合は、通常、約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約50μM、より好ましくは約100nM~約50μM、更に好ましくは約500nM~約10μMの濃度で使用される。また、SB431542以外のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、前記濃度のSB431542と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0095】
工程(1)において用いられる培地は、上記定義の項で記載したようなものである限り特に限定されない。工程(1)において用いられる培地は血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に5%KSR、450μM1-モノチオグリセロール及び1xChemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又は、GMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0096】
工程(1)における凝集体の形成に際しては、まず、工程(a)で得られた多能性幹細胞の分散操作を行うことが好ましい。分散操作により得られた「分散された細胞」とは例えば7割以上が単一細胞であり2~50細胞の塊が3割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞として、好ましくは 、8割以上が単一細胞であり、2~50細胞の塊が2割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞とは、細胞同士の接着(例えば面接着)がほとんどなくなった状態があげられる。一部の態様において、分散された細胞とは、細胞―細胞間結合(例えば、接着結合)がほとんどなくなった状態が挙げられる。
工程(a)で得られた多能性幹細胞の分散操作は、前述した、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理を含んでよい。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞保護剤添加処理と同時に、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
細胞保護剤添加処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、ROCK阻害物質、ミオシン阻害物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制するために、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害物質を第一工程培養開始時から添加してもよい。ROCK阻害物質としては、Y-27632、Fasudil(HA1077)、H-1152、HA-100等を挙げることができる。あるいは、調製済みの細胞保護剤を用いることもできる。調製済みの細胞保護剤としては、例えばRevitaCell Supplement (Thermo Fisher Scientific社製)、CloneR (Stemcell Technologies社製)が挙げられる。
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase又はパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select (Thermo Fisher Scientific社製)やTrypLE Express (Thermo Fisher Scientific社製)、Accumax (Innovative Cell Technologies社製)を用いることもできる。
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
分散された細胞は上記培地中に懸濁される。
【0097】
そして、分散された多能性幹細胞の懸濁液を、上記培養器中に播き、分散させた多能性幹細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の細胞を集合させて凝集体を形成する。
【0098】
この際、分散された多能性幹細胞を、10cmディッシュのような、比較的大きな培養器に播種することにより、1つの培養器中に複数の細胞の凝集体を同時に形成させてもよいが、凝集体ごとの大きさのばらつきを生じにくくする観点で、例えば、96ウェルマイクロプレートのようなマルチウェルプレート(U底、V底)の各ウェルに一定数の分散された多能性幹細胞を入れて、これを静置培養すると、細胞が迅速に凝集することにより、各ウェルにおいて1個の凝集体を形成させることが好ましい。各ウェルで形成された凝集体を複数のウェルから回収することにより、均一な凝集体の集団を得ることができる。
【0099】
工程(1)では、凝集体の調製の煩雑さを回避する観点から、各ウェル内に凝集体が入ったままの状態でプレート全体の培地を一度に交換することが可能な三次元細胞培養容器を用いてもよい。三次元細胞培養容器としては、例えばPrimeSurface96スリットウェルプレート(住友ベークライト社製)等が挙げられる。
【0100】
工程(1)における多能性幹細胞の濃度は、細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように適宜設定することができる。例えば96ウェルマイクロウェルプレートを用いてヒト多能性幹細胞(例、工程(a)から得られたヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を浮遊培養する場合、1ウェルあたり通常約1×103から約1×105細胞、好ましくは約3×103から約5×104細胞、より好ましくは約4×103から約2×104細胞、更に好ましくは、約4×103から約1.6×104細胞、特に好ましくは約8×103から約1.2×104細胞となるように調製した液をウェルに添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
【0101】
工程(1)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0102】
工程(1)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%、例えば40~60%程度)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
ある時点で、特定の成分(例えば、分化誘導因子)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作)を行ってもよい。
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、ピペットマン、マルチチャンネルピペットマン、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルピペットマンを使ってもよい。
【0103】
細胞の凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を均一に凝集させるように、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な細胞の凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。分散された細胞が、細胞凝集体が形成されるに至るまでの工程は、細胞が集合する工程、及び集合した細胞が細胞凝集体を形成する工程にわけられる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞が集合するまでは、例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)の場合には、好ましくは約24時間以内、より好ましくは約12時間以内に集合した細胞を形成させる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞凝集体が形成されるまでの工程では、例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)の場合には、好ましくは約72時間以内、より好ましくは約48時間以内に凝集体が形成される。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することにより適宜調節することが可能である。
【0104】
細胞の凝集体が形成されたことは、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0105】
凝集体が形成された後、そのまま、凝集体の培養を継続してもよい。工程(1)における浮遊培養の時間は、通常8時間~6日間程度、好ましくは12時間~48時間程度である。
【0106】
<工程(2)>
工程(1)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程について説明する。
【0107】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPにより媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4もしくはBMP7等のBMPタンパク質、GDF7等のGDFタンパク質、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチドなどが挙げられる。
BMP2タンパク質及びBMP4タンパク質は例えばR&D Systems社から、BMP7タンパク質はBiolegend社から、GDF7タンパク質は例えば和光純薬から入手可能である。BMPシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはBMP4である。
培地中のBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。BMPシグナル伝達経路作用物質としてBMP4を用いる場合は、通常、約1pM~約100nM、好ましくは約10pM~約50nM、より好ましくは約100pM~約25nM、更に好ましくは約250pM~約10nMの濃度で使用される。また、BMP4以外のBMPシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、前記濃度のBMP4と同等のBMPシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0108】
工程(2)において用いられる培地は、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む限り特に限定されない。工程(2)において用いられる培地は血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に5%KSR、450μM1-モノチオグリセロール及び1xChemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又は、GMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。第二工程において、第一工程で得られた多能性幹細胞の凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地(好適には無血清培地)中で浮遊培養に付して細胞塊を形成させることにより、細胞塊の質が向上する。具体的には、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊において、1)神経系細胞又は神経組織(好ましくはその表面の3割以上)が、2)非神経上皮組織に被覆されている、より好ましくは1)神経系細胞又は神経組織と2)非神経上皮組織との間に30μm以上の間隙が形成されている細胞塊を高効率で形成できる。
【0109】
工程(2)は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加せずにおこなうことが好ましく、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の実質的に非存在下でおこなうことが好ましい。工程(2)はTGFβシグナル伝達経路阻害物質の存在下で行われてもよい。
【0110】
3.神経系細胞又は神経組織、及び非神経上皮組織を含む細胞塊
本発明は、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊、好ましくは1)神経系細胞又は神経組織が、2)非神経上皮組織に被覆されている(好ましくは1)の表面の3割以上が2)に被覆されている)ことを特徴とする細胞塊を提供する。以下、本発明の細胞塊とも称する。本発明の細胞塊は、好ましくは上記した本発明の製造方法により製造することができる。
本発明の細胞塊における1)神経系細胞又は神経組織は、好ましくは中枢神経系の細胞若しくは組織、又はその前駆組織であり、中枢神経系の細胞又は組織としては、網膜、大脳皮質、間脳(例、視床下部)及びそれらの組織に由来する細胞が挙げられる。
本発明の細胞塊における2)非神経上皮組織は、好ましくは上皮細胞極性を有し、より好ましくは1)神経系細胞又は神経組織との間に基底膜様構造を有する。
非神経上皮組織は、多列上皮、重層上皮であることが好ましい。非神経上皮組織として具体的には、表皮又はその前駆組織、角膜又はその前駆組織、及び口腔上皮又はその前駆組織が挙げられ、より好ましくは角膜又はその前駆組織である。
本発明の細胞塊において、2)非神経上皮組織の一部がプラコード又はプラコード由来の組織である態様もまた好ましい。プラコードとしては頭蓋プラコードが挙げられ、プラコード由来の組織としては、水晶体、内耳組織、三叉神経等が挙げられる。
本発明の細胞塊において、1)神経系細胞又は神経組織と2)非神経上皮組織との間には30μm以上、好ましくは40μm以上、より好ましくは50μm以上、通常30~1000μmの間隙が形成され得る。1)及び2)の間にこのような間隙が形成されることは、内側に存在する神経系細胞又は神経組織から外側に存在する非神経上皮組織(例、角膜)を分離採取することが可能となるのでより精度の高い移植材料としての提供が可能となる。
1)神経系細胞又は神経組織と2)非神経上皮組織との間にはさらに組織(例、神経堤由来細胞からなる組織、間葉系細胞からなる組織)が形成されていてもよい。
【0111】
4.非神経上皮組織シートの製造方法
本発明は、非神経上皮組織シートの製造方法を提供する。
本発明の非神経上皮組織シートの製造方法の一態様は、下記工程(1)~(4)を含む、非神経上皮組織シートの製造方法である。
(1)多能性幹細胞をWntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で浮遊培養し細胞の凝集体を形成させる第一工程、
(2)第一工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、1)神経系細胞又は神経組織及び2)非神経上皮組織を含む細胞塊を得る第二工程、
(3)第二工程で得られた細胞塊から2)非神経上皮組織を回収する第三工程、
(4)第三工程で得られた2)非神経上皮組織を分散させ、平面上で培養することで、非神経上皮組織シートを得る第四工程。
【0112】
本発明の非神経上皮組織シートの製造方法の別の一態様は、上記した工程(1)~(4)の前に下記工程(a)を含む、非神経上皮組織シートの製造方法である。
(a)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養するa工程。
本方法における工程(a)、工程(1)及び工程(2)は、上記した本発明の細胞塊の製造方法における工程(a)、工程(1)及び工程(2)と同様にして実施できる。
【0113】
<工程(3)>
工程(3)において第二工程で得られた細胞塊から非神経上皮組織を回収する工程は、通常、顕微鏡観察下でピンセット等を用い、細胞塊の外側に位置する非神経上皮組織を剥離・回収することによって行われる。第三工程における非神経上皮組織の回収方法として、凍結融解、好ましくは緩慢凍結法を用いた凍結融解法が挙げられ、好適に用いられる。当該方法は、外側に非神経上皮組織及び内側に神経細胞又は神経組織を有する細胞塊を凍結融解することで物理的処理を施すことなく外側の非神経上皮組織が細胞塊から剥離されるというものである。
【0114】
<工程(4)>
工程(4)では、第三工程で得られた非神経上皮組織を分散処理に付し、分散した細胞及び/又は細胞凝集体を平面上で培養することにより、非神経上皮組織由来の細胞シートが形成される。分散処理は、前述した、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理を含んでよい。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。分散した細胞及び/又は細胞凝集体の平面培養は、当分野で通常実施されている方法が適宜選択され用いられる。
本発明の非神経上皮組織シートの製造方法の別の一態様は、上記した工程(1)~(4)の前に上記工程(a)を行う、非神経上皮組織シートの製造方法である。
【0115】
5.化合物刺激性試験の実施方法
本発明は、上述の「神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊」又は「非神経上皮組織シート」を用いて化合物刺激性試験の実施方法を提供することができる。
化合物刺激性試験の実施方法としては、例えば、「神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊」又は「非神経上皮組織シート」と被験物質とを接触させる工程と、該被験物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定する工程とを含む被験物質の毒性・薬効評価方法が挙げられる。
本発明の化合物刺激性試験の実施方法の一態様は、化合物の毒性・薬効評価が色素による染色と抽出によって行われる化合物刺激性試験の実施方法である。
本発明の化合物刺激性試の実施方法の一態様は、下記工程(A)~(D)を含む、化合物刺激性試の実施方法である。
(A)「神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊」又は「非神経上皮組織シート」と被験物質とを接触させる工程
(B)被験物質と接触させた「神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊」又は「非神経上皮組織シート」を色素で染色する工程
(C)染色された「神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊」又は「非神経上皮組織シート」より色素を抽出する工程
(D)抽出された色素の量を定量し、評価対象化合物の刺激性を評価する工程
【0116】
<工程(A)>
「神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊」又は「非神経上皮組織シート」と被験物質とを接触させる工程について説明する。
【0117】
被験物質と接触させる対象は、細胞塊であってもよいし、非神経上皮組織シートであってもよい。これらの細胞塊又は非神経上皮組織シートを構成する非神経上皮組織は、密着結合を形成していることが好ましく、多列上皮もしくは重層上皮であることがより好ましく、非神経上皮組織が角膜であることがさらに好ましい。これら非神経上皮組織が基底膜様の構造を形成していることもまた好ましい。非神経上皮組織シートは平面の細胞培養ディッシュ、あるいはTranswell等の薄膜状の細胞培養器材のいずれの形態でも用いることができる。これら細胞培養ディッシュもしくは細胞培養器材は、細胞の接着を促進するためにラミニン等の細胞外基質、ポリ-D-リジン等の合成基質等でコーティングされていてもよい。
【0118】
工程(A)で用いる被験物質は原体のまま、あるいは溶媒で希釈して用いることもできる。その際に用いる希釈に用いる溶媒としては、試験結果に影響を与えないものが好ましく、例えば生理食塩水、PBS、HBSS、あるいはDMEM等の細胞培養用の培地を用いることができる。被験物質が培養液に不溶で、かつ良好な懸濁性が得られない場合には、必要に応じてDMSO、エタノール、ミネラルオイル等を可溶化溶媒として用いることができる。
【0119】
工程(A)における被験物質の曝露条件における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。工程(A)における被験物質の曝露期間についても適宜設定できる。曝露期間は、例えば30秒から2日間であり、好ましくは1分間から1日間である。
また、実験系の信頼性を担保するために、被験物質の評価と並行して既知の陽性対照および陰性対照の化合物の評価を実施することが好ましい。陽性対照化合物としては、眼に対する損傷性、刺激性のGHS分類が1もしくは2である化合物、例えばドデシル硫酸ナトリウム、酢酸、塩化ベンザルコニウム等を用いることができる。
【0120】
<工程(B)>
工程(A)で得られた被験物質と接触させた「神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊」又は「非神経上皮組織シート」を色素で染色する工程について説明する。
【0121】
工程(B)に用いる色素は、被験物質によって密着結合に引き起こされる損傷を評価可能である限り限定はされない。これら色素は、細胞に対する毒性が低く、試験結果への影響が低いものが好ましい。一例として、フルオレセインが挙げられる。
【0122】
工程(B)における色素の濃度、色素を溶かす溶媒、染色時間等の染色条件は適宜設定できる。色素の濃度は、フルオレセインを用いる場合、例えば0.0001%から1%、好ましくは0.02%である。色素を溶かす溶媒としては、例えば生理食塩水、PBS、HBSS、あるいはDMEM等の細胞培養用の培地であり、好ましくはPBSである。染色時間はフルオレセインの場合、例えば10秒から10分間であり、好ましくは30秒である。工程(B)における染色条件として、バックグラウンドの低下を目的として適宜染色前および染色後のサンプルの洗浄を実施することもできる。
【0123】
<工程(C)>
工程(B)で得られた染色された「神経系細胞又は神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊」又は「非神経上皮組織シート」より色素を抽出する工程について説明する。
【0124】
工程(C)における色素を溶かす溶媒、抽出時間等の色素の抽出条件は適宜設定できる。色素を溶かす溶媒としては、例えば生理食塩水、PBS、HBSS、あるいはDMEM等の細胞培養用の培地であり、好ましくは工程(B)で用いた色素を溶かした溶媒と同じものである。抽出時間は、フルオレセインを用いる場合、例えば10秒から24時間であり、好ましくは10分間である。工程(C)における抽出条件として、染色したサンプルを入れたチューブ乃至ディッシュを振盪することもできる。
【0125】
<工程(D)>
工程(C)で得られた抽出された色素の量を定量し、評価対象化合物の刺激性を評価する工程について説明する。
【0126】
工程(D)における抽出された色素量の定量法は、溶媒中の色素量を評価可能である限り限定はされない。このような定量法として、例えば吸光光度法、蛍光分光分析法が挙げられ、好ましくは蛍光分光分析法である。
【0127】
工程(D)において測定された、被験物質処理サンプルから抽出された色素の濃度の測定値を、陽性対照処理群および陰性対照処理群の測定値と比較することにより、被験物質の刺激性について評価することができる。
【0128】
6.毒性・薬効性評価用試薬等
本発明の細胞塊、本発明の製造方法により製造される細胞塊、あるいは本発明により製造される非神経上皮組織シートは、感覚組織であり得る。従って、本発明の細胞塊、本発明の製造方法により製造される細胞塊、あるいは本発明により製造される非神経上皮組織シートを含有してなる、被験物質の毒性・薬効性評価用試薬が提供され得る。
【0129】
7.治療薬及び疾患の治療方法
本発明の細胞塊、本発明の製造方法により製造される細胞塊、あるいは本発明により製造される非神経上皮組織シートを含有してなる、感覚器の障害に基づく疾患の治療薬が提供され得る。
感覚器の障害に基づく疾患の治療薬としては、例えば本発明の細胞塊もしくは本発明の製造方法により製造される細胞塊を含む懸濁液、または、本発明により製造される非神経上皮組織シートを含む移植片が挙げられる。
懸濁液としては、例えば細胞塊を人工涙液または生理食塩水に懸濁した液が挙げられる。懸濁液は、細胞塊から単離された非神経上皮細胞を含んでいてもよく、細胞の接着を促進する因子、例えば細胞外基質やヒアルロン酸等を含んでいてもよい。
非神経上皮組織シートを含む移植片は、羊膜またはコラーゲンゲル膜等の膜状の担体上に非神経上皮組織シートが形成された移植片であってもよい。
【0130】
さらに、本発明の細胞塊、本発明の製造方法により製造される細胞塊、あるいは本発明により製造される非神経上皮組織シートから、非神経上皮組織の有効量を、移植を必要とする対象に移植する工程を含む、感覚器の障害に基づく疾患の治療方法が提供され得る。
【0131】
前記治療薬または治療方法は、細胞塊に含まれる非神経上皮組織が角膜上皮組織である場合、バリアー機能等の角膜上皮の機能が損なわれる疾患の治療に用いることができる。該疾患としては、例えば、再発性の角膜ジストロフィー、スティーブンス・ジョンソン症候群、化学外傷及び角膜上皮幹細胞疲弊症等が挙げられる。
前記感覚器の障害に基づく疾患は、感覚器の障害に基づく動物の疾患であってよく、視覚器官、聴覚器官、嗅覚器官、味覚器官、皮膚等の感覚器の障害に基づく非ヒト動物の疾患であってよい。
【実施例】
【0132】
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。また、使用する試薬及び材料は特に限定されない限り商業的に入手可能である。
【0133】
比較例1:ヒトES細胞から作製された神経組織
ヒトES細胞(KhES-1株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK02N、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0134】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトES細胞(KhES-1株)を、PBSにて洗浄後、Accumax(Innovative Cell Technologies社製)を用いて酵素処理を行った後、StemFit培地を添加しセルスクレーパーを用いて培養ディッシュ表面より細胞を剥がし、ピペッティングにより単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトES細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、和光純薬社製、10 μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(Corning社製、細胞培養用、培養面積9.5 cm2)を用いた場合、前記単一細胞へ分散されたヒトES細胞の播種細胞数は1.2×104とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に全量培地交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStemFit培地にて全量培地交換した。その後、播種した7日後にサブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。培養した細胞を分化誘導に用いる際には、播種した6日後にStemfit培地の培地交換と同時にSB-431542(TGF-βシグナル伝達経路阻害物質、和光純薬社製、5μM)とSAG(Shhシグナル経路作用物質、Enzo Life Sciences社製、300nM)を添加した。
【0135】
このようにして調製したサブコンフレントのヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、Accumaxを用いて酵素処理を行った後、分化誘導用の無血清培地を添加しセルスクレーパーを用いて培養ディッシュ表面より細胞を剥がし、ピペッティングにより単一細胞へ分散した。
その後、前記単一細胞に分散されたヒトES細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2の条件下で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)とIMDM+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)の1:1混合液に5% Knockout Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific社製)、450μM 1-モノチオグリセロール(和光純薬社製)、1x Chemically defined lipid concentrate(Thermo Fisher Scientific社製)、50 unit/mlペニシリン-50μg/mlストレプトマイシン(ナカライテスク社製)を添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程1開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(Wntシグナル伝達経路阻害物質、Tocris Bioscience社製、2μM)、SB-431542(TGF-βシグナル伝達経路阻害物質、和光純薬社製、1μM)を添加した。その後、浮遊培養開始後3日目にY27632を含まず、IWP-2およびSB-431542を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた。その後、浮遊培養開始後6、10、13、17、21、24日目にY27632を含まず、IWP-2とSB-431542(
図1中、SB431とも略記する)を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。浮遊培養開始後28日目に細胞塊をディッシュに回収し、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(
図1A-B)。
図1A右下のスケールバーは1000μm、
図1B右下のスケールバーは200μmを示す。その結果、上記分化誘導法によりヒト多能性幹細胞から細胞塊が形成された。
【0136】
前記、浮遊培養開始後28日目の細胞塊を、それぞれ4%パラホルムアルデヒドで室温15分固定した後、20%スクロース/PBSに4℃で一晩浸漬し凍結保護処理後、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、神経および網膜組織で発現するRLDH3に対する抗体(Sigma Aldrich社製、ウサギ)、抗Chx10抗体(Santa Cruz Biotechnology社製、ヤギ)、抗Rx抗体(タカラバイオ社製、ギニアピッグ)、大脳皮質マーカーである抗Bf1抗体(タカラバイオ社製、ウサギ)、角膜および中枢神経系マーカーである抗Pax6抗体(Covance社製、ウサギ)、角膜・非神経組織マーカーである抗汎サイトケラチン(Pan CK)抗体(Sigma Aldrich社製、マウス)、神経細胞マーカーである抗βIIIチューブリン(Tuj1)抗体(シグマアルドリッチ社製、マウス)、神経上皮マーカーである抗N-Cadherin抗体(BD Bioscience社製、マウス)を用いて蛍光免疫染色を実施した。蛍光標識二次抗体としてAlexa488標識ロバ抗ウサギ抗体(Thermo Fisher Scientific社製)、CF555標識ロバ抗マウス抗体(Biotium社製)、CF555標識ロバ抗ヤギ抗体、CF543標識ロバ抗ギニアピッグ抗体、Alexa647標識ロバ抗マウス抗体を用いて多重染色を行い、核の対比染色にはHoechst33342 (Sigma Aldrich社製)を用いた。
染色した切片の観察および画像の取得には正立蛍光顕微鏡Axio Imager M2および附属ソフトウェアのAxio Vision(Carl Zeiss社製)を用いた。
図1C右下のスケールバーは200μmを示す。
図1Fは
図1C、D、E、
図1Jは
図1G、H、I、
図1Mは
図1KとLに対する核の対比染色像である。
その結果、上記分化誘導法で誘導された浮遊培養開始後28日目の細胞塊は、網膜で発現するRLDH3、Chx10、Rx陰性であり(
図1C、D、G)、大脳・中枢神経系で発現するBf1、Pax6陽性であり(
図1K、H)、神経細胞マーカーであるTuj1、N-Cadherin陽性である(
図1I、L)ことから、中枢神経系の細胞により形成された細胞塊であることが分かった。また、汎サイトケラチン陽性の組織が確認できないことから、非神経系の上皮組織は含まれていないことが分かった(
図1E)。
【0137】
実施例1:ヒトES細胞から作製された神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊
ヒトES細胞(KhES-1株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8を用いた。具体的な維持培養操作としては、比較例1と同様に実施した。その後、比較例1と同様の条件で、96ウェルプレートでの浮遊培養を開始した。その後、浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、IWP-2、SB-431542、BMP4を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた。BMP4は添加する培地
に3nM添加し、ウェル中の終濃度が1.5nMとなるようにした。その後、浮遊培養開始後6、10、13、17、21、24日目にY27632とBMPを含まず、IWP-2とSB-431542を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。浮遊培養開始後28日目に細胞塊をディッシュに回収し、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(
図2A-B)。
図2A右下のスケールバーは1000μm、
図2B右下のスケールバーは200μmを示す。その結果、上記分化誘導法によりヒトES細胞から神経組織及び非神経上皮組織を含む直径約1mm
前後の細胞塊が形成され、さらに浮遊培養21日目から28日目にかけて外側の非神経上皮組織が急速に膨張し、内側の神経組織との間に空間が形成されることが分かった。
【0138】
前記、浮遊培養開始後28日目の細胞塊を、それぞれ4%パラホルムアルデヒドで室温15分固定した後、20%スクロース/PBSに4℃で一晩浸漬し凍結保護処理後、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、神経・網膜組織マーカーである抗Chx10抗体、抗RLDH3抗体、抗CD56/NCAM抗体(BioLegend社製、マウス)、抗N-Cadherin抗体、非神経上皮組織・角膜マーカーである抗CD326/EpCAM抗体(R&D Systems社製、ヤギ)、抗Six1抗体(Sigma Aldrich社製、ウサギ)、抗p63抗体(Santa Cruz Biotechnology社製、マウス)、抗PDGFRβ抗体(R&D Systems社製、ヤギ)、抗サイトケラチン18抗体(Sigma Aldrich社製、マウス)、抗サイトケラチン19抗体(Thermo Fisher Scientific社製、マウス)、抗汎サイトケラチン抗体、基底膜マーカーである抗Laminin抗体(協和ファーマケミカル社製、マウス)、神経細胞マーカーである抗βIIIチューブリン(Tuj1)抗体、水晶体マーカーである抗C-Maf抗体(R&D Systems社製、マウス)、抗Prox1抗体(R&D Systems社製、ヤギ)、抗L-Maf抗体(abcam社製、ウサギ)、抗Crystallin αA抗体(R&D Systems社製、ヤギ
)、水晶体および中枢神経系マーカーである抗Sox1抗体(R&D Systems社製、ヤギ)、プラコードマーカーである抗Emx2抗体(R&D Systems社製、ヒツジ)、安定化された微小管のマーカーである抗アセチル化チューブリン抗体(Santa Cruz Biotechnology社製、マウス)を用いて蛍光免疫染色を行った。蛍光標識二次抗体としてAlexa488標識ロバ抗ウサギ抗体、CF555標識ロバ抗マウス抗体、CF555標識ロバ抗ヤギ抗体、CF543標識ロバ抗ヒツジ抗体、Alexa647標識ロバ抗マウス抗体、Alexa647標識ロバ抗ヤギ抗体を用いて多重染色を行い、核の対比染色にはHoechst33342 (Sigma Aldrich社製)を用いた。
図2DはC、
図2FはE、
図2HはG、
図2JはI、
図2NはK、L及びM、
図2PはO、
図2RはQ、
図2TはS、
図2VはU、
図2YはW及びX、
図2ABはZ及びAA、
図2AEはAC及びAD、
図2AHはAF及びAG、
図2AKはAI及びAJ、
図2ANはAL及びAM、
図2APはAO、
図2ARはAQ、
図2AVはAS、AT及びAUに対する核の対比染色像である。染色した切片の観察および画像の取得には正立蛍光顕微鏡Axio Imager M2および附属ソフトウェアのAxio Visionを用いた。
図2C、
図2S右下のスケールバーは200μm、
図2W、AO右下のスケールバーは100μmを示す。
【0139】
その結果、上記分化誘導法で誘導された浮遊培養開始後28日目の細胞塊の内側はChx10、RLDH3、NCAM、N-Cadherin陽性の神経網膜の上皮組織であり(
図2C-J)、外側はEpCAM、Six1、p63、PDGFRβ、サイトケラチン18、19、汎サイトケラチン陽性の角膜・眼表面外胚葉の非神経上皮組織であることが分かった(
図2K-V)。加えて、非神経上皮組織の一部が厚さ約100μm程度まで肥厚しており、肥厚部分はC-Maf、L-Maf、Sox1、Prox1、Emx2、Pax6、N-Cadherin、Crystalline αA陽性、Tuj1陰性であることから、上記製造法により細胞塊中に水晶体プラコードが形成され、水晶体胞の陥入が生じ、陥入した水晶体の表面を覆うように汎サイトケラチン、EpCAM、Six1陽性の角膜組織が形成されており、形成された水晶体の中心に近い、網膜組織と接している側にLaminin陽性の基底膜組織が形成されていることが分かった。加えて、上皮組織の一面にのみLaminin陽性の基底膜組織が形成されていることより、形成された角膜組織が上皮細胞極性を有していることが分かった。さらに、形成された角膜組織の細胞核が重層化していることから、形成された角膜組織は多列上皮もしくは重層上皮であることが分かった(
図2W-AR)。また、RLDH3、Chx10陽性の内側の網膜組織と汎サイトケラチン陽性の外側の非神経上皮組織の間に、汎サイトケラチン陽性で上皮を形成しない間葉系細胞が存在することが分かった(
図2AS-AV)。上記製造法により形成された細胞塊の模式図を
図2AWに示した。
【0140】
実施例2:ヒトES細胞から作製された細胞塊中の神経組織と非神経上皮組織間の間隙の測定
前記実施例1で得られた、浮遊培養開始後28日目の細胞塊に対し、実施例1に記載の方法で神経・網膜上皮組織マーカーである抗N-Cadherin抗体と非神経上皮組織・角膜マーカーである抗CD326/EpCAM抗体を用いた蛍光二重染色を実施し、蛍光顕微鏡附属ソフトウェアのAxio Visionによる解析を実施した(
図3A-D)。
図3A、
図3D右下のスケールバーは200μmを示す。その結果、培養28日目の細胞塊の内側のN-Cadherin陽性の神経組織と外側のEpCAM陽性の非神経上皮組織の間に形成された間隙は、最小で33.37μm、最大で118.34μmであり、細胞塊のほぼ全周にわたって神経上皮と非神経上皮の間に30μm以上の間隙が形成されていることが分かった(
図3A-D)。上記の間隙には細胞核は存在せず無細胞性であるが、一部の場所で非上皮性の細胞の分布が確認できた。
【0141】
実施例3:ヒトES細胞から作製された神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の長期培養と成熟
ヒトES細胞(KhES-1株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8を用いた。具体的な維持培養操作としては、比較例1と同様に実施した。その後、実施例1と同様の条件で、96ウェルプレートでの浮遊培養を実施した。浮遊培養開始後28日目に細胞塊を10cm浮遊培養用ディッシュ(住友ベークライト社製)へとディッシュ1枚あたり48個の細胞塊を移し、無血清培地を用いて培養90日目まで浮遊培養を実施した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)とIMDM+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)の1:1混合液に10% Knockout Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific社製)、450μM 1-モノチオグリセロール(和光純薬社製)、1x Chemically defined lipid concentrate(Thermo Fisher Scientific社製)、50 unit/mlペニシリン-50μg/mlストレプトマイシン(ナカライテスク社製)を添加した無血清培地をディッシュ1枚あたり15ml用い、3日乃至4日に一回半量の培地を交換した。
【0142】
前記、浮遊培養開始後90日目の細胞塊を、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて明視野観察を行った(
図4A-C)。
図4A右下のスケールバーは1000μm、
図4B、4C右下のスケールバーは200μmを示す。観察の結果、培養90日目の細胞塊の外側の組織は培養液中でも自律的に球形の構造を維持していた(
図4A)。また、外側の中空状の組織は、細胞同士が密着した上皮組織から形成されていた(
図4C)。観察の後に、細胞塊を4%パラホルムアルデヒドで室温15分固定し、20%スクロース/PBSに4℃で一晩浸漬し凍結保護処理後、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、成熟角膜上皮マーカーである抗サイトケラチン12抗体(Santa Cruz Biotechnology社製、ヤギ)、角膜上皮細胞マーカーである抗サイトケラチン5抗体(Spring Biosciences社製、ウサギ)、抗Mucin4抗体(R&D Systems社製、ヤギ)、角膜・中枢神経系細胞マーカーである抗Pax6抗体、基底膜マーカーである抗Laminin抗体を用いて実施例1と同様の条件で蛍光免疫染色を実施した。
図4D、4H、4Lの右下のスケールバーは200μmを示す。
【0143】
その結果、培養90日目の細胞塊は、外側の非神経上皮組織が伸長し、200μm以上の間隙が形成されていた。上記非神経上皮組織は、サイトケラチン12、サイトケラチン5、Mucci4陽性の角膜上皮組織であり、Laminin等から構成される基底膜組織を有していることが分かった。加えて、角膜上皮細胞膜表面の頂端面側に発現するMucin4が非神経上皮組織の外側の面に局在しており、形成された非神経上皮組織が上皮細胞極性を有することが分かった。また、内側の組織は、Pax6陽性の網膜・中枢神経系の組織であった。上記の結果より、浮遊培養により細胞塊から成熟した角膜上皮組織が得られることが分かった(
図4D-N)。
【0144】
実施例4:ヒトES細胞からの神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造におけるBMP4添加時期の検討(1)
ヒトES細胞(KhES-1株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8を用いた。
具体的な維持培養操作は、比較例1と同様に実施した。その後、比較例1と同様の条件で、96ウェルプレートでの浮遊培養を開始した。浮遊培養期間中にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加しない条件をコントロールとした(-BMP4条件、
図5A)。加えて、浮遊培養開始と同時にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加する条件(Day0+BMP4条件、
図5B)には、ヒト組み換えBMP4 (R & D Systems社製、1.5nM、工程2開始)を添加した。その後、浮遊培養開始後1、2、3日目にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加する条件(Day1~3+BMP4条件、
図5C~E)では Y27632を含まず、IWP-2、SB-431542、BMP4を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた。BMP4は添加する培地に3nM添加し、ウェル中の終濃度が1.5nMとなるようにした。Day0+BMP4条件のみ、浮遊培養開始後3日目にY27632を含まず、IWP-2、SB-431542、BMP4を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた。分化誘導開始後6日目にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加する条件(Day6+BMP4条件、
図5F)では、分化誘導開始後3日目にY27632とBMP4を含まず、IWP-2とSB-431542を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加え、6日目にY27632を含まず、IWP-2、SB-431542、BMP4を含む無血清培地で半量培地交換を行った。その他の条件では、浮遊培養開始後6日目にY27632とBMPを含まず、IWP-2とSB-431542を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。浮遊培養開始後10日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(
図5A-F)。
【0145】
その結果、BMP4を添加しない条件では、表面の滑らかな胚様体が形成され、胚様体表面に非神経上皮様の構造は確認できなかった(
図5A)。分化誘導開始と同時にBMP4を添加した条件(Day0+BMP4)では、胚様体の形成が著しく阻害されていた(
図5B)。分化誘導開始1日目および2日目にBMP4を添加した条件(Day1、2+BMP4)では、神経上皮様の構造を有する中心部を非神経上皮様の層が覆っている二層構造を有した、神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊が形成されていた(
図5C、D)。両条件を比較すると、2日目にBMP4を添加することにより、1日目にBMP4を添加した条件の胚様体(
図5C)よりも胚様体の直径で約1.3倍、体積に換算すると約2.2倍大きな胚様体(
図5D)が形成された。分化誘導開始3日目および6日目にBMP4を添加した条件では、外側の非神経上皮様の組織の形成効率が2日目にBMP4を添加した条件と比較して低かった。上記の結果より、ヒト多能性幹細胞からの神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の形成には、BMPシグナル伝達経路作用物質を浮遊培養開始後72時間以内に添加することが効果的であることが分かった。
【0146】
実施例5:ヒトES細胞からの神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造におけるBMP4添加時期の検討(2)
ヒトES細胞(KhES-1株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8を用いた。
具体的な維持培養操作は、比較例1と同様に実施した。その後、比較例1と同様の条件で、96ウェルプレートでの浮遊培養を実施した。浮遊培養開始後2日目及び3日目に倒立顕微鏡を用いて、凝集体の明視野観察を行った。
図6A右下のスケールバーは、200μmを示す。観察の結果、BMP4の添加に好ましい時期である浮遊培養開始後2日目の凝集体は表面に凹凸がみられ、歪な形状であった(
図6A)。一方で、浮遊培養開始後3日目の凝集体は2日目に見られた凹凸が減少し、球体に近い形状を呈していた(
図6B)。
【0147】
前記、浮遊培養開始後2日目及び3日目の凝集体を、実施例1に記載の方法で固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、神経上皮マーカーである抗N-Cadherin(NCad)抗体および密着結合マーカーである抗ZO-1抗体(Thermo Fisher Scientific社製、ウサギ)を用いて蛍光免疫染色を行った。蛍光標識二次抗体及び核の対比染色は実施例1に記載の物を使用した。
図6C右下のスケールバーは、100μmを示す。その結果、浮遊培養開始後2日目の凝集体では、凝集体の最も表層の細胞の一部がZO-1陽性であり、密着結合を形成していた(
図6C)。一方で、浮遊培養開始後3日目の凝集体では、ZO-1陽性の細胞は凝集体の内部に取り込まれ、最も表層には局在が見られなかった(
図6E)。加えて、浮遊培養開始後3日目の凝集体では、N-Cadherinを強く発現し、外層の細胞同士がより密着した領域と、凝集体内部の細胞が疎らな領域の二層構造が、より明確に確認できるようになっていた(
図6I、J)。上記の結果より、神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造過程におけるBMP4添加時期を決定するための手法として、凝集体の最も表層の細胞における密着結合の検出が利用可能であることが分かった。
【0148】
実施例6:ヒトES細胞からの神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造におけるBMP4添加濃度の検討
ヒトES細胞(KhES-1株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8を用いた。具体的な維持培養操作としては、比較例1と同様に行った。
【0149】
このようにして調製したサブコンフレントのヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、Accumaxを用いて酵素処理を行った後、分化誘導用の無血清培地を添加しセルスクレーパーを用いて培養ディッシュ表面より細胞を剥がし、ピペッティングにより単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトES細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2の条件下で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)とIMDM+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)の1:1混合液に5% Knockout Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific社製)、450μM 1-モノチオグリセロール(和光純薬社製)、1xChemically defined lipid concentrate(Thermo Fisher Scientific社製)、50u/mlペニシリン-50μg/mlストレプトマイシン(ナカライテスク社製)を添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程1開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(2μM)、SB-431542(1μM)を添加した。浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、IWP-2、SB-431542、BMP4を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた。その際に、BMP4の添加量は0.1nM, 0.25nM, 0.5nM, 0.75nM, 1nM, 1.5nM, 5nM 及び無添加コントロールの8条件とした。BMP4は添加する培地に設定した条件の2倍の濃度で添加し、ウェル中の終濃度が設定した条件となるようにした。浮遊培養開始後6日目にY27632とBMPを含まず、IWP-2とSB-431542を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。浮遊培養開始後10日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(
図7A~H)。
図7A右下のスケールバーは、200μmを示す。
【0150】
その結果、BMP4を添加しない条件では、表面の滑らかな胚様体が形成され、胚様体表面に非神経上皮様の構造は確認できなかった(
図7A)。一方で、BMP4を添加した条件においては、0.1nMから5nMのいずれの濃度においても内側に神経上皮様の細胞塊が存在し、表面に非神経上皮組織を有する細胞塊が形成された(
図7B-H)。上記の結果より、浮遊培養開始後2日目にBMP4を添加する場合、0.1nM以上の濃度であれば非神経上皮組織が細胞塊表面に形成されることが分かった。
【0151】
実施例7:ヒトES細胞からの神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造における各Wntシグナル伝達経路阻害物質の効果
ヒトES細胞(KhES-1株)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8を用いた。具体的な維持培養操作としては、実施例1と同様に行った。
【0152】
このようにして調製したサブコンフレントのヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、Accumaxを用いて酵素処理を行った後、分化誘導用の無結成培地培地を添加しセルスクレーパーを用いて培養ディッシュ表面より細胞を剥がし、ピペッティングにより単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトES細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2の条件下で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12+Glutamax培地)とIMDM+Glutamax培地の1:1混合液に5% Knockout Serum Replacement、450μM 1-モノチオグリセロール、1xChemically defined lipid concentrate、50u/mlペニシリン-50μg/mlストレプトマイシンを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程1開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、SB-431542(1μM)を添加した。Wntシグナル伝達経路阻害物質として、IWP-2(Tocris Bioscience社製、2 or 5μM)、C-59(Cayman Chemicals社製、2μM)、IWP-L6(AdooQ bioscience社製、1 or 10μM)、LGK974(Cayman Chemicals社製、1 or 5μM)、KY 02111(Cayman Chemicals社製、1 or 5μM)、XAV939(Cayman Chemicals社製、1μM)を浮遊培養開始時に添加し、Wntシグナル伝達経路阻害物質無添加のコントロールとしてDMSOのみを添加した条件を実施した。その後、浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、各Wntシグナル伝達経路阻害物質、SB-431542、BMP4を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた。BMP4は添加する培地に3nM添加し、ウェル中の終濃度が1.5nMとなるようにした。浮遊培養開始後6日目にY27632とBMPを含まず、各Wntシグナル伝達経路阻害物質とSB-431542を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。浮遊培養開始後10日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(
図8A~K)。
図8A右下のスケールバーは、200μmを示す。
【0153】
その結果、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加しない条件では、浮遊培養開始より2日目にBMP4を添加しても胚様体の表面に非神経上皮組織が形成されなかった(
図8A)。一方で、浮遊培養開始時点よりIWP-2、C-59、IWP-L6、LGK974、KY02111、XAV939を添加した各条件では、内側に神経上皮様の細胞塊が存在し、表面に非神経上皮組織を有する細胞塊が形成された(
図8B~K)。上記の結果より、Wntシグナル伝達経路阻害物質の添加が、BMP4添加による非神経上皮組織を有する細胞塊の形成に有用であることが分かった。
【0154】
実施例8:ヒトES細胞からの神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊の製造における分化誘導前の化合物処理の効果
ヒトES細胞(KhES-1株)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8を用いた。具体的な維持培養操作としては、実施例1と同様に行った。培養した細胞を分化誘導に用いる際に、播種した6日後にStemfit培地の培地交換と同時に何も添加しない条件(Control)、300nM SAGのみを添加した条件(+300nM SAG)、5μM SB-431542のみを添加した条件(+5μM SB-431542)、SAG とSB431542を同時に添加した条件(+SAG/SB)の4条件の細胞を調製した。
【0155】
上記処理の翌日に、サブコンフレントとなった4条件のヒトES細胞を、それぞれ実施例1に記載の方法で神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊への浮遊培養による分化誘導を実施した。その後、分化誘導15日目に倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った。各前処理を実施したのちに形成された細胞塊について、全周の80%以上が非神経上皮に被覆されている、球状に近い形態をした細胞塊(Grade 1、例=
図9A)、全周80%から40%が非神経上皮に被覆されている、もしくは形がいびつな細胞塊、(Grade 2、例=
図9B)、細胞塊表面の非神経上皮の割合が40%以下である細胞塊(Grade 3、例=
図9C)の三段階に評価した。
【0156】
その結果、培養した細胞を分化誘導に用いる際に、播種した6日後にStemfit培地の培地交換と同時に何も添加しない条件(Control)では32個の細胞塊中、Grade 1の細胞塊が6個、Grade 2の細胞塊が18個、Grade 3の細胞塊が8個であった。300nM SAGのみを添加した条件(+300nM SAG)では32個の細胞塊中、Grade 1の細胞塊が10個、Grade 2の細胞塊が18個、Grade 3の細胞塊が4個であった。5μM SB-431542のみを添加した条件(+5μM SB-431542)では32個の細胞塊中、Grade 1の細胞塊が28個、Grade 2の細胞塊が4個、Grade 3の細胞塊が0個であった。SAG とSB431542を同時に添加した条件(+SAG/SB)では32個の細胞塊中、Grade 1の細胞塊が30個、Grade 2の細胞塊が2個、Grade 3の細胞塊が0個であった。評価結果をグラフとして
図9Dに示す。上記の結果より、培養した細胞を分化誘導に用いる際に5μM SB-431542による前処理、もしくはSAG とSB431542を同時に添加した前処理を実施することにより、無処理のControlと比較して全周の80%以上が非神経上皮に被覆されている、球状に近い形態をしたGrade 1の細胞塊が形成される割合が大幅に向上することが分かった(
図9D)。
【0157】
実施例9:ヒトiPS細胞から作製された神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊
ヒトiPS細胞(201B7株、iPSアカデミアジャパンより入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8を用いた。具体的な維持培養操作としては、比較例1と同様に実施した。その後、実施例1と同様の条件で、96ウェルプレートでの浮遊培養を実施した。浮遊培養開始後2日目にY27632を含まず、IWP-2、SB-431542、BMP4を含む無血清培地を1ウェルあたり100μl加えた。BMP4は添加する培地に3nM添加し、ウェル中の終濃度が1.5nMとなるようにした。浮遊培養開始後6日目にY27632とBMPを含まず、IWP-2とSB-431542を含む無血清培地を用いて半量培地交換を行った。浮遊培養開始後10日目及び28日目に倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(
図10A-C)。
図10AおよびC右下のスケールバーは200μm、
図10B右下のスケールバーは1000μmを示す。その結果、実施例1にてヒトES細胞株KhES-1から作製した際と同様に、ヒトiPS細胞株201B7から中心部の神経組織を非神経上皮組織が取り巻く細胞塊が形成されていることが分かった。
【0158】
前記ヒトiPS細胞株201B7より調製した浮遊培養開始後28日目の細胞塊より、実施例1に記載の方法で凍結切片を作製し、神経・網膜組織マーカーである抗Chx10抗体、抗RLDH3抗体、抗CD56/NCAM抗体、抗N-Cadherin抗体、抗Pax6抗体、抗Rx抗体、非神経上皮組織・角膜マーカーである抗CD326/EpCAM抗体、抗E-Cadherin抗体(R&D Systems社製、ヤギ)、抗Six1抗体、抗p63抗体(Santa Cruz Biotechnology社製、ウサギ)、抗汎サイトケラチン抗体、神経細胞マーカーである抗βIIIチューブリン(Tuj1)抗体を用いて蛍光免疫染色を行った。蛍光標識二次抗体および顕微鏡観察の条件は実施例1に記載の方法で実施した。
図10Gは
図10D-Fの、
図10Kは
図10H-Jの、
図10Oは
図10L-Nの、
図10Sは
図10P-Rの核の対比染色像である。
【0159】
その結果、実施例1で実施したヒトES細胞株KhES-1から調製した場合と同様に、上記製造法によりiPS細胞株201B7から、内側がChx10、RLDH3、NCAM、N-Cadherin、Pax6、Rx、Tuj1陽性の神経網膜組織、外側がEpCAM、E-Cadherin、Six1、p63、汎サイトケラチン陽性の非神経上皮組織からなる細胞塊が形成されたことが分かった(
図10D-S)。
【0160】
実施例10:ヒトES細胞からの角膜上皮シートの製造例
実施例3に記載の方法にてヒトES細胞株KhES-1から細胞塊を調製した。浮遊培養開始後28日目に細胞塊をマイクロピペットにより回収し、浮遊培養用ディッシュ(住友ベークライト社製)に移し、さらに6日間、37℃、5%CO
2の条件下で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)とIMDM+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)の1:1混合液に10%Knockout Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific社製)、450μM 1-モノチオグリセロール(和光純薬社製)、1xChemically defined lipid concentrate(Thermo Fisher Scientific社製)、50 unit/mlペニシリン-50μg/mlストレプトマイシン(ナカライテスク社製) を添加した無血清培地を用いた。 角膜上皮細胞を単離するために、双眼実体顕微鏡下でNo.5 精密ピンセットを用いて浮遊培養開始より34日目の胚様体から内側の神経組織を取り除き、外側の角膜上皮組織のみを回収した。角膜上皮組織の回収前(
図11A)及び回収後(
図11B)に倒立顕微鏡による明視野観察を実施した。
図11A右下のスケールバーは200μmを示す。観察の結果、細胞塊の外側に存在する角膜上皮組織のみを効率よく単離可能であることが分かった(
図11B)。その後、回収した組織をPBSで洗浄し、Accumax+10μM Y-27632を添加し、37℃温浴下で15分間反応させた。一回目の反応後にピペッティングにより組織を解離し、さらに5分間37℃温浴下で反応させた。二回目の反応終了後、再度のピペッティングの後に10%KSR gfcdm培地を添加し、ポアサイズが40μmのセルストレーナー(Corning社製)により夾雑物を除去した。得られた細胞懸濁液を220Gで5分間遠心し、上清を除き、10%KSR gfcdm+10μM Y-27632で細胞を再懸濁し、細胞数を計測した。4ウェルプレート(Thermo Fisher社製)に0.5μg/cm
2の条件でラミニン511E8をコートし、5 x 10
4cells/cm
2の密度で細胞を播種した。その際の無血清培地には10%KSR gfcdmに10μM Y-27632と10ng/ml bFGFを添加たものを用い、37℃、5%CO
2の条件下で培養した。3日間の培養後、倒立顕微鏡による明視野観察を実施した(
図11C)。
図11C右下のスケールバーは100μmを示す。観察の結果、単離した角膜上皮細胞の器材への接着と細胞同士の密着が観察され、角膜上皮シートが形成可能であることが示された。
【0161】
実施例11:ヒトES細胞から調製された神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を用いた化合物刺激性試験
実施例3に記載の方法にてヒトES細胞株KhES-1から細胞塊を調製した。浮遊培養開始後28日目に細胞塊をマイクロピペットにより回収し、浮遊培養用ディッシュ(住友ベークライト社製)に移し、さらに9日間、37℃、5%CO2の条件下で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)とIMDM+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)の1:1混合液に10%Knockout Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific社製)、450μM 1-モノチオグリセロール(和光純薬社製)、1xChemically defined lipid concentrate(Thermo Fisher Scientific社製)、50 unit/mlペニシリン-50μg/mlストレプトマイシン(ナカライテスク社製) を添加した無血清培地を用いた。
【0162】
上記の方法で調製した浮遊培養37日目の細胞塊を、1.5mlマイクロチューブに1チューブあたり3個加え、PBSによる洗浄を二回行った。その後、試験化合物をPBSで希釈し、濃度を2.5%とした化合物溶液をマイクロチューブに添加し、37℃、5%CO2の条件下で細胞塊を24時間化合物処理した。この際の試験化合物として、GHSの眼刺激性の判定が区分1:重篤な眼損傷性(不可逆的作用)であるプロメタジン塩酸塩(Sigma Aldrich社製)、および区分2:刺激性(可逆的作用)である4-ホルミル安息香酸(東京化成工業社製)を用い、PBSのみで処理した細胞塊を無添加のコントロールとした。化合物処理後の細胞塊をPBSで3回洗浄し、さらに0.02%フルオレセイン/PBS溶液(Sigma Aldrich社製)で30秒間染色した後、PBSで4回洗浄した。洗浄後の細胞塊を200μlのPBSで10分間処理し、細胞塊に取り込まれたフルオレセインを抽出した。上記方法で調製した抽出液中のフルオレセイン濃度を、励起485nm、放出535nmの条件で蛍光プレートリーダー(2104 EnVisionマルチラベルカウンター、Perkin Elmer社製)を用いて計測した。
【0163】
その結果、GHSの眼刺激性の判定が区分1であるプロメタジン塩酸塩で処理した細胞塊と区分2である4-ホルミル安息香酸で処理した細胞塊からのフルオレセイン取り込み後の溶出量に有意な差が見られた(
図12A)。この時、コントロールであるPBSのみで処理した細胞塊からの溶出量は検出限界以下であった。上記の結果より、本明細書に記載の製造法により作製された神経組織及び非神経上皮組織を含む細胞塊を用いてインビトロの化合物刺激性試験が実施可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0164】
本発明によれば、多能性幹細胞から網膜等の神経組織、神経系細胞と角膜等の非神経上皮組織とを含む細胞塊を低コストに効率よく製造することが可能になる。
本出願は、日本で出願された特願2017-226308(出願日:2017年11月24日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。