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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-27
(45)【発行日】2024-01-11
(54)【発明の名称】質量分析方法及び質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20231228BHJP
【FI】
G01N27/62 D
【請求項の数】 21
(21)【出願番号】P 2022536092
(86)(22)【出願日】2020-07-17
(86)【国際出願番号】 JP2020027826
(87)【国際公開番号】W WO2022014037
(87)【国際公開日】2022-01-20
【審査請求日】2022-12-06
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 龍介
(72)【発明者】
【氏名】秋山 秀之
(72)【発明者】
【氏名】坂井 範昭
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-231715(JP,A)
【文献】特開2010-066036(JP,A)
【文献】国際公開第2018/138901(WO,A1)
【文献】特開2006-322899(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
前記質量分析装置の制御部により、分析対象成分の分子式と、前記分析対象成分に含まれ、複数の同位体が存在する元素の同位体存在比とに基づいて、前記分析対象成分の同位体の質量と、各質量の前記分析対象成分の存在比を計算することにより、理論マススペクトルを算出することと、
前記質量分析装置の前処理部により、測定対象物をイオン化することと、
前記質量分析装置の質量検出部により、前記イオン化したイオンの質量と各質量のイオン数を検出することと、
前記制御部により、前記質量検出部の検出結果に基づいて第1のマススペクトルを算出することと、
前記制御部により、前記理論マススペクトルのピークが存在する質量のみについて、前記理論マススペクトルと前記第1のマススペクトルとを比較して一致度を算出することと、
前記制御部により、前記一致度に基づいて、前記測定対象物中の前記分析対象成分の有無を判定することと、
前記制御部により、前記一致度を算出する前に、前記分析対象成分の同族体間で質量が同じ成分がある場合は、前記第1のマススペクトルから、質量の同じ成分のイオン強度を分離することと、を含む、質量分析方法。
【請求項2】
請求項1の質量分析方法において、
前記分析対象成分が有機ハロゲン化合物であり、
前記理論マススペクトルを算出することにおいて、前記制御部は、前記有機ハロゲン化合物の炭素数xとハロゲン数yの組み合わせのそれぞれについて、前記有機ハロゲン化合物の分子式と、ハロゲンの同位体存在比とに基づいて、y+1種類の前記有機ハロゲン化合物の同位体の質量と、各質量の前記有機ハロゲン化合物の存在比を計算する、質量分析方法。
【請求項3】
請求項1の質量分析方法において、
前記制御部により、前記測定対象物がない状態で前記前処理部及び前記質量検出部を動作させることと、
前記制御部により、前記質量検出部の検出結果に基づいて、前記測定対象物がない場合の第2のマススペクトルを算出することと、
前記制御部により、前記一致度を算出する前に、前記第1のマススペクトルから前記第2のマススペクトルを差し引くことと、をさらに含む、質量分析方法。
【請求項4】
請求項1の質量分析方法において、
前記制御部は、前記第1のマススペクトルの所定幅の範囲内で平均したイオン強度に基づいて前記一致度を算出する、質量分析方法。
【請求項5】
請求項1の質量分析方法において、
前記制御部は、前記ピークが存在する質量の前記イオン数の相関係数を用いて前記一致度を算出する、質量分析方法。
【請求項6】
請求項1の質量分析方法において、
前記判定において、前記制御部は、前記一致度と閾値とを比較して、前記一致度が前記閾値以上である場合に、前記分析対象成分があると判定する、質量分析方法。
【請求項7】
請求項1の質量分析方法において、
前記判定において、前記制御部は、前記一致度と、第1閾値及び前記第1閾値よりも大きい第2閾値とを比較し、前記一致度が前記第1閾値よりも低い場合は前記分析対象成分がないと判定し、前記一致度が前記第2閾値以上である場合は前記分析対象成分があると判定する、質量分析方法。
【請求項8】
請求項1の質量分析方法において、
前記制御部により、前記前処理部におけるイオン化反応に合わせ、前記第1のマススペクトルの質量を補正することをさらに含む、質量分析方法。
【請求項9】
請求項1の質量分析方法において、
前記分析対象成分が有機塩素化合物である、質量分析方法。
【請求項10】
請求項1の質量分析方法において、
前記分析対象成分が有機臭素化合物である、質量分析方法。
【請求項11】
請求項1の質量分析方法において、
前記前処理部のイオン化方法が大気圧化学イオン化方式である、質量分析方法。
【請求項12】
質量分析装置であって、
測定対象物をイオン化する前処理部と、
前記前処理部でイオン化されたイオンの質量と各質量のイオン数を検出する質量検出部と、
前記前処理部及び前記質量検出部を制御する制御部と、を備え、
前記制御部は、
分析対象成分の分子式と、前記分析対象成分に含まれ、複数の同位体が存在する元素の同位体存在比とに基づいて、前記分析対象成分の同位体の質量と、各質量の前記分析対象成分の存在比を計算することにより、理論マススペクトルを算出する処理と、
前記質量検出部の検出結果に基づいて第1のマススペクトルを算出する処理と、
前記理論マススペクトルのピークが存在する質量のみについて、前記理論マススペクトルと前記第1のマススペクトルとを比較して一致度を算出する処理と、
前記一致度に基づいて、前記測定対象物中の前記分析対象成分の有無を判定する処理と、を実行し、
前記制御部は、前記一致度を算出する処理の前に、前記分析対象成分の同族体間で質量が同じ成分がある場合は、前記第1のマススペクトルから、質量の同じ成分のイオン強度を分離する処理をさらに実行する、質量分析装置。
【請求項13】
請求項12の質量分析装置において、
前記分析対象成分が有機ハロゲン化合物であり、
前記理論マススペクトルを算出する処理において、前記制御部は、前記有機ハロゲン化合物の炭素数xとハロゲン数yの組み合わせのそれぞれについて、前記有機ハロゲン化合物の分子式と、ハロゲンの同位体存在比とに基づいて、y+1種類の前記有機ハロゲン化合物の同位体の質量と、各質量の前記有機ハロゲン化合物の存在比を計算する、質量分析装置。
【請求項14】
請求項12の質量分析装置において、
前記制御部は、
前記測定対象物がない状態で前記前処理部及び前記質量検出部を動作させる処理と、
前記質量検出部の検出結果に基づいて、前記測定対象物がない場合の第2のマススペクトルを算出する処理と、
前記一致度を算出する前に、前記第1のマススペクトルから前記第2のマススペクトルを差し引く処理と、をさらに実行する、質量分析装置。
【請求項15】
請求項12の質量分析装置において、
前記制御部は、
前記第1のマススペクトルの所定幅の範囲内で平均したイオン強度に基づいて前記一致度を算出する、質量分析装置。
【請求項16】
請求項12の質量分析装置において、
前記制御部は、
前記ピークが存在する質量の前記イオン数の相関係数を用いて前記一致度を算出する、質量分析装置。
【請求項17】
請求項12の質量分析装置において、
前記制御部は、
前記判定する処理において、前記一致度と閾値とを比較して、前記一致度が前記閾値以上である場合に、前記分析対象成分があると判定する、質量分析装置。
【請求項18】
請求項12の質量分析装置において、
前記制御部は、
前記判定において、前記一致度と、第1閾値及び前記第1閾値よりも大きい第2閾値とを比較し、前記一致度が前記第1閾値よりも低い場合は前記分析対象成分がないと判定し、前記一致度が前記第2閾値以上である場合は前記分析対象成分があると判定する、質量分析装置。
【請求項19】
請求項12の質量分析装置において、
前記制御部は、前記前処理部におけるイオン化反応に合わせ、前記第1のマススペクトルの質量を補正する処理をさらに実行する、質量分析装置。
【請求項20】
請求項12の質量分析装置において、
前記分析対象成分が有機塩素化合物である、質量分析装置。
【請求項21】
請求項12の質量分析装置において、
前記分析対象成分が有機臭素化合物である、質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、質量分析方法及び質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
測定対象物を質量分析装置により分析する場合、得られるマススペクトルのピークが分析対象成分由来であるのか、又は、分析対象成分以外の要因に由来するピークであるのかを切り分ける必要がある。特に、分析対象成分に同位体又は同族体が存在すると、マススペクトルのピーク数が増える。例えば塩素化パラフィンには炭素数及び塩素数の異なる成分が多数存在し、測定により得られるマススペクトルにおいてはピーク数が数百に至ることもある。
【0003】
一般に同位体存在比は既知であり、マススペクトルにも同位体存在比を反映した結果が得られる。特許文献1には、分析対象成分の同位体存在比に基づき、試料の定性分析を行う技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2010-66036号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、分析対象成分以外の要因に起因するピークが存在する場合、そのピークも分析対象とするため、定性分析において誤判定につながる。
【0006】
そこで、本開示は、質量分析において分析対象成分以外の成分の影響を簡便に回避する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本開示の質量分析方法は、質量分析装置を用いた質量分析方法であって、前記質量分析装置の制御部により、分析対象成分の分子式と、前記分析対象成分に含まれ、複数の同位体が存在する元素の同位体存在比とに基づいて、前記分析対象成分の同位体の質量と、各質量の前記分析対象成分の存在比を計算することにより、理論マススペクトルを算出することと、前記質量分析装置の前処理部により、測定対象物をイオン化することと、前記質量分析装置の質量検出部により、前記イオン化したイオンの質量と各質量のイオン数を検出することと、前記制御部により、前記質量検出部の検出結果に基づいて第1のマススペクトルを算出することと、前記制御部により、前記理論マススペクトルのピークが存在する質量のみについて、前記理論マススペクトルと前記第1のマススペクトルとを比較して一致度を算出することと、前記制御部により、前記一致度に基づいて、前記測定対象物中の前記分析対象成分の有無を判定することとを含む。
【0008】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される特許請求の範囲の様態により達成され実現される。
本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の特許請求の範囲又は適用例を如何なる意味に於いても限定するものではない。
【発明の効果】
【0009】
本開示の技術によれば、分析対象成分以外の影響を簡便に回避することが可能となる。
上記以外の課題、構成及び効果は、以下の実施の形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】第1の実施形態に係る質量分析装置の機能構成図である。
図2】第1の実施形態に係る質量分析方法のフローチャートである。
図3】理論マススペクトルの一例を示す図である。
図4】測定により得られるマススペクトルのあるピークの一例を示す図である。
図5】第2の実施形態に係る質量分析方法のフローチャートである。
図6】第3の実施形態に係る質量分析方法のフローチャートである。
図7】イオン強度を分離する方法の概念図である。
図8】第4の実施形態に係る質量分析方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[第1の実施形態]
<質量分析装置の構成例>
図1は、第1の実施形態に係る質量分析装置100の機能構成図である。本実施形態において、質量分析装置100が加熱脱離質量分析装置である場合を例として説明する。加熱脱離質量分析装置は、測定対象物(試料)を加熱してガス成分を発生させ、このガス成分をイオン化して質量分析する。なお、本開示の技術を適用可能な質量分析装置は加熱脱離質量分析装置に限定されず、分離カラムにより測定対象物中の化合物を分離するガスクロマトグラフ質量分析装置又は液体クロマトグラフ質量分析装置などに本開示の技術を適用することができる。
【0012】
図1に示すように、質量分析装置100は、加熱部101(前処理部)、イオン化部102(前処理部)、検出部103(質量検出部)、制御部104(演算部)を備える。
【0013】
加熱部101は、測定対象物を加熱してガス成分を発生させる。加熱部101は、例えば加熱炉により構成することができ、加熱炉の加熱室には、オートサンプラにより測定対象物を搬送することができる。
【0014】
イオン化部102は、公知のイオン化装置により構成することができ、加熱部101により生成したガス成分をイオン化する。イオン化部102のイオン化方式としては、例えば大気圧化学イオン化法(APCI)、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)及び大気圧光イオン化法(APPI)、電子イオン化法(EI)などが挙げられる。中でも大気圧化学イオン化法は、イオン化における分析対象成分の構造の破壊(ガス成分のフラグメント化)が起こりにくく、フラグメントピークが生じにくいため、クロマトグラフ等で分離せずとも分析対象成分を検出できる。
【0015】
検出部103は、公知の質量分析計により構成することができ、イオン化部102でイオン化したイオンの質量と、各質量のイオン数(イオン強度)とを検出する。検出部103は、イオン強度の検出信号を制御部104に出力する。また、検出部103は、イオン電流を検出信号として制御部104に出力してもよい。
【0016】
制御部104は、検出部103が検出したイオンの質量と各質量のイオン数に基づいてマススペクトルを算出し、測定対象物を分析する。また、制御部104は、質量分析装置100の全体の動作を制御する。制御部104は、例えば質量分析装置100の各部を動作させるプログラムが格納されるメモリ及び該プログラムを実行するプロセッサ(CPU、MPUなど)等により構成することができる。制御部104は、パーソナルコンピュータ、スマートフォンなどのコンピュータ端末に組み込むことができ、制御部104は、各種データを記憶する記憶装置、ユーザーが質量分析装置100に対し指示を入力するための入力装置、質量分析の結果や各種GUI画面等を表示する表示装置などに接続される。
【0017】
<質量分析方法>
図2は、第1の実施形態に係る質量分析方法を示すフローチャートである。
【0018】
(ステップS1)
質量分析装置100のユーザは、分析対象成分を決定する。具体的には、制御部104は、ユーザが分析対象成分を決定するためのGUI画面を表示装置に表示し、ユーザは、入力装置を用いて、GUI画面を介して所望の分析対象成分を入力する。ここで、分析対象成分となり得る化合物のデータがデータベースとして保存されていてもよく、ユーザがデータベースの中から化合物を選択するようにしてもよい。また、ユーザが分析対象成分の化学式(分子式、構造式など)を入力するようにしてもよい。入力された分析対象成分の情報は、制御部104に出力される。本実施形態においては、分析対象成分が塩素化パラフィンである場合を例として説明する。
【0019】
(ステップS2)
制御部104は、分析対象成分の分子式及び同位体の存在比に基づき、各同位体の質量と存在比を計算して理論マススペクトルを算出する。分析対象成分となり得る化合物の分子式及び同位体の存在比は、データベースとして記憶され、制御部104により読み出されるようにしてもよいし、ユーザが入力した分析対象成分の化学式に応じて制御部104が計算するようにしてもよい。
【0020】
塩素化パラフィンは、アルカン(分子式:C2n+1)に塩素を結合させた化合物の総称であり、炭素数及び塩素数が異なるものの混合物である。したがって、塩素化パラフィンの分子式は、xを炭素数とし、yを塩素数とすると、C2x+2-yClとなる。塩素には35Clと37Clの2つの安定同位体があり、その同位体存在比は35Cl(75.77%)と37Cl(24.33%)である。そのため、xとyが同じであっても質量の異なる同位体がy+1種類存在する。
【0021】
図3は、x=14、y=5について計算した質量と存在比から算出した理論マススペクトルである。横軸は質量であり、縦軸は塩素の同位体存在比を基に算出した存在比であり、6本のピークの合計値が1となるように計算している。同様の計算を分析対象とするxとyの全ての組合せについて計算することで理論マススペクトルを算出することができる。
【0022】
(ステップS3)
図2に戻り、制御部104は、分析対象成分を含むと疑われる測定対象物を質量分析装置100により測定し、マススペクトル(以下、「第1のマススペクトル」という場合がある)を取得する。具体的には、制御部104は、加熱部101及びイオン化部102を駆動して、分析対象成分をガス化及びイオン化し、検出部103の検出信号の入力を受け付ける。制御部104は、質量(質量電荷比m/z)を横軸とし、イオン強度を縦軸として、マススペクトルを取得する。
【0023】
(ステップS4)
制御部104は、イオン化部102におけるイオン化反応に合わせて、ステップS3で取得したマススペクトルの質量を補正する。例えば、イオン化において酸素イオン(O )を付加している場合は、制御部104は、取得したマススペクトルの横軸を32Daだけマイナス側にずらす。つまり、制御部104は、横軸が448Daにあったピークを416Daに移動させる。
【0024】
(ステップS5)
制御部104は、ステップS2で算出した理論マススペクトルとステップS3で取得したマススペクトルとを比較して、一致度を算出する。一致度の算出において、比較対象とするピークは理論マススペクトルのピークが存在する質量のみとし、これ以外のピークは比較対象とはしない。これにより、ステップS3で取得したマススペクトルに分析対象成分以外のピークが存在したとしても、比較対象から除外することができる。ここで、分析対象成分以外のピークは、質量分析装置100自体、測定対象物の容器及び測定対象物に含まれる分析対象成分以外の夾雑成分などに起因する。
【0025】
塩素化パラフィンの理論マススペクトルにはy+1種類のピークが存在するが、このうち比較対象とするピークに限定はない。例えば、全てのピークを比較対象としてもよいし、ステップS3で取得したマススペクトルのピークのうち強度の強い複数のピークを比較対象としてもよいし、ある所定の閾値を超えたピークを比較対象としてもよい。
【0026】
一致度の算出方法として特に限定はないが、例えば相関係数を用いることができる。
【0027】
図4は、質量分析により得られたマススペクトルのあるピークの一例を示す図である。図4に示すように、一般に、質量分析装置で得られるマススペクトルの各ピークは、1本の線ではなく、ある程度の広がりがあり、例えばガウス関数で広がる。測定によっては、この広がり方が時間とともに変化したり、ピーク位置がシフトすることがある。このことは、算出する一致度の値を不安定にする。そこで、制御部104は、ステップS3で得られたマススペクトルのピークについて、横軸に所定幅Wの範囲内でのイオン強度の平均値を算出して一致度の算出に用いることで、一致度の値を安定化できる。
【0028】
(ステップS6)
図2に戻り、制御部104は、一致度に基づいて分析対象成分の有無を判定する。判定方法に限定はないが、例えば、制御部104は、一致度があらかじめ設定した閾値以上である場合に分析対象成分が「有り」と判定し、閾値よりも小さい場合に分析対象成分が「無し」と判定することができる。あるいは、制御部104は、あらかじめ第1閾値と、第1閾値よりも大きい第2閾値とを設定しておき、一致度が第1閾値以下の場合に分析対象成分が「無し」と判定し、一致度が第2閾値以上の場合に分析対象成分が「有り」と判定しても良い。
【0029】
<第1の実施形態のまとめ>
以上のように、第1の実施形態において、分析対象成分の理論マススペクトルのピークが存在する質量についてのみ、測定で得られたマススペクトルと理論マススペクトルとの一致度が算出され、当該一致度に基づいて分析対象成分の有無が判定される。これにより、測定で得られたマススペクトルにおいて、分析対象成分以外の質量にピークがあったとしても一致度の算出に使用されることはない。したがって、分析対象成分以外のピークの影響を回避することができるので、定性分析における誤判定を防止することができる。
【0030】
本実施形態の質量分析方法は、上述の塩素化パラフィンの分析に限定されず、同位体存在比が無視できないような複数の安定同位体が存在する元素を含む化合物の分析に適用することができる。本実施形態の質量分析方法は、例えば有機ハロゲン化合物及び有機金属化合物などの有機化合物を分析対象成分とすることができる。有機ハロゲン化合物としては、例えば、塩素化パラフィン及びダイオキシン類などの有機塩素化合物、臭素系難燃剤(例えばテトラブロモビスフェノールA)及び臭素化ダイオキシン類などの有機臭素化合物を分析対象成分とすることができる。
【0031】
[第2の実施形態]
第1の実施形態においては、分析対象成分の理論マススペクトルと、測定対象物を測定したマススペクトルとを算出して、一致度を算出する方法を説明した。測定対象物を測定したマススペクトルには、測定対象物に含まれる化合物だけでなく、質量分析装置100自体や、測定対象物の容器など、測定対象物以外の要素に起因するピークが含まれる。このような測定対象物以外の要素が分析対象成分と同じ質量である場合、すなわち、測定対象物以外の要素のピークが分析対象成分と同じ位置のピークとなる場合、測定へ悪影響(誤判定)を及ぼす。そこで、第2の実施形態においては、測定対象物以外の要素の影響を低減する技術を提案する。
【0032】
本実施形態の質量分析装置は、第1の実施形態で説明した質量分析装置100と同様のものを用いることができる。
【0033】
<質量分析方法>
図5は、第2の実施形態に係る質量分析方法のフローチャートである。ステップS1~S6については第1の実施形態と同じであるので説明を省略する。本実施形態では、ステップS5の前にステップS7が実施される。ステップS7において、制御部104は、あらかじめ測定対象物がない状態で質量分析装置100を動作させて測定したマススペクトル(以下、「第2のマススペクトル」という場合がある)を、ステップS3で得られたマススペクトル(第1のマススペクトル)から差し引く。具体的には、制御部104は、第1のマススペクトルのピークのイオン強度から、第2のマススペクトルのピークのイオン強度を差し引く。ここで、図3を参照して説明したように、各ピークの所定幅Wにおけるイオン強度の平均値をそのピークのイオン強度として、本ステップの演算を行うことができる。第2のマススペクトルには、質量分析装置100や測定対象物の容器など、測定対象物以外の要素に起因したピークのみが含まれる。したがって、ステップS7の処理により、測定対象物のみについてのマススペクトルを得ることができる。このようなマススペクトルを用いて理論マススペクトルと比較することにより、誤判定を防止することができる。
【0034】
なお、ステップS7は、ステップS3とステップS5の間に実施すればよく、ステップS4とステップS7の順番を限定するものではない。また、測定対象物がない状態でのマススペクトルの取得は、ステップS3において測定対象物を測定する前に実施することができる。
【0035】
<第2の実施形態のまとめ>
以上のように、第2の実施形態においては、測定対象物を測定して得られる第1のマススペクトルから、測定対象物がない状態で取得した第2のマススペクトルを差し引き、これにより得られるマススペクトルと、分析対象成分の理論マススペクトルとの一致度が算出される。これにより、測定対象物以外の要素に起因するピークの影響を排除することができるので、第1の実施形態と比較して、より分析精度を向上することができる。
【0036】
[第3の実施形態]
第1及び第2の実施形態においては、分析対象成分中の元素の同位体存在比を考慮して分析する技術を説明した。分析対象成分によっては、同族体間でピーク位置が重なる場合があり、それぞれの同族体のピーク強度を分離しないと誤判定につながる。そこで、第3の実施形態においては、同族体間で重なったピークを分離する技術を提案する。
【0037】
本実施形態の質量分析装置は、第1の実施形態で説明した質量分析装置100と同様のものを用いることができる。
【0038】
<質量分析方法>
図6は、第3の実施形態に係る質量分析方法のフローチャートである。ステップS1~S6については第1の実施形態と同じであるので説明を省略する。本実施形態では、ステップS5の前にステップS8が実施される。ステップS8において、制御部104は、理論マススペクトルにおいて炭素数xと塩素数yの組み合わせが異なる成分(同族体)間において質量が同じ位置にピークがあった場合に、ステップS3で得られたマススペクトルの当該ピークのイオン強度を分離する。イオン強度(ピークの重なり)を分離する方法の一例を以下に説明する。
【0039】
図7は、イオン強度を分離する方法の概念図である。ここでは、炭素数xと塩素数yの組合せが異なる成分A及び成分B(塩素化パラフィン)を例として説明する。図7には、成分A(成分A-1~A-5)及び成分B(成分B-1~B-5)の質量と存在比から算出したマススペクトルが示されており、それぞれ5本のピークが現れている。なお、各成分のアルファベットの後の数字は、それぞれの成分の中に含まれる37Clの数である。よって、数字が1増えると質量が2増えることになる。図7の例では、成分A-5と成分B-1の質量が同じ、つまりピーク位置が重なっていることとする。この場合、重なりがないピーク(例えば成分A-2)と、重なりがあるピーク(成分A-5)の存在比(縦軸)の比率は、理論マススペクトルから算出できる。したがって、ステップS3で得られたマススペクトルの成分A-5のイオン強度は、成分A-2のイオン強度と上記比率とに基づいて計算できる。成分A-5のイオン強度の計算結果から、成分B-1のイオン強度も取得可能となる。このようにして、成分Aと成分Bとの間で質量が同じであるピークがあったとしても、イオン強度を分離することが可能となる。ここで、図3を参照して説明したように、各ピークの所定幅Wにおけるイオン強度の平均値をそのピークのイオン強度として、本ステップの比率の算出に用いることができる。
【0040】
なお、本ステップの処理に用いるピーク(同族体間の重なりのないピーク)に限定はなく、イオン強度が一番大きいピークを用いることもできるし、複数のピークを用いることもできる。また、ステップS8は、ステップS3とステップS5の間に実施すればよく、ステップS4とステップS8の順番を限定するものではない。
【0041】
<第3の実施形態のまとめ>
以上のように、第3の実施形態においては、炭素数xと塩素数yの組み合わせが異なる同族体間で質量が同じ成分がある場合は、測定対象物を測定して得られるマススペクトルから、質量の同じ成分のイオン強度を分離する。これにより、同じ質量(ピークが同じ位置)の同族体があっても、それぞれについて理論マススペクトルと比較することができるので、誤判定が抑制される。
【0042】
[第4の実施形態]
第4の実施形態では、第2の実施形態及び第3の実施形態の組み合わせについて説明する。
【0043】
図8は、第4の実施形態に係る質量分析方法のフローチャートである。ステップS1~S8の各処理の内容については、上述の通りである。図8に示すように、ステップS4及びS5の間に、ステップS7及びS8を実施することができる。ステップS7は、ステップS3とステップS5の間に実施すればよく、ステップS4より前に実施してもよいし、ステップS8の後に実施してもよい。
【0044】
[変形例]
本開示は、上述した実施形態に限定されるものでなく、様々な変形例を含んでいる。例えば、上述した実施形態は、本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備える必要はない。また、ある実施形態の一部を他の実施形態の構成に置き換えることができる。また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることもできる。また、各実施形態の構成の一部について、他の実施形態の構成の一部を追加、削除又は置換することもできる。
【符号の説明】
【0045】
100…質量分析装置
101…加熱部
102…イオン化部
103…検出部
104…制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8