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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-30
(45)【発行日】2023-12-08
(54)【発明の名称】微生物油及び微生物油の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/64 20220101AFI20231201BHJP
   C12N 1/12 20060101ALN20231201BHJP
   A23D 9/02 20060101ALN20231201BHJP
【FI】
C12P7/64
C12N1/12 A
A23D9/02
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2020515620
(86)(22)【出願日】2019-04-26
(86)【国際出願番号】 JP2019018049
(87)【国際公開番号】W WO2019208803
(87)【国際公開日】2019-10-31
【審査請求日】2022-02-18
(31)【優先権主張番号】P 2018085751
(32)【優先日】2018-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】株式会社ニッスイ
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】関口 峻允
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 誠造
(72)【発明者】
【氏名】石渡 夕子
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-530182(JP,A)
【文献】国際公開第2016/031947(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0209014(US,A1)
【文献】特開2006-230403(JP,A)
【文献】国際公開第1991/007498(WO,A1)
【文献】SCOTT, S.D., et al.,"Use of raw glycerol to produce oil rich in polyunsaturated fatty acids by a thraustochytrid.",Enzyme Microb. Technol.,2011年,Vol.48, Issue 3,pp.267-272
【文献】ATHALYE, S.K., et al.,"Use of biodiesel-derived crude glycerol for producing eicosapentaenoic acid (EPA) by the fungus Pythium irregulare.",J. Agric. Food Chem.,2009年,Vol.57, Issue 7,pp.2739-2744
【文献】VASQUEZ-SUAREZ A., et al.,"Growth and biochemical composition of thalassiosira pseudonana (Thalassiosirales: Thalassiosiraceae) cultivated in semicontinuous system at different culture media and irradiances.",Rev. Biol. Trop.,2013年,Vol.61, No.3,pp.1003-1013
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エイコサペンタエン酸(EPA)及びドコサヘキサエン酸(DHA)を含み、
エイコサペンタエン酸の含有率が、全脂肪酸に対して38面積%以上であり、
以下の(a)~(c)からなる群より選択される少なくともひとつの脂肪酸比を有し、粗油又は精製油であり、ヤブレツボカビ科の微生物から得られた微生物油:
(a) 1.7以上の、DHAの含有率に対するEPAの含有率の比、
(b) 0.3以下の、炭素数20の脂肪酸の含有率に対する炭素数18の脂肪酸の含有率の比、
(c) 1.5以下の、炭素数22の脂肪酸の含有率に対する炭素数18の脂肪酸の含有率の比。
【請求項2】
トリグリセリド含有率が、微生物油の全重量に対して70重量%以上である請求項1記載の微生物油。
【請求項3】
飽和脂肪酸の含有率が、全脂肪酸に対して40面積%以下である請求項1又は請求項2記載の微生物油。
【請求項4】
アラキドン酸(ARA)の含有率が、全脂肪酸に対して10.0面積%以下である請求項1~請求項3のいずれか1項記載の微生物油。
【請求項5】
アラキドン酸(ARA)の含有率が、EPAの含有率に対して5.0以下である請求項1~請求項4のいずれか1項記載の微生物油。
【請求項6】
ドコサヘキサエン酸の含有率が、エイコサペンタエン酸の含有率よりも低い請求項1~請求項5のいずれか1項記載の微生物油。
【請求項7】
ドコサヘキサエン酸の含有率が、全脂肪酸に対して0.5面積%以上25面積%以下である請求項1~請求項6のいずれか1項記載の微生物油。
【請求項8】
n-6ドコサペンタエン酸(n-6DPA)の含有率が、n-3ドコサペンタエン酸(n-3DPA)の含有率に対して2.0以下である請求項1~請求項7のいずれか1項記載の微生物油。
【請求項9】
n-3ドコサペンタエン酸(n-3DPA)の含有率が、全脂肪酸に対して0.3面積%以上である請求項1~請求項8のいずれか1項記載の微生物油。
【請求項10】
エイコサテトラエン酸(ETA)の含有率が、全脂肪酸に対して0.1面積%以上である請求項1~請求項9のいずれか1項記載の微生物油。
【請求項11】
炭素数18の不飽和脂肪酸の合計含有率が、それぞれ全脂肪酸に対して2.0面積%以下である請求項1~請求項10のいずれか1項記載の微生物油。
【請求項12】
粗油である請求項1~請求項11のいずれか1項記載の微生物油。
【請求項13】
エイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸双方の生成能を有する、ヤブレツボカビ科の微生物を用意すること、
用意された微生物を、30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培養培地中で培養すること、
培養により得られたバイオマスから、請求項1~請求項12のいずれか1項記載の微生物油を得ること、
を含む、微生物油の製造方法。
【請求項14】
前記微生物が、ストラメノパイル(Stramenopiles)に属する微生物からなる群より選択される少なくとも1種の微生物である請求項13記載の微生物油の製造方法。
【請求項15】
前記微生物が、グルコースを含有する培地中では、増殖しないか、ドコサヘキサエン酸を、エイコサペンタエン酸よりも多く生成し得る微生物である請求項13又は請求項14記載の微生物油の製造方法。
【請求項16】
前記培養の環境が、30℃で10日間放置したときに0.5mLの水分蒸発量に相当する環境である請求項13~請求項15のいずれか1項記載の微生物油の製造方法。
【請求項17】
グルコースを含有する培地中では、増殖しないか、ドコサヘキサエン酸を、エイコサペンタエン酸よりも多く含む微生物油を生成し得る、ヤブレツボカビ科の微生物を用意すること、
用意された微生物を、30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培養培地中で培養すること、
培養により得られたバイオマスから、エイコサペンタエン酸を、ドコサヘキサエン酸よりも多く含有する微生物油を得ること、
を含む、微生物油の脂肪酸含有比を制御する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、微生物油及び微生物油の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
n-3系多価不飽和脂肪酸であるエイコサペンタエン酸(以下、EPAと略すことがある)、ドコサヘキサエン酸(以下、DHAと略すことがある)等は、様々な生理作用を持ち、医薬品、健康食品、食品素材などとして利用されている。EPAを含む油を添加した飲料は、特定保健用食品としても認可されている。n-3系多価不飽和脂肪酸は、国内外においてサプリメントとしての需要も非常に高い。これに伴い、高純度で大量に多価不飽和脂肪酸を生産することが求められている。
【0003】
このようなn-3系多価不飽和脂肪酸のひとつであるEPAを工業的に効率よく得るには、蒸留技術等を用いてEPA含有油中のEPAを高濃度に濃縮する手法が用いられている。またこのような濃縮手法を適用する前の原料油としても、EPAを高濃度に含有する油を得ることが提案されている。
【0004】
たとえば特許文献1には、遺伝子組み換え技術により不飽和脂肪酸含量が増加した微生物油を生産可能なストラメノパイルの形質転換方法が開示されている。
特許文献2には、不飽和脂肪酸を含有する油脂をリパーゼによる加水分解反応に付す工程、及び、不飽和脂肪酸が濃縮されたグリセリド画分を分離する工程、を含む不飽和脂肪酸濃縮油の製造方法において、リパーゼによる加水分解反応の反応添加物として水酸化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム、炭酸カルシウム、リン酸二水素カリウム、塩化アンモニウムのいずれかを添加することを特徴とする方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-189787号公報
【文献】特開2013-55893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
EPAを高濃度で含有する微生物油であっても、微生物中にEPA以外の他の飽和又は不飽和脂肪酸が存在すると、純度の高いEPAを得るために多量の微生物油が必要となり、生産性に劣る傾向がある。たとえば、EPAとDHAの双方を生成する微生物には、EPAよりもDHAを多く生成する傾向が高い微生物も存在する。このような微生物を、EPAを含む微生物油を得るために利用することは工業的に不利である。また、脂肪酸には特定の機能性が備わっていることが多いが、複数種の脂肪酸が、必ずしも互いに相乗的に作用するとは限らない。
【0007】
本開示の目的は、高濃度でEPAを含有し、EPAの機能を効果的に発揮可能な微生物油及びその製造方法を提供することにある。本開示の他の目的は、EPA含有微生物油のようなEPA含有組成物を効率よく得るために利用可能な微生物種の選択範囲を拡大することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示は以下を含む。
[1] エイコサペンタエン酸(EPA)及びドコサヘキサエン酸(DHA)を含み、 エイコサペンタエン酸の含有率が、全脂肪酸に対して38面積%以上であり、以下の(a)~(c)からなる群より選択される少なくともひとつの脂肪酸比を有する、微生物油:
(a) 1.7以上の、DHAの含有率に対するEPAの含有率の比、
(b) 0.3以下の、炭素数20の脂肪酸の含有率に対する炭素数18の脂肪酸の含有率の比、
(c) 1.5以下の、炭素数22の脂肪酸の含有率に対する炭素数18の脂肪酸の含有率の比。
[2] トリグリセリド含有率が、微生物油の全重量に対して70重量%以上である[1]に記載の微生物油。
[3] 飽和脂肪酸の含有率が、全脂肪酸に対して40面積%以下である[1]又は[2]に記載の微生物油。
[4] アラキドン酸(ARA)の含有率が、全脂肪酸に対して10.0面積%以下である[1]~[3]のいずれか1に記載の微生物油。
[5] アラキドン酸(ARA)の含有率が、EPAの含有率に対して5.0以下である[1]~[4]のいずれか1に記載の微生物油。
[6] ドコサヘキサエン酸の含有率が、エイコサペンタエン酸の含有率よりも低い[1]~[5]のいずれか1に記載の微生物油。
[7] ドコサヘキサエン酸の含有率が、全脂肪酸に対して0.5面積%以上25面積%以下である[1]~[6]のいずれか1に記載の微生物油。
[8] n-6ドコサペンタエン酸(n-6DPA)の含有率が、n-3ドコサペンタエン酸(n-3DPA)の含有率に対して2.0以下である[1]~[7]のいずれか1に記載の微生物油。
[9] n-3ドコサペンタエン酸(n-3DPA)の含有率が、全脂肪酸に対して0.3面積%以上である[1]~[8]のいずれか1に記載の微生物油。
[10] エイコサテトラエン酸(ETA)の含有率が、全脂肪酸に対して0.1面積%以上である[1]~[9]のいずれか1に記載の微生物油。
[11] 炭素数18の不飽和脂肪酸の合計含有率が、それぞれ全脂肪酸に対して2.0面積%以下である[1]~[10]のいずれか1に記載の微生物油。
[12] 粗油である[1]~[11]のいずれか1に記載の微生物油。
[13] エイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸双方の生成能を有する微生物を用意すること、用意された微生物を、30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培養培地中で培養すること、培養により得られたバイオマスから、請求項1~請求項12のいずれか1に記載の微生物油を得ること、を含む、微生物油の製造方法。
[14] 前記微生物が、ストラメノパイル(Stramenopiles)に属する微生物からなる群より選択される少なくとも1種の微生物である[13]に記載の微生物油の製造方法。
[15] 前記微生物が、グルコースを含有する培地中では、増殖しないか、ドコサヘキサエン酸を、エイコサペンタエン酸よりも多く生成し得る微生物である[13]又は[14]のいずれか1に記載の微生物油の製造方法。
[16] 前記培養の環境が、30℃で10日間放置したときに0.5mLの水分蒸発量に相当する環境である[13]~[15]のいずれか1に記載の微生物油の製造方法。
[17] [13]~[16]のいずれか1に記載の製造方法により得られる微生物油。
[18] グルコースを含有する培地中では、増殖しないか、ドコサヘキサエン酸を、エイコサペンタエン酸よりも多く含む微生物油を生成し得る微生物を用意すること、用意された微生物を、30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培養培地中で培養すること、培養により得られたバイオマスから、エイコサペンタエン酸を、ドコサヘキサエン酸よりも多く含有する微生物油を得ること、を含む、微生物油の脂肪酸含有比を制御する方法。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、高濃度でEPAを含有し、EPAの機能を効果的に発揮可能な微生物油及びその製造方法を提供することができる。本開示によれば、EPA含有微生物油のようなEPA含有組成物を効率よく得るために利用可能な微生物種の選択範囲を拡大することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示による微生物油は、エイコサペンタエン酸(EPA)及びドコサヘキサエン酸(DHA)を含み、エイコサペンタエン酸の含有率が、全脂肪酸に対して38面積%以上であり、以下の(a)~(c)からなる群から選択される少なくともひとつの脂肪酸比を有する、微生物油である:
(a) 1.7以上の、DHAの含有率に対するEPAの含有率の比、
(b) 0.3以下の、炭素数20の脂肪酸の含有率に対する炭素数18の脂肪酸の含有率の比、
(c) 1.5以下の、炭素数22の脂肪酸の含有率に対する炭素数18の脂肪酸の含有率の比。
【0011】
本開示に係る微生物油は、EPAを、全脂肪酸に対して38面積%以上であると共に、上記(a)~(c)の脂肪酸比の少なくともひとつを有しているので、EPAの所望の機能が、効果的に発揮可能となる。
これを更に説明すれば、本開示の微生物油がDHAの含有率に対するEPAの含有率の比を一定以上の場合、EPAの所望の機能を効果的に発揮することができる。また、EPAと共にDHAも含むので、DHAとEPAとの相乗効果も期待できる。
炭素数18の飽和又は不飽和脂肪酸は、炭素数20以上の多価不飽和脂肪酸の前駆体として知られている。このため、本開示の微生物油において、このような炭素数18の飽和又は不飽和脂肪酸の含有率が、炭素数20の脂肪酸又は炭素数22の脂肪酸の含有率に対して一定以下の比となる場合、EPA及びDHAを得るために効率よく利用されて、微生物油中に高純度にEPA及びDHAを含むことができる。本開示の微生物油は、炭素数18の脂肪酸の含有率が所定の範囲に抑えられているか、共に生成され得るDHAの含有率が所定範囲となっているので、EPAのより効率よい機能発揮が期待できる。
本明細書では、EPA及びDHAを含み、EPAの含有率が全脂肪酸に対して38面積%以上であり、所定の要件を備えた本開示に係る微生物油を「EPA高含有微生物油」と称する場合がある。
【0012】
本開示に係る微生物油の製造方法は、エイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸双方の生成能を有する微生物を用意すること、用意された微生物を、30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培地中で培養すること、培養後に得られたバイオマスから、本開示に係るEPA高含有微生物油を得ること、を含む製造方法である。
本開示に係る微生物油の製造方法では、EPAとDHAとを生成可能な微生物を、所定の通気環境下でかつグリセロールを含有する培地中で培養することを含む。これより、本開示に係るEPA高含有微生物油を効率よく得ることができる。
本開示にかかる微生物油の製造方法において用いるグリセロールを含有する培養培地は、微生物が増殖し、微生物油のエイコサペンタエン酸の含有率がドコサヘキサエン酸の含有率よりも高くなるグルコース濃度でグルコースを含んでもよい。
【0013】
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。本明細書において「~」を用いて示された数値範囲は、その前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示すものとする。本明細書において、混合物中の各成分の含有率は、混合物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、混合物中に存在する当該複数の物質の合計の含有率を意味する。本明細書において、パーセントに関して「以下」又は「未満」との用語は、下限値を特に記載しない限り0%、即ち「含有しない」場合を含み、又は、現状の手段では検出不可の値を含む範囲を意味する。
【0014】
「バイオマス」という用語は、所定の領域又は生態系で成長した所定の時点の微生物又は細胞の集合物又は塊を指す。この領域又は生態系は、天然に存在する環境(たとえば、水域)でもよいし、合成環境(たとえば、(たとえば、開放型又は密閉型の)発酵槽又はバイオリアクタ)でもよい。
【0015】
本開示において「微生物油」とは、微生物バイオマスを起源として得られ、常温常圧、すなわち25℃1気圧下で水に不溶の有機物の混合物である。微生物油には、飽和又は不飽和脂肪酸、リン脂質、ステロール、グリセロール、セラミド、スフィンゴ脂質、テルペノイド、フラボノイド、トコフェロール等の油性成分が含まれ、飽和又は不飽和脂肪酸は、他の油性成分における構成脂肪酸として存在する場合もある。本明細書において「油」とは、これらの脂質及び油性成分を含む組成物を意味する。
【0016】
用語「脂肪酸」には、遊離の飽和若しくは不飽和脂肪酸それら自体だけでなく、遊離の飽和若しくは不飽和脂肪酸、飽和若しくは不飽和脂肪酸アルキルエステル、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、リン脂質、ステリルエステル等中に含まれる構成単位としての脂肪酸も含まれ、構成脂肪酸とも言い換えられ得る。本明細書において、特に断らない限り、脂肪酸を含む化合物の形態については省略する場合がある。脂肪酸を含む化合物の形態としては、遊離脂肪酸形態、脂肪酸アルキルエステル形態、グリセリルエステル形態、リン脂質の形態、ステリルエステル形態等を挙げることができる。同一の脂肪酸を含む化合物は、油中、単一の形態で含まれていてもよく、2つ以上の形態の混合物として含まれていてもよい。
【0017】
脂肪酸の加水分解又はアルコール分解の反応効率は高いことが経験的に判明しており、加水分解又はアルコール分解後には、主として遊離脂肪酸形態又はそれらの低級アルコールエステル形態の脂肪酸を含む組成物が得られる。このため、加工工程後の脂肪酸については、特に断らない限り、組成物であること、及び、脂肪酸が遊離脂肪酸形態又は低級アルコールエステル形態の脂肪酸であることを省略して表記することがある。ただし、遊離脂肪酸形態又は低級アルコールエステル形態以外の形態の脂肪酸が含まれることを完全に排除するものではない。
【0018】
脂肪酸を表記する際に、炭素数、二重結合の数及び二重結合の場所を、それぞれ数字とアルファベットを用いて簡略的に表した数値表現を用いることがある。たとえば、炭素数20の飽和脂肪酸は「C20:0」と表記され、炭素数20で炭素鎖に二重結合を3つ有する三価不飽和脂肪酸は「C20:3」と表記される。たとえば、エイコサペンタエン酸は「C20:5,n-3」、ドコサヘキサエン酸は「C22:6,n-3」等と表記され得る。「n-」は、脂肪酸のメチル末端から数えた最初の二重結合の位置を示し、たとえば「n-6」であれば、二重結合の位置が脂肪酸のメチル末端から数えて6番目であることを示し、「n-3」であれば、二重結合の位置が脂肪酸のメチル末端から数えて3番目であることを示す。この方法は当業者には周知であり、この方法に従って表記された脂肪酸については、当業者であれば容易に特定することができる。
この文脈において、「炭素数20の脂肪酸」のように炭素数と用語「脂肪酸」との組み合わせによる表現は、当該炭素数を有する飽和脂肪酸と、当該炭素数を有する一価以上の飽和脂肪酸との総称を意味するために用いられる場合がある。たとえば「炭素数20の脂肪酸」の用語には、炭素数20の飽和脂肪酸、炭素数20の一価の不飽和脂肪酸、炭素数20の二価以上の不飽和脂肪酸が含まれる。
【0019】
本明細書において、炭素数20以上の多価不飽和脂肪酸を、特に断らない限り、「PUFA」と称する場合がある。PUFAにおける炭素数20以上の多価不飽和脂肪酸には、二価以上、好ましくは三価以上の不飽和脂肪酸が含まれる。多価不飽和脂肪酸の炭素数は、構成脂肪酸の炭素数を意味する。炭素数20以上の多価不飽和脂肪酸としては、例えば、炭素数20以上22以下の多価不飽和脂肪酸を挙げることができ、具体的には、エイコサジエン酸(C20:2,n-6、EDA)、ジホモ-γ-リノレン酸(C20:3,n-6、DGLA)、ミード酸(C20:3,n-9、MA)、エイコサテトラエン酸(C20:4,n-3、ETA)、アラキドン酸(C20:4,n-6、ARA)、エイコサペンタエン酸(C20:5,n-3、EPA)、ドコサテトラエン酸(C22:4,n-6、DTA)、ドコサペンタエン酸(C22:5,n-3、DPA)、ドコサペンタエン酸(C22:5,n-6、DPA)及びドコサヘキサエン酸(C22:6,n-3、DHA)等を挙げることができる。本明細書において、PUFAの中でも、n-3系PUFAを特に「n-3PUFA」、n-6系PUFAを「n-6PUFA」と称する場合がある。
【0020】
本明細書における油中の脂肪酸の合計重量に対する脂肪酸の含有量は、脂肪酸組成に基づいて決定する。脂肪酸組成は、常法にしたがって求めることができる。具体的には、測定対象となる油を、低級アルコールと触媒を用いてエステル化し、脂肪酸低級アルコールエステルを得る。次いで、得られた脂肪酸低級アルコールエステルを、ガスクロマトグラフィーを用いて分析する。得られたガスクロマトグラフィーのチャートにおいて各脂肪酸に相当するピークを同定し、Agilent ChemStation積分アルゴリズム(リビジョンC.01.03[37]、Agilent Technologies)を用いて、各脂肪酸のピーク面積を求める。ピーク面積とは、各種脂肪酸を構成成分とする油をガスクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出器(TLC/FID)等を用いて分析したチャートのそれぞれの成分のピーク面積の全ピーク面積に対する割合(面積%)であり、そのピークの成分の含有比率を示すものである。上述の測定方法により得られた面積%による値は、試料中の各脂肪酸の重量%による値と同一として互換可能に使用できる。日本油化学会(JOCS)制定 基準油脂分析試験法 2013版 2.4.2.1-2013 脂肪酸組成(FID恒温ガスクロマトグラフ法)及び、同2.4.2.2-2013 脂肪酸組成(FID昇温ガスクロマトグラフ法)を参照のこと。
以下、本開示について説明する。
【0021】
<微生物油>
本開示の一実施形態であるEPA高含有微生物油は、エイコサペンタエン酸(EPA)及びドコサヘキサエン酸(DHA)を含み、エイコサペンタエン酸の含有率が、全脂肪酸に対して38面積%以上であり、以下の(a)~(c)からなる群から選択される少なくともひとつの脂肪酸比を有する、微生物油:
(a) 1.7以上の、DHAの含有率に対するEPAの含有率の比、
(b) 0.3以下の、炭素数20の脂肪酸の含有率に対する炭素数18の脂肪酸の含有率の比、
(c) 1.5以下の、炭素数22の脂肪酸の含有率に対する炭素数18の脂肪酸の含有率の比。
【0022】
EPA高含有微生物油におけるEPAの含有率は、EPAの機能性発揮、精製効率等の観点から38面積以上であり、38.5面積%以上、39面積%以上、39.5面積%以上、40面積%以上、40.5面積%以上、41面積%、41.5面積%以上、42面積%以上、42.5面積%以上、43面積%以上、43.5面積%以上、44面積%、44.5面積%以上、45面積%以上、45.5面積%以上、46面積%、46.5面積%以上、47面積%以上、47.5面積%以上、48面積%以上、48.5面積%以上、49面積%、49.5面積%以上、又は50面積%以上とすることができる。EPA高含有微生物油におけるEPAの上限値については特に制限はなく、たとえば、99.5面積%以下、99.3面積%以下、99面積%以下、98.5面積%以下、98面積%以下、又は97面積%以下とすることができる。EPA高含有微生物においてEPAの含有率の範囲は、これらの上限値及び下限値の任意の組み合わせとすることができる。
【0023】
EPA高含有微生物油では、EPAと共にDHAを含有するものであり、EPA高含有微生物油におけるEPAの機能性発揮及びEPAの精製効率などの観点から、DHAの含有率は、EPAの含有率よりも低いことが好ましい。
【0024】
EPA高含有微生物油におけるDHAの含有率は、EPAの機能の発揮、DHAの機能の発揮及びEPAとDHAの相乗効果の発揮等の観点から0.5面積以上、0.7面積%以上、1面積%以上、1.5面積%以上、2面積%以上、又は3面積%以上とすることができる。EPA高含有微生物油におけるDHAの上限値については、EPAの精製効率の点で、25面積%以下、22面積%以下、20面積%以下、18面積%以下、15面積%以下、13面積%以下、12面積%以下、11.5面積%以下、又は11面積%以下とすることができる。EPA高含有微生物においてDHAの含有率の範囲は、これらの上限値及び下限値の任意の組み合わせとすることができ、たとえば、0.5面積%以上25面積%以下、又は1.5面積%以上15面積%以下とすることができる。
【0025】
EPA高含有微生物油は、EPA及びDHA以外の他の飽和又は不飽和脂肪酸を含むものであってもよく、含まないものであってもよい。EPA高含有微生物油におけるEPA及びDHA以外の他の飽和又は不飽和脂肪酸の含有率は、それぞれの脂肪酸の機能、特性などの観点から、又はEPA高含有微生物油の機能性発揮の観点から、それぞれ0面積%の含有率であってもよく、0面積%を超える含有率であってもよい。EPA及びDHA以外の他の飽和又は不飽和脂肪酸としては、たとえば、炭素数を限定しない飽和脂肪酸、炭素数18の一価不飽和脂肪酸、炭素数18の二価不飽和脂肪酸、EPA以外の炭素数20の不飽和脂肪酸、炭素数21の不飽和脂肪酸、DHA以外の炭素数22の不飽和脂肪酸、その他の不飽和脂肪酸を挙げることができる。
【0026】
本開示の一実施形態に係るEPA高含有微生物油は、EPAの機能を効果的に発揮する観点、高純度のEPA含有組成物の精製効率の観点、後述する利点の少なくともひとつ以上を得る観点から、以下の脂肪酸の含有率及び比からなる群より選択される少なくともひとつを有することができる。
【0027】
(a) EPA高含有微生物油において、DHAの含有率に対するEPAの含有率の比(EPA/DHA)は、EPAの機能性発揮、精製効率などの観点から、1.7以上、1.8以上、1.9以上、2.0以上、2.2以上、2.5以上、2.7以上、3.0以上、3.2以上、3.5以上、3.7以上、4.0以上、4.2以上、4.4以上、4.5以上、4.7以上、又は5.0以上であってもよい。EPA/DHA比の上限値については特に制限はなく、たとえば、10.0以下、又は8.0以下とすることができる。EPA高含有微生物においてEPA/DHA比の範囲は、これらの上限値及び下限値の任意の組み合わせとすることができ、たとえば、1.7以上10.0以下、又は3.0以上8.0以下とすることができる。
【0028】
(b) EPA高含有微生物油において、炭素数18の脂肪酸の含有率は、EPAの純度、EPAの機能発揮などの観点から、炭素数20の脂肪酸の含有率に対して0.3以下、0.1以下、0.05以下、0.03以下、又は0.02以下とすることができる。
(c) EPA高含有微生物油において、炭素数18の脂肪酸の含有率は、DHAのEPAに対する相乗効果の効果的な発揮の観点からの観点から、炭素数22の脂肪酸の含有率に対して1.5以下、1.0以下、0.5以下、0.1以下、0.08以下、又は0.05以下とすることができる。
EPA高含有微生物において、炭素数18の脂肪酸は含まれてなくてもよく、したがって、炭素数18の脂肪酸の含有率の下限値は0面積%であってもよい。
【0029】
EPA高含有微生物は、上記(a)~(c)からなる群より選択される少なくともひとつの脂肪酸比を有することで、たとえば、EPAの純度、EPAの機能性発揮、精製効率などの利点を有することができる。
EPA高含有微生物は、(a)~(c)に加えて、更に以下(d)~(n)からなる群より選択される少なくともひとつの脂肪酸含有率又は比を有してもよい。
【0030】
(d) 炭素数を限定しない飽和脂肪酸(以下、単に飽和脂肪酸という)の含有率は、全脂肪酸に対して40面積%以下、30面積%以下、25面積%以下、20面積%以下、19面積%以下、18面積%以下、17面積%以下又は15面積%以下とすることができる。この範囲の飽和脂肪酸の含有率を有するEPA高含有微生物油は、たとえば低温での安定性がより良好であり、取り扱い性により優れる等の利点を有することができる。
(d’) EPA高含有微生物油において、PUFAの安定性が良好である低温での取り扱い性が優れるという観点から、EPAに対する飽和脂肪酸の含有率の比は、1.5以下、1.1以下、0.8以下、0.5以下、又は0.4以下とすることができる。
EPA高含有微生物油に含まれうる飽和脂肪酸としては、たとえば、炭素数12以上の飽和脂肪酸を挙げることができる。炭素数12以上の飽和脂肪酸としては、たとえばラウリン酸(C12:0)、ミリスチン酸(C14:0)、パルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)、アラキジン酸(C20:0)、ベヘン酸(C22:0)、リグノセリン酸(C24:0)を挙げることができる。
【0031】
(e) 炭素数20の多価不飽和脂肪酸のうち、特にアラキドン酸(C20:4,n-6、ARA)の含有率は、全脂肪酸に対して10.0面積%以下、5.0面積%以下、3.0面積%以下、2.5面積%以下又は2.0面積%以下とすることができる。EPA高含有微生物油におけるアラキドン酸の含有率がこの範囲内であれば、EPA高含有微生物油は、n-6PUFAによる拮抗作用以上の効果を得ることができる。
(e’) EPA高含有微生物油において、n-6PUFAによる拮抗作用の観点から、EPAに対するARAの含有率の比は、5.0以下、1.0以下、0.5以下、0.1以下、0.08以下、0.05以下、又は0.04以下とすることができる。
【0032】
(f) 炭素数20の多価不飽和脂肪酸のうち、特にエイコサテトラエン酸(C20:4,n-3、ETA)の含有率は、全脂肪酸に対して0.1面積%以上、0.5面積%以上、又は1.0面積%以上であってもよい。エイコサテトラエン酸がこの含有率でEPA高含有微生物油に含まれることによって、EPAの機能の発揮、DHAの機能の発揮、ETAの機能の発揮、並びにEPA、DHA及びETAの相乗効果を得ることができる。ETAの含有率の上限値は、EPAの含有率との関係で10.0面積%以下、5.0面積%以下、3.0面積%以下、2.0面積%以下、又は1.8面積%以下とすることができる。
EPA高含有微生物においてETAの含有率の範囲は、これらの上限値及び下限値の任意の組み合わせとすることができ、たとえば、0.1面積%以上10.0面積%以下、又は0.5面積%以上5.0面積%以下とすることができる。
【0033】
(f’) EPA高含有微生物油において、EPAの機能性発揮、精製効率等の観点から、EPAに対するETAの含有率の比は、1.6以下、1.0以下、又は0.05以下とすることができる。ETA/EPA比の下限値は、特に制限はなく、たとえば0.001以上、0.005以上とすることができる。
EPA高含有微生物においてETA/EPA比の範囲は、これらの上限値及び下限値の任意の組み合わせとすることができ、たとえば、0.001以上1.6以下、又は0.001以上1.0以下とすることができる。
【0034】
(g) EPA高含有微生物油は、DHA以外に炭素数22以上の二価以上、好ましくは三価以上のn-3不飽和脂肪酸を含むことができる。本明細書では、炭素数22以上の二価以上のn-3不飽和脂肪酸を、n-3C22PUFAを称する場合がある。n-3C22PUFAとしては、ドコサペンタエン酸(C22:5,n-3、n-3DPA)及び、DHAが挙げられる。EPA高含有微生物油におけるn-3C22PUFAの合計含有率は、EPAの機能の発揮、DHAの機能の発揮、n-3C22PUFAの機能の発揮、及びEPA、DHA及びn-3PUFAの相乗効果の観点から、全脂肪酸の0.3面積%以上、0.5面積%以上、1.0面積%以上、5.0面積%以上、8.0面積%以上、10面積%以上、15面積%以上、又は19面積%以上とすることができ、35面積%以下、30面積%以下、25面積%以下、23面積%以下、又は20面積%以下とすることができる。EPA高含有微生物においてPUFAの合計含有率の範囲は、これらの上限値及び下限値の任意の組み合わせとすることができ、たとえば、0.5面積%以上35面積%以下、又は10面積%以上25面積%以下とすることができる。
【0035】
(g’) EPA高含有微生物油において、EPAに対するn-3C22PUFAの含有率の比(n-3C22PUFA/EPA)は、EPAの機能の発揮、DHAの機能の発揮、n-3C22PUFAの機能の発揮、及びEPA、DHA及びn-3PUFAの相乗効果の観点から、3.0以下、2.0以下、1.0以下、又は0.6以下とすることができる。EPA高含有微生物油においてn-3C22PUFA/EPA比の下限値としては、たとえば0.01以上とすることができる。
【0036】
(h) EPA高含有微生物油におけるn-3DPAの含有率は、全脂肪酸に対して0.3%面積%以上、1.0面積%以上、3.0面積%以上、5.0面積%以上、又は8.0面積%以上であってもよい。n-3DPAがこの含有率でEPA高含有微生物油に含まれることによって、EPAの機能の発揮、DHAの機能の発揮、n-3DPAの機能の発揮、及びEPA、DHA及びn-3DPAの相乗効果を得ることができる。n-3DPAの含有率の上限値は、EPAの含有率との関係で20.0面積%以下、15.0面積%、又は12.0面積%以下とすることができる。EPA高含有微生物においてn-3DPAの含有率の範囲は、これらの上限値及び下限値の任意の組み合わせとすることができ、たとえば、0.3面積%以上20.0面積%以下、又は8.0面積%以上15.0面積%以下とすることができる。
(h’) EPA高含有微生物油において、EPAの機能性発揮、精製効率等の観点から、EPAに対するn-3DPAの含有率の比は、8.0以下、6.0以下、又は5.0以下とすることができる。
【0037】
(i) EPA高含有微生物油におけるn-6DPAの含有率は、全脂肪酸に対して2.0面積%以下、1.0面積%以下、0.5面積%以下、又は0.1面積%以下とすることができる。EPA高含有微生物油におけるn-6DPAの含有率がこの範囲内であれば、EPA高含有微生物油は、n-6PUFAによる拮抗作用以上の効果を得ることができる。
(i’) EPA高含有微生物油において、n-6PUFAによる拮抗作用の観点から、EPAに対するn-6PDAの含有率の比は、1.0以下、0.1以下、又は0.01以下とすることができる。
【0038】
(j) EPA高含有微生物油において、n-6PUFAによる拮抗作用の観点から、n-6DPAの含有率は、n-3DPAの含有率に対して2.0以下、1.0以下、0.1以下、又は0.01以下とすることができる。
【0039】
(k) EPA高含有微生物油は、炭素数18の一価以上の不飽和脂肪酸を含むことができる。EPA高含有微生物油における炭素数18の不飽和脂肪酸の合計含有率は、EPAの機能性発揮、精製効率向上等の観点から、全脂肪酸に対して2.0面積%以下、1.0面積%以下、0.5面積%以下、又は0.2面積%以下とすることができる。
(k’) EPA高含有微生物油において、EPAの機能性発揮、精製効率向上等の観点から、EPAに対する炭素数18の不飽和脂肪酸の合計含有率の比は、2.0以下、1.0以下、0.1以下、0.05以下、0.02以下又は0.01以下とすることができる。
【0040】
(l) EPA高含有微生物油において、炭素数21の脂肪酸の含有率は、全脂肪酸に対して2.0面積%以下、1.5面積%以下、又は1.0面積%以下とすることができる。炭素数21の脂肪酸の含有率が上記範囲のEPA高含有微生物油は、たとえば低温での安定性がより良好であり、取り扱い性により優れる等の利点を有することができる。
(l’) EPA高含有微生物油において、低温での安定性及び取り扱い性の観点から、EPAに対する炭素数21の脂肪酸の含有率の比は、1.0以下、0.1以下、又は0.02以下とすることができる。
【0041】
(m) 炭素数20の多価不飽和脂肪酸のうち、特にジホモ-γ-リノレン酸(C20:3,n-6、DGLA)の含有率は、全脂肪酸に対して5.0面積%以下、1.0面積%以下、0.5面積%以下、又は0.1面積%以下とすることができる。EPA高含有微生物油におけるDGLAの含有率がこの範囲内であれば、EPA高含有微生物油は、n-6PUFAによる拮抗作用以上の効果を得ることができる。
(m’) EPA高含有微生物油において、n-6PUFAによる拮抗作用の観点から、EPAに対するDGLAの脂肪酸の含有率の比は、1.0以下、0.1以下、0.05以下、又は0.01以下とすることができる。
【0042】
(n) 炭素数22の多価不飽和脂肪酸のうち、特にドコサテトラエン酸(C22:4,n-6、DTA)の含有率は、全脂肪酸に対して2.0面積%以下、1.5面積%以下、又は1.0面積%以下とすることができる。EPA高含有微生物油におけるDTAの含有率がこの範囲内であれば、EPA高含有微生物油は、n-6PUFAによる拮抗作用以上の効果を得ることができる。
(n’) EPA高含有微生物油において、n-6PUFAによる拮抗作用の観点から、EPAに対するDTAの脂肪酸の含有率の比は、1.0以下、0.1以下、0.05以下、又は0.02以下とすることができる。
【0043】
EPA高含有微生物油は、(a)~(n’)の脂肪酸含有率又は比の少なくともひとつを有することができ、高濃度でEPAを含有し、EPAの機能を効果的に発揮するという観点から、(a)~(n’)からなる群より選択される少なくともひとつの脂肪酸含有率又は比を有することができる。
【0044】
EPA高含有微生物油は、粗油であってもよく、精製油であってもよい。EPA高含有微生物油は、粗油であることが、たとえば組成物におけるEPAの高純度化の観点から好ましい。本明細書において「微生物油の粗油」とは、微生物のバイオマスから抽出され、後述する精製工程を経ていない状態の組成物を指す。本明細書において、「抽出」とは、バイオマス中の微生物の構造を破壊し、微生物内の油成分を取り出すことを意味する。抽出の方法等については、後述する。本明細書において「微生物の精製油」とは、微生物の粗油に対して脱ガム工程、脱酸工程、活性白土又は活性炭を用いた脱色工程、水洗工程、水蒸気蒸留等による脱臭工程などを行って、リン脂質及びステロールなどの目的物以外の物質を除去する粗油精製工程を経て得た組成物を指す。
【0045】
EPA高含有微生物油において各脂肪酸は、トリグリセリド、ジグリセリド及びモノグリセリドのいずれの形態で存在してもよい。EPA高含有微生物油のトリグリセリド含有率は、微生物の全重量に対して70重量%以上、75重量%以上、80重量%以上、90重量%以上、又は95重量%以上とすることができる。EPA高含有微生物油のトリグリセリド含有率が70重量%以上の場合、微生物油としての吸湿性が低すぎることがなく、たとえば良好な流動性を得ることができる。EPA高含有微生物油中のトリグリセリドの含有率の上限値については特に制限はなく、一般に、EPA高含有微生物油中のトリグリセリド含有率は、EPA高含有微生物油の全重量の99重量%以下である。本開示の他の態様では、EPA高含有微生物油中のトリグリセリド含有率は、EPA高含有微生物油の全重量に対して100重量%、すなわち、EPA高含有微生物油が、トリグリセリド以外の成分を実質的に含まなくてもよい。EPA高含有微生物油におけるトリグリセリド含有率は、AOCS Recommended Practice Cd 11c-93 (1997), SAMPLING AND ANALYSIS OF COMMERCIAL FATS AND OILS, (American Oil Chemists’Society)に準じて測定する。
【0046】
EPA高含有微生物油は、微生物油に特有の他の成分を含むことができ、微生物に特有な脂肪酸組成を示すことができ、又は微生物に特有な他の成分を含み且つ特有な脂肪酸組成を示すことができる。微生物油に特有な他の成分として、リン脂質、遊離脂肪酸、脂肪酸エステル、モノアシルグリセロール、ジアシルグリセロール、トリアシルグリセロール、ステロール及びステロールエステル、カロテノイド、キサントフィル、ユビキノン、炭化水素、イソプレノイド誘導化合物及びこれらいずれかが代謝された化合物等を挙げることができる。
【0047】
EPA高含有微生物油は、化学合成の工程を経ずに得ることができるため、有機溶媒の含有量が低いものであることができる。本明細書における有機溶媒は、脂肪酸以外のものであって、少なくとも1つの炭素原子を有する疎水性又は親水性の溶媒を意味し、極性溶媒、非極性溶媒、水混和性溶媒、水不混和性溶媒、及びそれらの2以上の組み合わせが挙げられる。有機溶媒としては、置換又は未置換の、飽和若しくは不飽和脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、アルコール、エーテル、ケトン、アルデヒド、カルボン酸、エステル、ニトリル、アミド等を挙げることができ、これらは単独で又は2つ以上の組み合わせであってもよい。
【0048】
EPA高含有微生物油における残留有機溶媒の総含有量は、5000ppm以下、3000ppm以下、2000ppm以下、又は1000ppm以下とすることができる。
EPA高含有微生物油において、含有量が低い有機溶媒としては、メタノール、エタノール、アセトン及びヘキサンからなる群より選択される少なくとも1つを挙げることができる。これらの有機溶媒は、それぞれ独立に、500ppm以下、300ppm以下、又は200ppm以下とすることができる。たとえば、高濃度DHA含有油におけるメタノール、エタノール、アセトン及びヘキサンの含有量のいずれもが、500ppm以下、300ppm以下、又は200ppm以下とすることができる。
【0049】
<微生物油の製造方法>
本開示の一実施形態に係る微生物油の製造方法は、エイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸双方の生成能を有する微生物を用意すること、用意された微生物を、30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培地中で培養すること、培養後に得られたバイオマスから、本開示のEPA高含有微生物油を得ることを含み、必要に応じて他の工程を含む。
本明細書では、エイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸双方の生成能を有する微生物を用意する工程を、単に、「微生物用意工程」と称する場合がある。30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培地中で培養する工程を、単に「培養工程」という場合がある。培養後に得られたバイオマスから、本開示のEPA高含有微生物油を得る工程を、単に、「微生物油取得工程」という場合がある。
【0050】
微生物用意工程では、EPA及びDHA双方の生産能を有する微生物が用意される。EPA及びDHA双方の生産能を有する微生物としては、微生物の内部でEPA及びDHAを生成可能な微生物であれば特に制限はない。微生物としては培養可能な微生物とすることができ、培養可能な微生物であれば、天然採取後の微生物であってよく、培養後の微生物であってもよい。これらの微生物は1種単独で用いてもよく、2種以上の組み合わせであってもよい。本開示の一実施形態にかかるEPA及びDHA双方の生産能を有する微生物は、遺伝子組換え体であってもよい。
【0051】
適用可能な微生物としては、たとえば、菌類(fungi)に属する微生物、緑藻類(Chlorophycea)の微生物、ユーグレナ藻類(Euglenida)の微生物、SARの微生物からなる群より選択される少なくとも1種を挙げることができる。
【0052】
菌類としては、酵母(Yeast)、糸状菌(filamentous fungi)等を挙げることができる。酵母としては、ヤロウィア(Yarrowia)属微生物、ピキア(Pichia)属微生物、サッカロミケス(Saccharomyces)属微生物、クリプトコッカス(Cryptococcus)属微生物及びトリコスポロン(Trichosporn)属微生物からなる群より選択される少なくとも1種の微生物を挙げることができる。糸状菌としては、モルティエレラ(Mortierella)属微生物、フィチウム(Pythium)属微生物及びフィトフトラ(Phytophthora)属微生物からなる群より選択される少なくとも1種の微生物を挙げることができる。モルティエレラ(Mortierella)属に属する微生物が更に好ましい。モルティエレラ属に属する微生物としては、たとえば、モルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)、モルティエレラ・ヒグロフィラ(Mortierella hygrophila)及びモルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)を挙げることができる。
【0053】
緑藻類の微生物としては、たとえばボトリオコッカス(Botryococcus)属、シュードコリシスティス(Pseudochoricystis)、イカダモ(Scenedesmus及びDesmodesmus)に属する微生物を挙げることができる。
【0054】
ユーグレナ藻類の微生物としては、ミドリムシ(Euglenaceae)科に属する微生物等を挙げることができる。ミドリムシ科に属する微生物としては、たとえば、ミドリムシ(Euglena)属に属する微生物を挙げることができる。
【0055】
SARは、Adlらの提唱する分類体系(Adl et.al., Jornal of Eukaryotic Microbiology, 59(5):429-493(2012))におけるSPRを意味し、具体的には、ストラメノパイル、アルベオラータ及びリザリア(Rhizaria)の微生物が該当する。ストラメノパイルに属する微生物からなる群より選択される少なくとも1種の微生物が好ましい。ストラメノパイルとしては、ビコソエカ類(Bicosoecida)、ラビリンチュラ類(Labyrinthulea)、ブラストシスチス(Blastocystis)、無殻太陽虫(Actinophyida)、オパリナ類(Opalinata)、プラシディア類(Placidida)、卵菌類(Oomycetes)、サカゲツボカビ類(Hyphochytriomycetes)、ヴェロパイエラ(Developayella)、黄金色藻(Chrysophyceae)、真正眼点藻(Eustigmatophyceae)、ファエオタムニオン藻(Phaeothamniophyceae)、ピングイオ藻(Pinguiophyceae)、ラフィド藻(Raphidophyceae)、シヌラ藻(Synurophyceae)、黄緑藻(Xantexyophyceae)、褐藻(Phaeophyceae)、シゾクラディア藻(Schizocladiophyceae)、クリソメリス藻(Chrysomerophyceae)、ディクチオカ藻(Dictyochophyceae)、ボリド藻(Bolidophiceae)、ペラゴ藻(Pelagophyceae)及び珪藻(Bacillariophyceae)微生物からなる群より選択される少なくとも1種の微生物を挙げることができる。
【0056】
アルベオラータとしては、繊毛虫(Ciliophora)、アピコンプレクサ(Apicomplexa)及び渦鞭毛藻類(Dinoflagellate)に属する微生物を挙げることができる。渦鞭毛藻類としては、たとえばクリプテコデニィウム(Crypthecodinium)属に属する微生物を挙げることができる。クリプテコデニィウム属に属する微生物としては、たとえば、クリプテコディニウム・コーニイ(Crypthecodinium cohnii)を挙げることができる。
【0057】
微生物としては、ラビリンチュラ類に属する微生物が好ましく、その中でも、ヤブレツボカビ科(Thraustochtrid)に属する微生物が特に好ましい。ヤブレツボカビ科に属する微生物としては、たとえば、アプラノキトリウム属(Aplanochytrium)、イァポノキトリウム属(Japonochytrium)、ラビリンチュロイデス属(Labyrinthuloides)、シゾキトリウム属(Schizocytrium)、ヤブレツボカビ属(Thraustochytrium)、ウルケニア属(Ulkenia)、アウランティオキトリウム属(Aurantiochytrium)、オブロンギキトリウム属(Oblongichytrium)、ボトリオキトリウム属(Botryochytrium)、パリエティキトリウム属(Parietichytrium)及びシクヨイドキトリウム属(Sicyoidochytrium)に属する微生物が好ましく、その中でも特にシゾキトリウム属及びヤブレツボカビ属微生物からなる群より選択された少なくとも1種の微生物が好ましい。
【0058】
本開示の一実施形態では、EPA及びDHA双方の生産能を有する微生物は、上述した微生物の中でも、グルコースを含有する培地中では、増殖しないか、DHAをEPAよりも多く生成し得る微生物である。グルコースは培地中で炭素源として又はその他の用途として、使用され得る糖類である。グルコースを含有する場合において、増殖しないか、DHAをEPAよりも多く生成し得る微生物が、後述する特定の培養工程で、グルコースを含有する培地で培養する場合と異なる挙動を示し、その結果、DHAよりもEPAを多く生成することができる。これにより、これまで微生物油におけるEPAの含有率の観点から、EPAの生産効率が劣ると思われていた微生物を、EPAの生産効率に優れる微生物として利用することができる。
【0059】
「グルコースを含有する培地」とは、培地におけるグルコースの含有率が、培地の全重量に対して1重量%~50重量%、好ましくは10重量%~30重量%である培地を意味する。培地については後述する。「グルコースを含有する培地では増殖しない」とは、微生物の増殖が可能な条件とした上で、培養液中のグルコース濃度が一定期間経過後、たとえば24時間後に、培地に添加した濃度と比較して減少していないことを意味する。したがって、「グルコースを含有する培地では増殖しない」とは、炭素源としてグルコースのみを含有する場合に増殖することができないことを意味する。「DHAをEPAよりも多く生成」し得ることの確認方法としては、培養により得られる微生物油において、脂肪酸含有率に基づいて行うことができる。
【0060】
培養工程では、用意された微生物が、30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培地中で培養される。培養に用いられる培養器については、特に制限はなく、1mL~10L、又は100mL~1Lのスケールの液体培養が可能な培養器から微生物の種類に基づいて適宜選択できる。培養器は、撹拌又は浸透機能を備えることができる。培養器としては、試験管、フラスコ、坂口フラスコ、バッフル付きフラスコ、チューブ型培養器、レースウェイ型培養器、パネル型培養器等を用いることができる。
【0061】
培養工程では、30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下で培養を行うことにより、完全な密閉条件ではなく、適度な通気条件に該当し、また、過剰な水分蒸発を抑制することができる。この通気環境は、培養器の通気口を栓で塞ぎ、26mm水柱時(255Pa)の流量を浮遊式流量計で測定することにより、確認することができる。培養工程の通気環境は、30mL/分以上1500mL/分以下の通気量が確認できる環境であればよく、EPAの生産効率等の観点から、30mL/分以上1000mL分以下、30mL/分以上500mL分以下、30mL/分以上200mL分以下、又は30mL/分以上120mL分以下の通気量が確認できる環境であることが好ましい。
【0062】
この通気環境は、たとえば、培養器の通気口を、本明細書で規定する通気環境を提供可能な栓で塞ぐことにより達成することができる。この通気環境を提供可能な栓は、500mLの三角フラスコの通気口を塞ぎ、26mm水柱時の流量を浮遊式流量計で測定することにより選択することができる。本明細書では、培養器の通気口を塞ぐことができる栓を「培養栓」と称することがある。本通気環境は、好ましくは、30℃下で10日間放置したときに0.5mLの水分蒸発量となる環境に相当するものであることが、培養液の過剰な濃縮を抑制する観点から、好ましい。培養工程における通気環境を提供可能な培養栓としては、たとえば、シリコーンゴム製の「シンエツ シリコセン Tタイプ」(T-42、信越ポリマー株式会社)を挙げることができる。
【0063】
微生物の培養工程で適用される培養培地は、グリセロールを含有する。培養培地におけるグリセロールは、通常炭素源として作用するが、その他の機能を有してもよい。培養条件等については、当該微生物について従来から適用されている培養培地、培養条件等をそのまま適用することができる。
【0064】
培養培地におけるグリセロールの含有量は、微生物の増殖維持又は促進の点で、0.1重量%~50重量%、好ましくは1重量%~30重量%とすることができる。炭素源は、微生物の増殖に伴って、回数に制限なく適当量で培養液中に追加することができる。炭素源を追加する場合、一回に添加する炭素源の量は、微生物の増殖維持又は促進の観点から適宜設定することができる。
【0065】
培養培地は、本開示に係るEPA高含有微生物油の製造方法の趣旨を損なわない範囲で、主成分をグリセロールとして、炭素源として、たとえば、フルクトース、キシロース、スクロース、マルトース、デンプン、可溶性デンプン、糖蜜、グルコース、トレハロース、マンニトール、その他の炭素源として利用可能な化合物を含有してもよい。グリセロールに加えて、これらの炭素源を併用する場合には、培養培地中におけるこれらの炭素源の合計の含有率は、グリセロールの含有率に対して、0.01以上であって、0.5以下、好ましくは0.3以下とすることができる。グリセロールを含有する培養培地は、微生物が増殖し、微生物油のエイコサペンタエン酸の含有率がドコサヘキサエン酸の含有率よりも高くなるグルコース濃度でグルコースを含んでもよい。
【0066】
一般に、菌株の胞子、菌糸、又は予め微生物を培養して得た前培養液を、液体培地又は固形培地に接種することにより、培養を開始する。培地としては、たとえば窒素源として酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、魚肉エキス、コーンスティープリカー、ペプトン、ポリペプトン、大豆粉、脱脂大豆粉、カザミノ酸、尿素、グルタミン酸ナトリウム、酢酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム等;無機塩として塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム等;ビタミンその他、必要な成分を適宜組み合わせた培地を挙げることができる。塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム等を含む培地とすることで、海洋性微生物の培養にも適用可能となる。
【0067】
培養培地における窒素源は、微生物の増殖維持又は促進の点で、0.01重量%~10重量%、好ましくは0.1重量%~4重量%とすることができる。窒素源は、微生物の増殖に伴って、回数に制限なく適当量で培養液中に追加することができる。窒素源を追加する場合、一回に添加する窒素源の量は、微生物の増殖維持又は促進の観点から適宜設定することができる。
【0068】
培養培地としては、広く多くのEPA高含有微生物油を生成し得る微生物の増殖可能性の点で、たとえば、グリセロール・酵母エキス寒天培地(GlyY培地)が用いることができる。液体培地の基材となる水性媒体は、基本的に水であり、蒸留水や精製水を用いることができる。培地は調製後、pHを3.0~9.0の範囲内に調整した後、オートクレーブ等により殺菌して用いる。
【0069】
培養培地のpHは、微生物の増殖、脂肪酸の合成、EPAの生成能の維持又は促進の観点から適宜選択することができ、たとえば、3.0~9.5、好ましくは3.5~9.5、より好ましくは4.5~9.0とすることができる。培養培地のpHは培地中の成分が微生物によって代謝されることにより変動する場合、水酸化ナトリウム、硫酸等のpH調整剤によって適宜制御することができる。
【0070】
培養温度については、EPAの生産効率の観点から、たとえば、40℃以下、35℃以下、30℃以下、28℃以下、又は25℃以下とすることができ、一方、微生物の成育の観点から、8℃以上、10℃以上、又は15℃以上とすることができる。培養温度の上限値又は下限値はいずれの組み合わせでもよく、たとえば、8℃~40℃、8℃~28℃、10℃~40℃、10℃~25℃、15℃~25℃とすることができる。このような温度範囲での培養を行う場合、EPA高含有微生物油中のEPAの濃度をより高くすることができる。
【0071】
培養工程における培養期間は、微生物の種類、成育状態、脂肪酸の蓄積効率等により異なり、特に制限はないが、培養液1リットルあたりの乾燥バイオマス量が1g~100gとなった場合に終了することができる。培養工程における培養期間は、通常、1日間~30日間、又は3日間~10日間とすることができる。
【0072】
微生物油取得工程では、培養により得られたバイオマスから、本開示のEPA高含有微生物油が得られる。微生物油取得工程は、培養期間後のバイオマスを回収する回収工程と、回収されたバイオマスから微生物油を抽出する抽出工程を含むことができる。
【0073】
回収工程では、培養後のバイオマスは、生物の種類及び培地の種類に応じて、当業界で既知の方法により培地から回収することができる。回収工程により、EPA高含有微生物油を含むバイオマスが得られる。回収の処理は、たとえば、液体培養を用いて培養した場合には、一般に、培養終了後、培養液より、遠心分離及び濾過等の固液分離手段を用いて行うことができる。固体培地で培養した場合には、バイオマスと培地とを分離することなく、固体培地とバイオマスとをホモジナイザー等で破砕し、得られた破砕物を、後段の抽出工程に供することができる。
【0074】
抽出工程では、回収工程後のバイオマスから油を抽出して抽出油を得る。抽出処理には、通常、有機溶媒を用いる常法による抽出方法を適用することができる。回収後のバイオマスが乾燥バイオマスの場合には、抽出処理は、超臨界二酸化炭素による抽出であってもよく、窒素気流下での有機溶媒による抽出処理であってもよい。抽出処理の用いられる有機溶媒としては、ジメチルエーテル、ジエチルーテル等のエーテル;石油エーテル、ヘキサン、ヘプタン等の炭素数10以下の炭化水素;メタノール、エタノール等のアルコール;クロロホルム;ジクロロメタン;オクタン酸等の脂肪酸又はそのアルキルエステル;植物油等の油脂などを用いることができる。抽出処理としては、メタノールと石油エーテルの交互抽出又はクロロホルム-メタノール-水の一層系の溶媒を用いた抽出を適用することができる。この場合には、より良好な抽出処理の結果を得ることができる。抽出物から減圧下で有機溶媒を留去することにより、抽出油を得ることができる。トリアシルグリセロールを採取する場合又は微生物から抽出油を抽出する場合には、有機溶媒としては、一般にヘキサンが用いられる。粗油は、上述のとおり、抽出処理直後に得られる抽出油を指す。
【0075】
抽出処理に湿菌体を用いる場合には、湿菌体を圧搾してもよく、溶媒を使用してもよい。使用可能な溶媒としては、メタノール、エタノール等の水に対して相溶性の溶媒、又は、水に対して相溶性の溶媒と水及び/又は他の溶媒との混合溶媒を挙げることができる。その他の手順は上記と同様である。
【0076】
EPA高含有微生物油が精製油である場合、EPA高含有微生物油の製造方法は、抽出工程の後に、得られた抽出油、即ち粗油に対して、脱ガム工程、脱酸工程、脱色工程及び脱臭工程を含む精製処理を含むことができる。精製処理によって、精製油であるEPA高含有微生物を得ることができる。微生物バイオマス由来の抽出油に対して精製処理を行うことによって、主として、トリアシルグリセロールの濃度が粗油よりも高いトリアシルグリセロール濃縮物が得られる。
【0077】
精製工程では、粗油に対して、植物油、魚油等の精製に用いられる方法で、脱ガム、脱酸、脱色及び脱臭を当業者に既知の方法によって行う。脱ガム処理は、たとえば水洗処理等により行われる。脱酸処理は、たとえば蒸留処理により行われる。脱色処理は、たとえば、活性白土、活性炭、シリカゲル等を用いた脱色処理により行われる。脱臭処理は、たとえば水蒸気蒸留により行われる。
【0078】
EPA高含有微生物油の製造方法により得られたEPA高含有微生物油は、微生物油取得工程中の抽出工程、場合により抽出工程及び精製工程の後に、粗油又は精製油に対して加水分解、アルキルエステル化等の加工を行う加工工程に付されてもよい。加工工程により、EPA高含有微生物油に由来する遊離型EPAを含有する組成物、EPA高含有微生物油に由来する低級アルキルエステル型EPAを含有する組成物等を得ることができる。特に、抽出工程後に、精製工程及び加工工程をこの順で実施する場合、精製工程で得られたトリアシルグリセロール濃縮物に由来する遊離脂肪酸を含有する組成物、脂肪酸低級アルキルエステルを含有する組成物を得ることができる。加工工程におけるアルキルエステル化処理及び加水分解処理は、当業者に既知の条件によって行うことができる。
【0079】
アルキルエステル化処理には低級アルコールが用いられる。低級アルコールとしては、炭素数1~3のアルコールを挙げることができ、メタノール、エタノール、プロパノール等が挙げられる。たとえば、脂肪酸メチルエステルを得るには、抽出油を、体積基準で、無水メタノール-塩酸5%~10%、BF-メタノール10%~50%等により、室温にて1時間~24時間処理することにより得られる。脂肪酸のエチルエステルを得るには、抽出油を、1%~20%硫酸エタノール等により、25℃~100℃にて15分~60分処理することにより得られる。その反応液からヘキサン、ジエチルエーテル、酢酸エチル等の有機溶媒でメチルエステル、又はエチルエステルを抽出することができる。この抽出液を無水硫酸ナトリウム等により乾燥し、有機溶媒を留去することにより脂肪酸アルキルエステルを主成分とする組成物が得られる。
【0080】
加水分解処理は、当業者には公知の条件で行えばよく、たとえば、抽出油を、5%水酸化ナトリウムにより室温にて2時間~3時間でアルカリ分解処理を行った後、得られた分解液から、脂肪酸の抽出又は精製に常用されている方法を用いて、遊離脂肪酸を含有する組成物を得ることができる。
【0081】
遊離脂肪酸を得るには、アルキルエステル化処理と加水分解処理との双方を行ってもよい。アルキルエステル化処理及び加水分解処理を連続して行うことにより、より純度の高い遊離脂肪酸を得ることができる。脂肪酸アルキルエステルから遊離脂肪酸を得るには、たとえば、アルカリ触媒で加水分解した後、エーテル、酢酸エチル等の有機溶媒を用いた抽出処理を実施すればよい。
【0082】
EPA高含有微生物油又はこれに由来する組成物は、上述した精製工程後、又は加工処理後に、EPA以外の脂肪酸を構成脂肪酸とする脂肪酸の濃度を低下させ、且つ、EPAの濃度を高めるために、濃縮処理を含むことができる。濃縮処理には、蒸留、精留、カラムクロマトグラフィー、低温結晶化法、尿素包接法、液々向流分配クロマトグラフィー等を、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて適用することができる。蒸留又は精留とカラムクロマトグラフィー又は液々向流分配クロマトグラフィーの組み合わせが好ましい。カラムクロマトグラフィーとしては逆相分配系のカラムクロマトグラフィーが好ましい。EPAを濃縮又は単離する工程を経た場合には、EPA高含有微生物油中に最終的に含まれ得るEPAの脂肪酸中の含有量を高め、かつ、EPA以外の他の脂肪酸の脂肪酸中の含有量を低減させることができる。
【0083】
たとえば、精留を用いる場合、精留工程としては、蒸留塔の塔上部の圧力を10mmHg(1333Pa)以下の減圧とし、塔底温度を165℃~210℃、好ましくは170℃~195℃とする条件で蒸留することが、熱による脂肪酸の変性を抑え、精留効率を高める点で好ましい。蒸留塔の塔上部の圧力は、低いほどよく、0.1mmHg(13.33Pa)以下であることがより好ましい。塔上部の温度については特に制限はなく、たとえば、160℃以下とすることができる。精留工程によって、より高い含有量のEPAを含む組成物を得ることができる。
【0084】
逆相カラムクロマトグラフィーとしては、当業界で公知の逆相カラムクロマトグラフィーを挙げることができ、特にオクタデシルシリル基(ODS)で修飾された基材を固定相とした高速液体クロマトグラフィー(HPLC)が好ましく挙げられる。
このような濃縮処理を行うことによって、EPA濃度が、たとえば、油中の脂肪酸の合計重量の90重量%~98重量%、95重量%~98重量%、96重量%~98重量%又は97重量%~98重量%のEPA濃縮油を得ることができる。
【0085】
本発明の他の態様は、微生物油の脂肪酸含有比を制御する方法を含む。本開示に係る微生物油の脂肪酸含有比の制御方法は、グルコースを含有する培地中では、増殖しないか、ドコサヘキサエン酸を、エイコサペンタエン酸よりも多く含む微生物油を生成し得る微生物を用意すること、用意された微生物を、30mL/分以上1500mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培養培地中で培養すること、培養により得られたバイオマスから、エイコサペンタエン酸を、ドコサヘキサエン酸よりも多く含有する微生物油を得ること、を含み、必要に応じて他の工程を含む。
【0086】
本制御方法によれば、特定の微生物が生成する微生物油の脂肪酸組成を簡便に制御することができる。これにより、EPA高含有微生物油のようなEPA含有組成物を効率よく得るために利用可能な微生物種の選択範囲を拡大することができる。本実施形態における「微生物油の脂肪酸組成の制御」とは、微生物が生成し得る微生物油の脂肪酸組成を、微生物を培養する条件に応じて変えることを意味する。なお、本実施形態における増殖しない微生物が、所定の脂肪酸組成を有する微生物油生成可能な状態に変化する態様も、「微生物油の脂肪酸組成の制御」の一態様に含まれる。
【0087】
本開示に係る脂肪酸含有比の制御方法では、グルコースを含有する培地中では、増殖しないか、ドコサヘキサエン酸を、エイコサペンタエン酸よりも多く含む微生物油を生成し得る微生物が用意される。この工程で用いられる「グルコースを含有する培地中では、増殖しないか、ドコサヘキサエン酸を、エイコサペンタエン酸よりも多く含む微生物油を生成し得る微生物」は、本開示の他の実施形態に係る微生物油の製造方法における「微生物用意工程」で記述した微生物が該当する。
【0088】
用意された微生物は、次に、30mL/分以上1500mL/分以下、好ましくは30mL/分以上120mL/分以下の通気環境下において、グリセロールを含有する培養培地中で培養される。この工程に関する事項には、本開示の他の実施形態に係る微生物油の製造方法における「培養工程」で記述した事項を適用することができる。
【0089】
次いで、培養により得られたバイオマスから、エイコサペンタエン酸を、ドコサヘキサエン酸よりも多く含有する微生物油が得られる。ここで得られる微生物油は、グルコースを含有する培養培地で培養したときに得られる微生物油とは、DHAとEPAのそれぞれの含有比が異なる微生物油である。この工程に関する事項には、本開示の他の実施形態に係る微生物油の製造方法における「微生物油取得工程」で記述した事項を適用することができる。
【0090】
EPA高含有微生物油は、EPAの各種機能を効率よく摂取することが求められる用途に適用することができる。EPA高含有微生物油を含有する製品としては、たとえば、食品、サプリメント、医薬品、化粧品、飼料等を挙げることができる。EPA高含有微生物油は、これらの製品の製造方法において使用することができる。EPA高含有微生物油の用途としては、特に、EPAを有効成分として含む、動脈硬化、脳梗塞、心筋梗塞、血栓症、高脂血症等の生活習慣病予防、メタボリックシンドローム改善、抗アレルギー、抗炎症、抗がん、認知症等の作用が期待できる食品、サプリメント、医薬品、化粧品、飼料等が挙げられる。医薬品としては、皮膚外用剤、経口剤等が挙げられる。
【0091】
EPA高含有微生物油の使用の形態については、特に制限はなく、液体成分として、又は固体成分として、使用することができる。たとえば、EPA高含有微生物油を、食品、サプリメント、医薬品、化粧品、飼料等の製品に適用する場合には、EPA高含有微生物油そのものを、他の任意成分と組み合わせて製品化してもよく、他の成分と組み合わせる前又は後に、任意の追加的な処理を行い、製品化することができる。このような追加的な処理としては、粉末化、ペレット化、カプセル化、錠剤化等を挙げることができる。
【0092】
EPA高含有微生物油を医薬品として用いる場合、医薬品は、EPA高含有微生物油と、医薬的に許容可能な担体と、必要に応じて他の成分とを含む。投与形態は、経口投与又は非経口投与が都合よく行われるものであればどのような形態であってもよい。投与形態としては、たとえば注射液、輸液、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、腸溶剤、トローチ、内用液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、外用液剤、湿布剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、吸入剤、軟膏剤、ローション剤、坐剤等を挙げることができ、これらを症状に応じてそれぞれ単独で、又は組み合わせて使用することができる。
【0093】
これら各種製剤は、常法に従って目的に応じて主薬に賦刑剤、結合剤、防腐剤、安定剤、崩壊剤、滑沢剤、矯味剤などの医薬の製剤技術分野において通常使用しうる既知の補助剤を用いて製剤化することができる。またその投与量は、投与の目的、投与対象者の状況、たとえば性別、年齢、体重等によって異なるが、通常、成人に対して経口投与の場合、構造脂質としてのEPAの総量として、1日あたり0.01mg~10g、好ましくは0.1mg~2g、さらに好ましくは1mg~200mgの範囲で、また非経口投与の場合、構造脂質としてのEPAの総量として、1日あたり0.001mg~1g、好ましくは0.01mg~200mg、さらに好ましくは0.1mg~100mgの範囲で適宜調節して投与することができる。
【0094】
また、本明細書において、本開示の各態様(aspect)に関して一実施形態(embodiment)中で説明された各発明特定事項(feature)は、任意に組み合わせて新たな実施形態としてもよく、このような新たな実施形態も、本開示の各態様に包含され得るものとして理解されるべきである。
本明細書において、同一の対象について言及された1若しくは複数の上限値のみを規定する数値範囲と1若しくは複数の下限値のみを規定する数値範囲とが記載されている場合、特に断らない限り、1又は複数の上限値から任意に選択された上限値と、1又は複数の下限値から任意に選択された下限値とを組み合わせて成立する数値範囲も、本発明の一形態に含まれる。
【実施例
【0095】
以下、本開示を実施例にて詳細に説明する。しかしながら、本発明はそれらに何ら限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」又は「%」は質量基準である。
以下の実施例の項において「細胞」又は「菌体」とは、特に断りのない限り、細胞又は菌体の集合物を意味し、本明細書におけるバイオマスに相当する。
【0096】
[実施例1]
ヤブレツボカビ科であるスラウストキトリウム属(Thraustochytriumsp.)AR2-1 AB810959の類縁種である「SEK 704 AB973560株」(Aquat. Microb. Ecol., 2015, Vol.74, pp.187-204)を、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンターより入手した(未同定Thraustochytrid5、NBRC110858、以下微生物Aという)。
【0097】
微生物Aを、後述する50%人工海水に懸濁後、この微生物懸濁液0.1mlを、以下の組成のヤブレツボカビ用液体培地100mL(pHは6.8)を含有する無菌の500mLひだ付き振盪フラスコ中に接種した。50%人工海水は、表4に示すHerbst処方物と精製水とを体積比1:1で混合して、調製した。
菌を接種した後のフラスコの口を、シリコーンゴム製の培養栓「シンエツ シリコセン Tタイプ」(信越ポリマー株式会社)を用いて塞いだ。「シンエツ シリコセン Tタイプ」は、500mLの三角フラスコの通気口を塞ぎ、26mm水柱時の流量を浮遊式流量計で測定した場合に30~120mL/分の通気量を示し、また、中試験管に水5mLを注入し、培養栓を付して放置し、水分蒸発による重量の増減を経時的に測定した場合に、30℃10日で0.5mL以下の水分蒸発量を示す。培養装置には、Bio-Shaker BR-300LF(タイテック株式会社)を使用し、このフラスコを3日間、28℃、130rpmで振とうした。
【0098】
【表1】
【0099】
【表2】
【0100】
【表3】
【0101】
【表4】
【0102】
振盪フラスコ中で培養して得られた培養細胞懸濁液20mlを、無菌の50ml試験管に採取し、遠心分離し、細胞を回収した。回収した細胞を人工海水で2度洗浄した。次いで、-80℃で凍結した後に凍結乾燥機(TAITEC社製VA-140S)に供し、凍結乾燥菌体Aを得た。
得られた凍結乾燥菌体から、以下のようにして、総脂質、即ち微生物油A(Tタイプ)を得て、その後さらに、得られた微生物油A(Tタイプ)を脂肪酸メチルエステルへと変換した。
【0103】
Folchらの方法(J.Biological and Chemistory.226:497-509(1957))に従って、
クロロホルム:メタノール(2:1、v/v)で凍結乾燥菌体から総脂質を抽出した。得られた総脂質に対し、メチルエステル化して、脂肪酸メチルエステル(FAME)を得た。得られたFAMEに対して、ガスクロマトグラフィーによりFAME分析を行った。ガスクロマトグラフの条件は以下のとおりに設定した。
・カラム DB-WAX 0.530mm×30m、フィルム厚1.00μm(アジレント・テクノロジー株式会社)
・キャリアーガス条件 ヘリウム 1.0ml/分、分離比100:1
・カラム温度条件 140℃で5分、240℃まで4℃/分で昇温、240℃で10分・検出 FID
・検出器温度 260℃
・注入口温度 250℃
・注入量 1μL
【0104】
その結果、微生物油A(Tタイプ)は、EPAを全脂肪酸に対して40.3面積%、DHAを全脂肪酸に対して21.3面積%含有していた。DHAの含有率の対するEPAの含有率の比は、1.89であった。
【0105】
比較対照として、シリコーンゴム製の培養栓「シンエツ シリコセン Tタイプ」(信越ポリマー株式会社)の代わりに、「シンエツ シリコセン Cタイプ」(信越ポリマー株式会社)を用いた以外は、上述した条件と同じ条件で微生物Aの培養を行った。「シンエツ シリコセン Cタイプ」は、500mLの三角フラスコの通気口を塞ぎ、26mm水柱時の流量を浮遊式流量計で測定した場合に2000~4500mL/分の通気量を示し、また、中試験管に水5mLを注入し、培養栓を付して放置し、水分蒸発による重量の増減を経時的に測定した場合に、30℃10日で0.5mLを超える水分蒸発量を示す。培養後に微生物油A(Cタイプ)を得て、実施例1と同様にして、微生物油A(Cタイプ)をFAMEに変換させた後、脂肪酸分析に供した。
その結果、微生物Aから得られた微生物油A(Cタイプ)は、EPAを全脂肪酸に対して11.6面積%、DHAを全脂肪酸に対して52.1面積%含有していた。DHAの含有率の対するEPAの含有率の比は、0.22であった。
【0106】
このように、微生物Aは、30~120mL/分の通気量となる通気環境下において、グルコースの代わりにグリセロールを含む培養培地で培養することによって、DHAよりもEPAを多く含有する微生物油A(Tタイプ)を生成することがわかった。
これにより、EPAを38面積%以上の高含有率で含み、DHAの含有率に対するEPAの含有率の比が1.7以上の微生物油を得ることができた。
【0107】
[実施例2]
以下に挙げる実施例1で用いた微生物Aと微生物B~Gを使用し、培養日数を5日間とした以外は、実施例1と同様にして各微生物を培養して微生物油A(Gly)~G(Gly)を得た。
微生物A:未同定Thraustochytrid5(NBRC110858)
微生物B:Schizochytrium sp.(NBRC102615)
微生物C:Thraustochytrium aureum(ATCC34304)
微生物D:Schizochytrium aggregatum(ATCC28209)
微生物E:未同定 Thraustochytrid1(NBRC110846)
微生物F:Thraustochytrium roseum(ATCC28210)
微生物G:Thraustochytrium striatum(ATCC24473)
【0108】
微生物油A(Gly)~G(Gly)の脂肪酸組成を表5及び表6に示す。
また、微生物油A(Gly)~G(Gly)については、トリグリセリド含有率はいずれも70重量%以上であった。
【0109】
表5及び表6に示されるように、微生物油A(Gly)~G(Gly)はいずれも、EPAを38面積%以上含有し、EPAをDHAよりも多く含有する微生物油であり、表5及び表6に示す脂肪酸組成比を有する微生物油であった。このことから、微生物油A(Gly)~G(Gly)は、高濃度でEPAを含有し、EPAの機能を効果的に発揮可能である利点を有する。
【0110】
比較対照として、微生物A~Gを、グリセロールの代わりにグルコースを同量含む以外は同一の成分によるヤブレツボカビ用液体培地(pH6.8)を用いた以外は、上述した微生物油A(Gly)~G(Gly)を得た培養と同様にして培養を行い、微生物油A(Glu)~G(Glu)を得た。
【0111】
結果を表7及び表8に示す。なお表中「-」は、対応する微生物油がないこと、又は計算の対象となる脂肪酸の含有量が「0」のため、対応する数値がないことを意味する。
表7及び表8に示すとおり、微生物B、微生物C、微生物E及び微生物Fは、いずれもグルコースを炭素源とする培養培地では、EPAよりもDHAを多く含む微生物油B(Glu)、微生物油C(Glu)、微生物油E(Glu)及び微生物油F(Glu)を生成することが確認された。なお、微生物A、微生物D及び微生物Gは、グルコースを炭素源とする培養培地では、増殖しないことが確認された。
【0112】
また、微生物A~Gはいずれも、グルコースを炭素源とする培養培地では増殖しないか、DHAをEPAよりも多く含む微生物油を生成する微生物であった。上述のように、微生物油A(Gly)~G(Gly)は、EPAをDHAよりも多く含有していた。
このように、所定の培養条件を選択することによって、異なる脂肪酸含有比を有する微生物油を得ることができることがわかった。これにより、EPA含有組成物を効率よく得るために利用可能な微生物種の選択範囲を、簡便に拡大することができることがわかった。
この微生物油を用いることによって、EPAをより効率よく得ることができ、また、EPAを含有する各種製品を効率よく提供することができる。
【0113】
【表5】
【0114】
【表6】
【0115】
【表7】
【0116】
【表8】