(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】加工装置および加工方法
(51)【国際特許分類】
B24B 7/00 20060101AFI20231227BHJP
B24B 7/24 20060101ALI20231227BHJP
B24B 41/047 20060101ALI20231227BHJP
H01L 21/304 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
B24B7/00 Z
B24B7/24 C
B24B41/047
H01L21/304 631
H01L21/304 622R
(21)【出願番号】P 2023511384
(86)(22)【出願日】2022-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2022015477
(87)【国際公開番号】W WO2022210721
(87)【国際公開日】2022-10-06
【審査請求日】2023-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2021057452
(32)【優先日】2021-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000134051
【氏名又は名称】株式会社ディスコ
(74)【代理人】
【識別番号】100180426
【氏名又は名称】剱物 英貴
(72)【発明者】
【氏名】會田 英雄
(72)【発明者】
【氏名】大島 龍司
【審査官】山村 和人
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-287153(JP,A)
【文献】実開昭56-176146(JP,U)
【文献】特開2000-263408(JP,A)
【文献】特開昭50-121879(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24B 7/00
B24B 7/24
B24B 41/047
H01L 21/304
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド基板を固定する固定部と、加工材で前記ダイヤモンド基板の研削・研磨を行う加工ヘッドと、を備える加工装置であって、
前記固定部および前記加工ヘッドの少なくとも一方は、モータ、および前記モータの回転運動を往復直線運動に変換するカム機構を備え、前記カム機構で変換された前記往復直線運動に連動することにより、
予め、へき開面を有する材料である前記ダイヤモンド基板の加工容易方向
が前記加工ヘッドの運動方向となるように前記固定部に固定されている前記ダイヤモンド基板を研削・研磨を行
い、
前記固定部および前記加工ヘッドの運動速度は異なり、互いに周期的に反対方向および同一方向の運動を繰り返す
ことを特徴とする加工装置。
【請求項2】
前記ダイヤモンド基板は、前記ダイヤモンド基板と前記加工材との間に発生するせん断力を主たる加工力として研削・研磨がなされる、請求項1に記載の加工装置。
【請求項3】
前記往復直線運動の運動速度は、100回/分以上である、請求項1または2に記載の加工装置。
【請求項4】
ダイヤモンド基板を固定する固定部と、加工材で前記ダイヤモンド基板の研削・研磨を行う加工ヘッドと、を備える請求項1~
3のいずれか1項に記載の加工装置を用いた加工方法であって、
前記固定部および前記加工ヘッドの少なくとも一方は、モータ、および前記モータの回転運動を往復直線運動に変換するカム機構を備え、前記カム機構で変換された往復直線運動に連動することにより、へき開面を有する材料である前記ダイヤモンド基板の加工容易方向に沿って研削・研磨を行
い、
前記固定部および前記加工ヘッドの運動速度は異なり、互いに周期的に反対方向および同一方向の運動を繰り返す
ことを特徴とする加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被加工物の研削・研磨を行う加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、半導体材料としてシリコンが用いられている。半導体材料の表面は半導体装置の性能に大きく影響する。このため、シリコンの研削・研磨を高い精度で行うことは、従来から現在に至るまで常に要求されている。シリコン基板の研削・研磨は、基板を加工テーブルに固定し、砥石などの加工材が設けられている加工ヘッドで基板を加圧し、加工テーブルと加工ヘッドを各々回転させることにより行われている。
【0003】
近年では、次世代の半導体材料として、シリコンに代えて、サファイヤ、GaN、SiC、ダイヤモンドが注目されている。GaN、SiC、およびダイヤモンドは、シリコンと比較してバンドギャップが広く絶縁耐圧に優れ、熱伝導率が高いことから、近年では特に注目されている。最近では、例えばCVD(化学気相蒸着)によるダイヤモンドのヘテロエピタキシャル成長により、□5mmのダイヤモンド基板の製造が可能であり、GaNやSiCに加えてダイヤモンドも実用化に向けて注目されている。
【0004】
CVD単結晶ダイヤモンドの結晶品質は、高温高圧(HPHT)法で成長したダイヤモンドの品質にはわずかに及ばないものの、ダイヤモンド基板の表面加工精度を向上させることにより、高温高圧法で成長したダイヤモンドと比較して同等以上になる。このため、ダイヤモンド基板の表面加工技術として種々の検討がなされている。例えば特許文献1には、パッドをダイヤモンド表面に押圧させながら回転させてダイヤモンド基板の表面を研磨するダイヤモンドの研磨方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Grodzinski, Paul, “Diamond Technology”, N.A.G. Press, 1956
【文献】Hironori Yamashida, Hidetoshi Takeda, Hideo Aida, “Planarization of brittle materials by laser assisted machining”, International Conference on Planarization / CMP Technology ・ November 19-21, 2014 Kobe, 344-347.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の発明によれば、ダイヤモンドが極端に硬く化学的に不活性であるため、従来の化学機械研磨ではダイヤモンド基板の平坦化を行うことができない、とされている。この課題を解決するため、同文献に記載の発明ではスラリー中の粒子や酸化剤に着目することにより表面粗さの低減と研磨速度の向上が図られている。
【0008】
しかし、前述のように、ダイヤモンド基板は極めて硬いため、スラリーの粒子や酸化剤が調整されたとしても研磨速度の抜本的な向上には繋がらない。また、ダイヤモンド基板を押圧するとともに回転しながら加工を行うためには、極めて高い押圧力が必要になる。したがって、シリコン基板の加工を行うことができる程度の剛性を備える装置では、加工中に装置が歪んでしまい、ダイヤモンド基板の加工を高い精度で行うことは難しい。さらに、ダイヤモンド基板には過度の圧力が加わるため、ダイヤモンド基板や定盤が損傷する恐れがある。これらの課題は、シリコン基板の加工装置でサファイヤ、GaN、SiCを加工する際にも当てはまることがある。
【0009】
また、ダイヤモンドの加工は、一般にスカイフ研磨または、ラップ研磨もしくはポリッシュ加工により行われる。これは、定盤または加工テーブルを回転させ、ヘッドに固定されたダイヤモンドを定盤または加工テーブルに押し付けながら加工する際に生じる摩擦熱で酸化還元反応が生じ、この反応を利用して熱化学的に研磨する方法である。しかし、スカイフ研磨では高い押圧力が必要であり、装置剛性を考慮すると小さい面積の基板しか研磨を行うことができない。例えば、矩形基板において一辺の長さを2倍にすると面積は4倍になるため、押圧力を4倍にしなければならない。したがって、スカイフ研磨でダイヤモンド基板を研磨することは、大型基板では現実的ではない。
【0010】
さらに、スカイフ研磨では、硬度が高い材料を加圧する為、材料表面の凹凸や変質層が形成されることがある。また、ダイヤモンド、サファイヤ、GaN、SiCなどは硬いため、スカイフ研磨であっても研磨時間がかかり、高品質の基板材料を得ることは困難である。
【0011】
そこで、本発明の課題は、従来の装置の剛性で高い加工レートにて被加工物の加工を行うとともに、被加工物の品質の劣化を抑制することができる加工装置および加工方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
シリコン基板の研削・研磨は、加工面に対して均一に研削・研磨を行うため、従来から定盤もしくは加工テーブルや加工ヘッドが回転することにより行われている。これは、シリコンはダイヤモンド等と比較して硬度が低く、シリコンの結晶方位に由来する加工容易方向を考慮せずともある程度の加工レートが得られるためである。また、定盤や加工ヘッドを回転させて研削・研磨が行われると、基板表面の均質化を図ることができるためである。ダイヤモンドなどの硬い材料の研削・研磨においても、シリコン基板の加工と同様に、定盤や加工ヘッドを回転させて研削・研磨が行われていた。
【0013】
しかし、硬い材料の研削・研磨でも、従来のように定盤や加工ヘッドを回転させていたため、前述のように加工レートが低く、シリコン基板の加工装置では装置剛性が足りないという課題が発生していた。
【0014】
本発明者らは、基板の材質の結晶構造に着目した。例えば、サファイヤであれば、a面よりc面の方が加工しやすい。ダイヤモンドなどの材料であっても、非特許文献1に記載のように、結晶面に応じて加工容易方向が存在する。そして、各材料の加工容易方向に研削・研磨を行うことができれば、加工レートが向上するとともに、シリコン基板を加工することができる程度の装置剛性で硬度の高い材質を研磨することができると考えられる。
【0015】
ただ、従来の研磨装置では定盤や加工ヘッドを回転しながら研磨を行うため、加工容易方向に研磨を行うことができない。基板が小さく、または研削・研磨時の回転半径が大きければ、略加工容易方向に研削・研磨を行うことができると思われる。しかし、従来の加工方法では結晶構造に着目した加工を行うことが難しく、これを理由として基板の小型化を図ることは、基板の大型化が望まれる昨今の実情には合致しない。また、たまたま略加工容易方向で研削・研磨を行うことができたとしても、それは略加工方向での研削・研磨であって、加工容易方向からある程度ずれた方向での研削・研磨になってしまう。またさらに、従来の研磨装置の定盤や加工ヘッドは回転しているため、基板を小型にするとともに回転半径を大きくしたとしても、定盤や加工ヘッドは回転しているため、加工方向は加工容易方向から大きくずれてしまう。
【0016】
そこで、本発明者らは、従来のように装置の剛性を向上させる観点から離れ、加工面を均一に研削・研磨する観点から従来では避けられていた往復直線運動を、敢えて採用した。そして、加工ヘッドが各材料の加工容易方向に往復直線運動を行うように、定盤または加工ヘッドとモータとの間にカム機構を設けた。その結果、定盤などの固定部および加工ヘッドの少なくとも一方が加工容易方向に沿って往復直線運動を行えば、被加工物を必要以上に押圧しなくても、高い加工レート且つ従来と同程度の装置剛性で硬い材料の研削・研磨を行うことができる知見が得られた。これにともない、□5mmを超える大型のダイヤモンド基板であっても、容易に研削・研磨を行うことができる知見が得られた。さらには、非特許文献2に示すように、シリコンであっても加工容易方向に研削・研磨を行うことにより、従来よりも更に容易に加工レートが向上するとともに、更に低い装置剛性で加工を行うことができる知見により、本発明は完成された。
これらの知見により得られた本発明は以下のとおりである。
【0017】
(1)被加工物等を固定する固定部と、加工材で被加工物の研削・研磨を行う加工ヘッドと、を備える加工装置であって、固定部および加工ヘッドの少なくとも一方は、モータ、およびモータの回転運動を往復直線運動に変換するカム機構を備え、カム機構で変換された往復直線運動に連動することにより、被加工物の研削・研磨を行うことを特徴とする加工装置。
【0018】
(2)被加工物は、被加工物と加工材との間に発生するせん断力を主たる加工力として研削・研磨がなされる、上記(1)に記載の加工装置。
【0019】
(3)往復直線運動の運動速度は、100回/分以上である、上記(1)または上記(2)に記載の加工装置。
【0020】
(4)被加工物は、ガラス材料、アモルファス材料、単結晶材料又はへき開面を有する材料で構成される、上記(1)~上記(3)のいずれか1項に記載の加工装置。
【0021】
(5)被加工物は基板である、上記(1)~上記(4)のいずれか1項に記載の加工装置。
【0022】
(6)固定部および加工ヘッドのいずれか一方が往復直線運動により被加工物の研削・研磨を行う場合、他方は動かないように固定されている、上記(1)~上記(5)のいずれか1項に記載の加工装置。
【0023】
(7)固定部および加工ヘッドの各々は、モータ、およびモータの軸の回転運動を往復直線運動に変換するカム機構を備え、カム機構で変換された往復直線運動に連動する、上記(1)~上記(5)のいずれか1項に記載の加工装置。
【0024】
(8)固定部と加工ヘッドは、互いに反対方向に往復直線運動を行う、上記(7)に記載の加工装置。
【0025】
(9)固定部および加工ヘッドの運動速度は異なり、互いに周期的に反対方向および同一方向の運動を繰り返す、上記(7)に記載の加工装置。
【0026】
(10)固定部および加工ヘッドのいずれか一方が往復直線運動により被加工物の研削・研磨を行う場合、他方は、モータを備え、モータの軸の回転運動に連動して回転運動を行う、上記(1)~上記(5)のいずれか1項に記載の加工装置。
【0027】
(11)被加工物等を固定する固定部と、加工材で被加工物の研削・研磨を行う加工ヘッドと、を備える上記(1)~上記(10)のいずれか1項に記載の加工装置を用いた加工方法であって、固定部および加工ヘッドの少なくとも一方は、モータ、およびモータの回転運動を往復直線運動に変換するカム機構を備え、カム機構で変換された往復直線運動に連動することにより、被加工物の研削・研磨を行うことを特徴とする加工方法。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】
図1は、本実施形態に係る加工装置の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、本実施形態に係る加工方法のフローチャートである。
【
図3】
図3は、別の本実施形態に係る加工方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の実施形態を図面に基づいて詳述する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。各実施形態に記載されている事項を組み合わせてもよい。
【0030】
1.加工装置の構成
図1は、本実施形態に係る加工装置1の一例を示す斜視図である。加工装置1は、固定部10と加工ヘッド20を備える。固定部10は台座2上の不図示の定盤に固定されており、加工ヘッド20はカム機構30に固定されている。カム機構30はモータ40の軸(不図示)に固定されており、モータ40の動力によりモータ40の軸の回転運動を往復直線運動に変換する。モータ40は枠体3に固定されている。また、加工装置1には、モータ40の回転速度や加工時間を制御するための不図示の制御パネルが設けられている。
【0031】
(1)固定部
固定部10は、従来と同様のチャック機構により被加工物11等を固定する。チャック機構としては、例えばワックスダウン、真空チャック、静電チャックなどが挙げられる。研削・研磨時に被加工物11がずれないようにするため、被加工物11を治具で固定してもよい。
【0032】
固定部10は、
図1では台座2に固定されているが、
図1の加工ヘッド20と同様に、固定部10を固定する不図示の定盤がカム機構を介してモータと接続されていてもよい。この場合、モータとカム機構は台座2内に設けられ、また、
図1に示す左右方向20aに往復直線運動を行うことができる。台座2内に設けられるモータおよびカム機構は特に限定されないが、
図1のカム機構30およびモータ40と同様であってもよい。なお、固定部10が不図示の定盤に固定されている場合、固定部10の動作は定盤の動作になり、定盤が往復直線運動を行うことになる。
【0033】
固定部10が往復直線運動を行う場合、往復直線運動の運動速度は、モータ40の回転速度に依存する。運動速度は100回/分以上が好ましく、3000回/分以上が更に好ましい。上限は特に限定されないが、カム機構30とモータ40の性能に応じて適宜上限を定めることができる。例えば、100000回/分であってもよく、10000回/分であってもよい。運動速度が早いほどせん断力のみで被加工物11の研削・研磨を行うことができる。
【0034】
また、
図1では、加工装置1には固定部10に被加工物11が固定されているが、被加工物11が後述する加工ヘッドに固定されていてもよい。この場合、固定部10には、加工材として、砥石や研磨パッドなどが固定されていてもよい。砥石としては、例えばダイヤモンド砥粒やCBN砥粒がビトリファイドボンドで結着されて構成されていてもよい。また、従来と同様に、スラリー、表面改質用の薬品、砥粒が固定部10と被加工物11との間に供給されるようにしてもよい。
【0035】
(2)被加工物
加工装置1で加工する被加工物11とは、例えば、シリコン、サファイヤ、GaN、アルミナ、SiC、ダイヤモンドの基板が挙げられ、ガラス材料、アモルファス材料、単結晶材料又はへき開面を有する材料が好ましい。被加工物11は、基板の他に、結晶インゴット、単結晶ブロックなどの形態を有した被加工物11であってもよい。被加工物11は、固定部10または加工ヘッド20に固定されているが、被加工物11の加工容易方向に沿って研削や研磨が行われやすくするため、往復直線運動を行う方に固定されることが好ましい。
【0036】
また、
図1では矩形状の被加工物11を示しているが、被加工物11の形状は特に限定されない。本発明において、加工容易方向とは、被加工物11の材質とその加工面に応じて得られる方向であり、すべての面方位に加工容易方向が存在する。例えばダイヤモンドの加工容易方向は非特許文献1に記載されている所定の方向であり、へき開面であれば更に研削・研磨を容易に行うことができる。シリコンの加工容易方向は、非特許文献2に記載されている所定の方向である。
【0037】
(3)加工ヘッド
加工ヘッド20は、モータの回転運動をカム機構により往復直線運動を行う。例えば
図1に示すように、カム機構30を介してモータ40と接続されていてもよく、カム機構30により往復直線運動を行うことができる。本発明においてカム機構30の構成は特に限定されないが、例えば
図1に示すカム機構30を用いてもよい。カム機構30は、偏心筒31、凹部材32を備える。偏心筒31は、モータ40の軸(不図示)に接続されているとともに、加工ヘッド20側の面に駆動ピン33を備える。駆動ピン33は、凹部材32の凹部32aに突出している。また、凹部材32は、
図1に示す左右方向20aに設けられている不図示のガイドにより、左右方向20aにのみ動作する。
なお、前述の固定部10が往復直線運動を行う場合であって、例えば台座2内にカム機構30およびモータ40が設けられる場合であっても、上述と同様に凹部材32にはガイドが設けられることにより、凹部材が左右方向20aにのみ動作する。
【0038】
モータ40が回転方向40aの方向に回転すると、不図示のモータ40の軸とともに偏心筒31も同方向に回転する。この際、駆動ピン33は、円を描くように回転し、凹部32aの側壁に摺動しながら凹部32aの長手方向に沿って案内され、凹部32a内において前後方向33aに往復直線運動を行う。
【0039】
駆動ピン33が円を描くように回転すると、凹部材32は駆動ピン33が描く円の直径に相当する距離だけ左右方向20aに往復直線運動を行う。加工ヘッド20は、凹部材32に固定されているため、凹部材32と同様に左右方向20aに往復直線運動を行う。したがって、モータ40の回転運動がカム機構30により往復直線運動に変換され、加工ヘッド20が変換された往復直線運動に連動し、被加工物11の表面で往復直線運動を行う。
【0040】
本実施形態に係る加工装置1では、加工ヘッド20が往復直線運動を行うことにより被加工物11の研削・研磨が行われることを説明したが、例えば、加工ヘッド20が動かないように枠体3に直接固定されていてもよい。この場合、固定部10の往復直線運動だけで被加工物11の研削・研磨が行われてもよい。固定部10が往復直線運動を行うためには、前述のように、例えば、加工ヘッド20と同様にカム機構30とモータ40が台座2内に設けてもよい。
【0041】
加工ヘッド20が往復直線運動を行う場合、往復直線運動の運動速度は、100回/分以上が好ましく、3000回/分以上が更に好ましい。上限は特に限定されないが、カム機構30とモータ40の性能に応じて適宜上限を定めることができるが、例えば100000回/分以下であればよく、50000回/分以下であってもよい。運動速度が早いほどせん断力のみで被加工物11の研削・研磨を行うことができる。
【0042】
なお、従来の装置の中には、研削や研磨のムラを低減するために、回転する加工ヘッドが揺動運動を行う機構を備えるものがある。このムラは、被加工物の加工異方性に起因する。すなわち、加工ヘッドが回転することにより研削・研磨が行われる場合、加工し易い方向の加工量が大きく、加工し難い方向の加工量が小さくなるため、回転運動による研削・研磨では加工ムラが生じてしまう。このようなムラを抑制するために、回転運動とともに揺動運動を行う機構が設けられている装置がある。
【0043】
ただ、この機構を備える装置であっても、揺動運動によって被加工物が加工されるのではなく、あくまで加工ヘッドの回転運動により被加工物が加工される。このような従来の装置では、加工ヘッドが回転運動を行うため、揺動運動が早いと、むしろ、ムラが出てしまうことから、揺動運動の運動速度は通常1~10回/分程度であり、敢えて遅く運動するように設定されている。したがって、従来の装置において、回転運動を停止するとともに揺動運動のみで基板の研削や研磨を行うことは不可能である。このように、従来の装置では、加工ヘッドが揺動運動を行うものもあったが、加工ヘッドが回転しつつ速度が遅い揺動運動を行うため、加工ヘッド20が往復直線運動を行う際に回転運動を行わない本実施形態の加工装置1とは大きく異なる。
【0044】
また、本実施形態の変形例として、固定部10と加工ヘッド20が共に往復直線運動を行ってもよい。この場合、固定部10および加工ヘッド20の各々が、前述のカム機構30およびモータ40を備えることになる。また、前述のように、カム機構30の凹部材32は、各々不図示のガイドで左右方向20aにのみ動作する。
【0045】
固定部10および加工ヘッド20の各々の往復直線運動方向は、同一方向であっても反対方向であってもよい。加工ヘッド20の往復直線運動方向が固定部10の往復直線運動方向と反対方向である場合には、各々の往復直線運動速度は同じであってもよい。往復直線運動速度が異なる場合には、周期的に同一方向と反対方向が繰り返されることになる。
【0046】
固定部10と加工ヘッド20が互いに逆向きに同じ速度で往復直線運動を行う場合には、相対速度が2倍になる。このため、いずれか一方だけ往復直線運動を行う場合と比較して加工レートが向上する。また、この動作で研削や研磨を行う場合には、相対速度が2倍になるために固定部10および加工ヘッド20に設けられているモータ40の回転数を半分にすることができ、モータ40の負荷を低減することができる。例えば、加工ヘッド20のみ往復直線運動を行う
図1に示す加工装置1において、往復直線運動速度が1000回/分であるとする。固定部10が加工ヘッド20とは反対方向に同じ速度で往復直線運動を行う装置を用いて、前述の装置と同じ加工速度で基板を加工するためには、各々の往復直線運動速度は500回/分でよいことになる。
【0047】
また、固定部10と加工ヘッド20の往復直線運動速度が異なり、反対方向と同一方向が周期的に繰り返される動作では、周期的に同一方向での研磨や研削が行われるため、被加工物11と加工装置1に加わる負荷が低減され、より高精度の表面加工を実現することができる。固定部10と加工ヘッド20の往復直線運動速度の比は、前述の往復直線運動速度の範囲内において、V固定部:V加工ヘッド=1:10~10:1の範囲であればよく、1:5~5:1であることがより好ましい。この範囲であれば、被加工物11をソフトに加工することができ、加工精度が更に向上する。
【0048】
本実施形態では、被加工物11の表面は、被加工物11と加工材との間に発生するせん断力を主たる加工力として研削・研磨が行われることになる。従来の加工装置では、加工容易方向での研削や研磨が行われないため、せん断力に加えて押圧力も必要になる。このため、特にダイヤモンドやGaNのように高硬度の材料を加工する場合には、高い装置剛性が必要になるとともに加工レートが向上しない。これに対して、本実施形態においては、被加工物11の研削・研磨は、主としてせん断力で行われ、加工ヘッド20による押圧力は研削や研磨にほとんど作用しない。これは、固定部10や加工ヘッド20の往復直線運動が被加工物11の加工容易方向に沿って行われる場合には、特に容易に研削・研磨が行われ、押圧力がほとんど必要ではないためである。押圧力は、100kg/cm2以下であればよく、1kg/cm2以下であれば更によく、0.1kg/cm2以下であってもよく、加工ヘッド20の自重による押圧力であればよい。押圧力は、例えばロードセルにより測定することができる。
【0049】
加工装置1の加工ヘッド20は、加工材として、被加工物11側の面に不図示の砥石や研磨パッドが設けられていてもよい。砥石、例えば、ダイヤモンド砥粒やCBN砥粒がビトリファイドボンドで結着して構成されていてもよい。また、加工材は、必ず加工ヘッド20に設けられるわけはなく、砥粒を含有するスラリー、表面研削・研磨用薬品、砥粒粉末でもよい。これらの加工材を加工ヘッド20と被加工物11との間に供給されながら研削・研磨が行われてもよい。
加工ヘッド20に被加工物11が固定されていてもよい。この場合、加工材が砥石や加工工具である場合には、これらは固定部10に固定されていてもよい。
【0050】
本実施形態に係る加工装置1は、固定部10および加工ヘッド20の少なくとも一方が往復直線運動を行いながら被加工物11の研削・研磨を行う。従来の加工装置ように加工ヘッドや定盤が回転しながら研削・研磨が行われる場合と比較して、被加工物11の加工容易方向で研削・研磨を行うことができる。このため、加工装置1への負荷が低減され、ダイヤモンドなどの高硬度の被加工物11であっても従来の装置の剛性で高い加工レートにて被加工物の研削・研磨を行うことができる。
【0051】
さらに、本実施形態の変形例としては、固定部10および加工ヘッド20のいずれか一方が前述のように往復直線運動を行う場合、他方は、従来の装置と同様にモータを備え、モータの軸の回転運動に連動して回転運動を行ってもよい。一方が往復直線運動を行うとともに他方が回転運動を行う場合、被加工物11上での加工材の動線は蛇腹状になる。この場合、固定部10および加工ヘッド20がいずれも往復直線運動を行う場合と比較して、蛇腹の山と谷の幅だけ被加工物11の加工容易方向からズレる。しかし、往復直線運動の運動速度はモータ40の回転速度に連動するために高速で運動する。したがって、従来の装置のように、固定部10と加工ヘッド20の両方が回転する場合と比較して、被加工物11は概ね加工容易方向での加工が行われるため、従来と比較して装置剛性が抑制されるとともに高い加工レートが得られる。この場合、従来のように少なくとも一方が回転運動を行うことにより研削・研磨を行う場合と比較して、加工容易方向からのずれは大幅に低減されるため、従来よりも装置剛性を低く抑えることができ、加工品質も向上する。
【0052】
このように、一方が回転運動を行う形態では、研削・研磨の加工方向が被加工物11の加工容易方向になるべく近づくようにするため、往復直線運動を行う方の往復直線運動速度は、なるべく早い方が好まし。運動速度は、好ましくは1000~100000回/分であり、更に好ましくは10000~80000回/分である。
【0053】
固定部10または加工ヘッド20が回転運動を行う場合の回転機構は従来の装置と同様でよい。また、回転速度も従来の装置と同様でよいが、なるべく被加工物11の加工容易方向に近づくようにするため、回転速度はなるべく遅い方が好ましい。運動速度は、1000rpm以下であり、より好ましくは500rpm以下であり、さらに好ましくは100rpm以下である。
【0054】
このように、一方が往復直線運動を行い他方が回転運動を行う場合の運動速度の比は、好ましくはV往復直線運動:V回転運動=1000:1~1:1であり、より好ましくは1000:1~160:1である。この範囲であれば、一方が回転運動を行う場合であっても、被加工物11の加工容易方向になるべく近い方向で研削や研磨を行うことができる。
【0055】
以上より、本実施形態および変形例は、固定部10が固定、回転運動、往復直線運動の3通りであり、加工ヘッド20も固定、回転運動、往復直線運動の3通りであり、合計で9通りのパターンを包含する。さらに、被加工物11が固定部10に固定される場合と加工ヘッド20に固定されている場合の2通りを包含するため、合計で18通りの動作形態が包含されることになる。
【0056】
2.加工方法
本実施形態に係る加工方法は、例えば前述の加工装置1を用いて加工することができる。詳細には、固定部10が動かないように台座2に固定されており、加工材としてダイヤモンド砥石を備える加工ヘッド20の往復直線運動により、被加工物11としてダイヤモンド基板を研磨する加工方法を例示し、
図2を用いて説明する。
【0057】
図2は、本実施形態に係る加工方法のフローチャートである。まず、例えばCVDによるダイヤモンドのヘテロエピタキシャル成長により製造された、板厚が50μm~2mmである□5~7mmのダイヤモンド基板を準備する(S1)。次いで、固定部10に基板固定用テープを貼着する(S2)。
S2において、ダイヤモンド基板を加工ヘッド20に固定する場合には、基板固定用テープを加工ヘッド20に貼着する。
【0058】
次に、ダイヤモンド基板を固定部10に固定する(S3)。ダイヤモンド基板の(100)面を研磨する場合には、90°、180°、または270°の角度で加工ヘッド20の往復直線運動により研磨を行うことが望ましい。例えば、製造したダイヤモンド基板の(100)面に対して90°の角度が加工ヘッド20の往復直線運動の方向になるように、ダイヤモンド基板を固定部10で固定する。ダイヤモンド基板には、研磨容易方向がわかるように予め印が設けられているため、印に基づいて固定部10にダイヤモンド基板を固定する。
【0059】
その後、加工ヘッド20が運動を開始する前に、加工ヘッド20を被加工物11の加工面に押圧する(S4)。押圧力はロードセルで測定可能であり、例えば100kg/cm2以下の押圧力で押圧する。通常は、加工ヘッド20の自重による押圧力でよい。
【0060】
次いで、加工装置1に設けられている不図示の制御パネルにて、モータ40の回転速度と加工時間を設定し、加工ヘッド20の往復直線運動を開始し(S5)、ダイヤモンド基板の研磨を開始する。制御パネルがない場合には、不図示の外部モニターで被加工物11を観察して加工量をモニタリングしながら研削や研磨を行ってもよい。基板の研磨量を確認するために、途中で加工ヘッド20の運動を停止して、ダイヤモンド基板の研磨量を測定してもよい。加工ヘッドの往復直線運動速度は100回/分以上であればよく、例えば3000~5000回/分であればよい。
別の実施形態としては、
図3のように、
図2のS5とS4を逆にしてもよい。すなわち、加工ヘッド20の往復直線運動を開始した後に、加工ヘッド20を被加工物11の加工面に押圧してもよい。また、固定部10も往復直線運動を行う場合には、固定部10の動作のタイミングは、加工ヘッド20と同じでよい。固定部10および加工ヘッド20の一方が回転運動を行う場合であっても、動作のタイミングは他方の動作と同じタイミングでよい。
所定の加工時間または加工量になった後、加工を終了する。
【符号の説明】
【0061】
1 加工装置、2 台座、3 枠体、10 固定部、11 被加工物、20 加工ヘッド、20a 左右方向、30 カム機構、31 偏心筒、32 凹部材、32a 凹部、33 駆動ピン、33a 前後方向、40 モータ、40a 回転方向