(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-13
(45)【発行日】2023-12-21
(54)【発明の名称】細胞培養装置および細胞培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20231214BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20231214BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20231214BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12M1/00 C
C12N1/00 B
(21)【出願番号】P 2022075445
(22)【出願日】2022-04-28
(62)【分割の表示】P 2019542024の分割
【原出願日】2018-09-07
【審査請求日】2022-05-06
(31)【優先権主張番号】P 2017176137
(32)【優先日】2017-09-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 慎治
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 琢
(72)【発明者】
【氏名】長崎 玲子
(72)【発明者】
【氏名】金森 敏幸
【審査官】藤山 純
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/004482(WO,A2)
【文献】特表2016-535591(JP,A)
【文献】特開2007-202499(JP,A)
【文献】国際公開第2016/158233(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 3/00
C12M 1/00
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養装置であって、
1または複数の細胞培養ユニットを有する貯留槽を備え、
前記細胞培養ユニットは、培養液が貯留される内面側空間を有する培養室と、
細胞が接着可能な第1面と前記第1面とは反対の第2面とを有し、かつ、前記第1面が前記内面側空間に面する透過性の隔膜と、
前記培養液を貯留する培養液貯留室と、
前記培養液貯留室の前記培養液を前記内面側空間に導く培養液導入流路と、
前記内面側空間から前記隔膜を透過して前記隔膜の前記第2面が面する外面側空間に流入した前記培養液を前記培養液貯留室に送る培養液排出流路と、
を有し、
前記内面側空間に、培養液排出流路は接続されておらず、
前記外面側空間に、培養液導入流路は接続されていない、
細胞培養装置。
【請求項2】
前記培養液貯留室から前記内面側空間および前記外面側空間を経て前記培養液貯留室に戻る前記培養液の循環流れに対して逆の前記培養液の流れを規制する逆流防止機構をさらに備えている、請求項1に記載の細胞培養装置。
【請求項3】
少なくとも1つの前記逆流防止機構は、前記培養液導入流路に設けられ、前記培養液貯留室から前記内面側空間への方向とは逆の方向の前記培養液の流れを阻止する、請求項2に記載の細胞培養装置。
【請求項4】
前記逆流防止機構は、前記循環流れとは逆の方向の気体の流れを阻止するラプラス弁であり、
前記ラプラス弁は、前記培養液導入流路に設けられ、
前記培養室内に、前記培養液導入流路に連設された延長管路が設けられている、請求項2または3に記載の細胞培養装置。
【請求項5】
前記貯留槽が複数の前記細胞培養ユニットを有し、
複数の前記細胞培養ユニットにおける前記培養室のうち少なくとも2つ、または、複数の前記細胞培養ユニットにおける第2培養液貯留室のうち少なくとも2つは、気体が流通可能となるように互いに連通されている、請求項1~
4のうちいずれか1項に記載の細胞培養装置。
【請求項6】
前記培養室および前記培養液貯留室は、前記培養室および前記培養液貯留室に対して気体を供給し、かつ、排出する通気孔を有する、請求項1~
5のうちいずれか1項に記載の細胞培養装置。
【請求項7】
前記貯留槽が複数の前記細胞培養ユニットを有し、
複数の前記細胞培養ユニットを互いに連通する気体流路を有し、
前記気体流路は、複数の前記細胞培養ユニット内を一括的に加圧することにより、複数の前記細胞培養ユニット
において前記培養液を循環させることが可能なように構成されている、
請求項1~
6のうちいずれか1項に記載の細胞培養装置。
【請求項8】
複数の前記細胞培養ユニット内を一括的に加圧すると、複数の前記細胞培養ユニットの前記培養室の前記内面側空間が一括的に加圧される、
請求項7に記載の細胞培養装置。
【請求項9】
細胞培養方法であって、
1または複数の細胞培養ユニットを有する貯留槽を備え、前記細胞培養ユニットが、培養液が貯留される内面側空間を有する培養室と、細胞が接着可能な第1面と前記第1面とは反対の第2面とを有し、かつ、前記第1面が前記内面側空間に面する透過性の隔膜と、前記培養液を貯留する培養液貯留室と、前記培養液貯留室の前記培養液を前記内面側空間に導く培養液導入流路と、前記内面側空間から前記隔膜を透過して前記隔膜の前記第2面が面する外面側空間に流入した前記培養液を前記培養液貯留室に送る培養液排出流路と、を有する細胞培養装置を準備し、
前記内面側空間に面する前記隔膜の前記第1面に前記細胞を接着させた状態で、
前記培養液貯留室の前記培養液を、前記培養液導入流路を通して前記内面側空間に導き、前記内面側空間の前記培養液を、前記内面側空間から前記隔膜を透過させて前記
外面側空間に流入させ、前記外面側空間の前記培養液を前記培養液排出流路によって前記培養液貯留室に送る、
細胞培養方法。
【請求項10】
前記細胞は、肝細胞と血管内皮細胞とを含む、請求項
9に記載の細胞培養方法。
【請求項11】
前記細胞を前記隔膜に接着する際に、前記肝細胞と前記血管内皮細胞とを含む細胞集塊を形成し、前記細胞集塊を前記隔膜に播種する、請求項
10に記載の細胞培養方法。
【請求項12】
前記培養室および前記培養液貯留室は、前記培養室および前記培養液貯留室に対して気体を供給し、かつ、排出する通気孔を有し、
前記通気孔を介して、前記培養室および前記培養液貯留室に対して気体を供給し、かつ、排出する、請求項
9~
11のうちいずれか1項に記載の細胞培養方法。
【請求項13】
前記貯留槽が複数の前記細胞培養ユニットを有し、
複数の前記細胞培養ユニットを互いに連通する気体流路を有し、
前記気体流路を介して、複数の前記細胞培養ユニット内を一括的に加圧することにより、複数の前記細胞培養ユニットの間において前記培養液を循環させる、
請求項
9~
12のうちいずれか1項に記載の細胞培養方法。
【請求項14】
複数の前記細胞培養ユニット内を一括的に加圧することにより、複数の前記細胞培養ユニットの前記培養室の前記内面側空間を一括的に加圧する、
請求項13に記載の細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養装置および細胞培養方法に関する。
本願は、2017年9月13日に日本に出願された特願2017-176137号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年の医薬品開発コストは指数関数的に増加しており(例えば、非特許文献1を参照)、臨床試験の成功率も年々低下している(例えば、非特許文献2を参照)。一つの原因として、動物とヒトの種差のため、動物実験結果を臨床試験に直接的に適用できないことが挙げられる。また、化粧品等の化成品開発では、欧州を中心に実験動物の使用が困難となってきている。このような状況の中で、ヒト由来の培養細胞を用いたin vitro細胞アッセイに対する期待が高まっている。
一方、従来の細胞アッセイで利用されてきた単層培養は、細胞を取り巻く環境が生体内と大きく異なり、培養細胞では体内で発現している機能の多くが失われている点がしばしば問題となる。近年の微細加工技術や三次元培養技術の進歩により、培養細胞で体内で発現している機能の多くが失われる問題が克服され、細胞アッセイのスループットと信頼性が同時に向上されると期待されている(例えば、非特許文献3,4を参照)。特に、生理学的な三次元培養環境をin vitroで再現したマイクロ流体デバイスを一つの臓器のように取り扱うOrgan-on-a-chipという概念が広がり、医薬品開発への応用を意識した研究が世界的に広く展開されつつある(例えば、非特許文献5,6を参照)。さらに、in vitroで再構成した複数の臓器モデルをマイクロ流路等で接続し、個体応答の再現を目指すBody-on-a-chipという概念も提唱され、急速に注目を集めている(例えば、非特許文献7を参照)。
【0003】
このように、ヒト由来の培養細胞によって構成される臓器モデルを生体外で再構成し、生理学的な機能を再現した細胞培養装置は、細胞アッセイの信頼性が向上させると期待されている。例えば、肝臓は、生体の薬物代謝に関わる主要臓器であるため、三次元肝組織の培養技術への期待は特に大きい。三次元肝組織を用いて薬物代謝を評価するためには、生体外で長期にわたって肝機能を維持しなければならない。そのためには血管網を有する三次元組織の構築が必要であるが、血管網を有する三次元組織を生体外で構築する手法は確立されておらず、血管網を有する三次元組織を生体外で構築することは大きな課題となっている。
非特許文献8および特許文献1には、隔膜の上に細胞を配置し、隔膜に対して培養液を外部ペリスタポンプや内蔵型ペリスタポンプで送液することで三次元組織を灌流培養する装置が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Scannell, J. W. et al. Nat. Rev. Drug Discov., 11, 191 (2012)
【文献】Pammolli, F. et al. Nat. Rev. Drug Discov., 10, 428 (2011)
【文献】van Midwoud, P. M. et al. Integr. Biol., 3, 509 (2012)
【文献】Ghaemmaghami, A. M. et al. Drug Discov. Today, 17, 173 (2012)
【文献】Bhatia, S. N. et al. Nat. Biotechnol., 32, 760 (2014)
【文献】Baker, M. Nature, 471, 661 (2011)
【文献】Sung, J. H. et al. Lab Chip, 13, 1201 (2013)
【文献】Domansky, K. et al. Lab Chip, 10, 51 (2010)
【文献】Takebe, T. et al. Nature., 499(7459): 481 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
肝細胞と血管内皮細胞とを共培養して作製した血管網配備肝組織を生体内に移植して正着させた例が報告されている(非特許文献9を参照)。
しかしながら、前記培養装置では、生体内で形成される三次元組織を十分に再現するのは難しかった。例えば、前記培養装置では、肝細胞と血管内皮細胞とを共培養した系における、三次元組織内での血管組織の形成は報告されていない。そのため、長期にわたる肝機能の維持は難しいと考えられる(例えば、非特許文献8を参照)。
【0007】
本発明は、生体内における生理学的な機能を再現可能な三次元組織を構築できる細胞培養装置および細胞培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第一態様に係る細胞培養装置は、1または複数の細胞培養ユニットを有する貯留槽を備え、前記細胞培養ユニットは、培養液が貯留される内面側空間を有する培養室と、細胞が接着可能な第1面と前記第1面とは反対の第2面とを有し、かつ、前記第1面が前記内面側空間に面する透過性の隔膜と、前記培養液を貯留する培養液貯留室と、前記培養液貯留室の前記培養液を前記内面側空間に導く培養液導入流路と、前記内面側空間から前記隔膜を透過して前記隔膜の前記第2面が面する外面側空間に流入した前記培養液を前記培養液貯留室に送る培養液排出流路と、を有する。
【0009】
前記培養液貯留室から前記内面側空間および前記外面側空間を経て前記培養液貯留室に戻る前記培養液の循環流れに対して逆の前記培養液の流れを規制する逆流防止機構をさらに備えていてもよい。
前記培養液導入流路に、前記逆流防止機構が設けられていてもよい。
前記逆流防止機構は、前記循環流れとは逆の方向の気体の流れを阻止するラプラス弁であり、前記ラプラス弁は、前記培養液導入流路に設けられ、前記培養室内に、前記培養液導入流路に連設された延長管路が設けられていてもよい。
前記内面側空間の前記培養液を、前記隔膜を経ずに前記培養液排出流路に導くバイパス流路を備えていてもよい。
前記バイパス流路は、流路断面積が前記バイパス流路における他の部位に比べて1/10以下である抵抗流路部位を有していてもよい。
前記貯留槽が複数の前記細胞培養ユニットを有し、前記複数の前記細胞培養ユニットにおける前記培養室のうち少なくとも2つ、または、前記複数の前記細胞培養ユニットにおける第2培養液貯留室のうち少なくとも2つは、気体が流通可能となるように互いに連通されていてもよい。
前記培養室および前記培養液貯留室は、前記培養室および前記培養液貯留室に対して気体を供給し、かつ、排出する通気孔を有していてもよい。
前記貯留槽が複数の前記細胞培養ユニットを有し、前記複数の前記細胞培養ユニットを互いに連通する気体流路を有し、前記気体流路は、前記複数の前記細胞培養ユニット内を一括的に加圧することにより、前記複数の前記細胞培養ユニットの間において前記培養液を循環させることが可能なように構成されていてもよい。
【0010】
本発明の第二態様に係る細胞培養方法は、1または複数の細胞培養ユニットを有する貯留槽を備え、前記細胞培養ユニットが、培養液が貯留される内面側空間を有する培養室と、細胞が接着可能な第1面と前記第1面とは反対の第2面とを有し、かつ、前記第1面が前記内面側空間に面する透過性の隔膜と、前記培養液を貯留する培養液貯留室と、前記培養液貯留室の前記培養液を前記内面側空間に導く培養液導入流路と、を有する細胞培養装置を準備し、前記内面側空間に面する前記隔膜の前記第1面に前記細胞を接着させた状態で、前記培養液を、前記内面側空間から前記隔膜を透過させて前記隔膜の第2面が面する外面側空間に流入させる。
前記細胞は、肝細胞と血管内皮細胞とを含んでいてもよい。
前記細胞を前記隔膜に接着する際に、前記肝細胞と前記血管内皮細胞とを含む細胞集塊を形成し、前記細胞集塊を前記隔膜に播種してもよい。
前記培養室および前記培養液貯留室は、前記培養室および前記培養液貯留室に対して気体を供給し、かつ、排出する通気孔を有し、前記通気孔を介して、前記培養室および前記培養液貯留室に対して気体を供給し、かつ、排出してもよい。
前記貯留槽が複数の前記細胞培養ユニットを有し、前記複数の前記細胞培養ユニットを互いに連通する気体流路を有し、前記気体流路を介して、前記複数の前記細胞培養ユニット内を一括的に加圧することにより、前記複数の前記細胞培養ユニットの間において前記培養液を循環させてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の上記態様によれば、培養液貯留室の培養液を培養室の内面側空間に導く培養液導入流路と、外面側空間の培養液を培養液貯留室に送る培養液排出流路とを備えている。そのため、内面側空間の圧力を高くする工程と、内面側空間の圧力を低くする工程とを繰り返すと、培養液が灌流する環境下で、細胞に加えられる圧力を変動させつつ、細胞を培養することができる。そのため、例えば、肝細胞と血管内皮細胞とを含む細胞の培養において、血管内皮細胞の管腔構造を形成できる。よって、前記細胞において、生体内における生理学的な機能を再現可能な三次元組織を構築し、生体内における生理学的な機能を再現可能な三次元組織を長期にわたって維持できる。したがって、医薬品候補物質などの被検体を正確に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】第1実施形態に係る細胞培養装置を模式的に示す概略図である。
【
図2】
図1の細胞培養装置を模式的に示す斜視図である。
【
図3】
図1の細胞培養装置の第1変形例を示す概略図である。
【
図4】
図1の細胞培養装置の第2変形例を示す概略図である。
【
図5】
図4の細胞培養装置を模式的に示す斜視図である。
【
図6】第2実施形態に係る細胞培養装置を模式的に示す概略図である。
【
図7】第3実施形態に係る細胞培養装置を模式的に示す概略図である。
【
図8】ラプラス弁の説明図である。(A)ラプラス弁が設けられた液体貯留室の部分拡大図である。(B)ラプラス弁を介して下流口から連絡流路に培地が流入する場合の模式図である。(C)下流口に空気が流入した際に、ラプラス弁が機能している際の模式図を示す。
【
図9】培養液中のアルブミン濃度の変化を示すグラフである。
【
図11】細胞の共焦点レーザー顕微鏡の観察像および位相差観察像である。
【
図12】培養液中のアルブミン濃度の変化を示すグラフである。
【
図13】肝機能に関わる遺伝子発現を示すグラフである。
【
図14】肝機能に関わる遺伝子発現を示すグラフである。
【
図15】CYP3A4活性測定の結果を示すグラフである。
【
図16】各播種条件における免疫染色、HE染色像、および三次元構造を有する細胞の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(第1実施形態)
[細胞培養装置]
本発明の第1実施形態に係る細胞培養装置は、1または複数の細胞培養ユニットを有する貯留槽を備え、前記細胞培養ユニットは、培養液が貯留される内面側空間を有する培養室と、細胞が接着可能な第1面と前記第1面とは反対の第2面とを有し、かつ、前記第1面が前記内面側空間に面する透過性の隔膜と、前記培養液を貯留する培養液貯留室と、前記培養液貯留室の前記培養液を前記内面側空間に導く培養液導入流路と、前記内面側空間から前記隔膜を透過して前記隔膜の前記第2面が面する外面側空間に流入した前記培養液を前記培養液貯留室に送る培養液排出流路と、を有する。
第1実施形態に係る細胞培養装置10について、図面を参照して説明する。
図1は、細胞培養装置10を模式的に示す概略図である。
図2は、細胞培養装置10の一部を模式的に示す斜視図である。
図1に示すように、細胞培養装置10は、貯留槽11を備えている。貯留槽11は、容器状の槽本体12と、蓋部13とによって構成されており、1つの細胞培養ユニット9を形成する。
【0014】
図1および
図2に示すように、細胞培養ユニット9は、培養室1と、隔膜2と、培養液貯留室3と、培養液導入流路4と、培養液排出流路5と、を有する。
培養室1および培養液貯留室3は、貯留槽11の槽本体12に形成された凹部によって確保された空間であり、培養液C(液体)を貯留可能である。
【0015】
図1に示すように、培養室1は、主室1cと、主室1cの底面1eに形成された凹部1dとを有する。主室1cの内部空間および凹部1dの上部の内部空間は内面側空間1aである。凹部1dの下部の内部空間であって、隔膜2で区画される空間は外面側空間1bである。外面側空間1bは隔膜2の下方に位置している。培養室1は、培養液Cを貯留可能である。
【0016】
隔膜2は、培養室1内において、内面側空間1aと外面側空間1bとを隔てている。隔膜2は、凹部1dの底面より高い位置にある。隔膜2の内面2a(一方の面、第1面)は内面側空間1aに面しており、外面2b(他方の面、第2面)は外面側空間1bに面している。
【0017】
隔膜2は、内面側空間と外面側空間の圧力差により流体が透過可能である。細胞20は隔膜2を透過できない。
隔膜2は多孔質膜であってもよい。隔膜2の平均細孔径は、例えば、0.1μm~10μmである。隔膜2の細孔の大きさは、液体は通過するが、細胞20が通過できない大きさである(隔膜2は液体に対して透過性を有する)。隔膜2の材質は、例えば、ポリカーボネート、ポリエステル、シリコーン樹脂等である。
【0018】
隔膜2は、内面2aが細胞接着性材料でコーティングされていることが好ましい。細胞接着性材料としては、例えば、細胞接着性を有するタンパク質が使用できる。細胞接着性材料としては、ゼラチン、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、マトリゲル、およびポリリジンなどが使用できる。
隔膜2の厚みは0.1~100μmが好ましい。
【0019】
培養液導入流路4は、一端(第1端)が培養液貯留室3の底部に接続され、他端(第2端)が培養室1の主室1cの底部に接続されている。培養液導入流路4によって、培養液貯留室3と内面側空間1aとは連通している。培養液導入流路4は、培養液貯留室3の培養液Cを内面側空間1aに導くことができる。
【0020】
培養液排出流路5は、一端(第1端)が凹部1dの底部に接続され、他端(第2端)が培養液貯留室3の底部に接続されている。培養液排出流路5によって、培養液貯留室3と外面側空間1bとは連通している。培養液排出流路5は、外面側空間1bの培養液Cを培養液貯留室3に導くことができる。
【0021】
蓋部13は、槽本体12の開口を開閉自在かつ気密に閉止する。詳しくは、蓋部13は、培養室1および培養液貯留室3の上部開口をそれぞれ気密に閉止可能である。
【0022】
蓋部13は、培養室1および培養液貯留室3に相当する位置に、それぞれ通気孔1h,3hを有する。通気孔1h,3hは、それぞれ培養室1および培養液貯留室3に対して気体(例えば、空気)を供給、および、培養室1および培養液貯留室3から気体(例えば、空気)を排出することができる。通気孔1h,3hにはそれぞれエアフィルタ17が設けられることが好ましい。エアフィルタ17によって、培養室1および培養液貯留室3に異物が混入するのを防ぐことができる。
【0023】
培養室1の主室1cには、コンプレッサなどの加圧ポンプである第1圧力調整部14Aを用いて、通気孔1hを通して気体(例えば、空気)を供給できる。培養液貯留室3には、コンプレッサなどの加圧ポンプである第2圧力調整部14Bを用いて、通気孔3hを通して気体(例えば、空気)を供給できる。
【0024】
図1の細胞培養装置10では、圧力調整部14A,14Bが気体を供給することによって、培養室1(詳しくは内面側空間1a)および培養液貯留室3の圧力を調整することができるが、培養室1(内面側空間1a)および培養液貯留室3の圧力を調整する構造は圧力調整部14A,14Bに限らない。例えば、水頭圧によって培養室1および培養液貯留室3に培養液を供給し、培養室1(内面側空間1a)および培養液貯留室3の圧力を高める構造を採用してもよい。
【0025】
培養室1には、培養液導入流路4の他端(第2端)に、逆止弁51が設けられている。逆止弁51は、培養液導入流路4から内面側空間1aへ向かう培養液Cの流れ(順方向の流れ)を許容し、かつその逆の方向の流れ(内面側空間1aから培養液導入流路4へ向かう培養液Cの流れ)を阻止する。
【0026】
逆止弁51としては、例えば、弁孔を有する弁座と、弁体とを備えた構造を有する逆止弁を例示できる。この構造を有する逆止弁は、液が順方向に流れる際には、弁体が弁座から離れることにより弁孔が開かれるため、液は弁孔を通過して順方向に流れる。液が逆方向に流れる際には、弁体が弁座に当接して弁孔が閉止されるため、当該方向の液の流れ(逆方向への液の流れ)は阻止される。
逆止弁51は、培養液の流れを規制する逆流防止機構の例である。逆止弁51は、培養液Cの循環流れ(培養液貯留室3から、内面側空間1a、隔膜2、外面側空間1bを経て培養液貯留室3に戻る流れ)の方向とは逆の方向の流れを阻止できる。
【0027】
[細胞培養方法]
次に、細胞培養装置10を用いて細胞を培養する方法の一例について説明する。
本実施形態に係る細胞培養方法は、1または複数の細胞培養ユニットを有する貯留槽を備え、前記細胞培養ユニットが、培養液が貯留される内面側空間を有する培養室と、細胞が接着可能な第1面と前記第1面とは反対の第2面とを有し、かつ、前記第1面が前記内面側空間に面する透過性の隔膜と、前記培養液を貯留する培養液貯留室と、前記培養液貯留室の前記培養液を前記内面側空間に導く培養液導入流路と、を有する細胞培養装置を準備し、前記内面側空間に面する前記隔膜の前記第1面に前記細胞を接着させた状態で、前記培養液を、前記内面側空間から前記隔膜を透過させて前記隔膜の第2面が面する外面側空間に流入させる。
細胞20を隔膜2の内面2aに播種して接着させるとともに、培養液Cを培養室1および培養液貯留室3に導入する。細胞20は、例えば、肝細胞が挙げられる。細胞20は、例えば、肝細胞と血管内皮細胞とを含むことが好ましい。細胞20は、隔膜2の内面2aにおいて複数の層を形成することが好ましい。複数の層を構成する細胞20は三次元構造となる。
【0028】
細胞20を隔膜2に接着するにあたっては、隔膜2の内面側(内面2a)を細胞接着性材料で事前にコーティングしておくことが好ましい。また、細胞20を隔膜2に導入するにあたっては、例えば、肝細胞と血管内皮細胞の懸濁液を隔膜2の内面側(内面2a)に導入する方法が可能である。また、肝細胞と血管内皮細胞とを含む細胞集塊(スフェロイドやliver bud)を形成し、この細胞集塊を隔膜2に播種する方法も可能である。
【0029】
(1)工程1
蓋部13をパッキン16に押し当てるようにして閉じ、培養室1および培養液貯留室3の上部開口1g,3gを気密に閉止する。
通気孔1hを通して培養室1に気体(例えば、空気)を供給して培養室1(詳しくは内面側空間1a)を加圧する。この際、培養液貯留室3は通気孔3hを通して大気に開放しておくことが好ましい。
内面側空間1aの圧力が外面側空間1bの圧力より高くなることによって、内面側空間1aの培養液Cの一部は隔膜2を透過して外面側空間1bに移行する。これにより、培養室1の内面側空間1aから隔膜2、外面側空間1bを経て、培養液排出流路5を通って培養液貯留室3に送られる培養液Cの流れが生じる。この際、細胞20は隔膜2を透過しない。
なお、培養室1は逆止弁51を有するため、内面側空間1aの培養液Cは培養液導入流路4には流入しない。
【0030】
(2)工程2
通気孔3hを通して培養液貯留室3に気体(例えば、空気)を供給して培養液貯留室3を加圧する。この際、培養室1は通気孔1hを通して大気に開放しておくことが好ましい。
培養液貯留室3の圧力が内面側空間1aの圧力より高くなることによって、培養液貯留室3の培養液Cの一部は培養液導入流路4を通して培養室1の内面側空間1aに導入される。
【0031】
隔膜2には細胞20が付着しているため、流体抵抗が培養液導入流路4の流体抵抗と比べて一般的に大きくなる。そのため、培養液貯留室3の培養液Cは主に培養液導入流路4を通して培養室1の内面側空間1aに導入され、培養液排出流路5への流入量は少なくなる。特に、細胞20が複数の層を有する三次元構造となっている場合、三次元構造を有する細胞20が付着した隔膜2により、流体抵抗が大きくなるため、培養液貯留室3の培養液Cは培養液排出流路5には流れにくい。
【0032】
工程1および工程2を繰り返すことによって、培養室1の内面側空間1aから隔膜2を透過し、外面側空間1bを経て培養液貯留室3に送られ、再び培養室1の内面側空間1aに戻る培養液Cの流れ(循環流れ)を生じさせることができる。培養液Cが隔膜2の透過方向に流れることによって、三次元構造の細胞20の厚さ方向の全体に十分な量の培養液Cを供給できる。
【0033】
本実施形態に係る細胞培養方法は、具体的には、例えば、次のような試験への適用が考えられる。
被検体となる物質を系内(例えば、培養室1の内面側空間1a)に添加することによって、被検体となる物質の、細胞20に対する影響を評価することができる。被検体となる物質としては医薬品候補物質、その他の化成品(食品添加物、化粧品原料、塗料、農薬など)に用いられる化学物質が挙げられる。
【0034】
細胞培養装置10は、培養液貯留室3における培養液Cを内面側空間1aに導く培養液導入流路4と、外面側空間1bにおける培養液Cを培養液貯留室3に送る培養液排出流路5とを備えている。そのため、内面側空間1aの圧力を高くする工程1と、内面側空間1aの圧力を低くする工程2とを繰り返すと、培養液Cが灌流する環境下で、細胞20に加えられる圧力を変動させつつ、細胞20を培養することができる。そのため、例えば、肝細胞と血管内皮細胞とを含む細胞20の培養において、血管内皮細胞の管腔構造を形成できる。よって、細胞20において、生体内における生理学的な機能を再現可能な三次元組織を構築し、生体内における生理学的な機能を再現可能な三次元組織を長期にわたって維持できる。したがって、医薬品候補物質などの被検体を正確に評価することができる。
【0035】
細胞培養装置10では、培養液Cの循環使用が可能となるため、被検体を連続的に細胞20に曝露することができ、培養液Cの使用量を削減できる。また、蓋部13が開閉可能な構成となっているため、無菌的操作も容易になる。
【0036】
細胞培養装置10は、流路等の構造が簡略であるため、装置構造を簡略化して装置を小型化するとともに、装置の設定等の操作を容易にすることができる。
【0037】
(第1実施形態の第1変形例)
第1実施形態に係る細胞培養装置10の第1変形例について、
図3を参照して説明する。
図3は、細胞培養装置10の変形例である細胞培養装置10aを示す概略図である。なお、既出の構成と同じ構成については、同じ符号を付して説明を省略する。
【0038】
図3に示すように、培養液貯留室3には、培養液排出流路5の他端(第2端)に、逆止弁52が設けられている。逆止弁52は、培養液排出流路5から培養液貯留室3へ向かう培養液Cの流れを許容し、かつその逆の方向の流れ(培養液貯留室3から培養液排出流路5への流れ)を阻止する。培養液貯留室3に逆止弁52が設けられているため、工程2では、培養液貯留室3の培養液Cは培養液排出流路5には流入しない。
【0039】
培養液導入流路4の一端(第1端)には、ラプラス弁53が設けられている。ラプラス弁53は、培養液貯留室3から培養液導入流路4への培養液Cの流れを許容し、かつ気体(例えば、空気)の流入を阻止する。
ラプラス弁53は、培養液Cの循環流れ(培養液貯留室3から、内面側空間1a、隔膜2、外面側空間1bを経て培養液貯留室3に戻る流れ)の方向とは逆の方向の流れを阻止できる。
【0040】
ラプラス弁53の構造と機能を、
図8(A)~
図8(C)を用いて説明する。
図8(A)は、ラプラス弁117が設けられた液体貯留室の部分拡大図を示す。
図8(B)は、ラプラス弁117を介して下流口114から連絡流路115に培地131が流入する場合の模式図を示す。
図8(C)は、下流口114に空気が流入した際に、ラプラス弁117が機能している際の模式図を示す。
図8(C)に示すように、微細な流路内において、培地131と空気との間には界面張力による圧力差、すなわちラプラス圧が発生する。流路の表面が液体培地で濡れている場合は、ラプラス圧未満の空気圧条件下において液体が満たされた微細流路に空気は流入しえない。このような条件下で微細流路は受動的な空気流入防止機構として扱うことができる。
【0041】
ラプラス弁の設計について、以下に説明する。
ラプラス弁に空気が流入してしまう圧力(ラプラス圧、限界圧力)(ΔPLap)は界面張力(γ)およびラプラス弁を構成するマイクロ流路の幅(wL)および深さ(hL)によって以下の式(1)で計算できる。
【0042】
【0043】
細胞培養装置を駆動するための現実的な圧力範囲は市販の圧力制御装置で調整可能な圧力範囲および細胞の耐圧性によって決定されると考えられる。
仮に細胞の耐圧性を生体内の血圧の上限程度(30kPa=225mmHg)とすると、本実施形態に係る細胞培養装置を駆動するために現実的な圧力範囲は1kPa~30kPa程度となる。培養液の界面張力は60mN/m程度であり、ラプラス弁を構成するマイクロ流路の断面が正方形の場合、つまりwL=hLの場合、30kPaで空気が流入するマイクロ流路の寸法(長さ)は上記式(1)よりwL=hL=8μm程度、1kPaで空気が流入するマイクロ流路の寸法(長さ)はwL=hL=240μm程度と推算される。
ラプラス弁を構成するマイクロ流路の寸法を上記寸法(30kPaのときのwL=hL=8μm、1kPaのときのwL=hL=240μm)よりも小さくすることで、想定する圧力で運用した際にラプラス弁に空気が流入してしまうことを防ぐことができる。
すなわち、ラプラス弁が機能するための限界の圧力であるラプラス圧ΔPLapが、本実施形態に係る細胞培養装置で使用する圧力範囲よりも大きくなるように、ラプラス弁を構成するマイクロ流路を形成すれば、ラプラス弁に空気が流入してしまうことを防ぐことができる。
なお、wLとhLの比率が1:1でない場合も同様に式(1)に基づいて流路の寸法を設計することが可能である。
ラプラス弁53は、培養液の流れを規制する逆流防止機構の例である。
【0044】
(第1実施形態の第2変形例)
第1実施形態に係る細胞培養装置10の第2変形例について、
図4および
図5を参照して説明する。
図4は、細胞培養装置10の変形例である細胞培養装置10bを示す概略図である。
図5は、細胞培養装置10bを模式的に示す斜視図である。なお、既出の構成と同じ構成については、同じ符号を付して説明を省略する。
図4では、第1圧力調整部14Aおよび第2圧力調整部14B(
図1参照)は省略されている。
【0045】
図4および
図5に示すように、培養室1の主室1c内には、培養液導入流路4の他端(第2端)に連設されて上方に延出する延長管路(延長筒部)41が設けられている。延長管路41の上端開口41aは、延長管路41の基端41bより高い位置にある。
培養液貯留室3内には、培養液排出流路5の他端(第2端)に連設されて上方に延出する延長管路(延長筒部)42が設けられている。延長筒部42の上端開口42aは、延長筒部42の基端42bより高い位置にある。
培養液排出流路5の他端(第2端)には、ラプラス弁54が設けられている。ラプラス弁54は、培養液排出流路5から培養液貯留室3への培養液Cの流れを許容し、かつ気体(例えば、空気)の流入を阻止する。
【0046】
工程1では、培養室1(詳しくは内面側空間1a)の圧力上昇に伴って延長管路41および培養液導入流路4の培養液Cは培養液貯留室3に流入できるが、延長管路41および培養液導入流路4の培養液Cがなくなった時点で、ラプラス弁53によって、培養液導入流路4を介した培養液貯留室3への培養液Cの流入は停止する。一方、培養室1から、隔膜2、培養液排出流路5を介して培養液貯留室3へ向かう培養液Cの流れは許容される。
培養液Cは、延長管路42の上端開口42aから培養液貯留室3内に流れ込む。よって、培養液Cの循環流れ(培養室1の内面側空間1aから、隔膜2、外面側空間1b、培養液排出流路5、培養液貯留室3を経て培養室1の内面側空間1aに戻る流れ)は許容され、逆の方向の流れは規制される。
【0047】
工程2では、培養液貯留室3の圧力上昇に伴って延長筒部42内の培養液Cは培養液排出流路5に流入できるが、延長筒部42の培養液Cがなくなった時点で、ラプラス弁54によって、培養液排出流路5への培養液Cの流入は停止する。一方、培養液貯留室3から、培養液導入流路4を介して培養室1に向かう培養液Cの流れは許容される。培養液Cは延長管路41の上端開口41aから培養室1の主室1c内に流れ込む。よって、培養液Cの循環流れは許容され、逆の方向の流れは規制される。
【0048】
細胞培養装置10bは、第1実施形態と同様に、培養液Cが灌流する環境下で、細胞20に加えられる圧力を変動させつつ、細胞20を培養することができる。そのため、例えば、肝細胞と血管内皮細胞とを含む細胞20の培養において、血管内皮細胞の管腔構造を形成できる。よって、細胞20において、生体内における生理学的な機能を再現可能な三次元組織を構築し、生体内における生理学的な機能を再現可能な三次元組織を長期にわたって維持できる。したがって、医薬品候補物質などの被検体を正確に評価することができる。
【0049】
(第2実施形態)
[細胞培養装置]
第2実施形態に係る細胞培養装置10Aについて、
図6を参照して説明する。
図6は、細胞培養装置10Aを模式的に示す概略図である。なお、既出の構成と同じ構成については、同じ符号を付して説明を省略する。
図6に示すように、細胞培養装置10Aは、貯留槽11Aを備えている。貯留槽11Aは、槽本体12Aと、蓋部13とによって構成されており、細胞培養ユニット9Aを形成する。
【0050】
細胞培養ユニット9Aは、培養室1と、隔膜2と、培養液貯留室3と、培養液導入流路4と、培養液排出流路5と、バイパス流路(バイパス経路)6とを有する。細胞培養ユニット9Aは、バイパス流路6を有する点で、第1実施形態に係る細胞培養装置10の細胞培養ユニット9(
図1参照)と異なる。
【0051】
バイパス流路6は、一端(第1端)が培養室1の主室1cの底部に接続され、他端(第2端)が培養液排出流路5に接続されている。バイパス流路6は、内面側空間1aの培養液Cを、隔膜2を経ずに培養液排出流路5に導くことができる。これにより、隔膜2の内面側に形成された三次元組織の細胞20を介した液の循環が困難な状態においても、細胞培養装置10Aの中の培養液の循環を可能とすることができる。
【0052】
バイパス流路6は、流路断面積(培養液Cの流れ方向に直交する断面の面積)がバイパス流路6における他の部位より小さい(例えば、流路断面積が他の部位の1/10以下である)抵抗流路部位6aを有していてもよい。
抵抗流路部位6aの流路断面積は、例えば、他の部位の1/10以下であってよい。抵抗流路部位6aの断面積が他の部位の断面積の1/10となると、流路抵抗は他の部位に比べて100倍となる。抵抗流路部位6aによって、液の流量の調節が可能である。
【0053】
抵抗流路部位6aについて説明する。
断面が矩形のマイクロ流路を流れる液体の流量(Q)と圧力損失(ΔP)には以下の関係がある(F. M. White, Viscous Fluid Flow, McGraw-Hill Companies, Inc, Boston, 2006を参照)。
【0054】
【0055】
【0056】
式(2)および式(3)において、ΔPはマイクロ流路の入口と出口の圧力差、Rは流路抵抗、μは流体の粘度、lはマイクロ流路の長さ、wはマイクロ流路の幅、hはマイクロ流路の深さである。当該式(2)および式(3)はw>hの条件で成立する。
【0057】
例えば、抵抗流路部位6aが接続される培養液排出流路5において、抵抗流路部位と、抵抗流路部位以外の部分の部位との長さが等しい場合を考える。抵抗流路の断面積が他の部位の断面積の1/10となると、幅w、深さhが1/100.5となり、式(3)の抵抗流路の流路抵抗Rが、抵抗流路以外の部位の流路抵抗Rの100倍となる。式(2)より、圧力損失についても抵抗流路の圧力損失が、抵抗流路以外の部位の圧力損失の100倍となる。
流路の一部に、流路断面積が1/10以下となっている抵抗流路部位が形成された場合には、抵抗流路の圧力損失のみを考慮して流路設計をすることで流路網の設計が容易になるという利点がある。
【0058】
[細胞培養方法]
次に、細胞培養装置10Aを用いて細胞を培養する方法の一例について説明する。
(1)工程1
通気孔1hを通して培養室1に気体(例えば、空気)を供給して培養室1(詳しくは内面側空間1a)を加圧する。この際、培養液貯留室3は通気孔3hを通して大気に開放しておくことが好ましい。
内面側空間1aの圧力が外面側空間1bの圧力より高くなることによって、内面側空間1aの培養液Cの一部は隔膜2を透過して外面側空間1bに移行する。これにより、培養室1の内面側空間1aから隔膜2、外面側空間1bを経て、培養液排出流路5を通って培養液貯留室3に送られる培養液Cの流れが生じる。この際、細胞20は隔膜2を透過しない。
【0059】
隔膜2や隔膜2の内面側に形成された三次元組織の細胞20の流通抵抗が大きい場合には、内面側空間1aから隔膜2を通過して外面側空間1bに流れる培養液Cの流量が低くなるが、内面側空間1aの培養液Cの一部はバイパス流路6を通って培養液排出流路5に流れるため、培養液Cの循環流量の低下を防ぐことができる。
【0060】
(2)工程2
通気孔3hを通して培養液貯留室3に気体(例えば、空気)を供給して培養液貯留室3を加圧する。この際、培養室1は通気孔1hを通して大気に開放しておくことが好ましい。
培養液貯留室3の圧力が内面側空間1aの圧力より高くなることによって、培養液貯留室3の培養液Cの一部は培養液導入流路4を通して培養室1の内面側空間1aに導入される。
【0061】
工程1および工程2を繰り返すことによって、培養室1の内面側空間1aから隔膜2を透過し、外面側空間1bを経て培養液貯留室3に送られ、再び培養室1の内面側空間1aに戻る培養液Cの流れ(循環流れ)を生じさせることができる。培養液Cが隔膜2の透過方向に流れることによって、三次元構造の細胞20の厚さ方向の全体に十分量の培養液Cを供給できる。
【0062】
細胞培養装置10Aは、第1実施形態と同様に、培養液Cが灌流する環境下で、細胞20に加えられる圧力を変動させつつ、細胞20を培養することができる。そのため、例えば、肝細胞と血管内皮細胞とを含む細胞20の培養において、血管内皮細胞の管腔構造を形成できる。よって、細胞20において、生体内における生理学的な機能を再現可能な三次元組織を構築し、生体内における生理学的な機能を再現可能な三次元組織を長期にわたって維持できる。したがって、医薬品候補物質などの被検体を正確に評価することができる。
【0063】
細胞培養装置10Aは、隔膜2の透過抵抗が大きい場合でも培養液Cの循環流量の低下を防ぐことができるため、培養室1において培養液Cが灌流する環境を維持できる。そのため、細胞20および隔膜2における物質移動を促進できる。よって、細胞20において、前述の三次元組織を、生理学的な機能を保ちつつ長期にわたって維持できる。
【0064】
(第3実施形態)
第3実施形態に係る細胞培養装置10Bについて、
図7を参照して説明する。
図7は、細胞培養装置10Bを模式的に示す概略図である。なお、既出の構成と同じ構成については、同じ符号を付して説明を省略する。
細胞培養装置10Bは、複数の細胞培養ユニット9(
図1および
図2参照)を有する。
複数の細胞培養ユニット9の培養室1のうち少なくとも2つは、例えば、蓋部13(
図1参照)に形成された気体流路(第1の気体流路)18によって互いに連通されている。
複数の細胞培養ユニット9の培養液貯留室3のうち少なくとも2つは、例えば、蓋部13(
図1参照)に形成された気体流路(第2の気体流路)19によって互いに連通されていることが好ましい。
【0065】
細胞培養装置10Bでは、複数の細胞培養ユニット9が、気体流路18によって互いに連通されているため、複数の細胞培養ユニット9の培養室1を一括的に加圧することができる。複数の培養液貯留室3が気体流路(図示略)によって互いに連通されている場合には、複数の細胞培養ユニット9の培養液貯留室3を一括的に加圧することができる。そのため、細胞培養装置10Bでは、容易な操作で、複数の細胞培養ユニット9における試験を並列的に行うことができる。したがって、創薬スクリーニング等において効率の高い試験が可能である。
【0066】
なお、例えば、非特許文献8において、内臓型ペリスタポンプで送液し、三次元組織の灌流培養を行う方法が記載されている。
一般的に、内臓型ペリスタポンプで送液する場合には、三次元組織内の構造と関係なく、一定流量の流れ条件における細胞組織培養が行われる。この場合、例えば、三次元組織内に血管組織が発達していない場合など、細胞組織に過剰の送液負荷がかかってしまう。
一方、上記実施形態に係る細胞培養装置および細胞培養方法によれば、培養室および培養液貯留室に設置した通気孔を介して加圧、大気圧開放を繰り返すことで培養液を循環させる構成を有している。
すなわち、上記実施形態における圧力駆動による送液方式では、一定圧力で加圧して培養液を送液するため、三次元組織内の血管組織の発達に応じて、培養液の流量が調整される。
上記実施形態に係る細胞培養装置および細胞培養方法においては、肝細胞と血管内皮細胞を灌流条件下で共培養し、血管様構造を有する肝細胞の三次元組織を構築して培養することができる。これに伴い、狭い培養面積においても大量の細胞を代謝酵素などの発現が保持されたまま培養できることが期待できる。
また、上記実施形態に係る細胞培養装置および細胞培養方法によれば、従来の培養方法と比較して、多くの細胞を培養容器に導入して培養することが可能であり、例えば、面積あたり80倍程度の細胞を培養容器に導入して培養することが可能である。
一般的に、Organ-on-a-chipやBody-on-a-chipに実装する培養装置および培養方法では、狭い空間で高い代謝活性が求められており、上記実施形態に係る細胞培養装置および細胞培養方法は、従来の細胞培養装置および細胞培養方法と比較して優位な方法である。
また、肝細胞のインビトロ培養技術において胆汁排泄を適切に評価する技術は存在しない。
上記実施形態に係る細胞培養装置および細胞培養方法によると、肝細胞の胆管側の膜に発現するトランスポーター(MRP2)の発現が向上することが確認されており、従来の培養方法では実現することができなかった機能を発現させることが可能である。
【実施例】
【0067】
(実施例1~3)
図1に示す細胞培養装置10を作製した。隔膜2としては、薄層マトリゲルコートを施したトランズウェル(孔径1μm)を使用した。
薄層マトリゲルコートは、Corning Matrigel Basement Membrane Matrix(Corning)を無血清培地で希釈し、100μg/cm
2となるようトランズウェルに添加することによって形成した。この薄層マトリゲルコートを、室温で1時間以上静置した後にPBSで2回洗浄した。
細胞20として、ヒト肝癌由来細胞HepG2と、ヒト血管内皮細胞HUVECと、ヒト不死化間葉系幹細胞UCBTERT-21とを表1に示す組成で使用し、細胞培養装置10で培養した。
【0068】
細胞を蛍光観察するため、HUVECはCell tracker Green(LifeTechnologies)を用いて蛍光染色を行った。HepG2、およびUCBTERT-21はCell tracker Red(LifeTechnologies)を用いて蛍光染色を行った。細胞培養装置10の各流路には空気抜きのため、細胞を播種する直前に培養液を注入した。各細胞(HepG2、HUVEC、UCBTERT-21)は、トリプシン処理にて剥離した後に培地(培養液)に懸濁して細胞数をカウントした。
細胞20の播種は、15mLチューブにそれぞれ表1の細胞数に相当する細胞懸濁液をそれぞれ入れ、遠心分離によって細胞を回収した後に培地(70μL)に再懸濁した懸濁液を直接播種することで行った。
【0069】
細胞20の播種後、3時間程度、静置培養して十分に細胞をトランズウェル(隔膜2)に接着させた後に、ウェル内に培地をさらに添加し、総培地量を1.15mLとした。そのまま約24時間置き、循環培養を開始した。この循環培養開始日をDay0(培養0日目)とし、1~3日ごとに1.15mLの培地を交換しつつ循環培養を行った。
アルブミン定量のための培地のサンプリングは1~3日ごとに行い、その際に培地交換および位相差顕微鏡による観察を行った。アルブミン定量はELISAにて行った(AssayPro, Albumin, Human, ELISA Kit, AssayMaxを使用)。細胞塊内のそれぞれの細胞の局在は共焦点レーザー顕微鏡(横河電機、CSU10)にて観察した。
【0070】
培養13日目の各細胞の定量PCRによる遺伝子発現を解析した。解析の対象とした遺伝子は薬物代謝酵素のCYP1A2、 CYP3A4およびアルブミン(Albumin)の3種類である。各細胞はPBSで2回洗浄した後に、total RNAをRNeasy Plus Mini Kit(Qiagen)で抽出した。cDNAはQuantiTect Rev. Transcription Kit(Qiagen)を用いて調製した。
定量PCRはQuantiFast SYBR Green PCR Kit(Qiagen)を用いて行った。各遺伝子に対するプライマーとしては、CYP1A2:Hs_CYP1A2_1_SG QuantiTect Primer Assay(Qiagen)、CYP3A4:CYP3A4_1_SG QuantiTect Primer
Assay(Qiagen)、Albumin:Hs_ALB_1_SG QuantiTect Primer Assay(Qiagen)を用い、内部標準としてGAPDH:GAPDH_1_SG QuantiTect Primer Assay(Qiagen)を用いた。定量PCRの結果は、それぞれの細胞数の比率に応じてDay0の遺伝子発現量で規格化した。
培養13日目のCYP3A4活性は、P450-GloTM CYP3A4 Assay (Luciferin-IPA)、(Promega)を用いて測定した。なお、基質添加時の培地量は1mLとし、2時間反応させた後に発光測定を行った。
【0071】
実施例1の培養液のアルブミン濃度の変化を
図9に示す。
実施例1~3における細胞の位相差観察像(培養6日目)を、それぞれ
図10(A)~
図10(C)に示す。
実施例3におけるHUVECの共焦点レーザー顕微鏡の観察像を
図11(A)に示す。
実施例3におけるHepG2、UCBTERT-21の共焦点レーザー顕微鏡の観察像を
図11(B)に示す。実施例3における位相差観察像(培養5日目)を
図11(C)に示す。
実施例1~3の培養液中のアルブミン濃度の変化を
図12に示す。
実施例1と実施例3との肝機能に関わる遺伝子発現を、それぞれ
図13および
図14に示す。
実施例1と実施例3のCYP3A4活性測定の結果を
図15に示す。
【0072】
(比較例1,2)
表1に示す細胞を用いて、直径35mmのディッシュにより培養を行った。
細胞の播種は、15mLチューブにそれぞれ表1の細胞数に相当する細胞懸濁液をそれぞれ入れ、遠心分離によって細胞を回収した後に培地(2mL)に再懸濁した懸濁液を直接播種することで行った。
比較例1,2における細胞の位相差観察像(培養6日目)を、それぞれ
図10(D)~
図10(E)に示す。
【0073】
【0074】
細胞播種の約24時間後に培地を交換し、この日をDay0とした。1~3日ごとに2mLの培地を交換しつつ静置培養を行った。
その他の条件は実施例1~3と同様とした。
比較例1の培養液中のアルブミン濃度の変化を
図9に示し、比較例1,2の培養液中のアルブミン濃度の変化を
図12に示す。
比較例1と比較例2との肝機能に関わる遺伝子発現を
図13および
図14に示す。
比較例1と比較例2とのCYP3A4活性測定の結果を
図15に示す。
【0075】
図9に示すように、実施例1では、培養8日目頃からアルブミンの産生量が増え始め、12日目においても産生量は増加傾向にあった。一方、比較例1においては培養用8日目頃からアルブミンの産生量が頭打ちとなった。そのため、培養8日目以降では、
図1の細胞培養装置10を用いた実施例1は、既存の培養容器である35mmディッシュを用いて培養した比較例1と比べてアルブミン産生量が高くなることがわかった。
図10(C)に示すように、HepG2を、HUVECおよびUCBTERT-21と共培養した実施例3(細胞数の比率はHepG2:HUVEC:UCBTERT-21=1:4:1)において、血管様の網目構造(管腔構造)の形成が確認された。
図10(A)に示すように、HUVECおよびUCBTERT-21を含まない条件(実施例1;細胞数の比率は1:0:0)では網目構造の形成は確認されなかった。
図10(B)に示すように、実施例3に比べてHUVECおよびUCBTERT-21の含有率の低い実施例2(細胞数の比率は1:1:0.25)では網目構造の形成は部分的にのみ確認された。
図10(D)および
図10(E)に示すように、比較例1,2では、細胞数の比率にかかわらず、血管様の網目構造の形成は確認されなかった。
【0076】
図11(A)に示すように、蛍光染色したHUVECと、UCBTERT-21とを、HepG2と共培養した条件(細胞数の比率はHepG2:HUVEC:UCBTERT-21=1:4:1)で、実施例3と同様の細胞培養を行い、培養5日目において共焦点レーザー顕微鏡により観察したところ、HUVECが網目構造を形成し、血管様の組織が形成されていることが確認された。
図11(B)に示すように、HepG2とUCBTERT-21とによって構成される二種類の細胞群は、組織全体において存在していることが確認された。
図12に示すように、HepG2をHUVECおよびUCBTERT-21と共培養した実施例2,3(細胞数の比率は1:1:0.25および1:4:1)では、HepG2を単独で用いた実施例1(細胞数の比率は1:0:0)に比べて、アルブミンの産生量はやや少なくなった。
しかし、実施例1~3は、長期間の培養の後(例えば、培養13日目)には、アルブミンの産生量は比較例1,2に比べて多くなった。
一方、
図13および
図14に示すように、実施例1および実施例3のCYP1A2遺伝子およびAlbumin遺伝子の発現は比較例1および比較例2に比べて増大した。また、
図15に示すように、実施例3におけるCYP3A4の活性は実施例1,比較例1および比較例2と比較して増大した。
【0077】
(実施例4、比較例3、4)
以下には、上述の実施形態に係る細胞培養装置の一例に対応する実施例4の細胞培養装置と、一般的な細胞培養容器に対応する比較例3、および、比較例4に係る細胞培養容器と、の面積当たりの細胞数の比較を行った結果を示す。
【0078】
実施例4においては、上述の実施例1~3と同様に、
図1に示す細胞培養装置10を作製し、以下の表2に示すように、細胞を播種した。
【0079】
また、比較例1、2と同様に、比較例3として、一般的な細胞培養容器である35mmディッシュを用意し、以下の表2に示すように、細胞を播種した。
さらに、比較例4として、一般的な細胞培養容器である96wellプレートを用意し、以下の表2に示すように、細胞を播種した。
【0080】
【0081】
表2に示すように、比較例3、および、比較例4のような従来の培養方法と比較して、実施例4では、面積あたり80倍程度の細胞を培養容器に導入して培養することが可能であった。
このように、実施例4に係る細胞培養装置によれば、培養面積が狭い条件においても大量の細胞を代謝酵素などの発現が保持されたまま培養を行うことが可能であった。
【0082】
(実施例5~8)
実施例1と同様に、
図1に示す細胞培養装置10を作製した。
実施例5~8における細胞20の播種は、15mLチューブにそれぞれ表3で示した細胞数に相当するように調整した細胞懸濁液をそれぞれ入れ、遠心分離によって細胞を回収した後に培地(60~80μL)に再懸濁した懸濁液を直接播種することで行った。
細胞20の播種後、3時間程度、静置培養して十分に細胞をトランズウェル(隔膜2)に接着させた後に、ウェル内に培地をさらに添加し、総培地量を1.15mLとした。
そのまま約24時間置き、循環培養を開始した。この循環培養開始日をDay0(培養0日目)とし、2~3日ごとに1.15mLの培地を交換しつつ循環培養を行った。
表4に示すように、Day1(培養1日目)、Day3(培養3日目)、Day15(培養15日目)に培地の流量測定を行い、Day16(培養16日目)に4%パラホルムアルデヒドで細胞塊を固定した。
作製した切片を用いて、HUVECの細胞膜を染色する抗CD31(PECAM-1)抗体と、肝臓の胆管側膜を染色する抗MRP2(ABCC2)抗体と、を用いて蛍光免疫染色を行った。
【0083】
【0084】
【0085】
各培養条件における培地流量の結果を表4に示す。
表4に示すように、実施例5~8のいずれも、Day3が最も培地流量が多く、アルブミン産生量や酵素活性の上昇が観察される培養15日目にはどの条件も培地流量が低下する傾向を観察した。
Day3までの結果のように、組織成熟に伴って培地流量が増加する点は、圧力駆動型の循環培養の利点であると考えられる。
【0086】
培養15日目において、実施例5の6倍の細胞数の細胞を播種した実施例6(6:0:0)では培地循環が確認できなかった。
この結果は、増殖したHepG2が流路に流れ込み、せき止めてしまったことが原因と思われる。
また、培養容器の培地は1.7~9.6時間で一巡することが示された。
【0087】
図16に、細胞の免疫染色(MRP2/CD31)の結果、HE染色(ヘマトキシリン・エオシン染色)の結果、三次元構造を有する細胞の概略図を示す。
なお、実施例6(6:0:0)の結果は、細胞死が進行し、組織がもろい点など実施例5(1:0:0)とほぼ同様であるため、図示しなかった。
実施例5、および、実施例6のように、HepG2単独では細胞塊の構造が比較的密な部分と疎な部分の差が大きく、MRP2のシグナルもほとんど観察することが出来なかった。
【0088】
図16に示すように、HepG2、HUVEC、およびUCBTERT-21を共培養した実施例7(1:1:0.25)および実施例8(1:4:1)では、HepG2が隣り合っていると思われる部分においてMRP2の発現が多く観察された。
すなわち、肝細胞の胆管側の膜に発現するトランスポーターであるMRP2は、HUVECのような血管内皮細胞と、UCBTERT-21のような間葉系幹細胞との共培養において発現が昂進し、血管内皮細胞と間葉系幹細胞との共培養による胆汁排泄機能の向上が期待される結果が確認された。
共培養を実施した実施例7と実施例8との二条件を比較すると実施例8(1:4:1)のほうが細胞の密度が均一な組織形成が起きていたが、MRP2の発現については実施例7と実施例8とでは明確な差は見られなかった。
【0089】
図16に示すように、実施例7および実施例8においては、HUVECは多孔質膜と平行にシート状に集合し(
図16の概略図中A1の矢印の箇所)、HUVECの上にHepG2の積層(
図16の概略図中B1の矢印の箇所)が観察された。
また、実施例8(1:4:1の条件)のように、HUVEC量を増やすと、HUVECのシートが2層になった(
図16の概略図中の矢印A1およびB1の箇所を参照)。
【0090】
非特許文献8において、内臓型ペリスタポンプで送液し、三次元組織の灌流培養を行う方法が記載されている。
一方、本発明の上記実施形態に係る細胞培養装置および細胞培養方法では、培養室および培養液貯留室に設置した通気孔を介して加圧、大気圧開放を繰り返すことで培養液を循環させる構成を有している。
一般的に、内臓型ペリスタポンプで送液する場合には、三次元組織内の構造と関係なく、一定流量の流れ条件のもとで細胞の培養が行われる。この場合、三次元組織内に血管組織が発達していない場合、組織に過剰の送液負荷がかかってしまう。
一方、上記実施形態に係る圧力駆動による送液方式では、一定圧力で加圧して送液するため、三次元組織内の血管組織の発達に応じて、培地等の液体の流量が調整される。
【0091】
実際に、表4に示すように、実施例5~8において、Day1からDay3において、血管組織や肝組織の発達に応じた培地流量の増加が観察されている。
また、実施例7および8のように、HUVECのような血管内皮細胞を含む培養系において、三次元組織内の血管組織の発達に応じて、培地等の液体の流量が調整される傾向は顕著であった。
【0092】
また、実施例5~8においては、Day3からDay15にかけては肝細胞の増殖に伴う流量低下および閉塞が確認されているが、流量低下および閉塞の点に関しては血管組織を長期維持できる培養液の使用等で解決されると考えられる。
血管組織を長期維持するためには、例えば、培養液に血管内皮細胞増殖因子であるVEGF等の増殖因子を添加する方法などが考えられる。
【0093】
本実施形態に係る細胞培養装置、および、細胞培養方法によれば、肝細胞と血管内皮細胞とを灌流条件下で共培養し、血管様構造を有する肝細胞の三次元組織を構築して培養することができる。
これに伴い、表2に示したように、従来の培養方法と比較して、本実施形態に係る細胞培養装置および細胞培養方法では、例えば、面積あたり80倍程度の細胞を培養容器に導入して培養することが可能であった。
すなわち、本実施形態によれば、狭い培養面積においても大量の細胞を代謝酵素などの発現が保持されたまま培養することができることが期待できる。
一般的に、Organ-on-a-chipやBody-on-a-chipに実装する培養系では、狭い空間で高い代謝活性が求められており、本実施形態に係る細胞培養装置、および、細胞培養方法は従来の培養方法と比較して優位な方法である。
また、肝細胞のインビトロ培養技術において胆汁排泄を適切に評価する技術は、現時点では確認されていない。
本実施形態に係る細胞培養装置、および、細胞培養方法によれば、実施例7および8に示されるように、肝細胞の胆管側の膜に発現するトランスポーター(MRP2)の発現が向上することが確認されており、従来の培養方法では実現し得ない機能を発現させることができると考えられる。
【0094】
上述の実施形態における各構成およびそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。
図1に示す細胞培養装置10は、貯留槽11と、第1圧力調整部14Aと、第2圧力調整部14Bとを備えた構成であってもよい。
図1に示す細胞培養装置10の貯留槽11は、槽本体12と蓋部13とを有するが、槽本体12と蓋部13とを別々に有する構成に限らず、槽本体と蓋部とが一体となった貯留槽を採用してもよい。
本実施形態に係る細胞培養装置は、培養室の圧力を調整する第1圧力調整部と、培養液貯留室の圧力を調整する第2圧力調整部とを備えていてもよい。
本実施形態に係る細胞培養装置において、培養室および培養液貯留室の圧力を調整する構造は特に限定されない。例えば、培養液の供給によって培養室の内面側空間(または培養液貯留室)の圧力を高める構造を採用してもよいし、培養室の外面側空間(または培養液貯留室)の培養液の一部を排出することによって、培養室の内面側空間(または培養液貯留室)の圧力を低下させる構造を採用してもよい。また、培養室および培養液貯留室の容積の変化によってその圧力を変化させる構造を採用してもよい。
【0095】
本実施形態において培養する細胞は、特に限定されず、例えば、ヒトを含む動物由来の細胞、植物由来の細胞、微生物由来の細胞等を目的に応じて使用できる。
本実施形態は、細胞工学分野、再生医療分野、バイオ関連工業分野、組織工学分野などにおいて有用である。特に、医薬品の開発、細胞生物学の基礎研究に有用である。
【符号の説明】
【0096】
1 培養室
1a 内面側空間
1b 外面側空間
2 隔膜
3 培養液貯留室
4 培養液導入流路
5 培養液排出流路
6 バイパス流路(バイパス経路)
6a 抵抗流路部位
9,9A 細胞培養ユニット
10,10a,10b,10A,10B 細胞培養装置
11,11A 貯留槽
51,52 逆止弁(逆流防止機構)
53,54,117 ラプラス弁(逆流防止機構)
C 培養液