(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-25
(45)【発行日】2024-01-09
(54)【発明の名称】電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液とその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20231226BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20231226BHJP
C01G 33/00 20060101ALI20231226BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/36 C
C01G33/00 A
(21)【出願番号】P 2022107285
(22)【出願日】2022-07-01
【審査請求日】2023-01-17
(31)【優先権主張番号】P 2021126976
(32)【優先日】2021-08-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506334182
【氏名又は名称】DOWAエレクトロニクス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【氏名又は名称】奥山 知洋
(72)【発明者】
【氏名】吉田 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】藤田 英史
(72)【発明者】
【氏名】田上 幸治
(72)【発明者】
【氏名】村石 一生
(72)【発明者】
【氏名】久保田 勝
(72)【発明者】
【氏名】石垣 有基
【審査官】結城 佐織
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-103221(JP,A)
【文献】特開2014-089826(JP,A)
【文献】特開2014-238957(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525
H01M 4/36
C01G 33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Liを0.1質量%以上5.0質量%以下含み、
Nb,F,Fe,P,Ta,V,Ge,B,Al,Ti,Si,W,Zr,Mo,S,Cl,Br,Iから選択される、少なくとも1種類以上のM元素を0.05質量%以上35質量%以下含み、
水分を60質量%以上98.4質量%以下含み、
波長660nmにおける吸光度の値が0.1以下であり、
表面エネルギーの値が72mN/m以下である電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液。
【請求項2】
表面エネルギーの極性成分の値が0mN/m以上45mN/m以下である、請求項1に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液。
【請求項3】
前記Liと前記M元素との、Li/M(mol比)の値が0.36以上11.2以下である、請求項1または2に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液。
【請求項4】
前記Liと前記Nbとの、Li/Nb(mol比)の値が0.90以上1.40以下である、請求項1または2に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液。
【請求項5】
前記Liと前記Pとの、Li/P(mol比)の値が0.90以上1.40以下である、請求項1または2に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液。
【請求項6】
表面エネルギーの値が15mN/m以上40mN/m以下である、請求項1または2に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液。
【請求項7】
界面活性剤を0.01質量%以上20.0質量%以下含む、請求項1または2に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液。
【請求項8】
前記界面活性剤が非イオン性界面活性剤である、請求項7に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液。
【請求項9】
電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法であって、
リチウムと、
Nb,F,Fe,P,Ta,V,Ge,B,Al,Ti,Si,W,Zr,Mo,S,Cl,Br,Iから選択される、少なくとも1種類以上の元素とを、前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒に溶解する溶解工程と、
前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒の表面エネルギーの値を、72mN/m以下に調整する表面エネルギー調整工程とを有する、電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法。
但し、前記溶解工程と前記表面エネルギー調整工程とは、どちらを先に実施しても良い。
【請求項10】
電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法であって、
リチウムと、
Nb,F,Fe,P,Ta,V,Ge,B,Al,Ti,Si,W,Zr,Mo,S,Cl,Br,Iから選択される、少なくとも1種類以上の元素とを、前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒に溶解する溶解工程と、
前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒の表面エネルギーの値を72mN/m以下に調整する表面エネルギー調整工程と
前記溶解工程の後に得られた溶液をろ過する、ろ過工程とを有する、電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法。
但し、前記溶解工程と前記表面エネルギー調整工程とは、どちらを先に実施しても良い。
【請求項11】
前記表面エネルギー調整工程において、表面エネルギーにおける極性成分の値を0mN/m以上45mN/m以下に調整することを特徴とする、請求項9または10に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法。
【請求項12】
界面活性剤を添加することにより、前記表面エネルギーの値を調整する、請求項9または10に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法。
【請求項13】
前記界面活性剤が非イオン性界面活性剤である、請求項12に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、リチウム二次電池に用いられる電極活物質へ、リチウム含有酸化物を被覆するために用いられる、リチウム含有酸化物前駆体溶液とその製造方法に係る。
【背景技術】
【0002】
リチウム二次電池は、エネルギー密度が高く、高電圧での動作が可能という特徴がある。そこで、小型軽量化を図りやすい二次電池として携帯電話等の情報機器に使用されている。また、近年、ハイブリッド自動車用等の大型動力用の二次電池としての需要も高まりつつある。
【0003】
例えば、リチウムイオン二次電池では有機溶媒に塩を溶解させた非水溶媒電解質が、電解質として一般的に用いられている。ところが、当該非水溶媒電解質が可燃性のものであることから、リチウムイオン二次電池は安全性に対する問題を解決する必要がある。当該安全性を確保する為に、例えば、リチウムイオン二次電池へ安全装置を組み込む等の対策が実施されている。また、より抜本的な解決法として、上述した電解質を不燃性の電解質とすること、即ちリチウムイオン伝導体として固体電解質を用い、全固体リチウム電池とする方法が提案されている。
【0004】
一般的に電池の電極反応は、電極活物質と電解質との界面で生じる。尚、本発明において電極活物質とは、正極活物質と負極活物質とを含む概念である。
ここで、当該電解質に液体電解質を用いた場合、電極活物質を含有する電極を当該液体電解質に浸漬することで、当該液体電解質が活物質粒子間に浸透し反応界面が形成される。一方、当該電解質に固体電解質を用いた場合、固体電解質にはこのような活物質粒子間への浸透機構がない為、あらかじめ電極活物質粒子を含む粉体と固体電解質の粉体とを混合する必要がある。この為、全固体リチウム電池の電極は、通常、電極活物質の粉体と固体電解質との混合物となる。
【0005】
ところが、全固体リチウム電池においては、電極活物質と固体電解質との界面で高抵抗部位が形成され界面抵抗が増大し易い。こうした事態を回避するため、電極活物質の表面をリチウム含有酸化物によって被覆することで界面抵抗を低減させる方法がある。例えば、先行技術文献1、2には、電極活物質の粉末表面へ、リチウム含有酸化物であるニオブ酸リチウム前駆体溶液を塗布し、乾燥することで、当該粉末表面へニオブ酸リチウム被覆層を形成する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-56307号公報
【文献】特開2019-145261号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら本発明者らの検討によると、従来の技術に係るニオブ酸リチウム前駆体溶液を用いて電極活物質の粉末粒子表面へ形成した被覆層において、当該被覆層の被覆率が不十分な場合があった。この為、電極活物質において、被覆層によって十分に被覆されていない箇所から、高抵抗部位の形成が進行してしまい、その結果、全固体リチウム電池の電池特性が悪化してしまう、という課題があることが判明した。
【0008】
一方、市場においては、大気中における取り扱いの容易さを求めて、溶媒として水が主体である溶液を用いたリチウム含有酸化物前駆体溶液が望まれていた。
【0009】
本発明は上述の状況の下で為されたものであり、その解決しようとする課題は、電極活物質の粉末表面へ塗布・乾燥して被覆層を形成した際、当該被覆層の被覆率を向上させることが可能であり、且つ、溶媒として水が主体である溶液を用い大気中における取り扱いが容易であって、全固体リチウム電池やリチウムイオン二次電池等のリチウム二次電池の電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述の課題を解決するため鋭意研究を行った結果、所定量のLiを含み、Nb,F,Fe,P,Ta,V,Ge,B,Al,Ti,Si,W,Zr,Mo,S,Cl,Br,Iのうちから選択される少なくとも1種類以上の元素(本発明において「M元素」と記載する場合がある。)を所定量含み、水分を60質量%以上98.4質量%以下含み、波長660nmにおける吸光度が0.1以下であり、表面エネルギー(表面張力と同様の概念であるが、本発明においては「表面エネルギー」と記載する。)の値が72mN/m以下である電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液に想到した。
そして、当該電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液を、電極活物質の粉末表面へ塗布・乾燥して被覆層を形成した際、当該被覆層の被覆率が向上すること、および、当該電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液は、大気中における取り扱いが容易であることを知見し本発明を完成した。
【0011】
即ち、上述の課題を解決する第1の発明は、
Liを0.1質量%以上5.0質量%以下含み、
Nb,F,Fe,P,Ta,V,Ge,B,Al,Ti,Si,W,Zr,Mo,S,Cl,Br,Iから選択される、少なくとも1種類以上のM元素を0.05質量%以上35質量%以下含み、
水分を60質量%以上98.4質量%以下含み、
波長660nmにおける吸光度の値が0.1以下であり、
表面エネルギーの値が72mN/m以下である電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液である。
第2の発明は、
表面エネルギーの極性成分の値が0mN/m以上45mN/m以下である、第1の発明に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液である。
第3の発明は、
前記Liと前記M元素との、Li/M(mol比)の値が0.36以上11.2以下である、第1または第2の発明に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液である。
第4の発明は、
前記Liと前記Nbとの、Li/Nb(mol比)の値が0.90以上1.40以下である、第1または第2の発明に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液である。
第5の発明は、
前記Liと前記Pとの、Li/P(mol比)の値が0.90以上1.40以下である、第1または第2の発明に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液である。
第6の発明は、
表面エネルギーの値が15mN/m以上40mN/m以下である、第1から第5の発明のいずれかに記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液である。
第7の発明は、
界面活性剤を0.01質量%以上20.0質量%以下含む、第1から第6の発明のいずれかに記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液である。
第8の発明は、
前記界面活性剤が非イオン性界面活性剤である、第7の発明に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液。
第9の発明は、
電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法であって、
リチウムと、
Nb,F,Fe,P,Ta,V,Ge,B,Al,Ti,Si,W,Zr,Mo,S,Cl,Br,Iから選択される、少なくとも1種類以上の元素とを、前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒に溶解する溶解工程と、 前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒の表面エネルギーの値を、72mN/m以下に調整する表面エネルギー調整工程とを有する、電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法である。
但し、前記溶解工程と前記表面エネルギー調整工程とは、どちらを先に実施しても良い。
第10の発明は、
電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法であって、
リチウムと、
Nb,F,Fe,P,Ta,V,Ge,B,Al,Ti,Si,W,Zr,Mo,S,Cl,Br,Iから選択される、少なくとも1種類以上の元素とを、前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒に溶解する溶解工程と、
前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒の表面エネルギーの値を72mN/m以下に調整する表面エネルギー調整工程と
前記溶解工程の後に得られた溶液をろ過する、ろ過工程とを有する、電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法である。
但し、前記溶解工程と前記表面エネルギー調整工程とは、どちらを先に実施しても良い。
第11の発明は、
前記表面エネルギー調整工程において、表面エネルギーにおける極性成分の値を0mN/m以上45mN/m以下に調整することを特徴とする、第9または第10の発明に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法である。
第12の発明は、
界面活性剤を添加することにより、前記表面エネルギーの値を調整する、第9から第11の発明のいずれかに記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法である。
第13の発明は、
前記界面活性剤が非イオン性界面活性剤である、第12の発明に記載の電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液を、電極活物質の粉末表面へ塗布・乾燥して被覆層を形成した際、当該被覆層の被覆率を向上することが出来た。そして、本発明に係る電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液は、大気中における取り扱いが容易であった。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液において、表面エネルギーの値と、被覆率との関係を示すグラフである。
【
図2】電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液において、表面エネルギーにおける極性成分の値と、被覆率との関係を示すグラフである。
【
図3】電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液における、LiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2スパッタ成膜基板(本発明において「LNCM(111)基板」と記載する場合がある。括弧内の数字はNi,Co,Mnの組成の組成比を示す。)上の接触角の値をθとしたときのcosθの値と、被覆率との関係を示すグラフである。
【
図4】実施例2、5、8に係る前駆体溶液の波長400~700nmにおける吸光度の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液(本発明において「前駆体溶液」と記載する場合がある。)について、[1]電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液、[2]電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法、の順で説明する。尚、本発明において電極活物質とは、正極活物質と負極活物質とを含む概念である。
【0015】
[1]電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液
本発明に係る前駆体溶液は、Liを0.1質量%以上5.0質量%以下含み、Nb,F,Fe,P,Ta,V,Ge,B,Al,Ti,Si,W,Zr,Mo,S,Cl,Br,Iから選択される、少なくとも1種類以上の元素を0.05質量%以上35質量%以下含み、水分を60質量%以上98.4質量%以下含み、波長660nmにおける吸光度の値が0.1以下であり、表面エネルギーの値が72mN/m以下である前駆体溶液である。
【0016】
本発明に係る前駆体溶液において、Liの濃度が0.1質量%以上であることにより、リチウム含有酸化物被覆層の前駆体溶液を得ることが出来る。
一方、前駆体溶液に含まれる溶媒への溶解度を担保する観点から、Liの濃度は5.0質量%以下とするが、当該観点よりLiの濃度を1.0質量%以下とすることがさらに好ましい。
尚、前駆体溶液におけるLiの濃度は、例えば、誘導結合プラズマ発光分光分析法により前駆体溶液の成分分析を行うことで得られる。
【0017】
本発明に係る前駆体溶液は、Liと共にNb、F、Fe、P、Ta、V、Ge、B、Al、Ti、Si、W、Zr、Mo、S、Cl、Br、Iから選択される、少なくとも1種類以上の添加元素であるM元素を含むことで、リチウム伝導性を有する酸化物被覆層の前駆体溶液を得ることが出来る。中でも、被覆層の耐電圧性を高める観点から、Nb、Pは好ましいM元素である。被覆層の耐電圧性が高いと、より高電圧で電池を動作させることが可能となり、例えば充電時間の短縮することが可能となる。
【0018】
また、前駆体溶液中におけるM元素の濃度が0.05質量%未満であると、前駆体溶液中のLiの濃度が過剰となり、被覆層の形成時に非リチウムイオン伝導性の水酸化リチウムが生成し混入する可能性が高まる。従って、前駆体溶液中のM元素の濃度は、形成される被覆層のリチウムイオン伝導性を担保する観点から、0.05質量%以上であることが好ましい。
一方、前駆体溶液に含まれる溶媒への溶解度を担保する観点から、M元素の濃度は35質量%以下とするが、当該観点よりM元素の濃度を10質量%以下とすることがさらに好ましい。
ここで、M元素は複数種含まれていても良いが、その場合も上記の理由から、複数種のM元素の濃度の合計は0.05質量%以上35質量%以下であることが好ましいが、0.05質量%以上10質量%以下とすることがさらに好ましい。
尚、前駆体溶液におけるM元素の濃度は、例えば、誘導結合プラズマ発光分光分析法により前駆体溶液の成分分析を行うことで得られる。
【0019】
本発明に係る前駆体溶液において、LiとM元素とのモル比であるLi/Mの値は0.36以上11.2以下とすることが好ましい。これは、Li/Mの値が0.36以上であると、最終的に形成されるリチウム含有酸化物被覆層中のリチウム量が十分に担保され、被覆層のリチウムイオン伝導性が担保され好ましいからである。また、Li/Mの値が11.2以下であれば、最終的に形成されるリチウム含有酸化物被覆層中にリチウム伝導性が低い水酸化リチウムや亜硝酸リチウムが混入することがなく、被覆層のリチウム伝導性が担保され好ましいからである。
【0020】
M元素としてNbを用いる場合、被覆層のリチウムイオン伝導性を担保する観点から、上述した理由により、Li/Nbの値は0.90以上1.40以下であることが好ましい。
また、M元素としてPを用いる場合、被覆層のリチウムイオン伝導性を担保する観点から、上述した理由により、Li/Pの値は0.90以上1.40以下であることが好ましい。
【0021】
本発明に係る前駆体溶液は、水が主体である溶液を溶媒として用いる。
そして、前駆体溶液中における水分を60質量%以上とすることにより、大気中で安定な前駆体溶液となる。この結果、当該前駆体溶液を用いた電極活物質の被覆操作が、大気中において容易に実施出来る。一方、水分を98.4質量%以下とすることにより、所定の膜厚の被覆層を得ようとした場合に、当該前駆体溶液におけるLiとM元素の濃度が低いことによる、前駆体溶液使用量の増大を回避出来る。
尚、前駆体溶液中における水分量は、カールフィッシャー水分計を用い、容量滴定法により測定するのが便宜である。
【0022】
本発明に係る前駆体溶液の波長660nmにおける吸光度の値は、0.1以下である。
これは、波長660nmにおける吸光度が、前駆体溶液中に存在する微粒子による散乱光の強さを示していることによる。従って、本発明に係る前駆体溶液において吸光度が高いことは、前駆体溶液中に存在する微粒子濃度が高いことを示唆していることによる(例えば、JIS-K0101参照)。
そして、当該微粒子濃度が高い前駆体溶液を電極活物質上に塗布すると、電極活物質表面に微粒子が付着して被覆層が凸凹になり、被覆層の厚さが不均一になる。被覆層の厚さが不均一になると、被覆層の厚さが不十分な薄膜部や、さらには、被覆されていない箇所が発生し、被覆率が低下する場合がある。
本発明者らの検討によれば、前駆体溶液の波長660nmにおける吸光度の値が0.1以下であれば、前駆体溶液中の微粒子量は十分に少なく、被覆層厚さの均一性および被覆率への悪影響が抑えられることによる。
尚、吸光度の値は、紫外可視分光光度計を用い、前駆体溶液温度は25℃とし、波長660nmにおける吸光度を測定したものである。
このとき、吸光度の下限値は、0.000である。但し、吸光度測定に用いた紫外可視分光光度計における、装置上の検出限界は0.001である。
【0023】
本発明に係る前駆体溶液の表面エネルギーの値は、72mN/m以下である。
これは、前駆体溶液の表面エネルギーの値を低減させることで、電極活物質との濡れ性が良くなり、電極活物質表面に前駆体溶液を塗布した場合に均一に濡れ広がるようになるので、形成される被覆層が均一化し、薄膜部が低減するので、被覆率が向上することによる。そして、表面エネルギーの値を72mN/m以下とすることで、十分な被覆率を得ることが出来る。
一方、前駆体溶液の表面エネルギーの値が、電極活物質の表面エネルギーの値に対して小さ過ぎると、前駆体溶液が電極活物質表面から剥がれ易くなってしまう。その結果、形成される被覆層が不均一化し、被覆率が減少してしまう可能性が高まる。そのため、表面エネルギーは、15mN/m以上であることが好ましい。
尚、前駆体溶液の表面エネルギーの値の測定方法は、自動表面張力計を用い、前駆体溶液が25℃として測定したものである。
【0024】
さらに、表面エネルギーは、そのほとんどが、すべての分子間に生じる瞬間的な電荷の偏りにより生じる力である分散成分と、極性分子間で生じる電荷の偏りによって生じる力である極性成分とから構成されている(但し、水素結合成分は極性成分内にまとめて考えている)。
そして、本発明に係る前駆体溶液の表面エネルギーにおける極性成分の値を45mN/m以下に低減させることが好ましい。極性成分の値を45mN/m以下に低減させることで、前駆体溶液の表面エネルギーの極性成分が電極活物質の表面エネルギーの極性成分に近い値となるので、前駆体溶液と電極活物質との濡れ性がさらに良くなる。例えば、代表的な電極活物質であって正極活物質であるコバルト酸リチウムは、表面エネルギーが20.6mN/mであるが、内、分散成分は18.4mN/mであり、極性成分は2.2mN/mである。一方、純水は表面エネルギーが72.8mN/mであるが、内、分散成分は21.8mN/mであり、極性成分は51.0mN/mである。即ち、水と正極活物質とでは極性成分の値の乖離が特に大きい。当該観点から、本発明は正極活物質に適用されることにより、大きな効果を得ることができる。
【0025】
尚、極性成分および分散成分の値を測定するには、25℃でパラフィン基板上に前駆体溶液を滴下し、θ/2法により接触角を求める。そして、得られた接触角と、自動表面張力計を用いて測定した前駆体溶液の表面エネルギーの値と、パラフィンの表面エネルギー文献値とから、Young-Dupreの式を用いて算出する方法による。
【0026】
ここで、電極活物質表面へ、極性成分における値の乖離を低減させた前駆体溶液を塗布した場合、さらに均一に濡れ広がるようになるので、形成される被覆層が均一化し、被覆率が向上する。つまり、前駆体溶液として同等の表面エネルギーの値を有している場合であっても、極性成分の値の乖離が小さいほど、電極活物質表面への濡れ性が良いので、その電極活物質表面へ前駆体溶液を塗布した場合に均一に濡れ広がるため、形成される被覆層が均一化し、被覆率が向上する。
【0027】
当該観点より、前駆体溶液の表面エネルギーの値における極性成分の値は、0mN/m以上45mN/m以下であることが好ましい。また、極性成分の値が0mN/m以上15.0mN/m以下であると、さらに電極活物質の表面エネルギーの値に近づき濡れ性が良くなるので、特に好ましい。
尚、前駆体溶液の極性成分の値の測定方法は、実施例欄にて説明する。
【0028】
また、本発明に係る前駆体溶液と電極活物質との濡れ性は、電極活物質と同じ組成の基板上における、前駆体溶液の接触角からも判断することができる。接触角は60°以下であることが好ましく、50°以下であるとさらに好ましい。前駆体溶液の基板上での接触角が60°以下であれば、その基板の組成の電極活物質との濡れ性が良いので、その電極活物質表面へ前駆体溶液を塗布した場合に均一に濡れ広がるため、形成される被覆層が均一化し、被覆率が向上する。
尚、前駆体溶液の基板上での接触角の測定方法は、実施例欄にて説明する。
【0029】
以上説明した本発明に係る前駆体溶液は、電極活物質粉末に塗布・乾燥することで、被覆層を有する電極活物質を製造することが出来るものである。そして、本発明に係る前駆体溶液は、例えばアルコキシドのような、大気中の水分と反応して溶液に不溶な析出物を生成する成分を含まないため、大気下で取扱うことが出来、ドライルームのような乾燥雰囲気設備が必要ないという利点を有する。さらに、電極活物質への濡れ性に優れるため、一度の塗布で電極活物質表面全体を隙間なく被覆することが出来る上、被覆率が向上するので、電極活物質表面において、被覆が不十分な箇所からの高抵抗部位の形成抑制が可能となるものである。
【0030】
[2]電極活物質被覆用のリチウム含有酸化物前駆体溶液の製造方法
【0031】
本発明に係る前駆体溶液の製造方法について、(1)溶媒、(2)リチウム化合物、(3)M元素化合物、(4)前駆体溶液の製造方法、の順に説明する。
【0032】
(1)溶媒
本発明に係る前駆体溶液を構成する溶媒としては、各種の溶媒が使用可能である。但し、上述したように、大気中で安定な前駆体溶液を製造する観点から、水を主体としたものを用いる。溶媒として水を主体としたものを用いることは、原料コスト、環境負荷、作業性等の観点からも好ましい。
具体的には、本発明に係る前駆体溶液として水分を60質量%以上含有し、大気中で安定な前駆体溶液となるように溶媒中の水分量を調整する。一方、前駆体溶液として含有する水分量を98.4質量%以下として、前駆体濃度の低下による前駆体溶液使用量の増大を回避出来るように調整する。
さらに、本発明に係る前駆体溶液の溶媒には、前駆体溶液の表面エネルギーの値を調整する為、界面活性剤を含むことも好ましい。
【0033】
(2)リチウム化合物
リチウム化合物は、使用溶媒に溶解するものであれば良く、特に制限はない。
尤も、溶媒として水を主体としたものを用いるなら、好適な例としては、水酸化リチウム(LiOH)、硝酸リチウム(LiNO3)、硫酸リチウム(Li2SO4)、炭酸リチウム、亜硝酸リチウム等のリチウム塩が挙げられるが、溶液へ不純物を持ち込まないという観点より水酸化リチウムが好ましい。
【0034】
(3)M元素化合物
M元素化合物は、使用溶媒に溶解するものであれば良く、特に制限はない。
尤も、溶媒として水を主体としたものを用いるなら、M元素の錯体化合物(本発明において、「M元素錯体」と記載する場合がある。)を形成できるM元素の場合は、M元素錯体を用いることが好ましい。M元素錯体は、水を主体とした溶媒中で安定的に溶解する観点から好ましいからである。
中でも、水溶性M元素錯体として、M元素のペルオキソ錯体を好ましく使用することが出来る。M元素のペルオキソ錯体は、化学構造中に炭素を含有しないので、最終的に、電極活物質上に生成する被覆膜中に炭素が残留することがなく、特に好適である。
【0035】
一方、例えばリチウムと、M元素としてニオブとを含有する溶液におけるニオブのペルオキソ錯体の同定は、FT-IR装置を用いた一回反射ATR法を用い、ゲルマニウムプリズムへの入射角を45°として測定することにより同定することができる。
当該測定の結果よりペルオキソ錯体に帰属される855cm-1±20cm-1および1650cm-1±10cm-1にピークが確認されれば、リチウムとニオブとを含有する溶液に溶解しているニオブは、ニオブ錯体(詳しくは、ペルオキソ錯体)の形態をとっていると考えられる。
尚、M元素としてPを用いる場合は、リンとリチウムとの化合物で水溶性であるリン酸リチウムを用いることが好ましい。
【0036】
(4)前駆体溶液の製造方法
前駆体溶液の製造方法は、特に限定されるものではない。そこで、当該製造方法の一例として、M元素としてNbを用い、リチウムとニオブ錯体とを含有する前駆体溶液を製造する場合を例として、〈1〉ニオブ溶解工程、〈2〉リチウム溶解工程、〈3〉表面エネルギーの調整工程、〈4〉ろ過工程、の順に説明する。
【0037】
〈1〉ニオブ溶解工程
ニオブ溶解工程は、ニオブ酸(Nb2O5・nH2O)を、例えば、過酸化水素水へ添加して混合し、更にアンモニア水等のアルカリを加えて透明溶液を作製し、ニオブ化合物としてニオブのペルオキソ錯体とし、本発明に係る前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒に溶解させて溶液とするものである。ニオブのペルオキソ錯体を合成可能であれば、過酸化水素水、ニオブ酸、およびアンモニア水等のアルカリの混合比率は特に限定されない。
【0038】
ニオブ錯体としてニオブのペルオキソ錯体を用いる場合、ニオブ酸を過酸化水素水へ添加して混合する際、ニオブ1モルに対する過酸化水素のモル比の値が4以上となるようにすることが好ましい。
一方、ニオブ1モルに対する過酸化水素のモル比の値として30を超えて添加しても、効果は飽和すると考えられる。従って、ニオブ1モルに対する過酸化水素のモル比の値は20以下が好ましく、15以下がさらに好ましい。
また、ニオブ酸を過酸化水素水へ添加して混合する際の過酸化水素水の液温は0℃以上で、過酸化水素水の分解を回避する観点から60℃以下であることが好ましい。
当該混合において、ニオブ酸は過酸化水素水に溶解しないが、ニオブ酸を含む乳白色の懸濁液を得ることが出来る。
【0039】
ニオブ酸を含む懸濁液へ、アンモニア水等のアルカリを添加し混合することにより透明な、ニオブのペルオキソ錯体を含有する溶液を得ることが出来る。
ニオブ酸を含む懸濁液へアルカリとしてアンモニア水を添加する場合、ニオブ1モルに対するアンモニアのモル比(アンモニア/Nb)の値が3以上となるように添加することが好ましい。
一方、ニオブ1モルに対するアンモニアのモル比の値が8を超えて添加しても効果は飽和すると考えられる。従って、ニオブ1モルに対するアンモニアのモル比の値を6以下とすることが好ましい。
また、ニオブ酸を含む懸濁液へ、アンモニア水等のアルカリを添加し混合する際のアンモニア水等の液温は0℃以上で、アンモニアの揮発を回避する観点から60℃以下であることが好ましい。
【0040】
さらに、前記アンモニア水に加えて、さらに、アルカリ性水溶液を添加することも出来る。この場合、アルカリ性水溶液の添加量は、添加後の水溶液のpH値が8以上、好ましくは、9以上となる量とする。当該アルカリ性水溶液として水酸化リチウム水溶液を添加することは、好ましい構成である。一方、アルカリ性水溶液添加後の水溶液のpH値が11以上だとニオブ錯体が不安定となり、不溶性の沈殿物が生成する場合がある。そのため、上記pH値は11未満であることが好ましい。
【0041】
〈2〉リチウム溶解工程
リチウム溶解工程は不活性ガスまたは大気雰囲気下において、本発明に係る前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液を構成する水を主体とした溶媒へ、リチウム化合物を添加し、溶解させて溶液とするものである。
【0042】
ここで、製造される本発明に係る前記電極活物質被覆用リチウム含有酸化物前駆体溶液において、ニオブの量に対してリチウムの量が過少であると、電極活物質の被覆層としてLiNbO3で表されるニオブ酸リチウムを形成した際に、被覆層のリチウム伝導性を低下させる場合がある。一方、ニオブの量に対してリチウムの量が過剰であると、被覆層であるニオブ酸リチウム中に、リチウム伝導性を有しない水酸化リチウムや亜硝酸リチウムが混入し、被覆層のリチウム伝導性を低下させる場合がある。
【0043】
上述した、被覆層であるニオブ酸リチウム中に、リチウム伝導性を有しない水酸化リチウムや亜硝酸リチウムが混入する現象は、M元素がNbの場合に限られずに発生する場合がある。この混入現象を回避するため、M元素1モルに対するリチウムのモル比(Li/M)の値が(mol比)で0.36以上11.2以下であることが好ましい。ここでM元素がNbの場合は、ニオブ1モルに対するリチウムのモル比(Li/Nb)の値が(mol比)で0.90以上1.4以下であることが、より好ましい。そしてM元素がPの場合も、リン1モルに対するリチウムのモル比(Li/P)の値が(mol比)で0.90以上1.4以下であることが、より好ましい。
また、不活性ガス雰囲気としては、窒素ガス雰囲気が便宜である。
【0044】
尚、上述した「〈1〉ニオブ溶解工程」と「〈2〉リチウム溶解工程」とは、所望によりどちらを先に行っても良く、同時に行っても良い。
【0045】
〈3〉表面エネルギーの調整工程
本発明に係る前駆体溶液を構成する溶媒ヘ、界面活性剤を適宜量添加することで、当該溶媒の表面エネルギーの値や、極性成分の値を制御することが出来る。
【0046】
ここで界面活性剤とは、分子内に親水性の部分と疎水性(親油性)の部分とをあわせもち、その親水親油バランスによって、水―油の2相界面に吸着されて、界面の自由エネルギー(界面張力)を低下させる作用を示す物質である。
界面活性剤としては、アルコール、および、非イオン性の極性基をもつ非イオン性界面活性剤が好ましい。
【0047】
アルコールとしては、1,2-プロパンジオール、1-ブタノールのような、分子中に炭素原子を3つ以上含み、水への溶解性があり、ニオブ錯体の安定性を担保出来るものが特に好ましい。
さらにアルコールとしては、ニオブ錯体の安定性を担保する観点と水への溶解性の観点とから、分子中に炭素原子を3~6個含むものが特に好ましく、炭素原子を3個または4個含むものが更に好ましい。
分子中の炭素原子数が3個以上であるアルコールを本発明に係る前駆体溶液に添加すると、溶液中のニオブ錯体の安定性が担保されるので好ましい。また、分子中の炭素原子数が6個以下であるアルコールは水への溶解性が高く、水を含む溶液中への分散が均一になり、本発明に係る前駆体溶液を構成する溶媒の表面エネルギーを低減させる効果が得られ易くなるので好ましい。
分子中の炭素原子数が4個以下であるアルコールは特に水への溶解性が高く、水を含む溶液中への分散の均一性が高くなり、本発明に係る前駆体溶液を構成する溶媒の表面エネルギーを低減させる効果が得られ易くなるので更に好ましい。
【0048】
好ましいアルコールの具体例としては、イソプロピルアルコール、1-プロパノール、1-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、2-ブタノール、2-メチル-2-プロパノール、1-ペンタノール、3-メチル-1-ブタノール、2-メチル-1-ブタノール、2,2-ジメチル-1-プロパノール、2-ペンタノール、3-メチル-2-ブタノール、3-ペンタノール、2-メチル-2-ブタノール、3-メチル-1-ペンタノール、4-メチル-1-ペンタノール、2-メチル-2-ペンタノール、3-メチル-2-ペンタノール、4-メチル-2-ペンタノール、2-メチル-3-ペンタノール、3-メチル-3-ペンタノール、2,2-ジメチル-1-ブタノール、2,3-ジメチル-1-ブタノール、3,3-ジメチル-1-ブタノール、2,3-ジメチル-2-ブタノール、3,3-ジメチル-2-ブタノール、2-エチル-1-ブタノール等が挙げられる。
【0049】
非イオン性界面活性剤としては、非イオン性の極性基がエーテル結合で構成されているものが好ましい。
好ましい非イオン性界面活性剤の具体例としては、ポリオキシエチレンエーテル(例えば、エチレンオキサイド付加モル数22である(登録商標)フタージェント222F((株)ネオス社製))、ポリオキシエチレンアルキルエーテル(例えば、エチレンオキサイド付加モル数12である(登録商標)レオコールTD-120(ライオン(株)製))、ジエチレングリコールジエチルエーテル(例えば、エチレンオキサイド付加モル数が2である(登録商標)DEDG(日本乳化剤(株)製))、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(例えば、エチレンオキサイド付加モル数6である(登録商標)エマルゲン108(花王(株)製))のような、非イオン性の極性基がエーテル結合で構成されているものが挙げられる。
さらに、非イオン性界面活性剤のエチレンオキサイド付加モル数が10以上であると水への分散性が良くなり、本発明に係る前駆体溶液を構成する溶媒の表面エネルギーを低減させる効果が得られ易くなるので、さらに好ましい。
【0050】
本発明に係る前駆体溶液を構成する溶媒の表面エネルギーの値や、極性成分の値を制御する為、当該溶媒へ、アルコール、非イオン性界面活性剤から選択される1種以上を添加する際の添加量は、表面エネルギーを低減し、極性成分の値を制御して、電極活物質との濡れ性を改善する効果の観点から、界面活性剤を0.01質量%以上20.0質量%以下含む。界面活性剤がアルコールであれば、0.1質量%以上、20.0質量%以下であることが好ましく、さらに好ましくは1.0質量%以上、10.0質量%以下である。一方、界面活性剤が非イオン性界面活性剤であれば、0.01質量%以上、10.0質量%以下であることが好ましく、さらに好ましくは0.01質量%以上、5.0質量%以下である。
当該添加範囲内において、当該溶媒の表面エネルギーの値や、極性成分の値を測定しながらアルコール、非イオン性界面活性剤から選択される1種以上を添加する。そして、表面エネルギーの値を72mN/m以下に調整する。このとき、極性成分の値を0mN/m以上45mN/m以下とすることが好ましい。表面エネルギーの値は15mN/m以上40mN/m以下であることが更に好ましく、このとき、極性成分の値を0mN/m以上15mN/m以下とすることがより好ましい。
【0051】
尚、上述した「〈1〉ニオブ溶解工程」および「〈2〉リチウム溶解工程」と、「〈3〉表面エネルギーの調整工程」とは、所望によりどちらを先に行っても良い。
【0052】
〈4〉ろ過工程
上述した、「〈1〉ニオブ溶解工程」および「〈2〉リチウム溶解工程」を実施して得られたリチウムとニオブ錯体を含有する水溶液をろ過して、波長660nmにおける吸光度の値が0.1以下である前駆体溶液を得る工程である。
但し、「〈4〉ろ過工程」を実施する迄もなく、「〈1〉ニオブ溶解工程」および「〈2〉リチウム溶解工程」を実施して得られたリチウムとニオブ錯体を含有する水溶液において、既に、波長660nmにおける吸光度の値として0.1以下を達成している場合は、「〈4〉ろ過工程」を省いても良い。
尚、「〈4〉ろ過工程」は、所望により「〈3〉表面エネルギーの調整工程」の前後どちらで実施しても良い。
【0053】
ろ過方法は、遠心分離法や、各種フィルターを用いたろ過法等、特に限定されないが、微粒子の除去効率や生産性の観点から、メンブレンフィルターを用いてろ過することが好ましい。生産性の観点からは、加圧とフィルターとを併用した加圧ろ過、または、加圧と微細な孔径を有するフィルターとを併用した精密ろ過、限外ろ過が好ましい。
【0054】
ろ過時の液温は、10℃以上40℃以下であることが、ろ過の生産性および溶液の特性変化を抑制する観点から好ましい。液温が10℃以上であれば、溶液の粘度が下がりろ過速度が担保されるからである。液温が40℃以下であれば、溶液中の揮発成分の揮発による減少や成分の分解による、溶液の特性変化を抑制できるからである。
【0055】
フィルターの孔径は、微粒子の除去効率と生産性との観点から、0.5μm以下のものを用いる。特に、微粒子の除去効率の観点から、孔径0.1μmのメンブレンフィルターを用いることが好ましい。
ろ過における加圧は、微粒子の除去効率と生産性との観点から、0.05MPa以上0.6MPa以下であることが好ましく、0.1MPa以上0.4MPa以下であることがさらに好ましい。
【0056】
尚、ろ過工程後に得られた前駆体溶液において、微粒子の除去に起因して含有成分のバランスが担保されていることを確認することが好ましい。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を参照しながら本発明を具体的に説明する。尚、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0058】
[比較例1]
純水19.6gへ、濃度35質量%の過酸化水素水7.7gを添加した過酸化水素水溶液を準備した。この過酸化水素水溶液へ、ニオブ酸(Nb2O5・nH2O(Nb2O5含有率58.0%))4.4gを添加した。
ニオブ酸の添加後、ニオブ酸を添加した液の液温が20℃~30℃の範囲内となるように温度調整した。
このニオブ酸を添加した液へ、濃度28質量%のアンモニア水3.5gを添加し、大気下で十分に撹拌して透明溶液を得た。
窒素ガス雰囲気中で、得られた透明溶液へ、水酸化リチウム・1水和物(LiOH・H2O)0.9gを添加し、リチウムと、ニオブのペルオキソ錯体とを含有する透明な水溶液を得た。その後、このリチウムとペルオキソニオブ錯体とを含有する水溶液を、25℃の温度で6時間程度静置した。
静置中に沈殿物が生成した場合には、当該沈殿物が分散する程度に、リチウムとペルオキソニオブ錯体とを含有する水溶液を撹拌した後、孔径0.1μmのメンブレンフィルターでろ過することで、比較例1に係るニオブ酸リチウム前駆体溶液を得た。
【0059】
得られた比較例1に係る前駆体溶液に対し、(1)リチウム量、ニオブ量の定量分析、(2)水分量の定量分析、(3)吸光度測定、(4)溶液の表面エネルギー評価、(5)溶液の表面エネルギーにおける極性成分と分散成分との評価、(6)LNCM(111)基板上の接触角評価、(7)LNM(13)基板上の接触角評価、(8)LNCM(811)基板上の接触角評価、(9)被覆率の評価、を実施した。以下、各測定項目毎に説明する。
但し、LNM(13)基板とは、LiNi1/2Mn3/2O4スパッタ成膜基板のことであり、本発明において「LNM(13)基板」と記載する場合がある。また、LNCM(811)基板とは、LiNi4/5Co1/10Mn1/10O2スパッタ成膜基板のことであり、本発明において「LNCM(811)基板」と記載する場合がある。
【0060】
(1)リチウム量、ニオブ量の定量分析
誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES、アジレント・テクノロジー(株)製、CP-720)を用いて、前駆体溶液中の成分分析(Li含有量、M元素含有量)を行った。結果を表1に示す。
尚、ICP-AES測定は、試料0.1gを秤量し、それに純水と塩酸を添加して加熱後、放冷し、さらに過酸化水素水を添加して加熱後、放冷した後、液量を100mLに規正し、希釈した後にICP-AESで測定した。
【0061】
(2)水分量の定量分析
カールフィッシャー水分計を用い、容量滴定法により水分量を測定した。
具体的には、容量滴定式カールフィッシャー水分計(京都電子工業(株)製、MKA-610)を用い、滴定液として(Honeywell製、コンポジット5K)、溶媒として(Honeywell製、ミディアムK)を用いた。
そして、滴定フラスコ内の溶媒を滴定液で無水化した後、試料を直接投入して水分量を測定した。結果を表1に示す。
【0062】
(3)吸光度測定
前駆体溶液を石英セル(10mm×10mm×45mm)に3.5mL分取し、紫外可視分光光度計(SHIMADZU(株)、UV-1800)を用いて、波長400~700nmにおける吸光度を測定した。測定中の前駆体溶液温度は25℃とした。
この際、吸光度のゼロ点は、電気伝導度17MΩ・cm以上、25℃の超純水を測定セルにいれて測定した場合の吸光度を用いた。
波長660nmにおける吸光度の結果を表2に示す。尚、波長660nmにおける吸光度は、前駆体溶液中の微粒子による散乱光の強さを示しており、吸光度が高いことは微粒子濃度が高いことを示唆する(JIS-K0101参考)。
また、波長400nmにおける吸光度は、波長660nmにおける吸光度より、粒径の小さな微粒子や陰イオン濃度を示唆している。
【0063】
(4)溶液の表面エネルギー評価
協和界面科学(株)、自動表面張力計CBVP-Zを用いて、25℃にて、前駆体溶液の表面張力の値を測定し、これを表面エネルギーの値とした。結果を表2に示す。
【0064】
(5)溶液の表面エネルギーにおける極性成分と分散成分との評価
ホットプレート上にて90℃で溶融させたパラフィン(富士フィルム和光純薬(株)、試薬1級)にスライドガラスを浸し、取り出した後に25℃にて大気中で徐冷し、パラフィン基板を作製した。形状測定レーザマイクロスコープ((株)キーエンス、VK-9710)を用いて測定した表面粗さはRa15.181μmだった。
パラフィン基板温度25℃および溶液温度25℃にて、大気中で、基板上に前駆体溶液を約10μL滴下し、θ/2法により3秒後の接触角を求めた。
得られた接触角と、「(4)溶液の表面エネルギー評価」で測定した各溶液の表面エネルギーの値と、パラフィンの表面エネルギー文献値(表面エネルギー:γ=25.5mJ/m2,表面エネルギーの分散成分:γd=25.5mJ/m2,表面エネルギーの極性成分:γp=0.00mJ/m2)から、Young-Dupreの式を用いて、前駆体溶液の表面エネルギーにおける分散成分および極性成分の値を算出した。結果を表2に示す。
【0065】
(6)LNCM(111)基板上の接触角評価
LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2スパッタ成膜基板((株)豊島製作所、膜厚:50nm狙い、LNCM(111)基板:SLG-25mm、基材平滑性:Ra0.021μm、基板非加熱条件)を準備した。
LNCM(111)基板表面に付着した水分を除去するため、当該基板を真空中(ゲージ圧:-0.1MPa以下)にて220℃で1時間以上熱処理した後、真空中で室温まで徐冷した後、N2雰囲気下で保管した。
大気中の水分の付着による影響を抑制するため、接触角の評価は、当該基板をN2雰囲気から取り出した後5分間以内に行った。
基板温度25℃および溶液温度25℃にて、大気中で、LNCM(111)基板上に前駆体溶液を約10μL滴下し、θ/2法により3秒後の接触角を求めた。結果を表2に示す。
【0066】
(7)LNM(13)基板上の接触角評価
LiNi1/2Mn3/2O4スパッタ成膜基板((株)豊島製作所、膜厚:50nm狙い、LNM(13)基板:SLG-25mm、基材平滑性:Ra0.021μm、基板非加熱条件)(以下、LNM(13)基板と記載する場合がある。)を準備した。
LNCM(111)基板と同様に接触角を測定した。結果を表2に示す。
【0067】
(8)LNCM(811)基板上の接触角評価
LiNi4/5Co1/10Mn1/10O2スパッタ成膜基板((株)豊島製作所、膜厚:50nm狙い、LNCM(811)基板:SLG-25mm、基材平滑性:Ra0.021μm、基板非加熱条件)(以下、LNCM(811)基板と記載する場合がある
。)を準備した。
当該LNCM(811)基板を用いて、LNCM(111)基板と同様に、前駆体溶液の接触角を測定した。結果を表2に示す。
【0068】
(9)被覆率の評価
電極活物質表面における被覆膜の被覆率の評価方法について、〈1〉電極活物質および前駆体溶液を含むスラリーの調製、〈2〉被覆された電極活物質の前駆体の作製、〈3〉被覆された電極活物質の作製、〈4〉被覆率評価、の順に説明する。
【0069】
〈1〉電極活物質および前駆体溶液を含むスラリーの調製
電極活物質として正極活物質であるLiNi1/3Co1/3Mn1/3O2 40.0gをビーカーに入れ、前駆体溶液の試料液23.3gをさらに加えたのち、マグネティックスターラーで攪拌しスラリーを調製した。
【0070】
〈2〉被覆された電極活物質の前駆体の作製
送液ポンプを用いて、調製したスラリーを0.5g/秒の速度でスプレードライヤー(ビュッヒ社製、ミニスプレードライヤー B-290)へ供給し、スラリー液滴の気流乾燥を行い、被覆された電極活物質の前駆体を回収した。
ここで、スプレードライヤーの運転条件は、以下のとおりである。
給気温度:200℃
給気風量:0.45m3/min
【0071】
〈3〉被覆された電極活物質の作製
マッフル炉を用いて、被覆された電極活物質の前駆体を200℃で5時間焼成し、ニオブ酸リチウムを電極活物質表面で合成することにより、被覆された電極活物質を得た。
【0072】
〈4〉被覆率評価
被覆された電極活物質に対し、X線光電子分光装置(アルバック・ファイ(株)製 X-tool)を用いて表面元素分析を行った。
そして、Nb3d、Ni2p3、Co2p3、Mn2p3、の各種ピークの値から、表面の元素比を求め、下記式から被覆された電極活物質表面におけるニオブ濃度を算出した。
(尚、下記式において、各元素記号は、各元素の比率[atomic%]を表している。)
電極活物質表面におけるニオブ濃度(%)=(100×Nb)/(Ni+Co+Mn+Nb)・・・(式)
そして、算出された比較例1に係る電極活物質表面におけるニオブ濃度を基準値とした。この、比較例1に係る電極活物質表面におけるニオブ濃度を「基準値」としたことを表2に示す。
【0073】
また、前駆体溶液中のM元素が電極活物質にも含まれている場合には、電極活物質を構成するM元素のモル分率を、上記式の分母と分子のM元素のモル分率から差し引いて計算することで被覆率を求めることが出来る。ここで、電極活物質を構成するM元素のモル分率は、被覆された電極活物質のリチウム含有酸化物被覆層を適当な方法でエッチングして、X線光電子分光法で測定することで求めることが出来る。エッチングの方法としては、例えば、X線光電子分光法装置に付属のイオンスパッタリング装置を用い、被覆された電極活物質をM元素酸化物換算で100nm程度エッチングすれば良い。
【0074】
[実施例1]
比較例1と同様に操作して、リチウムとニオブのペルオキソ錯体を含有する溶液を調製した。
調製したリチウムとニオブのペルオキソ錯体を含有する溶液29.7gへ、1,2-プロパンジオール(試薬特級)0.3gを添加し、液温が20℃~30℃の範囲内になるように温度調整しながら10分間以上撹拌し、実施例1に係るニオブ酸リチウム前駆体溶液を得た。
【0075】
得られた実施例1に係る前駆体溶液に対し、比較例1と同様に、(1)リチウム量、ニオブ量の定量分析、(2)水分量の定量分析、(3)吸光度測定、(4)溶液の表面エネルギー評価、(5)溶液の表面エネルギーにおける極性成分と分散成分との評価、(6)LNCM(111)基板上の接触角評価、(7)LNM(13)基板上の接触角評価、(8)LNCM(811)基板上の接触角評価、を実施した。結果を表1、2に示す。
【0076】
(9)被覆率の評価、においても比較例1と同様の操作を行って、実施例1に係る電極活物質表面におけるニオブ濃度を算出した。そして、実施例1に係る電極活物質表面におけるニオブ濃度が、比較例1で算出した基準値に対して、+5%増加していることを知見した。そこで、当該ニオブ濃度増加量である+5%を被覆率増加の相対値として、結果を表2に示す。
【0077】
[実施例2]
リチウムとニオブのペルオキソ錯体を含有する溶液27.0gへ、1,2-プロパンジオール(試薬特級)3.0gを添加した以外は、実施例1と同様の操作を行って、実施例2に係るニオブ酸リチウム前駆体溶液を得た。
得られた実施例2に係る前駆体溶液に対し、上述した比較例1および実施例1と同様の評価を実施した。結果を表1、2に示す。
さらに、実施例2においては、前駆体溶液の波長400nmにおける吸光度の測定結果を表2に示し、波長400~700nmにおける吸光度の測定結果を
図4に黒実線で示した。
【0078】
[実施例3]
リチウムとニオブのペルオキソ錯体を含有する溶液29.7gへ、1-ブタノール(試薬特級)0.3gを添加した以外は、実施例1と同様の操作を行って、実施例3に係るニオブ酸リチウム前駆体溶液を得た。
得られた実施例3に係る前駆体溶液に対し、上述した比較例1および実施例1と同様の評価を実施した。結果を表1、2に示す。
【0079】
[実施例4]
リチウムとニオブのペルオキソ錯体を含有する溶液29.97gへ、1,2-プロパンジオールを添加する替わりにフタージェント222F((株)ネオス製)0.03gを添加した以外は、実施例1と同様の操作を行って、実施例4に係るニオブ酸リチウム前駆体溶液を得た。
得られた実施例4に係る前駆体溶液に対し、上述した比較例1および実施例1と同様の評価を実施した。結果を表1、2に示す。
【0080】
[実施例5]
リチウムとニオブのペルオキソ錯体を含有する溶液29.7gへ、1,2-プロパンジオールを添加する替わりにフタージェント222F((株)ネオス製)0.3gを添加した以外は、実施例1と同様の操作を行って、実施例5に係るニオブ酸リチウム前駆体溶液を得た。
得られた実施例5に係る前駆体溶液に対し、上述した比較例1および実施例1と同様の評価を実施した。結果を表1、2に示す。
さらに、実施例5においては、前駆体溶液の波長400nmにおける吸光度の測定結果を表2に示し、波長400~700nmにおける吸光度の測定結果を
図4に灰色実線で示した。
【0081】
[実施例6]
リチウムとニオブのペルオキソ錯体を含有する溶液29.7gへ、1,2-プロパンジオールを添加する替わりにレオコールTD-120(ライオン(株)製)0.3gを添加した以外は、実施例1と同様の操作を行って、実施例6に係るニオブ酸リチウム前駆体溶液を得た。
得られた実施例6に係る前駆体溶液に対し、上述した比較例1および実施例1と同様の評価を実施した。結果を表1、2に示す。
【0082】
[実施例7]
リチウムとニオブのペルオキソ錯体を含有する溶液29.7gへ、1,2-プロパンジオールを添加する替わりにDEDG(日本乳化剤(株)製)0.3gを添加した以外は、実施例1と同様の操作を行って、実施例7に係るニオブ酸リチウム前駆体溶液を得た。
得られた実施例7に係る前駆体溶液に対し、上述した比較例1および実施例1と同様の評価を実施した。結果を表1、2に示す。
【0083】
[比較例2]
純水8.55gへ、硝酸リチウム0.16gを添加した硝酸リチウム水溶液を準備した。この硝酸リチウム水溶液へ、ニオブペンタエトキシド0.80gとエマルゲン108(花王(株))0.03gとを添加した。硝酸リチウム水溶液へ、ニオブペンタエトキシドとエマルゲン108とを添加した液の液温が、20℃~30℃の範囲内になるように温度調整しながら大気下で十分に撹拌し、白濁した比較例2に係る前駆体溶液を得た。
得られた比較例2に係る前駆体溶液に対し、上述した比較例1と同様の評価を実施した。結果を表1、2に示す。
なお、比較例2に係る前駆体溶液では溶質の析出により微粒子が発生したため、被覆された電極活物質の前駆体の作製の際にスプレードライヤーのノズルが閉塞してしまい、被覆された電極活物質を作製することができなかった。この為、(9)被覆率の評価、を行わなかった。
【0084】
[比較例3]
リン酸リチウム0.7226gへ純水170mLを混合し、アンモニア水を添加してpHを10に調整した。調整されたリン酸リチウムと水との混合液の液温が、20℃~30℃の範囲内になるように温度調整しながら大気下で十分に撹拌し、透明溶液を得た。
得られた透明溶液を孔径0.1μmのメンブレンフィルターでろ過することでリチウムとリン酸とを含有する溶液である、比較例3に係る前駆体溶液を得た。
尚、比較例3に係る前駆体溶液の吸光度は、検出限界である0.001未満だった。
【0085】
得られた比較例3に係る前駆体溶液に対し、比較例1と同様に、(1)リチウム量、リン量の定量分析、(2)水分量の定量分析、(3)吸光度測定、(4)溶液の表面エネルギー評価、(5)溶液の表面エネルギーにおける極性成分と分散成分との評価、(6)LNCM(111)基板上の接触角評価、(7)LNM(13)基板上の接触角評価、(8)LNCM(811)基板上の接触角評価、を実施した。結果を表1、2に示す。
【0086】
また、(9)被覆率の評価、においては、〈電極活物質および前駆体溶液を含むスラリーの調製〉において、比較例3に係る前駆体溶液の試料液を用いた以外は、比較例1と同様の操作を行い、リン酸リチウムを電極活物質表面で合成することにより、比較例3に係る被覆された電極活物質を得た。
【0087】
〈被覆率評価〉
被覆された電極活物質に対し、X線光電子分光装置(アルバック・ファイ(株)製 X-tool)を用いて表面元素分析を行った。
そして、P2p、Ni2p3、Co2p3、Mn2p3の各種ピークの値から、表面の元素比を求め、下記式から被覆された電極活物質表面におけるリン濃度を算出した。
(尚、下記式において、各元素記号は、各元素の比率[atomic%]を表している。)
電極活物質表面におけるリン濃度(%)=(100×P)/(Ni+Co+Mn+P)・・・(式)
そして、算出された比較例3に係る電極活物質表面におけるリン濃度を基準値とした。この、比較例3に係る電極活物質表面におけるリン濃度を「基準値」としたことを表2に示す。
【0088】
[実施例8]
比較例3と同様に操作して、リチウムとリン酸とを含有する溶液を調製した。
得られたリチウムとリン酸とを含有する溶液29.7gへ、エマルゲン108(花王(株)製)0.3gを添加し、液温が20℃~30℃の範囲内になるように温度調整しながら10分間以上撹拌し、実施例8に係る前駆体溶液を得た。
【0089】
得られた実施例8に係る前駆体溶液に対し、比較例3と同様に、(1)リチウム量、リン量の定量分析、(2)水分量の定量分析、(3)吸光度測定、(4)溶液の表面エネルギー評価、(5)溶液の表面エネルギーにおける極性成分と分散成分との評価、(6)LNCM(111)基板上の接触角評価、(7)LNM(13)基板上
の接触角評価、(8)LNCM(811)基板上の接触角評価、を実施した。結果を表1、2に示す。
さらに、実施例8においては、前駆体溶液の波長400nmにおける吸光度の測定結果を表2に示し、波長400~700nmにおける吸光度の測定結果を
図4に黒破線で示した。
【0090】
(9)被覆率の評価、においても比較例3と同様の操作を行って、実施例8に係る電極活物質表面におけるリン濃度を算出した。そして、実施例8に係る電極活物質表面におけるリン濃度が、比較例3で算出した基準値に対して、+6%増加していることを知見した。そこで、当該リン濃度増加量である+6%を被覆率増加の相対値として、結果を表2に示す。
【0091】
[まとめ]
上述した実施例1~8、比較例1、3に係る前駆体溶液において、表面エネルギーの値を
横軸にとり、被覆率増加の相対値を縦軸にとって、表面エネルギーと被覆率との関係を示すグラフを
図1に、表面エネルギー極性成分の値を
横軸にとり、被覆率増加の相対値を縦軸にとって、表面エネルギー極性成分の値と被覆率との関係を示すグラフを
図2に示す。
【0092】
図1のグラフより、実施例に係る前駆体溶液において、表面エネルギーの値が72mN/m以下であると、電極活物質に対して十分な被覆率を発揮することが理解できる。
また、
図2のグラフより、実施例に係る前駆体溶液において、表面エネルギーの極性成分の値が45mN/m以下であると、電極活物質に対して高い被覆率を発揮することも理解できる。
【0093】
上述した実施例1~8、比較例1、3に係るLNCM(111)基板上の接触角の値をθとしたときのcosθの値を
横軸にとり、被覆率増加の相対値を縦軸にとって、基板上の接触角がθのときのcosθの値と被覆率との関係を示すグラフを
図3に示す。
図3のグラフより、LiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2スパッタ成膜基板上の接触角がθのときのcosθの値と、被覆率とは、比例関係にあることが理解できる。即ち、前駆体溶液の基板上での接触角がθのときのcosθの値が大きければ(θが小さければ)、その基板の組成の電極活物質との濡れ性が良いので、その電極活物質表面へ前駆体溶液を塗布した場合に均一に濡れ広がるため、形成される被覆層が均一化し、被覆率が向上すると考えられる。具体的には、cosθの値が0.5以上(θが60°以下)であれば、濡れ性が良いと考えられる。
【0094】