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特許7403678電子源とその製造方法およびそれを用いた電子線装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-14
(45)【発行日】2023-12-22
(54)【発明の名称】電子源とその製造方法およびそれを用いた電子線装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 1/30 20060101AFI20231215BHJP
   H01J 9/02 20060101ALI20231215BHJP
   H01J 37/06 20060101ALI20231215BHJP
【FI】
H01J1/30
H01J9/02 B
H01J37/06 A
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022551462
(86)(22)【出願日】2020-09-23
(86)【国際出願番号】 JP2020035749
(87)【国際公開番号】W WO2022064557
(87)【国際公開日】2022-03-31
【審査請求日】2023-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】楠 敏明
(72)【発明者】
【氏名】荒井 紀明
(72)【発明者】
【氏名】橋詰 富博
(72)【発明者】
【氏名】糟谷 圭吾
【審査官】後藤 慎平
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-141839(JP,A)
【文献】特開昭60-031059(JP,A)
【文献】特開昭52-110563(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 1/13- 1/28
H01J 1/30- 1/316
H01J 9/02
H01J 37/00-37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップの先端に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の{ n11 }面と、少なくとも4面の{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた{100}面の頂部ファセットが形成され、かつ前記{ n11 }面の側部ファセットの合計面積> 前記{ n10}の側部ファセットの合計面積である前記六ホウ化物単結晶のチップを備え
前記{ n11 }面は前記{ n10 }面より仕事関数が高いことを特徴とする電子源。
【請求項2】
請求項1記載の電子源であって、前記六ホウ化物単結晶のチップを備える前記電子源は、室温以下の温度で動作させる冷陰極電界放出電子源であることを特徴とする電子源。
【請求項3】
請求項1記載の電子源であって、前記六ホウ化物単結晶のチップを備える電子源は、室温より高く300℃以下に加熱して動作させる熱電界放出電子源であることを特徴とする電子源。
【請求項4】
請求項1記載の電子源であって、前記六ホウ化物単結晶のチップを備える電子源は、1050℃以上1400℃以下に加熱して動作させるショットキー電子放出源であることを特徴とする電子源。
【請求項5】
請求項1記載の電子源であって、前記六ホウ化物単結晶の前記{100}面の頂部ファセットの面積Aは0.01 ≦ A ≦ 0.1μm2であることを特徴とする電子源。
【請求項6】
請求項1記載の電子源であって、前記六ホウ化物単結晶のチップの先端の近接円の曲率半径Rは0.2 ≦ R ≦ 0.5 μmであることを特徴とする電子源。
【請求項7】
請求項1記載の電子源であって、前記六ホウ化物単結晶のチップの先端部分は錐体状に形成されており、前記錐体状に形成された部分のコーン角αが25°≧α ≧10°であることを特徴とする電子源。
【請求項8】
<100>方位の六ホウ化物単結晶のチップの先端部分を電解研磨することにより前記チップの前記先端部分を錐体状に形成し、前記先端部分を錐体状に形成した前記六ホウ化物単結晶のチップを加熱しながら前記六ホウ化物単結晶のチップを正極性とする電圧を印加することにより、前記六ホウ化物単結晶のチップの前記錐体状に形成した前記先端部分の先端の側壁にn=1,2,3の整数とする少なくとも4面の{ n10 }と少なくとも4面の{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた{100}面の頂部ファセットを形成し、かつ前記{ n11 }面の側部ファセットの合計面積> 前記{ n10 }の側部ファセットの合計面積であり、前記{ n11 }面は前記{ n10 }面より仕事関数が高いことを特徴とする六ホウ化物単結晶のチップを備えた電子源の製造方法。
【請求項9】
請求項記載の六ホウ化物単結晶のチップを備えた電子源の製造方法であって、前記先端部分を前記錐体状に形成した前記六ホウ化物単結晶のチップを加熱しながら前記六ホウ化物単結晶のチップを正極性とする電圧を印加することを、前記六ホウ化物単結晶のチップを1500℃以上1700℃以下に加熱し、前記六ホウ化物単結晶のチップを正極性電位として1×109 V/m以上4.5×109 V/m以下の電圧を印加することにより行うことを特徴とする六ホウ化物単結晶のチップを備えた電子源の製造方法。
【請求項10】
電子源と、試料を載置する試料台と、前記電子源から放出された電子をビーム状に収束させて前記試料台の上の試料に照射する電子光学系とを備えた電子線装置であって、
前記電子源は、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップの先端に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の{ n11 }面と、少なくとも4面の{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた{100}面の頂部ファセットが形成され、かつ前記{ n11 }面の側部ファセットの合計面積> 前記{ n10 }の側部ファセットの合計面積である六ホウ化物単結晶のチップを備え
前記{ n11 }面は前記{ n10 }面より仕事関数が高いことを特徴とする電子線装置。
【請求項11】
請求項10記載の電子線装置であって、前記電子源は、室温以下の温度で作動させる冷陰極電界放出電子源であることを特徴とする電子線装置。
【請求項12】
請求項10記載の電子線装置であって、前記電子源は、前記電子源を室温より高く300℃以下で加熱する加熱源を備える熱電界放出電源であることを特徴とする電子線装置。
【請求項13】
請求項10記載の電子線装置であって、前記電子源は、前記電子源を1050℃から1400℃の範囲で加熱する加熱源を備えるショットキー電子放出源であることを特徴とする電子線装置。
【請求項14】
請求項10乃至13の何れか1項に記載の電子線装置であって、前記電子源の前記六ホウ化物単結晶のチップの頂部ファセットの{100}面から取り出したプローブ電流の放射角電流密度JΩ(μA/sr)と、前記電子源から放出される全電流Itの比が2以上であることを特徴とする電子線装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡などの電子線装置の電子源とその製造方法およびそれを用いた電子線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡は光学限界を超えた空間分解能をもち、nmからpmオーダの微細構造の観察と組成の分析ができる。このため、材料や物理学、医学、生物学、電気、機械などの工学分野で広く利用されている。電子顕微鏡のなかでも、簡便に試料表面の観察を行える装置として走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope : SEM) がある。
【0003】
電子顕微鏡などの電子線装置に用いられる電子源として、熱電子源(Thermionic Emitter:TE)、電界放出電子源(Field Emitter:FE)、ショットキー放出電子源(Schottky Emitter: SE)がある。
【0004】
図1の(a)~(c)に各電子源の動作原理を示したエネルギーダイアグラムを示す。
図1の(a)に示す熱電子源(TE)は、ヘアピン状に加工されたタングステン(W)のフィラメントを2500 ℃程度に加熱し、Wの固体内で熱励起された電子をWの仕事関数Φ(4.3~4.5 eV)のエネルギー障壁を越えさせることにより電子eを真空中に取り出す。電子源が常時加熱されているため、ガス吸着などによる電子源表面の汚染がなく、電流変動が少ない安定した電子線を取り出せる。その半面、放出電子のエネルギー半値全幅ΔETEは3~4 eVと広く、また電子放出面積が広く、輝度B(単位面積、単位立体角当たりの放出電流量)は105 A/cm2sr(加速電圧20 kVでの値、以下同様)程度と低い。
【0005】
そのため、仕事関数Φが2.6 eVとWより低いLaBなどの六ホウ化物の熱電子源も用いられている。LaB熱電子源は仕事関数Φが低いため動作温度を1400~1600℃程度まで低減でき、エネルギー半値全幅ΔETEを2~3 eVに抑制でき、輝度Bも106A/cm2sr程度に上げることが可能である。
【0006】
特許文献1および2には、六ホウ化物単結晶を加熱して熱電子を放出する熱電子源が開示されている。これらの熱電子源は、エネルギー半値全幅が広く、電子顕微鏡の対物レンズなどの電子光学系の色収差が大きいため低空間分解能だが、取り扱いが容易で安価な簡易型の走査電子顕微鏡用の電子源や、色収差の影響の少ない透過型電子顕微鏡などに用いられる。
【0007】
図1の(b)に示す電界放出電子源(FE)は、単色性がよく高輝度の電子ビームを放出できるため、電子光学系の色収差を低減でき、高空間分解能の走査型電子顕微鏡用の電子源として使用されている。電界放出電子源には先端を尖らせたタングステンの{310}結晶面を用いたものが広く用いられている。
【0008】
外部電界FをWチップ先端に集中させることにより高電界を印加し、Wチップ内の電子eを実効的に薄くなったエネルギー障壁を量子力学的に透過させて真空中に放出させる。室温で動作できるため、引き出される電子eのエネルギー半値全幅ΔEFEは0.3 eV程度と狭く、また非常に尖ったチップ先端の狭い電子放出面から高密度の電子線を放出するため輝度が108 A/cm2srと高い特徴を有する。
【0009】
電界放出電子源でもさらにエネルギー半値全幅ΔEを狭くし、輝度Bを上げるため、仕事関数Φが低いLaB6などの六ホウ化物のナノワイヤを用いた電界放出電子源も提案されている(例えば、特許文献3)。Wに比べ仕事関数障壁が低いため、より低電界で電子を透過させ電界放出できエネルギー半値全幅ΔETEをさらに低減することが可能である。
【0010】
一方、半導体デバイスの寸法計測などを行う測長走査電子顕微鏡では、図1の(c)に示すような酸化ジルコニウム(ZrO2)をWチップに塗布しW{100}結晶面に拡散させたZrO/Wのショットキー放出電子源(SE)が用いられる。
【0011】
ZrO/Wショットキー放出電子源は常時1400~1500 ℃程度に加熱されており、Wチップ先端に熱拡散したZrOがWチップの{100}面の仕事関数Φを2.8~2.9 eV程度に下げるとともに、チップ先端に印加された外部電界Fと鏡像ポテンシャルによるショットキー効果により引き下げられた仕事関数Φのエネルギー障壁を越して熱電子が放出されるものである。ショットキー放出電子源は電界放出電子源より大電流密度を安定に取り出せるが、動作温度が高いためエネルギー半値全幅ΔESEは0.6~1 eV程度と大きくなる。
【0012】
発明者らは、これまでにフローティングゾーン法などで作製したCeB6などの六ホウ化物単結晶を用い、その先端を電解研磨、電界蒸発などを駆使して半球状に整形し、さらに700~1400℃の加熱処理を行うことで仕事関数の低いCeB6の{310}結晶面を形成し、室温で電界放出させる冷電界放出電子源(Cold Field Emitter、CFE)を開発し開示してきた(特許文献4)。
【0013】
フローティングゾーン法などで作成した六ホウ化物単結晶の大きさは0.1 mmから1 mm程度であることから、人の手や、機械を用いて電子源へと組み立てることができ、特許文献3のような直径が数十から数百ナノメートル程度のナノワイヤを用いる電子源より安価で簡便に歩留まり高く生産できる利点がある。
【0014】
この六ホウ化物単結晶の電界放出電子源は従来のWの電界放出電子源に比べて単色性がよく、また全電流Itに対する放射角電流密度JΩ(μA/ s r)の比JΩ/ I tが6~13以上と放射角電流密度が高めることができる。この発明により、特に低加速電圧での走査電子顕微鏡の色収差を改善でき、試料の極表面の観察や、炭素系化合物などの軽元素物質の観察の高空間分解能化が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特公昭60-31059号公報
【文献】特開昭57-141839号公報
【文献】特許第05660564号公報
【文献】国際公開WO2018/070010号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
電界放出電子源は、放出電子の単色性がよく対物レンズなどの電子光学系の色収差を低減できるため、高空間分解能の走査電子顕微鏡に適する。特に上記特許文献4の発明のように仕事関数の低いCeB6の{310}結晶面を用いると単色性がさらに向上し望ましい。
【0017】
しかしながら、電界放出電子源は動作温度が低いため電子線装置中の残留ガスなどが電子放出面に吸着しやすく、放出電流の安定性に劣ることが課題である。特に、Wより仕事関数の低いCeB6などの六ホウ化物の電界放出電子源はガス吸着と脱離による仕事関数変化の影響を相対的により強く受ける。特に六ホウ化物単結晶の結晶表面は残留酸素と結合し仕事関数が大きく上昇することも知られている。
【0018】
そのため、これらの電子源を搭載する電子銃に10-9Pa台以下の超高真空が求められる。また定期的な加熱を行うなどガス吸着を防止するなどの特別な手法を用いない限り数か月にわたる長期安定性が必要な半導体デバイスの測長などの用途には適さない。
【0019】
本発明の目的は、上記した従来技術の課題を解決して、六ホウ化物単結晶のガス吸着の影響が少ない所望の形状的、時間変化的に安定した電子放出面の局所領域から放出される安定した電子線を利用し、さらに該放出面以外から放出される不安定な電子線の混入を抑制する手法を用い、単色性と放出電流の長期安定性を兼備えた六ホウ化物単結晶の電子源を提供し、高分解で長期安定性が必要な様々な用途も用いることができる電子顕微鏡などの電子線装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記した課題を解決するために、本発明では、電子源を構成する<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップを、先端に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の仕事関数の高い{n11}面と、少なくとも4面の仕事関数の低い{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットを形成し、かつ { n11 }面の側部ファセットの合計面積 > { n10 }の側部ファセットの合計面積 であるように構成した。
【0021】
また、上記した課題を解決するために、本発明では、六ホウ化物単結晶のチップの電子源の製造方法を、<100>方位の六ホウ化物単結晶のチップの先端部分を電解研磨することにより六ホウ化物単結晶のチップの先端部分を錐体状に形成し、この先端部分を錐体状に形成した六ホウ化物単結晶のチップを加熱しながら六ホウ化物単結晶のチップを正極性とする電圧を印加することにより、六ホウ化物単結晶のチップの錐体状に形成した先端部分に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の{ n10 }と少なくとも4面の{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットを形成し、かつ { n11 }面の側部ファセットの合計面積 > { n10 }の側部ファセットの合計面積 と形成するようにした。
【0022】
さらに、上記した課題を解決するために、本発明では、電子源と、試料を載置する試料台と、電子源から放出された電子をビーム状に収束させて試料台の上の試料に照射する電子光学系とを備えた電子線装置において、電子源を、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップの先端に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の{n11}面と、少なくとも4面の{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットが形成され、かつ { n11 }面の側部ファセットの合計面積 > { n10 }の側部ファセットの合計面積 である六ホウ化物単結晶のチップを備えて構成した。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、単色性と放出電流の長期安定性を兼備えた新たな電子源と、この電子源を備えて高分解で長期安定性が必要な様々な用途に用いることができる電子顕微鏡などの電子線装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】電子顕微鏡などの電子線装置に用いられる各種の電子源の動作原理を示したエネルギーダイアグラムである。
図2】実施例1に係る電子源で用いる六ホウ化物単結晶の結晶構造(単位格子)を示す斜視図である。
図3】実施例1に係る[100]結晶軸に成長させた六ホウ化物単結晶から[100]結晶軸に沿って四角柱のチップを切り出した様子の模式図である。
図4】実施例1に係る金属管を六ホウ化物単結晶のチップの組み立て台に装着した状態を示す斜視図である。
図5】実施例1に係る金属管と六ホウ化物単結晶のチップの接合方法を説明する六ホウ化物チップの組み立て台に装着した金属管と圧接用工具と実体顕微鏡との位置関係を示す斜視図である。
図6】実施例1に係る金属管と六ホウ化物単結晶のチップの接合構造を説明する図で、(a)は平面図、(b)は斜視図、(c)は正面の断面図である。
図7】実施例1に係る電子源の組み立て構造を説明する電子源の原型となる構造体の正面図である。
図8】実施例1に係る電子源の組み立て時の位置あわせ治具を説明する図で、(a)は金属管とフィラメントとそれらの位置を合わせる位置あわせ治具の斜視図、(b)はフィラメントをスポット溶接した金属管とステムとそれらの位置を合わせる位置あわせ治具の斜視図である。
図9】実施例1に係る金属管と六ホウ化物単結晶のチップの接合構造の別の例を説明する図で、(a)は平面図、(b)は斜視図、(c)は正面の断面図である。
図10】実施例1に係る電子源のチップ先端を電解研磨で尖鋭化する工程を説明する電子源構造体を電解研磨液に浸漬した状態を示す正面の断面図である。
図11】実施例1に係る電子源のチップ先端の電解研磨の原理を説明する六ホウ化物チップと電解研磨液の正面の断面図である。
図12】電子源のチップ先端を従来技術による電解研磨で加工した形状を観察したSEM像で、(a)はチップの先端部のSEM像、(b)はチップの先端の頂部付近を拡大したSEM像、(c)は(b)の円401で囲んだ部分を真上(チップの中心軸方向)から見たSEM像である。
図13】実施例1の製造方法で作製した電子源のチップ先端の結晶面構造を観察したSEM像で、(a)はチップの先端部のSEM像、(b)はチップの先端の頂部付近を拡大したSEM像、(c)は(b)の円401で囲んだ部分を真上(チップの中心軸方向)から見たSEM像である。
図14】実施例1の六ホウ化物単結晶の電子源のチップ先端構造の模式図である。
図15】実施例1に係る六ホウ化物単結晶の電子源の正面図である。
図16】実施例1の製造方法のプロセス条件範囲を示す図である。
図17】六ホウ化物単結晶電子源の室温での電界電子放出の電界放出顕微鏡観察像で、(a)は従来の六ホウ化物単結晶電子源、(b)は実施例1で作成した六ホウ化物単結晶電子源である。
図18】従来の六ホウ化物単結晶電子源、および実施例1で作成した六ホウ化物単結晶電子源の放射角電流密度と全電流の比の測定結果を示すグラフである。
図19】実施例1の{100}面を用いた六ホウ化物単結晶のチップを用いた電界放出電子源と、従来の{310}面を用いた六ホウ化物電界放出電子源、同じく従来の{310}面を用いたWの電界放出電子源の放出電子の放射角電流密度に対するエネルギー半値全幅の測定結果を示すグラフである。
図20】実施例1で作成した六ホウ化物単結晶のチップを用いた電子源を室温で動作させた冷陰極電界放出電流の安定性を示すグラフで、(a)は0.1時間での変動、(b)は8時間での変動を示す。
図21】実施例1で作成した六ホウ化物単結晶のチップを用いた電子源を160℃に加熱し動作させた熱電界放出電流の安定性を示すグラフで、(a)は0.1時間での変動、(b)は8時間での変動を示す。
図22】実施例2の六ホウ化物単結晶のショットキー電子源とZr-O/Wショットキー電子源の放射角電流密度に対するエネルギー半値全幅の測定結果を示すグラフである。
図23】実施例2に係るショットキーモードで動作させたときの放出電流の短時間の安定性を示すグラフで、(a)は実施例1で作成した先端部を(100)面で形成した六ホウ化物単結晶のチップを用いたショットキー電子源の場合、(b)は従来技術による先端部を(310)面で形成した六ホウ化物単結晶のチップを用いたショットキー電子源の場合を示すグラフである。
図24】実施例3に係る電子線装置(六ホウ化物単結晶のチップを用いた電子源を搭載した走査電子顕微鏡)の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下の説明において、結晶面や結晶方位の表記はミラー指数に則り、面の指定は( )で示し、その等価な面郡は{ }で示す。結晶軸方向は[ ]、それと等価な軸方向は< >で示す。
【0026】
発明者等が鋭意検討した結果、六ホウ化物の{100}結晶面は<100>結晶軸を光軸とする単結晶を用い、後述する手法によってそれ自体が微小な平坦面を形成し、かつ4回対称のファセットの構築が可能な安定した電子放出面となり、単色性と電流安定性を両立することが見出された。
【0027】
具体的には、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップの先端に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の仕事関数の高い{n11}面と少なくとも4面の仕事関数の低い{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットを形成し、かつ { n11 }面の側部ファセットの合計面積>{ n10 }の側部ファセットの合計面積 とし、頂部の{100}面のファセットから電子ビームをプローブすることが有効であることが分かった。以下、その理由について説明する。
【0028】
発明者らが特許文献4で示したように、六ホウ化物単結晶では電界蒸発でチップ先端を球形に整形したのち、700~1400℃で2分~数日加熱すると、{100}面を中心とした4回対称の{310}面が成長し、その仕事関数が2.46 eVと低くなる。また{310}面は仕事関数が低いだけでなく、チップ先端の表面全体の曲率に比べて尖った部分となり、局所的に電界集中度が上がるためさらに電子放出しやすくなる。
【0029】
そのため{310}面からの電子ビームをプローブすることにより、エネルギー半値全幅ΔEFEが狭く、全電流Itに対する放射角電流密度JΩ(μA/ s r)の比JΩ/ I tが6~13以上と高い電界放出電子源を実現できる。
【0030】
しかしながら、仕事関数が低く、電界集中度が高い程、ガスの吸着や脱離による仕事関数変化に敏感になり、電子銃を真空度が悪い環境で使用したり、大電流を取り出して引き出し電極に衝突する電子ビームによって電子線刺激脱離ガスが多くなったりすると、プローブ電流が不安定になりやすい課題があった。
【0031】
一方、発明者らが検討した結果、特許文献1や2の六ホウ化物単結晶の熱電子源と同じように<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップ頂部に{100}面のファセットを形成し、{100}面からの電界放出電子をプローブすると、{310}面からの電界放出電子に比べ放出電流の安定性が高いことが分かった。
【0032】
この理由は主に{100}面の方が{310}面に比べて仕事関数がやや高いこと、また{310}面に比べ原子面密度が高いため原子の振動が抑制されること、加熱によって平坦で面積の大きなファセットを形成しやすく電界集中度が下がること、さらに電界電子放出の際のガス吸着と脱離による局所的な仕事関数変化が大きなファセットの面内で平均化され、全体変動が小さくなることなどによる。そのため<100>軸の六ホウ化物単結晶チップの先端に{100}面のファセットを形成し、{100}面から放出した電子ビームをプローブすると電流安定性を向上させることができる。
【0033】
しかしながら、仕事関数が高く電界集中度が下がることは、逆に{100}面は{310}面に比べて電子放出しにくいことを示しており、また{100}面の周りに形成される{310}面などからの電子放出が無駄に放出されるため、全電流Itに対する放射角電流密度JΩ(μA/ s r)の比が1未満と著しく低下してしまうことが課題である。
【0034】
この比が低すぎると、必要な放射角電流密度JΩを得るために必要な全電流Itが多くなり、電子銃の引き出し電極等に当たる光軸外の放出電流が増え、電子線刺激脱離ガスの増加によって真空度が悪化し、結局は電子源の表面でのガス吸着、脱離が増えて放出電流の安定性が損なわれることになる。
【0035】
この問題を解決するには、頂部の{100}面のファセット以外の周辺からの電子放出を減らすことが必要である。そのためには、{100}面の周りに{100}面より仕事関数が高い{111}面などの{n11}面の側部ファセットを大きく形成し、{100}面より仕事関数の低い{310}面や{210}面、{110}面などの{n10}面の側部ファセットを小さく形成することが有効である。
【0036】
しかしながら電界研磨や電界蒸発で先鋭化した<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップの加熱処理により{100}面のファセットを形成する場合、特許文献1の熱電子源の例で示されているようにチップ先端の側部に{100}面より仕事関数の低い(110)面の方が、仕事関数の高い{111}面より大きく成長してしまう。そこで特許文献2に示されているように側部が全て{111}面となるように放電加工で切り出す方法が提案されている。
【0037】
しかしながら、このような製造方法は先端曲率半径が数10~数100 nmと小さい電界放出電子源やショットキー電子源などの加工に適用するのは著しく困難である。またこのような加工形状は4つの{111}面間の稜線が尖って電界集中しやすくなり、光軸外の不要な電界放出が増えるため、熱電子源より強い電界を作用させて電子放出させる電界放出電子源やショットキー電子源への適用は困難である。
【0038】
以上の課題を踏まえ、本発明では新たな製造方法を開発することにより、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップの先端に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の仕事関数の高い{n11}面と、少なくとも4面の仕事関数の低い{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットを形成し、かつ 仕事関数の高い{ n11 }面の側部ファセットの合計面積 >仕事関数の低い { n10 }の側部ファセットの合計面積 となる電子源チップの作製に成功し、単色性がよく、放出電流の安定性が高く、全電流Itに対す放射角電流密度JΩ(μA/ s r)の比JΩ/ I tが高い電子源を実現することができた。
【0039】
以下、本発明について、実施例により図面を参照して説明する。電子線装置の実施例では走査電子顕微鏡(SEM)を例に説明するが、本発明はこれに限らず透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope, TEM) や走査透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope, STEM)、電子ビーム露光装置、電子ビーム式3DプリンタやX線管などを含む電子線装置に適用することができる。なお、以下の図面では、発明の構成を分かりやすくするために、各構成の縮尺を適宜変更している。
【実施例1】
【0040】
実施例1では、本発明の六ホウ化物単結晶の電界放出電子源(以下、単に電子源と記載する場合もある)の構造、及びその製造方法について図2乃至図20を用いて説明する。
【0041】
まず電子源の材料として希土類の六ホウ化物単結晶を用いる。具体的にはランタノイド系の元素であるLa、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gdなどを用いることができ、それぞれLaB6、CeB6、PrB6、NdB6、SmB6、EuB6、GdB6などの化学式で表される。図2にその単位格子200の模式図を示す。
【0042】
単位格子200は、金属原子1の単純立方格子の体心に6個のホウ素原子2のブロックが位置した結晶構造をしている。これらの材料は一般に融点が高く、蒸気圧が低く、硬度が高く、イオン衝撃に強く、かつWより仕事関数が低く電子源の材料として適する。
【0043】
このうち、CeおよびCeより原子量の大きいランタノイド系のPr、Nd、 Sm、Eu、Gdなどは、フェルミ準位直下に、エネルギー局在性が強く状態密度の高いf電子が存在し、放出電流を供給するための電子密度が高く、電界放出電子源やショットキー電子源を作製する六ホウ化物単結晶の材料として適する。本実施例ではCeB6の六ホウ化物単結晶を用いた例を示す。
【0044】
これらの六ホウ化物は図3に示すように例えばフローティングゾーン法などを用いた融液(液相)結晶成長により直径が数mm、結晶が優先的に成長する晶癖面の(100)面に垂直な[100]結晶軸方向に成長した長さ数10 mmの大形の単結晶3を作成できる。
【0045】
この単結晶3を切削により一辺数100 μmの角柱、または直径数100 μmの円柱、長さ数mmのチップ4に切り出して、(100)面を電子放出面として利用する。本実施例では一辺200 μm、長さ5 mmの四角柱、または直径280 μm、長さ5 mmの円柱を用いた。
【0046】
なお、六ホウ化物単結晶の結晶構造は図2のように単純立方格子であり、(100)面と(010)面や(001)面、[100]結晶軸と[010]結晶軸、[001]結晶軸などはそれぞれ等価であり、どの面、軸方向を用いても効果は同じである。そのため以下の説明では等価な面群として{100}等、等価な軸群として<100>等と表記して説明する。
【0047】
続いて、六ホウ化物単結晶のチップ4を保持し、加熱するためのフィラメントを取り付ける接合方法について説明する。本実施例に係る電子源では、タンタルやニオブなどの金属管の内側に六ホウ化物単結晶のチップを配置する構造とした。
【0048】
そして、金属管の外周において、中心軸を囲むように少なくとも2軸方向から複数の凹部を設け、この複数の凹部のそれぞれの底部が、内側に配置した六ホウ化物単結晶のチップの外周に接触させるようにした。これにより、高温で加熱しても六ホウ化物単結晶のチップが脱落しない強固で信頼性のある接合を行う構造とした。
【0049】
さらに金属管と六ホウ化物単結晶のチップの間に平均粒径が0.01~0.1 μmの四炭化ホウ素のナノ粒子と、炭素樹脂の混合物のペーストを充填し、それを硬化してさらに炭化させることで、耐熱性の高い接合を行うようにした。以下、具体的に説明する。
【0050】
六ホウ化物単結晶のチップ4との接合に用いる金属管の材料は、タンタルやニオブなどのような高融点金属でかつ延性に富み、伸管により微小な金属管が作成しやすく、また後述する凹部を加工しやすい材質のものが適する。本実施例では、一例としてタンタルを用い、外径がφ500 μm、内径がφ 320 μm、肉厚90 μm、長さ5 mmの微小な金属管11を作製した。
【0051】
続いて上記の金属管11を用いた六ホウ化物単結晶のチップ4の接合方法を述べる。まず図4に示すように金属管11の内径に入る直径300 μm、長さ1~3 mmのガイドピン12を垂直に立てた台座13を用いて、金属管11にガイドピン12を挿入して金属管11を台座13に対して鉛直に立てる。続いて、平均粒径が0.01~0.1 μmの四炭化ホウ素B4Cなどのナノ粒子と、フラン樹脂などの炭素樹脂を混合したペースト14を、金属管11の中に上部から充填する。ここでは、平均粒径が0.05 μmのナノ粒子を用いた。
【0052】
さらに六ホウ化物単結晶のチップ4を金属管11の上部から挿入する。ガイドピン12により六ホウ化物単結晶のチップ4が金属管11の内部から突き出る長さhをコントロールできる。本実施例では後述するように六ホウ化物単結晶のチップ4の片側先端を電解研磨で削るため、突き出る長さhを2~3 mmと長くしておく。
【0053】
続いて図5に示すように六ホウ化物単結晶のチップ4と金属管11をチップ4の鉛直方向とは垂直な面内の直交する2軸、4方向から本発明者が開発した特殊な工具で圧接する。図5では説明を簡単にするため、圧接用の工具の刃15の部分のみ示している。圧接用工具の刃15の先端には金属管11に凹部を形成するための突起150が上下に一対設けられている。圧接用工具の刃15を2軸、4方向から均等なストロークで金属管11に近づけ、突起150で金属管11の外周から押し潰すことにより、金属管11に図6(c)に示すような凹部17を複数形成する。
【0054】
作業中は金属管11と六ホウ化物単結晶のチップ4との位置関係を実体顕微鏡16で確認し、四角柱の六ホウ化物単結晶のチップ4の各側面が工具の刃15のストローク方向と一致するように六ホウ化物単結晶のチップ4の回転軸を適宜調整する。それにより金属管11の外周から中心軸を囲むように複数の凹部17が形成され、凹部17それぞれの底部が、六ホウ化物単結晶のチップ4の外周面に押し当てられて接触することにより、六ホウ化物単結晶のチップ4を自動的に金属管11の中心軸に合わせて固定することができる。
【0055】
図6は本実施例の方法で接合した六ホウ化物単結晶のチップ4と金属管11の模式図である。図6の(a)にチップ4の先端側から見た接合部の平面図、(b)にチップ4の斜視図、(c)にチップ4の鉛直方向の断面図を示す。
【0056】
本接合方法を用いると、金属管11と六ホウ化物単結晶のチップ4を2軸、4方向から均等に圧接することができ、機械的に強固な接合が得られる。また、2軸、4方向から均等なストロークで金属管11に近づけ金属管11の外周から押し潰していくため、四角柱の六ホウ化物単結晶のチップ4を金属管11の中心軸に自動的に整列させて接合することができ、組み立て精度が向上するため電子源の軸出しが容易になり、歩留まりも向上する。さらに軸方向の上下2箇所で接合されることで、チップ4が接合部で傾くことを防止でき、軸出しの精度がさらに高くなる効果がある。
【0057】
また圧接の際、四炭化ホウ素B4Cのナノ粒子と、フラン樹脂などの炭素樹脂を混合したペースト14は柔軟に変形し、変形した金属管11と六ホウ化物単結晶のチップ4の間を隙間なく埋める。ペースト14として平均粒径が0.1 μm以下の小さいナノ粒子を用いているため、圧接の際、六ホウ化物単結晶のチップ4を痛め、破損することがなく、圧接工程における歩留まりを向上させることができる。なお、ナノ粒子の平均粒径を0.01 μm以上としたのは、平均粒径が小さすぎるとB4C粉末の見掛けの体積が増えペーストの混合がしにくくなることや、ナノ粒子自体の製造が難しくなり、コストが高くなるためである。
【0058】
なお、金属管11を六ホウ化物単結晶のチップ4に圧接した後は、金属管11のうちガイドピン12が挿入されていた点線の部分11-1は不要となるため、金属管11をガイドピン12から取り外したのち、金属管11の熱容量低減のためカッターで切断する。その後、大気中で加熱し、ペースト14を硬化させたのち、真空中にて1000℃以上で数時間高温加熱することにより、ペースト14を炭化させる。これにより、ペースト14からの脱ガスをなくし、またタンタルなどの金属管11と六ホウ化物単結晶のチップ4との間の高温での反応を防止する反応障壁層を形成することができる。
【0059】
続いて図7に示すように、六ホウ化物単結晶のチップ4を接合した金属管11にタングステン等のフィラメント18を直接スポット溶接する。さらに、フィラメント18の両端をステム19に固定された一対の電極20にスポット溶接して電子源の原型となる構造体1001を形成する。構造体1001は金属同士の接合で形成されるため、スポット溶接により容易に強固な接合を得ることが可能である。
【0060】
この構造体1001を形成する溶接工程の具体例を、図8を用いて説明する。六ホウ化物単結晶のチップ4を接合した金属管11にタングステン等のフィラメント18を直接スポット溶接する際には、図8の(a)に示すような位置合わせ治具21を用いる。まず金属管11にタングステン等のフィラメント18を位置合わせ治具21-1を用いて正確に位置合わせして、金属管11とフィラメント18とをスポット溶接する。
【0061】
続いて、図8(b)に示すように、フィラメント18をスポット溶接した金属管11とステム19とを位置合わせ治具21-2を用いて正確に位置合わせして、フィラメント18とステム19に固定された一対の電極20とをスポット溶接して構造体1001を形成する。このように、位置合わせ治具21-1と21-2を用いることにより、構造体1001として組み立てた段階において、金属管11と六ホウ化物単結晶のチップ4の中心軸とステム19に固定された一対の電極20の中心は揃っているので、構造体1001は精度の高い軸出しが可能となる。
【0062】
以上の実施例では、構造体1001の構成部品として四角柱状に切削した六ホウ化物単結晶のチップ4を用いた。六ホウ化物単結晶のチップ4は円柱に加工してもよい。図9は、円柱の六ホウ化物単結晶のチップ4-1を用いた場合の例である。円柱の六ホウ化物単結晶のチップ4-1と金属管11を接合する場合は、少なくとも六ホウ化物単結晶のチップ4-1の鉛直方向とは垂直な面内の等間隔の3軸、3方向から本実施例で開発した特殊な工具で圧接すればよい。
【0063】
図9の(a)にチップ4-1の先端側から見た接合部の平面図、(b)にチップ4-1の斜視図、(c)にチップ4-1の鉛直方向の断面図を示す。図9の(b)と(c)とにおいては、図6で説明した金属管11の六ホウ化物単結晶のチップ4都の圧接後に不要となる部分11-1に相当する部分を切断した後の状態を示している。
【0064】
また、図5及び図6を用いて説明した四角柱の六ホウ化物単結晶のチップ4の場合と同様に、金属管11と円柱の六ホウ化物単結晶のチップ4-1とを、2軸、4方向から圧接して接合しても当然構わない。
【0065】
続いて構造体1001において、六ホウ化物単結晶のチップ4の金属管11からはみ出ている部分に先端を電解研磨により錐体状に縮径する。電解研磨は、図10に示すように組み立てた六ホウ化物単結晶のチップ4の先端部分を容器25に入れた硝酸などの電解液22中にディップし、リング状に形成した白金などの対向電極23との間に交流や直流の電源24から電圧を印加して行う。
【0066】
六ホウ化物単結晶のチップ4は、図11に示すように電解液(電解研磨液)22に浸漬すると液面にメニスカスを形成し、液面部分の研磨速度は遅く液中部分の研磨速度は速い。電解研磨が進み電解液22に浸漬した部分における六ホウ化物単結晶のチップ4の研磨面積が少なくなるに従い電解電流が減衰する。電界電流が一定レベル(カットオフ電流)まで減衰した際に電源24を遮断すると、図11の点線で示すよう先端部40が先細りの錐体に加工することが可能である。
【0067】
図12の(a)~(c)に加工した六ホウ化物単結晶のチップ4の先端部40付近のSEM像の一例を示す。図12の(a)に示した電解研磨によって縮径するチップ4の先端部40のコーン角αは、電解研磨の際の液組成、電解電圧、カットオフ電流などによって自由にコントロールすることができる。図12(a)で示すように本実施例で作成した六ホウ化物単結晶のチップ4は、先端部40から10 μm程度の電解研磨後のコーン角がα= 20°である。
【0068】
また図12(b)に示すようにチップ4の先端部40は先端曲率半径R= 0.25 μm程度に滑らかに加工されている。図12(b)におけるチップ4の先端部40の点線の円で囲んだ頂点付近401を真上から観察したSEM像を、図12の(c)に示す。頂点付近401は滑らかに加工されており、結晶面の境界を判別することは難しい。
【0069】
このように、先端部40を電解研磨により縮径させた六ホウ化物単結晶のチップ4に対して、本実施例では、先端部40の側面の結晶面を所望の状態に形成することにより、安定した電子放出面を形成するようにした。以下に、六ホウ化物単結晶のチップ4の先端部40の側面の結晶面を所望の状態に形成する方法について説明する。
【0070】
電解研磨して図12に示したような先端部40の形状に加工した六ホウ化物単結晶のチップ4を図示していない真空チャンバにセットし、本実施例で開発した新たな製造プロセスにて、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップ4の先端部40に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の仕事関数の高い{n11}面と、少なくとも4面の仕事関数の低い{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットを形成し、かつ { n11 }面の側部ファセットの合計面積 > { n10 }の側部ファセットの合計面積 となるチップ4の先端部40の形状の加工を行う。
【0071】
本実施例における製造方法の特徴は、電解研磨したチップ4を真空中で1500~1700℃で加熱しながらチップ4を正極性とする1~4.5×109 V/mの電界を印加することである。
【0072】
まず、本実施例で開発した新たな製造プロセスの特徴を説明するため、比較例として、従来の六ホウ化物単結晶電子源の電界放出電子源および熱電子源の作製方法について述べる。
【0073】
特許文献4に記載されているように、従来の六ホウ化物単結晶を用いた電界放出電子源では、電解研磨によって錐体状に縮径したチップの先端部分を電界蒸発によって半球形に加工し、その後加熱処理を行い電子放出面となる{310}面を形成する。電界蒸発とは電子源に数10×109 V/mの正極性の電界を印加することで、先端表面の原子をイオン化し、徐々に剥ぎ取る方法である。
【0074】
電界蒸発は電界強度が強い箇所で優先的に起こる。このため、表面の尖った箇所やステップ部の原子が蒸発し、時間をかけることで全面を蒸発できる。やがて、電界蒸発が十分進むと、チップの先端部分は電界強度が全面にわたって均一となる球状になる。電界蒸発は真空中でも行えるが、HeやNe、H2といった結像ガスを10-3Paから10-2Pa程度導入して行うことで、電子源先端の表面像を観察しながら行うことができる。この観察手法を電界イオン顕微鏡(Field ion microscope:FIM)と呼ぶ。
【0075】
結像ガスは電子源先端でイオン化し、放射状に放出する。対向面にマイクロチャンネルプレート(MCP)をおき、放出したイオンを検出することで電子源先端の表面像を原子分解能で観察できる。FIMで観察を行なう場合、イオンの熱振動があると空間分解能が劣化するため、電界蒸発は通常は70 K以下の低温で行われる。
【0076】
電界放出電子源ではその後、先端を半球状に加工した六ホウ化物単結晶のチップを700~1400℃で2分から数日加熱し、{100}面のまわりに4回対称の{310}面の電子放出部を形成し、そのうちの一つを電子放出面として用いる。
【0077】
一方、六ホウ化物単結晶を用いた熱電子源では特許文献1などに示されているように、電解研磨した六ホウ化物単結晶を1400~1500℃程度まで加熱し、 {100}面の頂部ファセットを形成して電子放出面として用いる。この際、チップ先端の側面には{210}面や{110}面が{111}面より大きく成長することが示されている。
【0078】
これに対して、本実施例による電子源の製造方法の特徴は、上記に説明した従来技術による電界放出電子源や熱電子源の作製方法に比べると、チップ4の加熱温度が高いこと、および通常の電界蒸発に比べるとチップ4の先端部40に印加する正極性の電界の電界強度が低いことである。これらの特徴により、本実施例により形成される<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップ4の先端部40に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の仕事関数の高い{n11}面と、少なくとも4面の仕事関数の低い{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットを形成し、かつ { n11 }面の側部ファセットの合計面積 > { n10 }の側部ファセットの合計面積 となる六ホウ化物単結晶のチップ4の先端構造を得ることができる。以下にその理由について説明する。
【0079】
まず、加熱の効果について説明する。六ホウ化物単結晶のチップ4は高融点材料であるが、真空中で700~1400℃に加熱すると表面の原子移動により特にチップ4の先端部40の結晶面の再構成がおきる。さらに1500℃以上に加熱すると表面からの蒸発が徐々に進み表面の結晶構造が崩れ、1600℃以上ではさらに蒸発が顕著になってくる。
【0080】
そのため、本実施例による製造方法の1500~1700℃での加熱は主に蒸発の役割を担っており、六ホウ化物単結晶のチップ4に電界をまったく印加せずに加熱した場合は、チップ4の先端部40は電解研磨で作成した形状の相似形をほぼ維持しながら細っていくことが分かっている。なお、1700℃以上に加熱した場合は、蒸発が激しくなり、電解研磨で作成した形状の相似形の維持も困難になってくる。
【0081】
つぎにチップ4の先端部40に印加する正極性の電圧の効果について説明する。これには2つの効果がある。まずひとつめの効果について以下に説明する。
【0082】
FIMを観察しながら70K程度の低温で行う電界蒸発では、数10×109V/mの高い電界を印加して、チップ先端を球状に加工していた。この電界蒸発は温度依存性があり、温度が高いほど低い電界で電界蒸発が起こる。
【0083】
これに対して本実施例では、そもそも1500~1700℃の加熱だけである程度チップ表面の蒸発が起きているが、それに電界の効果が加わった熱電界蒸発が起きている。熱電界蒸発の特徴は、加熱だけによる蒸発と異なり、チップの尖った部分が優先的に蒸発するため、チップ先端が全体として半球状に近い形状になるように加工されていくことである。
【0084】
次に2つめの効果を説明する。一般に加熱したチップに強い電界を印加すると、静電気力による表面の原子拡散が生じ、原子密度の高い結晶面が大きく成長し、ビルドアップすることがショットキー電子源用のZr-O/W{100}のチップなどで知られている。
【0085】
本発明者らが鋭意検討した結果、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップにおいても、電界の印加により加熱したチップ先端に{100}面のビルドアップが起こることを見出した。またビルドアップさせる電界には極性依存性はなく、正極性でも負極性でも{100}面をビルドアップさせることができることが分かった。
【0086】
ただし、負極性の場合には上記の電界蒸発の効果がなく、また高温かつ高電界を印加した六ホウ化物単結晶のチップからは大量の電子放出が起こるため、電子線刺激脱離ガスの発生により真空度が低下し放電破損などのリスクがあるので、本実施例の製造方法では、印加する電界は正極性とすることが好ましい。
【0087】
本実施例ではこの熱電界蒸発の効果と、ビルドアップの効果を組み合わせることにより、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップ4の先端に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の仕事関数の高い{n11}面と、少なくとも4面の仕事関数の低い{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットを形成し、かつ { n11 }面の側部ファセットの合計面積 > { n10 }の側部ファセットの合計面積 となるチップ4の先端形状を加工することができた。これは、熱電界蒸発の効果によって、{310}や(110)面などチップ先端の表面全体の曲率に比べて尖った部分が削られ成長しにくくなるとともに、ビルドアップの効果によってチップの頂部に{100}面、それを囲む側部に{111}面の高密度結晶面の成長が促進されるためである。
【0088】
図13に本実施例による方法で加工した後の、六ホウ化物単結晶のチップ4の先端部41のSEM写真を示す。図13(a)のSEM写真が示すように熱電界蒸発により、チップ4の先端部41は図12(a)に示した先端部40と比べ全体として縮径され、チップ4の先端部41から10 μm程度の範囲のコーン角αは、図12(a)に示した電解研磨直後の20°より小さい16°になっている。
【0089】
また図13(b)に示した先端部41の拡大SEM写真、および、図13(c)に示した先端部41をチップ4の軸方向から見たSEM写真が示すように、チップ4の先端部41の頂部に{100}面のファセットが形成され、先端部41の側部には4つの{111}面と、その間に4つの(110)面が形成されており、{111}面の面積>{110}面の面積 となっている。
【0090】
なお、図13(c)のSEM写真では判別しにくいが、{100}面と{111}面の境界には小さな{311}面や{211}面が形成され、{100}面と(110)面の間の境界には小さな{310}面や(210)面が形成されることがある。これらの高指数面はチップの先端曲率が大きく、{100}面から{111}面や(110)面の間の遷移領域の傾斜角が緩やかになるほど、形成されやすい。
【0091】
そのため、特に仕事関数が低い{310}面や(210)面の成長を抑制し、不要な電子放出を減らすには、作成するチップ先端の近接円の曲率半径Rは小さいほど好ましく、具体的にはR ≦ 0.5 μmとするのが好ましい。
【0092】
また光源径を小さくするにもRを小さくすることが望ましいが、Rを小さくしすぎると頂部の{100}面のファセットのサイズも小さくなってしまい、十分なプローブ電流が取れなくなってしまう。従って、0.2 μm ≦ R ≦ 0.5 μmとするのがよい。
【0093】
また同様の理由により頂部の{100}面のファセットの面積Aは0.01 ≦ A ≦ 0.1 mm2とするのが好ましく、チップ先端のコーン角αも、25°≧ α ≧10°とするのが好ましい。コーン角が大きすぎるとRが大きくなりやすく、小さすぎるとRやファセットサイズも小さくなってしまう。これらは本発明の電解研磨における加工形状を制御し、さらにその後行う熱電界蒸発の温度、電界、時間を制御することによって、制御することが可能である。
【0094】
以上の特徴をまとめた本実施例に係る六ホウ化物単結晶のチップ4の構造の模式図を図14に示す。図14の模式図は、図13の(b)のSEM写真に示した六ホウ化物単結晶のチップ4の先端部41で丸で囲んだ410に相当する。本実施例に係る六ホウ化物単結晶のチップ4の先端部41は、コーン角αが25°から10°の間で形成されている。そして、先端部41の頂点411には、{100}面が0.01から0.1mm2の大きさで形成されている。また、{100}面を取り囲むようにして側部412に{n11}面と{n10}面(n=1,2,3)とが交互に配置され、{n11}面の総面積が{n10}面の総面積よりも大きい。
【0095】
図15に、本実施例の方法で製造した電子源100の構成を示す。図7で説明した電子源の構造体1001のチップ4の先端部分を上記に説明したような方法で加工することにより、{100}面で形成された頂点411と、頂点411を取り囲むようにして{n11}面と{n10}面(n=1,2,3)とが交互に配置された側部412とを有する先端部41が形成されている。
【0096】
図16は本実施例による六ホウ化物単結晶のチップ4の先端部41の製造方法の条件を従来技術との比較でまとめたものであり、加熱温度および印加する正極性の電界強度に対して、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップ先端がどのように加工されるかのマップを示す。領域152は、特許文献1や4などの従来例で開示されている領域であり、加熱温度が1500℃以下と低く、かつ電界を印加しないか、電界強度が4.5×109 V/m以下と低い電界しか印加しない場合、主に加熱による原子移動による結晶面の再構成がおき、頂部に{100}面のファセット、側部は{n10}>{n11}面の側部ファセットが形成される。
【0097】
一方、本実施例に係る領域151においては、1500~1700℃に加熱しながら、1~4.5×10 9V/mの電界を印加すると熱電界蒸発の効果とビルドアップの効果が複合され、頂部に{100}面のファセット、側部は{n11}>{n10}面の側部ファセットが形成される。その他の領域153乃至155は、加熱や電界、またはその両方による蒸発が優勢となり、本実施例で説明したようなチップ先端形状は形成されない。なお、ビルドアップの効果を高め、ファセットを形成するプロセス時間を30分~1時間程度に短縮するには、領域151の中においても3~4.5×109V/mの電界を印加するのが最も好ましい。
【0098】
図17(a)に従来の製造方法で作成した六ホウ化物単結晶電子源、図17(b)に本実施例で作成した六ホウ化物単結晶電子源からの室温での電界電子放出を電界放出顕微鏡で観察した結果を示す。電界放出顕微鏡では、チップ先端の各結晶面からの電子放出を蛍光面に拡大投影することができる。
【0099】
図17(a)の従来の六ホウ化物単結晶電子源では、中央の{100}面からの電子放出の周りに、4回対称の面積が広く明るい{310}面からの電子放出パターンが観察されている。{310}面の面積≧{111}面の面積であり、光軸外の不要な電子放出が多い。
【0100】
一方、図17(b)の本実施例で作成した六ホウ化物単結晶電子源では、中央の{100}面からの電子放出の周りの4回対称の{310}面や{110}面からの電子放出面積が小さく、{310}~{110}面の合計面積<{111}面の合計面積 であり、図16(a)の従来の六ホウ化物単結晶電子源の場合と比べて、光軸外の不要な電子放出が少ない。
【0101】
図18は、上記の従来の製造方法で作成した六ホウ化物単結晶電子源と、本実施例による製造方法で作成した六ホウ化物単結晶電子源を室温で電界放出させたときの、チップ全体の全電流It(A)と、頂部{100}面の電子放出部から取り出したプローブ電流の放射角電流密度JΩ(μA/sr)を測定した結果である。181に本実施例による測定結果、182に従来例の測定結果を示す。
【0102】
従来の製造方法で作成した {n10}面の合計面積={n11}面の合計面積 の六ホウ化物単結晶電子源のJΩ/It(図18における曲線182の傾きに相当)は0.8~1程度と低いのに対し、本実施例の製造方法で作成した {n10}面の合計面積= {n11}面の合計面積 の六ホウ化物単結晶電子源のJΩ/It t(図18における曲線181の傾きに相当)は2.6~4と、従来の製造方法で作成した六ホウ化物単結晶電子源に対応する曲線182と比べて3.25~4倍に大幅に向上した。
【0103】
図19は、本実施例に係る頂部に{100}面を用いた六ホウ化物単結晶を用いた電界放出電子源と、従来の頂部に{310}面を用いた六ホウ化物電界放出電子源、同じく従来の頂部に{310}面を用いたWの電界放出電子源の放出電子のエネルギー半値全幅を比較した結果である。
【0104】
図19において、191は本実施例に係る頂部に{100}面を用いた六ホウ化物単結晶を用いた電界放出電子源、192は従来の頂部に{310}面を用いた六ホウ化物電界放出電子源、193は従来の頂部に{310}面を用いたWの電界放出電子源の放出角電流密度と放出電子のエネルギー半値全幅との関係を示している。
【0105】
六ホウ化物の{100}面の仕事関数は2.7~2.8 eVであり、{310}面に比べると0.2~0.3 eV程度仕事関数が高いと考えられるが、W{310}面の4.3 eVに比べると1.5 eV以上低い。そのため、六ホウ化物単結晶の{310}面を用いた電界放出電子源に比べるとややエネルギー幅が広がるが、W{310}を用いた電界放出電子源に比べると、エネルギー半値幅は狭く、単色性のよい電子源として利用することが可能である。
【0106】
図20は、本実施例に係る頂部に{100}面を用いた六ホウ化物単結晶のチップ4を用いた電子源100を電子銃内で室温で冷電界放出させたときの電流の安定性を評価した結果である。図20(a)に示すように短時間における電流値201の放出電流ノイズは±2~4%であり、図20(b)に示すように長時間における電流値202の減衰量も8時間で25%程度と少なく、1日1回程度のフラッシングを行うことによって、汎用の電子顕微鏡に用いる電界放出電子源として必要な電流安定性が得られる。
【0107】
図21は六ホウ化物単結晶のチップ4を用いた電子源100を160℃に加熱した熱電界放出モードで動作させたときの電流安定性を評価した結果である。図21(a)の曲線211に示す電流値のように短時間の放出電流ノイズは±2~3%であり、図21(b) の曲線212に示すように電流の減衰量も8時間で10%程度とさらに少なくなり安定性が向上している。このような熱電界放出モードにおける安定性向上は100~300℃程度の加熱範囲で効果がある。
【0108】
このように、本実施例によれば、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップの先端に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の仕事関数の高い{n11}面と、少なくとも4面の仕事関数の低い{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットを形成し、かつ { n11 }面の側部ファセットの合計面積 > { n10 )}の側部ファセットの合計面積 となるチップの先端形状を加工することにより、電流変動の少ない安定した電界電子放出電子源を実現することが可能である。
【0109】
以上に説明したように、本実施例においては、六ホウ化物単結晶のチップを用いた電子源を、<100>軸の六ホウ化物単結晶のチップの先端に、n=1,2,3の整数とする少なくとも4面の仕事関数の高い{n11}面と、少なくとも4面の仕事関数の低い{ n10 }面から構成される側部ファセットに囲まれた {100}面の頂部ファセットを形成し、かつ { n11 }面の側部ファセットの合計面積 > { n10 }の側部ファセットの合計面積 であるように構成した。
【0110】
さらに、上記の六ホウ化物単結晶のチップの{100}面の頂部ファセットの面積Aは0.01 ≦ A ≦ 0.1 μm2であり、チップ先端の近接円の曲率半径Rは0.2 ≦ R ≦ 0.5 μmであり、チップ先端の錐体のコーン角αが25°≧α ≧10°であることにより、より効果的に実現される。
【0111】
上記の電子源は、<100>軸の六ホウ化物単結晶のロッドの片側先端を電解研磨等により尖鋭化した単結晶チップを1500℃以上1700℃以下で加熱し、かつ、前記単結晶チップを正極性とする1×109 V/m以上4.5×109 V/m以下、より好ましくは3×109 V/m以上4.5×109 V/m以下の電界を印加することによって製造することができる。
【0112】
本実施例によれば、六ホウ化物単結晶のチップの電子源の頂部{100}面の電子放出部から取り出したプローブ電流の放射角電流密度JΩ(μA/sr)と、電子源から放出される全電流Itの比が2以上で従来と比べて単色性が良く、電流変動が少ない安定した電子源を実現することができる。
なお、上記の電子源は、本実施例で説明したように室温以下の温度で動作させる冷陰極電界放出電子源、100~300℃程度までの比較的低温で加熱して動作させる熱電界放出電子源の他、1050℃~1400℃程度まで加熱して動作させるショットキー電子源として用いることが可能である。
【実施例2】
【0113】
実施例2では実施例1で作製した六ホウ化物単結晶のチップを用いた電子源100を1050~1400℃程度に加熱し、ショットキーモードで動作させたときの実施例について説明する。六ホウ化物のCeB6単結晶の{100}面の仕事関数は2.7~2.8 eV程度であり、従来のZr-O/Wショットキー電子源の仕事関数2.9 eVに比べ0.2~0.3 eV程度低い。そのため、同一の放射角電流密度で、より単色性のよいショットキー電子放出が得られると予想される。
【0114】
図22は、六ホウ化物単結晶のチップを用いた電子源100を1327℃で動作させた場合と、従来のZr-O/W電子源を1427℃で動作させた場合の放射角電流密度に対するエネルギー半値全幅を比較した結果である。曲線221は六ホウ化物単結晶のチップを用いた電子源100の放射角電流密度に対するエネルギー半値全幅の特性を示し、曲線222は従来のZr-O/W電子源の放射角電流密度に対するエネルギー半値全幅の特性を示している。同一の放射角電流密度でのエネルギー半値全幅は、六ホウ化物単結晶のチップを用いた電子源100の方が従来のZr-O/W電子源の場合と比べて0.1 eV以上低く、より単色性の高いショットキー電子源を実現可能であることがわかる。
【0115】
図23は、実施例1で説明した六ホウ化物単結晶のチップ4の{100}面と、{310}面を用いたショットキー電子源の短時間の電流安定性の比較である。図23の(a)には{100}面として(100)面における放射角電流密度の時間変化を示し、図23の(b)には{310}面として(310)面おける放射角電流密度の時間変化を示す。
【0116】
ショットキー電子源は冷電界放出電子源等に比べると放出電流は安定であるが、{310}面を用いたショットキー電子源のノイズ±3~4%に比べ、{100}面を用いた本発明のショットキー電子源は放出電流のノイズは±1%と小さく、安定性がさらに向上することがわかる。
【0117】
本実施例によれば、実施例1で作製した六ホウ化物単結晶のチップを用いた電子源100をショットキーモードで作動させた場合、従来のショットキー電子源と比べて、同一の放射角電流密度で、より単色性が良く、ノイズが少なく安定性が向上したショットキー電子放出が得られる。なおショットキー電子源では、電界放出電子源のような顕著な電流減衰がないため、長期安定性が必要な半導体デバイスの測長などにも適用することが可能となる。
【実施例3】
【0118】
実施例3について図24を用いて説明する。なお、実施例1又は2に記載され実施例3に未記載の事項は特段の事情が無い限り実施例3にも適用することができる。実施例3では、実施例1で作製し、評価したCeB6の六ホウ化物単結晶のチップ4の{100}面を電子放出面に用いた電子源(電界放出電子源)100を搭載した走査電子顕微鏡1000の例を示す。なお、実施例3では実施例1の電界放出電子源100を用いた走査電子顕微鏡1000を例に説明するが、実施例2のショットキー電子放出源を用いてもよく、また電子線装置の方式は走査電子顕微鏡に限らない。
【0119】
図24は、実施例3に係る走査電子顕微鏡1000の概略図である。電界放出電子源100は、コンピューター101と制御器102により制御された加熱電源103により一定電流を流して常時加熱され、引き出し電源104により引き出し電極105に、チップ4の先端に対して正電圧を印加して電界放出により電子を放出する。
【0120】
放出された電子ビーム106は加速電源107で印加された負の高電圧により接地された陽極108に向かって加速されて、第1コンデンサレンズ109、絞り110、第2コンデンサレンズ111、対物レンズ112、非点収差補正コイル113で集束され、偏向走査コイル114で走査されて試料115上の観察領域に照射され、発生した二次電子が二次電子検出器116で検出される。
【0121】
本実施例では、引き出し電極105と陽極108の2電極構成の例を示したが、引き出し電極105と陽極108の間に制御電極を入れる3電極構成や、引き出し電極105の手前にチップを囲むようにサプレッサ電極を設けた4電極構成でもよい。検出器は2次電子検出器以外を図示していないが、他に反射電子検出器や元素分析器なども利用される。
【0122】
六ホウ化物単結晶のチップ4の{100}面を電子放出面に用いた電界放出電子源100から放出された電子は、図19に示したように従来のW{310}面を用いた電界放出電子源よりエネルギー半値全幅が狭く単色性がよいため、対物レンズ112等での色収差が低減され、より絞られた電子ビーム106を試料115に照射することができ、高分解の走査電子顕微鏡画像を得ることができる。
【0123】
また、電界放出電子源100から放出される電子は単色性が良く、電子源からの広がりが小さいので、従来の電子源と比べて電子源周辺の部材に余計な電子が照射されるのを低減することができ、電子線を照射する試料上でのコンタミを低減することができる。
【0124】
なお六ホウ化物単結晶のチップ4の{100}面を電子放出面に用いたショットキー電子放出源を用いても図22に示したように、従来のZr-O/W{110}面を用いたショットキー放出電子源よりエネルギー半値全幅が狭く単色性がよいため、同様の改善効果が得られる。
【0125】
上記した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることも可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0126】
1・・・金属原子 2・・・ホウ素原子 3・・・単結晶 4・・・チップ 11・・・金属管 12・・・ガイドピン 13・・・台座 14・・・ペースト 15・・・刃 16・・・実体顕微鏡 17・・・凹部 18・・・フィラメント 19・・・ステム 20・・・電極 21-1,21-2・・・位置合わせ治具 22・・・電解液 23・・・対向電極 24・・・電源 100・・・電界放出電子源 101・・・コンピューター 102・・・制御器 103・・・加熱電源 104・・・引き出し電源 105・・・引き出し電極 106・・・電子ビーム 107・・・加速電源 108・・・陽極 109・・・第1コンデンサレンズ 110・・・絞り 111・・・第2コンデンサレンズ 112・・・対物レンズ 113・・・非点収差補正コイル 114・・・偏向走査コイル 115・・・試料 116・・・2次電子検出器。
図1
図2
図3
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図5
図6
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図10
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