(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-12
(45)【発行日】2023-12-20
(54)【発明の名称】流体機械
(51)【国際特許分類】
F04D 29/08 20060101AFI20231213BHJP
F04D 29/16 20060101ALI20231213BHJP
F16J 15/447 20060101ALI20231213BHJP
【FI】
F04D29/08 B
F04D29/16
F16J15/447
(21)【出願番号】P 2020128363
(22)【出願日】2020-07-29
【審査請求日】2023-04-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000000239
【氏名又は名称】株式会社荏原製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100146710
【氏名又は名称】鐘ヶ江 幸男
(74)【代理人】
【識別番号】100186613
【氏名又は名称】渡邊 誠
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 裕輔
(72)【発明者】
【氏名】中村 陽一
【審査官】大瀬 円
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-145809(JP,A)
【文献】特開2017-020412(JP,A)
【文献】特開2004-169577(JP,A)
【文献】国際公開第99/030040(WO,A1)
【文献】特公昭50-006041(JP,B1)
【文献】特開2009-299724(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04D 29/08
F04D 29/16
F16J 15/447
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロータを備え、該ロータの回転によって流体を加圧する流体機械であって、
前記ロータを囲うステータと、
前記ロータと前記ステータの間に設けられた非接触環状シール装置と、を備え、
前記非接触環状シール装置は、
前記ロータの軸方向における流体の移動を制限し、前記ロータと前記ステータの間に設けられるシール部材と、
前記シール部材を軸方向において挟持し、前記ロータの回転により生じる流体の圧力に応じて前記シール部材を軸方向に加圧して挟持する挟持装置と、
前記シール部材を前記挟持装置の挟持する圧力に応じて軸方向と垂直に変形する前記シール部材とすることにより、前記シール部材と、前記ロータ又は前記ステータの間の流路面積が変化する流路を備えた、流体機械。
【請求項2】
請求項1に記載された流体機械において、
前記挟持装置は、前記シール部材を軸方向において挟持する剛性部材を含む、流体機械。
【請求項3】
請求項2に記載された流体機械において、
前記剛性部材の剛性は前記シール部材の剛性よりも高い、流体機械。
【請求項4】
請求項2又は3に記載された流体機械において、
前記剛性部材のポアソン比は、前記シール部材のポアソン比よりも小さい、流体機械。
【請求項5】
請求項2から4のいずれか一項に記載された流体機械において、
前記ステータは、羽根車を囲うケーシングを含み、
前記ケーシングは、前記挟持装置の一部を構成する、流体機械。
【請求項6】
請求項2から5のいずれか一項に記載された流体機械において、
前記シール部材及び前記剛性部材は、その径方向外周面が前記ステータの径方向内周面に接触するか、又はその径方向内周面
が前記ロータの径方向外周面に接触する、流体機械。
【請求項7】
請求項2から6のいずれか一項に記載された流体機械において、
前記非接触環状シール装置は、複数の前記剛性部材と複数の前記シール部材を有し、
複数の前記剛性部材と、複数の前記シール部材は、軸方向において交互に積層される、流体機械。
【請求項8】
請求項7に記載された流体機械において、
前記シール部材は、その内周面に、周方向に沿って配置された複数の凹部を有し、
前記剛性部材は、周方向に沿って均等な径方向幅を有するリング状部材である、流体機械。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか一項に記載された流体機械において、
前記非接触環状シール装置は、前記ロータに取り付けられるインペラリングと、前記ステータに取り付けられるケーシングリングを含み、
前記インペラリング又は前記ケーシングリングは、前記シール部材及び前記挟持装置を含む、流体機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非接触環状シール装置を備えた流体機械に関する。
【背景技術】
【0002】
遠心ポンプの高圧部と低圧部との間の絞り部に設けられ得る非接触環状シール装置としては、代表的にはライナリングが知られている。遠心ポンプに用いられるライナリングは、略円筒状で、一般に金属又はプラスチック等により製作されている。
【0003】
遠心ポンプの回転軸には撓みが生じるので、遠心ポンプ起動時の回転軸の急激な回転速度の増加や、その際に回転軸の振動数が固有振動値(共振点)を通過することにより、回転軸に振動の増幅又は振れ回りが生じることがある。そこで、起動時の回転軸の振動の増幅や振れ回りがあっても、回転体がライナリングに接触していずれかが損傷することのないように、これまでのライナリングと羽根車等の回転体との間隔は、振動の増幅や振れ回りを考慮した分、これらを考慮しない理想上の必要最小の間隔に比べて、非常に大きく設計されていた。
【0004】
一方で、起動から間もなくして、遠心ポンプが定格運転状態になると、回転数は安定し、起動時のように回転軸に振動の増幅又は振れ回りが生じたりする虞はなくなる。しかしながら、定格運転ではポンプの吐出圧力と吸込圧力に通常は大きな圧力差があることから、ライナリングと回転体の間隙を通って漏洩する流体の量は起動時よりも多くなる。また、上述したように、ライナリングと回転体の間隔が、理論上の必要最小の間隔に比べて、起動時の回転軸の振動の増幅や振れ回りを考慮した分だけ大きく設計されている。このため、漏洩量は、理論上の必要最小の間隔における漏洩量よりも相対的に多く、ポンプ効率の低下に繋がっていた。
【0005】
特許文献1は、この問題に関して、ライナリングの内周側の摺動面に被削性の高い被削物層を設けることにより、回転体が回転中に被削物層と接触しても、この被削物層の接触部が回転体で削り取られ、被削物層の摺動面と回転体のなす間隙は必要最小量となり、高圧部から低圧部に漏洩する流体の量を減少させる発明を開示している。
【0006】
しかしながら、特許文献1では、回転体の撓みは考慮されていても、ポンプ起動時の回転体の急激な回転速度の増加や、その際に回転体の振動数が固有振動値(共振点)を通過することによる、回転軸の振動の増幅や振れ回りは考慮されていない。一般に、回転体が回転中に被削物層と全周にわたって均等に接触するのは、どちらかといえば稀であり、特定の方向に偏当たりしている場合が多く、回転体と被削物層との接触頻度が少ない側は、回転体と被削物層の間隙の最小化はなされていない。したがって、特許文献1に開示されたライナリングは、実際には起動時に回転体が接触する側が切削されるが、切削されない側の隙間は逆に流路が単に大きく広がってしまうだけなので、起動時においてでも、隙間の最小化はなされていない。また、定格運転時には回転体は、その中心軸がライナリングの中心軸位置近傍で比較的安定して回転するので、流体は、定格運転時には、起動時における被削物層の切削により広げられた、回転体とライナリングの隙間を漏洩しやすくなり、ポンプ効率の低下に繋がっていた。
【0007】
特許文献2は、回転シャフトと軸封体の間隔の設計は、回転シャフトの回転振れにより回転シャフトと軸封体が接触することを回避するために大きな間隔を採用せざるを得なかったことを課題としている。特許文献2は、その対策として、回転シャフトの回転振れにより回転シャフトと軸封体が接触すると、軸封体が自由に変位し、相互間での強い接触を
呈すこともなく、長期にわたって良好なシール機能を発揮する非接触形軸封装置を提案している。具体的には、特許文献2は、回転シャフトが微少間隙をもって貫通している軸封体の外周面に、流体圧により軸封体を支持する、柔軟で、且つ弾性を有する弾性部材を設けることを開示している。
【0008】
特許文献2では、回転シャフトの回転振れにより軸封体が回転シャフトと接触したときに、軸封体は直ちに変位して弾性体で接触荷重が吸収されるので、軸封体や回転シャフトの損傷を回避できることは開示されている。しかし、回転シャフトと軸封体の隙間の間隔は変わらないので、ポンプ起動時から定格時に至るにつれて、吐出圧力と吸込圧力の圧力差が大きくなると、それにつれて回転シャフトと軸封体の間隙から漏洩するリーク量は増大し、ポンプ効率の低下に繋がっていた。
【0009】
特許文献3は、ケーシングと羽根車の間隙を実質的に小さくして、両者間の液の漏れを可及的に少なくしてポンプ性能低下を防ぐことを課題としている。特許文献3は、その対策として、ウェアリング部の材料を可撓性材料、例えばゴム又はプラスチックとし、軸方向にウェアリング部を設け、ウェアリング部の端末のリップ部をケーシング又は羽根車のウェアリング部の表面に対向して配置している。これにより、リップ部の前後面での圧力差が高まる程ケーシング又は羽根車のウェアリング部に対する接触が強まる。
【0010】
特許文献4は、ケーシング側に固定されて軸封を担うシール板を、それを境にした圧力差を利用して、シール板を回転軸側の摺動部により密着的に摺動させることで間隙を実質的に小さくして漏れを少なくする発明を開示している。
【0011】
これら特許文献3及び特許文献4に開示されたシール方法では、回転軸がラジアル又はスラスト方向に変移したとしても、その変移により間隙が生じないようになっている。これらのシール方法は、少なくとも運転時には常にウェアリング部のリップ、又はシール板が他方の部材と終始摺動しているので、摺動摩擦抵抗が生じる。また、摺動摩耗により、リップ又はシール板が磨滅し、他方の部材との間隔が生じてしまった場合には急激にシール性能が低下してしまい、シール性能を回復するためにはこれら部品の交換のメンテナンスが必要となっていた。このため、特に羽根車の段数が多い多段ポンプには、複数段の性能低下の虞や、部品交換の煩雑さを考えるとこれらのシール方法を採用するのは難しかった。
【0012】
特許文献5は、回転軸の軸封性能を向上させるため、内周面が円錐のスタッフィングボックスに、円錐内面の傾斜に合わせて積層した複数個のシールリングを備えた軸封装置を開示している。特許文献5の軸封装置では、円錐内面の大口径側から作動流体の圧がかかることで、複数個のシールリングが軸方向に圧入され、同時に円錐内面の傾斜の作用により、複数個のシールリングは外周から中心軸方向に押される。これにより、複数個のシールリングが回転軸に押し付けられて、回転軸とシールリングとの隙間がシールされる。
【0013】
特許文献5の発明では、圧力がかかる運転状態では、シールリングが常に回転軸に押し付けられるので、回転軸とシールリングの間のリークは少なくなるが、シールリングは常に回転軸により摩耗している。さらに、回転軸にかかる摩擦力のために、動力負荷が大きくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開平11-153095号公報
【文献】特開平3-292474号公報
【文献】特開平11-257287号公報
【文献】特開2010-121683号公報
【文献】特開平6-156591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものである。その目的の一つは、回転体と固定体が運転中を通じて、常時互いに摺動して摩耗又は摩擦したりすることがなく、起動時にはライナリングと回転体の接触による損傷を抑制し、且つ回転数が安定した定格運転状態では、起動時よりもライナリングと回転体の間隔を狭くしてリーク量を低減することのできる非接触環状シールを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
第1態様によれば、ロータを備え、該ロータの回転によって流体を加圧する流体機械が提供される。この流体機械は、前記ロータを囲うステータと、前記ロータと前記ステータの間に設けられた非接触環状シール装置と、を備える。前記非接触環状シール装置は、前記ロータの軸方向への流体の移動を制限し、前記ロータと前記ステータの間に設けられるシール部材と、前記シール部材を軸方向において挟持し、前記ロータの回転により生じる流体の圧力に応じて前記シール部材を軸方向に加圧して挟持する挟持装置と、前記シール部材を前記挟持装置の挟持する圧力に応じて軸方向と垂直に変形する前記シール部材とすることにより、前記シール部材と、前記ロータ又は前記ステータの間の流路面積が変化する流路を備える。
【0017】
第2態様は、第1態様において、前記挟持装置は、前記シール部材を軸方向において挟持する剛性部材を含む、ことを要旨とする。
【0018】
第3態様は、第2態様において、前記剛性部材の剛性は前記シール部材の剛性よりも高い、ことを要旨とする。
【0019】
第4態様は、第2態様又は第3態様において、前記剛性部材のポアソン比は、前記シール部材のポアソン比よりも小さい、ことを要旨とする。
【0020】
第5態様は、第2態様から第4態様のいずれかにおいて、前記ステータは、羽根車を囲うケーシングを含み、前記ケーシングは、前記挟持装置の一部を構成する、ことを要旨とする。
【0021】
第6態様は、第2態様から第5態様のいずれかにおいて、前記シール部材及び前記剛性部材は、その径方向外周面が前記ステータの径方向内周面に接触するか、又はその径方向内周面が前記ロータの径方向外周面に接触する、ことを要旨とする。
【0022】
第7態様は、第2態様から第6態様のいずれかにおいて、前記非接触環状シール装置は、複数の前記剛性部材と複数の前記シール部材を有し、複数の前記剛性部材と、複数の前記シール部材は、軸方向において交互に積層される、ことを要旨とする。
【0023】
第8態様は、第7態様において、前記シール部材は、その内周面に、周方向に沿って配置された複数の凹部を有し、前記剛性部材は、周方向に沿って均等な径方向幅を有するリング状部材である、ことを要旨とする。
【0024】
第9態様は、第1態様から第8態様のいずれかにおいて、前記非接触環状シール装置は、前記ロータに取り付けられるインペラリングと、前記ステータに取り付けられるケーシングリングを含み、前記インペラリング又は前記ケーシングリングは、前記シール部材及
び前記挟持装置を含む、ことを要旨とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明の一つによれば、回転体と固定体が運転中を通じて、常時互いに摺動して摩耗又は摩擦したりすることがなく、起動時にはライナリングと回転体の接触による損傷を抑制し、且つ回転数が安定した定格運転状態では、起動時よりもライナリングと回転体の間隔を狭くしてリーク量を低減することのできる非接触環状シールを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本実施形態にかかる遠心ポンプの概略図である。
【
図2】
図1に示した遠心ポンプの液体の流入部及び吐出部を示す概略断面図である。
【
図3A】本実施形態にかかる遠心ポンプの非接触環状シール装置の拡大図である。
【
図3B】本実施形態にかかる遠心ポンプの非接触環状シール装置の拡大図である。
【
図4】他の実施形態に係る遠心ポンプの非接触環状シール装置の拡大図である。
【
図5A】さらに他の実施形態にかかる遠心ポンプの非接触環状シール装置の拡大図である。
【
図5B】さらに他の実施形態にかかる遠心ポンプの非接触環状シール装置の拡大図である。
【
図6A】回転軸方向から見たシール部材の一例を示す平面図である。
【
図6B】回転軸方向から見た剛性部材の一例を示す平面図である。
【
図7A】さらに他の実施形態にかかる遠心ポンプの非接触環状シール装置の拡大図である。
【
図7B】さらに他の実施形態にかかる遠心ポンプの非接触環状シール装置の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。以下で説明する図面において、同一の又は相当する構成要素には、同一の符号を付して重複した説明を省略する。なお、以下で説明する実施形態では、本発明の流体機械の一例として遠心ポンプが説明される。
【0028】
図1は、本実施形態にかかる遠心ポンプの概略図である。遠心ポンプ70は、回転軸71と、回転軸71に取り付けられた羽根車72と、羽根車72を収容するケーシング73と、を有する。羽根車72のシュラウド72aの吸込側外周面には、インペラリング42が取り付けられる。ケーシング73は、羽根車72の中心に水等の液体を供給する吸込口75と、羽根車72の回転による遠心力により加圧された水等の液体を外部に供給する吐出口76とを有する。また、ケーシング73は、インペラリング42と対向する内面に、ケーシングリング41を有している。また、回転軸71はケーシング73の外部に配置されたモータ等の駆動機77と接続されている。回転軸71とケーシング73との隙間には軸封装置78が配置され、ケーシング73内部の液体が外部に漏洩することが抑制される。
【0029】
図2は、
図1に示した遠心ポンプ70の液体の流入部及び吐出部を示す概略断面図である。
図2に示されるように、遠心ポンプ70においてケーシング73に囲繞された羽根車72は、回転することによって、羽根車72内部、即ちシュラウド72aとハブの間の液体に運動エネルギーを与える。羽根車72から運動エネルギーを与えられて吐出された液体のエネルギーは、圧力のエネルギーに変換される。具体的には、羽根車72の液体入口101aで圧力PLであった液体は、それよりも高い圧力Phを有する液体となる。羽根車72から吐出された液体の多くは、加圧された液体を必要とする送水先に送られる。即ち、液体は、ケーシング73を貫通する吐出流路106を通じてポンプ外の需要者などに
向けて送水され、これにより、ポンプ本来の機能が達成される。
【0030】
ところで、ケーシング73と羽根車72外周との間は、羽根車72の液体入口101aの圧力PLの液体をPhの圧力にまで昇圧する機能を有さない。このため、羽根車72内部を通過して高圧化された液体は、ケーシング73と羽根車72外周との間を通過して羽根車72の液体入口101aに戻ってしまい、送水先に送られない流れが生じてロスとなる。そこで、羽根車72により高圧化された液体が、羽根車72の液体入口101aに戻る量を少なくするように、羽根車72のシュラウド72aの吸込側端部と、対応するケーシング73の壁面との間隔を極力小さくするための非接触環状シール装置が必要となる。
【0031】
非接触環状シール装置は、ロータ(羽根車72)とステータ(ケーシング73)の間隔を極力小さくした隙間を備えることにより、羽根車72が回転し遠心ポンプ70が運転しているとき、ケーシング73内を、羽根車72の回転軸71方向に高圧液体の存在する高圧側領域と高圧側領域より低圧な低圧側領域とに分けることができる。これにより、非接触環状シール装置は、高圧側領域から低圧側領域への流体の移動を制限する機能を備える。
【0032】
しかしながら、回転軸71には撓みが存在するので、遠心ポンプ70起動時の回転軸71の急激な回転速度の増加や、その際に回転軸71の振動数が固有振動値(共振点)を通過することにより、回転軸71に振動の増幅又は振れ回りが生じることがある。そこで、ロータとステータの間隔は、起動時の回転軸71の振動の増幅や振れ回りがあっても、ロータがステータに接触していずれかが損傷することのないように、振動の増幅や振れ回りを考慮しない理想上の必要最小の間隔に比べて、非常に大きく設計される。
【0033】
図2に示すように、本実施態様では、羽根車72のシュラウド72aの吸込側端部に、インペラリング42(ウェアリング)が設けられ、インペラリング42の対面するケーシング73側の接触面には、ケーシングリング41(ライナリング)が設けられる。したがって、本実施形態では、インペラリング42とケーシングリング41が非接触環状シール装置を構成する。インペラリング42及びケーシングリング41により、ウェアリング部105が形成される。インペラリング42及びケーシングリング41はともに環状である。
【0034】
図3A及び
図3Bは本実施形態にかかる遠心ポンプ70の非接触環状シール装置の拡大図であり、
図3Aはポンプ停止時の非接触環状シール装置を示し、
図3Bは、ポンプ運転時の非接触環状シール装置を示す。まず、
図3Aを参照して、本実施形態の非接触環状シールの配置状況を説明する。非接触環状シール装置のケーシングリング41は、ステータ、即ちケーシング73に設けられる。ケーシングリング41は、シール部材11と、シール部材11より剛性の高い剛性部材10を有する。シール部材11及び剛性部材10は、例えばリング状の部材であり、インペラリング42の外周面と対向するように設けられる。シール部材11と剛性部材10は、回転軸71の軸方向に交互に積層して、積層体を構成している。本明細書において「交互に積層」とは、剛性部材10がシール部材11を挟む構造を少なくとも1つ以上含むことを意味する。シール部材11を挟む2つの剛性部材10は必ずしも同じ材質又は大きさでなくてもよい。
【0035】
非接触環状シール装置のインペラリング42は、先に述べたように羽根車72のシュラウド72aの吸込側端部に配置され、非接触環状シール装置のロータ側の接触面として機能する。
【0036】
積層体を構成する剛性部材10とシール部材11は、ケーシング73の内周とインペラリング42の外周の間の流路に配置される。剛性部材10とシール部材11の径方向内周
面とインペラリング42の径方向外周面との間には一定間隔の隙間が設けられるように、剛性部材10及びシール部材11が配置され得る。シール部材11は2つの剛性部材10によって回転軸71方向において挟まれており、低圧側の剛性部材10はケーシング73の回転軸71と垂直な面と接している。剛性部材10とシール部材11、及び剛性部材10とケーシング73は、それぞれ、例えば任意の接着剤等により互いに固定され得る。
【0037】
ここで、2つの剛性部材10は、シール部材11を軸方向に挟持する挟持装置ということができる。また、2つの剛性部材10を含む挟持装置は、後述するように、遠心ポンプの運転に伴って生じる流体の圧力に応じてシール部材11を軸方向に加圧して挟持する。シール部材11は、挟持装置の挟持する圧力に応じて回転軸71方向と垂直に変形し、シール部材11と、インペラリング42(ロータ)の間の流路の流路面積が変化する。具体的には、挟持装置がシール部材11を軸方向において加圧することにより、
図3Bに示すように、シール部材11が圧縮されてその内径が小さくなる。その結果、シール部材11と、インペラリング42(ロータ)の間の流路の流路面積が小さくなる。なお、剛性部材10とシール部材11の径方向外周面がケーシング73の内周面と接して配置された場合、シール部材11が回転軸71の中心方向に変形しやすくなり、シール部材11とインペラリング42の間の流路の流路面積の変化を大きくすることができる。したがって、剛性部材10とシール部材11の径方向外周面がケーシング73の内周面と接して配置されるのが好ましい。
【0038】
次に、
図3Bを参照して、ポンプ運転時における非接触環状シールの作用を説明する。遠心ポンプ70運転時には、先に述べたように羽根車72の回転によって、羽根車72内部の液体に運動エネルギーが与えられ、このエネルギーは羽根車72の出口で圧力エネルギーに変換される。このため、羽根車72の液体入口101aで圧力PLであった液体は、吐出流路106においてそれよりも高い圧力Phを有する。
【0039】
このとき、非接触環状シール装置の高圧側には高い圧力Phが加わる。即ち、シール部材11に対して回転軸71方向において高い圧力Phが加わる。シール部材11は2つの剛性部材10に回転軸71方向において挟まれているので、高い圧力Phに応じて回転軸71方向に圧縮ひずみが生じる。それと同時に、回転軸71方向に生じた圧縮ひずみの大きさに応じて、回転軸71方向と垂直な径方向にシール部材11が展延するひずみを生じる。剛性部材10も同様に軸方向と垂直な径方向に展延するが、シール部材11は剛性部材10よりも剛性が小さい材料であるので、結果的に
図3Bに示すように、シール部材11が剛性部材10よりも大きく展延する。
【0040】
このため、シール部材11の径方向内周面とインペラリング42の径方向外周面との隙間の間隔は小さくなり、インペラリング42(ウェアリング)と、ケーシングリング41(ライナリング)の間の隙間の流路断面積が小さくなるので、この流路を通過する液体の流量が少なくなる。
【0041】
本実施形態にかかる遠心ポンプ70の非接触環状シール装置によれば、遠心ポンプ70の定常運転時の吐出圧(高圧)と吸込圧(低圧)の設計値から、適切な剛性のシール部材11を選び、運転開始後は圧力の増加に応じてシール部材11の内径側が回転軸71の中心方向に展延することでウェアリング部105の隙間が小さくなる。このため、本実施形態の遠心ポンプ70では、回転軸71の撓みや軸心のずれを考慮した従来のウェアリング部のように、インペラリング42とケーシングリング41の間をやや広めの隙間に設計することができる。したがって、本実施形態の遠心ポンプ70によれば、回転体(インペラリング42)と固定体(ケーシングリング41)が運転時を通じて常時互いに摺動して摩耗したり摩擦したりすることが抑制されるので、メンテナンスの頻度をより少なくすることができる。また、回転軸71の振れ回りや撓みに応じて回転体と固定体の隙間を設計し
ても、運転時の液体の圧力が高くなるほど(吐出圧力と吸込圧力の差が大きくなるほど)隙間は小さくなるので、高圧側から低圧側へのリーク量を減らすことができる。
【0042】
言い換えれば、本実施形態の遠心ポンプ70では、従来の隙間設計、即ち、遠心ポンプ70の起動時から定格運転までの圧力が比較的高くない間の、起動時の急激な回転軸71の回転速度の増加や、その際に回転軸71の振動が固有振動値(共振点)を通過することにより、回転軸71に振動の増幅が生じたり振れ回りが生じたりしてもロータがステータに接触することを回避できる隙間設計を採用できる。このとき、シール部材11に加わる回転軸71方向の圧力が比較的低いので、シール部材11は回転軸71方向にほとんど圧縮されず、ケーシングリング41とインペラリング42との隙間の大きさは、組立時の状態が維持される。また、この遠心ポンプ70では、回転数が安定した定格運転において、吐出圧力と吸込圧力の圧力差が起動時より大きくなり、回転軸71方向において剛性部材10に圧縮荷重が加わり、剛性部材10に挟まれたシール部材11が回転軸71方向に圧縮される。このため、シール部材11は、回転軸71方向の圧縮量に応じて、シール部材11のポアソン比に従って回転軸71方向と垂直に展延する。他方、剛性部材10は、シール部材11よりも剛性が高いので、シール部材11ほど変形しない。このため、定格運転時には、圧力差に応じて上記隙間が小さくなるので、リーク量を減少させることができ、ポンプ効率を向上させることができる。
【0043】
ここで、本実施形態の遠心ポンプ70の非接触環状シール装置の積層体において、シール部材11と剛性部材10の物性の違いについて、剛性部材10はシール部材11よりも高い剛性を有するものとして説明した。しかしながら、これに限らず、剛性部材10とシール部材11とは、剛性が略同等であってもよく、この場合には、シール部材11のポアソン比が剛性部材10のポアソン比よりも大きければよい。したがって、シール部材11は、剛性部材10よりも大きなポアソン比を有する部材ということもできる。
【0044】
シール部材11としては、例えば合成ゴム若しくは天然ゴム等のゴム材料、又は樹脂材料等を採用することができ、使用範囲で弾性を保つ材料が好ましい。剛性部材10としては、例えば鉄合金、ステンレス、銅合金などの金属材料、セラミックス材料、ゴム材料、又は樹脂材料等を採用することができる。
【0045】
シール部材11と剛性部材10の形状は、ロータ外径と直径方向の両側の隙間の大きさとの和に相当する直径の穴を中心に有する円盤状の形状であることが好ましい。なお、シール部材11と剛性部材10の径方向外周の形状は円形であることが好ましいが、それに限られない。
【0046】
次に、他の実施形態に係る遠心ポンプ70を説明する。他の実施形態に係る遠心ポンプ70は、
図1から
図3Bに示した遠心ポンプ70に比べて、非接触環状シールの構造のみが異なる。
図4は、他の実施形態に係る遠心ポンプ70の非接触環状シール装置の拡大図である。
図4に示すように、この非接触環状シール装置のケーシングリング41は、シール部材11がケーシング73の回転軸71方向と垂直な面に固定され、これと反対側に剛性部材10が固定される。即ち、この非接触環状シール装置では、シール部材11がケーシング73と剛性部材10に挟まれており、シール部材11を挟む2つの剛性部材10の一方の機能をケーシング73が担っているといえる。したがって、シール部材11と回転軸71方向と垂直な面で接するケーシング73が、シール部材11よりも剛性が高いか、シール部材11に比べて同等の剛性でポアソン比が小さければ、ケーシング73を剛性部材10とみなすことができる。本明細書では、シール部材11より剛性が高いか、シール部材11に比べて同等の剛性でポアソン比が小さい剛性部材10(ケーシング73を含む)がシール部材11を挟むことができる装置を挟持装置と呼ぶ。
【0047】
図5A及び
図5Bは、さらに他の実施形態にかかる遠心ポンプ70の非接触環状シール装置の拡大図であり、
図5Aはポンプ停止時の非接触環状シール装置を示し、
図5Bは、ポンプ運転時の非接触環状シール装置を示す。この実施形態に係る遠心ポンプ70は、
図1から
図4に示した遠心ポンプ70に比べて、非接触環状シールの構造のみが異なる。
図5A及び
図5Bに示すように、この非接触環状シールのケーシングリング41は、3つのシール部材11と4つの剛性部材10が交互に回転軸71方向に積層した構造を有する。
図5A及び
図5Bに示す例では、運転時にシール部材11によりケーシングリング41とインペラリング42との隙間が狭められる部分と、剛性部材10により上記隙間の大きさが変わらない部分が生じる。このため、
図5Bに示すように、非接触環状シールが、いわゆる並行溝シールの形状を形成することができ、ラビリンス効果により上記隙間を通過する液体の流量を低減することができる。
【0048】
なお、ケーシングリング41を構成する積層体の回転軸71方向における低圧側端部の剛性部材10は、
図5A及び
図5Bに示すようにケーシング73に固定されてもよい。或いは、上述したように、ケーシング73が、シール部材11よりも高い剛性を有するか、シール部材11と略同等の剛性でシール部材11よりも低いポアソン比を有するときには、剛性部材10は、
図4に示したように、ケーシング73の一部であってもよい。
【0049】
図6Aは、回転軸71方向から見たシール部材11の一例を示す平面図である。
図6Bは、回転軸71方向から見た剛性部材10の一例を示す平面図である。シール部材11は加工しやすい材料で形成されるので、複雑な形状の加工も容易である。例えば、
図6Aに示すように、シール部材11の内周の一部が周方向に沿って間隔を有して切り欠かれるようにシール部材11が加工され得る。即ち、シール部材11は、その内周面に、周方向に沿って配置された複数の凹部11aを有する。
図6Aに示す例では、複数の凹部11aは、シール部材11の内周面に周方向に沿って均等に配置される。他方、
図6Bに示すように、剛性部材10は均等な幅(径方向における幅)を有するリング状の平面形状を有し得る。
図6Aに示すシール部材11と
図6Bに示す剛性部材10とを交互に積層させることで、ポケットダンパーシールのような複雑な構造の非接触シール装置を容易に作成することができる。
【0050】
図7A及び
図7Bは、さらに他の実施形態にかかる遠心ポンプ70の非接触環状シール装置の拡大図であり、
図7Aはポンプ停止時の非接触環状シール装置を示し、
図7Bは、ポンプ運転時の非接触環状シール装置を示す。
図7Aに示すように、非接触環状シール装置のインペラリング42は、シール部材11と剛性部材10を有する。シール部材11及び剛性部材10は、回転軸71の軸方向に交互に積層した積層体を構成している。
【0051】
非接触環状シール装置のインペラリング42に対面するケーシング73には、ケーシングリング41(ライナリング)が固定されている。剛性部材10とシール部材11はケーシング73の内周面とシュラウド72aの外周面との間の流路に配置される。剛性部材10とシール部材11の径方向外周面とケーシングリング41の径方向内周面との間には一定の間隔の隙間が設けられるように、剛性部材10及びシール部材11が配置され得る。シール部材11は2つの剛性部材10によって回転軸71方向において挟まれており、低圧側の剛性部材10はシュラウド72aの外周面に固定された環状部材12の回転軸71と垂直な面と接している。なお、回転軸71方向の低圧側端部に位置する剛性部材10は、環状部材12の剛性がシール部材11より高い場合は、この剛性部材10が省略され、シール部材11が環状部材12に固定されてもよい。即ち、この場合、環状部材12が剛性部材10の機能を担っているといえる。
【0052】
ここで、2つの剛性部材10は、シール部材11を軸方向に挟持する挟持装置を構成し、遠心ポンプ70の運転(つまりロータの回転)に伴い生じる流体の圧力に応じてシール
部材11を回転軸71方向に加圧して挟持する。シール部材11は、挟持装置の挟持する圧力に応じて回転軸71方向と垂直に変形し、シール部材11と、ケーシングリング41(ステータ)の間の流路の流路面積が変化する。なお、剛性部材10とシール部材11の径方向内周面が、シュラウド72aの外周面と接して配置された場合、シール部材11が回転軸71の径方向外側に向かって変形しやすくなり、シール部材11とケーシングリング41の間の流路の流路面積の変化を大きくすることができる。したがって、剛性部材10とシール部材11の径方向外周面がシュラウド72aの内周面と接して配置されるのが好ましい。
【0053】
ポンプ運転時には、先に述べたように羽根車72の回転によって、羽根車72内部の液体に運動エネルギーが与えられ、このエネルギーは羽根車72の出口で圧力エネルギーに変換される。このため、羽根車72の液体入口101aで圧力PLであった液体は、吐出流路106においてそれよりも高い圧力Phを有する。
【0054】
このとき、非接触環状シール装置の高圧側には高い圧力Phが加わる。即ち、シール部材11に対して回転軸71方向において高い圧力Phが加わる。シール部材11は2つの剛性部材10に回転軸71方向において挟まれているので、高い圧力Phに応じて回転軸71方向に圧縮ひずみが生じる。それと同時に、回転軸71方向に生じた圧縮ひずみの大きさに応じて、回転軸71方向と垂直な径方向にシール部材11が展延するひずみが生じる。剛性部材10も同様に軸方向と垂直な径方向に展延するが、シール部材11は剛性部材10よりも剛性が小さい材料であるので、結果的に
図7Bに示すように、シール部材11が剛性部材10よりも大きく展延する。
【0055】
このため、シール部材11の径方向外周面とケーシングリング41の径方向内周面との間の隙間の間隔は小さくなり、インペラリング42(ウェアリング)と、ケーシングリング41(ライナリング)の間の隙間の流路断面積が小さくなるので、この流路を通過する流量が少なくなる。
【0056】
【0057】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上述した発明の実施の形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定するものではない。本発明は、その趣旨を逸脱することなく、変更、改良され得るとともに、本発明にはその等価物が含まれることはもちろんである。また、上述した課題の少なくとも一部を解決できる範囲、又は、効果の少なくとも一部を奏する範囲において、特許請求の範囲及び明細書に記載された各構成要素の任意の組み合わせ、又は省略が可能である。例えば、本実施態様について、羽根車のシュラウドの吸込側端部と、対応するケーシングの内壁面のウェアリング部に、本発明にかかる非接触環状シール装置を用いた実施態様を説明したが、上述した発明の実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定するものではない、本発明にかかる非接触環状シール装置は、例えば液体を加圧して移送する多段ポンプのスラストピストン機構にも用いることができ、すなわち、ロータとステータの間を回転軸方向に高圧側から低圧側に流体が漏洩する箇所に本発明の非接触環状シール装置を備えることができる。
【符号の説明】
【0058】
10…剛性部材
11…シール部材
41…ケーシングリング
42…インペラリング
70…遠心ポンプ
71…回転軸
72…羽根車
73…ケーシング