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  • 特許-電極触媒用途向けの金属ドープ酸化スズ 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-22
(45)【発行日】2024-01-05
(54)【発明の名称】電極触媒用途向けの金属ドープ酸化スズ
(51)【国際特許分類】
   C01G 19/02 20060101AFI20231225BHJP
   C01G 19/00 20060101ALI20231225BHJP
   C01G 30/00 20060101ALI20231225BHJP
   H01M 4/90 20060101ALI20231225BHJP
   C25B 11/054 20210101ALI20231225BHJP
   C25B 11/067 20210101ALI20231225BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20231225BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20231225BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20231225BHJP
【FI】
C01G19/02 Z
C01G19/00 A
C01G30/00
H01M4/90 X
C25B11/054
C25B11/067
C25B1/04
C25B9/00 A
H01M8/10 101
【請求項の数】 11
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2022067022
(22)【出願日】2022-04-14
(62)【分割の表示】P 2018548838の分割
【原出願日】2017-03-17
(65)【公開番号】P2022106781
(43)【公開日】2022-07-20
【審査請求日】2022-04-28
(31)【優先権主張番号】16161261.9
(32)【優先日】2016-03-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】508020155
【氏名又は名称】ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】Carl-Bosch-Strasse 38, 67056 Ludwigshafen am Rhein, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 聡明
(72)【発明者】
【氏名】ポン,シュー ユワン
(72)【発明者】
【氏名】リンコン-オバレス,ロサルバ アドリアナ
(72)【発明者】
【氏名】ヴェンカタラマン,シャム スンダール
(72)【発明者】
【氏名】バイアー,ドムニク
(72)【発明者】
【氏名】ハース,アンドレアス
【審査官】青木 千歌子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/147029(WO,A1)
【文献】XU,Junyuan et al.,"Antimony doped tin oxides and their composites with tin pyrophosphates as catalyst supports for oxy,Int. J. Hydrogen Energy,米国,Elsevier Ltd.,,2012年10月26日,VOL.37,PP.18629-18640,1.Introduction, 2.4.Electrolyzer cell tests
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 19/02
C01G 19/00
C01G 30/00
H01M 4/90
C25B 11/054
C25B 11/067
C25B 1/04
C25B 9/00
H01M 8/10
B01J 23/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも30m/gのBET表面積を有し、
Sbである、金属ドーパントを含み、
前記金属ドーパントが
スズおよび金属ドーパントの原子の総量に対して5.0at%から25at%までの量で存在し、
Sb3+原子およびSb5+原子を含有する混合原子価状態であり、および
Sb5+のSb3+に対する原子比が、X線光電子分光により測定して、6.0から8.0までである、金属ドープ酸化スズ。
【請求項2】
前記金属ドーパントの量が5.0at%から10.0at%までである、請求項1に記載の金属ドープ酸化スズ。
【請求項3】
前記金属ドープ酸化スズのBET表面積が30m/gから150m/gまでであり、および/または前記金属ドープ酸化スズの電気伝導度が少なくとも0.020S/cmである、請求項1または2に記載の金属ドープ酸化スズ。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の金属ドープ酸化スズを製造する方法であって、
金属ドープ前駆体固体を、スズ含有分子前駆体化合物および金属ドーパント含有分子前駆体化合物を含む反応混合物から湿式化学合成により製造し、
前記金属ドープ前駆体固体を熱処理にかける、
方法。
【請求項5】
前記湿式化学合成が、ゾルゲル法、化学沈殿法、水熱合成法、噴霧乾燥法、またはそれらの任意の組合せである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記スズ含有分子前駆体化合物および前記金属ドーパント含有分子前駆体化合物を酸性のpHで混合し、その後前記金属ドープ前駆体固体が沈殿するまで塩基を加えることにより、pHを上昇させる、ならびに/または湿式化学合成をアルコール溶媒中で実行する、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
前記スズ含有分子前駆体化合物が、ハロゲン化スズもしくは硝酸スズなどのスズ塩、またはスズアルコキシド、またはそれらの混合物である、および/あるいは前記金属ドーパント含有分子前駆体化合物が、ハロゲン化金属、カルボン酸金属塩、もしくは金属アルコキシド、またはそれらの任意の混合物である、請求項4から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
金属ドープ酸化スズ、および前記金属ドープ酸化スズに担持された電極触媒を含み、前記電極触媒が好ましくは酸素発生反応(OER)触媒または酸素還元反応(ORR)触媒であり、
前記金属ドープ酸化スズは、少なくとも30m/gのBET表面積を有し、及びSbである、少なくとも1種の金属ドーパントを含み、前記金属ドーパントがスズおよび金属ドーパントの原子の総量に対して5.0at%から25at%までの量で存在し、Sb3+原子およびSb5+原子を含有する混合原子価状態であり、およびSb5+のSb3+に対する原子比が、6.0から8.9までである、複合材料。
【請求項9】
請求項8に記載の複合材料を含有する電気化学デバイス。
【請求項10】
PEM水電解槽またはPEM燃料電池である、請求項9に記載の電気化学デバイス。
【請求項11】
電気化学デバイス、好ましくはPEM水電解槽またはPEM燃料電池における触媒担体として、請求項1から3のいずれか一項に記載の金属ドープ酸化スズを使用する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
水素は種々の科学技術により生成できる前途有望なクリーンエネルギーキャリアである。現在、水素は主に天然ガスの水蒸気改質により生成される。しかしながら、化石燃料の水蒸気改質は低純度の水素を生成する。
【背景技術】
【0002】
高品質の水素は水電解により生成できる。当業者に公知であるように、水電解槽(すなわち、水電解が実行されるデバイス)は、酸素発生反応(OER)が起こる少なくとも1個のアノード含有ハーフセル、および水素発生反応(HER)が起こる少なくとも1個のカソード含有ハーフセルを含有する。2個以上のセルをつなぎ合わせれば、積層構造が得られる。したがって、積層構造を有する水電解槽は少なくとも2個のアノード含有ハーフセルおよび/または少なくとも2個のカソード含有ハーフセルを含有する。
【0003】
さまざまなタイプの水電解槽が公知である。
【0004】
アルカリ水電解槽において、電極はアルカリ電解液(例えば、20~30%KOH水溶液)中に浸漬される。2個の電極は隔膜により分離され、この隔膜により生成ガスは互いに離れたままになるが、水酸化物イオンおよび水分子は透過することができる。次の反応スキームはアルカリ水電解槽のアノード含有ハーフセル中のアノード表面で起こる酸素発生反応を示す。
【0005】
4OH→O+2HO+4e
【0006】
高分子電解質膜(PEM)水電解槽(「プロトン交換膜(PEM)水電解槽とも呼ばれる」)において、固体高分子電解質が使用され、このおかげで電極を互いに電気的に隔離する一方アノードからカソードへプロトン移動し、生成ガスを分離する。次の反応スキームはPEM水電解槽のアノード含有ハーフセル中のアノード表面で起こる酸素発生反応を示す。
【0007】
2HO→4H+O+4e
【0008】
その複雑性のため、酸素発生反応はゆるやかな反応速度を有し、このことが妥当な速度で酸素を生成するためにアノード側で著しい過電圧が必要な理由である。典型的に、PEM水電解槽は約1.5から2V(対RHE(「可逆水素電極」))の電圧で操作される。
【0009】
pHはきわめて酸性が強く(PEM:pH2未満)、高い過電圧を印加しなければならないので、PEM水電解槽のアノード側に存在する材料はきわめて高い耐食性を必要とする。
【0010】
典型的に、水電解槽のアノードは酸素発生反応のための触媒(OER電極触媒)を含む。適切なOER電極触媒は当業者に公知であり、例えばM.Carmoら、「A comprehensive review on PEM water electrolysis」、International Journal of Hydrogen Energy、Vol.38、2013年、4901~4934頁、およびH.Dauら、「The Mechanism of Water Oxidation: From Electrolysis via Homogeneous to Biological Catalysis」、ChemCatChem、2010年、2、724~761頁により記述されてきた。
【0011】
バルク触媒は、電気化学活性のための表面積が限られている。触媒的に活性な表面積を増大させるため、触媒の担体への適用が一般に公知である。
【0012】
カーボンブラック、活性炭、およびグラフェンなどの炭素材料は、さまざまなタイプの触媒のための担体として一般的に使用される。しかしながら、PEM水電解槽のアノード側の操作条件下(すなわち高い酸性条件および高い過電圧)で、炭素は酸化分解(「カーボン腐食」とも呼ばれる)を受け、それゆえにOERハーフセルで使用するためには安定性が十分でない。
【0013】
PEM燃料電池において、酸素発生反応は逆方向であり、次の反応スキームにより説明できる。
【0014】
4H+O+4e→2H
【0015】
この反応は一般的に「酸素還元反応」(ORR)と呼ばれ、PEM燃料電池のカソードで起こる。適切なORR電極触媒は一般的に当業者に公知である。典型的に、酸性媒体中では、ORRのための電極触媒はOERを効率的に触媒する電極触媒とは異なる。
【0016】
現在、PEM燃料電池カソードは典型的に60℃~85℃の範囲の温度および0.5~0.95V(対RHE)の範囲の電位で操作される。PEM燃料電池操作条件下の炭素酸化の反応速度は比較的遅いので、炭素材料はORR電極触媒のための担体として使用できる。しかしながら、PEM燃料電池における炭素担体の腐食は依然としてPEM燃料電池の性能に不利な影響を及ぼす問題である。
【0017】
したがって、PEM燃料電池のカソード側、および、さらに難しいことに、PEM水電解槽のアノード側の操作条件下で、十分に安定な材料は依然として必要であり、その材料はOERまたはORR触媒に対し効率のよい担体の役割を果たす可能性がある。
【0018】
アンチモンドープ酸化スズ(「ATO」とも呼ばれる)などの金属ドープ酸化スズは、OERまたはORR触媒のための前途有望な担体材料であり得ることが公知である。
【0019】
M.P.Gurrolaら、Int. J. Hydrogen Energy、2014年、39、16763~16770頁では、PEM電解槽および燃料電池のための電極触媒担体として試験されてきたSbドープSnOについて記述されている。
【0020】
J.Xuら、Int. J. Hydrogen Energy、2012年、37、18629~18640頁、G.Liuら、Int. J. Hydrogen Energy、2014年、39、1914~1923頁、およびV.K. Puthiyapuraら、J. Power Sources、2015年、269、451~460頁でも、PEM水電解槽における電極触媒担体としてのSbドープ酸化スズについて記述されている。
【0021】
C.Terrierら、Thin Solid Films、263(1995年)、37~41頁では、ゾルゲルディップコーティング技術によるSbドープ酸化スズ膜の製造について記述されている。アンチモンはSb5+イオンおよびSB3+イオンを含有する混合原子価状態である。SnO格子へSb3+イオンを組み入れることにより電子受容中心が作り出される一方、Sb5+イオンを組み入れることにより電子供与中心が作り出される。両方の場所が共存することにより伝導度に影響を及ぼす可能性がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0022】
【文献】M.Carmoら、「A comprehensive review on PEM water electrolysis」、International Journal of Hydrogen Energy、Vol.38、2013年、4901~4934頁
【文献】H.Dauら、「The Mechanism of Water Oxidation: From Electrolysis via Homogeneous to Biological Catalysis」、ChemCatChem、2010年、2、724~761頁
【文献】M.P.Gurrolaら、Int. J. Hydrogen Energy、2014年、39、16763~16770頁
【文献】J.Xuら、Int. J. Hydrogen Energy、2012年、37、18629~18640頁
【文献】G.Liuら、Int. J. Hydrogen Energy、2014年、39、1914~1923頁
【文献】V.K.Puthiyapuraら、J. Power Sources、2015年、269、451~460頁
【文献】C.Terrierら、Thin Solid Films、263(1995年)、37~41頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
本発明の目的は、PEM水電解槽またはPEM燃料電池の操作条件下で十分に安定であり、高レベルの電気化学性能を保持し、OERまたはORR触媒のための効率のよい担体の役割を果たす可能性がある金属ドープ酸化スズを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0024】
少なくとも30m/gのBET表面積を有し、
Sb、Nb、Ta、Bi、WもしくはInまたはそれらの任意の混合物である、少なくとも1種の金属ドーパントを含み、
金属ドーパントが
(i)スズおよび金属ドーパントの原子の総量に対して2.5at%から25at%までの量で存在し、
(ii)酸化状態OS1の原子および酸化状態OS2の原子を含有する混合原子価状態であり、酸化状態OS1が>0、酸化状態OS2が>OS1、およびOS1の原子に対するOS2の原子の原子比が1.5から12.0まで
である金属ドープ酸化スズにより、目的は解決された。
【0025】
本発明において、上記の要求を満たす金属ドープ酸化スズ(金属ドープSnO)が有益な電気化学性能(例えば静電容量試験により表されるような)を示すこと、典型的にPEM水電解槽において使用されるようなきわめて腐食性の高い条件下でさえ電気化学性能を高レベルで保持することを実現してきた。その高い表面積のため、金属ドープ酸化スズは電極触媒、具体的にはOERまたはORR触媒のための効率のよい担体に相当する。
【0026】
金属ドーパントは混合原子価状態である。当業者に公知であるように、「混合原子価状態」という用語は元素の原子が少なくとも2種の異なる酸化状態で存在することを意味する。したがって、金属ドーパントはより高い酸化状態OS2の原子およびより低い酸化状態OS1の原子を含有する。より低い酸化状態の原子(すなわちOS1の原子)に対するより高い酸化状態の原子(すなわちOS2の原子)の原子比が少なくとも1.5であるが12.0を超えない(すなわち1.5≦原子(OS2)/原子(OS1)≦12.0)ならば、このことは電気化学性能(例えば高い静電容量値および電気化学試験中の静電容量保持)、十分に高い伝導度、およびPEM水電解槽のアノード側のきわめて腐食性の高い条件下での安定性の間の改善されたバランスに寄与する。原子(OS1)に対する原子(OS2)の原子比はX線光電子分光により決定する。
【0027】
金属ドーパントが例えばSbであるならば、酸化状態OS2の原子はSb5+であり、酸化状態OS1の原子はSb3+である。SnO格子へSb3+イオンを組み入れることにより電子受容中心が作り出される一方、Sb5+イオンを組み入れることにより電子供与中心が作り出される。
【0028】
好ましくは、OS1の原子(例としてSb3+)に対するOS2の原子(例としてSb5+)の原子比が3.0および9.0から、より好ましくは4.0から8.0まで、さらに好ましくは5.0および7.0からである。
【0029】
金属ドープ酸化スズは前述のドーパントをただ1種のみ含有してもよく、またはこれらのドーパントのうち2種以上を含有してもよい。
【0030】
好ましくは、金属ドーパントはSbである。任意に、Sbは金属ドーパントNb、Ta、Bi、W、およびInのうち1種または複数と組み合わせて使用できる。あるいは、Sbを酸化スズ中に存在する唯一の金属ドーパントとすることができる。
【0031】
前述のように、金属ドーパントはスズおよび金属の原子の総量に対して2.5at%から25at%までの量で存在する。好ましくは、金属ドーパントの量はスズおよび金属ドーパントの原子の総量に対して2.5at%から10.0at%まで、より好ましくは5.0at%から7.5at%までである。
【0032】
前述のように、金属ドープSnOのBET表面積は少なくとも30m/gである。より好ましくは、BET表面積は30m/gから150m/gまで、より好ましくは35m/gから110m/g、さらにより好ましくは40m/gから98m/gまでのように、少なくとも35m/g、さらにより好ましくは少なくとも40m/gである。
【0033】
好ましくは、金属ドープ酸化スズは少なくとも0.020S/cm、より好ましくは少なくとも0.030S/cmの電気伝導度を有する。その電気伝導度のため、金属ドープ酸化スズは電極触媒、具体的にはOERまたはORR触媒のための効率のよい担体に相当する。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】実施例1および比較例1~3の試料に対する静電容量(加速劣化試験で測定した)と時間との相関を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
特に好ましい実施形態では、
金属ドーパントはSb、酸化状態OS2の原子はSb5+、酸化状態OS1の原子はSb3+、Sb3+に対するSb5+の原子比が4.0から8.0まで、より好ましくは5.0から7.0までであり、
スズおよびSbの原子の総量に対してSbの量が2.5at%から10.0at%まで、より好ましくは5.0at%から7.5at%までであり、
金属ドープ酸化スズのBET表面積は35m/gから110m/g、より好ましくは40m/gから98m/gである。
【0036】
さらに、本発明は、前述の金属ドープ酸化スズを製造する方法であって、
金属ドープ前駆体固体を、スズ含有分子前駆体化合物および金属ドーパント含有分子前駆体化合物を含む反応混合物から湿式化学合成により製造し、
金属ドープ前駆体固体を熱処理にかける、
方法に関する。
【0037】
無機固体、具体的には水性および非水溶媒中で微細分散する無機粉末を製造するための湿式化学合成法は、当業者に公知である。
【0038】
本発明で使用できる湿式化学合成法は、例えばゾルゲル法、化学的沈殿法、水熱合成法、噴霧乾燥法、またはそれらの任意の組合せである。
【0039】
好ましくは、スズ含有分子前駆体化合物および金属ドーパント含有分子前駆体化合物を含む反応混合物を、化学的沈殿法またはゾルゲル法にかける。
【0040】
これらの湿式化学合成法に対し、pHおよび反応温度などの適切な反応条件は当業者に公知である。
【0041】
単なる一例として、スズ含有分子前駆体化合物および金属ドーパント含有分子前駆体化合物は酸性pH(代表的な酸:HClなどの鉱酸、酢酸などのカルボン酸)で混合でき、次いでpHを、金属ドーパント含有前駆体固体が沈殿するまで塩基(例えばアンモニア水などの水性塩基)を加えることにより上昇させる。沈殿した固体は反応混合物から除去することができ(例えばろ過による)、熱処理にかけることができる。
【0042】
湿式化学合成を実行するための適切な溶媒は、一般的に公知である。原則として、非水または水性溶媒が使用できる。代表的な非水溶媒にはメタノール、エタノール、プロパノールまたはブタノールなどのアルコールが含まれる。
【0043】
典型的に、スズ含有分子前駆体化合物はスズ(IV)化合物である。しかしながら、スズ(II)化合物またはスズ(IV)化合物およびスズ(II)化合物の混合物の使用もまた可能である。スズ含有分子前駆体化合物はハロゲン化スズ(例えばSnCl)もしくは硝酸スズなどのスズ塩、またはスズアルコキシド、またはそれらの混合物とすることができる。
【0044】
金属ドーパント含有分子前駆体化合物は、例えばハロゲン化金属もしくはアルコキシド金属、またはそれらの混合物とすることができる。
【0045】
金属ドーパントがSbであるならば、Sb含有分子前駆体化合物はSb(III)化合物(例えばハロゲン化Sb(III)、カルボン酸Sb(III)、またはSb(III)アルコキシド)、Sb(V)化合物(例えばハロゲン化Sb(V)、カルボン酸Sb(V)、またはSb(V)アルコキシド)、またはそれらの混合物とすることができる。
【0046】
好ましい実施形態では、湿式化学合成は少なくとも40m/gのBET表面積を有する固体添加物の存在下で実行される。
【0047】
固体添加物は湿式化学合成(例えば沈殿またはゾルゲル法)の開始前および/または実行中に反応混合物に加えることができる。
【0048】
好ましい固体添加物はカーボンブラックまたは活性炭などの炭素である。当業者に公知であるように、カーボンブラックは炭化水素化合物の熱分解または不完全燃焼により製作され、さまざまなグレード(BET表面積が異なる)で商業的に入手可能である。さらに、当業者に公知であるように、活性炭はその吸着特性を増大するために炭化前、炭化中または炭化後に気体との反応にかけた多孔性の炭素材料である。
【0049】
好ましくは、固体添加物は、少なくとも200m/g、より好ましくは少なくとも500m/g、またはさらに少なくとも750m/g、例えば200m/gから2500m/gまで、より好ましくは500m/gから2000m/gまで、さらにより好ましくは750m/gから1800m/gまでのBET表面積を有する。
【0050】
固体添加物はマイクロポーラスおよび/またはメソポーラスとすることができる。しかしながら、そのBET表面積が少なくとも40m/gである限り固体添加物は多孔性でないものにもできる。
【0051】
湿式化学合成前および/または合成中に反応混合物に加えることができる他の添加物には、例えば、表面活性剤、乳化剤、分散剤、pH調整剤、および/またはアミノ酸(例えばアラニン)が含まれる。
【0052】
前述のように、湿式化学合成により得られる金属ドープ酸化スズ前駆体固体を熱処理にかける。
【0053】
熱処理は湿式化学合成から残存溶媒を取り除くためだけに比較的低い温度で実行することができる。しかしながら、好ましい実施形態では、熱処理は、400から800℃まで、より好ましくは500から700℃までの範囲の温度に加熱することを含む。
【0054】
炭素などの固体添加物を反応混合物に加えたならば、前記固体添加物を比較的高い温度での熱処理により気体分解生成物へ燃焼または分解することができる。
【0055】
さらなる態様によれば、本発明は上記の金属ドープ酸化スズおよび金属ドープ酸化スズ上に担持される電極触媒を含む複合材料に関する。
【0056】
電極触媒が、好ましくは酸素発生反応(OER)触媒または酸素還元反応(ORR)触媒である。
【0057】
適切なOER触媒は一般的に当業者に知られており、例えばM.Carmoら、「A comprehensive review on PEM water electrolysis」、International Journal of Hydrogen Energy、Vol.38、2013年、4901-4934頁により記述されている。OER触媒は例えば貴金属(例えばIr、Ru、またはそれらの混合物もしくは合金)、貴金属酸化物(例えば酸化イリジウム、酸化ルテニウム、または混合したIr/Ru酸化物)、またはそれらの混合物とすることができる。OER触媒は前駆体化合物(例えば貴金属塩)を含有する溶液からの吸着後に化学処理(例えば還元または酸化)を行う、あるいは貴金属粒子の還元沈殿または貴金属酸化物もしくは水酸化物の沈殿を行うような、一般的に公知である方法により金属ドープ酸化スズ上に適用することができる。
【0058】
適切なORR触媒もまた一般的に当業者に公知である。
【0059】
電極触媒は金属ドープ酸化スズおよび電極触媒の合計質量に対して、例えば10から95wt%までの量で存在できる。
【0060】
原則として、複合材料は、金属ドープ酸化スズおよびその上に担持された電極触媒に加え、さらなる成分を含有してもよい。しかしながら、本発明の金属ドープ酸化スズは十分高い比表面積、高い電気化学性能、およびきわめて腐食性の高い条件下での高い安定性の間の改善されたバランスを提供するため、複合材料の性能レベル(例えばPEM水電解槽のアノード側での)はたとえさらなる成分が存在しなくともすでに十分に高い。それゆえ、本発明の複合材料は金属ドープ酸化スズおよびその上に担持された電極触媒からなってもよい。
【0061】
さらなる態様によれば、本発明は前述の複合材料を含有する、電気化学デバイスに関する。
【0062】
好ましくは、電気化学デバイスはPEM(「プロトン交換膜」)水電解槽またはPEM燃料電池である。
【0063】
任意の水電解槽のように、酸素発生反応が起こる少なくとも1個のアノード含有ハーフセル、および水素発生反応が起こる少なくとも1個のカソード含有ハーフセルが、本発明のPEM水電解槽に存在する。OER触媒が担持された金属ドープ酸化スズはアノード含有ハーフセルに存在する。
【0064】
電気化学デバイスがPEM燃料電池であるならば、ORR触媒が担持された金属ドープ酸化スズは、カソード含有ハーフセル中に存在する。
【0065】
さらなる態様によれば、本発明は電気化学デバイス、好ましくはPEM水電解槽またはPEM(例えば水素-酸素)燃料電池で触媒担体として金属ドープ酸化スズを使用する方法に関する。
【0066】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明する。
【実施例
【0067】
別段の指示がなければ、本発明において言及されるパラメータは次の測定方法に従って決定される。
【0068】
金属ドーパント量
金属ドーパントおよびスズの量は合成された試料で実施される元素分析により、次の方法に従って決定される。0.04から0.5gの各試料を、84%Li、1%LiBr、および15%NaNOの混合物10gと混合する。Claisse Fluxer M4を使用して、混合ペレットを形成する。室温に冷却した後、波長分散型蛍光X線を使用して元素組成を決定する。
【0069】
BET表面積
BET表面積は77.35K、N吸着でMicromeritics ASAP 2420 Surface Area and Porosity Analyzerを使用したガス吸着分析により決定した。測定の前に、試料を一晩真空、200℃で乾燥した。比表面積をマルチポイント法(ISO 9277:2010)を使用したBET理論により決定した。
【0070】
電気伝導度
電気伝導度の測定のため、酸化物粉末をペレットに圧縮成形し、伝導度を二点探針法により室温で決定した。初めに、約1gの粉末試料を社内測定セルのステンレス鋼下部(電極)をもつテフロン(登録商標)チューブに挿入した。充填が完了した後、2個目のステンレス鋼電極を上部に挿入し、充填試験セルを圧力計の間に挿入する。圧力は100から500barまで増加させる。各圧力でAgilent 3458Aマルチメータで二点法によって抵抗を測定する。測定した抵抗R(オーム)から、比粉末伝導度を以下に従って計算する。
【0071】
伝導度=d/(RA)
d:2個の電極の距離
R:測定した抵抗
A:電極面積(0.5cm
【0072】
全抵抗は次の寄与、すなわち電極接触抵抗、粒内(バルク)抵抗および粒内抵抗の合計である。すべて500barでの抵抗値を報告する。
【0073】
酸化状態OS1の原子に対する酸化状態OS2の原子の原子比
X線光電子分光(XPS)により比を決定する。単色化AlKα線(49W)およびPhi帯電中和システムを使用してPhi Versa Probe 5000分光計でXPS分析を行った。金属金のAu 4f7/2線に対し84.00eVの結合エネルギー(BE)を与えて計器の仕事関数を校正し、金属銅のCu 2p3/2線に対し932.62eVのBEを与えて分光計散乱を調整した。100×1400μmの面積の分析スポットを23.5eVの通過エネルギーで分析した。
【0074】
金属ドーパントが例えばSbであるなら、Sb3dおよびO1sスペクトルは重なり合い、528~542.5eVの結合エネルギーのエネルギー領域においてShirleyバックグラウンド除去を使用し、CasaXPSソフトウェアバージョン2.3.17を使用して分析した。アンチモンの寄与を3種の異なる成分、すなわち529.7および539.1eVでのSb(III)ダブレット、530.9および540.3eVでのSb(V)ダブレット、531.9および541.5eVでのプラズモンでフィッティングした。加えて、3種の酸素の寄与をフィッティングに用いた。計器メーカにより与えられた相対感度係数を定量化に使用した。
【実施例1】
【0075】
実施例1では、アンチモンドープ酸化スズを次のように製造した。
【0076】
湿式化学合成のすべての工程を窒素雰囲気中および攪拌下で行った。
【0077】
0.41gのSbCl、250mlのエタノール、および1.25gのHCl(32wt%)を混合した。のちに、30分にわたって滴下漏斗により6.14gのSnClを加えた。さらに10分間攪拌した後、10gのカーボンブラック(マイクロポーラス、約1400m/gのBET表面積)を加えた。攪拌を10分間続け、その後30分間超音波浴で均質化した。その後、アンモニア水溶液15.7ml(25wt%)および1.32gのアラニンの混合物を30分にわたって滴下漏斗により滴状で加えた。16時間攪拌を続けた。湿式化学合成により得られた固体材料を大気雰囲気でろ過し、水で洗浄した。固体を100mbar/80℃で乾燥した。固体を1時間大気雰囲気の炉内で700℃の熱処理(加熱速度:1℃/分)にかけた。
【実施例2】
【0078】
アンチモンドープ酸化スズを実施例1の記載に次の変更を加えて製造した。
【0079】
SbClの量は0.82gであり、SnClの量は6.14gであった。
【実施例3】
【0080】
アンチモンドープ酸化スズを実施例1の記載に次の変更を加えて製造した。
SbClの量は1.23gであり、SnClの量は6.14gであった。
【0081】
比較例1
8.0wt%のSb含有量、41m/gのBET表面積、および0.0206S/cmの電気伝導度を有する、商業的に入手可能なアンチモンドープ酸化スズを使用した。
【0082】
比較例2
11.9wt%のSb含有量、70m/gのBET表面積、および0.00342S/cmの電気伝導度を有する、商業的に入手可能なアンチモンドープ酸化スズを使用した。
【0083】
比較例3
71m/gのBET表面積、および3.0E-05S/cmの電気伝導度を有する、商業的に入手可能なドープなしのSnO2を使用した。
【0084】
特性を表1に要約する。
【0085】
【表1】
【0086】
電気化学性能および安定性の試験
実施例1~3および比較例1~3の各粉末試料から、2.35mlのHO、0.586mlのイソプロパノール、および3.81μlの5wt%ナフィオンと10mgの粉末を混合し、次いで混合物を約30分間超音波処理することにより、インクを製造した。その後インクを120μg/cmの充填量でチタン箔電極上にドロップキャストした。
【0087】
電気化学的特徴のために、すべての試料を高いアノード電位(RHEに対し2V)を印加する加速劣化試験プロトコルにかけ、試料の静電容量をサイクリックボルタンメトリーにより測定した。PEM電解槽の条件をまねて電解質を選択した。
【0088】
各試料の加速劣化試験終了時の最終静電容量値を次の表2に列挙する。
【0089】
【表2】
【0090】
本発明のアンチモンドープ酸化スズは比較試料より高い静電容量値を示す。高い静電容量値は、酸化物から酸化物上に担持された触媒への改善した電子移動を可能にする、大きな電気化学的に到達可能な表面積を意味する。
【0091】
図1は、実施例1および比較例1~3の試料に対する静電容量(加速劣化試験で測定した)と時間との相関を示す。
【0092】
発明した金属ドープ酸化スズでは、劣化試験全体を通して電気化学性能を高いレベルで保持できる。比較例2は相当に高い初期静電容量を示すが、劣化試験中に大きく減少し、それによって劣化試験のきわめて腐食性の高い条件下で不十分な安定性を示す。比較例1および3の電気化学性能レベルは本発明試料により到達するレベルより十分低い。
【0093】
実施例1および比較例2に対して、金属ドーパントが加速劣化試験中に酸化物から周囲電解質へどれだけ浸出するかを決定した。
【0094】
結果を表3に示す。
【0095】
【表3】
【0096】
表3の結果により確認されるように、本発明の金属ドープ酸化スズは例えばPEM水電解槽で使用されるようなきわめて腐食性の高い条件下でさえ高い安定性を示す。
【0097】
実施例により示されるように、本発明に記載の金属ドープ酸化スズは電気化学性能(例えば静電容量値)、十分に高い表面積、十分に高い伝導度、およびきわめて腐食性の高い条件下(典型的にそれらの条件はPEM水電解槽のアノード側で使用される)での高い安定性の間の改善したバランスを提供する。
図1