(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-21
(45)【発行日】2023-11-30
(54)【発明の名称】ガラスおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C03B 8/00 20060101AFI20231122BHJP
C03C 3/089 20060101ALI20231122BHJP
C03C 1/06 20060101ALI20231122BHJP
【FI】
C03B8/00 B
C03C3/089
C03C1/06
(21)【出願番号】P 2021550623
(86)(22)【出願日】2020-09-18
(86)【国際出願番号】 JP2020035448
(87)【国際公開番号】W WO2021065562
(87)【国際公開日】2021-04-08
【審査請求日】2022-07-22
(31)【優先権主張番号】P 2019179759
(32)【優先日】2019-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001586
【氏名又は名称】弁理士法人アイミー国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 健二
(72)【発明者】
【氏名】赤井 智子
【審査官】山本 吾一
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-308400(JP,A)
【文献】特開2009-227570(JP,A)
【文献】特開平02-092841(JP,A)
【文献】国際公開第2013/161791(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03B
C03C
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成の異なる第1のガラス部分と第2のガラス部分とを備え、第1および第2のガラス部分のうち一方のガラス部分はガラス母相となり、他方のガラス部分は最大径が10~1000nmの範囲で前記ガラス母相中に分散しているガラスであって、
前記第1のガラス部分は、前記第2のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち塑性流動が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
前記第2のガラス部分は、前記第1のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち高密度化が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
前記第1のガラス部分中のガラス組成のイオンの充填密度は、前記第2のガラス部分中のガラス組成のイオンの充填密度よりも高く、
前記第1のガラス部分にイオンの充填密度が0.55以上になるガラス組成のガラス領域が含まれており、前記第2のガラス部分にイオンの充填密度が0.47以下になるガラス組成のガラス領域が含まれている、ガラス。
【請求項2】
前記第1のガラス部分と前記第2のガラス部分との間に明確な境界はなく、前記第1のガラス部分から前記第2のガラス部分に至るまでの特性の変化は連続的かつ滑らかである、請求項1に記載のガラス。
【請求項3】
前記第1のガラス部分のガラス組成のガラス転移温度は、前記第2のガラス部分のガラス組成のガラス転移温度よりも低い、
請求項1または2に記載のガラス。
【請求項4】
前記第1のガラス部分に遷移金属イオンまたは希土類イオンを含み、近赤外域に遷移金属イオンまたは希土類イオンによる光吸収を持つ、
請求項3に記載のガラス。
【請求項5】
組成の異なる第1のガラス部分と第2のガラス部分とを備え、第1および第2のガラス部分のうち一方のガラス部分はガラス母相となり、他方のガラス部分は最大径が10~1000nmの範囲で前記ガラス母相中に分散しているガラスであって、
前記第1のガラス部分は、前記第2のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち塑性流動が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
前記第2のガラス部分は、前記第1のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち高密度化が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
ビッカース圧子を用いた押し込みによる圧痕深さ測定において、ガラス転移温度での熱処理前の圧痕深さをDb、ガラス転移温度で熱処理した後の圧痕深さをDaとし、圧痕回復率RIDを(Db-Da)/Dbとしたとき、前記第1のガラス部分を構成する組成からなるガラスの圧痕回復率は、前記第2のガラス部分を構成する組成からなるガラスの圧痕回復率よりも低く、
前記第1のガラス部分に前記圧痕回復率が0.35未満になるガラス組成のガラス領域が含まれており、前記第2のガラス部分に前記圧痕回復率が0.35以上になるガラス組成のガラス領域が含まれている、ガラス。
【請求項6】
組成の異なる第1のガラス部分と第2のガラス部分とを備え、第1および第2のガラス部分のうち一方のガラス部分はガラス母相となり、他方のガラス部分は最大径が10~1000nmの範囲で前記ガラス母相中に分散しているガラスであって、
前記第1のガラス部分は、前記第2のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち塑性流動が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
前記第2のガラス部分は、前記第1のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち高密度化が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
前記第1のガラス部分は、B
2O
3を主成分とし、
前記第2のガラス部分は、SiO
2を主成分とする、ガラス。
【請求項7】
ガラス表面に
組成の異なる第1のガラス部分と第2のガラス部分とを備え、第1および第2のガラス部分のうち一方のガラス部分はガラス母相となり、他方のガラス部分は最大径が10~1000nmの範囲で前記ガラス母相中に分散しているガラスであって、
前記第1のガラス部分は、前記第2のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち塑性流動が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
前記第2のガラス部分は、前記第1のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち高密度化が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
前記第1のガラス部分中のガラス組成のイオンの充填密度は、前記第2のガラス部分中のガラス組成のイオンの充填密度よりも高く、
前記第1のガラス部分にイオンの充填密度が0.55以上になるガラス組成のガラス領域が含まれており、前記第2のガラス部分にイオンの充填密度が0.47以下になるガラス組成のガラス領域が含まれている、ガラス。
【請求項8】
ガラス表面に
組成の異なる第1のガラス部分と第2のガラス部分とを備え、第1および第2のガラス部分のうち一方のガラス部分はガラス母相となり、他方のガラス部分は最大径が10~1000nmの範囲で前記ガラス母相中に分散しているガラスであって、
前記第1のガラス部分は、前記第2のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち塑性流動が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
前記第2のガラス部分は、前記第1のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち高密度化が優位な特性を有するガラスを形成する組成からなり、
前記第1のガラス部分は、B
2O
3を主成分とし、
前記第2のガラス部分は、SiO
2を主成分とする、ガラス。
【請求項9】
前記第2のガラス部分は前記ガラス表面において多孔質化した層であり、
前記第1のガラス部分は前記第2のガラス部分の多孔質中に充填されている、
請求項7または8に記載のガラス。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載のガラスを含むガラス封着部材。
【請求項11】
請求項1~9のいずれか1項に記載のガラスを含むガラス容器。
【請求項12】
請求項1~9のいずれか1項に記載のガラスを含む機器表面用のガラスカバー。
【請求項13】
イオンの充填密度が0.55以上になるガラス組成であり、塑性変形特性である塑性流動特性および高密度化特性のうち、前記塑性流動特性が優位である第1のガラス部分の前駆体を用意する工程と、
イオンの充填密度が0.47以下になるガラス組成であり、前記高密度化特性が優位である第2のガラス部分の前駆体を用意する工程と、
前記第1のガラス部分の前駆体と前記第2のガラス部分の前駆体とを混合して混合物を得る工程と、
前記第1および第2のガラス部分を残存させる条件で前記混合物を熱処理する工程とを備え、
前記第1のガラス部分の前駆体は、第1のガラス転移温度を有し、
前記第2のガラス部分の前駆体は、前記第1のガラス転移温度よりも高い第2のガラス転移温度を有し、
前記混合物は、前記第1のガラス転移温度以上、かつ、前記第2のガラス転移温度以下の温度で熱処理される、ガラスの製造方法。
【請求項14】
前記混合物の熱処理は、熱処理後のガラスにおいて前記第1および第2のガラス部分の組成が連続的に変化して前記第1および第2のガラス部分が残存する条件で行われる、請求項13に記載のガラスの製造方法。
【請求項15】
前記第1のガラス部分の前駆体および前記第2のガラス部分の前駆体は、前記第1のガラス部分の前駆体および前記第2のガラス部分の前駆体のうちの一方の粒径が1μm以下になるように混合される、請求項13または14に記載のガラスの製造方法。
【請求項16】
前記混合物は、赤外線の照射によって熱処理される、請求項13~15のいずれか1項に記載のガラスの製造方法。
【請求項17】
B
2O
3を主成分とし、イオンの充填密度が0.55以上になるガラス組成であり、塑性変形特性である塑性流動特性および高密度化特性のうち、前記塑性流動特性が優位である第1のガラス部分の前駆体溶液を用意する工程と、
SiO
2を主成分とし、イオンの充填密度が0.47以下である第2のガラス部分の前駆体を用意する工程と、
前記第2のガラス部分の前駆体の表面に多孔質化処理を施す工程と、
前記第2のガラス部分の前駆体の表面の多孔質層に前記第1のガラス部分の前駆体溶液を充填し、熱処理を行うことによって第2のガラス部分の多孔質中に第1のガラス部分を析出させる工程とを備える、ガラスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ガラスに関し、特に割れにくいガラスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガラスは、例えばスマートフォンのカバー、窓、ディスプレイ、食器、機器の封着などに幅広く使用されているが、いずれの用途においてもその脆性に起因する割れが問題視されている。
【0003】
ガラスを割れにくくするための強化手法として、風冷強化などの物理強化法、特開2018-104285号公報(特許文献1)に開示されたような化学強化法、特開2017-071545号公報(特許文献2)に開示されたような結晶化法が提案されてきた。
【0004】
風冷強化法では、ガラスを軟化点近傍に加熱した後に空冷することで、表面に圧縮応力を残留させている。化学強化法では、例えばガラスを溶融塩に浸漬し、ナトリウムイオンとカリウムイオンをイオン交換させることで表面に圧縮応力層を作製している。結晶化法では、ガラス中に結晶や金属を析出させコンポジットを形成して高強度化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-104285号公報
【文献】特開2017-071545号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】ガラス工学ハンドブック、朝倉書店、編集:山根正之ら、ISBN-10:4254252382、ページ189-194(1999/7/1出版)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
物理強化法や化学強化法では、ガラスの表面近傍に残留圧縮応力層を形成することによって、亀裂を進展させる開口応力を打ち消して破壊しにくくしている。しかしながら、これらの強化法では同時にガラス内部に引張応力が残存しているので、一度亀裂が残留引張応力層に到達すると、この引張応力によってガラスが自発的に破壊してしまう。また、ガラス内部に引張応力が残留しているので、強化後のガラスの加工が困難になる。また、封着ガラスなどの用途で用いられるガラスを融着させるプロセスでは均一な応力分布の制御が難しい。
【0008】
結晶化法では結晶や金属とのコンポジットを形成してガラスの強化を図るものなので、高強度でありながら透明なガラスを得ることが困難になる。また、ガラスを再加熱することで結晶化させるため、プロセスが煩雑になる。さらに、異材と接合させた場合、再加熱により接合された材料が劣化する場合がある。
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、その目的は、異なる変形挙動の特徴を持つガラス部を共存させることで割れにくいガラスを得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るガラスは、第1のガラス部分と、第2のガラス部分とを備える。第1のガラス部分は、第2のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち塑性流動が優位な特性を有しており、第2のガラス部分は、第1のガラス部分に対して、塑性変形特性のうち高密度化が優位な特性を有している。
【0011】
上記のガラス部分はバルク全体に亘って存在する必要はなく、表面近傍にだけ存在していてもよい。
【0012】
好ましくは、第1のガラス部分と第2のガラス部分との間に明確な境界はなく、第1のガラス部分から第2のガラス部分に至るまでの特性の変化は連続的かつ滑らかである。
【0013】
好ましくは、第1のガラス部分または第2のガラス部分の大きさが1μm以下である。
【0014】
好ましくは、ビッカース圧子を用いた押し込みによる圧痕深さ測定において、ガラス転移温度での熱処理前の圧痕深さをDb、ガラス転移温度で熱処理した後の圧痕深さをDaとし、圧痕回復率RIDを(Db-Da)/Dbとしたとき、第1のガラス部分を構成する組成からなるガラスの圧痕回復率は、第2のガラス部分を構成する組成からなるガラスの圧痕回復率よりも低い。
【0015】
好ましくは、第1のガラス部分を構成する組成からなるガラスの圧痕回復率が0.35未満であり、第2のガラス部分を構成する組成からなるガラスの圧痕回復率が0.35以上である。
【0016】
好ましくは、第1のガラス部分中のイオンの充填密度は、第2のガラス部分中のイオンの充填密度よりも高い。
【0017】
好ましくは、第1のガラス部分のイオンの充填密度が0.55以上であり、第2のガラス部分のイオンの充填密度が0.47以下である。
【0018】
好ましくは、第1のガラス部分のガラス転移温度は、第2のガラス部分のガラス転移温度よりも低い。
【0019】
好ましくは、第1のガラス部分に遷移金属イオンまたは希土類イオンを含み、近赤外域に遷移金属イオンまたは希土類イオンによる光吸収を持つ。
【0020】
上記に記載のガラスは、例えば、ガラス封着部材として、またはガラス容器として、または消費者向け電子製品等の表面用のガラスカバーとして使用される。
【0021】
本発明に係るガラスの製造方法は、塑性変形特性である塑性流動特性および高密度化特性のうち、塑性流動特性が優位である第1ガラス部分の前駆体を用意する工程と、高密度化特性が優位である第2のガラス部分の前駆体を用意する工程と、第1ガラス部分の前駆体と第2ガラス部分の前駆体とを混合して混合物を得る工程と、第1および第2のガラス部分を残存させる条件で混合物を熱処理する工程とを備える。
【0022】
上記の工程はバルク全体を処理するのではなく表面の処理工程であってもよい。
【0023】
好ましくは、第1のガラス部分の前駆体は、0.55以上のイオンの充填密度を有し、第2のガラス部分の前駆体は、0.47以下のイオンの充填密度を有する。
【0024】
好ましくは、第1のガラス部分の前駆体は、48モル%以上のB2O3を含み、第2のガラス部分の前駆体は、80モル%以上のSiO2を含む。
【0025】
好ましくは、混合物の熱処理は、熱処理後のガラスにおいて第1および第2のガラス部分の組成が連続的に変化して第1および第2のガラス部分が残存する条件で行われる。
【0026】
好ましくは、第1のガラス部分の前駆体および第2のガラス部分の前駆体は、第1のガラス部分の前駆体および第2のガラス部分の前駆体のうちの一方の粒径が1μm以下になるように混合される。
【0027】
好ましくは、第1のガラス部分の前駆体は、第1のガラス転移温度を有し、第2のガラス部分の前駆体は、第1のガラス転移温度よりも高い第2のガラス転移温度を有し、混合物は、第1のガラス転移温度以上、かつ第2のガラス転移温度以下の温度で熱処理される。
【0028】
好ましくは、混合物は、赤外線の照射によって熱処理される。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、ガラスの全体に亘って応力集中を散逸もしくは緩和する部分と応力を吸収する部分とが存在することになるので、割れにくいガラスを実現できる。このような割れにくいガラスは、例えば、ガラス封着部材、ガラス容器または機器表面用のガラスカバーに有利に利用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】イオンの充填密度と自由エネルギーとの関係を示す図である。
【
図3】熱処理後のガラスに高密ガラス部分と低密度ガラス部分とが残存していることを示す模式図の一例である。
【
図5】ガラス原料粉末(f):(b’)を5:5で混合し、光によって加熱した本発明によるガラス(左)と高温で均質になるよう溶融したガラス(右)の透過型電子顕微鏡写真である。
【
図6】ガラス原料粉末(c):(c’)を7:3で混合し光加熱することで得られたガラス(本発明)と(c)ガラスおよび(c’)ガラスの亀裂発生試験の結果を示す写真である。
【
図7】ガラス原料粉末(e):(e’)を7:3で混合し、光加熱することで得られたガラス(本発明)と電気炉熱処理で得られたガラスの亀裂発生確率を示す図である。
【
図8】ガラス原料粉末(a):(c’)を7:3で混合し、光加熱することで得られたガラス(本発明)と電気炉熱処理で得られたガラス、および(a)、(c’)のガラスの亀裂発生確率を示す図である。
【
図9】ガラス原料粉末(b):(a’)および(b):(b’)を5:5で混合し、光加熱することで得られたガラス(本発明)と電気炉熱処理で得られたガラスの亀裂発生確率を示す図である。
【
図10】(h):(e’)を7:3となるように原料を混合し、低温加圧熱処理することで得られたガラス(本発明)に高密度ガラス部分と低密度ガラス部分とが残存していることを示す走査透過型電子顕微鏡写真である。
【
図11】(h):(e’)を7:3となるように原料を混合し、低温加圧熱処理することで得られたガラス(本発明)と高温熱処理で得られたガラスの亀裂発生確率を示す図である。
【
図12】(h)ガラス前駆体溶液を多孔質(e’)ガラスを含浸後低温熱処理することで得られたガラス(本発明)に高密度ガラス部分と低密度ガラス部分とが残存していることを示す走査透過型電子顕微鏡写真である。
【
図13】(h)ガラス前駆体溶液を多孔質(e’)ガラスに含浸後低温で熱処理することで得られたガラス(本発明)と高温で熱処理したガラス、(h)ガラスおよび(d’)ガラス、多孔質ガラスの前駆体として合成されたガラスと、それを電気炉熱処理により分相処理したガラスの亀裂発生確率を示す図である。図右は図左の横軸を拡大したものである。
【
図14】(c’)ガラスをNaHCO
3溶液で処理し多孔質化した(f’)ガラスの走査透過型電子顕微鏡写真であり、表面から15μmの領域が多孔質化していることがわかる。
【
図15】(h)ガラス前駆体溶液を多孔質(f’)ガラスに含浸後、低温で熱処理することで得られたガラス(本発明)と、(f’)ガラス、(c’)ガラスの亀裂発生確率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
[不均質性の形成]
本発明では、ガラス母相中に最大径が10~1000nm程度の異なる組成のガラス部分を分散させるものである。
【0032】
不均質性の形成のために、まず2種類以上のガラス粉末またはガラス前駆体を用意し、それらを混合して混合粉末を得る。この混合粉末を成形後熱処理する際の熱処理条件、例えば加熱温度、時間等を適切に調整することにより、ガラス組成が均質化するまでの途中段階で加熱を停止し、最大径が10~1000nmのガラス部分を残存させる。この構造は必ずしもバルク全体に亘って存在する必要はなく、内部が均質であっても表面近傍だけにこのような構造が存在していてもよい。
【0033】
均質化を抑えるための熱処理を行うにあたり、本発明の一実施形態では赤外線加熱、例えば赤外ランプヒータによって混合粉末を加熱するが、他の加熱手段を採用してもよい。例えば、混合粉末を炭酸ガスレーザなどの各種レーザにより加熱したり、スパークプラズマ焼結装置、マイクロ波加熱装置などで急速加熱するようにしてもよい。あるいは急速でなくとも抵抗加熱炉などで十分低い温度での加熱であっても良い。この場合、粉末を前駆体として用いると気孔のないバルク体を得るのが難しいので、本発明の一実施形態では、混合粉末をホットプレス装置で加圧下で熱処理したり、予め用意した多孔質ガラスにもう一方のガラスの前駆体溶液を含浸しガラス化させるが、他の形態の前駆体を用いたり、他の複合方法や加熱方法であってもよい。これらの方法により、少なくとも表面に本発明のガラスを含むガラス容器等の製造が可能になる。
【0034】
ガラスに硬い物体を接触させて大きな圧力を印加した場合、ガラスは弾性変形と塑性変形を起こす。温度域によっては粘弾性変形、塑性流動が顕著に起きるが、室温においては、これらの寄与はほとんどない。そして、圧力を取り除いたとき、弾性変形した部分はほとんど元の状態に回復するが、塑性変形した部分は回復せずにそのまま残存する。この塑性変形部分は、粘性流動を無視できる室温近傍においては、体積変化を伴わない塑性流動部分と、体積変化である高密度化部分の2種類から構成されているとみなすことができる。
【0035】
本発明では、用意すべき複数のガラス部分の組合せとして、次の2種類のガラス部分を含む必要がある。一方のガラス部分(第1のガラス部分)はイオンの充填密度が高い(塑性変形のうち塑性流動が優位)ものであり、他方のガラス部分(第2のガラス部分)はイオン充填密度が低い(塑性変形のうち高密度化が優位)ものである。耐水性や成形性などの特性制御のために3種類以上のガラス部分を含んでも良い。イオンの充填密度が異なる領域を任意に作製することで、局所の変形や破壊に対する特性を制御することができる。例えば、変形に関わる重要な特性として、例えばヤング率、ポアソン比、圧痕回復率があるが、これらはいずれも充填密度と相関している。十分均質に溶融されて作製されたガラスでは単一の物性しか示さない。本発明では充填密度の異なる部分を作り出すことで、応力集中を散逸もしくは緩和する部分と応力を吸収する部分とを共存させることができ、割れにくいガラスを実現する。
【0036】
[イオンの充填密度]
ガラスはSiO2やB2O3などの網目形成酸化物やアルカリなどの修飾酸化物のイオンの充填によって形成されている。ガラスの高密度化は、自由空間の圧縮により引き起こされる。したがって、イオンの充填密度が低い、空隙のより大きいガラスは高密度化特性が優位であり、逆にイオンの充填密度が高いガラスは体積減少の余地が少なく塑性流動特性が優位である。
【0037】
ガラス中のイオンの充填密度Cgは次の式で定義できる。
【0038】
【0039】
上記の式で、ρはガラスの密度、fiはガラスを構成する化学種の分率、Viはその化学種の体積であり、イオン半径から計算される。ΣfiViはそのガラスの組成物1モル中に含まれるイオンが理論的に空間中に占める体積を意味する。この体積の計算にはシャノンのイオン半径を利用し、剛体球として充填したときの体積を用いる。Miはその化学種のモル重量であり、ΣfiMiはそのガラス組成物のモル重量を意味する。
【0040】
第1のガラス部分の前駆体となる第1のガラス粉末として、例えば以下のものを使用することができる。下記の組成のものは、いずれも、その充填密度が0.55以上である(圧痕回復率RIDは0.32以下)。
【0041】
a)4CuO-24Li2O-12MgO-6CaO-6Al2O3-48B2O3(モル%)からなる塊状のガラスをボールミルにて粉砕した粉末(粒径は100~200nm)
b)4CuO-24Na2O-12MgO-6CaO-6Al2O3-48B2O3(モル%)からなる塊状のガラスをボールミルにて粉砕した粉末(粒径は100~200nm)
c)4CuO-24K2O-12MgO-6CaO-6Al2O3-48B2O3(モル%)からなる塊状のガラスをボールミルにて粉砕した粉末(粒径は100~200nm)
d)4CuO-12K2O-12Na2O-12Li2O-6Al2O3-54B2O3(モル%)からなる塊状のガラスをボールミルにて粉砕した粉末(粒径は100~200nm)
e)5NiO-20Na2O-75B2O3(モル%)からなるガラス粉末を高周波熱プラズマ法によりガラス化したナノ粒子粉末(粒径は10~30nm)
f)4CuO-26Cs2O-70SiO2(モル%)からなる塊状のガラスをボールミルにて粉砕した粉末(粒径は100~200nm)
g)5Sm2O3-20Na2O-75B2O3(モル%)からなる塊状のガラスをボールミルにて粉砕した粉末(粒径は100~200nm)
上記各組成のガラスは、NiO,CuO,Sm2O3,Li2CO3,Na2CO3,K2CO3,MgO,CaCO3,Al2O3,B2O3,SiO2試薬を原料として用い、白金るつぼ中で900~1500℃の温度で2時間溶融を行い、カーボン板上に流しだして放冷することで作製できる。上記各組成のガラスをボールミルで粉砕することで第1のガラス粉末となる。
【0042】
第2のガラス部分の前駆体となる第2のガラス粉末として、例えば以下のものを使用することができる。下記の組成のものは、いずれも、そのイオンの充填密度が0.47以下である(圧痕回復率RIDは0.38以上)。下記の(a’)と(b’)は粉末状の試薬でありビッカース試験を実施することができないことから、組成上同じである溶融石英ガラス板(東ソー株式会社製)を用いて密度とRIDの値を代用した。
【0043】
a’)アモルファスSiO2(粒径1μm、株式会社高純度化学研究所製)(以下、マイクロSiO2と書くことがある)
b’)アモルファスSiO2(粒径20~30nm、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)(以下、ナノSiO2と書くことがある)
c’)81SiO2-13B2O3-2Al2O3-3Na2O-1K2O(mol%)からなる塊状のガラスをボールミルにて粉砕した粉末(粒径は100~200nm)
【0044】
【0045】
計算されたガラス前駆体のガラス転移温度、密度、イオン充填密度Cg、回復前圧痕深さ、回復後圧痕深さおよび圧痕回復率RIDを表1に記載している。修飾酸化物であるアルカリ金属イオンを多量に含有するガラスやB2O3を網目形成酸化物とするガラスは高いイオン充填密度Cgを示すことがわかる。
【0046】
それぞれのガラスのガラス転移温度を示差熱分析測定により決定した結果を表1に記載している。第1のガラス粉末が第2のガラス粉末よりも低いガラス転移温度になるように選択されることが好ましい。
【0047】
図1は、イオンの充填密度と自由エネルギーとの関係を示す図である。図中、「前駆ガラスA」はイオンの充填密度が低いガラスであり、「前駆ガラスB」はイオンの充填密度が高いガラスである。前駆ガラスAの粉末と前駆ガラスBの粉末との混合粉末を通常のガラス合成法に従って溶融後冷却すると、前駆ガラスA中のイオンと前駆ガラスB中のイオンとは熱力学的に安定する密度変化の許容範囲内に収まる。すなわち、ガラス中のイオン充填密度は全体に亘ってほぼ均一になり、不均質性は生じない。
【0048】
異なる組成からなるガラス部分を持つガラスとして、非特許文献1に記載されている分相ガラスが知られている。このガラスは、混和性が乏しいガラス成分2種類以上からなるガラスであり、融液やそれを急冷し得られるガラスの状態では均質な状態を形成するが、適切な条件で熱処理を行うと混和性の乏しい2成分がそれぞれ別の組成のガラス部分として現れるものである。混和性が乏しいということはこの2つのガラス部分は強固には結合していないことを意味する。
【0049】
分相の形態は、
図2に示すように、異なる組成のガラス領域が海島状に析出したバイノーダル分相と、異なる組成のガラス部分が連結し析出したスピノーダル分相の2種類存在する。ガラス部分が海島状に析出するバイノーダル分相機構ではそれぞれのガラス部分の界面に明確な組成の異なる境界を形成する。
【0050】
それぞれのガラス部分が異なる熱膨張率を有する場合、その界面の狭領域に熱応力が加わり破壊しやすくなる。また、ガラス部分により弾性的・機械的物性(ヤング率、ポアソン比、硬さなど)が異なるため、荷重下で変形するとき、それぞれで異なる変形をするため界面に大きな歪みを生じやすい。
【0051】
分相領域が1次元または2次元状に連結したスピノーダル分相においては、初期から中期ではなだらかな組成の分布を形成するが、最終的には明確な界面を形成してしまう。海島状でなだらかな組成分布を持った分相や、なだらかな組成分布を維持したまま大きな組成分布を誘起することができない。また、分相が起きるかどうかやその速度は組成により熱力学的にほとんど決まってしまうため、分相領域の組成やサイズを任意にコントロールすることはできない。
【0052】
分離した後のガラス部分の組成は仕込み組成ではなく熱力学的に決まるため、特定の物性を有した組成の部分を狙って析出させることは極めて難しく、顕著に強度を向上させるような物性を持つガラス部分を共存させることは難しい。そのため、分相により顕著に強度を向上させるようなガラスは存在しない。
【0053】
本発明では、分相の機構では不可能な、熱力学的には均質に向かうような組成の組合せであっても、任意の物性を持つ組成のガラス部分を、狙ったサイズで、大きく組成が異なるように発生させることができる。本発明では
図1に示すように熱力学的安定な状態である均質な状態に拡散過程により変化する過程を凍結している。その均質化の過程を
図3に例示するが、界面であった領域が拡散によってなだらかな組成分布を形成する。そのため、分相ガラスのように顕著に脆弱な界面を形成しない。
【0054】
(本発明のガラスの特徴)
本発明では、熱処理条件を適切に設定することにより、冷却後においてもイオン充填密度が低いガラス部分(第2のガラス部分)とイオンの充填密度が高いガラス部分(第1のガラス部分)とが残存するようにした。それぞれのガラス部分は粗大な場合、光透過性を損なうこと、それぞれのガラス部分の変形や破壊への効果を高めるためにはそのサイズは小さい方が好ましいことから、少なくとも一方のガラス部分は1μm以下となるようにガラスを作製した。熱力学的見地からすれば、ガラス中にイオン充填密度が大きく異なる2つの部分が存在することは不安定な自由エネルギー状態である。本発明では、意図的に、本来存在できないエネルギーの大きな組成の異なる混合状態を局所構造として形成し、巨大な組成のゆらぎを実現している。言い換えれば、過大な熱力学的非平衡状態を凍結している。
【0055】
高密度ガラス部分(第1のガラス部分)は塑性変形特性のうち塑性流動が優位となる特性を有しているので、応力集中を散逸もしくは緩和する作用を発揮する。他方、低密度ガラス部分(第2のガラス部分)は、圧力を受けたとき空隙を狭めるような特性、すなわち塑性変形特性のうち高密度化が優位な特性を有しているので、応力を吸収する作用を発揮する。
【0056】
図3は、熱処理後のガラスに高密度ガラス部分と低密度ガラス部分とが残存していることを模式的に示す図であり、密度の変化およびガラス転移温度の変化を示すグラフも併せて示している。熱処理前の状態では、高密度ガラス粉末(第1のガラス粉末)および低密度ガラス粉末(第2のガラス粉末)は、それぞれ一定のイオン充填密度およびガラス転移温度を有している。
【0057】
密度の変化を示すグラフおよびガラス転移温度の変化を示すグラフにおいて、線aは混合粉末の熱処理前の状態を示している。熱処理を開始しても高密度ガラス粉末のガラス転移温度以下の温度であれば、ガラスの粘度が高く、イオンの拡散は非常に遅い。高密度ガラス粉末のガラス転移温度以上に加熱するとイオンの拡散が進行する。低密度ガラス粉末のガラス転移温度よりも高い温度で十分な時間加熱すれば、イオンの拡散が十分に進み、最終的には線cで示すようにガラス全体に亘って組成が均一になり、それに伴いガラス転移温度が試料全体で均一になる。
【0058】
本発明では、熱処理条件を適切に選定することにより、線bで示すように組成(イオンの充填密度)が異なるガラス部分がなだらかな組成変化の界面を持って残存し、不均質性を呈するようにしている。例えば、より効果的に拡散による均質化を抑制するために、イオンの充填密度が高いガラス部分(第1のガラス部分)のガラス転移温度が低く、イオンの充填密度が低いガラス部分(第2のガラス部分)のガラス転移温度が高くなるように原料となるガラス粉末の組合せを選択すると、ガラス転移温度の高い第2のガラス部分は拡散による均質化が遅いため、そのままガラス転移温度の高い第2のガラス部分が残存する。
【0059】
拡散定数(D)はEinstein-Stokesの下記式(1)により与えられる。
【0060】
D=kBT/Cπηa --- 式(1)
ここで、Cは定数、kBはボルツマン定数、Tは絶対温度、ηは粘性、aは粒子径あるいは分子径である。この式より、拡散係数は粘性の逆数に比例することがわかる。また、ガラス化する融液のある温度のときの粘度ηはvogel-Fulcher-tammann(VFT)の下記式(2)により与えられる。
【0061】
log10η=A+B/(T-T0) --- 式(2)
ここで、A、B,T0は材料固有の定数として扱えるので、粘性はT-Toの逆数に対して対数関係にある。すなわち、僅かな温度変化であっても粘性は大きく変化する。また、その変化はガラス転移温度近傍で顕著である。
【0062】
粘性が1012-1013.5Pa・sの温度域がガラス転移域と呼ばれ、固体であるガラス状態から過冷却液体に転移する温度であり、軟化点106.65Pa・s付近を超えると荷重を加えると大きく変形する状態になる。ガラス転移温度よりも低い温度域では固体なので粒子同士が十分に反応して融着させることが難しいため、加熱はガラス転移温度以上であることが必要である。一方で、ガラス転移温度を超える温度で熱処理すると拡散速度が速くなり均質化が速く進行する。異なる組成からなるガラス部分を有効に残存させるには、一方のガラス転移温度以上、かつ他方のガラス転移温度以下で加熱されることが好ましい。
【0063】
拡散係数は拡散するイオン種により異なるが、拡散を抑えるためには粘性が低い温度域、少なくともガラス転移温度以下の温度域で熱処理を行うか、または、これを超える温度域であっても反応をごく短時間に抑える急速加熱プロセスを用いることが好ましい。
【0064】
また、ガラスの選択としても、一般的に粘性の低いB2O3を主成分とするガラスはガラス転移温度が低く、また、3配位のホウ素は平面構造をもつことから構造中に空隙を生じることなく充填しやすく、イオンの充填密度が高い。よって、B2O3を48モル%以上含有するガラスは、ガラス転移温度が低くRIDも小さいので第1のガラス部分として好適である。
【0065】
あるいは、SiO2を主成分とする場合でも、アルカリ金属イオンやアルカリ土類金属イオンを多量に含有するガラスは、ガラス転移温度も低く、空隙にアルカリ金属イオンやアルカリ土類金属イオンが入り込むことで充填するのでイオンの充填密度も高い。SiO2を多量に含有するガラスは粘性が高くガラス転移温度も高い。また、SiO2含有量が特に80モル%以上になると、SiO2からなる網目構造中に多量の空隙を生じイオンの充填密度が低くなる。よって、SiO2含有量の多いガラスは第2のガラス部分として好適である。この指針に基づき第1ガラス部分と第2ガラス部分の組成を決定した。
【0066】
目的とする組成の異なるガラス部分を残すために、高密度ガラス部分(第1のガラス部分)を形成する前駆体粉末のガラス転移温度以上で低密度ガラス部分(第2のガラス部分)を形成する前駆体粉末のガラス転移温度以下の温度でこれらの混合物を熱処理することが好ましい。また、加熱も均熱加熱よりも第1のガラス部分の前駆体を選択的に加熱することがより好ましい。例えば、第1のガラス部分の前駆体に光吸収イオンを添加するなどして着色して、光を照射し、第1のガラス部分の前駆体で選択的に光吸収させ、その吸収した光のエネルギーにより第1のガラス部分の前駆体を発熱させる方法が考えられる。
【0067】
熱処理後のガラスは、イオン密度が高い高密度ガラス部分とイオン密度が低い低密度ガラス部分との間に明確な境界はなく、高密度ガラス部分から低密度ガラス部分に至るまでの特性(例えば、イオン密度、ガラス転移温度等)の変化は連続的かつ滑らかである。
【0068】
ガラス中の高密度ガラス部分(第1のガラス部分)、低密度ガラス部分(第2のガラス部分)は微小かつ分散分布しているので、各ガラス成分の部分のみを局所的に切出して、それらのイオン密度の測定をすることができない。そのため、ガラスの高密度ガラス部分(第1のガラス部分)および低密度ガラス部分(第2のガラス部分)をそれぞれ局所的に組成を分析し、その組成となるようにガラス成分を調合、溶融してガラス化させたもののガラス密度およびイオンの充填密度を求める。これによって、高密度ガラス部分(第1のガラス部分)と低密度ガラス部分(第2のガラス部分)がガラスに存在することを確認できる。
[圧痕回復率RID]
塑性流動が優位であるのか、高密度化が優位であるのかを評価する一つの基準として、ビッカース圧子を用いた押し込みによる圧痕深さ測定によって圧痕回復率を求める手法が考えられる。押し込み装置自体は一般的なビッカース試験機に限定されず、ナノインデンテーション試験機や圧縮試験装置などを用いる場合もある。圧痕回復率RID(Recovery of Indentation Depth)は、次のように求める。
【0069】
熱処理前のビッカース圧痕深さをDbとし、熱処理後(残留応力がなくなる温度で熱処理した後)の圧痕深さをDaとしたとき、(Db-Da)/Dbを圧痕回復率とした。
【0070】
例えば、熱処理前の圧痕深さが1μmで熱処理後の圧痕深さが0.8μmであれば、RIDは0.2であり、塑性流動が優位なものと判断できる。他方、熱処理前の圧痕深さが1μmで熱処理後の圧痕深さが0.2μmであれば、RIDは0.8であり、高密度化が優位なものと判断できる。ここで、高密度化はガラス構造をより緻密な構造に変える現象であるから、充填密度が低いガラスほど高密度化しやすい。例えば、ガラスのイオンの充填密度が高いものほどポアソン比が高くなることが、G.N.Greaves, A.L.Greer,R.S.Lakes,T.Rouxel,‘Poisson’s ratio and modern materials’,Nature Materials, vol.10,823-837ページ(2011/10/24発行)、DOI:10.1038/NMAT3134より明らかにされており、さらにそのポアソン比が高いものほど圧痕回復率が低いことが、T.Rouxel,H.Ji,T.Hammouda,A.More’ac.‘Poisson’s Ratio and the Densification of Glass under High Pressure’,PHYSICAL REVIEW LETTERS, Vol,100、225501-1-225501-4ページ(2008/6/3発行)、DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.100.225501より明らかにされている。すなわち、イオンの充填密度が高いものほど圧痕回復率が低い。
【0071】
本発明の一実施形態に係るガラスは、第1のガラス部分と、第2のガラス部分とを備えており、第2のガラス部分のイオンの充填密度が第1のガラス部分のイオンの充填密度よりも低い。これにより、第2のガラス部分の塑性変形は主に高密度化の機構により進行するので圧痕回復率は、第1のガラス部分の圧痕回復率よりも高い。
【0072】
好ましくは、第1のガラス部分の圧痕回復率は0.35未満であり、第2のガラス部分の圧痕回復率は0.35以上である。より好ましくは、第1のガラス部分の圧痕回復率は0.2以上0.35未満であり、第2のガラス部分の圧痕回復率は0.35以上0.8以下である。計算された原料として用いた第1のガラス粉末および第2のガラス粉末のイオンの充填密度Cgを表1に記載している。また、これらを粉砕する前のそれぞれの原料となるガラスの圧痕回復率RIDを表1に示す。表1に記載したガラス種の(a)、(b)、(c)、(d)、(a’)、(b’)(c’)は、上記に記載したガラス種の同記号のものと同じである。
【0073】
混合粉末を熱処理して得られるガラスについては、局所的に圧痕回復率RIDの測定をすることができない。そのため、得られたガラスの第1のガラス部分および第2のガラス部分の組成を分析し、それぞれその組成となるように原料を溶融してガラス化させたものの圧痕回復率RIDがガラスの第1のガラス部分および第2のガラス部分のそれぞれのRIDであるとみなす。
【0074】
本発明によるガラスは、従来ガラスと比べ顕著に高い亀裂耐性を実現するので、例えば、ガラスを用いた封着部材、ガラス瓶やグラスなどの容器、車や建築物の窓や外装部の素材、ガラステーブル等のインテリア、スマートフォンやディスプレイなどの機器を保護するカバーや表示部など、ガラスの美観や透明性と耐亀裂性を要する各種用途に有効に利用することができる。
【実施例1】
【0075】
[サンプルの作製]
イオンの充填密度が異なる2タイプのガラス粉末をそれぞれ複数種用意した。イオン充填密度の違いにより圧痕回復率RIDも同様に2タイプに分類できる。
【0076】
下記の各組成のガラス粉末のイオンの充填密度は0.55以上(RIDは0.32以下)である。
【0077】
a)4CuO-24Li2O-12MgO-6CaO-6Al2O3-48B2O3
b)4CuO-24Na2O-12MgO-6CaO-6Al2O3-48B2O3
c)4CuO-24K2O-12MgO-6CaO-6Al2O3-48B2O3
d)4CuO-12K2O-12Na2O-12Li2O-6Al2O3-54B2O3
e)5NiO-20Na2O-75B2O3
f)4CuO-26Cs2O-70SiO2
下記の各組成のガラス粉末のイオンの充填密度は0.47以下(RIDは0.38以上)である。
【0078】
a’)アモルファスSiO2(粒径1μm、株式会社高純度化学研究所製)
b’)アモルファスSiO2(粒径20~30nm、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)
c’)81SiO2-13B2O3-2Al2O3-3Na2O-1K2O(mol%)をボールミルにて粉砕した粉末
もともと微粉末ガラスである(a’)、(b’)を除き、上記各組成のガラス粉末はいずれもバルク状のガラスを溶融急冷法により作製して、それぞれのガラスをボールミルにて粉砕した粉末を用いた。上記各組成のガラスは、NiO,CuO,Sm2O3,Li2CO3,Na2CO3,K2CO3,MgO,CaCO3,Al2O3,B2O3,SiO2試薬を原料として用い、白金るつぼ中で900~1500℃の温度で2時間溶融を行い、カーボン板上に流しだして放冷して作製したものである。上記各組成のガラスを3次元ボールミル(ナガオシステム製3DB-80)で水平軸300rpm、垂直軸300rpmで1時間粉砕して第1のガラス粉末および第2のガラス粉末とした。得られた粉末を走査電子顕微鏡にて観察した結果、いずれのガラス粉末も粒径は100~200nmであった。
【0079】
高いイオンの充填密度(低RID)を持つガラス粉末(第1のガラス粉末)の1種類と低いイオンの充填密度(高RID)のガラス粉末(第2のガラス粉末)の1種類との混合比率を、重量分率で、7:3、5:5、3:7として、以下に示す種々のガラスサンプルを作製した(例えば、表2の試料欄参照)。
【0080】
混合粉末を加熱してバルク体を得るため、以下の2つの加熱方法を採用した。
【0081】
i)ガラス転移温度の低い方の第1のガラス粉末に遷移金属酸化物を添加し、赤外ランプヒータ(アドバンス理工社製放物面反射管状型加熱炉P610C)にて6-18kWの各入力エネルギーで加熱を行う方法。ガラス転移温度の低い第1のガラス粉末に遷移金属を添加するのは、遷移金属が加熱源として作用するのでガラス転移温度の低い第1のガラス粉末を先に軟化させることができるからである。なお、遷移金属酸化物を添加することによるガラス転移温度への影響は十分に小さい。
【0082】
ii)抵抗炉(フルテック製FP-01X)により800-1200℃の各温度で熱処理を行う方法。
【0083】
比較のために、通常のガラス合成法である溶融急冷によりガラスを作製した。
【0084】
iii)混合粉末を白金るつぼに入れ、電気炉(モトヤマ製スーパーバーン)により1400℃で1時間溶融した後に冷却しガラスを得る方法。得られたガラスは鏡面研磨した。
【0085】
得られたガラスサンプルのガラス転移温度を示差熱分析により求めた。
【0086】
これらの方法でガラスを作製した後に、そのガラスのガラス転移温度で再加熱することで熱ひずみを緩和させた。
【0087】
[透過率の比較]
粉末にする原料となるガラスに遷移金属を添加することによって透過率がどのように変化するかを計測した。
【0088】
使用したガラス板は以下の通りである。
【0089】
1)5NiO-20Na
2O-75B
2O
3(Ni添加)
2)5Sm
2O
3-20Na
2O-75B
2O
3(Sm添加)
3)4CuO-24Na
2O-12MgO-6CaO-6Al
2O
3-48B
2O
3(Cu添加)
4)25Na
2O-75B
2O
3(無添加)
これらのガラス組成となるようにCuO,NiO,Sm
2O
3,Na
2O,CaCO
3,MgO,Al
2O
3,B
2O
3からなる原料を白金るつぼに入れ、1000-1200℃で1時間電気炉にて溶融した後、カーボン板上に流しだした。得られたガラスを1mmの厚さに鏡面研磨した後に、吸光光度計(島津社製UH-4150)にて透過率を計測した。その結果を
図4に示す。
【0090】
遷移金属イオンや希土類イオンを含有することで近赤外域(750-2000nm)に光吸収帯が現れた。これは遷移金属イオンのd軌道からd軌道への遷移、あるいは希土類イオンのf軌道からf軌道への遷移に由来する電子遷移である。赤外ランプヒータはハロゲンランプなどの黒体放射を利用しており、中心波長は1000nm付近に来るので、この波長域に光吸収を持つガラスは赤外ランプヒータにより好適に光加熱できる。
【0091】
[電子顕微鏡観察]
使用した混合粉末および混合比率は、以下の通りである。
【0092】
第1のガラス粉末(低RID):(f)4CuO-26Cs2O-70SiO2
第2のガラス粉末(高RID):(b’)アモルファスSiO2(粒径20~30nm、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)
第1のガラス粉末:第2のガラス粉末=5:5
第1のガラス粉末と第2のガラス粉末とを5:5で混合し作製したペレットに対し、異なる加熱条件でバルクのガラスにした。一方のガラスは6-18kWの入力エネルギーの赤外ランプを10秒間照射してバルクガラスを得た。他方のガラスは電気炉(モトヤマ製スーパーバーン)にて同じ原料を白金るつぼに入れ、1400℃で1時間溶融した後にカーボン板上に流しだし冷却、固化することで得た(通常のガラス合成法)。後者は十分高温で長時間溶融した均質な融液から作製されたガラスである。
【0093】
図5の左の写真は赤外ランプの短時間照射により合成されたガラスであり、低密度ガラス部分と高密度ガラス部分とが残存していることを示している。また、赤外光を吸収するNiOは第1のガラス粉末のみに添加されているので、第1のガラス粉末を選択的に急速加熱できる。濃い黒色部分のセシウム(Cs)の量が32wt%であり、白みがかった黒色部分のセシウム(Cs)の量が5wt%である。
【0094】
他方、
図5の右の写真で示す通常のガラス合成法で作製したガラスは、均質なコントラストを示しており、均質な状態になっている。通常の溶融法ではこのような均質性の高いガラスが得られるが、短時間の光加熱では、拡散による均質化が十分に進行せず、得られたガラス中には第1のガラス粉末および第2のガラス粉末のそれぞれの組成に近い組成をもつ第1および第2のガラス部分が共存していることが示された。
【0095】
[亀裂発生試験]
使用した混合粉末および混合比率は、以下の通りである。
【0096】
第1ガラス粉末(低RID):(c)24K
2O-12MgO-6CaO-6Al
2O
3-48B
2O
3-4CuO
第2ガラス粉末(高RID):(c’)81SiO
2-13B
2O
3-2Al
2O
3-3Na
2O-1K
2O(mol%)
第1のガラス粉末:第2のガラス粉末=7:3として混合した混合粉末のペレットに対して、異なった条件で熱処理を行い、ガラスを作製した。また、比較のため、粉砕前のバルク状の第1のガラスと第2のガラスをそれぞれ鏡面研磨したガラスを用意した。各ガラスに対して9.8Nの荷重でビッカース圧子を押し込み、亀裂が発生するか、亀裂は何筋発生するかを調べた。例えば、9.8Nの荷重でビッカース圧子を押し込んだ結果が
図6である。
【0097】
図6の左側に示す写真は、上記の混合粉末に対し14kWの入力エネルギーの赤外ランプを1分間照射して得たガラスである(本発明)。急冷による熱応力の影響を除くために、第1のガラス部分のガラス転移温度で30分熱処理し徐冷した。9.8Nの荷重ではビッカース圧痕の4隅から亀裂が発生しなかった。第1のガラス部分と第2のガラス部分が共存することで、亀裂が発生しにくくなったことが示された。
【0098】
図6の中央に示す写真は、第1のガラス組成だけからなる板状のガラスである。9.8Nの荷重では四角錐状のビッカース圧痕の4隅から亀裂が発生した(比較例)。
【0099】
図6の右側に示す写真は、第2のガラス組成だけからなる板状のガラスである。9.8Nの荷重ではビッカース圧痕の4隅から亀裂が発生した(比較例)。
【0100】
以上の結果より、近赤外光を吸収するCuOを含有する第1のガラスと、第2のガラスの混合物に対し光加熱することによって第1のガラスを選択的に加熱する急速加熱により短時間での熱処理をすることで、それぞれのガラス部分を共存させることができ、荷重下での亀裂発生を大幅に抑制できることが示された。
【0101】
以下の実験では、四角錐状の圧痕の4隅全部から明確な亀裂が発生する場合の亀裂発生確率を100%として、亀裂の発生のしにくさを計測した。4隅のうち、1隅だけの亀裂なら25%、2隅の亀裂なら50%、3隅の亀裂なら75%、4隅の亀裂なら100%とした。亀裂の長さは考慮せず、亀裂があれば1個とカウントする。各試料について20回の計測を行い、平均値を求めた。このとき、亀裂発生確率が50%となるときの荷重を亀裂発生荷重と定義する。0.098から19.6Nの範囲の各荷重においてそれぞれの亀裂発生荷重を求めた。
【0102】
A)
図7に示す結果
使用した混合粉末および混合比率は、以下の通りである。
【0103】
第1のガラス粉末(低RID):(e)5NiO-20Na2O-75B2O3
第2のガラス粉末(高RID):(a’)アモルファスSiO2(粒径1μm)
第1のガラス粉末:第2のガラス粉末=7:3
混合粉末の熱処理条件は、以下の2種類である。
【0104】
(記号○)12kWの赤外ランプを1分間照射(光加熱)
(記号●)1000℃の電気炉内に1時間保持(電気炉加熱)
図7に示す結果を見ると、本発明による12kWの赤外ランプを1分間照射したガラス(○)は、比較に示す1000℃の電気炉内に1時間保持したガラス(●)よりも、亀裂発生確率が低い。なお、
図7の破線に示すように、亀裂発生確率が50%となる荷重を亀裂発生荷重として亀裂発生への抵抗を比較することも可能である。光照射を用いてごく短時間熱処理することで、拡散時間を低減することができ効果的に均質化を抑制することができ、より大きな荷重でも亀裂発生しにくいことが示された。
【0105】
B)
図8に示す結果
使用した混合粉末および混合比率は、以下の通りである。
【0106】
第1のガラス粉末(低RID):(a)4Cuo-24Li2O-12MgO-6CaO-6Al2O3-48B2O3
第2のガラス粉末(高RID):(c’)81SiO2-13B2O3-2Al2O3-3Na2O-1K2O(mol%)
第1のガラス粉末:第2のガラス粉末=7:3として混合した混合粉末を加圧成形によりペレットにし異なった条件で熱処理を行い、ガラスを作製した。各ガラスに対して0.098から480Nの範囲の各荷重でビッカース圧子を押し込み、それぞれの荷重において亀裂発生確率を調べた。
【0107】
(記号○)16kWの赤外ランプを1分間照射し急速加熱を短時間で行い第1のガラス部分と第2のガラス部分を共存させたガラス(本発明)
(記号●)1400℃の電気炉内に1時間保持し、溶融により十分均質化させたガラス(比較例:均質に溶融したガラス)
(記号△)24Li
2O-12MgO-6CaO-6Al
2O
3-48B
2O
3-4CuO(比較例:第1のガラス部分の原料となるガラス)
(記号▲)81SiO
2-13B
2O
3-2Al
2O
3-3Na
2O-1K
2Oガラス(比較例:第2のガラス粉末の原料となるガラス)
図8に示す結果を見ると、本発明による16kWの赤外ランプを1分間照射したガラス(○)は、比較に示す1400℃の電気炉内に1時間保持したガラス(●)よりも、亀裂発生確率が低い。1400℃で1時間加熱溶融したガラスは第1のガラス部分と第2のガラス部分は残存せず全体に亘って均質な組成を有する。一方、第1のガラス粉末と第2のガラス粉末を混合した混合粉末のペレットに対し光加熱を用いると、短時間の熱処理であるから拡散の進行が抑えられ、第1のガラス部分と第2のガラス部分が共存するため、比較に示す第1のガラス成分だけからなる第1のガラス(△)、第2のガラス成分だけか
らなる第2のガラス(▲)よりも亀裂発生確率が低い。
【0108】
C)
図9に示す結果
使用した混合粉末および混合比率は、以下の通りである。
【0109】
第1のガラス粉末(低RID):(b)24Na2O-12MgO-6CaO-6Al2O3-48B2O3-4CuO(mol%)
第2のガラス粉末(高RID):(a’)アモルファスSiO2(粒径1μm)および(b’)アモルファスSiO2(20-30nm)
第1のガラス粉末:第2のガラス粉末=5:5
混合粉末の熱処理条件は、以下の2種類である。
【0110】
(記号△)アモルファスSiO2(粒径20-30nm)を原料に用い16kWの赤外ランプを1分間照射(本発明:光加熱により第1のガラス部分とナノサイズの第2のガラス部分が共存)。
【0111】
(記号○)アモルファスSiO2(粒径1μm)を原料に用い16kWの赤外ランプを1分間照射(本発明:光加熱により第1のガラス部分とマイクロサイズの第2のガラス部分が共存)。
【0112】
(記号●)アモルファスSiO
2(粒径1μm)を原料に用い1400℃の電気炉内に1時間保持(比較例:電気炉加熱により均質化)
図9に示す結果を見ると、本発明による16kWの赤外ランプを1分間照射したガラス(△、○)は、短時間加熱のためガラス中に第1のガラス部分と第2のガラス部分が共存する。本発明によるガラスは、原料にナノSiO
2を用いた場合もマイクロSiO
2を用いた場合も、比較に示す1400℃の電気炉内に1時間保持することでより均質化したガラスよりも亀裂発生確率が低い。また、共存するガラス部分の大きさは原料サイズで決まるが、光加熱により得られるそれぞれのガラス部分が粗大すぎると、それぞれのガラス部分の大きさに比べ、徐々に組成が変化する界面領域が狭くなる。この界面領域が狭いと、変形時に一方のガラスだけが変形をうけるようになるので、両方のガラスの変形への寄与を最大化できない。ガラス部分の大きさとしては1マイクロメートル以下が特に好ましく、ナノSiO
2を用いた方がマイクロSiO
2を用いるよりも亀裂発生確率が低い(○、△)。
【0113】
[亀裂発生荷重]
亀裂発生確率が50%となる荷重を亀裂発生荷重とし、その数値を表2にまとめた。第1のガラスと第2のガラスとの組合せおよび配合比率を変え、さらに熱処理条件も変えて亀裂発生荷重を調べた。その結果を以下の表2に示す。なお、表2の試料欄に記載したa,b,c,d,e,a’,b’,c’は、[圧痕回復率RID]の項で記載したガラス粉末である。光加熱と記載しているものは赤外ランプを1分間照射し、短時間の熱処理によって第1のガラス部分と第2のガラス部分を残存させた本発明によるガラスであり、熱処理と記載してあるものは電気炉にて第1のガラス部分と第2のガラス部分が消失し均質なガラスになるように長時間熱処理したガラスである(比較例)。第1のガラス部分と第2のガラス部分が残存するように光によって熱処理したことで、均質に熱処理したものよりも高い亀裂発生荷重を示したものについては「光加熱による特性向上」に○を付けた。
【0114】
【0115】
表2に示した結果から、電気炉での均熱加熱に比べ、本発明によるガラス(光加熱試料)は高い亀裂発生荷重を示す。長時間電気炉で熱処理したガラスはより均質な状態になる。一方で、光加熱では急速加熱で短時間の熱処理だから、第1のガラス部分と第2のガラス部分が共存する。表2に、電気炉での均質加熱に比べ光加熱により特性が向上したものを○で示したが、本実験で検討した組合せでは全て特性の向上が達成された。すなわち、第1のガラス部分と第2のガラス部分の組合せでそれぞれのガラス部分を共存させることにより低脆性なガラスが得られることが示された。
【実施例2】
【0116】
[サンプルの作製]
イオン充填密度(圧痕回復率RID)が異なる2タイプのガラス粉末の混合粉末をそれぞれ複数種用意した。
【0117】
下記の各組成のガラス粉末のイオンの充填密度は0.55以上である(RIDは0.32以下)。
【0118】
g)B2O3
下記の各組成のガラス粉末のイオンの充填密度が0.47以下である(RIDは0.38以上)。
【0119】
a’)アモルファスSiO2(粒径1μm、株式会社高純度化学研究所製)
b’)アモルファスSiO2(粒径20~30nm、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)
d’)81SiO2-13B2O3-2Al2O3-3Na2O-1K2O(mol%)をボールミルにて粉砕した粉末
高いイオンの充填密度を持つガラス粉末(第1のガラス粉末)の1種類と低いイオンの充填密度を持つガラス粉末(第2のガラス粉末)の1種類との混合比率を、重量分率で、7:3とした。これらのガラス粉末のガラス転移温度を示差熱分析により求めた。
【0120】
混合粉末を得るため、第1のガラスを形成する前駆体溶液に第2のガラス粉末を混ぜ乾燥させる方法を用いた。乾燥とガラス化の過程で第2のガラス粉末の周囲を第1のガラスが取り囲んだ構造の複合ガラスが形成するものである。
【0121】
また、拡散による均質化を抑制し、それぞれのガラス部分を効果的に残存させるためには一方のガラスのガラス転移温度より低い温度で熱処理することが好ましい。混合粉末を熱処理するだけでは緻密なバルク帯を得るのに高温を要するので、より低温で混合粉末を加熱してバルク体を得るため、以下の加圧下での加熱方法を採用した。
【0122】
i)プレス機を備える抵抗炉を用いて、内径13mmの円筒状のサンプルを成形可能な熱プレス金型(粉末ハイス製)に混合粉末を入れ、1MPaに加圧した状態で熱処理する方法。より低温で泡や空隙を圧縮し緻密なバルク体を得ることができる。
【0123】
比較のために、通常のガラス合成法である溶融急冷によりガラスを作製した。
【0124】
ii)混合粉末を白金るつぼに入れ、電気炉(モトヤマ製スーパーバーン)により1400-1600℃で1時間溶融した後に冷却しガラスを得る方法。得られたガラスは鏡面研磨した。
【0125】
これらの方法でガラスを作製した後に、ガラス転移温度で再加熱することで熱ひずみを緩和させた。
【0126】
[電子顕微鏡観察および亀裂発生確率]
第1のガラス粉末と第2のガラス粉末との混合粉末に対して、異なった条件で熱処理または溶融を行い、ガラスを作製した。各ガラスに対して0.098から490Nの範囲の各荷重においてそれぞれの亀裂発生荷重を求めた。
【0127】
D)
図10、
図11に示す結果
第2のガラス粉末(高RID)としてアモルファスSiO
2(粒径1μm)を用い、第1のガラス粉末(低RID)であるB
2O
3ガラスの前駆体の製造方法として、溶液法を用いた。トリブチルホウ素をエタノールに溶解した溶液に入れ、1mol/Lの塩酸をpHが2になるまで滴下しホットプレート上70℃で撹拌した。この溶液に組成比が70B
2O
3-30SiO
2(mol%)となるよう第2のガラス粉末である(b’)アモルファスSiO
2ガラス粉末(粒径20~30nm)を入れ、固形化するまで70℃のオーブン中で加熱し、その後電気炉中で200℃で1時間加熱し混合粉末を得た。溶媒の蒸発とともにB
2O
3が析出し、第1のガラス粉末と第2のガラス粉末が混合された粉末が得られる。
【0128】
混合粉末の熱処理条件は、以下の2種類である。
【0129】
(記号○)1MPaの荷重でプレスしながら350℃で熱処理
(記号●)1400℃の電気炉内に1時間保持し溶融し冷却
図10に示す加圧しながら第2のガラスのガラス転移温度(1080℃)より低温で熱処理した試料の 高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(STEM-HAADF)像を見ると、10-20ナノメートルの大きさのコントラストの濃淡が見られる。STEM-HAADFでは大きな原子番号の元素ほど白いコントラストで現れるので、白色部はSiO
2の多い領域であり、暗色部はB
2O
3の多い領域である。明確な界面を持たずになだらかに組成が連続的に変化しながら10-20ナノメートルのSiO
2の多いガラス部分が分散していることが観察される。なお、組成は連続的に変化するのでガラス部分の大きさはそれぞれのガラス部分の中間の明るさ(中間の組成)の点をガラス部分の大きさとして計測した。
【0130】
図11に示す亀裂発生確率の結果を見ると、荷重を加えながら350℃で熱処理したガラス(〇)は、1400℃の電気炉内で溶融してから冷却した均質なガラス(●)よりも、亀裂発生確率が低い。後者の溶融温度は第1のガラスの原料、第2のガラスの原料のいずれのガラス転移温度よりも十分高い温度であり、均質化が十分進行している。すなわち一方(第2のガラス)のガラス転移温度より低い温度で加圧しながら熱処理することで拡散を効果的に抑制し、第1のガラス部分、第2のガラス部分が存在することにより高い亀裂耐性を示す。
【実施例3】
【0131】
[サンプルの作製]
イオン充填密度(圧痕回復率RID)が異なる2タイプのガラスの複合体を用意するため、一方のガラスを多孔質とし、もう一方のガラスの前駆体溶液を含浸した。
【0132】
下記の各組成のガラスのイオンの充填密度が0.47以下(RIDは0.38以上)である。
【0133】
e’)97SiO2-3(Al2O3、Na2O、B2O3)(mol%)の多孔質ガラス
このガラスは7.7Na2O-4.0CaO-2.7Al2O3-33.0B2O3-52.0SiO2(mol%)の組成のガラスを600℃で48時間熱処理を行い、その後1N-HNO3にオートクレーブ中120℃で48時間酸処理することで得られた。熱処理により明確な界面を持って97SiO2-3(Al2O3、Na2O、B2O3)(mol%)(第1のガラス)の多孔質ガラスと残渣である16.2Na2O-8.4CaO-5.7Al2O3-69.6B2O3(mol%)にスピノーダル分相し、これを酸処理することで16.2Na2O-8.4CaO-5.7Al2O3-69.6B2O3(mol%)を溶出させることで第1のガラスが得られる。窒素ガス吸着により細孔径を求めた結果、全体積中の45vol%が孔であり、平均径4nmであった。このガラスの細孔中に、下記の各組成のガラス粉末のイオンの充填密度が0.55以上(RIDは0.32以下)であるB2O3ガラスを充填させた。これにより、第1のガラスは第2のガラス中に1次元的に連結した状態で析出し、その後、熱処理することで拡散が進行し、それぞれのガラス部分の界面近傍の組成はなだらかになる。
【0134】
B2O3をエタノールに溶解させた液に多孔質ガラスを入れ、40℃で1日保持し乾燥したものを350℃で熱処理することでガラスを得た。このときの熱処理温度は第1のガラスとなる(g)B2O3のガラス転移温度(260℃)より高く、第2のガラス(e’)のガラス転移温度(890℃)より低いため、効果的に拡散を抑制し、それぞれのガラス部分を残存させることができる。
【0135】
[電子顕微鏡観察および亀裂発生確率]
図12に示す多孔質ガラスにB
2O
3溶液含浸後350℃で熱処理した試料の 高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(STEM-HAADF)像を見ると、4ナノメートルの大きさのコントラストの濃淡が見られる。STEM-HAADFでは大きな原子番号の元素ほど白いコントラストで現れるので、白色部はSiO
2の多い領域であり、黒色部はB
2O
3の多い領域である。明確な界面を持たずになだらかに組成が連続的に変化しながら直径およそ4ナノメートルのB
2O
3の多いガラス部分が1次元的に連結して分散していることが観察される。なお、組成は連続的に変化するのでガラス部分の大きさはそれぞれのガラス部分の中間の明るさ(中間の組成)の点をガラス部分の大きさとして計測した。
【0136】
また、このガラスを更に1400℃で熱処理した。この温度は第1のガラスの原料、第2のガラスの原料のいずれのガラス転移温度よりも高い温度であり、均質化が十分進行している。これらのガラスおよびその前駆体となるガラスに対して0.098から490Nの範囲の各荷重においてそれぞれの亀裂発生荷重を求めた。
【0137】
(記号○)350℃で5分間熱処理(本発明)
(記号●)1400℃の電気炉内に1時間保持し溶融し冷却(比較例)
(記号△)97SiO2-3(Al2O3、Na2O、B2O3)(mol%)の緻密なガラス(第1のガラス)(比較例)。多孔質ガラスを1200℃で1時間熱処理することで得た。
【0138】
(記号▲)B
2O
3ガラス(第2のガラス)(比較例)
(記号■)7.7Na
2O-4.0CaO-2.7Al
2O
3-33.0B
2O
3-52.0SiO
2(mol%)ガラス(比較例)
(記号□)7.7Na
2O-4.0CaO-2.7Al
2O
3-33.0B
2O
3-52.0SiO
2(mol%)ガラスを600℃で48時間熱処理した分相ガラス(比較例)
図13に示す亀裂発生確率の結果を見ると、350℃で熱処理したガラス(〇)は、1400℃の電気炉内で溶融してから冷却したガラス(●)よりも、亀裂発生確率が低い。すなわち一方(第2のガラス)のガラス転移温度より低い温度で熱処理することで拡散を効果的に抑制し、第1のガラス部分、第2のガラス部分が存在することにより高い亀裂耐性を示す。(■)と(□)を比較して、分相することにより顕著な亀裂発生荷重の向上が見られないのに対し、本発明によるガラスでは顕著な亀裂発生荷重の向上が見られ、顕著な亀裂耐性への効果があることを示す。
【実施例4】
【0139】
[サンプルの作成]
イオンの充填密度(圧痕回復率RID)が異なる2タイプのガラスの複合体を用意するため、一方のガラスを表面多孔質とし、もう一方のガラスの前駆体溶液を含浸した。
【0140】
下記の各組成のガラスのイオンの充填密度が0.47以下(RIDは0.38以上)である。
【0141】
c’)81SiO
2-13B
2O
3-2Al
2O
3-3Na
2O-1K
2O(mol%)の表面に多孔質化処理を施したガラス
このガラスは、(c’)81SiO
2-13B
2O
3-2Al
2O
3-3Na
2O-1K
2O(mol%)の組成のガラスを0.5M-NaHCO
3水溶液に入れ、オートクレープ中120℃で24時間酸処理することで、
図14に示す第1の表面から15μmの領域で多孔質化した
第2のガラスである。このガラスの細孔をテンプレートとして、多孔質中に下記の各組成のガラス粉末のイオンの充填密度が0.55以上(RIDは0.32以下)であるB
2O
3ガラスを析出させ充填した。これにより、第1のガラスは第2のガラス中に凍結した状態で析出し、その後、熱処理することで拡散が進行し、それぞれのガラス部分の界面近傍の組成はなだらかになる。
【0142】
B2O3をエタノールに溶解させた液に多孔質ガラスを入れ、40℃で1日保持し乾燥したものを350℃で熱処理することでガラスを得た。このときの熱処理温度は第1のガラスとなる(g)B2O3のガラス転移温度(260℃)より高く、第2のガラス(e’)のガラス転移温度(525℃)より低いため、効果的に拡散を抑制し、それぞれのガラス部分を残存させることができる。
【0143】
[亀裂発生確率]
(記号〇)350℃で5分間熱処理(本発明)
(記号●)81SiO
2-13B
2O
3-2Al
2O
3-3Na
2O-1K
2O(mol%)の緻密なガラス(第1のガラス)(比較例1)
(記号▲)81SiO
2-13B
2O
3-2Al
2O
3-3Na
2O-1K
2O(mol%)の表面多孔質ガラス(比較例2)
図15に示す亀裂発生確率の結果を見ると、B
2O
3溶液に含浸し350℃で熱処理したガラス(〇)は、第1ガラス(●)よりも、亀裂発生確率が低い。すなわち、一方(第2のガラス)のガラス転移温度より低い温度で熱処理することで拡散を効果的に抑制し、第1のガラス部分、第2のガラス部分が存在することにより高い亀裂耐性を示す。また、B
2O
3溶液に含浸し350℃で熱処理したガラス(○)は、表面多孔質を形成したガラス(▲)よりも、亀裂発生確率が低い。すなわち、表面多孔質自体の効果ではなく、第2のガラスが分散することが亀裂発生確率を効果的に低減する。本発明によるガラスでは顕著な亀裂発生荷重の向上が見られ、内部では均質なガラスのままであっても、表面近傍だけに本発明の構造を形成することでも、亀裂耐性への効果があることを示す。
【0144】
なお、この発明の実施の形態においては、上述した実施例1~4において、第1のガラス粉末と第2のガラス粉末との混合物を熱処理する条件は、「第1のガラス部分および第2のガラス部分を残存させる条件」、または「第1のガラス部分の塑性流動特性の優位性と第2のガラス部分の高密度化特性の優位性とを残存させる条件」を構成する。
【0145】
図面を参照して本発明の実施形態を説明したが、本発明は、図示した実施形態に限定されるものではなく、本発明と同一の範囲または均等な範囲内において種々の変更や追加が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0146】
本発明に従ったガラスは亀裂に対する耐性が高く割れにくいので、各種用途に有利に利用され得る。例えば、ガラス封着部材、ガラス容器、機器表面用のガラスカバー等に有利に利用され得る。