(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】アミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する判定方法、アミロイド線維を形成するβシートタンパク質における凝集体の形成を制御する凝集制御剤のスクリーニング方法、アミロイド線維を形成可能なタンパク質のオリゴマーの合成方法、及び人工βシートタンパク質
(51)【国際特許分類】
C07K 14/00 20060101AFI20231121BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20231121BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20231121BHJP
【FI】
C07K14/00 ZNA
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
(21)【出願番号】P 2022122892
(22)【出願日】2022-08-01
(62)【分割の表示】P 2018168246の分割
【原出願日】2018-09-07
【審査請求日】2022-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】川野 竜司
(72)【発明者】
【氏名】清水 啓祐
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-116851(JP,A)
【文献】特開2015-002684(JP,A)
【文献】特表2010-531992(JP,A)
【文献】国際公開第2005/105998(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0178658(US,A1)
【文献】SERRA-BATISTE Montserrat et al.,Aβ42 assembles into specific β-barrel pore-forming oligomers in membrane-mimicking environments,Proceedings of the National Academy of Sciences,2016年09月27日,Vol.113, No.39,pp.10866-10871
【文献】川野竜司,ドロップレット型人工細胞膜によるチャネルタンパク質計測,生物物理,2015年,Vol.55, No.2,pp.077-080
【文献】KAWANO Ryuji et al.,Automated Parallel Recordings of Topologically Identified Single Ion Channels,Scientific Reports,2013年06月17日,Vol.3,Article No.1995
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 14/00-14/825
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2と配列同一性が
95%以上であり、オリゴマー形成能を有するタンパク質である、人工βシートタンパク質。
【請求項2】
(1)芳香族アミノ酸残基及び正電荷のアミノ酸残基を含む一方の末端部位と、
(2)芳香族アミノ酸残基及び負電荷のアミノ酸残基を含む他方の末端部位と、
(3)親水性アミノ酸残基と疎水性アミノ酸残基とが交互に配置された主骨格と、
を有する、請求項1に記載の人工βシートタンパク質。
【請求項3】
請求項1
又は請求項2に記載の人工βシートタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を
、経時的に測定された電流強度の電流経時変化データの波形に基づいて判定する工程を含
み、
前記存在状態は、単量体の形態、オリゴマーの形態、及び線維の形態のいずれかである、
アミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する判定方法
(ただし、ヒトを診断する方法を除く)。
【請求項4】
候補化合物と、請求項1又は請求項2に記載の人工βシートタンパク質とを接触させる工程と、
前記人工βシートタンパク質における凝集体の形成の有無を確認する工程
と、を含む、
アミロイド線維を形成するβシートタンパク質における凝集体の形成を制御する凝集制御剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
脂質二重膜により互いに分け隔てられる第一の溶液及び第二の溶液において、前記第一の溶液に、請求項1
又は請求項2に記載の人工βシートタンパク質の単量体を混合する混合工程を含
み、
前記混合工程の後に、脂質二重膜の存在下、前記第一の溶液と前記第二の溶液との間に電圧を印加する工程を更に含む、
アミロイド線維を形成可能なタンパク質のオリゴマーの合成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する判定方法、アミロイド線維を形成するβシートタンパク質における凝集体の形成を制御する凝集制御剤のスクリーニング方法、アミロイド線維を形成可能なタンパク質のオリゴマーの合成方法、及び人工βシートタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は、アミノ酸がペプチド結合で連結された高分子鎖である。この高分子鎖は、自発的に決められた形に折りたたまれ、立体構造を形成する。このタンパク質における立体構造が、タンパク質の機能や性質を左右することが多い。
【0003】
タンパク質の立体構造の一例として、アミロイド線維が挙げられる。アミロイド線維は、βシート構造を有するタンパク質(以下、「βシートタンパク質」とも称す)によって、線維状に形成された立体構造を有する。アミロイド線維は、βシートタンパク質が、何らかの刺激をきっかけにコンフォメーションを変化させて凝集することで形成される線維である。この線維の形態は、オリゴマーの形態を経て形成される。このアミロイド線維の前駆体となるオリゴマーは、神経細胞に対し細胞毒性を示す可能性が示唆されている。
【0004】
このアミロイド線維の形成過程で現れるオリゴマーを検出することが、細胞毒性の原因究明の解明には必要である。また、オリゴマーの形成挙動が把握できれば、予防や診断にも有効である。
【0005】
このため、アミロイド線維を形成するタンパク質におけるオリゴマー形態を特異的に検出するために種々の技術が開発されている。例えば、特許文献1及び特許文献2には、アミロイドβペプチドに対する抗体が開示されている。
【0006】
また、非特許文献1には、アミロイドβタンパク質の単量体、オリゴマー及び線維をそれぞれミセル化したものを予め調製し、これらと人工細胞膜である脂質二重膜との相互作用を電気化学的に検出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2010-531992号公報
【文献】特表2010-530227号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Montserrat Serra-Batiste 他, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, (America) September 27, 2016. 113 (39) p.10866-10871
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、アミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における種々の存在状態を電気化学的測定により識別しようとする試みは、これまでなかった。そこで、本発明の課題は、アミロイド線維を形成可能なタンパク質における脂質二重膜上の存在状態を判定する判定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、以下の手段により解決される。
【0011】
[1] 脂質二重膜により互いに分け隔てられる、測定試料を含む第一の溶液と第二の溶液との間に電圧を印加し、前記第一の溶液と第二の溶液との間を流れる電流の電流強度を経時的に測定し電流経時変化データを得る第一の工程と、
前記電流経時変化データの波形から前記測定試料に含まれるアミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する第二の工程と、
を含む、
アミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する判定方法。
【0012】
[2] 前記脂質二重膜は液滴接触法による脂質二重膜である、前記[1]に記載の判定方法。
【0013】
[3] 前記第一の工程において、前記第一の溶液及び第二の溶液の両方に、前記測定試料が含まれる、前記[1]又は[2]に記載の判定方法。
【0014】
[4] 前記アミロイド線維を形成可能なタンパク質はアミロイドβである、前記[1]~[3]のいずれか1項に記載の判定方法。
【0015】
[5] CPUと、メモリと、を備え、前記[1]~[4]のいずれか1項に記載の判定方法を含むプロセスによりアミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定するように構成された判定装置。
【0016】
[6] 前記[1]~[4]のいずれか1項に記載の判定方法を用いて、アミロイド線維を形成するβシートタンパク質における凝集体の形成の有無を確認する工程を含む、アミロイド線維を形成するβシートタンパク質における凝集体の形成を制御する凝集制御剤のスクリーニング方法。
【0017】
[7] 脂質二重膜により互いに分け隔てられる第一の溶液及び第二の溶液において、前記第一の溶液に、アミロイド線維を形成可能なタンパク質の単量体を、混合する混合工程を含む、アミロイド線維を形成可能なタンパク質のオリゴマーの合成方法。
【0018】
[8] 前記脂質二重膜は液滴接触法による脂質二重膜である、前記[7]に記載の合成方法。
【0019】
[9] 前記混合工程の後に、前記第一の溶液と前記第二の溶液との間に電圧を印加する工程を更に含む、前記[7]又は[8]に記載の合成方法。
【0020】
[10] 配列番号1又は配列番号2と配列同一性が80%以上であり、オリゴマー形成能を有するタンパク質である、人工βシートタンパク質。
【発明の効果】
【0021】
本発明の一実施形態によれば、アミロイド線維を形成可能なタンパク質における脂質二重膜上の存在状態を判定する判定方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本開示に係る判定方法に用いる分析装置の一例を示す概略断面図である。
【
図2】本開示に係る特定タンパク質の脂質二重膜上における波形の例である。
【
図3】本開示に係る脂質二重膜上における特定タンパク質の存在状態を判定する判定方法の一例を示すフローチャートである。
【
図4】本開示に係る判定装置を構成に含む判定装置の一例を示すブロック図である。
【
図5】配列番号1(SV14)のタンパク質の円偏光二色性スペクトルである。
【
図6】配列番号2(SV28)のタンパク質の円偏光二色性スペクトルである。
【
図7】実施例1における電流経時変化データである。
【
図8】実施例2における電流経時変化データである。
【
図9】実施例4における電流経時変化データである。
【
図10】実施例5における電流経時変化データである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施形態に制限されるものではない。以下の実施形態は例示的なものであって、その構成要素(要素ステップ等も含む)は、特に明示した場合を除き、必須ではない。数値及びその範囲についても同様であり、本発明を制限するものではない。また、本開示に係る技術的思想の範囲内において、当業者による様々な変更及び修正が可能である。
本開示において「~」を用いて示された数値範囲には、「~」の前後に記載される数値がそれぞれ最小値及び最大値として含まれる。
本開示中に段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示中に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において「工程」との語には、他の工程から独立した工程に加え、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の目的が達成されれば、当該工程も含まれる。
本開示において各成分は該当する物質を複数種含んでいてもよい。各成分に該当する物質が複数種存在する場合、各成分の含有率は、特に断らない限り、当該複数種の物質の合計の含有率を意味する。
また、本開示に記載された具体的かつ詳細な内容の一部又は全てを利用せずとも本発明を実施可能であることは、当業者には明らかである。また、本発明の側面をあいまいにすることを避けるべく、公知の点については詳細な説明又は図示を省略する場合もある。
また、図面における部材の大きさは概念的なものであり、部材間の大きさの相対的な関係はこれに制限されない。また、実質的に同一の機能を有する部材には全図面を通して同じ符号を付与し、重複する説明は省略する場合がある。
【0024】
[特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する判定方法]
本開示に係るアミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する判定方法は、脂質二重膜により互いに分け隔てられる、測定試料を含む第一の溶液と第二の溶液との間に電圧を印加し、前記第一の溶液と第二の溶液との間を流れる電流の電流強度を経時的に測定し電流経時変化データを得る第一の工程と、前記電流経時変化データの波形から前記測定試料に含まれるアミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する第二の工程と、を含む。本開示に係る判定方法は、その他の工程を含んでいてもよい。
【0025】
本開示に係る「アミロイド線維を形成可能なタンパク質」は、「特定タンパク質」とも称す。
【0026】
本発明者らの知見によれば、特定タンパク質は、脂質二重膜の存在下でオリゴマー化する傾向がある。また、脂質二重膜の存在下における前記特定タンパク質の種々の存在状態(例えば、分枝間の相互作用の状態等)を電気化学的測定により識別できる。これらの知見に基づいて、上記判定方法が提供される。
【0027】
本開示に係る判定方法に用いる分析装置について図面を参照しながら説明する。
図1は、本開示に係る判定方法に用いる分析装置の一例を示す概略断面図である。
図1に示されるように、本開示に係る判定方法に用いる分析装置は、例えば、第一の溶液10と、第二の溶液20と、脂質単分子膜30ML1及び30ML2と、脂質二重膜30BLと、電圧印加手段40と、測定試料に含まれる特定タンパク質のオリゴマー50及び60と、を有する。また、第一の溶液10及び第二の溶液20には、電解質が含まれている。第一の溶液及び第二の溶液は、容器内に収容されている。なお、本開示に係る判定方法に用いる分析装置としては、特開2012-81405、特開2014-100672等で開示されている分析装置が挙げられる。
【0028】
脂質単分子膜30ML1は、第一の溶液10の中に含まれている。脂質単分子膜30ML2は、第二の溶液20の中に含まれている。脂質単分子膜30ML1と30ML2とが、接触した接触面に、脂質二重膜30BLが形成されている。第一の溶液10及び第二の溶液20は、脂質二重膜30BLによって互いに隔てられている。
【0029】
電圧印加手段40は、第一の溶液10及び第二の溶液20それぞれに連結し、第一の溶液10と第二の溶液20との間に(つまり、脂質二重膜30BLを介する)電圧を印加できるようになっている。図示はしていないが、電圧印加手段40における第一の溶液10及び第二の溶液20に連結しているそれぞれの先端には、電極が備えられている。また、電圧印加手段40は、電源と電気的に接続されていてもよい。電圧印加手段40は、電圧計と電気的に接続されていてもよい。
【0030】
以下、各工程について詳細に説明する。
【0031】
(第一の工程)
本開示に係る判定方法は、第一の工程を含む。
第一の工程では、脂質二重膜により互いに分け隔てられる、測定試料を含む第一の溶液と第二の溶液との間に電圧を印加し、前記第一の溶液と第二の溶液との間を流れる電流の電流強度を経時的に測定し電流経時変化データを得る。
【0032】
本開示に係る測定試料は、特定タンパク質を含む。
測定試料に対し、本開示に係る判定方法を用いると、測定試料における特定タンパク質の脂質二重膜上の存在状態を判定することができる。
【0033】
測定試料は、固体であっても液体であってもよい。測定試料が固体の場合、例えば、該固体を溶液媒体に懸濁、分散又は溶解した希釈液を使用することが好ましい。溶液媒体としては、特に限定されず、例えば、水、緩衝液等が挙げられる。
【0034】
測定試料としては、例えば、ヒト、非ヒト動物(ヒトを除く哺乳類等)等の検査対象に由来するサンプルが挙げられる。
上記検査対象に由来するサンプルとしては、例えば、生体由来の検体等が挙げられる。生体由来の検体としては、特に限定されず、尿、血液、唾液等が挙げられる。血液検体としては、例えば、赤血球、全血、血清、血漿等が挙げられる。
検査対象から得られたサンプルは、液体であってもよく、固体であってもよい。例えば、検査対象から得られたサンプルの未希釈液をそのまま使用してもよいし、該サンプルを媒体に、懸濁、分散又は溶解した希釈液を使用してもよい。検査対象から得られたサンプルが固体の場合、例えば、検体を溶液媒体に懸濁、分散又は溶解した希釈液を液体検体として使用することが好ましい。溶液媒体としては、特に限定されず、例えば、水、緩衝液等が挙げられる。このようにして得られた液体検体を、測定試料を含む第一の溶液として、又は第一の溶液に添加して上記の判定方法において用いることができる。なお、後述の様に、第一の溶液と同様な測定試料を含む溶液を、第二の溶液として用いてもよい。
【0035】
第一の溶液に含まれる特定タンパク質の濃度は、特に限定されず、適宜設定してよい。例えば、測定試料中に特定タンパク質が含まれている場合、前記特定タンパク質のオリゴマーを好適に形成させる観点から、特定タンパク質の濃度は、100nmol/L以上1000μmol/L以下であることが好ましく、100nmol/L以上500μmol/L以下であることがより好ましく、1μmol/L以上100μmol/L以下であることが更に好ましい。
【0036】
特定タンパク質の形態は、単量体であってもオリゴマーであっても線維であってもよい。
【0037】
特定タンパク質の種類は、アミロイド線維を形成可能なタンパク質であれば、特に限定されない。特定タンパク質としては、例えば、アミロイドβ、タウ、プリオン、ポリグルタミンペプチド、ハンチンチン、α-シヌクレイン、インスリン、TDP-43(TAR DNA-binding protein 43)等のβシート構造を有するタンパク質が挙げられる。
【0038】
例えばインスリンは、加熱等の処理により、アミロイド線維を形成する特定タンパク質の一例である。また、TDP-43は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に罹患した患者の脳に蓄積されるタンパク質であり、近年、アミロイド線維を形成可能であることが知られているタンパク質の一つである。
【0039】
βシート構造を有するタンパク質とは、隣り合ったペプチド鎖の間で水素結合が形成される、二次構造がシート状の形態を有するタンパク質である。前記タンパク質が複数のサブユニットから形成されている場合、前記サブユニットの一部がβシート構造を有するものであればよい。なお、βシートタンパク質間、すなわち、隣り合うポリペプチド鎖の向きは特に制限されない。
【0040】
上記の中でも、特定タンパク質は、アミロイドβであることが好ましい。
【0041】
特定タンパク質は、人工βシートタンパク質であってもよい。
特定タンパク質としての人工βシートタンパク質は、オリゴマー化あるいはアミロイド線維形成におけるモデルタンパク質として、脂質二重膜上における特定タンパク質の存在状態の判定に使用することができる。また、特定タンパク質としての人工βシートタンパク質は、オリゴマー化等の分析のために使用することができる。
【0042】
前記人工βシートタンパク質は、オリゴマー形成能を有し、且つ、配列番号1又は配列番号2と配列同一性が80%以上であるタンパク質であってもよい。
前記人工βシートタンパク質が、配列番号1又は配列番号2と配列同一性が80%以上であると、オリゴマーを安定的に形成する傾向にある。
【0043】
本明細書においてアミノ酸配列の配列同一性とは、対象とする2つのタンパク質間のアミノ酸配列の配列同一性をさし、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて作成されたアミノ酸配列の最適なアラインメントにおいて一致するアミノ酸残基の割合(%)によって表される。
アミノ酸配列の配列同一性は、同一性と同様に視覚的検査及び数学的計算により決定することができ、当業者に周知の配列同一性検索プログラム(例えば、BLAST、PSI-BLAST、HMMER)や、遺伝情報処理ソフトウェア(例えば、GENETYX[登録商標])などを用いて算出することができる。本明細書におけるアミノ酸配列の配列同一性は、具体的には、GENETYX[登録商標]ネットワーク版ver. 11.1.3(株式会社ゼネティックス)を用い、Protein vs Protein Global Homologyを初期設定の条件(Unit size to compareを2に設定する)で求めることができる。
【0044】
本開示に係る脂質二重膜は、特に限定されず、適宜公知の製法により作製された脂質二重膜を適用してよい。例えば、脂質二重膜は、液滴接触法による脂質二重膜であることが好ましい。液滴接触法による脂質二重膜の作製方法としては、特開2012-81405、特開2014-100672等に記載された作製方法を適用してよい。
【0045】
液滴接触法は、脂質を含む液滴同士を接触させ、これにより前記液滴同士の接触面において脂質二重膜を形成する方法である。また、液滴同士が接触していない面には、脂質単分子膜が形成されている。そのため、液滴接触により作製される脂質二重膜は、電圧の印加により特定タンパク質のオリゴマーが、脂質二重膜に入り込み、脂質二重膜上に空孔部を形成したとしても、脂質単分子膜による支えがある分、他の製法により作製される脂質二重膜よりも、脂質二重膜がより安定的に存在し易い傾向にある。その結果、脂質二重膜に電圧を長時間(例えば、120分以上)印加しても、脂質二重膜は壊れ難く、より長時間の経時的測定が可能になると考えられる。例えば、長時間の測定が必要となりうる単量体の形態からオリゴマーの形態へと経時的に変化するまでの過程を判定すること;オリゴマーの形態から線維の形態へと経時的に変化するまでの過程を判定すること等ができると考えられる。
【0046】
脂質二重膜を形成する脂質としては、室温において安定的に脂質二重膜を形成可能であれば特に限定されず、適宜好適な脂質を用いてもよい。脂質二重膜を形成する脂質としては、例えば、ジフタノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPhPC)、1,2―ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPPC)、1,2―ジミリストイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DMPC)、ジフィタノイルホスファチジルエタノールアミン(DPhPE)、1,2―ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DSPC)、1,2―ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DPPE)、1,2―ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DOPE)等のリン脂質が挙げられる。上記の中でも、脂質二重膜を形成する脂質としては、室温においてより安定な脂質二重膜を得る観点から、相転移温度の高いジフタノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPhPC)が好ましい。なお、脂質二重膜は、必要に応じてコレステロール等のステロイド化合物を含んで構成されていてもよい。
【0047】
第一の溶液は、測定試料を含む。より効率的にオリゴマー化を観測する観点から、第二の溶液も測定試料を含んでいてもよい。
【0048】
第一の溶液及び第二の溶液は、第一の溶液と第二の溶液との間に流れる電流を観測することができれば、特に限定されず、適宜好適な電解液を適用してよい。電解液に含まれる電解質の種類としては、KCl、NaCl等が挙げられる。電解質は1種単独であっても2種以上の併用であってもよい。
電解液を用いる場合、電解質の濃度は、十分な電流強度を得る観点から、例えば、10μM以上10M以下であることが好ましく、50μM以上1M以下であることがより好ましく、100μM以上300mM以下であることが更に好ましい。なお、電解質が2種以上存在する場合、上記電解質の濃度は、2種以上の電解質における濃度の和を指す。
【0049】
第一の溶液及び第二の溶液の種類は、特定タンパク質の分析が可能であれば、特に限定されず、適宜好適な溶液を用いてよい。第一の溶液及び第二の溶液は、測定試料の含有の有無以外については同じ溶液であることが好ましく、どちらも測定試料を含む同じ溶液であることがより好ましい。
【0050】
例えば、特定タンパク質がアミロイドβである場合、第一の溶液及び第二の溶液としては、pHを6.0以上8.0以下に調整するpH緩衝溶液を用いてもよい。pH緩衝溶液に含まれるpH緩衝剤としては、特に限定されないが、例えば、りん酸(りん酸水素二ナトリウム、りん酸水素カリウム等、PBS)、2-モルホリノエタンスルホン酸(MES)、3-モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)、ピペラジン-N,N'-ビス(2-エタンスルホン酸)(PIPES)、2-〔4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル〕エタンスルホン酸(HEPES)、2-ヒドロキシ-3-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]プロパンスルホン酸(HEPPSO)、及び3-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]プロパンスルホン酸(EPPS)などが挙げられる。上記の中でも、りん酸水素二ナトリウム、りん酸水素カリウム等のりん酸を用いたPBS緩衝溶液であることが好ましい。
【0051】
第一の溶液及び第二の溶液は、容器又はウェル等に収容されていることが好ましい。
【0052】
第一の溶液及び第二の溶液の間に電圧を印加する方法は、第一の溶液及び第二の溶液の間に電圧を経時的に印加することができれば、特に限定されない。例えば、第一の溶液及び第二の溶液それぞれに電極を設け、これら2つの電極を通じて電圧を印加していてもよい。また、該電極は、電源及び電圧を制御する制御装置と電気的に接続されていてもよい。該電極は、電流経時変化データを得るモニタリング装置と電気的に接続されていてもよい。
【0053】
第一の溶液及び第二の溶液の間に印加する電圧は、特定タンパク質の分析が可能であれば、特に限定されない。例えば、特定タンパク質の単量体(特に、人工βシートタンパク質の単量体)がオリゴマー化する過程を短くしつつも、オリゴマー化を判定しやすくする観点から、第一の溶液及び第二の溶液の間に印加する電圧は、10mV以上400mV以下であることが好ましく、30mV以上300mV以下であることがより好ましく、50mV以上250mV以下であることが更に好ましい。
【0054】
(第二の工程)
本開示に係る判定方法は、第二の工程を含む。
第二の工程では、前記電流経時変化データの波形から前記測定試料に含まれるアミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する。
【0055】
「電流経時変化データの波形から前記測定試料に含まれる脂質二重膜上における特定タンパク質の存在状態を判定する」とは、脂質二重膜上において、特定タンパク質が、単量体の形態、オリゴマーの形態及び線維の形態の、どの形態をとっているかを判定することを表す(以下、単に「特定タンパク質の形態の判定」とも称す)。
【0056】
本開示に係る判定方法では、電流経時変化データの波形に基づいて、単量体の形態、オリゴマーの形態、及び線維の形態を判定できる。また、単量体における特定の形態同士を判別できる。
【0057】
図2に、本開示に係る特定タンパク質の脂質二重膜上における単量体の形態、オリゴマーの形態及び線維の形態における波形の例を示す。特定タンパク質が、脂質二重膜上において単量体の形態をとる場合、電流経時変化データの波形としては、例えば、脂質二重膜上における単量体の存在する形態に応じてErratic、Spike、Multi-level、Flicker及びSquare-topの少なくとも5種類の波形をとる。
【0058】
特定タンパク質を含む前の第一の溶液と第二の溶液との間に電圧を印加した際に観測される電流強度を、ベースラインと称す。
【0059】
図2(1)に示すように、Erraticである波形とは、電流強度が、ベースラインにおける電流強度から細かい振動を繰り返しながらも徐々に上昇し、その後、細かい振動を繰り返しながらも徐々に減少していく波形を表す。
【0060】
図2(1)に示すように、Spikeである波形とは、ベースラインにおける電流強度から、電流強度が急激に上昇し、その後すぐにベースライン近辺へと、電流強度が急激に減少する波形を表す。
【0061】
図2(1)に示すように、Multi-levelである波形とは、ベースラインにおける電流強度から、電流強度が急激に上昇し、上昇した状態のまま、電流値が不規則なノイズ状に変動し、その後、ベースラインにおける電流強度と同範囲まで急激に減少する波形を表す。
【0062】
「電流強度が急激に上昇又は低下する」とは、例えば、前記ベースラインの電流強度に対して、電流強度の変化量が、予め定められた閾値を上回る又は下回る場合、電流強度が急激に上昇又は低下している、と判定してよい。前記閾値は、任意の値であってよく、好ましくはベースラインにおける電流強度の50%以上、より好ましくは100%以上である。
【0063】
図2(1)に示すように、Flickerである波形とは、電流強度の高低が同程度の範囲である複数の矩形状の波形を表す。
【0064】
「複数の矩形上の波形における電流強度の高低が同程度の範囲である」とは、例えば、それぞれの矩形状の波形同士における、電流強度の最高値及び最低値の差の絶対値における変動幅が、予め定めた閾値を下回る場合、複数の矩形状の波形における電流強度の高低が同程度の範囲である、と判定してよい。前記閾値は、任意の値であってよく、好ましくは電流強度の最高値及び最低値の差の絶対値における変動幅の算術平均値の±10%以下、より好ましくは±5%以下である。
【0065】
図2(1)に示すように、Square-topである波形とは、電流強度の高低が無作為である複数の矩形状の波形を表す。
【0066】
「複数の矩形状の波形における電流強度の高低が無作為である」とは、例えば、それぞれの矩形状の波形同士における、電流強度の最高値及び最低値の差の絶対値における変動幅が、予め定めた閾値を上回る場合、複数の矩形状の波形における電流強度の高低が無作為である、と判定してよい。前記閾値は、任意の値であってよく、好ましくは電流強度の最高値及び最低値の差の絶対値における変動幅の算術平均値の±10%以下、より好ましくは±5%以下である。
【0067】
特定タンパク質が、脂質二重膜上においてオリゴマーの形態をとる場合、電流経時変化データの波形としては、
図2(2)に示すように、Step-upの波形をとる。Step-upである波形とは、電流強度が階段状に上昇する波形を表す。
【0068】
特定タンパク質が、脂質二重膜上において線維の形態をとる場合、電流経時変化データの波形としては、
図2(3)に示すように、No-signalの波形をとる。No-signalである波形とは、電流強度が前記ベースラインにおける電流強度と同範囲である波形を表す。
【0069】
以下、
図3に示すフローチャートに基づいて、脂質二重膜上における特定タンパク質の存在状態を判定する方法の一例について説明する。
図3に示すように、まず、ステップS00で電流経時変化データを得る。次に、ステップS10において、「電流強度が急激に上昇又は低下するか否か」を判断する。ステップS10が否定される場合、ステップS11に進む。ステップS10が肯定される場合、ステップS12に進む。
【0070】
ステップS11では、「電流強度が、ベースラインの電流強度と同程度の範囲であるか否か」を判断する。ステップS11が肯定される場合、ベースラインの波形を有すると判定する。ステップS11が否定される場合、単量体における第一の形態に特徴的な波形の一つであるErraticな波形を有すると判定してよい。
【0071】
ステップS12では、「電流強度と測定時間との関係を表すグラフにおいて、近似直線の傾きが20ms以内で正から負に変化するか否か」を判断する。ステップS12が肯定される場合、単量体における第二の形態に特徴的な波形の一つであるSpikeな波形を有すると判定してよい。ステップS12が否定されると、ステップS13に進む。
【0072】
ステップS13では、電流強度が急激に上昇し、上昇した状態のまま、電流値が不規則なノイズ状に変動し、その後、ベースラインにおける電流強度と同範囲まで急激に減少するまでの電流経時変化データにおいて、「電流値の分布がガウス分布を示すか否か」を判断する。ステップS13が否定される場合、単量体における第三の形態に特徴的な波形の一つであるMulti-levelな波形を有すると判定してよい。ステップS13が肯定される場合、ステップS14に進む。
【0073】
ステップS14では、「1s以上経過しても電流強度が低下しないか否か」を判断する。ステップS14が肯定される場合、オリゴマーの形態において特徴的なStep-upの波形を有すると判定してよい。ステップS14が否定される場合、ステップS15に進む。
【0074】
ステップS15では、「電流強度の2状態遷移が繰り返されているか否か」を判断する。ステップS15が肯定される場合、単量体において第四の形態に特徴的な波形の一つであるFlickerの波形を有すると判定してよい。ステップS15が否定される場合、単量体における第五の形態に特徴的な波形の一つであるSquare-topの波形を有すると判定してよい。
【0075】
電流経時変化データにおいて、例えば、オリゴマーの形態に由来するStep-upの波形が観測された後、Step-upの波形における電流強度から、一定時間(例えば、300s以上)以上経過しても電流強度が変化しない場合、特定タンパク質は、脂質二重膜上において線維の形態をとっていると判定してもよい。
【0076】
単量体における第一の形態~第五の形態は、脂質二重膜上における単量体の存在状態という点で異なると考えられる。本開示に係る特定タンパク質の判定方法によれば、電流経時変化データの波形に基づいて、単量体が、脂質二重膜上においてどの形態をとるかを判定することができる。
【0077】
なお、本開示において「単量体の形態」とは、「オリゴマーの形態」となるまで過程において、複数の1量体が不安定的に集合し2量体以上の形態をとっている形態も含める。
【0078】
例えば、神経細胞に対する細胞毒性の機構に資する観点から、特定タンパク質の単量体を測定試料として選択し、単量体における第一の形態~第五の形態に特徴的な波形から、オリゴマーの形態に特徴的な波形へと経時的に変化するまでの過程をモニターしてもよい。このようなモニタリングのためには、前記脂質二重膜として液滴接触法による脂質二重膜を用いることが好ましい。これは、長時間の電圧の印加に対しても脂質二重膜がより安定的であるためである。
【0079】
前記電流経時変化データの波形から特定タンパク質の形態を判定する方法は、特に限定されず、予め形態が既知である特定タンパク質を標準試料として用いて波形の形状を直接比較する方法であってもよく、フローチャート式で波形を帰属する方法であってもよい。
【0080】
特定タンパク質の形態の判定方法は、特定タンパク質の単量体、オリゴマー及び線維のそれぞれを判定することができれば、特に限定されず、目視による波形の識別であっても、後述するCPUとメモリとを備える判定装置による波形の識別であってもよい。
【0081】
[特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定するように構成された判定装置]
本開示に係る特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定するように構成された判定装置は、CPUと、メモリと、を備え、脂質二重膜により互いに分け隔てられる、測定試料を含む第一の溶液と第二の溶液との間に電圧を印加し、前記第一の溶液と第二の溶液との間を流れる電流の電流強度を経時的に測定して得られる電流経時変化データにおける波形から、アミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定すること、を含むプロセスにより特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定するように構成されている。
【0082】
図4には、本開示に係る判定装置の一例としての判定装置100のブロック図を示す。
図4に示すように、判定装置100は、CPU(Central Processing Unit)101、ROM(Read Only Memory)102、RAM(Random Access Memory)103、不揮発性メモリ104、及び入出力インターフェース(I/O)106がバス105を介して互いに接続された構成を有している。I/O106は、イントラネット110を介して電流強度経時変化測定機器120に接続されている。
【0083】
特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態の判定処理を実行させるプログラムは、例えば、不揮発性メモリ104にあらかじめ記憶させておくことができる。その場合、CPU101は、不揮発性メモリ104に記憶された特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態の判定処理を実行させるプログラムを読み込んで実行する。また、CD-ROM等の記憶媒体に、特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態の判定処理を実行させるプログラムを記録し、これをCD-ROMドライブ等で読み込んで実行してもよい。
【0084】
電流強度経時変化測定機器120としては、
図1に示された分析装置を用いることができる。また、特開2012-81405、特開2014-100672等に記載の分析装置を用いることもできる。
電流強度経時変化測定機器120で得られた電流強度経時変化データは、イントラネット110を介して判定装置100に送信される。前記電流強度経時変化データに対してCPU101により、
図3に示すフローチャートに従い、脂質二重膜上における特定タンパク質の存在状態を判定する。なお、
図3に示すフローチャートにおける分岐内容及び判定基準は、単なる例示であって、特定タンパク質の種類及び濃度、第一の溶液及び第二の溶液に含まれる電解液の濃度などに基づいて、適宜設定してよい。
【0085】
得られた電流経時変化データにおける波形は、不揮発性メモリ104にあらかじめ記憶された、特定タンパク質の特定の形態を示す所与のデータと照合することにより、測定試料内に存在する特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定してもよい。
【0086】
上記の判定結果は、I/O106に接続したモニター等の表示装置130に出力して表示してもよい。なお、判定する対象は、特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態に限定されず、特定タンパク質の存在量を含むものであってもよい。例えば、各形態に特徴的な波形の頻度などを基にして、このような判定が可能となる。
【0087】
図4においては、電流強度経時変化データは、イントラネット110を介して送信されているが、判定装置100は電流強度経時変化測定機器120に直結して一つの装置を形成していてもよい。あるいは、判定装置100は、電流強度経時変化測定機器120と共に、特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する判定システムを構成していてもよい。
【0088】
また、本開示によれば、特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する処理をコンピュータに実行させるコンピュータプログラムであって、前記処理が、以下を含むコンピュータプログラムが提供される:
脂質二重膜により互いに分け隔てられる、測定試料を含む第一の溶液と第二の溶液との間に電圧を印加し、前記第一の溶液と第二の溶液との間を流れる電流の電流強度を経時的に測定して得られる電流経時変化データにおける波形から、アミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する工程。
【0089】
本開示に係る判定装置におけるメモリ及びCPUとしては、特に限定されず、適宜好適な公知のものを適用してよい。
【0090】
[特定タンパク質における凝集体の形成を制御する凝集制御剤のスクリーニング方法]
本開示に係る特定タンパク質における凝集体の形成を制御する凝集制御剤のスクリーニング方法は、先述の特定タンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する判定方法を用いて、アミロイド線維を形成するβシートタンパク質における凝集体の形成を確認する工程を含む。本開示に係る凝集制御剤のスクリーニング方法は、その他の工程を含んでいてもよい。
【0091】
本開示に係る判定方法を、凝集制御剤のスクリーニング方法に用いることで、特定タンパク質における凝集体の形成を、単量体の形態から経時的に追跡することができるため、凝集制御能の高い凝集制御剤のスクリーニングを効率的に行うことができる。
【0092】
前記凝集制御剤のスクリーニング方法としては、本開示に係る判定方法を用いること以外は、公知の方法をそのまま適用してよい。
【0093】
前記凝集制御剤のスクリーニング方法としては、例えば以下の工程を含んでなることができる。
(a)候補化合物と、特定タンパク質とを接触させる接触工程、
(b)前記接触工程後に、特定タンパク質の凝集状態を本開示に係る判定方法により判定する判定工程、
(c)前記判定工程の結果に基づいて、前記候補化合物が存在しない場合と比べて特定タンパク質の凝集が抑制されている場合に、前記候補化合物を特定蛋白質の凝集制御剤として選択する選択工程。
【0094】
前記候補化合物は、天然由来の化合物、天然由来の化合物の誘導体、有機合成化合物、無機化合物等のいずれであってもよい。
【0095】
なお、本開示に係る特定タンパク質における凝集体の形成を制御する凝集制御剤のスクリーニング方法は、オリゴマー化のみに限らず、単量体の形態(第一の形態~第五の形態)に基づいて凝集状態を判定してもよい。また、この場合、凝集の前段階となる前凝集状態の判定を含んでいてもよい。
【0096】
上記工程(c)において、例えば、所定時間内(例えば、60分)に、オリゴマーの形態に由来する波形が観測される頻度が、前記候補化合物が存在しない場合と比べて予め定められた割合以下となる場合、前記候補化合物が存在しない場合と比べて特定タンパク質の凝集が抑制されていると判定してもよい。前記割合は、100%未満の任意の値であってよく、好ましくは90%以下、より好ましくは80%以下である。
【0097】
[人工βシートタンパク質]
(人工βシートタンパク質の設計方法)
本開示によれば、配列番号1「DGSYSVSVSVSYGR」又は配列番号2「RGSYSVSVSVSYDSDGSYSVSVSVSYGR」と配列同一性が80%以上であり、オリゴマー形成能を有する人工βシートタンパク質が提供される。
【0098】
以下、配列番号1又は配列番号2と配列同一性が80%以上であり、オリゴマー形成能を有する人工βシートタンパク質を、合わせて、単に「人工βシートタンパク質」とも称す。
【0099】
人工βシートタンパク質は、例えば、以下の判定方法に使用することができる。すなわち、脂質二重膜により互いに分け隔てられる、測定試料を含む第一の溶液と第二の溶液との間に電圧を印加し、前記第一の溶液と第二の溶液との間を流れる電流の電流強度を経時的に測定し電流経時変化データを得る第一の工程と、前記電流経時変化データの波形から前記測定試料に含まれるアミロイド線維を形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する第二の工程と、を含む、アミロイドオリゴマーを形成可能なタンパク質の脂質二重膜上における存在状態を判定する判定方法。このような判定方法により、アミロイド線維を形成する前段階となるオリゴマーを形成するまでの形態を判定することもできる。
【0100】
配列番号1の人工βシートタンパク質(以下、「SV14」とも称す)に対する配列同一性は、80%以上であり、90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、100%(すなわち、配列番号1のタンパク質)であることが更に好ましい。
【0101】
配列番号2の人工βシートタンパク質(以下、「SV28」とも称す)に対する配列同一性は、80%以上であり、90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、100%(すなわち、配列番号2のタンパク質)であることが更に好ましい。
【0102】
人工βシートタンパク質は、例えば、アミロイドβ等のアミロイド線維を形成する天然のタンパク質の代わりに、モデルタンパク質として用いることができる。
【0103】
人工βシートタンパク質の設計方法は、配列番号1又は配列番号2に対する配列同一性が80%以上であれば、特に限定されず、適宜公知のアミノ酸配列を有していてもよい。
【0104】
人工βシートタンパク質の設計方法は、例えば、オリゴマーを効率的に形成するよう設計する観点から、
(1)芳香族アミノ酸残基及び正電荷のアミノ酸残基を含む一方の末端部位と、
(2)芳香族アミノ酸残基及び負電荷のアミノ酸残基を含む他方の末端部位と、
(3)親水性アミノ酸残基と疎水性アミノ酸残基とが交互に配置された主骨格と、
を有するように設計されることが好ましい。
【0105】
人工βシートタンパク質が、両末端に、芳香族アミノ酸残基を有すると、人工βシートタンパク質間でπ-πスタッキング等の相互作用が生じ易くなる傾向にある。その結果、人工βシートタンパク質が凝集した際に、βバレル構造が安定的に形成され易くなると考えられる。
【0106】
人工βシートタンパク質が、一方の末端部位に正電荷のアミノ酸残基を有し、且つ、他方の末端部位に負電荷のアミノ酸残基を有すると、人工βシートタンパク質を含む溶液系に電圧を印加した場合、人工βシートタンパク質の配向性がそろう傾向にある。その結果、βバレル構造が安定的に形成され易くなると考えられる。
【0107】
人工βシートタンパク質が、親水性アミノ酸残基と疎水性アミノ酸残基とが交互に配置された主骨格を有すると、設計したタンパク質が分子内水素結合によりβシート構造を効率的に形成し易くなると考えられる。また、人工βシートタンパク質の分子構造において、疎水性のアミノ酸残基が表面に露出した面が内側に配向し、且つ、親水性のアミノ酸残基が表面に露出した面が外側に配向し易くなる傾向にある。その結果、βバレル構造が形成され易くなると考えられる。
【0108】
人工βシートタンパク質における末端部位とは、タンパク質の1次構造における3’末端又は5’末端側から5残基以下を表す。
【0109】
人工βシートタンパク質における主骨格とは、タンパク質の1次構造における3’末端又は5’末端側から5残基以下のアミノ酸残基を除いたアミノ酸の配列を表す。
【0110】
芳香族アミノ酸残基の数は、人工βシートタンパク質間でπ-πスタッキング等の相互作用が生じるならば、特に限定されず、設計する人工βシートの長径に応じて適宜設計してよい。例えば、アミノ酸残基の数が10以上30以下の人工βシートタンパク質を設計する場合、末端部位に有する芳香族アミノ酸残基の数は、1以上3以下であることが好ましく、1以上2以下であることがより好ましく、1であることが更に好ましい。
【0111】
芳香族アミノ酸残基と電荷を有するアミノ酸残基との互いの位置関係は特に限定されない。例えば、電圧の印加により人工βシートタンパク質の配向性を好適にそろえる観点から、芳香族アミノ酸残基と電荷を有するアミノ酸残基とでは、電荷を有するアミノ酸残基の方が、より末端部位に位置することが好ましい。
【0112】
芳香族アミノ酸の種類は、例えば、チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン等が挙げられる。上記の中でも、芳香族アミノ酸の種類としては、チロシンが好ましい。
【0113】
正電荷のアミノ酸は、βシート構造を作製する溶液のpHよりも等電点が高い(塩基性側の)アミノ酸であればよい。例えば、前記βシート構造を作製する溶液が中性(pH7)である場合、正電荷のアミノ酸の種類としては、アルギニン、ヒスチジン、リシン
等が挙げられる。上記の中でも、正電荷のアミノ酸の種類としては、アルギニンが好ましい。
【0114】
負電荷のアミノ酸は、βシート構造を作製する溶液のpHよりも等電点が低い(酸性側の)アミノ酸であればよい。例えば、前記βシート構造を作製する溶液が中性(pH7)である場合、負電荷のアミノ酸の種類としては、アスパラギン酸、グルタミン酸等が挙げられる。上記の中でも、負電荷のアミノ酸の種類としては、アスパラギン酸が好ましい。
【0115】
疎水性のアミノ酸の種類としては、例えば、バリン、メチオニン、トリプトファン、プロライン、ロイシン、フェニルアラニン、イソロイシン、アラニン、グリシン等が挙げられる。上記の中でも、疎水性のアミノ酸の種類としては、バリンが好ましい。
【0116】
親水性のアミノ酸の種類としては、例えば、セリン、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、グルタミン、リジン、スレオニン、ヒスチジン、チロシン、システイン等が挙げられる。上記の中でも、親水性のアミノ酸の種類としては、セリンが好ましい。
【0117】
(人工βシートタンパク質の合成方法)
本開示に係る人工βシートタンパク質の合成方法は、特に限定されず、設計するアミノ酸配列に応じて、適宜公的な合成方法を選択してよい。
【0118】
例えば、合成途中に線維状態を形成させずに単量体のみを効率的に得る観点から、(1)アミノ酸配列の主鎖中に1つ以上のイソアシルジペプチド基を含む人工βシートタンパク質の前駆体を合成し、次に、(2)前記前駆体のエステル結合を、塩基性条件下においてペプチド結合へと転移させることで、目的とする人工βシートタンパク質を合成してもよい。
【0119】
人工βシートタンパク質の生成を確認する方法としては、円偏光二色性スペクトルを用いる。円偏光二色性スペクトルは、日本分光株式会社製の製品番号:J-820を用いて、MOPS溶液(濃度1mM、25℃)において測定する。このとき、人工βシートタンパク質は、リポソーム(リン脂質:DOPC)中に含ませ、測定する。なお、リポソームを調製における、配列番号1と配列同一性が80%以上である前記人工βシートタンパク質の濃度は、30μg/mLである。また、リポソームを調製における、配列番号2と配列同一性が80%以上である前記人工βシートタンパク質の濃度は、75μg/mLである。
【0120】
人工βシートタンパク質における単量体の形態、オリゴマーの形態、線維の形態それぞれを判定する方法としては、本開示に係る判定方法を適用してよい。
【0121】
[特定タンパク質におけるオリゴマーの合成方法]
本開示によれば、脂質二重膜により互いに分け隔てられる第一の溶液及び第二の溶液において、前記第一の溶液に、アミロイド線維を形成可能なタンパク質の単量体を、混合する混合工程を含む(以下、単に「混合工程」と称す)、アミロイド線維を形成可能なタンパク質におけるオリゴマーの合成方法が提供される。本開示に係る特定タンパク質におけるオリゴマーの合成方法は、その他の工程を含んでいてもよい。
【0122】
本開示に係るオリゴマーの合成方法における第一の溶液、第二の溶液及び脂質二重膜は、先述した脂質二重膜上における特定タンパク質の存在状態を判定する方法において記載した第一の溶液、第二の溶液及び脂質二重膜と同様のものを適用してよい。特に、脂質二重膜は、オリゴマーをより効率的に合成する観点から、先述の液滴接触法による脂質二重膜であることが好ましい。
【0123】
第一の溶液に特定タンパク質の単量体を混合する混合工程を含むと、前記単量体が脂質二重膜に入りこみ、この脂質二重膜において、前記単量体が経時的に凝集される傾向にある。その結果、特定タンパク質におけるオリゴマーが形成されると考えられる。
【0124】
混合工程では、溶液に特定タンパク質の単量体を混合する。
【0125】
前記溶液に混合する特定タンパク質の単量体は、固体であっても、前記単量体を緩衝溶液等に溶解させた溶液であってもよい。
【0126】
前記溶液における特定タンパク質の濃度は、特に限定されず、合成したい特定タンパク質におけるオリゴマーの量に応じて適宜設定してよい。例えば、特定タンパク質におけるオリゴマーを効率的に合成する観点から、1μmol/L以上40μmol/L以下であることが好ましく、5μmol/L以上20μmol/L以下であることがより好ましく、5μmol/L以上15μmol/L以下であることが更に好ましい。
【0127】
混合工程では、オリゴマーをより効率的に合成する観点から、第一の溶液に加えて、第二の溶液に、特定タンパク質の単量体を混合してもよい。
【0128】
本開示に係る特定タンパク質におけるオリゴマーの合成方法は、合成する特定タンパク質の種類に応じて、前記混合工程の後に、前記第一の溶液と前記第二の溶液との間に電圧を印加する工程を更に含んでいてもよい。
【0129】
混合工程の後に、前記第一の溶液と前記第二の溶液との間に電圧を印加すると、特定タンパク質の単量体が効率的に凝集し、オリゴマーを形成する傾向にある。
【0130】
第一の溶液及び第二の溶液の間に印加する電圧は、50mV以上400mV以下であることが好ましく、50mV以上300mV以下であることがより好ましく、50mV以上250mV以下であることが更に好ましい。
【実施例】
【0131】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明は下記実施例により限定されるものではない。なお、特に断りがない限り「部」は「質量部」を意味する。
【0132】
-判定方法/特定タンパク質のオリゴマーの合成方法-
【0133】
(材料の準備)
(1)アミロイド線維を形成可能なタンパク質
・アミロイドβ1-42(ペプチド研究所株式会社製、製品番号:4307-v)
10μM、pH7.4のPBS緩衝溶液(Na2HPO4:8.1mM、KH2PO4:1.4mM、KCl:2.7mM、NaCl:137mM)
配列番号3:DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVVIA
【0134】
(2)人工βシートタンパク質:配列番号1のタンパク質の合成(SV14)
人工βシートタンパク質として、配列番号1のタンパク質(以下、「SV14」と称す)を合成した。
まず、固相合成法により、N’末端が9-フルオレニルメチルオキシカルボニル基(以下、「Fmoc」と称す)で保護された各アミノ酸を、順次C’末端側のアミノ酸から1個ずつ、(A)縮合反応により連結させる(工程(A))。次に、(B)連結されたペプチド鎖におけるN’末端のFmocを脱保護する(工程(B))。この工程(A)及び(B)を順次繰り返し、C’末端側から5残基目のアミノ酸残基までのペプチド鎖を合成した。次に、C’末端側から6残基目のセリンと7残基目のバリンとがエステル結合を介して連結したアミノ酸2量体であるイソアシルジペプチド化合物を挿入するために、C’末端側から5残基目のアミノ酸残基におけるN’末端のFmocを脱保護する工程(B)の後に、(C)イソアシルジペプチド化合物を挿入する工程を経た。その後、工程(B)を経た後、再び工程(A)及び(B)を順次繰り返し、残りのペプチド鎖を合成していく。全てのペプチド鎖を合成した後、最後に、(D)アセチル化する工程と、工程(B)と、(E)合成したペプチド鎖を樹脂から切断する工程と、を経て、SV14の前駆体を得た。
得られたSV14の前駆体について、(F)塩基性条件下によりペプチド結合を形成する工程を行うことにより、目的とするSV14を合成した。各工程(A)~(F)の詳細を下記に示す。
【0135】
(A)縮合反応により連結させる工程
N’末端が9-フルオレニルメチルオキシカルボニル基(以下、「Fmoc」と称す)で保護されたアミノ酸10当量と、1-[ビス(ジメチルアミノ)メチレン]-1H-ベンゾトリアゾリウム3-オキシドヘキサフルオロホスファート(HBTU)10当量と、1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)10当量と、N,N-ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA)15当量と、を溶媒NMPに溶解させ、前記溶液を、ポリエチレングリコール鎖を有する樹脂(渡辺化学社製、Fmoc-NH―SAL-PEG Resin)681.82mgと混合し、室温(25℃)で30分間反応させた。その後、前記樹脂を溶媒NMPで洗浄した。この縮合反応により、Fmocで保護されたアミノ酸を連結させる工程を、2回繰り返し行った。
なお、2残基目以降については、既にアミノ酸又はペプチド鎖が結合した前記ポリエチレングリコール鎖を有する樹脂を用いて、同様にしてFmoc保護アミノ酸の連結を行った。
【0136】
(B)連結されたペプチド鎖におけるN’末端のFmocを脱保護する工程
C’末端側から5残基目までのペプチド鎖合成におけるFmocの脱保護では、工程(B-1)を用いた。工程(C)で樹脂-ペプチド鎖に連結したイソアシルジペプチド化合物におけるFmocの脱保護は、工程(B-2)を用いた。上記以外のアミノ酸残基におけるFmocを脱保護する工程では、前記工程(B-3)を用いた。
【0137】
(B-1):前記樹脂をNMPで洗浄し、前記樹脂を25%ピペリジンのNMP溶液に懸濁させ、室温(25℃)で4分間反応させることで、Fmocを除去した。このFmoc脱保護の工程を、2回繰り返し行った。
【0138】
(B-2):前記樹脂をNMP/DMSOの1/1溶液で洗浄し、前記樹脂を、2v/v%のヘキサメチレンイミン、25%1-メチルピペリジン及び3w/v%HOBtのNMP/DMSOの1/1溶液に懸濁させ、室温(25℃)で4分間反応させることで、Fmocを除去した。このFmoc脱保護の工程を、2回繰り返し行った。
【0139】
(B-3):前記樹脂をNMP溶液で洗浄し、前記樹脂を、25%1-メチルピペリジン及び1w/v%HOBtのNMP溶液に懸濁させ、室温(25℃)で4分間反応させることで、Fmocを除去した。このFmoc脱保護の工程を、2回繰り返し行った。
【0140】
(C)イソアシルジペプチド結合を挿入する工程
SV14では、C’末端側から6残基目のセリンと7残基目のバリンとがエステル結合を介して連結したアミノ酸2量体であるイソアシルジペプチド化合物「NH2-CH(i-C3H7)-C(=O)-O-CH2-CH(NH2)-C(=O)-OH」を挿入させた。具体的に、前記樹脂を、イソアシルジペプチド化合物4当量、HOBtのクロロホルム溶液4当量、N,N’-ジイソプロピルカルボジイミド(DIPCDI)4.4当量及びクロロホルムの混合溶液に懸濁させ、室温(25℃)で2時間反応させた。なお、DIPCDIは、モレキュラーシーブ(3Å)により脱水したものを使用した。
【0141】
(D)アセチル化する工程
上記工程(B)又は(C)を経た前記樹脂を、無水酢酸のNMP溶液20当量と、N,N-ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA)10当量とを混合した混合液に懸濁させ、室温(25℃)で30分間反応させた。
【0142】
(E)合成したペプチド鎖を樹脂から切断する工程
上記工程を経た前記樹脂を、トリフルオロ酢酸(TFA)12mLと、m-cresol0.3mL、thioanisol0.3mL、蒸留水(milliQ)0.3mLとを混合した混合液に懸濁させ、室温(25℃)で30分間反応させた。その後、前記樹脂をろ過により除去し、ろ液を濃縮することで、SV14の前駆体を得た。
【0143】
(F)塩基性条件下によりペプチド結合を形成する工程
上記で得られたSV14の前駆体と、終濃度100mM水酸化ナトリウム水溶液と、を混合し、室温(25℃)で5分間反応させた。その後、HClで前記反応液を中和させることで、目的とするSV14を得た。
【0144】
得られたSV14は、円偏光二色性スペクトルにより、リポソーム(リン脂質:DOPC)のMOPS溶液(濃度1mM、25℃)存在下で、ペプチドの二次構造がβシート構造であることを確認した(
図5参照)。なお、リポソーム溶液中におけるSV14の濃度等は、30μg/mLとした。
【0145】
(3)人工βシートタンパク質:配列番号2のタンパク質の合成(SV28)
前記工程(A)及び(B)を順次繰り返し、C’末端側から5残基目のアミノ酸残基までのペプチド鎖を合成した。次に、C’末端側から6残基目のバリン及び7残基目のセリンとして、先述のアミノ酸2量体であるイソアシルジペプチド化合物を挿入するために、C’末端側から5残基目のアミノ酸残基におけるN’末端のFmocを脱保護する工程(B)の後に、工程(C)を経た。その後、工程(B)を経た後、再び工程(A)及び(B)を順次繰り返し、C’末端側から19残基目のアミノ酸残基までのペプチド鎖を合成した。
次に、C’末端側から20残基目のセリン及び21残基目のバリンとして、先述のアミノ酸2量体であるイソアシルジペプチド化合物を挿入するために、C’末端側から19残基目のアミノ酸残基におけるN’末端のFmocを脱保護する工程(B)の後に、工程(C)を経た。その後、工程(B)を経た後、再び工程(A)及び(B)を順次繰り返し、全てのペプチド鎖を合成した。全てのペプチド鎖を合成した後、最後に、(D)アセチル化する工程と、工程(B)と、(E)合成したペプチド鎖を樹脂から切断する工程と、を経て、SV28の前駆体を得た。
得られたSV28の前駆体について、(F)塩基性条件下によりペプチド結合を形成する工程を行うことにより、目的とするSV28を合成した。各工程(A)~(F)の詳細は上記の通りである。
【0146】
なお、SV28の前駆体の固相合成における工程(B)では、C’末端側から5残基目までのペプチド鎖合成におけるFmocの脱保護では、前記工程(B-1)を用いた。C’末端側から6~7残基目及び20~21残基目の前記アミノ酸2量体におけるFmocを脱保護する工程では、前記工程(B-2)を用いた。上記以外のアミノ酸残基におけるFmocを脱保護する工程では、前記工程(B-3)を用いた。
【0147】
SV28の前駆体の固相合成における1回目の工程(C)では、まず、C’末端側から6~7残基目のアミノ酸残基として、先述のアミノ酸2量体であるイソアシルジペプチド化合物を挿入させた。
SV28の前駆体の固相合成における2回目の工程(C)では、C’末端側から20~21残基目のアミノ酸残基として、先述のアミノ酸2量体であるイソアシルジペプチド化合物を挿入させた。
【0148】
得られたSV28は、円偏光二色性スペクトルにより、リポソーム(リン脂質:DOPC)のMOPS溶液(濃度1mM、25℃)存在下で、ペプチドの二次構造がβシート構造であることを確認した(
図6参照)。なお、リポソーム溶液中におけるSV28の濃度等は、75μg/mLとした。
【0149】
(液滴接触法による脂質二重膜の作製)
特開2012-81405号公報を参照し、2つのウェルが微小な空孔部により連結しているチャンバーを作製した。次に、脂質であるジフタノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPhPC、Avanti Polar Lipids, Inc.)を溶解させたデカン溶液(20mg/mL)2.3μLずつを、各ウェルに加えた。次に、各ウェルに、4.7μLのリン酸緩衝液(PBS緩衝溶液、Na2HPO4:8.1mM、KH2PO4:1.4mM、KCl:2.7mM、NaCl:137mM)をマイクロピペットで加え、液滴を形成した。この状態で放置することにより、空孔部に脂質二重膜を形成した。形成した脂質二重膜により互いに隔てられたウェル中の溶液を、それぞれ第一の溶液及び第二の溶液とした。
【0150】
[実施例1]
測定試料として、10μLのアミロイドβ1-42のオリゴマーを含む溶液を、第一の溶液及び第二の溶液の両方に4.7μLずつ加えた。次に、第一の溶液から第二の溶液の方向へ+100mVの一定電圧を印加し、120分間の電流経時変化データを、Digidata 1440Aアナログ-デジタル変換器(Molecular Devices)を備えたClampex 9.0(Molecular Devices)を用いて、取得した。なお、サンプルレートは40Hz、ベッセルフィルターは7.9kHz、ゲイン値は3.3Gとし、Axopatch 200B Amplifier(Molecular Devices、San Jose、CA、USA)を用いて印加している電流を記録した。なお、アミロイドβのオリゴマーを含む溶液は、前記アミロイドβの単量体を含む溶液を、37℃4時間でインキュベートすることにより、オリゴマー化したものを使用した(
図7)。なお、前記インキュベートされたアミロイドβは、ウエスタンブロッティング法によりオリゴマー化されていることを予め確認した。
【0151】
[実施例2]
測定試料として10μLのアミロイドβ1-42の単量体を含む溶液を用いて、オリゴマーの形態が認められるまで測定を継続した以外は、実施例1と同様の操作により、電流経時変化データを得た(
図8)。
【0152】
[実施例3]
線維の形態が認められるまで測定を継続した以外は、実施例2と同様の操作により、電流経時変化データを得た。
【0153】
[実施例4]
測定試料を、10μLの配列番号1のタンパク質(人工βシートタンパク質:SV14)の単量体を含む溶液とし、且つ、第一の溶液から第二の溶液の方向へ印加する電圧を+200mVとした以外は、実施例1と同様の操作により、電流経時変化データを得た(
図9)。
【0154】
[実施例5]
測定試料を、10μLの配列番号2のタンパク質(人工βシートタンパク質:SV28)の単量体を含む溶液とし、且つ、第一の溶液から第二の溶液の方向へ印加する電圧を+200mVとした以外は、実施例2と同様の操作により、電流経時変化データを得た(
図10)。
【0155】
図7に示すように、実施例1における電流経時変化データでは、測定が2分程度経過した地点から、電流強度が階段状に上昇する波形、即ち、Step-upである波形が観測された。そのため、本波形から測定試料は、脂質二重膜上において、オリゴマーの形態であると判定した。
【0156】
図8に示すように、実施例2における電流経時変化データでは、測定が4分程度経過した地点から、電流強度の高低が同程度の範囲である複数の矩形状の波形、即ち、Flickerである波形が観測された。そのため、本波形から測定試料は、脂質二重膜上において単量体の形態が含まれると判定した。その後、測定が14分程度経過した地点からは、電流強度が階段状に上昇する波形、即ち、Step-upである波形が観測された。そのため、本波形から測定試料は、脂質二重膜上において、単量体の形態からオリゴマーの形態へと変化したと判定した。
【0157】
また、図示は省略するが、実施例3における電流経時変化データでは、測定開始直後から、Erratic、Spike及びMulti-levelである波形が観測された。そのため、本波形から測定試料は、脂質二重膜上において、複数の単量体の形態をとっていると判定した。また、測定が18分程度経過した地点で、前記複数の単量体の形態に由来する波形に加えて、Step-upである波形も、観測された。そのため、本測定試料は、脂質二重膜上において、複数の単量体の形態から、オリゴマーの形態へと経時的に変化したと判定した。その後、測定が23分程度経過した地点では、Step-upの波形における電流強度から、300秒以上経過しても電流強度が変化しない状態が観測された。そのため、本測定試料は、脂質二重膜上において、オリゴマーの形態から線維の形態へと更に変化したと判定した。
【0158】
また、
図9に示すように、人工βシートタンパク質であるSV14を測定試料として用いた実施例4における電流経時変化データにおいても、測定開始直後から、ベースラインにおける電流強度から、電流強度が急激に上昇し、その後すぐにベースライン近辺へと、電流強度が急激に減少する波形、即ち、Spikeである波形が観測された。さらに、測定が9分程度経過した地点からは、電流強度が、ベースラインにおける電流強度から細かい振動を繰り返しながらも徐々に上昇し、その後、細かい振動を繰り返しながらも徐々に減少していく波形、即ち、Erraticである波形が観測された。そのため、本波形から測定試料は、脂質二重膜上において、単量体の形態であると判定した。
【0159】
同様に、
図10に示すように、人工βシートタンパク質であるSV28を測定試料として用いた実施例5における電流経時変化データにおいても、測定が3分程度経過した地点で、電流強度が階段状に上昇する波形、即ち、Step-upである波形が観測された。そのため、本波形から測定試料は、脂質二重膜上において、オリゴマーの形態であると判定した。
【0160】
以上、
図7~
図10に示すように、本開示に係る判定方法によれば、脂質二重膜上における特定タンパク質の存在状態を、電流経時変化データから判定することができる。特に、液滴接触法による脂質二重膜を用いることで、より安定的に長時間の電圧印加が可能となり、脂質二重膜上における単量体の形態からオリゴマーの形態へと凝集する過程、及びオリゴマーの形態から線維の形態へと凝集する過程を、継時的に観測することができた。
【符号の説明】
【0161】
10 第一の溶液
20 第二の溶液
30BL 脂質二重膜
30ML1、30ML2 脂質単分子膜
40 電圧印加手段
50、60 特定タンパク質のオリゴマー
100 判定装置
101 CPU
102 ROM
103 RAM
104 不揮発性メモリ
105 バス
106 入出力インターフェース(I/O)
110 イントラネット
120 電流強度経時変化測定機器
130 表示装置
【配列表】