(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-27
(45)【発行日】2024-01-11
(54)【発明の名称】グラファイト集積膜、グラファイト集積膜の製造方法、並びに該グラファイト集積膜を用いた熱電変換層及び熱電対機能ないし熱発電機能つき放熱材
(51)【国際特許分類】
H10N 10/855 20230101AFI20231228BHJP
H10N 10/857 20230101ALI20231228BHJP
H10N 10/13 20230101ALI20231228BHJP
H10N 10/01 20230101ALI20231228BHJP
C01B 32/21 20170101ALI20231228BHJP
C01B 32/198 20170101ALI20231228BHJP
【FI】
H10N10/855
H10N10/857
H10N10/13
H10N10/01
C01B32/21
C01B32/198
(21)【出願番号】P 2019170184
(22)【出願日】2019-09-19
【審査請求日】2022-06-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発/小規模研究開発/ワイヤレスセンサネットワーク用電源用高性能有機系熱電材料・素子の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100140198
【氏名又は名称】江藤 保子
(74)【代理人】
【識別番号】100127513
【氏名又は名称】松本 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100158665
【氏名又は名称】奥井 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100199691
【氏名又は名称】吉水 純子
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【氏名又は名称】相田 悟
(72)【発明者】
【氏名】桐原 和大
(72)【発明者】
【氏名】衛 慶碩
(72)【発明者】
【氏名】堀家 匠平
(72)【発明者】
【氏名】向田 雅一
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/035454(WO,A1)
【文献】特開2018-098273(JP,A)
【文献】特開2016-060887(JP,A)
【文献】国際公開第2016/203939(WO,A1)
【文献】特開2014-118563(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0179361(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0170412(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 10/855
H10N 10/857
H10N 10/13
H10N 10/01
C01B 32/21
C01B 32/198
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱電変換機能を有するグラファイト集積膜であって、
薄片化グラファイト粉末、及び該粉末の表面に吸着された、荷電特性を制御可能な化合物とからなり、前記荷電特性を制御可能な化合物が表面に吸着された薄片化グラファイト粉末が堆積されてなるグラファイト集積膜。
【請求項2】
前記荷電特性を制御可能な化合物が、陽イオン系界面活性剤又は陰イオン系界面活性剤であることを特徴とする請求項1に記載のグラファイト集積膜。
【請求項3】
薄片化したグラファイト粉末を、荷電特性を制御可能な化合物の水溶液中に分散すること、及び
得られたグラファイト分散液を濾過後、成膜すること、
を含む
、請求項1に記載のグラファイト集積膜の製造方法。
【請求項4】
前記荷電特性を制御可能な化合物が、陽イオン系界面活性剤又は陰イオン系界面活性剤であることを特徴とする請求項3に記載のグラファイト集積膜の製造方法。
【請求項5】
Seebeck係数及び導電率が調整された請求項1又は2に記載のグラファイト集積膜を用いたことを特徴する熱電変換層。
【請求項6】
前記グラファイト集積膜の少なくとも一面に、酸化グラフェン集積膜からなる絶縁層を有する請求項5に記載の熱電変換層。
【請求項7】
グラファイトないしグラファイト集積膜から構成された導電体と、その導電体のSeebeck係数と異なるSeebeck係数を持つグラファイトないしグラファイト集積膜から構成された導電体の2種類の導電体を接合させるとともに、両導電体の間に絶縁体を介在させてなる熱電対であって、
これら2つの導電体の少なくとも一方が請求項5に記載の熱電変換層で構成され、
前記絶縁体が酸化グラフェン集積膜で構成されていることを特徴とする熱電対。
【請求項8】
構成要素の少なくとも一部に、請求項7に記載の熱電対を用いた熱電対機能付き放熱材。
【請求項9】
グラファイトないしグラファイト集積膜から構成された導電体と、その導電体のSeebeck係数と異なるSeebeck係数を持つグラファイトないしグラファイト集積膜から構成された導電体の2種類の導電体を接合させるとともに、両
導電体の間に絶縁体を介在させてなる熱発電素子であって、
これら2つの導電体の少なくとも一方
が請求項5に記載の熱電変換層で構成され、
前記絶縁体が酸化グラフェン集積膜で構成されていることを特徴とする熱発電素子。
【請求項10】
構成要素の少なくとも一部に、請求項9に記載の熱発電素子を用いた熱発電機能付き放熱材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラファイト集積膜、グラファイト集積膜の製造方法、並びに該グラファイト集積膜を用いた熱電変換層及び熱電対機能ないし熱発電機能つき放熱材に関する。
【背景技術】
【0002】
グラファイト、およびそれを薄片化したグラフェンは、面内方向において非常に高い熱伝導率を持つ(非特許文献1)。この特長を活かし、自動車の制御用電子部品や一般用電子機器の発熱部品からの放熱を行う部材として、グラファイト放熱基板が開発されている(特許文献1)。
【0003】
また、放熱時の発熱部品の温度計測を行うため、放熱用のヒートシンク内に熱電対を埋め込む技術がある(特許文献2)。
【0004】
一方、排熱をエネルギーとして有効利用するために、複数の熱電変換素子を接続してなる熱電変換モジュール(発電装置)が用いられており、熱電変換層に、グラフェン又はその炭素原子の一部がヘテロ原子で置換されたグラフェン、或いは、グラフェン積層体(グラファイト)又はグラファイトの層間にゲスト剤(挿入化合物)が挿入されたグラファイト層間化合物を用いて、熱電変換素子を形成する技術がある(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-153356号公報
【文献】特開2002-261218号公報
【文献】国際公開第2015/163178号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Alexander A.Balandin,Thermalproperties of graphene and nanostructured carbon materials,Nature Materials,vol.10,pp.569-581.(2011).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1を例とした従来のグラファイト放熱基板は、発熱部品からの放熱を行うことのみを目的としており、それ自体で温度計測を行う機能や熱発電の機能は有していない。
【0008】
また、特許文献2のように放熱時の発熱部品の温度計測を目的として放熱用のヒートシンク内に熱電対を埋め込む技術の場合、ヒートシンクへの加工や熱電対の接合を要するだけでなく、接合した熱電対が熱伝導を妨げて本来の放熱性能を低下させる他、発熱部品と熱電対との間の熱抵抗を下げることが困難であり、発熱部品の正確な温度計測を行うことを困難とする。
【0009】
さらに、特許文献3のようにグラファイトやグラフェンを用いた熱電変換素子では、P型及びN型のキャリアドーピングを可能にし、熱電発電や熱電対としての機能を持たせることは可能であるが、ドーピングのために炭素原子の一部を他の原子に置換したり、グラファイト原子層間に化合物を挿入したりすると、それらがフォノン散乱を起こして熱伝導を妨げるため、従来の放熱用に用いられるグラファイト基板に比べて熱伝導率及び熱拡散率が数~数十分の一に低下し、放熱材としての利用は困難である。
さらに、これらの化合物は真空や高温での化学反応を要するため製造時の投入エネルギーが大きい他、グラファイト層間化合物は不安定で脱離しやすいため封止剤が必要であり、これがさらに熱抵抗を生じて放熱性を低下させる。加えて、グラファイト層間化合物においてグラファイト層間に挿入される物質は、塩化銅や塩化鉄等の腐食性の高い物質であり、周囲の金属部品や電子部品を腐食し損傷するおそれがある。
【0010】
以上のとおり、グラファイトやグラフェンを用いた熱電変換素子においては、放熱用に充分な熱伝導率及び熱拡散率を有するものはなかったため、放熱材として使用するとともにその放熱機能を利用したまま温度計測や熱発電に用いるという試みはこれまでなかった。
本発明は、このような事情を鑑みてなされたものであり、グラファイトやグラフェンを用いて、簡便な方法で、放熱用に充分な熱伝導率及び熱拡散率を有するとともに、熱電変換機能を有する集積膜を得ることを目的とするものである。また、本発明は、得られた集積膜を用いて、熱電変換素子、或いは熱電対機能ないし発電機能付き放熱材を提供することをもう1つの目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、前記目的を達成するために種々の検討を行った結果、従来の、グラファイトまたはグラフェンの中の炭素原子の一部を他の原子に置換したり、グラファイト原子層間に化合物を挿入したりする等の方法に代えて、入手が容易な薄片化グラファイト粉末を用い、これを、界面活性剤等の荷電特性を制御可能な化合物の水溶液中に分散してその表面を該水溶液で被覆した後、得られた薄片化グラファイト粉末の分散液を濾過・成膜する、という簡便な方法を用いることにより、上記目的を達成しうることを見いだした。
【0012】
すなわち、上記方法によれば、薄片化グラファイト粉末の表面に、界面活性剤等の荷電特性を制御可能な化合物が吸着され、得られたグラファイト集積膜は、荷電特性を制御可能な化合物とグラファイトの間の電荷移動により、所望する適切なキャリア濃度を持たせることが可能となり、熱電変換機能を有するグラファイト集積膜を形成しうること、及びこうして得られたグラファイト集積膜では、グラファイト薄片表面に極微量存在する界面活性剤等の荷電特性制御化合物によるフォノン散乱は小さいため、熱伝導率の低下は小さく、市販のヒートシンクに利用されるアルミニウムの熱伝導率(室温で236W/mK)以上の高い熱伝導率を有し、当該グラファイト集積膜を市販のグラファイトシートと接合した場合においても、グラファイトシートの80%以上の熱伝導率を有することが判明した。
また、界面活性剤等の荷電特性制御化合物の種類や濃度を変えることにより、P型N型のキャリアタイプやキャリア濃度を制御した2種類のグラファイト集積膜を得ることができ、これらの一端を接合し、その接合部分ともう片方の端との温度差をゼーベック(Seebeck)効果によって熱起電力に変換することにより、接合部分の温度を計測することができることも判明した。
この放熱と温度計測の機能はPN接合された1枚の膜で実現でき、接合部に発熱部品を設置するだけで発熱部品の温度計測と放熱を同時に行うことができ、さらに、放熱を行いながら、熱電変換により発電を行うことも可能であり、1つの部材で発熱部を冷却しながら微小電源としても機能する。
【0013】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりである。
[1]薄片化グラファイト粉末が堆積されてなる膜であって、前記薄片化グラファイト粉末の表面に、荷電特性を制御可能な化合物が吸着されていることを特徴とするグラファイト集積膜。
[2]前記荷電特性を制御可能な化合物が、陽イオン系界面活性剤又は陰イオン系界面活性剤であることを特徴とする[1]に記載のグラファイト集積膜。
[3]薄片化したグラファイト粉末を、荷電特性を制御可能な化合物の水溶液中に分散すること、及び
得られた薄片化グラファイト粉末の分散液を濾過後、成膜すること
を含むグラファイト集積膜の製造方法。
[4]前記荷電特性を制御可能な化合物が、陽イオン系界面活性剤又は陰イオン系界面活性剤であることを特徴とする[3]に記載のグラファイト集積膜の製造方法。
[5]Seebeck係数及び導電率が調整された[1]又は[2]に記載のグラファイト集積膜を用いたことを特徴とする熱電変換層。
[6]前記グラファイト集積膜の少なくとも一面に、酸化グラフェン集積膜からなる絶縁層を有する[5]に記載の熱電変換層。
[7]グラファイトないしグラファイト集積膜から構成された導電体と、その導電体のSeebeck係数と異なるSeebeck係数を持つグラファイトないしグラファイト集積膜から構成された導電体の2種類の導電体を接合させるとともに、両導電体の間に絶縁体を介在させてなる熱電対であって、
これら2つの導電体の少なくとも一方が[5]に記載の熱電変換層で構成され、
前記絶縁体が酸化グラフェン集積膜で構成されていることを特徴とする熱電対。
[8]構成要素の少なくとも一部に、[7]に記載の熱電対を用いた熱電対機能付き放熱材。
[9]グラファイトないしグラファイト集積膜から構成された導電体と、その導電体のSeebeck係数と異なるSeebeck係数を持つグラファイトないしグラファイト集積膜から構成された導電体の2種類の導電体を接合させるとともに、両導電体の間に絶縁体を介在させてなる熱発電素子であって、
これら2つの導電体の少なくとも一方が[5]に記載の熱電変換層で構成され、
前記絶縁体が酸化グラフェン集積膜で構成されていることを特徴とする熱発電素子。
[10]構成要素の少なくとも一部に、[9]に記載の熱発電素子を用いた熱発電機能付き放熱材。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、簡便で、しかも周囲の金属部品や電子部品を損傷するおそれのない方法で、所望のキャリア濃度を持たせることが可能となり、熱電変換機能を有するグラファイト集積膜を形成することができる。また、本発明によれば、グラファイト薄片表面に微量存在する界面活性剤等の荷電特性制御化合物によるフォノン散乱は小さいため、熱伝導率の低下が少ないグラファイト集積膜が得られ、さらに、界面活性剤等の荷電特性制御化合物の種類や濃度を変えてP型N型のキャリアタイプやキャリア濃度を制御した2種類のグラファイト集積膜の一端を接合し、その接合部分ともう片方の端との温度差をゼーベック(Seebeck)効果によって熱起電力に変換することにより、接合部分の温度を計測することができる。
したがって、本発明のグラファイト集積膜を用いれば、電気自動車や電子機器等に用いられるパワー半導体や、電池等の種々の発熱部品の温度計測と放熱の2つの機能を1つの部材で兼ね備えることができるため、温度測定部位に別途、熱電対を設置する必要がない。
また、本発明のグラファイト集積膜を用いれば、発熱試験時だけでなく、実際の使用時における電気自動車や電子機器等のパワー半導体等の発熱状態を監視できるという、これまでにない機能が実現でき、これにより、これらの機器の熱診断や熱マネージメントを可能にし、その長寿命化に貢献する。
さらに、本発明のグラファイト集積膜を熱電変換層として利用する場合も、従来よりも簡便な製造方法で発電性能の高い部材を作ることができ、部材の温度差を適切に与えれば熱発電も可能であり、放熱フィンやヒートシンクとして利用しながらそれ自体が発電するなど、種々の熱源から電力を得てセンサーや通信を自立駆動できる孤立微小電源にも応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明のグラファイト集積膜の構造を模式的に示す図
【
図2】本発明のグラファイト集積膜の、電気絶縁性を持つ放熱材としての利用について説明する図
【
図3】本発明のグラファイト集積膜の、熱電対機能付き放熱材の設計例を示す図
【
図4】
図3に示した本発明のグラファイト集積膜の熱電対機能付き放熱材を、放熱・測温対象部品に使用する例を示す図
【
図5】本発明のグラファイト集積膜の、熱電対機能付き放熱材の使用例を示す図
【
図6】本発明のグラファイト集積膜の、熱電対機能付き放熱材の設計・使用例を示す図
【
図7】本発明のグラファイト集積膜の、熱発電する放熱材の設計例を示す図
【
図8】本発明のグラファイト集積膜の、熱発電する放熱材の使用例を示す図
【
図9】実施例における、本発明のグラファイト集積膜の製造工程を模式的に示す図
【
図10】ドデシルベンゼンスルホン酸(DBS)添加グラファイト集積膜(実施例で得られたグラファイト集積膜)の表面及び断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真
【
図11】DBS添加グラファイト集積膜及びグラファイトシートのX線回折パターン
【
図12】DBS添加グラファイト集積膜及びグラファイトシートのラマンスペクトル
【
図13】界面活性剤の有無及び界面活性剤分子の極性と、界面活性剤で被覆したグラファイト集積膜の電気物性の関係を示す図
【
図14】分散液中のDBS濃度と、電気物性の関係を示す図
【
図15】実施例で作製した、グラファイト集積膜を用いたグラファイト熱電対を模式的に示す図
【
図16】グラファイト集積膜を用いた熱電対による温度計測の結果を示す図
【
図17】グラファイト集積膜を用いた熱発電素子に、温度差ΔT=43.4Kを付与した場合の熱発電の試験結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のグラファイト集積膜は、薄片化グラファイトの粉末が堆積されてなる膜であって、該薄片化グラファイトの粉末の表面に、荷電特性を制御可能な化合物が吸着していることを特徴とする。
図1は、本発明のグラファイト集積膜の構造を模式的に示す図である。
【0017】
本発明のグラファイト集積膜は、薄片化したグラファイト粉末を、荷電特性を制御可能な化合物の水溶液中に分散してその表面を該水溶液で被覆し、得られた薄片化グラファイト粉末の分散液を濾過後、成膜することにより製造することができる。
【0018】
以下、本発明の実施形態について詳しく説明するが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。なお、数値範囲の記載(2つの数値を「~」でつないだ記載)については、下限及び上限として記載された数値をも含む意味である。
【0019】
(薄片化グラファイト粉末)
本発明における薄片化グラファイト粉末は、後述する方法でも製造できるが、入手が容易である市販のものを用いることが好ましく、例えば、市販品として利用できる薄片化グラファイト粉末としては、アイテック社のiGrafen-aがある。
【0020】
薄片化グラファイト粉末の製造方法としては大きく分けて2種類の方法を選択することができる。
1つ目の製造方法は、原料となる黒鉛(グラファイト)の層間に化合物を侵入又は挿入させた後、これを加熱することによって当該化合物の気化又は膨張を生じさせ、グラファイト層間を剥離させる工程を経て製造されるものである。グラファイト層間に侵入又は挿入させる化合物としては、加熱処理によって気化又は膨張可能なものであれば、酸、ハロゲン化合物、あるいは気体分子のいずれを用いてもよい。酸としては、硝酸、塩酸、硫酸、等が挙げられる。ハロゲン化合物としては、塩化鉄、塩化銅等が挙げられる。気体分子としては、二酸化炭素が挙げられる。化合物の気化又は膨張を生じさせる手法としては、直接加熱又はマイクロ波照射等を用いることができる。
本発明においては、得られた薄片化グラファイトを、必要に応じて、所望の大きさの粉末にして用いる。
【0021】
2つ目の製造方法は、溶媒に分散したグラファイト粉末に高い応力、特に高いせん断力を付加してグラファイト層間の剥離を生じさせる工程を経て製造されるものであり、応力、特に高いせん断力を付加する方法としては、グラファイト層間を剥離させるのに十分なせん断力を持つ方法であれば、ミキサーを用いる方法、超音波を照射する方法、速度の異なる2本のロールでグラファイト分散液を挟み込む方法、等を用いることができる。
なお、この場合の溶媒としては、グラファイト粉末の分散性を高めるためにN-メチル-2-ピロリドン等の有機溶媒や硫酸アンモニウム等の水溶液を用いてもよいし、分散性と荷電特性の制御を兼ねて後述の各種界面活性剤を所定量混合した水溶液を用いてもよい。
後者の場合には、該水溶液中にせん断力が付与されて薄片化したグラファイト粉末が分散した分散液が得られるため、得られた分散液をそのまま用いて、濾過、成膜することにより、本発明のグラファイト集積膜が得られる。
【0022】
薄片化したグラファイトの単片の大きさは、面内方向の大きさ(粒径)と厚さの2つの数値で規定できる。放熱材及び熱電対又は熱電素子として適度な導電率と熱伝導率を備えるために、粒径としては、1μm以上であることが望ましく、2μm以上であることがより望ましい。加えて、グラファイトの荷電特性を適度に制御することが可能な厚さとしては、50nm以下であることが望ましく、20nm以下であることがより望ましい。さらには、粒径が前記のとおり1μm以上であって、集積膜の放熱性及び導電性を、薄片化したグラファイトの集積膜と同程度又はそれ以上にした場合において、厚さが約3nm以下の範囲のグラフェン(単層グラフェン、2層グラフェン、及び複数層グラフェン又は多層グラフェン)の集積膜を用いることもできる。
【0023】
(薄片化グラファイト粉末の分散)
本発明においては、前記の薄片化したグラファイト粉末を、荷電特性を制御可能な化合物の水溶液中に投入して分散処理を行うことにより、薄片化グラファイト粉末の表面が、界面活性剤等の荷電特性制御化合物の水溶液で均一に被覆されるようにするものであり、方法は特に限定されないが、超音波を印加して分散処理を行うことや、スターラーで撹拌することが好ましい。
【0024】
(分散液の濾過・成膜)
次いで、得られた薄片化グラファイト粉末の分散液を濾過し、乾燥して水分を除去することで、表面に界面活性剤等の荷電特性制御化合物が吸着した薄片化グラファイト粉末の堆積物が得られる。その後、この堆積物にプレス処理を施すことにより、本発明のグラファイト集積膜が得られる。
プレス処理は、グラファイト堆積物を2枚の平面板で挟み、その上下面からの圧力でプレスするプレス機を用いてもよいし、グラファイト堆積物を2本のロールで挟み、ロール間の線圧でプレスするプレス機を用いてもよい。いずれのプレス機を用いた場合でも、得られる集積膜において、熱電対機能や熱発電機能に必要な導電率を持たせるため、プレスによる厚みの減少率、すなわち厚みの減少分をプレス前の元の厚みで割った値が、0.9以上に高いことが好ましい。集積膜の厚み自体は、放熱対象物の形状や放熱量に応じて適切な熱抵抗となるように、プレス前の堆積物の量を調整すればよい。
【0025】
(荷電特性を制御可能な化合物)
荷電特性を制御可能な化合物として、好ましくは、界面活性剤が用いられる。
用いられる界面活性剤はイオン系のものであれば特に限定されないが、例えば、陰イオン系界面活性剤としては、ドデシルベンゼンスルホン酸(DBS)等の直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩、ラウリル硫酸ナトリウム、コール酸ナトリウム等が挙げられ、また、陽イオン系界面活性剤としては、臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム(CTAB)等のアルキルトリメチルアンモニウム塩、ジアルキルジメチルアンモニウム塩等が挙げられる。
また、界面活性剤以外では、ポリスチレンスルホン酸などのアニオン性高分子を利用することも可能である。
【0026】
本発明では、界面活性剤などの荷電特性を制御可能な化合物の種類を変えることにより、キャリアタイプがP型又はN型のグラファイト集積膜を得ることができ、陰イオン系界面活性剤又はポリスチレンスルホン酸などのアニオン性高分子を用いた場合には、P型のグラファイト集積膜が得られ、陽イオン系界面活性剤を用いた場合には、N型のグラファイト集積膜が得られる。
【0027】
また、界面活性剤などの荷電特性を制御可能な化合物の、水溶液中のモル濃度と、グラファイト集積膜に含まれる化合物の量とは相関しており、その結果、用いる界面活性剤等の荷電特性を制御可能な化合物の、水溶液中のモル濃度を変更することで、得られる集積膜のキャリア極性や熱電特性を変更することができる。(後述する
図13、14参照)
【0028】
後述する実施例では、用いる界面活性剤の水溶液のモル濃度は、DBSで1×10-3~500×10-3 mol/L、CTABで1×10-3~10×10-3 mol/Lとしているが、これは導電体のキャリア極性の制御や熱電特性の最適化を目的として選んだ濃度である。
他の界面活性剤又は荷電特性制御化合物では、溶媒の種類、溶解度によって適切な熱電特性になる様にモル濃度を制御すればよい。本発明では、適切な熱電特性になる様にSeebeck係数と導電率を調整されたグラファイト集積膜を、熱電変換層と呼ぶことにする。
【0029】
本発明のグラファイト集積膜は、グラファイト薄片表面に微量存在する界面活性剤等の荷電特性を制御可能な化合物によるフォノン散乱は小さく、市販のヒートシンクに利用されるアルミニウムの熱伝導率(室温で236W/mK)以上の高い熱伝導率を有し、当該グラファイト集積膜を市販のグラファイトシートと接合した場合においても、グラファイトシートの80%以上の熱伝導率を有するため、放熱材として使用することができる。
また、本発明のグラファイト集積膜は、界面活性剤等の荷電特性を制御可能な化合物とグラファイトの間の電荷移動により、適切なキャリア濃度を持たせることが可能となる。
したがって、用いる界面活性剤等の荷電特性を制御可能な化合物の種類や濃度を変えてP型N型のキャリアタイプやキャリア濃度を制御してSeebeck係数を制御した2種類のグラファイト集積膜の一端を接合し、その接合部分ともう片方の端との温度差をSeebeck効果によって熱起電力に変換することにより、接合部分の温度を計測することができ、熱電対機能付放熱材として使用できる。
このように、本発明のグラファイト集積膜の放熱と温度計測の機能は、2種類の互いにSeebeck係数の異なるグラファイト集積膜の1端を接合した1枚の膜で実現でき、接合部に発熱部品を設置するだけで発熱部品の温度計測と放熱を同時に行うことができ、さらに、放熱を行いながら、熱電変換により発電を行うことも可能であり、1つの部材で発熱部を冷却しながら微小電源としても機能する。
【0030】
また、本発明のグラファイト集積膜においては、別途、熱伝導性に優れた酸化グラフェン集積膜を、絶縁膜又は絶縁層として併用することで、熱伝導率の低下を抑制しながら、熱電対構造の作製や、吸熱対象物との電気的絶縁性を確保することができる。酸化グラフェンは、グラフェンにエポキシ基、カルボキシル基、カルボニル基、水酸基など様々な酸素含有官能基が結合したものである。本発明において十分な電気絶縁性及び熱伝導性を示すための酸素濃度は20~40%の範囲が望ましく、その際の酸化グラフェンの単片の面内方向の大きさ(粒径)としては、1μm以上であることが望ましく、2μm以上であることがより望ましい。加えて、単片の厚さにして0.7~1.5nmのサイズを持つものが望ましい。この単片を多数堆積し、1~40μmの範囲の厚さを持つ集積膜にしたものを、酸化グラフェン集積膜として用いることができる。
【0031】
以下、図面を用いて、本発明のグラファイト集積膜の、放熱材としての利用、熱電対機能付放熱材としての利用、及び熱発電する放熱材としての利用について、それぞれ例示するとともに、本発明のグラファイト集積膜を用いた効果について記載する。
【0032】
(放熱材としての利用)
図2(a)は、本発明のグラファイト集積膜の、電気絶縁性を持つ放熱材としての利用について説明する図であり、図中、1は、本発明のグラファイト集積膜を示し、2は、導電性を有しない酸化グラフェン集積膜を示している。(a)に示すように、本発明のグラファイト集積膜の両表面に、酸化グラフェン集積膜(2)を被覆することにより電気絶縁性を付与したものは、熱は伝えるが、電気は伝えないため、放熱材として、又は熱界面材料として利用することができ、パワー半導体・電子部品・電池の冷却に好適である。
(b)及び(c)は、それぞれ、放熱材及び熱界面材料(TIM)としての利用例を示すものであり、図中、矢印は、熱流を示し、3は、放熱対象物(発熱体又は熱源)を示し、4は、ヒートシンクを示している。
【0033】
(熱電対機能付放熱材としての利用)
図3は、本発明のグラファイト集積膜の、熱電対機能付き放熱材の設計例を示す図であり、図中、2は、導電性を有しない酸化グラフェン集積膜を、5は、熱電変換層を、6は、5とはSeebeck係数の異なる熱電変換層を、7は、5と6の接合部、8は、測温部、9は、計測端子部を、それぞれ示しており、熱電変換層(5)及び熱電変換層(6)の少なくとも一方に、本発明のグラファイト集積膜を使用するものである。
熱電対機能付き放熱材の断面図として、(a)に示すように、熱電変換層(5)及び熱電変換層(6)を、測温部(8)である一部の接合部(7)を残して、導電性のない酸化グラフェン集積膜(2)を介して接合し、放熱材とする。
熱電対機能付き放熱材の形状は、特に限定されないが、(b)に、円形放熱材の例を、(c)に、長方形放熱材の例を、それぞれ示している。(b)及び(c)はいずれも、熱電対機能付き放熱材の面に垂直な方向で、熱電変換層5を上にした形で見た図を示している。
【0034】
図4は、前記
図3に示した熱電対機能付き放熱材を、放熱・測温対象部品に使用する例を示すものであり、図中、2は、酸化グラフェン集積膜を、3は、放熱・測温対象物を、7は、接合部、8は、測温部、9は、端部に設けられた計測端子部を、矢印は、熱流を示している。
(a)に示すように、本発明の熱電対機能付き放熱材の接合部(7)の上部に、放熱・測温対象部品(3)を設置した場合も、従来どおりの放熱機能を維持している。
(b)は、放熱しながら、放熱対象物の温度を計測する例を示しており、計測端子部(9)における熱起電力ΔVを計測することにより、接合部(7)(及び測温部(8))の温度T
1と計測端子部(9)の温度T
2の温度差ΔT=T
1-T
2を計測することができ、放熱対象物(3)から放熱材を流れる熱流密度も計測可能である。
また、(c)に示す例は、前記
図3に記載した酸化グラフェン集積膜(2)などの電気絶縁膜と組み合わせることで、放熱対象物が電子部品の場合の、電気的な信号の干渉及びそれによる温度計測データへのノイズ混入を防ぐことを可能にしたものである。
【0035】
計測端子部における熱起電力ΔVは、
【数1】
に示すように、測温部と計測端子部の温度差ΔTと、一方の熱電変換層のSeebeck係数(S
P)及び他方の熱電変換層のSeebeck係数(S
N)にのみ依存するため、部材の形状に依存しない。
したがって、
図5に示すように、計測端子部の温度T
2が既知で一定、又はΔTが同じ場所なら、どこにΔV計測端子をつないでも、同じΔVが得られ、部品形状の自由度がある。
【0036】
図6は、本発明のグラファイト集積膜を用いた熱電対機能付き放熱材の、他の設計・使用例を断面図として示すものであり、前
図3及び前
図4と同様に、図中、3は、放熱・測温対象物を示し、5は、熱電変換層を、6は、5とはSeebeck係数の異なる熱電変換層を、7は、接合部を示し、矢印は、熱流を示している。
(a)に示すように、放熱・測温対象物(3)から、1対の接合による熱起電力を測定してもよいし、(b)に示すように、放熱・測温対象部品(3)から、n対の接合を複数直列にして、合計の熱起電力(測温感度)を向上させて測定してもよい。
【0037】
(熱発電する放熱材としての利用)
図7は、本発明のグラファイト集積膜の、熱発電する放熱材の設計例を断面図として示す図であり、図中、2は、導電性を有しない酸化グラフェン集積膜を、5は、熱電変換層を、6は、5とはSeebeck係数の異なる熱電変換層を、7は、接合部、10は、負荷(抵抗R)を、それぞれ示しており、熱電変換層(5)及び熱電変換層(6)の少なくとも一方に、本発明のグラファイト集積膜を使用するものである。
この例では、熱電変換層(Seebeck係数S
P)(5)と、熱電変換層(Seebeck係数S
N)(6)を用い、端部の接合部(7)を除き、導電性のない酸化グラフェン集積膜(2)を介在させたものを用いている。
(a)は、その1対の熱発電素子の例であり、最大出力電力は、
【数2】
となる。
また、(b)は、そのn対の熱発電素子の例であり、最大出力電力は、
【数3】
となる。
【0038】
図8は、前記
図7に示した熱発電する放熱材の使用例を断面図として示す図であり、放熱フィンを兼ねた熱発電素子を示すものであり、図中、3は、熱源、4は、ヒートシンク、10は、負荷、11は、放熱フィン、矢印は、熱流を、それぞれ示している。
この例では、放熱フィン(11)を兼ねた熱発電素子を介して、熱源(放熱対象物)(3)から放熱をしながら、発電も行うことが可能である。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0040】
(グラファイト集積膜の製造)
グラファイトを分散する前の界面活性剤水溶液のモル濃度は、水溶液全体の容積に対して所定のモル濃度になるように界面活性剤の量を電子天秤(アズワン製IUZ-101型)で秤量したのち、それを100mLビーカー内の精製水に投入し、スターラー(アズワン製RS-1AR型)を用いて室温にて毎分1000回転で回転子を約3分間回して溶解することで調節した。
【0041】
図9に示すように、薄片化したグラファイト粉末(アイテック社製、iGrafen-a、粒子径最大100μm、平均厚さ約10nm)180mgを、前記の界面活性剤の水溶液40mLに投入し、超音波洗浄器(アズワン製USK-1R型)で30分程度超音波を印加して分散処理を行うことにより、グラファイト薄片の表面を界面活性剤の水溶液で被覆した。
その後、このグラファイト分散液を孔径10μmのPTFEメンブレン(Omnipore製JCWP04700)で濾過し、メンブレンを除去した直径40mmの積層体を25~70℃のホットプレート(アズワン製HI-1000型)上で2~6時間静置・乾燥して水分を除去した。この積層体に、小型熱プレス機(アズワン製AH-2003型)を用いて25~100℃で10トンのプレス処理を施すことにより、直径40mm・厚さ約70~90μmのグラファイト集積膜を得た。(以下、得られたグラファイト集積膜を「DBS添加グラファイト集積膜」ということもある。)
【0042】
上記の例では、分散した界面活性剤を陰イオン系のDBS(ドデシルベンゼンスルホン酸、関東化学製24023-32)の水溶液を用いているが、本実施例ではこの他に、陽イオン系のCTAB(臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム、和光純薬工業製036-02102)の水溶液を用いた集積膜、さらにはこれらの界面活性剤を用いずに成膜したグラファイト集積膜を電気物性の比較のために作製した。
【0043】
本実施例で用いた界面活性剤のモル濃度は、DBSで1×10-3 mol/L~500×10-3 mol/L、CTABで1×10-3 mol/L~10×10-3 mol/Lとしたが、これは導電体のキャリア極性の制御や熱電特性の最適化を目的として選んだ濃度である。他の界面活性剤では、溶媒の種類、溶解度によって適切な熱電特性になる様に濃度を制御すればよい。
【0044】
(走査型電子顕微鏡観察)
図10は、得られたDBS添加グラファイト集積膜を、走査型電子顕微鏡(SEM、日立ハイテクノロジーズ製S-4800型)を用いて撮影したSEM写真であり、(a)は、表面を撮影したもの、(b)は、断面を撮影したものである。
SEM写真に示すように、DBS添加グラファイト集積膜の表面及び断面はいずれも、グラファイト薄片が隙間なく敷き詰められた積層体を形成している様子がわかる。緻密な集積膜であることは、この膜の密度が1.95g/cm
3でグラファイト結晶の密度2.2g/cm
3の85%以上を有していることからも示された。
【0045】
(X線回折パターン及びラマンスペクトル)
図11は、X線回折測定装置(Rigaku製UltimaIV/PSK型)を用いて測定した、DBS添加グラファイト集積膜(a)及び市販のグラファイトシート(b)のX線回折パターンである。
また、
図12は、ラマン顕微鏡(Horiba製XploLA型)を用いて測定した、DBS添加グラファイト集積膜(a)及び市販のグラファイトシート(b)のラマンスペクトルである。
いずれも、純粋な市販のグラファイトシートと同様のパターン及びスペクトルを示した。これは、分散溶液中で超音波印加しても、グラファイト薄片に大きな欠陥は生じていないことを示している。
【0046】
(界面活性剤の有無・極性と、得られた集積膜の電気物性との関係)
界面活性剤の有無及び界面活性剤分子の極性と、界面活性剤で被覆したグラファイト集積膜の電気物性(Seebeck係数、導電率、パワーファクター、Hall係数、磁気抵抗)の関係を調べた。
【0047】
最初に、グラファイト集積膜のSeebeck係数、導電率、Hall係数、磁気抵抗の測定について説明する。
【0048】
Seebeck係数及び導電率の測定は次のように行なった。
幅約3mm長さ約20mmの短冊状に切り出した集積膜試料を、試料の片側が加熱できるようにした試料ステージに設置し、試料の長手方向の両端に電流供給用の端子2個、及び試料内2点間の温度差及び電位差測定用のR型熱電対2本を、試料に電気的・熱的に接触させた。その後、試料の片側をヒータで加熱した時の、試料内2点間の温度差をデジタルマルチメータ(ケースレーインスツルメンツ製2700型)で、R型熱電対の白金電極側での電位差をナノボルトメータ(キーサイトテクノロジー製34420A型)で測定した。試料内2点間の温度差を0~2Kの間で3点以上変えて与え、それらの温度差に対する電位差の傾きを求めて熱起電力を算出し、その値から白金電極のSeebeck係数を差し引くことで、試料のSeebeck係数を算出した。
【0049】
導電率は、直流電流源(エーディーシー製6242型)を用いて電流供給用端子を通じて試料に約100mA以下の電流を流しながら、試料内2点間の電位差を同型のデジタルマルチメータで測定し、4端子法によって求めた。
【0050】
また、Hall係数、磁気抵抗は導電率と共に次のように行なった。
1辺約10mmの正方形に切り出した集積膜試料を、ホール計測システム(東陽テクニカ製Resitest 8300型)にセットし、van der Pauw法を用いて導電率、Hall係数、磁気抵抗測定した。この際に印加した磁場は最大0.55Tとした。Seebeck係数計測時及びHall係数計測時の2つの導電率が互いに10%以内の精度で一致していることを確認した。Seebeck係数、導電率、Hall係数、磁気抵抗の測定はいずれも室温でのみ測定した。
【0051】
図13に、陰イオン系の界面活性剤DBS水溶液を用いた集積膜、陽イオン系の界面活性剤CTAB水溶液を用いた集積膜、及び界面活性剤を用いずに成膜した集積膜の、Seebeck係数、導電率、Hall係数、磁気抵抗を測定した結果を示す。パワーファクターは、以下のとおりSeebeck係数と導電率の値を用いて算出した。
パワーファクター=(Seebeck係数)
2×導電率
【0052】
図13に示す結果から、特筆すべき点として、
(1)陽イオン系界面活性剤→界面活性剤なし→陰イオン系界面活性剤の順に、Seebeck係数及びHall係数の符号が負から正の方向に変化していること、
(2)界面活性剤なしの場合にSeebeck係数とHall係数の符号が異なること、(3)すべての試料で磁気抵抗がゼロでないこと、
の3点が指摘できる。
(2)及び(3)は、グラファイト集積膜の電気伝導には正孔と電子の両方が寄与している半金属的物性であることを意味する。加えて(1)で示されたとおり、界面活性剤の極性を変えることで、界面活性剤分子とグラファイト表面の間の電荷移動により、電気伝導を担う正孔と電子の濃度のバランス(差)をわずかに変化させ、Seebeck係数とHall係数の符号を変化させている。本実験で用いた濃度範囲では、導電率に対する界面活性剤の有無や種類への依存性は小さく、そのためにSeebeck係数の比較的大きなDBSを用いた集積膜のパワーファクター(熱電発電性能)が、界面活性剤を用いない場合やCTABを用いた集積膜より数倍以上高い値を示した。
【0053】
(DBS濃度と電気物性との関係)
DBS濃度(モル濃度)と、Seebeck係数、導電率、Hall係数、及び磁気抵抗との関係を調べた。
高いパワーファクターを示したDBSを用いた集積膜について、水溶液中のDBS濃度と、Seebeck係数、導電率、Hall係数、及び磁気抵抗との関係を
図14に示す。
【0054】
図14に示すとおり、Seebeck係数は、DBS濃度に大きな依存性を示さず、約+20V/K以上の値で符号が正であり、正孔の相対的寄与が大きいP型導電体である。
導電率はDBS濃度が50×10
-3~100×10
-3 mol/Lの範囲でピークを示しており、そのためにパワーファクター(熱電発電性能)は同じ濃度範囲において0.17~0.18mW/m・K
2の最大値を示した。DBS濃度が100×10
-3 mol/L以下の範囲では、DBS分子がグラファイト表面を被覆することで、隣り合うグラファイト薄片間の密着性(接触面積)を向上させる効果を示す一方、200×10
-3 mol/L以上の範囲では過剰なDBS分子の凝集が起こり、グラファイト同士の密着性を阻害していると推測される。
以上のように、DBS濃度によって熱電発電性能が最適化できることが分かった。
【0055】
(熱電対の作製)
以上のとおり、DBS添加によって熱電発電性能を最大化した熱電変換層である、P型導電体のグラファイト集積膜を作ることに成功した。
そこで、本実施例では、N型で高い導電率を有することが既に知られている、純粋な市販のグラファイトシート(パナソニック製PGSグラファイトシートEYGS121803)とPN接合させることにより、以下のようにして、グラファイト熱電対を作製した。
【0056】
図15は、本実施例で製造したグラファイト熱電対を模式的に示す図であり、前記の実施例で得られたDBSで被覆したグラファイト集積膜(DBS添加グラファイト集積膜)(厚さ約70~90μm)及び市販のグラファイトシート(厚さ約30μm)を、幅4mm、長さ30mmの短冊状に加工し、いずれも片方の先端部分3~5mmの長さの領域で互いに直接接合し、それ以外の部分は電気的絶縁体である厚さ約10~30μm(プレス前)、幅10mm、長さ30mmの酸化グラフェン集積膜(GO膜)を挟んで接合した。
その後、先述と同型の小型熱プレス機を用いて25~100℃で1~3トンの荷重でプレス処理(熱圧着)をして、グラファイト熱電対を得た。
酸化グラフェン集積膜は、濃度4mg/mLの酸化グラフェン(Graphenea社製)水分散液20~30mLを、80℃で2時間以上乾燥させて得た膜である。
【0057】
なお、上記実施例では、N型導電体として、グラファイトシートを用いた例を示しているが、CTAB等の陽イオン系界面活性剤で被覆したグラファイト集積膜(熱電変換層)を用いることもできることは言うまでもない。
【0058】
このグラファイト熱電対では、直接PN接合された先端部分が測温部となり、その測温部ともう片方の端との間(シートの面内方向)で温度差を付与することにより、熱起電力を発生させて温度差を検知することや、熱電発電を行うことができる。
【0059】
本実施例で用いたN型の市販グラファイトシート及びP型のDBS添加グラファイト集積膜(熱電変換層)に対して、先述の方法によってSeebeck係数、導電率、パワーファクターを評価した。その結果を、表1に示す。
【0060】
【0061】
図16に、グラファイト集積膜を熱電対に用いた温度計測の結果を示す。図中、ΔTは、熱電対測温の加熱用ヒータの温度と周囲温度の差、ΔVは、グラファイト熱電対から発生した熱起電力をそれぞれ表している。
計測は次のように行った。グラファイト熱電対の測温部近傍に局所加熱用ヒータとK型熱電対(以下、「ヒータ用熱電対」と呼ぶ)を接触させてヒータで加熱し、その際のヒータ用熱電対の温度と室温(周囲温度)の差ΔTをデジタルマルチメータ(ケースレーインスツルメンツ製2700型)で計測し、並行してグラファイト熱電対の熱起電力ΔVをナノボルトメータ(ケースレーインスツルメンツ製2182A型)で測定した。
その結果、
図16(a)に示すように、ΔTに応じてΔVが変化することが分かり、熱電対として機能していることを確認した。
さらに、
図16(b)に示すように、本実施例のグラファイト熱電対は、温度差ΔT=43.4Kでの応答性を規格化すると、K型薄膜熱電対よりも早い応答性を示すことが分かった。
【0062】
グラファイト熱発電素子は、
図15と同様の構造として形成される。
図17に、幅4mm、長さ30mmの短冊状グラファイト熱発電素子の測温部と周囲温度との間に温度差ΔT=43.4Kを与えた場合の、電圧電流特性及び熱電発電出力Poutの値を示す。
電圧電流特性はソースメータ(ケースレーインスツルメンツ製2400型)を用いて、最大1mAの直流電流を供給して測定した。
この熱発電素子では、P型導電体をDBS濃度が100×10
-3 mol/L、パワーファクター0.173mW/m・K
2で最大化したグラファイト集積膜(熱電変換層)を用いたところ、最大出力0.135μWを生じ、グラファイト熱発電素子の断面積で割ると31μW/cm
2の最大出力密度を生じていることが確認できた。
【0063】
表2に、市販のグラファイトシート、DBS添加グラファイト集積膜、及びこれらを接合したグラファイト熱電対の3種類に対する、膜面内方向の熱拡散率(ベテル製サーモウェーブアナライザTA33型で測定)、密度(電子天秤、アズワン製IUZ-101型で測定)、比熱(Netzch製示差走査熱量測定装置で測定)の測定結果をまとめた。測定はいずれも室温のみで行った。
膜面内方向の熱伝導率は、上記の熱拡散率、密度、比熱の3つの値の積で算出し、表2に記した。
【0064】
【0065】
表で特筆すべき点は、DBS添加グラファイト集積膜が、アルミニウムと同程度の高い熱伝導率(258W/m・K)を示す点と、優れた放熱材として高い熱伝導率を示す市販のグラファイトシートと接合した後も、1000W/m・K以上の高い熱伝導率を維持している点である。
【0066】
グラファイト熱発電素子は、グラファイト熱電対と同様の構造として形成されることから、本実施例で作製したグラファイト熱電対及びグラファイト熱発電素子は、温度計測機能及び熱電発電機能を有しながら、高い熱伝導率を伴い、放熱材の機能も兼ね備える部材であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明のグラファイト集積膜は、発熱部品の温度計測と放熱の2つの機能を1つの部材で兼ね備えることができ、温度測定部位に別途、熱電対を設置する必要がないので、電気自動車や電子機器等に用いられるパワー半導体や電池等、種々の分野においての利用が期待できる。あるいは、発熱部品を冷却する放熱フィン自体が熱電発電を行ない、電力を得てセンサーや通信を自立駆動できる孤立微小電源、及びこれを利用するIoT分野にも応用できる。
【符号の説明】
【0068】
1:グラファイト集積膜
2:酸化グラフェン集積膜
3:放熱・測温対象物(発熱体又は熱源)
4:ヒートシンク
5:熱電変換層
6:5とはSeebeck係数の異なる熱電変換層
7:接合部
8:測温部
9:計測端子部
10:負荷
11:放熱フィン