(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-24
(45)【発行日】2023-12-04
(54)【発明の名称】交感神経活動推定装置、交感神経活動推定方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/16 20060101AFI20231127BHJP
A61B 10/00 20060101ALI20231127BHJP
A61B 5/02 20060101ALI20231127BHJP
【FI】
A61B5/16 100
A61B10/00 V
A61B5/02 A
A61B5/02 D
A61B5/02 310Z
(21)【出願番号】P 2020027888
(22)【出願日】2020-02-21
【審査請求日】2023-01-13
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構研究成果展開事業センター・オブ・イノベーションプログラム「精神的価値が成長する感性イノベーション拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100196380
【氏名又は名称】森 匡輝
(72)【発明者】
【氏名】辻 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】古居 彬
(72)【発明者】
【氏名】曽 智
(72)【発明者】
【氏名】坂川 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】笹岡 貴史
(72)【発明者】
【氏名】山脇 成人
(72)【発明者】
【氏名】吉栖 正生
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 昇
(72)【発明者】
【氏名】中村 隆治
(72)【発明者】
【氏名】岡田 芳幸
【審査官】▲高▼ 芳徳
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-513581(JP,A)
【文献】特開2008-272387(JP,A)
【文献】特開2017-104333(JP,A)
【文献】特開2008-086568(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/06 - 5/22
A61B 10/00
A61B 5/02 - 5/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非侵襲で計測可能な生体信号に基づいて血管剛性を算出し、算出された前記血管剛性に基づいて筋交感神経活動を推定する演算部、を備え、
前記演算部は、
算出された前記血管剛性と筋交感神経活動推定モデルとに基づいて筋交感神経活動を推定し、
前記筋交感神経活動推定モデルは、
筋交感神経活動の振幅を正規分布に従う確率変数とし、前記正規分布の分散の分布は逆ガンマ分布に従うものとして設定され、
筋交感神経活動の周波数情報を、筋交感神経活動のスペクトル分布を有する有色雑音で表すように設定される、
交感神経活動推定装置。
【請求項2】
前記生体信号を計測するセンサを備え、
前記生体信号は、血圧及び容積脈波を含む、
請求項1に記載の交感神経活動推定装置。
【請求項3】
前記逆ガンマ分布は、以下の式
【数1】
ただし、αは形状母数、θは尺度母数
で表され、形状母数αを3.7~5.7とする、
請求項1又は2に記載の交感神経活動推定装置。
【請求項4】
前記演算部は、
算出された前記血管剛性に基づいて、交感神経系圧受容体反射感受性の評価指標を算出する、
請求項1から3のいずれか一項に記載の交感神経活動推定装置。
【請求項5】
非侵襲で計測可能な生体信号に基づいて血管剛性を算出し、
算出された前記血管剛性と筋交感神経活動推定モデルとに基づいて筋交感神経活動を推定し、
前記筋交感神経活動
推定モデルは、
筋交感神経活動の振幅を正規分布に従う確率変数とし、前記正規分布の分散の分布は逆ガンマ分布に従うものとして設定され、
筋交感神経活動の周波数情報を、筋交感神経活動のスペクトル分布を有する有色雑音で表すように設定される、
交感神経活動推定方法。
【請求項6】
前記生体信号は、血圧及び容積脈波を含む、
請求項5に記載の交感神経活動推定方法。
【請求項7】
コンピュータを、
非侵襲で計測可能な生体信号に基づいて血管剛性を算出し、算出された血管剛性に基づいて筋交感神経活動を推定する演算部、として機能させ、
前記演算部は、
算出された前記血管剛性と筋交感神経活動推定モデルとに基づいて筋交感神経活動を推定し、
前記筋交感神経活動推定モデルは、
筋交感神経活動の振幅を正規分布に従う確率変数とし、前記正規分布の分散の分布は逆ガンマ分布に従うものとして設定され、
筋交感神経活動の周波数情報を、筋交感神経活動のスペクトル分布を有する有色雑音で表すように設定される、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、交感神経活動推定装置、交感神経活動推定方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自律神経機能の失調を伴う精神疾患の患者数は増加傾向にあり、自律神経の働きを客観的、定量的に評価する方法が求められている。自律神経の働きを評価する方法として、末梢の自律神経活動を計測する筋交感神経活動(Muscle Sympathetic Nerve Activity:以下、MSNAという)の計測方法(Miconeurography法)が提案されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】K.E.Hagbarth, A.B.Vallbo, “Pulse and Respiratory Grouping of Sympathetic Impulses in Human Muscle Nerves”, Acta Physiologica Scandinavica, vol 74, no.1, pp.96-108, 1968
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1では、タングステン製の針電極を腓骨に経皮挿入してMSNAを計測する。MSNAは末梢交感神経の活動を反映する有用な生理指標であるが、非特許文献1の方法は、侵襲的な計測方法であり、交感神経活動を計測するために無麻酔で経皮的に行われる。したがって、非特許文献1の方法は、被験者の疼痛等、大きな身体的負担を伴う。
【0005】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、被験者の身体的負担を軽減可能な交感神経活動推定装置、交感神経活動推定方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、この発明の第1の観点に係る交感神経活動推定装置は、
非侵襲で計測可能な生体信号に基づいて血管剛性を算出し、算出された前記血管剛性に基づいて筋交感神経活動を推定する演算部、を備え、
前記演算部は、
算出された前記血管剛性と筋交感神経活動推定モデルとに基づいて筋交感神経活動を推定し、
前記筋交感神経活動推定モデルは、
筋交感神経活動の振幅を正規分布に従う確率変数とし、前記正規分布の分散の分布は逆ガンマ分布に従うものとして設定され、
筋交感神経活動の周波数情報を、筋交感神経活動のスペクトル分布を有する有色雑音で表すように設定される。
【0007】
また、前記生体信号を計測するセンサを備え、
前記生体信号は、血圧及び容積脈波を含む、
こととしてもよい。
【0009】
また、前記逆ガンマ分布は、以下の式
【数1】
ただし、αは形状母数、θは尺度母数
で表され、形状母数αを3.7~5.7とする、
こととしてもよい。
【0011】
また、前記演算部は、
算出された血管剛性に基づいて、交感神経系圧受容体反射感受性の評価指標を算出する、
こととしてもよい。
【0012】
また、本発明の第2の観点に係る交感神経活動推定方法は、
非侵襲で計測可能な生体信号に基づいて血管剛性を算出し、
算出された前記血管剛性と筋交感神経活動推定モデルとに基づいて筋交感神経活動を推定し、
前記筋交感神経活動推定モデルは、
筋交感神経活動の振幅を正規分布に従う確率変数とし、前記正規分布の分散の分布は逆ガンマ分布に従うものとして設定され、
筋交感神経活動の周波数情報を、筋交感神経活動のスペクトル分布を有する有色雑音で表すように設定される。
【0013】
また、前記生体信号は、血圧及び容積脈波を含む、
こととしてもよい。
【0015】
また、本発明の第3の観点に係るプログラムは、
コンピュータを、
非侵襲で計測可能な生体信号に基づいて血管剛性を算出し、算出された血管剛性に基づいて筋交感神経活動を推定する演算部、として機能させ、
前記演算部は、
算出された前記血管剛性と筋交感神経活動推定モデルとに基づいて筋交感神経活動を推定し、
前記筋交感神経活動推定モデルは、
筋交感神経活動の振幅を正規分布に従う確率変数とし、前記正規分布の分散の分布は逆ガンマ分布に従うものとして設定され、
筋交感神経活動の周波数情報を、筋交感神経活動のスペクトル分布を有する有色雑音で表すように設定される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の交感神経活動推定装置、交感神経活動推定方法及びプログラムによれば、非侵襲で計測される生体信号から算出される血管剛性に基づいて、筋交感神経活動を推定するので、被験者の身体的負担を軽減し、交感神経活動を推定することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施の形態に係る交感神経活動推定装置のブロック図である。
【
図2】実施の形態に係る交感神経活動推定の流れを示すフローチャートである。
【
図3】血管剛性に基づくMSNAの推定方法を示す概念図である。
【
図4】(A)は、形状母数の推定値の例を示すボックスプロットであり、(B)は、実測されたMSNAのパワースペクトルの例を示すグラフである。
【
図5】バルサルバ試験に係る血管剛性、推定MSNA、推定MSNAの全波整流積分波形の例を示すグラフである。
【
図6】バルサルバ試験に係る拡張期血圧とsBRSの評価指標との関係の例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図を参照しつつ、本発明の実施の形態に係る交感神経活動推定装置1について説明する。
図1のブロック図に示すように、交感神経活動推定装置1は、センサ11、推定装置本体20を備える。
【0019】
センサ11は、取得する生体信号の種類に合わせて選択される検出器である。取得する生体信号は、血管剛性βを算出するために用いられるものであり、非侵襲で計測可能な時系列信号である。本実施の形態に係るセンサ11は、血圧及び容積脈波、より具体的には動脈血圧及び指尖容積脈波を生体信号として取得する。
【0020】
推定装置本体20は、例えばコンピュータ装置であり、制御部21、記憶部22、表示部23、入力部24を備える。
【0021】
制御部21は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、水晶発振器等から構成されており、交感神経活動推定装置1の動作を制御するとともに、センサ11で取得された生体信号に基づいて血管剛性βを算出する。また、制御部21は、算出された血管剛性βに基づいてMSNAを推定する。制御部21は、制御部21のROM、記憶部22等に記憶されている各種動作プログラム及びデータをRAMに読み込んでCPUを動作させることにより、
図1に示す制御部21の各機能を実現させる。これにより、制御部21は、生体信号取得部211、演算部212として動作する。
【0022】
生体信号取得部211は、センサ11を制御して、被験者の生体信号を取得する。また、生体信号取得部211は、取得した生体信号を記憶部22へ送信し、記憶させる。本実施の形態では、複数のセンサ11を用いて、同時に複数の生体信号、すなわち動脈血圧及び指尖容積脈波が取得される。
【0023】
演算部212は、生体信号取得部211でセンサ11から受信した生体信号に基づいて、血管剛性βを算出する。また、演算部212は、算出された血管剛性βに基づいて、MSNAを推定し、推定結果を記憶部22に記憶させる。血管剛性βの算出方法及びMSNAの推定方法の詳細については、後述する。
【0024】
記憶部22は、ハードディスク、フラッシュメモリ等の不揮発性メモリであり、生体信号から血管剛性βを算出し、MSNAを推定する演算アルゴリズム、算出された血管剛性β、MSNA等を記憶する。
【0025】
表示部23は、コンピュータ装置である推定装置本体20に備えられた表示用デバイスであり、例えば液晶パネルである。表示部23は、センサ11で取得された生体信号、演算部212で推定されたMSNA等を表示する。
【0026】
入力部24は、生体信号取得の開始、終了指示、血管剛性βを算出するためのパラメータ等を入力するための入力デバイスである。入力部24は、推定装置本体20に備えられたキーボード、マウス等である。
【0027】
続いて、交感神経活動推定装置1を用いた交感神経活動推定方法について、
図2のフローチャートを参照しつつ、具体的に説明する。本実施の形態では、動脈血圧及び指尖容積脈波を生体信号として取得して血管剛性βを算出し、算出された血管剛性βに基づいて筋交感神経活動を推定する場合を例として説明する。
【0028】
被験者は、動脈血圧及び指尖容積脈波を測定するためのセンサ11を装着する。そして、入力部24を操作して、動脈血圧及び指尖容積脈波の取得を開始する。生体信号取得部211は、生体信号の取得開始指示により、センサ11を制御して、被験者の動脈血圧及び指尖容積脈波を取得する(ステップS11)。生体信号取得部211は、取得した生体信号のデータを記憶部22へ送信し、記憶部22に記憶させる。
【0029】
演算部212は、生体信号取得部211で取得した生体信号のデータと、記憶部22に予め記憶されている血管剛性βの算出モデルに基づいて、血管剛性βを算出する(ステップ12)。
【0030】
本実施の形態に係る血管剛性βの算出モデルは、以下の式に示す対数線形化末梢血管粘弾性モデルである。
【数2】
ここで、μは血管壁の慣性、ηは血管壁の粘性、βは血管壁の剛性(血管剛性)を表す。また、P
b(t)は時刻tにおける動脈血圧、P
l(t)は時刻tにおける血管の容積変化(指尖容積脈波)、P
bβ0は基準血圧、P
bβnl(P
l(t))は静脈影響を表す。
【0031】
静脈影響項Pbβnl(Pl(t))は、高血圧、うっ血性心不全などの心臓の影響、駆血、重力などの静脈の影響等を考慮するためのものであり、被験者及び計測状況に応じて適宜調整される。
【0032】
演算部212は、計測された動脈血圧Pb(t)、容積変化Pl(t)を式(1)に代入して、心拍一拍ごとに、最小二乗法を用いて適当な慣性μ、粘性η、剛性βを求める。そして、各拍で推定された剛性βを3次スプライン補間し、1Hzでリサンプリングしたものを血管剛性β(t)とする。
【0033】
続いて、演算部212は、算出された血管剛性βに基づいて、MSNAを推定する(ステップS13)。MSNAの推定は、MSNAの亢進により血管平滑筋が収縮し、血管剛性βが上昇するという一連の現象をモデル化した筋交感神経活動推定モデルであるMSNA-末梢血管剛性伝播過程モデルを用いて行われる。以下、本実施の形態に係る筋交感神経活動推定モデルについて説明する。
【0034】
本実施の形態では、時刻tでサンプリングされたMSNAをX
tとし、整流平滑処理を施したMSNAを以下の式で表されるY
tとする。
【数3】
ただし、a
0,a
1,・・・,a
N-1,b
0,b
1,・・・,b
NはそれぞれN次のローパスフィルタの係数を表す。
【0035】
また、以下の式のように、Y
tに基づいて任意の時刻tの血管剛性β
tが生じると仮定する。
【数4】
ただし、f(・)は単調関数とする。
【0036】
本実施の形態では、簡単化のため、ゲインη’を用いてf(Yt)=η’Yt、η’=1としているが、他の線形単調関数又は非線形単調関数を含むこととしてもよく、被験者の属性等に基づいて、Ytと血管剛性βtとの関係を表すものとして適切な関数を選択すればよい。
【0037】
筋交感神経活動推定モデルを導出するために、本実施の形態では、
図3の概念図に示すように、MSNAを表すX
tの振幅情報と周波数情報とを個別に数理モデルで記述する。X
tの振幅は正規分布N(0,σ
t
2)に従う確率変数であり、その分散σ
t
2の分布は以下に示す逆ガンマ分布に従うと仮定して、筋交感神経活動推定モデルは設定される。
【0038】
【数5】
ここで、αとθはそれぞれ逆ガンマ分布の形状母数と尺度母数を表す。
【0039】
振幅情報の統計量である逆ガンマ分布の平均
-σ
2と分散Var[σ
2]は、逆ガンマ分布の形状母数^αと尺度母数^θを用いて次式で与えられる。
【数6】
【0040】
また、ある波形^X
tの分散が逆ガンマ分布に従う場合、その波形を式(2)で表される整流平滑フィルタで濾波した波形^Y
tの期待値は、逆ガンマ分布の平均
-σ
2と比例関係にある。平均
-σ
2と、平均0のノイズε
tとの重畳によって表現される分散σ
t
2=
-σ
t
2+ε
tの平均
-σ
t
2と分散Var[ε
t]は、次式で表すことができる。
【数7】
【0041】
式(3)、(7)、(8)より、MSNAの実測データXtの分散分布統計量-σt
2とVar[εt]を、予め定められた形状母数αと血管剛性βtとから求めることが可能となる。これらのパラメータを式(4)へ代入することにより、MSNAの振幅の分散が従う逆ガンマ分布が得られるので、時々刻々のσtを生成することができる。
【0042】
X
tの周波数情報は、次式に示すM次の自己回帰(AR)モデルに基づくシェイピングフィルタHを用いて表現される。
【数8】
ここで、c
0,c
1,・・・,c
Mとvは、分散を1に正規化したMSNAに対するAR係数と予測誤差分散を示す。AR係数及び予測誤差分散は、実測されたMSNA等に基づいて、予め定められている。
【0043】
図3に示すように、式(9)より、シェイピングフィルタHと分散1の正規白色雑音w
tからMSNAのスペクトル分布を有する分散1の有色雑音w’
tを生成し、X
tの周波数情報として用いる。
【0044】
時刻tにおけるMSNAであるX
tは、上述の振幅情報と周波数情報に基づいて求められる。具体的にはX
tは、以下のように、式(4)の分布から生成される分散σ
tと式(9)から生成されるw’
tの積で表すことができる。
【数9】
したがって、血管剛性βから、MSNAの推定値^X
tを求めることができる。
【0045】
図2のフローチャートに戻り、制御部21は、演算部212で推定されたMSNAを、交感神経活動を示すデータとして、記憶部22に記憶させるとともに、表示部23に表示させる(ステップS14)。
【0046】
また、動脈血圧は圧受容器反射によって維持、調整されているので、本実施の形態に係る演算部212は、交感神経系圧受容体反射感受性(Sympathetic Baroreflex Sensitivity:以下、sBRSという)の評価指標としてTotal σを算出する(ステップS15)。
【0047】
以下、本実施の形態に係るTotal σについて説明する。sBRSは、以下の式に示すTotal MSNAを用いて、拡張期血圧に対するTotal MSNAの変化量から求めることができる。
【数10】
【0048】
ただし、Si(Yt)はN拍ごとのMSNAの面積[a.u.]、S(Yt’)は、MSNAの面積の基準値[a.u.]を表す。本実施の形態に係るS(Yt’)は、安静時におけるN拍のMSNAの面積の中央値として定義される。
【0049】
sBRSの評価指標Total σは、上記のTotal MSNA及びMSNAの推定モデルから、以下のように定義される。
【数11】
【0050】
式(7)より、
-σ
tとY
tの期待値E[Y
t]とは比例する。また、MSNAにエルゴート性を仮定し、E[Y
t]を時間平均で近似すると、以下の式となる。
【数12】
【0051】
したがって、Total MSNAとほぼ等価なTotal σを、血管剛性βtから求めた-σtを用いて、非侵襲的に推定することが可能となる。
【0052】
図2のフローチャートに戻り、制御部21は、式(13)の計算によって、演算部212で推定されたTotal σを、sBRSの評価指標として、記憶部22に記憶させるとともに、表示部23に表示させる(ステップS16)。そして、交感神経活動推定装置1は、推定処理を終了する。
【0053】
以下、本実施の形態に係る交感神経活動推定方法によって推定されたMSNAと、実測のMSNAとの類似性を検証するために実施した実験の解析結果を示す。
【0054】
本例では、バルサルバ試験を行いながら、動脈血圧、指尖容積脈波等の生体信号を取得して、MSNAを推定し、実測された血圧、心拍数等のデータと比較することにより本実施の形態に係る交感神経活動推定方法の妥当性を検証する。
【0055】
より具体的には、40mmHgの圧力で15秒間息止めを続けるバルサルバ試験を健常成人男性である5名の被験者に対して行った。被験者は仰臥位をとり、60秒の初期安静の後、45秒の安静と15秒のバルサルバ試験タスクを3回繰り返し、最後に60秒の安静を行うセッションを2回実施した。生体信号としての左手第二指の指尖光電容積脈波及び心拍連続血圧は、生体信号取得部211により、サンプリング周波数1000Hzで取得される。
【0056】
推定MSNAのバルサルバ試験中の変化を確認するために、バルサルバ試験直前の15秒間の平均と試験中の15秒間の平均との比較を行った。統計処理は有意水準5%のもとで対応のあるt検定を行った。また、バルサルバ試験タスク中の血圧降下時のTotal σと拡張期血圧について有意水準5%のもとで無相関検定を行った。
【0057】
なお、形状母数αの推定値である^αは、予め被験者5名について実測したMSNAからEM(Expectation Maximization)アルゴリズムで推定した値4.7±1.06(平均±標準偏差)に基づいて、その平均値である4.7とした(
図4(A))。また、実測したMSNAのパワースペクトルをBurg法により算出し(
図4(B))、全被験者の平均からシェイピングフィルタHのAR係数を算出した。
【0058】
図5は、ある被験者の血管剛性β、推定MSNAである^X
t、推定MSNAの全波整流積分波形の時系列変化を示している。
図5に示すように、バルサルバ試験開始時に、血管剛性β及び血管剛性βから推定したMSNAは、安静時と比較して有意に上昇した(p<0.001)。
【0059】
また、
図6に示すように、バルサルバ試験開始時の拡張期血圧の低下に伴い、Total σが上昇する傾向がみられ、全ての被験者で拡張期血圧とTotal σとの間に高い負の相関が確認された(r=-0.90±0.12)。
【0060】
バルサルバ試験中にみられた推定MSNAの平均-σ2
tの増加は、血圧低下に伴うMSNAの亢進を反映していると考えられる。バルサルバ試験において拡張期血圧が低下すると、Total MSNAが線形的に上昇することが、従来の侵襲的な方法において計測されたMSNAとの関係において知られている。本例の結果は、従来の方法で得られている知見とよく一致しており、本実施の形態に係る非侵襲的に推定したMSNAが妥当であることがわかる。また、バルサルバ試験において評価される自律神経指標のsBRSを、本実施の形態に係る方法により非侵襲的に推定したTotal σを用いて評価できることがわかる。
【0061】
以上、説明したように、本発明に係る交感神経活動推定装置及び交感神経活動推定方法では、非侵襲的に取得された生体信号から算出される血管剛性に基づいて、筋交感神経活動(MSNA)を推定するので、被験者の身体的負担を軽減して、交感神経活動を推定することが可能である。
【0062】
また、本発明に係る交感神経活動推定装置及び交感神経活動推定方法では、非侵襲的な方法で筋交感神経活動を推定するので、医師等の専門家の監修が不要であり、医療機関の少ないへき地に居住する被験者についても容易に推定を行うことができる。
【0063】
また、本実施の形態に係る交感神経活動推定方法、すなわち計測された生体信号に基づいて血管剛性βを算出し、算出された血管剛性βからMSNAを推定する方法は、通常のコンピュータシステムを用いて実現可能である。例えば、上記の動作を実行するためのコンピュータプログラムを、USBメモリ、DVD-ROM等のコンピュータが読み取り可能な記録媒体に格納して配布し、当該コンピュータプログラムをコンピュータにインストールすることにより、コンピュータ装置を上記の交感神経活動推定方法を実行する推定装置として機能させることができる。
【0064】
また、本実施の形態では、センサ11で取得した生体信号である動脈血圧、指尖容積脈波から、推定装置本体20で血管剛性βを算出し、MSNAを逐次推定することとしたが、これに限られない。例えば、過去に取得され、記憶部22に記憶されている生体信号を、演算部212に読み込んで、MSNAの推定を行うこととしてもよい。また、遠隔地の被験者に装着されたセンサ11から、推定装置本体20へネットワークを介して生体信号を読み込んで、血管剛性βを算出し、MSNAを推定することとしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、侵襲的な方法での測定が困難な小児、高齢者等の交感神経活動推定に好適である。また、医師等専門家の監修が困難なへき地の被験者の交感神経活動推定に好適である。
【符号の説明】
【0066】
1 交感神経活動推定装置、11 センサ、20 推定装置本体、21 制御部、211 生体信号取得部、212 演算部、22 記憶部、23 表示部、24 入力部