(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-19
(45)【発行日】2023-12-27
(54)【発明の名称】人工マイクロRNA前駆体およびそれを含む改良されたマイクロRNA発現ベクター
(51)【国際特許分類】
C12N 15/113 20100101AFI20231220BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20231220BHJP
C12N 15/86 20060101ALI20231220BHJP
【FI】
C12N15/113 Z ZNA
C12N15/63 Z
C12N15/86 Z
(21)【出願番号】P 2020567720
(86)(22)【出願日】2020-01-24
(86)【国際出願番号】 JP2020002519
(87)【国際公開番号】W WO2020153478
(87)【国際公開日】2020-07-30
【審査請求日】2022-05-16
(31)【優先権主張番号】P 2019011541
(32)【優先日】2019-01-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100180231
【氏名又は名称】水島 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】佐野 将之
(72)【発明者】
【氏名】中西 真人
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-518402(JP,A)
【文献】特許第5633075(JP,B2)
【文献】Database GenBank [online], Accession No. LM609538, 2015-03-03 uploaded, [retrieved on 2020-02-26], < https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/667476037?sat=2&satkey=42744837>, TPA: Mus musculus microRNA mmu-mir-367 precursor.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/113
C12N 15/63
C12N 15/86
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非天然マイクロRNA前駆体
(ただし、miRNA-367を発現するものを除く)を含んでなる単離されたRNA分子もしくはその相補配列からなるRNA分子またはそれらをコードするDNA分子
を細胞(ただし、ヒト生体内の細胞を除く)に導入するステップを含む、標的遺伝子の発現を抑制する方法であって、
前記
非天然マイクロRNA前駆体が、5’→3’方向に、
第1の末端オリゴヌクレオチド、
パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチド、
CYG(配列番号2)からなる第1の中央オリゴヌクレオチド、ここで、Yは、CまたはUであり、
UUGAAUAKAAAU(配列番号3)
またはその1個もしくは2個のヌクレオチドが置換、欠失または挿入されたヌクレオチド配列からなる第2の中央オリゴヌクレオチド、ここで、Kは、GまたはUであり、
YGG(配列番号4)からなる第3の中央オリゴヌクレオチド、ここで、Yは、CまたはUであり、
ガイド鎖オリゴヌクレオチド、および
第2の末端オリゴヌクレオチド
を含み、
ここで、前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドが、標的遺伝子のmRNA中の標的配列に対して相補性を有する17~29ヌクレオチドからなり、
前記パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドが、前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドと同じ長さまたは前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドよりも1~3ヌクレオチド短い長さを有し、
前記第1の末端オリゴヌクレオチドは、AGGCCR(配列番号1
)からなり、ここで、Rは、AまたはGであり、
前記第2の末端オリゴヌクレオチドは、UGGA
CCU(配列番号
8)からな
り、
前記第1の末端オリゴヌクレオチドおよび前記第2の末端オリゴヌクレオチドが対合して第1の骨格ステム領域を形成し、
前記パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドおよび前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドが対合して二本鎖マイクロRNA領域を形成し、
前記第1の中央オリゴヌクレオチドおよび前記第3の中央オリゴヌクレオチドが対合して第2の骨格ステム領域を形成し、
前記第1の骨格ステム領域、前記二本鎖マイクロRNA領域、および前記第2の骨格ステム領域が一緒にステム構造を形成し、
前記第2の中央オリゴヌクレオチドがループ構造を形成する、
方法。
【請求項2】
前記二本鎖マイクロRNA領域がミスマッチまたはバルジを含む、請求項1に記載の
方法。
【請求項3】
前記第1の中央オリゴヌクレオチドと前記第2の中央オリゴヌクレオチドとの間、または前記第2の中央オリゴヌクレオチドと前記第3の中央オリゴヌクレオチドとの間に、1~10ヌクレオチドからなるスペーサーオリゴヌクレオチドをさらに含む、請求項1または2に記載の
方法。
【請求項4】
前記単離されたRNA分子もしくはその相補配列からなるRNA分子またはそれらをコードするDNA分子
が発現ベクター
に組み込まれている、請求項1~3のいずれか1項に記載の
方法。
【請求項5】
前記発現ベクターがRNAウイルスベクターである、請求項4に記載の
方法。
【請求項6】
前記発現ベクターが細胞質型RNAウイルスベクターである、請求項5に記載の
方法。
【請求項7】
前記発現ベクターがセンダイウイルスベクターである、請求項6に記載の
方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工マイクロRNA前駆体およびそれを含む改良されたマイクロRNA発現ベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
RNA干渉(RNAi)は、約21塩基対の小さな二本鎖RNA(siRNA)によって転写後遺伝子サイレンシングが引き起こされる現象である。siRNAを細胞内で安定的に供給するためには、一般的に、短ヘアピンRNA(shRNA)発現ベクターを細胞に導入する。しかし、shRNAの非生理的な過剰発現は、内在性のマイクロRNA(miRNA)生成経路を飽和および阻害することにより、細胞毒性を引き起こすことが知られている。そこで、この問題を回避するために、内在性miRNA前駆体のステム-ループ骨格を利用した人工miRNA発現ベクターの開発が試みられており、そのようなベクターとしては、DNAプラスミドベクターやレトロウイルスがよく利用されている(非特許文献1、2)。しかし、これらのベクターは、核内に入り込んでmiRNA一次転写産物を発現するため、宿主細胞の染色体DNAへの組み込みを起こすリスクがある。
【0003】
一方、発明者らは、核内に入らずに細胞質において外来遺伝子を高効率で発現することができる、センダイウイルス(SeV)ベースの細胞質型RNAベクターを開発している(特許文献1、2)。本ベクターは、単一のベクターから複数の外来遺伝子を同時に安定的に発現させることができ、かつ、宿主細胞の染色体DNAを損傷するリスクもなく、細胞毒性も低い。そのため、iPS細胞の作製に特に適しており(特許文献3)、現在、国内外の数多くの研究室において幹細胞研究等に利用されている。本ベクターを人工miRNAの発現にも応用できれば、遺伝子発現抑制のための優れたツールとなり得、基礎研究から応用研究に至るまで幅広い貢献が期待される。しかし、細胞質型RNAベクターの場合、核内のmiRNA生成経路を利用できないため、miRNAの発現効率が低いことが問題となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2016/114405号
【文献】特許第5633075号
【文献】特許第5963309号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Silva,J.M.et al.,Nat.Genet.,(2005),Vol.37,No.11,pp.1281-1288
【文献】Chung,K.H.et al.,Nucleic Acids Res.,(2006),Vol.34,No.7,e53
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、細胞毒性が低く、宿主細胞に悪影響を及ぼすことなく、高効率で人工miRNA/siRNAを発現することができるベクターを提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究の結果、miR-367前駆体の骨格をベースとした人工マイクロRNA前駆体を用いることにより、種々のウイルスベクターまたは非ウイルスベクターから人工miRNA/siRNAを発現させることに成功した。
【0008】
すなわち、本発明は、一実施形態によれば、人工マイクロRNA前駆体を含んでなる単離されたRNA分子であって、前記人工マイクロRNA前駆体が、5’→3’方向に、第1の末端オリゴヌクレオチド、パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチド、CYG(配列番号2)からなる第1の中央オリゴヌクレオチド、ここで、Yは、CまたはUであり、UUGAAUAKAAAU(配列番号3)と少なくとも70%の相同性を有するヌクレオチド配列からなる第2の中央オリゴヌクレオチド、ここで、Kは、GまたはUであり、YGG(配列番号4)からなる第3の中央オリゴヌクレオチド、ここで、Yは、CまたはUであり、ガイド鎖オリゴヌクレオチド、および第2の末端オリゴヌクレオチドを含み、ここで、前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドが、標的遺伝子のmRNAの標的配列に対して相補性を有する17~29ヌクレオチドからなり、前記パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドが、前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドと同じ長さまたは前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドよりも1~3ヌクレオチド短い長さを有し、前記第1の末端オリゴヌクレオチドは、AGGCCR(配列番号1)またはその1~3個のヌクレオチドが置換されたヌクレオチド配列からなり、ここで、Rは、AまたはGであり、前記第2の末端オリゴヌクレオチドは、UGGAYYK(配列番号5)またはその1~3個のヌクレオチドが置換されたヌクレオチド配列からなり、ここで、Yは、それぞれ独立に、CまたはUであり、Kは、GまたはUであり、前記第1の末端オリゴヌクレオチドおよび前記第2の末端オリゴヌクレオチドが対合して第1の骨格ステム領域を形成し、前記パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドおよび前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドが対合して二本鎖マイクロRNA領域を形成し、前記第1の中央オリゴヌクレオチドおよび前記第3の中央オリゴヌクレオチドが対合して第2の骨格ステム領域を形成し、前記第1の骨格ステム領域、前記二本鎖マイクロRNA領域、および前記第2の骨格ステム領域が一緒にステム構造を形成し、前記第2の中央オリゴヌクレオチドがループ構造を形成する、単離されたRNA分子を提供するものである。
【0009】
前記二本鎖マイクロRNA領域は、ミスマッチまたはバルジを含んでもよい。
【0010】
前記第1の中央オリゴヌクレオチドと前記第2の中央オリゴヌクレオチドとの間、または前記第2の中央オリゴヌクレオチドと前記第3の中央オリゴヌクレオチドとの間に、1~10ヌクレオチドからなるスペーサーオリゴヌクレオチドがさらに含まれてもよい。
【0011】
また、本発明は、一実施形態によれば、上記単離されたRNA分子もしくはその相補配列からなるRNA分子またはそれらをコードするDNA分子を含む発現ベクターを提供するものである。
【0012】
前記発現ベクターは、RNAウイルスベクターであることが好ましく、細胞質型RNAウイルスベクターであることがさらに好ましく、センダイウイルスベクターであることが特に好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る人工マイクロRNA前駆体を含んでなる単離されたRNA分子は、従来用いられているDNAプラスミドベクターのみならず、細胞質型RNAウイルスベクターからも高効率で人工miRNA/siRNAを発現させることができる。そのため、細胞質型RNAウイルスベクターと組み合わせて用いることにより、宿主細胞に悪影響を及ぼすことなく高効率で人工miRNA/siRNAを発現させることができ、有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、miRNAを発現させるためのSeVベクターのゲノム構成を示す模式図である。
【
図2】
図2は、SeVベクター(SeV-124)を導入したHCT116細胞におけるmiR-124の発現レベルを示すグラフである。
【
図3】
図3は、
図2の細胞にレポーター遺伝子を導入し、miR-124の遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【
図4】
図4は、SeVベクター(SeV-302-367)を導入したHCT116細胞におけるmiR-302a、miR-302b、miR-302c、miR-302dおよびmiR-367の発現レベルを示すグラフである。
【
図5】
図5は、
図4の細胞にレポーター遺伝子を導入し、miR-302aの遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【
図6】
図6は、
図4の細胞にレポーター遺伝子を導入し、miR-367の遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【
図7】
図7は、SeVベクター(SeV-302-367)によりmiR-302-367クラスターを導入したHCT116細胞におけるmiR-302a、miR-302b、miR-302c、miR-302dおよびmiR-367の発現レベルを、ヒトiPS細胞における発現レベルと比較したグラフである。
【
図8】
図8は、HCT116細胞にレトロウイルスベクター(Retro-302-367)またはSeVベクター(SeV-302-367)によりmiR-302-367クラスターを導入した場合の、各miRNAの発現レベルを比較したグラフである。
【
図9】
図9は、miR-367前駆体の二次構造を示す図である。
【
図10】
図10は、miR-367前駆体から発現させたmiR-367の遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【
図11】
図11は、人工miR-124前駆体(1)の二次構造を示す図である。
【
図12】
図12は、人工miR-124前駆体(1)から発現させたmiR-124の遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【
図13】
図13は、人工miR-124前駆体(2)の二次構造を示す図である。
【
図14】
図14は、人工miR-124前駆体(2)から発現させたmiR-124の遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【
図15】
図15は、種々のpre-miR骨格をベースとしたホタルルシフェラーゼ標的人工miRNA前駆体の二次構造を示す図である。
【
図16】
図16は、
図15に示された各種人工miRNA前駆体を含むSeVベクターから産生されたホタルルシフェラーゼ人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【
図17】
図17は、
図15に示された各種人工miRNA前駆体を含むCMVプラスミドベクターから産生されたホタルルシフェラーゼ人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【
図18】
図18は、EGFP標的人工miRNA前駆体(pre-miR-367骨格)の二次構造を示す図である。
【
図19】
図19は、
図18に示された人工miRNA前駆体を含むSeVベクターから産生されたEGFP人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を、EGFPの蛍光強度により評価したグラフである。
【
図20】
図20は、マウスp53標的人工miRNA前駆体(pre-miR-367骨格)の二次構造を示す図である。
【
図21】
図21は、
図20に示された人工miRNA前駆体を含むSeVベクターから産生されたマウスp53人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【
図22】
図22は、リプログラミング因子(KLF4、OCT4、SOX2)発現SeVベクター、および、リプログラミング因子(KLF4、OCT4、SOX2)+p53標的人工miRNA発現SeVベクターの、ゲノム構成を示す模式図である。
【
図23】
図23は、
図22に示されたベクターの導入による細胞リプログラミング効率を、SSEA1の発現に基づいて評価したグラフである。
【
図24】
図24は、マウスp53標的人工miRNA前駆体を含むSeVベクターから産生されたp53人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を、ルシフェラーゼ活性に基づいて評価したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は本明細書中に説明した実施形態に限定されるものではない。
【0016】
本発明は、第一の実施形態によれば、人工マイクロRNA前駆体を含んでなる単離されたRNA分子であって、前記人工マイクロRNA前駆体が、5’→3’方向に、第1の末端オリゴヌクレオチド、パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチド、CYG(配列番号2)からなる第1の中央オリゴヌクレオチド、ここで、Yは、CまたはUであり、UUGAAUAKAAAU(配列番号3)と少なくとも70%の相同性を有するヌクレオチド配列からなる第2の中央オリゴヌクレオチド、ここで、Kは、GまたはUであり、YGG(配列番号4)からなる第3の中央オリゴヌクレオチド、ここで、Yは、CまたはUであり、ガイド鎖オリゴヌクレオチド、および第2の末端オリゴヌクレオチドを含み、ここで、前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドが、標的遺伝子のmRNAの標的配列に対して相補性を有する17~29ヌクレオチドからなり、前記パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドが、前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドと同じ長さまたは前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドよりも1~3ヌクレオチド短い長さを有し、前記第1の末端オリゴヌクレオチドは、AGGCCR(配列番号1)またはその1~3個のヌクレオチドが置換されたヌクレオチド配列からなり、ここで、Rは、AまたはGであり、前記第2の末端オリゴヌクレオチドは、UGGAYYK(配列番号5)またはその1~3個のヌクレオチドが置換されたヌクレオチド配列からなり、ここで、Yは、それぞれ独立に、CまたはUであり、Kは、GまたはUであり、前記第1の末端オリゴヌクレオチドおよび前記第2の末端オリゴヌクレオチドが対合して第1の骨格ステム領域を形成し、前記パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドおよび前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドが対合して二本鎖マイクロRNA領域を形成し、前記第1の中央オリゴヌクレオチドおよび前記第3の中央オリゴヌクレオチドが対合して第2の骨格ステム領域を形成し、前記第1の骨格ステム領域、前記二本鎖マイクロRNA領域、および前記第2の骨格ステム領域が一緒にステム構造を形成し、前記第2の中央オリゴヌクレオチドがループ構造を形成する、単離されたRNA分子である。
【0017】
本実施形態において、「単離された」とは、本実施形態のRNA分子が他の核酸を実質的に含まないように精製された状態、すなわち、本実施形態のRNA分子が、少なくとも90%、好ましくは少なくとも95%、特に好ましくは99%以上の純度であることを意味する。
【0018】
本実施形態において、「人工マイクロRNA前駆体」とは、既知または野生型のマイクロRNA(以下、「miRNA」とも記載する)前駆体の骨格を模倣したRNA分子であって、天然もしくは人工のmiRNAまたはsiRNAを発現する、天然には存在しないRNA分子を意味する。なお、本実施形態における人工miRNA前駆体には、pri-miRNAおよびpre-miRNAのいずれもが含まれ得る。
【0019】
本実施形態における人工miRNA前駆体は、第1の構成部分として、第1の末端オリゴヌクレオチドおよび第2の末端オリゴヌクレオチドが対合して形成される、第1の骨格ステム領域を含む。ここで、「対合する」とは、2つのオリゴヌクレオチド間で塩基対が形成されることを意味し、塩基対には、G:CおよびA:Uのみならず、ゆらぎ塩基対(G:U)も含まれてよい。本実施形態において、人工miRNA前駆体における第1の骨格ステム領域は、マウスおよびヒトのmiR-367前駆体の骨格に基づいており、マウスまたはヒトのmiR-367前駆体の骨格の対応する部分と完全に同一であるか、または実質的に同一であってよい。ここで、「実質的に同一」とは、当該ステム領域の全体構造には影響しない程度に、例えば1~3個程度のヌクレオチド置換が含まれることを意味する。
【0020】
すなわち、第1の末端オリゴヌクレオチドは、AGGCCR(配列番号1)またはその1~3個のヌクレオチドが置換されたヌクレオチド配列からなり、第2の末端オリゴヌクレオチドは、UGGAYYK(配列番号5)またはその1~3個のヌクレオチドが置換されたヌクレオチド配列からなる。ここで、配列番号1のヌクレオチドにおいて、Rは、AまたはGであり、配列番号5のヌクレオチドにおいて、Yは、それぞれ独立に、CまたはUであり、Kは、GまたはUである。ヌクレオチド置換の位置および種類は、特に限定されず、第1の骨格ステム領域の全体構造が維持される限り任意であってよい。好ましくは、第1の末端オリゴヌクレオチドは、AGGCCG(配列番号6)またはAGGCCA(配列番号7)からなってよく、第2の末端オリゴヌクレオチドは、UGGACCU(配列番号8)またはUGGAUUG(配列番号9)からなってよい。
【0021】
本実施形態における人工miRNA前駆体は、第2の構成部分として、パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドおよび前記ガイド鎖オリゴヌクレオチドが対合して形成される二本鎖マイクロRNA領域を含む。ここで、「ガイド鎖」とは、二本鎖miRNAのうち、成熟miRNAとなる鎖(すなわち、siRNAにおけるアンチセンス鎖)を意味し、「パッセンジャー鎖」とは、二本鎖miRNAから取り除かれ分解される鎖(すなわち、siRNAにおけるセンス鎖)を意味する。
【0022】
本実施形態において、ガイド鎖オリゴヌクレオチドは、標的遺伝子のmRNA中の標的配列に対して相補性を有する17~29ヌクレオチドからなり、好ましくは19~25ヌクレオチドからなり、特に好ましくは21~23ヌクレオチドからなり、最も好ましくは22ヌクレオチドからなる。なお、標的遺伝子のmRNA中の標的配列は、当分野ですでに確立されている人工miRNA/siRNAの設計方法に基づいて、標的遺伝子の発現を特異的に抑制できるように、適宜選択され得る。
【0023】
本実施形態におけるガイド鎖オリゴヌクレオチドは、標的遺伝子の発現を完全に抑制しようとする場合には、標的配列に対して完璧または完全な(すなわち100%の)相補性を有する配列からなることが好ましいが、標的遺伝子の発現を弱~中程度抑制しようとする場合には、標的遺伝子のmRNAを特異的に認識できる程度の相補性を有する配列であればよい。したがって、本実施形態におけるガイド鎖オリゴヌクレオチドは、標的遺伝子のmRNA中の標的配列に対して、少なくとも60%、70%、80%、85%、90%、95%、99%、または100%の配列相補性を有していればよい。言い換えれば、本実施形態におけるガイド鎖オリゴヌクレオチドは、標的遺伝子のmRNA中の標的配列に対して完全に相補的な配列において、例えば10個以下、8個以下、6個以下、5個以下、4個以下、3個以下、2個または1個のヌクレオチドが置換されたものであってよい。なお、配列の相補性は、当分野における慣用の計算アルゴリズム(NCBI BLASTなど)を用いて計算することができる。
【0024】
本実施形態において、パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドは、ガイド鎖オリゴヌクレオチドと同じ長さからなるか、ガイド鎖オリゴヌクレオチドよりも1~3ヌクレオチド短い長さを有する。すなわち、ガイド鎖オリゴヌクレオチドが22ヌクレオチドからなる場合には、パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドは19~22ヌクレオチドからなる。本実施形態において、パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドは、ガイド鎖オリゴヌクレオチドに対して100%の相補性を有していることが好ましいが、パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドとガイド鎖オリゴヌクレオチドとが対合して二本鎖を形成できることを限度として、例えば1個、2個、3個、4個または5個のミスマッチまたはバルジを含むことができる。ミスマッチまたはバルジの位置は任意であってよいが、好ましくは、マウスおよびヒトのmiR-367前駆体におけるミスマッチまたはバルジに相当する位置であることができ、すなわち、ガイド鎖オリゴヌクレオチドの5’末端から2番目、8番目および/または9番目の位置であることが好ましい。
【0025】
本実施形態における人工miRNA前駆体は、第3の構成部分として、CYG(配列番号2)からなる第1の中央オリゴヌクレオチドおよびYGG(配列番号4)からなる第3の中央オリゴヌクレオチドが対合して形成される、第2の骨格ステム領域を含む。ここで、配列番号2および4のヌクレオチドにおいて、Yは、それぞれ独立に、CまたはUである。本実施形態において、人工miRNA前駆体における第2の骨格ステム領域は、マウスおよびヒトのmiR-367前駆体の骨格に基づいており、マウスおよびヒトのmiR-367前駆体の骨格の対応する部分と完全に同一であるか、または実質的に同一であってよい。好ましくは、第1の中央オリゴヌクレオチドは、CUG(配列番号10)からなってよく、第3の中央オリゴヌクレオチドは、UGG(配列番号11)からなってよい。
【0026】
本実施形態における人工miRNA前駆体では、第1の骨格ステム領域、二本鎖miRNA領域、および第2の骨格ステム領域が一緒にステム構造を形成する。このとき、ステム構造は、第1の骨格ステム領域、二本鎖miRNA領域、および第2の骨格ステム領域のみから構成されてもよいし、第1の骨格ステム領域と二本鎖miRNA領域との間、および/または二本鎖miRNA領域と第2の骨格ステム領域との間に、全体のステム構造に影響しない程度のヌクレオチドの挿入があってもよい。すなわち、第1の末端オリゴヌクレオチドとパッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドとの間、パッセンジャー鎖オリゴヌクレオチドと第1の中央オリゴヌクレオチドとの間、第3の中央オリゴヌクレオチドとガイド鎖オリゴヌクレオチドとの間、および/またはガイド鎖オリゴヌクレオチドと第2の末端オリゴヌクレオチドとの間には、数個(例えば、1個、2個、または3個)のヌクレオチドの挿入が許容され得る。本実施形態において、人工miRNA前駆体のステム構造は、各領域が直接連結されて、第1の骨格ステム領域、二本鎖miRNA領域、および第2の骨格ステム領域のみから構成されることが好ましい。
【0027】
本実施形態における人工miRNA前駆体は、第4の構成部分として、UUGAAUAKAAAU(配列番号3)と少なくとも70%の相同性を有するヌクレオチド配列からなる第2の中央オリゴヌクレオチドを含む。ここで、配列番号3のヌクレオチドにおいて、Kは、GまたはUである。本実施形態における第2の中央オリゴヌクレオチドは、マウスおよびヒトのmiR-367前駆体の骨格に基づいており、マウスおよびヒトのmiR-367前駆体と同様のループ構造が形成されればよい。そのため、本実施形態における第2の中央オリゴヌクレオチドは、UUGAAUAKAAAU(配列番号3)からなるヌクレオチド配列と少なくとも70%または80%の相同性を有するヌクレオチド配列からなってよく、好ましくは90%以上、特に好ましくは100%の相同性を有するヌクレオチド配列からなってよい。言い換えれば、本実施形態における第2の中央オリゴヌクレオチドは、UUGAAUAKAAAU(配列番号3)からなるヌクレオチド配列において、例えば4個以下、3個以下、2個または1個のヌクレオチドが置換、欠失または挿入されたものであってよい。好ましくは、第2の中央オリゴヌクレオチドは、UUGAAUAGAAAU(配列番号12)またはUUGAAUAUAAAU(配列番号13)からなってよい。
【0028】
本実施形態において、第1の中央オリゴヌクレオチド、第2の中央オリゴヌクレオチド、および第3の中央オリゴヌクレオチドは、直接連結されることが好ましいが、第1の中央オリゴヌクレオチドと第2の中央オリゴヌクレオチドとの間、または第2の中央オリゴヌクレオチドと第3の中央オリゴヌクレオチドとの間に、1~10ヌクレオチド、1~5ヌクレオチド、または1~3ヌクレオチドからなるスペーサーオリゴヌクレオチドが含まれてもよい。スペーサーオリゴヌクレオチドは任意の配列であってよいが、UUGAAUAKAAAU(配列番号3)からなるヌクレオチド配列との間で塩基対を形成しない配列であることが好ましい。
【0029】
本実施形態の単離されたRNA分子は、上記にしたがって設計された人工miRNA前駆体の5’末端および/または3’末端に、任意選択的にフランキング配列が付加されることにより調製されてよい。なお、フランキング配列は、当該単離されたRNA分子を組み込む発現ベクターに応じて、適宜決定されることができる。また、フランキング配列は天然のmiR-367前駆体のフランキング配列に相当する配列を含んでもよく、その長さは、例えば1~100ヌクレオチド、1~50ヌクレオチド、1~40ヌクレオチドであってよく、好ましくは15~25ヌクレオチドであってよい。
【0030】
本実施形態の単離されたRNA分子は、当分野において公知の方法により、化学合成または遺伝子工学的手法により生合成することができる。例えば、本実施形態の単離されたRNA分子は、鋳型となるDNAを調製し、それをRNAポリメラーゼにより転写することによって製造することができる。なお、本実施形態の単離されたRNA分子は、すべてRNAから構成されてもよいし、その一部に修飾RNAが含まれてもよい。修飾RNAとしては、例えば、ホスホロチオエート化RNA、ボラノホスフェート化RNA、2’-O-メチル化RNA、2’-F化RNA、2’,4’-BNA(別名LNA(Locked Nucleic Acid))、などが挙げられる。
【0031】
本実施形態の単離されたRNA分子またはそれをコードするDNA分子を細胞に導入することにより、人工miRNA/siRNAを発現させることができる。RNA分子またはDNA分子の細胞への導入は、細胞の種類に応じて、当分野において周知の方法により行うことができ、例えば、リポフェクション、マイクロインジェクション、エレクトロポレーションなどにより行うことができる。
【0032】
あるいは、本実施形態の単離されたRNA分子を、細胞質型RNAウイルスベクターを含む種々の発現ベクターに組み込んで細胞に導入することにより、高効率で人工miRNA/siRNAを発現させることができる。
【0033】
すなわち、本発明は、第二の実施形態によれば、上記単離されたRNA分子もしくはその相補配列からなるRNA分子またはそれらをコードするDNA分子を含む発現ベクターである。
【0034】
本実施形態において用いることができる発現ベクターの種類は、特に限定されず、ウイルスベクターまたは非ウイルスベクターのいずれも使用することができる。ウイルスベクターには、例えば、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクターなどのDNAウイルスベクターや、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、ボルナウイルスベクター、パラミクソウイルスベクターなどのRNAウイルスベクターなどが挙げられるが、これらに限定されない。また、非ウイルスベクターには、例えば、pOL1(以下の実施例において作製)、pCI Mammalian Expression Vector(Promega)、pBApo-CMV DNA(Takara Bio)などのプラスミドベクターや、pEBMulti-Hyg(FUJIFILM)などのエピソーマルベクターなどが挙げられる。
【0035】
本実施形態の発現ベクターは、RNAウイルスベクターであることが好ましく、細胞質型RNAウイルスベクターであることがさらに好ましい。細胞質型RNAウイルスベクターは、例えば、センダイウイルスベクターなどのパラミクソウイルスベクター、シンドビスウイルスベクターなどのアルファウイルスベクター、ダニ媒介性脳炎ウイルスベクターなどのフラビウイルスベクター、水泡性口内炎ウイルスベクターなどのベシクロウイルスベクターなどから選択されてよい。本実施形態の発現ベクターは、特に好ましくはセンダイウイルスベクターであり得る。
【0036】
本実施形態の発現ベクターは、当分野において公知の方法により、上記単離されたRNA分子もしくはその相補配列からなるRNA分子またはそれをコードするDNA分子を、発現ベクター中のプロモーターの下流に作動可能に連結することにより調製することができる。なお、1つの発現ベクターにつき、1つまたは複数の上記単離されたRNA分子もしくはそれをコードするDNA分子が導入されてもよい。例えば、発現ベクターがセンダイウイルスベクターである場合には、遺伝子開始シグナル(gene-start signal)と遺伝子終了シグナル(gene-end signal)との間に上記単離されたRNA分子を挿入すればよく、1つのセンダイウイルスベクターにつき、遺伝子開始シグナルと遺伝子終了シグナルとの間に挿入された上記単離されたRNA分子を、例えば1~10個、1~5個、1~3個、2個または1個導入することができる。
【0037】
本実施形態の発現ベクターの細胞への導入は、細胞および発現ベクターの種類に応じて、当分野において周知の方法により行うことができる。非ウイルスベクターであれば、例えば、リポフェクション、エレクトロポレーション、マイクロインジェクションなどにより導入することができる。ウイルスベクターであれば、適切な力価または多重感染度(MOI)において細胞に感染させることにより導入することができる。
【0038】
第一の実施形態における単離されたRNA分子および第二の実施形態における発現ベクターは、従来の人工miRNA/siRNA発現系と比較して顕著に高い効率により人工miRNA/siRNAを発現させることができ、有用である。
【実施例】
【0039】
以下に実施例を挙げ、本発明についてさらに説明する。なお、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0040】
<1.センダイウイルスベクターからの各種miRNAの発現>
(1-1)miRNA発現ベクターの作製
センダイウイルス(SeV)ベクターに種々の天然miRNA前駆体を導入し、miRNAの発現レベルおよび遺伝子ノックダウン効果を評価した。SeVベクターには、SeVdpベクター(J.Biol.Chem.,(2011),Vol.286,No.6,pp.4760-4771)を用いた。SeVdpベクターのP/C/V遺伝子の下流に、選択マーカーであるブラストサイジン耐性遺伝子(ブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子;pCX4bsrプラスミド(Proc. Natl. Acad. Sci. USA,(2003),Vol.100,No.23,pp.13567-13572)を鋳型としたPCRにより調製)および発現マーカーであるEGFP遺伝子(pEGFP-1プラスミド(Takara Bio)を鋳型としたPCRにより調製)を導入し、さらに、その下流にmiR-124遺伝子またはmiR-302-367クラスターを導入して、miR-124発現ベクター(SeV-124)およびmiR-302-367発現ベクター(SeV-302-367)を調製した。miR-124遺伝子およびmiR-302-367クラスターは、C57BL/6Jマウス胎児由来線維芽細胞(MEF)から抽出したゲノムDNAを鋳型としたPCRにより調製した。また、miRNA遺伝子を含有しないベクター(SeV-Ctrl)を陰性対照として調製した。SeV-124、SeV-302-367、およびSeV-Ctrlのゲノム構成を
図1に示す。
【0041】
また、miR-302-367クラスターを導入したレトロウイルスベクター(Retro-302-367)を以下の手順により調製した。pCX4purプラスミド(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,(2003),Vol.100,No.23,pp.13567-13572)のBamHIおよびNotI部位に、MEFからクローニングされたmiR-302-367クラスターを導入した。得られたプラスミドベクターをpVPack-GP(Agilent)およびpVPack-Ampho(Agilent)とともに、FuGENEHD(Promega)を用いてHEK293T細胞にトランスフェクションした。3日後に培養上清を回収し、0.45μmフィルターでろ過することで、miR-302-367発現レトロウイルスベクターを調製した。
【0042】
(1-2)miRNAの発現レベルの定量
SeVベクターは、MOI=5でHCT116細胞に感染させ、翌日から10μg/mlブラストサイジンSを培地に添加して培養することにより、SeVベクターゲノムを安定に保持する細胞を選択した。また、レトロウイルスベクターは、1×109コピーのベクターを4μg/mlポリブレン存在下でHCT116細胞に感染させ、3日後に0.2μg/mlのピューロマインシンを培地に添加して培養することにより、導入したmiRNAを安定に発現する細胞を選択した。これらの細胞から、ISOGEN試薬(ニッポンジーン)を用いてtotal RNAを抽出し、TaqMan MicroRNA Assays(Applied Biosystems)を用いて各miRNAについてのRT-qPCRを行った。RT反応にはTaqMan MicroRNA Revese Transcription Kit(Applied Biosystems)を、qPCRにはTaqMan Universal PCR Master Mix II,no UNG(Applied Biosystems)を使用した。各miRNAのCq(quantification cycle)値をRNU48(内在性コントロール遺伝子)のCq値でノーマライズしたΔΔCt法により、各miRNAの発現レベルを評価した。RT-qPCRに用いたTaqMan MicroRNA Assaysを以下に示す。
【0043】
表1.RT-qPCRのためのTaqMan MicroRNA Assays
【表1】
【0044】
(1-3)miRNAの遺伝子ノックダウン効果の評価
miRNAの遺伝子ノックダウン効果を評価するために、ホタルルシフェラーゼ(FLuc)遺伝子およびウミシイタケルシフェラーゼ(RLuc)遺伝子を含むpsiCHECK-2 vector(Promega)のRLuc遺伝子の3’非翻訳領域に対してmiRNAに完全な相補性を有する標的配列を組み込んだレポーターベクターを作製した。このレポーターベクターからは、FLucおよびRLucが発現されるが、miRNAによる遺伝子ノックダウンが起こると、RLucの発現のみが減少する。このため、RLuc/FLucの相対値を算出することで、レポーターベクターのトランスフェクション効率を補正した、RLucの活性を測定することができる。
【0045】
上記レポーターベクターを、上記(1-2)で調製された細胞にLipofectamine2000試薬(ThermoFisher Scientific)によりトランスフェクションした。その後、約22~25時間後に、Dual-LuciferaseRepoter AssaySystem(Promega)によりFLucおよびRLucの活性を測定し、RLuc活性の相対値(以下、「RLuc/FLuc値」と表記する)を算出した。コントロールとして、miRNAの標的配列に代えて、miRNAの標的とならないスクランブル配列を組み込んだベクターをトランスフェクションして得られた陰性対照細胞について、同様にルシフェラーゼ活性を評価した。スクランブル配列はsiRNA Wizard v3.1 Software(InvivoGen)を利用して設計した。陰性対照細胞におけるRLuc/FLuc値を1.0とした場合の、レポーターベクター導入細胞におけるRLuc/FLucの相対値を算出することにより、レポータールシフェラーゼであるRLucの活性に基づいて各miRNAの遺伝子ノックダウン効果を評価した。各miRNAの標的配列およびそれに対応するスクランブル配列を以下に示す。
【0046】
表2.miRNAの標的配列およびそれに対応するスクランブル配列
【表2】
【0047】
結果を
図2~6に示す。SeV-124の導入により、HCT116細胞におけるmiR-124の発現レベルは約20倍に上昇し(
図2)、RLuc活性を約53%抑制した(
図3)。また、SeV-302-367の導入により、HCT116細胞におけるmiR-302a、miR-302b、miR-302c、miR-302dおよびmiR-367の発現レベルは約900~20000倍に上昇し(
図4)、例えばmiR-302aは、RLuc活性を約52%抑制した(
図5)。とりわけ、miR-367は高い標的遺伝子ノックダウン効果を示し、RLuc活性を約96%抑制した(
図6)。
【0048】
また、上記(1-2)と同様の手順によりヒトiPS細胞(PLOS ONE,(2016),Vol.11,No.10,e0164720)におけるmiR-302a、miR-302b、miR-302c、miR-302dおよびmiR-367の発現レベルを定量し、SeV-302-367を導入したHCT116細胞におけるそれらの発現レベルと比較した結果を
図7に示す。SeV-302-367を導入したHCT116細胞におけるmiR-302a、miR-302b、miR-302cおよびmiR-302dの発現レベルは、iPS細胞におけるそれらの発現レベルと比較して圧倒的に低かったのに対し、miR-367の発現レベルは、両細胞間でそれほど大きな差はなかった。
【0049】
さらに、Retro-302-367を導入したHCT116細胞におけるmiR-302a、miR-302b、miR-302c、miR-302dおよびmiR-367の発現レベルと、SeV-302-367を導入したHCT116細胞におけるそれらの発現レベルとを比較した結果を
図8に示す。miR-302a、miR-302b、miR-302cおよびmiR-302dの発現レベルは、Retro-302-367とSeV-302-367との間で大きな差はみられなかったのに対し、miR-367の発現レベルは、SeV-302-367導入細胞の方が顕著に高かった。
【0050】
以上の結果から、SeVベクターからのmiR-367の発現効率が特に高い可能性が示唆された。
【0051】
<2.SeV-367から発現させたmiR-367の遺伝子ノックダウン効果>
上記(1-1)と同様の手順により、miR-302-367クラスターに代えてmiR-367前駆体(
図9)のみを導入したSeV発現ベクター(SeV-367)を調製し、上記(1-2)と同様の手順によりHCT116細胞に発現ベクターを導入し、上記(1-3)と同様の手順により、遺伝子ノックダウン効果を評価した。
【0052】
結果を
図10に示す。SeV-367を導入したHCT116細胞においても、SeV-302-367を導入したHCT116細胞における場合と同様に、極めて高い標的遺伝子ノックダウン効果が確認された。この結果から、miR-367前駆体のみを組み込んだSeVベクターからでもmiR-367を高レベルで発現させることができることが示された。
【0053】
<3.miR-367前駆体ベースの人工miR-124前駆体からのmiR-124の発現>
miR-367前駆体の二次構造に基づく人工miRNA前駆体として、miR-367前駆体の二次構造を完全に維持しつつ、miR-367配列をmiR-124配列に置き換えた人工miR-124前駆体(1)と、miR-367前駆体の骨格を維持しつつ、二本鎖miR領域にミスマッチ/バルジを含まないように、人工miR-124前駆体(1)をさらに改変した人工miR-124前駆体(2)を設計した。人工miR-124前駆体(1)および(2)のヌクレオチド配列を表3に、二次構造を
図11および
図13に示す。図中、miR-124配列を太字で示す。なお、二次構造は、mfold web server(Nucleic Acids Res.,(2003),Vol.31,No.13,pp.3406-3415)を利用して予測した。
【0054】
表3.人工miR-124前駆体のヌクレオチド配列
【表3】
【0055】
上記(1-1)と同様の手順により、人工miR-124前駆体(1)または人工miR-124前駆体(2)を組み込んだSeV発現ベクターを調製し、上記(1-2)と同様の手順によりHCT116細胞に発現ベクターを導入して、上記(1-3)と同様の手順により遺伝子ノックダウン効果を評価した。
【0056】
人工miR-124前駆体(1)の結果を
図12に、人工miR-124前駆体(2)の結果を
図14に示す。人工miR-124前駆体(1)はRLuc活性を約77%抑制し、人工miR-124前駆体(2)はRLuc活性を約86%抑制した。これらの結果から、miR-367前駆体を利用することで高い活性を持つ異なる種類のmiRNAを発現できることが確かめられた。
【0057】
<4.pre-miR-367ベースの人工miRNA前駆体から発現させた人工miRNAの標的遺伝子ノックダウン効果(1)>
以下の手順により、様々な天然miRNA前駆体の骨格をベースとしてFLuc遺伝子を標的とする人工miRNA前駆体を作製し、それらから発現されるFLuc標的人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を比較した。
【0058】
(4-1)SeVベクターからの人工miRNAの発現
非特許文献1に記載されたmiRNA前駆体(pre-miR-30)、非特許文献2に記載されたmiRNA前駆体(pre-miR-155)、およびマウス由来の天然のmiRNA前駆体(pre-miR-367、pre-miR-124、およびpre-miR-302a)の骨格をベースとして、それらの二次構造を模倣した、FLuc標的人工miRNA前駆体を設計した。人工miRNAの配列として、Elbashir et al.(Nature,(2001),Vol.411,No.6836,pp.494-498)に記載された、FLucのmRNA中の標的配列に対して完全に相補的な配列を用いた。FLuc標的人工miRNA前駆体のヌクレオチド配列を表4に、二次構造を
図15に示す。図中、FLuc遺伝子を標的とするmiRNA配列を太字で示す。
【0059】
【0060】
上記(1-1)と同様の手順により、人工miRNA前駆体のそれぞれを組み込んだSeV発現ベクターを調製し、上記(1-2)と同様の手順によりHCT116細胞に発現ベクターを導入した後、ブラストサイジンSによりセレクションを行った。さらに、FLucをコードする配列を含むpGL3-Controlベクター(Promega)およびRLucをコードする配列を含むpRL-TKベクター(Promega)をLipofectamine2000試薬を用いて細胞に導入し、約24時間後にFLucおよびRLucの活性を測定し、FLuc活性の相対値(以下、「FLuc/RLuc値」と表記する)を算出した。人工miRNA前駆体を組み込んだSeV発現ベクターに代えてSeV-Ctrlを用いた以外は同様にして調製された細胞におけるFLuc/RLuc値を1.0として、各人工miRNAを組み込んだSeV発現ベクターを導入した細胞におけるFLuc/RLucの相対値を算出することにより、各人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を評価した。
【0061】
結果を
図16に示す。pre-miR-367ベースの人工miRNA前駆体を組み込んだSeVベクターから発現させた人工miRNAが、最も高い遺伝子ノックダウン効果を示すことが確認された。
【0062】
(4-2)プラスミドベクターからの人工miRNAの発現
SeVベクターに代えて、pOL1プラスミドのサイトメガロウイルス(CMV)プロモーターの下流に、
図15に示した人工miRNA前駆体のそれぞれを組み込んだプラスミドベクターを作製した。pOL1は、pON1(PLOS ONE,(2016),Vol.11,No.10,e0164720)のゼオシン耐性遺伝子をネオマイシン耐性遺伝子に置換して作製した。人工miRNA前駆体を組み込んだCMVプラスミドベクター、pGL3-ControlベクターおよびpRL-TKベクターを、Lipofectamine2000試薬を用いてHCT116細胞に導入した。約24時間後にFLucおよびRLucの活性を測定し、FLuc/RLuc値を算出した。人工miRNA前駆体を組み込んだCMVプラスミドベクターに代えて、人工miRNA前駆体を含有しないCMVプラスミドベクターを用いた以外は同様にして調製された細胞(陰性対照)におけるFLuc/RLuc値を1.0として、各人工miRNAを組み込んだプラスミドベクターを導入した細胞におけるFLuc/RLucの相対値を算出することにより、各人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を評価した。
【0063】
結果を
図17に示す。CMVプラスミドベクターの場合でも、pre-miR-367ベースの人工miRNA前駆体から発現させた人工miRNAが、最も高い遺伝子ノックダウン効果を示すことが確認された。これらの結果から、発現ベクターの種類にかかわらず、pre-miR-367ベースの人工miRNA前駆体を用いることにより、人工miRNAを高レベルで発現させることができ、高い遺伝子ノックダウン効果を得ることができることが示された。
【0064】
<5.pre-miR-367ベースの人工miRNA前駆体から発現させた人工miRNAの標的遺伝子ノックダウン効果(2)>
pre-miR-367の骨格をベースとして、その二次構造を模倣した、EGFPを標的とする人工miRNA前駆体を作製し、それを組み込んだSeVベクターから発現されるEGFP標的人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を評価した。人工miRNAの配列として、EGFPのmRNA中の標的配列に対して完全に相補的な配列(NCBI:Pr008808666)を用いた。EGFP標的人工miRNA前駆体のヌクレオチド配列を表5に、二次構造を
図18に示す。図中、EGFP遺伝子を標的とするmiRNA配列を太字で示す。
【0065】
【0066】
上記(1-1)と同様の手順により、EGFP標的人工miRNA前駆体、選択マーカーであるハイグロマイシン耐性遺伝子(ハイグロマイシンBホスフォトランスフェラーゼ遺伝子、人工遺伝子合成(GenScript)より入手)、および発現マーカーであるKeima-Red遺伝子(phdKeima-Red-S1プラスミド(Medical&Biological Labolatries)を鋳型としたPCRにより調製)を組み込んだSeVベクターを調製した。上記(1-2)と同様の手順によりHCT116細胞に発現ベクターを導入し、翌日から100μg/mlハイグロマイシンBを培地に添加し、SeVベクターゲノムを安定に保持する細胞を選択した。得られた細胞に、pEGFP-N1プラスミド(Clontech)およびE2-Crimson発現プラスミドをLipofectamine2000試薬を用いて導入した。翌日、フローサイトメトリーにより、EGFPおよびE2-Crimsonの蛍光強度を測定した。また、EGFP標的人工miRNA前駆体を組み込んだSeV発現ベクターに代えて、FLuc標的人工miRNA前駆体を組み込んだSeV発現ベクターを用いた以外は同様にして蛍光強度を測定した(陰性対照)。陰性対照におけるE2-Crimson陽性細胞中のEGFPの蛍光強度を1.0として相対値を算出することにより、EGFP標的人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を評価した。なお、E2-Crimson発現プラスミドは、pOL1のCMVプロモーターの下流にE2-Crimson遺伝子を組み込むことで作製した(E2-Crimson遺伝子、pE2-Crimson(Clontech)を鋳型としたPCRにより調製)。
【0067】
結果を
図19に示す。pre-miR-367ベースの人工miRNA前駆体から発現させたEGFP標的人工miRNAは、EGFPの蛍光強度を約73%減少させ、高い遺伝子ノックダウン効果を示すことが確認された。
【0068】
<6.pre-miR-367ベースの人工miRNA前駆体から発現させた人工miRNAの標的遺伝子ノックダウン効果(3)>
pre-miR-367の骨格をベースとして、その二次構造を模倣した、マウスp53を標的とする人工miRNA前駆体を作製し、それを組み込んだSeVベクターから発現されるマウスp53標的人工miRNAの遺伝子ノックダウン効果を評価した。人工miRNAの配列として、Dirac andBernards(J.Biol.Chem.,(2003),Vol.278,No.14,pp.11731-11734)に記載された、マウスp53のmRNA中の標的配列に対して完全に相補的な配列を用いた。マウスp53標的人工miRNA前駆体のヌクレオチド配列を表6に、二次構造を
図20に示す。図中、マウスp53遺伝子を標的とするmiRNA配列を太字で示す。
【0069】
【0070】
上記(1-1)と同様の手順により、マウスp53標的人工miRNA前駆体(1)、ハイグロマイシン耐性遺伝子およびKeima-Red遺伝子を組み込んだSeVベクター:SeV-p53標的人工miRNAを調製した。上記(1-2)と同様の手順によりHCT116細胞に発現ベクターを導入し、翌日から100μg/mlハイグロマイシンBを培地に添加し、SeVベクターゲノムを安定に保持する細胞を選択した。得られた細胞に、上記(1-3)と同様の手順により、マウスp53標的配列をRLuc遺伝子の3’非翻訳領域に組み込んだレポータープラスミドを導入し、遺伝子ノックダウン効果を評価した。マウスp53標的配列およびそれに対応するスクランブル配列を以下に示す。
【0071】
表7.p53標的配列およびそれに対応するスクランブル配列
【表7】
【0072】
結果を
図21に示す。pre-miR-367ベースのマウスp53標的人工miRNA前駆体から発現させたマウスp53標的人工miRNAは、レポーターRLuc活性を約91%減少させ、高い標的遺伝子ノックダウン効果を示すことが確認された。
【0073】
さらに、マウスp53のmRNA中の異なる部位を標的とする人工miRNA前駆体を作製した。マウスp53標的人工miRNA前駆体(2)および(3)のヌクレオチド配列を表8に示す。
【0074】
【0075】
上記(1-1)と同様の手順により、各種マウスp53標的人工miRNA前駆体、ブラストサイジン耐性遺伝子およびEGFPを組み込んだSeVベクター:SeV-p53標的人工miRNA(1)、SeV-p53標的人工miRNA(2)およびSeV-p53標的人工miRNA(3)を調製した。上記(1-2)と同様の手順によりHCT116細胞に発現ベクターを導入し、翌日から10μg/mlブラストサイジンを培地に添加し、SeVベクターゲノムを安定に保持する細胞を選択した。得られた細胞に、上記(1-3)と同様の手順により、マウスp53の全長オープンリーディングフレームをRLuc遺伝子の3’非翻訳領域に組み込んだレポータープラスミドを導入し、遺伝子ノックダウン効果を評価した。
【0076】
結果を
図24に示す。いずれのp53標的人工miRNAもレポーターRLuc活性を効率よく抑制した。このことから、SeVベクターから発現する人工miRNAの効果は、特異的な標的配列のみに限定されるものではないことが確かめられた。
【0077】
<7.SeV-p53標的人工miRNA前駆体を用いたiPS細胞の作製>
iPS細胞の作製のためには、一般的に、KLF4、OCT4、SOX2の3つのリプログラミング因子に加え、c-MYCを導入する。しかし、c-MYCはがん遺伝子であるため、腫瘍形成を促進するリスクがあることが問題となる。ここで、p53を標的とするshRNAを利用することによりiPS細胞誘導を促進できることが報告されているので(Nature,(2009),Vol.460,No.7259,pp.1140-1144)、c-MYC遺伝子に代えて、SeVベクターからp53標的人工miRNAを発現させることにより、iPS細胞の作製が可能かどうかを検証した。上記(1-1)と同様の手順により、マウスp53標的人工miRNA前駆体、KLF4遺伝子、OCT4遺伝子、SOX2遺伝子を組み込んだSeVベクターを調製した。KLF4遺伝子、OCT4遺伝子、SOX2遺伝子は人工遺伝子合成(GenScript)より入手した。SeV-(KOS)ベクターおよびSeV-(mip53/KOS)ベクターのゲノム構成を
図22に示す。
【0078】
MEFに、SeV-(KOS)およびSeV-(mip53/KOS)をMOI=5で導入した。翌日、ベクターが導入された細胞(1×104個)を、マイトマイシンC処理されたMEF上に播種し、マウスES培地中で培養した。14日後、多能性マーカーであるSSEA1に対する抗体(eBioScience)により免疫染色した。なお、外来遺伝子を含まないSeVベクター(SeV-empty)を導入した細胞を陰性対照とした。
【0079】
結果を
図23に示す。KLF4、OCT4、SOX2の3つのリプログラミング因子に加え、p53標的人工miRNAを発現させることにより、SSEA1(+)コロニーの形成が促進されることが示された。この結果から、pre-miR-367ベースのp53標的人工miRNA前駆体は、iPS細胞の作製に有用であることが示された。
【配列表】