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特許7391327重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤、上皮疾患治療剤及び重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-27
(45)【発行日】2023-12-05
(54)【発明の名称】重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤、上皮疾患治療剤及び重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/28 20150101AFI20231128BHJP
   A61K 35/51 20150101ALI20231128BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20231128BHJP
【FI】
A61K35/28
A61K35/51
A61P27/02
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019564765
(86)(22)【出願日】2019-01-11
(86)【国際出願番号】 JP2019000751
(87)【国際公開番号】W WO2019139137
(87)【国際公開日】2019-07-18
【審査請求日】2021-12-28
(31)【優先権主張番号】P 2018003518
(32)【優先日】2018-01-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000115991
【氏名又は名称】ロート製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】西田 幸二
(72)【発明者】
【氏名】林 竜平
(72)【発明者】
【氏名】柴田 峻
(72)【発明者】
【氏名】大久保 徹
(72)【発明者】
【氏名】本間 陽一
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/022628(WO,A1)
【文献】Stem Cell Research & Therapy,2017年,8,256, pp.1-19
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
STPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
間葉系幹細胞の培養上清を含む、角膜上皮細胞の正常分化・成熟促進剤。
【請求項2】
上記培養上清が、動物血清を含まない、請求項1に記載の正常分化・成熟促進剤。
【請求項3】
上記間葉系幹細胞が、脂肪由来間葉系幹細胞、臍帯由来間葉系幹細胞又は骨髄由来間葉系幹細胞である、請求項1又は2に記載の正常分化・成熟促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤、上皮疾患治療剤及び重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進方法に関する。
【背景技術】
【0002】
眼表面は、外界の感染源から眼を保護するために重要な役割を担っている。上記眼表面の主要な疾患であるドライアイは、涙液及び角膜上皮、結膜上皮の慢性疾患であり、涙液の質的又は量的な異常により引き起こされ、眼不快感や視機能異常を来す。このようなドライアイの中でもシェーグレン症候群等の重傷ドライアイでは、QOLの著しい低下をもたらし、失明に至るケースも存在する。なお、日本でのシェーグレン症候群患者数は7万人とされているが、潜在患者も含めると20万人以上ともいわれる。
【0003】
従来のドライアイの治療法としては、人工涙液の点眼剤やメガネの両サイドにパネルを装着して涙の蒸発を防ぐモイスチャーエイドを用いる方法、涙の排出口である涙点を閉鎖することによって結膜嚢内に涙液を保持する涙点閉鎖法、ヒアルロン酸点眼により保水する方法、薬剤によるムチン及び水の分泌促進による方法等が知られているが、いずれの方法も満足できる状況ではない。
【0004】
一方、細胞や、細胞の培養上清の医薬品としての開発も広く行われるようになってきている。例えば、間葉系幹細胞は、Friedensteinによって初めて骨髄から単離された多分化能を有する前駆細胞である(非特許文献1参照)。この間葉系幹細胞は、骨髄、臍帯、脂肪等の様々な組織に存在することが明らかにされており、また、様々な組織の修復や免疫抑制効果を有するとされ、間葉系幹細胞移植は、種々の難治性疾患に対する新しい治療方法として期待されている(特許文献1及び2参照)。また、間葉系幹細胞の培養上清を含む医薬組成物を標的組織の損傷部を修復するために用いる方法(特許文献3及び4参照)、間充織幹細胞の培養上清を含む医薬組成物を疾病または損傷による続発性筋肉線維症等の治療に用いる方法(特許文献5参照)等も知られている。
【0005】
非特許文献2には、塩化ベンザルコニウムの点眼によりドライアイを誘発したラットモデルにおいて、間葉系幹細胞自体を点眼することにより、涙液の安定性を改善できることが報告されている。このモデルでは、点眼した間葉系幹細胞がマイボーム腺や結膜上皮に浸潤して涙液の安定性の改善に寄与していることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2012-157263号公報
【文献】特表2012-508733号公報
【文献】国際公開2011/118795号
【文献】特表2010-540662号公報
【文献】特表2007-528703号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Pittenger F.M.et.al., Science,1999,284,pp.143-147
【文献】Beyazyildiz E.et.al. Stem Cells Int.2014;vol.2014:250230
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような情況の中、ドライアイ等の重層扁平上皮細胞が関与する疾患に対して、従来に比べてより高い効果を奏する治療剤、特に新しい作用機序による治療剤が求められている。そこで、本発明は、ドライアイ等の重層扁平上皮細胞が関与する疾患に有効な新しい治療剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために種々検討した結果、本発明者らは、間葉系幹細胞の分泌物を角膜上皮細胞に添加することで、正常分化・成熟や細胞間のタイトジャンクション形成を促進し、バリア機能を上昇させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明の要旨は、以下に記載する通りである。
[1]間葉系幹細胞の分泌物を含む、重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤。
[2]上記分泌物が、動物血清を含まない、[1]に記載の正常分化・成熟促進剤。
[3]上記間葉系幹細胞が、脂肪由来間葉系幹細胞、臍帯由来間葉系幹細胞又は骨髄由来間葉系幹細胞である、[1]又は[2]に記載の正常分化・成熟促進剤。
[4]上記重層扁平上皮細胞が、角膜上皮細胞、結膜上皮細胞、表皮角化細胞、口腔上皮細胞、咽頭蓋上皮細胞、食道上皮細胞、膣上皮細胞、声帯ヒダ上皮細胞、鼻腔上皮細胞及び鼻前庭上皮細胞からなる群より選択される少なくとも一種である、[1]から[3]のいずれかに記載の正常分化・成熟促進剤。
[5][1]~[4]のいずれかに記載の正常分化・成熟促進剤を含む、上皮疾患治療剤。
[6]上記上皮疾患が、重層扁平上皮細胞を有する組織が関与する疾患である、[5]に記載の上皮疾患治療剤。
[7]上記上皮疾患が、角膜疾患、結膜疾患、口腔疾患又は表皮疾患である、[6]に記載の上皮疾患治療剤。
[8]上記上皮疾患が、ドライアイ、翼状片、瘢痕、EBウイルス角膜炎、角膜上皮幹細胞疲弊症、シェーグレン症候群又は強皮症である、[7]に記載の上皮疾患治療剤。
[9]間葉系幹細胞の分泌物を使用することを特徴とする、重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、間葉系幹細胞の分泌物を含む正常分化・成熟促進剤を重層扁平上皮細胞である角膜上皮細胞等に添加することで、正常な分化・成熟、細胞間のタイトジャンクション形成を促進し、バリア機能を上昇させることができる。この正常分化・成熟促進剤を含む治療剤は、重層扁平上皮細胞を有する組織、例えば目におけるドライアイ等の上皮疾患に対して有効である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)の角膜上皮細胞に対するバリア機能亢進効果を示す図である。
図2図2は、間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)の角膜上皮細胞に対するバリア機能亢進効果を示す図である。
図3図3は、バリア機能が低下した角膜上皮細胞に対する間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)の効果を確認する試験のスキームを示す図である。
図4図4は、バリア機能が低下した角膜上皮細胞に対する間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)の効果を示す図である。
図5図5は、間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)処理による角膜上皮細胞の各種遺伝子発現の変化を示す図である。
図6図6は、間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)で処理した角膜上皮細胞におけるClaudin-1及びKRT12発現を免疫組織化学的に示す図である。
図7図7は、間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)で処理した角膜上皮細胞におけるClaudin-1及びKRT12発現を免疫組織化学的に示す図である。
図8図8は、間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)処理による角膜上皮細胞の正常分化・成熟促進及びタイトジャンクション形成促進効果を示す図である。(走査型電子顕微鏡写真)
図9図9は、ドライアイモデル動物に対する間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)の治療効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0013】
<重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤>
本発明の重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤は、間葉系幹細胞の分泌物を含む。本発明の正常分化・成熟促進剤によると、角膜上皮細胞等の重層扁平上皮細胞の正常な分化・成熟を促進させることができ、また細胞間のタイトジャンクション形成をも促進し、組織のバリア機能を上昇させることができる。
【0014】
[重層扁平上皮細胞について]
上皮組織は、並んでいる細胞の形により、扁平、立方、円柱の各上皮細胞グループに分かれ、これらの細胞が1層であるのか、上下に数多く積み重なっているのかにより、単層と重層とに分けられる。例えば単層扁平上皮には血管やリンパ管の内腔を覆う上皮が属し、単層円柱上皮には腸内腔をおおう腸上皮にその例を見る。本発明の正常分化・成熟促進剤が分化・成熟誘導効果を奏する重層扁平上皮は、眼、皮膚等の表面を覆う上皮であり、摩擦等の機械的刺激に強いことが知られている。
【0015】
本発明における重層扁平上皮細胞は、上述の眼、皮膚に加えて、口腔、咽頭蓋(後部)、食道、膣、声帯ヒダ、鼻前庭、鼻腔等の上皮組織が有する細胞であり、具体的には、角膜上皮細胞、結膜上皮細胞、表皮角化細胞、口腔上皮細胞、咽頭蓋上皮細胞、食道上皮細胞、膣上皮細胞、声帯ヒダ上皮細胞、鼻腔上皮細胞、鼻前庭上皮細胞等が挙げられる。これらのうち、間葉系幹細胞の分泌物による正常分化/成熟促進効果、細胞間のタイトジャンクション形成効果が顕著であるという観点から、角膜上皮細胞、結膜上皮細胞、口腔上皮細胞、表皮角化細胞が好ましい。
【0016】
本発明の正常分化・成熟促進剤における「正常分化・成熟」とは、重層扁平上皮細胞の正常な分化・成熟をいう。重層扁平上皮細胞が正常に分化すると、形態的には、扁平でサイズの大きな細胞となり、細胞間のタイトジャンクションの形成が促進する。また、遺伝子発現の面からは、重層扁平上皮細胞が正常に分化すると、KRT12、KRT13、KRT14、CLDN1、TJP1、CDH1等の発現が上昇する。すなわち、本発明の重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤は、重層扁平上皮細胞を正常に分化させ、各種タンパクを発現するように誘導することができ、細胞間タイトジャンクションの形成を促進し、最終的にバリア機能に優れる組織とすることができる。なお、重層扁平上皮細胞が正常に分化し、最終的に機能を有する成熟細胞となること、すなわち分化の最終段階に到達することを成熟という。このように正常分化と成熟とは関連のある事象であるので、本発明の正常分化・成熟促進剤は、正常分化促進剤ということもできる。
【0017】
本発明の重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤が含む各成分について、以下に説明する。本発明の重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤は、必須成分である間葉系幹細胞の分泌物に加えて、本発明の効果を損なわない範囲で、その他の成分を含有していてもよい。
【0018】
[間葉系幹細胞の分泌物]
(間葉系幹細胞)
本発明において間葉系幹細胞とは、骨細胞、心筋細胞、軟骨細胞、腱細胞、脂肪細胞等の間葉系に属する細胞のいずれかへの分化能を有し、この分化能を維持したまま増殖できる細胞を意味する。例えば脂肪、臍帯、骨髄、血液、骨膜、真皮、胎盤、羊膜、絨毛膜、脱落膜、筋肉、子宮内膜、真皮、歯小嚢、歯根膜、歯髄、歯胚等由来の間葉系幹細胞が挙げられ、好ましくは脂肪由来、臍帯由来、骨髄由来の間葉系幹細胞であり、より好ましくは脂肪由来、臍帯由来の間葉系幹細胞であり、さらに好ましくは脂肪由来の間葉系幹細胞である。ここで、「由来」とは、上記細胞が、供給源である組織から獲得され、成長、或いはin vitroで操作された細胞であることを示す。なお、本発明における間葉系幹細胞は、上記間葉系幹細胞の集合体であり、互いに異なる特性を有する複数種の間葉系幹細胞が含まれていてもよいし、実質的に均一な間葉系幹細胞の集合体であってもよい。ドナーの組織から分離したプライマリーの細胞であってもよいし、株化された細胞であってもよい。
【0019】
本発明における間葉系幹細胞は、間葉系幹細胞の分泌物を含む正常分化・成熟促進剤で処置される対象(被検体)と同種由来であってもよいし、異種由来であってもよい。本発明における間葉系幹細胞の種として、ヒト、ウマ、ウシ、ヒツジ、ブタ、イヌ、ネコ、ラビット、マウス、ラットが挙げられ、好ましくは処置される対象(被検体)と同種由来細胞である。本発明における間葉系幹細胞は、処置される対象(被検体)に由来、すなわち自家細胞(同種同系)であってもよいし、同種の別の対象に由来、すなわち他家細胞で(同種異系)あってもよい。好ましくは他家細胞(同種異系)である。
【0020】
間葉系幹細胞は同種異系の被験体に対しても拒絶反応を起こしにくいため、その分泌物についても拒絶反応は起こしにくいと考えられる。そのため、あらかじめ調製されたドナーの細胞を拡大培養して凍結保存したものを、必要に応じて解凍し、分泌物の調製に用いることができる。自己の間葉系幹細胞を調製して用いる必要がないことから、商品化も容易であり、かつ安定して一定の効果を得られ易いという観点から、本発明における間葉系幹細胞は、同種異系であることがより好ましい。
【0021】
本発明において間葉系幹細胞とは、間葉系幹細胞を含む任意の細胞集団を意味する。当該細胞集団は、少なくとも20%以上、好ましくは、30%、40%、50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、93%、96%、97%、98%又は99%が間葉系幹細胞である。
【0022】
本発明において脂肪(組織)とは、脂肪細胞、及び微小血管細胞等を含む間葉系幹細胞を含有する組織を意味し、例えば、哺乳動物の皮下脂肪を外科的切除又は吸引して得られる組織である。脂肪組織は、皮下脂肪より入手され得る。ヒトへ投与することを考慮すると、より好ましくは、ヒトの皮下脂肪である。皮下脂肪の供給個体は、生存していても死亡していてもよいが、本発明において用いる脂肪組織は、好ましくは、生存個体から採取された組織である。個体から採取する場合、脂肪吸引は、例えば、PAL(パワーアシスト)脂肪吸引、エルコーニアレーザー脂肪吸引、又は、ボディジェット脂肪吸引などが例示され、細胞の状態を維持するという観点から、超音波を用いないことが好ましい。
【0023】
本発明において臍帯とは、胎児と胎盤を結ぶ白い管状の組織であり、臍帯静脈、臍帯動脈、膠様組織(ウォートンジェリー;Wharton’s Jelly)、臍帯基質自体等から構成され、間葉系幹細胞を多く含む。臍帯は、被験体(投与対象)と同種動物から入手されることが好ましくヒトへ投与することを考慮すると、より好ましくは、ヒトの臍帯である。
【0024】
本発明において骨髄とは、骨の内腔を満たしている柔組織のことをいい、造血器官である。骨髄中には骨髄液が存在し、その中に存在する細胞を骨髄細胞と呼ぶ。骨髄細胞には、赤血球、顆粒球、巨核球、リンパ球、脂肪細胞等の他、間葉系幹細胞、造血幹細胞、血管内皮前駆細胞等が含まれている。骨髄細胞は、例えば、ヒト腸骨、長管骨、又はその他の骨から採取することができる。
【0025】
本発明において、脂肪由来間葉系幹細胞、臍帯由来間葉系幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞といった各組織由来間葉系幹細胞とは、それぞれ脂肪由来間葉系幹細胞、臍帯由来間葉系幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞といった各組織由来間葉系幹細胞を含む任意の細胞集団を意味する。当該細胞集団は、少なくとも20%以上、好ましくは、30%、40%、50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、93%、96%、97%、98%又は99%が、脂肪由来間葉系幹細胞、臍帯由来間葉系幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞といった各組織由来間葉系幹細胞である。
【0026】
本発明における間葉系幹細胞は、成長特徴(例えば、継代から老化までの集団倍加能力、倍加時間)、核型分析(例えば、正常な核型、母体系統又は新生児系統)、フローサイトメトリー(例えば、FACS分析)による表面マーカー発現、免疫組織化学及び/又は免疫細胞化学(例えば、エピトープ検出)、遺伝子発現プロファイリング(例えば、遺伝子チップアレイ;逆転写PCR、リアルタイムPCR、従来型PCR等のポリメラーゼ連鎖反応)、miRNA発現プロファイリング、タンパク質アレイ、サイトカイン等のタンパク質分泌(例えば、血漿凝固解析、ELISA、サイトカインアレイ)、代謝産物(メタボローム解析)、本分野で知られている他の方法等によって、特徴付けられてもよい。
【0027】
(間葉系幹細胞の調製方法)
間葉系幹細胞は、当業者に周知の方法により調製することができる。上述したとおり、ドナーの組織から分離したプライマリーの細胞であってもよいし、株化された細胞であってもよい。以下に、一つの例として、プライマリーの脂肪由来間葉系幹細胞の調製方法を説明する。脂肪由来間葉系幹細胞は、例えば米国特許第6,777,231号に記載の製造方法によって得られて良く、例えば、以下の工程(i)~(iii)を含む方法で調製することができる:
(i) 脂肪組織を酵素による消化により細胞懸濁物を得る工程;
(ii) 細胞を沈降させ、細胞を適切な培地に再懸濁する工程;ならびに
(iii) 細胞を固体表面で培養し、固体表面への結合を示さない細胞を除去する工程。
【0028】
工程(i)において用いる脂肪組織は、洗浄されたものを用いることが好ましい。洗浄は、生理学的に適合する生理食塩水溶液(例えばリン酸緩衝食塩水(PBS))を用いて、激しく攪拌して沈降させることによって行い得る。これは、脂肪組織に含まれる夾雑物(デブリとも言い、例えば損傷組織、血液、赤血球など)を組織から除去するためである。したがって、洗浄及び沈降は一般に、上清からデブリが総体的に除去されるまで繰り返される。残存する細胞は、さまざまなサイズの塊として存在するので、細胞そのものの損傷を最小限に抑えながら解離させるため、洗浄後の細胞塊を、細胞間結合を弱めるか、又は破壊する酵素(例えば、コラゲナーゼ、ディスパーゼ又はトリプシンなど)で処理することが好ましい。このような酵素の量及び処理期間は、使用される条件に依存して変わるが、当技術分野で既知である。このような酵素処理に代えて、又は併用して、細胞塊を、機械的な攪拌、超音波エネルギー、熱エネルギーなどの他の処理法で分解することができるが、細胞の損傷を最小限に抑えるため、酵素処理のみで行うことが好ましい。酵素を用いた場合、細胞に対する有害な作用を最小限に抑えるために、適切な期間をおいた後に培地等を用いて酵素を失活させることが望ましい。
【0029】
工程(i)により得られる細胞懸濁物は、凝集状の細胞のスラリー又は懸濁物、ならびに各種夾雑細胞、例えば赤血球、平滑筋細胞、内皮細胞、及び線維芽細胞を含む。従って、続いて凝集状態の細胞とこれらの夾雑細胞を分離、除去してもよいが、後述する工程(iii)での接着及び洗浄により、除去可能であることから、当該分離、除去は割愛してもよい。夾雑細胞を分離、除去する場合、細胞を上清と沈殿に強制的に分ける遠心分離によって達成しえる。得られた夾雑細胞を含む沈殿は、生理学的に適合する溶媒に懸濁させる。懸濁状の細胞には、赤血球を含む恐れがあるが、後述する個体表面への接着による選択により、赤血球は除外されるため、溶解する工程は必ずしも必要ではない。赤血球を選択的に溶解する方法として、例えば、塩化アンモニウムによる溶解による高張培地又は低張培地中でのインキュベーションなど、当技術分野で周知の方法を使用することができる。溶解後、例えば濾過、遠心沈降、又は密度分画によって溶解物を所望の細胞から分離してもよい。
【0030】
工程(ii)において、懸濁状の細胞において、間葉系幹細胞の純度を高めるために、1回もしくは連続して複数回洗浄し、遠心分離し、培地に再懸濁してもよい。この他にも、細胞を、細胞表面マーカープロファイルを基に、又は細胞のサイズ及び顆粒性を基に分離してもよい。
【0031】
再懸濁において用いる培地は、間葉系幹細胞を培養できる培地であれば、特に限定されないが、このような培地は、基礎培地に、血清を添加する、及び/又は、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、コレステロール、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロール等の1つ以上の血清代替物を添加して作製してもよい。これらの培地には、必要に応じて、さらに脂質、アミノ酸、タンパク質、多糖、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等の物質を添加してもよい。
【0032】
上記基礎培地としては、例えば、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、MCDB201培地及びこれらの混合培地等が挙げられる。
【0033】
上記血清としては、例えば、ヒト血清、ウシ胎児血清(FBS)、ウシ血清、仔ウシ血清、ヤギ血清、ウマ血清、ブタ血清、ヒツジ血清、ウサギ血清、ラット血清等が挙げられるがこれらに限定されない。血清を用いる場合、基礎培地に対して、5v/v%から15v/v%、好ましくは、10v/v%を添加してもよい。
【0034】
上記脂肪酸としては、リノール酸、オレイン酸、リノレイン酸、アラキドン酸、ミリスチン酸、パルミトイル酸、パルミチン酸、及びステアリン酸等が例示されるが、これらに限定されない。脂質は、フォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン等が例示されるが、これらに限定されない。アミノ酸は、例えば、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン酸、L-アスパラギン、L-システイン、L-シスチン、L-グルタミン酸、L-グルタミン、L-グリシンなどを含むがこれらに限定されない。タンパク質は、例えば、エコチン、還元型グルタチオン、フィブロネクチン及びβ2-ミクログロブリン等が例示されるが、これらに限定されない。多糖は、グリコサミノグリカンが例示され、グリコサミノグリカンのうち特に、ヒアルロン酸、ヘパラン硫酸等が例示されるが、これらに限定されない。増殖因子は、例えば、血小板由来増殖因子(PDGF)、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、トランスフォーミング増殖因子ベータ(TGF-β)、肝細胞増殖因子(HGF)、上皮成長因子(EGF)、結合組織増殖因子(CTGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)等が例示されるが、これらに限定されない。本発明において得られる脂肪由来間葉系幹細胞を細胞移植に用いるという観点から、血清等の異種由来成分を含まない(ゼノフリー)培地を用いることが好ましい。このような培地としては、例えば、PromoCell社、Lonza社、Biological Industries社、Veritas社、R&D Systems社、Corning社及びRohto社などから間葉系幹細胞(間質細胞)用として予め調製された培地として提供されているものを用いることができる。
【0035】
続いて、工程(iii)では、工程(ii)で得られた細胞懸濁液中の細胞を分化させずに固体表面上で、上述の適切な細胞培地を使用して、適切な細胞密度及び培養条件で培養する。本発明において、「固体表面」とは、本発明における脂肪組織由来間葉系幹細胞の結合・接着を可能とする任意の材料を意味する。特定の態様では、このような材料は、その表面への哺乳類細胞の結合・接着を促すように処理されたプラスチック材料である。固体表面を有する培養容器の形状は特に限定されないが、シャーレやフラスコなどが好適に用いられる。非結合状態の細胞及び細胞の破片を除去するために、インキュベーション後に細胞を洗浄する。
【0036】
本発明では、最終的に固体表面に結合・接着した状態で留まる細胞を、脂肪由来間葉系幹細胞の細胞集団として選択することができる。
【0037】
選択された細胞について、本発明における脂肪由来間葉系幹細胞であることを確認するために、表面抗原についてフローサイトメトリー等を用いて従来の方法で解析してもよい。さらに、各細胞系列に分化する能力について検査してもよく、このような分化は、従来の方法で行うことができる。
【0038】
本発明における間葉系幹細胞は、上述の通り調製することができるが、このようなプライマリーの細胞に限定されることなく、株化された細胞も使用することができる。なお、標準培地での培養条件でプラスチックに接着性を示す、表面抗原CD44、CD73、CD90が陽性であり、CD31、CD45が陰性である、培養条件にて骨細胞、脂肪細胞、軟骨細胞に分化可能であるという特性を持つ細胞として定義してもよい。
【0039】
(間葉系幹細胞の分泌物)
上述した間葉系幹細胞を、以下の方法によって培養して得られる上清、該上清から透析・限外濾過等の手段により不要な成分を除去したもの、該上清をカラム等で分画して得られる画分、特定の分子に対する抗体等を用いて選択した画分、遠心操作により取得した画分等を本発明の正常分化・成熟促進剤における間葉系幹細胞の分泌物とすることができる。
【0040】
上記培養に用いる培地としては、間葉系幹細胞の調製の項において説明した培地と同様の培地を使用することができる。間葉系幹細胞の培養方法は、それぞれの間葉系幹細胞に適した方法であれば特に限定されず、従来と同様の方法が用いられる。通常、30℃~37℃の温度、2%~7%CO環境下、5%~21%O環境下で行われ、好ましくは37℃、5%CO環境下である。また、間葉系幹細胞の継代の時期及び方法もそれぞれの細胞に適していれば特に限定されず、細胞の様子を見ながら従来と同様に行うことができる。
【0041】
上記培地中で培養した間葉系幹細胞について、細胞の状態を勘案して適切な回数の継代を行った後、50~95%コンフルエント、好ましくは60~90%コンフルエント、よち好ましくは70~80%コンフルエントまで培養し、その後、新鮮な培地に交換し、通常その1日後~5日後、好ましくは2日後~5日後、より好ましくは2日後~4日後、さらに好ましくは2日後~3日後に、遠心分離して細胞培養上清を回収する。細胞培養上清は、1回のみの回収でもよいし、複数日に渡って複数回回収してもよい。回収後の培養上清は、必要に応じてフィルター滅菌、透析、濃縮、カラム分画、希釈等を行い、本発明の正常分化・成熟促進剤が含む間葉系幹細胞の分泌物とすることができる。なお、継代培養用の培地と、培養上清回収用の培地とは、同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0042】
(正常分化・成熟促進剤の調製方法)
本発明の正常分化・成熟促進剤は、本発明の効果を損なわない範囲でその他の成分を含んでいてもよい。その他の成分としては、その他の有効成分や、一般的な医薬品、医薬部外品等が含むことができる有効成分以外の薬学的に許容される担体等の成分が挙げられる。上記得られた間葉系幹細胞の分泌物と、必要に応じて配合するその他の成分を、常法に従って混合し、本発明の正常分化・成熟促進剤とすることができる。
【0043】
(正常分化・成熟促進剤の用途)
本発明の正常分化・成熟促進剤は、角膜上皮細胞等の重層扁平上皮細胞の正常分化を促進させることができ、また細胞間のタイトジャンクション形成をも促進し、組織のバリア機能を上昇させることができるため、上皮疾患を予防及び/又は治療するために用いることができる。すなわち、本発明の正常分化・成熟促進剤自体を上皮疾患の予防及び/又は治療のために直接用いてもよいし、それぞれの上皮疾患の処置に適するように必要な成分を添加等して、適切な剤型とした上皮疾患治療剤に使用することもできる。
【0044】
<上皮疾患治療剤>
本発明の上皮疾患治療剤は、上述の正常分化・成熟促進剤を含むことを特徴とする。本発明の正常分化・成熟促進剤は、角膜上皮細胞等の重層扁平上皮細胞の正常分化を促進させることができ、また細胞間のタイトジャンクション形成をも促進し、細胞のバリア機能を上昇させることができるため、これを含む上皮疾患治療剤も同様の効果を奏する。なお、正常分化・成熟促進剤についての具体的な説明は、上述の重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤の項の説明をそのまま適用できる。
【0045】
(上皮疾患治療剤の調製方法)
本発明の上皮疾患治療剤は、上述の正常分化・成熟促進剤(間葉系幹細胞の分泌物を含む)とその他の成分を常法により混合して製造することができる。
【0046】
(上皮疾患治療剤の用途)
本発明の上皮疾患治療剤は、重層扁平上皮細胞を有する組織が関与する疾患の予防及び/又は治療のために好適に用いられる。なかでも、重層扁平上皮細胞の正常分化を促進したり、細胞間のタイトジャンクションの形成を促進したりすることで効果を奏する疾患に対してより好適に用いられる。このような重層扁平上皮細胞としては、例えば、角膜上皮細胞、結膜上皮細胞、表皮角化細胞、口腔上皮細胞、咽頭蓋上皮細胞、食道上皮細胞、膣上皮細胞、声帯ヒダ上皮細胞、鼻腔上皮細胞、鼻前庭上皮細胞等が挙げられる。
【0047】
本発明の上皮疾患治療剤が用いられる疾患としては、例えば、角膜疾患、結膜疾患、表皮疾患、口腔疾患等が挙げられ、具体的には、ドライアイ、翼状片、瘢痕、EBウイルス角膜炎、角膜上皮幹細胞疲弊症、強皮症、シェーグレン症候群、点状表層角膜症、角膜びらん、角膜潰瘍、アトピー性皮膚炎、熱腐蝕、アルカリ腐蝕、酸腐蝕、薬剤毒性、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡、遷延性角膜上皮欠損、角膜穿孔、角膜周辺部潰瘍、角膜潰瘍、エキシマレーザー術後の上皮剥離、放射線角膜症、無虹彩症、トラコーマ後角膜混濁、Salzmann角膜変性、瞼球癒着、原因不明の角膜上皮の幹細胞の消失した疾患、輪部腫瘍、宿主対移植片疾患(GVHD)、角膜炎、点状表層角膜症、乾性角膜炎、乾性結膜炎、角膜ジストロフィー、糖尿病角膜症、角膜上皮障害、ドライマウス(口腔乾燥症)、口内炎、口腔カンジダ症、口角炎、Plummer-Vinson症候群、悪性貧血(Moller-Hunter舌炎)、口腔扁平苔癬、口腔カンジダ症、肉芽腫性口唇炎等が挙げられる。これらのうち、本発明の上皮疾患治療剤の効果が顕著であるドライアイ、シェーグレン症候群、翼状片、瘢痕、EBウイルス角膜炎、角膜上皮幹細胞疲弊症、又は強皮症が好ましく、ドライアイがより好ましい。
【0048】
上記以外にも本発明の上皮疾患治療剤が用いられる疾患としては、食道癌、胃食道逆流症、バレット食道、咽頭癌、鼻癌、膣癌、肛門癌、声帯癌、ブドウ膜炎アレルギー性鼻炎、全身性エリテマトーデス、慢性再発性アフタ、Behcet病、Reiter病、Crohn病、Felty症候群、周期性好中球減少症、難治性潰瘍、天疱瘡、類天疱瘡、ヘルペス感染症、手足口病、ヘルパンギーナ、伝染性単核球症、麻疹、猩紅熱、先天性あるいは後天性表皮水疱症、口腔扁平苔癬、歯肉増殖症、Darier病、先天性爪甲肥厚症、先天性異角化症、涙液分泌不全等が挙げられる。
【0049】
本発明の上皮疾患治療剤は、他の有効成分を含む薬剤と併用して用いることもできる。他の薬剤と同時に投与してもよいし、他の薬剤を投与する前後の適切な時期に投与してもよい。
【0050】
(上皮疾患治療剤の製剤)
本発明の上皮疾患治療剤は、常法によって適宜の製剤とすることができる。製剤の剤型としては散剤、顆粒剤などの固形製剤であってもよいが、優れた予防・治療効果を得る観点からは、溶液剤、乳剤、懸濁剤などの液剤とすることが好ましい。特に点眼剤とする場合には、溶液剤であることがより好ましい。上記液剤の製造方法としては、例えば上述した間葉系幹細胞の分泌物をそのまま使用する方法、その他溶剤と混合する方法や、さらに懸濁化剤や乳化剤を混合する方法を好適に例示することができる。以上のように、本発明における上皮疾患治療剤の製剤においては、製剤上の必要に応じて、適宜の薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、緩衝剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、吸着剤、甘味剤、希釈剤などの任意成分を配合することができる。
【0051】
本発明の上皮疾患治療剤の投与方法としては特に制限されないが、点眼、血管内投与(好ましくは静脈内投与)、腹腔内投与、腸管内投与、皮下投与による投与等が好ましい。
【0052】
本発明の上皮疾患治療剤の投与量は、疾患の種類やその症状の度合い、剤型、投与対象の体重等によって変わり得る。投与は、1日のうち1~複数回に分けて行ってもよい。また、本発明の上皮疾患治療剤の製剤の投与は、単回投与でもよいし、継続的に行ってもよい。継続的に行う場合は、例えば、3日に1回以上の頻度で、2回以上継続して投与することができ、中でも、2日に1回以上の頻度で、3回以上継続して投与することが好ましく、1日に1回以上の頻度で4回以上継続して投与することがより好ましい。
【0053】
本発明の上皮疾患治療剤が点眼剤である場合、点眼剤に汎用されている技術を用い、必要に応じて製薬学的に許容され得る添加剤を用いて調製することができる。
【0054】
例えば、塩化ナトリウム、濃グリセリンなどの等張化剤;塩酸、水酸化ナトリウムなどのpH調整剤;リン酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどの緩衝化剤;ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート、ステアリン酸ポリオキシル40、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などの界面活性剤;クエン酸ナトリウム、エデト酸ナトリウムなどの安定化剤;塩化ベンザルコニウム、パラベンなどの防腐剤などから必要に応じて選択して用い、調製することができる。本点眼液のpHは眼科製剤に許容される範囲内にあればよいが、通常4~8の範囲内が好ましい。
【0055】
本発明の上皮疾患治療剤の投与対象となる動物としては、特に制限されないが、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ等が好ましく、中でもヒトがより好ましい。また、本発明の上皮疾患治療剤が含む間葉系幹細胞の細胞分泌物は、投与対象となる動物の種類と一致した細胞由来であることが、疾患に対するより安定して優れた予防及び/又は治療効果を得る観点から好ましい。
【0056】
<重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進方法>
本発明は、間葉系幹細胞の分泌物を使用することを特徴とする、重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進方法も含む。間葉系幹細胞の分泌物を角膜上皮細胞等の重層扁平上皮細胞に添加することで、重層扁平上皮細胞の正常分化や細胞間のタイトジャンクション形成を促進し、細胞を成熟させ、組織のバリア機能を上昇させることができる。間葉系幹細胞の分泌物、重層扁平上皮細胞の分化誘導等の具体的内容については、重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤の項における説明をそのまま適用できる。なお、正常分化と成熟とは関連のある事象であるので、本発明の正常分化・成熟促進方法は、正常分化促進方法とすることもできる。
【0057】
<重層扁平上皮細胞のバリア機能亢進方法>
本発明は、間葉系幹細胞の分泌物を使用することを特徴とする、重層扁平上皮細胞のバリア機能亢進方法も含む。間葉系幹細胞の分泌物を角膜上皮細胞等の重層扁平上皮細胞に添加することで、重層扁平上皮細胞の正常分化や細胞間のタイトジャンクション形成を促進し、細胞を成熟させ、組織のバリア機能を亢進させることができる。間葉系幹細胞の分泌物、重層扁平上皮細胞のバリア機能亢進等の具体的内容については、重層扁平上皮細胞の正常分化・成熟促進剤の項における説明をそのまま適用できる。
【実施例
【0058】
以下に本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0059】
1.間葉系幹細胞の分泌物(MSC-CM)の取得
間葉系幹細胞としては、脂肪由来間葉系幹細胞(AD-MSC,PromoCell)を使用し、培養液はヒト間葉系幹細胞専用完全合成培地キット(MSC-GMCD,Lonza)、又は増殖培地DXF(PromoCell)を用いた。AD-MSCを上記培養液中、2,500-5,000cells/cmの密度で播種し、70-80%コンフルエントまで培養した。その後、MSC-GMCD又はDMEM/F-12基礎培地(Lifetechnologies)に交換し、2-3日間培養した。培養上清を回収し、300×gで遠心処理後、細胞を除去し、評価用の間葉系幹細胞分泌物(MSC-CM)として取得した。必要に応じて15μmのフィルターを通して滅菌し、使用時まで-80℃で保存した。
【0060】
2.間葉系幹細胞の分泌物による角膜上皮細胞のバリア機能促進効果(経上皮電気抵抗TERの測定)
ヒトドナー角膜由来角膜上皮細胞を12well-plateのcell culture insertに播種し、コンフルエントになるまで培養した。培養液は、2%B27supplement(Lifetechnologies)、20ng/mL KGF(Wako)、10μM Y-27632(Wako)含有DMEM/F-12(Lifetechnologies)を用いた。コンフルエントに到達後、MSC-CMをインサート内に添加した。コントロールとしては、上記MSC-CM取得時に並行して同じ処理をして取得した、細胞なしの培地のみ、を用いた。調製した角膜上皮細胞のTERを、Endohm-12 chamberとEVOM voltmeter(World precision instruments)を用いて経時的に測定した。結果を図1及び2に示す。
【0061】
図1は、MSC-CMを取得する際の培養用の培地としてDMEM/F-12基礎培地を使用した場合の結果である。図1に示すとおり、MSC-CM添加5日目以降、MSC-CMを添加した角膜上皮細胞はコントロールと比較して有意に高いTER値を示し、MSC-CMに角膜上皮細胞のバリア機能促進効果があることがわかった。特に7日目以降は、MSC-CMによるTER値の増加が著しく、MSC-CMの角膜上皮細胞のバリア機能促進効果が顕著であることがわかった。
【0062】
図2は、MSC-CMを取得する際の培地としてMSC-GMCDを使用した場合の結果である。図2に示すとおり、MSC-CM添加13日目以降、MSC-CMを添加した角膜上皮細胞はコントロールと比較して有意に高いTER値を示し、その値は経時的に増加し、培養開始から33日目まで高い値が維持された。MSC-CMには、長期間に渡って角膜上皮細胞のバリア機能を顕著に促進し、それを維持する効果があることがわかった。
【0063】
次に、バリア機能を低下させた角膜上皮細胞に対するMSC-CMの効果を確認するための試験を行った。すなわち、上記と同様に、ヒトドナー角膜由来角膜上皮細胞を12well-plateのcell culture insertに播種し、コンフルエントになるまで培養した。コンフルエントに到達後、TGF-β1を10ng/mL濃度となるよう添加し、さらに5日間培養を行った後、AD-MSCの培養上清(すべてMSC-GMCD培地)を培地全体の半量となるように添加し、さらに培養を行った。培養スケジュールのスキームを図3に示す。上記のとおり調製した角膜上皮細胞のTER値を経時的に測定した。結果を図4に示す。
【0064】
TGF-β1処理により角膜上皮細胞のTER値が減少したが、MSC-CMを添加した培地で培養するとTER値が増加し、TGF-β1処理により減少した分が回復する以上にさらに顕著に増加した。MSC-CMは、バリア機能の低下した細胞に作用し、その低下したバリア機能を回復させるだけでなく、バリア機能をさらに顕著に促進する効果があることがわかった。
【0065】
3.間葉系幹細胞の分泌物の角膜上皮細胞の正常分化・成熟促進及びタイトジャンクション形成促進効果(遺伝子発現解析)
上記2において調製したcell culture insert上の角膜上皮細胞シートをPBSで洗浄した後、QIAzol Lysis Reagent(QIAGEN)を用いてRNAを精製した。次に、SuperScript(商標) III First-Strand Synthesis SuperMix for qRT-PCR(Invitrogen)により逆転写を行い、作製したcDNAを鋳型に用いて、ABI Prism 7500 Fast Sequence Detection System (Life Technologies)により定量的リアルタイムPCR(qRT-PCR)を行った。発現解析を行った遺伝子は、KRT12、KRT13、KRT14、CLDN1、TJP1、CDH1である。なお、GAPDHを100%としたときのそれぞれの遺伝子の相対的な発現量(%)を図5に示した。
【0066】
図5に示すとおり、MSC-CMを添加することにより、角膜上皮細胞において、正常分化マーカーであるKRT12、KRT13、KRT14、CLDN1、TJP1、CDH1の発現が上昇した。より詳細には、KRT12、KRT13は角膜上皮細胞、結膜上皮細胞の分化マーカーであり、KRT14は重層上皮細胞の分化マーカーであり、CDH1は上皮細胞マーカーであり、CLDN1、TJP1はタイトジャンクションマーカーである。これらの結果は、MSC-CMが角膜上皮細胞の正常分化を促すことを示している。
【0067】
4.間葉系幹細胞の分泌物の正常分化・成熟促進及びタイトジャンクション形成促進効果(免疫組織化学)
上記2において調製したcell culture insert上の角膜上皮細胞をインサートのメンブレンとともにスカルペルを用いてくり抜き、5%NST(5%normal donkey serum,0.3%Triton-X100)/TBSで室温にて1時間ブロッキングした後、一次抗体を加え室温で1時間又は4℃で一晩反応させた。TBSで3回洗浄した後、二次抗体を加え室温で1時間反応させた。一次抗体には、抗Claudin-1抗体(Mouse monoclonal:2H10D10)、抗K12抗体(Goat polyclonal;N-16、Santa Cruz Biotechnology)を用いた。二次抗体には、Alexa Fluor(登録商標)488又は567標識抗マウス、ヒツジIgG抗体(Invitrogen)を使用した。抗体はいずれも1%NST/TBS(1%normal donkey serum,0.3%Triton-X100)で希釈して使用した。核の染色は、100倍希釈濃度のHoechst 33342で室温にて10分間処理をすることで行った。観察・撮影にはLSM710(Carl Zeiss)を使用した。Zenソフトウェアを用いて共焦点画像の3次元構築を行った。結果を図6及び7に示す。カラー写真において、Claudin-1の発現(細胞間のタイトジャンクション)は緑で、KRT12の発現(正常分化した扁平な細胞)は赤で示されている。
【0068】
図6及び図7に示すとおり、MSC-CMの作用により、角膜上皮細胞のClaudin-1タンパクの発現が増加した。このことは、MSC-CMの作用により、角膜上皮細胞間のタイトジャンクションの形成が促進したことを示している。また、MSC-CMの作用により、角膜上皮細胞のKRT12タンパクの発現が増加した。このことは、MSC-CMの作用により、角膜上皮細胞の正常分化が促進したことを示している。特に重層した角膜上皮細胞の一番上に位置する細胞においてClaudin-1タンパク及びKRT12タンパクの発現増加が顕著であった。
【0069】
5.間葉系幹細胞の分泌物の正常分化・成熟促進及びタイトジャンクション形成促進効果(走査型電子顕微鏡観察)
上記2において調製したcell culture insert上の角膜上皮細胞シートを2%グルタルアルデヒドで固定後、PBSで洗浄した。エタノールにて脱水後、t-ブタノールで置換した。その後、凍結乾燥し、スパッタコーティングし、走査型電子顕微鏡を用いた観察した。結果を図8に示す。
【0070】
図8に示すとおり、MSC-CMの作用により、角膜上皮細胞上のマイクロビリの成熟が顕著に誘導され、角膜上皮細胞が正常に分化すると共に、細胞間のタイトジャンクションの形成が促進された。
【0071】
6.間葉系幹細胞の分泌物の正常分化・成熟促進及びタイトジャンクション形成促進効果(RNA-sequence解析)
上記2の方法で、ヒト角膜上皮細胞にMSC培養上清(CM)を添加し16時間培養した。得られたヒト角膜上皮細胞をQIAzol Reagentにて回収し、miRNeasy Mini Kit (Qiagen)を用いて推奨通りの方法でRNAを精製した。ライブラリの調製は、TruSeq strand mRNA sample prep kit (Illumina, San Diege, CA)を用いて行った。RNAシーケンスはIllumina Hiseq 2500 で行った。Illumina Casava ver1.8.2 softwareを用いてベースコールし、TopHat (ver. 2.0.13)、Bowtie2 (ver. 2.2.3)、SAMtools (ver. 0.1.19.)を用いてヒト参照ゲノム(hg19)を基にマッピングを行った。Cuffnom (ver. 2.3.1)を用いてFPKM(the number of fragments per kilobase of exon per million mapped fragments)値を算出した。解析結果を表1に示した。
【0072】
【表1】
【0073】
表1に示すとおり、角膜の成熟に関わるMUC遺伝子群、およびタイトジャンクションに関わるCLDNおよびTJP遺伝子群は、MSC培養上清(CM)添加により、発現上昇を示した。
【0074】
7.ドライアイモデル動物に対するMSC分泌物の治療効果
ドライアイモデルは、Fujiharaらの方法(Improvement of corneal barrier function by the P2Y(2) agonist INS365 in a rat dry eye model.Invest Ophthalmol Vis Sci. 2001 Jan;42(1):96-100)に基づき、SDラット(雄)の眼窩外涙腺を片眼において摘出することで作製した。ドライアイモデルラットを麻酔後、皮膚を切開し、眼窩外涙腺を摘出した。涙腺摘出後に間葉系幹細胞分泌物(培養上清)の点眼を4週間行った。眼表面解析時には、麻酔後、フルオレセインにより染色し、角膜上皮障害を評価した。結果を図9に示す。図9の右の図は、MSC分泌物の点眼を行った眼球であり、左の図は、コントロールである。
【0075】
図9に示すとおり、MSC分泌物の点眼にとり、ドライアイの症状が顕著に改善した。このように、MSC分泌物は、ドライアイに対する優れた治療効果を有することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明によると、間葉系幹細胞の分泌物を含む正常分化・成熟促進剤を重層扁平上皮細胞である角膜上皮細胞等に添加することで、正常な分化や成熟、細胞間のタイトジャンクション形成を促進し、バリア機能を上昇させることができる。この正常分化・成熟促進剤を含む治療剤は、重層扁平上皮細胞を有する組織、例えば目におけるドライアイ等の上皮疾患に対して有効である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9