(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-15
(45)【発行日】2023-11-24
(54)【発明の名称】チタン材、該チタン材を加工してなるチタン製品及び該チタン材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22F 1/18 20060101AFI20231116BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20231116BHJP
C22C 14/00 20060101ALN20231116BHJP
【FI】
C22F1/18 H
C22F1/00 606
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 625
C22F1/00 626
C22F1/00 622
C22F1/00 630K
C22F1/00 682
C22F1/00 612
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 605
C22C14/00 Z
(21)【出願番号】P 2021541793
(86)(22)【出願日】2019-08-23
(86)【国際出願番号】 JP2019033164
(87)【国際公開番号】W WO2021038662
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2022-07-27
(73)【特許権者】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100090402
【氏名又は名称】窪田 法明
(72)【発明者】
【氏名】盛田 元彰
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 彰悟
(72)【発明者】
【氏名】竹場 准也
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-306335(JP,A)
【文献】国際公開第2018/181937(WO,A1)
【文献】特開2006-052418(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22F 1/18
C22F 1/00
C22C 14/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素(O)を固溶したチタンを展延して形成した展延材からなり、該展延材がα-Ti相の結晶を含む集合体からなり、該展延材のα-Ti相の結晶の平均粒径が1μm以上で、該展延材のα-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)が延伸方向に優先配向して
おり、該チタンに固溶している酸素(O)の濃度が0.55質量%以上から0.85質量%未満の範囲にあり、該優先配向の強度が極密度で1.4以上であることを特徴とするチタン材。
【請求項2】
酸素(O)を固溶したチタンを展延して形成した展延材からなり、該展延材がα-Ti相の結晶を含む集合体からなり、該展延材のα-Ti相の結晶の平均粒径が1μm以上で、該展延材のα-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)が延伸方向に優先配向しており、該チタンに固溶している酸素(O)の濃度が0.25質量%未満で、該優先配向の強度が極密度で1.4以上であることを特徴とするチタン材。
【請求項3】
酸素(O)を固溶したチタンを展延して形成した展延材からなり、該展延材がα-Ti相の結晶を含む集合体からなり、該展延材のα-Ti相の結晶の平均粒径が1μm以上で、該展延材のα-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)が延伸方向に優先配向しており、該チタンに固溶している酸素(O)の濃度と、該優先配向の強度である極密度とが、酸素(O)の濃度と極密度との関係を示すグラフにおいて、酸素(O)の濃度が0.1質量%で極密度が1.05である点Aと、酸素(O)の濃度が0.7質量%で極密度が1.5である点Bと、酸素(O)の濃度が0.77質量%で極密度が2.1である点Cと、酸素(O)の濃度が0.89質量%で極密度が3.5である点Dとをこの順に結ぶ線より左上の領域にあることを特徴とするチタン材。
【請求項4】
前記展延材が圧延材、押し出し材、引き抜き材又は鍛造材であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のチタン材。
【請求項5】
前記圧延材のα-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)が圧延方向(RD方向)に優先配向していることを特徴とする請求項4に記載のチタン材。
【請求項6】
前記展延材が板材、棒材、管材、線材又は膜材であることを特徴とする請求項4に記載のチタン材。
【請求項7】
不可避不純物を含んでいることを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載のチタン材。
【請求項8】
前記請求項1~7のいずれかに記載のチタン材を加工してなるチタン製品。
【請求項9】
粗チタン材を展延して展延材を得る展延工程と、該展延工程で得られた該展延材を加熱保持して該展延材の内部歪みを除去する焼鈍工程とを有し、該粗チタン材は酸素を固溶したチタンからなり、該粗チタン材はα-Ti相の結晶を含む集合体からなり、該展延工程の展延は550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度の範囲で行い、該展延工程の展延時における該粗チタン材のα-Ti相の結晶の平均粒径φは1μm以上に保ち、該展延工程の展延を一方向に複数回行って、該展延材のα-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)を延伸方向に優先配向させ、該焼鈍工程の加熱保持は550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度の範囲で行うチタン材の製造方法であって、該チタンに固溶している酸素(O)の濃度が0.55質量%以上から0.85質量%未満の範囲で、該優先配向の強度が極密度で1.4以上になるように展延することを特徴とするチタン材の製造方法。
【請求項10】
粗チタン材を展延して展延材を得る展延工程と、該展延工程で得られた該展延材を加熱保持して該展延材の内部歪みを除去する焼鈍工程とを有し、該粗チタン材は酸素を固溶したチタンからなり、該粗チタン材はα-Ti相の結晶を含む集合体からなり、該展延工程の展延は550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度の範囲で行い、該展延工程の展延時における該粗チタン材のα-Ti相の結晶の平均粒径φは1μm以上に保ち、該展延工程の展延を一方向に複数回行って、該展延材のα-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)を延伸方向に優先配向させ、該焼鈍工程の加熱保持は550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度の範囲で行うチタン材の製造方法であって、該チタンに固溶している酸素(O)の濃度が0.25質量%未満で、該優先配向の強度が極密度で1.4以上になるように展延することを特徴とするチタン材の製造方法。
【請求項11】
粗チタン材を展延して展延材を得る展延工程と、該展延工程で得られた該展延材を加熱保持して該展延材の内部歪みを除去する焼鈍工程とを有し、該粗チタン材は酸素を固溶したチタンからなり、該粗チタン材はα-Ti相の結晶を含む集合体からなり、該展延工程の展延は550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度の範囲で行い、該展延工程の展延時における該粗チタン材のα-Ti相の結晶の平均粒径φは1μm以上に保ち、該展延工程の展延を一方向に複数回行って、該展延材のα-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)を延伸方向に優先配向させ、該焼鈍工程の加熱保持は550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度の範囲で行うチタン材の製造方法
であって、該チタンに固溶している酸素(O)の濃度と、優先配向の強度である極密度とが、酸素(O)の濃度と極密度との関係を示すグラフにおいて、酸素(O)の濃度が0.1質量%で極密度が1.05である点Aと、酸素(O)の濃度が0.7質量%で極密度が1.5である点Bと、酸素(O)の濃度が0.77質量%で極密度が2.1である点Cと、酸素(O)の濃度が0.89質量%で極密度が3.5である点Dとをこの順に結ぶ線より左上の領域になるように展延することを特徴とするチタン材の製造方法。
【請求項12】
前記展延工程における1回の展延当たりの減面率が10%以上から20%未満の範囲にあることを特徴とする請求項9~11のいずれかに記載のチタン材の製造方法。
【請求項13】
前記展延工程における総減面率が90%以上から99.5%未満の範囲にあることを特徴とする請求項9~11のいずれかに記載のチタン材の製造方法。
【請求項14】
前記粗チタン材中の酸素を該粗チタン材中に固溶させる溶体化処理工程を前記展延工程の前に有していることを特徴とする請求項9~11のいずれかに記載のチタン材の製造方法。
【請求項15】
前記展延工程における展延が圧延、押し出し、引き抜き又は鍛造であることを特徴とする請求項9~11のいずれかに記載のチタン材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、延性に優れたチタン材、該チタン材を加工してなるチタン製品及び該チタン材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属チタンは、鉄やアルミニウム等の一般的な金属材料と比較すると、耐食性に優れ、軽くて強度が大きい上に、耐熱性にも優れている。このため、金属チタンは、航空宇宙分野、化学プラント分野、海洋土木分野、建築分野、医療分野又は民生分野で広く使用されている。
【0003】
航空宇宙分野では、例えば航空機の機体構造材やエンジン部品等の材料、ロケットの部品や燃料タンク等の材料として使用されている。化学プラント分野では、例えば電極、貯蔵槽、配管・バルブ、熱交換器、タンクローリー等の材料として使用されている。海洋土木分野では、例えば鋼管杭防食カバー、海上橋脚、金具(密閉用ハンドル、キャッチクリップ)等の材料として使用されている。
【0004】
建築分野では、例えば屋根材、内外壁、床材、発色建材、モニュメント、手摺等の材料として使用されている。医療分野では、例えば人工骨、心臓弁、心臓ペースメーカー、手術用器具、歯根等の材料として使用されている。民生分野では、例えばメガネフレーム、時計、ゴルフ用品、カメラ、装飾品、中華鍋、自転車、登山用具、剣道面等の材料として使用されている。
【0005】
金属チタンは一般にクロール法という精錬法によって製造されている。クロール法は熔融している金属マグネシウム中に熔融している四塩化チタンを滴下させ、滴下させた四塩化チタンを金属マグネシウムで還元させて金属チタンを得る方法である。
【0006】
クロール法によって得られた金属チタンは塊状のスポンジチタンである。この塊状のスポンジチタン中には、塩化マグネシウムや未反応の金属マグネシウムが含まれている。この塊状のスポンジチタン中に含まれている塩化マグネシウムや未反応の金属マグネシウムは、この塊状のスポンジチタンを10-1~10-4Torrの減圧下で1000℃以上に加熱することによって分離・除去している。
【0007】
塩化マグネシウムや未反応の金属マグネシウムを分離・除去した後の塊状のスポンジチタンは粉砕機で粉砕し、得られた金属チタン粉末は棒状の一次電極ブリケットに圧縮成形し、これを消耗電極アーク熔解法により再熔解させてインゴット状の金属チタンとしている。そして、このインゴット状の金属チタンを鍛造・圧延により成形加工し、所望の形状のチタン材を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2010-150607号公報
【文献】特開2004-285457号公報
【文献】特開2012-241241号公報
【文献】国際公開第2015/105024号
【非特許文献】
【0009】
【文献】YU Qian, QI Liang, TRAYLOR Rachel, MORRIS J. W., Jr., ASTA Mark, CHRZAN D. C., MINOR Andrew M., MINOR Andrew M., TSURU Tomohito, RUGG David著“Origin of dramatic oxygen solute strengthening effect in titanium. ”Science : Vol. 347 No. 6222 Page. 635-639 (2015.2.6)
【0010】
【文献】盛田元彰 著「酸素固溶チタンの組織制御とその変形モードに関する研究」科学研究費助成事業 2014年度研究成果報告書{若手研究(B)}(2016.6.3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
チタン材は固溶している酸素(O)の濃度が高くなるに従って延性が小さくなり、加工性が悪くなる。チタン材の原料であるスポンジチタンにはある程度の量の酸素(O)が固溶している。このため、延性の大きなチタン材をスポンジチタンから得ることは容易でなかった。
【0012】
ただ、スポンジチタンは外皮部に比して中心部の酸素(O)の濃度が低いので、スポンジチタンの中心部だけをチタン材の原料として使用すれば、延性の大きなチタン材を得ることができる。しかし、そのようにして延性の大きなチタン材を得ると、得られたチタン材がコスト高になるという問題があった。
【0013】
固溶している酸素(O)の濃度が高いチタン材の延性を大きくすることができれば、スポンジチタンの外皮部もチタン材の原料として使用することができるので、延性の大きなチタン材を低コストで得ることができる。そこで、固溶している酸素(O)の濃度が高くても延性の大きいチタン材の開発が望まれていた。
【0014】
また、一般に、金属は低温の環境で使用された場合、延性が小さくなり、脆性破壊を起こすおそれがある。チタン材も低温の環境で使用された場合、延性が小さくなり、脆性破壊を起こすおそれがある。そこで、低温の環境で使用されても、延性が小さくならず、脆性破壊を起こすおそれがないチタン材の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係るチタン材は、α-Ti相の結晶からなる集合組織を有し、該α-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)が特定方向に優先配向している。そして、該α-Ti相の結晶の結晶格子の面(0001)がチタン材の表面に対して略平行になっている。ここで、特定の方向に優先配向しているとは、該α-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)がチタン材の特定の方向に向いている傾向にあることをいう。特定の方向とは、チタン材が板材や膜材の場合はその表裏面に沿った特定の方向、チタン材が棒材、管材、線材の場合は長手方向となる。
【0016】
なお、該α-Ti相の結晶は稠密六方格子構造(HCP構造)をしている。また上記の説明で使用している(10-10)と(0001)はHCP構造の結晶格子の面を示すミラー・ブラベー指数である。本明細書及び請求の範囲においては、使用できる文字の制限上、ミラー・ブラベー指数の表示で採用されているアッパーバー付き数字が使用できないので、ミラー・ブラベー指数の表示においては、数字の前に「-」(マイナス記号)をつけて、アッパーバー付き数字の代わりの表記とした。
【0017】
本発明に係るチタン材としては粗チタン材を展延加工して延伸形成した展延材を挙げることができる。該展延材は、該α-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)が延伸方向に優先配向している。該展延材としては圧延材、押し出し材、引き抜き材又は鍛造材を挙げることができる。
【0018】
該展延材が圧延材の場合、該α-Ti相の結晶の結晶格子の面(10-10)は圧延方向(RD方向)に優先配向している。この場合、該α-Ti相の結晶の結晶格子の面(0001)は圧延面に対して略平行になっている。
【0019】
本発明に係るチタン材は、純チタン又はチタン合金(α型、α+β型)のいずれかからなる。純チタン又はチタン合金はα-Ti相の結晶を含む。該α-Ti相の結晶はα相安定型元素を含んでいる。該α相安定型元素としては、酸素(O)、窒素(N)、アルミニウム(Al)、スズ(Sn)、炭素(C)又はガリウム(Ga)から選択された1種又は2種以上を挙げることができる。
【0020】
該α相安定型元素が酸素(O)で、α-Ti相の結晶に固溶している酸素(O)の濃度が0.55質量%以上から0.85質量%未満の範囲の場合、極密度は1.4以上が好ましい。固溶している酸素(O)の濃度が0.55質量%以上から0.85質量%未満の範囲の場合、極密度が1であれば、室温における延性が20%未満と小さくなってしまうが、極密度を1.4以上とすれば、室温における延性を20%以上と大きくすることができるからである。ここで、極密度とは優先配向の強度を示す単位である。
【0021】
低温で使用するチタン材の場合、該α相安定型元素が酸素(O)で、α-Ti相の結晶に固溶している酸素(O)の濃度が0.25質量%未満の場合、極密度は1.4以上が好ましい。極密度を1.4以上とすれば、低温(77K)における延性を大きくすることができるからである。
【0022】
該α相安定型元素が酸素(O)で、α-Ti相の結晶に固溶している酸素(O)の濃度が0.2質量%以上の場合、極密度は1.4以上が好ましい。極密度を1.4以上とすれば、室温における延性を20%以上と大きくすることができるからである。
【0023】
α-Ti相の結晶に固溶している酸素(O)の濃度(質量%)と極密度を、酸素(O)の濃度(質量%)と極密度との関係を示すグラフにおいて、酸素(O)の濃度が0.1質量%で極密度が1.05である点Aと、酸素(O)の濃度が0.7質量%で極密度が1.5である点Bと、酸素(O)の濃度が0.77質量%で極密度が2.1である点Cと、酸素(O)の濃度が0.89質量%で極密度が3.5である点Dとをこの順に結ぶ線より左上の領域にあるのが好ましい。
【0024】
α-Ti相の結晶に固溶している酸素(O)の濃度と極密度を、酸素(O)の濃度と極密度との関係を示すグラフにおいて、点A,点B,点C,点Dをこの順に結ぶ線より左上の領域にすれば、室温における延性を20%以上と大きくすることができるからである。
【0025】
該α-Ti相の結晶の結晶粒の平均粒径φは1μm以上が好ましい。平均粒径φが1μm以上であれば、チタン材を延伸させたときにα-Ti相の結晶が優先配向するが、平均粒径φが1μm未満になると、チタン材を延伸させたときに、α-Ti相の結晶が優先配向し難くなるからである。
【0026】
該α-Ti相の結晶は、平均粒径φが1μm以上であれば結晶粒の粒内で変形するが、平均粒径φが1μm未満になると、結晶粒の粒界で滑って変形してしまう。該α-Ti相の結晶は、粒径φが1μm未満になるとこのように変形機構が大きく変わってしまうので、優先配向し難くなるものと思われる。該α-Ti相の結晶の平均粒径φの上限は、多結晶体を維持することができる粒径範囲の上限(1mm程度)である。該展延材としては板材、棒材、管材、線材又は膜材を挙げることができる。
【0027】
本発明に係るチタン材はβ-Ti相の結晶を含み、該β-Ti相の結晶がβ相安定型元素を含んでいてもよい。該β相安定型元素としてはモリブデン(Mo),ニオブ(Nb),タンタル(Ta),バナジウム(V)又はレニウム(Re)から選択された1種又は2種以上を挙げることができる。本発明に係るチタン材は不可避不純物を含んでいる。本発明には上述したチタン材を加工してなるチタン製品も含まれる。
【0028】
本発明に係るチタン材の製造方法は、粗チタン材を展延して展延チタン材を得る展延工程と、該展延工程で得られた該展延チタン材を加熱保持して該展延チタン材の内部歪みを除去する焼鈍工程とを有し、該展延工程における展延を550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度範囲で、一方向に複数回行い、該焼鈍工程における加熱保持を550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度範囲で行うものである。
【0029】
ここで、550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度範囲で圧延(温間圧延)したのは、粗Ti板を550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度範囲で圧延すれば、圧延方向(RD方向)に優先配向させて、延性を高めることができるからである。すなわち、550℃以上の温度からβ変態点温度未満の温度範囲であればチタンの結晶はα相になっており、α相になっておれば、圧延Ti板に優先配向させながら圧延することができるからである。
【0030】
圧延時の下限温度を550℃としたのは、純チタン材においては550℃未満では、回復・再結晶が起こらず加工硬化によりチタン材の圧延が困難になるからである。圧延時の上限温度をチタンのβ変態点温度未満としたのは、チタンの結晶をα相(稠密六方晶)の状態に保っておけば、優先配向を保持させたまま、圧延することができるが、チタンの結晶がβ相の状態になってしまうと、優先配向を保持させたまま、圧延することができなくなるからである。チタンのβ変態点温度は固溶している酸素(O)量の増大により高温側に上昇するが、圧延設備の熱負荷等を考慮すれば、1300℃程度が上限である。
【0031】
該展延工程における1回の展延当たりの減面率は10%~20%が好ましい。減面率が20%を超えると、形成された優先配向を壊してしまうおそれがあるからである。また、該展延工程における総減面率は80%~99.5%が好ましい。優先配向を効果的に付与させるためである。
【0032】
該粗チタン材に溶体化処理を施す溶体化処理工程を該展延工程の前に設けるのが好ましい。粗チタン材を展延する前に、粗チタン材中に含まれている元素の偏析をなくしておきたいからである。該展延工程における展延としては圧延、押し出し、引き抜き又は鍛造を挙げることができる。該粗チタン材としては純チタン又はチタン合金(α型、α+β型)を使用することができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明は、α-Ti相の結晶からなる集合組織を有し、該結晶の結晶格子の面(10-10)が優先配向しているので、固溶しているα相安定型元素の濃度の高いチタン材の延性(室温)を大きくすることができ、従って、所望の延性を有するチタン材やチタン製品を低コストで得ることができる。
【0034】
また、本発明は、固溶しているα相安定型元素の濃度の高いチタン材の延性(室温)を大きくすることができるので、固溶しているα相安定型元素の濃度の高いチタン材を加工してチタン製品を製造することができ、従って、固溶しているα相安定型元素の濃度が高くて強度の高いチタン製品を製造することができる。
【0035】
また、本発明は、α-Ti相の結晶からなる集合組織を有し、該結晶の結晶格子の面(10-10)が優先配向しているので、固溶しているα相安定型元素の濃度が低い場合には、低温における延性が大きくなり、従って、低温の環境で使用されても脆性破壊を起こすおそれが低いチタン材やチタン製品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】
図1は本発明に係るチタン板を製造する際の各工程を示す工程図である。
【
図2】
図2は本発明に係るチタン板の圧延面の結晶状態を示す顕微鏡写真である。
【
図3】
図3は本発明に係るチタン板から切り抜く試験片の説明図である。
【
図4】
図4はα-Ti相の結晶の結晶格子の状態を示す説明図である。
【
図5】
図5は本発明に係るチタン板の面(0001)と面(10-10)の極点図である。
【
図6】
図6は室温における延性(%)と酸素濃度(質量%)との関係を示すグラフである。
【
図7】
図7は低温(77K)におけ延性(%)と酸素濃度(質量%)との関係を示すグラフである。
【
図8】
図8は室温における延性(%)と極密度との関係を示すグラフである。
【
図9】
図9は酸素濃度(質量%)と極密度との関係を示すグラフである。
【
図10】
図10は室温における引張強度(MPa)と酸素濃度(質量%)との関係を示すグラフである。
【
図11】
図11は室温における0.2%耐力(MPa)と酸素濃度(質量%)との関係を示すグラフである。
【
図12】
図12は低温(77K)における引張強度(MPa)と酸素濃度(質量%)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0037】
延性のより大きなチタン材を製造するという目的を、固溶している酸素の濃度を低下させるという困難な手段を用いることなく、圧延と焼鈍という容易な手段を用いて実現した。
【実施例1】
【0038】
図1は本発明に係るチタン板を製造する際の各工程を示す工程図である。以下、この工程図を参照しながら各工程について説明する。
【0039】
(1)試験片の作成
(A)Tiインゴットの鋳造
市販されている工業用純チタン(CP-Ti)と酸化チタン(TiO2)を、最終的に固溶して含まれることになる酸素(O)の量が後述の組成範囲となるように、各々秤量して各組成チタン原料を調製した。この各組成チタン原料を、不活性ガス雰囲気下で、高周波誘導溶解炉を用いて各々溶解し、各組成のチタン熔湯を得た。そして、このチタン熔湯を型に入れて冷却し、各組成のTiインゴットを得た。各組成のTiインゴットは、酸素(O)を0.058質量%~1.0質量%の範囲で含み、残部がチタン(Ti)と不可避的不純物である。
【0040】
(B)粗Ti板の製造
次に、上記のようにして得られたTiインゴットを加熱炉に入れ、1273Kで1時間加熱し、加熱されたTiインゴットを加熱炉から取り出し、鍛造機で鍛造し、粗圧延して、厚さ20mmの粗Ti板を得た。
【0041】
(C)圧延Ti板の製造
次に、上記のようにして得た粗Ti板を1273K(1000℃)で1時間加熱して溶体化処理した後、水冷した。この粗Ti板を、873K(600℃)の温度下で、圧延機により一方向にのみ複数回圧延して、板厚1.5mmの圧延Ti板を得た。1回の圧延における狙い圧下率は、評価精度を担保するため、10~20%の一定とし、圧延回数は15~30回とした。圧延中は、温度降下しないように追加加熱して、873K(600℃)の温度を保った。
【0042】
(ニ)Ti板の焼鈍
次に、上記圧延で得られた圧延Ti板を873K(600℃)の温度下で、0.5時間~48時間、保持して圧延Ti板を焼鈍処理し、圧延により生じた内部歪みを除去した試験Ti板を得た。圧延Ti板を保持した時間は圧延Ti板内のα-Ti相の結晶の平均粒径が20μm前後になるのに要する時間である。α-Ti相の結晶の平均粒径φを20μm前後としたのは、圧延によって生じる優先配向の強度に対する粒径φの違いによる影響を排除するためである。
【0043】
圧延Ti板のα-Ti相の平均結晶粒径φは圧延Ti板の表面を光学顕微鏡で観察して確認した。最終的に得られた試験Ti板の組織は
図2に示す通りであり、試験Ti板の組織のα-Ti相の平均結晶粒径φは20μm前後であった。
【0044】
(ホ)試験片の作成
次に、上記のようにして得られた試験Ti板の一部を、
図3に示すように、ダンベル型(平行部の長さ36mm)に切り取り、これを試験片とした。試験Ti板を切り取る方向は、RD方向(圧延方向)、TD方向(圧延方向と直角な方向)、これらと45°をなす方向の3方向である。後述する比較例(Non control)の試験片は従来材(Conventional material)で作成した。従来材は本発明のような温間圧延は施してない。
【0045】
(2)試験片の分析
(イ)延性と強度
(a)延性
上記のようにして作成した試験片を引張試験機にかけ、クロスヘッド速度0.5mm/min、初期ひずみ速度2.31×10-4(s-1)で引張試験を行い、延性(%)を測定した。延性(%)の測定は室温(298K)と低温(77K)の2通りで行った。
【0046】
(b)強度
また、上記のようにして作成した試験片を引張試験機にかけ、クロスヘッドスピード0.5mm/min、初期ひずみ速度2.31×10-4で引張試験を行い、この引張試験で得られた応力-ひずみ曲線から0.2%耐力(MPa)と引張強さ(MPa)を求めた。この引張試験は室温(298K)と低温(77K)の2通りで行った。
【0047】
(ロ)結晶方位と極密度
(a)結晶方位
試験Ti板のα-Ti相の結晶の(0001)面と(10-10)面についてSchulzの反射法により回折X線の強度を測定して正極点図を得た。
【0048】
α-Ti相は、
図4に示す結晶格子10のような稠密六方構造をしている。同図に示すように、結晶格子10の底面12はミラー・ブラベー指数で(0001)となり、結晶格子10の柱面14はミラー・ブラベー指数で(10-10)となる。矢印Aは試験Ti板の長手方向を示す。
【0049】
Schulzの反射法によって得た正極点図は
図5に示す通りとなった。
図5に示された正極点図から、試験Ti板に含まれているα-Ti相の結晶は該結晶の結晶格子の(10-10)面が圧延方向(RD方向)に優先配向していることが判る。
【0050】
また、
図5に示された正極点図から、試験Ti板に含まれているα-Ti相の結晶は該結晶の結晶格子の(0001)面が圧延面に対して略平行になっていることが判る。
【0051】
(b)極密度
集合組織測定はCuKα 線を用いたSchulzの反射法により行った。{10-10},{0001},{10-11},{10-12}の4種類の正極点図を計測した。また,それらの正極点図をもとに,Dahms-Bunge 法により結晶方位分布関数ODF(Orientation Distribution Function)を定めた。ODFをもとに逆極点図を描いて集合組織の主成分ならびに発達度(極密度)を決定した。極密度は、平均極密度を1とした時の倍数として表現した。
【0052】
(3)極密度と延性と酸素濃度との関係
(イ)延性と酸素濃度との関係
(a)室温の場合 前記のようにして求めた、各試験片の極密度と、延性(室温)と、酸素濃度のデータから、延性(%)と酸素濃度(質量%)との関係を示すグラフを極密度毎に作成したところ、
図6に示す通りとなった。
ここで、グラフは、極密度が2.5を超えている試験片と、極密度が1.4以上で2.5以下の試験片と、比較例(Non control)の試験片とについて各々作成した。
【0053】
図6に示された結果から、比較例(Non control)の試験片は、酸素(O)の濃度が0.55質量%以上になると延性(%)が低下することがわかる。
【0054】
これに対し、極密度が2.5を超えている試験片は、酸素(O)の濃度(質量%)が0.55質量%~0.8質量%になっても20%以上の延性を有することがわかる。
【0055】
また、極密度が1.4以上の試験片は、酸素濃度が0.55質量%~0.7質量%になっても20%以上の延性を有することがわかる。
【0056】
(b)低温の場合 前記のようにして求めた各試験片の、極密度と、延性(77K)と、酸素濃度のデータから、延性(%)と酸素濃度(質量%)との関係を示すグラフを作成したところ、
図7に示す通りとなった。
【0057】
ここで、グラフは、極密度が2.5を超えている試験片と、極密度が1.4以上で2.5以下の試験片と、比較例(Non control)の試験片について各々作成した。
【0058】
図7に示された結果から、極密度が2.5を超えている試験片と、極密度が1.4以上で2.5以下の試験片は、低温(77K)における延性が、固溶している酸素(O)の濃度が0.25質量%未満では、室温における延性(%)と比べて、著しく大きくなっていることがわかる。
【0059】
(ロ)極密度と延性との関係
前記のようにして求めた、各試験片の極密度と延性(%)と酸素濃度(質量%)とのデータから、極密度と延性(%)との関係を示すグラフを作成したところ、
図8に示す通りとなった。
【0060】
ここで、極密度と延性(%)のデータは固溶している酸素(O)の濃度が0.2質量%以上の試験片のものである。また、延性(%)のデータは室温で測定して得たものである。
【0061】
図8に示された結果から、固溶している酸素(O)の濃度が0.2質量%以上の場合、極密度(Pole density)を1.4以上とすれば、20%以上の延性(Elongation)を得ることができるということがわかる。
【0062】
(ハ)極密度と酸素濃度との関係
前記のようにして求めた、各試験片の極密度と、酸素濃度のデータから、極密度と酸素濃度との関係を示すグラフを作成したところ、
図9に示す通りとなった。
【0063】
ここで、極密度のデータは室温下の試験片について測定して得たものを使用した。
また、
図9のグラフは、延性が0%以上で10%以下の試験片と、延性が10%を超えて20%以下の試験片と、延性が20%を超えて30%以下の試験片と、延性が30%を超える試験片について各々作成した。
【0064】
また、延性が10%以上で20%未満の点▲と延性が20%以上で30%未満の点□との間で、延性が20%以上になる限界点(酸素濃度:極密度)を求めた。
図9の点A,B,C,Dが延性20%以上になる限界点(酸素濃度:極密度)であった。点Aは(0.1質量%:1.05)、点Bは(0.7質量%:1.5)、点Cは(0.77質量%:2.1)、点D(0.89質量%:3.5)である。
【0065】
図9に示された結果から、固溶している酸素(O)の濃度が0.1質量%で極密度が1.05である点Aと、固溶している酸素(O)の濃度が0.7質量%で極密度が1.5である点Bと、固溶している酸素(O)の濃度が0.77質量%で極密度が2.1である点Cと、固溶している酸素(O)の濃度が0.89質量%で極密度が3.5である点Dとを結ぶ線より左上の領域にあれば、延性が20%以上になることがわかる。
【0066】
(ニ)酸素濃度と引張強度との関係
(a)室温における引張強度
前記のようにして求めた、各試験片の酸素濃度と引張強度とのデータから、酸素濃度(質量%)と引張強度(Tensile strength)(MPa)との関係を示すグラフを作成したところ、
図10に示す通りとなった。
【0067】
ここで、引張強度のデータは室温下の試験片について測定して得たものを使用した。また、
図10のグラフは、極密度が1.4以上で2.5以下の試験片と、極密度が2.5を超える試験片と、比較例(Non control)の試験片について各々作成した。
【0068】
図10に示された結果から、いずれの試験片も、固溶している酸素(O)の濃度(質量%)が大きくなると、引張強度(Tensile strength)が大きくなることがわかる。
【0069】
(a)室温における0.2%引張応力
前記のようにして求めた、各試験片の酸素濃度と0.2%引張応力とのデータから、酸素濃度(質量%)と0.2%引張応力との関係を示すグラフを作成したところ、
図11に示す通りとなった。
【0070】
ここで、0.2%引張応力のデータは室温下の試験片について測定して得たものを使用した。また、
図11のグラフは、極密度が1.4以上で2.5以下の試験片と、極密度が2.5を超える試験片と、比較例(Non control)の試験片について各々作成した。
【0071】
図11に示された結果から、いずれの試験片も、固溶している酸素(O)の濃度(質量%)が大きくなると、0.2%引張応力(0.2 proof stress)が大きくなることがわかる。
【0072】
(c)低温における引張強度(Tensile strength)
前記のようにして求めた、各試験片の酸素濃度と引張強度とのデータから、低温(77K)における酸素濃度(質量%)と引張強度(Tensile strength)(MPa)との関係を示すグラフを作成したところ、
図12に示す通りとなった。
【0073】
ここで、引張強度のデータは低温(77K)下の試験片について測定して得たものを使用した。また、
図12のグラフは、極密度が1.4以上で2.5以下の試験片と、極密度が2.5を超える試験片と、比較例(Non control)の試験片について各々作成した。
【0074】
図12に示された結果から、いずれの試験片も、固溶している酸素(O)の濃度が大きくなると、引張強度(Tensile strength)が大きくなることがわかる。
【0075】
また、優先配向している試験片は、低温(77K)下において、引張強度(Tensile strength)が室温の場合より高くなることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
チタン材は産業界において業として製造され、使用されている材料である。本発明に係るチタン材の製造方法の中で使用されている圧延や焼鈍も産業界において業として使用されている技術である。従って、本発明は産業上の利用可能性を有するものである。
【符号の説明】
【0077】
10 結晶格子
12 柱面(10-10)
14 底面(0001)
A 延伸方向