(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】チタン酸バリウムナノ結晶の製造方法およびチタン酸バリウムナノ結晶
(51)【国際特許分類】
C01G 23/00 20060101AFI20231219BHJP
【FI】
C01G23/00 C
(21)【出願番号】P 2019132215
(22)【出願日】2019-07-17
【審査請求日】2022-03-24
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「エネルギー・環境新技術先導プログラム/ナノクリスタルエンジニアリングによる材料・デバイス革新」に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000174541
【氏名又は名称】堺化学工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002745
【氏名又は名称】弁理士法人河崎特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松下 智彦
(72)【発明者】
【氏名】村田 賢史
(72)【発明者】
【氏名】水谷 英人
(72)【発明者】
【氏名】坂部 行雄
(72)【発明者】
【氏名】加藤 一実
(72)【発明者】
【氏名】三村 憲一
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-188334(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 1/00-23/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化バリウムと、水溶性チタン錯体と、有機カルボン酸と、アルカリ成分と、水と、を含む原料溶液を得る調製工程と、
前記原料溶液を加熱し、チタン酸バリウムを合成する加熱工程と、
を含み、
前記原料溶液において、バリウムイオンの量は、前記水の1リットルあたり、0.2モル以上、2モル未満であ
り、
前記原料溶液において、バリウムイオンに対する前記有機カルボン酸のモル比は、0.80以上、1.65以下であり、
前記水溶性チタン錯体の配位子は、ヒドロキシ酸塩を含み、
前記有機カルボン酸は、主鎖の炭素数が6以上の脂肪酸を含み、
前記アルカリ成分は、アルカリ金属の水酸化物を含む、
チタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項2】
前記原料溶液において、バリウムイオンの量は、前記水の1リットルあたり、0.2モル以上、0.3モル以下である、請求項1に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項3】
前記水溶性チタン錯体は、チタニウムビス(アンモニウムラクテート)ジヒドロキシドである、請求項1
または2に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項4】
前記
脂肪酸は、オレイン酸を含む、請求項1~
3のいずれか1項に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項5】
前記アルカリ金属の水酸化物は、水酸化ナトリウムである、請求項
1~4のいずれか1項に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項6】
前記アルカリ成分は、アミン化合物
を含む、請求項1~
5のいずれか1項に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項7】
前記アミン化合物は、1級アミン化合物である、請求項
6に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項8】
前記1級アミン化合物は、tert-ブチルアミンである、請求項
7に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項9】
前記原料溶液において、バリウムイオンに対する前記アミン化合物のモル比は、2.9以下である、請求項
6~
8のいずれか1項に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項10】
更に、前記加熱工程の後、前記チタン酸バリウムをアルコールに分散させて洗浄する洗浄工程を含む、請求項1~
9のいずれか1項に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【請求項11】
更に、前記加熱工程の後、前記チタン酸バリウムを非極性の分散媒に分散させ、遠心分離により分級する分級工程を含む、請求項1~
10のいずれか1項に記載のチタン酸バリウムナノ結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン酸バリウムナノ結晶の製造方法およびチタン酸バリウムナノ結晶に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン酸バリウム(BaTiO3)は、積層コンデンサ等の電子デバイスに広く用いられている。電子デバイスの小型化および高機能化に対しては、例えば、チタン酸バリウムの粉末を微細化する方法が用いられる。しかし、上記の方法では、不純物の混入、粉末の粒径分布の拡大、粒子の不定形化、結晶欠陥の増大等の問題がある。
【0003】
これに対して、チタン酸バリウムナノキューブは、上記の問題を回避することができる材料として期待されている。上記ナノキューブは、一辺の長さが約20nmに揃った、立方体形状を有するナノ結晶である。ナノ結晶は、複数の結晶粒子が規則的に配列した集積体として用いることができ、集積体の密度を理論値にまで高めることが可能であると考えられている。特異な粒子形状によりもたらされる集積体の高い密度および局所的な界面の歪みにより、高い誘電特性が得られる。集積体の自己集積特性および高い誘電特性を利用して、高容量の強誘電体メモリ、超高性能の誘電エラストマー、高機能の光学フィルム等の革新的なデバイスを実現することが期待されている。
【0004】
特許文献1では、チタン酸バリウムナノ結晶の製造方法に関して、水酸化バリウム水溶液と、水溶性チタン錯体の水溶液と、水酸化ナトリウム水溶液と、アミン化合物と、有機カルボン酸と、を含む混合溶液を得て、混合溶液を加熱して合成することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の製法では、水酸化バリウムの投入量を増やして混合溶液のバリウム濃度を高めると、上記の集積体としての使用に適さない、粒子サイズが不均一なチタン酸バリウムナノ結晶が得られ易い。特許文献1の実施例では、バリウム濃度が低い混合溶液が用いられており、粒子サイズが均一なチタン酸バリウムナノ結晶が少量しか得られず、工業化に適さない。特許文献1に記載の製法では、高品質のチタン酸バリウムナノ結晶を効率的に製造することが難しい。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以上に鑑み、本発明の一側面は、塩化バリウムと、水溶性チタン錯体と、有機カルボン酸と、アルカリ成分と、水と、を含む原料溶液を得る調製工程と、前記原料溶液を加熱し、チタン酸バリウムを合成する加熱工程と、を含み、前記原料溶液において、バリウムイオンの量は、前記水の1リットルあたり、0.2モル以上、2モル未満である、チタン酸バリウムナノ結晶の製造方法に関する。
【0008】
また、本発明の別の側面は、チタン酸バリウムナノ結晶の四角度の相対標準偏差が、5%以下であり、前記四角度は、前記結晶の一側面が四角形であると仮定して求められる絶対最大長Lnmおよび対角幅Wnmと、前記側面の実面積S0nm2とを用いて、(L×W)/(2×S0)により得られる、チタン酸バリウムナノ結晶に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高品質のチタン酸バリウムナノ結晶を効率的に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】チタン酸バリウムナノ結晶の側面が四角形であると仮定する場合の絶対最大長Lおよび対角幅Wを示す図である。
【
図2】本発明の実施例1の製造方法により得られたチタン酸バリウムナノ結晶のTEM画像である。(a)は5万倍の倍率で撮影されたTEM画像、(b)は10万倍の倍率で撮影されたTEM画像である。
【
図3】本発明の実施例2の製造方法により得られたチタン酸バリウムナノ結晶のTEM画像である。(a)は5万倍の倍率で撮影されたTEM画像、(b)は10万倍の倍率で撮影されたTEM画像である。
【
図4】本発明の実施例3の製造方法により得られたチタン酸バリウムナノ結晶のTEM画像である。(a)は5万倍の倍率で撮影されたTEM画像、(b)は10万倍の倍率で撮影されたTEM画像である。
【
図5】本発明の実施例4の製造方法により得られたチタン酸バリウムナノ結晶のTEM画像である。(a)は5万倍の倍率で撮影されたTEM画像、(b)は10万倍の倍率で撮影されたTEM画像である。
【
図6】本発明の実施例5の製造方法により得られたチタン酸バリウムナノ結晶のTEM画像である。(a)は5万倍の倍率で撮影されたTEM画像、(b)は10万倍の倍率で撮影されたTEM画像である。
【
図7】本発明の実施例6の製造方法により得られたチタン酸バリウムナノ結晶のTEM画像である。(a)は5万倍の倍率で撮影されたTEM画像、(b)は10万倍の倍率で撮影されたTEM画像である。
【
図8】本発明の実施例7の製造方法により得られたチタン酸バリウムナノ結晶のTEM画像である。(a)は5万倍の倍率で撮影されたTEM画像、(b)は10万倍の倍率で撮影されたTEM画像である。
【
図9】比較例1の製造方法により得られたチタン酸バリウムナノ結晶のTEM画像である。(a)は5万倍の倍率で撮影されたTEM画像、(b)は10万倍の倍率で撮影されたTEM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態に係るチタン酸バリウム(以下、BaTiO3またはBTとも称する。)ナノ結晶の製造方法は、塩化バリウムと、水溶性チタン錯体と、有機カルボン酸と、アルカリ成分と、水と、を含む原料溶液を得る調製工程と、原料溶液を加熱し、チタン酸バリウムを合成する加熱工程と、を含む。原料溶液において、バリウムイオンの量は、水の1リットルあたり、0.2モル以上、2モル未満である。
【0012】
[原料溶液の調製工程]
本工程では、バリウムイオン(Ba2+)およびチタンイオン(Ti4+)を含む原料溶液を得る。原料溶液の調製において、バリウム源である塩化バリウムと、チタン源である水溶性チタン錯体とは、バリウムとチタンとのモル比が1:1となるように加えればよい。調製工程では、塩化バリウムと水溶性チタン錯体と水とを加えて、バリウムイオンおよびチタンイオンを含む水溶液を得た後、当該水溶液に有機カルボン酸とアルカリ成分とを添加してもよい。塩化バリウムおよび水溶性チタン錯体は、それぞれ塩化バリウム水溶液および水溶性チタン錯体水溶液として用いてもよい。
【0013】
(塩化バリウム)
水に対する溶解度が高い塩化バリウムをバリウム源に用いることで、原料溶液に含まれる全水量1リットルあたり0.2モル以上の多量のバリウムイオンが溶解する原料溶液を容易に調製することができ、高品質のナノ結晶を効率的に得ることができる。例えば水酸化バリウムをバリウム源に用いる場合、バリウムイオンを原料溶液に含まれる全水量1リットルあたり0.2モル以上溶解させることは難しい。ただし、塩化バリウムの投入量を原料溶液に含まれる全水量1リットルあたり2モル以上に増やすと、塩化バリウムの一部が溶解しないことがある。
【0014】
原料溶液において、バリウムイオンの量は、原料溶液に含まれる全水量1リットルあたり、0.2モル以上、1モル以下であることが好ましく、0.2モル以上、0.3モル以下であることがより好ましく、0.23モル以上、0.27モル以下であることが更に好ましい。この場合、高品質のチタン酸バリウムナノ結晶を効率的に得易い。
【0015】
(水溶性チタン錯体)
水溶性チタン錯体の配位子は、ヒドロキシ酸塩を含むことが好ましい。ヒドロキシ酸塩は、例えば、グリコール酸塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、酒石酸塩、乳酸塩等を含む。上記塩の種類としては、例えば、アンモニウム塩等が挙げられる。入手が容易である等の観点から、中でも、水溶性チタン錯体は、配位子として乳酸のアンモニウム塩を含むチタン錯体が好ましく、チタニウムビス(アンモニウムラクテート)ジヒドロキシド(TALH)がより好ましい。
【0016】
(有機カルボン酸)
有機カルボン酸は、結晶形状を制御する役割を有する。有機カルボン酸は、チタン酸バリウムの結晶の(100)面に配位する。これにより、上記結晶において、(100)面の結晶成長が抑制されるとともに、(111)面の結晶成長が促進され、結晶形状を六面体に制御し易い。
【0017】
有機カルボン酸は、主鎖の炭素数が6以上の脂肪酸を含むことが好ましい。脂肪酸の主鎖の炭素数は、10以上であることが好ましく、15以上であることがより好ましい。脂肪酸は、飽和脂肪酸でも、不飽和脂肪酸でもよい。主鎖の炭素数が15以上の飽和脂肪酸は、例えば、パルミチン酸、およびステアリン酸等を含む。主鎖の炭素数が15以上の不飽和脂肪酸は、例えば、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、エレオステアリン酸、およびアラキドン酸等を含む。六面体のナノ結晶を得易い観点から、中でも、オレイン酸が好ましい。
【0018】
原料溶液において、バリウムイオンに対する有機カルボン酸のモル比:(有機カルボン酸/Ba)は、0.80以上、1.65以下が好ましく、1.20以上、1.65以下がより好ましい。この場合、チタン酸バリウムの結晶の(100)面と(111)面とがバランス良く成長し易く、結晶形状を六面体に制御し易く、これにより結晶形状のばらつきも低減できる。
【0019】
(アルカリ成分)
アルカリ成分は、アルカリ金属の水酸化物を含むことが好ましい。原料溶液にアルカリ金属の水酸化物を含ませることにより、結晶成長を促進させることができる。アルカリ金属の水酸化物は、例えば、水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウム等を含む。中でも、アルカリ金属の水酸化物は、水酸化ナトリウムが好ましい。原料溶液中の水酸化ナトリウムの濃度は、例えば、1mol/L以上、2mol/L以下であってよく、1.2mol/L以上、1.8mol/L以下であってよい。なお、ここでいう水酸化ナトリウムの濃度とは、原料溶液に含まれる水1リットルあたりに溶解している水酸化ナトリウムの物質量(モル)を指す。
【0020】
アルカリ成分は、アミン化合物を含んでもよい。原料溶液にアミン化合物を適量含ませることにより、結晶形状を均一にし易い。アミン化合物は、例えば、1級アミン化合物、2級アミン化合物、および3級アミン化合物等を含む。1級アミン化合物は、例えば、メチルアミン、エチルアミン、n-プロピルアミン、n-ブチルアミン、およびtert-ブチルアミン等を含む。2級アミン化合物は、例えば、ジメチルアミンおよびジエチルアミン等を含む。3級アミン化合物は、例えば、トリメチルアミンおよびトリエチルアミン等を含む。結晶形状のばらつき低減等の観点から、中でも、1級アミン化合物が好ましく、tert-ブチルアミンがより好ましい。
【0021】
結晶形状のばらつき低減の観点から、原料溶液において、バリウムイオンに対するアミン化合物のモル比:(アミン化合物/Ba)は、2.9以下が好ましい。結晶形状および結晶サイズのばらつき低減の観点から、原料溶液において、(アミン化合物/Ba)は、1.9以下がより好ましい。
【0022】
[原料溶液の加熱工程]
本工程では、原料溶液を加熱し、チタン酸バリウムを合成する。すなわち、BTナノ結晶を得る。水熱反応を利用してチタン酸バリウムを得ることができ、原料溶液を撹拌しながら加熱すればよい。高品質のBTナノ結晶を効率的に得易い観点から、加熱温度は、150℃以上、240℃以下であることが好ましい。加熱温度が150℃以上の場合、チタン酸バリウムの合成反応が円滑に進み易い。加熱温度が240℃以下の場合、有機カルボン酸の分解が抑制され、有機カルボン酸による結晶の形状制御の効果がより確実に得られる。加熱時間は、例えば、1時間以上、80時間以下であり、48時間以上、72時間以下でもよい。
【0023】
[チタン酸バリウムの洗浄工程]
更に、加熱工程の後、チタン酸バリウムをアルコールに分散させて洗浄する洗浄工程を行ってもよい。アルコールとしては、例えば、エタノール、メタノール、2-プロパノール等が用いられる。洗浄工程では、加熱工程で得られたチタン酸バリウムの結晶と、水(水に溶解している有機カルボン酸等の残留成分を含む。)とを分離する。
【0024】
洗浄工程は、例えば、加熱工程後の反応液(チタン酸バリウムの結晶を含む水)にアルコールを加えた後、遠心分離により沈殿物を得る工程(i)と、沈殿物をアルコールに分散させた後、遠心分離により沈殿物を得る工程(ii)とを含む。工程(ii)は、複数回繰り返し行ってもよい。工程(i)では、遠心分離の前に、反応液とアルコールとを十分に混合させておくことが好ましい。
【0025】
[チタン酸バリウムの分級工程]
更に、加熱工程の後、チタン酸バリウムを非極性の分散媒に分散させ、遠心分離により分級する分級工程を行ってもよい。分級工程は、洗浄工程の後に行うことが好ましい。分散方法としては、例えば、超音波処理や撹拌翼による撹拌等が挙げられる。非極性の分散媒としては、例えば、トルエン、ベンゼン等の芳香族炭化水素や、ヘキサン等の脂肪族炭化水素が用いられる。分級工程では、チタン酸バリウムの結晶から粗大なものを除去し、適度なサイズのBTナノ結晶を回収する。分級は、遠心分離で得られる上澄み液(ナノ結晶の分散液)を回収することで容易に行うことができる。トルエン等の非極性の分散媒に分散させた状態でBTナノ結晶を回収できるため、BTナノ結晶の取り扱いが容易であり、高い収率が得られ易い。収率が高い場合、BTナノ結晶は凝集した状態で回収され易い。
【0026】
分級工程は、例えば、加熱工程後の反応液に遠心分離を施して得られた沈殿物または工程(ii)で得られた沈殿物を、非極性の分散媒に分散させる工程(iii)と、沈殿物の分散液に遠心分離を施し、上澄み液(BTナノ結晶の分散液)を回収する工程(iv)とを含む。これにより、加熱工程後の反応液に遠心分離を施して得られた沈殿物または工程(ii)で得られた沈殿物から粗大な結晶を分離し、適度なサイズのBTナノ結晶を効率的に回収することができる。工程(iii)により、結晶表面に付着している有機カルボン酸の残留分を除去することもできる。
【0027】
[チタン酸バリウムナノ結晶]
本発明の実施形態に係るBTナノ結晶は、四角度の相対標準偏差が5%以下であり、四角度は、BTナノ結晶の一側面が四角形であると仮定して求められる絶対最大長Lnmおよび対角幅Wnmと、上記側面の実面積S0nm2とを用いて、(L×W)/(2×S0)により得られる。四角度の相対標準偏差(RSD)は、好ましくは4%以下、より好ましくは3.8%以下である。BTナノ結晶の四角度は、好ましくは0.8以上、より好ましくは0.83以上、更に好ましくは0.84以上である。BTナノ結晶の正方形相当径は、上記の実面積S0nm2の平方根であり、例えば、10nm以上、20nm以下であり、10nm以上、15nm以下でもよい。BTナノ結晶の正方形相当径の相対標準偏差(RSD)は、例えば、25%以下であり、20%以下でもよい。
【0028】
上記の高品質のBTナノ結晶は、上記の製造方法により得ることができる。例えば、原料溶液の調製工程において、(有機カルボン酸/Ba)のモル比や(アミン化合物/Ba)のモル比を適宜調整することにより、四角度、四角度のRSD、正方形相当径、および正方形相当径のRSDを上記の範囲に制御することが可能である。
【0029】
(BTナノ結晶の四角度)
BTナノ結晶の四角度とは、BTナノ結晶の形状に関する指標であり、六面体構造のBTナノ結晶の側面における四角形の度合いを意味する。四角度は最大1であり、BTナノ結晶の角が丸みを帯びているほど四角度は小さくなる。四角度が1である場合、BTナノ結晶の角が丸みを帯びておらず、BTナノ結晶が、きれいな六面体であることを意味する。
【0030】
BTナノ結晶の四角度(算術平均)およびその相対標準偏差(RSD)は、以下の方法により求められる。
透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、回収されたBTナノ結晶の一つの側面の画像を得、当該側面について所定の画像処理を行い、当該側面の実際の面積S
0(nm
2)を求める。また、所定の画像処理により、上記側面が四角形であると仮定し、絶対最大長L(nm)と対角幅W(nm)とを求める。具体的には、
図1に示す仮定四角形1の絶対最大長Lおよび対角幅Wを求める。L=Wの場合、仮定四角形は正方形である。得られたLおよびWを用いて、下記式より仮定の面積S
1(nm
2)を求める。
S
1=(L×W)/2
【0031】
実際の面積S0と仮定の面積S1とを用い、下記式より四角度を求める。
四角度=S1/S0=(L×W)/(2×S0)
TEM画像より300個~600個程度のBTナノ結晶について四角度をそれぞれ求め、これらの算術平均および相対標準偏差を求める。なお、相対標準偏差は、標準偏差を算術平均で除した値である。
【0032】
(BTナノ結晶の正方形相当径)
BTナノ結晶の正方形相当径とは、BTナノ結晶のサイズに関する指標であり、六面体構造のBTナノ結晶の側面が正方形であると仮定した場合の当該正方形の一辺の長さを意味する。
【0033】
BTナノ結晶の正方形相当径(算術平均)およびその相対標準偏差(RSD)は、以下の方法により求められる。
上記の四角度を求める過程で得られる実際の面積S0(nm2)の平方根:(S0)1/2を算出し、正方形相当径(nm)とする。上記の四角度を求める過程でBTナノ結晶の正方形相当径をそれぞれ求め、これらの算術平均および相対標準偏差を求める。
【実施例】
【0034】
以下、本発明の実施例について具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0035】
《実施例1》
[原料溶液の調製工程]
容量300mLのポリテトラフルオロエチレン製ビーカーに、チタン源であるチタニウムビス(アンモニウムラクテート)ジヒドロキシド(以下、TALH)水溶液6.6gと、イオン交換水36gと、バリウム源である塩化バリウム二水和物2.8gとを投入し、3分間撹拌した。このようにして、チタン源であるTALHおよびバリウム源である塩化バリウムを含む水溶液を得た。TALH水溶液には、Sigma-Aldrich社製の製品番号388165を用いた。塩化バリウム二水和物には、堺化学工業社製の製品名BSを用いた。
【0036】
チタン源およびバリウム源を含む水溶液を撹拌しながら、当該水溶液に、7.5M水酸化ナトリウム水溶液17mLと、tert-ブチルアミン2.4mLと、オレイン酸9.2mLとを、この順に加え、5分間撹拌した。水酸化ナトリウムには、富士フイルム和光純薬社製の198-13765試薬特級を用いた。tert-ブチルアミンには、Sigma-Aldrich社製の製品番号391433を用いた。オレイン酸には、ミヨシ油社製の製品名PM500を用いた。このようにして、原料溶液を調製した。
【0037】
原料溶液中のバリウム濃度は、0.20mol/Lであった。なお、ここでいう原料溶液中のバリウム濃度は、原料溶液中の水1リットルあたりに含まれるバリウム源の物質量(モル)を指す。
【0038】
原料溶液におけるバリウムイオンに対するオレイン酸のモル比:(オレイン酸/Ba)は、2であった。原料溶液におけるバリウムイオンに対するtert-ブチルアミンのモル比:(tert-ブチルアミン/Ba)は、2であった。
【0039】
原料溶液中の水酸化ナトリウム濃度は、1.5mol/Lであった。なお、ここでいう原料溶液中の水酸化ナトリウム濃度は、原料溶液に含まれる水1リットルあたりに溶解している水酸化ナトリウムの物質量(モル)を指す。
【0040】
[原料溶液の加熱工程]
上記で調製した原料溶液を、容量100mLのPTFE製容器(三愛科学社製、HUT-100)に移し、ホットスターラー反応分解装置(三愛科学社製、アルミブロック:RDV-TMS-100およびホットスターラー:HHE-19G-U)を用いて撹拌しながら加熱した。撹拌は回転数536rpmで行い、加熱温度は220℃とし、加熱時間は72時間とした。このようにして、水中でチタン酸バリウムを合成した。
【0041】
[チタン酸バリウムの洗浄工程]
加熱工程で得られたチタン酸バリウムをエタノールに分散させて洗浄した。
具体的には、水熱反応後の反応液(チタン酸バリウムを含む水)にエタノールを20mL加え、これを遠沈管に移し、遠沈管を50℃~70℃で温度制御された温浴中で5分間静置することで加熱した後、遠沈管を振ることで撹拌し、反応液をエタノールに分散させた。遠沈管をテーブルトップラボ遠心機(Sigma社製、3-16L)にセットし、遠心加速度1380Gで遠心分離を20分間行い、上澄み液を全量除去し、沈殿物を得た(工程(i))。
【0042】
次に、遠沈管内の沈殿物にエタノールを40mL加えた後、上記と同様に加熱および撹拌を行い、沈殿物をエタノールに分散させた。その後、上記と同様に遠心分離を行い、上澄み液を全量除去し、沈殿物を得た(工程(ii))。工程(ii)を2回行った。
【0043】
[チタン酸バリウムの分級工程]
洗浄工程の後、チタン酸バリウムをトルエンに分散させ、遠心分離により分級した。
具体的には、沈殿物にトルエンを200mL加え、撹拌し、沈殿物をトルエンに分散させた(工程(iii))。その後、上記と同様に遠心分離を行い、上澄み液(BTナノ結晶の分散液)を回収した(工程(iv))。
【0044】
上記で得られたBTナノ結晶について、以下の評価を行った。
[評価1:収率および回収BaTiO3濃度の測定]
上記で回収された上澄み液(BTナノ結晶の分散液)の総質量WL(g)を測定した。上記の上澄み液50gを100mLガラスビーカーに移し、50℃以上の温浴中で加熱して、トルエンを蒸発させ固形分を得、更に130℃の恒温槽中で30分間加熱して、完全に乾燥させた。乾燥後の固形分の質量をWS(g)を測定した。上記で得られたWSおよびWLを用いて、下記式より、上澄み液に含まれるチタン酸バリウム(回収チタン酸バリウム)の質量W1(g)を求めた。
W1=(WL/50)×WS
【0045】
原料溶液中のバリウム濃度より原料溶液に含まれるバリウムの物質量MBa(mol)を求め、求められたMBaを用いて、下記式より、原料溶液に含まれるバリウムの全てがチタン酸バリウムの合成に利用されたと仮定した場合の回収チタン酸バリウムの質量W2(g)を求めた。
W2=MBa×233.19
【0046】
上記で求められたW1およびW2を用いて、下記式より収率(%)を求めた。
収率=(W1/W2)×100
また、上記で求められた回収チタン酸バリウムの質量W1(g)を、原料溶液に含まれる水の容量V(L)で除した値:W1/Vを、回収BaTiO3濃度(g/L)とした。
【0047】
[評価2:BTナノ結晶の形状およびサイズの評価]
既述の方法により、BTナノ結晶の四角度(算術平均)およびその相対標準偏差(RSD)を求めた。既述の方法により、BTナノ結晶の正方形相当径(算術平均)およびその相対標準偏差(RSD)を求めた。
【0048】
《比較例1》
バリウム源として塩化バリウム二水和物の代わりに水酸化バリウム八水和物を3.6gとした以外、実施例1と同様の方法により、BTナノ結晶を作製し、評価した。水酸化バリウム八水和物には、富士フイルム和光純薬社製の020-00242試薬特級を用いた。
【0049】
《比較例2》
TALH水溶液を66gとし、塩化バリウム二水和物を28gとし、原料溶液中のバリウム濃度を2.0mol/Lとした以外、実施例1と同様の方法により、BTナノ結晶を作製し、評価した。
【0050】
実施例1および比較例1~2で作製されたBTナノ結晶の評価結果を表1に示す。また、
図2および
図9は、それぞれ実施例1および比較例1で作製されたBTナノ結晶のTEM画像である。なお、
図2~
図9のTEM画像は、回収された上澄み液(トルエン)に分散しているBTナノ結晶を示す。
【0051】
【0052】
バリウム源に塩化バリウムを用い、原料溶液中のBa濃度を0.2mol/Lとした実施例1では、原料溶液において塩化バリウムが水に溶解し、BTナノ結晶の収率が高く、回収BaTiO
3濃度が高く、BTナノ結晶が効率的に得られた。
図2に示すように、実施例1では、六面体のBTナノ結晶が形成された。
【0053】
一方、バリウム源に水酸化バリウムを用い、原料溶液中のBa濃度を0.2mol/Lとした比較例1では、原料溶液において水酸化バリウムの一部が水に溶解しなかった。粗大な結晶粒子が多く、分級により除去された量が多かった。よって、BTナノ結晶の収率が低下し、回収BaTiO3濃度が低下した。
【0054】
また、実施例1で作製されたBTナノ結晶は、四角度が0.84であり、正方形相当径が10nm以上、15nm以下の範囲内であった、実施例1では、BTナノ結晶について、四角度のRSDが5%以下および正方形相当径のRSDが15%以下であり、比較例1よりも四角度のRSDおよび正方形相当径のRSDが小さかった。
図2に示すように、実施例1で作製されたBTナノ結晶は、形状およびサイズが均一であり、
図9に示す比較例1で作製されたBTナノ結晶よりも形状およびサイズのばらつきが小さかった。このように、実施例1では、高品質のBTナノ結晶が得られた。
【0055】
比較例2では、原料溶液において塩化バリウムの一部が水に溶解しなかった。また、分級によりBTナノ結晶を上澄み液(トルエン)に分散させて回収することができなかった。
【0056】
《実施例2》
[原料溶液の調製工程]
容量300mLのポリテトラフルオロエチレン製ビーカーに、チタン源であるチタニウムビス(アンモニウムラクテート)ジヒドロキシド(以下、TALH)水溶液9.2gと、イオン交換水45gと、バリウム源である塩化バリウム二水和物3.8gとを投入し、3分間撹拌し、チタン源およびバリウム源を含む水溶液を得た。TALH水溶液には、Sigma-Aldrich社製の製品番号388165を用いた。塩化バリウム二水和物には、堺化学工業社製の製品名BSを用いた。
【0057】
チタン源およびバリウム源を含む水溶液を撹拌しながら、当該水溶液に、7.5M水酸化ナトリウム水溶液12.2mLと、tert-ブチルアミン3.1mLと、オレイン酸8.3mLとを、この順に加え、5分間撹拌した。水酸化ナトリウムには、富士フイルム和光純薬社製の198-13765試薬特級を用いた。tert-ブチルアミンには、Sigma-Aldrich社製の製品番号391433を用いた。オレイン酸には、ミヨシ油社製の製品名PM500を用いた。このようにして、原料溶液を調製した。
【0058】
原料溶液中のバリウム濃度は、0.25mol/Lであった。原料溶液におけるバリウムイオンに対するオレイン酸のモル比:(オレイン酸/Ba)は、1.36であった。原料溶液におけるバリウムイオンに対するtert-ブチルアミンのモル比:(tert-ブチルアミン/Ba)は、1.90であった。原料溶液中の水酸化ナトリウム濃度は、1.48mol/Lであった。
【0059】
上記の原料溶液を調製した以外、実施例1と同様の方法により、BTナノ結晶を作製し、評価した。
【0060】
《実施例3~4》
バリウム源およびチタン源を含む水溶液に添加するオレイン酸の量ならびに水酸化ナトリウム水溶液の濃度および量を調整し、原料溶液におけるバリウムイオンに対するオレイン酸のモル比:(オレイン酸/Ba)および原料溶液中の水酸化ナトリウム濃度を表2に示す値とした。上記以外、実施例2と同様の方法により、チタン酸バリウムナノ結晶を作製し、評価した。
【0061】
実施例2~4で作製されたBTナノ結晶の評価結果を表2に示す。また、
図3~5は、それぞれ実施例2~4で作製されたBTナノ結晶のTEM画像である。
【0062】
【0063】
バリウム源に塩化バリウムを用い、原料溶液中のBa濃度を0.25mol/Lとした実施例2~4では、原料溶液において塩化バリウムが水に溶解した。実施例2~4では、比較例1よりも、BTナノ結晶の収率が高く、回収BaTiO
3濃度が高く、BTナノ結晶が効率的に得られた。
図3~5に示すように、実施例2~4では、六面体のBTナノ結晶が形成された。
【0064】
(オレイン酸/Ba)が0.80以上、1.65以下の実施例2~4では、四角度が0.84と大きく、かつ、四角度のRSDが3.8%以下と非常に小さかった。また、実施例2~4で作製されたBTナノ結晶は、正方形相当径が10nm以上、15nm以下の範囲内であり、正方形相当径のRSDが20%以下であった。
図3~5に示すように、実施例2~4で作製されたBTナノ結晶は、形状およびサイズが均一であった。このように、実施例2~4では、高品質のBTナノ結晶が得られた。
【0065】
《実施例5~7》
バリウム源およびチタン源を含む水溶液に添加するtert-ブチルアミンの量を調整し、原料溶液におけるバリウムイオンに対するtert-ブチルアミンのモル比:(tert-ブチルアミン/Ba)を表3に示す値とした。上記以外、実施例2と同様の方法により、チタン酸バリウムナノ結晶を作製し、評価した。
【0066】
実施例5~7で作製されたBTナノ結晶の評価結果を表3に示す。表3では、実施例2で作製されたBTナノ結晶の評価結果も示す。また、
図6~8は、それぞれ実施例5~7で作製されたBTナノ結晶のTEM画像である。
【0067】
【0068】
バリウム源に塩化バリウムを用い、原料溶液中のBa濃度を0.25mol/Lとした実施例5~7では、原料溶液において塩化バリウムが水に溶解した。実施例2、5~7では、比較例1よりも、BTナノ結晶の収率が高く、回収BaTiO
3濃度が高く、BTナノ結晶が効率的に得られた。
図6~8に示すように、実施例5~7では、六面体のBTナノ結晶が形成された。
【0069】
実施例2、5~7で作製されたBTナノ結晶は、正方形相当径が10nm以上、15nm以下の範囲内であり、四角度が5.0%以下であり、高品質であった。(tert-ブチルアミン/Ba)が2.90以下の実施例2、5~6では、四角度が0.83以上と大きく、かつ、四角度のRSDが4.0%以下と小さかった。(tert-ブチルアミン/Ba)が1.90以下の実施例2および5では、四角度が0.83以上と大きく、四角度のRSDが4.0%以下と小さく、かつ、正方形相当径のRSDが15%以下と小さかった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明に係る製造方法により得られるチタン酸バリウムナノ結晶は、積層コンデンサ等の電子デバイスに有用である。
【符号の説明】
【0071】
1:仮定四角形、L:絶対最大長、W:対角幅