(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-19
(45)【発行日】2023-12-27
(54)【発明の名称】改変アデノウイルス及びこれを含む医薬
(51)【国際特許分類】
C12N 15/34 20060101AFI20231220BHJP
C12N 7/01 20060101ALI20231220BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20231220BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20231220BHJP
A61K 35/761 20150101ALI20231220BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20231220BHJP
【FI】
C12N15/34
C12N7/01 ZNA
A61P29/00 101
A61P35/00
A61K35/761
A61K48/00
(21)【出願番号】P 2021507412
(86)(22)【出願日】2020-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2020012196
(87)【国際公開番号】W WO2020189749
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2023-01-31
(31)【優先権主張番号】P 2019053895
(32)【優先日】2019-03-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】弁理士法人IPアシスト
(72)【発明者】
【氏名】東野 史裕
【審査官】藤山 純
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-160249(JP,A)
【文献】特表2002-525063(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/302313(US,A1)
【文献】ELOIT M. et al.,Isogenic adenoviruses type 5 expressing or not expressing the E1A gene: efficiency as virus vectors in the vaccination of permissive and non-permissive species,Journal of General Virology,1995年,vol.76,p.1583-1589
【文献】HEARING P. et al.,The adenovirus type 5 E1A enhancer contains two functionally distinct domains: one is specific for E1A and the other modulates all early units in Cis,Cell,1986年,vol.45,p.229-236
【文献】MIKAWA Y. et al.,Conditionally replicative adenovirus controlled by the stabilization system of AU-rich elements containing mRNA,Cancers,2020年05月11日,vol.12,e.1205
【文献】HALBERT D. N. et al.,Adenovirus early region 4 encodes functions required for efficient DNA replication, late gene expression, and host cell shutoff,Journal of Virology,1985年,vol.56, no.1,p.250-257
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/34
C12N 7/01
A61P 29/00
A61P 35/00
A61K 35/761
A61K 48/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項16】
AU-リッチエレメントを含むmRNAの安定化が亢進している細胞が関与する疾患が悪性腫瘍又はリウマチである、請求項15に記載の医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AU-リッチエレメントを含むmRNAの安定化が亢進している細胞に対する特異的な殺細胞活性を有する、AU-リッチエレメントをコードする遺伝子が組み込まれた改変アデノウイルス及びこれを含む医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
がんの治療において、がん細胞を攻撃する有効性と、正常な細胞は攻撃しない又は患者に重い副作用を与えない安全性とを同時に確保することは、今日においても重要な課題である。この課題に対して、がん細胞に対して特異的な殺細胞効果を示すいわゆる腫瘍溶解ウイルスを用いたがんの治療法が提唱され、実用化が進められている。
【0003】
腫瘍溶解ウイルスの代表例は、Onyx-015とよばれる、E1B55Kをコードする遺伝子を欠失したアデノウイルスである(非特許文献1)。このアデノウイルスは、E1B遺伝子によってコードされる55kDaのタンパク質(E1B55K)を発現することができないウイルスであり、腫瘍抑制遺伝子p53が正常に機能しない(変異p53を発現している場合を含む)腫瘍細胞、もしくはウイルス後期遺伝子のmRNAが核外に輸送される腫瘍細胞に対して殺細胞効果を示す。しかしながら、p53が正常に機能しない腫瘍細胞はがん種全体の約50%といわれており、Onyx-015の適用範囲はこれらのがん種に制限されるという問題が指摘される。
【0004】
本発明者は、適用可能な腫瘍の範囲を拡げることを主な目的とし、腫瘍細胞ではAUリッチエレメント(AU-Rich Element、AU-リッチ配列とも呼ばれる、以下AREと表す)を含むmRNAの安定化が亢進していることに着目して、自身の複製に必須なウイルス遺伝子の3’非翻訳領域内に又は当該3’非翻訳領域に隣接する位置にAREが導入された改変ウイルス、及び改変E4orf6(Early region 4 open reading frame 6)遺伝子を有する改変アデノウイルスを提示した(特許文献1)。
【0005】
AREは、mRNAの3'末端非翻訳領域に存在するアデニン(A)とウラシル(U)に富んだ領域であり、がん遺伝子又はサイトカイン遺伝子等の増殖関連遺伝子から転写されるmRNAの3'非翻訳領域に高頻度で存在する。AREを含むmRNA(以下、ARE-mRNAと表す)は、Tristetraprolin(TTP)、Zfp36L1、Zfp36L2、AUF1、KSRP等がAREを認識して結合することで、速やかに分解されることが知られている。一方で、AREにはHuRタンパク質が結合し、様々なストレスを受けた細胞内ではHuRによりARE-mRNAが核外へ輸送され、安定化される。
【0006】
HuRは腫瘍細胞や炎症関連細胞等の特定の細胞内で安定的に細胞質に局在していることから、AREが導入された改変ウイルスは、HuRによりARE-mRNAが恒常的に安定化されるこれらの細胞において選択的に増殖し、正常細胞では増殖しないという有効性と安全性を発揮するものと期待されている。有効性と安全性、特に安全性の確保は腫瘍溶解ウイルスにおいて最も重要な課題の1つである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Bischoff et al., Science, 1996, Vol.274, pp.373-376
【特許文献】
【0008】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、標的細胞に対する殺細胞活性を有し、かつ安全性の高い改変アデノウイルスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、特許文献1に記載されたAREが導入された改変アデノウイルスにおいて、E1A(Early region 1A)遺伝子とその発現を増強するエンハンサー配列との距離を調節することで、殺腫瘍細胞活性を維持しつつ安全性を高めることができることを見出し、下記の各発明を完成させた。
【0011】
(1)E1A遺伝子、E1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサー配列、及び自己の増殖に必須のウイルス遺伝子の3'非翻訳領域内に又は当該3'非翻訳領域に隣接する位置に導入されたAU-リッチエレメントを有する改変アデノウイルスであって、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離が1500bp~4500bpである、前記改変アデノウイルス。
(2)自己の増殖に必須のウイルス遺伝子がE1A遺伝子である、(1)に記載の改変アデノウイルス。
(3)E1A遺伝子及びE1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサー配列を有し、かつ正常なE4orf6タンパク質を発現することができない改変アデノウイルスであって、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離が1500bp~4500bpである、前記改変アデノウイルス。
(4)改変アデノウイルスが、オンコドメイン内にαヘリックス構造を有するE4orf6タンパク質を発現しないように改変されたアデノウイルスである、(3)に記載の改変アデノウイルス。
(5)配列番号1に示される塩基配列又はこれがコードするアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列からなる改変E4orf6遺伝子を有する、(4)に記載の改変アデノウイルス。
(6)配列番号2に示されるアミノ酸配列をコードする改変E4orf6遺伝子を有する、(4)に記載の改変アデノウイルス。
(7)E4orf6を欠失したアデノウイルスである、(4)に記載の改変アデノウイルス。
(8)自己の増殖に必須のウイルス遺伝子の3’非翻訳領域内に又は当該3’非翻訳領域に隣接する位置に導入されたAREを有する、(3)~(7)のいずれか一項に記載の改変アデノウイルス。
(9)自己の増殖に必須のウイルス遺伝子がE1A遺伝子である、(8)に記載の改変アデノウイルス。
(10)(1)~(9)のいずれか一項に記載の改変アデノウイルスを含む、AU-リッチエレメントを含むmRNAの安定化が亢進している細胞が関与する疾患を治療するための医薬。
(11)AU-リッチエレメントを含むmRNAの安定化が亢進している細胞が関与する疾患が悪性腫瘍又はリウマチである、(10)に記載の医薬。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、標的細胞に対する殺細胞活性を有し、かつ安全性の高い改変アデノウイルスを提供することができ、またこれを含む医薬は、がんに加えてリウマチに対しても有効な治療薬となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】ヒト肺胞基底上皮腺癌由来A549細胞に改変アデノウイルスAdARET-R、野生型アデノウイルスwt300又はE1B55k欠損アデノウイルスdl1520を感染させたときのE1Aタンパク質の発現量をウェスタンブロッティング法により解析した結果を示す図である。
【
図2】改変アデノウイルスAdARET-Rの、正常細胞であるBJ細胞又はヒト子宮頸がん由来HeLa細胞に対する殺細胞活性を示すグラフである。
【
図3】改変アデノウイルスAdARET-RのHeLa細胞又はA549細胞に対する殺細胞活性を、対照のアデノウイルスAdARETと比較して示すグラフである。
【
図4】改変アデノウイルスAdARET-RのBJ細胞に対する殺細胞活性を、対照のアデノウイルスAdARETと比較して示すグラフである。
【
図5】改変アデノウイルスAdAREF-RのA549細胞におけるE1A発現量を、対照のアデノウイルスAdAREFと比較して示すグラフである。
【
図6】改変アデノウイルスAdAREF-RのHeLa細胞、A549細胞及びBJ細胞における増殖能(ウイルス生産)を、対照のアデノウイルスAdAREFと比較して示すグラフである。
【
図7】HeLa S3細胞を移植した担癌マウスにおける改変アデノウイルスAdAREF-R及びAdARET-Rの抗腫瘍効果を、対照のアデノウイルスdl312と比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の第1の態様は、E1A遺伝子、E1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサー配列、及び自己の増殖に必須のウイルス遺伝子の3'非翻訳領域内に又は当該3'非翻訳領域に隣接する位置に導入されたAREを有する改変アデノウイルスであって、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離が1500bp~4500bpである、前記改変アデノウイルスに関する。
【0015】
本発明の改変アデノウイルスは、E1A遺伝子及びE1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサー配列を有する。
【0016】
アデノウイルスには51種類の血清型が存在し、本発明においてはいずれの血清型のアデノウイルスも利用可能であるが、ウイルスベクターとして多く利用される5型アデノウイルスの利用が好ましい。
【0017】
E1A遺伝子は、アデノウイルス遺伝子の中で最初に発現が誘導される、アデノウイルス遺伝子の転写を活性化するE1Aタンパク質をコードする遺伝子である。E1Aタンパク質は、アデノウイルスの初期遺伝子であるE4、E1B、E3、E2の各遺伝子ならびに全ての後期遺伝子の発現を誘導する機能を有する。
【0018】
エンハンサー配列(以下、単にエンハンサーとも表す)は、真核生物のDNAにおいて遺伝子発現を制御するプロモーターと協同して遺伝子発現を増大させる機能を持つ塩基配列である。本発明において、エンハンサーは、E1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つものであるかぎり制限はなく、アデノウイルスのE1A遺伝子上流に存在する固有のエンハンサー(E1Aエンハンサー)であっても、哺乳動物細胞内で機能するように組み込まれた異種のエンハンサー、例えばサイトメガロウイルス(CMV)由来のエンハンサーやヘルペスウイルス由来のエンハンサー等であってもよい。本発明において特に好ましいエンハンサーは、5型アデノウイルスゲノムDNAのE1A遺伝子上流-192bp~-343bpに存在するE1Aエンハンサー(配列番号5)である。
【0019】
本発明の改変アデノウイルスにおいて、エンハンサーは、E1A遺伝子の発現を増大させることが可能となるように配置される限り、E1A遺伝子の上流下流のいずれに配置されていてもよく、またエンハンサーの塩基配列の向きはE1A遺伝子の転写方向と同じ又は逆のいずれでもよい。E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離は、その下限が1500bp、好ましくは2500bp、より好ましくは2900bpであり、その上限が4500bp、好ましくは3500bp、より好ましくは3200bpである。E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離は、例えば1500bp~4500bp、2500bp~3500bp、2900bp~3200bpである。ここでE1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離とは、E1A遺伝子とエンハンサーの配置及び向きに拘わらず、E1A遺伝子5'末端の塩基とエンハンサーのE1A遺伝子に近い方の末端の塩基との間の塩基数を意味する。また、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の塩基配列には特に制限は無く、他の遺伝子が存在していてもよく、非転写配列や非翻訳配列等が存在していてもよい。
【0020】
第1の態様の改変アデノウイルスは、自己の増殖に必須のウイルス遺伝子の3’非翻訳領域内に又は当該3’非翻訳領域に隣接する位置に導入されたAREを有する。
【0021】
AREは、Tristetraprolin(TTP)、Zfp36L1、Zfp36L2、AUF1、KSRP等のARE-mRNAの分解を促進するタンパク質又はHuR等のARE-mRNAを安定化させるタンパク質との関係において細胞内におけるARE-mRNAの安定性を制御する機能を有するものであればよい。AREは、c-fos遺伝子、c-myc遺伝子、TNF-α遺伝子、cox-2遺伝子その他の、動物細胞の増殖、分化誘導又は免疫応答に関与する様々な遺伝子の3'非翻訳領域に存在することが知られており、多種類の塩基配列が報告されている。本発明においては、そのようなAREであればいずれも利用することができるが、特にヒト遺伝子に存在するAREの利用が好ましい。また導入されるAREは一個であっても複数個であってもよく、一種であっても複数種であってもよい。本発明において好ましいAREの例は、ヒトTNF-α遺伝子に含まれるARE(配列番号3)又はヒトc-fos遺伝子に含まれるARE(配列番号6)である。
【0022】
また、本発明におけるAREには、RNA分子中のAとUに富んだ塩基配列の他に、DNA分子におけるAREに相当するA及びT(チミン)に富んだ塩基配列も含まれる。したがって、「AREを有する」「AREが含まれる」は、RNA分子中にAREが含まれる他、DNA分子中にAREに相当するA及びTに富んだ塩基配列が含まれる場合にも使用される。また「AREが導入される」は、転写産物であるmRNA分子中にAREが含まれるように、遺伝子をコードするゲノム又はDNA分子にAREに相当するA及びTに富んだ塩基配列が組み込まれることを意味する。
【0023】
AREが導入される、自己の増殖に必須のウイルス遺伝子の例としては、E1A遺伝子、E1B遺伝子、E4orf6遺伝子、E4orf3遺伝子等を挙げることができ、E1A遺伝子が好ましく使用される。AREが導入されるウイルス遺伝子としてE1A遺伝子を用いる場合、第1の態様の改変アデノウイルスは、3'非翻訳領域内に又は当該3'非翻訳領域に隣接する位置に導入されたAREを有するE1A遺伝子、及びE1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサー配列を有する改変アデノウイルスであって、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離が1500bp~4500bpである、前記改変アデノウイルスと表される。
【0024】
AREは、前記ウイルス遺伝子の3'非翻訳領域内に又は当該3'非翻訳領域に隣接する位置に導入される。特に、AREはウイルス遺伝子のORFの終始コドンの後ろからポリA配列が始まるまでの位置に導入されることが好ましい。またウイルス遺伝子の3'末端非翻訳領域に隣接する位置とは、ウイルス遺伝子からRNAポリメラーゼによってmRNAが転写される際に、RNAポリメラーゼのリードスルー(read through)によってmRNAの3'末端にAREが含まれるような位置を意味する。
【0025】
先に説明したように、AREはTTP等と共にこれを含むmRNAの速やかな分解を促す機能を有する。したがって、AREを自己の増殖に必須のウイルス遺伝子の3'非翻訳領域内に又は当該3'非翻訳領域に隣接する位置に導入することで、かかるウイルス遺伝子から転写されるmRNAを不安定化させることができる。以下の推論に拘束されるものではないが、本発明の第1の態様の改変ウイルスは、ARE-mRNAが速やかに分解される通常の細胞ではARE-mRNAにコードされる増殖に必須のタンパク質が発現しないので増殖することができないが、ARE-mRNAの安定化が亢進している細胞では前記タンパク質は安定的に発現するので増殖することができる。
【0026】
第1の態様の改変アデノウイルスは、当業者に知られた種々の遺伝子工学的手法を用いて作成することができる。例えば、E1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサーを有するアデノウイルスゲノムDNAを含むコスミドベクターpAxcwit又はpAxcwit2に、3’非翻訳領域内に若しくは当該3’非翻訳領域に隣接する位置にAREが導入された自己の増殖に必須のウイルス遺伝子とE1A遺伝子とを含む核酸断片を、又は自己の増殖に必須のウイルス遺伝子としてE1A遺伝子を用いる場合は3’非翻訳領域内に若しくは当該3’非翻訳領域に隣接する位置にAREが導入されたE1A遺伝子を含む核酸断片を、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離が1500bp~4500bpとなるように組み込むことにより、改変アデノウイルスDNAを構築することができる。
【0027】
また、エンハンサーを有しないアデノウイルスDNAを基にする場合は、例えば当該アデノウイルスDNAに、3’非翻訳領域内に若しくは当該3’非翻訳領域に隣接する位置にAREが導入された自己の増殖に必須のウイルス遺伝子とE1A遺伝子とエンハンサーとを含む核酸断片、又は自己の増殖に必須のウイルス遺伝子としてE1A遺伝子を用いる場合は3’非翻訳領域内に若しくは当該3’非翻訳領域に隣接する位置にAREが導入されたE1A遺伝子とエンハンサーとを含む核酸断片であって、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離が1500bp~4500bpである核酸断片を組み込むことにより、改変アデノウイルスDNAを構築することができる。
【0028】
次いで構築された改変アデノウイルスDNAを、HEK293細胞又はHEK293T細胞等のパッケージング細胞にトランスフェクションすることで、ウイルス構造タンパク質の翻訳、ウイルスゲノムのパッケージングを経て、第1の態様の改変アデノウイルスをウイルス粒子として回収することができる。
【0029】
第1の態様の改変アデノウイルスは、E1A遺伝子、エンハンサー及び自己の増殖に必須のウイルス遺伝子の3'非翻訳領域内に又は当該3'非翻訳領域に隣接する位置に導入されたAREを有し、かつ標的細胞において増殖可能である限り、他の遺伝子を含んでもよく、またウイルスの増殖に必須ではない遺伝子を欠損していてもよい。例えば、上で例示したコスミドベクターpAxcwit及びpAxcwit2は、野生型のアデノウイルスが有するE1A遺伝子、E1B遺伝子及びE3遺伝子を欠損している。pAxcwit又はpAxcwit2を基にして本発明の改変アデノウイルスを構築する場合、E1A遺伝子を組み込むことが必要となる。一方、E1B遺伝子及びE3遺伝子は、ARE-mRNAの安定化が亢進している細胞ではウイルスの増殖にE1Aほど重要ではないため、改変アデノウイルスはこれらの遺伝子を含む必要はない。
【0030】
また第1の態様の改変アデノウイルスは、E1A遺伝子、エンハンサー及び自己の増殖に必須のウイルス遺伝子の3'非翻訳領域内に又は当該3'非翻訳領域に隣接する位置に導入されたAREを有し、かつ標的細胞において増殖可能である限り、野生型アデノウイルスとはゲノム上の遺伝子の位置や向きが異なっていてもよい。
【0031】
第1の態様の改変アデノウイルスの好ましい例は、E1A TATA box、E1Aコーディング領域、E1Bプロモーター及びE1Bコーディング領域の部分配列、具体的にはE1B mRNA開始点から約1627bpの塩基配列からなる核酸断片が、この順序で、E1Aエンハンサーの塩基配列の直下に、E1Aエンハンサーの塩基配列の向きとは逆向きに組み込まれ、さらにE1A遺伝子の3'非翻訳領域内にAREが組み込まれた改変アデノウイルスである。
【0032】
本発明の改変アデノウイルスによる腫瘍細胞に対する殺細胞活性の強化は次のように推察される。改変アデノウイルスが腫瘍細胞に感染すると、エンハンサーによる適度な転写増強作用によって適当量のE1A-ARE mRNAが転写される。転写されたE1A-ARE mRNAは核外輸送され、安定的にE1Aタンパク質が合成され、アデノウイルスが増殖して腫瘍細胞は溶解する。また、上記の本発明の好ましい改変アデノウイルスの別の例では、完全なE1B遺伝子を持たないため、前述のOnyx-015等と同等の性質も持ち得ると考えられる。
【0033】
本発明の別の態様は、E1A遺伝子及びE1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサー配列を有し、かつ正常なE4orf6タンパク質を発現することができない改変アデノウイルスであって、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離が1500bp~4500bpである前記改変アデノウイルスに関する。
【0034】
E4orf6タンパク質は、アデノウイルスの初期遺伝子の一つであるE4orf6の遺伝子産物であり、そのC末端側にあるオンコドメイン(5型アデノウイルスの場合はE4orf6アミノ酸配列の204位から294位に相当する)においてpp32タンパク質と相互作用すること、オンコドメインに存在するαヘリックス構造が前記相互作用に関与すること、及びこの相互作用を介してE4orf6タンパク質とpp32は、AREに直接結合するHuRタンパクを介して、3'非翻訳領域にAREを含むmRNAと結合し、CRM1非依存的に、強制的、恒常的にAREを含むmRNAを核外に輸送しかつ安定化することが知られている(Higashino et al, J. Cell Biol., 2005, Vol.170, pp15-20)。本発明における「正常なE4orf6タンパク質を発現することができない」とは、野生型のE4orf6タンパク質と同等の機能を持つE4orf6タンパク質を発現することができないことをいい、典型的には、E4orf6タンパク質のオンコドメインをコードする塩基配列の全部若しくは一部が欠失することによって、又は当該塩基配列に1若しくは複数の変異が生じることによって、オンコドメイン内のαヘリックス構造が保持されたE4orf6タンパク質を発現することができないことをいう。
【0035】
上記態様の好ましい改変アデノウイルスは、E1A遺伝子及びE1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサー配列を有し、かつ配列番号1に示される塩基配列又はこれがコードするアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列からなる改変E4orf6遺伝子を有する改変アデノウイルス;E1A遺伝子及びE1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサー配列を有し、かつ配列番号2に示されるアミノ酸配列をコードする改変E4orf6遺伝子を有する改変アデノウイルス、又は;E1A遺伝子、E1A遺伝子の発現を増大させる機能を持つエンハンサー配列を有し、かつE4orf6を欠失した改変アデノウイルスであって、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離が1500bp~4500bpである、前記改変アデノウイルスである。
【0036】
配列番号1に示される塩基配列からなる改変E4orf6遺伝子を有する改変アデノウイルスの例は、Halbert et al, J. Virology, 1985, Vol. 56, 250-257に記載されたdl355と称されるアデノウイルスである。また、E4orf6を欠失したアデノウイルスの例は、前記Halbert et alに記載されたdl366と称されるアデノウイルスである。本発明の改変アデノウイルスは、dl355又はdl366を元にして、E1A遺伝子5'末端とエンハンサー配列末端との間の距離が1500bp~4500bpとなるように組み換えることで作成することができる。ここで、エンハンサー、E1A遺伝子とエンハンサーとの間の距離、E1A遺伝子とエンハンサーとの位置関係は、前記第1の態様において説明したとおりである。なお、いわゆるコドン縮重によって配列番号1に示される塩基配列とは異なる塩基配列からなるが、依然として配列番号1に示される塩基配列がコードするアミノ酸配列をコードする改変E4orf6遺伝子を有する改変アデノウイルスも、本発明の1つの態様を構成する。
【0037】
本発明の改変アデノウイルスは、ARE-mRNAの安定化が亢進している細胞において高い増殖能及び殺細胞活性を示すことができることから、そのような細胞が関与する疾患を治療するための医薬として利用することができる。したがって、本発明は、前記改変ウイルスを含む、ARE-mRNAの安定化が亢進している細胞が関与する疾患を治療するためのアデノウイルスを含む医薬をさらなる態様として提供する。
【0038】
本発明において「ARE-mRNAの安定化が亢進している」とは、様々なストレスによって一過性にARE-mRNAが安定化されている状態ではなく、例えば腫瘍細胞のように、前記のような刺激を要することなく恒常的に細胞内においてARE-mRNAが安定化され得る状態を意味する。
【0039】
ARE-mRNAの安定化が亢進している宿主細胞の例は、腫瘍細胞である(Lopez et al, Oncogene, 2003, 22: 7146-7154)。したがって、本発明の改変アデノウイルスを含む医薬は、抗腫瘍薬として利用可能である。
【0040】
ARE-mRNAの安定化が亢進している宿主細胞の別の例は、リウマチ患者における末梢単核球及び滑膜細胞(Thiele, et al., Exp. Cell Res., 2006, Vol. 312. No. 12)である。リウマチ患者の末梢単核球では、ARE-mRNAの分解を促進するTTPの発現は健常人に比較して大きく低下している一方、ARE-mRNAから翻訳されるTNF-αの発現が異常亢進していることが知られており、ARE-mRNAの安定化が亢進していると推察される。したがって、末梢単核球及び滑膜細胞に本発明の改変アデノウイルスを感染させることによって当該末梢単核球を選択的に死滅させて、TNF-αの発現を、合わせて炎症による破骨細胞の誘導をも抑制し、さらに炎症の標的となる滑膜細胞の増殖を抑制することで、リウマチの進行ないし悪化を抑制することができるものと期待される。このように、本発明の改変アデノウイルスを含む医薬は、リウマチの治療のための医薬として利用可能である。
【0041】
本明細書において用いられる用語「治療」は、疾患の治癒又は一時的寛解を目的とする医学的に許容される全てのタイプの治療的介入を包含する。すなわち、AREを含むmRNAの安定化が亢進している細胞が関与する疾患の治療とは、当該疾患の進行の遅延又は停止、病変の退縮又は消失等を含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0042】
本発明は、上述の各態様の改変アデノウイルスを含む医薬を提供する。医薬は、改変アデノウイルスに加えて、任意の他のウイルス、治療上有効な薬剤、薬学的に許容される担体、緩衝剤、賦形剤、アジュバント、防腐薬、充填剤、安定化剤、増粘剤及び/又は製剤に通常使用される任意の成分を含む医薬組成物の形態であってもよい。
【0043】
薬学的に許容される成分は当業者において周知であり、当業者が通常の実施能力の範囲内で、例えば第十七改正日本薬局方その他の規格書に記載された成分から製剤の形態に応じて適宜選択して使用することができる。また、ウイルスを含む製剤で利用されている各種の成分を利用することが好ましい。
【0044】
本発明の医薬は、投与に適した任意の形態、例えば溶液、凍結乾燥粉末、エマルジョン、懸濁液、錠剤、ペレット、カプセル等の固体形、半固体形又は液体形であることができるが、これらには限定されない。特定の実施形態において、医薬は、注射剤、点滴剤等の非経口製剤の形態で用いられる。非経口製剤に用いることができる担体としては、例えば、生理食塩水や、ブドウ糖、D-ソルビトール等を含む等張液といった、製剤において通常用いられる水性担体が挙げられる。
【0045】
上記の形態の医薬は、例えば前記非特許文献1(Bischoff et al., Science, 1996, Vol.274, pp.373-376)に記載の腫瘍溶解ウイルスその他のウイルスベクターを含む従来の医薬を製造する方法又は当業者の通常の能力によってこれらを改変した方法により、製造することができる。
【0046】
本発明の医薬は、イヌ、ネコ等の愛玩動物、ウシ、ブタ等の家畜動物及びヒト等の霊長類、特にヒトを対象として投与される。対象への医薬の投与は、例えば前記非特許文献1に記載の腫瘍溶解ウイルスその他のウイルスベクターを含む従来の医薬に倣って行うことができる。投与経路としては、製剤の形態、疾患、疾患部位及びその他の薬剤を投与する際に考慮される種々の因子に配慮して、当業者によって決定される。
【0047】
本発明の医薬の好ましい投与経路は、例えば血管内投与(好ましくは静脈内投与)、腹腔内投与、腸管内投与、腫瘍内又はその近傍への局所投与等の非経口投与である。好ましい実施形態の一つにおいて、本発明の医薬は、静脈内投与又は腫瘍内若しくはその近傍への局所投与により対象に投与される。投与は、単回投与であっても、反復投与であってもよい。
【0048】
本発明の医薬は、用法、対象の年齢、疾患の状態その他の条件に応じて適宜決定される疾患の治療に有効な量が投与される。対象、特にヒトに対して本発明の医薬を投与する場合、その用量範囲は、例えば、ヒト対象1人あたり、1×103~1×1014、好ましくは1×105~1×1012、より好ましくは1×106~1×1011、最も好ましくは1×107~1×1010のプラーク形成単位(p.f.u.)であることができ、これを1日に1回若しくは複数回に分けて、又は間歇的に投与することができる。
【0049】
本発明はまた、その必要がある対象に、有効量の上述の各態様の改変アデノウイルスを投与することを含む、ARE-mRNAの安定化が亢進している細胞が関与する疾患を治療する方法を別の態様として提供する。
【0050】
本発明の医薬を用いた疾患治療は、単独でも有効であるが、任意の他の治療、例えば旧来の治療と本発明の医薬を用いた治療とを併用してもよい。例えば、がん治療の場合に、他の抗がん剤を用いた化学療法、がん免疫療法又は放射線治療等を併用してもよい。
【0051】
以下、非限定的な実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。実施例において、市販のキットを用いた操作はキット製造者のプロトコルに従って行った。なお本発明は、本明細書に記載の特定の方法論、プロトコル、細胞株、動物種及び属、コンストラクト並びに試薬に限定されるものではなく、これらは適宜変更することができるものであることは当業者に容易に理解されるものである。
【実施例】
【0052】
実施例1
1)E1A遺伝子の3'非翻訳領域にAREが導入された改変アデノウイルスの調製
プリンストン大学、T.Shenk博士より供与された、大腸菌ベクターpBR322に5型アデノウイルスのE1A遺伝子及びE1B遺伝子を含むE1領域が挿入されたプラスミドであるpXhoIC(Logan et al, Cancer Cells 2, 527-532, 1984)を、制限酵素HpaIで開環させた。これに、ヒトTNF-α遺伝子に含まれるARE(5’-gtgattattt attatttatt tattatttat ttatttacag-3'、配列番号3)に相当する塩基配列及びその相補鎖からなる合成二本鎖DNA断片を組み込んで、E1A遺伝子の3'非翻訳領域に前記AREが導入されたE1領域を含むプラスミドであるpXhoIC-ARETNFを構築した。
【0053】
pXhoIC-ARETNFを鋳型とし、両端に15base pairのコスミド側の配列を含んだプライマーセットを用いたPCRを行い、AREが導入されたE1領域の増幅断片を調製した。この増幅断片を、E1A遺伝子及びE1B遺伝子を欠いたアデノウイルスゲノムを含むpAxcwit2(タカラバイオ)のSmi I制限部位にIn fusion法で組み込んで、E1A遺伝子の3'非翻訳領域にAREが導入されたアデノウイルスゲノムを含むプラスミドとしてpAx-ARETNF及びpAx-ARETNF-Rを構築した。
【0054】
両プラスミドに含まれるインサートの塩基配列を配列番号4に示す。pAx-ARETNFはこのインサートをpAxcwit2中に含まれるE1Aエンハンサーと同じ向きに、pAx-ARETNF-RはこのインサートをpAxcwit2中に含まれるE1Aエンハンサーと逆向きに有する。配列番号4に示される塩基配列において、1~1217番目の塩基はE1A遺伝子に相当し、1~43番目の塩基がTATA boxを含むE1A上流領域、105~1090番目の塩基(一部にイントロンを含む)がE1Aのコーディング領域、1091~1217番目の塩基がE1A遺伝子の3'非翻訳領域であって、その中の1120~1159番目の塩基は導入されたヒトTNF-α遺伝子由来AREである。また、1218~2913番目の塩基はE1B遺伝子の一部(E1B55kのコーディング領域の途中まで)に相当する。また、pAx-ARETNFにおけるE1A mRNA開始点とエンハンサー配列末端との間の距離は203bpであり、pAx-ARETNF-RにおけるE1A mRNA開始点とエンハンサー配列末端との間の距離は3029bpである。
【0055】
pAx-ARETNF及びpAx-ARETNF-Rを制限酵素pacIで切断して得られる鎖状DNAを、Hilymax(同仁化学研究所社)を用いて293細胞に感染させることで組換えアデノウイルスのストックを調製し、さらにFast-Trap adenovirus purification kit(EMD Millpore社)を用いて、精製ウイルス(9.0×109ウイルス粒子数/mL)を調製した。以後、このウイルスをAdARET及びAdARET-Rと表す。
【0056】
また、野生型の5型アデノウイルスであるwt300(T Shenk博士より入手)、E1B55kを欠損した5型アデノウイルスであるdl1520(カリフォルニア大学、A.Berk博士より分与)を上と同様にして293細胞に感染させ、精製ウイルスを調製した。
【0057】
2)改変ウイルスにおけるE1A発現量の評価
1×10
5個のヒト肺胞基底上皮腺癌由来A549細胞株(ATCCから購入)を、2mlのDMEM(10%FBS)を含む6ウェルディシュに接種して、37℃で培養した。培地を除去し、新たに10%FBSを含むDMEMを2ml加え、さらに上記1)で調製したAdARET-RをMOI=1000、wt300又はdl1520をMOI=10となるように加えて、37℃でwt300、dl1520は24時間、AdARET-Rは48時間インキュベーションを行った。培養液からウイルスを回収し、タンパク質を抽出した後、M58抗体を用いたウエスタン法によりE1Aを検出した。その結果、他のウイルスに比べて、AdARET-RのE1A発現量は少ないことが確認された(
図1)。
【0058】
3)殺細胞活性の評価
3×10
3個のヒト正常細胞である包皮皮膚線維芽由来BJ細胞及びヒト子宮頸がん由来HeLa細胞をそれぞれ、100μLのDMEM(10%FBS)を含む96ウェルディシュに接種して、37℃で培養した。培地を除去し、新たに10%FBSを含むDMEMを100μL加え、さらに上記1)で調製したAdARET-RをMOI=10000となるように加えて、37℃でインキュベーションを行った。培養開始から1、5、7日後に、Cell Proliferation kit II(XTT)(Roche社)を用いたXTTアッセイを行って、細胞生存率を測定した。アデノウイルスの代わりに同容量の培地を加えたウェルを対照(mock)とし、mockに対する相対的細胞生存率を算出した。その結果、AdARET-R はHeLa細胞に対して殺細胞活性を示す一方、正常細胞であるBJ細胞には殆ど殺細胞活性を示さないことが確認された(
図2)。
【0059】
4)殺細胞活性の評価
上記3)と同様の方法でHeLa細胞及びA549細胞にAdARET-R又はAdARETをMOI = 0.01、0.1又は1となるように加えてインキュベーションを行い、培養開始から7日後のXTTアッセイにより細胞生存率を測定した。その結果、AdARET-R及びAdARETはいずれもがん細胞に対する殺細胞活性を示し、HeLa細胞に対してはAdARET よりもAdARET-Rが、A549細胞に対してはAdARET-RよりもAdARETが、より強い殺細胞活性を示すことが確認された(
図3)。
【0060】
5)正常細胞に対する殺細胞活性の比較
上記3)と同様の方法でBJ細胞にAdARET-R又はAdARETをMOI = 0.01、0.1又は1となるように加えてインキュベーションを行い、培養開始から20日後のXTTアッセイにより細胞生存率を測定した。その結果、AdARET感染細胞よりもAdARET-R感染細胞の方が生存率が高く(
図4)、AdARET-Rの方がAdARETよりも正常細胞に対して殺細胞活性が低いことが確認された。
【0061】
実施例2
1)E1A遺伝子の3'非翻訳領域にc-fos由来AREが導入された改変アデノウイルスの調製
pXhoICを制限酵素HpaIで開環させ、ヒトc-fos遺伝子に含まれるARE(5’- tttt attgtgtttt taatttattt attaagatgg attctcagat atttatattt ttattttatt ttttt -3’、配列番号6)に相当する塩基配列及びその相補鎖からなる合成二本鎖DNA断片を組み込んで、E1A遺伝子の3'非翻訳領域に前記AREが導入されたE1領域を含むプラスミドであるpXhoIC-AREFOSを構築した。
【0062】
pXhoIC-AREFOSを鋳型とし、両端に15base pairのコスミド側の配列を含んだプライマーセットを用いたPCRを行い、AREが導入されたE1領域の増幅断片を調製した。この増幅断片を、pAxcwit2のSmi I制限部位にIn fusion法で組み込んで、E1A遺伝子の3'非翻訳領域にAREが導入されたアデノウイルスゲノムを含むプラスミドとして、pAx-AREFOS及びpAx-AREFOS-Rを構築した。
【0063】
両プラスミドに含まれるインサートの塩基配列を配列番号7に示す。pAx-AREFOSはこのインサートをpAxcwit2中に含まれるE1Aエンハンサーと同じ向きに、pAx-AREFOS-RはこのインサートをpAxcwit2中に含まれるE1Aエンハンサーと逆向きに有する。配列番号7に示される塩基配列において、1~1246番目の塩基はE1A遺伝子に相当し、1~43番目の塩基がTATA boxを含むE1A上流領域、105~1090番目の塩基(一部にイントロンを含む)がE1Aのコーディング領域、1091~1246番目の塩基がE1A遺伝子の3'非翻訳領域であって、その中の1120~1188番目の塩基は導入されたヒトc-fos遺伝子由来AREである。また、1247~2942番目の塩基はE1B遺伝子の一部(E1B55kのコーディング領域の途中まで)に相当する。また、pAx-AREFOSにおけるE1A mRNA開始点とエンハンサー配列末端との間の距離は203bpであり、pAx-AREFOS-RにおけるE1A mRNA開始点とエンハンサー配列末端との間の距離は3058bpである。
【0064】
pAx-AREFOS及びpAx-AREFOS-Rを制限酵素pacIで切断して得られる鎖状DNAを、Hilymaxを用いて293細胞に感染させることで組換えアデノウイルスのストックを調製し、さらにFast-Trap adenovirus purification kitを用いて、精製ウイルスを調製した。以後、このウイルスをAdAREF及びAdAREF-Rと表す。
【0065】
2)改変ウイルスにおけるE1A発現量の評価
1×10
5個のA549細胞株を、2mlのDMEM(10%FBS)を含む6ウェルディシュに接種して、37℃で培養した。培地を除去し、新たに10%FBSを含むDMEMを2ml加え、さらに上記1)で調製したAdAREF又はAdAREF-RをMOI=10となるように加えて、37℃で72時間インキュベーションを行った。培養液からmRNAを回収し、E1A primer(Fw: 5’-GAACCACCTACCCTTCACG-3’(配列番号8)、Rev 5’-CCGCCAACATTACAGAGTCG-3(配列番号9))を用いた定量性real-time RT-PCR法により、E1A mRNAの定量を行った。その結果、AdAREFに比べて、AdAREF-RのE1A mRNA発現量が少ないことが確認された(
図5)。
【0066】
3)がん細胞及び正常細胞における改変ウイルスの増殖能の評価
5×10
4個のHeLa細胞株、A549細胞株及びBJ細胞株を2mlのDMEM(10%FBS)を含む6ウェルディシュに接種して、37℃で培養した。培地を除去し、新たに10%FBSを含むDMEMを2ml加え、さらに上記1)で調製したAdAREF又はAdAREF-RをMOI=10となるように加えて、37℃で72時間インキュベーションを行った。インキュベーション後に培地からウイルスを回収し、Adeno-X(登録商標) Rapid Titer Kit(Clontech)によってウイルス外殻構成タンパクのヘクソンを293細胞を用いて染色することにより、ウイルス量を測定した。その結果、AdAREFに比べて、AdAREF-Rの方が正常細胞における増殖能が低いことが確認された(
図6)。
【0067】
実施例3 HeLa S3細胞を移植した担癌マウスにおける改変ウイルスの抗腫瘍効果
5週齢のヌードマウス(BALB/c nu/nu;雌、n=5)の皮下にヒト子宮頸がん由来HeLa S3細胞(1×10
6個)を移植し、腫瘍を形成させた。腫瘍の直径が9-10 mmになったことを確認した日をDay 0として、E1A遺伝子を欠失したアデノウイルスdl312、実施例1のAdARET-R及び実施例2のAdAREF-R(1×10
9 vp; 100μl)を計2回(Day 1とDay 4)各腫瘍に直接投与し、腫瘍の体積(mm
3、長径×短径
2×0.5により算出)を経時的に測定した。腫瘍体積の測定は、Day 0から5日おきに行った。その結果、AdAREF-R、AdARET-Rを投与した群では共に腫瘍の増大が抑制され、両ウイルスのin vivoでの効果が確認された(
図7)。
【配列表フリーテキスト】
【0068】
配列番号1 改変E4orf6遺伝子の塩基配列
配列番号2 改変E4orf6タンパク質のアミノ酸配列
配列番号3 ヒトTNF-α遺伝子のAREの塩基配列
配列番号4 pAx-ARETNF及びpAx-ARETNF-Rのインサートの塩基配列
配列番号5 5型アデノウイルスE1A遺伝子のエンハンサーの塩基配列
配列番号6 ヒトc-fos遺伝子のAREの塩基配列
配列番号7 pAx-AREFOS及びpAx-AREFOS-Rのインサートの塩基配列
配列番号8 5型アデノウイルスE1A遺伝子を増幅するためのフォワードプライマー
配列番号9 5型アデノウイルスE1A遺伝子を増幅するためのリバースプライマー
【配列表】