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特許7408331浸炭肌での歯面疲労強度に優れる機械構造用の肌焼鋼及び該肌焼鋼を用いた機械構造用部品
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  • 特許-浸炭肌での歯面疲労強度に優れる機械構造用の肌焼鋼及び該肌焼鋼を用いた機械構造用部品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-22
(45)【発行日】2024-01-05
(54)【発明の名称】浸炭肌での歯面疲労強度に優れる機械構造用の肌焼鋼及び該肌焼鋼を用いた機械構造用部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231225BHJP
   C22C 38/40 20060101ALI20231225BHJP
   C22C 38/48 20060101ALI20231225BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20231225BHJP
   C21D 9/32 20060101ALN20231225BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20231225BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/40
C22C38/48
C21D1/06 A
C21D9/32 A
C21D8/06 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019176579
(22)【出願日】2019-09-27
(65)【公開番号】P2021055121
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2022-07-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】渕上 太一
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-224928(JP,A)
【文献】特開2010-053429(JP,A)
【文献】特開2016-050350(JP,A)
【文献】特開2014-198877(JP,A)
【文献】特開2014-185389(JP,A)
【文献】特開2013-028860(JP,A)
【文献】特開2019-099893(JP,A)
【文献】特開2011-184768(JP,A)
【文献】特開2021-028414(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 1/06
C21D 8/06
C21D 9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.15~0.30%、Si:0.40~0.70%、Mn:0.20~0.45%、P:0.025%以下、S:0.025%以下、Ni:0.20%以下、Cr:1.40~2.00%、Al:0.025~0.050%、N:0.0100~0.0250%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、
式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]とするとき、式Aにて算出される値が3.25≦1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]≦3.85を満足し、
かつ、式B:2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]とするとき、式Bにて算出される値が、2.80≦2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]を満足する(ただし、上記の式Aおよび式Bの[元素%]には当該元素の質量%の数値を代入する。)鋼を用いた浸炭された状態の機械構造用部品であって、
最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000H IT 以下となる点が8点以上あり、
最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000H IT 以上となる点が8点以上あり、
20μm深さでのC濃度が0.6%以上0.9%以下であり、
20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下である、浸炭された状態の機械構造用部品。
【請求項2】
請求項1に記載の化学成分に加えて、質量%で、Mo:0.10~0.90%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、
式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]とするとき、式Aにて算出される値が3.25≦1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]≦3.85を満足し、
かつ、式B:2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]とするとき、式Bにて算出される値が、2.80≦2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]を満足する(ただし、上記の式Aおよび式Bの[元素%]には当該元素の質量%の数値を代入する。)鋼を用いた、浸炭された状態の機械構造用部品であって、
最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000H IT 以下となる点が8点以上あり、
最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000H IT 以上となる点が8点以上あり、
20μm深さでのC濃度が0.6%以上0.9%以下であり、
20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下である、浸炭された状態の機械構造用部品。
【請求項3】
請求項1に記載の化学成分に加えて、質量%で、Nb:0.09%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、
式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]とするとき、式Aにて算出される値が3.25≦1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]≦3.85を満足し、
かつ、式B:2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]とするとき、式Bにて算出される値が、2.80≦2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]を満足する(ただし、上記の式Aおよび式Bの[元素%]には当該元素の質量%の数値を代入する。)鋼を用いた、浸炭された状態の機械構造用部品であって、
最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000H IT 以下となる点が8点以上あり、
最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000H IT 以上となる点が8点以上あり、
20μm深さでのC濃度が0.6%以上0.9%以下であり、
20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下である、浸炭された状態の機械構造用部品。
【請求項4】
請求項1に記載の化学成分に加えて、質量%で、Mo:0.10~0.90%、Nb:0.09%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、
式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]とするとき、式Aにて算出される値が3.25≦1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]≦3.85を満足し、
かつ、式B:2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]とするとき、式Bにて算出される値が、2.80≦2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]を満足する(ただし、上記の式Aおよび式Bの[元素%]には当該元素の質量%の数値を代入する。)鋼を用いた、浸炭された状態の機械構造用部品であって、
最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000H IT 以下となる点が8点以上あり、
最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000H IT 以上となる点が8点以上あり、
20μm深さでのC濃度が0.6%以上0.9%以下であり、
20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下である、浸炭された状態の機械構造用部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭ままで使用される動力伝達部品の歯車などに好適な、歯面疲労強度(すなわちピッチング寿命)に優れた浸炭肌の性質を呈する機械構造用の肌焼鋼及びこの肌焼鋼からなる浸炭された状態の機械構造用部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの動力伝達部品である歯車などに使用される機械構造用鋼としては、例えば、質量%でCrを0.90~1.20%,Mnを0.60~0.85%含む機械構造用クロム鋼のSCr鋼、Crを0.90~1.20%,Moを0.15~0.30%含む機械構造用クロム-モリブデン鋼のSCM鋼、あるいは自動車の軽量化・高燃費化およびエンジンの高出力化に伴いトランスミッションやディファレンシャル歯車の高強度化の要請に応えようと疲れ強さおよび衝撃強さを高めた高強度歯車用の開発鋼が存在する。
【0003】
この高強度化に向けて、肌焼鋼およびこれを用いた機械構造用部品の製造において、ピッチング寿命や曲げ疲労強度の向上のために、成分組成を調整し、表面から200μm深さ位置での硬さを規定した発明が提案されている(特許文献1参照。)
もっとも、この文献の発明では、炭化物の生成抑制のためにCuを必須に含有して過剰浸炭による疲労強度の低下を抑制しているが、一方で熱間加工性が低下しやすいという欠点がある。また、この文献は、ローラーピッチング試験時の内部最大せん断応力発生深さに該当する表面から200μm深さの位置の硬さが高いほどピッチングが発生しにくいとして、200μm深さの位置の硬さに着目しているが、ピッチングは最表面からき裂が発生するメカニズムであることに鑑みると、ピッチングの発生メカニズムと直接関連づいておらず、理論的背景が明らかではなく場当たり的な解決手段である。
【0004】
本願出願人は、これまでに浸炭ままでの歯車での使用を想定した、ピッチング寿命に優れる機械構造用肌焼鋼および機械構造用部品素材を発明している(特許文献2参照。)。これはピッチング寿命向上のため、粒界酸化の最大深さや不完全焼入層の最大深さ、不完全焼入層の面積割合を制御することに着目した発明であって、不完全焼入層の摩耗により、粒界酸化を消失させることで、ピッチング寿命を伸ばそうという着想に基づくものであるものの、浸炭したままの当初の表面状態までしか検討が及んでおらず、不完全焼入層が摩耗した後に、さらに長寿命を確保するまでには未だ至っていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6078008号公報
【文献】特開2016-222982号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車などの動力伝達部品である機械構造用鋼からなる機械構造用部品、例えば歯車などは、高面圧かつ部品同士の周速差による「すべり」が生じる過酷な環境下で使用されるものであり、この部品同士の「すべり」は歯車などの部品のピッチング発生を促す。
【0007】
そこで、本願の発明が解決しようとする課題は、自動車などの動力伝達部品における部品同士のすべりによって発生するピッチングに対応可能となる、優れたピッチング寿命を有する自動車などの動力伝達部品用の肌焼鋼を提供すること、また、この肌焼鋼からなる浸炭された状態のピッチング寿命に優れた機械構造用部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
機械構造用部品、とりわけ自動車などの動力伝達部品の歯面疲労強度の向上、すなわちピッチング寿命の向上に向けて、発明者は鋭意研究したところ、以下の知見を得た。
まず、動力伝達部品である歯車は、摺動開始からしばらくは金属接触によるなじみの段階を経る。この段階は、歯車の表面に浸炭層と同程度の硬さを有する硬質な浸炭異常層(不完全焼入層と粒界酸化からなる層)ができている場合と、浸炭層と比べて軟質な浸炭異常層ができている場合とに分かれる。
さて、硬質な浸炭異常層ができている場合は、硬質であるがゆえに、なじみが起こり難く、浸炭異常層内に含まれる粒界酸化を起点としたき裂が発生し、そのき裂が連結・伝播することで早期にピッチングに至る。
【0009】
一方、軟質な浸炭異常層ができている場合は、浸炭異常層は摩耗してき裂発生の起点となる粒界酸化が磨滅することとなるために、鋼材には新生面が生じ、この新生面における摺動の段階へと移行する。
この新生面における摺動では、摺動回数が増していくにつれて、部品表面の軟化が起きる。この軟化が進むと、き裂が発生および進展してピッチングに至る。
【0010】
そこで、本願の発明は、(1)軟質な浸炭異常層を生成させること、(2)鋼材の新生面での摺動への移行後における鋼材表面の軟化を抑えること、の双方を実現することで、ピッチング寿命を向上させることを目的とする。
【0011】
さて、本願の課題を解決するための手段は、第1の手段では、
質量%で、C:0.15~0.30%、Si:0.40~0.70%、Mn:0.20~0.45%、P:0.025%以下、S:0.025%以下、Ni:0.20%以下、Cr:1.40~2.00%、Al:0.025~0.050%、N:0.0100~0.0250%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼であり、
また、該鋼は、式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]とするとき、式Aにて算出される値が3.25≦1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]≦3.85を満足し、
かつ、該鋼は、式B:2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]とするとき、式Bにて算出される値が、2.80≦2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]を満足するもの(ただし、上記の式Aおよび式Bの[元素%]には当該元素の質量%の数値を代入する。)であって、
さらに該鋼からなる鋼素材は、浸炭した場合に、
浸炭後の最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000HIT以下となる点が8点以上あり、
浸炭後の最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000HIT以上となる点が8点以上あり、
20μm深さでのC濃度が0.6%以上0.9%以下であり、
20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下であること
を満足し、浸炭肌の性質を呈すること、
を特徴とする、歯面疲労強度に優れる機械構造用の肌焼鋼である。
【0012】
第2の手段では、第1の手段に記載の化学成分に加えて、質量%で、Mo:0.10~0.90%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼であり、
また、該鋼は、式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]とするとき、式Aにて算出される値が3.25≦1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]≦3.85を満足し、
かつ、該鋼は、式B:2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]とするとき、式Bにて算出される値が、2.80≦2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]を満足するもの(ただし、上記の式Aおよび式Bの[元素%]には当該元素の質量%の数値を代入する。)であって、
さらに該鋼からなる鋼素材は、浸炭した場合に、
浸炭後の最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000HIT以下となる点が8点以上あり、
浸炭後の最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000HIT以上となる点が8点以上あり、
20μm深さでのC濃度が0.6%以上0.9%以下であり、
20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下であること
を満足し、浸炭肌の性質を呈すること、
を特徴とする、歯面疲労強度に優れる機械構造用の肌焼鋼である。
【0013】
第3の手段では、第1の手段の化学成分に加えて、質量%で、Nb:0.09%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼であり、
また、該鋼は、式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]とするとき、式Aにて算出される値が3.25≦1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]≦3.85を満足し、
かつ、該鋼は、式B:2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]とするとき、式Bにて算出される値が、2.80≦2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]を満足するもの(ただし、上記の式Aおよび式Bの[元素%]には当該元素の質量%の数値を代入する。)であって、
さらに該鋼からなる鋼素材は、浸炭した場合に、
浸炭後の最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000HIT以下となる点が8点以上あり、
浸炭後の最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000HIT以上となる点が8点以上あり、
20μm深さでのC濃度が0.6%以上0.9%以下であり、
20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下であること
を満足し、浸炭肌の性質を呈すること、
を特徴とする、歯面疲労強度に優れる機械構造用の肌焼鋼である。
【0014】
第4の手段では、第1の手段の化学成分に加えて、質量%で、Mo:0.10~0.90%、Nb:0.09%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼であり、
また、該鋼は、式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]とするとき、式Aにて算出される値が3.25≦1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]≦3.85を満足し、
かつ、該鋼は、式B:2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]とするとき、式Bにて算出される値が、2.80≦2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]を満足するもの(ただし、上記の式Aおよび式Bの[元素%]には当該元素の質量%の数値を代入する。)であって、
さらに該鋼からなる鋼素材は、浸炭した場合に、
浸炭後の最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000HIT以下となる点が8点以上あり、
浸炭後の最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000HIT以上となる点が8点以上あり、
20μm深さでのC濃度が0.6%以上0.9%以下であり、
20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下であること
を満足し、浸炭肌の性質を呈すること、
を特徴とする、歯面疲労強度に優れる機械構造用の肌焼鋼である。
【0015】
第5の手段では、最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000HIT以下となる点が8点以上あり、最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000HIT以上となる点が8点以上あり、20μm深さでのC濃度が0.6%以上0.9%以下であり、20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下であること、を満足していることを特徴とする、第1から第4のいずれか1の手段に記載の肌焼鋼を用いた、浸炭された状態の機械構造用部品である。
【発明の効果】
【0016】
本願の発明である上記の1~5の手段によると、この肌焼鋼を用いた機械構造用部品や機械構造用部品素形材、例えば歯車等の機械構造用部品を有効に浸炭した場合には、
1)式Aの値が3.25≦1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]≦3.85を満足するとき、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、浸炭後の最表面から5μm深さの硬さが9000HIT以下となる点は8点以上であるから、最表面に軟質な浸炭異常層を生成させたものとなっており、浸炭異常層が軟質であることでき裂発生の起点となる粒界酸化を早期に磨滅させることができるので、き裂の発生を回避しやすくなり、その後に生じた新生面についても、
2)20μm深さのC濃度が0.6%以上0.9%以下、かつ20μm深さの残留オーステナイト(γ)量が40vol.%以下を満足するとき、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、浸炭後の最表面から20μm深さの硬さが10000HIT以上となる点は8点以上であるから、
軟質な浸炭異常層の直下に、歯車の歯面として十分な硬さの浸炭層を備えた新生面を形成しうるものとなっており、さらに
3)式Bの値が、2.80≦2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]を満足するときには、軟化抵抗性が備わっており軟化を抑制できることとなるので、この新生面が摺動したときに生じる熱等でも母材が軟化されにくくなる。
【0017】
そこで、本発明の肌焼鋼を浸炭したとき、優れたピッチング寿命を呈する機械構造用鋼が得られる。そして、これを歯車などの機械構造用鋼部品に用いれば、優れた歯面疲労強度を示す。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】(a)はローラーピッチング試験片の形状図であり、(b)はローラーピッチング試験の概念図である。
図2】浸炭焼入れ焼戻しパターンの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本願の発明を実施するための形態の記載に先立って、本願の発明鋼の化学成分の限定理由および当該鋼の鋼素材を浸炭した場合の特性の限定理由について説明する。なお、化学成分における%は、質量%である。
【0020】
C:0.15~0.30%
Cは、鋼素材の芯部の焼入性、鍛造性および機械加工性に影響する元素である。Cが0.15%より少ないと、十分な芯部硬さが得られず、芯部硬さの低下による低サイクル疲労強度が低下する。一方、Cが0.30%より多いと、鋼素材の硬さが上昇し、被削性および冷間加工性が低下する。そこで、Cは0.15~0.30%とする。
【0021】
Si:0.40~0.70%
Siは、製鋼時の脱酸に必要な元素であり、また、鋼素材の焼戻し軟化抵抗性を高めピッチング寿命の向上に有効な元素である。Siが0.40%より少ないと、脱酸材として不足し、かつ鋼素材の焼戻し軟化抵抗が不足する。一方、Siが0.70%より多いと、鋼素材の硬さが上昇して加工性が低下し、さらに、浸炭阻害を起こしやすく、ピッチング寿命の劣化につながる元素である。そこで、Siは0.40~0.70%とする。
【0022】
Mn:0.20~0.45%
Mnは、製鋼時の脱酸に必要な元素であり、鋼素材の焼入性の確保に必要な元素でもある。Mnが0.20%より少ないと、脱酸材として不足し、かつ鋼素材からなる部材の焼入性が不足する。一方、Mnが0.45%より多いと、鋼素材の硬さが上昇して加工性が低下し、かつ鋼素材からなる部材の浸炭後の最表面から5μm深さの硬さが上昇する。そこで、Mnは0.20~0.45%とする。
【0023】
P:0.025%以下
Pは、不可避不純物として含有される元素である。Pは0.025%より多く含有されると、鋼素材の静的強度および疲労強度が低下する。そこで、Pは0.025%以下とする。
【0024】
S:0.025%以下
Sは、不可避不純物として含有される元素である。Sが0.025%より多いと、Mnと結合して形成されるMnSの量が増加することで、鋼素材の冷間加工性が低下し、かつ疲労強度も低下する。そこで、Sは0.025%以下とする。
【0025】
Ni:0.20%以下
Niは、不可避不純物として含有される元素である。Niは高価な元素であるので0.20%より多く含有させることは、コストアップとなる。そこで、Niは0.20%以下とする。
【0026】
Cr:1.40~2.00%
Crは、鋼素材の焼入性の確保に必要な元素であり、かつ焼戻し軟化抵抗性を高める元素である。しかし、Crは1.40%より少ないと、焼入性および焼戻し軟化抵抗性が十分に得られない。一方、Crは2.00%より多いと、炭化物を過剰生成して加工性を阻害する。また、浸炭阻害を起こしてピッチング寿命の低下につながる場合もある。そこで、Crは1.40~2.00%とする。
【0027】
Al:0.025~0.050%
Alは、製鋼時の脱酸材、結晶粒度調整材あるいは合金元素として有用な元素である。しかし、Alが0.025%より少ないと、脱酸材として不足し、また微細な炭窒化物が十分に形成されず、結晶粒が粗大化する結果、ピッチング寿命の低下をきたす。一方、Alが0.050%より多いと、粗大な炭窒化物を形成して加工性を低下する。そこで、Alは0.025~0.050%とする。
【0028】
N:0.0100~0.0250%
Nは、鉄鋼中においては、多くはAlと化合して高温で析出し、AlNの微細析出物をつくり、結晶粒の成長を抑える働きをする元素である。しかし、Nが0.0100%より少ないと、微細な炭窒化物の形成が不足し、結晶粒が粗大化しやすくなる。一方、Nが0.0250%より多いと、窒化物や炭窒化物が過剰生成され、鋼素材の加工性を低下する。そこで、Nは0.0100~0.0250%とする。
【0029】
Mo:0.10~0.90%
Moは、高価な元素であるが、焼入性を向上させ、焼戻し軟化抵抗性を向上させる働きを有する。そこでMoを含有することが好ましい。もっとも、Moが0.10%より少ないと、焼入性の向上の効果および焼戻し軟化抵抗性の向上の効果が得られない。そこで、Moを添加する場合は、焼入性の向上の効果および焼戻し軟化抵抗性の向上の効果が得られるよう0.10%以上含有することが好ましい。一方でMoは0.90%より多いと、コストアップとなり、かつ鋼素材の硬さを高める結果、加工性が低下する。そこで、Moを添加する場合は0.10~0.90%とする。
【0030】
Nb:0.09%以下
Nbは、浸炭時に炭化物または炭窒化物を形成し、結晶粒の成長を抑える働きをする元素である。しかし、Nbが0.09%より多く含有されると、粗大炭化物もしくは粗大炭窒化物が生成される結果、加工性が低下し、また、コストアップとなる。そこで、Nbを添加する場合も0.09%以下とし、望ましくは0.03~0.09%とする。
【0031】
式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]の値が3.25~3.85
式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]で規定される、式Aの値は、3.25より小さいと、粒界酸化の近傍のみで合金元素の欠乏が起き、軟質な不完全焼入層を生成しない。
一方、式Aの値が3.85より大きいと、粒界酸化近傍のみならず粒内でも合金元素の濃度低下が起きるが、添加されている合金元素量自体が多いため不完全焼入層の焼入性が比較的高く、硬質な不完全焼入層を生成する。
そこで、式A:1.4×[Mn%]+[Cr%]+2×[Si%]の値は、表3にも示すように、3.25~3.85とする。
【0032】
式B:2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]の値が2.80以上
2.1×[Si%]+[Cr%]+3.3×[Mo%]で規定される式Bの値が2.80以上とされるのは、母材である鋼素材の軟化抑制のためである。
しかし、Bの値が2.80未満では、不完全焼入層の磨滅後に、軟化が促進される結果、ピッチング寿命が低下する。
そこで、式Bの値は、表3に示すように、2.80以上とする。
なお、Moは任意の添加元素であるため、Moを含まない場合は、[Mo%]には0を代入する。
【0033】
なお、鉄スクラップ原料由来の不可避不純物としてCuが混入する場合がある。Cuは連続鋳造時および圧延時に表面に集まって割れの原因となるが、鋼の精錬で除去できない成分である。Cuの不可避不純物としての混入量は0.30%以下であるが、鉄スクラップ等の原料の選別によって、より好ましくは、不可避不純物としてのCuは0.20%以下とする。
【0034】
浸炭後の最表面から20μm深さのC濃度:0.60~0.90%
浸炭後の最表面から20μm深さのC濃度が0.60%より低いと、最表面から20μm深さの固溶C量が不足する結果、硬いマルテンサイトが得られないので、浸炭後の最表面から20μm深さにおいて目的の硬さが得られず、ピッチング寿命が低下する。一方、浸炭後の最表面から20μm深さのC濃度が0.90%より高いと、C量の過多により残留オーステナイトが過剰に増加することとなる結果、ピッチング寿命が低下する。そこで、浸炭後の最表面から20μm深さのC濃度は、表3に示すように、0.60~0.90%とする。
【0035】
浸炭後の最表面から20μm深さの残留オーステナイト量:40vol.%以下
浸炭後の最表面から20μm深さの残留オーステナイト量は40vol.%より多いと、硬さが低くなる結果、ピッチング寿命が低下する。そこで、浸炭後の最表面から20μm深さの残留オーステナイト量は、表3に示すように、40vol.%以下とする。
【0036】
浸炭後の最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが9000HIT以下となる点が8点以上あること
浸炭後の最表面から5μm深さについて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点の硬さを測定したとき、浸炭後の最表面から5μm深さの硬さが、9000HIT以下となる点が8点未満となる場合は、当該鋼の鋼素材における不完全焼入層が硬いものとなるので、なじみが不十分となり、粒界酸化が残存することとなる。その結果、き裂の発生起点が残存することとなることから、ピッチング寿命の低下が引き起こされる。
そこで、浸炭後の最表面から5μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点の硬さを測定した場合に、その硬さが9000HIT以下の点の箇所は、表3に示すように、10点中の8点以上とする。すると最表面に軟質な浸炭異常層が生成して早期に磨滅することとなるので、粒界酸化がき裂の起点となりにくく、磨滅で生じた新生面における摺動の段階に速やかに移行することができる。
【0037】
浸炭後の最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点を測定したうち、その硬さが10000HIT以上となる点が8点以上あること
浸炭後の最表面から20μm深さにおいて、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点をナノインデンターにより硬さを測定したとき、その硬さが、10000HIT以上となる点が8点未満となる場合は、当該鋼の鋼素材における不完全焼入層の磨滅後の新生面の硬さが十分とはいえないことから、有効な浸炭層が得られていなものとなり、摩耗が継続して進行することとなる。その結果、ピッチング寿命が低下する。
そこで、ナノインデンテーション法にて1mm間隔で10点をナノインデンターにより硬さを測定したうち、浸炭後の最表面から20μm深さの硬さが10000HIT以上となる点の箇所は、下記の表3に示すように、10点中の8点以上とする。これにより新生面が十分な硬さを備えることとなる。
【0038】
なお、本発明の肌焼鋼を浸炭する際には、たとえば、ガス浸炭処理であれば、浸炭温度:900~1000℃、Cp値:0.80~0.95、焼入温度:A1変態点+30~50℃、焼戻し温度:150~250℃の条件で熱処理することで、所望の特性の浸炭肌を得ることができる。図2は、浸炭焼入焼戻しパターンの条件の1例である。
【0039】
次いで、発明を実施するための形態について、以下の実施例を通じて説明する。
課題を解決するための手段の記載に先立って記述したように、自動車などの動力伝達部品である歯車の表面にできる浸炭異常層を軟質にすることでき裂発生の起点となる粒界酸化を磨滅させ、鋼材の新生面での摺動への移行後に鋼材表面の軟化を抑えることによって、ピッチング寿命を向上させることとなる。その実施の形態について説明する。
【0040】
表1に示す本願の発明鋼のNo.1~17および比較鋼のNo.1~16の各化学成分と、その残部のFeおよび不可避不純物との合計で100%の化学成分となる各鋼のそれぞれを、100kg真空誘導溶解炉(VIM)で溶解し、これらを各インゴットに鋳造して1250℃でφ30mm径に鍛伸し、次いで900℃で1時間の焼ならしを行った。
その後、図1の(a)のローラーピッチング試験片の小ローラー1に示す粗加工を実施した。粗加工の際には、試験部2の仕上げ加工を実施しており、つかみ部3には浸炭後に研削仕上げ加工を行うために、片肉0.2mmの余肉を付与した。なお、図1の(b)はローラーピッチング試験の概念図である。
【0041】
次に、図2に示す、浸炭焼入焼戻しパターンの条件からなる、浸炭温度930℃、狙いCp=0.90%で、0.5時間の均熱、3.0時間の浸炭、2.5時間の拡散後、830℃で0.5時間保持後、60℃に油中焼入れし、さらに180℃に1.5時間保持して空冷する焼戻しを行うガス浸炭焼入焼戻しを実施して、ローラーピッチング試験片の小ローラー1を作製した。
【0042】
【表1】
【0043】
上記で作製したローラーピッチング試験片の小ローラー1を用いてピッチング寿命の評価のため、表2に示す条件、すなわち、相手材である図1の(b)に示すローラーピッチング試験片の大ローラー4をSCM420相当鋼で作製し、このSCM420相当鋼の浸炭研磨材を、すべり率:-40%、面圧:3.3GPa、潤滑油温度:80℃、として、図1の(b)に示すローラーピッチング試験を実施した。
以下の表3に評価指標として示したピッチング寿命比は、SCM420相当鋼である比較鋼No.12のL50寿命を基準値(1.0)として、その何倍であるかを表示した。
【0044】
【表2】
【0045】
本願の発明鋼のNo.1~17および比較鋼のNo.1~16を用いてガス浸炭にて作製した各試験片の特性の、式Aの値、式Bの値、浸炭後の最表面から20μm深さのC濃度(%)、浸炭後の最表面から20μm深さの残留オーステナイト(γ)量(%)、浸炭後の最表面から5μm深さの硬さが9000HIT以下となる点(箇所)の数、浸炭後の最表面から20μm深さの硬さが10000HIT以上となる点(箇所)の数、およびローラーピッチング試験によるピッチング寿命比(倍)の評価項目を、それぞれ以下の表3に示す。なお、表3の式Bの値は、表1に示した発明鋼と比較鋼のうちMo量が「-」で標記された鋼については、式Bの[Mo%]に0を代入して値を算定した。
【0046】
【表3】
【0047】
表3に示す上記の評価項目における、本願の発明鋼および比較鋼の評価方法は、それらの鋼からなる鋼素材について、以下の手順で行った。
(1)浸炭後の最表面から20μm深さのC濃度測定では、まず作製したローラーピッチング試験片(小ローラー)1を、長さ方向に垂直な断面であるT面で切断し、EPMA(電子線マイクロアナライザー)により、浸炭後の試験片の最表面から20μm深さ位置に相当するT面上の任意の箇所のC濃度を測定した。この場合、各No.の試験片で、それぞれn=3の測定を行い、その平均値をC濃度とした。発明鋼の長さ方向に垂直な断面であるT面で切断した浸炭後の試験片の最表面から20μm深さのC濃度は0.60~0.84%であった。
【0048】
(2)浸炭後の最表面から20μm深さの残留オーステナイト量は、XRD(X線回折)による残留オーステナイト量の測定によって求めた。まず、作製した浸炭後の試験片の最表面から20μm深さまで電解研磨を行い、これをXRDにより測定し、この20μm深さ位置における残留オーステナイト量を求めた。この場合、各No.の試験片毎に、それぞれn=3の測定を行い、その平均値を残留オーステナイト量とした。浸炭後の試験片の最表面から20μm深さの残留オーステナイト量は40vol.%以下であった。
【0049】
(3)浸炭後の最表面から5μm深さの硬さの測定は、ナノインデンター(エリオニクス製:ENT-1100b)を用いて計測した。まず、作製したローラーピッチング試験片(小ローラー)1を使用し、長さ方向に垂直な断面であるT面で切断し、垂直断面であるT面上において、浸炭後の表面から5μmの深さの位置を10箇所選択し、それぞれの箇所においてナノインデンターで測定し、最表面から5μm深さ位置の10点の硬さ(HIT)を得た。
なお、ナノインデンテーション法は、ISO 14577-1に準拠した解析手法に基づいた。圧子形状はバーコビッチであり、圧子先端補正はOliver&Pharrの手法で行い、押し込み荷重は2mNとした。
この場合の、発明鋼の表面から5μm深さの硬さの9000HIT以下となる点(箇所)の数は8以上であった。
【0050】
(4)浸炭後の最表面から20μm深さの硬さの測定も、ナノインデンターを用いて計測した。(3)のT面上において、浸炭後の表面から20μmの深さの位置を10箇所選択し、それぞれの箇所においてナノインデンターで測定し、最表面から20μm深さ位置の10点の硬さ(HIT)を得た。
この場合の、発明鋼の表面から20μm深さの硬さの10000HIT以上となる点(箇所)の数は8以上であった。
【0051】
(5)ローラーピッチング試験によるピッチング寿命の評価は、表2に示す条件において、上記のローラーピッチング試験片の小ローラー1を用いた図1の(b)の概念図に示すローラーピッチング試験によって行った。
そして、SCM420相当鋼の比較鋼のNo.12のL50寿命の値を基準値(1.0)とし、この1.0の何倍であるかを、表3のピッチング寿命比の欄に記載し、2.5倍以上を良好として発明鋼とした。
なお、このローラーピッチング試験のピッチング寿命比の値は、n=5の試験を行って得られたL50寿命の値である。
【0052】
すなわち、発明鋼No.1~17は、表3の比較鋼のNo.12のSCM420相当鋼のL50寿命を基準値(1.0)とするとき、発明鋼ではピッチング寿命比が2.5倍~3.3倍であった。発明鋼では最表面から5μm深さでの硬さが9000HIT以下の測定点が10点中8箇所以上であり、軟質な浸炭異常層ができていると思われるところ、軟質な浸炭異常層はなじみやすく、き裂発生の起点となる粒界酸化が磨滅してしまうので、き裂の発生要因の低減につながっている。また、発明鋼では、表面から20μm深さの硬さの10000HIT以上となる点(箇所)の数が10点中8以上であるから、軟化を抑えることに資するものとなっている。そこで、ピッチング寿命比が優れたものとなっている。
【0053】
これに対して、比較例No.1は、Mnの含有量が少なく、式Aの値も低く、十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので、5μm深さでの硬さが高く、また式Bの値も低いので、軟化が促進されやすいものとなっており、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
比較例No.2は、Mnの含有量が多く硬さが上昇しやすいので、5μm深さでの硬さが高く、また、式Bが低いので軟化が促進されやすいものとなっており、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
比較例No.3は、Crの含有量が少なく、式Aの値も低く、十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので、5μm深さでの硬さが高く、また式Bの値も低いので、軟化が促進されやすいものとなっており、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
比較例No.4は、Crの含有量が多く浸炭阻害が生じやすいところ、20μm深さでのC濃度は低くさらに硬さも低く、ピッチング寿命比も2.2倍に止まった。
比較例No.5は、Alの含有量が少ないので結晶粒が粗大化しやすく、式Aの値も低く十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので、5μm深さでの硬さが高く、また式Bの値も低いので、軟化が促進されやすいものとなっており、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
比較例No.6は、Alの含有量が多く、式Aの値も低く十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので、5μm深さでの硬さが高く、また式Bの値も低いので、軟化が促進されやすいものとなっており、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
比較例No.7は、Nの含有量が多く、式Aの値が低く十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので、5μm深さでの硬さが高く、ピッチング寿命比は2.4倍に止まった。
比較例No.8は、Siの含有量が多く浸炭阻害が生じやすく、式Aの値も低く十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので、5μm深さでの硬さが高く、また式Bの値も低いので、軟化が促進されやすいものとなっており、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
比較例No.9は、C、Mn、Crの含有量が多く、5μm深さでの硬さが高く、ピッチング寿命比は2倍未満となった。
比較例No.10は、Moの含有量が多く、式Aの値は低く5μm深さでの硬さが高く、また式Bの値も低いので軟化が促進されやすく、また20μm深さでの残留γ量が多く硬さが不足することから、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
比較例No.11は、CrとMoの含有量が多く浸炭が阻害されて、20μm深さでのC濃度が低くまた硬さも不足しているので、ピッチング寿命比は2倍未満となった。
比較例No.12は、SiとCrの含有量が少なく、Mnの含有量が多いSCM420相当鋼であるところ、式Aの値は低く十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので、5μm深さでの硬さが高く、ピッチング寿命比は1倍である。
比較例No.13は、Nbの含有量が多く、粗大炭窒化物が生成されており、式Aの値は低く十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので5μm深さでの硬さが高く、ピッチング寿命比は2倍未満となった。
比較例No.14は、Cの含有量が少なく、Crの含有量が多く浸炭阻害を起こし、20μm深さでのC濃度が低く、また式Bの値も低いので軟化が促進されやすいものとなっており、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
比較例No.15は、Siの含有量が少なく、式Aの値が低く十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので5μm深さでの硬さが高く、また式Bの値も低いので軟化が促進されやすいものとなっており、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
比較例No.16は、Cの含有量が多く芯部硬さが高く、式Aの値も低く十分に軟質な浸炭異常層が生成されていないので5μm深さでの硬さは高く、また式Bの値も低いので、軟化が促進されやすいものとなっており、また20μm深さでの残留γ量が多く硬さが不足することから、ピッチング寿命比も2倍未満となった。
【符号の説明】
【0054】
1 ローラーピッチング試験片の小ローラー
2 試験部
3 つかみ部
4 ローラーピッチング試験片の大ローラー(相手材)
図1
図2