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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-16
(45)【発行日】2023-11-27
(54)【発明の名称】磁気光学トラップ方法および装置
(51)【国際特許分類】
   H01S 1/06 20060101AFI20231117BHJP
   H03L 7/26 20060101ALI20231117BHJP
   G04F 5/14 20060101ALN20231117BHJP
【FI】
H01S1/06
H03L7/26
G04F5/14
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020030247
(22)【出願日】2020-02-26
(65)【公開番号】P2020141401
(43)【公開日】2020-09-03
【審査請求日】2022-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2019032461
(32)【優先日】2019-02-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 [公開の事実] 1.開催日:2019年3月14日~17日(公開日:2019年3月17日) 2.集会名、開催場所:日本物理学会第74回年次大会(2019年)九州大学 伊都キャンパス センタ-2号館 3階 2304号室(K304会場)(〒819-0385 福岡県福岡市西区元岡744) 3.公開者:今井 弘光、赤塚 友哉、小栗 克弥、石澤 淳、後藤 秀樹、香取 秀俊、高本 将男、牛島 一朗、大前 宜昭、寒川 哲臣
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100153006
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 勇三
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121669
【弁理士】
【氏名又は名称】本山 泰
(72)【発明者】
【氏名】今井 弘光
(72)【発明者】
【氏名】赤塚 友哉
(72)【発明者】
【氏名】小栗 克弥
(72)【発明者】
【氏名】石澤 淳
(72)【発明者】
【氏名】後藤 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】香取 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】高本 将男
【審査官】村井 友和
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-510494(JP,A)
【文献】特開2018-085719(JP,A)
【文献】特開2012-019261(JP,A)
【文献】特開2010-103483(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 1/06
H03L 7/26
G04F 5/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器内に封入された3/2以上の核スピンを有する原子にアンチヘルムホルツコイルによって磁場を印加するステップと、
前記原子の微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数J=0から微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数J’=1の遷移のうち、前記原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F+1に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調した第1のレーザ光と、前記原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F-1に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調した第2のレーザ光とを含むレーザ光を生成するステップと、
前記第1のレーザ光および前記第2のレーザ光を含む前記レーザ光を前記真空容器内の前記原子に向けて少なくとも一対の互いに反対の二方向を含む複数の方向から照射するステップと
を備える磁気光学トラップ方法。
【請求項2】
前記照射するステップは、前記第1のレーザ光および前記第2のレーザ光を含む前記レーザ光をσ偏光およびσ偏光のいずれかに変換するステップを含む
請求項1に記載の磁気光学トラップ方法。
【請求項3】
前記原子は、87ストロンチウム原子であり、
前記生成するステップは、
前記第1のレーザ光として、前記87ストロンチウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=9/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=11/2に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成するステップと、
前記第2のレーザ光として、前記87ストロンチウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=9/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=7/2に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調したレーザ光とを生成するステップと
を含む請求項1または2に記載の磁気光学トラップ方法。
【請求項4】
前記原子は、173イッテルビウム原子であり、
前記生成するステップは、
前記第1のレーザ光として、前記173イッテルビウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=5/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=7/2に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成するステップと、
前記第2のレーザ光として、前記173イッテルビウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=5/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=3/2に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成するステップと
を含む請求項1または2に記載の磁気光学トラップ方法。
【請求項5】
トラップ対象の原子を封入するための真空容器と、
前記真空容器の内部に磁場を印加するアンチヘルムホルツコイルと、
前記原子の微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数J=0から微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数J’=1の遷移のうち、前記原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F+1に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調した第1のレーザ光と、前記原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F-1に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調した第2のレーザ光とを含むレーザ光を生成するレーザ装置と、
前記レーザ装置によって生成された前記レーザ光を前記真空容器の内部の一点に向けて少なくとも一対の互いに反対の二方向を含む複数の方向から照射する照射装置と
を備える磁気光学トラップ装置。
【請求項6】
前記原子は、3/2以上の核スピンを有する
請求項5に記載の磁気光学トラップ装置。
【請求項7】
前記照射装置は、前記レーザ光をσ偏光およびσ偏光のいずれかに変換する波長板を含む
請求項5または6に記載の磁気光学トラップ装置。
【請求項8】
前記原子は、87ストロンチウム原子であり、
レーザ装置は、前記第1のレーザ光として、前記87ストロンチウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=9/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=11/2に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調したレーザ光と、前記第2のレーザ光として、前記87ストロンチウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=9/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=7/2に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調したレーザ光とを生成するように構成されている
請求項5~7の何れかに記載の磁気光学トラップ装置。
【請求項9】
前記原子は、173イッテルビウム原子であり、
レーザ装置は、前記第1のレーザ光として、前記173イッテルビウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=5/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=7/2に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調したレーザ光と、前記第2のレーザ光として、前記173イッテルビウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=5/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=3/2に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調したレーザ光とを生成するように構成されている
請求項5~7の何れかに記載の磁気光学トラップ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、狭線幅磁気光学トラップ装置の原子密度の向上に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、光格子時計やイオン時計と呼ばれる光周波数を用いた光原子時計の研究が盛んに行われており、時計の精度は10-18台に達している(非特許文献1)。上記時計は、現在の秒の定義に用いられている133セシウム(Cs)原子時計の精度をすでに2桁上回っており、次世代の時間・周波数標準の候補として挙げられている。この高精度原子時計を商用の光ファイバネットワークで結び光時計ネットワークを構築することで、標高マッピングといった測地学や通信への応用などが考えられている(非特許文献2、非特許文献3)。また、各地での物理量の測量を目的として、時計システムを小型化し可搬化を図った可搬型光時計も開発されている(非特許文献4)。このように光原子時計は実用的側面から注目されている。
【0003】
原子時計を動作させるには、原子冷却・トラップ、スペクトル観測など様々な段階を踏んで行われる。時計の精度は、黒体輻射シフトや光シフトなどの不確かさによって決定される。それら不確かさを小さくするためには、各段階を一つ一つ精密に制御する必要がある。一方で、上述したように、光時計ネットワークや可搬型光時計を実用化するためには、時計システム全体を小型化することが望まれる。しかし、レーザシステムを例に挙げても10台程のレーザを同時に制御しなければならず、システムが大型になり易い。このように、時計システムは複雑であるため、改善する余地が依然として多くあると考えられる。その中で、原子を冷却・トラップする際に用いられる狭線幅磁気光学トラップ(MOT:Magneto-Optical Trap)に注目する。
【0004】
まず、87ストロンチウム光格子時計をもとに動作原理を簡単に説明する(非特許文献1)。始めに、超高真空中において約400度に加熱された87ストロンチウム(87Sr)原子気体に対して、ゼーマン冷却とMOTにより原子を冷却・トラップする。MOTで冷却される原子の限界温度は使用する遷移の線幅に比例し、線幅が細い遷移を用いることでより原子を冷やすことができる。実際の系では、MOTは2段階に分けて行われる。第1段階目MOTでは、数十MHzの線幅の遷移を用いることで1mK程度に原子が冷却・トラップされる。第2段階目MOT(狭線幅MOT)では、数kHzの線幅の遷移を用いて数μKまで冷却・トラップされる(非特許文献5)。次に、狭線幅MOT用のレーザを切りながら光格子を形成するためのレーザを立ち上げることにより、原子を10μK程度の光格子ポテンシャルにトラップする。光格子に捕捉された原子のスピン状態を偏極させ、その後、その原子に対して時計レーザを照射することによって、スペクトルを観測する。時計レーザは低膨張ガラスなどを用いた狭線幅の共振器に安定化されているが、徐々に共振器が歪むことにより周波数がドリフトしてしまう。そのため、常にストロンチウム原子の時計遷移に共鳴するように時計レーザの周波数を安定化することで、時計として動作させる。
【0005】
次に、上述したストロンチウム光格子時計の狭線幅MOT(J=0→J’=1遷移を用いたMOT)について説明する(非特許文献5)。図9に、関連する狭線幅MOTに用いられる遷移図を示す。原子をトラップ・冷却するために、通常、トラップ光102と、トラップ中に冷却サイクルから外れた原子を冷却サイクルに戻す役割を果たすリポンプ光103とが用いられる。ここで、トラップ光102は、1J=0(F=9/2)と3J'=1(F’=11/2)間の遷移、リポンプ光103は、1J=0(F=9/2)と3J'=1(F’=9/2)間の遷移である。トラップ光102をF’=11/2レーザ、リポンプ光103をF’=9/2レーザと呼ぶことにする。以下、1J=03J'=1をそれぞれ1031と記す。なお、J,J’は、それぞれ微細構造に関する基底状態と励起状態の全角運動量量子数、F,F’は、それぞれ超微細構造に関する基底状態と励起状態の全角運動量量子数である。
【0006】
図10を用いて、磁場中にある原子の10(F=9/2)と31(F’=11/2)との間のエネルギー状態について考える。アンチヘルムホルツコイル(不図示)により、x=0で磁場の向きが反転する四重極磁場を形成する。このとき、10の状態と31の状態の磁気副準位mF、mF'がそれぞれゼーマン分裂する。磁場によるゼーマン分裂の大きさはmF、mF'の大きさとg因子に比例するが、10のゼーマン分裂は31に比べると3桁程度小さいことが知られている。このため、10(F=9/2)の磁気副準位mFのエネルギーは同一として、この準位mFをx軸としている。一方で、31(F’=11/2)のゼーマン分裂は、mF'=-11/2のエネルギーが一番低く、mF'=11/2のエネルギーが一番高くなる。ゼーマン分裂線(図10の符号200)の右の数字は、31の磁気量子数mF'を示している。
【0007】
上記の条件のもと狭線幅MOTの原理について説明する。10(F=9/2)と31(F’=11/2)の共鳴周波数から負に離調したσ偏光のF’=11/2レーザを、x軸の正側と負側の両方から入射させる。図10では、F’=11/2レーザの周波数を符号201で表している。ここで、量子化軸は磁場の向きに取っている。σ偏光とは、磁気量子数変化ΔmF=mF'-mFが-1変化する偏光である。同様に、σ偏光とは、磁気量子数変化ΔmF=mF'-mFが+1変化する偏光である。-x(図10左)側から入射したσ偏光は、x>0の領域では、磁場の向き(量子化軸)が反転するためσ偏光となる。
【0008】
今、mF=-9/2の原子202がx>0の位置にあって、+x(図10右)方向に進んでいると仮定する。mF=-9/2の原子202は、mF=-9/2→mF'=-11/2に共鳴する位置でσ偏光を吸収しmF'=-11/2に遷移する。mF'=-11/2に遷移した原子202は、図11の自然放出の分岐率に従って自然放出し、mF=-9/2に遷移する。自然放出では、光は等方的に放出されるため、原子が受ける力は正味ゼロと考えられ、mF=-9/2の原子202は-x方向に力を受ける。このように、mF=-9/2のσ遷移のみが起きていれば、冷却サイクルは閉じており、加熱は生じず、原子を強くトラップすることができる。しかし、実際にはxが大きくなるにつれ、mF=-9/2からmF'=-7/2のようなσ遷移を含めて、mFが-7/2、-5/2、-3/2、-1/2の原子のσ±遷移の共鳴線が近くに存在している。そのため、σ偏光の光を吸収した原子は-x方向に力を受けトラップされるが、σ偏光のレーザを吸収した原子は+x方向に力を受ける。
【0009】
ここで、もう一つ注意したいのは、mF'<0に励起された原子は、自然放出の分岐率により、mF'≦mFの自然放出が起き易いことである。その結果、F’=11/2レーザの吸収の回数が増えるに従って、mFが徐々に正側に寄っていきながら加熱された原子が増加する。また、トラップ中では、x=0の位置で磁場が反転しているため、x=0を横切った原子は、mF>0へとスピンの符合が反転している原子も存在していると考えられる。これらの過程でmF>0の状態となった原子は、F’=11/2レーザを吸収しにくく、トラップから逸脱する。同様に、x<0に存在している原子のうち、mF=-9/2の原子のσ遷移は+x方向に力を受けトラップされるが、それ以外の原子は、冷却と加熱が同時に生じており、mF>0の原子はトラップから逸脱する。このようにして、トラップ光のみの場合、徐々に原子が加熱され、トラップされる原子数が減少する。
【0010】
次に、リポンプ光について説明する。上記で、F’=11/2レーザにより原子の磁気量子数mFが正側に寄っていくことを説明した。そこで、原子の状態mFを負側に戻すような役目のリポンプ光が用いられる。実際には、図9に示したように、10(F=9/2)と31(F’=9/2)との間のF’=9/2レーザをリポンプ光103として使用する。この遷移は10(F=9/2)と31(F’=11/2)の遷移に比べてゼーマン分裂が小さいため、磁場の位置依存性が小さく、mFをランダム化する。その結果、mF=-11/2状態の原子が増え、原子数損失を減らすことができる。このようにしてF’=11/2レーザとF’=9/2レーザとを同時に用いることで、mF<0状態の原子を安定にトラップすることができる。
【0011】
ここまでの説明では、1次元系で考えているが、3次元系に拡張しても同様なことが言える。
【0012】
光格子時計の周波数安定度に関して課題が挙げられる。光格子時計の安定度は、時計レーザパルス間のデッドタイムの短縮と、光格子にトラップされる原子数の増加とによって向上させることができる。デッドタイムは1秒程度であるが、その主な制限要因の1つに、第1段階MOTと狭線幅MOTに要する時間が合わせて500ms程かかることが挙げられる。また、光格子にトラップされる原子数は狭線幅MOTの密度に依存するため、狭線幅MOTのトラップ力を上げる必要がある。さらに安定度を向上させる方法として、最終的には光格子時計の連続動作が挙げられる。それに向けた狭線幅MOTの連続動作の研究もなされている(非特許文献6)。このためにも狭線幅MOTのトラップ力を向上させることは大変重要である。
【0013】
関連する狭線幅MOTについて考えてみる。mF<0の場合に原子がトラップされることは述べた。mF>0の場合は原子がトラップされないため、原子数の面で損していると考えられる。また、リポンプ光に関して、10(F=9/2)と31(F’=9/2)のゼーマン分裂の大きさが10(F=9/2)と31(F’=11/2)遷移に比べ2/9となる。このため、リポンプ光のトラップ力が弱く、リポンプ光が有効に働く範囲がF’=11/2レーザに比べると、広がってしまうことも原子の密度が下がる要因と考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【文献】Ichiro Ushijima,Masao Takamoto,Manoj Das,Takuya Ohkubo,and Hidetoshi Katori,“Cryogenic optical lattice clocks”,Nature Photonics,VOL.9,pp.185-189,2015
【文献】Fritz Riehle,“Optical clock networks”,Nature Photonics,VOL.11,pp.25-31,2017
【文献】Tetsushi Takano,Masao Takamoto,Ichiro Ushijima,Noriaki Ohmae,Tomoya Akatsuka,Atsushi Yamaguchi,Yuki Kuroishi,Hiroshi Munekane,Basara Miyahara,and Hidetoshi Katori,“Geopotential measurements with synchronously linked optical lattice clocks”,Nature Photonics,VOL.10,pp.662-666,2016
【文献】S.B.Koller,J.Grotti,St.Vogt,A.Al-Masoudi,S.Dorscher,S.Hafner,U.Sterr,Ch.Lisdat,“Transportable Optical Lattice Clock with 7 x 10-17 Uncertainty”,PHYSICAL REVIEW LETTERS,118,073601,2017
【文献】Takashi Mukaiyama,Hidetoshi Katori,Tetsuya Ido,Ying Li,and Makoto Kuwata-Gonokami,“Recoil-Limited Laser Cooling of 87Sr Atoms near the Fermi Temperature”,PHYSICAL REVIEW LETTERS,90,113002,2003
【文献】Shayne Bennetts,Chun-Chia Chen,Benjamin Pasquio,and Florian Schreck,“Steady-State Magneto-Optical Trap with 100-Fold Improved Phase-Space Density”,PHYSICAL REVIEW LETTERS,119,223202,2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、狭線幅磁気光学トラップのトラップ力と原子の密度を向上させることができ、原子の冷却・トラップに要する時間を短縮することができる磁気光学トラップ方法および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る磁気光学トラップ方法は、真空容器内に封入された3/2以上の核スピンを有する原子にアンチヘルムホルツコイルによって磁場を印加するステップと、前記原子の微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数J=0から微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数J’=1の遷移のうち、前記原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F+1に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調した第1のレーザ光と、前記原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F-1に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調した第2のレーザ光とを含むレーザ光を生成するステップと、前記第1のレーザ光および前記第2のレーザ光を含む前記レーザ光を前記真空容器内の前記原子に向けて少なくとも一対の互いに反対の二方向を含む複数の方向から照射するステップとを備えている。
【0017】
本発明に係る磁気光学トラップ装置は、トラップ対象の原子(205)を封入するための真空容器(409)と、前記真空容器(409)の内部に磁場を印加するアンチヘルムホルツコイル(410)と、前記原子(205)の微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数J=0から微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数J’=1の遷移のうち、前記原子(205)が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F+1に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調した第1のレーザ光と、前記原子(205)が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F-1に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調した第2のレーザ光とを含むレーザ光を生成するレーザ装置(400)と、前記レーザ装置(400)によって生成された前記レーザ光を前記真空容器(409)の内部の一点に向けて少なくとも一対の互いに反対の二方向を含む複数の方向から照射する照射装置(411)とを備える。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、狭線幅磁気光学トラップのトラップ力と原子の密度を向上させることができ、原子の冷却・トラップに要する時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本発明の実施例に係る狭線幅2重磁気光学トラップ遷移図である。
図2図2は、本発明の実施例に係る狭線幅2重磁気光学トラップの原理を説明するための図である。
図3図3は、10(F=9/2)から31(F’=7/2)に遷移した原子の自然放出の分岐率を示す図である。
図4図4は、本発明の実施例である磁気光学トラップ装置のレーザ装置のブロック図である。
図5図5は、本発明の実施例である磁気光学トラップ装置本体の構成を示す図である。
図6図6は、図5におけるトラップ光照射装置の構成を示す図である。
図7A図7Aは、関連する磁気光学トラップ装置で得られた原子の蛍光画像である。
図7B図7Bは、本発明の実施例である磁気光学トラップ装置で得られた原子の蛍光画像である。
図8A図8Aは、関連する磁気光学トラップ装置で得られた原子の蛍光量を示す図である。
図8B図8Bは、本発明の実施例である磁気光学トラップ装置で得られた原子の蛍光量を示す図である。
図9図9は、関連する狭線幅磁気光学トラップ遷移図である。
図10図10は、関連する狭線幅磁気光学トラップの原理を説明する図である。
図11図11は、10(F=9/2)から31(F’=11/2)に遷移した原子の自然放出の分岐率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施例について説明する。本実施例では、デッドタイムの短縮化と原子の密度の増加という課題に対し、狭線幅2重磁気光学トラップ(以下、MOT)装置を提案する。関連する狭線幅MOTにおいて、mF<0の原子のみトラップしていた狭線幅MOTを、mF>0の状態の原子にもトラップ力を作用させることで、磁気量子数mF全体に効率よくトラップ力を働かせることができる。その結果、原子密度が増加し、狭線幅MOTから光格子ポテンシャルへの原子数の移行効率の向上が期待できる。
【0021】
ここで、狭線幅2重MOTについて説明する。この狭線幅2重MOTでは、図1に示すように、原子が10(F=9/2)から31(F’=11/2)に遷移するときの共鳴周波数に対して周波数を負に離調したトラップ光105(以下、F’=11/2レーザ)を用いる。また、関連するMOTにおいてリポンプ光として用いていたF’=9/2レーザの代わりに、原子が10(F=9/2)から31(F’=7/2)に遷移するときの共鳴周波数に対して周波数を負に離調したトラップ光106(以下、F’=7/2レーザ)を用いる。
【0022】
図2を用いて、F’=7/2レーザの動作について説明する。図2において、符号203はゼーマン分裂線を表し、符号204はF’=7/2レーザの周波数を表している。31(F=7/2)のg因子の大きさは、31(F’=11/2)とほぼ同じで符号が負である。このため、F’=7/2レーザの場合、ゼーマン分裂の大きさがF’=11/2レーザの場合と逆になっている。ここで、ゼーマン分裂の大きさとは、磁場がなく縮退しているときのエネルギー準位206からの距離である。図2図11を比較すれば明らかなように、磁気量子数mF'の順番が逆転している。縮退しているエネルギー準位206よりも下のエネルギー準位のみ原子のトラップに利用できる。よって、F’=7/2レーザを用いて、mF>0の原子にトラップ力を作用させることができる。
【0023】
今、10(F=9/2)→31(F’=7/2)の遷移周波数から負に離調したσ偏光をx軸の正側と負側の両方から入射させる場合について考える。x>0にmF=9/2の状態の原子205がある場合、原子205は互いに対向する方向からのσの光を吸収してmF'=7/2に遷移する。このとき、図3によれば、mF=9/2状態に多く原子が自然放出されることが分かる。自然放出は等方的に放出されるため、原子は正味-x側に力を受ける。この過程は、冷却サイクルを完全には閉じてはいないが、トラップ力として働くことが知られている。これまでの説明と同様に、xが大きくなるにつれ、他のmF>0状態の原子のσ±遷移が近くにあるため、徐々にmFが負側に寄っていく。mF<0になってしまった原子は、F’=7/2レーザを吸収しにくくなる。
【0024】
次に、F’=7/2レーザとF’=11/2レーザとを両方作用させた場合について考える。F’=7/2レーザを作用させている中で、mF<0に移った原子は、今度はF’=11/2レーザによりトラップされ始める。x<0に原子が存在する場合にも同様なことが生じる。結果として、x軸のトラップ範囲内に存在するmF<0の原子は、F=11/2レーザによってトラップされ、mF>0の原子は、F’=7/2レーザによってトラップされる。このようにして、磁気量子数mF全体に対して有効的に狭線幅MOTが働く。この狭線幅MOTの働きは、3次元系に拡張した時も同様に考えられる。
【0025】
上記のストロンチウム原子のようにJ=0からJ’=1の遷移において、狭線幅2重MOTが働くときの一般的な条件式を量子数とg因子から考える。
【0026】
まず、全角運動量量子数F、F’と核スピンIの関係から考える。狭線幅2重MOTをするためには、F’=F+1とF’=F-1の2つの準位が必要である。FとF’の値は、核スピンI(1/2の整数倍)とJ、J’の角運動量の合成から求められる。I=1/2の時は、F=1/2、F’=3/2,1/2となる。しかし、F’=F-1が存在しないため、I=1/2の時は成り立たない。I=1のときは、F=1、F’=2,1,0となり、F’=F-1が存在する。しかし、F’=0ではゼーマン分裂を起こさないため、F’=F-1のMOTができない。I≧3/2のときは、F=I、そして、F’=I+1、I、I-1の3つが存在する。この場合は、F’=F+1とF’=F-1の両方でMOTが作用する。
【0027】
次に、g因子の符合について考える。狭線幅2重MOTが成り立つためには、F’=I+1ではg因子が正、F’=I-1ではg因子が負である必要がある。g因子の符合は次式によって判定される。
【0028】
g因子が正 ⇔ F’(F’+1)-I(I+1)+2>0
【0029】
g因子が負 ⇔ F’(F’+1)-I(I+1)+2<0
【0030】
今、I≧3/2の時を考えればよい。この場合は、F’=I+1とF’=I-1のg因子の符合の関係が必ず成り立つ。以上から、狭線幅2重MOTをするための最終的な条件は、核スピンIが、I≧3/2のときである。エネルギー構造で考えると、上記の条件の場合、σ偏光とσ偏光により、同じmF'を励起する遷移が存在しており、本実施例の狭線幅2重MOTが働く。これまで説明してきたように、87Srでは、I=9/2であり、条件を満たしている。他の原子では、例えば173イッテルビウム(173Yb、I=5/2)などが挙げられる。この場合は、10(F=5/2)→31(F’=7/2)と、10(F=5/2)→31(F’=3/2)を用いて狭線幅2重MOTを有効に働かせることができると考えられる。
【0031】
次に、本実施例のMOT装置で用いたレーザ装置の説明をする。レーザ装置400は、図4に示すように、レーザ401,404と、アイソレータ402,405と、音響光学変調器(AOM:Acousto-Optic Modulator)403,406と、ミラー407と、ビームスプリッタ408とを含んでいる。
【0032】
レーザ401をF’=11/2レーザとして用い、レーザ404をF’=7/2レーザとして用いる。これらレーザ401,404を高安定なリファレンスレーザを用いて周波数安定化する。
【0033】
戻り光を防ぐため、レーザ401からのF’=11/2レーザ光をアイソレータ402に通す。アイソレータ402からの出射光を周波数変調を行うためのAOM403に通す。同様に、レーザ404からのF’=7/2レーザ光をアイソレータ405に通し、アイソレータ405からの出射光をAOM406に通す。アイソレータ402,405からの出射光をAOM403,406に通すことにより、レーザ光の周波数を負に離調することができる。
【0034】
AOM403からのF’=11/2レーザ光は、ミラー407によって反射され、ビームスプリッタ408によってAOM406からのF’=7/2レーザ光と合波される。
【0035】
なお、2台のレーザ401,404の偏光状態が同じであるので、F’=7/2レーザとF’=11/2レーザの差周波数2.593GHzを電気光学変調器(EOM:Electro-Optic Modulator)に印加し、搬送波と側帯波を用いて2周波を生成することも可能である。これにより、1台のレーザで2台のレーザ401,404の機能を果たすことができる。
【0036】
次に、本実施例のMOT装置の構成について説明する。MOT装置は、図5に示すように、レーザ装置400と、トラップ対象の原子205を封入するための真空容器(真空セル)409と、真空容器409の内部に磁場を印加するアンチヘルムホルツコイル410と、レーザ装置400によって生成されたレーザ光を真空容器409の内部の原点に向けて複数の方向から照射する照射装置411(図4参照)と、測定用のプローブ光を生成するレーザ装置418と、プローブ光を真空容器409の内部の原点に向けて照射するプローブ光照射装置419と、CCDカメラ等の検出装置420とを備えている。照射装置411が照射する複数の方向は、少なくとも一対の互いに反対の二方向を含む。
【0037】
本実施例では、真空容器409に87ストロンチウム(87Sr)原子気体が封入される。
【0038】
アンチヘルムホルツコイル410は、一対のコイル410a,410bを含んでいる。これらコイル410a,410bは、同一構成を有し、真空容器409を挟むように配置されている。コイル410a,410bに互いに逆向きに電流を流すことにより、四重極磁場を形成し、この四重極磁場を真空容器409内の原子気体に印加する。このとき、四重極磁場のゼロ点は、真空容器409内の原点(トラップの中心であり、図2の例ではx=0の点)に合うように設定される。
【0039】
照射装置411は、複数のトラップ光照射装置を含んでいる。本実施例では、照射装置411は、6つのトラップ光照射装置412~417を含んでいる。これらトラップ光照射装置412~417は、真空容器409内の原点を通過する3軸上に配置されている。トラップ光照射装置412~417の各々は、図6に示すように、光ファイバ431と、光ファイバ431に接続された集光レンズ432と、集光レンズ432の後段に配置されたλ/4波長板433とを含んでいる。トラップ光照射装置412~417は、レーザ装置400で生成したレーザ光をλ/4波長板433によりσ偏光(トラップ光)に変換し、真空容器409内の原点に対して3軸の正負方向、すなわち合計6方向から照射することにより、互いに対向して進行する三対のσ偏光を真空容器409内の原子気体に照射する。このとき、図2から分かるように、対向するσ偏光は互いに逆回りの円偏光となっている。
【0040】
同軸上に配置された2つのトラップ光照射装置のうちの一方、例えばトラップ光照射装置413,415,417の各々を、ミラーと、λ/4波長板とから構成してよい。この場合、トラップ光照射装置412,414,416からのσ偏光は、3軸の正方向から原点に向かって進行する。原点を通過したσ偏光は、トラップ光照射装置413,415,417のミラーに反射され、今度は3軸の負方向から原点に向かって進行する。このようにしても、互いに対向して進行する三対のσ偏光を真空容器409内の原子気体に照射することができる。
【0041】
なお、本実施例では、σ偏光を6方向から照射している。しかし、σ偏光を少なくとも二方向から照射することにより、互いに対向して進行する少なくとも一対のσ偏光を真空容器409内の原子気体に照射すればよい。
【0042】
レーザ装置418は、測定用のプローブ光を生成する。プローブ光照射装置419は、レーザ装置418からのプローブ光を真空容器409内の原子気体に照射する。そして、検出装置420は、真空容器409内の原子気体の発光を検出する。なお、これらの装置418~420は、MOT装置の必須の要素ではない。
【0043】
以上のようなMOT装置で得られた87ストロンチウム原子の第2段階MOTの蛍光画像を図7Aおよび図7Bに示す。図7Aおよび図7Bは、第1段階MOT後、磁場勾配とレーザ強度の条件は同じで、レーザ周波数とタイムシーケンスを調整することによって密度が最大になった時の第2段階MOTの画像である。図7Aの蛍光画像は、関連するMOTにおけるF’=11/2レーザとF’=9/2レーザとを用いて、87ストロンチウム原子を250msの間だけ冷却・トラップした後に得られたものである。図7Bの蛍光画像は、本実施例のF’=11/2レーザとF’=7/2とを用いて、87ストロンチウム原子を180msの間だけ冷却・トラップした後に得られたものである。
【0044】
図8Aは、図7Aおよび図7Bの蛍光画像を、画像の中心を通る横方向の線に沿って切り出したときの蛍光量を示す図である。図8Bは、図7Aおよび図7Bの蛍光画像を、画像の中心を通る縦方向の線に沿って切り出したときの蛍光量を示す図である。図8Aおよび図8Bにおいて、符号700は、関連するMOTにおけるF’=11/2レーザとF’=9/2レーザとを用いた場合の原子の蛍光量を示し、符号701は、本実施例の場合の原子の蛍光量を示している。
【0045】
図7A図7B図8Aおよび図8Bによると、本実施例のMOT装置では、ピークの蛍光量が増加し、原子雲の半値全幅が小さくなっていることが分かる。原子数を見積もると、本実施例では関連する方法に対して、原子数が1.3倍向上し、原子の密度は2倍向上していた。
【0046】
図示してはいないが、87ストロンチウム原子を180msの間だけ冷却・トラップした後で本実施例と関連する方法を比較した場合は、原子数は同程度であるが、本実施例の場合の原子の密度は関連する方法に対して凡そ4.5倍ほどであった。本実施例では、関連技術に対し原子の冷却・トラップに要する時間を70ms短縮できたことに加え、効率よく狭線幅MOTが作用したことが分かる。
【0047】
本実施例では、狭線幅MOTのトラップ力と原子の密度とが向上したことに加え、冷却・トラップに要する時間短縮もできた。これにより、狭線幅MOTの連続動作(非特許文献6)に本実施例を応用することができる。さらには、ボース・アインシュタイン凝縮、フェルミ縮退といった量子縮退で高密度の原子が必要となる研究にも本実施例を応用できると考えられる。
【0048】
本実施例では、87ストロンチウム原子が基底状態F=9/2から励起状態F’=11/2に遷移するときの第1の共鳴周波数に周波数を合わせたレーザ光(第1の共鳴周波数から所定の周波数(例えば数十kHz)だけ負に離調したσ偏光)を第1のレーザ光、87ストロンチウム原子が基底状態F=9/2から励起状態F’=7/2に遷移するときの第2の共鳴周波数に周波数を合わせたレーザ光(第2の共鳴周波数から所定の周波数だけ負に離調したσ偏光)を第2のレーザ光としている。しかし、上記のとおり本発明は173イッテルビウム原子にも適用可能である。
【0049】
173イッテルビウム原子を対象とする場合には、173イッテルビウム原子が基底状態F=5/2から励起状態F’=7/2に遷移するときの第1の共鳴周波数に周波数を合わせたレーザ光(第1の共鳴周波数から所定の周波数だけ負に離調したσ偏光)を第1のレーザ光、173イッテルビウム原子が基底状態F=5/2から励起状態F’=3/2に遷移するときの第2の共鳴周波数に周波数を合わせたレーザ光(第2の共鳴周波数から所定の周波数だけ負に離調したσ偏光)を第2のレーザ光とすればよい。
【0050】
以上説明したように、本発明の一つのアスペクトである磁気光学トラップ方法は、真空容器(409)内に封入された3/2以上の核スピンを有する原子(205)にアンチヘルムホルツコイル(410)によって磁場を印加するステップと、原子(205)の微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数J=0から微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数J’=1の遷移のうち、原子(205)が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F+1に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調した第1のレーザ光と、原子(205)が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F-1に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調した第2のレーザ光とを含むレーザ光を生成するステップと、第1のレーザ光および第2のレーザ光を含むレーザ光を真空容器(409)内の原子(205)に向けて少なくとも一対の互いに反対の二方向を含む複数の方向から照射するステップとを備えている。レーザ光を生成するステップでは、第1および第2の共鳴周波数から負に離調して第1および第2のレーザ光を生成する場合だけでなく、第1および第2の共鳴周波数から正に離調して第1および第2のレーザ光を生成する場合もある。
【0051】
照射するステップは、第1のレーザ光および第2のレーザ光を含むレーザ光をσ偏光およびσ偏光のいずれかに変換するステップを含んでいてもよい。負に離調する場合には、レーザ光をσ偏光に変換する。正に離調する場合には、レーザ光をσ偏光に変換する。
【0052】
トラップ対象の原子(205)として87ストロンチウム原子を用いることができる。この場合、第1のレーザ光として、87ストロンチウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=9/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=11/2に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成することができる。また、第2のレーザ光として、87ストロンチウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=9/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=7/2に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調したレーザ光とを生成することができる。
【0053】
また、トラップ対象の原子(205)として173イッテルビウム原子を用いることができる。この場合、第1のレーザ光として、173イッテルビウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=5/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=7/2に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成することができる。また、第2のレーザ光として、173イッテルビウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=5/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=3/2に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成することができる。
【0054】
また、本発明の他のアスペクトである磁気光学トラップ装置は、トラップ対象の原子(205)を封入するための真空容器(409)と、真空容器(409)の内部に磁場を印加するアンチヘルムホルツコイル(410)と、原子(205)の微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数J=0から微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数J’=1の遷移のうち、原子(205)が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F+1に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調した第1のレーザ光と、原子(205)が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数Fから超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=F-1に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調した第2のレーザ光とを含むレーザ光を生成するレーザ装置(400)と、レーザ装置(400)によって生成されたレーザ光を真空容器(409)の内部の一点に向けて少なくとも一対の互いに反対の二方向を含む複数の方向から照射する照射装置(411)とを備えている。レーザ装置(400)は、第1および第2の共鳴周波数から負に離調して第1および第2のレーザ光を生成する場合だけでなく、第1および第2の共鳴周波数から正に離調して第1および第2のレーザ光を生成する場合もある。
【0055】
トラップ対象の原子(205)は、3/2以上の核スピンを有していてもよい。
【0056】
照射装置(411)は、レーザ光をσ偏光およびσ偏光のいずれかに変換する波長板(433)を含んでいてもよい。負に離調する場合、波長板(433)はレーザ光をσ偏光に変換する。正に離調する場合、波長板(433)はレーザ光をσ偏光に変換する。
【0057】
トラップ対象の原子(205)として87ストロンチウム原子を用いることができる。この場合、レーザ装置(400)は、第1のレーザ光として、87ストロンチウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=9/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=11/2に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成することができる。また、レーザ装置(400)は、第2のレーザ光として、87ストロンチウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=9/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=7/2に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成することができる。
【0058】
また、トラップ対象の原子(205)として173イッテルビウム原子を用いることができる。この場合、レーザ装置(400)は、第1のレーザ光として、173イッテルビウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=5/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=7/2に遷移するときの第1の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成することができる。また、レーザ装置(400)は、第2のレーザ光として、173イッテルビウム原子が超微細構造に関する基底状態の全角運動量量子数F=5/2から超微細構造に関する励起状態の全角運動量量子数F’=3/2に遷移するときの第2の共鳴周波数から離調したレーザ光を生成することができる。
【0059】
本発明の上述したアスペクトによれば、狭線幅磁気光学トラップのトラップ力と原子の密度を向上させることができ、原子の冷却・トラップに要する時間を短縮することができる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は、原子のMOTに適用することができる。
【符号の説明】
【0061】
105,106…トラップ光、203…ゼーマン分裂線、204…F’=7/2レーザの周波数、205…原子、206…縮退しているときのエネルギー準位、400,418…レーザ装置、401,404…レーザ、402,405…アイソレータ、403,406…音響光学変調器、407…ミラー、408…ビームスプリッタ、409…真空容器、410,410…アンチヘルムホルツコイル、410a,410b…コイル、411…照射装置、412~417…トラップ光照射装置、419…プローブ光照射装置、420…検出装置、431…光ファイバ、432…集光レンズ、433…λ/4波長板。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9
図10
図11