(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-27
(45)【発行日】2023-12-05
(54)【発明の名称】低体重誘導剤のスクリーニング方法、低体重誘導剤、及び低体重モデル動物
(51)【国際特許分類】
G01N 33/15 20060101AFI20231128BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20231128BHJP
A61P 3/04 20060101ALI20231128BHJP
C07K 14/705 20060101ALN20231128BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20231128BHJP
【FI】
G01N33/15 Z
A61K45/00 ZNA
A61P3/04
C07K14/705
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2019503150
(86)(22)【出願日】2018-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2018008036
(87)【国際公開番号】W WO2018159817
(87)【国際公開日】2018-09-07
【審査請求日】2020-08-31
【審判番号】
【審判請求日】2022-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2017040619
(32)【優先日】2017-03-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審理対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000226976
【氏名又は名称】日清食品ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石丸 喜朗
(72)【発明者】
【氏名】阿部 啓子
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 富子
(72)【発明者】
【氏名】谷下 道大
(72)【発明者】
【氏名】田辺 創一
【合議体】
【審判長】冨永 みどり
【審判官】光本 美奈子
【審判官】星 功介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/119623(WO,A1)
【文献】Biochem Biophys Res Commun,2011,Vol.412,p.460-465
【文献】FASEB J,Vol.30,No.1,Suppl.,Abstract No.967.3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N33/00
A61K45/00
A01K67/00
C12Q15/00
C12Q1/00
JSTPLUS/JMEDPLUS/JST7580(JDREAMIII)
CAplus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
低体重誘導剤の有効成分のスクリーニング方法であって、下記の工程を含むスクリーニング方法(ただし、低体重誘導剤を、インスリンを介した肥満症の予防・治療に適用する場合を除く):
(i)被験物質が、GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能を阻害できる化合物であるか否かを判定する工程、および
(ii)工程(i)においてGPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能を阻害できる化合物であると判定された被験物質を、低体重誘導剤の有効成分として選択する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に低体重誘導剤のスクリーニング方法、低体重誘導剤、及び低体重モデル動物に関する。
【背景技術】
【0002】
小腸上皮細胞の約0.4%を占める刷子細胞は、60年以上前からその存在が知られていたが、その分化制御機構及び細胞機能は長い間不明であった。非特許文献1は、転写調節因子Skn-1aが、味蕾の甘味細胞、苦味細胞、うま味細胞だけでなく、小腸刷子細胞への運命決定にも必須であることを開示している。また、Skn-1欠損マウスでは摂餌量は不変であるが、カテコールアミンの過分泌によって消費エネルギーが増加するために、低体脂肪率を伴う顕著な低体重を示すことも開示されている。以上より、刷子細胞や味細胞を起点とし、脳を介して末梢組織(肝臓、筋肉、脂肪組織など)のエネルギー代謝を制御することが提唱された。
【0003】
しかし、刷子細胞の細胞機能はまだ明らかでない点が多く、更なる解析が必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Ushiama S, et al. EBioMedicine, Volume 8, 60 -71 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新規な低体重誘導剤のスクリーニング方法、低体重誘導剤、及び低体重モデル動物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、GPRC5C遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物は、低体重を示すことを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて、更に改良を重ねることにより完成したものである。
【0007】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
【0008】
項1、GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物を含む、低体重誘導剤。
【0009】
項2、前記化合物が食品由来の成分である項1に記載の低体重誘導剤。
【0010】
項3、低体重誘導剤の有効成分のスクリーニング方法であって、下記の工程を含むスクリーニング方法:
(i)被験物質が、GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物であるか否かを判定する工程、および
(ii)工程(i)においてGPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物であると判定された被験物質を、低体重誘導剤の有効成分として選択する工程。
【0011】
項4、GPRC5C遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物である、低体重モデル動物。
【0012】
項5、マウスである、項4に記載の低体重モデル動物。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、新規な低体重誘導剤のスクリーニング方法、低体重誘導剤、及び低体重モデル動物が提供される。
【0014】
本発明により提供される低体重誘導剤は、たくさん食べても太らない、内臓脂肪量を抑えるなどの効果が期待でき、食品産業及び健康科学における意義が高い。また、本発明の低体重モデル動物は、研究開発のツールとして有用であり、食品産業及び健康科学のさらなる発展に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】GPRC5C遺伝子変異マウスのゲノム配列の解析。
【
図2-1】小腸におけるWT、KOの組織学的解析。矢印の先端にシグナルを示す。左の列は野生型(WT)、右の列はGPRC5C変異マウス(KO)を示す。WTはGPRC5Cタンパク質受容体が小腸内腔と接した細胞頂端部に局在している。一方でKOはGPRC5Cタンパク質受容体が消失している(上段)。WT、KOとも刷子細胞マーカーであるTRPM5とDCLK1でシグナルが見られた。いずれも刷子細胞を有していることが認められた(中段、下段)。スケールバーは 100 μm を示す。
【
図3】遺伝子型ごとの体重の変化の測定結果を示す。(A)オスマウスの体重変化、(B)メスマウスの体重変化。数値は平均±標準誤差で示す。オス WT, オス Hetero, オス KO の順で n≧19, n≧13, n=13;メスWT, メス Hetero, メス KO の順で n≧20, n≧13, n≧20;オス、メスいずれもWTとKOで統計解析を行った。*はp < 0.05, **はp < 0.01 を示す。
【
図4】寄生虫感染実験の結果を示す。Nb感染9日後において腸内から検出されたNbの匹数(Worm burden)を示す。Skn-1欠損マウスとは異なり、WT、KOではNbはほとんど検出されなかった。数値は平均±標準誤差で示す。各群n=3, **はp<0.01を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
GPRC5C遺伝子、GPRC5Cタンパク質
GPRC5C遺伝子は、公知の遺伝子であり、GPRC5Cタンパク質は公知のタンパク質である。GPRC5C遺伝子は、7回膜貫通モチーフを有する三量体Gタンパク質共役受容体の1つであるGPRC5Cタンパク質をコードする。
【0017】
例えば、ヒト(Homo sapiens)及びマウス(Mus musculus)のGPRC5C遺伝子のcDNAの塩基配列及びGPRC5Cタンパク質のアミノ酸配列は、米国生物工学情報センター(NCBI; National Center for Biotechnology Information)が提供するGenBankに、下記のアクセッション番号で登録されている(複数のリビジョン(revision)が登録されている場合、最新のリビジョンを指すと理解される。):
ヒトGPRC5C遺伝子:NM_018653、NM_022036
ヒトGPRC5Cタンパク質:NP_061123、NP_061123
マウスGPRC5C遺伝子:NM_001110337、NM_001110338、NM_147217
マウスGPRC5Cタンパク質:NP_001103807.1、NP_001103808、NP_671750。
【0018】
なお、GPRC5C遺伝子のリガンドとしてはビタミンA類(例えば、レチノイン酸)が推定されるが、これに限定されない。
【0019】
低体重誘導剤
本発明の低体重誘導剤は、GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物を含む。
【0020】
GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物は、GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる範囲内において、あらゆる化合物を用いることができる。GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物として、GPRC5Cタンパク質に対する特異的な阻害剤およびGPRC5C遺伝子の発現を抑制できる核酸などが例示されるが、これに限定されるものではない。
【0021】
ここで、「GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制」とは、GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制するあらゆる態様を指し、例えばGPRC5Cタンパク質の機能を阻害すること、GPRC5Cタンパク質の発現を抑制すること(GPRC5C遺伝子の転写の抑制、GPRC5Cタンパク質の翻訳の抑制など)などが例示されるが、これに限定されるものではない。GPRC5Cタンパク質の機能を阻害する態様としては、受容体であるGPRC5Cタンパク質とリガンドとの結合を阻害する態様などが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0022】
GPRC5Cタンパク質とリガンドとの結合を阻害する化合物は、GPRC5Cタンパク質のアンタゴニストであり、本発明の好ましい態様の1つである。
【0023】
また、「GPRC5C遺伝子の発現を抑制できる」とは、GPRC5C遺伝子から転写されるGPRC5Cタンパク質をコードするmRNAの破壊(RNA干渉作用)、GPRC5Cタンパク質ヘの翻訳の抑制などのGPRC5Cタンパク質の発現量が低減される態様が例示されるが、これに限定されるものではない。
【0024】
上記GPRC5Cタンパク質に対する特異的な阻害剤としては、公知のおよび今後開発されるあらゆるGPRC5Cタンパク質に対する特異的な阻害剤を用いることができる。
【0025】
また、上記GPRC5Cタンパク質に対する特異的な阻害剤の別の態様として、GPRC5Cタンパク質に対する特異的な抗体が挙げられる。該抗体は、好ましくはGPRC5Cタンパク質の細胞外ドメインに特異的に結合するもの、さらに好ましくはGPRC5Cタンパク質の細胞外ドメインに特異的に結合して、GPRC5Cタンパク質とリガンドとの結合を阻害するできる抗体であるが、これに限定されるものではない。
【0026】
上記抗体は、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体のいずれであってもよい。上記抗体がモノクローナル抗体である場合、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体などであってもよい。上記抗体は、公知の手法により作成することができる。あるいは、市販のものを用いることもできる。
【0027】
上記GPRC5C遺伝子の発現を抑制できる核酸は、好適にはsiRNA、shRNA、dsRNAなどのGPRC5Cタンパク質をコードするmRNAを標的としたRNA干渉(RNAi)作用を有するRNA分子や、GPRC5Cタンパク質をコードするmRNAの翻訳を抑制することができるmiRNAが挙げられる。あるいは、上記のRNA干渉(RNAi)作用を有するRNA分子または上記のmiRNAを発現できるベクター等のDNA分子であってもよい。上記GPRC5C遺伝子の発現を抑制できる核酸は、GPRC5Cタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列に基づいて、公知の手法より作成することができる。あるいは、市販のものを用いることもできる。
【0028】
GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物は、例えば後述のスクリーニング方法により取得することができる。
【0029】
上記GPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物は、1種単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0030】
本発明の低体重誘導剤は、例えば医薬組成物、食品(食品組成物)として提供されることができる。また、食品由来成分、例えば、食品の代謝物又は化学的若しくは物理的分解物(糖、アミノ酸、ペプチド、脂質等又はこれらの複合体等)として提供されることも可能である。
【0031】
本発明の低体重誘導剤は、例えば医薬組成物として提供される場合は、錠剤、丸剤、散剤(粉末剤)、顆粒剤(細粒剤)、及びカプセル剤などの各種の経口摂取される種々の製剤形態に調製することができる。
【0032】
本発明の低体重誘導剤は、有効成分であるGPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物に加えて、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等基材、賦形剤、添加剤、副素材、増量剤等を含有することができる。上記の成分は、本発明の効果を損なわないものであれば限定されず、薬学的に許容されるものであることが好ましい。
【0033】
本発明の低体重誘導剤が食品組成物として提供される場合、有効成分であるGPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物を飲食品に添加した形態に調製することができる。飲食品の形態は特に限定されるものではないが、醤油、味噌、ソース、ケチャップ等の調味料、動植物タンパク加水分解物(HAP,HVP)、酵母エキス、アミノ酸、ペプチド等を主成分とする調味料、ダシのもとや麺つゆ、タレ、ルー、ドレッシング等の食品の味付けに用いる調味食品、麺類やパン、スナック菓子等の穀類加工品、ハムソーセージ、魚肉練製品等の蓄肉魚肉加工品、スープ、漬物、惣菜類等が挙げられる。また、飲食品には、熱湯や水を加えることで調理可能な即席食品(例えば、粉末および液体即席めん用スープ、即席のコンソメスープ、ポタージュスープ、中華スープ、味噌汁、吸い物、汁物タイプの即席麺など)が含まれる。
【0034】
さらに、当該食品組成物の生体内における代謝の過程で生じる物質(糖、アミノ酸、ペプチド、脂質等)として提供されることも可能である。
【0035】
低体重誘導剤における有効成分であるGPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物の含有量は、一般に、0.01~100重量%の範囲である。低体重誘導剤における有効成分であるGPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物の1日あたりの投与量は、大人一人(60kg体重)当たり一日量として、0.1mg~30g程度とすることができる。
【0036】
本発明の低体重誘導剤は、肥満症、メタボリック症候群、過食症の患者及びその予備群などの体重低減を必要とする対象が摂取することで、低体重が誘導され症状が治療又は改善される。本発明の好ましい態様において、低体重誘導剤は肥満症の治療薬である。
【0037】
スクリーニング方法
本発明のスクリーニング方法は、下記の工程を含む、:
(i)被験物質が、GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物であるか否かを判定する工程、および
(ii)工程(i)においてGPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物であると判定された被験物質を、低体重誘導剤の有効成分として選択する工程。
【0038】
上記工程(i)により、スクリーニング対象の被験物質が、GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物であるか否かが判定される。
【0039】
上記被験物質は、低体重誘導剤の有効成分の候補化合物となり得る化合物であれば、特に限定されるものではない。上記被験物質は、天然化合物(例えば、生体由来物質)または合成化合物のいずれであってもよい。好ましくは、上記被験物質は、食品由来の化合物である。上記被験物質の具体例として、低分子化合物、抗体などのタンパク質、タンパク質の発現を抑制できる核酸(例えば、siRNA、shRNA、dsRNA、miRNA等)、糖鎖もしくは複合糖質などが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0040】
上記GPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現を抑制できる化合物であるか否かを判定するための手段は、判定の対象とする被験物質、および、抑制が判定されGPRC5C遺伝子又はGPRC5Cタンパク質の機能発現などに応じて、目的が達成される範囲内において、当業者が公知のおよび将来開発されるあらゆる手段の中から、適宜選択することができる。
【0041】
例えば、GPRC5Cタンパク質のアンタゴニストは、公知のGタンパク質共役受容体のアンタゴニストを探索する方法を採用することができる。一例としては、文献:THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY VOL. 285, NO. 36, pp. 28373-28378, September 3, 2010に記載の方法に準じて行うことができる。
【0042】
具体的には、細胞に三量体Gタンパク質共役受容体(GPRC5Cタンパク質)と三量体Gタンパク質のαサブユニット(Gα、特にホスホリパーゼCを刺激するGq)との融合タンパク質を細胞に発現させる。この際に使用する細胞としては、例えばHEK293T細胞が例示されるが、これに限定されない。上記融合タンパク質をカルシウム指示薬の存在下で培養し、その後リガンド及び被験物質を添加し、添加の前後での蛍光標識カルシウム指示薬の蛍光強度の差により示される刺激応答を検出する。分子機構としては、活性化されたホスホリパーゼCが生成するIP3が小胞体から遊離させるカルシウムイオンの濃度上昇を検出する方法である。刺激応答が検出されない被験物質は、GPRC5Cタンパク質のアンタゴニストとして選定することができる。当該方法は、いわゆる「カルシウムイメージング」である。
【0043】
蛍光標識カルシウム指示薬としては、Fura-2、Fluo-3、Fluo-4、Rhod-2、Indo-1などが例示されるがこれに限定されない。
【0044】
その他、三量体Gタンパク質のαサブユニットとしてアデニル酸シクラーゼを活性化するGsを用いて、ルシフェラーゼアッセイなどによりcAMP合成の活性化を検出する方法、Biacoreシステムにより直接アンタゴニストを探索する方法なども挙げられる。
【0045】
次いで、上記工程(ii)により、低体重誘導剤の有効成分が選択される。
【0046】
モデル動物
本発明において低体重のモデル動物として使用される非ヒト動物は、GPRC5C遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物である。
【0047】
上記非ヒト動物は、非ヒトであって実験動物として使用できるものであれば、如何なる種の動物でもよいが、好ましくは齧歯目動物、更に好ましくはマウスである。
【0048】
本明細書において、「GPRC5C遺伝子がノックアウトされた」とは、上記に記載したGPRC5C遺伝子の塩基配列の改変等により、GPRC5C遺伝子の発現産物が全く発現しないか、または発現しても正常なGPRC5C遺伝子産物が有する機能を示すことができず、GPRC5C遺伝子の機能が欠損している状態を指す。
【0049】
本発明で使用される非ヒト動物は、GPRC5C遺伝子がノックアウトされたものである限り、GPRC5C遺伝子の機能を欠損させる具体的態様については、特に制限されないが、例えば、GPRC5C遺伝子の少なくとも一部が改変されている、或いはGPRC5C遺伝子のプロモーターが不活性化されている等の態様が含まれる。
【0050】
本明細書において、「GPRC5C遺伝子の少なくとも一部が改変」とはGPRC5C遺伝子の塩基配列の少なくとも一部に、欠失、置換又は付加を生じさせる改変を加えることをいう。GPRC5C遺伝子をノックアウトさせるためには、GPRC5C遺伝子に対して欠失、置換及び付加の内、1又は2以上の変異を組み合わせてもよい。
【0051】
また、本明細書においてGPRC5C遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を「欠失」させるとは、GPRC5C遺伝子の一部または全部を欠失させることにより、GPRC5C遺伝子の発現産物がGPRC5Cタンパク質として機能が発現しないように改変することをいう。本明細書においてGPRC5C遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を「置換」するとは、GPRC5C遺伝子の一部又は全部をGPRC5C遺伝子とは関係のない別個の配列に置換することにより、GPRC5C遺伝子の発現産物がGPRC5Cタンパク質として機能が発現しないように改変することをいう。さらに、本明細書においてGPRC5C遺伝子の塩基配列の少なくとも一部に「付加」するとは、GPRC5C遺伝子中にGPRC5C遺伝子以外の配列を付加することにより、GPRC5C遺伝子の発現産物がGPRC5Cタンパク質として機能が発現しないように改変することをいう。
【0052】
本発明で使用されるGPRC5C遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物は、GPRC5C遺伝子における対立遺伝子(アリル)のいずれか一方がノックアウトされているヘテロ接合体のノックアウト動物であってもよく、また対立遺伝子の双方の機能がノックアウトされているホモ接合体のノックアウト動物であってもよい。
【0053】
本発明で使用される非ヒト動物は、雌又は雄のいずれであってもよい。
【0054】
GPRC5C遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物は、公知の手法により作製することができる。このような手法として、TALEN法、CRISPR/Cas9法などのゲノム編集技術、並びに、相同組み換え法による遺伝子破壊技術が挙げられるが、これに限定されない。
【0055】
GPRC5C遺伝子がノックアウトされた非ヒト動物は、後述の実施例で実証するように低体重の表現型を示すため、低体重モデル動物として使用することができる。
【0056】
低体重モデル動物として使用する場合の食餌条件は限定されない。例えば、食餌条件は通常食、高脂肪食、低脂肪食等とすることができる。
【0057】
低体重は、野生型に比して体重が少なければ限定されるものではない。例えば通常食を与えた場合、野生型に比して1~20%程度、好ましくは5~15%程度、より好ましくは8~12%程度の低体重である。また、高脂肪食を与えた場合、野生型に比して10~40%程度、好ましくは15~35%程度、より好ましくは20~30%程度の低体重である。
【0058】
本発明の低体重モデル動物は、例えば低体重が生活、行動パターン、寿命などに与える影響の解析、健康を損なわずに体重を増加させる技術の開発などの研究開発に使用することができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。これらの実施例は、本発明を限定するものではない。
【0060】
なお、Skn-1欠損マウスは、Matsumoto et al., 2011. Nature Neuroscience, 14(6), 685-687に記載のものを用いた。
【0061】
実施例1 ノックアウトマウスの作製
ゲノム編集技術TALEN法を用いてGPRC5C遺伝子変異マウスを作出した。
【0062】
GPRC5C遺伝子変異マウスの作出は株式会社特殊免疫研究所に依頼した。得られたキメラ変異マウスを自家繁殖させ、解析にはキメラ変異マウスから数えて野生型マウス(C57BL/61J系統; 日本クレア株式会社より購入)との戻し交配が2回以上行われて誕生したヘテロ変異マウス同士の産子を用いた。
【0063】
TALEN法を用いた結果、開始コドンを含むエキソン2にフレームシフト変異を生じるファウンダーマウスを2匹得た。ファウンダーマウスを野生型マウスと交配して継代を続けた結果、TALEN法で得られたファウンダーマウスから2塩基欠損のホモ変異マウスが誕生し、GPRC5C遺伝子変異マウスを1系統獲得することに成功した。
【0064】
また、CRISPR/Cas9システムによってもGPRC5C遺伝子変異マウスを11塩基欠損及び2塩基挿入の2系統獲得することに成功した。
【0065】
得られた2塩基欠損ヘテロマウス同士を交配した結果、一定期間に誕生した12腹分の産仔の遺伝子型は野生型、ヘテロ変異、ホモ変異の匹数がそれぞれ25匹、37匹、22匹となり、メンデルの法則に近い割合で産仔が生まれることがわかった。以下の解析には、2塩基欠損マウスを用いた。
【0066】
ゲノム情報によると、2塩基欠損マウスは18番目のアミノ酸からフレームシフトが生じ、GPRC5Cタンパク質受容体を正しくコードするDNA配列を持たないことが示された(
図1)。
【0067】
GPRC5Cタンパク質の細胞内C末端領域を認識するペプチド抗体を作製して、小腸切片を用いた免疫染色を行った結果、野生型(WT)マウスではGPRC5Cタンパク質が小腸内腔と接する細胞の頂端部に局在することが明らかとなった(
図2上段)。一方、GPRC5C遺伝子変異(KO)マウスではシグナルが観察されないことが確認された。また、刷子細胞マーカーとして知られるTRPM5及びDCLK1のそれぞれに対する抗体(Bezencon, C. et al., 2008. Journal of Comparative Neurology, 509(5), 514-525.; Saqui-Salces, M et al.,2011. Histochemistry and Cell Biology, 136(2), 191-204.)を用いた免疫染色を行った結果、KOはWTと同様にシグナルが検出されたことから、刷子細胞を保持していることが明らかとなった(
図2中段、下段)。
【0068】
実施例2 体重変化と体重増加量の測定
GPRC5C+/-(ヘテロ)マウス同士の交配で生まれた同腹仔マウスについて、野生型(WT)マウス、ヘテロマウス、GPRC5C変異マウス(KO)を3週齢から16週齢までの間、体重測定を行った。
【0069】
マウスは2匹~5匹で群飼いにし、3週齢~16週齢において1週間に1回体重測定を行った。
【0070】
【0071】
オスは、3週齢時はWT、ヘテロ、KOがそれぞれ9.33±0.25 g 、9.10±0.20 g 、9.04±0.22 g となっており差は見られなかった。しかし、16週齢時にはそれぞれ29.33±0.34 g 、28.53±0.37 g 、 27.29±0.40 g となっており、WTとKO、ヘテロとKOの組み合わせにおいて有意な差が見られた。以下WTとKOの比較を行った。13週齢を除く10週齢~15週齢においても、KOはWTと比較して有意に低体重を示した。また、3~5週齢は二群間に差は見られないが、6~9週齢においては二群間に差がある傾向が見られた。
【0072】
なお、刷子細胞を消失したSkn-1欠損マウスの16週齢における体重は27.37±0.45 g となっていたため、成長後においてKOとSkn-1欠損マウスはほぼ同じ体重を示すことが分かった。
【0073】
一方メスは、3週齢時はWT、ヘテロ、KOがそれぞれ8.41±0.29 g 、8.40±0.20 g 、8.10±0.25 g となっており差は見られなかった。16週齢時にはそれぞれ22.14±0.34 g 、22.39±0.37 g 、 21.44±0.41 g となっており、WTとKO、ヘテロとKO、WTとヘテロのいずれの組み合わせにおいて有意な差は見られなかった。WTとヘテロは同様の体重を示すことから、オスと同様にメスでもWTとKOを比較した。5週齢~16週齢においてKOマウスが野生型マウスと比較して低体重となる傾向を示し、6、7、10、11週齢において有意差が見られた。
【0074】
なお、刷子細胞を消失したSkn-1欠損マウスの16週齢における体重は21.40±0.36 g となっており、メスにおいてもKOマウスとSkn-1欠損マウスは良く似た傾向を示すことが分かった。
【0075】
以上のように、KOマウスは6週齢以降においてSkn-1欠損マウスと同様の体重で推移した。また、雌雄関わらず野生型マウスと比較して低体重の傾向を示すことが分かった。
【0076】
実施例3 寄生虫感染実験
感染用の寄生虫にはNippostrongylus brasiliensis (Nb)を用いた。Nbは東京慈恵医科大学熱帯医学講座の石渡准教授に提供して頂いた。Nbは活性炭素(和光純薬株式会社)に付着させて培養している。Nbが付着した活性炭素を37℃のPBSに浮かせ、Nbを沈ませた。約20分後、上清を捨てて液量をボリュームダウンし、軽く撹拌した後顕微鏡観察で密度測定を行った。Nb投与量が250匹あるいは500匹となるように液量を計算し、イソフルラン吸引による麻酔下のマウス頸背部に皮下注射した。使用したマウスは10~20週齢であった。
【0077】
(線虫残存量測定)マウスを頸椎脱臼の後開腹し、十二指腸~大腸を摘出した。ハサミで管を開き、37℃のPBSに浮かせた。ヘモグロビンを吸収して赤く変色したNbは投与前よりも重くなっており、早く底へ沈む特性がある。15分間PBSに浸した後、Nbを含まない上清を捨てて、溶液量を3ml程度にボリュームダウンした(a mlとする)。Nbが沈んだPBS溶液を軽く撹拌してNbが均一に分布するようにした後、ピペットマンで素早く20μlを抽出し、スライドガラス上に滴下して顕微鏡で匹数を計測した。この計測を3回行い、計60μlに含まれるNbの合計匹数を計測した(b匹とする)。マウスの腸内に寄生していたNbの全匹数は b×1000a/60で算出できる。
【0078】
【0079】
Nb 250匹をマウスに投与し、9日後に開腹して腸内に残存するNbの匹数を計測した(
図3.10 A)。既報の通りSkn-1欠損マウスからは134±5匹と、多数のNbが検出されたのに対して、WTとKOからそれぞれ1.7±1.7 匹、0匹が検出された。すなわち、KOマウスは刷子細胞を起点とした免疫機構を保持しており、9日後まではWTマウスと同程度の免疫機能を有することが示された。つまり、Nb感染後の刷子細胞増殖機構にGPRC5Cタンパク質受容体は必須ではないことが示唆された。
【配列表】