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特許7388427テラヘルツ光検出器、テラヘルツ測定装置およびテラヘルツ光の検出方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】テラヘルツ光検出器、テラヘルツ測定装置およびテラヘルツ光の検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3586 20140101AFI20231121BHJP
   G02F 1/39 20060101ALN20231121BHJP
【FI】
G01N21/3586
G02F1/39
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2021507398
(86)(22)【出願日】2020-03-18
(86)【国際出願番号】 JP2020012005
(87)【国際公開番号】W WO2020189722
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2021-09-17
(31)【優先権主張番号】P 2019053682
(32)【優先日】2019-03-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004112
【氏名又は名称】株式会社ニコン
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】徳久 章
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-237228(JP,A)
【文献】国際公開第2014/125729(WO,A1)
【文献】特開2016-085156(JP,A)
【文献】特開2013-068528(JP,A)
【文献】特開2012-230050(JP,A)
【文献】特開2014-029478(JP,A)
【文献】特開2018-036121(JP,A)
【文献】PALACI, J. et al,SOA-based optical processing for terahertz time-domain spectroscopy,Electronics Letters,2012年05月10日,Vol.48, No.10,p.593-594
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/958
G01J 1/00-1/60
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルス光を発生するパルスレーザーと、
可変利得の第1増幅器または光変調器により、前記パルスレーザーから射出された前記パルス光のエネルギーを制御する制御部と、
異常分散性を有し、前記制御部によりエネルギーが制御された前記パルス光が入射する光学部材と、
被測定物からのテラヘルツ光を受光し、前記光学部材を出射したパルス光が入射したときのテラヘルツ光の強度に依存した信号を出力する受光部と、
を備え、
前記光学部材は、前記制御部によりエネルギーが制御された入射パルス光にその光のエネルギーに応じた遅延時間を与え、
前記受光部は、検出タイミングを変えることにより、1つの被測定光の時間領域波形上の異なる位置をそれぞれ検出して信号を出力する、
テラヘルツ光検出器。
【請求項2】
請求項1に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記被測定物に対する前記パルス光の照射位置を変更する駆動機構
をさらに備え、
前記受光部は、前記駆動機構によって前記照射位置が変更されるごとに前記信号を出力するテラヘルツ光検出器。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記第1増幅器は、増幅用ファイバと前記増幅用ファイバを励起する励起光源とを有し、
前記制御部は、前記励起光源を制御して、前記第1増幅器の利得を制御するテラヘルツ光検出器。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記制御部は、前記パルス光を増幅する第2増幅器をさらに有し、
前記光変調器は、前記第2増幅器により増幅されたパルス光を変調するテラヘルツ光検出器。
【請求項5】
請求項1からまでのいずれか一項に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記光学部材は、光ファイバを含むテラヘルツ光検出器。
【請求項6】
請求項1から5までのいずれか一項に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記遅延時間を変化させることにより、前記被測定物からのテラヘルツ光が前記受光部に受光されるタイミングと、前記光学部材を出射したパルス光が前記受光部に入射するタイミングとの時間差を変化させ、
前記制御部は、異なる前記時間差において、それぞれ前記受光部から出力されるテラヘルツ光の強度に依存した信号に基づいて、前記信号の時間変化を検出するテラヘルツ光検出器。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか一項に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記受光部に受光されるテラヘルツ光は、被測定物を経由したテラヘルツ光であるテラヘルツ光検出器。
【請求項8】
請求項1から7までのいずれか一項に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記光学部材に入射するパルス光と、前記被測定物からのテラヘルツ光とは、時間軸上で相関を有するものである、テラヘルツ光検出器。
【請求項9】
請求項1から8までのいずれか一項に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記制御部は、前記光学部材に入射するパルス光のエネルギーの変化に伴う前記受光部における検出効率の変化を補正するテラヘルツ光検出器。
【請求項10】
請求項1から9までのいずれか一項に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記パルスレーザーで発生したパルス光の一部を分岐させる分岐部を備え、
前記分岐部で分岐した前記パルス光の一部は光導電部材に入射し、テラヘルツ光を発生させる、テラヘルツ光検出器。
【請求項11】
請求項10に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記分岐したパルス光が入射する第2光学部材を有し、
前記第2光学部材は異常分散性を有し、
前記制御部は、前記第2光学部材に入射する前記分岐したパルス光のエネルギーを制御し、
前記第2光学部材に入射した前記分岐したパルス光は、その光のエネルギーに応じた遅延時間をもって前記第2光学部材を出射し、
前記第2光学部材を出射したパルス光が前記光導電部材に入射すると、テラヘルツ光を発生する、テラヘルツ光検出器。
【請求項12】
請求項11に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記制御部は、前記光学部材に入射するパルス光のエネルギーと、前記第2光学部材に入射する前記分岐したパルス光のエネルギーとを、逆相で制御するテラヘルツ光検出器。
【請求項13】
請求項11または12に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記第2光学部材は、光ファイバを含むテラヘルツ光検出器。
【請求項14】
請求項1から13までのいずれか一項に記載のテラヘルツ光検出器において、
前記パルスレーザーからのパルス光は、前記光学部材においてソリトンを励起するテラヘルツ光検出器。
【請求項15】
請求項1から14までのいずれか一項に記載のテラヘルツ光検出器と、
前記受光部から出力された前記信号に基づいて、被測定物の内部の測定結果を表す画像を生成する生成部と、を備えるテラヘルツ測定装置。
【請求項16】
請求項15に記載のテラヘルツ測定装置において、
前記生成部は、前記信号の時間変化を表す情報をフーリエ変換して前記画像を生成するテラヘルツ測定装置。
【請求項17】
パルスレーザーでパルス光を発生させることと、
可変利得の第1増幅器または光変調器により、前記パルスレーザーから射出された前記パルス光のエネルギーを制御すること、
異常分散性を有し、入射パルス光にその光のエネルギーに応じた遅延時間を与える光学部材に、前記制御によってエネルギーが制御された前記パルス光を入射させることと、
被測定物からのテラヘルツ光の検出タイミングを変えて、1つの被測定光の時間領域波形上の異なる位置をそれぞれ検出することにより、前記光学部材を出射したパルス光が入射したときのテラヘルツ光の強度に依存した信号を出力することと、
を含むテラヘルツ光の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ光検出器テラヘルツ測定装置およびテラヘルツ光の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、反射ミラーを物理的に移動させて光路長を変更させ、プローブパルス光の遅延時間を可変にするテラヘルツ時間領域分光装置が知られている(例えば特許文献1)。しかしながら、遅延時間の変調が遅いという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】日本国特許第6266719号
【発明の概要】
【0004】
第1の態様によれば、テラヘルツ光検出器は、ルス光を発生するパルスレーザーと、
可変利得の第1増幅器または光変調器により、前記パルスレーザーから射出された前記パルス光のエネルギーを制御する制御部と、異常分散性を有し、前記制御部によりエネルギーが制御された前記パルス光が入射する光学部材と、被測定物からのテラヘルツ光を受光し、前記光学部材を出射したパルス光が入射したときのテラヘルツ光の強度に依存した信号を出力する受光部と、を備え、前記光学部材は、前記制御部によりエネルギーが制御された入射パルス光にその光のエネルギーに応じた遅延時間を与え、前記受光部は、検出タイミングを変えることにより、1つの被測定光の時間領域波形上の異なる位置をそれぞれ検出して信号を出力する。
第2の態様によれば、テラヘルツ測定装置は、上述のテラヘルツ光検出器と、前記受光部から出力された前記信号に基づいて、被測定物の内部の測定結果を表す画像を生成する生成部と、を備える。
第3の態様によれば、テラヘルツ光の検出方法は、パルスレーザーでパルス光を発生させることと、可変利得の第1増幅器または光変調器により、前記パルスレーザーから射出された前記パルス光のエネルギーを制御すること、異常分散性を有し、入射パルス光にその光のエネルギーに応じた遅延時間を与える光学部材に、前記制御によってエネルギーが制御された前記パルス光を入射させることと、被測定物からのテラヘルツ光の検出タイミングを変えて、1つの被測定光の時間領域波形上の異なる位置をそれぞれ検出することにより、前記光学部材を出射したパルス光が入射したときのテラヘルツ光の強度に依存した信号を出力することと、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1】実施の形態によるテラヘルツ時間領域分光器を有するテラヘルツ測定装置の要部構成を模式的に示すブロック図である。
図2】第1の実施の形態によるテラヘルツ時間領域分光器の要部構成を模式的に示すブロック図である。
図3】光ファイバ中におけるソリトンの伝搬距離とスペクトルと周波数との関係、および、光ファイバ中におけるソリトンの伝搬距離と波形と遅延時間との関係を計算した結果を示す図である。
図4】(a)は、光ファイバに入射する際のパルス光のパルスエネルギーと光ファイバを出射する際の遅延時間との関係、(b)、(c)は、光ファイバに入射する際のパルス光のパルスエネルギーと、光ファイバを出射する際の、パルス光の中心波長シフト量、パルス時間幅との関係をそれぞれ示すグラフである。
図5】第1の実施の形態におけるテラヘルツ時間領域分光器が有する遅延制御部の一例を模式的に示すブロック図である。
図6】第2の実施の形態によるテラヘルツ時間領域分光器の要部構成を模式的に示すブロック図である。
図7】遅延量の時間変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
本発明の態様のテラヘルツ時間領域分光器(テラヘルツ光検出器)は、異常分散性を有するファイバと、ファイバへ入射するパルス光のエネルギーを制御する制御部とを含む。ファイバへ入射したパルス光は、そのエネルギーに応じた遅延時間をもってファイバを出射し、プローブパルス光として受光部に入射する。受光部は、ファイバを出射したプローブパルス光が入射したときに、受光面にて受光した被測定光の強度に依存した信号を出力する。すなわち、本発明の態様のテラヘルツ時間領域分光器は、機械的に駆動される遅延機構を用いることなく、受光部に入射するプローブパルス光の遅延時間を制御することが可能である。これにより、機械的に駆動される遅延機構を用いて受光部に入射するプローブパルス光の遅延時間を制御する場合と比較して、簡易な構成にて高速にプローブパルス光の遅延時間を変更することを可能にしている。以下、詳細に説明する。
【0007】
-第1の実施の形態-
図面を参照しながら、第1の実施の形態によるテラヘルツ時間領域分光器について説明する。なお、本実施の形態は、発明の趣旨の理解のために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0008】
図1は、本実施の形態によるテラヘルツ時間領域分光器1を有するテラヘルツ測定装置100の要部構成の一例を模式的に示すブロック図である。なお、図1においては、パルス光の経路を実線で示し、各種の情報の送受信するための信号線を破線で示す。また、説明の都合により、X軸、Y軸、Z軸からなる直交座標系を図示の通りに設定する。
本実施の形態のテラヘルツ測定装置100は、テラヘルツ時間領域分光法(TDS)による測定を行う。テラヘルツ測定装置100は、被測定物2にテラヘルツパルス光を被測定光として照射し、被測定物2の情報を含む被測定光の強度の時間経過に伴う変化(時間変化)を検出する。テラヘルツ測定装置100は、異なる検出タイミングごとに離散的に検出した信号を基に、被測定光の強度の変化を合成して波形(時間領域波形)を生成し、その波形をフーリエ変換することにより、被測定光の各周波数成分の振幅情報を取得する。被測定物2としては、固体や液体など種々の物質に対応できる。
【0009】
まず、テラヘルツ測定装置100の構成について説明する。
テラヘルツ測定装置100は、被測定光を受光するテラヘルツ時間領域分光器1と、被測定光を出射する出射部3と、第1光学部5と、第2光学部6と、駆動機構18と、制御部20とを主として備える。
【0010】
出射部3は、被測定光を発生させ、例えば載置台(不図示)等に載置された被測定物2に向けて被測定光を照射する。出射部3は、公知のテラヘルツパルス光源であり、例えば光スイッチ素子とバイアス回路とを備える光伝導アンテナ(光伝導部材)である。この場合、光スイッチ素子は、半絶縁性のヒ化ガリウム(SI-GaAs)上に低温で結晶成長させたヒ化ガリウム(LT-GaAs)からなる半導体基板と、半導体基板上に狭いギャップを有する金属電極とを有する光伝導アンテナ素子である。バイアス回路が金属電極にバイアス電圧をかけた状態で、金属電極のギャップに、テラヘルツ時間領域分光器1が有する後述するレーザ光源10(図2参照)から出射されたパルス光(ポンプパルス光)が照射されると、半導体基板中の自由電子が励起される。この自由電子がバイアス電場により加速されて、電磁波、すなわち被測定光が発生する。なお、出射部3は光伝導アンテナに限定されず、例えば、テルル化亜鉛(ZnTe)やニオブ酸リチウム(LiNbO)等の非線形光学結晶を用いてもよい。この場合、上記の非線形光学結晶にポンプパルス光が照射されると、二次の非線形光学効果によって被測定光が発生する。
【0011】
出射部3から出射された被測定光は、第1光学部5により集光されて被測定物2を照射する。被測定物2を照射した被測定光は、その一部が被測定物2の第1光学部5側の面(表面)および第2光学部6側の面(裏面)で反射し、残りの一部は被測定物2によって吸収され、残部が被測定物2を透過する。被測定物2を透過した被測定光は第2光学部6で集光され、テラヘルツ時間領域分光器1に入射する。図1に示す例では、第1光学部5および第2光学部6として放物面鏡を用いた場合を示しているが、第1光学部5および第2光学部6は、平面鏡や集光レンズ等であってもよいし、あるいは、それらを組み合わせたものであってもよい。
図1の例では、被測定物2を透過した被測定光をテラヘルツ時間分光器1にて受信する例を示すが、テラヘルツ測定装置100の使用目的に応じて、被測定物2の表面や裏面で反射した被測定光を検出する構成としてもよい。いずれにしても、テラヘルツ測定装置100は、被測定物2を経由することで被測定物2と相互作用し、その性状に関する情報を含む被測定光を検出する構成を有する。
駆動機構18は、後述する制御部20により制御され、第1光学部5および第2光学部6と、被測定物2との間の相対位置を、少なくともXY平面上にて二次元的に変更させる。本実施の形態においては、駆動機構18は、例えばモータやガイドレール等を有し、被測定物2が載置された載置台(不図示)をXY平面上で移動させる。なお、駆動機構18は、出射部3と第1光学部5と第2光学部6と後述する受光部14(図2参照)とを移動させてもよい。駆動機構18は、相対位置を所定の間隔で変更する。所定の間隔は、予め決められた固定の値でもよいし、被測定物2の大きさ等に応じてユーザにより設定可能な可変な値でもよい。駆動機構18による相対位置の変更により、XY平面上において被測定光を異なる位置(照射位置)に照射することが可能となる。テラヘルツ測定装置100は、駆動機構18により照射位置が変更されるごとに、出射部3からの被測定光の出射およびテラヘルツ時間領域分光器1による被測定光の検出を行う。
【0012】
テラヘルツ時間領域分光器1は、後述するように、ポンプパルス光を出射部3へ出射するとともに、出射部3から出射して被測定物2を経由した被測定光を、第2光学部6を介して検出し、その検出信号を出力する。なお、テラヘルツ時間領域分光器1の詳細については、説明を後述する。
【0013】
制御部20は、マイクロプロセッサやその周辺回路等を有し、不図示の記憶媒体(例えばフラッシュメモリ等)に予め記憶されている制御プログラムを読み込んで実行することにより、テラヘルツ測定装置100の各部を制御するプロセッサーである。なお、制御部20は、CPUや、ASICや、プログラマブルMPU等により構成されてよい。制御部20は、駆動制御部200と遅延時間制御部201と測定データ生成部202とを備える。駆動制御部200は、上記の照射位置を変更するために、載置台の移動量と移動方向とを指示する信号を駆動機構18へ出力する。遅延時間制御部201は、テラヘルツ時間領域分光器1が有する遅延制御部12(図2参照)を制御して、受光部14(図2参照)に入射するパルス光(プローブパルス光)のタイミング(遅延時間)を制御する。測定データ生成部202は、駆動機構18により変更された照射位置ごとに、被測定光の強度の時間領域波形を生成し、生成した時間領域波形に対してフーリエ変換を施すことにより各周波数における振幅情報を取得する。測定データ生成部202は、変更された照射位置ごとに取得した振幅情報を用いて、被測定物2の内部の状態を表す二次元の測定画像を生成することができる。
【0014】
次に、テラヘルツ時間領域分光器1について詳細な説明を行う。
図2は、テラヘルツ時間領域分光器1の要部構成の一例と、出射部3と、第1光学部5と、第2光学部6とを模式的に示す図である。テラヘルツ時間領域分光器1は、レーザ光源10と、遅延制御部12と、光ファイバ13と、受光部14とを主として備える。
【0015】
レーザ光源10は、例えば100フェムト秒(fs)程度のパルス時間幅を有する近赤外波長領域のパルス光を所定の繰り返し周波数、例えば数100MHzで発生する。レーザ光源10は、例えば、ErファイバモードロックレーザやTmファイバモードロックレーザ等のマスターオシレータを有する。レーザ光源10から出力されたパルス光は光路L1を伝搬し、例えば分岐カプラやハーフミラー等の分岐部19によって、第1パルス光と第2パルス光とに分岐される。第2パルス光は、ポンプパルス光として光路L3を伝搬して出射部3に入射する。
【0016】
ポンプパルス光が入射した出射部3からは、被測定光が発生する。被測定光のパルス幅は、例えば1ピコ秒程度と非常に短い。レーザ光源10からパルス光が所定の繰り返し周波数(例えば数100MHz)で出射する。すなわち、レーザ光源10は所定のパルス間隔でパルス光を出射する。これに伴って、出射部3からは被測定光が上記の所定のパルス間隔で出射する。出射部3を出射した被測定光は、第1光学部5を介して被測定物2を照射する。被測定物2を照射した被測定光のうち、被測定物2を透過した被測定光は、第2光学部6を介して受光部14に入射する。
【0017】
レーザ光源10から出射されたパルス光のうち、光路L2を伝搬する第1パルス光は遅延制御部12へ入射する。遅延制御部12は、詳細を後述するように、第1パルス光のエネルギーを制御する。遅延制御部12は、例えば、ファイバ増幅器や半導体増幅器等により構成される可変利得の光増幅器でもよいし、音響光学変調器(AOM)や電気光学変調器(EOM)等の変調器でもよいし、上記の変調器と固定利得の光増幅器とを共に有してもよい。
【0018】
光ファイバ13は、異常分散性を有するファイバである。第1パルス光は光ファイバ13を基本ソリトンに近い状態で伝搬する。ここで、基本ソリトンとは分散と自己位相変調の効果がバランスし、波形(第1パルス光のピーク強度およびパルス時間幅)が維持される状態を意味する。しかし、実際には、光ファイバ13におけるラマン散乱の効果により、第1パルス光の中心波長は、光ファイバ13を伝搬する際、徐々に長波長側にシフトしていく。長波長側へのシフトは第1パルス光の群速度の低下をもたらす。すなわち、ラマン散乱の効果を考えない場合と比較して、第1パルス光が光ファイバ13を出射するタイミングが遅れる。後に詳しく述べる通り、光ファイバ13へ入力する第1パルス光のパルス時間幅が一定と仮定すると、このタイミングの遅れの量(遅延量)は第1パルス光のパルスエネルギーが大きいほど大きくなる。従って、光ファイバ13に入射させる第1パルス光のパルスエネルギーを適宜制御することで、光ファイバ13を出射した第1パルス光がプローブパルス光として受光部14に入射するまでの遅延時間、すなわち、入射タイミングを制御することができる。
【0019】
受光部14は、被測定光を受光する受光面を有し、光ファイバ13を出射した第1パルス光がプローブパルス光として入射すると、そのとき受光面で受光している被測定物2を経由した被測定光の強度に応じた検出信号を出力する。受光部14は、例えば光スイッチ素子と電流-電圧変換回路(IV変換回路)とを備える光伝導アンテナである。この場合、光スイッチ素子は、出射部3と同様に、半絶縁性のヒ化ガリウム(SI-GaAs)上に低温で結晶成長させたヒ化ガリウム(LT-GaAs)からなる半導体基板と、半導体基板上に狭いギャップを有する金属電極とを有する光伝導アンテナ素子である。光伝導アンテナのうち半絶縁性のヒ化ガリウム(SI-GaAs)側が被測定光を受光する受光面となるように構成される。プローブパルス光が光伝導アンテナ素子の金属電極のギャップを照射すると、半導体基板中の自由電子が励起される。この自由電子が受光部14に入射した被測定光の入射強度、すなわち被測定光の振動電場により加速されると、金属電極に被測定光の振動電場に比例した電流が流れる。受光部14はI-V変換回路を有しており、このI-V変換回路は、金属電極に流れた電流を電圧に変換し、入射した被測定光の強度に応じた信号を検出信号として出力する。これにより、受光部14にプローブパルス光が入射されたタイミングで、受光部14に入射した被測定光の検出が行われる。なお、受光部14が光伝導アンテナである例に限定されず、例えば、テルル化亜鉛(ZnTe)等の閃亜鉛鉱構造を有する電気光学結晶(EO結晶)を用いて、EO結晶に電場を印加することで複屈折を発生させることで検出を行ってもよい。
【0020】
遅延時間制御部12から光ファイバ13に入射する第1パルス光と、出射部3から出射され受光部14の受光面で受光される被測定光とは、時間軸上で相関関係を有する。遅延制御部12によってエネルギーが制御された第1パルス光は、そのエネルギーに応じた遅延時間をもって受光部14に入射する。そして、エネルギーの増減により、ポンプパルス光が出射部3に入射するタイミングと、光ファイバ13を出射した第1パルス光であるプローブパルス光が受光部14に入射するタイミングとを相対的に変化させることができる。すなわち、出射部3から出射された被測定光が被測定物2を経由して受光部14に入射するタイミングと、プローブパルス光が受光部14に入射するタイミング(すなわち、被測定光を検出する検出タイミング)との時間差を変化させることができる。
【0021】
テラヘルツ時間領域分光器1は、上記の時間差を変化させながら、複数の異なる時間差のそれぞれにおいて被測定光を検出し、測定データ生成部202は、テラヘルツ時間領域分光器1が検出した被測定光の時間領域波形(検出信号)を合成する。測定データ生成部202は、測定データ生成部202により合成された時間領域波形をフーリエ変換して、被測定光の分光強度(被測定光の振幅情報、位相情報等)を算出する。
【0022】
第1パルス光は上述したレーザ光源10から出射されるパルス光であり、そのパルス時間幅は100フェムト秒程度である。したがって、プローブパルス光のパルス時間幅も100フェムト秒程度である。一方、受光部14により検出される被測定光のパルス幅は数ピコ秒程度である。上述したように、受光部14に入射した被測定光は、受光部14にプローブパルス光が入射しているタイミングにおいてのみ検出されるので、受光部14が被測定光を検出できる時間幅(すなわち検出時間)はプローブパルス光の時間幅である100フェムト秒程度の間である。これは、1つの被測定光のパルス幅に対して非常に短い。このため、1回のプローブパルス光の入射に伴う受光部14の検出時間では、1つの被測定光の時間領域波形のごく一部が検出できるのみである。そこで、1つの被測定光の時間領域波形の始めから終わりまで検出するため、受光部14での検出タイミングを変化させながら複数回(例えば800回)の検出を行って合成することで、1つの被測定光の時間領域波形の始めから終わりまでに対応する検出信号を得る。すなわち、複数回の検出は、1つの被測定光の時間領域波形上の異なる位置をそれぞれ検出し、測定データ生成部202によりその結果を合成することで1つの被測定光の強度の時間変化、すなわち時間領域波形の全体を得る。
【0023】
なお、受光部14により検出された被測定光の各検出タイミングにおける強度は、IV変換回路により電圧信号に変換され、検出信号として制御部20に順次出力される。これらの検出信号は制御部20の測定データ生成部202によって合成されることで、被測定光の強度の時間領域波形が電圧信号の時間領域波形として得られる。検出信号は測定データ生成部202にてA-D変換され、生成されたデジタル時間領域波形に対してフーリエ変換を施すことにより、各周波数における振幅情報を取得する。測定データ生成部202は、駆動機構18により照射位置が変更されるごとに受光部14から出力された検出信号に対して同様の処理を行い、照射位置ごとの振幅情報を取得する。測定データ生成部202は、照射位置ごとに取得された各周波数における振幅情報に基づいて、物質固有の吸収スペクトル構造に着目して被測定物2に含まれる物質やその分布を特定し、被測定物2の内部状態を表す測定画像を生成する。被測定光の時間領域波形や被測定物2の測定画像は、例えば表示装置(不図示)等に表示される。
【0024】
以下、受光部14に入射するプローブパルス光のエネルギーと遅延時間(遅延量)との関係について説明する。
上記の通り、本実施の形態のテラヘルツ測定装置100においては、第1パルス光が光ファイバ13を基本ソリトンに近い状態を維持して伝搬する。ソリトンの状態の第1パルス光(以下、ソリトンとも記載する)が光ファイバ13を伝搬する際に発生する遅延時間は、以下に説明するように、ソリトンのパルス時間幅に依存する。
【0025】
非線形媒質中を伝搬するソリトンは、ラマン散乱の影響を受けて自己周波数シフトΔωを生じることが知られている(RIFS;Raman Induced Frequency Shift)。その大きさは、近似的に下記の式(1)、(2)で表される(参考文献、Agrawal,Nonliniear Fiber Optics,Chapter 5)。
Δω=-Cz …(1)
C=8τ|β|/15T …(2)
式(1)は、自己周波数シフトΔωは、光ファイバ13の入射端からソリトンが伝搬した長さであるzに比例することを示している。式(1)において、Cは係数であり、式(2)により表される。式(2)において、τはラマン散乱による利得(ラマン利得)に関係する値であり、3fs(フェムト秒)程度、βは光ファイバ13の2次の分散を表し、通常のシングルモードファイバに波長1.5μm程度のパルス光を入射させた場合、-0.02ps/m程度である。Tはソリトンのパルス時間幅(半値全幅)TFWHMとの間で、T=TFWHM/1.763の関係を有する。
【0026】
ソリトンの群速度vの逆数の変化は、以下の式(3)で表される。
Δ(1/v)=βΔω=-Cβz …(3)
従って、長さ(伝搬距離)Lの光ファイバ13をソリトンが伝搬する場合、伝搬後のソリトンの群速度変化による遅延時間τは、式(3)を光ファイバ13におけるソリトンの伝搬方向に沿って積分することにより、式(4)のように表される。
【数1】
【0027】
式(2)、(4)から、自己周波数シフトによるソリトンの遅延時間τは、パルス時間幅TFWHMの4乗に逆比例し、伝搬距離Lの2乗に比例する。パルス時間幅TFWHM=150fsのソリトンにおいては、Cは0.61/ps・m程度の値となるので、光ファイバ13の伝搬に伴うソリトンの中心周波数の変化率は、式(1)より0.097THz/m程度となる。これを波長に換算すると0.8nm/m程度となる。この波長変化によるソリトンの遅延時間τは、式(4)から6.1×10-3ps程度となり、光ファイバ13の長さLを例えば70mとすれば、遅延時間τを30ps程度とすることができる。
【0028】
基本ソリトンは、エネルギーなどの摂動を受け基本ソリトンの状態から乱されると、そのパルス時間幅などを自ら調整しつつ基本ソリトン(一般には異なるパルス時間幅の別の基本ソリトン)に収束していく性質があることが知られている。基本ソリトンに対しては、そのピーク強度をpとすると、γp~|β|/T の関係がある。ここで、γは非線形定数である。上記式を、エネルギーE~pTを用いて表現すると、γE~|β|/Tとなる。この関係から、ソリトンにおいて、エネルギーEが増加すると、これに伴ってTが減少し、逆に、エネルギーEが減少すると、これに伴ってTが増加することが期待される。すなわち、ソリトンのエネルギーEが増加するとソリトンのパルス時間幅TFWHMは減少し、逆に、ソリトンのエネルギーEが減少するとソリトンのパルス時間幅TFWHMは増加する。
すなわち、上記の式(2)、(4)から、ソリトンのエネルギーを変化させてパルス時間幅TFWHMを変化させることで、ソリトンの遅延時間τを変化させることができることがわかる。本実施の形態においては、上記の知見に基づいて、遅延制御部12は、光ファイバ13に入射させる第1パルス光のエネルギーEを制御することにより光ファイバ13を伝搬するソリトンのパルス時間幅TFWHMを変化させる。これに伴って変化した遅延時間τで、光ファイバ13から出射したプローブパルス光が受光部14に入射する。
【0029】
次に、上記の構成を有する遅延制御部12によりエネルギーEが制御された第1パルス光に対する、光ファイバ13を伝搬する際に発生するラマン散乱の効果について説明する。光ファイバ13におけるラマン散乱の効果は、最も低い次数の項を用いて次の式(5)により近似的に表わすことができる。
【数2】
ここで、A(z,T)は、波長1550nmに相当するキャリア(搬送波)周波数成分を除いた振幅、すなわち、穏やかに変化する振幅(slowly varying amplitude)を示す。非線形定数γはγ=2πn/λAeffで表される。nは非線形屈折率、Aeffは光ファイバ13のモード断面積である。通常の石英系(シリカベース)のシングルモード光ファイバでは、n~3.0×10-20/W、Aeff~75umである。また、γは、γ~1.5×10-3/W・mである。z=0、すなわち光ファイバ13の入射端での振幅を、
A(0,T)=(p1/2sech(T/T
として、式(5)をz方向(光ファイバ13における第1パルス光の伝搬方向)について積分すると、光ファイバ13におけるソリトンの伝搬を知ることができる。なお、上記のA(0,T)についての式において、T~85fs、p~1784Wとする。
【0030】
図3は、パルス時間幅TFWHM=150fs(フェムト秒)のソリトンが長さ70mの光ファイバ13を伝搬した場合の、光ファイバ13における伝搬距離に対するスペクトルの変化を計算した結果を示す図である。図3(a)は、ソリトンの光ファイバ13における伝搬距離とスペクトルと周波数との関係を示し、図3(b)は、ソリトンの光ファイバ13における伝搬距離と波形と遅延時間との関係を示したグラフである。図3(a)に示すように、ソリトンの中心周波数は光ファイバ13中での伝搬に伴ってほぼ直線的に低下する。すなわち、red shiftが発生する。すなわち、ソリトンの群速度は、光ファイバ13を伝搬することに伴ってほぼ直線的に低下する。なお、上記の式(3)は、近似的にΔv~v Cβzと表すことができる。ソリトンの群速度が低下することにより、図3(b)に示すように、光ファイバ13中の伝搬に伴って、ソリトンは遅延する。
【0031】
図4(a)は、光ファイバ13に入射させる第1パルス光のパルスエネルギーと、光ファイバ13を出射する際(光ファイバ13の終端)の遅延時間との関係を示すグラフである。ここで、光ファイバ13に入射する第1パルス光のパルス時間幅は変化させずに一定と仮定している。縦軸は遅延時間、横軸はパルスエネルギーを示す。図4(a)から、第1パルス光のパルスエネルギーを310pJ程度から10パーセント程度減少させると、遅延時間を30psから約20psに変化させることができ、逆に、パルスエネルギーを10パーセント程度増加させると、遅延時間を30psから約40psに変化させることができることがわかる。
【0032】
図4(b)、(c)は、それぞれ、光ファイバ13に入射させる第1パルス光のパルスエネルギーと、光ファイバ13を出射する際(光ファイバ13の終端)における、第1パルス光の中心波長シフト量、パルス時間幅との関係をそれぞれ示すグラフである。
【0033】
図4(b)から、光ファイバ13に入射させる際の第1パルス光のパルスエネルギーを±10パーセント程度変化させると、光ファイバ13を出射する際(光ファイバ13の終端)の第1パルス光の中心波長は±20nm程度変化することがわかる。また、図4(c)から、光ファイバ13に入射する際の第1パルス光のパルスエネルギーを±10パーセント程度変化させると、光ファイバ13を出射する際(光ファイバ13の終端)の第1パルス光のパルス時間幅は±10パーセント程度変化することがわかる。
【0034】
図4(a)~(c)により説明した通り、光ファイバ13に入射させる際の第1パルス光のエネルギーを制御することにより、遅延時間を適切な範囲で変化させることができる。一方、これに伴う光ファイバ13の終端での第1パルス光の中心波長およびパルス時間幅の変化が、受光部14における被測定光の検出効率に影響を及ぼす可能性もある。必要であれば、シミュレーション等による計算結果や実験による測定結果に基づいて、この検出効率の変動を補正することが好ましい。
【0035】
次に、第1パルス光のエネルギーEを制御するための遅延制御部12の具体的な構成の一例について説明する。
図5は、遅延制御部12の一例を模式的に示すブロック図である。図5(a)に示す構成において、遅延制御部12は、光増幅器120を備え、光増幅器120の利得を制御することにより第1パルス光のエネルギーEを制御する。光増幅器120は、増幅用ファイバ121と、励起光源122と、励起光源122に供給する電力を制御する電力制御部123とを有する。光増幅器120においては、励起光源122を制御することにより、増幅用ファイバ121の利得を制御する。増幅用ファイバ121は、例えば、希土類元素が添加(ドープ)されたファイバであり、例えば、公知のコア励起方式により励起される。
【0036】
遅延制御部12は、励起光と第1パルス光とが同一方向に伝搬するように光合波器等にて合波させて増幅用ファイバ121を励起する前方励起型でもよいし、第1パルス光の入射方向とは逆方向からの励起光が増幅用ファイバ121に伝搬するように合波器等にて合波させて増幅用ファイバ121を励起する後方励起型でもよい。また、遅延制御部12は、増幅用ファイバ121を通過して増幅された第1パルス光をミラー等により反射し、再び増幅用ファイバ121を通過させて外部に出射するダブルパス励起型であってもよい。
【0037】
励起光源122は、例えば、半導体レーザ(レーザダイオード)やラマンレーザを用いた発光素子を有する。励起光源122から出力された励起光は増幅用ファイバ121を伝搬し、増幅用ファイバ121において希土類元素が励起状態となる。この状態で第1パルス光が増幅用ファイバ121に入射すると、増幅用ファイバ121は、第1パルス光と同じ波長、同じ位相の光を放出する誘導放出を起こす。この誘導放出により、増幅用ファイバ121は入射された第1パルス光を増幅する。
【0038】
電力制御部123は、励起光源122に供給する電力を制御するための回路を有する。電力制御部123は、制御部20の遅延時間制御部201により制御され、励起光源122の発光素子に供給する電力(例えば、電流あるいは電圧)を変調する。これにより、増幅用ファイバ121を伝搬する第1パルス光のパルスエネルギーが制御され、その結果、上述したように光ファイバ13を伝搬することに伴う第1パルス光(プローブパルス光)の遅延時間が制御される。励起光源122に供給する電力とプローブパルス光の遅延時間との関係は、シミュレーションや実験等により予め取得され、関連データとして予めメモリ(不図示)に記憶される。遅延時間制御部201は、この関連データに基づいて、電力制御部123から励起光源122に供給する電力を所定の周期にて制御する。これにより、励起光源122からの励起光の強度が所定の時間間隔ごとに変調されるので、光増幅器120の利得が所定の時間間隔ごとに変更される。その結果、光増幅器120を出射して光ファイバ13に入射する第1パルス光のエネルギーEが所定の時間間隔ごとに変化するので、光ファイバ13を出射して受光部14に入射するプローブパルス光の遅延時間が所定の時間間隔ごとに変化する。光増幅器120の利得を変化させる周期(時間間隔)は、1kHz以上(1msec以下)とすることが可能である。すなわち、光ファイバ13から出射されるプローブパルス光の遅延時間を高速で制御することが可能となる。
なお、上述した例においては、光増幅器120として増幅用ファイバ121と励起光源122とを有する場合を挙げたが、この例に限定されない。光増幅器120として半導体増幅器を適用し、電力制御部123から光増幅器120に供給する電力を変調して、第1パルス光のエネルギーEを制御させてもよい。
【0039】
図5(b)は、遅延制御部12の別の一例を模式的に示すブロック図である。図5(b)に示す遅延制御部12は、図5(a)に示した光増幅器120と変調器124とを有する。変調器124は、例えば公知の電気光学変調器(EOM)や、音響光学変調器(AOM)である。図5(b)に示す遅延制御部12において、変調器124として電気光学変調器を用いる場合には、遅延時間制御部201は、変調器124へ印加する電場の大きさを制御してその透過率を変化させることにより、第1パルス光のエネルギーEを制御して光ファイバ13に出射する。一方、電力制御部123は、励起光源122に供給する電力を一定となるように制御して、増幅用ファイバ121における希土類元素の励起状態を一定に保持する。
【0040】
図5(b)に示す遅延制御部12において、変調器124として音響光学変調器を用いる場合には、遅延時間制御部201は、変調器124に印加する高周波電気信号の振幅を制御することにより回折効率を変化させ、第1パルス光のエネルギーEを制御して光ファイバ13に出射する。この場合にも、電力制御部123は、励起光源122に供給する電力を一定となるように制御して、増幅用ファイバ121における希土類元素の励起状態を一定に保持する。
なお、図5(b)に示す遅延制御部12において、光増幅器120にて増幅後に変調器124にて第1パルス光を変調する場合を例示するが、変調器124にて第1パルス光を変調した後に光増幅器120にて増幅してもよい。
また、図5(b)に示す例において、変調器124に入射させる第1パルス光の強度が十分に大きい場合には、遅延制御部12は、光増幅器120を備えなくてもよい。この場合には、第1パルス光のエネルギーEを変調器124により変調して光ファイバ13に出射する構成とする。
また、ポンプパルス光を増幅して出射部3に入射させてもよい。この場合、テラヘルツ時間領域分光器1は光路L3に固定利得の増幅器を有する。
【0041】
[実施例]
実施例におけるテラヘルツ時間領域分光器1について説明する。本実施例においては、遅延制御部12として図5(a)に示す光増幅器120を用いる。レーザ光源10は、上述したようにマスターオシレータであり、パルス時間幅150fsのパルス光(基本ソリトン)を発生する。光路L1は、長さ0.5mのシングルモード光ファイバである。分岐部19は分岐カプラであり、光路L1を伝搬したパルス光を50:50に2分岐して、プローブパルス光とポンプパルス光とを生成する。
【0042】
プローブパルス光が伝搬する光路L2は、長さ0.2mのファイバである。増幅用ファイバ121は、高濃度にエルビウム(Er)が添加されたエルビウム添加ファイバであり、0.3mの長さを有する。これにより、遅延制御部12は、3~5dB(×2~3)程度の利得を得ることができる。利得は、光ファイバ13へ入射する第1パルス光がパルス幅150fsの基本ソリトンに近いエネルギーを持つように設定される。光ファイバ13は、長さが70mのシングルモード光ファイバである。分岐カプラによる分岐やエルビウム添加ファイバによる増幅過程において、これらのファイバにおける分散や非線形効果により第1パルス光のパルス時間幅は変化する。しかし、これらのファイバの長さが合計0.5mのようにさほど長くないので、実施例におけるテラヘルツ時間領域分光器1においても、上述した図3図4(a)に示した計算結果とほぼ同様の結果が得られる。すなわち、プローブパルス光は、遅延制御部12により設定されたエネルギーEの変調に応じて光ファイバ13により遅延時間が発生した状態で光ファイバ13を出射して受光部14に入射する。
【0043】
上述した第1の実施の形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)テラヘルツ時間領域分光器1は、被測定光を受光する受光面を有する受光部14と、パルス光を発生するレーザ光源10と、第1パルス光が入射する光ファイバ13と、光ファイバ13に入射する第1パルス光のエネルギーを制御する遅延制御部12と、を備える。光ファイバ13は異常分散性を有し、光ファイバ13に入射した第1パルス光は、そのエネルギーに応じた遅延時間をもって、プローブパルス光として光ファイバ13を出射する。プローブパルス光は受光部14に入射し、受光部14は、光ファイバ13を出射したプローブパルス光が入射したときに、受光面が受光している被測定光の強度に依存した信号を出力する。従来の装置では、プローブパルス光の光路長を機械的に変化させる駆動機構を用いているため、所定の複数の遅延時間をそれぞれ設定して被測定物2からの被測定光を検出するのに、例えば、10ms~100ms程度の時間が必要であった。これに対して、第1の実施の形態のテラヘルツ時間領域分光器1は、機械的な駆動構成に代って、電気回路によりプローブパルス光の遅延時間を制御する。これにより、高速かつ自由度の高い遅延時間制御が可能となり、測定時間の短縮に寄与する。また、配置が固定された固体素子のみでスペクトル測定が可能となることから、外来の振動等の影響を受けにくく、信頼性や可搬性に優れた分光器を実現することができる。
【0044】
(2)遅延制御部12は、第1パルス光を増幅して光ファイバ13に入射させる光増幅器120を有し、光増幅器120の利得を制御して、第1パルス光のエネルギーを制御する。これにより、機械的な構成を用いることなく、簡易な構成にて遅延時間を制御することが可能となる。
【0045】
(3)光増幅器120は、増幅用ファイバ121と増幅用ファイバ121を励起する励起光源122とを有し、遅延制御部12は、励起光源122への電力を制御して、光増幅器120の利得を制御する。これにより、第1パルス光のエネルギーEを1kHz以上の高速で制御でき、機械的な構成を用いてプローブパルス光の遅延時間を制御する場合と比べて、測定時間の短縮が可能となる。
【0046】
(4)遅延制御部120は、電気光学素子または音響光学素子を用いた変調器124にて第1パルス光を変調する。これにより、第1パルス光のエネルギーEを高速に制御できるので、機械的な構成を用いる場合と比較して、遅延時間を高速に制御することができる。
【0047】
(5)遅延制御部120は、第1パルス光を増幅する光増幅器121をさらに有し、変調器124は、遅延制御部120により増幅された第1パルス光を変調する。これにより、第1パルス光の光路を構成する光部品や外部要因による第1パルス光の強度減弱を抑制できる。
【0048】
(6)テラヘルツ時間領域分光器1は、第1パルス光のエネルギーEを制御して遅延時間を変化させることにより、被測定光が受光部14の受光面に受光されるタイミングと、プローブパルス光が受光部14に入射するタイミングとの時間差を変化させ、異なる時間差における、それぞれの被測定光の強度に基づいて、被測定光の時間領域波形を算出する。これにより、プローブパルス光の遅延時間の制御のために機械的な構成を用いる場合に比べて、テラヘルツパルス光の時間領域波形を短時間で取得することができる。
【0049】
(7)光ファイバ13に入射する第1パルス光と、被測定光とは、時間軸上で相関を有する。被測定物2の同一の測定位置に対して、複数回(例えば800回)の被測定光の照射を行う。この間、第1パルス光のエネルギーEを制御することにより、プローブパルス光の遅延時間が変化する。その結果、被測定光の時間領域波形を短時間で検出することが可能となる。
【0050】
(8)レーザ光源10からの第1パルス光は、光ファイバ13中にソリトンを励起する。従って、第1パルス光のエネルギーEに応じた光ファイバ13中でのラマン散乱の効果の大小により、プローブパルス光の遅延時間を高速で制御することが可能となる。
【0051】
(9)測定データ生成部202は、受光部14から出力された検出信号に基づいて、被測定物2の内部の測定結果を表す測定画像を生成する。これにより、テラヘルツ時間領域分光器1により高速に取得された検出信号から測定画像を生成するので、被測定物2の測定結果を従来よりも短時間で取得可能となり、測定時間の短縮に寄与する。
【0052】
(10)測定データ生成部202は、検出信号に基づく被測定物2を経由して受光部14の受光面で受光された被測定光の時間領域波形をフーリエ変換した結果に基づいて、測定画像を生成する。これにより、ユーザは、被測定物2の内部の状態を画像にて観察することが可能となる。
【0053】
-第2の実施の形態-
図面を参照して第2の実施の形態によるテラヘルツ時間領域分光器について説明する。以下の説明では、第1の実施の形態と同じ構成要素には同じ符号を付し、相違点を主に説明する。特に説明しない点については、第1の実施の形態と同様である。第2の実施の形態においては、テラヘルツ時間領域分光器は、第1パルス光および第2パルス光のエネルギーを共に制御してプローブパルス光およびポンプパルス光の遅延時間を制御する点が、第1の実施の形態と異なる。以下、詳細に説明する。
【0054】
図6は、第2の実施の形態のテラヘルツ時間領域分光器1Aの要部構成の一例を模式的に示すブロック図である。テラヘルツ時間領域分光器1Aは、第1の実施の形態と同様の出射部3と、レーザ光源10と、光ファイバ13と、受光部14と、分岐部19と、第1光学部5と、第2光学部6とに加えて、第1の実施の形態とは異なる遅延制御部17と、第2光ファイバ16とを備える。第2光ファイバ16は、光ファイバ13と同様に異常分散性を有し、分岐部19で分岐した第2パルス光が出射部3に向けて伝搬する光路L3に設けられる。
なお、図6においても、テラヘルツ時間領域分光器1Aとともに、被測定物2を示す。
【0055】
遅延制御部17は、第1パルス光を受光部14に伝搬するための光路L2に設けられる第1遅延制御部17-1と、第2パルス光を出射部3に伝搬するための光路L3に設けられる第2遅延制御部17-2とを有する。第1遅延制御部17-1および第2遅延制御部17-2は、それぞれ、第1の実施の形態の図5(a)、(b)を参照して説明した遅延制御部12と同様の構成を有する。すなわち、第1遅延制御部17-1と第2遅延制御部17-2とは、それぞれ、図5(a)に示すファイバ増幅器や半導体増幅器等から構成される可変利得の光増幅器120でもよいし、図5(b)に示す音響光学変調器(AOM)や電気光学変調器(EOM)等の変調器124でもよいし、上記の変調器124と固定利得の光増幅器とを有してもよい。
【0056】
第1遅延制御部17-1は、第1の実施の形態と同様に、第1パルス光のエネルギーE1を制御することで光ファイバ13を伝搬する第1パルス光の遅延時間を変化させる。第2遅延制御部17-2も、第2パルス光のエネルギーE2を制御することで光ファイバ16を伝搬する第2パルス光の遅延時間を変化させる。本実施の形態においては、遅延時間制御部201は、第1遅延制御部17-1による第1パルス光のエネルギーEの制御量と、第2遅延制御部17-2による第2パルス光のエネルギーEの制御量とが異なるように制御する。
【0057】
具体的には、遅延時間制御部201は、第1遅延制御部17-1による第1パルス光のエネルギーE1の制御量と、第2遅延制御部17-2による第2パルス光のエネルギーE2の制御量とが、互いに逆向き(逆相)になるように制御する。例えば、第1遅延制御部17-1は、第1パルス光へのエネルギーE1を増加させることで、光ファイバ13から出射する第1パルス光であるプローブパルス光の遅延T1をある基準遅延T0より大きくなるように制御する。一方、第2遅延時間制御部17-2は、第2パルス光へのエネルギーE2を減少させることで、第2光ファイバ16から出射する第2パルス光であるポンプパルス光の遅延T2をある基準遅延T0’より小さくなるように制御する。ポンプパルス光が出射部3に入射するタイミングと、プローブパルス光が受光部14に入射するタイミングとの時間差はT1-T2となる。
図7に遅延量の時間変化を示す。図7(a)はポンプパルス光の遅延T2の時間変化を示し、図7(b)はプローブパルス光の遅延T1とポンプパルス光の遅延T2との時間差T1-T2の時間変化を示す。図7(b)に示すように、本実施の形態により得られる遅延量である時間差T1-T2は、図7(a)に示す基準遅延T0’からT2のみ遅延する場合と比較して、実効的な遅延時間の幅を増加していることがわかる。
【0058】
上述した第2の実施の形態によれば、第1の実施の形態により得られる作用効果に加えて、以下の作用効果が得られる。
(1)分岐部19にて分岐した第2パルス光が入射する第2光ファイバ16は異常分散性を有し、遅延時間制御部201の第2遅延時間制御部17-2は、第2光ファイバ16に入射する第2パルス光のエネルギーE2を制御する。第2光ファイバ16に入射した第2パルス光は、そのエネルギーE2に応じた遅延時間をもって第2光ファイバ16を出射する。第2光ファイバ16を出射した第2パルス光はポンプパルス光として出射部3の光導電部材に入射すると、被測定光を発生する。これにより、第1の実施の形態のプローブパルス光の遅延時間を制御した場合と同様にして、ポンプパルス光に対しても高速に遅延時間を制御することが可能になる。
【0059】
(2)遅延制御部201は、光ファイバ13に入射する第1パルス光のエネルギーE1と、第2光ファイバ16に入射する第2パルス光のエネルギーE2とを、逆相で制御する。これにより、ポンプパルス光が出射部3に入射するタイミングと、プローブパルス光が受光部14に入射するタイミングとの時間差を大きくすることができる。すなわち、実効的な遅延時間の幅を増加させることが可能となる。
【0060】
次のような変形も本発明の範囲内であり、変形例の一つ、もしくは複数を上述の実施形態と組み合わせることも可能である。
上記の第1の実施の形態および第2の実施の形態において、レーザ光源10から出射したパルス光が第1パルス光と第2パルス光とに分岐される前に、パルス光を増幅するための増幅器を光路L1に備えてもよい。この場合、増幅器として、例えば、ファイバ増幅器や半導体増幅器等を用いることができる。
【0061】
本発明の特徴を損なわない限り、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の形態についても、本発明の範囲内に含まれる。
【0062】
次の優先権基礎出願の開示内容は引用文としてここに組み込まれる。
日本国特願2019-53682号(2019年3月20日出願)
【符号の説明】
【0063】
1、1A…テラヘルツ時間領域分光器
3…出射部
10…レーザ光源
12、17…遅延制御部
13…光ファイバ
14…受光部
16…第2光ファイバ
19…分岐部
20…制御部
120…光増幅器
121…増幅用ファイバ
122…励起光源
123…電流制御部
124…変調器
201…遅延時間制御部
202…測定データ生成部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7