(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-25
(45)【発行日】2024-01-09
(54)【発明の名称】結晶化度推定装置、結晶化度推定方法、結晶化度推定プログラムおよび記録媒体
(51)【国際特許分類】
G01N 25/20 20060101AFI20231226BHJP
G01N 33/44 20060101ALI20231226BHJP
【FI】
G01N25/20 B
G01N33/44
(21)【出願番号】P 2020160525
(22)【出願日】2020-09-25
【審査請求日】2023-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加賀 雅文
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-017983(JP,A)
【文献】特開2007-024735(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105260503(CN,A)
【文献】Thananchai Leephakpreeda,Quiescent crystallization kinetics: Embedded artificial neural model,Journal of Polymer Science Part B: Polymer Physics,2000年01月,Vol.38,No.2,PP.309-318
【文献】岩佐 真行,示差走査熱量計(DSC)の原理と応用,日本画像学会誌,2011年,Vol.50,No.5,PP.470-474
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 25/20
G01N 33/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料からの単位時間当たりの放熱量を示すヒートフローであって、温度依存性を有する前記ヒートフローに基づいて、前記材料の結晶化度を推定するように構成された結晶化度推定装置において、
温度値に対応するヒートフロー値を測定することにより得られた実測データに基づいて、前記ヒートフローの温度関数を取得するように構成された温度関数取得部と、
前記温度関数取得部で取得された前記温度関数に基づいて、前記材料の結晶化度を推定するように構成された結晶化度推定部と、
を備え、
前記温度関数取得部は、教師データとして前記実測データを使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させることにより、前記温度関数を取得するように構成されている、結晶化度推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の結晶化度推定装置において、
前記ニューラルネットワークの中間層は、単層から構成され、
前記中間層のノードは、6ノード以上である、結晶化度推定装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の結晶化度推定装置において、
前記ヒートフローは、以下の数式1で表される、結晶化度推定装置。
【数9】
ここで、
J(T):ヒートフロー
Q:熱量
T:温度
t:時間
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の結晶化度推定装置において、
前記結晶化度推定部は、以下の数式4で示される結晶化速度の関係式に対して、前記温度関数取得部で取得されたヒートフローの温度関数を取り入れて前記数式4を解くことにより、前記材料の結晶化度を推定するように構成されている、結晶化度推定装置。
【数10】
ここで、
X:結晶化度
t:時間
J(T):ヒートフロー
T:温度
C:係数
【請求項5】
請求項4に記載の結晶化度推定装置において、
前記数式4に含まれる結晶化速度は、以下の数式5で表される、結晶化度推定装置。
【数11】
ここで、
X:結晶化度
t:時間
J(T):ヒートフロー
T:温度
X
∞:飽和結晶化度
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の結晶化度推定装置において、
前記結晶化度推定装置は、前記実測データを再現するデータ再現部を有し、
前記データ再現部は、
前記実測データの替わりに前記温度関数取得部で取得された前記温度関数を記憶するように構成された温度関数記憶部と、
温度値を入力するように構成された温度値入力部と、
前記温度値入力部に入力された前記温度値を前記温度関数記憶部に記憶されている前記温度関数に代入することによりヒートフロー値を取得するように構成されたヒートフロー値取得部と、
前記ヒートフロー値取得部で取得された前記ヒートフロー値を出力するように構成されたヒートフロー値出力部と、
を含む、結晶化度推定装置。
【請求項7】
請求項6に記載の結晶化度推定装置において、
前記結晶化度推定装置は、前記実測データを記憶するように構成された実測データ記憶部の替わりに前記データ再現部を有することにより、前記実測データを記憶するよりも記憶するデータ量を低減可能に構成されている、結晶化度推定装置。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の結晶化度推定装置において、
前記データ再現部で再現されるデータのデータ密度は、前記実測データのデータ密度よりも大きい、結晶化度推定装置。
【請求項9】
請求項6乃至8のいずれか1項に記載の結晶化度推定装置において、
前記実測データは、離散データであり、
前記データ再現部で再現されるデータは、連続データである、結晶化度推定装置。
【請求項10】
材料からの単位時間当たりの放熱量を示すヒートフローであって、温度依存性を有する前記ヒートフローに基づいて、前記材料の結晶化度を推定する結晶化度推定方法において、
温度値に対応するヒートフロー値を測定することにより得られた実測データに基づいて、前記ヒートフローの温度関数を取得する温度関数取得工程と、
前記温度関数取得工程で取得された前記温度関数に基づいて、前記材料の結晶化度を推定する結晶化度推定工程と、
を備え、
前記温度関数取得工程は、教師データとして前記実測データを使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させることにより、前記温度関数を取得する、結晶化度推定方法。
【請求項11】
材料からの単位時間当たりの放熱量を示すヒートフローであって、温度依存性を有する前記ヒートフローに基づいて、前記材料の結晶化度を推定する結晶化度推定処理をコンピュータに実行させるための結晶化度推定プログラムにおいて、
温度値に対応するヒートフロー値を測定することにより得られた実測データに基づいて、前記ヒートフローの温度関数を取得する温度関数取得処理と、
前記温度関数取得処理で取得された前記温度関数に基づいて、前記材料の結晶化度を推定する結晶化度推定処理と、
を備え、
前記温度関数取得処理は、教師データとして前記実測データを使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させることにより、前記温度関数を取得する処理である、結晶化度推定プログラム。
【請求項12】
請求項11に記載の結晶化度推定プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、機械学習を使用して材料の結晶化度を推定する結晶化度推定技術に適用して有効な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、任意の温度履歴に対する結晶化度を推定する技術として、アブラミの式を使用したシミュレーション技術が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】中村,笠井,南雲:メカニカル・グライディング法で製作した非晶質Cu50Ti50合金の結晶化,日本金属学会誌,Vol.54 No.12 1320-1328 (1990)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば、金属やプラスチックなどの材料を溶融状態から固化させる際、冷却温度履歴によって材料の結晶化度が異なる。この結晶化度の相違は、材料を固化した後の弾性率や延性などの物性に影響を与えることがある。そこで、材料を固化した後の最終的な物性を予測するために、シミュレーション技術を使用して、結晶化度を推定することが行われている。ここで、「結晶化度」とは、材料の全体領域に占める結晶化領域の割合を示す。
【0005】
これまでのシミュレーション技術では、まず、示差走査熱量計(Differential scanning calorimetry:DSC、以下、「DSC」と呼ぶ)を使用することにより、ヒートフローの温度依存性を示す実測データを取得する。その後、例えば、結晶核生成と結晶成長のモデルを提案し、この提案されたモデルに基づいて、ヒートフローの温度依存性を示す温度関数の関数形を仮定する。そして、仮定した温度関数に含まれるパラメータを実測データに合うようにフィッティングして決定することにより、ヒートフローの温度関数を取得する。次に、取得されたヒートフローの具体的な温度関数をアブラミの式に取り入れて、結晶成長のシミュレーションを行うことにより、任意の温度履歴に対する結晶化度を推定する。
【0006】
ところが、これまでのシミュレーション技術では、結晶核生成と結晶成長のモデルを人為的に提案して、ヒートフローの温度関数の関数形を決定している。このことから、温度関数の関数形を決定するために多大な工数を要していた。
【0007】
本発明の目的は、工数を低減することが可能な材料の結晶化度推定技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一実施の形態における結晶化度推定装置は、材料からの単位時間当たりの放熱量を示すヒートフローであって、温度依存性を有するヒートフローに基づいて、材料の結晶化度を推定するように構成された結晶化度推定装置において、温度値に対応するヒートフロー値を測定することにより得られた実測データに基づいて、ヒートフローの温度関数を取得するように構成された温度関数取得部と、温度関数取得部で取得された温度関数に基づいて、材料の結晶化度を推定するように構成された結晶化度推定部とを備え、温度関数取得部は、教師データとして実測データを使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させることにより、温度関数を取得するように構成されている。
【0009】
一実施の形態における結晶化度推定方法は、材料からの単位時間当たりの放熱量を示すヒートフローであって、温度依存性を有するヒートフローに基づいて、材料の結晶化度を推定する結晶化度推定方法において、温度値に対応するヒートフロー値を測定することにより得られた実測データに基づいて、ヒートフローの温度関数を取得する温度関数取得工程と、温度関数取得工程で取得された温度関数に基づいて、材料の結晶化度を推定する結晶化度推定工程とを備え、温度関数取得工程は、教師データとして実測データを使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させることにより、温度関数を取得する。
【0010】
一実施の形態における結晶化度推定プログラムは、材料からの単位時間当たりの放熱量を示すヒートフローであって、温度依存性を有するヒートフローに基づいて、材料の結晶化度を推定する結晶化度推定処理をコンピュータに実行させるための結晶化度推定プログラムにおいて、温度値に対応するヒートフロー値を測定することにより得られた実測データに基づいて、ヒートフローの温度関数を取得する温度関数取得処理と、温度関数取得処理で取得された温度関数に基づいて、材料の結晶化度を推定する結晶化度推定処理とを備え、温度関数取得処理は、教師データとして実測データを使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させることにより、温度関数を取得する処理である。
【0011】
この結晶化推定プログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録される。
【発明の効果】
【0012】
一実施の形態によれば、工数を低減することが可能な材料の結晶化度推定技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】温度値に対応したヒートフローの数値データ例を示す表である。
【
図2】温度値に対応したヒートフローの数値データをグラフ化した図である。
【
図3】一般的なシミュレーション技術によって結晶化度を推定する手法を説明するフローチャートである。
【
図4】基本思想に基づく結晶化度の推定手法を説明するフローチャートである。
【
図5】結晶化度推定装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
【
図6】結晶化度推定装置の機能を示す機能ブロック図である。
【
図7】ニューラルネットワークの一構成例を模式的に示す図である。
【
図8】結晶化度推定装置の動作を説明するフローチャートである。
【
図9】「DSC」で測定したヒートフローの実測データを示すグラフである。
【
図10】実測データを多項式で近似して取得されたヒートフローの温度関数を示すグラフである。
【
図11】実測データを教師データとしてニューラルネットワークを学習させることにより取得されたヒートフローの温度関数を示すグラフである。
【
図13】比較例と実施例とを評価した結果を示す表である。
【
図15】実測した樹脂温度の変化の一例を示すグラフである。
【
図16】計算値と実測値との比較結果を示すグラフである。
【
図17】応用例の構成を示す機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。なお、図面をわかりやすくするために平面図であってもハッチングを付す場合がある。
【0015】
<結晶化度推定原理>
「ヒートフロー」(熱流量)とは、材料からの単位時間当たりの放熱量を示す物理量であって、温度依存性を有する物理量である。本実施の形態では、このヒートフローに基づいて、材料の結晶化度を推定する。以下に、この原理について説明する。
【0016】
対象となる材料を一度溶融させてから冷却して固化させるとき、材料から熱が放出される。これは、溶融した状態の内部エネルギーよりも固化した状態の内部エネルギーが低くなることから、内部エネルギーの高い溶融状態から内部エネルギーの低い固化状態に相転移する際、余分なエネルギーが熱として放出されるからである。
【0017】
したがって、溶融状態から固化状態に相転移する材料から放出される放熱量を調べることにより、材料がどのくらい結晶化(固化)しているのかを推定できることになる。
【0018】
具体的には、放熱量自体ではなく、単位時間当たりの放熱量を示すヒートフローに基づいて、材料の結晶化度が推定される。
【0019】
ヒートフローは、例えば、「DSC」を使用して測定される。「DSC」では、対象となる材料を一度溶融させてから固化させる際のヒートフローを一定冷却速度で測定する。
【0020】
例えば、
図1は、温度値に対応したヒートフローの数値データ例を示す表である。
図1に示すように、温度値に対応したヒートフロー値は、離散的なデータとして得られる。
【0021】
図2は、温度値に対応したヒートフローの数値データをグラフ化した図である。
図2において、横軸は温度(℃)を示す一方、縦軸はヒートフロー(W/g)を示している。
【0022】
上述したように、材料を冷却すると、材料の結晶化が進行して、結晶化によるミクロ構造の変化によって熱が放出される。「DSC」では、この熱を単位時間当たりの放熱量であるヒートフローとして測定している。
【0023】
放熱量とヒートフローの間には、以下の(数式1)に示す関係が成立する。
【0024】
【数1】
ここで、
t:時間
T:温度
Q:放熱量
J(T):ヒートフロー
【0025】
材料が溶融状態から結晶化すると熱が放出されることから、材料の結晶化度が大きくなれば、それまでに放出された放熱量は大きくなると考えられる。すなわち、材料の結晶化度は、放熱量に比例すると考えることが妥当である。このことから、以下の(数式2)に示す関係が成立すると仮定する。
【0026】
【数2】
ここで、
X:結晶化度
C:比例定数
Q:放熱量
【0027】
上述した(数式1)と(数式2)から、結晶化度の時間微分である結晶化速度は、以下の(数式3)で表される。
【0028】
【数3】
ここで、
dX/dt:結晶化速度
C:比例定数
J:ヒートフロー
【0029】
このように結晶化速度は、ヒートフローに比例することがわかる。すなわち、ヒートフローの関数形がわかれば、(数式3)で表される微分方程式を解くことにより、結晶化速度を求めることができる。
【0030】
ここで、比例定数「C」は定数にしているが、材料の結晶化が進行すると、結晶化していない未結晶領域が少なくなり、未結晶領域が少なくなれば、結晶化速度も小さくなると考えられる。すなわち、比例定数「C」は、実際には、結晶化度「X」に依存すると考えると、結晶化速度「dX/dt」は、以下の(数式4)で表される。
【0031】
【数4】
ここで、
dX/dt:結晶化速度
J(T):ヒートフロー
C(X):係数
【0032】
この(数式4)は、「アブラミの式」と呼ばれる。例えば、結晶化度が飽和する現象を考慮すると、(数式4)に含まれる「C(X)」を具体的に表すことができる。この結果、結晶化度「dX/dt」は、以下の(数式5)で表される。
【0033】
【数5】
ここで、
dX/dt:結晶化速度
J(T):ヒートフロー
X:結晶化度
X
∞:飽和結晶化度
【0034】
「C(X)」を「X・(X∞-X)」で表すことができることについて定性的に説明すると、以下のようになる。すなわち、結晶化度が飽和状態に近づくと、結晶化する領域は少なくなることから、結晶化速度は小さくなると考えられる。つまり、結晶化度が飽和状態に近づけば近づくほど結晶化速度は小さくなると考えられる。このことから、結晶化速度「dX/dt」は、「(X∞-X)」に比例すると考えられる。また、初期状態においては、結晶成長の核が多いほど結晶速度が大きくなると考えられる。そして、結晶成長の核となる結晶領域が多いほど、その領域を起点とした結晶成長が進みやすい。したがって、結晶化速度「dX/dt」は、結晶化度「X」に比例すると考えられる。
【0035】
以上のことから、「C(X)」は、X・「(X∞-X)」で表すことが妥当であると考えられる。このようにして、結晶化速度「dX/dt」は、(数式4)で表される「アブラミの式」を具体化して、例えば、(数式5)で表すことができる。
【0036】
そして、(数式4)や(数式5)で表される微分方程式を解くことにより、結晶化度「X」を計算することができる。つまり、(数式4)や(数式5)に含まれるヒートフロー「J(T)」の温度関数がわかれば、具体的に微分方程式を解くことが可能となり、結晶化度「X」を計算することができる。例えば、
図2に示すヒートフローの温度依存性を示す曲線を忠実に再現する温度関数がわかれば、結晶化度「X」の精度を高めることができる。したがって、ヒートフロー「J(T)」の温度関数を精度良く求めることが重要である。
【0037】
なお、対象となる材料を溶融状態から結晶化させるための冷却履歴によって、結晶化度「X」が変化することは、例えば、「アブラミの式」である(数式4)を変形することにより理解しやすくなる。例えば、(数式4)を解くために変形すると、(数式6)が得られる。
【0038】
【0039】
ここで、(数式6)の右辺において、温度履歴によってヒートフロー「J(T)」自体の温度関数は変化しないとしても、被積分関数には、「dT/dt」が含まれている。この「dT/dt」は、温度の時間変化を表しており、右辺の積分値は、温度の時間変化が異なれば異なる値となる。つまり、(数式6)の右辺の積分値は、温度の時間変化に依存する。そして、温度の時間変化が異なるということは、冷却過程における温度履歴が異なることを意味する。したがって、(数式6)の右辺の積分値は、温度履歴によって異なることになる。これにより、(数式6)を解いて算出される結晶化度「X」は、温度履歴で異なる。
【0040】
<一般的なシミュレーション技術>
まず、上述した原理に基づいて結晶化度を推定するための一般的なシミュレーション技術の手法について説明する。
図3は、一般的なシミュレーション技術によって結晶化度を推定する手法を説明するフローチャートである。
【0041】
図3において、まず、「DSC」を使用することにより、ヒートフローの温度依存性を示す実測データを取得する(S101)。その後、例えば、研究者が結晶核生成と結晶成長のモデルを提案し、この提案されたモデルに基づいて、ヒートフローの温度依存性を示す温度関数の関数形を仮定する(S102)。そして、仮定した温度関数に含まれるパラメータを実測データに合うようにフィッティングして決定することにより(S103)、ヒートフローの温度関数を取得する(S104)。次に、取得されたヒートフローの具体的な温度関数をアブラミの式(数式4や数式5)に取り入れる(S105)。そして、冷却履歴を示す環境条件(温度の時間変化)をアブラミの式に入力して(S106)、結晶成長のシミュレーションを行うことにより、任意の温度履歴に対する結晶化度を推定する(S107)。
【0042】
ところが、このような一般的なシミュレーション技術では、結晶核生成と結晶成長のモデルを研究者が人為的に提案して、ヒートフローの温度関数の関数形を仮定している。このため、ヒートフローの温度関数の関数形を実測データに適合するように決定するには、研究者のセンスや経験が要求される。さらに、温度関数の関数形を決定するために多大な時間を要する。すなわち、一般的なシミュレーション技術では、、ヒートフローの温度関数の関数形を決定するために高度な知識や経験とともに多大な時間が必要であり、高度な知識や経験を必要とせずに短時間で実測データに合う温度関数を決定できる技術が望まれている。そこで、本実施の形態では、高度な知識や経験に依存しなくても実測データに適合するヒートフローの温度関数を容易に取得できる工夫を施している。
【0043】
以下では、この工夫を施した本実施の形態における技術的思想について説明する。
【0044】
<実施の形態における基本思想>
本実施の形態における基本思想は、人の手を介在させることなく、ニューラルネットワークによって実測データに適合するヒートフローの温度関数を取得する思想である。
【0045】
具体的に、本実施の形態における基本思想は、教師データとして実測データを使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させることにより、温度関数を取得する思想である。
【0046】
この基本思想によれば、ニューラルネットワークによって取得したヒートフローの温度関数をアブラミの式に代入することにより、材料の結晶化度を推定できる。
【0047】
この基本思想の根底には、ニューラルネットワークによって基本的にどのような複雑な関数形も近似することができるという普遍性定理が存在することに着目して、研究者のセンスや経験に頼ることなく、ニューラルネットワークで複雑なヒートフローの温度関数を取得できるという考え方が内在している。つまり、基本思想は、結晶核生成や結晶成長の詳細なメカニズムを解析しなくても、実測データに高精度に合う温度関数を取得できさえすれば、材料の結晶化度を高精度に推定できるという考え方に基づいている。
【0048】
このような基本思想によれば、高度な知識や経験を必要としなくても短時間で実測データに合うヒートフローの温度関数を取得できる。すなわち、基本思想は、人の手を介さずにヒートフローの温度関数を取得できることができる点で優れており、高度な知識や経験がなくても高精度に結晶化度を推定できる点で有用な技術的思想である。
【0049】
図4は、基本思想に基づいて結晶化度を推定する手法を説明するフローチャートである。
【0050】
図4において、まず、「DSC」を使用することにより、ヒートフローの温度依存性を示す実測データを取得する(S201)。その後、実測データを教師データに使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させる(S202)。そして、ニューラルネットワークの学習の結果、ヒートフローの温度関数が取得される(S203)。続いて、取得されたヒートフローの具体的な温度関数をアブラミの式(数式4や数式5)に取り入れる(S204)。そして、冷却履歴を示す環境条件(温度の時間変化)をアブラミの式に入力して(S205)、結晶成長のシミュレーションを行うことにより、任意の温度履歴に対する結晶化度を推定する(S206)。
【0051】
以上のようにして、ニューラルネットワークを使用してヒートフローの温度関数を取得するという基本思想によって、材料の結晶化度を推定することができる。
【0052】
<結晶化度推定装置の構成>
<<ハードウェア構成>>
以下では、まず、上述した基本思想を具現化する本実施の形態おける結晶化度推定装置のハードウェア構成について説明する。
【0053】
図5は、本実施の形態における結晶化度推定装置100のハードウェア構成の一例を示す図である。なお、
図5に示す構成は、あくまでも結晶化度推定装置100のハードウェア構成の一例を示すものであり、結晶化度推定装置100のハードウェア構成は、
図5に記載されている構成に限らず、他の構成であってもよい。
【0054】
図5において、結晶化度推定装置100は、プログラムを実行するCPU(Central Processing Unit)101を備えている。このCPU101は、バス113を介して、例えば、ROM(Read Only Memory)102、RAM(Random Access Memory)103、および、ハードディスク装置112と電気的に接続されており、これらのハードウェアデバイスを制御するように構成されている。
【0055】
また、CPU101は、バス113を介して入力装置や出力装置とも接続されている。入力装置の一例としては、キーボード105、マウス106、通信ボード107、および、スキャナ111などを挙げることができる。一方、出力装置の一例としては、ディスプレイ104、通信ボード107、および、プリンタ110などを挙げることができる。さらに、CPU101は、例えば、リムーバルディスク装置108やCD/DVD-ROM装置109と接続されていてもよい。
【0056】
結晶化度推定装置100は、例えば、ネットワークと接続されていてもよい。例えば、結晶化度推定装置100がネットワークを介して他の外部機器と接続されている場合、結晶化度推定装置100の一部を構成する通信ボード107は、LAN(ローカルエリアネットワーク)、WAN(ワイドエリアネットワーク)やインターネットに接続されている。
【0057】
RAM103は、揮発性メモリの一例であり、ROM102、リムーバルディスク装置108、CD/DVD-ROM装置109、ハードディスク装置112の記録媒体は、不揮発性メモリの一例である。これらの揮発性メモリや不揮発性メモリによって、結晶化度推定装置100の記憶装置が構成される。
【0058】
ハードディスク装置112には、例えば、オペレーティングシステム(OS)201、プログラム群202、および、ファイル群203が記憶されている。プログラム群202に含まれるプログラムは、CPU101がオペレーティングシステム201を利用しながら実行する。また、RAM103には、CPU101に実行させるオペレーティングシステム201のプログラムやアプリケーションプログラムの少なくとも一部が一次的に格納されるとともに、CPU101による処理に必要な各種データが格納される。
【0059】
ROM102には、BIOS(Basic Input Output System)プログラムが記憶され、ハードディスク装置112には、ブートプログラムが記憶されている。結晶化度推定装置100の起動時には、ROM102に記憶されているBIOSプログラムおよびハードディスク装置112に記憶されているブートプログラムが実行され、BIOSプログラムおよびブートプログラムにより、オペレーティングシステム201が起動される。
【0060】
プログラム群202には、結晶化度推定装置100の機能を実現するプログラムが記憶されており、このプログラムは、CPU101により読み出されて実行される。また、ファイル群203には、CPU101による処理の結果を示す情報、データ、信号値、変数値やパラメータがファイルの各項目として記憶されている。
【0061】
ファイルは、ハードディスク装置112やメモリなどの記録媒体に記憶される。ハードディスク装置112やメモリなどの記録媒体に記憶された情報、データ、信号値、変数値やパラメータは、CPU101によりメインメモリやキャッシュメモリに読み出され、抽出・検索・参照・比較・演算・処理・編集・出力・印刷・表示に代表されるCPU101の動作に使用される。例えば、上述したCPU101の動作の間、情報、データ、信号値、変数値やパラメータは、メインメモリ、レジスタ、キャッシュメモリ、バッファメモリなどに一次的に記憶される。
【0062】
結晶化度推定装置100の機能は、ROM102に記憶されたファームウェアで実現されていてもよいし、あるいは、ソフトウェアのみ、素子・デバイス・基板・配線に代表されるハードウェアのみ、ソフトウェアとハードウェアとの組み合わせ、さらには、ファームウェアとの組み合わせで実現されていてもよい。ファームウェアとソフトウェアは、プログラムとして、ハードディスク装置112、リムーバルディスク、CD-ROM、DVD-ROMなどに代表される記録媒体に記憶される。プログラムは、CPU101により読み出されて実行される。すなわち、プログラムは、コンピュータを結晶化度推定装置100として機能させるものである。
【0063】
このように、結晶化度推定装置100は、処理装置であるCPU101、記憶装置であるハードディスク装置112やメモリ、入力装置であるキーボード105、マウス106、通信ボード107、出力装置であるディスプレイ104、プリンタ110、通信ボード107を備えるコンピュータである。そして、結晶化度推定装置100の機能は、処理装置、記憶装置、入力装置、および、出力装置を利用して実現される。
【0064】
<<機能ブロック構成>>
次に、結晶化度推定装置100の機能ブロック構成について説明する。
【0065】
図6は、結晶化度推定装置の機能を示す機能ブロック図である。
【0066】
図6に示すように、結晶化度推定装置100は、入力部301と、温度関数取得部302と、結晶化度推定部303と、出力部304と、データ記憶部305とを有している。
【0067】
この結晶化度推定装置100は、上述した構成要素を備えることにより、材料からの単位時間当たりの放熱量を示すヒートフローであって、温度依存性を有するヒートフローに基づいて、材料の結晶化度を推定するように構成されている。
【0068】
入力部301は、例えば、「DSC」で測定されたヒートフローの実測データを入力するように構成されている。そして、入力部301に入力された実測データは、データ記憶部305に記憶される。例えば、
図1に示す実測データが入力部301に入力される。
【0069】
温度関数取得部302は、データ記憶部305に記憶されている実測データに基づいて、ヒートフローの温度関数を取得するように構成されている。
【0070】
例えば、温度関数取得部302は、教師データとして実測データを使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させることにより、温度関数を取得するように構成されている。
【0071】
図7は、温度関数取得部302を構成するニューラルネットワークの一構成例を模式的に示す図である。
図7に示すニューラルネットワークは、例えば、単層からなる中間層400を有し、この中間層400は、例えば、6つのノード401を含んでいる。このニューラルネットワークでは、関数を線形演算と非線形演算の組み合わせとして考える。すなわち、中間層400を構成する6つのノード401のそれぞれでは、入力データに対して重み(ウェイト)とバイアスを用いた線形演算を行った後、線形演算の結果を活性化関数に代入して非線形演算を行う。そして、中間層400では、6つのノード401のそれぞれでの非線形演算の結果を組み合わせることにより、出力データを出力する。
【0072】
このようにニューラルネットワークでは、入力データから出力データを得るための関数を線形演算と非線形演算の組み合わせとして考えている。そして、ニューラルネットワークの学習とは、ニューラルネットワークで与えられる関数を入力データと出力データとが関連づくように最適化することをいう。例えば、本実施の形態で使用されるニューラルネットワークの学習は、ニューラルネットワークで与えられる関数を、入力データである温度と出力データであるヒートフローとが関連づくように最適化することをいうことになる。これにより、ニューラルネットワークで与えられる関数が最適化されれば、この最適化された関数が実測データに即したヒートフローの温度関数となる。
【0073】
ここで、ニューラルネットワークで与えられる関数の最適化は、例えば、以下に示すようにして行われる。すなわち、「DSC」で得られた実測データを教師データとしてデータセットを用意する。そして、このデータセットを使用して、ニューラルネットワークで与えられる関数として、データセットに含まれるすべてのデータに整合するような関数を見出すことができれば、ニューラルネットワークで与えられる関数の最適化が行われることになる。この点に関し、例えば、誤差関数として、教師データである実測データとニューラルネットワークからの出力値の差を導入し、この誤差関数が小さくなることを要求する。
【0074】
この要求は、例えば、重みとバイアスを適当な初期値に設定し、それを勾配降下法(gradient descent method)で徐々に更新することにより実現でき、これによって、最終的に誤差関数を最小にすることできる。これが機械学習であり、これによって、ニューラルネットワークで与えられる関数の最適化が行われる。この結果、本実施の形態では、温度関数取得部302を構成するニューラルネットワークにより、実測データに整合するヒートフローの温度関数を取得することができる。
【0075】
なお、本実施の形態では、単層の中間層400を有するニューラルネットワークを使用する例について説明したが、これに限らず、例えば、複数の中間層を有するニューラルネットワークを使用することもできる。
【0076】
ただし、計算の高速化の観点から、中間層は単層であることが望ましく、また、実測データからの誤差を考慮すると、単層では6ノード以上であることが望ましい。
【0077】
続いて、結晶化度推定部303は、温度関数取得部302で取得された温度関数に基づいて、材料の結晶化度を推定するように構成されている。具体的に、結晶化度推定部303は、温度関数取得部302で取得された温度関数を(数式4)や(数式5)に代入して微分方程式を解くことにより、結晶化度「X」を推定するように構成されている。例えば、微分方程式は、ルンゲクッタ法を使用して解くことができる。
【0078】
出力部304は、結晶化度推定部303で推定された結晶化度「X」を出力するように構成されている。
【0079】
<結晶化度推定装置の動作>
結晶化度推定装置100は、上記のように構成されており、以下に、この結晶化度推定装置100の動作について、図面を参照しながら説明する。
【0080】
図8は、結晶化度推定装置の動作を説明するフローチャートである。
【0081】
まず、(数式1)~(数式6)に示される関係式や、実測データなどは、予めデータ記憶部305に記憶されているものとする。
【0082】
図8において、結晶化度推定装置100の入力部301は、例えば、「DSC」を使用することによって測定されたヒートフローの温度依存性を示す実測データを入力する(S301)。入力された実測データは、データ記憶部305に記憶される。
【0083】
次に、温度関数取得部302は、データ記憶部305に記憶されている実測データを教師データに使用して、温度値を入力とするとともにヒートフロー値を出力とするニューラルネットワークを学習させる(S302)。これにより、温度関数取得部302は、ニューラルネットワークの学習の結果、ヒートフローの温度関数を取得する(S303)。
【0084】
続いて、結晶化度推定部303は、温度関数取得部302で取得したヒートフローの具体的な温度関数をアブラミの式(数式4や数式5)に取り入れる(S304)。そして、冷却履歴を示す環境条件(温度の時間変化)をアブラミの式に入力して(S305)、結晶成長のシミュレーションを行う。これにより、結晶化度推定部303は、任意の温度履歴に対する結晶化度を推定する(S306)。そして、出力部304は、結晶化度推定部303で推定された結晶化度を出力する(S307)。
【0085】
以上のようにして、本実施の形態における結晶化度推定装置100によれば、ニューラルネットワークを使用して、材料の結晶化度を推定することができる。
【0086】
<物理量推定プログラム>
上述した結晶化度推定装置100で実施される結晶化度推定方法は、結晶化度推定処理をコンピュータに実行させる結晶化度推定プログラムにより実現することができる。
【0087】
例えば、
図5に示すコンピュータからなる結晶化度推定装置100において、ハードディスク装置112に記憶されているプログラム群202の1つとして、本実施の形態における結晶化度推定プログラムを導入することができる。そして、この結晶化度推定プログラムを結晶化度推定装置100であるコンピュータに実行させることにより、本実施の形態における結晶化度推定方法を実現することができる。
【0088】
結晶化度推定処理に関するデータを作成するための各処理をコンピュータに実行させる結晶化度推定プログラムは、コンピュータで読み取り可能な記録媒体に記録して頒布することができる。記録媒体には、例えば、ハードディスクやフレキシブルディスクに代表される磁気記憶媒体、CD-ROMやDVD-ROMに代表される光学記憶媒体、ROMやEEPROMなどの不揮発性メモリに代表されるハードウェアデバイスが含まれる。
【0089】
<効果の検証>
以下では、本実施の形態における効果の検証結果について説明する。
【0090】
<<検証結果1>>
まず、ニューラルネットワークを学習させることにより取得されたヒートフローの温度関数が実測データによく一致しているか否かの検証結果について説明する。
【0091】
図9は、「DSC」で測定したヒートフローの実測データを示すグラフである。ここでの実測データは、直鎖状低密度ポリエチレンを「DSC」で測定したデータである。
【0092】
図9において、横軸は温度(℃)を示しており、縦軸はヒートフロー(W/g)を示している。なお、
図2と比較するとわかるように、
図9においては、容器の熱の出入りに起因するヒートフローを取り除いている。
【0093】
図10は、
図9に示す実測データを多項式で近似して取得されたヒートフローの温度関数を示すグラフである。
図10において、実測データを10次多項式で近似して得られた温度関数を比較例1としている。また、実測データを100次多項式で近似して得られた温度関数を比較例2としている。
図10に示すように、比較例1および比較例2においては、温度関数と実測データの不一致が顕著であることがわかる。
【0094】
次に、
図11は、
図9に示す実測データを教師データとしてニューラルネットワークを学習させることにより取得されたヒートフローの温度関数を示すグラフである。
図11において、3ノードのニューラルネットワークを学習させることにより取得された温度関数を実施例1としている。また、6ノードのニューラルネットワークを学習させることにより取得された温度関数を実施例2としている。
図11に示すように、実施例1および実施例2においては、温度関数と実測データとがよく一致していることがわかる。
【0095】
以下では、定量的に比較例と実施例とを評価した結果について説明する。
【0096】
評価項目の1つである「誤差」は、実測データと計算データとの差(絶対値)の平均値であり、以下の(数式7)で示される。
【0097】
【数7】
ここで、
ε:誤差
x
i:計算データ
x´
i:実測データ
N:データ数
【0098】
また、
図12は、その他の評価項目を示すグラフである。
【0099】
図12には、実測データと計算データとの「ピーク位置の差」と「最大値の差」と「最小値の差」とが示されている。
【0100】
図13は、上述した評価項目に沿って比較例と実施例とを評価した結果を示す表である。
【0101】
図13において、比較例1および比較例2は、Mathlab(Mathworks社)の多項式フィッティング関数を使用し、データ数15500点により最小二乗法で多項式の係数を決定している。
図13に示すように、比較例1および比較例2では、すべての評価項目で不合格になっていることがわかる。特に、
図10に示すように、-50℃と200℃付近で振動形状の波形となる結果、誤差が増大して不適切であることがわかる。
【0102】
図13において、実施例1および実施例2は、Mathlab(Mathworks社)のニューラルネットワークフィッティングツールを使用して学習させている。学習条件は、「Bayesian Regularization」でトレーニングして、「Mean Squared Error」で学習終了判定を実施している。
図13に示すように、実施例1および実施例2の両方とも、すべての評価項目で合格となっていることがわかる。ただし、実施例1と実施例2とを比較するとわかるように、3ノードのニューラルネットワークの方が6ノードのニューラルネットワークよりも誤差が大きい。したがって、より高精度に実測データに合う温度関数を取得する観点からは、6ノード以上のニューラルネットワークを使用することが望ましいことがわかる。特に、実施例1および実施例2では、温度関数が振動形状の波形となっておらず、滑らかな形状であることから、誤差が増大せずに扱いやすい関数形となっていることがわかる。
【0103】
以上の評価結果から、ニューラルネットワークを学習させることにより取得されたヒートフローの温度関数が実測データによく一致していることが裏付けられている。
【0104】
<<検証結果2>>
続いて、ニューラルネットワークを学習させることにより取得されたヒートフローの温度関数に基づいて推定される結晶化度が、実測された結晶化度とよく一致しているか否かの検証結果について説明する。つまり、ここでは、本実施の形態における結晶化度の推定方法の有効性を検証する。検証は、ニューラルネットワークの学習から取得されたヒートフローの温度関数に基づいて推定された結晶化度と、実際に電線成形時の冷却条件を変えて作製されたサンプルの結晶化度を比較することによって行った。
【0105】
【0106】
図14において、被覆材料の原料となる原料ペレット10を押出機11に投入して混練すると、クロスヘッド12を介してダイ13から溶融した樹脂材料が押し出される。押し出された樹脂材料は、走行ラインに沿って移動する導体14の表面に塗布される。そして、導体14の表面に塗布された樹脂材料は、ダイ13から押し出された直後から空冷された後、水槽15で水冷される。このようにして、ダイ13から押し出された樹脂材料は、空冷および水冷による冷却過程で結晶化する。以下では、この結晶化度を実測する。
【0107】
導体14は、例えば、銅の撚線から構成される。また、原料ペレット(プラスチック材料)10は、例えば、鎖状低密度ポリエチレンである。この導体14と原料ペレット10を使用して外径2.63mmの電線を作製する。
【0108】
押出機11は、シリンダ径が40mmであり、シリンダの温度は、100℃~180℃に設定されている。また、スクリューは、フルフライトである。クロスヘッド(金型)12の温度は、200℃に設定され、ダイ13は、穴径2.6mmのものを利用する。
【0109】
走行ラインにおいて、空冷距離は380mmであり、線速は20m/minである。
【0110】
2.評価サンプルの作製
結晶化度を変化させるために、クロスヘッド12に挿入する導体14を加熱させて、
図14に示す位置16で導体温度を25℃~200℃とすることにより、冷却履歴(温度履歴)の異なる複数の評価サンプルを作製した。
【0111】
3.樹脂温度の測定
結晶化度の計算に必要な樹脂温度は、空冷時の表面温度を非接触式のレーザ温度計17で計測することで取得し、樹脂材料の温度変化を求めた。
【0112】
4.結晶化度の実測
結晶化度の実測は、「DSC」を使用して行った。評価サンプルは、被覆された電線を5mg程度採取した。「DSC」の温度変化の速度は10℃/minとして、昇温/降温させる。温度変化の範囲は、-50℃~200℃とした。
【0113】
まず、ファーストランとして、-50℃から200℃まで昇温させた後、セカンドランとして、200℃から-50℃まで降温させた。さらに、サードランとして、-50℃から200℃まで昇温させて、ファーストランとセカンドランとサードランのそれぞれにおいて、ヒートフローを測定した。ヒートフロー値の積算値(積分値)が潜熱である。
【0114】
ここで、評価サンプルに対してファーストランを実行することにより求められる潜熱は、温度履歴(作製時)の異なる評価サンプルごとの結晶化度を反映する。一方、評価サンプルに対してセカンドランを実行すると、すべての評価サンプルで温度履歴(セカンドラン)が同様であるため、すべての評価サンプルの結晶化度は同等となる。そして、評価サンプルに対してサードランを実行することにより求められる潜熱は、セカンドラン時の結晶化度を反映する。したがって、評価サンプルのそれぞれの結晶化度「X」は、例えば、以下に示す(数式8)で表すことができる。
【0115】
【0116】
5.実験結果
図15は、実測した樹脂温度の変化の一例を示すグラフである。
【0117】
図15において、横軸はダイの出口からの距離(mm)を示しており、縦軸は樹脂表面の温度(℃)を示している。この
図15に示す樹脂温度の変化から温度履歴がわかる。そして、ニューラルネットワークを学習させることにより取得されたヒートフローの温度関数を代入した微分方程式(アブラミの式)に対して、実測した評価サンプルごとの異なる温度変化(温度履歴)を入力して解くことにより、評価サンプルごとの結晶化度を推定することが可能となる。具体的に、作製した温度履歴の異なる複数の評価サンプルのすべてについて結晶化度を計算した。
【0118】
一方、作製した温度履歴の異なる複数の評価サンプルのすべてについて、「DSC」でヒートフローを実測した後、(数式8)に基づいて結晶化度を実測した。
【0119】
図16は、計算値と実測値との比較結果を示すグラフである。
【0120】
図16において、横軸は導体温度(℃)を示しており、縦軸は結晶化度(%)を示している。
図16に示すように、ニューラルネットワークを学習させることにより取得されたヒートフローの温度関数に基づいて推定される結晶化度(計算値)が、実測された結晶化度(実測値)とよく一致していることが裏付けられている。
【0121】
<応用例>
例えば、上述した「<<検証結果1>>」に示したように、ニューラルネットワークを学習させることにより取得されたヒートフローの温度関数は、実測データによく一致している。このことに基づいて、以下に示す応用例を考えることができる。
【0122】
例えば、「DSC」で測定した実測データは、10000~20000点のデータ列に及ぶ。さらに、ファーストランとセカンドランとサードランを実施するには、実測データのデータ数は、数万点にも及ぶことから、実測データを保存するためには大容量の記憶容量が必要になることが考えられる。
【0123】
この点に関し、ニューラルネットワークを学習させることにより取得されたヒートフローの温度関数は、実測データによく一致している。このことから、実測データの替わりに温度関数を記憶させておき、例えば、温度値を入力すると、温度関数に基づいてヒートフロー値を出力するように構成することができる。これにより、実質的に実測データを再現することができる。この場合、温度関数自体だけを記憶しておけばよいので、記憶するデータ量の軽量化を図ることができる。
【0124】
具体的には、
図17に示すように、結晶化度推定装置100に実測データを再現するデータ再現部310を有するように構成する。
【0125】
ここで、データ再現部310は、温度関数記憶部311と、温度値入力部312と、ヒートフロー値取得部313と、ヒートフロー値出力部314とを含むように構成される。
【0126】
温度関数記憶部311は、実測データの替わりに温度関数取得部302で取得された温度関数を記憶するように構成されており、温度値入力部312は、温度値を入力するように構成されている。また、ヒートフロー値取得部313は、温度値入力部312に入力された温度値を温度関数に代入することによりヒートフロー値を取得するように構成されている。さらに、ヒートフロー値出力部314は、ヒートフロー値取得部313で取得されたヒートフロー値を出力するように構成されている。
【0127】
例えば、結晶化度推定装置100が、実測データを記憶するように構成された実測データ記憶部の替わりにデータ再現部310を有することにより、実測データを記憶するよりも記憶するデータ量を低減することができる。なぜなら、実測データ自体を記憶するためには、数万点にも及ぶデータを記憶する必要があるのに対し、データ再現部310を実現するためには、温度関数自体だけを記憶すればよいからである。
【0128】
さらには、実測データは、離散データである一方、データ再現部310で再現されるデータは、連続データである。このことから、データ再現部310を設けることにより、実測データには存在しないデータも再現することができる。つまり、実測データ記憶部の替わりにデータ再現部310を設けることにより、記憶するデータ量の軽量化を図ることができるだけでなく、データ再現部310で再現されるデータのデータ密度を実測データのデータ密度よりも大きくすることができる利点が得られる。
【0129】
以上、本発明者によってなされた発明をその実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
【0130】
前記実施の形態では、直鎖状低密度ポリエチレンを例に挙げて説明したが、前記実施の形態における技術的思想は、これに限らず、「DSC」でヒートフローを測定できる材料であれば、プラスチック材料や金属材料を問わず適用することができる。
【0131】
また、前記実施の形態における技術的思想は、結晶化度を推定する微分方程式への応用に限らず、関数形が滑らかであることから、他の微分や積分の計算や別の用途にも柔軟に対応することができる。
【0132】
さらに、データストレージの観点からも、実測データの替わりにニューラルネットワークを学習させることにより取得された関数を保存することによって、データ容量を低減できることから、測定器などの低記憶容量のエッジデバイスへの適用も容易となる。
【符号の説明】
【0133】
10 原料ペレット
11 押出機
12 クロスヘッド
13 ダイ
14 導体
15 水槽
16 位置
17 レーザ温度計
100 結晶化度推定装置
101 CPU
102 ROM
103 RAM
104 ディスプレイ
105 キーボード
106 マウス
107 通信ボード
108 リムーバルディスク装置
109 CD/DVD-ROM装置
110 プリンタ
111 スキャナ
112 ハードディスク装置
113 バス
201 オペレーティングシステム
202 プログラム群
203 ファイル群
301 入力部
302 温度関数取得部
303 結晶化度推定部
304 出力部
305 データ記憶部
310 データ再現部
311 温度関数記憶部
312 温度値入力部
313 ヒートフロー値取得部
314 ヒートフロー値出力部
400 中間層
401 ノード