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特許7408134クローディン欠損上皮細胞株の製造方法、クローディン欠損上皮細胞株、クローディン欠損上皮細胞株を含むタイトジャンクション機能制御剤のスクリーニング方法、及びクローディン欠損上皮細胞株を含むタイトジャンクション機能制御剤のスクリーニングキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-22
(45)【発行日】2024-01-05
(54)【発明の名称】クローディン欠損上皮細胞株の製造方法、クローディン欠損上皮細胞株、クローディン欠損上皮細胞株を含むタイトジャンクション機能制御剤のスクリーニング方法、及びクローディン欠損上皮細胞株を含むタイトジャンクション機能制御剤のスクリーニングキット
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20231225BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20231225BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20231225BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231225BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20231225BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20231225BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20231225BHJP
【FI】
C12N5/10
C12Q1/02
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N5/071
C12N15/09 100
C12N15/12
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019226655
(22)【出願日】2019-12-16
(65)【公開番号】P2021093938
(43)【公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-10-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年12月17日にウェブサイト”https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-16K15226/16K152262017hokoku/”にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月15日に第9回アジア・オセアニア生理学会連合2019年大会プログラムの251頁にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月15日に第9回アジア・オセアニア生理学会連合2019年大会予稿集のS253頁にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月30日に第9回アジア・オセアニア生理学会連合2019年大会(開催場所:神戸国際会議場)にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年6月20日に第9回アジア・オセアニア生理学会連合2019年大会抄録集のS253頁にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年8月29日にJournal of Cell Biology(2019)218(10):3372-3396にて公開
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100121441
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 竜平
(74)【代理人】
【識別番号】100154704
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 真大
(74)【代理人】
【識別番号】100129702
【弁理士】
【氏名又は名称】上村 喜永
(74)【代理人】
【識別番号】100206151
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 惇志
(74)【代理人】
【識別番号】100218187
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 治子
(72)【発明者】
【氏名】古瀬 幹夫
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】第9回アジア・オセアニア生理学会連合2019年大会予稿集,2019年03月15日,S253頁
【文献】第9回アジア・オセアニア生理学会連合2019年大会抄録集,2019年06月20日,S253頁
【文献】PLoS ONE,2017年,vol.12 no.8,pp.1-19
【文献】PLoS ONE,2015年,vol.10 no.3,pp.1-22
【文献】The FASEB Journal,2019年04月01日,vol.33, issue S1,p.575. 14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イヌ腎臓由来MDCK株を親株とするものであり、
少なくともクローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7を欠損させることを特徴とするタイトジャンクション機能制御物質のスクリーニング用クローディン欠損上皮細胞株の製造方法。
【請求項2】
イヌ腎臓由来MDCKII株を親株とするものである請求項1記載のタイトジャンクション機能制御物質のスクリーニング用クローディン欠損上皮細胞株の製造方法。
【請求項3】
イヌ腎臓由来MDCK細胞を親株とする上皮細胞株であり、
少なくともクローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7が欠損していることを特徴とするタイトジャンクション機能を喪失した上皮細胞株。
【請求項4】
請求項3記載の上皮細胞株を使用することを特徴とするタイトジャンクション機能制御物質のスクリーニング方法。
【請求項5】
請求項3記載の上皮細胞株を使用することを特徴とするタイトジャンクション機能制御物質のスクリーニングキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クローディン欠損上皮細胞株の製造方法、クローディン欠損上皮細胞株及びこの上皮細胞株を用いたタイトジャンクション機能制御剤のスクリーニングに関するものである。
【背景技術】
【0002】
タイトジャンクションは、上皮細胞や血管内皮細胞等のバリア機能に重要な役割を果たす細胞間接着構造であり、例えば、脳内に流入する物質を厳密に制限している血液脳関門において重要な役割を果たしている。
【0003】
このタイトジャンクションの機能を人為的にコントロールすることができれば、例えば、今までタイトジャンクションが障壁となって医薬品を届けることが出来なかった部位に対しても、医薬品を届けることができるようになると考えられる。
【0004】
タイトジャンクションのバリア機能をコントロールする方法として、例えば、タイトジャンクションを構成するクローディンという膜タンパク質の活性を阻害する又は抑制する物質を与えることが考えられる。
【0005】
クローディンには27種類ものサブタイプが存在し、個々のサブタイプによって、性質が異なることがわかっている。そのため、クローディンの活性を阻害又は抑制する物質は個々のクローディンサブタイプによって異なることが予想される。
また、個々の上皮細胞や血管内皮細胞に発現しているクローディンの種類は、その上皮細胞や血管内皮細胞が存在している体の部位によっても異なることが分かっている。
【0006】
そこで、個々のクローディンサブタイプに作用する物質をそれぞれ個別に特定することができれば、それらの組み合わせによって、体のあらゆる部位におけるタイトジャンクションのバリア機能をコントロールすることができると考えられる。
【0007】
個々のクローディンサブタイプに作用する物質をそれぞれ個別に特定するためには、例えば、クローディンサブタイプ群を全く発現していない又は発現量がきわめて少なくタイトジャンクションが形成されていない細胞株に、特定のクローディンサブタイプのみを発現させて、タイトジャンクションを形成させ、そこに様々な物質を与えてタイトジャンクションのバリア機能を評価する方法が考えられる。
【0008】
従来、クローディンを発現していない細胞株としては、特許文献1に示すような、内在性のクローディンが存在しない繊維芽細胞が知られている。
【0009】
しかしながら、繊維芽細胞は、上皮細胞としての性質を欠くため、クローディン遺伝子を導入して特定のクローディンを発現させたとしても、断片化したタイトジャンクション様構造が形成されるだけで、上皮細胞のようにバリア機能を有するベルト状に連続したタイトジャンクションを形成することはできない。
【0010】
そのため、各クローディンに作用する物質とタイトジャンクションのバリア機能との関係について繊維芽細胞を用いて評価することは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】再表2015-159855号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、前述したような課題に鑑みてなされたものであり、バリア機能を有するタイトジャンクションを形成する能力を潜在するにもかかわらず、内在性クローディンの発現がない又は極めて少ないためにタイトジャンクションを形成することができない上皮細胞株を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、本発明は、本発明者が、少なくともクローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7を欠損させることによって、内在性のクローディンによるタイトジャンクションが観察されなくなることに気づいたことによって初めて完成されたものであり、少なくともクローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7を欠損させることを特徴とするクローディン欠損上皮細胞株の製造方法である。
【0014】
このような製造方法によれば、内在性クローディンによるタイトジャンクションが実質的に形成されない上皮細胞株を得ることができる。
【0015】
前記クローディン欠損上皮細胞株が、イヌ腎臓由来MDCKII株を親株とするものであれば、安定して培養することができ、株の取り扱いが容易である。
【0016】
前述したような製造方法によって作製されたクローディン欠損上皮細胞株も、本発明の1つである。
【0017】
前述したようなクローディン欠損上皮細胞を使用するタイトジャンクション機能制御剤のスクリーニング方法及びスクリーニングキットも、それぞれが本発明の1つである。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るクローディン欠損上皮細胞株によれば、内在性クローディンのうち、少なくとも前述した5つのクローディン遺伝子を欠損しているので、内在性クローディンによるタイトジャンクションの形成が実質的に起こらないクローディン欠損上皮細胞株を得ることができる。
【0019】
このようなクローディン欠損上皮細胞株に、調べたい対象である特定のクローディン遺伝子を導入すれば、例えば図1に示すように、実質的に特定のクローディンのみで形成されたタイトジャンクションのバリア機能を直接評価することができる。
【0020】
さらに、上皮細胞は、本来タイトジャンクションを形成する細胞であるので、特定のクローディンに作用する物質とタイトジャンクションのバリア機能との関係について従来よりも正確に評価することが可能である。
【0021】
体の部位や細胞の種類によって発現しているタイトジャンクションを形成しているクローディンの種類が異なるので、このように各クローディンについて作用物質を検出しておけば、タイトジャンクション機能を制御したい体の特定部位の上皮細胞や血管内皮細胞に対して、どのような物質与えることによってタイトジャンクションの機能を制御することが出来るかを予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の一実施形態に係るクローディン欠損上皮細胞株を利用した実験例を表す模式図。
図2】本実施例に係るクローディン欠損上皮細胞株におけるクローディンの発現を調べたウェスタンブロットの結果を示す図。
図3】親株におけるタイトジャンクションの形成状況を表す写真。
図4】本実施例に係るクローディン欠損上皮細胞株におけるタイトジャンクションの形成状況を表す写真。
図5】本実施例に係るクローディン欠損上皮細胞株にクローディン1を導入した場合のタイトジャンクションの形成状況を表す写真。
図6】本実施例に係るクローディン欠損上皮細胞株にクローディン5を導入してタイトジャンクションを形成した細胞の経上皮電気抵抗の測定結果を示すグラフ。
図7】本実施例に係るクローディン欠損上皮細胞株にクローディン5を導入してタイトジャンクションを形成した細胞の傍細胞経路流量の測定結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明に係るクローディン欠損上皮細胞株の製造方法、該製造方法によって得られるクローディン欠損上皮細胞株、該クローディン欠損上皮細胞株を使用するスクリーニング方法及びスクリーニングキットについて、それぞれ以下に説明する。
【0024】
<クローディン欠損上皮細胞株の製造方法>
本発明に係るクローディン欠損上皮細胞は、以下のような手順で製造することができる。
【0025】
本発明に係るクローディン欠損上皮細胞を製造する際の親株としては、例えば、イヌ腎臓由来MDCKII細胞を使用することができる。
親株は、前述したものに限らず、イヌ腎臓由来MDCKII株と同じクローディンを発現していると思われる株であれば、どのようなものでも使用することができる。
【0026】
本発明に係るクローディン欠損上皮細胞株は、例えば、ゲノム編集によって前述した親株のクローディン遺伝子を欠損させることによって得ることができる。クローディン遺伝子をゲノム編集で破壊する以外にも、RNA干渉によってクローディンの発現を阻害してクローディン欠損上皮細胞株を得るようにしてもよい。
本実施形態では、一例として、TALENsを用いてゲノム編集を行ったが、この方法に関わらず、例えば、CRISPR/Cas9やZFNsを用いてゲノム編集を行ってもよい。
【0027】
まず、クローディン遺伝子を欠損させるためのTALENsを各クローディン遺伝子毎に作製し、作成されたTALENsを適切なベクターに乗せて親株に導入することによって、親株の各クローディン遺伝子を順次切断することによってクローディン遺伝子を欠損させた。
【0028】
このようなゲノム編集により、例えば、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7の5つのクローディン遺伝子を全て欠損させることによって、タイトジャンクションを実質的に形成しないクローディン欠損上皮細胞株を得ることができる。
【0029】
上皮細胞には、前述したクローディンサブタイプ以外にも内在性クローディンが存在しているので、前述した5つ以外のクローディン遺伝子をさらに欠損させても良い。一例としては、クローディン16などを追加で欠損させることが考えられる。
【0030】
<クローディン欠損上皮細胞株>
本実施形態に係るクローディン欠損上皮細胞株は、例えば、イヌ腎臓由来MDCKII株を親株とするものであり、このMDCKII株が本来持っているクローディン遺伝子のうち、少なくともクローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7の5つのクローディン遺伝子を欠損しているものである。
【0031】
このクローディン欠損上皮細胞株は、例えば、通常のダルベッコ改変イーグル培地を使用して、例えば、37℃で培養することができる。使用する培地や温度は、例えば、親株の種類などによって、適宜変更することができる。
【0032】
このクローディン欠損上皮細胞株は、少なくとも前述した5つのクローディンを発現しておらず、タイトジャンクションを形成しない。そのため、バリア機能は顕著に低下しているが、タイトジャンクションを形成する能力は潜在的に保持するものである。
【0033】
<クローディン欠損上皮細胞株を使用したスクリーニング方法>
まず、前述したクローディン欠損上皮細胞株に、タイトジャンクションのバリア機能への影響を調べたい特定のクローディンサブタイプの遺伝子を導入して、特定のクローディンを発現させる。
この時に導入する特定のクローディン遺伝子は、1つだけでも良いし、もしタイトジャンクション機能を制御したい体の部位によって存在する上皮細胞や血管内皮細胞に発現している複数のクローディンの種類が分かっている場合には、これらを発現させるようにしてもよい。導入するクローディン遺伝子は1つに限らず、2つ以上としても良い。
【0034】
本実施形態では、その一例として、ヒトの血液脳関門に存在する血管内皮細胞が有しているクローディン5を前記特定のクローディンとして発現させ、そのバリア機能を評価するものとしているが、これに限られず、様々なクローディンを発現させることができる。例えば、クローディン1、クローディン2、クローディン10a、クローディン10b、クローディン15等を挙げることができる。
【0035】
これら特定のクローディンを発現させたクローディン欠損上皮細胞株を培養すると、特定のクローディンによってタイトジャンクションが形成される。
このように形成されたタイトジャンクションのバリア機能を100として、様々な物質を供与した場合のタイトジャンクション機能を評価することによって、目的のクローディンに作用して、タイトジャンクションのバリア機能を制御する物質をスクリーニングすることができる。
例えば、クローディン5やクローディン1を発現させて、このクローディン5又はクローディン1に作用してタイトジャンクションのバリア機能を低下させるような物質をスクリーニングするようにしても良い。
また、タイトジャンクションに孔を形成するクローディン2、クローディン10a、クローディン10b、クローディン15等をそれぞれ発現させて、これらの孔を塞いでタイトジャンクションのバリア機能を向上させるような物質をスクリーニングするようにしても良い。
【0036】
この時の具体的なバリア機能評価方法としては、例えば、形成されたタイトジャンクションの長さを測定する方法、経上皮電気抵抗を測定する方法又は傍細胞経路流量(paracellular flux)を測定する方法などを挙げることができるが、これらに限られない。
【0037】
<クローディン欠損上皮細胞株を使用したスクリーニングキット>
前述したクローディン欠損上皮細胞株を含むタイトジャンクション機能制御物質のスクリーニングキットとしてもよい。
【0038】
前記スクリーニングキットは、例えば、前述したクローディン欠損上皮細胞株に加えて、該クローディン欠損上皮細胞株に対して特定のクローディンを導入するための遺伝子、該導入操作に使用するベクター等、特定のクローディン遺伝子を導入したクローディン欠損上皮細胞株、各種試薬、前記クローディン欠損上皮細胞株用の培地等のうち、少なくとも1つを含むものとしても良い。
本発明は、以上に説明したものに限られず、本発明の趣旨に反しない限りにおいて、種々の変形や実施形態の組合せを行ってもかまわない。
【実施例
【0039】
以下に、本発明について実施例を挙げてさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0040】
<クローディン欠損上皮細胞株の作製>
クローディン欠損用ベクターの作製
本発明に係るクローディン欠損上皮細胞は、TALENsを使用したゲノム編集によって、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7を欠損させたものである。
【0041】
まず、クローディンを欠損させるためのTALENsを各クローディン遺伝子毎に作成し、作成されたTALENsを使用して、親株であるイヌ腎臓由来MDCKII株が本来持っているクローディン遺伝子のうち、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7の遺伝子をそれぞれ切断することによってクローディンを欠損させた。
【0042】
具体的には、AddneneのTALE Toolbox kit(#1000000019)を使用し、このキットの取り扱い説明書に記載の手順に従ってクローディン2遺伝子に対応するTALENペアを作成し、これらTALEN遺伝子をそれぞれpCAGGSベクターにneomyocin耐性遺伝子又はpuromycin耐性遺伝子とともに導入した。なお、pCAGGSベクターは、RIKEN BRC DNA BANKから購入することができる(カタログ#RDB08938)。
【0043】
親株の培養とTALENsによるゲノム編集
前述したような手順で作製したTALENsベクターの親株へのトランストランスフェクションは、Lipofectamine LTX with Plus Reagent(Thermo fisher,A12621)を使用して行った。培地は、Lipofectamine LTX with Plus Reagentで推奨されているOPTI-MEMを使用した。
6ウェルプレート(FALCON社製)に、親株であるイヌ腎臓由来MDCKII株(シグマアルドリッチ、MTOX1300-1VL)を、1ウェル当たり4×10cellとなるように播いた。その2時間後に、これら細胞に対して、前述のTALENsベクターを導入した。
ベクターを導入した翌日に、500μg/mlのG418と5μg/mlのpuromycinを4時間投与して、TALENペアを発現するための2種類のベクターが両方導入された細胞のみが生き残るようにした。
生き残った細胞株を分離して、クローディン2欠損上皮細胞株とした。
このようにして作製したクローディン2を欠損した上皮細胞株に対して、同様の手順を繰り返してクローディン4、クローディン3、クローディン7、クローディン1の順番で5種類のクローディン遺伝子を欠損させたクローディン欠損上皮細胞株を作製した。1つのクローディンサブタイプを欠損させる度に、次のトランスフェクションの前に、得られたクローディン欠損上皮細胞株のゲノムに、ベクターが導入されたことを示す薬物耐性遺伝子が組み込まれていないかどうかを、この薬物耐性遺伝子に特異的なDNA配列をPCRで増幅させることによって確認した。
【0044】
クローディン欠損上皮細胞株における各クローディン欠損の確認
(1)ゲノムシークエンスによる各クローディン遺伝子の破壊の確認
各クローディン遺伝子の破壊が成功したかどうかについては、BigDye Terminator V3.1 Sequencing Kit(Thermo Fisher Scientific)と、Applied Biosystems 3130xl DNA analyzer(Thermo Fisher Scientific)を使用して確認した。結果は図示していないが、クローディン1については、開始コドンから数えて15番目のコドンに2塩基対の挿入が確認された。クローディン2及びクローディン4については、開始コドンの直後にそれぞれ4塩基対の挿入があった。クローディン3については、開始コドンから8番目のコドンに409塩基対の挿入が確認された。クローディン7については、開始コドンから17番目のコドンに4塩基対の挿入が確認された。この実験結果から、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7の5つのクローディン遺伝子が破壊されていることが確認できた。
ゲノムPCRに使用したプライマーは以下の通りである。
Claudin-1 forward, 5‘-TTTCTCGAGCCTGATCCTTCCCAGGGGT-3’、Claudin-1 reverse, 5‘-TTTTTGAATTCACCTTGCACTGAATCTGCCC-3’。
Claudin-2 forward, 5‘-ACCCACAGACACTTGTAAGG-3’、Claudin-1 reverse, 5‘-CCAACGAAGAGATCGCACTG-3’。
Claudin-3 forward, 5‘-AAGCACAGGCAGGTGCAGGCGCTGC-3’、Claudin-1 reverse, 5‘-AGCCCGAAGGCGGCCAGCAGGATGG-3’。
Claudin-4 forward, 5‘-CTCATGGTCGTCAGCAGCAGCATCAT-3’、Claudin-1 reverse, 5‘-GTCCCGGATGATATTGTTGG-3’。
Claudin-7 forward, 5‘-GGGGTCGACCCGGCCTTCGCGGATCGCTCTTTGG-3’、Claudin-1 reverse, 5‘-CCCGAATTCTCGTACATTTTGCAGCTCATCATGC-3’。
(2)ウエスタンブロッティングによるクローディンの発現確認
前述したようにして作製した5つのクローディンを全て欠損したクローディン欠損上皮細胞株(以下、Claudin quinKO株ともいう。寄託受領番号:NITE-AP-03088)において、実際に5つのクローディンが発現していないことをウェスタンブロッティングにより確認した。
【0045】
具体的には、Claudin quinKO株をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した後に、100mMDTTを添加したLaemmliサンプルバッファー(Bio-Rad,#1610737)で溶解し、95℃で5~~10分間インキュベートした。
このようにして得られたサンプルをSDS-PAGEで分離し、分離したタンパク質をポアサイズ0.45μmのニトロセルロース転写膜(Whatman,#10-401-196)に転写し、5質量%となるようにスキムミルクを添加したTBS緩衝液(ブロッキングバッファー)でブロッキングした。
その後、ブロッキングバッファに検出したいタンパク質に結合する一次抗体を添加し、室温で1~2時間インキュベートした。
【0046】
この時に使用した、一次抗体は以下の通りである。
rabbit polyclonal anti-claudin-1(Thermo Fisher Scientific,#51-9000)、mouse monoclonal anti-claudin-2(Thermo Fisher Scientific,clone 12H12;#32-5600)、rabbit polyclonal anti-claudin-3(Thermo Fisher Scientific,#34-1700)、mouse monoclonal anti-claudin-4(Thermo Fisher Scientific,clone 3E2C1;#32-9400)、rabbit polyclonal anti-claudin-7(Thermo Fisher Scientific,#34-9100)。
また、使用した2次抗体は以下の通りである。
sheep anti-mouse IgG HRP-conjugated whole antibody(GE Helthcare,#NA931V)、donkey anti-rabbit HRP-conjugated F(a‘b’) fragment(GE Helthcare,#NA9340V).
【0047】
次に、0.1質量%となるようにTween20w添加したPBSを用いて、10分間浸透しながら洗浄する工程を3回繰り返した後、ECL Prime kit(GE Healthcare,#RPN2232)を用いてシグナルを検出した。
画像は、LAS3000 mini(Fujifilm)を使用してキャプチャーし、画像の明るさ及びコントラストは、Fiji/ImageJ 1.52f(National Institute of Health)で調整した。結果を図2示す。
【0048】
図2の結果から、今回作成したクローディン欠損上皮細胞株は、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7を発現していないことが確認できた。
【0049】
<クローディン欠損上皮細胞株におけるタイトジャンクション機能の確認>
次に、前述したようにして作製したClaudin quinKO株について、タイトジャンクションの形成状況を確認した。
凍結割断法によるタイトジャンクションの観察
まず、親株のイヌ腎臓由来MDCKII株について、タイトジャンクションの形成状況を凍結割断法によって確認した。写真を図3に示す。図3の写真から、イヌ腎臓由来MDCKII株では、ベルト状に連続したタイトジャンクションを形成することが確認できた。
前記凍結割断法は以下のようにして行った。
イヌ腎臓由来MDCKII株を、CorningのTranswellフィルター上で5~7日間培養した。その後、0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.4)で一回リンスして、2%のglutaraldehydeを含む0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.4)中で一晩固定化した。 これを0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.4)で10分間洗浄する工程を10回繰り返し、この試料を30%のglycerolを含む0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.4)に室温で30分浸し、凍結保護した。
メスでフィルターを切除した後、フィルターからスクレイパーで細胞を剥がしとり、金製の試料台に載置した。余剰の緩衝液を除去した後、試料を液体窒素中で急速凍結させた。
凍結させた試料を、フリーズフラクチャー装置(Bal-Tec、BAF-060)に入れて、-110℃で割断した。割断後ただちに割断面に対して40°の角度から白金を膜厚が~2nmとなるように蒸着させ、さらに90°の角度から炭素を膜厚が~20nmとなるように蒸着させて、試料表面を覆った。
試料を装置から取り出した後、コロジオンで被覆し、家庭用漂白剤で洗浄した。
これを水で10分間リンスする工程を3回繰り返して作製したレプリカを200-メッシュのフォームコーティング銅電極上に集めた。
このようにして作製した試料を、透過型電子顕微鏡(JEOL,JEM1011又はJEM1010)を使用して加速電圧100-kVで観察した。画像は、iTEMMegaViewG2又はVeleta CCD カメラでキャプチャーした。
【0050】
次に、今回作製したClaudin quinKO株について、同様にタイトジャンクションの形成状況を確認した。前述した凍結割断法によって得た写真を図4に示す。この時の実験条件は、全て図3と同じものとした。
【0051】
これら写真を比べると分かるように、図3では細かな点線のようにベルト状に連続して形成されていたタイトジャンクションが図4では全く観察できないことが分かった。
この結果から、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7を欠損させると、タイトジャンクションが形成されなくなることが確認できた。
【0052】
<クローディン欠損上皮細胞株へのクローディン遺伝子の導入とタイトジャンクションのバリア機能の確認>
次に、作製したClaudin quinKO株に対して、クローディン1又はクローディン5を発現させて、タイトジャンクションが形成されることを確認した。実験手順を以下に説明する。
【0053】
ヒトClaudin-1発現ベクター及びヒトClaudin-5発現ベクターの作製
ヒトClaudin-1 cDNA又はヒトClaudin-5 cDNAを発現ベクターpCAGGSに挿入した。なお、ヒトClaudin-1 cDNA及びヒトClaudin-5 cDNAは、例えば、ヒト脳cDNAライブラリーから簡単に取得できる。
【0054】
ヒトClaudin-1発現ベクター又はヒトClaudin-5発現ベクターの導入
前述したヒトClaudin-1発現ベクター又はヒトClaudin-5発現ベクターを、それぞれClaudin quinKO細胞にトランスフェクションさせた。具体的には、Thermo Fisher Scientific社のLipofectamine LTX Reagentを用い、メーカープロトコールに従ってトランスフェクションを行った。
翌日、細胞をトリプシンで分散して蒔き直し、G418 300μg/mlを含む選択培地で培養し、11日後に耐性クローンを48個回収し、トリプシン処理を行い、96ウェルプレート2枚に等分した。
96ウェルプレートに移植した3日後に、片側の96ウェルプレートを、細胞を接着させたまま抗クローディン1抗体(フナコシ, FAB4618G)又は抗クローディン5抗体(Morita et al., J Cell Biol. 147:185-94, 1999, Thermo Fisherの4C3C2等を使用しても良い。)で蛍光免疫染色し、陽性クローンを取得した。このようにして取得した株を以下、 Claudin quinKO+claudin1株、Claudin quinKO+claudin5株とそれぞれ呼ぶことにする。
【0055】
タイトシャンクション形成の観察
前述したようにして得たClaudin quinKO+claudin1株を培養し、タイトジャンクションの形成状況を観察した。結果を図5に示す。この時の実験条件は、全て図3及び図4の時と同じものとした。
この図5から分かるように、Claudin quinKO株では形成されなかったタイトジャンクションが、クローディン1遺伝子を導入したClaudin quinKO+claudin1株では再構築されていることが分かった。このタイトジャンクションは、導入したクローディン1によって形成されているものと考えられる。
【0056】
タイトジャンクションのバリア機能評価
プラスチックシャーレに培養して増やした細胞(Claudin quinKO株及びClaudin quinKO+claudin5株)をトリプシン処理によってはがして、計数する。
2 X 105個の細胞を、Corning社 Transwellカルチャーインサート(#3401)にまいて培養し、4から6日後に以下の二通りのバリアアッセイを行った。なお、Claudin quinKO+claudin5株については、陽性クローン4種類を使用して実験を行った。
【0057】
(1)Transepithelial electrical resistance (経上皮電気抵抗)
ミリセル(Millicell) ERS-2抵抗値測定システム(ミリポア社)を用いて、Transwellの上チャンバーと下チャンバーにそれぞれ電極を入れ、細胞シートの電気抵抗を測定した。結果を図6に示す。図中の1はClaudin quinKO株を、2~5はClaudin quinKO+claudin5株をそれぞれ示す。
【0058】
この図6の結果から、5つのクローディン遺伝子を欠損したClaudin quinKO株では、上チャンバーと下チャンバーとの間でほとんど電気抵抗が発生していない。この数値は、同じ条件で実験をした場合の親株(MDCKII株)の6分の1程度の値である。この結果から、Claudin quinKO株では、細胞間にタイトジャンクションが形成されておらず、バリア機能が失われていることが分かった。
【0059】
一方、クローディン5遺伝子を導入したClaudin quinKO+claudin5株の場合は、いずれのクローンでも、上チャンバーと下チャンバーとの間に明らかな電気抵抗が発生している。このことから、これらClaudin quinKO+claudin5株では、クローディン5遺伝子を導入したことによって、タイトジャンクションが形成され、バリア機能が復活していることが分かった。
【0060】
(2)Paracellular flux (傍細胞経路流量)
Transwellの上チャンバーに389Daのフルオレセイン(ナカライテスク、16106-82)を200μMになるように加え、1時間後に下チャンバーを回収し、細胞膜を通過して下チャンバーに漏れ出たフルオレセイン量を蛍光プレートリーダーにて定量した。結果を図7に示す。図中の1はClaudin quinKO株を、2~5はClaudin quinKO+claudin5株をそれぞれ示す。
【0061】
この図7の結果から、5つのクローディン遺伝子を欠損したClaudin quinKO株では、上チャンバーに添加したフルオレセインが下チャンバーに漏れ出していることが分かる。同じ条件で実験をした場合の親株(MDCKII株)では、下チャンバーにはほとんどフルオレセインが漏れ出さないことが確かめられている。この結果からも、Claudin quinKO株では、細胞間にタイトジャンクションが形成されておらず、バリア機能が失われていることが分かった。
【0062】
一方、クローディン5遺伝子を導入したClaudin quinKO+claudin5株の場合は、いずれのクローンでも、上チャンバーに添加したフルオレセインは下チャンバーからはほとんど検出されなかった。このことから、これらClaudin quinKO+claudin5株では、クローディン5遺伝子を導入したことによって、タイトジャンクションが形成され、バリア機能が復活していることが分かった。
【0063】
以上の結果から、5つのクローディンを欠損することによって、タイトジャンクションが形成されず、バリア機能が失われたClaudin quinKO株に、クローディン遺伝子を導入してクローディンを発現させることによって、タイトジャンクションが形成され、バリア機能が発揮されることが分かった。
【0064】
また、Claudin quinKO株にクローディン1遺伝子又はクローディン5遺伝子を導入すれば、バリア機能を有するタイトジャンクションが形成されたことから、Claudin quinKO株は内在性のクローディンを実質的に発現しないことによって、タイトジャンクションを形成しなくなったものであり、タイトジャンクションを形成するための、例えば、上皮細胞極性などの性質や機能は保持していることが分かった。
【0065】
そのため、例えば、このClaudin quinKO株に様々なクローディン遺伝子を導入することによって、特定のクローディンのみからなるタイトジャンクションを形成することができる。その結果、クローディンに作用してタイトジャンクションのバリア機能に影響を与える物質をスクリーニングすることができると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7