(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】耐摩耗性及び耐熱性に優れる導電材料
(51)【国際特許分類】
C22C 5/06 20060101AFI20231130BHJP
C22C 5/04 20060101ALI20231130BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20231130BHJP
C22F 1/14 20060101ALI20231130BHJP
H01B 1/02 20060101ALI20231130BHJP
H02K 13/00 20060101ALI20231130BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20231130BHJP
【FI】
C22C5/06 C
C22C5/04
C22C30/00
C22F1/14
H01B1/02 C
H02K13/00 Q
C22F1/00 623
C22F1/00 627
C22F1/00 630A
C22F1/00 630C
C22F1/00 630D
C22F1/00 630Z
C22F1/00 650A
C22F1/00 661A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
(21)【出願番号】P 2020557698
(86)(22)【出願日】2019-11-25
(86)【国際出願番号】 JP2019045935
(87)【国際公開番号】W WO2020110986
(87)【国際公開日】2020-06-04
【審査請求日】2022-06-16
(31)【優先権主張番号】P 2018224339
(32)【優先日】2018-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】▲鶴▼田 輝政
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-138877(JP,A)
【文献】特開昭60-017034(JP,A)
【文献】特開2002-042594(JP,A)
【文献】特開2004-183077(JP,A)
【文献】国際公開第2017/204129(WO,A1)
【文献】特開平06-049562(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 5/00-30/06
C22F 1/00- 3/02
H01B 1/00- 1/24
H02K 13/00-13/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
10質量%以上70質量%以下のAgと、30質量%以上90質量%以下のPdと、
11質量%以上45質量%以下のNiと、不可避不純物とからなる導電材料であって、
Ni含有量(質量%)とAg含有量(質量%)の比率(Ni(質量%)/Ag(質量%))が
0.24以上45質量%以下であり、
金属組織において、AgPd合金相とPdNi合金相とからなり、前記PdNi合金相の体積率が18体積%以上80体積%以下である導電材料。
【請求項2】
AgPd合金相は、30質量%以上80質量%以下のAgと0質量%以上1質量%以下のNiと残部Pd及び不可避不純物とからなり、
PdNi合金相は、40質量%以上90質量%以下のPdと0質量%以上5質量%以下のAgと残部Ni及び不可避不純物とからなる請求項1記載の導電材料。
【請求項3】
PdNi合金相の体積率が18体積%以上50%未満であり、
PdNi合金相の厚さが0.01μm以上20μm以下の範囲にある請求項1又は請求項2記載の導電材料。
【請求項4】
PdNi合金相の体積率が50体積%以上80体積%以下であり、
AgPd合金相の厚さが0.01μm以上20μm以下の範囲にある請求項1又は請求項2記載の導電材料。
【請求項5】
Cu又はCu合金からなるベース材に、請求項1~請求項4のいずれかに記載の導電材料をクラッドしてなるクラッド複合材。
【請求項6】
請求項1~請求項5記載の導電材料の製造方法であって、
10質量%以上70質量%以下のAgと、30質量%以上90質量%以下のPdと、
11質量%以上45質量%以下のNiと、不可避不純物から
なり、Ni含有量(質量%)とAg含有量(質量%)の比率(Ni(質量%)/Ag(質量%))が0.24以上5.0以下である合金素材を製造した後、塑性加工する工程を含み。
前記塑性加工する工程の総加工率80%以上とする導電材料の製造方法。
【請求項7】
回転軸と、
前記回転軸の周囲に設けられたコミテータと、
前記コミテータに接触して電流を供給するブラシと、を備えるDCモータにおいて、
前記ブラシは、少なくとも前記コミテータとの接触面が第1の接点材料からなり、
前記第1の接点材料は、10質量%以上70質量%以下のAgと、30質量%以上90質量%以下のPdと、
11質量%以上45質量%以下のNiと、不可避不純物からなる導電材料よりなり、
前記導電材料のNi含有量(質量%)とAg含有量(質量%)の比率(Ni(質量%)/Ag(質量%))が
0.24以上5.0以下であり、
前記導電材料の金属組織において、AgPd合金相とPdNi合金相とからなり、前記PdNi合金相の体積率が18体積%以上80体積%以下であることを特徴とするDCモータ。
【請求項8】
AgPd合金相は、30質量%以上80質量%以下のAgと残部Pd及び0質量%以上1質量%以下のNi及び不可避不純物からなり、
PdNi合金相は、40質量%以上90質量%以下のPdと残部Ni及び0質量%以上5質量%以下のAg及び不可避不純物からなる請求項7記載のDCモータ。
【請求項9】
PdNi合金相の体積率が18体積%以上50%未満であり、
PdNi合金相の厚さが0.01μm以上20μm以下の範囲にある請求項7又は請求項8に記載のDCモータ。
【請求項10】
PdNi合金相の体積率が50体積%以上80体積%以下であり、
AgPd合金相の厚さが0.01μm以上20μm以下の範囲にある請求項7又は請求項8に記載のDCモータ。
【請求項11】
コミテータの少なくともブラシとの接触面が第2の接点材料からなり、
前記第2の接点材料は、Ag-Ni合金若しくはAg-Cu-Ni合金、Ag-Cu-Ni-Zn合金よりなる請求項7~請求項10のいずれかに記載のDCモータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DCモータやマイクロDCモータ等のモータ、スライドスイッチやポテンショメータ等の可変抵抗器、更に、スリップリング等のコネクタ等の電気的接触部において、静止部品から可動部品へ電流を伝送するための、金属合金からなる導電材料に関する。
【背景技術】
【0002】
上記分野で使用される導電材料としては、従来からAgPd合金(Ag30~70質量%、特に、Ag-50質量%Pd合金)が広く用いられてきた。AgPd合金は、耐食性に優れていることに加え、低接触抵抗という導電材料にとって好適な特性を有する。また、AgPd合金は、全率固溶型の合金であって面心立方構造を有しており、比較的塑性変形し易く加工性も良好である。
【0003】
上記した各種可変抵抗器、モータ、コネクタ等に適用される導電材料には、摺動時において長期的に安定した電気的接触を確保するために、耐摩耗性及び耐熱性を兼ね備えた材料が求められる。AgPd合金は、これまではそれら要求に応え得る材料とされてきた。しかし、近年、導電材料の使用態様において、摺動速度や投入電力、接触荷重といった負荷が増大しており、導電材料への耐久性向上の要求が厳しくなっている。そして、AgPd合金は、この増大する負荷に対する耐久性の問題が指摘されつつある。
【0004】
摺動接触している導電材料は、その最表面において、摺動応力による塑性変形を受け、金属組織が微細に攪拌された変質層が形成される。また、モータやスリップリング等における数百~数万rpmの高速回転条件や、通電電力が10W以上でアーク放電が生じる条件で使用される導電材料では、回転による摩擦熱やアーク放電による熱の影響も受けることとなる。導電材料の最表面では、これらの熱の影響によっても金属組織の変質が生じる。
図10は、実使用後のAgPd合金からなる摺動部材であって、最表面に変質層が形成された様子を観察した結果である。
図10に示すとおり、導電材料の最表面から約10μmの範囲で、塑性変形や熱影響による変質層の存在が確認できる。
【0005】
導電材料からなる摺動部材の消耗は、上記した材料表面の変質層の部分が摺動応力やアークエネルギーといった外力に耐えられなくなり、消耗粉となって脱落していくことで起こる。このような消耗のメカニズムから、摺動部材を構成する導電材料には耐摩耗性と耐熱性の双方について向上を図ることが求められている。
【0006】
導電材料の耐摩耗性及び耐熱性の向上のためには、摺動によるせん断応力を受けても変形し難い剛性率の高い材料であって、熱エネルギーを受けても再結晶し難い材料とすべきである。導電材料においてこれらの特性を改良することは、摺動部材の長寿命化を図る上で、極めて重要な課題といえる。ここで、AgPd合金からなる従来の導電材料の耐摩耗性及び耐熱性の向上のための方策として、合金に微量の添加元素を加えることで、結晶粒の微細化や析出強化を図る手法が知られている。
【0007】
微量添加元素によってAgPd合金の結晶粒微細化を図る方法としては、3質量%以下のNi、Fe、Coを添加する手法が開示されている(特許文献1)。AgPd合金中にこれらの元素を微量添加すると、AgPdマトリクスの結晶粒界に、PdFe、PdNi、PdCoの微小粒子が成長し、マトリクスの結晶粒が微細化する。これによって、材料の強度特性の向上及び摺動時における材料表面の軟化防止が期待できる。
【0008】
また、析出強化によるAgPd合金の特性改善の方法としては、Al、Mn、Ga、In、Sn、Zn、Pb等の添加元素を1~5質量%添加する方法が開示されている(特許文献2~4)。これらの添加元素を添加すると、Pdと金属間化合物がAgPdマトリクスの粒界に生成する。この金属間化合物は、面心立方構造のAgPdマトリクスと異なる結晶構造を有し高強度で変形し難く、合金の剛性率を向上させる効果を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開WO2017/130781号
【文献】特公平3-051262号公報
【文献】特公昭62-060458号公報
【文献】特公昭62-060457号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記した微量添加元素による結晶粒微細化や析出強化は、AgPd合金の耐摩耗性及び耐熱性の向上において一定の効果は認められる。しかしながら、摺動部材に対するより苛酷な使用環境を想定すると、十分とは言い難い。
【0011】
即ち、微量添加元素による結晶粒微細化では、最大応力や耐力の値が上昇するものの、剛性率及び再結晶温度の改善についてはさほど変化を生じさせることができない。この方法は、材料の改質として不十分である。
【0012】
また、金属間化合物を利用した析出強化は、上記の結晶粒微細化より材料強化の効果がある。但し、上記で例示した元素によって析出する金属間化合物は、合金組成(添加元素の配合比)に応じて生成するものである。添加元素の配合比を高くすることで、金属間化合物の析出量も増大し析出強化の効果は大きくなるが、加工性の低下を招き摺動部材の製造を困難とする。一方、加工性に難が生じない程度の配合比では、材料特性の向上効果が不十分となり、導電材料としての長寿命化を図ることができない。つまり、この従来技術では、析出量を容易に調整することは難しい。また、ここで発現する金属間化合物は、スピノーダル分解等による時効析出とは異なる機構で析出するため、粒径の制御も困難である。よって、加工性を確保しつつ、耐磨耗性と耐熱性を向上させるには限界があった。
【0013】
本発明は、以上のような事情を鑑みてなされたものであって、AgPd合金を基本とする導電材料について、加工性を担保しつつ、従来技術よりも剛性率と再結晶特性が向上された材料を開示する。そして、機械的・電気的負荷の大きい電気的接触部においても、耐摩耗性及び耐熱性の優れる導電材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決する本発明は、10質量%以上70質量%以下のAgと、30質量%以上90質量%以下のPdと、5質量%超45質量%以下のNiと、不可避不純物からなる導電材料であって、Ni含有量(質量%)とAg含有量(質量%)の比率(Ni(質量%)/Ag(質量%))が0.1以上5.0以下であり、金属組織において、AgPd合金相とPdNi合金相とからなり、前記PdNi合金相の体積率が18体積%以上80体積%以下である導電材料である。
【0015】
上述した従来技術において、AgPdマトリクスの結晶粒微細化によって材料強化を図る方法(特許文献1)では、Niの添加量を微量範囲(3質量%以下)に制限している。添加元素量を制限するのは、Ag、Pd、Niの各金属間の固溶度の差異を考慮しつつ、結晶粒微細化を図るためである。つまり、PdはAgに対して全率固溶して合金(AgPd)を生成できる。一方、Niは、Agに殆ど固溶しないがPdには全率固溶して合金(PdNi)を生成することができる。Ni添加によるAgPd合金の結晶粒微細化は、マトリクス中の分離相(PdNi)を起点として進行し、微小の分離相を分散させることが好ましいとされている。そして、マトリクスを構成するAgに固溶し難いNiの添加量が大きいと、粗大な分離相が過剰に生成し結晶粒微細化の妨げになる。そのため、上記従来技術では、Ni添加量を微量に制限することで、均質なAgPd合金マトリクスに微細な分離相を分散させて結晶粒微細化を図っている。
【0016】
上記のような従来技術に対して、本発明に係る導電材料では、AgPd合金に対し、敢えて高い濃度範囲のNiを添加する。上記のとおり、NiはAgには固溶し難いが、Pdには全率固溶できる元素である。本発明者等の検討によれば、Ni添加によって生成する分離相であるPdNi合金相は、マトリクス(AgPd合金)に対する量を適切に制御することで、合金全体を強化することができる。
【0017】
本発明者等によれば、PdNi合金相による材料強化は、最大応力や耐力の向上に加えて剛性率の上昇にも効果がある。更に、PdNi合金相の量を適切にすることで、再結晶温度の向上がみられ、合金の耐熱性の向上にも効果があることが確認されている。
【0018】
そして、本発明の適量のNiを含むAgPd合金は、加工性も確保されている。この効果は、本発明で着目したPdNi合金相が、上記の析出強化(特許文献2~4)における金属間化合物に対して高い変形能を有することに基づく。PdNi合金相は、マトリクスであるAgPd合金と同様に面心立方構造を有し、合金全体が塑性変形を受けるときマトリクスと共に変形する傾向を有する。合金中のPdNi合金相量を適切な範囲とすることで、加工性を確保することができる。
【0019】
以上の説明のとおり、本発明は、AgPd合金に添加元素としてNiを比較的高濃度で添加することで、AgPd合金相とPdNi合金相とが複合化した多相合金とすることを特徴とする。つまり、本発明に係る導電材料は、Ni含有量等における合金組成に基づく特徴と、多相合金に関連する金属組織に基づく特徴を有する。以下、本発明に係る導電材料の構成に関し、成分組成及び金属組織について詳細に説明する。
【0020】
A.本発明に係る導電材料の合金組成
本発明に係る導電材料は、Ag、Pd、Niの3元素を必須の構成元素とするAgPdNi合金からなる。このAgPdNi合金の組成範囲は、Agが10質量%以上70質量%以下、Pdが30質量%以上90質量%以下、Niが5質量%超45質量%以下とする。
【0021】
そして、本発明は、上記組成範囲のAgPdNi合金に対し、Ni及びAgの配合比についての制限を加える。具体的には、Ni含有量(質量%)とAg含有量(質量%)の比率(Ni(質量%)/Ag(質量%))が0.1以上5.0以下の範囲内とする。
【0022】
本発明で適用するAgPdNi合金の組成を上記範囲としつつ、更にNiとAgとの配合比を設定したのは、AgPd合金相とPdNi合金相を偏りなく分散させ、本発明で要求される好適な金属組織のAgPdNi合金を得るためである。AgPd合金相とPdNi合金相は、本質的に混じり合わない合金相である。そして、両合金相間において、液相状態の密度及び固相線温度に大きな乖離が生じると、鋳造時に分離傾向が強くなり、均質で一様な金属塊を製造することが困難となる。
【0023】
本発明者等の検討によれば、液相密度比(PdNi合金相の液相密度/AgPd合金相の液相密度)が0.95~1.00の範囲内にあって、固相線温度の乖離が100℃未満となるようなAgPd合金相及びPdNi合金相を生成させることで、一様な金属塊を得ることができる。そして、AgPdNi合金について、この条件を満たす各合金相を生成させるため、上記範囲の合金組成とすると共に、Ni含有量とAg含有量についての配合比を規定している。
【0024】
そして、本発明で規定される合金組成及び配合比によって生成するAgPd合金相の組成は、Agが30質量%以上80質量%以下、Niが0質量%以上1質量%以下、残部がPd及び不可避不純物である。一方、PdNi合金相の組成は、Pdが40質量%以上90質量%以下、Agが0質量%以上5質量%以下、残部がNi及び不可避不純物である。各合金相に含まれる不可避不純物は、後述の本発明に係る導電材料の不可避不純物を含み、その含有量も後述の範囲内となる。AgPd合金相とPdNi合金相の組成は、AgPdNi合金の金属組織を電子顕微鏡(SEM)等で観察するときに、波長分散型X線分光法(WDS)等の分光分析法による元素分析で測定することができる。
【0025】
以上説明した合金組成について、Ag、Pd、Niの含有量が上記範囲を逸脱する場合や、Ni含有量とAg含有量との配合比が上記範囲を逸脱する場合、上記した好適なAgPd合金相とPdNi合金相が好適な体積率で生成されず、均質で一様な材料を製造することが困難となる。また、本発明の課題である導電材料としての耐磨耗性を確保することも困難となる。
【0026】
尚、本発明で適用するAgPdNi合金の合金組成は、好ましくは、Agが14質量%以上55質量%以下、Pdが38質量%以上60質量%以下、Niが5質量%超30質量%以下とする。そして、Ni含有量(質量%)とAg含有量(質量%)の比率についても0.1以上2.5以下とすることが好ましい。より好ましくは、Agが質量30%以上43質量%以下、Pdが45質量%以上50質量%以下、Niが12質量%超20質量%以下とする。また、Ni含有量とAg含有量(質量%)の比率についても0.3以上0.7以下とすることがより好ましい。
【0027】
これまで述べたとおり、本発明に係る導電材料は、Ag、Pd、Niを必須の構成元素とする。この合金は、不可避不純物としてFe、Co、Cr、Mn、Mg、Al、Zn、Cu、Si、S、As、Sn、In等を含むことがある。不可避不純物は、合計で0.5質量%以下含むことができる。これらの不可避不純物は、AgPd合金相とPdNi合金相のいずれか又は双方に固溶し得る。また、これらの不可避不純物は、Ag、Pd、Niのいずれかと化合物を形成し合金中で影響のない状態で析出することがある。更に、本発明に係る導電材料は、上記の不可避不純物の他、0ppm以上100ppm以下のC(炭素)と、O(酸素)とN(窒素)を合計で0ppm以上200ppm以下含むことがある。
【0028】
B.本発明に係る導電材料の金属組織
【0029】
本発明に係る導電材料を構成するAgPdNi合金は、上記合金組成を有するともに、AgPd合金相とPdNi合金相とが複合した金属組織を有する。従来のAgPd合金に対して耐磨耗性及び耐熱性を付与するためである。本発明のAgPdNi合金は、PdNi合金相の体積率が18体積%以上80体積%以下の範囲にある。PdNi合金相の体積率が18体積%未満の場合、導電材料として要求される耐磨耗性等が不足することになる。一方、PdNi合金相が80体積%を超えるとき、加工性が悪化して所望形状の部材加工が困難となる。
【0030】
PdNi合金相の体積率とは、導電材料(AgPdNi合金)中のPdNi合金相の体積率である。後述のとおり、PdNi合金相の体積率は、任意断面を観察したときの観察領域おけるPdNi合金相の面積比で近似される。尚、この金属組織で観察されるAgPd合金相及びPdNi合金相の組成に関しては、上記のとおりである。
【0031】
PdNi合金の体積率が上記範囲となる本発明のAgPdNi合金は、合金全体の組成及びNi含有量とAg含有量と比率を上記した範囲として鋳造することで製造できる。そして、鋳造後の合金素材を塑性加工することで、任意断面において、層状のAgPd合金相及び/又はPdNi合金相が分布した金属組織を有するAgPdNi合金とすることができる。このような金属組織とすることで、それぞれの合金相の特性を相乗的に発揮させることができ、高い耐摩耗性と耐熱性を発揮することができる。
【0032】
尚、本発明において、任意断面とは、任意に選択された1以上の加工方向断面である。加工方向断面とは、加工方向に平行な断面である。通常、AgPd合金相及び/又はPdNi合金相が伸張した方向が加工方向と推定される。本発明では、任意選択された加工方向断面の全てにおいて上記金属組織が観察される。また、本発明において、層状のPdNi合金相(AgPd合金相)とは、任意断面の金属組織において、加工方向に伸張した複数のPdNi合金相(AgPd合金相)が連なって分布することで形成され、外観上層状となっているPdNi合金相(AgPd合金相)である。但し、層状とは、PdNi合金相(AgPd合金相)が全体的に繋がっている状態のみに限定されず、一部又は複数箇所に離隔した部分があっても良い。
【0033】
本発明に係る導電材料を構成するAgPdNi合金の金属組織は、PdNi合金相の体積率に応じた外観を示す。PdNi合金相の体積率が比較的低いとき、具体的には体積率が18体積%以上50体積%未満のAgPdNi合金においては、AgPd合金相と、AgPd合金相より厚さの薄いPdNi合金相が分布した金属組織がみられる。このときのPdNi合金相の厚さは、0.01μm~20μmの範囲内となっている。一方、PdNi合金相の体積率が比較的高いとき、具体的には、PdNi合金相の体積率が50体積%以上80体積%以下のAgPdNi合金においては、PdNi合金相と、PdNi合金相より厚さの薄いAgPd合金相が分布した金属組織がみられる。このときのAgPd合金相の厚さは、0.01μm~20μmの範囲内となっている。
【0034】
特に、PdNi合金相の体積率が35体積%以上65体積%以下の合金では、連続性のある層状のAgPd合金相及び/又はPdNi合金相が積層した金属組織が観察される。この積層組織を示すAgPdNi合金においては、PdNi合金相の体積率に応じて、厚さ0.01μm~20μmの範囲内にあるAgPd合金相又はPdNi合金相が分布している。尚、以上説明したPdNi合金相(AgPd合金相)の厚さとは、加工方向と交差する方向における合金相の幅である。また、本発明では、任意断面で観察されたPdNi合金相(AgPd合金相)の全てにおいて、厚さが上記範囲内であることを要する。
【0035】
本発明のAgPdNi合金の金属組織の観察は、一般的な金属観察方法が適用できる。但し、観察する断面は、加工方向断面について行われる。加工方向断面とは、上記のとおり、加工方向に平行な断面であり、結晶が横軸方向に伸張している断面である。そして、PdNi合金相の体積率、各合金相の厚さの測定においては、観察した加工方向断面の金属組織に基づいて測定・算出される。
【0036】
金属組織は、光学顕微鏡や電子顕微鏡(SEM等)により観察可能であり、観察に際し前処理として適宜にエッチングを行う場合がある。金属組織を観察することで、積層構造組織の有無を確認し、PdNi合金相の体積率及び各相の厚さを測定することができる。ここで、PdNi合金相の体積率の測定は、画像処理によって算出される観察領域に対する面積比で近似することができる。この画像処理は、適宜にソフトウェアを使用することができる。例えば、上記観察方法で撮影した金属組織画像について適切に閾値を設定して画像データを2値化することで、PdNi合金相の面積率(体積率)の算出及び合金相の厚み測定を行うことができる。このような画像解析は、複数視野(3視野以上)で行い、得られた結果の平均値を採用することが好ましい。
【0037】
C.本発明に係る導電材料の強度と熱的特性
以上説明した本発明に係るAgPdNi合金からなる導電材料は、耐摩耗性及び耐熱性の確保のため、従来技術に対して、剛性率及び熱的特性が改善されている。具体的には、剛性率は50~100GPaとなる。従来技術であるAgPd合金(例えば、AgPd50)が45GPa程度であり、本発明における高い強度特性が確認されている。この強度特性の改善により、摺動接触部の金属組織は、摺動によるせん断応力を受けても変形し難くなり、表面変質層の生成が抑制される。よって、強度特性の改善は、耐摩耗性の向上に寄与するものと考えられる。
【0038】
また、本発明に係るAgPdNi合金からなる導電材料は、再結晶温度が従来技術よりも高温域にある。従来の導電材料は、700℃(30分間加熱)の熱処理で再結晶化し、金属組織の粗大化及び硬度低下に至る。これに対し、本発明のAgPdNi合金は、同じ700℃の熱処理では硬度が完全に低下することはない。900℃以上の熱エネルギーを与えないと再結晶化しない。よって、本発明の導電材料は、摺動時の摩擦熱やアーク放電に伴う熱影響を受け難い材料であって、従来技術よりも耐熱性に優れるものである。
【0039】
D.本発明に係る導電材料の製造方法
【0040】
本発明に係るAgPdNi合金からなる導電材料は、基本的には従来技術であるAgPd合金と同様の製造工程で製造できる。即ち、AgPdNi合金は、熔解法によって合金化することができ、鋳造法で合金素材となる鋳造塊を得ることができる。鋳造塊の鋳造は、傾斜鋳造法、連続鋳造法、半連続鋳造法等の適用により製造される。
【0041】
そして、鋳造塊を塑性加工することで、上記したAgPd合金相とPdNi合金相とからなる金属組織を有する導電材料を製造することができる。塑性加工は、鍛造加工、スエージング加工、伸線加工、圧延加工、押出し加工、引抜き加工等が適用される。そして、鋳造塊に対して、これらの加工方法を単独又は組み合わせて行い、総加工率80%以上の塑性加工を行うことが好ましい。尚、これらの塑性加工を行った導電材料についての加工方向断面は、各加工方法の加工方向(伸線方向、圧延方向、押出・引抜き方向)が基準となる。
【0042】
E.本発明に係る導電材料の使用態様
以上説明した、本発明に係るAgPdNi合金からなる導電材料は、適宜の形状に加工して使用される。その形状・寸法は、その用途に準じることから特に限定はされない。
【0043】
また、本発明に係る導電材料は、適宜の基材(ベース材)にクラッドして、クラッド複合材の形態で使用されることもある。このクラッド複合材のベース材としては、導電性に優れるCu又はCu合金を適用することができる。尚、Cu合金としては、コルソン系銅合金(Cu-1~4質量%Ni-1質量%以下Si-その他1質量%Zn、Mn、Sn、Mg等)、ベリリウム銅合金(Cu-2質量%以下Be-1質量%以下Ni、Co、Fe-その他0.5質量%以下Zn、Mn、Sn、Mg等)、リン青銅合金(Cu-1~10質量%Sn-1質量%以下P-その他0.5質量%以下Zn、Mn、Mg等)等が適用される。また、本発明に係る導電材料をベース材にクラッドするときの形態は、インレイやオーバーレイ、エッジレイ及びトップレイのいずれでも良い。
【0044】
本発明に係る導電材料を摺動接点部材に用いた場合、当該部材の耐久性向上を図ること期待される。摺動接点部材の具体的用途は、DCモータ及びスリップリングのブラシ材としての活用が挙げられる。特に、停動電流が1A以上のDCモータや、高回転数化されたスリップリングにおいて、本発明は有効である。これらの高出力化・高回転数化された電気機器においては、ブラシ材の摩耗とアーク放電による火花損傷が懸念される。本発明は、従来技術よりもこれらに対する耐久性が優れることから、摺動接点の耐久寿命向上が図れる。
【0045】
図1は、本発明に係る導電材料の具体的用途である、DCモータの構造の一例を概略示す図(正面、側面)である。DCモータは、回転軸と、回転軸の周囲に設けられたコミテータと、コミテータに接触して電流を供給するブラシとを備え、これらを必須の構成部材とする。
図1のDCモータにおいて、電源からの電流がブラシを経由してコミテータに流れ巻線を通電する。巻線に電流が供給され磁場を発生することで、磁化されたローターが永久磁石の各極と反発・吸引して回転軸を回転させる。そして、モータの制御方法としては、
図2で例示されるような、抵抗制御法(
図2(a))やパルス制御法(
図2(b))等がある。前者では、モータと電源との間にパワートランジスタ・可変抵抗器等の電圧制御手段を入れ、モータに供給する電力を調整してモータの回転数を制御する。また、後者では、制御トランジスタのようなスイッチング素子を利用して、モータの電源をオン・オフしながらモータの回転数を制御する。
【0046】
上記のようなDCモータにおいて、ブラシは少なくともコミテータとの接触面が第1の接点材料で構成される。ここで、第1の接点材料として、本発明に係る導電材料が適用される。この導電材料の組成及び金属組織は上記したとおりである。
【0047】
また、DCモータにおいて、ブラシの相手側部材であるコミテータは少なくともブラシとの接触面が第2の接点材料で構成される。本発明に係る導電材料をDCモータのブラシの第1の接点材料に適用する場合、コミテータの第2の接点材料には、Ag-Ni合金やAg-Cu-Ni合金、Ag-Cu-Ni-Zn合金といった高導電率(IACS:55%以上)の材料が好適である。接触抵抗を低く抑えることで、安定的な電気的接触を担保することができるからである。
【0048】
尚、ブラシの第1の接点材料及びコミテータの第2接点材料は、少なくともそれらの接触面を構成していれば良い。例えば、
図3のように、それぞれの接触面側に第1、第2の接点材料がクラッドされた複合材で各部材を構成しても良い。また、部材全体を第1、第2の接点材料で構成しても良い。以上説明したモータの構造や制御方法等については、マイクロDCモータも同様に適用される。
【0049】
また、上記のような用途の他、本発明は各種の電極材や接点材として有用である。スライドスイッチやコネクタ、ポテンショメータ等の可変抵抗器が用途として挙げられる。
【発明の効果】
【0050】
以上説明したように、本発明に係るAgPdNi合金からなる導電材料は、AgPd合金に対して、従来技術では想定されていない量のNiを添加すると共に、AgPd合金相とPdNi合金相とからなる複合的な金属組織としている。このような従来技術とは異なる着想により、本発明に係る導電材料は、優れた耐摩耗性と耐熱性を有する
【図面の簡単な説明】
【0051】
【
図3】DCモータにおけるブラシとコミテータとの接触状態及びそれぞれの部材の構成を説明する図。
【
図4】本実施形態(実施例1~実施例7、比較例1、2、5、従来例1~4)で製造した各種組成の導電材料(AgPdNi合金)の金属組織を示すSEM写真。
【
図5】本実施形態(実施例1~実施例7、比較例1~5)で製造したAgPdNi合金について、PdNi合金相の体積率と剛性率の関係を示す図。
【
図6】本実施形態(実施例1~実施例7)で製造したAgPdNi合金について、400℃~1000℃の範囲で熱処理したときの硬度変化を示す図。
【
図7】本実施形態(比較例1、2、5、従来例1~4)で製造したAgPdNi合金、AgPd合金について、400℃~1000℃の範囲で熱処理したときの硬度変化を示す図。
【
図8】本実施形態で実施した耐久試験のための摺動試験機の概略図。
【
図9】本実施形態で製造した実施例及び従来例について行った、耐久試験後の消耗部位の断面形態を示すSEM写真。
【
図10】従来の導電材料であるAgPd合金の消耗部位の断面形態を示すSEM写真。
【発明を実施するための形態】
【0052】
以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、各種組成のAgPdNi合金を製造してその金属組織の観察を行うと共に、材料特性の評価を実施した。
【0053】
AgPdNi合金の試験材は、高周波熔解法及び鋳造法により板状の合金インゴットを作成し、総加工率80%以上、圧延加工を加えることで製造した(試験材寸法:長さ200mm、幅10mm、厚さ0.3mm)。また、従来技術であるAgPd合金、AgPd系合金の試験材も、同様の工程で製造した。
【0054】
製造したAgPdNi合金及び従来合金の試験材について、金属組織の観察を行った。組織観察は、加工方向に平行な断面をSEM観察した。SEM観察は、日本電子株式会社製JSM-7200Fにより加速電圧7kv、倍率5000倍で反射電子像を撮像した。
【0055】
また、このSEM観察と同時にAgPdNi合金試験材について、AgPd合金相及びPdNi合金相の組成をWDSで分析した。この分析から、全てのAgPdNi合金試験材において、AgPd合金相の組成は65±3質量%Ag-35±3質量%Pd-0.1質量%以下Niであり、PdNi合金相の組成は、62±3質量%Pd-37±3質量%Ni-1質量%以下Agであることが確認された。
【0056】
そして、AgPdNi合金試験材について撮影したSEM写真の画像処理を行い、各合金の金属組織におけるPdNi合金相の体積率を測定した。画像処理は、得られたSEM画像を画像処理ソフトウェア(株式会社キーエンス製 VK-H1G9)にて処理した。画像処理では、SEM画像を濃淡画像に変換し二値化を行った。二値化の作業は、濃淡画像上で濃度レベル値80を閾値とし(全画素の濃度レベル値0~255)、80未満を黒(PdNi合金相)、80以上を白(AgPd合金相)として解析し、各合金相の面積率を算出した。同時に、PdNi合金相及びAgPd合金相の垂直フェレ径(SEM画像における垂直方向のフェレ径)を測定し、平均値と最大厚さを取得した。尚、この金属組織観察と画像処理は、観察視野を計6箇所設定して行い、それらから得られた各測定値についての平均値を評価に採用した。本発明では、面積率を体積率に近似している。このように、6箇所設定された観察視野の全てにおいてPdNi合金相の面積率等を測定することで、奥行きも考慮した検討が可能となる。
【0057】
本実施形態で製造したAgPdNi合金及び従来合金(AgPd合金等)の組成を下記の表1に示す。表1には、各種AgPdNi合金におけるPdNi合金相の体積率、PdNi合金相又はAgPd合金相合金相の平均厚み及び最大厚さを表示した。尚、表1に表示した合金相厚さは、PdNi合金相が50体積%未満のAgPdNi合金(実施例1~実施例3、比較例1~4)に対してはPdNi合金相の厚さであり、PdNi合金相が50体積%以上のAgPdNi合金(実施例4~実施例7、比較例5)に対してはAgPd合金相の厚さである。
【0058】
但し、比較例6のNi量が過多のAgPdNi合金に関しては、試験材への加工時の損傷が大きく加工不可として合金相の体積率等の検討ができなかった。また、比較例7のPd量が過多のAgPdNi合金は、PdNi合金相とAgPd合金相の存在が認められなかったため、合金相の体積率等の検討ができなかった。
【0059】
本実施形態で製造したAgPdNi合金(実施例1~実施例7、比較例1、2、5)及び従来合金の金属組織の観察結果(SEM写真)を
図4に示す。
【0060】
【0061】
図4のSEM写真において、白色又は灰色のコントラストの相がAgPd合金相である。一方、濃灰色又は黒色のコントラストの相がPdNi合金相である。
図4から、Ni含有量が5%を明確に超えるAgPdNi合金である実施例1において、PdNi合金相の占める割合の増加が明瞭になっている。このPdNi合金相はNi含有量の増大と共に層状の外観を示すようになる。実施例3~実施例7のAgPdNi合金においては層状のAgPd合金相及びPdNi合金相による積層構造の金属組織を呈する。これら実施例に対して、比較例1、2のNi含有量が低い(5質量%以下)AgPdNi合金にも、PdNi合金相の生成が認められるが、その量(体積率)は低くなっている。
【0062】
また、従来合金に関しては、従来例1のAgPd合金では、当然にAgPd合金相のみが観察される。従来例2のNi微量添加したAgPd系合金では微小なPdNi合金相の析出が認められる。更に、従来例3、4では、微量Ni及びInを添加したAgPd系合金には、これら添加元素による析出物が観察される。
【0063】
次に、本実施形態で製造した各種導電材料について、強度特性の評価を行うため、引張試験と硬度測定を行った。これら強度特性の評価試験では、フルアニール(アニール条件従来例合金:700℃1時間保持、比較例及び実施例合金:900℃1時間保持)をした後、50%圧延加工を加えた板状サンプル(幅10mm×長さ20mm×厚さ0.3mm)を用いた。引張試験では、引張試験機(INSTRON社製 5966)にて引張速度10mm/minで引張試験を行い、微小のび計により最大応力、0.2%耐力、縦弾性係数及び横弾性係数を測定した。そして、縦弾性係数と横弾性係数の値より剛性率を算出した。また、硬度測定はビッカース硬度試験機(SHIMADZU社製 HMV-G)により行い、試験力2.942Nで15秒間保持して測定した。この強度特性の測定結果を表2に示す。また、この試験結果から得られた、実施例1~7、比較例1~5のAgPdNi合金における、PdNi合金相の体積率と剛性率との関係を
図5に示す。
【0064】
【0065】
各合金の強度特性について、従来例の結果からみると、AgPd合金(従来例1)にNiを少量添加した従来例2の合金、更にInを少量添加し析出強化を図った従来例3、4の合金は、最大応力や耐力の値が従来例1よりも高くなっている。つまり、Niの微量添加(結晶粒微細化)や、In等の添加(析出強化)によって、AgPd合金の強度特性はある程度改善されたといえる。但し、剛性率については、AgPd合金(従来例1)と、微量添加元素を含むAgPd系合金(従来例2~4)とを対比すると、差はさほどなくいずれも50GPa以下である。つまり、従来技術の方法では剛性率の改善は不十分であるといえる。
【0066】
これに対し、本発明の実施例であるAgPdNi合金(実施例1~実施例7)は、応力特性のみならず剛性率も高い値を示す。これら実施例のAgPdNi合金は、Niを5質量%超含みPdNi合金相の体積率が18体積%以上となっている。
図5からも分かるように、これら実施例のAgPdNi合金は、剛性率は50GPa以上であり、従来例よりも強度特性が向上している。これらの剛性率が向上した実施例のAgPdNi合金は、摺動によるせん断応力の影響を受け難く、耐摩耗性の向上に寄与するものと考えられる。
【0067】
もっとも、表2及び
図5から、AgPdNi合金のNi含有量及びPdNi合金相の体積率には一定の制限を付与すべきことがわかる。即ち、Ni添加量の低い(5質量%以下)のAgPdNi合金(比較例1~3)は、PdNi合金相の体積率が低く剛性率向上の効果がない。また、Ni添加量を5%以上としても、Ag量及びPd量が規定範囲外の合金(比較例4)は、PdNi合金相の体積率が低く剛性率向上の効果がない。一方、Ag含有量が10質量%未満であり、PdNi合金相の体積率が80体積%を超えた比較例5のAgPdNi合金は、加工途中(加工率50%の段階)で塑性変形できなくなり、材料に割れが発生した。この比較例5の合金は、加工性に劣り、本発明の趣旨に悖る結果となった。
【0068】
続いて、本実施形態(実施例1~実施例7、比較例1、2、5、従来例1~4)で製造した各種導電材料について、耐熱性評価のための熱処理試験を行った。この熱処理試験では、引張試験で使用したサンプルと同じものについて、400℃、500℃、600℃、700℃、800℃、900℃、1000℃の各温度に30分保持し、各温度で保持後の表面硬度を測定した。この熱処理試験の結果を
図6及び
図7に示す。これらの図には、各合金において、硬度変化の傾きが0.1程度となり平衡に達した温度を表示している。
【0069】
図7から、従来例1~3のAgPd合金やAgPd系合金では、600℃~700℃の熱処理で硬度が平衡に達し再結晶化していることが確認できる。また、Ni含有量の少ないAgPdNi合金である比較例1、2は、従来例と変わらず、600℃~700℃処理によって硬度は平衡に達し再結晶化している。
【0070】
一方、
図6を参照すると、PdNi合金相の体積率が18体積%以上の実施例1~7では、900℃~1000℃の熱処理まで硬度が平衡に達することがない。つまり、従来例、比較例よりも高い再結晶温度を示すことが確認された。再結晶温度が高いということは、摺動による摩擦熱や放電に伴う熱を受けても金属組織が粗大化・軟化し難く、耐摩耗性及び耐熱性の向上に寄与するものと考えられる。
【0071】
そして、本実施形態で製造した各種導電材料の試験材について、摺動試験機を用いた耐久試験を行った。
図8は、本実施形態で使用した摺動試験機の構成を示す。この摺動試験機は、モータのブラシとコミテータとの関係を模擬的に再現したものである。モータを模擬した試験機を用いて耐久試験を行った理由は、本発明の対象たる用途のうち、モータで用いられる導電材料が他の用途よりも電気的負荷の大きい状況で使用されることが想定されるためである。
【0072】
図8の試験機の機構は、ワーク1が仮想コミテータであって、この部分に通電を取りながら回転させる。そして、回転するワーク1に板バネ状の仮想ブラシ(ワーク2)を押し当てて試験する構造となっている。耐久試験においては、仮想コミテータ(ワーク1)にAgNi合金を用い、仮想ブラシ(ワーク2)に本実施形態で製造した導電材料を用いている。尚試験条件は以下の通りで、機械的摩耗とアーク放電による消耗が両立して発生する。
・負荷電流・電圧:2.0A-7.5V
・回転数:1500rpm
・加重:5gf
・試験時間:3時間
・仮想コミテータ材質:AgNi合金(Ni:10質量%)
【0073】
耐久試験後、取外した試験片についてAg腐食液でエッチングしてコミテータ材からの移着層を除去した。そして、試験片表面をレーザー顕微鏡で観察し、焦点深度法で摩耗した部分の深さを測定し、最も深い摩耗部の深さ(最大摩耗深さ)及び摩耗している断面積(摩耗量)を測定した。
【0074】
本実施形態で行った耐久試験の試験結果を表3に示す。また、耐久試験後の従来例1と実施例4の合金について、消耗部位の断面形態を比較したSEM写真を
図9に示す。
【0075】
【0076】
表3より、AgPdNi合金について、Ag及びPdの含有量を適切にしつつNi添加量を5質量%超とし、PdNi合金相の体積率を18体積%以上とすることで、従来技術よりも摩耗量及び摩耗深さが低い導電材料とすることができることが確認された。PdNi合金相の体積率の増加に伴い、摩耗深さ及び摩耗量が低減する傾向にある。耐磨耗性の評価に関しては、摩耗量と摩耗深さとを総合的に検討すべきであるが、両者のバランスに優れ耐磨耗性が特に良好である合金は、実施例3、実施例4である。この結果から、耐磨耗性に関しては、PdNi合金相の体積率を35%以上55%以下程度にすることが特に好ましいと推察される。
【0077】
尚、PdNi合金相の比率が80体積%を超える比較例5においては、摩耗量は従来例よりも低いものの、相手側(AgNi合金:コミテータ)を削り取るアブレッシブ摩耗の傾向が強くなっていた。そのため、PdNi合金相の比率が過度に高いと、接点全体の消耗のバランスを欠くこととなると考えられる。
【0078】
また、
図9より、従来例1(AgPd合金)の断面では、機械的摩耗部において、表層から約10μmの範囲で摺動応力の影響を受けた変質層が存在する。これに対し、実施例6のAgPdNi合金では、変質相の厚さが表層から3μm程度の範囲に抑えられていることが確認できる。この対比結果より、実施例のAgPdNi合金は、摺動による実際のせん断応力を受けても塑性変形し難くなっていることがわかる。 更に、アーク放電発生箇所においても、従来例1(AgPd合金)は激しく溶融し表面組織が熱影響を受けていることが確認できる一方で、実施例6のAgPdNi合金は、溶融している範囲が狭くアーク放電に対しても耐性を有することが推察される。
【産業上の利用可能性】
【0079】
以上説明したように、本発明に係る導電材料は、従来のAgPd合金やAgPd合金に微量元素を添加した合金に対して、高い耐久性を有する。本発明は、DCモータやスリップリング等のブラシの他、スライドスイッチや可変抵抗器に使用される電極や接点材料として有用である。
【0080】
特に、マイクロDCモータのブラシに本発明に係る導電材料を適用する場合、停動電流が1.0A以上の領域のモータに対して本発明は有効である。停動電流1.0A以上では、接点間にアーク放電が発生するため、先行技術として前述したAgPd合金では、消耗が激しく短寿命でブラシ切れとなるからである。本発明に係る導電材料は、機械摩耗のみならずアーク放電に対する耐性も強いことから、従来のAgPd合金よりもモータの長寿命化が期待できる。よって、停動電流が1.0A以上の領域のモータのブラシの構成材料として長寿命化が期待できる。