(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-20
(45)【発行日】2023-12-28
(54)【発明の名称】尿素SCRシステム用合金及びそれを用いた尿素SCRシステム用部品
(51)【国際特許分類】
C22C 19/05 20060101AFI20231221BHJP
C22C 27/06 20060101ALI20231221BHJP
C22C 30/02 20060101ALI20231221BHJP
F01N 3/08 20060101ALI20231221BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20231221BHJP
C22F 1/11 20060101ALN20231221BHJP
C22F 1/10 20060101ALN20231221BHJP
【FI】
C22C19/05 Z
C22C27/06
C22C30/02
F01N3/08 B
C22F1/00 605
C22F1/00 623
C22F1/00 630K
C22F1/00 640A
C22F1/00 640C
C22F1/00 660A
C22F1/00 651B
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/11
C22F1/00 685Z
C22F1/10 H
(21)【出願番号】P 2019234598
(22)【出願日】2019-12-25
【審査請求日】2022-10-12
(31)【優先権主張番号】P 2019056061
(32)【優先日】2019-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】菅原 克生
(72)【発明者】
【氏名】上田 俊介
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-087805(JP,A)
【文献】特開2017-166007(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0062877(US,A1)
【文献】特開2014-145107(JP,A)
【文献】特開2014-145108(JP,A)
【文献】特開2010-031942(JP,A)
【文献】特開2012-237291(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0334939(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第108952898(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0055141(US,A1)
【文献】中国実用新案第207018061(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 19/05
C22C 27/06
C22C 30/02
F01N 3/08
C22F 1/00
C22F 1/11
C22F 1/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:40.0~50.0%、Mo:0.10~2.00%、Fe:0%を超えて3.00%以下、Mn:0%を超えて0.50%以下、Si:0%を超えて0.10%以下、Al:0%を超えて0.30%以下、Ti:0%を超えて0.30%以下、Mg:0.0100%以下、N:0.040%以下、B:0.0100%以下、を含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなることを特徴とする尿素SCRシステム用合金。
【請求項2】
前記尿素SCRシステム用合金は、質量%で、Co:3.00%以下、V:0.100%以下、Zr:0.050%以下、Cu:0.020%以下、W:0.100%以下、Nb:0.100%以下、Ca:0.0020%以下、の何れか一種以上を更に含有する請求項1に記載の尿素SCRシステム用合金。
【請求項3】
請求項1または2に記載の尿素SCRシステム用合金を用いた尿素SCRシステム用部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尿素SCRシステム用合金及びそれを用いた尿素SCRシステム用部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化などの環境問題に対する観点から、バスやトラック等の商用車に対して尿素水の分解生成物であるアンモニアを用いて、ディーゼルエンジンから放出された500℃程度の高温の排気ガス中の窒素酸化物(NOx)を浄化し、排ガス中に含まれるNOxを低減させる尿素SCRシステムが適用されている。
尿素SCRシステムに使用される部材として、高温、尿素水環境下での耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼が用いられている。例えば、特許文献1には、質量%にて、C:0.010%以下、N:0.020%以下、Si:0.5%以下、Mn:0.5%以下、Cr:10.0~20.0%、Ti:0.05~0.30%、Mo:1.5%以下、Al:0.03~0.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるとともに、表面から20nm以内におけるCr、Si、Al,Ti、Mn及びFeの濃度によって構成される濃度比の最大値を関係式により適正化した耐高温酸化性及び耐尿素性に優れる尿素SCRシステム部品用フェライト系ステンレス鋼板の発明が記載されている。
【0003】
一方、耐食性を向上させた合金として、ステンレス鋼の他にNi基合金が知られており、特許文献2には、硫化を含む高温腐食環境に対する耐侵食性が要求される大型形状品が必要な部位や、医薬中間体等を製造する化学プラントに必要な大型の反応容器を形成するのに適した耐熱耐腐食性高Cr含有Ni基合金の発明が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-112025号公報
【文献】特許第6192760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した特許文献1に記載されたようなフェライト系ステンレス鋼は、尿素SCRシステムに用いると、ある程度の耐食性は確保できるものの飛躍的な耐食性の向上は望めない。すなわち、尿素SCRシステムでは、高温環境下で尿素水を噴霧し加水分解されることでアンモニアが生成する。この際に、金属部材に接し尿素水が揮発する際に副生成物としてカルバミン酸が発生する。フェライト系ステンレス鋼に対して尿素やアンモニアはほとんど腐食性を示さないものの、カルバミン酸は腐食性が強く、尿素揮発面に主に孔食が発生し、腐食による損耗が顕在化する。特に、尿素SCRシステムは商用車に用いられることが多く、一般の乗用車と比較して稼働時間も長いため、カルバミン酸に起因した腐食による故障を回避するために、SCRシステム用の部品には高い耐食性が求められる。
【0006】
また、上述した特許文献2に記載されたようなNi基合金は、多くの腐食環境でステンレス鋼よりも耐食性は高いもののカルバミン酸に起因した腐食環境という、特殊な環境で用いられるSCRシステム用の部材に用いた場合の耐食性の報告は見当たらず、Ni基合金の組成の適正化については検討がなされていないのが現状である。
【0007】
本発明の目的は、フェライト系ステンレス鋼製の尿素SCRシステムと比較して、飛躍的に耐食性を高めることが可能な尿素SCRシステム用合金及びそれを用いた尿素SCRシステム用部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、尿素SCRシステム用の合金として、最適な組成を検討した。まず、ステンレス鋼の組成の調整について検討した。しかし、Crを多少増加させても飛躍的な耐食性の向上は望めず、組成の調整の代わりに材料厚さを厚くすると軽量化が要求される自動車用の部材には逆行してし、熱容量が大きくなってエンジン始動直後の排ガス浄化が困難となってしまう。そのため、Fe基合金での組成の適正化を諦め、Ni基合金をベースとして組成の適正化を検討した。すなわち、耐食性を確保するためにCr含有量を高めたうえで、熱間加工性や冷間加工性を兼備可能なように、添加元素とその含有量を適切に調整し、本発明に到達した。
【0009】
なお、特許文献2に記載されたNi基合金は、以下に述べる本発明の合金と組成が重複するものの、耐食性を発揮する環境は硫化を含む高温腐食環境のみを考慮しており、耐食性を発揮する環境が全く異なるカルバミン酸が発生する尿素SCRシステムにおける耐食性を何ら示唆するものではなく、かつ、冷間加工性のための組成の適正化も考慮していないため、本発明を示唆すらしないものである。
【0010】
本発明は、質量%で、Cr:40.0~50.0%、Mo:0.10~2.00%、Fe:0%を超えて3.00%以下、Mn:0%を超えて0.50%以下、Si:0%を超えて0.10%以下、Al:0%を超えて0.30%以下、Ti:0%を超えて0.30%以下、Mg:0.0100%以下、N:0.040%以下、B:0.0100%以下、を含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなる尿素SCRシステム用合金である。
前記尿素SCRシステム用合金は、質量%で、Co:3.00%以下、V:0.100%以下、Zr:0.050%以下、Cu:0.020%以下、W:0.100%以下、Nb:0.100%以下、Ca:0.0020%以下、の何れか一種以上を更に含有することができる。
また本発明は、前記尿素SCRシステム用合金を用いた尿素SCRシステム用部品である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の尿素SCRシステム用合金はカルバミン酸の存在下で優れた耐食性を有することから、これを用いた尿素SCRシステム用部品の長寿命化が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
上述したように、本発明の重要な特徴は尿素SCRシステム用合金として、Crを多く含んだNi基合金としたことである。以下に本発明で規定する各元素の限定理由を示す。なお、特に記載のない限り質量%として記す。
【0013】
<Cr:40.0~50.0%>
Crは、尿素水が高温環境で揮発時にアンモニアを生成するが、副生成物として発生するカルバミン酸に対する耐食性を向上させる効果がある。Cr2O3が主体となる表面皮膜を生成することにより、優れたカルバミン酸に対する耐食性を発揮させる。表面皮膜は酸化物として形成されるが、合金の主成分であるNiに起因したNiOの割合を如何に低くし、Cr2O3を100%に近づけることが、優れたカルバミン酸に対する耐食性を向上させる指標となる。同時に高温環境下となるため、耐酸化性を向上させる効果もある。そのための十分な効果を得るには、Crは40.0%以上含有することが必要である。しかし、50.0%を超えて含有すると、凝固組織を形成した状態における熱間鍛造性が著しく低下する。すなわち、部品の素材となる薄板を製造することが困難となる。したがって、Cr含有量を40.0~50.0%とする。前述のCrの効果を確実に発揮させるには、Cr含有量の上限を46.0%とするのが好ましく、更に好ましくは45.0%である。また、好ましいCr含有量の下限は、41.0%であり、更に好ましくは42.0%である。
【0014】
<Mo:0.10~2.00%>
Moは、高Cr含有Ni基合金の優れた高温環境中におけるカルバミン酸に対する耐食性を発揮するのに必須となるCr2O3が主体となる表面皮膜の形成を促進する効果がある。そのための十分な効果を得るには、Moは0.10%以上含有することが必要である。しかし、2.00%を超えて含有すると、凝固組織における樹間部に濃縮し凝固組織が顕在化している状態での熱間鍛造性が低下する。これによって、部品の素材となる薄板の製造が困難になる。したがって、Mo含有量を0.10~2.00%とする。前述のMoの効果をより確実に発揮させるには、Mo含有量の上限を1.80%とするのが好ましく、さらに好ましくは1.20%である。また、好ましいMo含有量の下限は、0.70%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0015】
<Fe:0%を超えて3.00%以下>
Feは、1200℃以上の温度域での靭性を向上させることによって鍛造割れを防止する効果がある。Feは不純物レベルを超えて含有させることで、その効果を示す。一方、Feは高温環境におけるカルバミン酸に対する耐食性を劣化させる。3.00%を超えて含有すると、耐食性の劣化が顕在化する。そのため、Fe含有量は0%を超えて3.00%以下とする。前述のFeの効果を確実に発揮させるには、Feの好ましい含有量の下限は0.07%であり、さらに好ましくは0.10%である。また、好ましいFe含有量の上限は、0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0016】
<Mn:0%を超えて0.50%以下>
Mnは、有害元素であるSをMnSとして固定し、Sが粒界でNiSとして凝集し合金全体を脆化させる現象を予防する。これによって、熱間加工性が向上し部品の素材となる薄板の製造が容易となる。その効果を得るには、Mnは不純物レベルを超えて含有させる必要がある。また、Mnは0.50%を超えて含有しても劇的な効果向上は望めないばかりか、高温環境下におけるカルバミン酸に対する耐食性が劣化することとなるため、Mn含有量は0%を超えて0.50%以下とする。好ましいMn含有量の上限は、0.40%であり、さらに好ましくは0.35%である。また、好ましいMn含有量の下限は、0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0017】
<Si:0%を超えて0.10%以下>
Siは、脱酸剤として添加することにより、酸化物を低減し、これにより、熱間鍛造性に関わる高温での変形能を向上させることにより鍛造割れを抑制する効果がある。その効果は、Siは不純物レベルを超えて含有させることにより発揮されるが、0.10%を超えて含有すると、α-Cr相の生成を促進し、熱間鍛造性における変形能が急激に低下させることで鍛造割れが発生し易くなるため、Si含有量は0%を超えて0.10%以下とする。好ましいSi含有量の上限は、0.09%であり、さらに好ましくは0.08%である。また、好ましいSi含有量の下限は、0.01%であり、さらに好ましくは0.03%である。
【0018】
<Al:0%を超えて0.30%以下、Ti:0%を超えて0.30%以下>
Al及びTiは、溶融金属中の酸素と結びつき、溶湯の表面にスラグとして浮上分離により溶融金属中の酸素を脱することで、熱間鍛造性を改善する効果があるために添加される。脱酸効果は、AlやTiをそれぞれ単独で添加するよりも、同時に添加することで、この効果が高まるため、本発明においてはAlとTiとを必須添加する。
前述の効果を得るにはAl及びTiは不純物レベルを超えて含有させることにより発揮されるが、Al及びTiはともに0.30%を超えて含有させても劇的な効果向上は望めないばかりか、高温環境下での析出に関わる潜伏期間を短時間側にシフトさせることで、鍛造割れの可能性を高めるため好ましくない。そのため、AlとTiの含有量はともに0%を超えて0.30%以下とする。前述のAlの効果をより確実に発揮させるには、Al含有量の下限を0.01%とするのが好ましく、更に好ましくは0.02%、より好ましくは0.05%である。また、好ましいAl含有量の上限は0.26%であり、更に好ましくは0.20%である。また、前述のTiの効果をより確実に発揮させるには、Ti含有量の下限を0.04%とするのが好ましく、更に好ましくは0.05%、より好ましくは0.07%である。また、好ましいTi含有量の上限は0.28%であり、更に好ましくは0.25%である。
【0019】
<Mg:0.0100%以下>
Mgは、前述したMnと同様に、有害元素であるSをMgSとして固定し、Sが粒界でNiSとして凝集し合金全体を脆化させる現象を予防する。これによって、熱間加工性が向上し部品の素材となる薄板の製造が容易となる。Mnの単独添加によって、前記の効果を十分に発揮できる場合は、Mgは積極的な添加は必ずしも必要がないため、下限は無添加(0%を含む)とする。しかしながら、MgをMnとともに複合添加することで、Sを固定化する効果を確実に高めることができることから、Mgについては0.0100%以下の範囲で含有させるのが好ましい。
Mgを含有させて、前述の効果をより確実に発揮させるには、Mgについてはその下限を0.0001%とするのが好ましく、更に好ましくは0.0003%であり、より好ましくは0.0005%である。また、Mgは0.010%を超えて含有すると、結晶粒界にMgが濃縮し、逆に熱間鍛造性が劣化するため、その含有量の上限を0.0100%とする。Mgの好ましい上限は0.0090%であり、更に好ましくは0.0080%であり、より一層好ましくは0.0020%未満である。
【0020】
<N:0.040%以下>
N(窒素)は、オーステナイトを安定化する元素であるため、主要の合金元素であるCrの固溶量を増大させることによって、高温環境下中におけるカルバミン酸に対する耐食性を向上させる効果があるので、0%を超えて含有するのが良く、0.040%以下の範囲で含有させるのが好ましい。
また、0.040%を超えて含有すると窒化物が短時間で形成し、冷間加工性が劣化し部材への加工が困難となるため、その含有量の上限を0.040%とする。好ましいNの含有量の上限は0.035%であり、さらに好ましくは0.030%である。また、好ましいNの含有量の下限は、0.001%であり、好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.004%である。
【0021】
<B:0.0100%以下>
Bは、1100℃以上、特に1200℃以上の温度域での熱間鍛造における変形能を向上させ、熱間鍛造における割れをより確実に抑制できる効果があるため、必要に応じて0%を超える範囲で添加することが好ましい。前述したBの効果を確実に得るにはBを0.0001%以上含有することが好ましい。一方、Bは0.0100%を超えて含有すると、結晶粒界へ濃縮し変形能を低下させ熱間鍛造における割れを誘発するため、B含有量の上限を0.0100%とする。Bを含有させる場合の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0050%である。また、好ましいB含有量の下限は0.0004%であり、好ましくは0.0005%超であり、さらに好ましくは0.0010%である。
【0022】
<Co:3.00%以下>
Coは、前述したFeと同様の1200℃以上の温度域での靭性を向上させることによって鍛造割れを防止する効果を発揮する元素である。Feの単独添加によって、前記の効果を十分に発揮できる場合は、Coは積極的な添加は必ずしも必要ではないため、Co含有量の下限は無添加(0%を含む)とする。CoとFeとを複合添加することで鍛造割れを防止する効果はより確実なものとなるが、Coは3.00%を超えて含有してもその効果が飽和してしまうと同時に高温環境下におけるカルバミン酸に対する耐食性低下をもたらすので好ましくない。そこで、Coを含有させる場合の上限を3.00%とする。なお、Coの効果をより確実に発揮させるにはCo含有量の下限を0.01%とするのが好ましい。更に好ましくは0.02%であり、より好ましくは0.05%である。また、Coを含有させる場合の好ましい上限は1.00%であり、更に好ましくは0.80%であり、より好ましくは0.50%である。
【0023】
<V:0.100%以下>
Vは、特に熱間鍛造性に関わる変形能を向上させ鍛造割れを抑止する効果を有する元素である。耐鍛造割れ性を高めたい場合に、必要に応じて添加することができる。前述したVの効果をより確実に得るにはVを0.0003%以上含有することが好ましい。一方、Vは0.100%を超えて含有すると、逆に高温での変形能低下をもたらし鍛造割れを抑止する効果がなくなるため、V含有量の上限を0.100%とする。Vを含有させる場合の好ましい上限は0.090%であり、更に好ましくは0.070%であり、より好ましくは0.050%である。また、好ましいV含有量の下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0024】
<Zr:0.050%以下>
Zrは、前述したBと同様、特に1200℃以上の温度域での熱間鍛造における変形能を向上させ、熱間鍛造における割れを抑制できる効果があるため、必要に応じて添加することができる。Zrによる前記の効果を得るには0.001%以上とするのが好ましい。更に好ましくは0.003%であり、より好ましくは0.005%である。しかし、Zrは0.050%を超えて含有すると、結晶粒界へ濃縮し変形能を低下させ熱間鍛造における割れを誘発するため、Zrを添加する場合の含有量の上限を0.050%とする。好ましいZrの上限は、0.040%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0025】
<Cu:0.020%以下>
Cuは、高温環境中におけるカルバミン酸に対する耐食性を向上させる効果があるため必要に応じて添加することができる。前述したCuの効果をより確実に得るにはCuを0.001%以上含有することが好ましい。一方、Cuは0.020%を超えて含有すると、熱間加工性が劣化する傾向にあるため、Cu含有量の上限を0.020%とする。Cuを含有させる場合の好ましい上限は0.015%であり、更に好ましくは0.010%である。また、好ましいCu含有量の下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0026】
<W:0.100%以下>
Wは、耐孔食性を向上させる効果があるので、必要に応じて添加することができる。前述したWの効果をより確実に得るにはWを0.001%以上含有することが好ましい。一方、Wは0.100%を超えて含有すると、熱間加工性が劣化する傾向にあるため、W含有量の上限を0.100%とする。Wを含有させる場合の好ましい上限は0.090%であり、更に好ましくは0.080%である。また、好ましいW含有量の下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0027】
<Nb:0.100%以下>
Nbは、熱間圧延等の900℃以下での熱間加工性を向上させる効果があるので必要に応じて添加することができる。前述したNbの効果をより確実に得るにはNbを0.001%以上含有することが好ましい。一方、Nbは0.100%を超えて含有すると、α-Cr相の析出を促進させてしまうため、Nb含有量の上限を0.100%とする。Nbを含有させる場合の好ましい上限は0.090%であり、更に好ましくは0.080%である。また、好ましいNb含有量の下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0028】
<Ca:0.0020%以下>
Caは、溶解凝固したままのインゴットの状態で、凝固組織に粗大なα-Cr相が存在する際に、特に1200℃以上での熱間鍛造性における変形能を向上させることにより鍛造割れを抑制する効果があるので、必要に応じて添加することができる。前述したCaの効果をより確実に得るにはCaを0.0001%以上含有することが好ましい。一方、Caは0.002%を超えて含有すると、逆に変形能を低下させることにより鍛造割れを誘発するため、Ca含有量の上限を0.0020%とする。Caを含有させる場合の好ましい上限は0.0019%であり、更に好ましくは0.0017%である。また、好ましいCa含有量の下限は0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%である。
【0029】
<残部>
上述した元素以外の残部はNi及び不可避不純物である。代表的な不純物元素を示せば、製造過程において混入する、P,S,Sn,Zn,Pb,Cの含有は避けられないが、P:0.01%未満、S:0.01%未満、Sn:0.01%未満、Zn:0.01%未満、Pb:0.002%未満、C:0.01%未満であれば、本発明の合金特性をなんら損なうものではない。通常の製造では、これらの元素はこの許容限度内となる。なおNiの一部を2%以下のFeと置換可能である。この範囲内であればNiの作用効果を維持したまま、原料コストを低減できる。
【0030】
<尿素SCRシステム用部品>
本発明では、上述した尿素SCRシステム用合金から成る薄板を所望の形状に加工して尿素SCRシステム用部品とすることができる。尿素SCRシステム用部品としては、例えば、噴霧尿素水とNOxを含む排ガスが混合するミキサーが挙げられるが、本発明の尿素SCRシステム用合金はニクロム線と同等以上の100~120μΩ・cmを有することから、本発明の尿素SCRシステム用合金を適用したミキサー等に、通電による加熱機能も付与することが可能となる。特にコールドスタート時には、SCRシステムは排ガスによって十分に加熱されないことから、尿素水を噴霧してもアンモニアが生成されずNOxが十分に除去されない。エンジンスタート直後、本発明の尿素SCRシステム用合金を適用したミキサー等に通電加熱することより、噴霧された尿素水からアンモニアの生成を可能にしてNOx除去能力を高めることに寄与する。
【0031】
<製造方法>
本発明の尿素SCRシステム用合金から成る薄板を得るには、例えば、熱間圧延材に1120~1200℃の固溶化処理を行い、最終的に40~60%の圧下率で冷間圧延を行って、厚さが1mm以下の薄板とする。また、尿素SCRシステム用の部品の場合、曲げ加工が行われる場合があるため、その加工の程度に応じて曲げ加工時の割れなどの不良が生じないように、結晶粒度番号をASTM番号で0~5とするように、冷間圧延中及び/または冷間圧延後に1120~1200℃の熱処理を行うことが好ましい。
【実施例】
【0032】
以下の実施例で本発明を更に詳しく説明する。通常の高周波溶解炉を用いて溶解し、表1乃至表3に示される成分組成を有する直径80mm、高さ150mmのインゴットを作製した。なお、表3に示すものは比較合金である。
前記のインゴットを1230℃で10時間均質化熱処理を施し、1000~1230℃の範囲内に保持しながら、ハンマーにて鍛造し長さ167mm、幅150mm、厚さ30mm、の板状の鍛造体を成形した。引き続き、1000~1230℃の範囲内に保持しながら、1回の熱間圧延で15%厚さを減少させつつ、最終的に3mm厚とし、さらに1180℃で30分間保持し水焼き入れにより固溶化処理を施すことで、概ね長さ1670mm、幅150mm、3mm厚さの熱間圧延板を製作した。熱間圧延板は所定の寸法に切断した。この切断した熱間圧延板の表面スケールをグラインダーにて除去した。次いで、冷間圧延により圧延を繰り返し、最終的に1mm厚さの冷間圧延材とした。なお、本発明の尿素SCRシステム用合金板を作製する際の熱間鍛造時、熱間圧延時及び冷間圧延時において、割れなどの不良は生じなかった。このときの冷間圧延材の金属組織は結晶粒が圧延方向に伸展した圧延組織を呈していた。
【0033】
前記の冷間圧延した冷間圧延材を用いて、1180℃で30分間保持し水焼き入れにより固溶化処理を施した。この固溶処理材を硝フッ酸中に浸漬することによりスケールを除去した。熱処理によって発生した歪みを取るために10%程度の軽い圧下率で冷間圧延することにより矯正し素材を仕上げた。これにより、表1示す組成を有する本発明の尿素SCRシステム用合金板(以下、「本発明合金板」と記す。)を作製した。従来使用されているフェライト系ステンレス鋼板(SUS436L及びSUS447J1)は厚さが1mmの市販板を使用した。その組成を表4に示す。なお、本発明合金板の金属組織は、ASTM結晶粒度番号で3であった。また、本発明合金板を用いて、高い加工度を想定した曲半径R(半径)=T(厚さ)/2での180°曲げ試験を行った結果、割れなどの発生は見られなかった。
前記本発明合金板No.1~41、前記比較合金板No.101~117及び前記従来合金板SUS436L及びSUS447J1を切断して、長さ50mm、幅50mm、厚さ1mmの寸法を有する試験片を作製した。これら試験片の表面を研磨し最終的に耐水エメリー紙#2400仕上げとした。研磨後の試料をアセトン中超音波振動状態に5分間保持し脱脂した。
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
(尿素水噴霧加熱試験)
尿素SCRシステムの車載作動環境を模擬するために、本発明のNo.1合金及び従来合金を用いて尿素水噴霧加熱試験を行った。尿素水噴霧加熱試験は、ドラフトチャンバー内にプレート型加熱器を設置し、その上に試験片を置き加熱した。試験片の温度は、スポット溶接によって試験片に接合したR熱電対から得られる温度情報によって、加熱器温度を制御することで、370℃になるようにした。一方、試験片上面30mmの位置に、自動車部品として市販される燃料噴射機を設置し、市販される50%濃度の尿素水を噴霧した。尿素水の試験片への噴霧量は、試験片が濡れない状態を維持するように、150~300μm径の噴霧粒子を1秒間に8回を、0.05~0.4g/minになるように調整した。これによって、尿素水が高温環境下で加水分解し副生成物としてカルバミン酸が発生するような環境を形成した。噴霧試験は300時間とし、試験片表面の孔食発生の有無を確認した。尿素SCRシステムの車載作動模擬環境における耐食性評価を行った結果を表5に示した。
表5に示された結果から、前記本発明合金No.1は、前記従来合金SUS436L及びSUS447J1に比べ、目視による孔食の発生が無く、尿素SCRシステムの車載作動模擬環境の耐食性が優れていることが分かる。
【0039】
【0040】
次に、前記本発明合金板No.1~41及び前記比較合金板No.101~117を用いて、前記尿素水噴霧加熱試験と同じ条件で追加の尿素水噴霧加熱試験を行った。前記のカルバミン酸が発生するような環境を形成して噴霧試験開始後、50時間毎に試験を中断し試験片の腐食状況を最長1000時間まで観察した。試験片表面に孔食が発生した時間を記録した。尿素SCRシステムの車載作動模擬環境における耐食性評価を行った結果を表6及び表7に示した。なお、試験片作製過程で加工性等に問題が生じた場合、腐食試験には供せず、その旨を備考欄に記載した。
表6及び表7に示された結果から、前記本発明合金No.1~41は孔食の発生が無く、尿素SCRシステムの車載作動模擬環境の耐食性が優れていることが分かる。また、この発明から外れた前記比較合金No.101~117は、熱間加工性、冷間加工性及び尿素SCRシステムの車載作動模擬環境の耐食性のうち、少なくとも1つの特性が劣っているので好ましくないことが分かる。
【0041】
【0042】
【0043】
以上の結果から、本発明の尿素SCRシステム用合金は、高温中で尿素水が噴霧されアンモニアの生成と同時に金属部材表面で副生成物としてカルバミン酸が発生するような尿素SCRシステムの車載作動模擬環境に対する耐食性(孔食の有無)と、薄板を製造可能な熱間及び冷間加工性の特性に優れているため、尿素SCRシステムに不可欠な、排ガスと噴霧された尿素水が混合するミキサー部品を構成する用途として適用することにより、尿素SCRシステム全体の寿命を著しく向上させることに寄与できる。