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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-13
(45)【発行日】2023-11-21
(54)【発明の名称】シリコン微粒子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 33/02 20060101AFI20231114BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20231114BHJP
   C01B 33/03 20060101ALI20231114BHJP
【FI】
C01B33/02 Z
H01M4/36 Z
C01B33/03
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020561225
(86)(22)【出願日】2019-11-15
(86)【国際出願番号】 JP2019044903
(87)【国際公開番号】W WO2020129499
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2022-09-09
(31)【優先権主張番号】P 2018239572
(32)【優先日】2018-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】望月 直人
(72)【発明者】
【氏名】石田 晴之
(72)【発明者】
【氏名】有行 正男
(72)【発明者】
【氏名】福原 浩二
【審査官】磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-524022(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 33/02
H01M 4/36
C01B 33/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均結晶子径が20~40nm、平均直径が80~900nmの範囲にある多結晶一次粒子が部分融着した不定形の凝集粒子よりなり、且つ、塩素濃度が粒子重量に対し0.1~1.0質量%であることを特徴とする、シリコン微粒子。
【請求項2】
前記多結晶一次粒子の平均直径が130~850nmである請求項1記載のシリコン微粒子。
【請求項3】
10kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度が1.3g/cm3以下である請求項1または2記載のシリコン微粒子。
【請求項4】
50kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度が1.8g/cm3以下である請求項1または2記載のシリコン微粒子。
【請求項5】
粒子中に不純物として含まれる酸素の濃度Co[質量%]と比表面積S[m2/g]の比Co/Sが0.05未満である請求項1~4のいずれか一項に記載のシリコン微粒子。
【請求項6】
塩化珪素ガスを600~900℃の温度で熱分解して得られたシリコン微粒子前駆体を、組成に酸素原子を含まないガスの流通下、または減圧下で900℃を超えて1200℃以下に加熱することを特徴とする、結晶子径が20~40nm、直径が80~900nmの範囲にある多結晶一次粒子が部分融着した不定形の凝集粒子よりなり、且つ、塩素濃度が粒子重量に対し0.1~1.0質量%であるシリコン微粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なシリコン微粒子とその製造方法に関する。詳しくは、リチウムイオン二次電池の負極材料に好適なシリコン微粒子および、該微粒子の製造方法を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、シリコンは、リチウムイオン二次電池の電極材(負極材)をはじめとして種々の用途に使用され或いはその使用が提案されている。
従来、リチウムイオン二次電池の負極材にはグラファイト、黒鉛などのカーボン系材料が一般的に使用されているが、理論容量が372mAh/g(LiC6までリチウム化した場合)と低く、より高容量の負極材料が望まれている。シリコンは、カーボン材料に比べて単位質量あたりのリチウムの吸蔵量が大きく、理論容量が3,579mAh/g(Li15Si4までリチウム化した場合)と非常に高容量であり、次世代の負極材として検討されている。
【0003】
シリコンをリチウムイオン二次電池の負極材として使用する場合の課題として、シリコンとリチウムが合金を形成してリチウムを吸蔵する際の体積膨張が大きく、充放電による膨張収縮の繰り返しによって、歪エネルギーが内部に蓄積して、シリコンが粉々に破断して空隙が発生し、電気伝導性やイオン伝導性を喪失することで負極の充電容量が低下することが挙げられる。
【0004】
そこで本発明者らは、結晶子径の小さい多結晶型であり、かつ体積膨張を緩和する空隙を有するシリコン微粒子を使用することに着目した。
シリコン微粒子として、特許第5618113号公報(特許文献1)には、20nm乃至200nmの平均一次粒子径を有するシリコン粉末であって、前記粉末は0<x<2のSiOx表面層を有し、前記表面層は0.5nm乃至10nmの平均厚さを有し、かつ前記粉末は室温で3質量%以下の全酸素含量を有する、シリコン粉末が開示されている。
【0005】
また、特許第5338676号公報(特許文献2)には、多結晶珪素の結晶子の粒子径が、X線回折パターンの分析において2θ=28.4°付近のSi(111)に帰属される回折線の半値全幅よりシェラー法(Scherrer法)で求められる該結晶子サイズで20nm以上100nm以下であり、真比重が2.300~2.320であるシリコン粒子が開示されている。特許文献2では、前記多結晶ケイ素粒子を、クロロシランガスを原料として1,000℃以下の熱分解により製造することが開示されている。
【0006】
さらには、特許第4607122号公報および特表2007-511460号公報(特許文献3および4)には、凝集した結晶質シリコン粉末において、20~150m2/gのBET表面積を有し、リン、ヒ素、(中略)、銅、銀、金又は亜鉛によりドープされていることを特徴とする凝集した結晶質シリコン粉末が開示されており、その製造方法として蒸気もしくは気体状のシラン(シランにはクロロシランも含む)と蒸気もしくは気体状の前記ドープ材料、不活性ガスおよび、水素をホットウォール反応器中で加熱し反応させる方法が開示されている。
【0007】
しかし、これらの特許文献においては、シリコン微粒子の結晶子径を有効に制御する方法、特にクロロシランを原料とした場合に塩素含有量を調整する意義および方法、またシリコンの膨張を緩和する空隙を保持する方法等について全く示唆がない。
【0008】
一方、空隙を有する多孔質シリコン粒子としては、特許第5598861号公報(特許文献5)では、複数のシリコン微粒子が接合してなる多孔質シリコン粒子であって、シリコン微粒子の平均粒径または平均支柱径が10nm~500nmであり、多孔質シリコン粒子の平均粒径が0.1μm~1000μmであり、多孔質シリコン粒子は連続した空隙を有する三次元網目構造を有し、かつ多孔質シリコン粒子の平均空隙率が15~93%のものが開示されている。なお、この三次元網目構造を有する多孔質シリコン粒子は、シリコンと他の中間合金元素との合金を作製し、シリコン微粒子と第2相とを分離させたのち、第2相を除去することで、製造できる旨が開示されている。
【0009】
また、特許第3827642号公報(特許文献6)には、Siのみからなる多孔質粒子の集合体からなり、前記多孔質粒子の内部に平均孔径が10nm以上10μm以下の範囲である多数のボイドが形成され、前記集合体の平均粒径が1μm以上100μm以下の範囲であり、前記多孔質粒子の組織の一部がSiの非晶質相であり、残部がSiの結晶質相であることが開示されている。特許文献6では、この多孔質粒子を、シリコンを含む合金から他の元素を酸またはアルカリによって、溶出除去することで、多孔質粒子を製造する旨が開示されている。
【0010】
しかし、これらの特許文献に開示の方法、すなわち多孔質粒子の製造方法としてシリコン合金を相分離させ、分離した第2相を除去するものは製造方法が煩雑であるため、工業的かつ安価に空隙を有する多結晶シリコン微粒子を大量製造することは困難である。
【0011】
以上のように、結晶子径の小さい多結晶型であり、かつ体積膨張を緩和する空隙を有するシリコン微粒子を工業的に生産する有効な方法はこれまで見出されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特許第5618113号公報
【文献】特許第5338676号公報
【文献】特許第4607122号公報
【文献】特表2007-511460号公報
【文献】特許第5598861号公報
【文献】特許第3827642号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って、本発明の目的は、リチウムと合金化する際の膨張収縮による破壊・変形が少なく、膨張収縮を緩和する空隙を有し、安全性(耐酸化性)にも優れるシリコン微粒子およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために、多結晶一次粒子の平均結晶子径および平均直径とともに、塩素含有濃度が、所定の範囲にあるシリコン微粒子は、上記課題をいずれも解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
本発明にかかるシリコン微粒子は、平均結晶子径が20~40nm、平均直径が80~900nmの範囲にある多結晶一次粒子が部分融着した不定形の凝集粒子よりなり、且つ、塩素濃度が粒子重量に対し0.1~1.0質量%であることを特徴とする。
【0016】
前記多結晶一次粒子の平均直径は、130~850nmであることが好ましい態様である。 前記シリコン微粒子は、10kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度が1.3g/cm3以下であることが好ましい態様である。また、50kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度が1.8g/cm3以下であることが好ましい態様である。
【0017】
また、粒子中に不純物として含まれる酸素の濃度Co[質量%]と比表面積S[m2/g]の比Co/Sが0.05未満であることが好ましい態様である。
前記特性のシリコン微粒子は、塩化珪素ガスを600~900℃の温度で熱分解して得られたシリコン微粒子前駆体を、組成に酸素原子を含まないガスの流通下、または減圧下で900℃を超えて1200℃以下に加熱することで製造することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のシリコン微粒子は、塩素が低量ながら所定の割合で含まれており、平均結晶子径が所定の範囲にある多結晶一次粒子が部分融着した不定形の凝集粒子よりなり、充放電の際に、リチウムとの合金化による体積変化が少なく、しかも表面酸化物の影響も少ない。
また、酸素量を比表面積との比率を特定の範囲に調整されたものは、酸素の影響を極めて少なくすることができ、充電容量の低下を防止することができるので好ましい。
【0019】
本発明の製造方法では、トリクロロシランの熱分解工程と、得られたシリコン微粒子前駆体の脱塩素工程とからなる2段階の加熱工程を所定の温度で採用することで上記の特徴を有するシリコン微粒子を効率的に生産できる。
【0020】
このような本発明のシリコン微粒子は、荷重をかけた際の嵩密度が小さく、プレス成型してもその空隙を保持できるので、充電時の電極の体積膨張を空隙が吸収することで体積変化を抑制できる。
【0021】
本発明のシリコン微粒子は、グラファイト、黒鉛などのカーボン材料や、酸化ケイ素、スズ、アンチモン、マグネシウム、ビスマスなどの既知の負極材料と混合した複合物の形態、またはシリコン単体で、全固体電池やゲル状の電解質を用いた電池を含むリチウムイオン二次電池の負極の活物質として使用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明のシリコン微粒子の走査型電子顕微鏡写真を示す。
図2】本発明のシリコン微粒子の製造プロセスを模式的に示す。
図3】実施例、比較例および参考例で評価した、荷重に対する嵩密度の変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態を説明するが本発明はこれらの記載に何ら限定されるものではない。
<シリコン微粒子>
本発明にかかるシリコン微粒子は、多結晶一次粒子が部分融着した不定形の凝集粒子からなる。
【0024】
結晶子径の大きい、単結晶に近いシリコン微粒子はリチウムイオン電池の負極材として用いられた場合、リチウムと反応して合金を形成する際の相変化が大きいために、負極の膨張率が大きくなることが知られている。本発明のシリコン微粒子は、アモルファスまたは多結晶型またはその混合物であり、好ましくは多結晶型であり、多結晶一次粒子の平均結晶子径は、20~40nm、好ましくは25~35nmの範囲にある。なお平均結晶子径は、X線回折パターンからScherrer法、Willamson-Hall法、Halder-Wagner法などの方法で解析できる。
【0025】
シリコン微粒子の結晶性をシリコン単体で制御することは困難であり、第二成分の存在が重要となるが、本発明のシリコン微粒子ではこの役割を塩素原子が担っている。一般に、シリコン原子と結合した塩素基は反応活性が高く、空気中などの水分と速やかに反応して塩化水素ガスを放出して酸化するため、塩素の残存したシリコン微粒子を安全に取り扱うことは難しいと考えられている。しかし、本発明者らの研究によれば、シリコン微粒子中に残存する塩素は、粒子表面近傍に露出する塩素基のみが高活性であり、粒子内部に存在する塩素はほとんど反応性を有しない。さらに、シリコン微粒子内に所定量の塩素を含有させておくと、シリコンの結晶化を阻害して結晶子径を小さく保つことができる。本発明のシリコン微粒子中の塩素濃度は、粒子重量に対し0.1~1.0質量%であり、好ましくは0.3~0.8質量%の範囲にある。塩素を所定の範囲で含んでいると、シリコンの結晶化を妨げることで結晶子径の増大を抑制し、リチウムとシリコンが合金化する際の膨張を抑制する効果がある。塩素が少なすぎると、塩素を含む効果が薄くなり膨張抑制の効果は得られず、塩素が多すぎると粒子表面に残存した反応性の高い塩素基が空気中の水分と反応して酸素不純物が増えたり、その他の電池材料と反応して塩化物を生成したりする場合があり好ましくない。
【0026】
また、シリコン微粒子を負極として用いる場合、一次粒子の直径も重要である。一次粒子の直径が大きすぎる場合、リチウムとの反応に伴う膨張収縮によってシリコン微粒子が破断することで導電性を喪失し、電池性能におけるサイクル特性が悪化することが知られている。逆に、一次粒子の直径が小さすぎる場合、比表面積が増大することによってシリコン微粒子表面に生成される電解液の分解生成物(SEI)の量が多くなり、電池性能における初期充放電効率が低下することが知られている。本発明のシリコン微粒子における一次粒子の平均直径は80~900nm、好ましくは130~850nm、より好ましくは150~300nmの範囲にある。上記シリコン微粒子における一次粒子の平均直径は、比表面積より求めたものである。
【0027】
このような一次粒子の平均直径を有するものは、充放電に伴う粒子の膨張収縮によって粒子が破断することもなく、また、粒子表面におけるSEI層の形成が過度に生じることもない。
【0028】
二次粒子は、多結晶一次粒子が部分融着した凝集粒子から構成される。部分融着は、一次粒子が数珠状や網目状に連結し、連結部が狭窄したネック部を構成する。凝集粒子である二次粒子自体は不定形であるため粒子径や形状を特定できないが、電池の負極として用いる際には二次粒子の大きさが形成する負極の厚みを越えないことが重要であり、平均直径(不定形粒子においては最長径)を20μm以下、好ましくは10μm以下、さらに好ましくは5μm以下にすることが望ましい。
【0029】
本発明のシリコン微粒子は二次粒子内に空隙を有するとともに、また他の二次粒子との間にも他の粒子が入ることができない空隙を有する。かかる空隙は電極作成時に加圧成型する際にも維持される。通常、リチウムイオン電池の負極として用いられる場合、シリコンとリチウムの反応によってシリコンが合金化する際に大きく体積膨張するが、本発明では、空隙を含む凝集粒子を使用するため、シリコンの体積膨張を凝集粒子の空隙が緩和することで負極の体積膨張を効果的に抑制することができる。
【0030】
本発明のシリコン微粒子は特に高い荷重をかけたときの嵩密度が小さく、空隙を保持する特性を有する。電池の電極作製時には電極と集電体との密着性の向上、電極の電気伝導性の向上のため一般的に強い荷重をかけて成形されるが、電池の高性能化に伴ってこの荷重は近年増加する傾向にある。従来の製造方法で得られたシリコン微粒子は、より強い荷重をかけたときに空隙が詰まって微粒子が充填されるために嵩密度が大きくなるが、本発明のシリコン微粒子では空隙が保持されるため、嵩密度は小さく保たれる。本発明のシリコン微粒子は、10kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度が1.3g/cm3以下、好ましくは1.1g/cm3以下であることが好ましい態様である。また、50kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度が1.8g/cm3以下、好ましくは1.5g/cm3以下であることが好ましい態様である。なお、本発明における嵩密度は、10kN/cm2の荷重、50kN/cm2の荷重の嵩密度が前記範囲にあればいいが、同一試料の場合、50kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度が、10kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度よりも低くなることはない。
【0031】
また、50kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度(BD50)と、10kN/cm2の荷重をかけたときの嵩密度(BD10)との間に、(BD50-BD10)/(50-10)<0.0130の関係があることが好ましい。
【0032】
シリコン微粒子中に不純物として含まれる酸素の濃度(Co:質量%)と、比表面積(S:m2/g)との比(Co/S)は0.05未満、好ましくは0.03未満である。シリコンの酸素濃度はシリコン微粒子表面の表面酸化層に起因するものが主体であるため、シリコン微粒子の粒子径が小さくなれば比表面積が増え、酸素濃度は高くなる。このため比表面積と酸素濃度をそれぞれ定義することが難しい。そこで本発明では、比(Co/S)によって、シリコン中の酸素不純物の影響が少ない範囲を定義している。シリコン中の酸素不純物は、リチウムと不可逆的に結合することで、電池性能における充電容量低下の原因となるが、本発明の所定の比率に比(Co/S)を調整することで、酸素の影響を極めて少なく抑制することができる。
【0033】
このような本発明のシリコン微粒子の走査型電子顕微鏡写真を図1に示す。
図1では、50~300nm程度の球状の微粒子が複数、数珠つなぎ状に連なった凝集粒子を構成するが、二次粒子の形状としては特に限定されない。
【0034】
<シリコン微粒子の製造方法>
本発明は、前記シリコン微粒子を製造するための好適な製造方法も提供する。
即ち、本発明にかかる製造方法によれば、
反応器内で、トリクロロシランを熱分解させてシリコン微粒子前駆体を生成させる熱分解工程と、捕集したシリコン微粒子前駆体を加熱して脱塩素を行う脱塩素工程を含む。
【0035】
・熱分解工程
本発明では、Si源として、塩化珪素ガスが使用され、トリクロロシランが主成分として使用される。またトリクロロシラン以外のSi源として、ジクロロシラン、四塩化珪素などが含まれていてもよく、これらを含む場合、Si源中の全モル中に30モル%以下の量で使用されることが望ましい。
【0036】
反応容器に、Si源とともに、窒素やアルゴン、ヘリウム等の本発明の製造方法の反応に対して本質的に不活性なガスを同伴ガスとして混合することができる。主要なSi源であるトリクロロシランは沸点が約32℃と高く液化しやすいが、同伴ガスを混合することでガス状態を保ち容易に定量供給することができる。同伴ガスの量は特に制限されず、トリクロロシランに対して、5~80体積%の範囲で使用されることが、トリクロロシランの気化安定化のために望ましい。また、気化条件およびガス配管の加温を適切に実施することで、工業的には同伴ガスは使用しなくともよい。
【0037】
本発明における熱分解工程では、下記のようにトリクロロシランが熱分解して、中間生成物であるSiClx(xは一般的に0.1~0.3である)をシリコン微粒子前駆体として生成する。この熱分解工程での代表的な反応は、下記式(2)で表される。
【0038】
SiHCl3 →(1-n)SiCl4+nSiClx+(1/2)H2 (2)
なお、副生物には、四塩化珪素の他に、ジクロロシランやポリマー状のシランも含まれる。
【0039】
熱分解工程では、Si源を600~900℃、好ましくは650~900℃、より好ましくは700~850℃の温度に加熱する。シリコン微粒子前駆体を生成するには、加熱温度が重要となり、加熱温度が所定の温度より高い場合、反応物が反応器の内壁に融着して反応器を閉塞し、また、所定の温度より低い場合、目的とするシリコン微粒子前駆体が得られない。反応容器としては、通常、内壁がカーボン等の材質よりなる管型反応容器が使用され、所定の温度に内壁を加熱しうる加熱装置が設けられている。
【0040】
前記式(2)で表されるシリコン微粒子前駆体を生成する反応を経由することで、前記したような従来になかった結晶子径が小さく、酸素量、塩素量が所定の範囲に調整されたシリコン微粒子を得ることができる。
【0041】
反応容器内部の温度は前記の範囲に加熱できれば特に制限なく、段階的に温度を変えてもよい。またSi源のガス流速や滞留時間も、反応容器の大きさや伝熱面積(効率)に応じて適宜選択される。
【0042】
Si源は反応容器に導入する前にあらかじめ40℃以上、600℃未満の温度に予熱しておくことが好ましく、次いで、前記温度に上昇することが望ましい。反応容器内で低温のSi源を前記温度まで速やかに加熱しようとする場合、反応容器の内壁(加熱体)温度が前記温度を越えて高温になり、反応容器の内壁近傍で局所的にSi源の温度が前記温度範囲を越えることで反応容器壁面に反応物の融着が発生する原因となりやすい。予熱をすることで前記温度までの加熱を緩やかに行うことができ、反応容器内壁の温度を前記Si源の熱分解温度の範囲に適切に保つことができる。また、反応容器内のSi源の予熱に必要な領域を小さくすることができる。さらには、Si源の温度を均一に保ちやすいため得られるシリコン微粒子の粒子径のばらつきを抑制できる。
【0043】
反応生成物のシリコン微粒子前駆体は捕集され、水素や四塩化珪素、窒素、未反応トリクロロシラン、副生物のジクロロシラン、ポリマー状のシランなどと分離される。捕集方法は特に制限なく、たとえば、サイクロン式の捕集手段や、バグフィルター、電気集塵などの既知の方法を使用できる。
【0044】
シリコン微粒子前駆体が分離された反応排ガスから、未反応トリクロロシランおよび四塩化珪素、窒素ガスを回収し、四塩化珪素は、金属シリコンおよび水素と反応させてトリクロロシランに転化させて、再度反応原料として用いることも可能である。
【0045】
反応排ガスから、シラン類とその他のガス成分との分離は、深冷などによって行うことができる。深冷は、加圧下、一般的には、500乃至800kPaG程度の圧力下で、熱交換器などにより-30乃至-50℃程度に冷却して行われる。このような深冷により、トリクロロシランおよび四塩化珪素が凝縮して、窒素ガス、水素ガスや塩化水素ガスなどのガス成分と分離される。一方、ガス成分は、活性炭等の吸着剤を充填した吸着塔で塩化水素ガスを除去した後、分離回収された水素を含む窒素ガスは同伴ガスとして再利用してもよい。
【0046】
凝縮液から、蒸留等によってトリクロロシランを回収し、上記反応に再利用することができる。
分離された四塩化珪素は、水素と金属シリコンと反応させて(式(3))、トリクロロシランに転化して、Si源として再利用することが好ましい。
【0047】
Si + 2H2 + 3SiCl4 → 4SiHCl3 (3)
得られたトリクロロシランを含む反応生成物を蒸留してトリクロロシランを回収し、反応原料として再利用する。前記深冷によって回収された凝縮液と、上記反応の反応生成物とを混合してトリクロロシランを回収してもよい。式(3)の反応式で、未反応の四塩化珪素は、再度上記反応によるトリクロロシランに転化することも可能であり、このループを繰り返して、副生物の排出ロスを抑制し、原料を有効活用することができる。なお、蒸留工程を多段にして、さらにトリクロロシランを精製してもよい。
【0048】
一方、捕集されたシリコン微粒子前駆体は、脱塩素工程に送られる。移送手段は、酸素および水分に触れず、かつ容器からのコンタミがない限り、特に制限されない。
たとえば、シリコン微粒子前駆体を、カーボン製、アルミニウム製、ニッケル被覆されたSUS製などの容器に窒素置換後、充填し、脱塩素工程に移送してもよい。カーボン製容器は特に電池材料として使用する際に問題となる金属系コンタミの影響が少なく、高温の粒子を充填しても変性することがないため好ましい。あるいは、前記既知の捕集手段で捕集されたシリコン微粒子前駆体をホッパー等に蓄積し、これを窒素などの酸素および水を含まないガスに同伴させて配管で空送することもできる。
【0049】
・脱塩素工程
次いで、捕集したシリコン微粒子前駆体を、脱塩素反応容器に装入し、900℃を超える温度で、1200℃までの温度、好ましくは1050℃を超える温度から1180℃までの温度に加熱して脱塩素処理を行う。脱塩素処理は、脱塩素反応容器中で、酸素原子を含まないガスの流通下に行うか、減圧下で行われる。上記脱塩素反応容器に供給し、酸素原子を含まないガスは、シリコン微粒子前駆体と反応しないものであれば特に限定されない。前記ガスは、酸素原子を含まない限り制限はなく、窒素、アルゴン、ヘリウム等のガスが好適に使用される。上記ガスは、水分を可及的に減少せしめたガスが好ましく、露点が-50℃以下のものが特に好ましい。また、前記減圧下に行う場合、その圧力が、1kPa以下となるように脱塩素反応容器よりガスを排気することが好ましい。
【0050】
脱塩素処理によって、式(4)の反応が進み、シリコン微粒子が得られる。
SiClx → (1-x/4)Si + (x/4)SiCl4 (4)
前記脱塩素処理の加熱においては、シリコン微粒子前駆体を均一に加熱するため、前駆体を撹拌しながら加熱することが好ましい。撹拌は、反応器が転動するもの、反応器に撹拌翼を設けたもの、気流で撹拌するものなどの既知のいずれの方法であってもよく、さらに、邪魔板を設けて撹拌効率を向上させてもよい。
【0051】
前記シリコン微粒子前駆体を前記所定の加熱温度で加熱する時間(保持時間)は、前記目的とする塩素濃度となる時間であれば特に制限されないが、5~60分程度が一般的である。
【0052】
前記脱塩素処理には、加熱温度が重要であり、前記温度範囲で加熱することで、微粒子表面近傍の反応性の高い塩素が除去されて、所定の塩素含有量で、かつ、多結晶一次粒子が部分融着した、所定の比表面積を有する不定形の凝集粒子から構成されるシリコン微粒子が製造される。
【0053】
加熱温度が高めにあると塩素濃度は低く、結晶子径が大きく、比表面積は小さくなる傾向にある。
本発明のシリコン微粒子は、所定の酸素量、塩素量に調整されており、結晶子径が小さく、空隙を保持した二次凝集構造を有しているため、リチウムイオンの吸蔵時の体積変化が少なく、また体積変化によって粒子が破断することもなく、高い充放電容量を長期間持続可能な負極を構成することが可能である。また、本発明のシリコン微粒子は、高活性な塩素基による急激な酸化が有効に抑制されているため、極めて安全に取り扱うことができる。
【実施例
【0054】
本発明を、次の実施例および比較例で説明する。・物性の評価方法
(1)トリクロロシランの反応率
トリクロロシランの反応率は、反応後の排出ガスの組成をガスクロマトグラフで分析し、検出されるトリクロロシラン、四塩化ケイ素、ジクロロシランの比率から算出した。
【0055】
(2)シリコン微粒子前駆体およびシリコン微粒子中の塩素濃度
試料を蛍光X線分析によって計測して求めた。
(3)シリコン微粒子前駆体およびシリコン微粒子中の酸素濃度と比表面積との比(CO/S)
試料を窒素ガスBET吸着法を用いた比表面積測定装置で計測することで比表面積(S[m2/g])を求め、試料を酸素窒素濃度分析計(LECO社製TC-600)で計測して酸素濃度(CO[質量%])を求めた。酸素濃度を比表面積で割ることで酸素濃度と比表面積との比(Co/S)を算出した。
【0056】
(4)シリコン微粒子の平均直径
試料を窒素ガスBET吸着法を用いた比表面積測定装置で計測することで比表面積を求め、
d=6/ρ・S
により平均直径を求めた。なお、dは平均直径、ρはシリコンの密度、Sは比表面積を表す。
【0057】
(5)シリコン微粒子の平均結晶子径
試料のX線回折によって得られる回折プロファイルを、Halder-Wagner法で解析することにより求めた。
【0058】
(6)シリコン微粒子の嵩密度
規定重量の試料を超鋼製の粉末プレス成型用ダイスに充填し、これを精密万能試験機(島津製作所製 オートグラフ)を用いて圧縮し、圧縮荷重と圧縮ヘッドの変位の相関を測定した。ダイスの内径、ヘッドの変位から圧粉体の体積を算出し、試料重量と圧粉体の体積から嵩密度を算出した。
【0059】
実施例1
・シリコン微粒子前駆体の合成
内径80mm、長さ2500mmのグラファイト製反応筒を750℃に加熱し、ここにトリクロロシランを900g/min、同伴窒素を37NL(Lはリットル)/minの速度で供給してシリコン微粒子前駆体を合成し、バグフィルターで未反応ガスと分離・捕集した。トリクロロシランの反応率は約40%であり、生成したシリコン微粒子前駆体の約70%がバグフィルターで捕集された。捕集したシリコン微粒子前駆体は雰囲気を窒素で置換された貯蔵容器に蓄積した。
【0060】
捕集されたシリコン微粒子前駆体の一部を大気開放したところ、空気中の水分と反応し、塩化水素からなる白煙を生じて酸化した。大気開放後のシリコン微粒子前駆体を分析したところ、酸素濃度と比表面積との比(Co/S)は0.192となった。また、平均結晶子径は3nmであった。
【0061】
・シリコン微粒子前駆体の脱塩素
前記、貯蔵容器に蓄積されたシリコン微粒子前駆体(大気開放されていないもの)を、大気に触れないよう注意しながら窒素置換されたグラファイト製の加熱坩堝に供給した。坩堝内のシリコン微粒子前駆体をグラファイト製の撹拌羽根で撹拌しながら、加熱坩堝内部に適量の窒素を供給し、流通させながら1150℃まで加熱した。1150℃に到達後、すぐに加熱を停止し、自然冷却を行った。
【0062】
冷却後、加熱坩堝を大気開放し、内部よりシリコン微粒子を取り出した。得られたシリコン微粒子は大気に曝されても塩化水素ガスに起因する臭気などは感じられなかった。得られたシリコン微粒子の塩素濃度は0.7質量%、酸素濃度と比表面積との比(Co/S)は0.043となった。また、一次粒子の平均直径は159nm、平均結晶子径は30nmの多結晶であった。
【0063】
実施例2
実施例1において、トリクロロシランを540g/min、同伴窒素を22NL(Lはリットル)/minの速度で供給してシリコン微粒子前駆体を合成し、脱塩素を行ってシリコン微粒子を得た。得られたシリコン微粒子は大気に曝されても塩化水素ガスに起因する臭気などは感じられなかった。得られたシリコン微粒子の塩素濃度は0.8質量%、酸素濃度と比表面積との比(Co/S)は0.038となった。また、一次粒子の平均直径は486nm、平均結晶子径は36nmの多結晶であった。
【0064】
実施例3
実施例1において、トリクロロシランを540g/min、同伴窒素を83NL(Lはリットル)/minの速度で供給してシリコン微粒子前駆体を合成し、脱塩素を行ってシリコン微粒子を得た。得られたシリコン微粒子は大気に曝されても塩化水素ガスに起因する臭気などは感じられなかった。得られたシリコン微粒子の塩素濃度は0.4質量%、酸素濃度と比表面積との比(Co/S)は0.049となった。また、一次粒子の平均直径は84nm、平均結晶子径は30nmの多結晶であった。
【0065】
実施例4
実施例1においてシリコン微粒子前駆体の脱塩素を、1050℃まで加熱した。1050℃に到達後、すぐに加熱を停止し、自然冷却を行った。
【0066】
冷却後、加熱坩堝を大気開放し、内部よりシリコン微粒子を取り出した。得られたシリコン微粒子は大気に曝されても塩化水素ガスに起因する臭気などは感じられなかった。得られたシリコン微粒子の塩素濃度は1.0質量%、酸素濃度と比表面積との比(Co/S)は0.038となった。また、一次粒子の平均直径は141nm、平均結晶子径は20nmの多結晶であった。
【0067】
参考例1
実施例1においてシリコン微粒子前駆体の脱塩素を、800℃まで加熱した。800℃に到達後、すぐに加熱を停止し、自然冷却を行った。
【0068】
冷却後、加熱坩堝を大気開放し、内部よりシリコン微粒子を取り出した。得られたシリコン微粒子は大気に曝されても塩化水素ガスに起因する臭気などは感じられなかった。得られたシリコン微粒子の塩素濃度は4.8質量%、酸素濃度と比表面積との比(Co/S)は0.029となった。また、一次粒子の平均直径は123nm、平均結晶子径は7nmの多結晶であった。
【0069】
比較例1
多結晶シリコンを破砕した粉末(高純度化学研究所製試薬 平均直径5μm)を使用した。
【0070】
比較例2
比較例1のシリコン粉末を、ビーズミルを用いて平均直径200nm程度の板状に粉砕したものを使用した。
【0071】
比較例3
プラズマ法で合成した平均直径100nmのシリコンナノ粒子(Aldrich製試薬)を使用した。
【0072】
以上の実施例、参考例および比較例で調製したシリコン微粒子について、荷重をかけたときの嵩密度の変化を図3に、10kN/cm2および50kN/cm2の荷重をかけた際の嵩密度(BD10,BD50)を表1に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
実験例1
実施例1で得られたシリコン微粒子を活物質として用いて、活物質、導電助剤(アセチレンブラック)およびバインダー(ポリイミド)を7:1:2の重量比となるように混練し、NMP溶媒を加えて粘度0.8~1.5Pa・Sのペーストを得た。このペーストを集電体(銅箔)上に塗布し、乾燥、プレスした後、窒素流通下、350度の温度で0.5時間加熱して負極シートを得た。
【0075】
この負極シートを負極とし、リチウム箔を対極とし、ビニレンカーボネートとフルオロエチレンカーボネートをそれぞれ10vol%添加した電解液を用いてハーフセルを作成し、0.05Cの充放電レートでサイクル試験を実施した。
その結果、50サイクル後においても2,100mAh/gの高い充電容量を示した。
【0076】
実験例2
比較例1のシリコン粉末を活物質として用いて、実験例1と同様の方法でハーフセルを作成してサイクル試験を実施した。その結果、50サイクル後の充電容量は230mAh/gとなり、充電容量は大きく低下した。
【0077】
実験例3
比較例2のビーズミルで粉砕したシリコン粉末を活物質として用いて、実験例1と同様の方法でハーフセルを作成してサイクル試験を実施した。その結果、50サイクル後の充電容量は約1,560mAh/gとなり、実験例1に対して充電容量は劣る結果となった。
図1
図2
図3