(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】左室駆出率が保たれた心不全に対する医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/381 20060101AFI20231205BHJP
A61P 9/04 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
A61K31/381
A61P9/04
(21)【出願番号】P 2022012971
(22)【出願日】2022-01-31
【審査請求日】2022-10-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年2月2日 ウェブサイト https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCTs051180139 を通じて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】592086318
【氏名又は名称】壽製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【氏名又は名称】中村 充利
(72)【発明者】
【氏名】樂木 宏実
(72)【発明者】
【氏名】冨山 泰
【審査官】田澤 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/214023(WO,A1)
【文献】特表2021-504423(JP,A)
【文献】特表2019-508453(JP,A)
【文献】国際公開第2021/037400(WO,A1)
【文献】特表2017-517524(JP,A)
【文献】S.D. Anker et al.,"Empagliflozin in Heart Failure with a Preserved Ejection Fraction",New England Journal of Medicine,2021年10月14日,Vol.385,No.16,p.1451-1461,DOI: 10.1056/NEJMoa2107038
【文献】M. Packer et al.,"Cardiovascular and Renal Outcomes with Empagliflozin in Heart Failure",New England Journal of Medicine,2020年10月08日,Vol.383,No.15,p.1413-1424,DOI: 10.1056/NEJMoa2022190
【文献】Qingchun Zeng et al.,"Mechanisms and Perspectives of Sodium-Glucose Co-transporter 2 Inhibitors in Heart Failure",Frontiers in Cardiovascular Medicine,2021年02月10日,Vol. 8,Article 636152,p.1-13,DOI: 10.3389/fcvm.2021.636152
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イプラグリフロジンを含む、HFpEF型の心不全を治療するための医薬組成物。
【請求項2】
糖尿病を併発していている患者を治療するための、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
患者の左室心筋重量係数(LVMi)を改善する、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
患者における脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)の血中濃度を改善する、請求項1~3のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項5】
経口で投与するための、請求項1~4のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項6】
他の心不全治療薬と併用される、請求項1~5のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項7】
併発している他の疾患の治療薬と併用される、請求項1~6のいずれかに記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心不全の治療に関する。特に本発明は、心不全の中でも治療法が確立していない、保存された心駆出率を特徴とする慢性心不全の治療に関する。
【背景技術】
【0002】
心不全は、心臓が十分な血液を駆動する機能に障害を受けて、体内臓器に十分な血流を供給できなくなるきわめて重篤な疾患である。
【0003】
心不全は、心室拡張機能によって、心駆出力(EF)の減少した心不全(HFrEF:heart failure with reduced ejection fraction)と心駆出力が保存された心不全(HFpEF:heart failure with preserved ejection fraction)に大別される。
【0004】
特に後者のHFpEF型の心不全については、未だ確たる治療法は存在しないことから、多くの議論がその成因と治療法に向けられている。患者の死亡率が高い点と、確たるリスク評価法が無い点、さらには確たる治療法がない点から、この疾患は、アンメットニーズ(unmet needs)のある疾患のひとつとも言われている。
【0005】
この疾患には、種々の因子が関与しているものの、高血圧および糖尿病が大きく関与していると言われている。例えば、フラミンガム大規模疫学調査よると糖尿病患者の心不全罹患率は高く、患者の予後に悪影響を及ぼしていると考えられている(非特許文献1)。
【0006】
近年、HFpEF型の心不全が薬物抵抗性を示し話題となってきた。すなわち、心不全の薬物療法としてHFrEF型の心不全で有効な薬剤が、HFpEF型の心不全では有用性が確認できないことが多く、問題となっている。なお、その病理学的解明は未だに論争中であるが、心室拡張障害が特徴的である(非特許文献2)。
【0007】
最近になり、腎臓近位細尿管に存在するトランスポーターの一種で糖再吸収を司るSGLT2(sodium glucose co-transporter 2)の阻害剤がHFrEF型の心不全患者の死亡率および入院率を低下させることが報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】New England journal of Medicine, 1971, 285(26), 1441-1446
【非特許論文2】
【0009】
「急性・慢性心不全治療のガイドライン」(2017年改訂版、日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)
【文献】New England Journal of Medicine, 2020, 383(15), 1413-1424
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、HFpEF型の心不全に対しては、未だ治療法が確立されていない。HFrEF型の心不全に対して有効であるとされるSGLT2阻害剤をHFpEF型の心不全に適用する試みがなされているものの、詳細については未だ解明されていない(New England Journal of Medicine, 2021, 385(16), 1451-1461)。すなわち、SGLT2阻害剤の一つであるエンパグリフロジンの投与によってHFpEF型の心不全患者の死亡率と入院率が低下したとの報告があるが、エンパグリフロジンの血圧低下作用や利尿効果による間接的作用であった可能性があり、エンパグリフロジンにHFpEF型の心不全を改善する効果があるのかは公認されていない。
【0011】
このような状況に鑑み、本発明の課題は、重篤な疾患である慢性心不全、特に、未だ確たる治療法が存在しないHFpEF型の心不全に対して、安全で有効な治療法を確立することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の発明者らは、イプラグリフロジンを患者に投与した上で、心臓超音波検査(心エコー検査)に基づいて心不全を評価し、かつ、客観的臨床指標であるヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)の血中濃度を経時的に測定することで、イプラグリフロジンによる直接的な心不全の改善効果を観察した。その結果、イプラグリフロジンの投与が、HFpEF型の心不全に特徴的な検査値および機能指数を数値的に改善することを確認し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明は、HFpEF型の心不全を治療するために使用されるイプラグリフロジンを含む医薬組成物に関する。
[1] イプラグリフロジンを含む、HFpEF型の心不全を治療するための医薬組成物。
[2] 糖尿病を併発していている患者を治療するための、[1]に記載の医薬組成物。
[3] 患者の左室心筋重量係数(LVMi)を改善する、[1]または[2]に記載の医薬組成物。
[4] 患者における脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)の血中濃度を改善する、[1]~[3]のいずれかに記載の医薬組成物。
[5] 経口で投与するための、[1]~[4]のいずれかに記載の医薬組成物。
[6] 他の心不全治療薬と併用される、[1]~[5]のいずれかに記載の医薬組成物。
[7] 併発している他の疾患の治療薬と併用される、[1]~[6]のいずれかに記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、重篤な疾患である慢性心不全、特に、未だ確たる治療法が存在しないHFpEF型の心不全に対し、安全で有効な治療が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、患者の左室心筋重量係数(LVMi)を評価した結果を示すグラフである(左:イプラグリフロジン投与群、右:対照群)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、HFpEF型の心不全に対する治療するための医薬組成物に関する。「急性・慢性心不全治療のガイドライン」(2017年改訂版、日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)によれば、HFpEF型の心不全は、心駆出力(EF)が保存されていること、具体的には、心エコー検査によって求めた左室駆出率(LVEF)が50%以上であることを特徴とする心不全である。HFpEF型の心不全に対しては、従来、有効な治療法が確立されていなかったが、本発明によってイプラグリフロジンを投与することによってHFpEF型の心不全を治療することが可能となる。ここで、本発明において治療という場合、HFpEF型の心不全を改善することのみならず、HFpEF型の心不全の悪化を抑制することや、発症を遅らせたり、予防したりすることも含まれる。
【0017】
HFpEF型の心不全については、循環B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)や脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)も診断に有効である。すなわち、駆出率が保持された心不全については、NT-proBNPの血中濃度のカットオフ値が125pg/mLだとされており(BNPの場合は40pg/mL)、「急性・慢性心不全治療のガイドライン」には、NT-proBNPの血中濃度が400pg/mL以上であると「治療対象となる心不全の可能性があるので精査あるいは専門医に紹介」と記載されている。心不全の病態としては、息切れ、起坐呼吸、発作性夜間性呼吸困難、運動耐性の低下、倦怠感、疲労、くるぶし腫脹、頸静脈圧の上昇、第3心音、体重減少、悪液質、食欲低下、心雑音、末梢浮腫、不規則な脈動、チェーンストーク呼吸、四肢の冷えなどがある。
【0018】
本発明は、イプラグリフロジンを投与することによってHFpEF型の心不全を治療する。イプラグリフロジンは、SGLT2阻害剤として糖尿病に対して広く用いられている治療薬であり、以下に示す構造を有し、IUPAC名は、(1S)-1,5-アンヒドロ-1-C-[3-(ベンゾ[b]チオフェン-2-イルメチル)-4-フルオロフェニル]-D-グルシトールである。
【0019】
【化1】
本発明において単にイプラグリフロジンという場合、その薬学的に許容される塩やプロドラッグ、又は共結晶体や溶媒和物なども含まれる。イプラグリフロジンの一つの形態として、イプラグリフロジンL-プロリンがある。また、本発明において単にイプラグリフロジンという場合、その形態は特に制限されず、結晶性固体や非結晶性物質も含まれる。
【0020】
本発明に係る医薬組成物は、有効成分の他に、有効成分の効果を促進するような吸収促進剤などの薬剤を含んでいてよく、充填剤、滑沢剤、香味剤、着色剤、コーティング剤、崩壊剤、流動促進剤などの添加剤を使用して製剤化することができる。本発明に係る医薬組成物は、種々の経路によって投与することが可能であり、剤形は投与態様に応じて適宜選択すればよい。剤形としては、例えば、錠剤、顆粒、カプセル剤などの経口剤や、注射剤、経皮剤、点眼剤などの形態が挙げられる。
【0021】
本発明に係る医薬組成物は、患者の心不全の状態やステージ、併発している他の疾患、年齢、性別、体重などの身体的状態によって適宜判断された用量にて投与されることができる。一つの態様において、例えば、約10~1000mg/日のイプラグリフロジンを患者に合わせて適宜投与することができる。
【0022】
本発明の一つの態様として、本発明に係る医薬組成物は、他の医薬と併用することができる。併用する他の医薬は、本発明に係る医薬組成物と同時に投薬してもよいし同時に投薬しなくてもよい。
【0023】
他の心不全治療薬と併用する場合、他の心不全治療薬としては、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害剤(ARNI)、HCNチャンネル遮断薬、β受容体遮断薬、利尿薬、強心薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)などが挙げられ、それぞれ、下記を例示することができる。
・ACE阻害剤:エナラプリル、トランドラプリル、カプトプリル、リシノプリル、ベナゼプリル
・ARB:カンデサルタン、バルサルタン、ロサルタン
・ARNI:サクビトリルバルサルタンナトリウム、
・HCNチャンネル遮断薬:イバブラジン
・β受容体遮断薬:カルベジロール、ビソプロロール、メトプロロール
・利尿薬:フロセミド、アゾセミド、トラセミド、トリクロルメチアジド、トルバプタン、ソルダクトン
・強心薬:ジゴキシン、メチルジゴキシン、デスラノシド、ドパミン、デノパミン、ドカルパミン、ドブタミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ベスナリノン、ミルリノン、ピモベンダン
・MRA:コルチゾール、スピロノラクトン、エプレレノン
本発明の一つの様態として、心不全を併発している疾患に対してイプラグリフロジンを投与することができる。例えば、心不全を併発している糖尿病患者にイプラグリフロジンを投与する場合、抗糖尿病剤と本発明に係る医薬組成物を併用することができる。その他にも、心不全と他の疾患を併発している患者に対して、抗糖尿病剤、抗肥満剤、抗高脂血症剤、抗高血圧剤などを本発明に係る医薬組成物と併用することができ、同時に投薬してもよいし同時に投薬しなくてもよい。
【0024】
抗糖尿病剤としては、例えば、SGLT2阻害剤、ビグアナイド、PPARγアゴニスト、スルホニル尿素剤、DPP4阻害剤、インスリン分泌促進剤、α-グルコシダーゼ阻害剤、グルカゴン様ペプチド-1受容体アゴニストなどが挙げられ、それぞれ、下記を例示することができる。
・SGLT2阻害剤:ダパグリフロジン、エンパグリフロジン、カナグリフロジン、トホグリフロジン、ルセオグリフロジン
・ビグアナイド:メトホルミン、ブホルミン
・PPARγアゴニスト:トログリタゾン、ロシグリタゾン、ピオグリタゾン
・スルホニル尿素剤:アセトヘキサミド、グリクロピラミド、グリベンクラミド、グリメピリド、クロルプロパミド、グリクラジド
・DPP4阻害剤:シタグリプチン、ビルダグリプチン、アログリプチン、リナグリプチン、アナグリプチン、サキサグリプチン、テネリグリプチン、トレラグリプチン、オマグリプチン
・インスリン分泌促進剤:ナテグリニド、ミチグリニド、レパグリニド
・α-グルコシダーゼ阻害剤:アカルボース、ミグリトール、ボグリボース
・グルカゴン様ペプチド-1受容体アゴニスト:エキセナチド、リラグルチド、リキシセナチド、デュラグルチド、セマグルチド
抗肥満剤としては、例えば、β3アドレナリンアゴニスト、リパーゼ阻害剤、SSRI、5-HT2cアゴニスト、MC4アゴニスト、カンナビノイドアゴニストなどが挙げられる。
【0025】
抗高脂血症剤としては、例えば、スタチン系薬剤、ニコチン酸系薬剤、プロブコール、小腸コレステロールトランスポーター阻害剤、陰イオン交換膜樹脂、フィブラート系薬剤などが挙げられ、それぞれ、下記を例示することができる。
・スタチン系薬剤:ロバスタチン、プラバスタチン、シンバスタチン、フラバスタチン、セリバスタチン、アトルバスタチン、ピタバスタチン、ロスバスタチン
・ニコチン酸系薬剤:ニコチン酸、ニコチン酸アミド
・小腸コレステロールトランスポーター阻害剤:エゼチミブ
・陰イオン交換膜樹脂:コレスチラミン
・フィブラート系薬剤:ベザフィブラート、フェノフィブラート、ぺマフィブラート
抗高血圧剤としては、例えば、βブロッカー、α1ブロッカー、カルシウム拮抗剤、利尿剤、レニン阻害剤、ACE阻害剤、ARBなどが挙げられ、それぞれ、下記を例示することができる。
・βブロッカー:アモスラロール、ラベタロール、アロチノロール、カルベジロール、ベバントロール
・α1ブロッカー:プラゾシン、ブナゾシン、ウラピジル、ドキサゾシン
・カルシウム拮抗剤:アムロジピン、エホニジピン、シルニジピン、ニカルジピン、ニトレンジピン、ニフェジピン、ニルバジピン、パルニジピン、ベニジピン、アゼルニジピン、ジルチアゼム、ベラパミル
・利尿剤:ヒドロクロロチアジド、トリクロルメチアジド、フロセミド、トラセミド、スピロノラクトン、トリアムテレンエプレレノン
・レニン阻害剤:アリスキレン
・ACE阻害剤:カプトプリル、エナラプリル、アラセプリル、リシノプリル、イミダプリル、テモカプリル
・ARB:バルサルタン、ロサルタン、カンデサルタン、テルミサルタン、オルメサルタン、イルベサルタン、アジルサルタン
【実施例】
【0026】
以下、本発明の実施例を挙げて、より具体的に本発明を説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。なお、本明細書において、特記しないかぎり、濃度などは重量基準であり、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。
【0027】
HFpEF型の心不全患者に対するイプラグリフロジンの投与
HFpEF型の心不全を併発している2型糖尿病患者を対象にイプラグリフロジンを投与し、心機能に及ぼす影響を無作為化2群間比較試験にて検討した。
・介入群:イプラグリフロジンを投与したグループ(36例)
・対照群:SGLT2阻害薬以外の糖尿病薬による治療を継続したグループ(32例)
■投与対象
投与対象の登録時に電子的症例データ収集システム(EDCシステム)により、介入群と対照群の割付を行った。投与対象は、以下の選択基準を満たし、除外基準のいずれにも抵触しない、少なくとも3ヶ月以上安定したHFpEF型の心不全を患っている2型糖尿病患者であり、文書による同意が得られた患者を対象とした。
<選択基準>
(a) NT-proBNPの血中濃度が125pg/mL以上(または、BNPの血中濃度が40pg/mL以上)で、かつ慢性心不全(ニューヨーク心臓協会による心機能分類I~III)の2型糖尿病患者(糖尿病治療の有無は問わない)
(b) 過去3か月以内にSGLT2阻害薬を服用していない患者
(c) ヘモグロビンA1c(HbA1c)が7.0%以上の患者。ただし、インスリン製剤、スルホニル尿素薬、グリニド薬など、重症低血糖が危惧される薬剤の投与時は、65歳未満は7.0%以上、65歳~75歳未満は7.5%以上、75歳以上は8.0%以上とする。
(d) 20歳以上の外来患者(性別は問わない)
<除外基準>
(a) 慢性心不全の急性増悪患者
(b) 3ケ月以内に、脳卒中、急性冠症候群、および経皮的冠動脈形成術、冠動脈バイパス術を行った患者
(c) 心駆出率が50%未満の患者または重症弁膜症のある患者(心エコー検査による)
(d) 慢性心房細動を合併している患者
(e) C型慢性肝炎など、重度の肝機能障害のある患者
(f) 重度の腎障害、あるいは、推算糸球体濾過量(eGFR)が30mL/min/1.73m2 未満の患者
(g) 悪性腫瘍を合併している患者
(h) 認知症を合併している患者
(i) 要介護状態にある患者
(j) 妊婦または妊娠している可能性のある患者
(k) SGLT2阻害薬が禁忌となる患者
■投与スケジュール
下表1に示すスケジュールで、イプラグリフロジンL-プロリンを含む錠剤を患者に経口投与し、下記の検査項目を評価した。1錠あたりのイプラグリフロジンL-プロリンの含有量は25mgまたは50mgとした。
【0028】
【表1】
■検査項目
下表に示す事項について検査を行った。投与開始時の検査項目は、投与開始前2週間以内に実施した。12週および24週における観察や検査は、基準日±2週間(14日)を許容範囲とした。また、血液学的検査および生化学検査の採血量は、1回5mLとした。
【0029】
【表2】
<評価項目>
・心臓超音波検査(心エコー検査)による拡張早期波/弁輪速度(E/e’)、弁輪速度(e’)の変化量
・心機能検査項目、具体的には、左室心筋重量係数(LVMi)、左房径(LAD)、左房容積(LAV)、左室駆出率(LVEF)、左室拡張末期容積(LVEDV)、左室収縮末期容積(LVESV)、拡張早期波/心房収縮期波(E/A)、下大動脈径(IVC)の変化量
・NT-proBNP、HbA1c、早朝空腹時血糖(FBS)の変化量
・ニューヨーク心臓協会(NYHA)による心機能分類の変化
・血圧の変化量
・有害事象の頻度
■評価結果
慢性・急性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版、日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)によると、NT-proBNPの血中濃度が400pg/mL以上であると「治療対象となる心不全の可能性があるので精査あるいは専門医に紹介」になるとされている。そこで、ベースラインでのNT-proBNPのカットオフ値を400pg/mL以上として層別分析(n=16)で検定を行ったところ、下表に示すように、介入群(イプラグリフロジン投与群)でNT-proBNPの血中濃度が大幅に減少した。この事実は、イプラグリフロジンの投与が、患者の心不全の発症を抑制し得ることを示すものである。
【0030】
【表3】
また、70歳以上(n=38)の参加者を制限するサブグループ分析を実行したところ、従来の治療グループと比較して、イプラグリフロジン投与群の左室心筋重量係数(LVMi)が大幅に減少した(
図1)。高齢者で見られたこの左室心筋重量係数の減少は、イプラグリフロジンによる心保護効果を意味するものと考えられる。