(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】コーティング膜、及びコーティング膜が表面に形成された物品
(51)【国際特許分類】
C09D 1/00 20060101AFI20231227BHJP
A61L 31/08 20060101ALI20231227BHJP
A61L 31/12 20060101ALI20231227BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20231227BHJP
A61L 31/16 20060101ALI20231227BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20231227BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20231227BHJP
【FI】
C09D1/00
A61L31/08
A61L31/12
A61L31/14 400
A61L31/16
C09D7/61
C09D7/63
(21)【出願番号】P 2022528451
(86)(22)【出願日】2021-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2021011458
(87)【国際公開番号】W WO2021246026
(87)【国際公開日】2021-12-09
【審査請求日】2022-11-25
(31)【優先権主張番号】P 2020098916
(32)【優先日】2020-06-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】715005239
【氏名又は名称】株式会社エナジーフロント
(73)【特許権者】
【識別番号】509105857
【氏名又は名称】学校法人就実学園
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000408
【氏名又は名称】弁理士法人高橋・林アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】上田 剛慈
(72)【発明者】
【氏名】山田 陽一
(72)【発明者】
【氏名】明渡 純
【審査官】桜田 政美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/104894(WO,A1)
【文献】特開2020-040267(JP,A)
【文献】特開2004-081008(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00
A61L 31/08
A61L 31/12
A61L 31/14
A61L 31/16
C09D 7/61
C09D 7/63
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水基又は親油基、及び親水基を有する
有機化合物と、
表面に、前記
有機化合物を担持することが可能な空孔を有する
セラミックス膜と、を有
し、
前記セラミックス膜は、厚み方向に貫通する前記空孔を含む多孔質膜であり、
前記セラミックス膜の膜厚は、1μm~10μmである、コーティング膜。
【請求項2】
前記
有機化合物は、親油基の炭素数が5以上であり、室温において揮発性がない、請求項1に記載のコーティング膜。
【請求項3】
前記多孔質膜の空孔率は、5%以上60%以下である、請求項
1に記載のコーティング膜。
【請求項4】
前記
有機化合物は、アビエチン酸系化合物である、請求項1に記載のコーティング膜。
【請求項5】
前記
有機化合物は、クロルヘキシジンである、請求項1に記載のコーティング膜。
【請求項6】
前記空孔の孔径は、
1.2μm以上である、請求項1に記載のコーティング膜。
【請求項7】
前記空孔の孔径は、
80nm未満である、請求項1に記載のコーティング膜。
【請求項8】
前記空孔の孔径は、1nm以下である、請求項
7に記載のコーティング膜。
【請求項9】
前記
有機化合物は、前記
セラミックス膜の表面の前記空孔に親油基が吸着し、親水基が露出する、請求項1に記載のコーティング膜。
【請求項10】
前記
有機化合物は、前記
セラミックス膜の表面の前記空孔に親水基が吸着し、親油基が露出する、請求項1に記載のコーティング膜。
【請求項11】
請求項1に記載のコーティング膜が表面に形成された物品。
【請求項12】
請求項1に記載のコーティング膜が表面に配置され、
前記コーティング膜は、HAZE値で10%以下の透明性を有する、物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療及び介護の現場又は日常生活で用いられる用具及び衣類、並びに建材などに適用可能な抗ウイルス機能を有するコーティング膜、及びコーティング膜の製造方法、並びにコーティング膜が表面に形成された物品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、2003年のSARSコロナウイルス、高病原性鳥インフルエンザウイルスをはじめ、2012年のMARSコロナウイルス、2014年のエボラウイルス、2020年には新型コロナウイルス等が次々に人間社会に出現しては、流行し、ヒトの生命を脅かしている。
【0003】
このような背景により、消費者の衛生志向がより高まり、生活環境で使用されるあらゆるものについて、ウイルスを除去することが強く望まれている。そのため、人の手が触れるドアノブ、電車のつり革、衣類及び履物、並びに建造物の内装など様々な対象に対して、表面に抗ウイルス活性物質を安定的及び持続的にコーティングする方法が求められている。
【0004】
特許文献1には、界面活性剤を化学結合によって水酸基を持つ布等の素材に固定する技術が開示されている。また、引用文献2には、シート状物に、ヒドロキシラジカルを発生する微粒子状の抗ウイルス活性物質をポリビニルアルコール等の接着材によって付着させる方法について開示されている。ここでは、界面活性剤は使用されているが、ウイルスを含む飛沫の水分をシート内部に取り込みやすくする補助剤として使用されるだけである。引用文献3には、スルホン酸系界面活性剤を無機充填剤に担持し塗料樹脂で固定する方法が開示されている。このように、人の手が触れるものの表面から様々なウイルスを除去するために、界面活性剤を活用した様々な方法が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-98976号公報
【文献】特開2012-72100号公報
【文献】特開2017-210566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、界面活性剤を、抗ウイルス機能を十分に発揮できる形態で所望の固体表面、特に金属や樹脂やセラミックスなど多様な素材に固定すること、あるいは布などの柔軟な素材やドアノブなどの立体構造物の表面に容易且つ安定的に固定することは困難である。
【0007】
特許文献1にて開示の方法では、OH基のある物質上に限定されるため応用範囲が限られ、その付着量も限られるため、摩耗により抗ウイルス機能は失われやすい。特許文献2では界面活性剤は樹脂に埋め込まれておりその抗ウイルス性能を発揮できない。また、特許文献3では、樹脂などに抗ウイルス活性物質を混ぜてコーティングする場合には、抗ウイルス活性物質が樹脂などに埋もれてしまい、抗ウイルス活性物質が表面に滲出しないため、抗ウイルス効果を十分に発揮できない。
【0008】
上記問題に鑑み、本発明の一実施形態では、多様な素材上に形成可能な抗ウイルス活性等の機能を有するコーティング膜、若しくはコーティング膜を形成する方法、又はコーティング膜が表面に形成された物品を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜は、疎水基又は親油基、及び親水基を有する界面活性剤と、表面に、界面活性剤を担持することが可能な空孔を有する膜と、を有する。
【0010】
上記構成において、界面活性剤は、親油基の炭素数が5以上であり、室温において揮発性がない。
【0011】
上記構成において、多孔質膜の空孔率は、5%以上60%以下である。
【0012】
上記構成において、界面活性剤は、アビエチン酸系化合物である。
【0013】
上記構成において、界面活性剤は、クロルヘキシジンである。
【0014】
上記構成において、空孔の孔径は、ウイルスサイズの10倍よりも大きい。
【0015】
上記構成において、空孔の孔径は、ウイルスサイズよりも小さい。
【0016】
上記構成において、空孔の孔径は、1nm以下である。
【0017】
上記構成において、界面活性剤は、膜の表面の空孔に親油基が吸着し、親水基が露出する。
【0018】
上記構成において、界面活性剤は、膜の表面の空孔に親水基が吸着し、親油基が露出する。
【0019】
本発明の一実施形態に係る物品は、本発明の一実施形態に係るコーティング膜が表面に形成されたものである。
【0020】
本発明の一実施形態に係る物品は、本発明の一実施形態に係るコーティング膜が表面に配置され、コーティング膜は、HAZE値で10%以下の透明性を有するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明の一実施形態によれば、多様な素材上に形成可能な抗ウイルス活性等の機能を有するコーティング膜、若しくはコーティング膜を形成する方法、又はコーティング膜が表面に形成された物品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1A】本発明の一実施系形態に係るコーティング膜の断面図である。
【
図1B】コーティング膜の一部の領域を拡大した図である。
【
図2A】本発明の一実施系形態に係るコーティング膜の断面図である。
【
図2B】コーティング膜の一部の領域を拡大した図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係るコーティング膜表面におけるエンベロープ型ウイルスを破壊するメカニズムを説明する図である。
【
図4A】本発明の一実施形態に係るコーティング膜表面におけるエンベロープ型ウイルスを破壊するメカニズムを説明する図である。
【
図4B】本発明の一実施形態に係るコーティング膜表面におけるエンベロープ型ウイルスを破壊するメカニズムを説明する図である。
【
図5A】コーティング膜の空孔に担持された界面活性剤によって、ウイルスが破壊されるメカニズムを説明する図である。
【
図5B】コーティング膜の空孔に担持された界面活性剤によって、ウイルスが破壊されるメカニズムを説明する図である。
【
図6A】コーティング膜の空孔に担持された界面活性剤によって、ウイルスが破壊されるメカニズムを説明する図である。
【
図6B】コーティング膜の空孔に担持された界面活性剤によって、ウイルスが破壊されるメカニズムを説明する図である。
【
図7A】膜の硬度が高いコーティング膜の経時的変化を説明する模式図である。
【
図7B】膜の硬度が高いコーティング膜の経時的変化を説明する模式図である。
【
図7C】膜の硬度が高いコーティング膜の経時的変化を説明する模式図である。
【
図8A】膜の硬度が低いコーティング膜の経時的変化を説明する模式図である。
【
図8B】膜の硬度が低いコーティング膜の経時的変化を説明する模式図である。
【
図8C】膜の硬度が低いコーティング膜の経時的変化を説明する模式図である。
【
図9A】直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの化学式である。
【
図9B】直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの化学式の模式図である。
【
図9C】直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムがエンベロープを破壊するメカニズムを説明する図である。
【
図10B】デヒドロアビエチン酸がエンベロープを破壊するメカニズムを説明する図である。
【
図11B】クロルヘキシジンの化学式の模式図である。
【
図12A】クロルヘキシジンがエンベロープを破壊するメカニズムを説明する図である。
【
図12B】クロルヘキシジンが膜たんぱく質を破壊するメカニズムを説明する図である。
【
図13】本発明の一実施形態に係るコーティング膜表面におけるノンエンベロープ型ウイルスを破壊するメカニズム説明する図である。
【
図14A】本発明の一実施形態に係るコーティング膜の製造方法を説明する図である。
【
図14B】本発明の一実施形態に係るコーティング膜の製造方法を説明する図である。
【
図14C】本発明の一実施形態に係るコーティング膜の製造方法を説明する図である。
【
図15C】本発明の一実施形態に係るコーティング膜の製造方法を説明する図である。
【
図15D】本発明の一実施形態に係るコーティング膜の製造方法を説明する図である。
【
図16A】本発明の一実施形態に係るコーティング膜の断面図である。
【
図16B】本発明の一実施形態に係るコーティング膜の断面図である。
【
図17A】ISO21702準拠試験の概要を説明する図である。
【
図17B】ISO21702準拠試験の概要を説明する図である。
【
図17C】ISO21702準拠試験の概要を説明する図である。
【
図17D】ISO21702準拠試験の概要を説明する図である。
【
図18】時間(min)と残存ウィルス(PFU/mL)との関係を示すグラフである。
【
図19】比較例1について超音波洗浄後に、ラマン散乱分光法によりラマンピーク強度を測定した結果である。
【
図20】実施例1について超音波洗浄後に、ラマン散乱分光法によりラマンピーク強度を測定した結果である。
【
図21】実施例1について、ボール・オン・ディスク試験後に、ラマン散乱分光法によりラマンピーク強度を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の一実施形態について図面を参照して詳細に説明する。本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その趣旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0024】
(第1実施形態)
本実施形態では、本発明の一実施形態に係る抗ウイルス機能を有するコーティング膜100、及びコーティング膜100の製造方法について、
図1~
図16を参照して説明する。本明細書等において、抗ウイルスとは、病原体ウイルスの不活性化を意味する。
【0025】
<概要>
病原体ウイルスの感染拡大を防ぐためには感染経路の把握が重要である。例えば、コロナウイルスの感染経路は、接触感染及び飛沫感染であると言われている。接触感染には感染者との直接接触による唾液や体液による感染、及び物を介して起こる間接接触による感染がある。固体表面を介した飛沫感染に対してはアルコールを用いて拭くことが対策となり得る。しかしながら、電車のシートやつり革、エスカレータの手すりなど、十分な対応が難しい場所も多く存在する。
【0026】
そのため、人の手が触れるドアノブ、電車のつり革、衣類や履物、トイレの床材など建造物の内装など様々な対象に対して、長期耐久性のある形態で表面に抗ウイルス活性物質を安定的及び持続的にコーティングする方法が求められている。
【0027】
抗ウイルス機能を持つ表面処理には、いくつかの技術が存在する。(1)Ag、Cuなどのウイルス不活性化に効果があるとされる金属微粒子、金属酸化物、又は金属水酸化物を付着させること、(2)ウイルスタンパク質と結合して活性を阻害する特定の官能基を持った分子を表面に固定すること、(3)光触媒による酸化分解能力の活用すること、などが挙げられる。しかしながら、(1)~(3)の方法は、それぞれコスト、耐久性、持続性に課題がある。
【0028】
エタノール洗浄や石鹸による手洗いは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含むエンベロープ型ウイルスを不活性化できる有効な方法として知られており、界面活性剤を適切に選択すればノンエンベロープ型のウイルスにも効果を示すことは公知の事実である。しかし、界面活性剤を抗ウイルスの目的で多様な素材の上に固定するコーティングに適用する技術は限られている。
【0029】
従来、界面活性剤は洗剤や消毒剤として水への溶解度が高いものを溶液として用いるのが一般的である。固体状態の界面活性剤として固形石鹸などがあるが、水に触れた時の滑りや強度が問題となる。人の手が触れるドアノブや手すりなどではグリップ時の摩擦や手触りなどが課題となる。また、ドアノブや手すり、つり革など公共の場で人の手が振れるものに対して、界面活性剤で頻繁に清拭することは困難である。これらのものに対して、抗ウイルスの効果を短時間で発現させ、その持続性が求められる。水中の界面活性剤は、ミセルを形成することでエンベロープを分解することができるが、界面活性剤の分子を完全に固定した場合、界面活性剤は完全なミセルを形成できず機能性は制限される。ウイルス表面の脂質膜は負帯電、タンパク質は正帯電の部分があり、水溶液中の界面活性剤はその電荷や親油基を適切な方向性を持って作用することでウイルスの不活化を行っている。したがって、基材にコーティング膜が施された状態においても、界面活性剤がウイルス付着時に自由度のある状態で徐放され機能することが望まれる。以下、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100及びコーティング膜100の製造方法について詳細に説明する。
【0030】
<コーティング膜の構成>
図1Aは、本発明の一実施形態に係る抗ウイルス機能を有するコーティング膜100を示す図である。
図1Aに示すように、コーティング膜100は、基材101上に設けられている。コーティング膜100は、疎水基又は親油基、及び親水基を有する界面活性剤120と、表面に、界面活性剤120を担持することが可能な空孔111を有する膜110と、を有する。
【0031】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜100は、様々な基材101の表面に設けることができる。基材101は、金属、木材、ステンレス、ガラス、又はプラスチックなどの硬い固体であってもよいし、布、ゴムシート、スポンジ、アルミ箔、又は薄い膜状のフィルムなどの変形可能な固体であってもよい。
【0032】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜100において、界面活性剤120は、エンベロープ型ウイルス及びノンエンベロープ型ウイルスを破壊する機能を有する。そのため、コーティング膜100の表面にウイルス又はウイルスを含む飛沫液が付着すると、ウイルスを破壊して不活性化させることができる。つまり、コーティング膜100は、抗ウイルス機能を有することができる。以下、コーティング膜100の構成について、詳細に説明する。
【0033】
コーティング膜100は、少なくとも表面に、界面活性剤120を担持することが可能な空孔111を有する膜110を有する。膜110の材質は、表面に界面活性剤120を担持することが可能な空孔111を有することができることが好ましい。膜110の材質として、セラミックス、金属、及び有機樹脂が用いられる。セラミックスとして、ゼオライト、二酸化チタン、酸化亜鉛、及び酸化アルミニウム等が挙げられる。例えば、酸化亜鉛は紫外線を吸収する。そのため、コーティング膜100を屋外で使用した場合であっても、酸化亜鉛が紫外線を吸収することで、界面活性剤120が劣化することを抑制することができる。また、二酸化チタンは、光触媒及び光照射時の親水性により、膜110の表面の汚れを分解することができる。金属として、銀、又は銅等の抗菌性金属が挙げられる。有機樹脂として、例えば、熱硬化性樹脂又は光硬化性樹脂等が挙げられる。また、膜110として、上記の材質に加えて、抗ウイルス性を有する金属塩、金属水酸化物、又は金属粒子を用いてもよい。
【0034】
膜110は、多孔質膜であってもよい。多孔質膜の表面には、界面活性剤120を担持することが可能な空孔111を有する。ここで、界面活性剤120は、空孔111に物理吸着されるものである。界面活性剤120は、多孔質膜に化学結合するものではない。多孔質膜は、多孔質粒子を堆積することで成膜される。多孔質粒子として、活性炭、ゼオライト、メソポーラスシリカ、メソポーラスアルミナ、多孔質ガラス、ポーラス金属、ポーラス金属錯体、又はアロフェン等、様々な物質を単独又は併用して用いる。
【0035】
多孔質膜は、貫通孔型の多孔質膜であってもよいし、独立孔型の多孔質膜であってもよい。ここで、貫通孔型の多孔質膜とは、空孔111が厚み方向に貫通する孔(貫通孔)を含む膜であり、独立孔型の多孔質膜とは、空孔111Aが、球形に近い曲面で囲まれた空孔(独立孔)を含む膜である。なお、空孔111Aは、完全な閉じられた空間ではなく、その一部に細孔が設けられていてもよい。なお、本明細書等において、細孔とは、数100pm~数nm程度の小さい孔径を有する空孔をいう。なお、独立孔型の多孔質膜であっても、膜110の表面には、閉じられていない空孔111を有していてもよく、空孔111に界面活性剤120が担持されていればよい。独立孔型のセラミックス多孔質膜では、強度を保ちつつ、表面が削れると界面活性剤120を徐放することが可能である。当該多孔質膜は、セラミックスと界面活性剤を含むマイクロカプセルとの複合材料として形成される。
【0036】
図1Aにおいては、膜110として、貫通孔型の多孔質膜を示している。
図1Bに、膜110の一部の領域160を拡大した図を示す。膜110には、膜の厚み方向に貫通した空孔111が設けられている。空孔111の内部には、界面活性剤120が担持されている。
【0037】
図2Aは、本発明の一実施形態に係る抗ウイルス機能を有するコーティング膜100Aを示す図である。
図2Aにおいては、膜110Aとして、独立孔型の多孔質膜を示している。
図2Bに、膜110Aの一部の領域160Aを拡大した図を示す。膜110Aには、球形に近い曲面で囲まれた空孔111Aが設けられている。空孔111Aの内部には、界面活性剤120Aが担持されている。
【0038】
膜110の表面に設けられた空孔111の孔径は、界面活性剤120を担持しやすい大きさであることが好ましい。また、空孔111の孔径は、ウイルス又は破壊されたウイルスが空孔111内に残存しにくい大きさであることが好ましい。さらに、空孔111の孔径は、界面活性剤120を担持しやすい大きさ、かつウイルス又は破壊されたウイルスが空孔111内に残存しにくい大きさであることがより好ましい。界面活性剤120を担持するために、例えば、空孔111の孔径は、数100pm以上50μm以下の範囲であることが好ましい。本明細書等において、孔径とは、空孔を球と仮定した場合、その直径をいう。また、孔径とは、空孔が楕円体である場合には、楕円体の長径をいう。また、孔径とは、空孔が球形でない場合は、球形と仮定した場合、その外径をいう。膜110が多孔質膜である場合には、膜110表面に設けられた空孔111の孔径は、数100pm以上50μm以下の範囲であればよく、空孔111の孔径は均一でなくてもよい。また、多孔質膜に形成される空孔111の空孔率は、例えば、5%以上60%以下であることが好ましい。
【0039】
膜110として多孔質膜を用いる場合、多孔質膜の空孔111内に界面活性剤120を担持することができる。この場合、膜110の中に含まれる界面活性剤120の量は、膜110の膜厚や空孔率に応じて増加させることができる。膜110の膜厚が大きいほど、膜110の内部に担持できる界面活性剤120の量を増加させることができる。また、膜110に形成される空孔111の空孔率が大きいほど、膜110の内部に担持できる界面活性剤120を担持できる量を増加させることができる。一方で、空孔率が大きすぎると膜の耐摩耗性や密着力など機械的強度は低下し、そのため抗ウイルスコーティングとしての実用的か効果は長期にわたり維持できない。このような薬剤の徐放性と膜の耐久性の点から抗ウイルスコーティングとして最適な空孔率を検討した結果、膜の空孔率は、5%~60%の範囲が好ましいことがわかった。
【0040】
担持量と徐放性に関係する因子は孔径の他に、多孔質膜表面の濡れ性および等電点によっても影響を受ける。濡れ性にも親油性と親水性があり、その程度によって界面活性剤の吸着方向が親油性か親水性のいずれかに変わる。さらに、多孔質膜は表面が酸塩基性を示し、接触する水溶液のpH上昇に応じて水素イオン等を放出し一般に表面の帯電状態が正から負に変化する。この帯電状態が平均してゼロになるpHは等電点とよばれ多孔質材料ごとに固有の値となる。多孔質表面の帯電と界面活性剤の帯電の符号が逆であれば静電気的引力により孔内への浸透性を高めることができ徐放速度が遅くなる傾向がある。一方多孔質表面と界面活性剤の帯電が同符号の場合には静電気的反発により細孔に担持し難く徐放速度は高くなる傾向がある。従って適切な担持量と徐放速度の観点で等電点を選択した材料系の使用が望ましい。例えばアルミナの等電点は9付近であり、シリカの等電点は2.5付近であることが知られ、複合材料とすれば中性付近に等電点が定まる。発明者らの検討によれば、ウイルスを含む飛沫液は中性付近であることから、界面活性剤が負帯電であれば中性溶液で正帯電となる等電点が7以上の多孔質材料がより好ましく、界面活性剤が正帯電であれば中性溶液で負帯電となる等電点が7以下の多孔質材料がより好ましい。しかし解離度が低いもしくは中性界面活性剤、あるいは疎水基が大きい界面活性剤の場合は帯電よりも細孔径および多孔質材料表面の親油性の方が担持と徐放にとってより優位な制御因子となる。
【0041】
また、膜110は、表面に界面活性剤120を担持することが可能な空孔111を有することができれば、多孔質膜に限定されない。例えば、膜110の表面に空孔111が形成されたものであってもよい。膜110の表面が、例えば、エッチングによって加工されることで空孔111が形成されたものであってもよい。または、膜110自体が、ナノインプリントで形成されたものであってもよい。ここで、ナノインプリントとは、微細な凹凸構造をもったモールドを用いて、樹脂が塗布された基材101に押し付けて、加熱又は光硬化を行うことで樹脂に微細な凹凸パターンを転写する技術である。ナノインプリントにより、表面に界面活性剤120を担持することが可能な空孔111を有する膜が形成されてもよい。ここで、表面に界面活性剤120を担持することが可能な空孔111とは、表面に露出した開口又は凹凸パターンである。ナノインプリントを用いて、空孔111を有する膜110が形成される場合には、上述した有機樹脂が用いられることが好ましい。このように、膜110がエッチングやナノインプリントで加工されたものである場合は、空孔111の孔径が50nm以上50μm以下の範囲で概ね均一であってもよい。膜110の膜厚は、基材101の材質や、コーティング膜100を設ける目的に応じて適宜設定すればよい。
【0042】
膜110が有する空孔111には、界面活性剤120が担持される。本明細書等において、界面活性剤120とは、分子内に水になじみやすい部分(親水基)及び油になじみやすい部分(親油基又は疎水基)を持つ物質である。
図1Cに示すように、界面活性剤120は、親水基21と親油基22(又は疎水基)を有する。この場合、コーティング膜100の表面において、ウイルスを破壊することが困難となる場合がある。そのため、コーティング膜100の表面において、界面活性剤120は親水基及び親油基の少なくとも一方が、コーティング膜100の表面に露出することが好ましい。コーティング膜100の表面に、界面活性剤120の親水基のみが露出していても良いし、または界面活性剤120の親油基のみが露出していてもよい。または、界面活性剤120の親水基及び親油基の双方が露出していてもよい。界面活性剤120の親水基がコーティング膜100の表面に露出されていると、界面活性剤120の親水基がウイルスの親水基に静電気的に引き寄せられること、あるいは接触時の相互作用によりで界面活性剤120によってウイルスを破壊する。また、界面活性剤120の親油基がコーティング膜100の表面に露出されていると、界面活性剤120の親油基がウイルスの親油基に接触した時に界面活性剤120によって相互作用を生じ、結果的にウイルスを破壊する。また、界面活性剤120の臨界ミセル濃度は低いことが好ましく、例えば、0.6g/L以下の物質が好ましい。界面活性剤120として、水への溶解度が、例えば、750g/L以下である物質、より好ましくは、150g/L以下である物質が好ましい。
【0043】
界面活性剤120の親油基は、炭素数が5以上であり、室温において実質的に蒸発しない有機化合物であることが好ましい。ここで、室温とは、1℃~30℃の温度の範囲をいう。または、界面活性剤120の親油基は、炭素数が5以上であり、少なくとも使用環境下において実質的に蒸発しない有機化合物であることが好ましい。本明細書等において、「実質的に蒸発しない」とは、使用環境下における有機化合物の蒸気圧が無視できるほどに小さいことをいう。ここで、使用環境下とは、-10℃~50℃の温度の範囲をいう。
【0044】
界面活性剤120の親水基として、例えば、カルボニル基、アゾ基、アミノ基、イミノ基、イミン基、ニトロ基、ニトロソ基、ハロゲン基、チオ基、オキシ基、オキソ基、ホスフィノ基、第4級アンモニウム基、カルボキシ基、スルホ基、ヒドロキシ基、アルデヒド基、アミノ基、シアノ基、アミド基、エステル結合、エーテル結合等が挙げられる。
【0045】
界面活性剤120として、テルペノイド、スチルベン、ポリフェノールなどの植物由来の界面活性剤を用いる。
【0046】
テルペン系化合物とは、2つ以上のイソプレン単位(C5)から構成されており、イソプレン単位の数に応じて、それぞれモノテルペン系化合物(C10)、セスキテルペン系化合物(C15)、ジテルペン系化合物(C20)、セステルテルペン系化合物(C25)、トリテルペン系化合物(C30)、テトラテルペン系化合物(C40)が挙げられる。
【0047】
スチルベンとして、骨格C6-C2-C6が挙げられる。
【0048】
ポリフェノールとして、タンニン、アルカロイド、ポリケチド、フラボノイド、フェニルプロパノイドが挙げられる。
【0049】
界面活性剤120として、例えば、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム)、塩化ベンザルコニウム、デヒドロアビエチン酸、クロルヘキシジン等を用いることが好ましい。
【0050】
以下に、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムを例示する。直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、特に、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(分子式:C18H29NaO3S)は、分子量348.48、20℃における溶解度は10g/100mL~30g/100mL、長さは2nm~3nmである。直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムは、溶解度が高く、水中では負に帯電している。
【0051】
【0052】
以下に、塩化ベンザルコニウムを例示する。塩化ベンザルコニウム(R=C13H27の場合の分子式:C22H40ClN)は、分子量354.02、20℃における溶解度は10g/100mL以上、長さは約2.5nm~3.5nmである。塩化ベンザルコニウムは、溶解度が高く、正に帯電している。
【0053】
【0054】
以下に、デヒドロアビエチン酸を例示する。デヒドロアビエチン酸(分子式:C20H28O2)は、分子量300.44、溶解度は0.4mg/100mL~0.7mg/100mL、長さは1.5nm~2.5nm、幅は0.5nm~1nmである。デヒドロアビエチン酸は、溶解度が低く、負に帯電している。
【0055】
【0056】
界面活性剤120として、例えば、アビエチン酸を用いる場合、膜110中にアビエチン酸化合物を、多く見積もって、例えば、10mg/cm2担持することにより、コーティング膜100は抗ウイルス効果を発揮することができる。
【0057】
以下に、クロルヘキシジンを例示する。クロルヘキシジン(分子式:C22H30Cl2N10)は、分子量505.4、溶解度は約80mg/100mL、長さは2.5nm~3.5nmである。クロルヘキシジンは、溶解度が低く、正に帯電している。
【0058】
【0059】
クロルヘキシジンの20℃における水への溶解度は、上述した通り、80mg/100mLである。一般的に、クロルヘキシジンは、クロルヘキシジングルコン酸塩として用いることが多い。クロルヘキシジングルコン酸塩の20℃における水への溶解度は、2100mg/100mL以上であり、クロルヘキシジンの20℃における水への溶解度よりも高い。したがって、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100の界面活性剤として使用する場合には、クロルヘキシジングルコン酸塩よりも、溶解度が低いクロルヘキシジンを用いることが好ましい。したがって、コーティング膜100の表面を洗浄しても、クロルヘキシジンが溶け出すことを抑制することができる。これにより、コーティング膜100のウイルス不活性化効果を長期間にわたって持続させることができる。さらに、クロルヘキシジンは、口腔ケアにも用いられる物質である。そのため、仮に、クロルヘキシジンが水へ溶けだしたとしても、人体への安全性も確保することができる。
【0060】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜100は、エンベロープ型ウイルス及びノンエンベロープ型ウイルスに対して抗ウイルス効果を発揮する。エンベロープ型ウイルスとして、例えば、SARSコロナウイルス、高病原性鳥インフルエンザウイルス、MARSコロナウイルス、エボラウイルス、新型コロナウイルス、天然痘ウイルス、B型肝炎ウイルス、麻疹ウイルス、及び狂犬病ウイルス等が挙げられる。ノンエンベロープ型ウイルスとして、ノロウイルス、ロタウイルス、ポリオウイルス、及びアデノウイルス等が挙げられる。
【0061】
<ウイルスを破壊するメカニズム1>
次に、コーティング膜100の表面において、エンベロープ型のウイルスを破壊させるメカニズムついて説明する。
図3~
図4Bは、本発明の一実施形態に係るコーティング膜表面におけるエンベロープ型ウイルスを破壊するメカニズムを説明する図である。
図3~
図4Bでは、エンベロープ型ウイルスの一例を示している。
【0062】
図3~
図4Bに示すエンベロープ型のウイルス200として、コロナウイルスを例に挙げて説明する。ウイルス200は、プラス鎖一本鎖のRNA201をウイルスゲノムとして有する。ウイルス200は、エンベロープ202(脂質二重膜)、スパイク203、及びマトリックス204、の主に3つの要素で覆われている。RNA201は、エンベロープ202、スパイク203、及びマトリックス204によって、その周りが覆われている。
【0063】
図3に、ウイルス200を含む飛沫液210がコーティング膜100に向かって飛んでいる様子を示す。感染者がくしゃみや咳をすることにより、ウイルス200を含んだ飛沫液210が飛び散る。飛沫液210は、水分を含んでいる。その後、飛沫液210は、コーティング膜100に付着する。
【0064】
図4Aに、ウイルス200を含む飛沫液210がコーティング膜100に付着した様子を示す。コーティング膜100の表面にウイルス200を含む飛沫液210が付着すると、飛沫液210に含まれる水分によって、コーティング膜100の表面の空孔111に担持された界面活性剤120は親水基を有するため、飛沫液210中に溶け出してくる。界面活性剤120は、飛沫液210中を移動してウイルス200に到達する。
【0065】
図4Bに、ウイルス200が界面活性剤120によって破壊される様子を示す。エンベロープ202は脂溶性であるので、界面活性剤120の親油基22がウイルス200のエンベロープ202に挿入される。そして、界面活性剤120の効果であるエンベロープ202の不安定化によって、エンベロープ202が破壊される。エンベロープ202が破壊されることで、ウイルス200は感染力を失う。
【0066】
次に、膜110の空孔111の孔径とウイルスの大きさとの関係について、
図5A~
図6Bを参照して説明する。
図5A~
図6Bは、コーティング膜100の空孔111に担持された界面活性剤120によって、ウイルスが破壊されるメカニズムを説明する図である。
図5A~
図6Bは、コーティング膜100に形成された空孔111の一つを拡大した図である。
【0067】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜100において、膜110の空孔111の孔径は、ウイルスのサイズよりも小さいことが好ましい。例えば、コロナウイルスの径は50nm~200nmであり、インフルエンザウイルスの径は80nm~120nmである。そこで、
図5A~
図6Bでは、空孔111の孔径を50nm程度と仮定し、ウイルス200の径を100nm程度と仮定して説明する。
【0068】
膜110には空孔111が形成されている。膜110の表面は、親水性であっても良いし、親油性であってもよい。膜110の表面が親水性であるか、親油性であるかは膜110の材質によって制御できる。ここでは、膜110の表面が親水性である場合において、ウイルス200が破壊されるメカニズムについて説明する。
【0069】
膜110に形成された空孔111には、界面活性剤120が担持されている(
図5A参照)。膜110の表面が親水性を有する場合、界面活性剤120の親水基が膜110の表面と接触し、親油基が露出した状態となる。この状態で、ウイルス200が空孔111に接近すると、界面活性剤120の親油基が、ウイルス200の表面に近づいていく(
図5B参照)。空孔111の孔径はウイルス200の径よりも小さいため、界面活性剤120は、ウイルス200の一部と接触する(
図6A)。そして、界面活性剤120の親油基は、接触したウイルス200のエンベロープ202の一部を破壊する(
図6B)。
【0070】
このように、空孔111の孔径がウイルス200の径よりも小さい場合、空孔111に担持された界面活性剤120は、ウイルス200の一部と接触する。界面活性剤120は、部分的にエンベロープ202を集中して破壊することができるため、ウイルス200を破壊するために必要な界面活性剤の量を低減することができる。また、ウイルス200を破壊するための界面活性剤120の使用量を少なくすることができるため、コーティング膜100の抗ウイルス機能を長期間持続させることができる。
【0071】
また、界面活性剤によって破壊されたウイルスは、コーティング膜の表面に残存する場合がある。空孔の孔径がウイルスのサイズよりも大きい場合、破壊されたウイルスが、空孔の中で凝着する可能性がある。この場合、破壊されたウイルスが空孔内に残存する界面活性剤をふさぐことによって、界面活性剤がコーティング膜の表面に溶出できなくなる可能性がある。これにより、コーティング膜の表面において、ウイルスを破壊する効果が著しく低下するおそれがある。
【0072】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜100において、膜110の空孔111の孔径は、ウイルスのサイズよりも小さい。この場合、コロナウイルスの径は概ね50nm~200nmであるので、膜110の空孔111の孔径は、好ましくは50nm未満とすることが好ましい。また、インフルエンザウイルスの径は、80nm~120nmであるので、膜110の空孔111の孔径は、例えば、80nm未満とすることが好ましい。これにより、破壊されたウイルスが空孔111内に残存したとしても、空孔111の孔径がウイルスサイズよりも充分に小さいため、破壊されたウイルスが空孔111内で凝着されることを抑制することができる。したがって、コーティング膜100の表面を水やアルコールによってふき取ることで、破壊されたウイルスを簡単に除去することが可能となる。よって、コーティング膜100の表面に、界面活性剤120を露出させることができるため、抗ウイルス機能を長期間持続させることができる。
【0073】
また、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100において、膜110の空孔111の孔径が、ウイルスのサイズの約10倍よりも大きくてもよい。この場合、コロナウイルスの径は概ね50nm~200nmであるので、膜110の空孔111の孔径は、例えば、2.0μm以上とする。また、インフルエンザウイルスの径は、80nm~120nmであるので、膜110の空孔111の孔径は、例えば、1.2μm以上とする。これにより、破壊されたウイルスが空孔111内に残存したとしても、空孔111の孔径がウイルスサイズよりも充分に大きいため、破壊されたウイルスが空孔111で凝着されることを抑制することができる。したがって、コーティング膜100の表面を水やアルコールによってふき取ることで、破壊されたウイルスを簡単に除去することが可能となる。これにより、コーティング膜100の表面に、界面活性剤120を露出させることができるため、抗ウイルス機能を長期間持続させることができる。
【0074】
膜110として用いる材料の硬度が高い場合のコーティング膜100の界面活性剤120の持続性について、
図7A~
図7Cを参照して説明する。
図7A~
図7Cは、硬度が高いコーティング膜の経時的変化を説明する模式図である。硬度が高い材料で形成された膜110を用いたコーティング膜100の初期状態を表す図である。硬度が高い材料として、例えば、アルミナ、シリカ、ゼオライトなどのセラミックスを用いることができる。これら材料は単独で用いてもよく、また複合的に用いても良い。セラミックスは、成膜の条件に応じて、膜の緻密さを高めることで、硬度の高い膜110を形成することができる。
図7Bは、コーティング膜100を使用して一定期間経過後を表す図である。
図7Cは、コーティング膜100を使用してさらに一定期間経過後を表す図である。ウイルス及び破壊されたウイルスを除去するために、コーティング膜100の表面をふき取っていく。膜110として用いる材料の硬度が高いため、コーティング膜100の表面が削られることがない。そのため、コーティング膜100の耐久性を高めることができる。したがって、コーティング膜100の抗ウイルス機能の持続性を長期化することができる。また、コーティング膜100のグリップ感などの質感を保つことができる。
【0075】
次に、膜110として用いる材料の硬度が低い場合のコーティング膜100の界面活性剤120の持続性について、
図8A~
図8Cを参照して説明する。
図8A~
図8Cは、硬度が低いコーティング膜の経時的変化を説明する模式図である。
図8Aは、硬度が低い材料で形成された膜110を用いたコーティング膜100の初期状態を表す図である。硬度が低い材料として、例えば、アルミナ、シリカ、ゼオライトなどのセラミックス、又は抗菌性のある銅や銀などの金属を用いることができる。セラミックスは、成膜の条件に応じて、膜の緻密さを低下させることで、硬度の低い膜を形成することができる。
図8Bは、コーティング膜100を使用して一定期間経過後を表す図である。
図8Cは、コーティング膜100を使用してさらに一定期間経過後を表す図である。ウイルス及び破壊されたウイルスを除去するために、コーティング膜100の表面をふき取っていく。膜110として用いる材料の硬度が低いため、コーティング膜100の表面が徐々に削られていく。これに伴い、界面活性剤120も、膜110の表面に露出しやすくなる。したがって、コーティング膜100の抗ウイルス機能の持続性を長期化することができる。
【0076】
さらに、このような硬度の低いセラミックス材料としては、メゾポーラスシリカやマシナブルセラミックスが適用できる。この場合、
図2において説明した独立孔型の多孔質膜であっても、膜110として用いる材料が徐々に削られることで、上記独立孔内部に担持された界面活性剤は常に膜110表面に現れ、抗ウイルス効果を発現できる。また、AD法を用いれば、このような多孔質膜を10μm以上の厚さで密着力高く成膜できるため、抗ウイルス性を長時間にわたり発現することも可能になる。
【0077】
また、空孔111の孔径と界面活性剤120のサイズとの関係から空孔111における界面活性剤120の担持性について述べる。界面活性剤120のサイズは、数nm程度であるため、空孔111の孔径が10nm以上あれば、空孔111の内部に容易に担持することが可能である。
【0078】
ここで、膜110の材料としてゼオライトを用いた多孔質膜の空孔に界面活性剤120を担持させる場合について説明する。ゼオライトはセラミックスの一種であり、結晶性アルミノケイ酸塩の総称である。構成元素は、Al、Si、O、カチオン(陽イオン)であり、SiO4とAlO4の四面体構造を基本としている。これらが複雑かつ規則正しく繋がることで、直径が数100pm~数nmの小さな分子とほぼ同じ大きさの細孔が、一次元、二次元、又は三次元に規則的に形成される。
【0079】
ゼオライトの表面は一般的に負に帯電している。また、親水性であることによって、カチオン系の界面活性剤120を吸着しやすい。また、他のセラミックスでは、一般に正に帯電しており、親油性であることが多い。その場合は、界面活性剤の親油基を吸着しやすい。これらのセラミックスの組み合わせによって、膜110表面に親水基を露出させたり、疎水基を露出させたりするなどの制御が可能となる。また、ゼオライトの細孔は、1nm程度であるため、金属イオンやかなり小さい界面活性剤しか担持できないが、1nm未満の界面活性剤120であれば担持させることができる。また、ゼオライトの粒子同士の空隙により形成された空孔111の孔径を、ウイルスサイズよりも小さくすることで、数nm程度の界面活性剤を担持させることができる。このように、膜110において孔径が1nm未満の細孔と、孔径が10nm以上の空孔とを含めることで、ゼオライトの細孔及びゼオライトの粒子同士の空隙により形成された空孔111のそれぞれに合うサイズの界面活性剤を担持させることができる。したがって、コーティング膜100における界面活性剤120の有効表面積を向上させることができる。また、膜110に対する界面活性剤120の重量比は、50%以下であることが好ましい。
【0080】
膜110の材料としてゼオライトを用いる場合、ゼオライトの細孔が1nmであっても、1nm未満の小さい界面活性剤120であれば担持することができる。界面活性剤120のサイズが1nm未満の界面活性剤120として、フェノール、クレゾール、ジクロロベンジルアルコール、アミルメタクレゾール(5-Methyl-2-pentylphenol)等を用いることができる。
【0081】
フェノールとして、好ましくは以下のフェノールを例示することができる。フェノールの分子量は94.11であり、融点は、約41℃であり、溶解度は約83g/Lである。界面活性剤120として、1.5%~2%で手指、皮膚、2%~5%で医療機器、3%~5%で排泄物の処理に適用できる。
【0082】
【0083】
クレゾールとして、好ましくは以下のクレゾールを例示することができる。クレゾールの分子量は108.14であり、融点は11℃~36℃であり、溶解度は約19g/L~27g/Lである。界面活性剤120として、0.5%~1%で手指、皮膚、医療機器、排泄物の処理に適用できる。クレゾールの効果は、フェノールと同程度だが、フェノールより安全性が高い。
【0084】
【0085】
ジクロロベンジルアルコールとして、好ましくは以下の2,4-ジクロロベンジルアルコールを例示することができる。2,4-ジクロロベンジルアルコールの分子量は177.03であり、融点は55℃であり、溶解度は約1g/Lである。Clが2、4の位置にあるものが日本国外で医薬品として使用されている。なお、Clの位置は特に限定されない。ジクロロベンジルアルコールは、のど飴やトローチの口腔内殺菌、抗ウイルス機能を有する。
【0086】
【0087】
また、界面活性剤120として、上記の有機化合物の大きさよりも大きいアミルメタクレゾール(5-Methyl-2-pentylphenol)を適用してもよい。以下に、アミルメタクレゾールを示す。アミルメタクレゾールの分子量は178.27であり、融点は24℃であり、溶解度は約0.1g/L未満である。アミルメタクレゾールは、のど飴やトローチの口腔内殺菌、抗ウイルス機能を有する。
【0088】
【0089】
上述した1nm程度の有機化合物を、ゼオライトの1nmの細孔に担持させることで、膜110に担持できる界面活性剤120の量を増加させることができる。また、ゼオライトの粒子同士の空隙に、数nm程度の界面活性剤120を担持させることで、膜110に担持できる界面活性剤120の量をより増加させることができる。そのため、コーティング膜100の抗ウイルス効果の持続性を長期化させることができる。
【0090】
次に、界面活性剤120として用いる有機化合物を例に挙げて、ウイルス200のエンベロープ202を破壊するメカニズムについて、
図9A~
図12Bを参照して説明する。
【0091】
まず、界面活性剤120として、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムを用いる場合について
図9A~
図9Cを参照して説明する。
図9Aは、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの化学式である。
図9Bは、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの模式図である。
図9Bにおいて、親水基31、疎水性の大きな構造32、炭素鎖33を簡略化して記載している。また、疎水性の大きな構造32は、ベンゼン環などの大きな構造であり、炭素鎖33は、炭素が直鎖で20程度接続している。
【0092】
図9Cは、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムがエンベロープ202を破壊するメカニズムを説明する図である。直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムは負に帯電している。そのため、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム130がエンベロープ202に接近する場合には、膜表層タンパク質の正電荷を利用して接近する(
図9C中矢印の方向)。エンベロープ202に使用される脂肪酸(脂肪膜の脂溶性部分)の多くは、炭素鎖が16~18であり細長い構造である。また、エンベロープ202において、隣同士の分子は化学結合ではなく、疎水的相互作用(ファンデルワールス力)で結合している。そのため、炭素数20個程度までの直鎖の炭素鎖は、エンベロープ202の脂溶性部分にまっすぐに挿入されることで、エンベロープ202の構造に影響を与える。続いて、ベンゼン環などの疎水性の大きな構造32を、エンベロープ202の挿入することで、脂質膜表面の安定性を大きく乱すことができる。さらに、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの親水基31によって、エンベロープ202を不安定化させることができる。
【0093】
なお、界面活性剤120として塩化ベンザルコニウムを用いる場合は、正に帯電しているため、エンベロープ202の表面の負電荷を利用して接近する。その後のメカニズムは、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムと同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0094】
次に、界面活性剤120として、デヒドロアビエチン酸を用いる場合について
図10A、
図10Bを参照して説明する。
図10Aは、デヒドロアビエチン酸140の化学式である。デヒドロアビエチン酸140は、親水基41と、親油性の大きな構造42と、親油性の平面構造43を有している。親油性の大きな構造42は、六員環である。
【0095】
図10Bは、デヒドロアビエチン酸がエンベロープ202を破壊するメカニズムを説明する図である。デヒドロアビエチン酸は負に帯電している。そのため、デヒドロアビエチン酸140がエンベロープ202に接近する場合には、膜表層のたんぱく質の正電荷を利用して接近する(
図10B中の矢印の方向)。
図9Cにおいて説明したとおり、エンベロープ202の脂肪酸は細長い構造である。そのため、デヒドロアビエチン酸の親油性の平面構造43であれば、脂肪酸の間にスムーズに挿入することができる。平面構造43が脂肪酸の間に挿入することで、脂肪酸の間をより押し広げることができる。続いて、6員環などの親油性の大きな平面構造43を膜に挿入することで、脂質膜表面の安定性を大きく乱すことができる。さらに、デヒドロアビエチン酸の親水基41によって、エンベロープ202を不安定化させることができる。
【0096】
次に、界面活性剤120として、クロルヘキシジンを用いる場合について
図11A~
図12Bを参照して説明する。
図11Aは、クロルヘキシジン150の化学式である。
図11Bは、クロルヘキシジンの化学式の模式図である。
図11Bにおいて、クロルヘキシジンは、多くの正電荷を有する構造51a、51bと、大きな構造52a、52bと、を有している。大きな構造52a、52bは、六員環である。
【0097】
図12Aは、クロルヘキシジンがエンベロープ202を破壊するメカニズムを説明する図である。クロルヘキシジン150はNを多く含むことで正に帯電している。そのため、クロルヘキシジン150がエンベロープ202に接近する場合には、エンベロープ202表面の負電荷を利用して接近する(
図12A中の矢印の方向)。ただし、エンベロープ202の表面に強固に結合するためには、多くの正電荷が必要である。続けて、6員環などの大きな構造52a、52bを膜の表面に挿入し、脂質膜の安定性を大きく乱すことができる。なお、クロルヘキシジンの正電荷と、エンベロープ202の表面の負電荷とが強固に結合しているため、クロルヘキシジンをエンベロープ202の表面からはがれにくくすることができる。さらに、クロルヘキシジンの親水基によってエンベロープ202を不安定化させることができる。
【0098】
図12Bは、クロルヘキシジンが膜たんぱく質(例えば、スパイク203等)を破壊するメカニズムを説明する図である。クロルヘキシジンがエンベロープ202表面に接近するメカニズムは、
図12Aにおいて説明した通りである。ただし、エンベロープ202の表面に強固に結合するためには、多くの正電荷が必要である。続けて、6員環などの大きな構造52a、52b及び正電荷の一部はスパイク203に結合し、スパイク203の安定性を大きく乱す。さらに、クロルヘキシジンの親水基によってエンベロープ202を不安定化させることができる。
【0099】
<ウイルスを破壊するメカニズム2>
次に、コーティング膜100の表面において、ノンエンベロープ型のウイルスを破壊させるメカニズムついて説明する。
図13は、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100の表面におけるノンエンベロープ型ウイルスを破壊するメカニズムを説明する図である。
図13では、ノンエンベロープ型ウイルスの一例を示している。
【0100】
図13に示すノンエンベロープ型のウイルス200Aとして、ノロウイルスを例に挙げて説明する。ウイルス200Aは、プラス鎖一本鎖のRNA211をウイルスゲノムとして有する。ウイルス200Aは、たんぱく質からなるカプシド222という外殻によって、RNA211が覆われた構成である。カプシド222の表面は、場所によって親水性(正電荷、負電荷)、親油性を示す。
【0101】
ウイルス200Aの一部の領域250を拡大して説明する。コーティング膜100に、ウイルス200Aが付着した場合、カプシド222の表面が親油基であれば、界面活性剤120は、親油基を利用してウイルス200Aと相互作用する。また、カプシド222の表面が親水基であれば、界面活性剤120は、親水基を利用してウイルス200Aと相互作用する。このようにして、界面活性剤120がカプシド222に作用してたんぱく質を変性させることで、ウイルス200の立体構造が破壊される。これにより、ウイルス200Aは、感染力を失う。
【0102】
以上説明した通り、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100によれば、エンベロープ型のウイルス及びノンエンベロープ型のウイルスの双方に対して、抗ウイルス効果を発揮することができる。
【0103】
また、飛沫液210に溶け出した界面活性剤により、飛沫液210中のウイルス200、200Aの分解、つまり、親油基によるエンベロープの分解及び親水基のたんぱく質への攻撃によるウイルスの分解を両面で進めることができる。さらに、膜110表面に界面活性剤120が存在することによる濡れ性によって、ウイルス200、200Aが、膜110表面に付着すると同時にウイルス200、200Aを消滅させることができる。
【0104】
また、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100の表面は、摩擦係数μ=1前後である。コーティング膜100の表面は、ぬめりがなく、ビロードのような肌触りにすることができる。
【0105】
<コーティング膜の製造方法1>
次に、コーティング膜100の製造方法について、
図14A~
図14Cを参照して説明する。
【0106】
図14Aは、基材101上に、表面に界面活性剤120を担持することが可能な空孔を有する膜110を形成する工程を説明する図である。ここでは、膜110を、エアロゾルデポジション法(Aerosol Deposition Method:AD法)を用いて形成する。エアロゾルとは、空気や不活性ガスと微粒子との混合体である。AD法は、このエアロゾルをノズルから基材に向けて噴射して基材に衝突させ、基材上に微粒子を含む膜を直接成膜する方法である。AD法によって膜110を形成する場合は常温で実行でき、基材101を傷めず、原料となる微粒子の性質を損なうことなく成膜を実行することができる。ここでは、AD法を用いて、ガスの流量として3~20L/min、搬送ガスとして空気又は窒素等を用い、真空度を100~10kPaとする。このとき、ガスと混合させる微粒子の粉体粒度は、100nm以下の粒子径のものを5%以上含み、平均粒子径は、100nm以上10μm以下の粒度分布であることが好ましい。また、微粒子の材質は、一種類に限定されず、複数種を混合してもよい。このようにして形成された膜は、微粒子間に適度な空孔を形成することができる。これにより、基材101上に、多孔質膜である膜110を形成することができる。AD法により形成された多孔質膜の膜厚は、例えば、1μm~10μmである。
【0107】
次に、基材101上に形成された膜110に界面活性剤120を含む溶液に含侵させる。
図14Bは、基材101に形成された膜110に界面活性剤120を含む溶液121を含侵させた後の様子を説明する図である。ここで、界面活性剤120を含む溶液121とは、界面活性剤120が溶媒に溶解したものである。溶媒として、界面活性剤120を溶解可能な水又は有機溶媒を使用する。界面活性剤120を含む溶液121は、膜110表面に形成されている空孔111から内部に浸透している。
【0108】
例えば、膜110として二酸化チタンを用いる場合、膜110に形成される空孔111は貫通孔型であり、空孔111は、左右に複雑に入り組んだ構造となっている。そのため、界面活性剤120は、キャピラリー効果および拡散によって空孔111内の奥に浸透する。
【0109】
また、膜110としてゼオライトを用いる場合、膜119に形成される空孔111の孔径は1nm以下のものと、ウイルスサイズよりも小さい孔径のものとを含む。そのため、それぞれの空孔の孔径に合わせて、界面活性剤120として、例えば、サイズが1nm未満の有機化合物と、サイズが10nm未満の有機化合物の用いることができる。この場合、まずはサイズが1nm未満の有機化合物の界面活性剤120を含む溶液に含侵させた後、サイズが数nmの有機化合物の界面活性剤120を含む溶液に含侵させてもよい。また、サイズが1nm未満の有機化合物及びサイズが数nmの有機化合物を混合した界面活性剤120を含む溶液に含侵させてもよい。これにより、ゼオライトが有する1nm程度の細孔にサイズが1nm未満の界面活性剤が担持され、ゼオライト粒子同士の間隙によって形成される空孔にサイズが数nm程度の界面活性剤が担持される。
【0110】
最後に、膜110中に含まれる界面活性剤120を含む溶液121の溶媒を蒸発させることで、膜110が有する空孔111に界面活性剤120を担持させる。膜110を室温(25℃)にて大気中で自然乾燥させる。または、界面活性剤120及び基材101が熱変性を起こさなければ、100℃以下において加熱処理を行ってもよい。
【0111】
以上の工程により、
図14Cに示すように、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100を製造することができる。
【0112】
基材上に多孔質膜を形成する場合に、多孔質粒子とバインダーとを混合して成膜する方法がある。しかしながら、多孔質粒子とバインダーとを混合する場合、多孔質粒子の細孔をバインダーがふさいでしまうため、細孔に吸着できる界面活性剤の量が低減してしまうおそれがある。そのため、基材上に形成する多孔質膜の膜厚が増加してしまう可能性がある。一方、バインダーを用いずに基材に多孔質膜を形成する方法として、相分離を利用して高分子膜を形成する方法や、溶融金属にガスを吹き込むことでポーラス金属膜を形成する方法や、ゾル-ゲル法により多孔質シリカ膜を形成する方法が挙げられる。しかしながら、いずれの方法も特殊な条件が必要であり、素材を変質又は破壊させてしまうおそれがある。
【0113】
これに対し、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100の製造方法によれば、多孔質膜をAD法によって形成している。AD法を用いることにより、多孔質粒子と多孔質粒子との間で結合させ、多孔質粒子と基材101との間で結合させることができる。このように、AD法を用いることにより、常温で実行でき、素材を傷めず、原料となる多孔質粒子の性質を損なうことなく、且つバインダーを用いることなく、膜110として多孔質膜を形成することができる。そのため、基材101上に形成する膜110の膜厚を不要に増加させることなく、界面活性剤120を担持させることができる。また、AD法により形成された多孔質膜は、粒子の基材への衝突で成膜されるため、吹き付ける原料粒子の硬度と同等かそれ以下の基材硬度にすると、50nm~500nmの厚さのアンカー層が形成される。そのため、多孔質膜の機材に対する密着力は、10MPa以上と大幅に向上でき、耐久性の高いコーティング膜となる。
【0114】
<コーティング膜の製造方法2>
次に、コーティング膜100Aの製造方法について、
図15A~
図15Dを参照して説明する。
図15A~
図15Dに示す製造方法では、界面活性剤120が担持された多孔質粒子10を用いて多孔質粒子10を堆積することで、コーティング膜100を製造する方法について説明する。
【0115】
まず、多孔質粒子を、界面活性剤120Aを含む溶液に含侵させることで、多孔質粒子に界面活性剤120を担持させる。
【0116】
図15Aは、界面活性剤120が担持された多孔質粒子10の外観を示す図である。多孔質粒子10の表面には細孔112が複数存在する。多孔質粒子10の表面及び細孔112は、界面活性剤120Aが担持されている。
図15Bは、多孔質粒子10の断面を説明する図である。多孔質粒子10は、例えばポーラスシリカである。ポーラスシリカの細孔112に、界面活性剤120Aが含まれている。なお、界面活性剤120Aは、多孔質粒子10の細孔に担持されていれば、表面に付着していなくてもよい。多孔質粒子10の粒度分布は、例えば、平均粒子径が100nm以上50μm以下である。細孔112に担持される界面活性剤120Aとして、例えば、カチオン界面活性剤を用いることができる。カチオン界面活性剤として、例えば、テトラデシルトリメチルアンモニウムブロミド(以下TTABと略す)、ドデシルトリメチルアンモニウムブロミド(以下DTABと略す)などを用いる。
【0117】
図15Cは、基材101上に、多孔質粒子10をAD法により成膜する工程を説明する図である。ここでは、膜110を、AD法を用いて、ガスの流量として1~10L/min、搬送ガスとして空気又は窒素等を用い、真空度を100~10kPaとする。このとき、ガスと混合させる微粒子の粉体粒度は、平均粒子径が100nm以上50μm以下の粒度分布であることが好ましい。
【0118】
以上の工程により、
図15Dに示すように、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100Aを製造することができる。
【0119】
基材上に界面活性剤を担持した多孔質粒子を用いて多孔質膜を形成する場合、成膜温度が高くなってしまうと、界面活性剤120が蒸発してしまうおそれがある。そのため、基材上に形成された多孔質膜に担持される界面活性剤120が減少してしまい、抗ウイルス効果を発揮できなくなる可能性がある。
【0120】
これに対し、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100Aの製造方法によれば、界面活性剤120Aを担持した多孔質粒子を、AD法によって成膜している。AD法を用いることにより、常温にて多孔質膜を成膜することができる。したがって、成膜する工程において、界面活性剤120Aを蒸発させることなく、界面活性剤120Aを担持させたまま多孔質粒子を堆積させることができる。さらに、AD法によれば、膜110を厚く成膜することができるため、その分、界面活性剤120の担持量を増加させることができる。
【0121】
さらに、このような界面活性剤を担持した原料粒子をAD法で室温成膜する手法は、
図2A、
図2B、及び
図8A~
図8Cにおいて述べた独立孔を有する多孔質膜を用いる際に、多孔膜質膜の表面だけでなく、膜内部にある独立孔内にも界面活性剤を担持させることを可能にする。
【0122】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜100は、下地膜102を有していてもよい。
図16Aは、基材101上に設けられたコーティング膜100Bの断面図である。下地膜102は、基材101と膜110との間に設けられる。下地膜102は、基材101とコーティング膜100Aとの間に設けてもよい。
図16Bは、基材101上に設けられたコーティング膜100Cの断面図である。下地膜102Aは、基材101と膜110Aとの間に設けられる。下地膜102Aは、例えば、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、ポリアミド樹脂等の有機樹脂、又は金属薄膜を用いる。また、下地膜102Aの膜厚は、50nm以上5μm以下である。下地膜102Aは、基材101上に上述した材料を塗布して硬化することで形成される。AD法を用いて、膜110を形成する場合、膜110を形成する表面は硬さを有することが好ましい。そのため、下地膜102、102Aがある程度の硬さを有することで、エアロゾルがノズルから基材101に向けて噴射されて基材101に衝突されたときに、微粒子の構造を適度に変形させて付着することで多孔質膜が形成される。
【0123】
基材101と膜110との間に下地膜102を設けることにより、基材101と膜110との間に厚さ50nm~500nm程度のアンカー層が形成され密着性が向上する。ここでいうアンカー層とは、膜110を形成する原料粒子が、AD法により基材に吹き付けられ、衝突した粒子が、粒子と同等か粒子より低い硬度の基材に食い込むことにより形成される凹凸層のことを指す。例えば、コーティング膜100の表面が機械的にこすられた場合であっても、コーティング膜100が基材101から剥がれ落ちることを抑制することができる。また、コーティング膜100が柔軟性のある固体に設けられた場合、折り曲げられたりした場合であっても、コーティング膜100が基材101から剥がれ落ちることを抑制することができる。なお、下地膜102Aについても、下地膜102によって得られる効果と同様の効果が得られる。
【0124】
また、ガラスや透明な樹脂材料の表面に多孔質膜をセラミック材料で膜をコーティングした場合は、光透過性を付与することは可能だが、多孔質なため入射した光は、空孔内の空気との屈折率差のため散乱し、透明性を有さない。これに対し、屈折率の高い界面活性剤をセラミックス多孔膜に担持させると、光散乱は大幅に抑えられ、目的によっては十分な視認性が得られる程度の透明性を付与することも可能である。
【0125】
例えば、通常、界面活性剤の屈折率は乾燥固体状態あるいは低揮発性で液状でも概ね1.3~1.6になるので、屈折率2.2以下のセラミックス材料で形成され、空孔径が可視光波長以下(300nm以下)の微細なサイズの多孔質膜に担持させれば、HAZE値10%以下の、視認性の高い透明の抗ウイルスコーティングが実現できる。
【0126】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜100、100A、100B、100Cを表面に形成する物品として、例えば、人の手が触れるドアノブ、電気スイッチ、キーボード、手すり、履物や衣類や脇パッドなど人の汗が触れるもの、また、家族感染の原因と指摘のあるトイレの床材や便座、タクシーなど乗用車の座面、浄水やエアコンのフィルター等が挙げられる。また、物品として、電車のシートやつり革、エスカレータのすり、建造物の建材、包装素材等が挙げられる。このように、本発明の一実施形態に係るコーティング膜100は、多岐にわたる物品に対してコーティングすることが可能である。
【0127】
また、感性拡大防止に有効性が指摘され常態的にエチケットとして広く使われるフェイスマスクは、通常は布や紙などで作られており不透明なため、会話時の相手の表情の読み取りや漏話者の唇の読み取りを妨げるものとしての課題を抱えている。これに対し、本発明で透明な樹脂フィルム上に抗ウイルス性、抗菌性や、その維持性が高いコーティングを施せば、透明性と柔軟性に加え抗ウイルス性、抗菌性を有する素材を提供でき、マスクの唇を囲む領域に部分的に使用すれば、表情の読み取りや会話時の唇の動きを読み取ることができ、その抗菌性からも長時間使用しても安全性が大幅に向上する。
【0128】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜100によれば、人の手が触れるドアノブ、電車のつり革、衣類や履物、トイレの床材など建造物の内装など様々な物品に対して、実用的な質感があり、長期耐久性のある形態で表面に抗ウイルス活性物質を安定的及び持続的にコーティングすることができる。したがって、物品の表面にウイルスが付着して、すぐにアルコールを用いて拭くことが困難な場合であっても、コーティング膜100に含まれる界面活性剤が作用することで、ウイルスを不活性化することができる。
【0129】
本発明の一実施形態に係るコーティング膜100には、徐放効果がある。そのため、コーティング膜100を長期間使用する場合には、膜110に界面活性剤120を噴霧、塗布、又は含侵することによって、徐放後も同じ方法で膜110に界面活性剤120を補充することができるため好ましい。
【0130】
以上、本発明の実施形態を詳細に説明したが、特許請求の範囲から逸脱することなく改造、変形及び変更を行うことができることは理解すべきである。
【0131】
本発明において、上述した実施形態によりもたらされる作用効果とは異なる他の作用効果であっても、本明細書の記載から明らかなもの、又は、当業者において容易に予測し得るものについては、当然に本発明によりもたらされるものと解される。
【実施例】
【0132】
本実施例では、本発明の一実施形態に係るコーティング膜の抗ウイルス性、耐洗浄性、及び耐摩耗性について検証した結果について説明する。
【実施例1】
【0133】
本実施例では、エンベロープ型ウイルスとしてA型インフルエンザウイルスを用いて、ISO21702準拠試験を行った結果について説明する。
図17A~
図17Dは、ISO21702準拠試験の概要を説明する図である。
【0134】
(実施例1)
実施例1として、5cm×5cmのSUS基板上に、AD法によって3μmのアルミナ(Al2O3)の多孔質膜(ナノポーラス膜)を4cm×4cmとして形成した。当該多孔質膜に、128μg/cm2のクロルヘキシジンを塗布した。実施例1は、コーティング膜に相当する。
【0135】
本実施例において、クロルヘキシジンの化学式を以下に示す。
【化9】
【0136】
(比較例1)
比較例1として、SUS基板(5cm×5cm)に、128μg/cm2のクロルヘキシジンを塗布した。
【0137】
次に、ISO21702に基づいて抗ウイルス試験を行った概要について説明する。
【0138】
図17Aに示すように、試験片301(実施例1及び比較例1のそれぞれ)に、1×10
7PFU/mLを含むA型インフルエンザウイルスのウイルス懸濁液302を25cm
2あたり0.4mL滴下し、フィルム303で覆った。
【0139】
次に、
図17Bに示すように、試験片301を乾燥を防ぎながら、25℃で24時間、静置した。次に、試験片301の表面を10mLのSCDLPで洗浄して、残存ウイルスを回収した。次に、SCDLPで回収液の10倍希釈系列を作成した。
【0140】
次に、
図17Cに示すように、各希釈液を、MDCK細胞(イヌ腎細胞)を培養したシャーレ305に塗布し、続けて培養した(プラーク法という)。
【0141】
次に、
図17Dに示すように、生細胞を染色し、染色されなかった(細胞が死に剥離)領域をカウントした。最後に、カウント数と希釈倍率からウイルス感染価を算出した。
【0142】
ウイルス感染価の算出には下記の式を用いた。
V=(10×C×D)/A
V:試験片1cm2当たりのウイルス感染価(PFU/cm2)
C:プラーク数
D:洗い出し液の希釈倍率
A:試験片とウイルスとの接触面積
【0143】
以下の式に従い、抗ウイルス活性値を算出した。
抗ウイルス活性値=log(Vb)-log(Vc)
Log(Vb):24時間後の比較例1の1cm2当たりのウイルス感染価の常用対数値
Log(Vc):24時間後の実施例1の1cm2当たりのウイルス感染値の常用対数値
【0144】
抗ウイルス活性値が3.0以上の場合、抗ウイルス効果を有していると評価した。
【0145】
表1は、コントロールポリエチレン板と実施例1とを比較した結果をまとめた表である。ここで、不活性化率とは、対照サンプルと試験サンプルのそれぞれの活性のあるウイルス数(PFU/mL)から算出されるウイルスの不活性化の割合をいう。不活性化率の算出には、以下の式を用いた。
【0146】
【0147】
【0148】
図18は、時間(min)と残存ウィルス(PFU/mL)との関係を示すグラフである。実施例1と比較例1とを比較すると、実施例1は、24時間後における抗ウイルス活性値は≧4.53、不活性化率≧99.997%以上という、高い抗ウイルス効果が確認された。
【0149】
さらに、実施例1と比較例1を用いて、2時間後における残存ウイルスを測定した。実施例1は、2時間後における抗ウイルス活性値は、3.7であり、不活性化率は、99.98%という、高い抗ウイルス効果が確認された。このように、実施例1について、2時間という短時間であっても、高い抗ウイルス効果が得られることが確認された。
【実施例2】
【0150】
次に、実施例1及び比較例1について、水洗浄試験を行った後のクロルヘキシジンの残存量を評価した結果について説明する。
【0151】
実施例1及び比較例1について、1.5min、5min、10min、30min、水溶液中にて超音波洗浄を行った。
【0152】
図19は、比較例1について超音波洗浄後に、ラマン散乱分光法によりラマンピーク強度を測定した結果である。
図20は、実施例1について超音波洗浄後に、ラマン散乱分光法によりラマンピーク強度を測定した結果である。
図19及び
図20において、矢印で示すピークが、クロルヘキシジン(CHX)のラマンピークである。
【0153】
図19に示すように、比較例1では、0minにおいて、クロルヘキシジンのラマンピークが確認されているが、1.5min後において、クロルヘキシジンのラマンピークが消失していることが確認された。これに対し、
図20に示すように、実施例1では、1.5minにおいて、クロルヘキシジンのラマンピークが確認されており、さらに、10min後においても、クロルヘキシジンのラマンピークを確認することができた。
【実施例3】
【0154】
次に、実施例1について、ボール・オン・ディスク(BoD)試験を行った後のクロルヘキシジンの残存量を評価した結果について説明する。ボール・オン・ディスク試験とは、摩擦摩耗試験の一種であり、試験片にボールを一定の荷重と速度で回転接触摺動させ、このときの摩擦力を計測するとともに、所定距離摺動後の摩耗量を測定する方法である。
【0155】
以下に、ボール・オン・ディスク試験における条件を記載する。
ボール材質:タングステン・カーバイド(WC)
ボール径:2mm
荷重:50g
回転直径:2mm
摺動速度:60rpm
【0156】
実施例1について、0min、5min、30min、60min、上記の条件にて、ボール・オン・ディスク試験を行った。
【0157】
図21は、実施例1について、ボール・オン・ディスク試験後に、ラマン散乱分光法によりラマンピーク強度を測定した結果である。
【0158】
図21に示すように、実施例1では、5minにおいて、クロルヘキシジンのラマンピークが確認されており、さらに、30min後においても、クロルヘキシジンのラマンピークを確認することができた。
【0159】
以上説明した通り、実施例1に係るコーティング膜は、界面活性剤として安全性が高いクロルヘキシジンを用いることにより、短期間でウイルスを不活性化することができ、また抗ウイルス性を高くできることが確認された。また、耐久性に優れたポーラス膜によって界面活性剤を担持及び固定化できるため、膜表面の洗浄や、摩耗したとしても、ウイルス不活性化効果が長期に持続させることができることが確認された。
【符号の説明】
【0160】
10:多孔質粒子、101:基材、102、102A:下地膜、110、110A:膜、111、111A:空孔、112:細孔、113:外殻、114:中空、120、120A:界面活性剤、21:親水基、22:親油基、200、200A:ウイルス、202:エンベロープ、203:スパイク、204:マトリックス、210:飛沫液