(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-24
(45)【発行日】2023-12-04
(54)【発明の名称】細胞培養基材、がん細胞集合体及び該基材を用いたその製造方法、並びに該がん細胞集合体を用いた薬剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/09 20100101AFI20231127BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20231127BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20231127BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20231127BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20231127BHJP
G01N 33/574 20060101ALI20231127BHJP
【FI】
C12N5/09
C12M1/00 A
C12Q1/02
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
G01N33/574 D
(21)【出願番号】P 2022108718
(22)【出願日】2022-07-05
(62)【分割の表示】P 2019509439の分割
【原出願日】2018-04-02
【審査請求日】2022-07-07
(31)【優先権主張番号】P 2017072512
(32)【優先日】2017-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】弁理士法人IPアシスト
(72)【発明者】
【氏名】宮武 由甲子
(72)【発明者】
【氏名】繁富 香織
(72)【発明者】
【氏名】岡嶋 孝治
(72)【発明者】
【氏名】笠原 正典
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-136848(JP,A)
【文献】国際公開第2010/047132(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/097121(WO,A1)
【文献】実験医学,2011年,Vol.29, No.9,pp.1374-1380
【文献】OVERHOLTZER, M., et al.,A nonapoptotic cell death process, entosis, that occurs by cell-in-cell invasion.,Cell,2007年,Vol.131,pp.966-979
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 3/10
C12Q 1/00- 3/00
C12N 1/00-15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)~(f)の特徴を持つ、接着性がん細胞から構成される、分離された生きたがん細胞集合体。
(a)細胞内細胞構造を有する
(b)非スフェロイド状形態を示す
(c)表面にα-チューブリンの膜状発現がある
(d)形態学的極性を有する
(e)組織運動極性を有する
(f)複数の生きたがん細胞を可逆的に放出し、取り込む能力がある
【請求項2】
さらに以下の(g)~(k)のうちの少なくとも1つの特徴を持つ、請求項1に記載のがん細胞集合体。
(g)表面に繊毛を有する
(h)糸状仮足又は葉状仮足様形態を示す
(i)死細胞を取り込む能力がある
(j)細胞デブリ吸引力を有する
(k)表面がホスファチジルセリン陽性である
【請求項3】
3次元構造を有する細胞培養基材に接着した、請求項1又は2に記載のがん細胞集合体。
【請求項4】
3次元構造を有する細胞培養基材が、基板と生体適合性ポリマー層とを有する細胞培養基材であって、
該基材は、生体適合性ポリマー層で覆われていない複数の粗面部分を基材表面上に有し、
ここで
粗面部分の形状は、径が20μm~100μmのスポットであるか、又は幅が3μm~30μmのグルーブであり、粗面部分の形状がグルーブの場合、粗面部分はその端部において他の粗面部分と連結されていてもよく、
2つの隣接する粗面部分間の距離は少なくとも10μm以上であり、
粗面部分はその表面に高さ20nm~200nmの凹凸構造を持つ、請求項3に記載のがん細胞集合体。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のがん細胞集合体と被験物質を共存させる工程;
以下のがん細胞集合体の特徴
(a)細胞内細胞構造を有する
(b)非スフェロイド状形態を示す
(c)表面にα-チューブリンの膜状発現がある
(d)形態学的極性を有する
(e)組織運動極性を有する
(f)生きたがん細胞を可逆的に放出し、取り込む能力がある
(g)表面に繊毛を有する
(h)糸状仮足又は葉状仮足様形態を示す
(i)死細胞を取り込む能力がある
(j)細胞デブリ吸引力を有する
(k)表面がホスファチジルセリン陽性である
のうちの少なくとも1つを観察し、被験物質と共存させないがん細胞集合体のそれと比較する工程;及び
被験物質共存下で上記特徴の減弱又は喪失がより強く観察された場合、被験物質は抗がん作用を有すると判定する工程
を含む、がんの予防及び/又は治療のための薬剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載のがん細胞集合体と被験物質を共存させる工程;
がん細胞集合体又はその仮足の長さ又は大きさを測定し、被験物質と共存させないがん細胞集合体のそれと比較する工程;及び
被験物質共存下でがん細胞集合体又はその仮足がより短くなった又はより小さくなった場合、被験物質は抗がん作用を有すると判定する工程
を含む、がんの予防及び/又は治療のための薬剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
薬剤が、がんの浸潤及び/又は転移を抑制する薬剤である、請求項5又は6に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
薬剤が、がんの免疫回避機構を抑制及び/又は解除する薬剤である、請求項5又は6に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の構造を有する細胞培養基材、がん細胞集合体及び該基材を用いたその製造方法、並びに該がん細胞集合体を用いたがんの予防及び/又は治療のための薬剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは、未だに完全に克服することのできない疾患の一つである。新薬開発費用の高額化、及び超高齢化に伴うがん患者数の増加は医療費の増大をもたらし、国家財政を圧迫する要因となってきている。このような状況において、効果的かつ安価な次世代のがん治療薬開発は、喫緊の課題とされている。
【0003】
疾患としてのがんの研究において、細胞レベルでの生物学的特性の解明は進んできたと言える一方、がん細胞が集まって形成されるがん組織レベルの生物学的動態の特性は、観察技術法の不在により、重要であるにもかかわらず注目されず、その結果その大部分が解明されていない。そのため、インビトロにおけるがん組織を対象とした基礎的な分子生理学的検討、特にがん組織としての生物学的動態特性の解明は、次世代のがん治療薬開発において、重要な意義を有するものと期待されている。
【0004】
がん研究において従来行われてきたがん組織レベルでの分子生理学的検討は、主に、生体外に摘出した生体組織試料を固定して病理診断学的に観察し、推測することによるものであった。一方、生体内のがん細胞集団をインビトロでライブイメージングする技術は、その技術的困難性故に開発されておらず、がん組織としての病態生理学的ダイナミクスはほとんど考慮されないまま、がんの基礎研究又は新規抗がん剤開発等が行われているのが、現状である。
【0005】
多くの上皮系癌細胞において、浸潤・転移にEMT(上皮間葉転換)が必要であることが知られている。上皮系癌細胞はEMTによりその上皮系形質を失い、運動能や浸潤能といった間葉系形質を獲得して浸潤・転移を引き起こすものと考えられているが、近年の研究により膵管腺癌細胞においてEMTを必要としない浸潤・転移が生じることが明らかになった(非特許文献1)。EMTを介さない新たながんの浸潤・転移機構として細胞集団運動(collective cell migration)が注目されており、生体内のがん細胞集団をインビトロで観察する技術へのニーズは益々高まっている。
【0006】
インビトロにおいて、2次元的な従来の単層細胞培養ではなく、より生体内環境を模倣するものとして、特殊な構造を有する培養基材を用いて3次元的な細胞塊を形成させる、いわゆる3次元細胞培養が報告されている(例えば特許文献1、2等)。しかし、3次元細胞培養によって形成される細胞塊のほとんどは、活発な運動極性及び形態学的極性を示さない膨張性増殖のスフェロイド(回転楕円がん細胞塊)であり、悪性腫瘍の特徴である浸潤性増殖を示す生体内のがん細胞集団を適切に反映したものであるとは言い難い。
【0007】
また、正常な上皮細胞の生存及び増殖には細胞外マトリクス等の足場への接着が必須であり、足場に適切に接着できなかった上皮細胞はアノイキス(anoikis)と呼ばれるアポトーシスを起こして死滅する。これに対し、EMTを起こした上皮系癌細胞は、アノイキス耐性を獲得することで細胞死を免れ、脈管内を浮遊して原発巣から他の組織に転移することが知られている。
【0008】
上皮系癌細胞のアノイキス耐性は癌の浸潤・転移のしやすさに関係することから、上皮系癌細胞のアノイキス耐性を決定することの意義は大きい。しかしながら、従来上皮系癌細胞の培養に用いられる細胞培養基材に対しては、上皮系癌細胞はそのアノイキス耐性の有無にかかわらず接着してしまうため、インビトロで上皮系癌細胞のアノイキス耐性を評価することは困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Zheng et al.,Nature,2015,527(7579):525-530.
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第WO2007/097120号パンフレット
【文献】国際公開第WO2013/042360号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、形態学的極性や組織運動極性といったがん組織としての本来の生物学的特性を有するがん細胞集団を、インビトロで作製することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、所定の形状及び表面粗さを持つ粗面部分を所定の間隔で配置した細胞培養基材を用いてがん細胞を培養すると、がん細胞は粗面部分表面の凹凸構造を足場として、生体内のがん細胞集団に見られるような形態学的極性及び組織運動極性を持った細胞塊を形成することを見出し、以下の発明を完成させた。
【0013】
(1) 基板と生体適合性ポリマー層とを有する細胞培養基材であって、
該基材は、生体適合性ポリマー層で覆われていない複数の粗面部分を基材表面上に有し、
ここで
粗面部分の形状は、径が20μm~100μmのスポットであるか、又は幅が3μm~30μmのグルーブであり、粗面部分の形状がグルーブの場合、粗面部分はその端部において他の粗面部分と連結されていてもよく、
2つの隣接する粗面部分間の距離は少なくとも10μm以上であり、
粗面部分はその表面に高さ20nm~200nmの凹凸構造を持つ、前記細胞培養基材。
(2) 粗面部分の界面展開面積比(Sdr)が0.002以上である、(1)に記載の細胞培養基材。
(3) 2つの隣接する粗面部分間の距離が10~1200μmである、(1)又は(2)に記載の細胞培養基材。
(4) 粗面部分表面の算術平均粗さ(Ra)が4nm以上、最大高さ粗さ(Rz)が30nm以上、及び/又は山頂点算術平均曲(Spc)が300以上である、(1)~(3)のいずれか一項に記載の細胞培養基材。
(5) 生体適合性ポリマーが生物学的材料との非特異的吸着を抑制する両親媒性ポリマーである、(1)~(4)のいずれか一項に記載の細胞培養基材。
(6) 生体適合性ポリマーが2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンである、(1)~(5)のいずれか一項に記載の細胞培養基材。
(7) 以下の(a)~(e)の特徴を持つ、接着性がん細胞から構成される、分離された生きたがん細胞集合体。
(a)細胞内細胞構造を有する
(b)非スフェロイド状形態を示す
(c)表面にα-チューブリンの膜状発現がある
(d)形態学的極性を有する
(e)組織運動極性を有する
(8) さらに以下の(f)~(k)のうちの少なくとも1つの特徴を持つ、(7)に記載のがん細胞集合体。
(f)生きたがん細胞を可逆的に放出し、取り込む能力がある
(g)表面に繊毛を有する
(h)糸状仮足又は葉状仮足様形態を示す
(i)死細胞を取り込む能力がある
(j)細胞デブリ吸引力を有する
(k)表面がホスファチジルセリン陽性である
(9) (7)又は(8)に記載のがん細胞集合体が3次元構造を有する細胞培養基材に接着してなる、複合体。
(10) (1)~(6)のいずれか一項に記載の細胞培養基材を用いて接着性がん細胞を培養する工程を含む、(7)又は(8)に記載のがん細胞集合体の製造方法。
(11) (1)~(6)のいずれか一項に記載の細胞培養基材を用いて接着性がん細胞を培養する工程を含む、(9)に記載の複合体の製造方法。
(12) (7)又は(8)に記載のがん細胞集合体と被験物質を共存させる工程、
以下のがん細胞集合体の特徴
(a)細胞内細胞構造を有する
(b)非スフェロイド状形態を示す
(c)表面にα-チューブリンの膜状発現がある
(d)形態学的極性を有する
(e)組織運動極性を有する
(f)生きたがん細胞を可逆的に放出し、取り込む能力がある
(g)表面に繊毛を有する
(h)糸状仮足又は葉状仮足様形態を示す
(i)死細胞を取り込む能力がある
(j)細胞デブリ吸引力を有する
(k)表面がホスファチジルセリン陽性である
のうちの少なくとも1つを観察し、被験物質と共存させないがん細胞集合体のそれと比較する工程、及び
被験物質共存下で上記特徴の減弱又は喪失がより強く観察された場合、被験物質は抗がん作用を有すると判定する工程
を含む、がんの予防及び/又は治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(13)(7)又は(8)に記載のがん細胞集合体と被験物質を共存させる工程、
がん細胞集合体又はその仮足の長さ又は大きさを測定し、被験物質と共存させないがん細胞集合体のそれと比較する工程、及び
被験物質共存下でがん細胞集合体又はその仮足がより短くなった又はより小さくなった場合、被験物質は抗がん作用を有すると判定する工程
を含む、がんの予防及び/又は治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(14)薬剤が、がんの浸潤及び/又は転移を抑制する薬剤である、(12)又は(13)に記載のスクリーニング方法。
(15)薬剤が、がんの免疫回避機構を抑制及び/又は解除する薬剤である、(12)又は(13)に記載のスクリーニング方法。
(16)(1)~(6)のいずれか一項に記載の細胞培養基材を用いて被験上皮系癌細胞を培養する工程、及び
上皮系癌細胞が細胞培養基材に接着せずに増殖した場合に上皮系癌細胞はアノイキス耐性を有すると判定する工程
を含む、上皮系癌細胞のアノイキス耐性を判定する方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、所定の構造を有する細胞培養基材上でがん細胞を培養するという簡便な操作により、生体内で観察されるものと同様の形態学的極性及び組織運動極性を有するがん細胞集合体を生きた状態で得ることができ、これにより従来不可能であったインビトロでの微小腫瘍のライブイメージングが可能となる。また、このようながん細胞集合体は生体内に生じるがんの発生、増殖、浸潤、転移、再発の一連の流れをインビトロで模したものと考えられることから、がん研究におけるリサーチツールとして、又は新規抗がん剤開発における化合物スクリーニングのために利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の第1の態様の細胞培養基材による、第2の態様のがん細胞集合体(以下、「微小腫瘍」ともいう)形成のイメージ図である。
【
図3】微小腫瘍のライフサイクルのイメージ図である。
【
図4】細胞培養基材のマイクロパターンを示す図である。パターン1のスポットは径30μm、パターン2は径300μm、パターン3は径95μmである。
【
図5】パターン1の細胞培養基材の全体構成を示す図である。
【
図6】細胞培養基材のスポット表面の写真及び高さ方向の凹凸を示す図である。左側は平坦なスポット表面を持つ対照の細胞培養基材Roughness(-)、右側はスポット表面に凹凸構造を持つ本発明の細胞培養基材Roughness(+)である。
【
図7】細胞培養基材のスポット表面の算術平均粗さ(Ra)、最大高さ粗さ(Rz)、山頂点算術平均曲(Spc)及び界面展開面積比(Sdr)を示すグラフである。
【
図8】スポット径30μm、95μm、300μmの細胞培養基材上で培養したKRAS変異ヒト膵管腺癌細胞株PCI-55の微分干渉顕微鏡(DIC)での観察画像である。
【
図9】細胞培養基材のスポット表面における細胞占有率(細胞が接着したスポット数/全てのスポット数)を示すグラフである。
【
図10】スポット径30μmの細胞培養基材上で培養したPCI-55細胞塊の底面積と、1つのスポットの表面積との比を集計した円グラフである。
【
図11】スポット径30μmの細胞培養基材上で培養したPCI-55細胞塊の底面積と円形度との相関を示す散布図である。
【
図12】スポット径30μmのRoughness(+)の細胞培養基材(以下、「細胞培養基材1」という)上に播種されたPCI-55細胞が微小腫瘍を形成する様子を示すタイムラプスDIC画像である。
【
図13】微小腫瘍の組織運動極性を示すタイムラプスDIC画像である。図中、円状の点線はスポットの位置を表す。
【
図14】細胞培養基材1上で24時間培養した微小腫瘍の広視野DIC画像である。
【
図15】スポット径40μm、60μm、80μm、100μmのRoughness(+)の細胞培養基材上で培養したPCI-55細胞の蛍光画像(α-チューブリン染色)である。
【
図16】細胞培養基材1上で培養したKRAS変異ヒト膵管腺癌細胞株PCI-55、PCI-24及びPCI-43の、培養24時間及び48時間後の透過光画像である。
【
図17】細胞培養基材1上で培養後に固定し、蛍光免疫染色を施行したPCI-24及びPCI-43のDIC画像及び蛍光画像(ヘキスト33342及びα-チューブリンの重ね合わせ)である。
【
図18】細胞培養基材1上で培養したヒト上皮系がん細胞株であるヒト舌癌細胞株HSC-3及びSCC-9、ヒト肺癌細胞株H1975及びA549、ヒト大腸癌細胞株DLD-1及びWiDrのDIC画像である。
【
図19】細胞培養基材1上で培養したPCI-55微小腫瘍の3次元蛍光画像(ヘキスト33342、ファロイジン、α-チューブリン及びこれらの重ね合わせ)である。
【
図20】微小腫瘍のXY及びXZ方向断面の蛍光画像(ヘキスト33342、ファロイジン及びα-チューブリンの重ね合わせ)である。図中、円状の点線はスポットの位置を表す。
【
図21】3次元蛍光画像上面図(左側の2図)及び3次元蛍光画像斜視図(右側の3図)である。一番左の画像はヘキスト33342、他の画像はヘキスト33342、ファロイジン及びα-チューブリンの重ね合わせである。図中、円状の点線はスポットの位置を表し、矢頭は繊毛を表す。
【
図22】乳頭状微小腫瘍の下層を異なるZ座標で切断したXY方向断面の蛍光画像(ヘキスト33342、ファロイジン及びα-チューブリンの重ね合わせ)である。
【
図23】微小腫瘍のDIC画像及び蛍光画像(DAPI、ファロイジン、α-チューブリン及びこれらの重ね合わせ)である。
【
図24】PCI-55細胞を腹腔内接種したマウス腹膜組織切片のDIC画像及び蛍光画像(DAPI、CFSE、α-チューブリン及びこれらの重ね合わせ)である。
【
図25】膵管腺癌患者2症例の組織標本のヘマトキシリン・エオジン染色画像及びα-チューブリン免疫染色の画像である。Nは正常な膵管上皮部分を、Pは癌化した膵管上皮病変部位を示す。
【
図26】細胞の凝集体がエントーシスを生じながらスポット上に接着する様子を示すタイムラプスDIC画像である。図中、円状の点線はスポットの位置を表す。
【
図27】微小腫瘍の可逆的エントーシスを示すタイムラプスDIC画像である。
【
図28】微小腫瘍のXY、YZ及びXZ方向断面の蛍光画像(ヘキスト33342、CFSE、α-チューブリン及びこれらの重ね合わせ)である。図中、矢頭は、エントーシスにより細胞が他の細胞の細胞膜を貫通している部分を示す。
【
図29】微小腫瘍を異なるZ座標で切断したXY方向断面の蛍光画像(ヘキスト33342、ファロイジン及びα-チューブリンの重ね合わせ)である。
【
図30】細胞培養基材1上で培養した正常ヒト胎児膵臓由来細胞株1C3IKEIの蛍光画像(ヘキスト33342及びα-チューブリンの重ね合わせ)である。図中、円状の点線はスポットの位置を表す。
【
図31】培養後の1C3KEI細胞のXY、YZ及びXZ方向断面の蛍光画像(ヘキスト33342、ファロイジン、α-チューブリン及びこれらの重ね合わせ)である。
【
図32】微小腫瘍が細胞破片(デブリ)を取り込む様子を示すタイムラプスDIC画像である。図中2個所の矢頭(左上、中央左)は、貪食されたデブリの位置を表す。
【
図33】緑色蛍光ナノビーズと共存させた微小腫瘍の、DICと蛍光(CFSE、エチジウムホモダイマー(EthD))を重ね合わせたタイムラプス画像である。
【
図34】微小腫瘍が死細胞を貪食する様子を示す、DICと蛍光(アネキシンV、EthD)を重ね合わせたタイムラプス画像である。図中、矢頭は微小腫瘍の葉状仮足の位置を示す。
【
図35】微小腫瘍が死細胞を貪食する様子を示す、DICと蛍光(アネキシンV、EthD)を重ね合わせたタイムラプス画像(上段)、タイムラプス蛍光画像(中段)、各時点における微小腫瘍内の蛍光強度分布を示すグラフ(下段)である。
【
図36】24時間培養後の生きた微小腫瘍のDIC画像及び蛍光画像(アネキシンV、EthD)である。
【
図37】ヒトNK細胞株KHYG-1細胞と共培養した微小腫瘍の、DICと蛍光(CFSE、EthD)を重ね合わせたタイムラプス画像である。
【
図38】細胞培養基材1上で培養した後に通常の細胞培養用ディッシュでの培養に移した微小腫瘍の、DICと蛍光を重ね合わせたタイムラプス画像である。
【
図39】PCI-55死細胞と共存させた微小腫瘍の、DICと蛍光(EthD)を重ね合わせたタイムラプス画像である。
【
図40】死細胞と共存させた微小腫瘍の、DICと蛍光(EthD)を重ね合わせたタイムラプス画像である。図中、矢頭は貪食された死細胞デブリの位置を表す。
【
図41】死細胞の添加による微小腫瘍底面積の拡大を示す散布図である。
【
図42】チミジンヌクレオシド類似体である5-エチニル-2’-デオキシウリジン(EdU)を取り込ませた死細胞と共存させたCFSE標識微小腫瘍のXY、YZ及びXZ方向断面及び3次元の蛍光画像(ヘキスト33342、CSFE、EdU及びこれらの重ね合わせ)である。
【
図43】EdUを予め取り込ませた死細胞と共存させたCFSE標識微小腫瘍のXY、YZ及びXZ方向断面の蛍光画像(ヘキスト33342、CSFE及びEdUの重ね合わせ)である。図中、円状の点線はスポットの位置を表し、拡大画像及び矢頭は、微小腫瘍に取り込まれたEdU局在を示す。
【
図44】EdUを取り込ませた死細胞が添加された微小腫瘍のXY方向断面の蛍光画像(ヘキスト33342及びリソソームの重ね合わせ、EdU、並びにこれらの重ね合わせ)である。
【
図45】EdUを取り込ませた死細胞が添加された微小腫瘍下層のXY方向断面の蛍光画像(ヘキスト33342、微小管関連タンパク質軽鎖3B(LC3B)、EdU及びこれらの重ね合わせ)である。図中、円状の点線はスポットの位置を表す。
【
図46】微小腫瘍下層のXY方向断面の蛍光画像(α-チューブリン、LC3B及びこれらの重ね合わせ)である。
【
図47】微小腫瘍下層の3次元蛍光画像(ヘキスト33342、α-チューブリン及びLC3Bの重ね合わせ)である。
【
図48】微小管重合阻害剤ノコダゾールで処理した微小腫瘍のタイムラプスDIC画像である。図中、円状の点線はスポットの位置を表す。
【
図49】ノコダゾール処理から24時間後の微小腫瘍の底面、上面、側面及び断面の蛍光画像(ヘキスト33342、ファロイジン及びα-チューブリンの重ね合わせ)である。図中、円状の点線はスポットの位置を表す。
【
図50】ノコダゾール処理した微小腫瘍の、DICと蛍光(アネキシンV、EthD)を重ね合わせたタイムラプス画像である。
【
図51】幅10μm又は30μmのグルーブ状粗面部分を有する細胞培養基材上で培養したPCI-55細胞のDIC画像である。図中、右下の画像は、右上の画像の白線枠内を拡大したものである。
【
図52】細胞培養基材1上で培養した上皮系形質のPCI-55細胞及び間葉系形質のMIA PaCa-2細胞のDIC画像である。
【
図53】細胞培養基材1上で培養した生きたMIA PaCa-2細胞の洗浄前後のDIC画像である。
【
図54】一般的な細胞培養基材上で培養した上皮系形質のPCI-55細胞及び間葉系形質のMIA PaCa-2細胞の抗Ki67抗体の免疫蛍光染色画像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の第1の態様に係る細胞培養基材の一例及び基材上に形成される本発明の第2の態様に係るがん細胞集合体を、
図1に模式的に表す。細胞培養基材は、所定の特徴を持つ複数の粗面部分を有し、粗面部分表面の凹凸構造を足場として細胞に提供する。この細胞培養基材上に播種されたがん細胞は、本発明の第2の態様に係るがん細胞集合体を、複数の粗面部分にまたがるようにして形成する。
【0017】
1.細胞培養基材
本発明の第1の態様は、基板と生体適合性ポリマー層とを有する細胞培養基材であって、該基材は、生体適合性ポリマー層で覆われていない複数の粗面部分を基材表面上に有し、ここで粗面部分の形状は、径が20μm~100μmのスポットであるか、又は幅が3μm~30μmのグルーブであり、粗面部分の形状がグルーブの場合、粗面部分はその端部において他の粗面部分と連結されていてもよく、2つの隣接する粗面部分間の距離は少なくとも10μm以上であり、粗面部分はその表面に高さ20nm~200nmの凹凸構造を持つ、前記細胞培養基材に関する。
【0018】
第1の態様の細胞培養基材は、基板と生体適合性ポリマー層とを有する。「基板」は、細胞培養の基材として一般に利用されている素材であって、例えばプラズマ処理又はエッチング処理等の表面微細加工技術によってナノメートル単位の凹凸を成形することができる素材から構成される板状の物質である。本発明における基板の好ましい例は、シリコン、ガラス又はプラスチック等の素材から構成される板状物質を挙げることができる。本発明の第1の態様において好ましい基板は、ガラス基板である。
【0019】
基板の大きさ及び厚さに特に制限はなく、細胞培養の基材のために普通に用いられる程度のものであればよい。
【0020】
「生体適合性ポリマー」は、細胞に対して有害な影響を及ぼさない高分子化合物をいう。本発明における生体適合性ポリマーは、細胞等の生物学的材料が細胞培養基材に非特異的に吸着することを抑制するものであればよく、細胞に対して非特異的な吸着性を持たない両親媒性ポリマー、例えばジメチルポリシロキサン(PDMS)、ポリエチレングリコール(PEG)、オリゴエチレングリコール(OED)又は2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(以下、MPCと表すこともある)等が好ましく、特にMPCが好ましい。生体適合性ポリマー層の厚さは、通常、細胞培養基材のコーティングに用いられる程度の厚さであればよい。
【0021】
第1の態様の細胞培養基材は、生体適合性ポリマー層で覆われていない複数の粗面部分を基材表面上に有する。「粗面部分」は、細胞培養基材表面における、生体適合性ポリマー層が存在せず生体適合性ポリマー層の下にある物質が露出していて、その表面に凹凸構造を持つ部分をいい、例えば基板の上に生体適合性ポリマーが直接接している場合は基板が露出していて、その表面に凹凸構造を持つ部分を指す。
【0022】
第1の態様の細胞培養基材における粗面部分は、形状が径20μm~100μmのスポットであるか、又は幅3μm~30μmのグルーブ(溝)であり、形状がグルーブの場合、粗面部分はその端部において他の粗面部分と連結されていてもよく、また2つの隣接する粗面部分間の距離は少なくとも10μm以上であり、粗面部分表面に高さ20nm~200nmの凹凸構造を持つという特徴を有する。ここで「粗面部分表面」とは、生体適合性ポリマー層の下にある物質が露出している部分の表面を意味する。
【0023】
粗面部分がスポットである場合、その輪郭形状は特に限定はされないが、四角形以上の多角形、半円、楕円又は円であることが好ましく、その径は20μm~150μm、好ましくは20μm~100μm、より好ましくは20μm~80μm、さらにより好ましくは30μm~80μmである。ここで径とは、スポットの平面方向の大きさ又は幅の算術平均値、すなわちスポットの輪郭形状が多角形の場合は各頂点からの対角線の長さの算術平均値を、輪郭形状が円形の場合はその直径を、輪郭形状が楕円形又はそれに類似した形状の場合はその長径と短径の算術平均値をいい、スポットの形状を円に限定することを意味するものではない。
【0024】
粗面部分がグルーブである場合、グルーブの幅は3μm~30μm、好ましくは5μm~20μmである。グルーブの長さは、100μm以上であればよく、最大長に特に制限はない。がん細胞集合体をより効率的に形成させるという観点では、グルーブの長さは、150μm以上であることが望ましく、好ましくは200μm以上、より好ましくは400μm以上である。グルーブの形状は、直線状であっても曲線状であってもよく、直線と曲線を組み合わせた形状であってもよい。またグルーブは、一部が他のグルーブと交差していてもよい。さらにグルーブの端部は他のグルーブの端部と連結されていてもよい。
【0025】
後述のがん細胞集合体又はその仮足の長さ又は大きさを指標としたがんの予防及び/又は治療のための薬剤のスクリーニング方法において、粗面部分の形状がグルーブである細胞培養基材を用いる場合、特にがん細胞集合体の仮足を効率的に伸長させるため、グルーブは、20μm以上の直線状の部分を有することが好ましい。
【0026】
粗面部分は、隣接する粗面部分間の距離が少なくとも10μm以上となるように細胞培養基材表面に設けられる。ここで隣接する粗面部分間の距離とは、隣接する一方の粗面部分の縁から他方の粗面部分の縁までの距離の最小値をいう。粗面部分間の距離は、10μm~4045μm、好ましくは10μm~3220μm、より好ましくは10μm~1200μmである。なお、隣接する粗面部分間の距離が上記の数値範囲内にあればがん細胞集合体の形成は可能であるが、より効率的にがん細胞集合体を形成させるという観点では、1つの細胞培養基材に設けられる粗面部分間の最短距離は、上記範囲内でより短めに、例えば10μm~120μm、好ましくは10μm~80μm、より好ましくは10μm~60μm、さらにより好ましくは10μm~40μmに設定することが望ましい。
【0027】
後述するように、第2の態様のがん細胞集合体は、がん細胞が凝集、自己組織化して、複数の粗面部分にまたがるように第1の態様の細胞培養基材上に形成されるものである。推測ではあるが、粗面部分間の距離が細胞1個分の長さより短いと、がん細胞は複数の粗面部分上に生育するものの、複数の粗面部分を複数として認識できず、がん細胞集合体の形成は誘導されない。したがって、粗面部分間の距離は、培養される細胞1個分の長さよりも長くなるように培養細胞の大きさに応じて上記の範囲内で適宜調節される。
【0028】
また同様の理由により、粗面部分の深さが培養される細胞1個分の長さよりも深いと、がん細胞は粗面部分から出ることができずに、がん細胞集合体は形成されないものと推測される。したがって、粗面部分の深さは、培養される細胞1個分の長さより浅く設定することが好ましい。
【0029】
本発明の第1の態様における粗面部分は、粗面部分表面に高さ20nm~200nmの凹凸構造を持つ。凹凸構造の高さとは、1つの粗面部分表面における基準面からの凹の深さ及び凸の高さの絶対値である。粗面部分表面の凹凸構造の高さは、20nm~200nm、好ましくは30nm~100nm、より好ましくは40nm~60nmである。ここで「基準面」とは、生体適合性ポリマー層がない状態の基板、すなわち生体適合性ポリマー層が形成される前の基板の表面をいう。
【0030】
粗面部分表面の凹凸の程度は、粗面部分表面の界面展開面積比(Sdr)が0.002以上となる程度であることが好ましい。Sdrは国際規格のISO 25178で定められている表面性状パラメーターの一つである。Sdrは、定義領域の展開面積(表面積)が定義領域の面積に対してどれだけ増大しているかを表すものであり、完全に平坦な面のSdrは0となる。本発明における粗面部分表面についていえば、1つの粗面部分表面が完全に平坦な面であるとした場合に対して同じ形状で凹凸構造を有する粗面部分の表面積が凹凸によってどれだけ増加しているかを表す指標となる。本発明においては、粗面部分表面のSdrは0.002以上、好ましくは0.003以上、より好ましくは0.004以上である。
【0031】
また、特定の実施形態において、粗面部分表面は、算術平均粗さ(Ra)が4nm以上、最大高さ粗さ(Rz)が30nm以上、又は山頂点算術平均曲(Spc)が300以上であることが望ましい。Ra及びRzは日本工業規格JIS B 0601-2001及びISO 13565-1で、SpcはISO 25178で定められている表面性状パラメーターである。
【0032】
Raは、輪郭曲線が粗さ曲線の場合の、基準長さにおけるZ(x)絶対値の平均を表すパラメーターである。本発明における粗面部分表面についていえば、Raは、1つの粗面部分表面における基準面からの凹の深さ及び凸の高さの絶対値の平均値である。本発明における粗面部分表面のRaは4nm以上、好ましくは5nm以上、より好ましくは6nm以上である。
【0033】
Rzは、輪郭曲線が粗さ曲線の場合の、基準長さにおける輪郭曲線の中でもっとも高い山の高さ(Zp)ともっとも深い谷の深さ(Zv)の和を表すパラメーターである。本発明における粗面部分表面についていえば、Rzは、1つの粗面部分表面における基準面から最も深い凹の深さと最も高い凸の高さの絶対値の和である。本発明における粗面部分表面のRzは30nm以上、好ましくは40nm以上、より好ましくは50nm以上である。
【0034】
Spcは、表面の山頂点の主曲率の平均を表すパラメーターであり、小さい値は山頂点は丸みを帯びていることを、大きい値は山頂点が尖っていることを示す。本発明における粗面部分表面のSpcは300以上、好ましくは400以上、より好ましくは600以上である。
【0035】
第1の態様において、細胞基材表面に設けられる粗面部分の数は、粗面部分の形状及び粗面部分間の距離が上記範囲内にあるかぎり制限はなく、例えば、粗面部分の総面積が細胞培養基材表面積の0.03~65%となるように適宜設定される。また同様に、細胞培養基材表面における各粗面部分の分散の程度も、粗面部分の形状及び粗面部分間の距離が上記範囲内にあるかぎり制限はない。さらに、粗面部分間の距離、粗面部分表面の凹凸の高さ、スポットの輪郭形状及び径、グルーブの幅、長さ及び形状その他前記の各数値パラメーターは、1つの細胞培養基材上の複数の粗面部分で全てが同一であってもよく、粗面部分毎に各パラメーターのいずれか若しくは全てが異なっていてもよい。また粗面部分は規則的に配置されていても、又は不規則に配置されていてもよい。例えば、一つの細胞基板表面における粗面部分の形状は、スポットのみ、グルーブのみであってもよく、スポットとグルーブが混在していてもよい。また例えば、粗面部分の形状がグルーブの場合、一つのグルーブの伸長方向に他のグルーブを設けてもよく、また一つのグルーブと並行する位置に他のグルーブを設けてもよい。
【0036】
第1の態様の細胞培養基材は、粗面部分の形状、粗面部分間の距離及び粗面部分表面の凹凸構造を上記の通りとなるように設計した上で、国際公開WO2010/032846号パンフレット(特許文献1、参照によりその全体が本明細書に組み入れられる)に記載された生体適合性ポリマーのパターニング方法にしたがって製造することができる。この方法の典型例の概略を
図2に示す。
【0037】
最初に、ガラス基板の上に生体適合性ポリマー(MPCポリマー)の層を形成し、さらにその上に樹脂(パリレン(登録商標)等のポリパラキシリレン)の層を形成する(
図2(i))。
【0038】
生体適合性ポリマー層及び樹脂層は、例えば基板表面にこれらのポリマーを薄く塗布することで作製してもよく、基板表面にこれらのポリマーからなる薄層を貼り付けることで作製してもよい。また、これらのポリマーの構成単位となるモノマーを基板表面にコーティングして重合反応を起こさせることで作製することもできる。また、この典型例においては、生体適合性ポリマー層は基板に接するように形成されるが、基板と生体適合性ポリマーの間に別の物質の層を設けることも可能である。
【0039】
次いで、樹脂層の上にアルミニウム及びフォトレジスト層を形成した後(
図2(ii))、アルミニウム及びフォトレジスト層の上からO
2プラズマを照射する。O
2プラズマの照射強度及び時間を調節することにより、アルミニウム及びフォトレジスト層で保護されていない部分の樹脂層及び生体適合性ポリマー層が除去され、ガラス基板が露出した部分が形成されると同時に、その表面に凹凸構造が形成される(
図2(iii))。その後、樹脂層を除去することによって、生体適合性ポリマー層で覆われていない複数の粗面部分を基材表面上に有する、第1の態様の細胞培養基材が得られる(
図2(iv))。
【0040】
上記の典型例においては、樹脂層及び生体適合性ポリマー層を除去して基板が露出した部分の形成及びその表面の凹凸構造の形成にO2プラズマを用いたが、ドライエッチング法、ウエットエッチング法、その他当業者に周知の方法を用いることもできる。
【0041】
第1の態様の細胞培養基材は、接着性細胞の培養に適している。基材に接した細胞は、細胞に対して非特異的な吸着性を持たない生体適合性ポリマー層に付着することができず、生体適合性ポリマー層で覆われていない、ナノオーダーの凹凸構造を持つ粗面部分部分にのみ付着して増殖する。
【0042】
本発明者らは、第1の態様の細胞培養基材を用いて接着性のがん細胞を培養すると、想定外に、培養中にがん細胞が凝集、自己組織化して、複数の粗面部分を足場にしてまたいだ形のがん細胞集合体を形成することを見出した。
【0043】
2.がん細胞集合体及びその製造方法
本発明の第2の態様は、以下の(a)~(e)の特徴を持つ、接着性がん細胞から構成される、分離された生きたがん細胞集合体に関する。
(a)細胞内細胞構造を有する
(b)非スフェロイド状形態を示す
(c)表面にα-チューブリンの膜状発現がある
(d)形態学的極性を有する
(e)組織運動極性を有する
【0044】
第2の態様のがん細胞集合体は、さらに以下の(f)~(k)のうちの少なくとも1つの特徴を持つことがある。
(f)生きたがん細胞を可逆的に放出し、取り込む能力がある
(g)表面に繊毛を有する
(h)糸状仮足又は葉状仮足様形態を示す
(i)死細胞を取り込む能力がある
(j)細胞デブリ吸引力を有する
(k)表面がホスファチジルセリン陽性である
【0045】
第2の態様のがん細胞集合体は、形態学的極性及び組織運動極性を有する、自己組織化した足場依存性の非スフェロイド様がん細胞塊であり、
図3に示すようなあたかも1つの生物であるようなライフサイクルを有するものと推測されている。
図3において、足場依存期にある細胞集合体が、本発明の第2の態様のがん細胞集合体に相当する。第2の態様のがん細胞集合体は分離された生きた状態のものであるが、ここで「分離された」とは、生体内環境下ではなく、インビトロ環境下にあることを意味する。以下、
図3に沿ってがん細胞集合体の特徴を詳細に説明する。
【0046】
まず、培地に播種されたがん細胞は、単細胞が相互に凝集して、複数個の細胞が連なった鎖状の凝集体となる。次いで鎖状凝集体は、足場となる付着可能な構造、典型的には第1の態様の細胞培養基材における粗面部分表面の凹凸構造に付着する。足場にアンカリングされた鎖状凝集体は、細胞が他の細胞内に取り込まれるエントーシスと呼ばれる現象により、膜状に発現したα-チューブリン(微小管と推定される)に覆われた細胞内細胞構造を有するがん細胞集合体(「微小腫瘍」ともいう)となる。このエントーシスは可逆的であり、微小腫瘍は生きたがん細胞を取り込むのみならず、生きたがん細胞として放出することもできる。
【0047】
微小腫瘍は高さ方向に乳頭状に成長し、その下層表面において繊毛形成が誘導される。また、微小腫瘍は、その成長につれて形態学的極性及び組織運動極性を有するようになる。ここで、形態学的極性とは周囲の状況に応じて偏った形状を示す性質を、また組織運動極性とは周囲の状況に応じて偏った方向に進展する性質を意味する。具体的には、微小腫瘍は糸状仮足や葉状仮足を形成し、これらを利用して周囲に存在する死細胞デブリを捕捉、貪食するのみならず、活発な運動能を示して、死細胞デブリを求めるように付着した粗面部分から隣接する粗面部分へと進展し、複数粗面部分にまたがった形状を示すようになる。微小腫瘍はさらに、周囲のデブリを捕捉するための強力な吸引力をも有する。糸状仮足、葉状仮足、さらには吸引力を利用して死細胞デブリを積極的に貪食した微小腫瘍は、さらに巨大化していく。
【0048】
微小腫瘍に貪食された死細胞デブリ由来のヌクレオシドは微小腫瘍内の液胞に取り込まれるのに対し、死細胞デブリ由来のホスファチジルセリンは微小腫瘍の表面に蓄積される。微小腫瘍は、一度内部に取り込んだホスファチジルセリンをターンオーバーによって自らの表面、特に外表面に提示するのみならず、その強力な吸引力によって死細胞デブリを自らの周囲に引き付けることで外表面にホスファチジルセリンを蓄積させる。このように、微小腫瘍は、その表面におけるホスファチジルセリンの存在、特に外表面におけるホスファチジルセリンの存在、すなわち外在化を特徴の1つとし、これは、微小腫瘍が死細胞フェノタイプを呈することを意味する。このことは、微小腫瘍が免疫系細胞からの攻撃を逃れる、つまり、がんの免疫回避に寄与すると考えられる。
【0049】
微小腫瘍は、微小管阻害剤の存在下等の細胞ストレス環境下におかれることにより足場から離れ、スフェロイド様の形態になる。この形態変化と合わせて、細胞内細胞構造、α-チューブリンの膜状発現、形態学的極性、組織運動極性、集合体表面のホスファチジルセリン陽性といった、微小腫瘍の特徴も失われる。細胞内細胞構造の喪失により、微小腫瘍を構成していたがん細胞は単独のがん細胞として集合体から放出され、周囲に播種されて、細胞ストレス環境ではなくなると、再び、がん細胞は足場依存性の新たな微小腫瘍を形成していく。
【0050】
以上のように、本発明の第2の態様のがん細胞集合体は、がん細胞の3次元培養において従来観察されるスフェロイド様の細胞塊とは大きく異なるものである。第2の態様のがん細胞集合体は、がん細胞の細胞集団運動の評価系として利用可能であり、この系は生体内に生じるがんの発生、増殖、浸潤、転移、再発といった一連のがんの進行過程を模した評価系となるものと期待される。実際、がん細胞を移植した実験動物やがん患者の病理検体において、第2の態様のがん細胞集合体と共通する特徴を持つ構造体が観察されており、例えば後述の実施例において示すように、膵管腺癌から構成されるがん細胞集合体は、膵管腺癌患者検体において認められる管腔構造と同様の構造を有することが本発明者らにより確認されている。
【0051】
本発明の第2の態様のがん細胞集合体は足場依存的であり、足場のない環境、例えば従来の2次元細胞培養基材上に置かれるとその特徴を喪失する。そのため、第2の態様のがん細胞集合体をその特徴を保ったまま生体外で維持するには、足場となる構造を有する基材に付着させることが求められる。したがって、本発明の第3の態様として、第2の態様のがん細胞集合体が3次元構造を有する細胞培養基材に接着してなる複合体が提供される。3次元構造を有する細胞培養基材は、がん細胞集合体が付着できる足場構造を提供するかぎり制限はなく、市販されている3次元培養用の細胞培養基材を使用してもよいが、好適には第1の態様の細胞培養基材が使用される。
【0052】
本発明の第2の態様のがん細胞集合体及び第3の態様の複合体は、第1の態様の細胞培養基材を用いて接着性のがん細胞を培養することにより製造することができる。したがって、本発明は、第1の態様の細胞培養基材を用いて接着性のがん細胞を培養する工程を含む、第2の態様のがん細胞集合体又は第3の態様の複合体の製造方法をも提供するものである。
【0053】
また、本発明の第3の態様の複合体は、第1の態様の細胞培養基材上に形成された第2の態様のがん細胞集合体を、3次元構造を有する別の細胞培養基材に継代することによって製造することもできる。
【0054】
がん細胞集合体の製造において用いられる接着性のがん細胞は、好ましくは上皮系の癌細胞であり、例えばHeLa細胞などの子宮頸癌細胞、膵癌細胞、肺癌細胞、大腸癌細胞又は頭頸部癌細胞、好適には膵癌細胞、肺癌細胞、大腸癌細胞又は頭頸部癌細胞、より好適には膵管腺癌細胞を挙げることができる。
【0055】
がん細胞は、第1の態様の細胞培養基材と接触可能な状態で、典型的には細胞培養基材を設置した細胞培養容器内で培養される。細胞培養基材以外の培地、培養温度、培養時間等の培養条件は、使用されるがん細胞の培養において通常用いられるものであればよい。なお、細胞外マトリックス(ECM)のコーティングは必要としない。例えば、膵癌細胞、肺癌細胞、大腸癌細胞又は頭頸部癌細胞を用いる場合は、ウシ胎児血清を添加したDMEM中で、37℃、一晩から48時間程度培養することにより、これらの細胞から構成された、第2の態様のがん細胞集合体を得ることができる。がん細胞の種類によってがん細胞集合体が形成されるまでの時間は異なることから、培養時間は、使用するがん細胞に応じて適宜設定される。また、がん細胞集合体の形態は、使用するがん細胞によって異なることもあるが、上記特徴(a)~(e)を有するかぎり本発明の第2の態様に包含される。
【0056】
得られたがん細胞集合体が上記の特徴を持つか否かは、細胞生物学及び分子生物学において通常用いられる公知の手法により確認することができる。がん細胞の培養及び上記特徴の確認のための手法は、当該分野の標準的な教科書及び文献、例えば「Molecular Cloning:A Laboratory Manual」(Sambrook & Russell、Cold Spring Harbor Laboratory Press、第3版、2001)、「Animal Cell Culture:A Practical Approach」(Masters編、Oxford University Press、第3版、2000)等に記載されており、当業者はこれらの記載に従って、又は記載された手法を適宜改変してがん細胞の培養及び上記特徴の確認を行うことができる。これらの文献は参照によりその全体が本明細書に組み入れられる。
【0057】
本発明の第2の態様のがん細胞集合体及び第3の態様の複合体は、生体内に生じるがんの発生、増殖、浸潤、転移、再発の一連の流れをインビトロで再現したものと考えられることから、がんの研究のための、特にがん細胞の細胞集団運動の研究のためのリサーチツールとして利用することができる。とりわけ膵管腺癌は、膵癌の約90%を占める最も致死的な悪性腫瘍の1つであり、高頻度のDNA損傷及び有糸分裂異常によって急速に進行する攻撃性の高い癌であるにもかかわらず、生存腫瘍動態は未解明のままである。したがって、膵管腺癌細胞を用いて製造されるがん細胞集合体及び複合体は、膵管腺癌の予防及び/又は治療に寄与する新薬の創薬スクリーニングに有用である。また、第2の態様のがん細胞集合体においては、繊毛形成誘導、エンドサイトーシス亢進、外表面のホスファチジルセリンによる被覆が認められる。ホスファチジルセリンは、強力な免疫抑制作用があることから、第2の態様のがん細胞集合体は、がんの免疫回避状態が誘導されていると考えられる。がんの免疫回避は、がん治療における未解決の大きな課題である。それゆえ、第2の態様のがん細胞集合体及び第3の態様の複合体は、がん免疫研究のためのリサーチツールとして利用することができる。さらにオートファジーの中心タンパク質である微小管関連タンパク質軽鎖3(LC3)の強発現が確認されていることから、オートファジーが亢進しているものと考えられる。それゆえに第2の態様のがん細胞集合体及び第3の態様の複合体は、がん組織レベルのオートファジー研究のためのリサーチツールとしても利用することができる。
【0058】
3.スクリーニング方法
本発明のさらなる態様は、第2の態様のがん細胞集合体と被験物質を共存させる工程、以下のがん細胞集合体の特徴
(a)細胞内細胞構造を有する
(b)非スフェロイド状形態を示す
(c)表面にα-チューブリンの膜状発現がある
(d)形態学的極性を有する
(e)組織運動極性を有する
(f)生きたがん細胞を可逆的に放出し、取り込む能力がある
(g)表面に繊毛を有する
(h)糸状仮足又は葉状仮足様形態を示す
(i)死細胞を取り込む能力がある
(j)細胞デブリ吸引力を有する
(k)表面がホスファチジルセリン陽性である
のうちの少なくとも1つを観察し、被験物質と共存させないがん細胞集合体のそれと比較する工程、及び被験物質共存下で上記特徴の減弱又は喪失がより強く観察された場合、被験物質は抗がん作用を有すると判定する工程を含む、がんの予防及び/又は治療のための薬剤のスクリーニング方法に関する。
【0059】
本発明のさらなる別の態様は、第2の態様のがん細胞集合体と被験物質を共存させる工程、がん細胞集合体又はその仮足の長さ又は大きさを測定し、被験物質と共存させないがん細胞集合体のそれと比較する工程、及び被験物質共存下でがん細胞集合体又はその仮足がより短くなった又はより小さくなった場合、被験物質は抗がん作用を有すると判定する工程を含む、がんの予防及び/又は治療のための薬剤のスクリーニング方法に関する。
【0060】
本発明の第2の態様のがん細胞集合体は、生体内に生じるがんの発生、増殖、浸潤、転移、再発の一連の流れをインビトロで再現したものであり、この集合体の特徴を減弱させる又は失わせる物質は、特にがんの浸潤及び転移を抑制する、すなわちがんの転移及び/又は再発を予防及び/又は治療する薬剤になり得ると考えられる。したがって、被験物質と共存させた際のがん細胞集合体の上記特徴を被験物質非存在下のがん細胞集合体のそれと比較することにより、がんの予防及び/又は治療のための薬剤をスクリーニングすることができる。
【0061】
また、特に粗面部分の形状がグルーブである第1の態様の細胞培養基材を用いてがん細胞集合体を形成させると、当該がん細胞集合体はグルーブの伸長方向に沿った多くの仮足を発達させる。がん細胞集合体自体又はその仮足の長さ又は大きさを減少させる物質は、特にがんの浸潤及び転移を抑制する、すなわちがんの転移及び/又は再発を予防及び/又は治療する薬剤になり得ると考えられる。したがって、被験物質と共存させた際のがん細胞集合体又はその仮足の長さ又は大きさを被験物質非存在下のがん細胞集合体のそれと比較することにより、がんの予防及び/又は治療のための薬剤をスクリーニングすることができる。
【0062】
がん細胞集合体と被験物質との共存は、がん細胞集合体の培養に用いられる培地又は適当な緩衝液中に被験物質を添加することによって行うことができる。培地又は緩衝液を、3次元構造を有する細胞培養基材に付着したがん細胞集合体と接触させ、上記特徴の少なくともいずれか1つの有無又は程度、がん細胞集合体又はその仮足の長さ又は大きさを、被験物質を含まない培地又は緩衝液と接触させた対照のがん細胞集合体のそれと比較する。上記評価パラメーターが被験物質存在下で減弱又は喪失した場合、その被験物質はがん細胞集合体に抑制的に働く物質であり、がんの予防及び/又は治療のための候補薬剤として選抜される。
【0063】
上述のとおり、第2の態様のがん細胞集合体は免疫系からの攻撃を回避する免疫回避能を有することから、本態様のスクリーニング方法は、がんの免疫回避機構を抑制及び/又は解除する薬剤のスクリーニングに特に有用である。
【0064】
4.上皮系癌細胞のアノイキス耐性判定方法
本発明のまたさらなる別の態様は、第1の態様の細胞培養基材を用いて被験上皮系癌細胞を培養する工程、及び上皮系癌細胞が細胞培養基材に接着せずに増殖した場合に上皮系癌細胞はアノイキス耐性を有すると判定する工程を含む、上皮系癌細胞のアノイキス耐性を判定する方法に関する。
【0065】
本発明の第1の細胞培養基材は、従来の細胞培養基材と異なり、アノイキス耐性のない上皮系癌細胞を培養した場合には細胞が接着・増殖してがん細胞集合体を形成する一方、アノイキス耐性のある上皮系癌細胞を培養した場合には細胞が接着せずに増殖するという特性を有する。したがって、第1の態様の細胞培養基材を用いて被験上皮系癌細胞の培養を行い、基材に接着せずに細胞が増殖した場合には、当該細胞はアノイキス耐性、すなわち間葉系形質を有すると判定することができる。また、アノイキス耐性の獲得はEMTの有無及び浸潤・転移能と相関する現象であるため、本態様は、上皮系癌細胞のEMTの有無を判定する方法、上皮系癌細胞の浸潤・転移能を評価する方法と表すこともできる。
【0066】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【実施例】
【0067】
材料
1)細胞及び培地
・ヒト膵管腺癌細胞株:PCI-55、PCI-24及びPCI-43(いずれも北海道大学病院にて外科切除された膵癌原発巣組織から樹立されたヘテロ接合型KRAS G12D変異(KRASG12D/WT)を有する細胞株)並びにPANC-1(ATCC)、MIA PaCa-2(JCRB細胞バンク)
・ヒト舌癌細胞株 :HSC-3(JCRB細胞バンク)、SCC-9(ATCC)
・ヒト肺癌細胞株 :H1975(ATCC)、A549(JCRB細胞バンク)、
・ヒト大腸癌細胞株 :DLD-1、WiDr(いずれもJCRB細胞バンク)
以上のがん細胞株は、10% fetal bovine serum(FBS)、ペニシリン/ストレプトマイシンを含むDMEMで継代培養した。
【0068】
・正常ヒト胎児膵臓由来細胞株:1C3IKEI(理研バイオリソースセンター)
15%FBSを含むDMEM中で維持した。
・ヒトNK細胞株 :KHYG-1(JCRB細胞バンク)
100Uの組換えヒトIL-2、10%FBS及びペニシリン/ストレプトマイシンを含むRPMI-1640培地で継代培養した。
【0069】
2)試薬
細胞核の染色にDAPI(Vector Laboratories社)又はヘキスト33342(Molecular Probes)を、アクチンの染色にAlexa Fluor(登録商標) 488標識ファロイジン(Phalloidin,Molecular Probes)を、α-チューブリンの免疫染色にマウス抗ヒトα-チューブリンモノクローナル抗体(クローンDM1A、eBioscience)を、微小管関連タンパク質軽鎖3B(LC3B)の免疫染色にウサギ抗LC3B/MAPLC3Bポリクローナル抗体(Novus Biologicals)を、蛍光免疫染色の二次抗体としてAlexa Fluor標識抗ヒトIgGヤギポリクローナル抗体(Molecular Probes)、免疫組織化学染色の発色にはENVISIONキット/HRP(DAB)(DAKO)を、生細胞の染色に5-(and 6-)carboxyfluorescein diacetate succinimidyl ester(CFSE、同仁化学研究所)及びPKH26(Sigma-Aldrich)を、ホスファチジルセリンの染色にアネキシンV Alexa Flour 488(Molecular Probes)を、死細胞の核染色にエチジウムホモダイマー(EthD-1;Molecular Probes)を使用した。
【0070】
また、マウス腹膜の凍結組織切片作製にTissue-Tek O.C.T Compound(サクラファインテックジャパン)を、膵管腺癌患者のホルマリン固定膵管組織切片免疫染色の検出にLSAB2 Kit/HRP(DAKO)を、培地の流れのトラッキングにFluoSpheres Carboxylate-Modified Microspheres(0.2μm黄緑色蛍光;Molecular Probes)を、リソソームのライブイメージングにCell Navigator(商標) Lysosome染色キットRed Fluorescence(AAT Bioquest)を、ヌクレオシドアナログであるEdU(5-ethynyl-2’-deoxyuridine)の検出にはClick-iT(登録商標) Plus EdU Alexa Fluor(登録商標) 594 イメージングキット(Molecular Probes)を、微小管阻害剤としてノコダゾール(Sigma-Aldrich)を使用した。
3)統計解析
Student’s t-test及び反復測の定分散分析を用い、P値が0.05以下を有意差とした。
【0071】
実施例1 細胞培養基材の作製及び表面粗さパラメーターの測定
ガラス基板(20mm×20mm)にMPCポリマー液をスピンコーティングして平均厚み40nm(湿潤時)のMPCポリマー層を形成した後、MPCポリマー層の上に1μm厚のポリパラキシレン(パリレン(登録商標))層を蒸着させ、さらにその上にアルミニウム及びフォトレジストの層を形成させた。
【0072】
電子ビーム描画装置(ELS-3700、ELIONX)、EB加熱・抵抗加熱蒸着装置(EBX-8C、アルバック)、両面マスクアライナー(MA-6、Suss MicroTec)及び反応イオンエッチング装置(RIE-10NR、サムコ)を用いて、フォトリソグラフィー法によって、直径30μmの円形スポットが最短40μmの間隔で1mm
2あたり100個並んだパターン(
図4のパターン1)が
図5のように配置されたフォトマスクを作製し、マスクのパターンをフォトレジスト層に転写した。
【0073】
次いで、誘導結合プラズマ装置(EIS-700、ELIONX)を用いてO2プラズマを照射することで、非マスク部のポリパラキシレン層及びMPCポリマー層を除去し、表面に凹凸構造を持つパターニングされたスポットを形成した。O2プラズマの照射条件は、ステージ:50W、アンテナ:300W、照射時間:4分30秒とした。
【0074】
プラズマ照射終了後、残存するポリパラキシレン層を剥離して細胞培養基材Roughness(+)を作製した。この細胞培養基材は、表面に凹凸構造を持つスポットが
図4のパターン1のように配置され、スポット以外の部分がMPCポリマー層に覆われたものである。
【0075】
また、O2プラズマの照射時間を3分30秒とすること以外は、パターンニングを含め上記と同じ条件で作業を行い、スポット表面に凹凸構造を持たない比較用の細胞培養基材Roughness(-)を作製した。
【0076】
上記2種類の細胞培養基材に形成されたスポット表面について、形状解析レーザー顕微鏡(VK-X250、キーエンス)を使用して粗さを測定した。スポット表面の高さをxz座標系で表したグラフを
図6に示す。細胞培養基材Roughness(-)のスポット表面はほぼ平坦であったのに対し、細胞培養基材Roughness(+)のスポット表面は20~50nm程度の凹凸構造を有することが確認された。
【0077】
また、各細胞培養基材のスポット表面の算術平均粗さ(Ra)、最大高さ粗さ(Rz)、山頂点の算術平均曲(Spc)及び界面の展開面積比(Sdr)を
図7に示す。細胞培養基材Roughness(-)のスポット表面と比べて、細胞培養基材Roughness(+)のスポット表面はいずれのパラメーターについても高い値を示し、特にSdrは4倍強の高値であった。
【0078】
実施例2 表面に凹凸構造を持つスポットを有する細胞培養基材上での微小腫瘍形成
直径300μmの円形スポットが900μm間隔で1mm
2あたり1個並んだパターン(
図4のパターン2)を持つ細胞培養基材、及び直径95μmの円形スポットが最短約57μmの間隔で1mm
2あたり10個並んだパターン(
図4のパターン3)を持つ細胞培養基材それぞれのRoughness(+)と(-)とを、実施例1と同様にして作製した。
図4のパターン1~3では、細胞培養基材の表面積に占めるスポット総面積の割合はいずれも約7.1%である。
【0079】
スポット径30、95又は300μm及びRoughness(+)又は(-)の計6種類の細胞培養基材を用いて、ヒト膵管腺癌細胞株PCI-55の培養を行った。細胞培養の直前に、細胞培養基材を蒸留水に約30分間浸漬し、ポリパラキシレン層を剥離した。水洗し、70%エタノールで殺菌処理を行った後に風乾した細胞培養基材を、直径40mm×深さ13.5mmの培養シャーレ(アズノールシャーレ、アズワン)の内底にワセリンを介して固定した。DMEMを加えて細胞培養基材を3回洗浄した後、3mLのDMEMに懸濁した3×106個のPCI-55細胞を各細胞培養基材上に播種し、37℃で一晩~48時間培養した。
【0080】
培養終了後の細胞塊の微分干渉顕微鏡(DIC)観察画像を
図8に示す。スポット径30μmでRoughness(-)の細胞培養基材では、主に、1つのスポット上に1,2個の細胞が単層状に接着、散在的に、足場形成の弱いスフェロイド状の細胞塊を形成した。スポット径95μmでRoughness(-)の細胞培養基材では、大部分がスポット上に単層状に接着し、スポットを跨ぐ細胞塊はほとんど観察されなかった。また、スポット径300μmの細胞培養基材を用いて培養した細胞は、基材のRoughnessの有無にかかわらず、単層培養時と同様の形態を示した。これに対し、スポット径30μm又は95μmのRoughness(+)の細胞培養基材では、1つのスポット上に高さ方向に伸長した乳頭状細胞塊、並びに2つ以上のスポットを跨いでスポットに強固に接着した非スフェロイド状細胞塊が複数形成された。
【0081】
上記6種類の細胞培養基材上の細胞塊について、NIS-Elements AR Ver 4.60.00 software (Nikon)を用いた解析を行った。各細胞培養基材上のスポットがどの程度細胞で覆われているかを示す細胞占有率を
図9に示す。スポット径30μm及び95μmの細胞培養基材ではいずれも、スポット表面の凹凸構造が細胞占有率を向上させることが確認された。
【0082】
スポット径30μmのRoughness(+)又は(-)の細胞培養基材上で培養したPCI-55細胞から構成される細胞塊の底面積と、1つのスポットの表面積との比を集計した円グラフを
図10に示す。比が1倍より大きい細胞塊は1つのスポットからはみ出た形状であることを意味する。スポット表面の凹凸構造は、細胞塊を巨大化させ、複数スポットに跨った細胞塊の割合を増加させた。
【0083】
細胞塊の底面積と円形度との相関を
図11に示す。Roughness(+)の細胞培養基材では、底面積の増加に伴って円形度が低下する、すなわち形態学的極性が高まる傾向が認められた。一方、Roughness(-)の細胞培養基材では、そのような傾向は認められなかった。
【0084】
スポット径30μmのRoughness(+)の細胞培養基材(以下、「細胞培養基材1」という)を用いて、PCI-55細胞を64時間培養した際のタイムラプスDIC画像を
図12に示す。培養開始時は分散状態にあったPCI-55細胞は時間経過と共に凝集してスポット上に細胞塊を形成し、複数の細胞塊が融合しながら巨大化していく様子が観察された。このうち1つの細胞塊に着目したタイムラプスDIC画像を
図13に示す。1つのスポット上にある細胞塊が隣のスポットに向かって這うように伸展しており、細胞塊の組織運動極性が確認された。
【0085】
また、細胞培養基材1上で培養したPCI-55細胞塊の広視野DIC画像を
図14に示す。細胞塊は、培養24時間で、スポットが存在する領域内で長さ3000μm超まで巨大化した。また、スポットが存在しない長さ1200μmの領域を跨ぐ様子も観察された。
【0086】
次に、直径40μm、60μm、80μm、100μmの円形スポットが1mm2あたりそれぞれ64個、36個、25個、25個ずつ並んだパターンを持つ4種類のRoughness(+)の細胞培養基材を用いて、PCI-55細胞を上記と同様に一晩培養した。これらの細胞培養基材の表面積に占めるスポット総面積の割合はそれぞれ約8.0%、約10.2%、約12.6%、約19.6%である。
【0087】
培養終了後、細胞塊をパラホルムアルデヒドで固定し、抗α-チューブリン抗体を用いてα-チューブリンを染色し、オールインワン蛍光顕微鏡(BZ-X700、BZ-9000、キーエンス)により2次元画像を取得した。いずれの細胞培養基材においても2つ以上のスポットを跨いだα-チューブリン陽性細胞塊の形成が認められた(
図15)。
【0088】
同様に、直径20μmの円形スポットが1mm2あたり1個並んだパターン、又は直径100μmの円形スポットが1mm2あたり81個並んだパターンを持つRoughness(+)の細胞培養基材においても2つ以上のスポットを跨いだPCI-55細胞塊が形成された(データ図示せず)。これらの細胞培養基材の表面積に占めるスポット総面積の割合はそれぞれ約0.03%、約65%である。
【0089】
細胞塊の形成は、他の癌細胞においても観察された。一例として、細胞培養基材1上で培養したヒト膵管腺癌細胞株PCI-24及びPCI-43、並びにヒト舌癌細胞株HSC-3及びSCC-9、ヒト肺癌細胞株H1975及びA549、ヒト大腸癌細胞株DLD-1及びWiDrが形成した細胞塊の画像を
図16~
図18に示す。
【0090】
以上から、表面に凹凸構造を有する直径20~100μmのスポットを持つ細胞培養基材は、形態学的極性及び組織運動極性を有する、自己組織化した足場依存性の非スフェロイド様がん細胞塊の形成を促すことが示された。以下、実施例において、細胞培養基材上に接着して形成されたこのような細胞塊を微小腫瘍と呼ぶ。
【0091】
実施例3 微小腫瘍の形態学的構造解析及び生体内膵管腺癌との比較
実施例2において細胞培養基材1上に形成されたPCI-55細胞からなる微小腫瘍をパラホルムアルデヒドで固定した後、ヘキスト33342を用いて細胞核を、ファロイジンを用いてアクチンを、抗α-チューブリン抗体を用いてα-チューブリンを染色した。染色後の微小腫瘍について、2次元画像をオールインワン蛍光顕微鏡(BZ-X700、BZ-9000、キーエンス)により取得し、また3次元画像を高速共焦点顕微鏡(Ti-E、ニコン)、高速スペクトル共焦点システム(A1R、ニコン)及び画像取得ソフトウェア(NIS-Elements、ニコン)により取得し、解析した。
【0092】
微小腫瘍の3次元蛍光画像を
図19に示す。微小腫瘍の内部には複数の細胞核が含まれ、また微小腫瘍の表面付近は全体にわたってα-チューブリンが発現していた。このα-チューブリンの膜状発現は、他の細胞株(例として
図17)においても、また異なるスポット径の細胞培養基材を用いた場合(例として
図15)においても確認された。
【0093】
同じ微小腫瘍のXY及びXZ方向断面の蛍光画像を
図20に示す。微小腫瘍の内部には、ヘキスト33342、ファロイジン、抗α-チューブリン抗体で染色されない液胞と考えられる部分が存在していた。
【0094】
別の微小腫瘍の蛍光画像を
図21に示す。微小腫瘍が伸展すると推定される方向に、繊毛と考えられるα-チューブリンの発現が認められた(
図21の矢頭)。
【0095】
乳頭状に自己組織化した別の微小腫瘍の下層を異なるZ座標で切断したXY方向断面の蛍光画像を
図22に示す。乳頭状微小腫瘍の下層表面部分では多数の毛様体が形成されており、繊毛形成の誘導が認められた。
【0096】
また、微小腫瘍は葉状仮足を一体的に形成することもあり(
図23)、α-チューブリンの膜状発現によって覆われた形態極性が単一細胞のそれに非常に近いことが見出された。
【0097】
次に、上記のα-チューブリン膜状発現が生体内でも生じる現象であるかを調べた。6~8週齢の雄性C.B-17/Icr-scid/scidJclマウス(日本クレア)に、200μLのPBSに懸濁したCFSE標識PCI-55細胞及び未標識PCI-55細胞(それぞれ5×10
6個ずつ)の混合物を腹腔内投与した。投与3日後のマウス腹膜組織染色画像を
図24に示す。PCI-55細胞がマウス腹膜上に定着して形成された微小腫瘍においても、α-チューブリンの膜状発現が観察された。
【0098】
膵管腺癌患者2症例の検体のヘマトキシリン・エオジン染色画像及びα-チューブリン免疫染色画像を
図25に示す。Pで示される癌化した膵管上皮病変部位においてα-チューブリン(微小管と推定される)の膜状発現が観察された一方、Nで示される正常な膵管上皮部分ではα-チューブリンの発現はほとんど観察されなかった。また、細胞異形や構造異形の悪性度が高いほど、特に膵臓上皮内腫瘍(
図25の最下段のPDAC patient2)及び浸潤性の膵管腺癌の病変において、α-チューブリンの膜状発現はより強くなる傾向があった。
【0099】
以上から、細胞培養基材上で形成された微小腫瘍の表面付近におけるα-チューブリンの膜状発現はインビボでも観察される現象であり、微小腫瘍は生体の膵管腺癌のモデルとなることが示された。
【0100】
実施例4 微小腫瘍におけるエントーシス及び細胞内細胞構造の解析
実施例2において細胞培養基材1上で培養したPCI-55細胞が基材に接着する様子をDICで観察した。
図26に示す9つの細胞からなる鎖状凝集体は、細胞が他の細胞内に取り込まれるエントーシスという現象を起こしながらスポットに定着し、最終的には1つの微小腫瘍となった。エントーシスで他の細胞内に取り込まれた細胞が再び外に出て複数細胞の凝集体に戻った後、再度エントーシスで他の細胞内に取り込まれる様子も観察されており(
図27)、微小腫瘍におけるエントーシスは可逆的であると考えられた。
【0101】
次に、CFSEで標識されたPCI-55細胞を細胞培養基材1上に播種し、実施例2と同様に微小腫瘍を形成させ、蛍光顕微鏡で観察した。CFSE標識細胞の蛍光強度は1回の細胞分裂により半減することから、細胞分裂回数に応じて蛍光強度が変化する。この微小腫瘍は3個の細胞を内部に含み、うち1個の強蛍光細胞が、弱蛍光細胞により形成された微小腫瘍の細胞膜を貫通していている様子が観察された(
図28)。
【0102】
CFSE標識PCI-55細胞により形成された別の微小腫瘍の蛍光画像を
図29に示す。この微小腫瘍は、弱蛍光細胞の中に6個の強蛍光細胞が含まれた細胞内細胞構造を有していた。
【0103】
エントーシスにより生じるこのような細胞内細胞構造は、膵管腺癌症例の検体においても観察された(
図25のa、bの部分)。
【0104】
対照的に、正常ヒト胎児膵臓由来細胞株1C3IKEIを細胞培養基材1上で培養した場合には、細胞塊表面におけるα-チューブリンの膜状発現及び細胞内細胞構造は観察されなかった(
図30、
図31)。
【0105】
以上から、細胞培養基材上で形成された微小腫瘍はエントーシスによる細胞内細胞構造を有すること、及びこの構造は膵管腺癌患者においても観察されることから、微小腫瘍は生体内の膵管腺癌のモデルとなることが示された。
【0106】
実施例5 微小腫瘍の死細胞貪食及び免疫回避の解析
実施例2において細胞培養基材1上に形成されたPCI-55細胞からなる微小腫瘍がデブリを取り込む様子を、タイムラプスDIC画像を取得して観察した。微小腫瘍は糸状仮足及び葉状仮足を使用して能動的にデブリを捕捉していた(
図32、矢頭)。
【0107】
また、微小腫瘍の培地に緑色蛍光ナノビーズを加えて培地の流れを観察した(
図33)。ナノビーズ添加から4時間後には微小腫瘍の周辺に多くのナノビーズが集まっていたことから、微小腫瘍は強力な吸引力を有するものと考えられた。
【0108】
次に、培地にPCI-55死細胞デブリを加えて、微小腫瘍が死細胞を貪食する様子を観察した。死細胞デブリの調製は以下のように行った。PCI-55細胞(5×105細胞)を60mm組織培養皿で24時間培養した後、Bio-Rad GS Gene Linker(Bio-Rad)を用いて250mJ/cm2の強度でUV照射した。UV照射した単層培養PCI-55細胞は、洗浄後、DMEM3mLを加えて3時間インキュベートして細胞死を誘導させ、セルスクレイパーによって培地に懸濁させたものを、死細胞デブリを含んだ培地とし、24時間培養により細胞培養基材1上に形成されたPCI-55細胞からなる微小腫瘍に添加した。さらにアネキシンV(25μL)及びEthD-1(2μL)を添加してライブイメージング解析を行い、パラホルムアルデヒドで固定、核染色後、コンフォーカルによる3Dイメージング解析を行った。
【0109】
微小腫瘍は巨大な葉状仮足(
図34、矢頭)を使用して死細胞及びそのデブリを捕捉し、微小腫瘍内部に取り込んだ。また、死細胞が微小腫瘍に取り込まれた際、EthD-1は微小腫瘍内部に取り込まれたのに対し、アネキシンVは微小腫瘍の表面に蓄積された(
図35、
図36)。
【0110】
さらに、3×10
6個のPCI-55細胞を細胞培養基材1上で37℃、一晩培養することで形成された微小腫瘍に対して、3×10
6個のヒトNK細胞株KHYG-1を加え、6時間15分、タイムラプスDIC画像を取得しながら共培養を行った。KHYG-1細胞は微小腫瘍を攻撃せず、フラトリサイドを起こして死滅していく様子が観察された(
図37)。
【0111】
以上から、微小腫瘍は死細胞を取り込む又は引き付けることにより従来の死細胞フェノタイプであるアネキシンV陽性(すなわちホスファチジルセリン陽性)及び/又はEthD-1陽性を呈するようになることが確認された。また、その外表面に死細胞由来のホスファチジルセリンが蓄積した微小腫瘍は、免疫細胞により非生存組織と誤認識され、免疫系の攻撃を免れることが示唆された。
【0112】
実施例6 従来型培養基材上での微小腫瘍の培養
実施例5において死細胞と共存させた微小腫瘍を採取し、通常の細胞培養用ディッシュ(Falcon(登録商標) セルカルチャーディッシュ 35×10mm イージーグリップタイプ、ファルコン)に戻して培養したところ、微小腫瘍の形態学的極性は低下し、表面上のアネキシンVの蓄積も失われた(
図38)。以上から、微小腫瘍がその特徴を維持した状態で生存するには、足場となる3次元構造を有する細胞培養基材での培養が必要であることが推測された。
【0113】
実施例7 死細胞を貪食した微小腫瘍の成長
実施例5において死細胞と共存させた微小腫瘍が死細胞を取り込む様子を、タイムラプスDIC画像を取得して観察した。微小腫瘍は多数の死細胞を貪食し、その内部に多量のEthD-1を取り込んだ(
図39、
図40)。また、死細胞添加から48時間後の微小腫瘍は、死細胞を添加しない微小腫瘍よりも底面積が有意に増加し、腫瘍サイズの増大が確認された(
図41)。以上から、微小腫瘍はあたかも単一細胞のように死細胞を貪食して成長することが示された。
【0114】
実施例8 微小腫瘍における外来死細胞由来ヌクレオシドの取り込みの実証
実施例2において細胞培養基材1上に形成されたPCI-55細胞からなる微小腫瘍におけるヌクレオシド代謝を、予めチミジンヌクレオシド類似体である5-エチニル-2’-デオキシウリジン(EdU)を取り込ませた死細胞(EdU死細胞)を用いて調べた。EdU死細胞は、PCI-55細胞を10μM EdU添加培地で培養した以外は実施例5と同様に調製した。CSFE標識PCI-55細胞からなる微小腫瘍にEdU死細胞を添加して培養した後、微小腫瘍をパラホルムアルデヒドで固定し、Click-iT(登録商標) PlusアッセイによってEdUを検出した。
【0115】
蛍光顕微鏡での観察画像を
図42~
図44に示す。微小腫瘍の周辺にはEdU陽性の死細胞デブリが大量に集積しており(
図42)、さらに微小腫瘍内の液胞においても相当量のEdUが検出された(
図43)。微小腫瘍内のEdUの一部はリソソーム内部において検出された(
図44)。また、EdUは、オートファジーの中心タンパク質であるLC3陽性の液胞においても検出された(
図45)。
【0116】
なお、LC3は、微小腫瘍の表面において、特に微小腫瘍表面上の繊毛根部において、αーチューブリンと共局在することも確認された(
図46、
図47)。
【0117】
以上から、死細胞由来のヌクレオシドは微小腫瘍の表面を通過し、その一部が微小腫瘍内の液胞内に局在し、またリソソームに取り込まれること、並びに微小腫瘍はその表面及び液胞内にLC3を高度に発現しており、取り込まれたヌクレオシドはLC3陽性液胞、つまり、オートファゴソーム内に局在することが確認された。膵管腺癌においてはオートファジー及びリソソーム異化の亢進が知られていることから、微小腫瘍は生体内の膵管腺癌におけるオートファジー及び核酸代謝に関する研究モデルとして有用であることが示された。
実施例9 微小腫瘍を用いた抗がん剤の評価
【0118】
実施例2において細胞培養基材1上に形成されたPCI-55細胞からなる微小腫瘍の培地中に、微小管重合阻害作用を有する抗がん剤として知られるノコダゾールを終濃度1μMになるように加え、形態変化を観察した。ノコダゾール処理により、微小腫瘍は細胞培養基材上のスポットへの接着が妨げられ、スフェロイド様の形態になった(
図48)。また、微小腫瘍におけるα-チューブリンの膜状発現は消失し、細胞内細胞構造は破壊され、多数の生存細胞が微小腫瘍内部からこぼれて溢れ出すように播種した(
図49)。
【0119】
さらに、逆説的に、ノコダゾール処理は微小腫瘍表面のアネキシンVの蓄積を減少させ(
図50)、死細胞フェノタイプを失わせた。
【0120】
以上から、薬剤処理時の微小腫瘍の形態や分子発現等の特徴を指標とすることにより、その薬剤の抗がん作用の評価が可能であることが示された。
【0121】
実施例10 表面に凹凸構造を持つグルーブを有する細胞培養基材上での微小腫瘍形成
実施例1と同様の手法により、幅10μm、長さ10000μmの直線状グルーブが50μm間隔で10mm2あたり166本並んだパターンを有する細胞培養基材、及び幅30μm、長さ10000μmの直線状グルーブが50μm間隔で10mm2あたり125個並んだパターンを有する細胞培養基材を作製した。これらの細胞培養基材におけるグルーブは、細胞培養基材1におけるスポットと同様の凹凸構造をその表面に持つ。
【0122】
実施例2と同様に、3mLのDMEMに懸濁した3×10
6個のPCI-55細胞を上記2種類の細胞培養基材上に播種し、37℃で一晩~48時間培養した。培養終了後の細胞塊のDIC観察画像を
図51に示す。実施例2に示される直径20~100μmのスポット状粗面部分を持つ細胞培養基材と同様に、幅10μm又は30μmのグルーブを持つ細胞培養基材においても、微小腫瘍の形成が確認された。この微小腫瘍は、特に幅10μmのグルーブを持つ細胞培養基材において顕著なように、グルーブの伸長方向に沿って多くの糸状仮足を有していた。
【0123】
実施例11 膵管腺癌細胞のアノイキス耐性の評価
実施例2と同様に、3mLのDMEMに懸濁した3×106個のMIA PaCa-2細胞を細胞培養基材1上に播種し、37℃で一晩~48時間培養した。PCI-55はEMTを起こしていない、上皮系形質を維持したアノイキス耐性のないヒト膵管腺癌細胞株であるのに対し、MIA PaCa-2はEMTを起こして間葉系形質を獲得した、アノイキス耐性のヒト膵管腺癌細胞株である(https://cellbank.nibiohn.go.jp/~cellbank/cgi-bin/search_res_det.cgi?ID=245)。
【0124】
培養終了後の細胞のDIC観察画像を
図52に示す。同条件で培養したPCI-55細胞(
図52左)が基材に接着して微小腫瘍を形成したのに対し、世界中で広く利用される膵管腺癌の接着細胞株であるMIA PaCa-2細胞は基材に接着せず培地中を浮遊したまま増殖した(
図52右)。MIA PaCa-2細胞の培養後に細胞培養基材1を洗浄したところ、ほとんどの細胞が基材から除去された(
図53)。
【0125】
一方、細胞培養に一般的に用いられるポリスチレン製細胞培養基材(組織培養用フラスコ(トラディショナルタイプ)25mL、FALCON)を用いてPCI-55細胞及びMIA PaCa-2細胞を一晩培養したところ、いずれの細胞も基材に接着して増殖し、接着性及び増殖性に差は認められなかった(
図54)。
【0126】
以上から、表面に凹凸構造を有する粗面部分を持つ細胞培養基材は、上皮系癌細胞がアノイキス耐性を獲得しているか否か、EMTを起こし、間葉系形質を獲得しているか否か、さらには浸潤・転移能を有するか否かといった癌細胞の悪性度を判定するツールとして利用可能であることが示された。