(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】塩化ニッケル水溶液の精製方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/00 20060101AFI20231205BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20231205BHJP
C01G 53/09 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/44 101A
C01G53/09
(21)【出願番号】P 2020086553
(22)【出願日】2020-05-18
【審査請求日】2022-12-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大乗 孔威
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 大祐
(72)【発明者】
【氏名】柴山 敬介
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-003104(JP,A)
【文献】特開2017-171972(JP,A)
【文献】特開2017-149998(JP,A)
【文献】特開2008-013388(JP,A)
【文献】特開2009-203082(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄を含む塩化ニッケル水溶液に酸化剤および中和剤を添加して、酸化中和反応により脱鉄澱物を生成するにあたり、
最前段反応槽と、該最前段反応槽の下流に接続された一または複数の中段反応槽と、該中段反応槽の下流に接続された最後段反応槽とを用いて酸化中和反応を行ない、
前記最前段反応槽では、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を400~500mV、pHを1.5~1.8に調整し、
前記中段反応槽では、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を400~600mV、pHを1.8~2.2に調整し、
前記最後段反応槽では、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を1,000~1,100mV、pHを2.2~2.4に調整する
ことを特徴とする塩化ニッケル水溶液の精製方法。
【請求項2】
前記最後段反応槽では、塩化ニッケル水溶液のpHを2.21~2.4に調整する
ことを特徴とする請求項1記載の塩化ニッケル水溶液の精製方法。
【請求項3】
前記酸化剤は塩素ガスである
ことを特徴とする請求項1または2記載の塩化ニッケル水溶液の精製方法。
【請求項4】
前記中和剤は炭酸ニッケルスラリーである
ことを特徴とする請求項1、2または3記載の塩化ニッケル水溶液の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩化ニッケル水溶液の精製方法に関する。さらに詳しくは、塩化ニッケル水溶液に含まれる鉄を酸化中和法により除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルは、合金材料、めっき材料、二次電池材料など、日常生活や産業を支える重要な素材として広く用いられている。
【0003】
鉱物資源や二次資源からニッケルを分離、濃縮するニッケル製錬法として、乾式製錬法と湿式製錬法とが知られている。乾式製錬法はニッケル鉱石やニッケル精鉱を溶鉱炉や電気炉などの乾式炉で溶解処理する方法である。湿式製錬法はニッケル鉱石やニッケル精鉱に含まれるニッケルを水溶液中に浸出し、不純物を除去してニッケルを回収する方法である。
【0004】
ニッケルの湿式製錬法として、酸浸出法、アルカリ浸出法、塩素浸出法など、種々の方法が知られている。これらのうち塩素浸出法のプロセスとして、ニッケルマットおよびニッケル・コバルト混合硫化物を塩素ガスの酸化作用を利用して浸出し、得られた塩化ニッケル水溶液を用いて電解採取することにより電気ニッケルを得るプロセスが実用化されている(例えば、特許文献1)。
【0005】
上記の湿式製錬プロセスには、塩化ニッケル水溶液から不純物である鉄を除去する脱鉄工程が含まれる。脱鉄工程では、塩化ニッケル水溶液に含まれる鉄を酸化中和法により除去する。
【0006】
脱鉄工程では鉄の水酸化物沈殿が生成されると同時に、微量ながらニッケルも沈殿する。脱鉄工程で生じた脱鉄澱物は、その主成分が鉄であるから、乾式炉で処理してスラグやクリンカーといった安定した形態で払い出される。そのため、脱鉄澱物にニッケルが含まれていると、その分だけニッケルロスとなる。
【0007】
特許文献2には、ニッケルロスを低減する方法として、脱鉄工程において前段反応槽と後段反応槽とを用いて酸化中和反応を行ない、前段反応槽では塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を400~500mV、pHを1.6~2.0に調整し、後段反応槽では塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を1,000~1,100mV、pHを1.95~2.20に調整することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2012-026027号公報
【文献】特開2018-003104号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ニッケル原料(ニッケルマットおよびニッケル・コバルト混合硫化物)に含まれる鉄の量は増加することがあり、脱鉄工程においてより多くの鉄を除去可能とすることが求められている。しかし、脱鉄工程における鉄の除去量を多くするほど、脱鉄澱物に随伴してロスするニッケルの量も多くなる。
【0010】
本発明は上記事情に鑑み、より多くの鉄を除去しつつ、ニッケルロスをさらに低減できる塩化ニッケル水溶液の精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1発明の塩化ニッケル水溶液の精製方法は、鉄を含む塩化ニッケル水溶液に酸化剤および中和剤を添加して、酸化中和反応により脱鉄澱物を生成するにあたり、最前段反応槽と、該最前段反応槽の下流に接続された一または複数の中段反応槽と、該中段反応槽の下流に接続された最後段反応槽とを用いて酸化中和反応を行ない、前記最前段反応槽では、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を400~500mV、pHを1.5~1.8に調整し、前記中段反応槽では、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を400~600mV、pHを1.8~2.2に調整し、前記最後段反応槽では、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を1,000~1,100mV、pHを2.2~2.4に調整することを特徴とする。
第2発明の塩化ニッケル水溶液の精製方法は、第1発明において、前記最後段反応槽では、塩化ニッケル水溶液のpHを2.21~2.4に調整することを特徴とする。
第3発明の塩化ニッケル水溶液の精製方法は、第1または第2発明において、前記酸化剤は塩素ガスであることを特徴とする。
第4発明の塩化ニッケル水溶液の精製方法は、第1、第2または第3発明において、前記中和剤は炭酸ニッケルスラリーであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、塩化ニッケル水溶液の鉄濃度が漸減していく最前段反応槽、中段反応槽、最後段反応槽の順に酸化還元電位およびpHが徐々に高くなるよう設定されているので、各反応槽における酸化剤および中和剤の使用量を低減できる。そのため、酸化剤および中和剤の濃度が局所的に高くなることに起因する不溶性ニッケルの生成を抑制でき、ニッケルロスを低減できる。しかも、塩化ニッケル水溶液の鉄濃度が最も高い最前段反応槽においてpHが低く設定されているので、中和剤の濃度が局所的に高くなることを抑制できる。また、最前段反応槽、中段反応槽、最後段反応槽の三段階で鉄を除去することにより、塩化ニッケル水溶液の鉄濃度をより低減できる。しかも、最後段反応槽のpHが高く設定されているので、塩化ニッケル水溶液からより多くの鉄を除去できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図3】図(A)はNi-H
2O系の電位pH図である。図(B)はFe-Ni-H
2O系の電位pH図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
本発明の一実施形態に係る塩化ニッケル水溶液の精製方法は、ニッケルの湿式製錬プロセスの脱鉄工程に好適に適用される。なお、本実施形態の精製方法は、少なくとも鉄を含む塩化ニッケル水溶液に酸化剤および中和剤を添加して、酸化中和反応により脱鉄澱物を生成する工程であれば、いかなるプロセスの工程にも適用し得る。以下、ニッケルの湿式製錬プロセスの脱鉄工程を例に説明する。
【0015】
(湿式製錬プロセス)
まず、
図1に基づき、ニッケルの湿式製錬プロセスを説明する。
湿式製錬プロセスでは、原料であるニッケル硫化物として、ニッケルマットとニッケル・コバルト混合硫化物(MS:ミックスドサルファイド)との2種類が用いられる。
【0016】
ニッケルマットは乾式製錬により得られる。具体的には、ニッケルマットは硫鉄ニッケル鉱を熔錬することで得られる。
【0017】
ニッケル・コバルト混合硫化物は湿式製錬により得られる。具体的には、低品位ラテライト鉱などのニッケル酸化鉱石を加圧酸浸出(HPAL:High Pressure Acid Leaching)し、浸出液から鉄などの不純物を除去した後、硫化水素ガスを浸出液に吹き込んで硫化反応によりニッケル・コバルト混合硫化物を得る。
【0018】
まず、ニッケル・コバルト混合硫化物の一部と後述のセメンテーション残渣とからなるスラリーを塩素浸出工程に供給する。塩素浸出工程では、浸出槽に吹き込まれる塩素ガスの酸化力によって、スラリー中の固形物に含まれる金属が実質的に全て液中に浸出される。塩素浸出工程から排出されたスラリーは浸出液と浸出残渣とに固液分離される。
【0019】
ニッケルマットは、粉砕工程において粉砕した後、レパルプしてマットスラリーとし、セメンテーション工程に供給する。また、セメンテーション工程には、ニッケル・コバルト混合硫化物の残部も供給される。セメンテーション工程には塩素浸出工程で得られた浸出液が供給されている。浸出液には回収目的金属であるニッケルやコバルトのほか、不純物として銅、鉄、鉛、マンガンなどが含まれている。
【0020】
浸出液には2価の銅クロロ錯イオンが含まれている。ニッケルマットの主成分は二硫化三ニッケル(Ni3S2)と金属ニッケル(Ni0)である。ニッケル・コバルト混合硫化物の主成分は硫化ニッケル(NiS)である。セメンテーション工程では、浸出液とニッケルマット、およびニッケル・コバルト混合硫化物とを接触させて、銅とニッケルとの置換反応を行なう。これにより、ニッケルマット、およびニッケル・コバルト混合硫化物中のニッケルが液に置換浸出され、浸出液中の銅イオンが硫化銅(Cu2S)または金属銅(Cu0)の形態で析出する。固液分離により得られたセメンテーション残渣は塩素浸出工程に供給される。
【0021】
セメンテーション工程から得られたセメンテーション終液からは、脱鉄工程において不純物である鉄が除去される。脱鉄工程の詳細は後に説明する。
【0022】
脱鉄工程から得られた液を抽出始液として溶媒抽出工程に供給する。溶媒抽出工程では、抽出始液に含まれるコバルトを溶媒抽出により分離し、塩化ニッケル水溶液と塩化コバルト水溶液とを得る。
【0023】
塩化ニッケル水溶液は浄液工程を経てさらに不純物除去されて高純度塩化ニッケル水溶液となる。高純度塩化ニッケル水溶液は電解給液としてニッケル電解工程に供給される。ニッケル電解工程では電解採取により電気ニッケルが製造される。
【0024】
塩化コバルト水溶液は浄液工程を経てさらに不純物除去されて高純度塩化コバルト水溶液となる。高純度塩化コバルト水溶液は電解給液としてコバルト電解工程に供給される。コバルト電解工程では電解採取により電気コバルトが製造される。
【0025】
(脱鉄工程)
つぎに、
図2に基づき、脱鉄工程を説明する。
脱鉄工程は酸化中和工程と、固液分離工程とで構成される。
【0026】
酸化中和工程に供給される塩化ニッケル水溶液は、前述のセメンテーション終液であり、回収目的金属であるニッケル、コバルトのほか、不純物として鉄が含まれている。
【0027】
酸化中和工程では、塩化ニッケル水溶液に酸化剤を作用させて酸化還元電位を調整しつつ、中和剤を添加してpHを調整する。ここで、酸化剤として、例えば塩素ガスが用いられる。また、中和剤として、例えば炭酸ニッケルスラリーが用いられる。酸化中和反応により塩化ニッケル水溶液に含まれる鉄を水酸化鉄の沈殿物として析出させ、澱物スラリーを得る。以下、澱物スラリーに含まれる固形分を脱鉄澱物と称する。
【0028】
酸化中和工程から得られた澱物スラリーには、約10g/Lの固相分が含まれている。澱物スラリーは固液分離工程で脱鉄後液と、脱鉄澱物とに固液分離される。固液分離装置は特に限定されないが、例えばフィルタープレスである。
【0029】
脱鉄後液は抽出始液として溶媒抽出工程に供給される(
図1参照)。脱鉄澱物は、乾式製錬炉やロータリーキルンなどの乾式処理設備で処理され、スラグやクリンカーとして排出される。
【0030】
このように、脱鉄澱物は系外に排出されるため、脱鉄澱物にニッケルが含まれていると、その分だけニッケルロスとなる。そのため、脱鉄澱物に含まれるニッケルの量を極力抑えることが求められる。
【0031】
脱鉄澱物中の鉄の化合物形態は厳密には明らかではないが、酸化水酸化鉄(III)(FeO(OH))であると仮定すると、水酸化鉄の沈澱物の生成反応は化学式(1)で表される。ここで、中和剤を塩基性炭酸ニッケル(Ni3(CO3)(OH)4・4H2O)としている。
2FeCl2+Cl2+Ni3(CO3)(OH)4・4H2O→2FeO(OH)+3NiCl2+CO2+5H2O ・・・(1)
【0032】
上記の主反応に付随して、塩化ニッケル水溶液中のNi2+も酸化中和され、ニッケル水酸化物またはニッケル・鉄複合酸化物として不溶性ニッケルが生成すると考えられる。生成した不溶性ニッケルは脱鉄澱物として系外に排出されるため、ニッケルロスの原因となる。
【0033】
図3(A)にNi-H
2O系の電位pH図を示す。
図3(B)にFe-Ni-H
2O系の電位pH図を示す。従来の酸化中和反応条件、例えば酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準、以下同じ)が1,050~1,080mV、pHが1.95~2.00の条件は、Ni-H
2O系、Fe-Ni-H
2O系のいずれにおいてもNi
2+の安定領域であり、ニッケル水酸化物またはニッケル・鉄複合酸化物の安定領域ではない。
【0034】
しかし、実際に脱鉄澱物には不溶性ニッケルが含まれる。この原因はつぎのとおりであると考えられる。すなわち、酸化中和反応を行なう反応槽に酸化剤および中和剤を添加すると、反応槽内の塩化ニッケル水溶液のうち特に酸化剤および中和剤の添加口の近傍において酸化剤および中和剤の濃度が局所的に高くなる。このような高濃度領域では塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位およびpHが高くなる。その結果、局所的にニッケル水酸化物またはニッケル・鉄複合酸化物の安定領域となることがあり、これらが生成され、脱鉄澱物に含まれる。
【0035】
酸化剤および中和剤の高濃度領域の発生は酸化剤および中和剤の使用量に依存する。酸化剤および中和剤の使用量が多いほど高濃度領域が発生しやすく、また、高濃度領域が広範囲になる。逆に、酸化剤および中和剤の使用量が少ないほど高濃度領域が発生しないか、発生したとしても高濃度領域を狭い範囲に抑えられる。そのため、酸化剤および中和剤の使用量を少なくすれば、不溶性ニッケルの生成を抑えることができる。
【0036】
ただし、従来の設備にみられるように、2つの反応槽を直列に接続して酸化中和反応を二段階で行なう場合には、前段反応槽における酸化剤および中和剤の使用量を少なくすると塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位およびpHも低くなり、水酸化鉄の沈澱物の生成量が少なくなる。そうすると、後段反応槽における酸化中和反応を経ても、塩化ニッケル水溶液の鉄濃度を目標値まで低下させることができなくなることがある。そこで、本実施形態では、酸化中和反応を三段階で行なうこととし、塩化ニッケル水溶液の鉄濃度を目標値まで低下させるようにした。
【0037】
具体的には、最前段反応槽、中段反応槽および最後段反応槽の三段階で酸化中和反応を行なう。最前段反応槽、中段反応槽および最後段反応槽は、この順に直列に接続されている。中段反応槽は最前段反応槽の下流に接続されている。最後段反応槽は中段反応槽の下流に接続されている。中段反応槽は一つでもよいし複数でもよい。もっとも単純な構成は3つの槽が直列に接続された構成である。
【0038】
塩化ニッケル水溶液は最前段反応槽、中段反応槽、最後段反応槽の順に流れ、三段階で酸化中和反応に供される。そのため、塩化ニッケル水溶液の鉄濃度は最前段反応槽、中段反応槽、最後段反応槽の順に低くなる。逆にいえば、最前段反応槽では塩化ニッケル水溶液の鉄濃度が高く、酸化剤および中和剤が多く消費される。この最前段反応槽における塩化ニッケル水溶液のpHの管理値を低く設定することで、最前段反応槽における酸化剤および中和剤の使用量を低減する。
【0039】
また、最前段反応槽、中段反応槽、最後段反応槽の順に酸化還元電位およびpHの管理値を徐々に高くなるよう設定する。塩化ニッケル水溶液の鉄濃度は最前段反応槽、中段反応槽、最後段反応槽の順に低くなることから、酸化還元電位およびpHの管理値を段階的に高くしても、中段反応槽および最後段反応槽における酸化剤および中和剤の使用量は少ない。さらに、最後段反応槽のpHの管理値を高く設定しても、最後段反応槽における酸化剤および中和剤の使用量は少ない。これにより、不溶性ニッケルの生成を抑えた上で、脱鉄後液の鉄濃度を安定的に低減することができる。
【0040】
以上のように、塩化ニッケル水溶液の鉄濃度が漸減していく最前段反応槽、中段反応槽、最後段反応槽の順に酸化還元電位およびpHが徐々に高くなるよう設定する。具体的には、最前段反応槽では、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位を400~500mV、pHを1.5~1.8に調整する。中段反応槽では、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位を400~600mV、pHを1.8~2.2に調整する。最後段反応槽では、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位を1,000~1,100mV、pHを2.2~2.4に調整する。
【0041】
このようにすることで、各反応槽における酸化剤および中和剤の使用量を低減できる。そのため、酸化剤および中和剤の濃度が局所的に高くなり、塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位およびpHが局所的に高くなることを抑制できる。その結果、不溶性ニッケルの生成を抑制でき、ニッケルロスを低減できる。
【0042】
また、最前段反応槽、中段反応槽、最後段反応槽の三段階で鉄を除去することにより、塩化ニッケル水溶液の鉄濃度をより低減できる。最後段反応槽には既に二段階の酸化中和反応により鉄濃度が低減された塩化ニッケル水溶液が供給されるため、pHの管理値を高く設定したとしても、酸化剤および中和剤の使用量は少なくてよい。そのため、二段階で酸化中和反応を行なう場合に比べて、最後段反応槽のpHの管理値を高く設定できる。これにより、水酸化鉄の沈澱物の生成反応が促進され、塩化ニッケル水溶液からより多くの鉄を除去できる。
【実施例】
【0043】
つぎに、実施例を説明する。
(共通の条件)
以下の条件で、ニッケルの湿式製錬プロセスの脱鉄工程の操業を行なった。
反応始液の組成:ニッケル濃度が170~190g/L、コバルト濃度が7~9g/L、鉄濃度が2~5g/L、砒素濃度が10~100mg/L
反応始液の供給流量:1,000~2,000L/分
酸化剤:純度99.5体積%の塩素ガス
中和剤:固形分濃度が約200~400g/Lの炭酸ニッケルスラリー
pH測定:一般的なガラス電極のpH計を用いて測定
酸化還元電位測定:一般的なAg/AgCl電極のORP計を用いて測定
鉄濃度測定:反応始液はICP発光分光分析法により、脱鉄後液は原子吸光法により測定
【0044】
(実施例1~7)
3つの反応槽を直列に接続した設備を用いて三段階の酸化中和反応を行なった。以下、3つの反応槽を上流から下流の順に、第1反応槽、第2反応槽、第3反応槽と称する。第1反応槽、第2反応槽、第3反応槽は、それぞれ最前段反応槽、中段反応槽、最後段反応槽に相当する。
【0045】
第1反応槽の酸化還元電位の管理値を400~500mV、pHの管理値を1.5~1.8とした。第2反応槽の酸化還元電位の管理値を400~600mV、pHの管理値を1.8~2.2とした。第3反応槽の酸化還元電位の管理値を1,000~1,100mV、pHの管理値を2.2~2.4とした。各槽内の塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位およびpHが上記管理値の範囲内となるように、酸化剤および中和剤の添加量を制御した。
【0046】
合計7日分の操業における各日を実施例1~7とする。実施例1~7について各反応槽の酸化還元電位およびpHの日平均を表1に示す。また、実施例1~7について脱鉄後液の鉄濃度の日平均を表1に示す。各日の特定の時刻に脱鉄澱物をサンプリングし、不溶性ニッケル品位を測定した。その結果を表1に示す。
【0047】
ここで、脱鉄澱物中の不溶性ニッケル品位の測定はつぎの手順で行なった。まず、1gの脱鉄澱物を硝酸で溶解して溶解液中のニッケル濃度を分析した。この分析値は不溶性ニッケル品位と水溶性ニッケル品位とを合わせた全ニッケル品位に相当する。つぎに、1gの脱鉄澱物を150mLの沸騰水で10分間水洗することで水溶性ニッケルを溶出させ、溶出液中のニッケル濃度を分析して水溶性ニッケル品位を求めた。そして、全ニッケル品位から水溶性ニッケル品位を差し引くことで脱鉄澱物中の不溶性ニッケル品位を求めた。なお、ニッケル濃度の分析はICP発光分光分析法により行った。
【0048】
(比較例1~5)
2つの反応槽を直列に接続した設備を用いて二段階の酸化中和反応を行なった。以下、2つの反応槽を上流から下流の順に、第1反応槽、第2反応槽と称する。
【0049】
第1反応槽の酸化還元電位の管理値を400~500mV、pHの管理値を1.6~2.0とした。第2反応槽の酸化還元電位の管理値を1,000~1,100mV、pHの管理値を1.95~2.20とした。各槽内の塩化ニッケル水溶液の酸化還元電位およびpHが上記管理値の範囲内となるように、酸化剤および中和剤の添加量を制御した。
【0050】
合計5日分の操業における各日を比較例1~5とする。比較例1~5について各反応槽の酸化還元電位およびpHの日平均を表1に示す。また、比較例1~5について脱鉄後液の鉄濃度の日平均を表1に示す。各日の特定の時刻に脱鉄澱物をサンプリングし、不溶性ニッケル品位を測定した。その結果を表1に示す。
【0051】
【0052】
実施例1~7における脱鉄澱物の不溶性ニッケル品位は平均で0.77%である。これに対して、比較例1~5における脱鉄澱物の不溶性ニッケル品位は平均で1.00%である。これより、実施例は比較例に比べてニッケルロスが低減できることが確認された。
【0053】
実施例1~7における脱鉄後液の鉄濃度は平均で0.010g/Lである。これに対して、比較例1~5における脱鉄後液の鉄濃度は平均で0.013g/Lである。これより、実施例は比較例に比べて脱鉄後液の鉄濃度が低いことが確認された。また、実施例1~7をみると、第3段反応槽(最後段反応槽)のpHが高いほど、脱鉄後液の鉄濃度が低くなる傾向がある。第3段反応槽(最後段反応槽)のpHが2.21以上となっている実施例2~7では脱鉄後液の鉄濃度が比較例1~5の平均値0.013g/Lより低い値となっており、鉄除去という観点からより好ましいことが分かる。