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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-20
(45)【発行日】2023-11-29
(54)【発明の名称】水性エマルジョン
(51)【国際特許分類】
   C08L 29/04 20060101AFI20231121BHJP
   C08F 8/14 20060101ALI20231121BHJP
   C08F 2/24 20060101ALI20231121BHJP
   C08F 18/04 20060101ALI20231121BHJP
   C09J 129/04 20060101ALI20231121BHJP
【FI】
C08L29/04 G
C08F8/14
C08F2/24 A
C08F18/04
C09J129/04
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019231173
(22)【出願日】2019-12-23
(65)【公開番号】P2021098801
(43)【公開日】2021-07-01
【審査請求日】2022-10-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100174779
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 康晃
(72)【発明者】
【氏名】今岡 依理子
【審査官】中落 臣諭
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-296302(JP,A)
【文献】国際公開第2019/198754(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L1/00-101/14
C08K3/00-13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分散剤と分散質とを含む水性エマルジョンであって、前記分散剤が変性ビニルアルコール系重合体(A)を含み、前記分散質がエチレン性不飽和単量体単位を含む重合体(C)を含み、前記変性ビニルアルコール系重合体(A)は、粘度平均重合度が200~3000であり、けん化度が80~99.7モル%であり、側鎖にエステル化剤由来の二重結合を0.01モル%以上0.50モル%未満有し、前記エステル化剤が炭素-炭素二重結合を有するカルボン酸及び/又はその誘導体であり、
前記誘導体が、不飽和モノカルボン酸無水物、不飽和ジカルボン酸無水物、不飽和モノカルボン酸エステル、不飽和ジカルボン酸モノエステル、及び不飽和ジカルボン酸ジエステルからなる群より選ばれる1種以上であり、
高速液体クロマトグラフィーで測定されるピークにおける、ベースラインから5%の高さ位置でのピーク幅W0.05hが2.85分以上3.70分未満である、水性エマルジョン。
【請求項2】
前記エステル化剤が、脂肪族不飽和モノカルボン酸及び/又はその誘導体、及び脂肪族不飽和ジカルボン酸及び/又はその誘導体からなる群より選ばれる1種以上であり、
前記脂肪族不飽和モノカルボン酸の誘導体が、酸無水物、及び/又はエステルであり、
前記脂肪族不飽和ジカルボン酸の誘導体が、酸無水物、モノエステル、及びジエステルからなる群から選ばれる1種以上である、請求項1に記載の水性エマルジョン。
【請求項3】
前記エステル化剤が、炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和モノカルボン酸、及び/又はその誘導体、及び炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和ジカルボン酸及び/又はその誘導体からなる群より選ばれる1種以上であり、
前記炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和モノカルボン酸の誘導体が、酸無水物、及び/又はエステルであり、
前記炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和ジカルボン酸の誘導体が、酸無水物、モノエステル、及びジエステルからなる群から選ばれる1種以上である、
請求項1に記載の水性エマルジョン。
【請求項4】
前記エステル化剤が、(i)イタコン酸及び/又はその誘導体、及び(ii)(メタ)アクリル酸及び/又はその誘導体からなる群より選ばれる1種以上であり、
前記イタコン酸の誘導体が、無水イタコン酸、イタコン酸モノアルキルエステル、及びイタコン酸ジアルキルエステルからなる群から選ばれる1種以上であり、
前記(メタ)アクリル酸の誘導体が、無水(メタ)アクリル酸、及び/又は(メタ)アクリル酸アルキルエステルである、請求項1~3のいずれか1項に記載の水性エマルジョン。
【請求項5】
変性ビニルアルコール系重合体(A)が、さらにエチレン単位を主鎖に有し、該エチレン単位の含有率が変性ビニルアルコール系重合体(A)の全単量体単位に対して1モル%以上10モル%以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の水性エマルジョン。
【請求項6】
前記重合体(C)が、ビニルエステル系単量体、(メタ)アクリル酸エステル系単量体、スチレン系単量体及びジエン系単量体からなる群より選択される少なくとも1種に由来する単量体単位を含み、重合体(C)の全単量体単位に対する前記単量体単位の含有率が70質量%以上である、請求項1~5のいずれか1項に記載の水性エマルジョン。
【請求項7】
前記重合体(C)が、ビニルエステル系単量体に由来する単量体単位を含み、重合体(C)の全単量体単位に対する前記単量体単位の含有率が70質量%以上である、請求項1~6のいずれか1項に記載の水性エマルジョン。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の水性エマルジョンを含む、接着剤。
【請求項9】
溶媒の存在下、ビニルアルコール系重合体(B)及びエステル化剤を反応させて変性ビニルアルコール系重合体(A)を得る工程(1)、並びに変性ビニルアルコール系重合体(A)を用いて水性エマルジョンを得る工程(2)を含み、前記変性ビニルアルコール系重合体(A)は、粘度平均重合度が200~3000であり、けん化度が80~99.7モル%であり、側鎖にエステル化剤由来の二重結合を0.01モル%以上0.50モル%未満有し、前記エステル化剤が炭素-炭素二重結合を有するカルボン酸及び/又はその誘導体であり、
前記誘導体が、不飽和モノカルボン酸無水物、不飽和ジカルボン酸無水物、不飽和モノカルボン酸エステル、不飽和ジカルボン酸モノエステル、及び不飽和ジカルボン酸ジエステルからなる群より選ばれる1種以上であり、
高速液体クロマトグラフィーで測定されるピークにおける、ベースラインから5%の高さ位置でのピーク幅W0.05hが2.85分以上3.70分未満である、請求項1~7のいずれか1項に記載の水性エマルジョンの製造方法。
【請求項10】
前記溶媒がアセトン、メタノール及び酢酸メチルからなる群より選ばれる1種以上である、請求項9に記載の水性エマルジョンの製造方法。
【請求項11】
前記溶媒がメタノール及び酢酸メチルである、請求項9又は10に記載の水性エマルジョンの製造方法。
【請求項12】
前記溶媒の使用量がビニルアルコール系重合体(B)100質量部に対し1質量部以上100質量部未満である、請求項9~11のいずれか1項に記載の水性エマルジョンの製造方法。
【請求項13】
前記工程(2)が、変性ビニルアルコール系重合体(A)を含有する分散剤の存在下でエチレン性不飽和単量体を乳化重合する工程を含む、請求項9~12のいずれか1項に記載の水性エマルジョンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は特定の分散剤及び分散質を含む水性エマルジョン及び当該水性エマルジョンを含む接着剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、ビニルアルコール系重合体(以下、「PVA」と略記することがある。)を保護コロイドとして用いて酢酸ビニルに代表されるビニルエステル系単量体を重合して得られるビニルエステル系水性エマルジョンは、紙用、木工用及びプラスチック用等の各種接着剤、含浸紙用及び不織布製品用等の各種バインダー、混和剤、打継ぎ材、塗料、紙加工及び繊維加工等の分野で広く用いられている。かかる用途のうち、特に接着剤用途で耐水性や接着性が要求される場合は、PVAを保護コロイドとして用い、カルボキシ基含有不飽和単量体を併用することが広く行われている。
【0003】
しかしながら、このようにして得られる水性エマルジョンを用いた接着剤は、接着性や耐水性は向上するものの耐熱性に劣り、耐温水性、耐沸騰水性等が不十分であるという問題があった。
【0004】
そこで、これらの問題を解決するためにいくつかの解決策が提案されてきた(特許文献1~4)。例えば、特許文献1では、酸性媒体中でアルデヒド基を放出しうるポリアルデヒドを含有するエマルジョン接着剤が提案されている。
【0005】
特許文献2では、酢酸ビニルモノマーとN-メチロールアクリルアミドを共重合したエマルジョンが提案されている。
【0006】
特許文献3には、エチレンを含有させた変性PVA(以下、単に「エチレン変性PVA」という。)を保護コロイドとして、酢酸ビニル、又は酢酸ビニルと(メタ)アクリル酸エステル類を乳化(共)重合することが提案されている。しかしながら、これらの技術は確かにある程度は耐熱性等を改善するものの保管安定性等の問題があった。
【0007】
特許文献4では、保護コロイドとしてエチレン変性PVAを用い、酢酸ビニルを重合する際にカルボキシ基含有不飽和単量体の(共)重合物又はアマイド変性PVAを併用することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平8-60116号公報
【文献】特開平10-121017号公報
【文献】特開平11-106727号公報
【文献】特開2001-123138号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1~3のエマルジョンは、凝集物を含んでいたり塗工性が十分でなかったりした。また、接着剤としては、耐水接着性や耐熱接着性に改善の余地があった。
【0010】
特許文献4には、不飽和二重結合を有するカルボン酸又はその塩によりPVAをエステル化して得られる、側鎖に二重結合を有するPVAからなる分散安定剤が開示されている。そして、この分散安定剤を用いると乳化重合が安定するとされている。しかしながら、この分散安定剤を用いて得られるエマルジョンを接着剤として用いたとき、その接着剤は、接着強度、耐熱性及び耐水性が不十分である。また、特許文献4における、側鎖に二重結合を有するPVAは水に不溶な成分も含んでいるため、上記エマルジョンを接着剤として用いたとき塗工性が悪化するという問題もある。
【0011】
本開示は、凝集物の含有量(以下、「凝集物量」ともいう)が少なく塗工性に優れ、接着剤として用いた際に耐水接着性及び耐熱接着性に優れる水性エマルジョン及びそれを用いた接着剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、けん化度及び粘度平均重合度が特定の範囲にあり、さらに側鎖に特定の変性基を有し、高速液体クロマトグラフィーで測定した際に特定のピーク幅を有する変性ビニルアルコール系重合体(A)を分散剤として含み、エチレン性不飽和単量体単位を含む重合体(C)を分散質として含む水性エマルジョンとすることによって、上記課題を解決できることを見い出し、この知見に基づいてさらに研究を進め、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本開示は以下の発明を包含する。
[1]分散剤と分散質とを含む水性エマルジョンであって、前記分散剤が変性ビニルアルコール系重合体(A)を含み、前記分散質がエチレン性不飽和単量体単位を含む重合体(C)を含み、前記変性ビニルアルコール系重合体(A)は、粘度平均重合度が200~3000であり、けん化度が80~99.7モル%であり、側鎖にエステル化剤由来の二重結合を0.01モル%以上0.50モル%未満有し、前記エステル化剤が炭素-炭素二重結合を有するカルボン酸及び/又はその誘導体であり、高速液体クロマトグラフィーで測定されるピークにおける、ベースラインから5%の高さ位置でのピーク幅W0.05hが2.85分以上3.70分未満である、水性エマルジョン。
[2]前記エステル化剤が、脂肪族不飽和モノカルボン酸及び/又はその誘導体、及び脂肪族不飽和ジカルボン酸及び/又はその誘導体からなる群より選ばれる1種以上である、[1]に記載の水性エマルジョン。
[3]前記エステル化剤が、炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和モノカルボン酸、及び/又はその誘導体、及び炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和ジカルボン酸及び/又はその誘導体からなる群より選ばれる1種以上である、[1]に記載の水性エマルジョン。
[4]前記エステル化剤が、(i)イタコン酸及び/又はその誘導体、及び(ii)(メタ)アクリル酸及び/又はその誘導体からなる群より選ばれる1種以上である、[1]~[3]のいずれかに記載の水性エマルジョン。
[5]変性ビニルアルコール系重合体(A)が、さらにエチレン単位を主鎖に有し、該エチレン単位の含有率が変性ビニルアルコール系重合体(A)の全単量体単位に対して1モル%以上10モル%以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の水性エマルジョン。
[6]前記重合体(C)が、ビニルエステル系単量体、(メタ)アクリル酸エステル系単量体、スチレン系単量体及びジエン系単量体からなる群より選択される少なくとも1種に由来する単量体単位を含み、重合体(C)の全単量体単位に対する前記単量体単位の含有率が70質量%以上である、[1]~[5]のいずれかに記載の水性エマルジョン。
[7]前記重合体(C)が、ビニルエステル系単量体に由来する単量体単位を含み、重合体(C)の全単量体単位に対する前記単量体単位の含有率が70質量%以上である、[1]~[6]のいずれかに記載の水性エマルジョン。
[8][1]~[7]のいずれかに記載の水性エマルジョンを含む、接着剤。
[9]溶媒の存在下、ビニルアルコール系重合体(B)及びエステル化剤を反応させて変性ビニルアルコール系重合体(A)を得る工程(1)、並びに変性ビニルアルコール系重合体(A)を用いて水性エマルジョンを得る工程(2)を含み、前記変性ビニルアルコール系重合体(A)は、粘度平均重合度が200~3000であり、けん化度が80~99.7モル%であり、側鎖にエステル化剤由来の二重結合を0.01モル%以上0.50モル%未満有し、前記エステル化剤が炭素-炭素二重結合を有するカルボン酸及び/又はその誘導体であり、高速液体クロマトグラフィーで測定されるピークにおける、ベースラインから5%の高さ位置でのピーク幅W0.05hが2.85分以上3.70分未満である、[1]~[7]のいずれかに記載の水性エマルジョンの製造方法。
[10]前記溶媒がアセトン、メタノール及び酢酸メチルからなる群より選ばれる1種以上である、[9]に記載の水性エマルジョンの製造方法。
[11]前記溶媒がメタノール及び酢酸メチルである、[9]又は[10]に記載の水性エマルジョンの製造方法。
[12]前記溶媒の使用量がビニルアルコール系重合体(B)100質量部に対し1質量部以上100質量部未満である、[9]~[11]のいずれかに記載の水性エマルジョンの製造方法。
[13]前記工程(2)が、変性ビニルアルコール系重合体(A)を含有する分散剤の存在下でエチレン性不飽和単量体を乳化重合する工程を含む、[9]~[12]のいずれかに記載の水性エマルジョンの製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本開示によれば、凝集物の含有量が少なく塗工性に優れ、接着剤として用いた際に耐水接着性及び耐熱接着性に優れる水性エマルジョン及びそれを用いた接着剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(水性エマルジョン)
本開示の水性エマルジョンは、分散剤と分散質とを含み、前記分散剤が変性ビニルアルコール系重合体(A)を含み、前記分散質がエチレン性不飽和単量体単位を含む重合体(C)を含み、前記変性ビニルアルコール系重合体(A)は、粘度平均重合度が200~3000であり、けん化度が80~99.7モル%であり、側鎖にエステル化剤由来の二重結合を0.01モル%以上0.50モル%未満有し、前記エステル化剤が炭素-炭素二重結合を有するカルボン酸及び/又はその誘導体であり、高速液体クロマトグラフィーで測定されるピークにおける、ベースラインから5%の高さ位置でのピーク幅W0.05hが2.85分以上3.70分未満であることを特徴とする。
【0016】
なお、本明細書において、数値範囲(各成分の含有量、パラメータ(例えば、W0.05h)、各成分から算出される値及び各物性等)の上限値及び下限値は適宜組み合わせ可能である。
【0017】
[変性ビニルアルコール系重合体(A)]
本開示の変性ビニルアルコール系重合体(A)(以下、「変性PVA(A)」と略記することがある)は、けん化度が80モル%以上99.7モル%以下であり、粘度平均重合度が200以上3000以下であり、側鎖にエステル化剤由来の二重結合を0.01モル%以上0.50モル%未満有し、前記エステル化剤が炭素-炭素二重結合を有するカルボン酸及び/又はその誘導体であり、高速液体クロマトグラフィー(以下、「HPLC」と略記することがある)で測定されるピークにおける、ベースラインから5%の高さ位置でのピーク幅W0.05hが2.85分以上3.70分未満である。
【0018】
変性PVA(A)の粘度平均重合度は200以上3000以下であることが重要である。上記粘度平均重合度の下限は300以上が好ましく、400以上がより好ましく、500以上がさらに好ましく、水性エマルジョンの保管安定性及び接着強度を向上させる観点からは、600以上、700以上、900以上、1100以上又は1300以上が好ましい場合もある。上記粘度平均重合度の上限は2800以下が好ましく、変性PVA(A)の水不溶解分を少なくする観点からは、2600以下、2500以下、2300以下、2100以下、又は2000以下が好ましい場合もある。粘度平均重合度が200未満の場合は、生産性が低くなったり、変性PVA(A)の水不溶解分が多くなったりする。また、水性エマルジョン中に凝集物が多く生成し、接着剤として用いた際に塗工性に劣り、かつ耐水接着性及び耐熱接着性が低下する。一方、粘度平均重合度が3000を超える場合は、変性PVA(A)の水不溶解分が増加したり、接着剤として用いた際に塗工性に劣り、かつ耐水接着性及び耐熱接着性が低下する。
【0019】
変性PVA(A)の粘度平均重合度はJIS K 6726:1994に準じて測定して得られる値である。具体的には、けん化度が99.5モル%未満の場合には、けん化度99.5モル%以上になるまでけん化した変性PVA(A)について、水中、30℃で測定した極限粘度[η](L/g)を用いて下記式により粘度平均重合度(DP)を求める。
DP=([η]×104/8.29)(1/0.62)
【0020】
変性PVA(A)のけん化度は、80モル%以上99.7モル%以下であることが重要である。上記けん化度の下限は81モル%以上が好ましく、82モル%以上がより好ましく、83モル%以上がさらに好ましく、85モル%以上が特に好ましく、86モル%以上、87モル%以上、又は88モル%以上が好ましい場合もある。上記けん化度の上限は、99.5モル%以下が好ましく、99.3モル%以下がより好ましく、99.0モル%以下がさらに好ましい。けん化度が80モル%未満の場合は、変性PVA(A)の水溶性が低下し、水不溶解分が増加する。また、接着剤として用いた際に塗工性に劣り、かつ耐水接着性が低下する。一方、けん化度が99.7モル%を超える場合は、変性PVA(A)の水不溶解分が増加して、水性エマルジョン中の凝集物量が多くなり、接着剤として用いた際に塗工性に劣り、かつ耐水接着性及び耐熱接着性が低下する。けん化度はJIS K 6726:1994に準じて測定して得られる値である。
【0021】
変性PVA(A)は側鎖に所定のエステル化剤由来のエチレン性二重結合(以下、「側鎖の変性基」ともいう)を有するため、その反応性から様々な用途で特異な性能を発揮する。特に分散剤として変性PVA(A)を含む水性エマルジョンにおいて凝集物の生成が少なく、塗工性に優れ、該水性エマルジョンを接着剤として用いた際に耐水接着性及び耐熱接着性を向上させることができる。側鎖の変性基の含有率は、全単量体単位に対して0.01モル%以上0.50モル%未満であることが重要である。上記含有率の下限は0.03モル%以上が好ましく、0.05モル%以上がより好ましく、0.08モル%以上がさらに好ましく、0.09モル%以上が特に好ましい。上記含有率の上限は0.45モル%以下が好ましく、0.43モル%以下がより好ましく、0.40モル%以下がさらに好ましく、0.38モル%以下が特に好ましく、変性PVA(A)の水不溶解分を少なくする観点から0.35モル%以下、0.33モル%以下又は0.30モル%以下が好ましい場合もある。側鎖の変性基の含有率が0.01モル%未満の場合は、その変性基に由来する効果が小さく、特に塗工性が劣り、接着剤として用いた際に耐水接着性及び耐熱接着性が低下する。一方、0.50モル%以上の場合は、変性PVA(A)の水不溶解分が増加したり、分散剤として変性PVA(A)を含む水性エマルジョンを製造する際に凝集物が多く発生し安定な水性エマルジョンを得られにくかったり、該水性エマルジョンを接着剤として用いた際に塗工性に劣り、かつ耐水接着性及び耐熱接着性が低下したりする。
【0022】
本開示の効果を奏する限り、変性PVA(A)はその側鎖に他の変性基を含んでいてもよいが、他の変性基の含有率は、全単量体単位に対して5モル%未満が好ましく、1モル%未満がより好ましく、0.1モル%未満がさらに好ましく、0.01モル%未満が特に好ましい。
【0023】
HPLCで測定される変性PVA(A)のピークにおける、ベースラインから5%の高さ位置でのピーク幅を表すW0.05hは2.85分以上3.70分未満であることが重要である。上記W0.05hの下限は2.90分以上、2.95分以上又は2.99分以上であってもよい。上記W0.05hの上限は3.68分未満が好ましく、3.65分未満がより好ましく、3.63分未満がさらに好ましく、変性PVA(A)の水不溶解分を少なくする観点から3.60分未満、3.58分未満、3.55分未満、3.48分未満、3.45分未満、3.42分未満又は3.40分未満が好ましい場合もある。当該ピーク幅W0.05hは変性PVA(A)における側鎖の変性基の変性ムラを示しており、幅が広いほど変性ムラが大きいことを示す。なお、本明細書において変性ムラとは、それぞれの変性PVA(A)鎖に導入された側鎖の変性基量の偏りを意味し、側鎖の変性基がそれぞれの変性PVA(A)鎖に均一に導入されている場合、変性ムラは小さい。言い換えると、該ピーク幅W0.05hが狭いということは、それぞれの変性PVA(A)鎖において側鎖の変性基の含有率が同等である場合に変性ムラが小さいことを示す。ピーク幅W0.05hが上記した範囲内にあることで変性PVA(A)の製造直後及び長期保管後の水不溶解分が少なく、塗工性に優れ、接着剤として用いた際に耐水接着性及び耐熱接着性を向上させることができる。W0.05hが2.85分未満であると側鎖の変性基の変性ムラが非常に小さいことを意味する。
【0024】
例えば、後述のように、変性PVA(A)を原料であるビニルアルコール系重合体(B)(以下、「PVA(B)」と略記することがある)にエステル化剤として特定の不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体(例えば、イタコン酸及び/又はその誘導体、メタクリル酸及び/又はその誘導体)をエステル化して製造する場合、変性ムラを最小化するために、製造時にPVA(B)を溶液状で反応させること、すなわち均一系での反応が必須となり、PVA(B)をDMSO等の溶解可能な溶媒で溶解しエステル化させることになる。このような均一系では、側鎖の変性基の変性ムラが非常に小さい、すなわち、W0.05hが2.85分未満である変性PVA(A)が得られる。しかしながら、この場合、その後溶媒を除去回収する工程では溶媒が高沸点のため、工業スケールでの生産性、経済性が非常に悪いという問題が生じ製造が困難である。また、変性ムラが少なすぎると、同じ構造、同じ変性率のPVA鎖の割合が多くなることに起因してPVA鎖同士の会合体が生じやすくなり、結果として変性PVA(A)中の水不溶解分が増加する。W0.05hが3.70分以上であると変性ムラが多いことを示し、局所的にエステル化が進行していることを意味するため、変性PVA(A)の水不溶解分が増加し、該変性PVA(A)を分散剤として含む水性エマルジョンに凝集物が多く発生し、塗工性が低下する。また、上記エマルジョンを接着剤として用いた際に耐水接着性及び耐熱接着性が低下する。
【0025】
0.05hはJIS K 0124:2011中のシンメトリー係数の算出の際に用いられる値で定義される。W0.05hは、HPLCにおける測定ピークのベースラインからピーク高さの1/20の高さにおけるピーク幅を表す。
【0026】
本開示における変性PVA(A)のW0.05hの具体的な測定条件は、以下のとおりである。
試料濃度:5mg/mL
試料溶媒:水
注入量:30μL
検出器:蒸発光散乱検出器ELSD-LTII(株式会社島津製作所製)
カラム温度:45℃
移動相:A;イオン交換水、B;エタノール(99.5%)
移動相流量:0.4mL/分
カラム:Shimpack G-ODS(4)、内径4mm×長さ1cm、粒径5μm、株式会社島津製作所製
グラジエント条件:移動相Aとしてイオン交換水、及び移動相Bとしてエタノールを使用し、試料溶液注入前の時点においては、HPLCシステムのカラム内部は移動相A/移動相Bが体積比で95/5の混合溶媒で満たされた状態である。この状態で試料溶液を注入する。そして、試料溶液注入の直後から5分間、移動相A/移動相Bが体積比で95/5の液を流し、それから20分かけて移動相における移動相Bの割合を一定速度で増加させ、試料溶液注入から25分後に移動相Bの割合が100%となるようにする。
【0027】
ある実施形態では、本開示における変性PVA(A)としてはエチレン単位を主鎖に有する変性PVA(A)が挙げられる。エチレン単位を主鎖に有する変性PVA(A)を含む水性エマルジョンは、接着剤として用いた場合に、耐水接着性により優れる点で好ましい。エチレン単位を主鎖に有する変性PVA(A)は、エチレン単位を主鎖に有するPVA(エチレン-ビニルアルコール共重合体)を、PVA(B)として用いることで得ることができる。エチレン単位を有するPVA(B)は、ビニルエステル系単量体とエチレンとを共重合させてエチレン-ビニルエステル共重合体を得てから、当該エチレン-ビニルエステル共重合体をけん化することにより得ることができる。エチレン単位を主鎖に有する変性PVA(A)において、エチレン単位の含有率の下限は変性PVA(A)の全単量体単位に対して1モル%以上が好ましく、2モル%以上がより好ましく、2.5モル%以上がさらに好ましい。エチレン単位の含有率の上限は変性PVA(A)の全単量体単位に対して10モル%以下が好ましく、8モル%以下がより好ましく、7モル%以下がさらに好ましい。エチレン単位の含有率が10モル%以下であると、変性PVA(A)を水に溶解させたときに不溶物が生じにくい。
【0028】
[化合物(D)]
本開示の水性エマルジョンの分散剤は、本開示の効果が阻害されない範囲で、共役二重結合を有し、該共役二重結合に結合した水酸基を2つ以上有する化合物、又はその塩若しくはその酸化物(d1)(以下、「化合物(d1)」と略記する)、アルコキシフェノール(d2)及び環状ニトロキシルラジカル(d3)からなる群より選ばれる1種以上である化合物(D)を含んでいてもよい。このような化合物(D)を含む分散剤を用いることで、水性エマルジョン及び接着剤の保存時に、変性PVA(A)中の二重結合が反応し水不溶解分を生成することを抑制できる。その結果、接着剤の塗工性及び粘度安定性がより一層向上する。
【0029】
化合物(d1)において、共役二重結合に結合した水酸基とは、共役している炭素-炭素二重結合を構成する炭素原子に結合した水酸基のことをいう。化合物(d1)としては、炭素-炭素二重結合と炭素-炭素単結合とが交互につながった構造を有する共役ポリエンが挙げられる。共役ポリエンとしては、2個の炭素-炭素二重結合と1個の炭素-炭素単結合とが交互につながった構造を有する共役ジエン、3個の炭素-炭素二重結合と2個の炭素-炭素単結合とが交互につながった構造を有する共役トリエンなどが挙げられる。
【0030】
上記共役ポリエンには、複数の炭素-炭素二重結合からなる共役二重結合が互いに共役せずに1分子中に複数組含まれる共役ポリエンも含まれる。また、共役ポリエンは、直鎖状であってもよいし環状であってもよい。
【0031】
また、化合物(d1)には、上記した共役ポリエンだけでなく、ベンゼン等の芳香族炭化水素や、分子内のカルボニル基と共役した炭素-炭素二重結合を有するα,β-不飽和カルボニル化合物も含まれる。
【0032】
化合物(d1)において、水酸基は共役している炭素-炭素二重結合を構成する炭素原子に結合していればよく、結合位置は特に限定されず、水酸基の総数も2つ以上であればよい。共役二重結合を有する化合物が共役ポリエンの場合、不飽和炭素に水酸基が結合した化合物が挙げられる。共役二重結合を有する化合物が芳香族炭化水素である場合、芳香環を構成する炭素原子に水酸基が結合した化合物が挙げられる。共役二重結合を有する化合物がα,β-不飽和カルボニル化合物である場合、α位とβ位に水酸基が結合した化合物が挙げられる。
【0033】
化合物(d1)としては、変性PVA(A)と重合体(C)との相溶性を高める観点からは、芳香環を構成する炭素原子に水酸基が2つ以上結合した化合物、又はその塩若しくはその酸化物であることが好ましく、α,β-不飽和カルボニル化合物のα位とβ位に水酸基が2つ以上結合した化合物、又はその塩若しくはその酸化物であることも好ましい。中でも、得られる接着剤の耐水性を向上させる観点から、芳香環を構成する炭素原子に水酸基が2つ以上結合した化合物、又はその塩若しくはその酸化物であることがより好ましい。
【0034】
芳香環を構成する炭素原子に水酸基が2つ以上結合した化合物としては、ポリフェノールが挙げられる。当該ポリフェノールとしては、ピロガロール、フロログルシノール、ヒドロキシキノール、ヘキサヒドロキシベンゼンなどのヒドロキシベンゼン;没食子酸などのフェノールカルボン酸;没食子酸アルキルエステルなどのフェノールカルボン酸エステル;エピカテキン、エピガロカテキン、エピガロカテキン-3-ガラートなどのカテキンが挙げられる。没食子酸アルキルエステルとしては、没食子酸メチル、没食子酸エチル、没食子酸プロピル、没食子酸オクチル、没食子酸ドデシルなどが挙げられる。
【0035】
これらの中でも、化合物(d1)は、フェノールカルボン酸又はフェノールカルボン酸エステルであることが好ましく、没食子酸又は没食子酸アルキルエステルであることがより好ましく、没食子酸アルキルエステルであることがさらに好ましい。
【0036】
また、α,β-不飽和カルボニル化合物のα位とβ位に水酸基が2つ以上結合した化合物としては、アスコルビン酸などが挙げられる。化合物(d1)は、アスコルビン酸であることも好ましい。
【0037】
本開示で用いる化合物(d1)は、上記した化合物の塩であってもよい。上記した化合物の塩とは、共役二重結合に結合した水酸基の水素原子が金属で置換された金属アルコキシドや、分子内のカルボキシ基の水素が金属で置換されたカルボン酸塩のことをいう。金属としては、ナトリウム、カリウムなどが挙げられる。共役二重結合に結合した水酸基を2つ以上有する化合物の塩としては、例えば、没食子酸ナトリウムなどの没食子酸塩;アスコルビン酸ナトリウムなどのアスコルビン酸塩が挙げられる。
【0038】
本開示で用いる化合物(d1)は、上記した化合物の酸化物であってもよい。上記した化合物の酸化物とは、共役二重結合に結合した水酸基が酸化された化合物をいう。このような化合物としては、ベンゾキノン、デヒドロアスコルビン酸などが挙げられる。
【0039】
アルコキシフェノール(d2)を用いることにより、色相のより優れた水性エマルジョンを得ることができる。本開示におけるアルコキシフェノール(d2)とは、ベンゼン環の水素原子が少なくとも1個アルコキシ基で置換され、かつ少なくとも1個水酸基で置換された化合物のことをいう。他の水素原子は、メチル基、エチル基などのアルキル基やハロゲン基で置換されていてもよく、その数や結合位置も限定されない。アルコキシ基の炭素数は、通常、10以下であり、8以下であることが好ましく、6以下であることがより好ましく、4以下であることがさらに好ましく、2以下であることが特に好ましい。アルコキシ基の炭素鎖は直鎖状であっても分岐鎖状であってもかまわないが、水への溶解性の点から直鎖状であることが好ましい。アルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基などが挙げられ、中でもメトキシ基が好ましい。
【0040】
本開示で用いられるアルコキシフェノール(d2)は、ベンゼン環の水素原子が1個アルコキシ基で置換され、かつ1個水酸基で置換された化合物であることが好ましい。このとき、アルコキシ基の結合位置は特に限定されないが、水への不溶解分をより減らすことができ、前記分散剤を用いて水性エマルジョンを製造する際により安定に乳化重合できるとともに、耐水接着性に優れた接着剤を得る観点から、オルト位又はパラ位であることが好ましく、パラ位であることがより好ましい。
【0041】
本開示で好適に用いられるアルコキシフェノール(d2)としては、メトキシフェノール、エトキシフェノール、プロポキシフェノール、ブトキシフェノールなどが挙げられる。中でも、前記分散剤を用いて水性エマルジョンを製造する際により安定に乳化重合できるとともに、耐水接着性に優れた接着剤を得る観点から、メトキシフェノール、エトキシフェノールが好ましく、メトキシフェノールがより好ましい。
【0042】
本開示における環状ニトロキシルラジカル(d3)とは、炭素原子とヘテロ原子から形成された複素環を有し、ニトロキシルラジカル(=N-O・)の窒素原子が、その環の一部を形成する化合物のことをいう。当該環を構成するヘテロ原子としては、窒素原子の他に、酸素原子、リン原子、硫黄原子などが挙げられる。環を形成する原子の数は、通常、5個又は6個である。環を形成する原子には、アルキル基、水酸基、カルボキシ基、スルホ基、ハロゲン基などの置換基が結合していてもかまわない。置換基の個数や置換基の結合位置も特に限定されず、同一又は異なる原子に複数の置換基が結合していてもよい。前記分散剤を用いて水性エマルジョンを製造する際により安定に乳化重合できるとともに、耐水接着性に優れた接着剤を得る観点から、上記環状ニトロキシルラジカル(d3)が、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル(TEMPO)又はその誘導体であることが好ましい。TEMPOの誘導体としては、4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシルが好適に用いられる。
【0043】
変性PVA(A)と重合体(C)との相溶性を重視する場合には、化合物(D)が化合物(d1)であることが好ましい。前記分散剤を用いて水性エマルジョンを製造する際の乳化重合反応が安定し、得られる接着剤の耐水接着性を重視する場合には、化合物(D)がアルコキシフェノール(d2)又は環状ニトロキシルラジカル(d3)であることが好ましい。
【0044】
前記分散剤における化合物(D)の含有量が、変性PVA(A)100質量部に対して0.001~5質量部であることが好ましい。化合物(D)の含有量が0.001質量部以上の場合、分散剤において凝集物の生成が抑制され、得られる水性エマルジョンに不溶物が混入するおそれが低減される。その結果、水性エマルジョンを接着剤として用いた場合、塗工性がより優れる。また、得られる水性エマルジョンを接着剤として用いた場合、耐水接着性や耐熱接着性がより優れる。化合物(D)の含有量は、0.005質量部以上であることがより好ましく、0.01質量部以上であることがさらに好ましく、0.05質量部以上であることが特に好ましい。
【0045】
一方、化合物(D)の含有量が、変性PVA(A)100質量部に対して5質量部以下の場合、水性エマルジョンの製造工程においてエチレン性不飽和単量体の乳化重合反応が良好に進行しやすくなる。また、水性エマルジョンを接着剤として用いた場合、耐水接着性や耐熱接着性がより優れる。化合物(D)の含有量は、変性PVA(A)100質量部に対して4質量部以下であることがより好ましく、3質量部以下であることがさらに好ましい。
【0046】
[変性PVA(A)の製造方法]
本開示の変性PVA(A)は、例えば、溶媒の存在下、PVA(B)及びエステル化剤を反応させる工程(1)(以下、「工程(1)」と略記することがある。)を経ることで製造できる。原料として用いるPVA(B)は市販品であってもよく、例えば、ビニルエステル系単量体を重合してビニルエステル系重合体を得る重合工程、得られたビニルエステル系重合体をけん化してPVAを得るけん化工程を含む製造方法により製造してもよい。
【0047】
重合方法としては、塊状重合法、溶液重合法、懸濁重合法、乳化重合法、分散重合法等の公知の方法が挙げられ、工業的観点から、溶液重合法、乳化重合法及び分散重合法が好ましい。重合操作にあたっては、回分法、半回分法及び連続法のいずれの方式も採用できる。
【0048】
ビニルエステル系単量体としては、例えば酢酸ビニル、ギ酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、イソ酪酸ビニル、ピバル酸ビニル、バーサチック酸ビニル、桂皮酸ビニル、クロトン酸ビニル、デカン酸ビニル、ヘキサン酸ビニル、オクタン酸ビニル、イソノナン酸ビニル、トリメチル酢酸ビニル、4-tert-ブチルベンゼン酸ビニル、2-エチルヘキサン酸ビニル、カプロン酸ビニル、カプリル酸ビニル、ラウリン酸ビニル、パルミチン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、オレイン酸ビニル、安息香酸ビニル等が挙げられ、中でも工業的観点から酢酸ビニルが好ましい。
【0049】
重合工程において、本開示の趣旨を損なわない範囲で、ビニルエステル系単量体以外の他の単量体を共重合してもよい。他の単量体をビニルエステル系単量体と共重合することによって、得られる重合体の主鎖中に他の単量体単位の構造を有することができる。当該他の単量体としては、例えば、エチレン、プロピレン等のオレフィン系単量体;(メタ)アクリル酸及びその塩、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n-プロピル、(メタ)アクリル酸i-プロピル、(メタ)アクリル酸n-ブチル、(メタ)アクリル酸i-ブチル、(メタ)アクリル酸t-ブチル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸ドデシル、(メタ)アクリル酸オクタデシル等の(メタ)アクリル酸エステル系単量体;(メタ)アクリルアミド、N-メチル(メタ)アクリルアミド、N-エチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、ジアセトン(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリルアミドプロパンスルホン酸及びその塩、(メタ)アクリルアミドプロピルジメチルアミン及びその塩又はその4級塩、N-メチロール(メタ)アクリルアミド及びその誘導体等の(メタ)アクリルアミド系単量体;メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n-プロピルビニルエーテル、i-プロピルビニルエーテル、n-ブチルビニルエーテル、i-ブチルビニルエーテル、t-ブチルビニルエーテル、ドデシルビニルエーテル、ステアリルビニルエーテル等のビニルエーテル系単量体;アクリロニトリル、メタクリロニトリル等のニトリル系単量体;塩化ビニル、フッ化ビニル等のハロゲン化ビニル系単量体;塩化ビニリデン、フッ化ビニリデン等のハロゲン化ビニリデン系単量体;酢酸アリル、塩化アリル等のアリル系単量体;マレイン酸、イタコン酸、フマル酸等の脂肪族不飽和ジカルボン酸及びその塩又はそのエステル等のα,β-不飽和モノ又はジカルボン酸系単量体;ブタジエン、イソプレン、クロロプレン等のジエン系単量体;ビニルトリメトキシシラン等のビニルシリル系単量体;酢酸イソプロペニル等が挙げられる。このような他の単量体を共重合する場合、その含有率は通常5モル%以下である。なお、本明細書において、メタクリルとアクリルとを「(メタ)アクリル」と総称する。
【0050】
重合工程に用いる溶媒としては、アルコール系溶媒が好ましい。アルコール系溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、プロパノール等が挙げられ、中でもメタノールが好ましい。これらは、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0051】
重合工程に用いる重合開始剤は特に限定されず、重合方法に応じて公知の重合開始剤から選択できる。重合開始剤としては、例えば、アゾ系重合開始剤、過酸化物系重合開始剤、レドックス系重合開始剤等が挙げられる。
【0052】
アゾ系重合開始剤としては、例えば、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス(イソブチロニトリル)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)等が挙げられる。
【0053】
過酸化物系重合開始剤は、例えば、ジイソプロピルペルオキシジカーボネート、ジ(2-エチルヘキシル)ペルオキシジカーボネート、ジエトキシエチルペルオキシジカーボネート等のペルオキシジカーボネート化合物;t-ブチルペルオキシネオデカノエート、クミルペルオキシネオデカノエート等のペルオキシエステル化合物;アセチル(シクロヘキシルスルホニル)ペルオキシド;2,4,4-トリメチルペンチル-2-ペルオキシフェノキシアセテート等が挙げられる。
【0054】
レドックス系重合開始剤としては、酸化剤と還元剤を組み合わせたものを使用できる。酸化剤としては、過酸化物が好ましい。還元剤としては、金属イオン、還元性化合物等が挙げられる。酸化剤と還元剤の組み合わせとしては、過酸化物と金属イオンとの組み合わせ;過酸化物と還元性化合物との組み合わせ;過酸化物と、金属イオン及び還元性化合物との組み合わせ等が挙げられる。過酸化物としては、過酸化水素、クメンヒドロペルオキシド、t-ブチルヒドロペルオキシド等のヒドロペルオキシド、過硫酸塩(カリウム、ナトリウム又はアンモニウム塩)、過酢酸t-ブチル、過酸エステル(過安息香酸t-ブチル)等が挙げられる。金属イオンとしては、Fe2+、Cr2+、V2+、Co2+、Ti3+、Cu+等の1電子移動を受けることのできる金属イオンが挙げられる。還元性化合物としては、亜硫酸水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、酒石酸、フルクトース、デキストロース、ソルボース、イノシトール、ロンガリット、アスコルビン酸が挙げられる。これらの中でも、過酸化水素、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム及び過硫酸アンモニウムからなる群より選択される1種以上の過酸化物と、亜硫酸水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、酒石酸、ロンガリット及びアスコルビン酸からなる群より選択される1種以上の還元剤との組み合わせが好ましく、過酸化水素と、亜硫酸水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、酒石酸、ロンガリット及びアスコルビン酸からなる群より選択される1種以上の還元剤との組み合わせがより好ましい。また、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム、過酸化水素、クメンヒドロペルオキシド等の水溶性の重合開始剤を上記重合開始剤に組み合わせて重合開始剤としてもよい。これらの重合開始剤は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0055】
重合工程において、必要に応じて重合度調整剤(連鎖移動剤)を用いてもよい。重合度調整剤としては、アルデヒド類が好ましい。アルデヒド類としては、例えばアセトアルデヒド、プロピルアルデヒド、ブチルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、ペンチルアルデヒド、ヘキシルアルデヒド、ヘプチルアルデヒド、オクチルアルデヒド等が挙げられる。中でも、得られる変性PVA(A)の水溶性、及び変性PVA(A)を含む水性エマルジョンの保管安定性の観点から、炭素数2~4のアルデヒドが好ましく、アセトアルデヒド、プロピルアルデヒド又はブチルアルデヒドがより好ましく、入手性の面からアセトアルデヒドがさらに好ましい。重合度調整剤の使用量はビニルエステル系単量体に対して、0.5質量%以上10質量%以下が好ましく、1質量%以上5質量%以下がより好ましい。ある好適な実施形態としては、重合度調整剤(例えば、プロパンチオール、プロピルアルデヒド等の末端にプロピル基を導入する変性剤)を用いずにビニルエステル系単量体を重合する重合工程、得られたビニルエステル系重合体をけん化してPVA(B)を得るけん化工程、及び前記工程(1)を含む変性PVA(A)の製造方法が挙げられる。
【0056】
重合工程におけるビニルエステル系単量体の重合率は特に限定されないが、20%以上90%未満が好ましく、25%以上80%未満がより好ましく、30%以上60%未満がさらに好ましい。重合率が20%以上であると生産性が高く、90%以下であると、変性PVA(A)を水性エマルジョンとして用いた際の性能が良好になる傾向がある。
【0057】
重合工程で得られたビニルエステル系重合体をけん化する方法は特に限定されず、公知のけん化方法を採用できる。例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、ナトリウムメトキシド等の塩基性触媒やp-トルエンスルホン酸等の酸性触媒を用いた、加アルコール分解反応又は加水分解反応が挙げられる。この反応に使用できる溶媒としては、例えばメタノール、エタノール等のアルコール類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類:ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素等が挙げられる。これらの溶媒は1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。中でも、メタノール又はメタノール/酢酸メチル混合溶液を溶媒とし、水酸化ナトリウムを触媒としてけん化する方法が簡便であり好ましい。
【0058】
溶媒の存在下、けん化工程によって得られるPVA(B)及びエステル化剤を反応させる工程(1)を経ることで、側鎖にエステル化剤由来の二重結合が導入され、かつHPLCで測定されるピークにおける、ベースラインから5%の高さ位置でのピーク幅W0.05hが特定の範囲内の値である変性PVA(A)を得ることができる。工程(1)は、特定の溶媒及び特定のエステル化剤の存在下、PVA(B)を熱処理により変性させる工程を含むことが好ましい。より具体的には、工程(1)は、前記所定のけん化度、及び粘度平均重合度を有するPVA(B)を、溶媒及びエステル化剤の存在下、熱処理し変性させる熱処理変性工程を含み、前記溶媒が、アセトン、メタノール及び酢酸メチルからなる群より選ばれる1種以上であり、前記エステル化剤が、炭素-炭素二重結合を有するカルボン酸及び/又はその誘導体であることが好ましい。
【0059】
本開示において用いられるエステル化剤は、炭素-炭素二重結合を有するカルボン酸及び/又はその誘導体である。前記炭素-炭素二重結合を有するカルボン酸及び/又はその誘導体としては、不飽和モノカルボン酸、不飽和ジカルボン酸、不飽和トリカルボン酸、及び/又はそれらの誘導体等が挙げられる。エステル化剤は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらのカルボン酸及び/又はその誘導体は塩として用いることもできる。前記誘導体としては、不飽和モノカルボン酸無水物、不飽和ジカルボン酸無水物、不飽和モノカルボン酸エステル、不飽和ジカルボン酸モノエステル、不飽和ジカルボン酸ジエステル等が挙げられる。
【0060】
前記不飽和モノカルボン酸としては、例えば、(メタ)アクリル酸、クロトン酸、イソクロトン酸、2-ペンテン酸、4-ペンテン酸、2-ヘプテン酸、2-オクテン酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、エライジン酸、バクセン酸、ガドレイン酸、エルカ酸、ネルボン酸等の炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和モノカルボン酸;ソルビン酸、リノール酸、リノレン酸、エレオステアリン酸、ステアリドン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、4,8,12,15,19-ドコサペンタエン酸(イワシ酸)、ドコサヘキサエン酸等の炭素-炭素二重結合を2個以上有する脂肪族不飽和モノカルボン酸;ケイ皮酸等の芳香族不飽和モノカルボン酸等の炭素-炭素二重結合を1個以上有する不飽和モノカルボン酸が挙げられる。前記不飽和ジカルボン酸としては、例えば、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、シトラコン酸、メサコン酸等の炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和ジカルボン酸等が挙げられる。前記不飽和トリカルボン酸としては、アコニット酸等が挙げられる。前記不飽和モノカルボン酸無水物としては、例えば、無水(メタ)アクリル酸等が挙げられる。前記不飽和ジカルボン酸無水物としては、例えば、無水マレイン酸、無水イタコン酸、無水シトラコン酸等が挙げられる。前記不飽和モノカルボン酸エステルとしては、例えば、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル等の(メタ)アクリル酸アルキルエステル、クロトン酸アルキルエステル等が挙げられる。前記不飽和ジカルボン酸モノエステルとしては、例えば、マレイン酸モノメチル等のマレイン酸モノアルキルエステル、フマル酸モノアルキルエステル、イタコン酸モノアルキルエステル、シトラコン酸モノアルキルエステル、メサコン酸モノアルキルエステル等が挙げられる。前記不飽和ジカルボン酸ジエステルとしては、例えば、マレイン酸ジアルキルエステル、フマル酸ジアルキルエステル、イタコン酸ジメチル、イタコン酸ジエチル等のイタコン酸ジアルキルエステル等が挙げられる。
【0061】
前記エステル化剤の中でも、脂肪族不飽和モノカルボン酸及び/又はその誘導体(酸無水物、エステル)、及び脂肪族不飽和ジカルボン酸及び/又はその誘導体(酸無水物、モノエステル、ジエステル)からなる群より選ばれる1種以上が好ましく、炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和モノカルボン酸及び/又はその誘導体(酸無水物、エステル)、及び炭素-炭素二重結合を1個有する脂肪族不飽和ジカルボン酸及び/又はその誘導体(酸無水物、モノエステル、ジエステル)からなる群より選ばれる1種以上がより好ましく、炭素-炭素二重結合を1個有する炭素数3~10の脂肪族不飽和モノカルボン酸及び/又はその誘導体、及び炭素-炭素二重結合を1個有する炭素数4~10の脂肪族不飽和ジカルボン酸及び/又はその誘導体からなる群より選ばれる1種以上がさらに好ましく、炭素-炭素二重結合を1個有する炭素数3~6の脂肪族不飽和モノカルボン酸及び/又はその誘導体、及び炭素-炭素二重結合を1個有する炭素数4~6の脂肪族不飽和ジカルボン酸及び/又はその誘導体からなる群より選ばれる1種以上が特に好ましく、イタコン酸及び/又はその誘導体、及び(メタ)アクリル酸及び/又はその誘導体からなる群より選ばれる1種以上が最も好ましい。前記エステル化剤が、α位の炭素が炭素-炭素二重結合を有する脂肪族不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体(酸無水物、エステル)であることも好ましい態様である。
【0062】
前記エステル化剤が、下記一般式〔I〕で表される脂肪族不飽和カルボン酸及び/又はその誘導体(酸無水物、エステル)であることもまた好ましい。
【化1】
(式中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立して、水素原子、置換基を有していてもよい炭素数1~10のアルキル基、又はカルボキシ基を表し、Xは置換基を有していてもよい炭素数1~10のアルキレン基、又は炭素-炭素間の単結合を表す。)
【0063】
1、R2及びR3のアルキル基は直鎖状であってもよく、分岐鎖状であってもよい。アルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基等が挙げられる。アルキル基の炭素数は、1~8が好ましく、1~6がより好ましく、1~4がさらに好ましく、1~3が特に好ましく、1~2であってもよい。Xのアルキレン基は直鎖状であってもよく、分岐鎖状であってもよい。アルキレン基としては、メチレン基、エチレン基、n-プロピレン基、イソプロピレン基、ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、ヘプチレン基、オクチレン基、ノニレン基、デシレン基が挙げられる。アルキレン基の炭素数は、1~8が好ましく、1~6がより好ましく、1~4がさらに好ましく、1~3が特に好ましく、1~2であってもよい。置換基としては、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、水酸基、メルカプト基等が挙げられる。R1、R2及びR3のアルキル基は無置換であってもよい。Xのアルキレン基は無置換であってもよい。一般式〔I〕で表される脂肪族不飽和カルボン酸の誘導体としては、一般式〔I〕で表される脂肪族不飽和カルボン酸の2分子が脱水縮合してできるカルボン酸無水物であってもよい。
【0064】
エステル化剤の使用量はPVA(B)100質量部に対して、0.2質量部以上10質量部以下が好ましく、0.5質量部以上6質量部以下がより好ましい。
【0065】
熱処理する温度はPVA(B)とエステル化剤の反応を促進する観点から、通常50~200℃であり、70~180℃が好ましく、80~160℃がより好ましい。反応時間は通常10分~24時間である。
【0066】
また、PVA(B)は粉末状であることがW0.05hの値を前述の範囲に調整することが容易となるため好ましい。工程(1)を特定の溶媒の存在下で行うことでW0.05hの値を前述の範囲に調整することが容易となるため好ましい。溶媒としては、アセトン、メタノール、及び酢酸メチルが挙げられる。これらは、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。溶媒としては、製造直後及び長期保管後も水不溶解分がより少なく、当該変性PVA(A)を分散剤として含む水性エマルジョン中の凝集物の含有量が少なく、かつ当該水性エマルジョンの塗工性が優れ、さらに当該水性エマルジョンを接着剤として用いた際に耐水接着性及び耐熱接着性に優れる点から、メタノール及び酢酸メチルからなる群より選ばれる1種以上が好ましく、製造直後及び長期保管後の水不溶解分が顕著に少ない点から、メタノール及び酢酸メチルの混合溶媒がより好ましい。PVA(B)をメタノール及び酢酸メチルにより適度に可塑化することがW0.05hの値の調整に特に寄与する。
【0067】
工程(1)における溶媒の使用量に特に制限はないが、PVA(B)100質量部に対し1質量部以上100質量部未満であることが好ましく、3質量部以上70質量部未満がより好ましく、5質量部以上50質量部未満がさらに好ましく、5質量部以上30質量部未満が特に好ましい。溶媒の使用量がPVA(B)100質量部に対して1質量部以上であると、局所的な反応が起こることによる変性ムラの発生を抑制し、W0.05hの値が適度に小さくなったり、水不溶解分が低減したりしやすい。一方、溶媒の使用量がPVA(B)100質量部に対して100質量部未満であるとPVA(B)同士が熱処理時に融着し熱の伝わり方が不均一になることによる変性ムラの発生を抑制し、W0.05hの値が適度に小さくなったり、水不溶解分が低減したりしやすい。
【0068】
また、工程(1)において、化合物(d1)、アルコキシフェノール(d2)及び環状ニトロキシルラジカル(d3)からなる群より選ばれる1種以上である化合物(D)の存在下で、特定のエステル化剤とPVA(B)とを反応させて変性PVA(A)を得ることもできる。
【0069】
変性PVA(A)は、側鎖に特定のエステル化剤に由来するエチレン性二重結合を有していながらも、W0.05hにより表される変性ムラが特定の範囲にあるため、水溶液とした場合の水不溶解分が少ない。具体的には、変性PVA(A)を製造後、空気中60℃下に1時間放置した後に作製した水溶液における変性PVA(A)の水不溶解分(ppm)は、3000ppm以下が好ましく、2000ppm以下がより好ましく、1900ppm以下がさらに好ましく、1500ppm以下がよりさらに好ましく、1000ppm以下が特に好ましく、500ppm以下が最も好ましい。変性PVA(A)の水不溶解分(ppm)は、少なければ少ないほどよいが、0ppm以上であってもよく、0ppmを超えるものであってもよい。水不溶解分の測定方法は、後記する実施例に記載の通りである。
【0070】
[重合体(C)]
本開示の水性エマルジョンは、分散剤である前記変性PVA(A)と、分散質であるエチレン性不飽和単量体単位を含む重合体(C)(以下、「重合体(C)」と略記することがある)とを含有する。重合体(C)は1種の単量体からなる重合体であってもよく、2種以上の単量体からなる共重合体であってもよい。
【0071】
前記エチレン性不飽和単量体としては、例えばビニルエステル系単量体、オレフィン系単量体、(メタ)アクリル酸エステル系単量体、(メタ)アクリルアミド系単量体、ビニルエーテル系単量体、ニトリル系単量体、アリル系単量体、α,β-不飽和モノ又はジカルボン酸系単量体、ジエン系単量体、芳香族ビニル系単量体、複素環式ビニル系単量体、多官能性(メタ)アクリレート系単量体等が挙げられる。これらは1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。ビニルエステル系単量体、オレフィン系単量体、(メタ)アクリル酸エステル系単量体、(メタ)アクリルアミド系単量体、ビニルエーテル系単量体、ニトリル系単量体、アリル系単量体、及びα,β-不飽和モノ又はジカルボン酸系単量体及びジエン系単量体は、変性PVA(A)の原料であるPVA(B)の重合工程における他の単量体と同様である。
【0072】
芳香族ビニル系単量体としては、例えば、スチレン、α-メチルスチレン、p-メチルスチレン、クロロスチレン、α-ブトキシスチレン、1-エチル-2-ビニルベンゼン、ビニルビフェニル等のスチレン系単量体;ビニルナフタレン等の縮合多環芳香族系単量体等が挙げられ、スチレン系単量体が好ましい。複素環式ビニル系単量体としては、N-ビニル-2-ピロリドン等が挙げられる。多官能性(メタ)アクリレート系単量体としては、例えば、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0073】
前記エチレン性不飽和単量体の中でも、ビニルエステル系単量体、(メタ)アクリル酸エステル系単量体、スチレン系単量体及びジエン系単量体からなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、ビニルエステル系単量体がより好ましい。
【0074】
重合体(C)の全単量体単位に対する前記エチレン性不飽和単量体単位の含有率は、70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上、90質量%以上又は95質量%以上であることが好ましい場合もあり、100質量%であってもよい。
【0075】
水性エマルジョンにおける固形分濃度は、10~80質量%であることが好ましい。固形分濃度が10質量%以上の場合、水性エマルジョンの粘度が低くなりすぎず粒子が沈降しにくくなる。固形分濃度は15質量%以上であることがより好ましく、20質量%以上、25質量%以上、30質量%以上、35質量%以上又は40質量%以上であることが好ましい場合もある。一方、固形分濃度が80質量%以下であると、乳化重合中に凝集物が生成しにくく製造が容易となる。固形分濃度は75質量%以下であることがより好ましく、70質量%以下、65質量%以下又は60質量%以下であることが好ましい場合もある。ここで固形分とは、水性エマルジョンに含まれる乾燥固形物の全量を示す。
【0076】
水性エマルジョンにおける変性PVA(A)の含有量の下限は、分散質100質量部に対して0.1質量部以上であることが好ましく、1質量部以上、2質量部以上、3質量部以上、4質量部以上、5質量部以上又は6質量部以上が好ましい場合もある。水性エマルジョンにおける変性PVA(A)の含有量の上限は、分散質100質量部に対して50質量部以下であることが好ましく、40質量部以下、30質量部以下、25質量部以下、20質量部以下、15質量部以下又は10質量部以下が好ましい場合もある。
【0077】
[水性エマルジョンの製造方法]
本開示の水性エマルジョンの製造方法は特に限定されないが、溶媒の存在下、PVA(B)及びエステル化剤を反応させて変性PVA(A)を得る工程(1)、並びに変性PVA(A)を用いて水性エマルジョンを得る工程(2)を含むことが好ましい。工程(1)の好適な態様は、[変性PVA(A)の製造方法]で上記した通りである。工程(2)は、前記分散剤の存在下でエチレン性不飽和単量体を乳化重合する方法を含むことが好ましい。具体的な方法としては、分散剤とエチレン性不飽和単量体を仕込んだ後、適宜選択した重合開始剤を添加して、当該単量体を乳化重合する方法が挙げられる。分散剤の仕込み方法や添加方法は特に限定されず、分散剤を初期一括で仕込む方法や重合中に連続的に分散剤を添加する方法等を挙げることができる。なかでも、変性PVA(A)の分散質へのグラフト率を高める観点から、重合系内に分散剤を初期一括で仕込む方法が好ましい。これらの方法において、分散剤の量やエチレン性不飽和単量体の量、溶媒の量を適宜調整することで重合反応を調節することができる。
【0078】
本開示において、変性PVA(A)の重合体(C)100質量部に対する使用量は特に制限されないが、好ましくは0.1質量部以上50質量部以下である。当該使用量の下限はより好ましくは1質量部以上であり、2質量部以上、3質量部以上、4質量部以上、5質量部以上又は6質量部以上が好ましい場合もある。変性PVA(A)の使用量が上記下限以上の場合、乳化重合反応が安定しやすい。前記変性PVA(A)の使用量の上限はより好ましくは40質量部以下であり、30質量部以下、25質量部以下、20質量部以下、15質量部以下又は10質量部以下が好ましい場合もある。変性PVA(A)の使用量が上記上限以下である場合、水性エマルジョンを接着剤として用いたときに、その接着剤は耐水接着性が優れる傾向にある。ここで本開示において、変性PVA(A)の存在下で単量体を乳化重合して水性エマルジョンを製造した場合、当該単量体はほぼ全て重合して重合体(C)となる。従って、水性エマルジョンに残存する単量体の量はごく少量なので無視することができる。
【0079】
上記乳化重合において、重合開始剤としては、乳化重合に通常使用される水溶性の単独開始剤又は水溶性のレドックス系重合開始剤が使用できる。これらの重合開始剤は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。中でも、レドックス系重合開始剤が好ましい。
【0080】
水溶性の単独開始剤としては、アゾ系重合開始剤、過酸化水素、過硫酸塩(カリウム、ナトリウム又はアンモニウム塩)等の過酸化物等が挙げられる。アゾ系重合開始剤としては、例えば、2,2’-アゾビス(イソブチロニトリル)、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)等が挙げられる。
【0081】
レドックス系重合開始剤としては、酸化剤と還元剤を組み合わせたものを使用できる。酸化剤としては、過酸化物が好ましい。還元剤としては、金属イオン、還元性化合物等が挙げられる。酸化剤と還元剤の組み合わせとしては、過酸化物と金属イオンとの組み合わせ、過酸化物と還元性化合物との組み合わせ、過酸化物と、金属イオン及び還元性化合物とを組み合わせ等が挙げられる。過酸化物としては、過酸化水素、クメンヒドロペルオキシド、t-ブチルヒドロペルオキシド等のヒドロペルオキシド、過硫酸塩(カリウム、ナトリウム又はアンモニウム塩)、過酢酸t-ブチル、過酸エステル(過安息香酸t-ブチル)等が挙げられる。金属イオンとしては、Fe2+、Cr2+、V2+、Co2+、Ti3+、Cu+等の1電子移動を受けることのできる金属イオンが挙げられる。還元性化合物としては、亜硫酸水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、酒石酸、フルクトース、デキストロース、ソルボース、イノシトール、ロンガリット、アスコルビン酸が挙げられる。これらの中でも、過酸化水素、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム及び過硫酸アンモニウムからなる群から選ばれる1種以上の酸化剤と、亜硫酸水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、酒石酸、ロンガリット及びアスコルビン酸からなる群から選ばれる1種以上の還元剤との組み合わせが好ましく、過酸化水素と、亜硫酸水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、酒石酸、ロンガリット及びアスコルビン酸からなる群から選ばれる1種以上の還元剤との組み合わせがより好ましい。
【0082】
また、乳化重合に際しては、本開示の効果を損なわない範囲で、アルカリ金属化合物、界面活性剤、緩衝剤、重合度調整剤等を適宜使用してもよい。
【0083】
アルカリ金属化合物としては、アルカリ金属(ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム)を含む限り特に限定されず、アルカリ金属イオンそのものであってもよく、アルカリ金属を含む化合物であってもよい。
【0084】
アルカリ金属化合物の含有量(アルカリ金属換算)は、用いられるアルカリ金属化合物の種類に応じて適宜選択することができるが、アルカリ金属化合物の含有量(アルカリ金属換算)は、水性エマルジョン(固形換算)の全質量に対して、100~15000ppmが好ましく、120~12000ppmがより好ましく、150~8000ppmがさらに好ましい。アルカリ金属化合物の含有量が100ppmより低い場合、水性エマルジョンの乳化重合の安定性が低下することがあり、15000ppmを超えると、水性エマルジョンからなる皮膜が着色するおそれがあるため好ましくない。なお、アルカリ金属化合物の含有量は、ICP発光分析装置などにより測定することができる。ここで「ppm」は、「質量ppm」を意味する。
【0085】
アルカリ金属を含む化合物としては、具体的には、弱塩基性アルカリ金属塩(例えば、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ金属酢酸塩、アルカリ金属重炭酸塩、アルカリ金属リン酸塩、アルカリ金属硫酸塩、アルカリ金属ハロゲン化物塩、アルカリ金属硝酸塩)、強塩基性アルカリ金属化合物(例えば、アルカリ金属の水酸化物、アルカリ金属のアルコキシド)等が挙げられる。これらのアルカリ金属化合物は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0086】
弱塩基性アルカリ金属塩としては、例えば、アルカリ金属炭酸塩(例えば、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸ルビジウム、炭酸セシウム)、アルカリ金属重炭酸塩(例えば、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等)、アルカリ金属リン酸塩(リン酸ナトリウム、リン酸カリウム等)、アルカリ金属カルボン酸塩(酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸セシウム等)、アルカリ金属硫酸塩(硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸セシウム等)、アルカリ金属ハロゲン化物塩(塩化セシウム、ヨウ化セシウム、塩化カリウム、塩化ナトリウム等)、アルカリ金属硝酸塩(硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸セシウム等)が挙げられる。これらのうち、エマルジョン内が塩基性を帯びる観点から、解離時に弱酸強塩基の塩として振舞えるアルカリ金属カルボン酸塩、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ金属重炭酸塩が好ましく用いられ、アルカリ金属カルボン酸塩がより好ましい。
【0087】
これらの弱塩基性アルカリ金属塩を用いることにより、乳化重合において当該弱塩基性アルカリ金属塩がpH緩衝剤として作用をすることで、乳化重合を安定に進めることができる。
【0088】
界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤及びカチオン性界面活性剤のいずれを使用してもよい。非イオン性界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン誘導体、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル等が挙げられる。アニオン性界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、アルキル硫酸塩、アルキルアリール硫酸塩、アルキルスルフォネート、ヒドロキシアルカノールのサルフェート、ジアルキルスルホコハク酸エステル塩、アルキル又はアルキルアリールポリエトキシアルカノールのサルフェート及びホスフェート等が挙げられる。カチオン性界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、アルキルアミン塩、第四級アンモニウム塩、ポリオキシエチレンアルキルアミン等が挙げられる。界面活性剤の使用量は、エチレン性不飽和単量体(例えば、酢酸ビニル)の全量に対して2質量%以下であることが好ましい。界面活性剤の使用量が2質量%を超えると、水性エマルジョンの皮膜の耐水性が低下することがある。
【0089】
緩衝剤としては、酢酸、塩酸、硫酸等の酸;アンモニア、アミン荷性ソーダ、荷性カリ、水酸化カルシウム等の塩基;又はアルカリ炭酸塩、リン酸塩、酢酸塩等が挙げられる。重合度調整剤としては、メルカプタン類、アルコール類等が挙げられる。
【0090】
上記乳化重合における分散媒は、水を主成分とする水性媒体であることが好ましい。水を主成分とする水性媒体には、水と任意の割合で可溶な水溶性の有機溶媒(アルコール類、ケトン類等)を含んでいてもよい。ここで、「水を主成分とする水性媒体」とは水を50質量%以上含有する分散媒のことである。コスト及び環境負荷の観点から、分散媒は、水を90質量%以上含有する水性媒体であることが好ましく、水であることがより好ましい。前記水性エマルジョンの製造方法において、乳化重合の開始の前に上記分散剤を分散媒に溶解させて加熱した後、冷却し、窒素置換することが好ましい。このとき加熱温度は80~100℃が好ましい。乳化重合の温度は、特に限定されないが、20~95℃程度が好ましく、40~90℃程度がより好ましい。
【0091】
上記の方法で得られる本開示の水性エマルジョンは、木工用、紙加工用等の接着剤用途をはじめ、塗料、繊維加工等に使用できる。また、無機物バインダー、セメント混和剤、モルタルプライマー等広範な用途に利用され得る。当該水性エマルジョンは、そのままの状態で用いることができるが、必要であれば、本開示の効果を損なわない範囲で、分散剤としての変性PVA(A)及び化合物(D)、分散質としての重合体(C)以外の他の成分を含む水性エマルジョン組成物であってもよい。前記他の成分としては、従来公知の各種エマルジョン、通常使用される添加剤等が挙げられる。また、得られた水性エマルジョンを噴霧乾燥等により粉末化した、いわゆる粉末エマルジョンとしても有効に利用される。
【0092】
添加剤としては、例えば、有機溶媒(トルエン、キシレン等の芳香族化合物、アルコール類、ケトン類、エステル類、含ハロゲン系溶剤等)、可塑剤(E)、架橋剤(F)、界面活性剤、沈殿防止剤、増粘剤、流動性改良剤、防腐剤、密着性向上剤、酸化防止剤、浸透剤、消泡剤、充填剤、湿潤剤、着色剤、結合剤、保水剤、填料、澱粉及びその誘導体等の糖類、ラテックス等が挙げられる。これらは、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。水性エマルジョン組成物における当該他の成分の含有量は通常10質量%以下である。
【0093】
[接着剤]
本開示のある好適な実施形態としては、本開示の水性エマルジョンを含む接着剤が挙げられる。本開示の接着剤は、本開示の水性エマルジョンのみから構成されていてもよく、本開示の水性エマルジョンに加えて、可塑剤(E)、架橋剤(F)等の前記添加剤を含有していてもよい。
【0094】
可塑剤(E)としては、例えば、ジカルボン酸エステル系化合物、アリールオキシ基含有化合物等が挙げられる。
【0095】
ジカルボン酸エステル系化合物としては、例えば、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチラート、アジピン酸メチル、コハク酸ジメチル、グルタル酸ジメチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジフェニル、フタル酸ジヘキシル、フタル酸ジシクロヘキシル、フタル酸ジヒドロアビエチル、イソフタル酸ジメチル等が挙げられる。
【0096】
アリールオキシ基含有化合物におけるアリールオキシ基としては、フェノキシ基、置換フェノキシ基が挙げられる。置換フェノキシ基としては、炭素数1~12のアルコキシフェノキシ基、炭素数1~12のアルキルフェノキシ基等が挙げられる。置換基の数は、特に限定されず、1~5個が好ましく、1~3個がより好ましい。アリールオキシ基含有化合物としては、置換又は無置換フェノキシ基含有化合物が好ましく、ビニル基を含まない置換又は無置換フェノキシ基含有化合物がより好ましい。アリールオキシ基含有化合物の具体例としては、フェノキシエタノール、エチレングリコールモノフェニルエーテル、ポリプロピレングリコールモノフェニルエーテル、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンジノニルフェニルエーテル等が挙げられる。可塑剤(E)は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0097】
可塑剤(E)の含有量は、水性エマルジョン中の固形分100質量部に対して、0.5~20質量部であることが好ましく、1.0~10質量部であることがより好ましい。可塑剤(E)の含有量が上記範囲にあることにより、接着性に優れる接着剤が得られる。
【0098】
架橋剤(F)としては、例えば、多価イソシアネート化合物;ヒドラジン化合物;ポリアミドポリアミンエピクロロヒドリン樹脂(PAE);塩化アルミニウム、硝酸アルミニウム等の水溶性アルミニウム塩;尿素-グリオキザール系樹脂等のグリオキザール系樹脂等が挙げられる。多価イソシアネート化合物は、分子中に2個以上のイソシアネート基を有する。多価イソシアネート化合物としては、例えば、トリレンジイソシアネート(TDI)、水素化TDI、トリメチロールプロパン-TDIアダクト(例えばバイエル社の「Desmodur L」)、トリフェニルメタントリイソシアネート、メチレンビスフェニルイソシアネート(MDI)、ポリメチレンポリフェニルポリイソシアネート(PMDI)、水素化MDI、重合MDI、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、キシリレンジイソシアネート(XDI)、4,4-ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート(IPDI)等が挙げられる。多価イソシアネート化合物としては、ポリオールを過剰のポリイソシアネートで予めポリマー化した、末端基にイソシアネート基を持つプレポリマーを用いてもよい。これらは、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0099】
また、架橋剤(F)としては、ヒドラジン化合物を用いてもよい。ヒドラジン化合物としては、分子中にヒドラジノ基(H2N-NH-)を有する化合物であれば特に制限はなく、ヒドラジン、ヒドラジンヒドラート、ヒドラジンの塩酸、硫酸、硝酸、亜硫酸、リン酸、チオシアン酸、炭酸等の無機塩類及びギ酸、シュウ酸等の有機塩類;メチルヒドラジン、エチルヒドラジン、プロピルヒドラジン、ブチルヒドラジン、アリルヒドラジン等のヒドラジンの一置換体;1,1-ジメチルヒドラジン、1,1-ジエチルヒドラジン、(1-ブチル-2-メチルヒドラジン)等のヒドラジンの対称二置換体等が挙げられる。さらに、シュウ酸ジヒドラジド、マロン酸ジヒドラジド、コハク酸ジヒドラジド、アジピン酸ジヒドラジド、アゼライン酸ジヒドラジド、セバシン酸ジヒドラジド、ドデカン二酸ジヒドラジド、マレイン酸ジヒドラジド、フマル酸ジヒドラジド、ジグリコール酸ジヒドラジド、酒石酸ジヒドラジド、リンゴ酸ジヒドラジド、イソフタル酸ジヒドラジド、テレフタル酸ジヒドラジド、ダイマー酸ジヒドラジド等の多価ヒドラジド化合物等、従来公知の各種のものを用いることができ、これらの化合物は1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、特に、アジピン酸ジヒドラジドが好ましい。
【0100】
架橋剤(F)の含有量が、重合体(C)100質量部に対して1~50質量部であることが好ましい。架橋剤(F)の含有量が1質量部以上であると、耐水性や耐熱性がより優れる。一方、架橋剤(F)の含有量が50質量部以下であると、良好な皮膜が形成されやすく、耐水性や耐熱性の低下を抑制しやすい。
【0101】
接着剤の被着体としては、紙、木材及びプラスチック等が挙げられる。中でも、木材に好適である。本開示の接着剤は、ヤニ分の多い針葉樹や木目の密な広葉樹に対しても高い接着性を示すことから、集成材、合板、化粧合板、繊維ボードなどの用途に適用することができる。
【0102】
本開示は、本開示の効果を奏する限り、本開示の技術的思想の範囲内において、上記の構成を種々組み合わせた実施形態を含む。
【実施例
【0103】
以下、本開示を実施例によりさらに詳細に説明する。以下の実施例及び比較例において、特に断りがない場合、「部」及び「%」はそれぞれ質量部及び質量%を示す。
【0104】
[PVAの粘度平均重合度]
PVAの粘度平均重合度はJIS K 6726:1994に準じて測定した。具体的には、けん化度が99.5モル%未満の場合には、けん化度99.5モル%以上になるまでけん化したPVAについて、水中、30℃で測定した極限粘度[η](L/g)を用いて下記式により粘度平均重合度(DP)を求めた。なお、エステル化剤由来の二重結合を有する変性PVAの粘度平均重合度は、PVAとエステル化剤との反応後に再沈精製して単離された変性PVAについて測定した値である。
DP=([η]×104/8.29)(1/0.62)
【0105】
[PVAのけん化度]
PVAのけん化度は、JIS K 6726:1994に準じて測定した。なお、エステル化剤由来の二重結合を有する変性PVAのけん化度は、エステル化剤との反応後に再沈精製して単離された変性PVAについて測定した値である。
【0106】
[変性PVA(A)の側鎖の変性基の含有率]
変性PVA(A)の側鎖の変性基の含有率の測定及び算出は以下の方法で行った。まず、変性PVA(A)の10質量%水溶液を調製した。次に、この水溶液を、500gの酢酸メチル/水=95/5の溶液中に5g滴下し変性PVA(A)を析出させ、回収し乾燥させ、単離された変性PVA(A)をDMSO-d6に溶解し、400MHzの1H-NMRを用いて測定することで、ビニルアルコール単位のメチン由来のピークは3.2~4.0ppm(積分値〔P〕)、側鎖の変性基由来のプロトンのピークは5.0~6.5ppm付近に何箇所か帰属され、任意のものを使用することができ(積分値〔Q〕)、各ピークから以下の式により側鎖の変性基の含有率を求めた。
側鎖の変性基の含有率(モル%)=〔Q〕/〔P〕×100
【0107】
[変性PVA(A)の水溶液における水不溶解分(a)]
変性PVA(A)を製造後、空気中60℃下に1時間放置したのちに、変性PVA(A)の4質量%水溶液を100g作製し、200メッシュ(JIS標準篩のメッシュ換算では、目開き75μm;前記篩の目開きは、JIS Z 8801-1-2006の公称目開きWに準拠)の金網で全量ろ過し(ろ過前の金網の質量をa(g)とする)、金網ごと105℃で3時間乾燥した(絶乾後の金網と金網上に残存した物質の合計質量をb(g)とする)。下記式を用いて水不溶解分(ppm)を求めた。
水不溶解分(ppm)=1000000×(b-a)/4
【0108】
[変性PVA(A)の水溶液における水不溶解分(b)]
変性PVA(A)を製造後、空気中60℃下に6ヶ月間放置したのちに、変性PVA(A)の4質量%水溶液を100g作製し、200メッシュ(JIS標準篩のメッシュ換算では、目開き75μm;前記篩の目開きは、JIS Z 8801-1-2006の公称目開きWに準拠)の金網で全量ろ過し(ろ過前の金網の質量をa(g)とする)、金網ごと105℃で3時間乾燥した(絶乾後の金網と金網上に残存した物質の合計質量をb(g)とする)。下記式を用いて水不溶解分(ppm)を求めた。
水不溶解分(ppm)=1000000×(b-a)/4
【0109】
[変性PVA(A)のHPLCで測定されるW0.05h
本開示における変性PVA(A)のW0.05hは以下のように測定した。
試料溶液調製:
耐圧試験管(φ18mm、長さ18cm)に試料25mgに水5mLを正確に加えて蓋を閉め、アルミブロック式マグネティックスターラーで撹拌した。このとき、変性PVA(A)のけん化度が80モル%未満の場合は1時間、20℃下で撹拌し溶解した。変性PVA(A)のけん化度が80モル%以上の場合は2時間、90℃下で撹拌し溶解した。
HPLC測定条件:
試料濃度:5mg/mL
試料溶媒:水
注入量:30μL
検出器:蒸発光散乱検出器ELSD-LTII(株式会社島津製作所製)
カラム温度:45℃
移動相:A;イオン交換水、B;エタノール(99.5%)
移動相流量:0.4mL/分
カラム:Shimpack G-ODS(4)、内径4mm×長さ1cm、粒径5μm、株式会社島津製作所製
グラジエント条件:移動相Aとしてイオン交換水、及び移動相Bとしてエタノールを使用し、試料溶液注入前の時点においては、HPLCシステムのカラム内部は移動相A/移動相Bが体積比で95/5の混合溶媒で満たされた状態である。この状態で試料溶液を注入する。そして、試料溶液注入の直後から5分間、移動相A/移動相Bが体積比で95/5の液を流し、それから20分かけて移動相における移動相Bの割合を一定速度で増加させ、試料溶液注入から25分後に移動相Bの割合が100%となるようにした。
【0110】
[実施例1]
PVA(A1)の製造
1Lのナスフラスコに粘度平均重合度1700、けん化度88モル%の粉体のPVA(B)100部にメタノール10部、酢酸メチル10部、エステル化剤としてイタコン酸4部を加え、よく振り混ぜた後、110℃下4時間熱処理を行った。その結果、変性PVA(A)として粘度平均重合度が1700であり、けん化度が88モル%であり、イタコン酸由来の二重結合を0.11モル%有し、W0.05hの値が3.22分であるPVA(A1)を得た。また、PVA(A1)の水不溶解分(a)は180ppmであり、水不溶解分(b)は400ppmであった。
【0111】
Em-1の製造
還流冷却器、滴下ロート、温度計及び窒素吹込口を備えた2リットルガラス製重合反応器に、イオン交換水481g、PVA(A1)を34g仕込み、95℃で2時間撹拌し、PVA(A1)を完全に溶解させた。この溶液に酢酸ナトリウム(NaOAc)を0.4g添加し、混合溶解して分散剤溶液を調製した。次に、この分散剤溶液を冷却した後、窒素置換した。その後、撹拌しながら、60℃に昇温した後、酒石酸の20%水溶液3.8g及び5%過酸化水素水5.2gを添加後、酢酸ビニル45gを仕込み、重合を開始した。重合開始から30分後に、酒石酸の20%水溶液及び5%過酸化水素水を適宜添加しながら、酢酸ビニル404gを3時間かけて連続的に添加し、重合温度を85℃に維持して重合を完結させ、固形分濃度50%のポリ酢酸ビニル系水性エマルジョン(Em-1)を得た。得られた水性エマルジョンについて、凝集物量及び塗工性を以下に示す方法により評価した。結果を表3に示す。
【0112】
(1)凝集物量
水性エマルジョン(Em-1)500gを60メッシュの金網にてろ過し、ろ過残分を秤量し、下記評価基準に従って凝集物量を評価した。
A:ろ過残分が1.0%以下
B:ろ過残分が1.0%超2.5%以下
C:ろ過残分が2.5%超
D:多量のろ過残分が存在し、ろ過が困難
【0113】
(2)水性エマルジョンの塗工性の評価
幅25mm、長さ20cmのカバ材上に水性エマルジョン(Em-1)0.8gを滴下し、ゴムローラーで4回こすった後、目視により観察し、下記評価基準に従って評価した。
A:カバ材上の全面に均一塗布され、凝集物の発生がない。
B:カバ材の1/2以上の面積に均一塗布され、凝集物の発生及び塗布面の剥がれがない。
C:カバ材の1/2以上の面積に塗布され、凝集物が発生する及び塗布面が剥がれる。
D:カバ材の1/2未満の面積に塗布され、凝集物が発生する及び塗布面が剥がれる。
【0114】
接着剤の作製
水性エマルジョン(Em-1)の固形分100質量部に対して、可塑剤としてフェノキシエタノール4質量部を添加して混合した。さらに、アンモニア水溶液を添加し、pHを5に調整して接着剤を得た。得られた接着剤について、耐熱接着性及び耐水接着性を以下に示す方法により評価した。結果を表3に示す。
【0115】
(3)接着性評価(耐熱接着性の評価)
(接着条件)
実施例1で得られた接着剤を用いて、JIS K6852に準拠する方法で被着材を接着し、試料を作製した。
被着材:ツガ
塗布量:150g/m2(両面塗布)
圧締条件:20℃、24時間、圧力10kg/cm2
(測定方法)
得られた試料を20℃、7日間保管した後、80℃で1時間恒温槽にて保管した。恒温槽から取り出してすぐに、圧縮せん断試験機(株式会社島津製作所製、AG-10TD)により圧縮せん断接着強さを測定し、下記評価基準に従って評価した。圧縮せん断接着強さの値が大きいほど耐熱性に優れているといえる。
A:圧縮せん断接着強さが50.0kgf/cm2以上、又は被着材の表面の30%以上の面積が材破する。
B:圧縮せん断接着強さが35.0kgf/cm2以上50.0kgf/cm2未満
C:圧縮せん断接着強さが20.0kgf/cm2以上35.0kgf/cm2未満
D:圧縮せん断接着強さが20.0kgf/cm2未満
【0116】
(4)接着性評価(耐水接着性の評価)
実施例1で得られた接着剤を用いて耐熱接着性と同様に試料を作製した。
(測定条件)
得られた試料を20℃で7日間保管した。次に、60℃の温水中に3時間浸漬した後、20℃の水中に冷めるまで浸漬し、濡れたままの状態で圧縮せん断試験機(株式会社島津製作所製、AG-10TD)により圧縮せん断接着強さを測定し、下記評価基準に従って評価した。圧縮せん断接着強さの値が大きいほど耐水性に優れているといえる。
A:圧縮せん断接着強さが15.0kgf/cm2以上
B:圧縮せん断接着強さが5.0kgf/cm2以上15.0kgf/cm2未満
C:圧縮せん断接着強さが5.0kgf/cm2未満
D:温水浸漬中に被着材が剥離する
【0117】
[実施例2~6及び比較例2~6]
PVA(A2)~PVA(A6)及びPVA(A8)~PVA(A12)の製造
使用するPVA(B)の粘度平均重合度、けん化度及びエチレン単位の含有率、使用溶媒の種類及び使用量、エステル化剤の種類及び使用量、及び熱処理温度及び時間を表1に記載のとおり変更した以外は実施例1と同様にしてPVA(A2)~PVA(A6)及びPVA(A8)~PVA(A12)を製造した。側鎖の変性基の含有率及びW0.05hの測定結果並びに製造条件を表1に示し、水不溶解分の測定結果を表2に示す。また、PVA(A1)に代えて表3に記載の変性PVA(A)を使用した以外は実施例1と同様にして、水性エマルジョン((Em-2)~(Em-6)及び(Em-8)~(Em-12))、及びそれを用いた接着剤を製造した。実施例1と同様にして水性エマルジョン、及び接着剤の性能を評価した。結果を表3に示す。水性エマルジョン(Em-8)は、重合初期にゲル化及び凝集が起こり、安定なエマルジョンを得ることができなかったため、接着剤の性能も評価できなかった。
【0118】
[比較例1]
エステル化剤によるPVA(B)のエステル化を行わず、粘度平均重合度1700、けん化度98モル%のPVA(B)をそのままPVA(A7)として使用した。製造条件を表1に示し、水不溶解分の測定結果を表2に示す。また、PVA(A1)に変えてPVA(A7)を使用した以外は実施例1と同様にして、水性エマルジョン(Em-7)、及びそれを用いた接着剤を製造した。実施例1と同様にして水性エマルジョン(Em-7)、及び接着剤の性能を評価した。結果を表3に示す。
【0119】
[比較例7]
イタコン酸4部をメタノール50部及び酢酸メチル150部の混合溶媒に溶解させた溶液に、粘度平均重合度1700、けん化度88モル%のPVA(B)100部を加えて膨潤させた後、減圧下40℃の温度で24時間乾燥を行った。次いで窒素雰囲気下にて110℃で4時間加熱処理を行い、PVA(A13)を得た。側鎖の変性基の含有率及びW0.05hの測定結果並びに製造条件を表1に、水不溶解分の測定結果を表2に示す。また、PVA(A1)に代えてPVA(A13)を使用した以外は実施例1と同様にして、水性エマルジョン(Em-13)、及びそれを用いた接着剤を製造した。実施例1と同様にして水性エマルジョン(Em-13)及び接着剤の性能を評価した。結果を表3に示す。
【0120】
【表1】
【0121】
【表2】
【0122】
【表3】
【0123】
実施例の水性エマルジョンは、凝集物量が少なく、塗工性にも優れていた。一方、比較例1の水性エマルジョンは塗工性が劣っていた。比較例2では、変性PVA水溶液を調製した際の水不溶解分が多いために重合初期にゲル化及び凝集が起こり、安定なエマルジョンを得ることができなかった。比較例3~7の水性エマルジョンは、凝集物量が多く、塗工性にも劣っていた。また、実施例の接着剤は、耐水接着性及び耐熱接着性に優れていた。一方、比較例1、3及び5~7の接着剤は耐水接着性に劣っていた。比較例1及び5~7の接着剤は、耐熱接着性も劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0124】
本開示の水性エマルジョンは、凝集物量が少なく、塗工性、耐水接着性及び耐熱接着性に優れ、特に、耐木工用、紙加工用等の接着剤用途をはじめ、塗料、繊維加工等に使用できる。