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特許7409670多能性幹細胞を除去するための組成物、及び多能性幹細胞の除去方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-25
(45)【発行日】2024-01-09
(54)【発明の名称】多能性幹細胞を除去するための組成物、及び多能性幹細胞の除去方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0735 20100101AFI20231226BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20231226BHJP
   C12N 9/99 20060101ALI20231226BHJP
   C12N 9/02 20060101ALI20231226BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20231226BHJP
【FI】
C12N5/0735
C12N5/10
C12N9/99 ZNA
C12N9/02
C12N15/12
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020561509
(86)(22)【出願日】2019-12-19
(86)【国際出願番号】 JP2019049837
(87)【国際公開番号】W WO2020130077
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2022-12-08
(31)【優先権主張番号】P 2018239318
(32)【優先日】2018-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】近藤 亨
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-093823(JP,A)
【文献】特開2018-014972(JP,A)
【文献】特表2017-507649(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0306080(US,A1)
【文献】特表2014-501518(JP,A)
【文献】国際公開第2012/057052(WO,A1)
【文献】特表2010-513362(JP,A)
【文献】Cell Chemical Biology,2018年06月21日,Vol.25,pp.705-717
【文献】Cell,2016年,Vol.167,pp.171-186
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12N 9/00-9/99
C12Q 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤を有効成分として含有する、多能性幹細胞から分化誘導した細胞群に残存する未分化の多能性幹細胞を除去するための組成物。
【請求項2】
前記多能性幹細胞が、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)及び胚性腫瘍細胞(EC細胞)からなる群から選択される少なくとも1の多能性幹細胞である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤がブレキナー(brequinar)である、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
前記細胞群が、前記多能性幹細胞から分化誘導した体性幹細胞を含む細胞群である、請求項1~3のうちのいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
多能性幹細胞から分化誘導した細胞群とジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤とを接触させる工程を含む、前記細胞群から残存する未分化の多能性幹細胞を除去する方法。
【請求項6】
前記多能性幹細胞が、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)及び胚性腫瘍細胞(EC細胞)からなる群から選択される少なくとも1の多能性幹細胞である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤がブレキナー(brequinar)である、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記細胞群が、前記多能性幹細胞から分化誘導した体性幹細胞を含む細胞群である、請求項5~7のうちのいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞を除去するための組成物、及び多能性幹細胞の除去方法に関する。より詳しくは、多能性幹細胞から分化誘導した細胞群に残存する未分化の多能性幹細胞を除去するための組成物及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞は、生体を構成する全ての細胞に分化する能力を有することから再生医療実現化の要としてその利用が期待されている。そして、現在までに、これら多能性幹細胞から治療に必要とされる特定の移植用機能細胞への分化誘導法が多々確立されている。
【0003】
しかしながら、分化誘導後に残存した未分化の多能性幹細胞は、腫瘍を形成する可能性がある。そのため、移植治療を進める上で大きな障害となっており、この問題を解決するため、多能性幹細胞を除去する様々な方法が開発されている(非特許文献1~5)。
【0004】
しかし、これらの方法による他の細胞への安全性についての検証は不十分なこともあり、副作用少なく、多能性幹細胞を除去する方法は未だ実用化されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Tangら、Nat Biotech、2011年、29巻、829~834ページ
【文献】Ben-Davidら、Cell Stem Cell、2013年、12巻、167~179ページ
【文献】Shirakiら、Cell Metab、2014年、19巻、780-794ページ
【文献】Parrら、Sci Rep、2016年9月9日;6:32532
【文献】Kuangら、Cell Chem Biol、2017年、24巻、685-694ページ
【文献】Sykesら、Cell、2016年、167巻、171~186ページ
【文献】Laddsら、Nat Commun、2018年3月16日、9(1):1107
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、未分化の多能性幹細胞に対して細胞傷害性をもたらす一方で、他の細胞に対しては毒性の少ない化合物を見出すことを目的とする。さらには、該化合物を有効成分とする多能性幹細胞を除去するための組成物、及び前記化合物を用いた多能性幹細胞の除去方法を提供することを、本発明の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(DHODH)阻害剤が、ES細胞及びiPS細胞等の多能性幹細胞に対して細胞傷害活性を示すことを見出した。一方、DHODH阻害剤は、分化した細胞(アストロサイト等の体細胞、神経幹細胞等の体性幹細胞)に対しては、有意な細胞傷害性を示さないことを明らかにした。
【0008】
さらに、多能性幹細胞をDHODH阻害剤にて処理した上でマウスに移植することによって、または多能性幹細胞を移植したマウスにDHODH阻害剤を投与することによって、前記マウスに特段の副作用をもたらすことなく、多能性幹細胞からの腫瘍形成を抑制できることも確認した。
【0009】
DHODHは、ピリミジンのde novo合成の4番目の化学反応を触媒する酸化還元酵素である。DHODH阻害剤は、その合成を阻害することによって、T細胞やB細胞の増殖を抑制し、免疫抑制効果を発揮することが既に明らかとなっており、当該薬剤は、かかる効果故、関節リウマチ等の自己免疫疾患の治療に用いられている。さらに、DHODH阻害剤については、がん幹細胞における分化阻害を解除することによって、または同細胞におけるp53の合成を増強することによって、白血病(急性骨髄性白血病、慢性骨髄性白血病)に対する治療効果を奏することも報告されている(非特許文献6及び7)。
【0010】
しかしながら、DHODH阻害剤の多能性幹細胞への影響については何ら検証も示唆もされていなかったものの、本発明者は、上述のとおり、当該薬剤によって多能性幹細胞を除去できることを初めて明らかにした。その一方で、多能性幹細胞と比して劣るとはいえ多分化能と自己増殖性を備え、同じく幹細胞に分類される、体性幹細胞(神経幹細胞等)に対しては、DHODH阻害剤は有意な細胞傷害性を示さないことも、本発明者は見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、DHODH阻害剤を用いた、多能性幹細胞を除去するための組成物、及び多能性幹細胞の除去方法に関し、より具体的には以下を提供する。
<1> ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤を有効成分として含有する、多能性幹細胞から分化誘導した細胞群に残存する未分化の多能性幹細胞を除去するための組成物。
<2> 前記多能性幹細胞が、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)及び胚性腫瘍細胞(EC細胞)からなる群から選択される少なくとも1の多能性幹細胞である、<1>に記載の組成物。
<3> 前記ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤がブレキナー(brequinar)である、<1>又は<2>に記載の組成物。
<4> 前記細胞群が、前記多能性幹細胞から分化誘導した体性幹細胞を含む細胞群である、<1>~<3>のうちのいずれか一項に記載の組成物。
<5> 多能性幹細胞から分化誘導した細胞群とジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤とを接触させる工程を含む、前記細胞群から残存する未分化の多能性幹細胞を除去する方法。
<6> 前記多能性幹細胞が、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)及び胚性腫瘍細胞(EC細胞)からなる群から選択される少なくとも1の多能性幹細胞である、<5>に記載の方法。
<7> 前記ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤がブレキナー(brequinar)である、<5>又は<6>に記載の方法。
<8> 前記細胞群が、前記多能性幹細胞から分化誘導した体性幹細胞を含む細胞群である、<5>~<7>のうちのいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、分化細胞には有意な細胞傷害をもたらすことなく、未分化の多能性幹細胞を除去することが可能となる。すなわち、本発明によれば、多能性幹細胞から分化誘導した細胞群に残存する未分化の多能性幹細胞を除去することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(DHODH)阻害剤存在下3日間培養した後の、マウス胚性幹(ES)細胞の生存率を示すグラフである。図中、「BRQ」、「Leflunomide]、「Teriflunomide」及び「Vidofludimus」は、各DHODH阻害剤(ブレキナー、レフルノミド、テリフルノミド及びビドフルジムス)存在下における細胞の生存率を示す(図中の表記については、図2においても同様である)。
図2】DHODH阻害剤存在下3日間培養した後の、マウス人工多能性幹(iPS)細胞の生存率を示すグラフである。
図3】BRQ存在下3日間培養した後の、マウス神経幹細胞等の生存率を示すグラフである。図中、「mNSC」、「mNSC+5%FCS」及び「アストロサイト」は、BRQ存在下における、マウス神経幹細胞、5%ウシ胎仔血清添加時のマウス神経幹細胞及びマウスアストロサイトの生存率を各々示す。
図4】10μM BRQ存在下3日間培養後の、各種細胞の生存率を示すグラフである。図中、「ES」、「iPS」、「NT2」、「PA6」、「C2C12」、「NSC」及び「アストロサイト」は、マウスES細胞、マウスiPS細胞、ヒト胚性癌細胞、マウス骨髄由来ストローマ細胞、マウス筋芽細胞、マウス神経幹細胞及びマウスアストロサイトの前記生存率を各々示す。
図5】BRQ存在下において、マウス神経幹細胞及びマウスES細胞を3日間混合培養した結果を示す、蛍光顕微鏡写真である。図中、「コントロール」はBRQ非存在下における培養結果を示す。図中、上段の3写真は、神経幹細胞のマーカー(Nestin)を免疫染色にて検出した結果を示す。中段の3写真は、多能性幹細胞のマーカー(Nanog)を免疫染色にて検出した結果を示す。下段の3写真は、Nestin及びNanogを免疫染色にて検出した結果と、DAPIによって細胞核を対比染色した結果とを重ね合わせた写真である。
図6】BRQ存在下において、マウス神経幹細胞及びマウスiPS細胞を3日間混合培養した結果を示す、蛍光顕微鏡写真である。図中、「コントロール」はBRQ非存在下における培養結果を示す。図中、上段の3写真は、多能性幹細胞のマーカー(Nanog)を免疫染色にて検出した結果を示す。中段の3写真は、神経幹細胞のマーカー(Nestin)を免疫染色にて検出した結果を示す。下段の3写真は、Nestin及びNanogを免疫染色にて検出した結果と、DAPIによって細胞核を対比染色した結果とを重ね合わせた写真である。
図7】10μM BRQ存在下、各種リボヌクレオシド(ウリジン、アデノシン、グアノシン又はシチジン)を添加した際の、マウスiPS細胞の生存率を示すグラフである。
図8】10μM BRQ存在下、各種リボヌクレオシド(ウリジン、アデノシン、グアノシン又はシチジン)を添加した際の、マウスES細胞の生存率を示すグラフである。
図9】10μM BRQ存在下、各種リボヌクレオシド(ウリジン二リン酸(UDP)又はウリジン二リン酸-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc))を添加した際の、マウスiPS細胞の生存率を示すグラフである。
図10】10μM BRQ存在下、各種リボヌクレオシド(UDP又はUDP-GlcNAc)を添加した際の、マウスES細胞の生存率を示すグラフである。
図11】多能性幹細胞におけるBRQ依存的細胞傷害性に対する、ヌクレオチド二リン酸の用量依存効果を示すグラフである。図中、「ESC」はマウスES細胞に対する効果を示し、「iPSC」はマウスiPS細胞に対する効果を示す。また各グラフにおいて、丸はUDPの、ダイアモンドはCDPの、四角はADPの、三角はGDPの用量依存効果を示す。エラーバーは±SD(標準偏差)を示す。統計学的有意性はt検定によって判定した。**p<0.01、***p<0.001。
図12】BRQ存在下での、多能性幹細胞におけるBrdU陽性細胞の割合を示すグラフである。図中、「ESC」はマウスES細胞における前記割合を示し、「iPSC」はマウスiPS細胞細胞における前記割合を示す。「N」及び「BRQ」は、多能性幹細胞の培養培地においてBRQが各々存在していない及び存在していることを示す。
図13】BRQ存在下での、多能性幹細胞におけるCasp3陽性細胞の割合を示すグラフである。図中、「ESC」はマウスES細胞における前記割合を示し、「iPSC」はマウスiPS細胞細胞における前記割合を示す。「N」及び「BRQ」は、多能性幹細胞の培養培地においてBRQが各々存在していない及び存在していることを示す。
図14】DHODH発現ベクターによるノックダウン効率をウエスタンブロッティングにより分析した結果を示す写真である。FLAGタグ標識マウスDHODH発現ベクターを、コントロールshRNAをコードするベクター(図中「C」)又はDHODHに対するshRNA1~3を各々コードするベクター(図中、「DHODH sh1,sh2、sh3」)と共にCos7細胞に導入した。遺伝子導入してから2日後に、細胞抽出液を回収し、抗FLAG抗体及び抗GAPDH抗体(ローディングコントロール)を用いたウエスタンブロッティングによって分析した。
図15】コントロールshRNA発現多能性幹細胞又はDHODHshRNA発現多能性幹細胞における、Ki67陽性細胞の割合を示すグラフである。図中「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々における前記割合を示す。エラーバーは±SDを示す。統計学的有意性は、t検定によって判定した。*P<0.05,**P<0.01,***P<0.001。
図16】コントロールshRNA発現多能性幹細胞又はDHODHshRNA発現多能性幹細胞における、Casp3陽性細胞の割合を示すグラフである。図中「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々における前記割合を示す。エラーバーは±SDを示す。統計学的有意性は、t検定によって判定した。*P<0.05,**P<0.01,***P<0.001。
図17】コントロールshRNA発現多能性幹細胞及びdhodh sh発現多能性幹細胞に、GFP及びKi67を対象とする免疫染色を施して観察し、得られた代表的な結果を示す、蛍光顕微鏡写真である。図中「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々を観察した結果を示す。1段目及び3段目における各3写真は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞のKi67(赤色)の発現及び核(青色、DAPIによる対比染色)を検出した結果を示す。2段目及び4段目における各3写真は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞のGFP(緑色)及びKi67(赤色)の発現を検出した結果を示す。スケールバーは100μmを示す。
図18】コントロールshRNA発現多能性幹細胞及びdhodh sh発現多能性幹細胞に、GFP及びCasp3を対象とする免疫染色を施して観察し、得られた代表的な結果を示す、蛍光顕微鏡写真である。図中「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々を観察した結果を示す。1段目及び3段目における各3写真は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞のCasp3(赤色)の発現及び核(青色、DAPIによる対比染色)を検出した結果を示す。2段目及び4段目における各3写真は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞のGFP(緑色)及びCasp3(赤色)の発現を検出した結果を示す。スケールバーは100μmを示す。
図19】10μM BRQ存在下で24時間培養した後に、各細胞を蛍光顕微鏡にて観察した結果を示す写真である。図中、「NSC」、「iPS」及び「ES」は、マウス神経幹細胞、マウスiPS細胞及びマウスES細胞を観察した結果を示す。「BRQ」は10μM BRQ存在下で培養した結果を示し、「DMSO」はBRQ非存在下で培養した結果を示す。上段の6写真はSox2を免疫染色した結果を示し、下段の6写真はSox2を免疫染色した結果とDAPIによって細胞核を対比染色した結果とを重ね合わせた写真である。矢印はSox2陰性細胞を示す。各数値はDAPI陽性細胞に対するSox2陽性細胞の割合(%)を示す。スケールバーは100μmを表す。
図20】10μM BRQ存在下で24時間培養した後の各細胞における、Sox2陽性細胞の割合(%)を示すグラフである。図中、「NSC」、「iPS」及び「ES」は、マウス神経幹細胞、マウスiPS細胞及びマウスES細胞における各Sox2陽性細胞の割合を示す。「BRQ」は10μM BRQ存在下で培養した結果を示し、「Cont」はBRQ非存在下で培養した結果を示す。「**」はP値<0.01であることを示す。
図21】10μM BRQ存在下で1日又は2日培養した後の、各細胞における多能性幹細胞マーカー遺伝子(Sox2、Oct4及びNanog)の発現量を示すグラフである。図中、「ES」及び「iPS」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞における各遺伝子の発現量を示す。「BRQ」は10μM BRQ存在下で培養した結果を示し、「DMSO」はBRQ非存在下で培養した結果を示す。各グラフの縦軸は、「DMSO」における各遺伝子の発現量を100とした場合の相対的な値を示す。
図22】10μM BRQ存在下で2日間培養した後に、各細胞を蛍光顕微鏡にて観察した結果を示す写真である。図中、「ES」及び「iPS」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞を観察した結果を示す。「BRQ」は10μM BRQ存在下で培養した結果を示し、「cont」はBRQ非存在下で培養した結果を示す。上段の4写真はNanogを免疫染色した結果を示し、下段の4写真はNanogを免疫染色した結果とDAPIによって細胞核を対比染色した結果とを重ね合わせた写真である。矢印はNanogが細胞質に広がって分布している細胞(Nanogが核外に排除された細胞)を示す。
図23】多能性幹細胞(PSC)を、DMSO、ZVAD(100nM)、BRQ(10μM)又はBRQ及びZVAD(BRQ:10μM、ZVAD:100nM)の存在下にて2日間培養し、Nanog及びOct4を免疫標識した結果を示す、蛍光顕微鏡写真である。図中、「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞を観察した結果を示す。図中の数値は、全細胞における各核PSCマーカー陽性細胞数の割合を示す。上段の8写真は、Oct4(緑色)を免疫染色した結果を示し、中段の8写真は、Nanog(赤色)を免疫染色した結果を示し、下段の8写真は、前記Oct4を免疫染色した結果及びNanogを免疫染色した結果に、DAPIによって細胞核(青色)を対比染色した結果を重ね合わせた結果を示す。スケールバーは50μmを示す。
図24】多能性幹細胞(PSC)を、DMSO、BRQ(10μM)又はBRQ及びLMB(BRQ:10μM、LMB:0.15nM)の存在下にて2日間培養し、Nanog(赤色)及びOct4(緑色)を免疫標識した結果を示す、蛍光顕微鏡写真である。図中、「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞を各々観察した結果を示す。図中の数値は、全細胞における各核PSCマーカー陽性細胞数の割合を示す。上段の6写真は、Oct4(緑色)を免疫染色した結果を示し、中段の6写真は、Nanog(赤色)を免疫染色した結果を示し、下段の6写真は、前記Oct4を免疫染色した結果及びNanogを免疫染色した結果に、DAPIによって細胞核(青色)を対比染色した結果を重ね合わせた結果を示す。スケールバーは100μmを示す。
図25】DMSO又はBRQにより前処理した多能性幹細胞から形成されたテラトーマの代表的な写真を示す。図中、「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々から形成されたテラトーマを観察した結果を示す。スケールバーは1cmを示す。
図26】DMSO又はBRQにより前処理した多能性幹細胞から形成された腫瘍の体積を示すグラフである。図中、「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々から形成された腫瘍の体積を示す。エラーバーは±SDを示す。統計学的有意性はt検定によって判定した。**P<0.01,***P<0.001。
図27】DMSO又はBRQにより処理したマウスにおいて、多能性幹細胞から形成されたテラトーマの代表的な写真を示す。図中、「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々から形成されたテラトーマを観察した結果を示す。スケールバーは1cmを示す。
図28】DMSO又はBRQにより処理したマウスにおいて、多能性幹細胞から形成されたテラトーマの腫瘍体積を示すグラフである。図中、「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々から形成された腫瘍体積を示す。エラーバーは±SDを示す。統計学的有意性はt検定によって判定した。**P<0.01,***P<0.001。
図29】DMSO又はBRQにより処理したマウスにおいて、多能性幹細胞から形成されたテラトーマにおけるKi67陽性細胞の割合示すグラフである。図中、「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々から形成されたテラトーマにおける前記割合を示す。エラーバーは±SDを示す。統計学的有意性はt検定によって判定した。**P<0.01,***P<0.001。
図30】Oct4(赤色)、Nanog(緑色)、AFP(緑色)、βIIIチューブリン(赤色)及びSMA(緑色)を対象とする免疫染色を施したテラトーマについての代表的な画像を示す。図中、「ESC」及び「iPSC」は、マウスES細胞及びマウスiPS細胞各々から形成されたテラトーマを観察した結果を示す。核はDAPI(青色)にて対比染色によって検出した。スケールバーは100μmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
後述の実施例に示すとおり、本発明者は、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(DHODH)の酵素活性を阻害し、ピリミジン合成を阻害することによって、多能性幹細胞に細胞傷害をもたらし、当該細胞を除去できることを明らかにした。また、その一方で、多能性幹細胞を分化誘導することによって得られえる体性幹細胞や体細胞等の分化細胞においては、DHODHを阻害しても、有意な細胞傷害は生じないことも見出した。
【0015】
したがって、本発明は、DHODH阻害剤を用いる、多能性幹細胞から分化誘導した細胞群に残存する未分化の多能性幹細胞を除去するための組成物及び方法を、提供する。
【0016】
本発明において、「ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(DHODH)」は、ピリミジンのde novo合成経路において第4反応であるジヒドロオロト酸からオロト酸への酸化を触媒する酵素を意味し、例えば、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(フマル酸)(EC番号:1.3.98.1)、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(NAD+)(EC番号:1.3.1.14)、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(NADP+)(EC番号:1.3.1.15)、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(キノン)(EC番号:1.3.5.2)が挙げられる。
【0017】
「ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤〈DHODH阻害剤)」は、前記触媒反応を阻害する活性を有する化合物を意味する。なお、本発明における「阻害」には活性等の完全な阻害のみならず部分的な阻害(抑制)も含まれる。
【0018】
本発明にかかる「DHODH阻害剤」としては、後述の実施例に示すような、ブレキナー(brequinar、BRQ、6-フルオロ-2-(2’-フルオロ-1,1’-ビフェニル-4-イル)-3-メチル-4-キノリン-カルボン酸ナトリウム塩)、レフルノミド(leflunomide、5-メチル-N-[4-(トリフルオロメチル)フェニル]-イソオキサゾール-4-カルボキサミド)、テリフルノミド(teriflunomide、(2Z)-2-シアノ-3-ヒドロキシ-N-[4-(トリフルオロメチル)フェニル]ブタ-2-エンアミド)、ビドフルジムス(vidofludimus、2-(3-フルオロ-3’-メトキシビフェニル-4-イルカルバモイル)-シクロペンタ-1-エンカルボン酸、ASLAN003(2-(3,5-ジフルオロ-3’メトキシビフェニル-4-イルアミノ)ニコチン酸)等が挙げられる。さらに、例えば、J Med Chem.、2013 Apr 25;56(8):3148-67に開示されている化合物15~110、Eur J Med Chem.2012 Mar;49:102-9に開示されている化合物7a~7n、Biochemistry.2008 Aug 26;47(34):8929-36に開示されている化合物 コード3~8、国際公開第2008/077639号に開示されているアミノニコチン及びイソニコチン酸誘導体、Neuro Oncol.2019 Sep 10.pii:noz170.doi:10.1093/neuonc/noz170.に開示されている化合物 10580(後述のIC50:9nM)が挙げられる。
【0019】
本発明にかかる「DHODH阻害剤」として、好ましくはヒト由来DHODHに対する50%阻害濃度(IC50)が100nM以下である化合物が好ましく、IC50が50nM以下である化合物がより好ましく、IC50が20nM以下である化合物がさらに好ましい。かかる化合物としては、例えば、以下の化合物が挙げられる(各化合物の構造及びヒト由来DHODHに対するIC50を以下に示す)。
【0020】
【化1】
【0021】
【化2】
【0022】
【化3】
【0023】
【化4】
【0024】
【化5】
【0025】
【化6】
【0026】
【化7】
【0027】
DHODHの酵素活性は、当業者であれば、例えば、ジクロロインドフェノール(DCIP)を用いる色素還元アッセイにより求めることができる。吸収極大を600nmに持つDCIPは、DHODHによる基質の酸化及び電子受容体の還元に伴い、還元され無色となる。そのため、当該波長における吸光度の減少を指標として、DHODHの活性を求めることができる。また、DHODHに対するIC50は、例えば、ヒト由来のDHODH、基質(ジヒドロオロト酸)、電子受容体(例えば、CoQ)、及び緩衝液を含む酵素反応液に、様々な濃度の供試化合物(DHODH阻害剤)を添加し、前記DCIPアッセイを行なうことにより求めることができる(国際公開第2008/077639号、Biochem J.1998 Dec 1;336(Pt2):299-303 参照のほど)。
【0028】
また、本発明にかかる「DHODH阻害剤」には、その阻害活性を有する限り、薬理学上許容される塩、水和物又は溶媒和物も含まれる。このような薬理学上許容される塩としては、特に制限はなく、当該薬剤の各構造等に応じて適宜選択することができ、例えば、酸付加塩(塩酸塩、硫酸塩、臭化水素塩、硝酸塩、硫酸水素酸塩、リン酸塩、酢酸塩等)、塩基付加塩(ナトリウム塩、カリウム塩、亜鉛塩、カルシウム塩等)が挙げられる。また、水和物又は溶媒和物としては、特に制限はなく、例えば、DHODH阻害剤又はその塩1分子に対し、0.1~10分子の水又は溶媒が付加したものが挙げられる。
【0029】
さらに、本発明にかかる「DHODH阻害剤」には、その阻害活性を有する限り、互変異性体、幾何異性体、不斉炭素に基づく光学異性体、立体異性体等の総ての異性体及び異性体混合物が含まれる。さらにまた、DHODH阻害剤が生体内で酸化、還元、加水分解、アミノ化、脱アミノ化、水酸化、リン酸化、脱水酸化、アルキル化、脱アルキル化、抱合等の代謝を受けてなおその阻害活性を示す化合物をも包含し、また本発明は生体内で酸化、還元、加水分解等の代謝を受けてDHODH阻害剤を生成する化合物をも包含する。
【0030】
なお、DHODH阻害剤に関しては、上述のとおり、多くの化合物が開発され市販もされているため、購入することによって入手することができる。また市販されていなくとも、それら化合物の製造方法についても多々報告がなされている。そのため、当業者であれば、当該製造方法に沿って適宜調製することもできる。
【0031】
本発明において「多能性幹細胞」とは、分化万能性及び自己複製能を備えている細胞であればよく、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性腫瘍細胞(EC細胞)、エピブラスト幹細胞(EpiS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、多能性生殖細胞(mGS細胞)、MUSE細胞(Kuroda Y.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.、2010年、107巻、19号、8639~8643ページ 参照)等の生体から採取され得る細胞が挙げられる。さらに、「多能性幹細胞」には、人工多能性幹細胞(iPS細胞)のように、生体から採取された体細胞から人工的に分化多能性等を持たせるよう誘導された細胞も含まれる。また、これら細胞の由来としては特に制限はなく、ヒト及び非ヒト動物(例えば、マウス及びラット等のげっ歯類、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、サル、イヌ、並びにネコ等の哺乳類、ニワトリ等の鳥類)が挙げられる。さらに、後述の再生医療等を目的とする場合には、免疫拒絶反応を抑えるという観点から後述の分化細胞を移植する対象に由来する多能性幹細胞であることが望ましい。
【0032】
本発明において「未分化の多能性幹細胞」としては、分化しておらず、分化万能性を維持している前述の多能性幹細胞の他、多能性幹細胞が腫瘍化した細胞(例えば、テラトーマ、テトラカルシノーマ)も含まれる。
【0033】
本発明において「多能性幹細胞から分化誘導した細胞群」とは、上述の多能性幹細胞に由来する任意の分化細胞を含む細胞の集団を意味する。かかる細胞群は、単種の分化細胞を含むものであってもよく、複数種の分化細胞を含むものであってもよい。さらに、その形態としては、それら細胞によって構成される組織、器官であってもよい。
【0034】
本発明において「分化細胞」には、多能性を完全に喪失した細胞(最終分化細胞、例えば、体細胞、生殖細胞)のみならず、多能性を部分的に喪失した細胞(例えば、前駆細胞、体性幹細胞)も含まれる。「体性幹細胞」は、成体幹細胞、組織幹細胞とも称される細胞であり、例えば、神経幹細胞、衛星細胞、造血幹細胞(骨髄幹細胞)、間葉系幹細胞、腸管幹細胞、毛包幹細胞、乳腺幹細胞、内皮幹細胞、嗅粘膜幹細胞、神経冠幹細胞、精巣細胞が挙げられる。
【0035】
「分化細胞」への多能性幹細胞からの分化誘導は、通常、各分化細胞が発生する胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)への分化誘導を介して行なわれ、当業者であれば、各胚葉系細胞への分化誘導に適した低分子化合物、タンパク質等(分化誘導因子)を用いた公知の方法を、適宜選択して行なうことができる。例えば、神経細胞等の外胚葉系細胞へは、BMP阻害剤、TGFβ及びアクチビン阻害剤の存在下にて培養することによって分化誘導することができる(Nat Biotechnol.2009 Mar;27(3):275-80 参照)。軟骨細胞等の中胚葉系の細胞へは、例えば、多能性幹細胞を、Wnt及びアクチビンの存在下にて培養した後、BMP4の存在下にて培養することにより、分化誘導することができる(Development.2008 Sep;135(17):2969-79 参照)。また例えば、膵臓細胞、腸細胞等の内胚葉系細胞は、多能性幹細胞をアクチビンの存在下にて培養した後、BMP4の存在下にて培養することによって、分化誘導することができる(例えば、Diabetes 2010 Sep;59(9):2094-2101、Nature. 2011 Feb 3;470(7332):105-9 参照)。
【0036】
また、本発明において、上述の細胞群に残存する未分化の多能性幹細胞の「除去」は、当該細胞の完全な除去のみならず、当該細胞の数又は前記細胞群における割合の低減を意味する。また、当該除去は、in vitroで行なわれるものであってもよく、in vivo又はex vivoで行なわれるものであってもよい。
【0037】
(多能性幹細胞を除去するための組成物)
本発明の実施形態として、DHODH阻害剤を有効成分として含有する、多能性幹細胞から分化誘導した細胞群に残存する未分化の多能性幹細胞を除去するための組成物が挙げられる。
【0038】
本発明の組成物は、上述のDHODH阻害剤の他、生理学的に許容される担体を含むものであってもよい。生理学的に許容される担体としては、例えば、生理的な等張液(生理食塩水、培地、ブドウ糖やその他の補助薬(D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウム等)を含む等張液等)、賦形剤、防腐剤、安定剤(ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール等)、結合剤、溶解補助剤、非イオン性界面活性剤、緩衝剤(リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等)、保存剤、酸化防止剤が挙げられる。
【0039】
本発明の組成物は、研究目的又は医療目的(例えば、分化細胞、特に腫瘍化リスクの低減された分化細胞の製造)に用いられる試薬の形態であり得る。また、後述のとおり、前記分化細胞を移植した対象に投与される、医薬組成物の形態でもあり得る。
【0040】
また、本発明は、分化細胞、特に腫瘍化リスクの低減された分化細胞を製造するためのキットをも提供する。当該キットにおいては、前記組成物の他、多能性幹細胞、上述の分化誘導因子、分化誘導用培地、培養器等の、多能性幹細胞から所望の細胞への分化誘導に必要な材料を含めることができる。さらに、所望の細胞に分化誘導できたことを確認するための、当該細胞特異的マーカー分子を検出するための試薬(例えば、当該マーカー分子に対して特異的な抗体)も、本発明のキットに含めることもできる。また、本発明の組成物の使用方法、分化誘導方法等を示した説明書も本発明のキットに含まれる。
【0041】
(多能性幹細胞を除去するための方法)
本発明の実施形態としてはまた、多能性幹細胞から分化誘導した細胞群とジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤とを接触させる工程を含む、前記細胞群から残存する未分化の多能性幹細胞を除去する方法が挙げられる。
【0042】
上述のDHODH阻害剤と細胞群との「接触」については特に制限はなく、例えば、当該細胞群を維持するための培地にDHODH阻害剤を添加することによって行なうことができる。その際の添加濃度としては、特に制限はなく、当業者であれば、対象とする多能性幹細胞及び細胞群の種類、並びに用いるDHODH阻害剤の種類等によって適宜調整することができるが、通常0.1~1000μMであり、好ましくは1~100μM、さらに好ましくは10~50μMである。
【0043】
なお、このように未分化の多能性幹細胞を除去することにより、再生医療等に有用な、腫瘍化リスクの低減された分化細胞を得ることができる。したがって、本発明の方法は、「多能性幹細胞から分化誘導した細胞群とジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ阻害剤とを接触させる工程を含む、腫瘍化リスクの低減された分化細胞を製造する方法」とも言い換えることができる。
【0044】
また、再生医療等のため、前記分化細胞を対象(ヒト又は非ヒト動物)に移植した場合には、DHODH阻害剤を当該対象に投与することによって、上述のDHODH阻害剤と細胞群との「接触」を行なうことができる。投与形態としては特に制限はなく、静脈内投与、動脈内投与、腹腔内投与、皮下投与、皮内投与、気道内投与、直腸投与及び筋肉内投与、輸液による投与、局所投与、経口投与が挙げられ、移植する細胞群の種類、移植部位等に応じて適宜選択される。また、投与量は、対象の種類、年齢、体重、症状及び健康状態、投与形態、対象とする多能性幹細胞及び細胞群の種類、並びに用いるDHODH阻害剤の種類等によって適宜調整されるが、1回あたりの投与量は、通常、0.001~1000mg/kg体重であり、好ましくは、0.1~100mg/kg体重であり、より好ましくは、1~50mg/kg体重である。また、1日あたりの投与回数としても、特に制限はなく、前記のような様々な要因を考慮して、適宜調整される。さらに、対象への投与は継続して行なわれてもよい(例えば、1週間毎に1回投与)。
【0045】
また、未分化の多能性幹細胞を除去するための、DHODH阻害剤と細胞群との接触時間としては、当該除去が十分に行なわれる時間であればよく、当業者であれば適宜調整することができるが、通常2~7日間であり、好ましくは2~5日間であり、より好ましくは2~3日間である。
【実施例
【0046】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例は、以下の材料及び方法を用いて行なった。
【0047】
(動物・化学試薬)
マウスを用いた全ての実験は、北海道大学動物実験委員会が承認したプロトコールに従って行った。マウスは株式会社ホクドーから購入したものを用いた。特に断りがない限り、化学薬品及び増殖因子は、各々Invitrogen社及びPeproTech社から購入したものを用いた。
【0048】
(多能性幹細胞)
マウスES細胞は、升井伸治氏(当該細胞を譲り受け時、京都大学iPS研究所に在籍)より譲り受けた細胞株(E14tg2a)を用いた。マウスiPS細胞は、理化学研究所バイオリソース研究センターから購入した細胞株(iPS-Hep-FB/Ng/gfp-103c-1)を用いた。
【0049】
これら多能性幹細胞は、SIGMA社のウェブサイトで公開している方法にて培養した(https://www.sigmaaldrich.com/life-science/stem-cell-biology/stem-cell-protocols.html 参照)。また培養には、以下の組成からなる培養液(ESC培養液)を用いた。
1mM ピルビン酸ナトリウム(Gibco社製,カタログ番号:11360-070)、1x非必須アミノ酸(Gibco社製,カタログ番号11140-050)、100μM 2-メルカプトエタノール(SIGMA社製,CAS番号:60-24-2)、1000units/mL 白血病阻害因子(LIF、ESGRO(登録商標),Gibco社製,カタログ番号:ESG1107)、15% ノックアウト血清代替物(KSR、Thermo Fisher Scientific社製,カタログ番号:10828028)、及び1% ウシ胎仔血清(FBS、Hyclone社製)を含む、グラスゴー最小必須培地(GMEM培地、Sigma社製,製品番号:G5154-500ML)。さらに、これら細胞を維持培養するために、100mm培養ディッシュ(Falcon社製)の表面を、ウシ表皮由来のゼラチン(Sigma社製,製品番号:G9391)にてコートし、37℃にて2時間以上置いたものを用いた。
【0050】
ヒト胚性癌(EC)細胞)(NT2)は、American Tissue Culture Collectionから入手し(CRL-1973)、10%FBS含有DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)にて培養した。
【0051】
(分化細胞)
マウス神経幹細胞(mNSC)は、Johe KKら、Genes Dev.1996年、10巻、24号、3129~3140ページに記載のとおり、マウス(胎仔14.5日目)の終脳から調製し、NSC培養液[bFGF(10ng/ml)、EGF(10ng/ml)、ヘパリン(5μM)、GlutaMAX(Gibco社製)、ペニシリン、及びストレプトマイシンを含むDMEM/F12培地(Sigma社製)]にて培養した。
【0052】
マウス骨髄由来ストローマ細胞(PA6)は、理研バイオリソースセンターから入手し(RBRC-RCB1127)、10%FBS含有αMEM(イーグル最小必須培地 α改変型)にて培養した。
【0053】
マウス筋芽細胞(C2C12)は、理研バイオリソースセンターから入手し(RBRC-RCB0987)、10%FBS含有DMEMにて培養した。
【0054】
アストロサイトは、mNSCを10%FBS含有DMEM存在下で3日間培養することにより調製、その後、同じ培地で維持した。
【0055】
(MTTアッセイ法)
96ウェルプレートの各ウェルに、1000個の各細胞を播種し、DMSOのみを終濃度0.1%になるよう添加した培地(200μL/ウェル)にて、又は各ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(DHODH)阻害剤を添加した培地(200μL/ウェル)にて、3日間培養した。なお、培地は、上述の各細胞に適した培養液を用いた。
【0056】
DHODH阻害剤として、Brequnar(BRQ,Cayman Chemical,CAS番号:96187-53-0),Leflunomide(Cayman Chemical,CAS番号:75706-12-6),Teriflunomide(Cayman Chemical,CAS番号:163451-81-8)又はVidofludimus(Cayman,CAS番号:717824-30-1)を、培地に添加した。各DHODH阻害剤の培地への添加濃度は、200μMからの2倍希釈系列とした。
【0057】
また、バックグランドとして、培地のみを入れたウェルを用意し、さらにコントロールとして、TritonX-100(終濃度0.2%)を含む培地を細胞に添加したウェルも用意した。
【0058】
そして、各ウェルにMTT(5mg/ml、Wako社製)5μLを添加し、細胞を37℃で2~3時間インキュベートした。次いで、培地を100μLのDMSOに置換して細胞を溶解し、それら細胞溶解液の波長570nmにおける吸光度を、マイクロプレートリーダー(Bio-Rad社製、Benchmarkモデル)にて測定した。また、得られた吸光度に基づき、細胞生存率は、以下の式によって算出した。
細胞生存率(%)=(DHODH阻害剤添加ウェルにおける吸光度-バックグランドにおける吸光度)/(コントロールにおける吸光度-バックグランドにおける吸光度)×100。
【0059】
(ヌクレオシド中和実験)
ES細胞又はiPS細胞を、BRQ(10μM)の存在下、又はBRQ(10μM)及び様々な濃度のリボヌクレオシド(~500μM、全てSigma社製)の存在下にて、3日間インキュベートし、上述のMTTアッセイにより細胞生存率を分析した。
【0060】
(免疫染色)
細胞を、Kondoら、Genes Dev.2004年、18巻、23号、2963~72ページに記載の方法にて、固定し、免疫染色を施した。具体的には先ず、免疫染色に際して、細胞を、コーティングした8ウェルチャンバースライド(ガラス)上に播種し、10μM BRQの存在下で24時間培養した。なお、mNSCの培養には、PDL+フィブロネクチンコートを施したものを用いた(Johe KKら、Genes Dev.1996年、10巻、24号、3129~3140ページ 参照)。ES細胞及びiPS細胞の培養にはゼラチンコートを施したものを用いた。
【0061】
そして、免疫染色においては先ず、PBSにて細胞を1回洗浄した後、4%パラフォルムアルデヒドを加えて室温で10分間インキュベートすることにより固定した。0.3%TritonX100含有PBSで置換して室温で5分間インキュベートした後、0.3%TritonX100及び10%FCS含有PBS(ブロッキング溶液)に置換して室温で30分間インキュベートした。ブロッキング溶液で希釈した1次抗体溶液に置換し、室温で2時間インキュベートした。PBSで3回洗浄した後、ブロッキング溶液で希釈した2次抗体及びDAPI溶液を加えて、室温で2時間インキュベートした。PBSで3回洗浄した後、退色防止剤(DAKO社製、コード番号:S3023)で封入し、顕微鏡観察を行った。なお、DAPI溶液(1μg/mL、Dojindo社製、製品コード:D523)による対比染色によって、細胞核を可視化した。また、蛍光画像は、AxioImager M1顕微鏡(Carl Zeiss社製)にて取得した。
【0062】
上記培養細胞に対する免疫染色において、抗原の検出には以下の抗体を用いた。
一次抗体:
抗Nestinマウスモノクローナル抗体(BD社製,クローン Rat401、1:200に希釈して使用)、
抗Nanogウサギポリクローナル抗体(Wako pure chemical社製、コード番号:018-27521、1:200に希釈して使用)、
抗Sox2ウサギポリクローナル抗体(StemCell Technology社製、1:500に希釈して使用)、
抗Oct4マウスモノクローナル抗体(Cell Signaling Tech社製、1:200に希釈して使用)、
抗GFPラットモノクローナル抗体(ナカライテスク社製、1:500に希釈して使用)、
抗Ki67ウサギモノクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific社製、1:100に希釈して使用)、
抗活性型Caspase3ウサギポリクローナル抗体(StemCell Technology社製、1:1000に希釈して使用)。
二次抗体:
Alexa488標識抗マウスIgGロバポリクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific社製、カタログ番号:R37120、1:500に希釈して使用)、
Alexa488標識抗ウサギIgGロバポリクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific社製、カタログ番号:A-11008、1:500に希釈して使用)、
Alexa594標識抗ウサギIgGロバポリクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific社製、カタログ番号:R37119、1:500に希釈して使用)、
Alexa594標識抗マウスIgGロバポリクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific社製、カタログ番号:R37115、1:500に希釈して使用)、
Alexa488標識抗ラットIgGヤギ抗体(Jackson ImmunoResearch社製、1:500に希釈して使用)。
【0063】
腫瘍については、厚さ10μmの切片を調製し、Kondo T,及びRaff M.、EMBO J.2000;19(9):1998-2007、並びにTakanaga H,ら、Stem Cells.2009;27(1):165-174.に記載の方法にて免疫染色を行った。当該免疫染色には、以下の抗体を用いた。
一次抗体:
抗Oct4マウスモノクローナル抗体(Cell Signaling Tech社製、1:200に希釈して使用)、
抗Nanogウサギポリクローナル抗体(Wako Pure Chemical社製、1:200に希釈して使用)、
抗Ki67ウサギモノクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific社製、1:100に希釈して使用)、
抗βIIIチューブリンマウスモノクローナル抗体(Sigma社製、1:400に希釈して使用)、
抗平滑筋アクチンウサギポリクローナル抗体(Proteintech社製、SMA、1:200に希釈して使用)、
抗αフェトプロテインウサギポリクローナル抗体(Proteintech社製、AFP、1:100に希釈して使用)。
二次抗体:
Alexa594標識抗マウスIgGロバポリクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific社製、カタログ番号:R37115、1:500に希釈して使用)、
Alexa488標識抗ウサギIgGヤギ抗体(Jackson ImmunoResearch社製、1:500に希釈して使用)。
【0064】
(混合培養)
マウスNSCと、マウスES細胞又はマウスiPS細胞とを、各々2000個ずつ播種し、1μM又は10μMのBRQ存在下、ESC培養液にて3日間培養した。そして、上述の免疫染色にて分析した。
【0065】
(定量RT-PCR)
マウスES細胞及びマウスiPS細胞を、上述のウシ表皮由来のゼラチンにてコーティングした100mm培養ディッシュ及びESC培養液にて、BRQ存在下又は非存在下培養した後、これら細胞における、Sox2、Oct4及びNanogの遺伝子発現量を、以下に示す方法にて測定した。
【0066】
先ず、細胞からRNeasyキット(Qiagen社製)を用いてトータルRNAを調製し、トランスクリプターファーストストランドcDNA合成キット(Roche Applied Science社製)を用いてcDNAを合成した。
【0067】
そして、当該cDNAを鋳型とし、サンダーバード サイバー qPCRミックス(TOYOBO社製)及びステップワンプラス(Thermo Fisher Scientific社製)を用い、リアルタイムPCRを行なった。反応条件は、95℃15秒、60℃30秒を40サイクルとし、以下に示すオリゴヌクレオチドプライマーを使用し、各標的遺伝子を増幅した。
Sox2遺伝子:
フォワードプライマー 5’-TGAAGAAGGATAAGTACACGCT-3’(配列番号:1)、
リバースプライマー 5’-TCCTGCATCATGCTGTAGCTG-3’(配列番号:2)、
oct4遺伝子:
フォワードプライマー 5’-CTGAAGCAGAAGAGGATCACC-3’(配列番号:3)、
リバースプライマー 5’-CCGCAGCTTACACATGTTCTT-3’(配列番号:4)、
nanog遺伝子:
フォワードプライマー 5’-CTGATTCTTCTACCAGTCCCAA-3’(配列番号:5)、
リバースプライマー 5’-AGAGTTCTTGCATCTGCTGGA-3’(配列番号:6)、
18SリボゾームRNA遺伝子:
フォワードプライマー 5’-CGGACAGGATTGACAGATTG-3’(配列番号:7)、
リバースプライマー 5’-CAAATCGCTCCACCAACTAA-3’(配列番号:8)。
なお、このようにして検出された各標的遺伝子の発現量は、18SリボゾームRNAの発量をもとに相対定量法(delta delta Ct法)により正規化した。
【0068】
(ベクター)
ベクターは、Nishide K,ら、PLoS ONE.2009;4(8):e6869.及びTakanaga H,ら、Stem Cells.2009;27(1):165-174.の記載に沿って構築した。
【0069】
具体的には先ず、マウスDHODHの全長cDNAは、KOD Plus-Ver.2ポリメラーゼ(東洋紡株式会社製)を用い、その使用説明書に沿って、マウスNSC由来cDNAから増幅した。当該増幅には、5’プライマー(5’-AGAATTCAATGGGGGAACA-3’ (配列番号:9))及び3’プライマー(5’-TTGGATTCTCTGCGGTC-3’(配列番号:10))を用いた。増幅したcDNAを、p3xFLAG CMV10ベクターに挿入し、p3xFLAG CMV10-mDHODHを調製した。
【0070】
また、マウスDHODHをノックダウンするために、InvivoGenのsiRN Wizardソフトウェア(http://www.sirnawizard.com/)を用い、当該遺伝子を標的とする3つのショートヘアピン(sh)配列を選択した。これらsh配列をpsiRNA-h7SKhygro G1発現ベクター(InvivoGen社製)に各々挿入し、psiRNA-h7SKhygro-mDHODHsh1-3を調製した。これらベクターによるノックダウン効率はウェスタンブロッティングにより分析した(図14 参照)。その結果、高い効果を示したDHODH sh1及びsh3をノックダウン実験に用いた。
【0071】
マウスDHODHを対象とするsh1及びのsh3の標的配列は、それぞれ5’-GGCTAGCTGTCtCTCTCT-3’(配列番号:11)及び5’-GGAAGCTGTGTCTCTCtA-3’(配列番号:12)である。コントロールとして用いたsh(egfp)の標的配列は5’-GCAAGCTGACCCGTGTTCA-3’(配列番号:13)である。
【0072】
クローンニングしたcDNAの塩基配列は、BigDyeターミネーターキットバージョン3.1(Applied Biosystems社製)及びABIシーケンサーモデル3130xl(Applied Biosystems社製)を用いて確認した。
【0073】
また、ベクターは、リポフェクタミン3000(Thermo Fisher Scientific社製)を用い、その使用説明書の記載に沿って、細胞に導入した。
【0074】
(テラトーマ形成)
多能性幹細胞を、BRQの存在下又は非存在下で2日間培養した。生存細胞(1x10)を、50μlのマトリゲル(BD Biosciences社製)に懸濁し、10%ペントバルビタールで麻酔した、5~8週齢のNOD/SCIDマウスの臀部に皮下注射した。そして、注射してから4週後に、マウスを犠牲死させ、Tsukamoto Y,ら、Stem Cells.2016;34(8):2016-2025.に記載の方法に沿って、腫瘍を摘出して撮影し、それらのサイズを測定した。また得られた測定値に基づき、腫瘍の体積は、以下の式によって算出した。
腫瘍の体積(cm)=長径×短径×短径×1/2。
【0075】
また、BRQのテラトーマ形成抑制活性を調べるために、皮下腫瘍を有するマウスの腹腔内に、200μlの生理食塩水、又は25mg/kgブレキナーナトリウム塩(BRQ、TOCRIS社製)PBS溶液 200μlを、毎日投与した。腹腔内投与の5日後に、マウスを犠牲死させ、Tsukamoto Y,ら、Stem Cells.2016;34(8):2016-2025.に記載の方法に沿って、腫瘍を摘出して撮影し、病理学的分析に供した。
【0076】
(ウェスタンブロッティング)
ウェスタンブロッティングは、Takanaga H,ら、Stem Cells.2009;27(1):165-174.に記載の方法に沿って行なった。また、ウェスタンブロッティング及び免疫沈降には、一次抗体として、抗FLAG M2マウス抗体(SIGMA社製、10μ/ml)及び抗GAPDH抗体(Proteintech社製、1:5000に希釈して使用)を用い、二次抗体として、西洋ワサビペルオキシダーゼ標識抗マウスIgG抗体(Santa Cruz社製、1:5000に希釈して使用)を用いた。
【0077】
(統計解析)
上記にて得られた細胞生存率及び遺伝子発現量等における2群間の比較は、student t-検定にて解析した。また、カプラン-マイヤー曲線は、無調整のイベント発生迄の時間(unadjusted time-to-event variables)を推定するために用いた。P値が0.05未満(両側検定)である場合、有意であると判断した。
【0078】
(実施例1) 多能性幹細胞に対するDHODH阻害剤の細胞傷害活性についての検討
マウスES細胞及びマウスiPS細胞を、DHODH阻害剤(BRQ、Leflunomide、Teriflunomide又はVidefludimus)の存在下で各々3日間培養し、生存率をMTTアッセイにより検討した。
【0079】
その結果、図1及び2に示すとおり、試験した4種のDHODH阻害剤は全て、両多能性幹細胞に対する細胞傷害活性を有していることが明らかになった。特に、BRQに関しては、低濃度(10μM~)でも、多能性幹細胞に対する有意な細胞傷害活性が認められた。なお、BRQ、Leflunomide、Teriflunomide及びVidofludimusのヒト由来のDHODHに対するIC50は各々、6~20nM、98μM、1μM及び134nMである。そのため、DHODH阻害剤間における多能性幹細胞に対する細胞傷害活性の差は、阻害活性の差に起因しているように見受けられる。
【0080】
(実施例2) 体性幹細胞等に対するDHODH阻害剤の細胞傷害活性についての検討
マウス正常神経幹細胞(mNSC)、5%ウシ胎仔血清存在下で培養したmNSC(mNSC+5%FCS)、マウスアストロサイトを、10μM BRQ存在下で3日間培養し、生存率をMTTアッセイにより検討した。その結果、図3に示すとおり、神経幹細胞及び神経細胞(分化細胞)はBRQに対して低感受性であることが明らかになった。
【0081】
また、他の多能性幹細胞(NT2:ヒト胚性癌(EC)細胞)及び他の体性幹細胞(PA6:マウス骨髄由来ストローマ細胞、C2C12:マウス筋芽細胞)についても、10μM BRQ存在下で3日間培養し、生存率をMTTアッセイにより検討した。その結果、図4に示すとおり、BRQは多能性幹細胞(ES細胞、iPS細胞及びEC細胞)では顕著な細胞傷害活性を示した。一方、ES細胞及びiPS細胞の生存率と、PA6細胞、C2C12細胞、神経幹細胞及びアストロサイトのそれとの間に統計学的有意差が認められた(全てp<0.01)。すなわち、BRQの体性幹細胞及び体細胞に対する有意な細胞傷害活性は認められなかった。
【0082】
(実施例3) 多能性幹細胞に対するDHODH阻害剤の細胞特異的傷害活性についての検証
多能性幹細胞(マウスES細胞又はマウスiPS細胞)と、該細胞から分化誘導して得られる細胞と見立てた体性幹細胞(マウス神経幹細胞)とを、様々な濃度のBRQを含むES細胞培地にて3日間混合培養し、NSCマーカーであるNestin及び多能性幹細胞マーカーであるNanogに対する免疫染色を行った。その結果、図5及び6に示すとおり、上述の図1~4に示した結果同様に、10μMのBRQ存在下でES細胞とiPS細胞は消失したが、神経幹細胞への明らかな細胞傷害は観られなかった。
【0083】
(実施例4) DHODH阻害剤の細胞傷害に対する、ヌクレオシド中和活性についての検証
ピリミジン合成は、新生(de novoの合成)経路と再利用(サルベージ)経路とによって制御されている。DHODHは、当該合成経路において律速となる4番目の化学反応を触媒する、de novo合成のキー因子である。そこで、DHODH阻害剤による多能性幹細胞の除去効果が、サルベージ経路の出発材料であるウリジン等のヌクレオシドを添加することにより、当該効果を解消できるかどうかを調べた。より具体的には、BRQの存在下、ヌクレオシド(アデノシン、グアノシン、シチジン又はウリジン)を培地に添加することによって、当該阻害剤による多能性幹細胞の細胞傷害活性を中和し得るかを検証した。その結果、図7及び8に示すとおり、BRQの細胞傷害活性に対し、ピリミジンヌクレオシド(ウリジン、シチジン)は中和活性を示し、特にウリジンは強い中和活性を示すことが明らかになった。
【0084】
また、ピリミジン合成経路の産物であるUMPは、UDP、UTPへと変化する。さらに、UTPを基質としてウリジン二リン酸-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNac)も生合成される。UDP-GlcNacは、O結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素(OGT)の基質となり、細胞内シグナル伝達に広範に関与することが明らかになっている。そこで、DHODH阻害剤による多能性幹細胞の細胞傷害活性が、これらUMPからの生成物によっても中和されるかを検証した。その結果、図9及び10に示すとおり、BRQの細胞傷害活性に対し、UDP及びUDP-GlcNacも中和活性を示すことが明らかになった。
【0085】
また、ヌクレオチド合成の中間基質であるヌクレオチド二リン酸(UDP、CDP、ADP、GDP)についても、BRQの細胞傷害活性に対する中和活性を評価した。その結果、上記同様に、UDPにおいて強い中和活性が認められた(図11 参照)。
【0086】
以上のことから、BRQ等のDHODH阻害剤は、ピリミジン合成経路を阻害することによって、多能性幹細胞に対する細胞傷害活性を奏していることが示唆された。また、その細胞傷害活性は、再利用(サルベージ)経路を活性化することにより抑制できることも示唆された。
【0087】
(実施例5) BRQによる多能性幹細胞における細胞周期停止及び細胞死の誘導についての検証
多能性幹細胞において、DHODH阻害剤であるBRQがどのような現象を引き起こしているかを明らかにすべく、多能性幹細胞を、BRQの存在下又は非存在下にて2日間培養した後、ブロモ-デオキシウリジン(BrdU)の取り込みアッセイとCasp3免疫染色を行い、それらの細胞増殖性と細胞死を分析した。その結果、図12及び13に示すとおり、BRQは多能性幹細胞の増殖性を低減し、CASP3を強く活性化することが明らかとなった。
【0088】
また、BRQ依存性の細胞傷害活性は、DHODH活性阻害に完全に依存しているかどうかを評価すべく、2種類のDHODH特異的shRNA(図14 参照)を用い、DHODHをノックダウンした。その結果、図15~18に示すとおり、多能性幹細胞の増殖性は低減し、CASP3は強く活性化された。このように、BRQ処理細胞同様の現象が、DHODHノックダウンによっても生じたことから、前記BRQ依存性細胞傷害性は、DHODH活性を阻害することによって発揮されたことが示唆された。
【0089】
(実施例6) 多能性幹細胞のマーカー分子への、DHODH阻害剤による影響についての検証
多能性幹細胞においては、自己複製能の促進と未分化状態の維持に関わる3種類の転写因子(Sox2、Oct4、Nanog)が高いレベルにて発現していることが明らかとなっている。そこで、これら多能性幹細胞のマーカー分子へのDHODH阻害剤による影響について検証した。
【0090】
具体的には先ず、BRQ存在下にて24時間培養した、多能性幹細胞(マウスiPS細胞及びマウスES細胞)、並びに体性幹細胞(マウス神経幹細胞)におけるSox2の発現を、蛍光免疫染色にて検出した。その結果、図19及び20に示すとおり、BRQ存在下の24時間培養にて、ES細胞及びiPS細胞では早くも細胞増殖阻害、或いは細胞死が観察された。また、両多能性幹細胞の30%程度においてSox2の発現は認められないようになっていた。一方、体性幹細胞においては同様の変化は認められなかった。
【0091】
次に、BRQ存在下にて1日又は2日間培養した、多能性幹細胞(マウスiPS細胞及びマウスES細胞)におけるSox2、Oct4及びNanogの遺伝子発現量を、PCRにて測定した。その結果、図21に示すとおり、BRQにて2日間処理した細胞において、多能性幹細胞のマーカー遺伝子の発現量は総じて減少していることが明らかになった。
【0092】
また、BRQ存在下にて2日間培養した、多能性幹細胞(マウスiPS細胞及びマウスES細胞)におけるNanogの発現を、蛍光免疫染色にて検出した。その結果、図22に示すとおり、通常、多能性幹細胞の核に局在しているNanogは、BRQ処理によって細胞質に広がって分布するようになることが明らかになった。
【0093】
以上の結果から、DHODH阻害剤によって、自己複製能の促進と未分化状態の維持に関わる3種類の転写因子(Sox2、Oct4、Nanog)の発現量が低減し、また細胞内局在が変化することによって、多能性幹細胞に細胞傷害、ひいては細胞死がもたらされることが示唆される。
【0094】
(実施例7) DHODH阻害剤によって誘導される、CRM1依存的多能性幹細胞マーカー分子の核外輸送
BRQ若しくはpanカスパーゼ阻害剤であるZ-VADの存在下又は非存在下において、多能性幹細胞を培養した。BRQにて処理した後2日目に、多能性幹細胞(ES細胞及びiPS細胞)におけるOct4陽性細胞及びNanog陽性細胞の数を測定した。
【0095】
その結果、図23に示すとおり、BRQにて処理した多能性幹細胞におけるOct4陽性細胞及びNanog陽性細胞の割合は、DMSOにて処理したコントロール多能性幹細胞におけるそれらと比較して、有意に減少した(BRQにて処理したES細胞における、Oct4陽性細胞:2%、Nanog陽性細胞:6%。BRQにて処理したiPS細胞における、Oct4陽性細胞:0%、Nanog陽性細胞:0%。DMSOにて処理したES細胞における、Oct4陽性細胞:85%、Nanog陽性細胞:86%。DMSOにて処理したiPS細胞における、Oct4陽性細胞:94%、Nanog陽性細胞:93%)。
【0096】
また、Z-VADの添加によって、BRQ依存的細胞死にわずかな遅れを生じたものの、BRQにて処理した多能性幹細胞における前記Nanog陽性細胞及びOct4陽性細胞の割合のの減少を回復させることはなかった(BRQ及びZ-VADにて処理したES細胞における、Oct4陽性細胞:5%、Nanog陽性細胞:2%。BRQ及びZ-VADにて処理したiPS細胞における、Oct4陽性細胞:3%、Nanog陽性細胞:5%)(図23 参照)。
【0097】
また、BRQ存在下又は非存在下、レプトマイシンB(LMB)を添加した培地にて、多能性幹細胞を培養し、Nanog及びOct4の核局在を分析した。なお、LMBは、Exportin 1としても知られるCRM1に対する特異的阻害剤である。
【0098】
その結果、図24に示すとおり、LMBは、BRQにて処理した多能性幹細胞におけるNanog及びOct4の核外輸送を完全に抑制した。このことから、BRQによるNanog及びOct4の核からの排除は、CRM1依存的に生じていたことが示唆される。
【0099】
(実施例8) 多能性幹細胞の腫瘍形成能に対する、DHODH阻害剤の抑制効果についての検証
DHODH阻害剤であるBRQにて前処理した多能性幹細胞の腫瘍形成能について調べた。具体的には先ず、DMSOのみ又は10μM BRQを添加した培地にて2日間培養した後、生存していた多能性幹細胞をNOD/SCIDマウスの臀部皮下に注入した。そして、移植してから4週間後に、腫瘍を摘出して観察した。
【0100】
その結果、図25及び26に示すとおり、BRQにて前処理した細胞は増殖していなかった。一方、DMSOにて処理した細胞においては、腫瘍形成が認められた。
【0101】
また、BRQの抗テラトーマ形成活性を調べるため、先ず、NOD/SCIDマウスの臀部皮下に多能性幹細胞を移植し、100mmを超えるサイズに達する腫瘍を形成させた。そして、3日毎に1回、BRQを腹腔内注射し、5回目の腹腔内注射を施してから3日目に、マウスから腫瘍を摘出した。
【0102】
図27に示すとおり、BRQ投与によって腫瘍の増殖は抑制された。なお、図には示さないが、BRQを投与したマウスにおいて目に見える副作用は認められなかった。また図28に示すとおり、DMSO及びBRQにて処理したテラトーマのサイズは各々、ES細胞由来のもので0.55cm及び0.12cmであり、iPS細胞由来のもので、1.37cm及び0.32cmであった。
【0103】
次に、それら腫瘍の切片を調製し、増殖マーカー Ki67、多能性幹細胞マーカー(Oct4及びNanog)、並びに分化マーカー(ATF,βIIIチューブリン及びSMA)を対象とする免疫標識を施し、観察した。
【0104】
その結果、図29に示すとおり、BRQ処理腫瘍におけるKi67陽性増殖細胞は、DMSO処理腫瘍におけるそれらと比較して、有意に減少した。また、図30に示すとおり、BRQ処理腫瘍において、Oct4陽性細胞及びNanog陽性細胞の数は、有意に減少したが、DMSO処理腫瘍において、多能性幹細胞マーカーを発現している細胞は多く認められた。一方、三胚葉における各マーカーであるATF,βIIIチューブリン及びSMAを各々発現する細胞を、両腫瘍とも同様に含んでいた。
【0105】
したがって、DHODH阻害剤は、未分化の多能性幹細胞を特異的に除去することによって、分化細胞及びマウスに対して明白な細胞毒性をもたらすことなく、腫瘍形成を抑制できることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0106】
以上説明したように、本発明によれば、分化細胞には有意な細胞傷害をもたらすことなく、未分化の多能性幹細胞を除去することが可能となる。したがって、本発明は、多能性幹細胞から分化誘導した細胞群に残存する未分化の多能性幹細胞を除去することに優れているため、腫瘍化リスクが低減され、また副作用の少ない再生医療等において有用である。
図1
図2
図3
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図6
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【配列表】
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