(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】ORP測定による酸化剤成分の濃度管理を含んだ硫酸ニッケルの製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 53/10 20060101AFI20231219BHJP
C22B 3/08 20060101ALI20231219BHJP
C22B 3/20 20060101ALI20231219BHJP
C22B 23/00 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
C01G53/10
C22B3/08
C22B3/20
C22B23/00 102
(21)【出願番号】P 2019207848
(22)【出願日】2019-11-18
【審査請求日】2022-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】中西 次郎
(72)【発明者】
【氏名】冨士田 公彦
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
【審査官】青木 千歌子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-141594(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 53/00
C22B 3/00
C22B 23/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属イオンとして少なくともNi、Co及びFeを含む粗硫酸ニッケル水溶液に含まれるチオ硫酸を酸化剤で酸化分解処理した後、
溶媒抽出法によりCo及び不純物のFeを除去する除去工程と、該除去工程で
Co及び不純物のFeが除去された後の硫酸ニッケル水溶液から硫酸ニッケル結晶を晶析させる結晶工程とからなる硫酸ニッケルの製造方法であって、前記酸化分解処理後の粗硫酸ニッケル水溶液のORP値を測定し、その測定結果により求めた酸化剤の濃度に基づいて前記除去工程の処理条件を調整する
ものであって、前記酸化剤の濃度を求める方法が、該酸化剤の濃度が異なる複数の硫酸ニッケル水溶液の各々に対してORP測定を行うことにより酸化剤の濃度とORP値との関係を予め求めておき、測定対象の前記粗硫酸ニッケル水溶液に対して同じ条件でORP測定を行うことで得たORP値を前記予め求めた関係と照合することで、該粗硫酸ニッケル水溶液中の酸化剤の濃度を求めることを特徴とする硫酸ニッケルの製造方法。
【請求項2】
前記酸化剤が過酸化水素水、オゾン、酸素、及び次亜塩素酸塩からなる群のうちの少なくとも1種であることを特徴とする、請求項
1に記載の硫酸ニッケルの製造方法。
【請求項3】
上記酸化剤が過酸化水素であり、前記粗硫酸
ニッケル水溶液中の該過酸化水素の濃度が150~60000mg/Lの範囲内にあることを特徴とする、請求項
2に記載の硫酸ニッケルの製造方法。
【請求項4】
前記ORP値が、ORP計の電極を測定対象となる水溶液に浸漬してから200秒以上経過後の値であることを特徴とする、請求項
3に記載の硫酸ニッケルの製造方法。
【請求項5】
前記粗硫酸ニッケル水溶液が、ニッケル硫化物スラリーを高温高圧下で硫酸浸出処理することで生成した浸出液であることを特徴とする、請求項1~
4のいずれか1項に記載の硫酸ニッケルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非鉄金属製錬における硫酸ニッケルの製造方法に関し、特にORP測定による酸化剤成分の濃度管理を含んだ硫酸ニッケルの製造方法に関する。
【0002】
硫酸ニッケルは、ニッケルめっきのめっき液原料や、電池材料用の水酸化ニッケル粉末の原料等の様々な用途に使われている。硫酸ニッケルの工業的な製造方法としては、例えば原料のニッケル酸化鉱石に対して高圧酸浸出処理を含む一連の湿式処理からなるHPAL(High Pressure Acid Leaching)プロセスで処理することによってニッケル・コバルト混合硫化物を作製し、これを中間原料として更に湿式処理する方法が従前から用いられている。
【0003】
すなわち、先ずHPALプロセスにおいて、原料としてのニッケル酸化鉱石に硫酸を加えて高温高圧下で酸浸出処理を行い、得られたニッケル及びコバルトを含む浸出液を中和処理することで鉄などの不純物を除去する。この不純物が除去された浸出液に硫化水素ガス等の硫化剤を添加することで硫化反応を生じさせ、これによりミックスサルファイド(MS)とも称するニッケル・コバルト混合硫化物を生成させる。
【0004】
次に特許文献1に示されているように、上記ニッケル・コバルト混合硫化物に水を加えて調製したスラリーを高温高圧下で浸出処理する。これにより、下記式1及び式2で表される硫黄の酸化反応を生じさせて不純物を含む粗硫酸ニッケル水溶液を生成させる。この粗硫酸ニッケル水溶液から不純物を除去することで高純度硫酸ニッケル水溶液を得た後、晶析により硫酸ニッケル結晶を生成させる。
[式1]
NiS+2O2→Ni2++SO4
2-
[式2]
CoS+2O2→Co2++SO4
2-
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の高温高圧下におけるニッケル・コバルト混合硫化物の浸出処理の際、なんらかの理由により上記式1及び式2の硫黄の酸化反応が十分に進行しなくなると、下記式3に示すように硫酸イオン(SO4
2-)だけでなくチオ硫酸イオン(S2O3
2-)が生成する場合があった。
[式3]
NiS+O2→Ni2++SO4
2-+S2O3
2-
【0007】
上記の浸出処理時に生成したチオ硫酸イオンは、一般的な不純物除去法では除去することが困難であるため、最終製品である硫酸ニッケル結晶に混入する可能性がある。このようなチオ硫酸が混入した硫酸ニッケル結晶を原料にしてニッケルめっきを行うと、めっき表面に品質上の問題が生じることがあった。そこで、上記浸出工程で生成したチオ硫酸を除去するため、浸出工程の後工程において該チオ硫酸を含む硫酸ニッケル水溶液に酸化剤を添加して酸化処理することが一般に行われている。
【0008】
上記の酸化処理の際に添加する酸化剤には、過酸化水素水等の過酸化物、オゾン、酸素、次亜塩素酸塩、塩素酸塩等を用いるのがチオ硫酸の分解に効果的である。しかしながら、未反応の酸化剤が酸化処理後の硫酸ニッケル水溶液に残存していると、例えば該酸化処理後に溶媒抽出により不純物を除去する処理が行われる場合は、そこで使用する溶媒を劣化させるおそれがある。この対処法としては、上記酸化処理後の残留酸化剤成分を含む硫酸ニッケル水溶液を、貯留槽内で所定の時間滞留させることで酸化剤を分解させることが考えられるが、この対処法は大容量の貯留槽が必要になるうえ、酸化剤が含まれていない場合でも一律に滞留させるので不経済である。
【0009】
一方、酸化剤を添加すると処理液の酸化還元電位(ORP)がプラス側に変動するため、処理液のORPを測定することで得たORP値の変動を指標として酸化剤成分の濃度を間接的に測定し、この測定結果に基づいて残留酸化剤成分を除去処理することが考えられる。この方法を採用することにより、処理液に残留酸化剤が含まれていることをある程度判断することができるものの、定量性は十分ではなかった。本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、チオ硫酸の酸化分解のために添加した酸化剤が残留することにより生じる後工程への悪影響を抑える方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明に係る硫酸ニッケルの製造方法は、金属イオンとして少なくともNi、Co及びFeを含む粗硫酸ニッケル水溶液に含まれるチオ硫酸を酸化剤で酸化分解処理した後、溶媒抽出法によりCo及び不純物のFeを除去する除去工程と、該除去工程でCo及び不純物のFeが除去された後の硫酸ニッケル水溶液から硫酸ニッケル結晶を晶析させる結晶工程とからなる硫酸ニッケルの製造方法であって、前記酸化分解処理後の粗硫酸ニッケル水溶液のORP値を測定し、その測定結果により求めた酸化剤の濃度に基づいて前記除去工程の処理条件を調整するものであって、前記酸化剤の濃度を求める方法が、該酸化剤の濃度が異なる複数の硫酸ニッケル水溶液の各々に対してORP測定を行うことにより酸化剤の濃度とORP値との関係を予め求めておき、測定対象の前記粗硫酸ニッケル水溶液に対して同じ条件でORP測定を行うことで得たORP値を前記予め求めた関係と照合することで、該粗硫酸ニッケル水溶液中の酸化剤の濃度を求めることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、チオ硫酸の酸化分解のために添加した酸化剤が残存することで生じる後工程への悪影響を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態に係る硫酸ニッケルの製造方法のブロックフロー図である。
【
図2】酸化剤としての過酸化水素の濃度が異なる複数の硫酸ニッケル水溶液に対してORP計を用いてORP測定を行ったときに該ORP計に表示されるORP値のトレンドを示すグラフである。
【
図3】本発明の実施例において作成した硫酸ニッケル水溶液のORP値と過酸化水素濃度との関係を示す検量線である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.硫酸ニッケルの製造方法
以下、本発明の実施形態に係る硫酸ニッケルの製造方法について図面を参照しながら説明する。この本発明の実施形態に係る硫酸ニッケルの製造方法は、例えばHPALプロセスで作製した中間原料としてのニッケル硫化物から硫酸ニッケル結晶を作製する方法であり、
図1に示すように、該ニッケル硫化物に水を加えることでニッケル硫化物スラリーの調製を行うスラリー調製工程S1と、該ニッケル硫化物スラリーに対して加圧下で浸出処理及び酸化処理を行って浸出液を得る浸出工程S2と、該浸出液に含まれる不純物を除去して高純度硫酸ニッケル水溶液を得る不純物除去工程S3と、該高純度硫酸ニッケル水溶液から硫酸ニッケル結晶を晶析させる晶析工程S4とからなる。以下、各工程について具体的に説明する。
【0014】
(1)スラリー調製工程S1
硫酸ニッケルの製造方法の原料には、ニッケル・コバルト混合硫化物に代表されるニッケル硫化物が用いられる。このニッケル硫化物は、前述したようにニッケル酸化鉱石を高圧酸浸出して得た浸出液を中和処理及び硫化処理することで作製され、これにより例えばニッケル品位が50~60質量%程度、コバルト品位が4~6質量%程度、硫黄品位が30~34質量%程度のニッケル・コバルト混合硫化物が得られる。
【0015】
スラリー調製工程S1では、上記のニッケル硫化物を必要に応じて粉砕及び分級し、水を添加してスラリー化することでニッケル硫化物スラリーを調製する。このニッケル硫化物スラリーの固形分濃度には特に限定はないが、100~300g/Lが好ましく、200g/L程度がより好ましい。この固形分濃度が300g/Lを超えると、スラリー粘度が高くなりすぎ、ポンプによる送液不良が発生するおそれがある。逆にこの固形分濃度が100g/L未満の場合は、固形分濃度が薄すぎるため、生産性が低下する。
【0016】
(2)浸出工程S2
浸出工程S2では、上記のスラリー調製工程S1で調製したニッケル硫化物スラリーを高温高圧下で硫酸浸出処理することで浸出液を生成する。具体的には、先ず、上記ニッケル硫化物スラリーを硫酸と共にオートクレーブとも称する圧力容器に供給する。このオートクレーブには更に酸化剤として空気などの酸素含有ガスを供給することで酸化反応を伴う浸出処理を行い、浸出液を生成させる。その際、該ニッケル硫化物スラリーの組成や粒度、滞留時間に影響する該ニッケル硫化物スラリーの供給流量、該ニッケル硫化物スラリーに対する硫酸及び酸化剤の供給割合、オートクレーブ内の温度及び圧力などの各種浸出条件を適宜調整する。例えば、オートクレーブに高圧蒸気を吹き込むことで、オートクレーブ内の温度を150~180℃に、圧力を1~2MPaGに調整するのが好ましい。
【0017】
(3)不純物除去工程S3
上記浸出工程S2で生成される硫酸イオン濃度160~230g/L程度の硫酸ニッケル水溶液からなる浸出液は、例えばニッケル濃度100~120g/L程度、コバルト濃度10g/L程度の組成を有している。この浸出液は上記のニッケルやコバルト等の有価金属のほか、鉄に代表される不純物を含んでいるため、粗硫酸ニッケル水溶液とも称される。この浸出液中の不純物を除去するため、不純物除去工程S3では、酸化中和法により不純物を沈殿除去したり、溶媒抽出法により不純物を除去したりすることが行われる。これにより、ある程度純度の高い硫酸ニッケル水溶液が得られるものの、上記の酸化中和法や溶媒抽出法では、チオ硫酸イオンはほとんど除去されない。
【0018】
そこで、好ましくは上記の溶媒抽出法や酸化中和法による不純物の除去処理の前に、粗硫酸ニッケル水溶液に酸化剤を添加することで、チオ硫酸の酸化分解処理を行う。ここで添加する酸化剤としては、過酸化水素水、オゾン、酸素、次亜塩素酸塩からなる群のうちの少なくとも1種を挙げることができる。このように、粗硫酸ニッケル水溶液に酸化剤を添加することで、製品となる硫酸ニッケル結晶へのチオ硫酸の混入を防ぐことができる。しかしながら、この酸化分解処理のために添加した酸化剤が酸化分解に使用されずに残留すると、例えば上記した後段の溶媒抽出法に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0019】
そこで、本発明の実施形態の硫酸ニッケルの製造方法においては、この酸化分解処理後の粗硫酸ニッケル水溶液に対してORP測定を行うことにより、残留する酸化剤の濃度を求め、得られた酸化剤の濃度に基づいて該不純物除去工程S3の処理条件を調整している。この場合の処理条件の調整としては、例えば上記の酸化剤の添加量の調整や、酸化分解処理後の粗硫酸ニッケル水溶液を一旦貯留する貯留槽の滞留時間の調整を挙げることができる。上記のORP測定による酸化剤の定量は迅速且つ正確に行うことができるので、酸化剤が残留することによる後工程への悪影響を抑えることができる。このORP測定による酸化剤濃度の定量方法については後で詳細に説明する。
【0020】
(4)晶析工程S4
晶析工程S4では、上記の不純物除去工程S3で不純物を除去することによって得た高純度硫酸ニッケル水溶液を晶析装置に装入し、該高純度硫酸ニッケル水溶液を濃縮することで硫酸ニッケル結晶を晶析させる。この晶析工程S4で処理される高純度硫酸ニッケル水溶液は上記のようにチオ硫酸イオンをほとんど含んでいないので、該チオ硫酸イオンが硫酸ニッケル水溶液中に残存することで生じる結晶中のチオ硫酸塩(チオ硫酸ニッケル(NiS2O3)の形態の不純物)に起因する品質上の問題を防ぐことができる。
【0021】
上記のように、本発明の実施形態の硫酸ニッケルの製造方法は、不純物除去工程S3において、粗硫酸ニッケル水溶液に含まれるチオ硫酸の酸化剤による酸化分解処理後に、該酸化分解処理された粗硫酸ニッケル水溶液に残留する酸化剤の濃度をORP測定により求めるので、その結果を不純物除去工程S3の処理条件に迅速且つ正確に反映させることができる。よって、粗硫酸ニッケル水溶液に残留する酸化剤成分による後工程への悪影響を抑えることができる。次に、上記のORP測定による酸化剤濃度の定量化について詳細に説明する。
【0022】
2.ORP測定による酸化剤濃度の定量化
本発明者らは、粗硫酸ニッケル水溶液に含まれるチオ硫酸を酸化剤で酸化分解処理した後に該粗硫酸ニッケル水溶液に残留する未反応の酸化剤の迅速且つ正確な定量分析法について鋭意検討を行ったところ、電気化学的測定法であるORP測定によって、該粗硫酸ニッケル水溶液中の酸化剤の濃度を迅速且つ正確に測定可能であることを見出した。なお、ORP測定とは、溶液の酸化性や還元性を示す指標である酸化還元電位を測定する電気化学的測定法であり、測定対象の溶液に白金電極及び比較電極からなる1対の電極を浸漬させ、これら両電極に接続した電位差計に電位差として表示されるORP値を読み取ることで、簡易且つ迅速に定性分析及び定量分析を行うことができる。
【0023】
具体的に説明すると、本発明の硫酸ニッケルの製造方法の実施形態においては、酸化剤の濃度が異なる複数の硫酸ニッケル水溶液を調製し、これら濃度既知の酸化剤を含んだ複数の硫酸ニッケル水溶液の各々に対してORP測定を行い、得られた複数のORP値(電位差)と、これら複数のORP値にそれぞれ対応する複数の酸化剤濃度との相関関係を予めデータベース化しておく。このデータベース化の具体例としては、例えば酸化剤濃度を横軸、ORP値を縦軸とするグラフ上に上記の関係をプロットすることで得られる検量線の作成を挙げることができる。そして、測定対象の硫酸ニッケル水溶液に対して同様の条件でORP測定を行うことで得たORP値を、上記の検量線等のデータベース化した酸化剤濃度とORP値との相関関係に照合することで、該硫酸ニッケル水溶液中の酸化剤濃度を求めることができる。
【0024】
上記のORP測定による酸化剤濃度の定量方法について、酸化剤が過酸化水素水である場合を例に挙げて
図2を参照しながら詳細に説明する。なお、この
図2の例では、該ORP測定用のORP計の比較電極が銀-塩化銀電極である。先ず、一般的なニッケル・コバルト混合硫化物の硫酸浸出処理により得られる浸出液とほぼ同一のNi濃度120質量%、Co濃度10質量%、Fe濃度1質量%及び硫酸イオン濃度210質量%の硫酸ニッケル水溶液を調製し、これを例えば4つに小分けする。そして、これら小分けした4つのうち、1つには過酸化水素を添加せずにブランクの模擬液とし、残る3つには過酸化水素水の濃度が例えば0.03質量%(300mg/L)、0.3質量%(3000mg/L)、3質量%(30000mg/L)と10倍ごとに異なるように過酸化水素水を添加して過酸化水素の濃度既知の3種類の模擬液とする。
【0025】
上記にて調製した4種類の模擬液を、4個のビーカーにそれぞれ10mLずつ入れて液温度25℃に調整した後、各々ORP計の両電極の先端部を浸漬させてORP測定を行う。その際、該ORP計に表示されるORP値は、ORP計に表示されるORP値を縦軸とし、上記模擬液に両電極の先端部を浸漬したときからの経過時間を横軸とし、硫酸ニッケル水溶液の過酸化水素濃度をパラメータとする
図2のグラフに示すように、ブランクの模擬液を除いたいずれの模擬液も該浸漬の開始から約100秒が経過するまではORP値の表示が安定しておらず、ORP値の表示が安定するまでに100~200秒程度以上を要する。なお、上記のORP測定においては、再現性の確認のため各模擬液に対して2回ずつ測定を行った。
【0026】
従って、
図2に示す過酸化水素濃度が異なる4本のトレンド曲線の各々に対して、該ORP計に表示されるORP値が安定する好ましくは浸漬開始から200秒後のORP値を読み取り、得られたORP値と過酸化水素濃度との相関関係をデータベース化する。なお、
図3には、対数目盛で表示される横軸に硫酸ニッケル水溶液の過酸化水素濃度をとり、リニア目盛で表示される縦軸にORP値をとった片対数グラフ上に、上記の硫酸ニッケル水溶液の過酸化水素濃度と、それらに対応する浸漬開始から200秒後のORP値(1回目のORP測定時のもの)との関係をプロットすることで作成した検量線を示す。なお、この検量線の作成に際して、過酸化水素濃度0.03質量%から3質量%の模擬液のORP値には、各々ORP計に表示される値からブランクの模擬液のORP値を差し引いた値を採用してもよい。また、複数回のORP測定を行った場合は、それらの算術平均値を採用してもよい。
【0027】
次に、測定対象の硫酸ニッケル水溶液に対して上記のデータベース化の際と同様の条件でORP測定する。この測定対象の硫酸ニッケル水溶液は、例えば前述したHPALプロセスで作製したニッケル・コバルト混合硫化物のスラリーを加圧下のオートクレーブ内で硫酸浸出処理することで生成した浸出液を過酸化水素水で酸化分解処理したものである。この測定対象の硫酸ニッケル水溶液は例えば定期的に採取したサンプリング液を用いるのが好ましい。そして、上記のデータベース化の際と同様の条件で読み取ったORP値を上記の検量線等のデータベース化された相関関係と照らし合わせる。これにより、測定対象となる硫酸ニッケル水溶液に含まれる過酸化水素の濃度を求めることができる。
【0028】
上記の測定対象の硫酸ニッケルの過酸化水素の濃度を求めるまでにかかる時間は、ORP測定において200秒程度を要することを含めても硫酸ニッケル水溶液の採取から6~7分足らずである。よって、得られた過酸化水素濃度の結果を不純物除去工程S3の処理条件に迅速に反映させることができ、高品質の硫酸ニッケル結晶を経済的に製造することが可能になる。
【0029】
上記のデータベース化時に調製する硫酸ニッケル水溶液中の過酸化水素濃度は、150~60000mg/Lの範囲内にあるのが好ましい。この過酸化水素濃度が150mg/L未満では、定量性が不十分になるおそれがある。一方、チオ硫酸を含む硫酸ニッケル水溶液に対して行われる酸化処理では、過酸化水素濃度が60000mg/L超える程度に過酸化水素を添加することは現実的にはほとんどない。なお、水溶液の場合は濃度の単位mg/Lに代えてppmを用いることがある。
【実施例】
【0030】
[実施例1]
図1に示すようなブロックフロー図に沿ってニッケル硫化物としてのニッケル・コバルト混合硫化物から硫酸ニッケル結晶を作製した後、この硫酸ニッケル結晶を用いて無電解めっきによりニッケルめっき膜を作製してその品質を目視により評価した。具体的には、先ずスラリー調製工程S1において、公知のHPALプロセスにより製造したNiを55質量%、Coを5.3質量%含むニッケル・コバルト混合硫化物に対して湿式粉砕を行った後、目開き0.2mmの篩で篩別し、0.2mmオーバーの粗大粒子を除去した。得られた0.2mmアンダーの粒子に水を添加して原料スラリーを調製した。
【0031】
次に、浸出工程S2において、上記原料スラリーをオートクレーブに装入し、温度165℃、圧力1.8MPaGに調整された条件下で、硫酸及び空気を供給して硫酸浸出処理を行った。次に、不純物除去工程S3において、上記浸出工程S2で得た粗硫酸ニッケル水溶液に過酸化水素水を添加することでチオ硫酸の酸化分解処理を行った。
【0032】
この酸化分解処理後の硫酸ニッケル水溶液を採取し、電極にビー・エー・エス株式会社製の金電極(型番:AUE金電極)を備えたビー・エー・エス株式会社製のORP計であるALS電気化学アナライザー(型番:619B型)の電極先端部を該採取した硫酸ニッケル水溶液に浸漬させ、該浸漬開始から200秒後の表示が安定したORP値を読み取ったところ、0.585Vであった。
【0033】
この採取した浸出液に対してICP-OESで分析したところ、Ni濃度120質量%、Co濃度11質量%、硫酸イオン濃度210質量%であり、前述した
図3の検量線の作製に際して調製した模擬液のNi濃度、Co濃度、及び硫酸濃度とほぼ同じであったので、上記のORP値を、前述したORP値と過酸化水素濃度との関係を示す
図3の検量線に照合した。これにより、硫酸ニッケル水溶液の過酸化水素濃度が0.3質量%(3000mg/L)であることを求めることができた。この硫酸ニッケル水溶液の採取からその過酸化水素濃度を求めるまでに要した時間は7分であった。
【0034】
上記にて判明した硫酸ニッケル水溶液に含まれる残留過酸化水素を分解するため、該硫酸ニッケル水溶液を溶媒抽出法で不純物除去する前に貯留槽に150分間滞留させた。この滞留時間経過後に、上記と同じ条件で再度ORP測定を行ってそのORP値から上記と同様に過酸化水素濃度を求めたところ、分析限界以下であった。その後、上記の溶媒抽出法で不純物除去することで得た高純度硫酸ニッケル水溶液に対して、晶析工程S4において濃縮することで硫酸ニッケル結晶を生成させた。
【0035】
上記にて作製した硫酸ニッケル結晶を溶解し、得られた硫酸ニッケル水溶液にジ亜リン酸ナトリウムを添加して、硫酸ニッケル25g/L、ジ亜リン酸ナトリウム20g/Lとなるよう組成を調整しためっき液を作製した。このめっき液を容量1Lのビーカーに入れ、温度90±3℃、めっき時間10分の条件で5cm×5cmのステンレス製薄板上にニッケルめっき皮膜を形成させた。このめっき皮膜が形成された薄板をビーカーから取り出して水洗し、目視によりめっき皮膜の外観を評価したところ、平滑なめっき皮膜が形成されていた。
【0036】
(実施例2)
実施例1とは異なる日時に採取した硫酸ニッケル水溶液を採取して同様にORP測定することで表示が安定したORP値を読み取ったところ、0.575Vであった。また採取した浸出液はNi濃度122質量%、Co濃度10質量%、硫酸イオン濃度220質量%であり、
図3の検量線の作製に際して調製した模擬液のNi濃度、Co濃度、及び硫酸イオン濃度とほぼ同じであったので、上記のORP値を、前述したORP値と過酸化水素濃度との関係を示す
図3の検量線に照合した。これにより、硫酸ニッケル水溶液の過酸化水素濃度が1.5質量%(15000mg/L)であることを求めることができた。この硫酸ニッケル水溶液の採取からその過酸化水素濃度を求めるまでに要した時間は7分であった。
【0037】
以降は、貯留槽での滞留時間を150分に代えて300分にした以外は実施例1と同様にして不純物除去工程S3、晶析工程S4、及びニッケルめっき皮膜の形成を行った。その結果、この滞留時間経過後に再度行った上記と同様のORP測定による過酸化水素濃度は分析限界以下であった。また、実施例1と同様の平滑なめっき皮膜が形成されていた。
【0038】
(比較例1)
実施例1及び実施例2とは異なる日時に実施例1と同様にして硫酸浸出処理及び酸化分解処理を行った後の硫酸ニッケル水溶液に対して、ORP値の測定を行わない代わりに貯留槽での滞留時間を150分に代えて余裕をみて420分にした以外は実施例1と同様にして不純物除去工程S3、晶析工程S4、及びニッケルめっき皮膜の形成を行った。その結果、実施例1と同様の平滑なめっき皮膜が形成されていたが、生産性が大幅に低下した。
【符号の説明】
【0039】
S1 スラリー調製工程
S2 浸出工程
S3 不純物除去工程
S4 晶析工程