(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】カーボンナノチューブ被覆電線、コイル及び被覆電線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/00 20060101AFI20231130BHJP
C01B 32/158 20170101ALI20231130BHJP
C01B 32/168 20170101ALI20231130BHJP
D07B 1/02 20060101ALI20231130BHJP
H01B 7/04 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
H01B7/00
C01B32/158
C01B32/168
D07B1/02
H01B7/04
(21)【出願番号】P 2018201693
(22)【出願日】2018-10-26
【審査請求日】2021-07-14
【審判番号】
【審判請求日】2022-12-05
(31)【優先権主張番号】P 2017207665
(32)【優先日】2017-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100143959
【氏名又は名称】住吉 秀一
(72)【発明者】
【氏名】山崎 悟志
(72)【発明者】
【氏名】山下 智
(72)【発明者】
【氏名】畑本 憲志
(72)【発明者】
【氏名】會澤 英樹
【合議体】
【審判長】河本 充雄
【審判官】中野 浩昌
【審判官】松永 稔
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-147170(JP,A)
【文献】白須圭一、外6名,多層カーボンナノチューブにおける軸方向線膨張係数の温度依存性に関する研究,日本機械学会論文集、J-STAGE Advance Publication date:17 November,2016,DOI:10.1299/transjsme.16-00228
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B7/00
H01B7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の複数が撚り合わされてなるカーボンナノチューブ線材と、該カーボンナノチューブ線材を被覆する絶縁被覆層と、を備え
、
前記カーボンナノチューブ線材の熱膨張率が0/K以下であり、かつ、前記絶縁被覆層の熱膨張率が5×10
-6/K以上
400×10
-6
/K以下であるカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項2】
前記絶縁被覆層の熱膨張率が25×10
-6/K以上である、請求項1記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項3】
前記カーボンナノチューブ線材の撚り数が20T/m以上1500T/m以下である、請求項1又は2記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項4】
前記絶縁被覆層の熱膨張率が、
200×10
-6/K以下である、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項5】
複数の前記カーボンナノチューブ集合体の配向性を示す小角X線散乱によるアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθが60°以下である、請求項1乃至4のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項6】
複数の前記カーボンナノチューブの密度を示すX線散乱による散乱強度の(10)ピークにおけるピークトップのq値が2.0nm
-1以上5.0nm
-1以下であり、且つ半値幅Δqが0.1nm
-1以上2.0nm
-1以下である、請求項1乃至5のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項7】
前記カーボンナノチューブ線材の径方向の断面積に対する前記絶縁被覆層の径方向の断面積の比率が、0.01以上1.5以下である、請求項1乃至6のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項8】
前記カーボンナノチューブ線材の径方向の断面積が、0.001mm
2以上20mm
2以下である、請求項1乃至7のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項9】
前記絶縁被覆層は、他のカーボンナノチューブを含有する、請求項1乃至8のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項10】
前記絶縁被覆層は、前記カーボンナノチューブ線材の外周に形成された第1絶縁被覆層と、前記第1絶縁被覆層の外周に形成された第2絶縁被覆層とを有し、
前記第2絶縁被覆層に含有された他のカーボンナノチューブの含有量が、前記第1絶縁被覆層に含有された他のカーボンナノチューブの含有量よりも小さい、請求項9記載のカーボンナノチューブ被覆電線。
【請求項11】
請求項1乃至10のいずれか1項に記載のカーボンナノチューブ被覆電線を巻回することにより形成されるコイル。
【請求項12】
導体と、該導体を被覆する絶縁被覆層とを備え
、
前記導体の熱膨張率が0/K以下であり、前記絶縁被覆層の熱膨張率が5×10
-6/K以上
400×10
-6
/K以下である被覆電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ線材を絶縁材料で被覆したカーボンナノチューブ被覆電線、及びカーボンナノチューブ被覆電線を用いたコイル、並びに被覆電線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブ(以下、「CNT」ということがある。)は、様々な特性を有する素材であり、多くの分野への応用が期待されている。
【0003】
例えば、CNTは、六角形格子の網目構造を有する筒状体の単層、または略同軸で配された多層で構成される3次元網目構造体であり、軽量であると共に、導電性、熱伝導性、機械的強度等の諸特性に優れる。しかし、CNTを線材化することは容易ではなく、CNTを線材として利用する技術は提案されていない。
【0004】
数少ないCNT線を利用した技術の例として、多層配線構造に形成されるビアホールの埋め込み材料である金属の代替として、CNTを使用することが検討されている。具体的には、多層配線構造の低抵抗化のために、多層CNTの成長基点から遠い側の端部へ同心状に伸延した多層CNTの複数の切り口を導電層にそれぞれ接触させた多層CNTを、2以上の導電層の層間配線として使用した配線構造が提案されている(特許文献1)。
【0005】
その他の例として、CNT材料の導電性をさらに向上させるために、隣接したCNT線材の電気的接合点に、金属等からなる導電性堆積物を形成したCNT材料が提案され、このようなCNT材料は広汎な用途に適用できることが開示されている(特許文献2)。また、CNT線材の有する優れた熱伝導性から、CNTのマトリクスから作られた熱伝導部材を有する加熱器が提案されている(特許文献3)。
【0006】
一方で、自動車や産業機器などの様々な分野における電力線や信号線として、一又は複数の線材からなる芯線と、該芯線を被覆する絶縁被覆とからなる電線が用いられている。芯線を構成する線材の材料としては、通常、電気特性の観点から銅又は銅合金が使用されるが、近年、軽量化の観点からアルミニウム又はアルミニウム合金が提案されている。例えば、アルミニウムの比重は銅の比重の約1/3、アルミニウムの導電率は銅の導電率の約2/3(純銅を100%IACSの基準とした場合、純アルミニウムは約66%IACS)であり、アルミニウム線材に、銅線材と同じ電流を流すためには、アルミニウム線材の断面積を、銅線材の断面積の約1.5倍と大きくする必要があるが、そのように断面積を大きくしたアルミニウム線材を用いたとしても、アルミニウム線材の質量は、銅線材の質量の半分程度であることから、アルミニウム線材を使用することは、軽量化の観点から有利である。
【0007】
また、自動車、産業機器等の高性能化・高機能化が進められており、これに伴い、各種電気機器、制御機器などの配設数が増加するとともに、これら機器に使用される電気配線体の配線数と芯線からの発熱も増加する傾向にある。そこで、絶縁被覆による絶縁性を損なうことなく、電線の放熱特性を向上させることが要求されている。また、その一方で、環境対応のために自動車等の移動体の燃費を向上させるため、線材の軽量化も要求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2006-120730号公報
【文献】特表2015-523944号公報
【文献】特開2015-181102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、銅やアルミニウム等からなる線材に匹敵する優れた導電性を有しつつ、高温時にも剥離の発生を抑制し、優れた耐屈曲性を実現することができるカーボンナノチューブ被覆電線及びコイル、並びに被覆電線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明のカーボンナノチューブ被覆電線は、複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブ集合体の複数が撚り合わされてなるカーボンナノチューブ線材と、該カーボンナノチューブ線材を被覆する絶縁被覆層と、を備え、前記カーボンナノチューブ線材の熱膨張率が0/K以下であり、かつ、前記絶縁被覆層の熱膨張率が5×10-6/K以上である。
【0011】
前記カーボンナノチューブ線材の熱膨張率が0/K以下であり、かつ、前記絶縁被覆層の熱膨張率が25×10-6/K以上であるのが好ましい。
【0012】
前記カーボンナノチューブ線材の撚り数が20T/m以上1500T/m以下であるのが好ましい。
【0013】
また、前記絶縁被覆層の熱膨張率が、400×10-6/K以下であるのが好ましい。
【0014】
複数の前記カーボンナノチューブ集合体の配向性を示す小角X線散乱によるアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθが60°以下であるのが好ましい。
【0015】
また、複数の前記カーボンナノチューブの密度を示すX線散乱による散乱強度の(10)ピークにおけるピークトップのq値が2.0nm-1以上5.0nm-1以下であり、且つ半値幅Δqが0.1nm-1以上2.0nm-1以下であるのが好ましい。
【0016】
前記カーボンナノチューブ線材の径方向の断面積に対する前記絶縁被覆層の径方向の断面積の比率が、0.01以上1.5以下であるのが好ましい。
【0017】
前記カーボンナノチューブ線材の径方向の断面積が、0.001mm2以上20mm2以下であるのが好ましい。
【0018】
また、前記絶縁被覆層は、他のカーボンナノチューブを含有していてもよい。
【0019】
前記絶縁被覆層は、前記カーボンナノチューブ線材の外周に形成された第1絶縁被覆層と、前記第1絶縁被覆層の外周に形成された第2絶縁被覆層とを有し、前記第2絶縁被覆層に含有された他のカーボンナノチューブの含有量が、前記第1絶縁被覆層に含有された他のカーボンナノチューブの含有量よりも小さいのが好ましい。
【0020】
また、本発明のコイルは、前記カーボンナノチューブ被覆電線を巻回することにより形成されるのが好ましい。
【0021】
さらに、本発明の被覆電線は、導体と、該導体を被覆する絶縁被覆層とを備え、前記導体の熱膨張率が0/K以下であり、前記絶縁被覆層の熱膨張率が5×10-6/K以上である。
【発明の効果】
【0022】
芯線としてカーボンナノチューブを使用したカーボンナノチューブ線材は、金属製の芯線とは異なり、熱伝導に異方性があり、径方向と比較して長手方向に優先的に熱が伝導する。すなわち、カーボンナノチューブ線材には、放熱特性に異方性があるため、金属製の芯線と比較して優れた放熱性を備えている。そのため、カーボンナノチューブを使用した芯線を被覆する絶縁被覆層の設計は、金属製の芯線を被覆する絶縁被覆層とは異なる設計とすることが必要になる。本発明によれば、カーボンナノチューブ線材の熱膨張率が0/K以下であり、かつ、前記絶縁被覆層の熱膨張率が5×10-6/K以上であるので、許容電流値を超える電流が流れる等の使用環境に因ってカーボンナノチューブ線材の温度が高温となった場合に前記カーボンナノチューブ線材が収縮した場合であっても、前記絶縁被覆層がカーボンナノチューブ線材の収縮に追従して膨張することで、撚り線からなるカーボンナノチューブ線材から絶縁被覆層が剥離するのを抑制することができ、優れた耐屈曲性を実現することができる。また、銅やアルミニウムなどの金属被覆電線と比較して軽量化を実現することができる。
【0023】
また、カーボンナノチューブ線材の撚り数が20T/m以上1500T/m以下であることにより、カーボンナノチューブ線材と絶縁被覆層との間の剥離を抑制することができる。
【0024】
また、絶縁被覆層の熱膨張率が、400×10-6/K以下であることにより、温度変化による体積の増減が小さい。そのため、カーボンナノチューブ被覆電線を溝に合わせて配線する際に、溝からずれにくい。また、カーボンナノチューブ被覆電線をコイルに用いる場合、コイルの緩みが生じにくい。
【0025】
また、カーボンナノチューブ線材におけるカーボンナノチューブ集合体の、小角X線散乱によるアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθが60°以下であることにより、カーボンナノチューブ線材においてカーボンナノチューブ集合体が高い配向性を有するので、カーボンナノチューブ線材で発生した熱が絶縁被覆層に伝導し難くなり、放熱特性が向上する。
【0026】
また、配列したカーボンナノチューブのX線散乱による散乱強度の(10)ピークにおけるピークトップのq値が2.0nm-1以上5.0nm-1以下であり、且つ半値幅Δqが0.1nm-1以上2.0nm-1以下であることにより、カーボンナノチューブが高密度で存在しうるので、カーボンナノチューブ線材で発生した熱が絶縁被覆層に更に伝導し難くなり、放熱特性が向上する。
【0027】
更に、カーボンナノチューブ線材の径方向の断面積に対する絶縁被覆層の径方向の断面積の比率が、0.01以上1.5以下であることにより、偏肉し易い薄肉の絶縁被覆層が形成される場合にも、絶縁性を損なわずに、更なる軽量化を実現することができる。
【0028】
更に、絶縁被覆層は、他のカーボンナノチューブを含有するので、絶縁被覆層に充填材としてのCNTを含有しない場合と比較して、絶縁被覆層の熱伝導性が高くなり、カーボンナノチューブ線材が高温になったときの絶縁被覆層の熱膨張の応答性を早くすることができ、剥離の発生を更に抑制することができる。
【0029】
更に、絶縁被覆層を構成する第2絶縁被覆層に含有された他のカーボンナノチューブの含有量が、第1絶縁被覆層に含有された他のカーボンナノチューブの含有量よりも小さいので、剥離の発生を抑制しつつ、更なる軽量化を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本発明の実施形態に係るカーボンナノチューブ被覆電線の説明図である。
【
図2】本発明の実施形態に係るカーボンナノチューブ被覆電線に用いるカーボンナノチューブ線材の説明図である。
【
図3】(a)図は、SAXSによる複数のカーボンナノチューブ集合体の散乱ベクトルqの二次元散乱像の一例を示す図であり、(b)図は、二次元散乱像において、透過X線の位置を原点とする任意の散乱ベクトルqの方位角-散乱強度の一例を示すグラフである。
【
図4】カーボンナノチューブ集合体を構成する複数のカーボンナノチューブのWAXSによるq値-強度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施形態に係るカーボンナノチューブ被覆電線を、図面を参照しながら説明する。
【0032】
[カーボンナノチューブ被覆電線の構成]
図1に示すように、本発明の実施形態に係るカーボンナノチューブ被覆電線(以下、「CNT被覆電線」ということがある。)1は、カーボンナノチューブ線材(以下、「CNT線材」ということがある。)10の外周面に絶縁被覆層21が被覆された構成となっている。すなわち、CNT線材10の長手方向に沿って絶縁被覆層21が被覆されている。CNT被覆電線1では、CNT線材10の外周面全体が、絶縁被覆層21によって被覆されている。また、CNT被覆電線1では、絶縁被覆層21はCNT線材10の外周面と直接接した態様となっている。
図1では、CNT線材10は、1本のCNT線材10からなる素線(単線)となっているが、CNT線材10は、複数本のCNT線材10を撚り合わせた撚り線の状態でもよい。CNT線材10を撚り線の形態とすることで、CNT線材10の円相当直径や断面積を適宜調節することができる。
【0033】
図2に示すように、CNT線材10は、1層以上の層構造を有する複数のCNT11a,11a,・・・で構成されるカーボンナノチューブ集合体(以下、「CNT集合体」ということがある。)11の単数から、または複数が束ねられて形成されている。ここで、CNT線材とはCNTの割合が90質量%以上のCNT線材を意味する。なお、CNT線材におけるCNT割合の算定においては、メッキとドーパントは除く。CNT集合体11は、線状となっており、CNT線材10における複数のCNT集合体11,11,・・・は、その長軸方向がほぼ揃って配されている。従って、CNT線材10における複数のCNT集合体11,11,・・・は、配向している。撚り線であるCNT線材10の円相当直径は、特に限定されないが、例えば、0.1mm以上15mm以下である。
【0034】
CNT線材10の熱膨張率は、0/K以下であり、好ましくは-10×10-6/K~0/Kである。また、CNT線材10が甘撚りである場合、CNT線材10の熱膨張率は、例えば、-10×10-6/K~0/Kであり、CNT線材10が強撚りである場合、CNT線材10の熱膨張率は、例えば-5×10-6/K~0/Kである。
【0035】
CNT集合体11は、1層以上の層構造を有するCNT11aの束である。CNT11aの長手方向が、CNT集合体11の長手方向を形成している。CNT集合体11における複数のCNT11a,11a、・・・は、その長軸方向がほぼ揃って配されている。従って、CNT集合体11における複数のCNT11a,11a、・・・は、配向している。CNT集合体11の円相当直径は、例えば、20nm以上1000nm以下であり、より典型的には、20nm以上80nm以下である。CNT11aの最外層の幅寸法は、例えば、1.0nm以上5.0nm以下である。
【0036】
CNT集合体11を構成するCNT11aは、単層構造又は多層構造を有する筒状体であり、それぞれ、SWNT(single-walled nanotube)、MWNT(multi-walled nanotube)と呼ばれる。
図2では、便宜上、2層構造を有するCNT11aのみを記載しているが、CNT集合体11には、3層構造以上の層構造を有するCNTや単層構造の層構造を有するCNTも含まれていてもよく、3層構造以上の層構造を有するCNTまたは単層構造の層構造を有するCNTから形成されていてもよい。
【0037】
2層構造を有するCNT11aでは、六角形格子の網目構造を有する2つの筒状体T1、T2が略同軸で配された3次元網目構造体となっており、DWNT(Double-walled nanotube)と呼ばれる。構成単位である六角形格子は、その頂点に炭素原子が配された六員環であり、他の六員環と隣接してこれらが連続的に結合している。
【0038】
CNT11aの性質は、上記筒状体のカイラリティ(chirality)に依存する。カイラリティは、アームチェア型、ジグザグ型、及びカイラル型に大別され、アームチェア型は金属性、ジグザグ型は半導体性および半金属性、カイラル型は半導体性および半金属性の挙動を示す。従って、CNT11aの導電性は、筒状体がいずれのカイラリティを有するかによって大きく異なる。CNT被覆電線1のCNT線材10を構成するCNT集合体11では、導電性をさらに向上させる点から、金属性の挙動を示すアームチェア型のCNT11aの割合を増大させることが好ましい。
【0039】
一方で、半導体性の挙動を示すカイラル型のCNT11aに電子供与性もしくは電子受容性を持つ物質(異種元素)をドープすることにより、カイラル型のCNT11aが金属的挙動を示すことが分かっている。また、一般的な金属では、異種元素をドープすることによって金属内部での伝導電子の散乱が起こって導電性が低下するが、これと同様に、金属性の挙動を示すCNT11aに異種元素をドープした場合には、導電性の低下を引き起こす。
【0040】
このように、金属性の挙動を示すCNT11a及び半導体性の挙動を示すCNT11aへのドーピング効果は、導電性の観点からはトレードオフの関係にあることから、理論的には金属性の挙動を示すCNT11aと半導体性の挙動を示すCNT11aとを別個に作製し、半導体性の挙動を示すCNT11aにのみドーピング処理を施した後、これらを組み合わせることが望ましい。しかし、現状の製法技術では、金属性の挙動を示すCNT11aと半導体性の挙動を示すCNT11aとを選択的に作り分けることは困難であり、金属性の挙動を示すCNT11aと半導体性の挙動を示すCNT11aが混在した状態で作製される。このため、金属性の挙動を示すCNT11aと半導体性の挙動を示すCNT11aの混合物からなるCNT線材10の導電性をさらに向上させるために、異種元素・分子によるドーピング処理が効果的となるCNT11aの層構造を選択することが好ましい。
【0041】
例えば、2層構造又は3層構造のような層数が少ないCNTは、それより層数の多いCNTよりも比較的導電性が高く、ドーピング処理を施した際には、2層構造又は3層構造を有するCNTでのドーピング効果が最も高い。従って、CNT線材10の導電性をさらに向上させる点から、2層構造又は3層構造を有するCNTの割合を増大させることが好ましい。具体的には、CNT全体に対する2層構造又は3層構造をもつCNTの割合が50個数%以上が好ましく、75個数%以上がより好ましい。2層構造又は3層構造をもつCNTの割合は、CNT集合体11の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察及び解析し、50個~200個の範囲内の所定数の任意のCNTを選択し、それぞれのCNTの層数を測定することで算出することができる。
【0042】
次に、CNT線材10におけるCNT11a及びCNT集合体11の配向性について説明する。
【0043】
図3(a)は、小角X線散乱(SAXS)による複数のCNT集合体11,11,・・・の散乱ベクトルqの二次元散乱像の一例を示す図であり、
図3(b)は、二次元散乱像において、透過X線の位置を原点とする任意の散乱ベクトルqの方位角-散乱強度の関係を示すアジマスプロットの一例を示すグラフである。
【0044】
SAXSは、数nm~数十nmの大きさの構造等を評価するのに適している。例えば、SAXSを用いて、以下の方法でX線散乱画像の情報を分析することで、外径が数nmであるCNT11aの配向性及び外径が数十nmであるCNT集合体11の配向性を評価することができる。例えば、CNT線材10についてX線散乱像を分析すると、
図3(a)に示すように、CNT集合体11の散乱ベクトルq(q=2π/d、dは格子面間隔)のx成分であるqxよりも、y成分であるqyの方が狭く分布している。また、
図3(a)と同じCNT線材10について、SAXSのアジマスプロットを分析した結果、
図3(b)に示すアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθは、48°である。これらの分析結果から、CNT線材10において、複数のCNT11a,11a・・・及び複数のCNT集合体11,11,・・・が良好な配向性を有しているといえる。このように、複数のCNT11a,11a・・・及び複数のCNT集合体11,11,・・・が良好な配向性を有しているので、CNT線材10の熱は、CNT11aやCNT集合体11の長手方向に沿って円滑に伝達して行きながら放熱されやすくなる。従って、CNT線材10は、上記CNT11a及びCNT集合体11の配向性を調節することで、放熱ルートを長手方向、径の断面方向にわたり調節できるので、金属製の芯線と比較して優れた放熱特性を発揮する。なお、配向性とは、CNTを撚り集めて作製した撚り線の長手方向へのベクトルVに対する内部のCNT及びCNT集合体のベクトルの角度差のことを指す。
【0045】
複数のCNT集合体11,11,・・・の配向性を示す小角X線散乱(SAXS)のアジマスプロットにおけるアジマス角の半値幅Δθにより示される一定以上の配向性を得ることで、CNT線材10の放熱特性をより向上させる点から、アジマス角の半値幅Δθは60°以下が好ましく、50°以下が特に好ましい。
【0046】
次に、CNT集合体11を構成する複数のCNT11aの配列構造及び密度について説明する。
【0047】
図4は、CNT集合体11を構成する複数のCNT11a,11a,・・・のWAXS(広角X線散乱)によるq値-強度の関係を示すグラフである。
【0048】
WAXSは、数nm以下の大きさの物質の構造等を評価するのに適している。例えば、WAXSを用いて、以下の方法でX線散乱画像の情報を分析することで、外径が数nm以下であるCNT11aの密度を評価することができる。任意の1つのCNT集合体11について散乱ベクトルqと強度の関係を分析した結果、
図4に示すように、q=3.0nm
-1~4.0nm
-1付近に見られる(10)ピークのピークトップのq値から見積もられる格子定数の値が測定される。この格子定数の測定値とラマン分光法やTEMなどで観測されるCNT集合体の直径とに基づいて、CNT11a,11a,・・・が平面視で六方最密充填構造を形成していることを確認することができる。従って、CNT線材10内で複数のCNT集合体の直径分布が狭く、複数のCNT11a,11a,・・・が、規則正しく配列、すなわち、高密度を有することで、六方最密充填構造を形成して高密度で存在しているといえる。
【0049】
このように、複数のCNT集合体11,11・・・が良好な配向性を有していると共に、更に、CNT集合体11を構成する複数のCNT11a,11a,・・・が規則正しく配列して高密度で配置されているので、CNT線材10の熱は、CNT集合体11の長手方向に沿って円滑に伝達して行きながら放熱されやすくなる。従って、CNT線材10は、上記CNT集合体11とCNT11aの配列構造や密度を調節することで、放熱ルートを長手方向、径の断面方向にわたり調節できるので、金属製の芯線と比較して優れた放熱特性を発揮する。
【0050】
高密度を得ることで放熱特性をより向上させる点から、複数のCNT11a,11a,・・・の密度を示すX線散乱による強度の(10)ピークにおけるピークトップのq値が2.0nm-1以上5.0nm-1以下であり、且つ半値幅Δq(FWHM)が0.1nm-1以上2.0nm-1以下であることが好ましい。
【0051】
CNT集合体11及びCNT11aの配向性、並びにCNT11aの配列構造及び密度は、後述する、乾式紡糸、湿式紡糸、液晶紡糸等の紡糸方法と該紡糸方法の紡糸条件とを適宜選択することで調節することができる。
【0052】
次に、CNT線材10の外周面を被覆する絶縁被覆層21について説明する。
【0053】
絶縁被覆層21の材料としては、芯線として金属を用いた被覆電線の絶縁被覆層に用いる材料を使用することができ、例えば、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂を挙げることができる。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)(熱膨張率:80~120×10-6/K)、ポリエチレン(熱膨張率:100~200×10-6/K)、ポリプロピレン(熱膨張率:60~110×10-6/K)、ポリスチレン(熱膨張率:60~80×10-6/K)、ポリカーボネート(熱膨張率:50~60×10-6/K)、ポリアミド(熱膨張率:60~100×10-6/K)、ポリ塩化ビニル(熱膨張率:50~170×10-6/K)、ポリウレタン(熱膨張率:100~200×10-6/K)、ポリメチルメタクリレート(熱膨張率:40~70×10-6/K)、アクリロニトリルブタジエンスチレン樹脂(熱膨張率:60~130×10-6/K)、アクリル樹脂(:50~60×10-6/K)等を挙げることができる。熱硬化性樹脂としては、例えばポリイミド(5~17×10-6/K)、フェノール樹脂(10~60×10-6/K)等を挙げることができる。これらは、単独で使用してもよく、2種以上を適宜混合して使用してもよい。
【0054】
絶縁被覆層21は、充填材として、CNT線材10のCNTとは異なる他のCNTを含有するのが好ましい。他のCNTとは、CNT線材10を構成するCNTとは異なるCNTであることを指し、他のCNTの性状は、CNT線材を構成するCNTと同じであってもよいし、異なっていてもよい。絶縁被覆層21に含有されるCNTの含有量は、例えば0.01~1質量%である。絶縁被覆層21がCNTを含有することにより、絶縁被覆層21に充填材としてのCNTを含有しない場合と比較して、絶縁被覆層21の熱伝導性が高くなり、CNT線材が高温になったときの絶縁被覆層の熱膨張の応答性を早くすることができ、剥離の発生を更に抑制することができる。
【0055】
絶縁被覆層21は、
図1に示すように、一層としてもよく、これに代えて、二層以上としてもよい。例えば、絶縁被覆層が、CNT線材10の外周に形成された第1絶縁被覆層と、該第1絶縁被覆層の外周に形成された第2絶縁被覆層とを有していてもよい。この場合、第2絶縁被覆層に含有された他のカーボンナノチューブの含有量が、前記第1絶縁被覆層に含有された他のカーボンナノチューブの含有量よりも小さくなるように構成されてもよい。また、必要に応じて、絶縁被覆層21上に、さらに、熱硬化性樹脂の一又は二以上の層が設けられていてもよい。また、上記熱硬化性樹脂が、繊維形状或いは粒子形状を有する充填材を含有していてもよい。
【0056】
CNT被覆電線1では、CNT線材10の径方向の断面積に対する絶縁被覆層21の径方向の断面積の比率は、0.01以上1.5以下の範囲であることが好ましい。前記断面積の比率が0.01以上1.5以下の範囲であることにより、絶縁被覆層21の厚さを薄肉化できることから、絶縁信頼性を十分に確保すると共に、CNT線材10の熱に対して優れた放熱特性を得ることができる。また、CNT被覆電線1は、CNT線材10が銅やアルミニウム等からなる芯線と比較して軽量であるため、肉厚な絶縁被覆層が形成されていても、銅やアルミニウム等の金属被覆電線と比較して軽量化を実現することができる。
【0057】
また、CNT線材10単独では、長手方向における形状維持が難しい場合があるところ、前記断面積の比率にて絶縁被覆層21がCNT線材10の外周面に被覆されていることにより、CNT被覆電線1は、長手方向における形状を維持することができる。従って、CNT被覆電線1の配索時のハンドリング性を高めることができる。
【0058】
さらに、CNT線材10は、外周面に微細な凹凸が形成されていることから、アルミニウムや銅の芯線を用いた被覆電線と比較して、CNT線材10と絶縁被覆層21との間の接着性が向上し、CNT線材10と絶縁被覆層21との間の剥離を抑制することができる。
【0059】
前記断面積の比率は特に限定されないが、絶縁信頼性をさらに向上させる点から、その下限値は0.1が好ましく、0.2が特に好ましい。一方で、前記断面積の比率の上限値は、CNT被覆電線1のさらなる軽量化とCNT線材10の熱に対する放熱特性をさらに向上させる点から1.0が好ましく、0.5がさらに好ましい。
【0060】
前記断面積の比率が0.01以上1.5以下の範囲である場合、CNT線材10の径方向の断面積は、例えば、0.001mm2以上20mm2以下が好ましく、0.001mm2以上10mm2以下がさらに好ましく、0.01mm2以上5mm2以下が特に好ましい。また、絶縁被覆層21の径方向の断面積は、例えば、0.001mm2以上30mm2以下が好ましく、0.01mm2以上5mm2以下が特に好ましい。
断面積は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)観察の画像から測定することができる。具体的には、CNT被覆電線1の径方向断面のSEM像(100倍~10,000倍)を得た後に、CNT線材10の外周で囲われた部分の面積からCNT線材10内部に入り込んだ絶縁被覆層21の材料の面積を差し引いた面積、CNT線材10の外周を被覆する絶縁被覆層21の部分の面積とCNT線材10内部に入り込んだ絶縁被覆層21の材料の面積との合計を、それぞれ、CNT線材10の径方向の断面積、絶縁被覆層21の径方向の断面積とする。絶縁被覆層21の径方向の断面積には、CNT線材10間に入り込んだ樹脂も含む。
【0061】
CNT線材10の熱膨張率(熱膨張係数ともいう。)は、従来の芯線として使用されるアルミニウムや銅の熱膨張率よりも小さい。例えば、アルミニウムの室温(293K)における熱膨張率が23.1×10-6/K、227℃(500K)における熱膨張率が26.4×10-6/Kであり、銅の室温における熱膨張率が16.5×10-6/K、227℃における熱膨張率が18.3×10-6/Kである。これに対し、CNT線材10の室温における熱膨張率は、例えば-1.0×10-6/K、227℃における熱膨張率が-0.9/Kである。また、CNT線材10の熱膨張率はCNT線材10の撚り数(T/m:1m当たりの回転数)に依存し、特に、CNT線材10の長手方向の線膨張係数の絶対値は、撚り数が大きい程小さくなる。したがって、CNT被覆電線1では、芯線としてアルミニウムや銅を用いた被覆電線と比較して、絶縁被覆層21の熱膨張率がCNT線材10の熱膨張率よりも過大とならないように、また、CNT線材10の撚り数を考慮して、絶縁被覆層21の材料として適正範囲内の値である熱膨張率を有する材料を使用してもよい。
【0062】
CNT線材10を撚り線とする場合の撚り数は、特に限定されないが、20T/m以上2000T/m以下であることが好ましく、CNT線材10と絶縁被覆層21との間の剥離を抑制する観点から、20T/m以上1500T/m以下であることがより好ましい。撚り数の上限値は、被覆工程の際に撚り戻しによる線ぶれを防止する点で1000T/mがより好ましく、800T/mがさらに好ましい。また、撚り数の下限値は十分な線の強度を得る点で50T/mがより好ましく、100T/mがさらに好ましい。撚り数が20T/m未満であると、耐屈曲性及びハンドリング性が低下しやすい。一方、撚り数が1500T/mを超えると、CNT線材10が硬くなり、高温時にCNT線材10と絶縁被覆層21との界面に生じる応力が大きくなり、剥離が生じることがある。撚り数が20T/m以上1500T/m以下であると、CNT線材10と絶縁被覆層21との間の剥離を抑制することができる。
【0063】
CNT被覆電線1では、CNT線材10の熱膨張率が0/K以下であり、かつ絶縁被覆層21の熱膨張率が、5×10-6/K以上である。CNT線材10の熱膨張率が0/K以下であり、かつ絶縁被覆層21の熱膨張率が5×10-6/K以上であることにより、CNT線材10に過電流が流れてCNT線材10が高温となる場合やCNT被覆電線1が高温環境下に曝された場合でも、CNT線材10と絶縁被覆層21との界面における剥離を抑制することができる。また、上記熱膨張率は、耐屈曲性を向上させる点からCNT線材10の熱膨張率が0/K以下であり、かつ、絶縁被覆層21の熱膨張率が25×10-6/K以上が好ましい。
【0064】
CNT線材10の熱膨張率は0/K以下であり、好ましくは-10×10-6/K以上0/K以下である。
【0065】
絶縁被覆層21の熱膨張率の上限値は、特に限定されないが、高温時においてCNT被覆電線1を繰り返し屈曲させても、CNT線材10に絶縁被覆層21が追従することでCNT線材10から絶縁被覆層21が剥離するのを抑制できる点から400×10-6/Kが好ましく、長期にわたりCNT被覆電線1を屈曲させても、CNT線材10から絶縁被覆層21が剥離するのを防止する点から200×10-6/Kがより好ましい。絶縁被覆層21の熱膨張率が400×10-6/Kを超えると、温度変化による体積の増減が大きくなりやすい。そのため、CNT被覆電線1を溝に合わせて配線する際に、溝からずれる場合がある。また、CNT被覆電線1をコイルに用いる場合、コイルの緩みが生じることがある。一方、絶縁被覆層21の熱膨張率の下限値は、CNT線材10の収縮分以上に絶縁被覆層21が膨張することが剥離抑制の観点で必要であるから5×10-6/Kが好ましく、耐屈曲性を向上させる観点から25×10-6/Kがより好ましい。よって、絶縁被覆層21の熱膨張率は、好ましくは5×10-6/K以上400×10-6/K以下、より好ましくは25×10-6/K以上200×10-6/K以下である。
【0066】
CNT線材10の熱膨張率及び絶縁被覆層21の熱膨張率は、例えば、適当な長さのCNT被覆電線をカッターを用いてCNT線材と絶縁被覆層に分け、それぞれについて、熱機械分析装置(TMA)を用い、例えば-100℃から500℃に5℃/分の速度で昇温及び降温しながら膨張率を計測することで測定することができる。
【0067】
絶縁被覆層21の長手方向に対し直交する方向(すなわち、径方向)の肉厚は、CNT被覆電線1の絶縁性及び耐摩耗性を向上させる点から均一化されていることが好ましい。具体的には、絶縁被覆層21の偏肉率は、絶縁性及び耐摩耗性を向上させる点から50%以上であり、また、これらに加えてハンドリング性を向上させる点から70%以上が好ましい。なお、本明細書中、「偏肉率」とは、CNT被覆電線1の長手方向中心側の任意の1.0mにおいて10cmごとに、径方向断面について、それぞれ、α=(絶縁被覆層21の肉厚の最小値/絶縁被覆層21の肉厚の最大値)×100の値を算出し、各断面にて算出したα値を平均した値を意味する。また、絶縁被覆層21の肉厚は、例えば、CNT線材10を円近似してSEM画像から測定することができる。ここで、長手方向中心側とは、線の長手方向からみて中心に位置する領域をさす。
【0068】
絶縁被覆層21の偏肉率は、例えば、押出被覆にてCNT線材10の外周面に絶縁被覆層21を形成する場合、押出工程時にダイスへ通す際にCNT線材10の長手方向に付与する張力を調整することで向上させることができる。
【0069】
[カーボンナノチューブ被覆電線の製造方法]
次に、本発明の実施形態に係るCNT被覆電線1の製造方法例について説明する。CNT被覆電線1は、まず、CNT11aを製造し、得られた複数のCNT11aからCNT線材10を形成し、CNT線材10の外周面に絶縁被覆層21を被覆することで、製造することができる。
【0070】
CNT11aは、浮遊触媒法(特許第5819888号公報)や、基板法(特許第5590603号公報)などの手法で作製することができる。CNT線材10の素線は、例えば、乾式紡糸(特許第5819888号公報、特許第5990202号公報、特許第5350635号公報)、湿式紡糸(特許第5135620号公報、特許第5131571号公報、特許第5288359号公報)、液晶紡糸(特表2014-530964号公報)等で作製することができる。
【0071】
このとき、CNT線材10を構成するCNT集合体11の配向性やCNT集合体11を構成するCNT11aの配向性、及び、CNT集合体11やCNT11aの密度は、例えば乾式紡糸、湿式紡糸、液晶紡糸等の紡糸方法と該紡糸方法の紡糸条件とを適宜選択することで調節することができる。
【0072】
上記のようにして得られたCNT線材10の外周面に絶縁被覆層21を被覆する方法は、アルミニウムや銅の芯線に絶縁被覆層を被覆する方法を使用でき、例えば、絶縁被覆層21の原料である熱可塑性樹脂を溶融させ、溶融した熱可塑性樹脂をCNT線材10の周りに押し出して被覆する方法や、或いはCNT線材10の周りに溶融した熱可塑性樹脂を塗布する方法を挙げることができる。
【0073】
本発明の実施形態に係るCNT被覆電線1は、ワイヤハーネス等の一般電線として使用することができ、また、CNT被覆電線1を使用した一般電線からケーブルを作製してもよい。また、CNT被覆電線1を巻回することにより、コイルを作製してもよい。この場合、占積率は60%以上であることが好ましい。
【0074】
また、本発明の他の態様として、被覆電線は、導体と、導体を被覆する絶縁被覆層とを備え、導体の熱膨張率が0/K以下であり、絶縁被覆層の熱膨張率が5×10-6/K以上である。すなわち、導体は、熱膨張率が0/K以下であればよく、カーボンナノチューブに限定されない。熱膨張率が0/K以下である材料としては、例えば、アラミド繊維(熱膨張率:-6×10-6/K)、炭素繊維(-1×10-6/K)が挙げられる。また、絶縁被覆層の材料としては、上述したものを使用することができる。導体の熱膨張率が0/K以下であり、かつ、絶縁被覆層の熱膨張率が5×10-6/K以上であるので、導体の温度が高温となって導体が収縮した場合であっても、絶縁被覆層が導体の収縮に追従して膨張することで、導体から絶縁被覆層が剥離するのを抑制することができ、優れた耐屈曲性を実現することができる。
【実施例】
【0075】
次に、本発明の実施例を説明するが、本発明の趣旨を超えない限り、下記実施例に限定されるものではない。
【0076】
(実施例1~21、比較例1~2について)
CNT線材の製造方法について
先ず、浮遊触媒法で作製したCNTを直接紡糸する乾式紡糸方法(特許第5819888号公報)または湿式紡糸する方法(特許第5135620号公報、特許第5131571号公報、特許第5288359号公報)で表1に示すような断面積を有するCNT線材の素線(単線)を得た。また、所定の円相当直径を有するCNT線材の本数を調節して適宜撚り合わせて、表1に示すような断面積を有する撚り線を得た。
【0077】
CNT線材の外周面に絶縁被覆層を被覆する方法について
下記のいずれかの樹脂を用いて、押し出しまたは焼き付けして絶縁被覆層を形成し、以下に示す表1の実施例と比較例で使用するCNT被覆電線を作製した。
【0078】
ポリウレタン:東特塗料社製TPU3000EA
ポリイミド:ユニチカ社製Uイミド
ポリプロピレン:日本ポリプロ社製ノバテックPP
【0079】
(a)CNT線材の断面積の測定
CNT線材の径方向の断面をイオンミリング装置(日立ハイテクノロジーズ社製IM4000)により切り出した後、走査電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製SU8020、倍率:100~10,000倍)で得られたSEM像から、CNT線材の径方向の断面積を測定した。CNT被覆電線の長手方向中心側の任意の1.0mにおいて10cmごとに同様の測定を繰り返し、その平均値をCNT線材の径方向の断面積とした。なお、CNT線材の断面積として、CNT線材内部に入り込んだ樹脂は測定に含めなかった。
【0080】
(b)絶縁被覆層の断面積の測定
CNT線材の径方向の断面をイオンミリング装置(日立ハイテクノロジーズ社製IM4000)により切り出した後、走査電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製SU8020、倍率:100~10,000倍)で得られたSEM像から、絶縁被覆層の径方向の断面積を測定した。CNT被覆電線1の長手方向の任意の1.0mにおいて10cmごとに同様の測定を繰り返し、その平均値を絶縁被覆層の径方向の断面積とした。従って、絶縁被覆層の断面積として、CNT線材内部に入り込んだ樹脂も測定に含めた。
【0081】
(c)SAXSによるアジマス角の半値幅Δθの測定
小角X線散乱装置(Aichi Synchrotoron)を用いて小角X線散乱測定を行い、得られたアジマスプロットからアジマス角の半値幅Δθを求めた。
【0082】
(d)WAXSによるピークトップのq値及び半値幅Δqの測定
広角X線散乱装置(Aichi Synchrotoron)を用いて広角X線散乱測定を行い、得られたq値-強度グラフから、強度の(10)ピークにおけるピークトップのq値及び半値幅Δqを求めた。
【0083】
(e)CNT線材の撚り数
CNT線材は、複数の素線を束ねて、一端を固定した状態で、もう一端を所定の回数ひねることで、撚り線とした。撚り数は、ひねった回数(T)を線の長さ(m)で割った値(単位:T/m)で表される。
【0084】
(f)熱膨張率の測定
1.0mのCNT被覆電線の長手方向において10cmごとに、20mmのCNT被覆電線サンプルを切り出し、カッターナイフを用いてCNT線材と絶縁被覆層に分けた。それぞれについて、熱機械分析装置(TMA/SS6100、日立ハイテクサイエンス社製)を用いて、窒素ガス中、測定荷重9.8mNで膨張率を測定し、平均の値を求めた。なお温度範囲は-100℃~500℃とし、昇温速度、降温速度は5℃/分とした。
【0085】
CNT被覆電線の上記各測定の結果について、下記表1に示す。なお、熱膨張率の値は室温(25℃)における値である。
【0086】
上記のようにして作製したCNT被覆電線について、以下の評価を行った。
【0087】
(1)耐屈曲性
IEC60227-2に準拠した方法で、100cmのCNT被覆電線に荷重500gfを加えた状態で90度の屈曲を1000回行った。その後、軸方向10cmごとに断面観察を行い、CNT線材と絶縁被覆層との間に剥離があるかどうかを確認した。剥離がないものを良好「〇」、一部剥離したが製品品質として許容できるレベルのものを概ね良好「△」、完全に剥離、CNT線材が断線したものを不良「×」とした。
【0088】
(2)繰り返し電流負荷後の剥離の有無
100cmのCNT被覆電線に、電流密度が2000A/cm2となるように5分間電流を印加した。続いて電流を印加しない状態で0℃で5分間静置した。同様に電流密度が2000A/cm2となるように5分間電流を印加し、0℃で5分間静置するサイクルを合計100サイクル実施した。なお、実施例9のCNT被覆電線については、50サイクル実施し、下記の評価を行った。
続いて、軸方向10cmごとに断面観察を行い、CNT線材と絶縁被覆層との間に剥離があるかどうかを確認した。剥離がないものを良好「〇」、一部剥離したが製品品質として許容できるレベルのものを概ね良好「△」、CNT線材が断線したものを不良「×」とした。
【0089】
(3)ハンドリング性
CNT被覆電線を、直径10mmのコアに対して一定速度で手で巻くことにより、幅10mmで5層のコイルを得た。得られたコイルの断面観察から、占積率(占積率(%)=(CNT被覆電線の断面積の和)/(コイル断面積)×100)を求めた。各CNT被覆電線についてコイルを5回作製し、占積率は5回の平均値とした。占積率が70%以上はハンドリング性が非常によいとして「◎」、占積率が50%以上70%未満はハンドリング性がよいとして「○」、占積率が50%未満はハンドリング性がよくないとして「×」とした。
【0090】
上記評価の結果を、下記表1に示す。
【0091】
【0092】
上記表1に示すように、実施例1~21では、CNT線材の熱膨張率が0/K以下であり、かつ、絶縁被覆層の熱膨張率が5×10-6/K以上であり、耐屈曲性、繰り返し電流負荷後の剥離の有無及びハンドリング性のいずれも、概ね良好以上であった。
【0093】
さらに、実施例1~21では、アジマス角の半値幅Δθは、いずれも60°以下であった。従って、実施例1~21のCNT線材では、CNT集合体は優れた配向性を有していた。さらに、実施例1~21では、強度の(10)ピークにおけるピークトップのq値は、いずれも2.0nm-1以上5.0nm-1以下であり、半値幅Δqは、いずれも0.1nm-1以上2.0nm-1以下であった。従って、実施例1~21のCNT線材では、CNTが高密度で存在していた。
【0094】
一方、比較例1では、導体がアルミニウム線であり、導体の熱膨張率が0/K超えであり、耐屈曲性が劣った。また、比較例2では、導体が銅線であり、導体の熱膨張率が0/K超えであり、耐屈曲性が劣った。
【符号の説明】
【0095】
1 カーボンナノチューブ被覆電線
10 カーボンナノチューブ線材
11 カーボンナノチューブ集合体
11a カーボンナノチューブ
21 絶縁被覆層