(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-15
(45)【発行日】2023-11-24
(54)【発明の名称】観察方法、測定方法、解析方法、定量方法、およびキット
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20231116BHJP
A61K 50/00 20060101ALI20231116BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20231116BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20231116BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20231116BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20231116BHJP
A61Q 7/00 20060101ALN20231116BHJP
A61K 8/64 20060101ALN20231116BHJP
A61K 39/395 20060101ALN20231116BHJP
C12M 1/34 20060101ALN20231116BHJP
【FI】
G01N33/48 M
A61K50/00 200
G01N33/48 P
G01N33/53 D
G01N33/53 Y
G01N33/50 H
G01N21/64 F
C12Q1/06
A61Q7/00
A61K8/64
A61K39/395 D
A61K39/395 N
C12M1/34 F
(21)【出願番号】P 2019168469
(22)【出願日】2019-09-17
【審査請求日】2022-09-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503167042
【氏名又は名称】株式会社アドバンジェン
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】行方 昌人
(72)【発明者】
【氏名】山本 昌邦
(72)【発明者】
【氏名】後飯塚 僚
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/042618(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/023197(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0071302(US,A1)
【文献】後飯塚僚,皮膚・胸腺上皮細胞間の分化転換を応用した人工胸腺構築法の開発,科学研究費助成事業(学術研究助成基金)研究成果報告,2013年,https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-23658246/23658246seika.pdf
【文献】Kazuhiro Okumura,Meis1 Regulates Epidermal Stem Cells and is Required for Skin Tumorigenesis,PLOS ONE,2014年,vol.9, no. 7,Page.e102111
【文献】Masato Namekata,Nuclear localization of Meis1 in dermal papilla promotes hair matrix cell proliferation in the anagen phase of hair cycle,Biochemical and Biophysical Research Communications,2019年09月19日,Vol.519,Page.727-733
【文献】行方昌人,毛周期選択的なホメオドメイン転写因子の発現と核内移行を介した毛母細胞の増殖制御,日本分子生物学会年会プログラム・要旨集,2021年,Vol.44th,Page.ROMBUNNO.1P-0373
【文献】行方昌人,毛包器官におけるMeis1の細胞内局在変化と機能,日本分子生物学会年会プログラム・要旨集,2019年,Vol.42nd,Page.ROMBUNNO.4P-0369
【文献】行方昌人,毛周期選択的な毛乳頭細胞における転写因子Meis1の核内移行と毛成長制御,2020年,http://doi.org/10.20604/00002819
【文献】毛包幹細胞の発生起源を解明 -筒状の区画に幹細胞を誘導する「テレスコープモデル」の提唱-,2021年06月10日,https://www.jst.go.jp/pr/announce/20210610/pdf/20210610.pdf
【文献】OKUMURA Kazuhiro,Functional Analysis of Meis1 in Mouse Epidermal Stem Cell,日本分子生物学会年会プログラム・要旨集,2011年,Vol.34th,Page.1P-0255
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48
A61K 50/00
G01N 33/53
G01N 33/50
G01N 21/64
C12Q 1/06
A61Q 7/00
A61K 8/64
A61K 39/395
C12M 1/34
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を観察し、Meis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞の数を測定する、測定方法。
【請求項2】
蛍光免疫染色により染色されたMeis1タンパク質を観察する、請求項
1に記載の測定方法。
【請求項3】
前記観察前に、さらに組織染色を行う、請求項
1または
2に記載の測定方法。
【請求項4】
毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を観察し、Meis1タンパク質が毛乳頭細胞内の核内に存在している細胞の数を観察することで、毛包の毛周期について解析する方法。
【請求項5】
前記毛乳頭細胞におけるMeis1タンパク質の存在位置を観察し、Meis1タンパク質が核内に存在している毛乳頭細胞と全毛乳頭細胞数との比を計算する、
請求項4に記載の毛包の毛周期について解析する方法。
【請求項6】
毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を蛍光免疫染色し、得られた蛍光シグナルを観察することにより、核内に存在しているMeis1タンパク質の量を定量する、定量方法。
【請求項7】
以下の工程により、毛乳頭細胞の核内に存在しているMeis1タンパク質の量を定量する、定量方法。
(a)毛乳頭細胞を単離する工程
(b)前記毛乳頭細胞から核画分を分離する工程
(c)前記核画分およびそれ以外の画分に含まれるMeis1タンパク質を定量する工程
【請求項8】
請求項
6または
7に記載の定量方法を用いて、毛包の毛周期について解析する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Meis1タンパク質の観察方法、測定方法、解析方法、定量方法、およびそれらを行うためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
加齢や遺伝的要素による脱毛、あるいは過度なストレスによる円形脱毛症等、頭髪の脱毛についての悩みを抱える者は多い。男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版(日本皮膚科学会ガイドライン)によると、男性型脱毛症(male pattern hair loss, androgenetic alopecia(AGA))の発症頻度は全年齢平均で約30%である。
また、平成26年の政府統計における患者調査(傷病分類変)によると、脱毛症により病院を受診した総患者数だけでも10万人を超えており、潜在的な脱毛症患者はさらに多いと考えられる。
【0003】
毛髪を形成する器官である毛包は再生と退行を繰り返す独特な性質を有する器官であり、近年では成熟した皮膚組織からの毛再生について、精力的に研究されている。毛包には毛が伸びる成長期(Anagen)、抜ける準備をする退行期(Catagen)、抜け落ちるまでの時期である休止期(Telogen)があり、成長期から休止期までの毛の成長と脱毛のサイクルを(毛周期:ヘアサイクル)と呼ぶ。成長期には、毛包の毛球部にある毛乳頭細胞が活性化することで毛母細胞が増殖・分化し、毛幹として伸長していくことで毛が成長する。その後、退行期に入ると毛の成長は衰え、不可逆的に休止期に入り毛成長は停止し、やがて、脱毛する。毛周期は各毛包ごとにそれぞれの周期を有し、さまざまな遺伝子およびその産物、もしくは毛包周囲の環境によって制御されている繊細な生体機構である。
【0004】
非特許文献1には、転写因子であるMeis1というタンパク質がマウス皮膚の休止期において、毛包内のバルジ領域(毛包幹細胞が存在する領域)や毛乳頭細胞に発現していることが記載されている。同文献においては、休止期において幹細胞を含む上皮系細胞上のMeis1タンパク質をコンディショナルに欠損させると、表皮の過形成およびバルジ領域の上皮系幹細胞の大幅な減少が起きたことが確認されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】K. Okumura et al. PLoS One. 2014 Jul 11;9(7)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでに皮膚におけるMeis1タンパク質の役割については、毛包バルジ領域の上皮系幹細胞の維持に必要であることが報告されているが、毛球部、特に毛乳頭細胞においての成長期、休止期もしくは退行期における役割については未だ報告がない。
本発明は、毛周期の各段階におけるMeis1タンパク質の詳細な観察等を行うことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは毛乳頭細胞におけるMeis1タンパク質と発毛メカニズムとの関係について着目した。本発明者らは毛包内のMeis1タンパク質を観察することで、毛球部の毛乳頭細胞内におけるMeis1タンパク質が存在する位置が毛周期に応じて変化することを見出した。
本発明はMeis1タンパク質(本明細書においてはMeis1と略することもある)に係る観察方法、測定方法、解析方法、定量方法、およびそれらを行うためのキットに関する。
【0008】
すなわち、本発明は例えば以下の[1]~[17]を提供する。
[1]
毛球部のMeis1タンパク質の観察方法。
[2]
前記毛球部に含まれる毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を観察する、[1]に記載の観察方法。
[3]
前記毛乳頭細胞内においてMeis1タンパク質の存在する位置を観察する、[2]に記載の観察方法。
[4]
蛍光免疫染色により染色されたMeis1タンパク質を観察する、[1]~[3]のいずれか一項に記載の観察方法。
[5]
前記観察方法においてさらに核の染色を行う、[4]に記載の観察方法。
[6]
前記観察方法においてさらに組織染色を行う、[5]に記載の観察方法。
[7]
毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を観察し、Meis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞の数を測定する、測定方法。
[8]
蛍光免疫染色により染色されたMeis1タンパク質を観察する、[7]に記載の測定方法。
[9]
前記観察前に、さらに組織染色を行う、[7]または[8]に記載の測定方法。
[10]
毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を観察し、Meis1タンパク質が毛乳頭細胞内の核内に存在している細胞の数を観察することで、毛包の毛周期について解析する方法。
[11]
前記毛乳頭細胞におけるMeis1タンパク質の存在位置を観察し、Meis1タンパク質が核内に存在している毛乳頭細胞と全毛乳頭細胞数との比を計算する、毛包の毛周期について解析する方法。
[12]
毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を蛍光免疫染色し、得られた蛍光シグナルを観察することにより、核内に存在しているMeis1タンパク質の量を定量する、定量方法。
[13]
以下の工程により、毛乳頭細胞の核内に存在しているMeis1タンパク質の量を定量する、定量方法。
(a)毛乳頭細胞を単離する工程
(b)前記毛乳頭細胞から核画分を分離する工程
(c)前記核画分およびそれ以外の画分に含まれるMeis1タンパク質を定量する工程
[14]
[12]または[13]の定量方法を用いて、毛包の毛周期について解析する方法。
[15]
[3]~[6]のいずれか一項に記載の観察方法を行うためのキットであって、以下の(a)および(b)の少なくとも一方、並びに(c)を含む、キット。
(a)毛髪から毛乳頭細胞を単離するための薬剤;
(b)組織染色を行うための薬剤;
(c)Meis1タンパク質を特異的に標識するための標識剤:
[16]
[13]に記載の定量方法を行うためのキットであって、以下の(a’)~(c’)を含む、キット。
(a’)毛髪から毛乳頭細胞を単離するための薬剤;
(b’)前記毛乳頭細胞の、核画分およびそれ以外の画分を分画するための器材;
(c’)Meis1タンパク質を特異的に標識するための標識剤:
[17]
前記標識剤が抗Meis1抗体である[15]または[16]に記載のキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明の観察方法によれば毛球部を観察することによって、Meis1タンパク質の存在する位置を観察し、また定量することで毛球部の毛周期について解析することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1(a)はマウス毛乳頭細胞の各毛周期における、Meis1の存在位置の変化の様子を示す模式図である。
図1(b)は各毛周期におけるマウス体毛の形態学的変化を示す図である。
【
図2】
図2はマウス背部皮膚の各毛周期におけるMeis1の細胞内位置の変化を示す図である。(a)各毛周期におけるマウスの皮膚切片を用いたHE染色画像である。(b)マウス背部皮膚の毛包のバルジ領域における、各毛周期におけるMeis1に対する蛍光免疫染色画像である。(c)毛球部における、各毛周期におけるMeis1に対する蛍光免疫染色画像である。
【
図3】
図3(a)は各毛周期における野生型マウス(C57BL/6)の頬髭毛包を示した写真である。
図3(b)は各毛周期における頬髭毛包の毛乳頭細胞についてのMeis1に対する蛍光免疫染色画像である。
図3(c)はMeis1が核内に存在している細胞の割合の変化と毛周期との関係を示したグラフである。
【
図4】
図4はMeis1を欠損していないマウスの頬髭(左画像)およびMeis1を欠損したマウスの頬髭(右画像)のそれぞれの毛幹成長の経時的変化を示した明視野画像、およびそれぞれのマウスの頬髭毛幹の長さの経時的変化を示したグラフである。
【
図5】
図5(a)はMeis1を欠損していないマウスおよびMeis1を欠損したマウスの頬髭毛包についてEdU染色を行った結果を示した染色画像である。
図5(b)は
図5(a)の結果を定量化したグラフである。
図5(c)はそれぞれのマウスの体毛のAuber’s line上の毛母細胞が存在する領域の厚さを示したグラフである。
【
図6】
図6(a)は野生型マウスの毛乳頭細胞培養上清、またはMeis1を欠損した毛乳頭細胞の培養上清を加えて培養したMeis1欠損マウス頬髭毛包についてEdU染色を行った結果を示した染色画像である。
図6(b)は
図6(a)の結果を定量化したグラフである。
図6(c)はそれぞれのマウスの体毛のAuber's line上の毛母細胞が存在する領域の厚さを示したグラフである。
【
図7】
図7は得られた知見より、成長期、並びに退行期及び休止期の毛乳頭細胞におけるMeis1タンパク質の動向および作用機序を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<観察方法>
本発明の「観察方法」においては、毛球部に含まれる毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を観察することによって行われ、好ましくは毛球部に含まれる毛乳頭細胞内におけるMeis1タンパク質を観察することによって行われる。
【0012】
本発明の「観察方法」においては、蛍光免疫染色によってMeis1タンパク質を特異的に標識することによって、Meis1タンパク質の観察が行われることが好ましい。
本発明において用いられる蛍光免疫染色の「目的物質」はMeis1タンパク質であり、染色の対象となる検体は毛髪や体毛の毛球部、または毛球部に含まれる毛乳頭細胞、毛球部を含んだ皮膚組織、または毛球部から単離した毛乳頭細胞であることが好ましい。
【0013】
本発明の「観察方法」においては毛球部に含まれる毛乳頭細胞におけるMeis1タンパク質の存在する位置を観察することが好ましい。Meis1タンパク質の存在する位置としては、毛乳頭細胞一細胞においてMeis1タンパク質が存在している位置を観察してもよく、複数の毛乳頭細胞においてMeis1タンパク質が存在している位置を観察してもよく、毛球部に含まれる全ての毛乳頭細胞においてMeis1タンパク質が存在している位置を観察してもよい。
【0014】
また、毛乳頭細胞一細胞を観察した場合において例えば80%~100%、より好ましくは90%~100%のMeis1タンパク質が核内に存在している毛乳頭細胞を、Meis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞であると判断することが好ましい。具体的には例えば、Meis1タンパク質を蛍光免疫染色し、核をDAPIで染色した場合において、蛍光免疫染色由来のシグナルの90%以上が核と重なっているとき、その毛乳頭細胞においてMeis1タンパク質が核内に局在していると判断することができる。
【0015】
上述したように毛周期には毛が成長する成長期(Anagen)、抜ける準備をする退行期(Catagen)、抜け落ちるまでの時期である休止期(Telogen)が存在する。なお、成長期(Anagen)は早初期成長期(Very Early Anagen)、初期成長期(Early anagen)、中期成長期(Mid Anagen)、および後期成長期(Late Anagen)に大別される。本発明者らの検討によると早初期成長期~初期成長期~中期成長期にかけて、Meis1タンパク質は核外から核内に移行していく。そして中期成長期が終わり、後期成長期~退行期~休止期にかけてMeis1タンパク質は核内から核外に移行する。
【0016】
各毛周期におけるMeis1の存在位置の変化する様子の模式図と、各毛周期におけるマウス体毛の形態学的変化の様子を
図1に示す。上述したように、例えば80%~100%、より好ましくは90%~100%のMeis1タンパク質が核内にある毛乳頭細胞はMeis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞といえ、そのような毛乳頭細胞が毛包中の全毛乳頭細胞の90%以上を占める場合、当該毛包は中期成長期にあるといえる。また、中期成長期から後期成長期にかけて核内に存在しているMeis1タンパク質が核内から核外に移行する。退行期になるとMeis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞の割合は通常10%以下となり、休止期となると0~1%となる。そして再び毛周期が成長期に入ると共にMeis1タンパク質は徐々に核内へと再移行する。
【0017】
本発明の「観察方法」は、蛍光免疫染色により染色されたMeis1タンパク質を観察することによって行われてもよい。この蛍光免疫染色におけるMeis1タンパク質の蛍光標識は直接的に行われてもよいし、間接的に行われてもよい。具体的な方法としては、抗Meis1抗体に直接化学的方法で蛍光色素を修飾したものを用いて検体上にあるMeis1タンパク質と反応させることでMeis1タンパク質を特異的に標識してもよいし、抗Meis1抗体と検体である毛根等を反応させ、次に抗IgG抗体に蛍光修飾したものを用いて検体上にあるMeis1タンパク質と結合した抗Meis1抗体に、蛍光修飾した抗IgG抗体を反応させることでMeis1タンパク質を特異的に標識してもよい。
【0018】
蛍光免疫染色を行った検体を観察する工程では、所望の倍率における顕微鏡において、蛍光免疫染色に用いられた蛍光色素に対応した励起光を標本サンプルに照射し、蛍光色素から発せられた蛍光による免疫染色像それぞれを観察・撮影する。これらの励起光の照射は、たとえば、蛍光顕微鏡が備えるレーザー光源と、必要に応じて所定の波長を選択的に透過させる励起光用光学フィルターを用いることで照射することができる。また、蛍光免疫染色像を撮影する場合には、たとえば、蛍光顕微鏡が備えるデジタルカメラによって行うことができる。蛍光免疫染色像の撮影の際には、必要に応じて所定の波長を選択的に透過させる蛍光用光学フィルターを用いることで、目的とする蛍光のみを含み、目的としない蛍光やノイズとなる励起光およびその他の光を排除した免疫染色像を撮影することができる。
【0019】
なお、蛍光色素とは所定の波長の電磁波(X線、紫外線または可視光線)が照射されてそのエネルギーを吸収することで電子が励起し、その励起状態から基底状態に戻る際に余剰のエネルギーを電磁波として放出する物質を指す。また、「蛍光」は広義的な意味を持ち、励起のための電磁波の照射を止めても発光が持続する発光寿命の長い燐光と、発光寿命が短い狭義の蛍光とを包含する。
【0020】
蛍光色素は特に限定されるものではなく、たとえば、ローダミン系色素、スクアリリウム系色素、シアニン系色素、芳香環系色素、オキサジン系色素、カルボピロニン系色素、ピロメセン系色素などを例示することができる。あるいは、Alexa Fluor(登録商標、インビトロジェン社製)系色素、BODIPY(登録商標、インビトロジェン社製)系色素、Cy(登録商標、GEヘルスケア社製)系色素、DY(登録商標、DYOMICS社製)系色素、HiLyte(登録商標、アナスペック社製)系色素、DyLight(登録商標、サーモサイエンティフィック社製)系色素、ATTO(登録商標、ATTO-TEC社製)系色素、MFP(登録商標、Mobitec社製)系色素などを用いることができる。なお、このような色素分子の総称は、化合物中の主要な構造(骨格)または登録商標に基づき命名されており、それぞれに属する蛍光色素の範囲は当業者であれば過度の試行錯誤を要することなく適切に把握できるものである。
【0021】
また、Meis1タンパク質を特異的に蛍光標識すると同時に核を染色することが好ましく、核を蛍光染色することがさらに好ましい。核を同時に蛍光染色することによってMeis1タンパク質が核内に存在しているか核外に存在しているか、核内および核外に存在しているかを判断することができる。核を蛍光染色する方法は特に限定されないが、DAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)、ヨウ化プロピジウム、Hoechst染色剤やSYTO(登録商標)、TO-PRO(登録商標)-3およびSYTOX(登録商標)などの核染色剤が広く知られており、特にDNAに対して強力に結合するという観点からDAPIが用いられることが好ましい。
【0022】
本発明の「観察方法」においては、Meis1タンパク質の染色に加えて、さらに組織染色を行うことが好ましい。本明細書において組織染色とは明視野において毛根周囲の皮膚、毛根や毛根に含まれる細胞の形態等を観察することができるようにするための染色を指す。組織染色は、常法に従って行うことができる、例えば、細胞質・間質・各種線維・赤血球・角化細胞が赤~濃赤色に染色される、エオジンを用いた染色が標準的に用いられている。また、細胞核・石灰部・軟骨組織・細菌・粘液が青藍色~淡青色に染色される、ヘマトキシリンを用いた染色も標準的に用いられている(これら2つの染色を同時に行う方法はヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)として知られている)。組織染色を行う場合は、免疫染色をした同じ検体から連続的に切り出した別の切片を用いて、免疫染色工程の後に行うようにしてもよいし、免疫染色工程の前に行うようにしてもよい。
【0023】
また、本発明の「観察方法」においては色素を用いた免疫染色によってMeis1タンパク質を特異的に標識することによって、Meis1タンパク質の観察を行うこともできる。具体的には、例えば、Meis1タンパク質を特異的に標識する抗体と任意の色素とを結合させたものを用いて免疫染色を行なうことでMeis1タンパク質を特異的に標識してもよいし、Meis1タンパク質を特異的に標識する抗体と任意の発色基質を発色させる酵素とを結合させたものを用いて免疫染色したのち、検体と発色基質とを反応させることによりMeis1タンパク質を特異的に標識してもよい。このように色素を用いた免疫染色を行った場合には適宜明視野顕微鏡によって観察を行うことができる。
【0024】
<測定方法>
本発明の「測定方法」においては上記毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を観察し、Meis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞の数を測定する。
好ましくは蛍光免疫染色によってMeis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞の数を測定する。測定方法は特に限定はされないが、任意のプログラムによって自動的に計測してもよいし、視認によって計測しても良い。このとき、Meis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞であるかを判断する基準は任意に定めることができるが、好ましくは80%~100%、より好ましくは90%~100%のMeis1タンパク質が核内に存在している毛乳頭細胞を、Meis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞であると判断することが好ましい。具体的には例えば、Meis1タンパク質を蛍光免疫染色し、核をDAPIで染色した場合において、蛍光免疫染色由来のシグナルの90%が核と重なっているとき、その細胞においてMeis1タンパク質が核内に局在していると判断することができる。この測定方法におけるMeis1タンパク質の観察においては、前記観察前に組織染色を行うことが好ましい。
【0025】
<解析方法>
本発明の「解析方法」においては、毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を観察する方法により、Meis1タンパク質が毛乳頭細胞内の核内に存在している細胞の量を観察することで、毛包の毛周期について解析する方法である。
【0026】
上述したように毛乳頭細胞においては早初期成長期~初期成長期~中期成長期にかけて、Meis1タンパク質は核外から核内に移行していく。そして中期成長期が終わり、後期成長期~退行期~休止期にかけてMeis1タンパク質は核内から核外に再び移行する。
「解析方法」の一様態においては、毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質を観察する方法により毛乳頭細胞におけるMeis1タンパク質の存在位置を観察することで、Meis1タンパク質が核内に存在している毛乳頭細胞と全毛乳頭細胞数との比を計算する工程を含む、毛包の毛周期について解析する方法が挙げられる。例えば、Meis1タンパク質が核内に局在している毛乳頭細胞数/全毛乳頭細胞数が90%であればその毛包は中期成長期にあると解析することができる。
【0027】
<定量方法>
本発明の「定量方法」は、毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質に対して蛍光免疫染色を行うことで得られた蛍光シグナルを観察することにより、核内に存在しているMeis1タンパク質の量を定量する、定量方法である。
「定量方法」の一様態においては、毛乳頭細胞内のMeis1タンパク質に対して蛍光免疫染色を行うことで得られた蛍光シグナルにより、核内に存在しているMeis1タンパク質の量を定量する。
例えば、撮影された蛍光免疫染色像について、画像処理に基づきMeis1タンパク質を標識した蛍光色素に対応する蛍光標識シグナルを計測し、核外にある前記目的生体物質に対応する蛍光標識シグナルを特定する。
【0028】
画像処理に用いることができるソフトウェアとしては、たとえば「ImageJ」(オープンソース:http://imagej.nih.gov/ij/)が挙げられる。このような画像処理ソフトウェアを利用することにより、蛍光免疫染色像から、所定の波長(色)の輝点を抽出してその輝度の総和を算出したり、所定の輝度以上の輝点の数を計測したりする処理を半自動的に、迅速に行うことができる。
【0029】
また、別の様態の本発明の「定量方法」においては、(a)毛乳頭細胞を単離する工程、(b)前記毛乳頭細胞から核画分を分離する工程、(c)前記核画分およびそれ以外の画分に含まれるMeis1タンパク質を定量する工程、により毛乳頭細胞の核内に存在しているMeis1タンパク質の量を定量する。
【0030】
上記(a)毛乳頭細胞を単離する工程に供する方法においては特に限定されることはなく、常法によって行われることができる。例えば、体毛を有する皮膚片を、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等で洗浄した後、必要によりタンパク質分解酵素等を用いて表皮層および真皮層を除いて皮下脂肪層のみにし、次いでピンセット等で単離した毛包から毛球部を切り取り、この毛球部下部から毛乳頭を露出させて毛乳頭細胞を単離することができる。
【0031】
上記(b)毛乳頭細胞から核画分を分離する工程においてもその手法は特に限定されるものではなく、例えば8-min Cytoplasmic & Nuclear Protein Extraction Kit(コスモバイオ社)等市販のキットを用いて行うことができる。
【0032】
上記(c)核画分およびそれ以外の画分に含まれるMeis1タンパク質を定量する工程においてもその手法は特に限定されるものではなく、通常特定のタンパク質を定量する方法にもちいられる手法、例えば電気泳動などを用いた染色など任意の方法をもって行うことができる。また、任意の工程として、上記(b)における核画分とそれ以外の画分とを分離する前のサンプルから採取した全タンパク質の量を定量することも好ましい。
【0033】
当該「定量方法」を用いて上述した毛包の毛周期について解析することもできる。具体的には工程(b)で分離した毛乳頭細胞の核画分とそれ以外の画分のそれぞれにおけるMeis1タンパク質の量を定量することで、当該毛乳頭細胞における毛周期が、成長期にあるか、退行期にあるか、休止期にあるかを決定することができる。例えば、マウスにおいて例えば核画分に存在するMeis1タンパク質がMeis1タンパク質全体量の50%以上80%未満であればその細胞は初期成長期にあり、80%以上100%以下であればその細胞は中期成長期にあるなどの判断ができるといえる。なお、当該数値においては動物種等や個体、個人などによって大きく異なるため、任意に設定することが好ましい。
【0034】
なお、初期成長期および退行期における核画分とそれ以外の画分に含まれるMeis1タンパク質の割合は類似していることもある。この場合その毛根がどちらの毛周期に属しているかは当該毛根の形態によって簡便に判断することができる(
図1参照)。
【0035】
本発明者らの検討によると、毛乳頭細胞においてMeis1は細胞核に存在しているか、あるいは細胞質に存在しているかということが毛周期において重要であることがわかった。例えば、後述する実施例において述べるように、Meis1をコンディショナルノックアウトした初期成長期の頬髭毛包を用いることにより、Meis1が欠損することで、毛幹形成に重要な毛母細胞の増殖が著しく抑制されること、さらにその増殖抑制はMeis1が含まれている毛乳頭細胞培養上清の添加により部分的に救済されるが、Meis1をコンディショナルノックアウトした毛乳頭細胞由来の培養上清では変化しないことが示された。したがって毛乳頭細胞においてMeis1は細胞核に存在しているか、あるいは細胞質に存在しているかによって機能制御されることが推測できる。
【0036】
<キット>
本発明の「キット」の一様態は上述した観察方法を行うためのキットであって、(a)毛髪から毛乳頭細胞を単離するための薬剤、(b)組織染色を行うための薬剤の一以上、および(c)Meis1タンパク質を特異的に標識するための標識剤を含むキットである。
本発明の「キット」の一様態は上述した定量方法を行うためのキットであって、(a’)毛髪から毛乳頭細胞を単離するための薬剤;(b’)前記毛乳頭細胞の、核画分およびそれ以外の画分を分画するための器材;(c’)Meis1タンパク質を特異的に標識するための標識剤を含む。
Meis1タンパク質を特異的に標識するための標識剤としては特に限定されないが、抗Meis1抗体を用いることが好ましい。例えば、上記キットを蛍光免疫染色で観察、または定量に用いる場合には抗Meis1抗体を直接的または間接的に蛍光色素で修飾したものを選択することが好ましい。
【0037】
抗Meis1抗体としては特に限定されるものではないが、Meis1タンパク質との結合力の観点からモノクローナル抗体であることが好ましい。また、Meis1タンパク質を特異的に認識して結合する能力を有するものであれば、天然の全長の抗体でなく、抗体断片または誘導体であってもよい。すなわち、本明細書における「抗体」という用語には、全長の抗体だけでなく、Fab、F(ab)'2、Fv、scFvなどの抗体断片およびキメラ抗体(ヒト化抗体等)、多機能抗体などの誘導体が包含される
【実施例】
【0038】
次に本発明について実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
[作製例1]
<Meis1コンディショナルノックアウトマウス(Meis1cKOマウス)の作製>
成長期にあるマウスの頬髭毛包からMeis1遺伝子を欠損することで、毛周期にどのような影響があるかを検討した。
以下、全ての動物実験は東京理科大学動物実験委員会の承認されたプロトコールに従って行われた。
Meis1遺伝子の固定対立遺伝子(Meis1 fl/fl)を有するマウスを作成し(Ariki et al., 2014; Hirayama et al., 2014)、当該マウスをRosa26-CreERT2トランスジェニックマウス(Kawai et al., 2018)と交配させることにより、染色体上のRosa26の遺伝子座にCreリコンビナーゼ誘導配列、Meis1の機能性領域であるExon8の領域にloxP配列が導入された、Rosa26-CreERT2; Meis1 floxマウスを作製した。
当該マウスにおいては4-ヒドロキシタモキシフェン(4-OHT)の投与によりMeis1遺伝子はマウス体毛においてコンディショナルに欠損される。
【0039】
[実施例1]
まず毛包におけるMeis1の詳細な発現を確認するため、抗Meis1抗体による蛍光免疫染色を行った。24日齢~51日齢の野生型マウス(C57BL/6)背部の皮膚を採取し、各毛周期にある皮膚に対してHE染色(
図2(a)上図)および抗Meis1抗体による蛍光免疫染色(
図2(a)下図)を行った。
HE染色については以下の手法を用いて行った。
背中の裏側の皮膚を採取し、4%パラホルムアルデヒド中、4℃で一晩固定し、続いて15%、次いで30%スクロースで段階的に置換した。その後、皮膚片をティシュー・テック(登録商標)O.C.T.コンパウンド(サクラファインテックジャパン株式会社)に包埋、凍結し標本ブロックを作製した。当該標本ブロックから8~12μmの切片を作製したのち、常法に従ってヘマトキシリンおよびエオジンで染色した。
蛍光免疫染色については以下の手法を用いて行った。
【0040】
上記調製した皮膚切片について0.5% Triton/PBSで20分間細胞膜透化処理を行い、ブロッキングバッファー(3% BSAおよび0.1% Tween20含有PBS)で1時間ブロッキングを行った。当該切片に対し、一次抗体としてウサギ抗Meis1抗体(Abcam社)を1:100で用いて一晩反応させ、洗浄後二次抗体(Alexa Fluor 647結合抗ウサギIgG抗体(Cell Signaling Technology社))を1:1000で用いて1時間反応させることでMeis1の蛍光免疫染色を行った。さらにMeis1を染色した各切片について、褪色防止封入剤であるDAPI含有ProLong(登録商標)Gold(Thermo Fisher Scientific社)で封入した。画像はHSオールインワン蛍光顕微鏡BIOREVO BZ9000 (株式会社キーエンス)または共焦点レーザー走査型顕微鏡FV1000-D(オリンパス株式会社)を用いて取得した。
【0041】
図2(a)で示されるHE染色の結果においては、初期成長期と比較して中期成長期にでは皮膚組織(真皮および脂肪層)の肥厚が見られ、また毛球部の形も大きく膨らんでいることが確認できる。退行期になると毛球部の形が小さく、休止期になると毛球部は委縮し、真皮および脂肪層も初期成長期で観察されたように薄くなっていることが示された。
図2(b)は各毛周期における外毛根鞘およびバルジ(Bu)を含む領域、
図2(c)は毛球部(毛乳頭細胞が含まれる領域)におけるMeis1の蛍光免疫染色画像である。どの毛周期においても、毛乳頭細胞、バルジ領域、および外毛根鞘においてMeis1の発現が認められ、そのうちバルジ領域、および外毛根鞘のMeis1は細胞内の核外に存在していることが確認された(
図2(b))。一方毛乳頭細胞においては毛周期においてMeis1が細胞質と核との間で移行し、細胞内での存在位置が変化している様子が確認された。(
図2(c))。矢印はMeis1が核外に存在している箇所を示し、矢尻はMeis1が核内に蓄積している箇所を示す。
すなわち、毛乳頭細胞の初期成長期においては、ほとんどのMeis1が細胞質に存在しているが、中期成長期では細胞の多くにおいてMeis1が核内に存在している様子が確認された。また毛周期が退行期となるとまた核内のMeis1の一部は核外へ移行し、さらに休止期になるとほとんどのMeis1が細胞質に存在していることが確認された。
つまり、毛包では毛乳頭細胞においてのみ、Meis1が一連の毛周期の間で細胞核の内外を移行することで細胞内における存在位置の変化を起こし、成長期においてMeis1が細胞核内に蓄積していることが確認された。
【0042】
[実施例2]
毛乳頭細胞におけるMeis1の存在位置の変化が毛の位置や種類に関わらず起きるかどうかを調査するため、マウス頬髭の毛包を用いて検証を行った。頬髭毛包は外科的に単離することが可能であり、マウス背部の毛包と同様の毛周期観察が可能である。また、単離した毛包はディッシュ上で培養が可能であり、毛成長から退行にいたる毛周期の継時的な観察、解析ができる。
毛包は4~8週齢の野生型マウス(C57BL/6)の頬組織(Whisker pad)を切り出し、さらにその組織片から頬髭毛包を切り出し、それぞれの毛包について顕微鏡を用いて毛周期に応じて分類した。早初期成長期、初期成長期、中期成長期、後期成長期、退行期の毛包をそれぞれ
図3(a)に示す。
実施例1と同じ手法で、各毛周期における毛乳頭細胞について抗Meis1抗体による蛍光免疫染色を行った。結果を
図3(b)に示す。矢印が核外に存在しているMeis1、矢尻が核内に蓄積されているMeis1をそれぞれ示す。背部皮膚の毛包と同様、初期成長期から成長が進むにつれて、毛乳頭細胞のMeis1は細胞核へ蓄積され、後期成長期になると細胞核のMeis1が減少し、退行期においてはほとんどが核外に存在していることが示された。マウス頬髭毛包においても毛乳頭細胞において毛周期とともにMeis1の細胞質と核との間での存在位置の変化が起こり、つまり毛乳頭細胞におけるMeis1の存在位置の変化はマウスの背部皮膚の毛包および頬組織(頬髭毛包)のいずれにも起こりうる現象であることが示された。
また、さらに同様の手法で取得した抗Meis1抗体による蛍光免疫染色画像に対して、ImageJソフトウェアを用いることで、毛乳頭細胞のDAPI陽性領域(核)および核とMeis1陽性領域が重なり合う細胞をそれぞれ抽出し、マルチポイントツールを用いて計数した。計数結果から全毛乳頭細胞数(DAPI陽性細胞数)に対する、核とMeis1陽性領域が重なり合う細胞の割合を算出することで、Meis1が核内に存在している毛乳頭細胞の比率を割り出した。それぞれの毛周期におけるMeis1が核内に存在する細胞の割合の変化を示したグラフを
図3(C)に示す。左図がマウスの背中から採取した毛包、右図がマウス頬髭から採取した毛包についてのデータである。いずれの毛包においても成長期、特に中期成長期において核内にMeis1が存在している細胞の比率が多いことが示された。
【0043】
[実施例3]
作製例1で作製したRosa26-CreERT2; Meis1 floxマウスを用いて毛成長について観察を行った。生後30日のマウスからサイズがそろった早期成長期にある毛包のみを頬髭部位から単離し、2日間無血清基礎培地で培養した。毛成長が確認できた毛包に1μMの4-OHTおよびコントロールとしてエタノール(EtOH)を添加し、6日間培養して実体顕微鏡下で毛成長を測定した。結果を
図4に示す。
コントロールマウス(野生型マウスおよびEtOH添加)においては培養8日目まで一定の毛幹成長が観察された一方で、Meis1のコンディショナルノックアウトマウスにおいては4-OHTを添加後5日目にあたる、培養7日目以降から毛成長が有意に遅延した。
【0044】
[実施例4]
実施例3と同様にRosa26-CreERT2; Meis1 floxマウスの頬髭毛包を用いてEdU(5-ethynil-2'-deoxyuridine, 5-エチニル-2'-デオキシウリジン) 染色を行った。当該染色は細胞増殖期の細胞を染色する。具体的には1μMの4-OHTもしくはエタノールを添加後培養5日目のマウスの頬髭毛包を5%CO
2下、37℃で1時間、10μMのEdUと共にインキュベートし、次いでClick-iT EdU-Alexa-Fluor488キット(Thermo Fisher Scientific社)を用いて取り込まれたEdUを蛍光ラベリングした。得られた蛍光画像を
図5(a)、EdUポジティブであった毛母細胞数を計測したグラフを
図5(b)、毛母細胞が存在する領域の厚さを
図5(c)に示す。ImageJソフトウェア(http://imagej.nih.gov/ij/)を用いることで、毛包中のEdU陽性細胞かつDAPI陽性細胞である細胞を抽出し、マルチポイントツールを用いて計数した。また、Auber’s line(毛軸に直角方向の最大径を通る線)に対して毛球部の毛母細胞が存在する領域の厚さをデジタル画像の分析によって定量した。
4-OHTによりMeis1を欠損させた毛包は、特に毛球部上方においてEdUポジティブ細胞が少ないことが示された。一方でコントロールであるEtOH群の毛包は毛球部においてEdU陽性細胞が多くみられた。また、4-OHTによりMeis1を欠損させた頬髭毛包では毛球部の当該増殖抑制は毛球部の上部において著しかった。とくにAuber‘s lineの上方においてEdU陽性細胞が有意に減少していた(
図5(a))。
図5aにおけるEdU陽性細胞の数を定量して作製したグラフが
図5(b)である。また当該箇所の毛母細胞が存在する領域の厚さについてもMeis1を欠損させた頬髭毛包においては有意に薄くなっていることが確認された(
図5(c))。以上をまとめると、Meis1を欠損させることにより、毛母細胞が存在する領域の増殖が抑制されるといえる。
【0045】
[実施例5]
中期成長期の毛乳頭細胞においてMeis1は核内に局在するため、転写因子として何等かの機能を果たしている可能性が考えられる。
そこで、本発明者らはMeis1が毛乳頭細胞において何等かの分泌因子の産生を制御して、毛母細胞の増殖を促進している可能性が高いと考えた。その可能性を検討するために、野生型マウス、またはMeis1を欠損したマウスの頬髭毛乳頭細胞の培養液を、Meis1を欠損した頬髭毛包に添加してそれぞれ培養したところ、野生型マウスの毛乳頭細胞の培養液(正常毛乳頭培養液)を添加した場合のみ、Meis1欠損頬髭毛包におけるEdU陽性細胞数が回復した(
図6(a))。Auber’s lineの上方または下方におけるEdU陽性細胞数の数を計測したグラフが
図6(b)である。特にAuber’s lineより上方において正常毛乳頭培養液の添加によるEdU陽性細胞数が有意に回復していることが示された。
Auber’s lineにおける毛母もまた毛乳頭細胞培養液を添加することによって厚みを増したがMeis1欠損した毛乳頭細胞の培養液ではマトリックスの厚さに変化はなかった(
図6c)。これらのデータによって、毛乳頭細胞/毛母間の作用によって生じていることが示された。このことは、核内のMeis1の転写活性によって調節される毛乳頭細胞に由来する何等かの分泌因子が間接的にAuber’s lineより上方の毛母細胞の増殖を促進するという可能性を示唆する。
【0046】
(考察)
以上の知見から、毛乳頭細胞においてMeis1は細胞核に存在しているか、あるいは核外に存在しているかによって機能制御されることが推測できる。具体的には成長期の開始時に毛乳頭細胞においてMeis1が核内に移行し、それにともない毛乳頭細胞における転写因子としての核内でのMeis1が何等かの分泌タンパク質の転写に関わり、その分泌タンパク質が近位に存在する毛母細胞の増殖活性および毛成長を促進されることが示唆される。成長期、ならびに退行期および休止期の毛乳頭細胞におけるMeis1の動向および作用機序を示した模式図を
図7に示す。