(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-28
(45)【発行日】2024-01-12
(54)【発明の名称】透過率可変素子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G02F 1/1506 20190101AFI20240104BHJP
【FI】
G02F1/1506
(21)【出願番号】P 2020076290
(22)【出願日】2020-04-22
【審査請求日】2023-03-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(73)【特許権者】
【識別番号】000148689
【氏名又は名称】株式会社村上開明堂
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100161148
【氏名又は名称】福尾 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100179903
【氏名又は名称】福井 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】宮川 和典
(72)【発明者】
【氏名】久保田 節
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 泰士
(72)【発明者】
【氏名】守山 正巳
(72)【発明者】
【氏名】北村 和也
(72)【発明者】
【氏名】持塚 多久男
【審査官】横井 亜矢子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/093298(WO,A1)
【文献】特開2000-089188(JP,A)
【文献】特開平07-287241(JP,A)
【文献】特開2019-056763(JP,A)
【文献】特開2004-355812(JP,A)
【文献】特開昭58-145288(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0011384(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/15-1/19
G02F 1/13,1/137-1/141
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
間隙を隔てて一対に配置した第1及び第2の透光性導電膜付き基板により構成される電極対と、
前記間隙に充填され、銀イオンを組成に含む電解液と、
を備える透過率可変素子であって、
前記電極対間の電場の変化に応じて前記電解液中の前記銀イオンを、前記第1の透光性導電膜付き基板の表面に析出させて光透過率を変化させた場合に、可視光領域内における分光透過特性が、
前記透過分光透過特性において、青色光領域における透過率が緑色領域における透過率よりも小さく、かつ、前記緑色領域における透過率が赤色領域における透過率以下である状態を保ったまま無段階に変化することを特徴とする透過率可変素子。
【請求項2】
波長635nmにおける透過率をT
R、波長520nmにおける透過率をT
G、波長430nmにおける透過率をT
Bとそれぞれ表し、前記電場の変化に応じて前記光透過率を変化させた場合の各透過率の比が、T
R:T
G:T
B=1:1~0.65:0.80~0.45範囲である、請求項1に記載の透過率可変素子。
【請求項3】
前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板における透光性導電膜の表面抵抗率がともに5Ω/□~30Ω/□である、請求項1又は2に記載の透過率可変素子。
【請求項4】
前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板における透光性導電膜の膜厚がともに100nm~250nmである、請求項1~3のいずれか1項に記載の透過率可変素子。
【請求項5】
第1及び第2の透光性導電膜付き基板を形成する工程と、
間隙を隔てて前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板を配置し、前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板により構成される一対の電極対を設ける工程と、
前記間隙に、銀イオン及び前記銀イオンよりも含有量が少ない銅イオンを組成に含む電解液を充填する工程と、
を含む透過率可変素子の製造方法であって、
前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板を形成する工程において、酸素導入量を0.4sccm~0.7sccmとするスパッタ法により第1及び第2の基板上に前記第1及び第2の透光性導電膜をそれぞれ成膜することを特徴とする透過率可変素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透過率可変素子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
外部から入射する光の光量又は色調を調整するためのフィルターは、カメラ用フィルター、防眩ミラー、照明用の調光用フィルター、窓材等の種々の用途で用いられている。
【0003】
こうしたフィルターの具体例として、
図1を参照し、テレビ放送用のビデオカメラにおけるフィルターの使用例を説明する。ビデオカメラ1において、撮像素子5の撮像面に入射する光6の光量を調整する際は、レンズ2の絞り3の開口径(F値)を変化させて、撮像素子5における出力画像の明るさ(信号量)を調整する。ここで、レンズ2の絞り3の値を変化させると、明るさが変わるのはもちろんのこと、ピントの合う深さ方向の距離(被写界深度)や、解像度までもが変化してしまう。特に、昨今の4K、8Kの高精細テレビシステムでは、レンズ2の絞り3の径を一定よりも小さくしてしまうと、光の回折現象由来の画像ボケ(「小絞りボケ」と呼ばれる)が生じ、取得した画像の解像度が著しく低下しかねない。そこで、光6の光量を調整するために、レンズ2のF値調整による光量調整に加えて、光量をさらに減衰するために透過率が異なるND(Neutral Density)フィルター4を数枚程度で複数併用し、その光量の状況において適正な透過率のNDフィルターを1つ選択して使用する。
【0004】
ところで近年、電圧印加することにより分光透過特性を無段階で連続的に変化させることのできる透過率可変素子が開発されている。例えば特許文献1は、ガラス基板に透光性導電膜が形成された透光性導電膜付き基板を透光性導電膜側同士で対向させて電極対を設け、この電極対間の空隙に、金属塩となる銀及び銅をメタノールで溶解させた電解液を充填させた構造の反射率可変素子を開示する。この素子において、電極対間での電場を変化させることにより、透光性導電膜の表面へ銀イオンを析出又は溶解することを可逆的に繰り返すことができるため、光の透過率を無段階で変化させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えばテレビ放送用のビデオカメラを考えると、上述した従来型のNDフィルター4を透過率可変素子に置き換えることができれば、前述の「光の回折現象」への有効な対策になると期待できる。レンズの解像度が優れた絞りの大きさ(F値)に設定しつつ、透過率可変素子の光透過率を無段階で任意に調整すればよいからである。晴天時の屋外のような高照度下と、室内のような低照度下とが混在する状況を1台のビデオカメラで連続撮影する際にも、透過率可変素子の使用を期待できる。このような場合、高解像度を保つためにレンズのF値を調整するのみであれば高照度下の明るさを充分に減衰することはできずに過度な光量を撮像面に入れてしまうことになるが、透過率変換素子を用いれば透過率を無段階で素早く変更できるため、撮影面に入る光の光量調整は容易である。また、従来型のNDフィルター4では、複数の中から適切な透過率のものを選択して切替える際に、枠(ターレット部)が出力映像に映り込んでしまうが、透過率可変素子では無段階調整ができるため、その切替えが不要な利点もある。
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の素子では、光の反射と透過が複合的に作用するため、光透過率を変化させると光反射成分も影響するため色調に変化を及ぼしかねず、改良の余地がある。
【0008】
そこで本発明は、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制可能な透過率可変素子及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく、本発明者らは鋭意検討し、透過率可変素子における入射光波長に対する透過率特性を規定した。本発明の要旨構成は以下のとおりである。
【0010】
本発明による透過率可変素子は、間隙を隔てて一対に配置した第1及び第2の透光性導電膜付き基板により構成される電極対と、前記間隙に充填され、銀イオンを組成に含む電解液と、を備え、前記電極対間の電場の変化に応じて前記電解液中の前記銀イオンを、前記第1の透光性導電膜付き基板の表面に析出させて光透過率を変化させた場合に、可視光領域内における分光透過特性が、太陽光下5600K~7200K相当の補正特性に合致した状態を保ったまま無段階に変化する。
【0011】
この透過率可変素子において、波長635nmにおける透過率をTR、波長520nmにおける透過率をTG、波長430nmにおける透過率をTBとそれぞれ表し、前記電場の変化に応じて前記光透過率を変化させた場合の各透過率の比が、TR:TG:TB=1:1~0.65:0.80~0.45の範囲であることが好ましい。
【0012】
また、本発明による透過率可変素子において、前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板における透光性導電膜の表面抵抗率がともに5Ω/□~30Ω/□であることが好ましい。
【0013】
さらにまた、本発明による透過率可変素子において、前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板における透光性導電膜の膜厚がともに100nm~250nmであることが好ましい。
【0014】
また、本発明による透過率可変素子の製造方法は、第1及び第2の透光性導電膜付き基板を形成する工程と、間隙を隔てて前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板を配置し、前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板により構成される一対の電極対を設ける工程と、前記間隙に、銀イオン及び前記銀イオンよりも含有量が少ない銅イオンを組成に含む電解液を充填する工程と、を含む透過率可変素子の製造方法であって、前記第1及び第2の透光性導電膜付き基板を形成する工程において、酸素導入量を0.4sccm~0.7sccmとするスパッタ法により第1及び第2の基板上に前記第1及び第2の透光性導電膜をそれぞれ成膜する。
【0015】
なお、本明細書において数値範囲を表記するための記号「~」は、その範囲の両端点の数値を含むものとする。例えば数値範囲「1~10」の表記は、1以上10以下と言い換えることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制可能な透過率可変素子及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】従来技術に従うビデオカメラの模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態に従う透過率可変素子の模式断面図である。
【
図3】実施例1において作製した透光性導電膜付き基板の分光透過特性を示すグラフである。
【
図4】実施例1において作製した透過率可変素子の透過率を変化させたときの透過率特性を示すグラフであり、(A)は縦軸を線形スケールにしたものであり、(B)は縦軸を対数スケールにしたものである。
【
図5】比較例1において作製した透過率可変素子の透過率を変化させたときの透過率特性を示すグラフであり、(A)は縦軸を線形スケールにしたものであり、(B)は縦軸を対数スケールにしたものである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(透過率可変素子)
以下、
図2を参照して本発明に従う透過率可変素子の実施形態を説明する。本発明の一実施形態に従う透過率可変素子100は、間隙を隔てて一対に配置した第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120により構成される電極対と、この間隙に充填され、銀イオンを組成に含む電解液140と、を少なくとも備え、さらに必要に応じて他の構成を備えてもよい。そして、透過率可変素子100において、この電極対間の電場の変化に応じて電解液140中の銀イオンを、第1の透光性導電膜付き基板110の表面に析出させて光透過率を変化させた場合に、第1の透光性導電膜付き基板110の可視光領域内における分光透過特性が、太陽光下5600K~7200K相当の補正特性に合致した状態を保ったまま無段階に変化する。なお、説明の便宜状、入射光310側の透光性導電膜付き基板を「第1の透光性導電膜付き基板110」と称し、透過光320側の透光性導電膜付き基板を「第2の透光性導電膜付き基板120」と称する。以下、各構成の詳細を順次説明する。
【0019】
<電極対>
第1の透光性導電膜付き基板110及び第2の透光性導電膜付き基板120を、所定の間隙を隔てて一対に配置することにより電極対を構成する。第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120は、それぞれ第1及び第2の基板111、121並びに各基板上に設けたれた第1及び第2の透光性導電膜112、122を有する。そして、第1及び第2の透光性導電膜112、122を互いに対向させて配置する。
【0020】
<<基板>>
第1及び第2の基板111、121のそれぞれは、ガラス基板であってもよいし、樹脂基板であってもよい。両者は同種の材料であってもよいし、異種の材料であってもよい。各基板の表面に透光性導電膜を成膜可能であれば、材料の制限はない。
【0021】
<<透光性導電膜>>
第1及び第2の透光性導電膜112、122のそれぞれは特に制限されないが、ITO(酸化インジウムスズ)、IZO(酸化インジウム亜鉛)、酸化スズ、酸化亜鉛等の透光性導電膜であることが好ましい。透光性導電膜のなかでも、ITOを用いることがより好ましい。なお、各透光性導電膜は同種の材料であってもよいし、異種の材料であってもよい。各透光性導電膜の表面に銀を析出可能であれば、材料の制限はない。
【0022】
--表面抵抗率--
第1及び第2の透光性導電膜112、122のそれぞれの表面抵抗率は低いほど望ましく、実際に成膜可能な5Ω/□~30Ω/□とすることが望ましい。中でも30Ω/□以下とすることが好ましい。表面抵抗率は電極対の間に電場を加えて透過率を変更する際の応答性に影響を及ぼすところ、表面抵抗率が30Ω/□以下であれば、透過率の可変速度を十分なものとすることができ、表面抵抗率が100Ω/□以上では銀イオンの析出が不可能となる。両透光性導電膜の表面抵抗率は同じであってもよいし、異なってもよい。
【0023】
--膜厚--
第1及び第2の透光性導電膜112、122のそれぞれの膜厚は特に制限されず、用途に応じて適宜の膜厚とすればよいが、例示的に100nm~250nmとすることができる。各透光性導電膜の膜厚は上述した表面抵抗率及び透過率に影響するので、所望の分光透過率特性及び透過率の可変速度を考慮して適宜設計すればよい。両透光性導電膜の膜厚は同じであってもよいし、異なってもよい。但し、厚膜化すると最大透過率が低くなるおそれがあるため、透過率の可変範囲と応答速度(抵抗値)を考慮して設計することが好ましい。
【0024】
<電解液>
電解液140は、銀イオンを組成に含み、必要に応じて銀イオンよりも含有重量が少ない銅イオンを組成に含むことも好ましい。このような電解液140は、例えば、炭酸プロピレン等のエステル系溶剤及びメタノール等のアルコールを含む非水溶媒に、硝酸銀(AgNO3)等の銀塩及び塩化第二銅(CuCl2)等の銅塩を溶解させることにより得られる。上記非水溶媒に、必要に応じて、臭化リチウム(LiBr)等の支持電解質をさらに溶解させてもよい。電解液140は、必要に応じて増粘剤をさらに含んでもよい。こうした増粘剤の例は、ポリプロピレン、ポリビニルブチラール、ポリメチルメタアクリレート等のポリマーである。電解液140は第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120により構成される電極対の間の間隙に充填される。
【0025】
<その他の構成>
電解液140を電極対の間隙に充填させるため、透過率可変素子100は電解液140を封止するシール材171、172を備えてもよい。また、透過率可変素子100は、第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120に電気的に接続する駆動電源200を備えてもよい。シール材171、172には、第1及び第2の基板111、121と同じ材質(ガラスまたは樹脂基板等)を用いた上で、接着効果を有する物質で透光性導電膜付き基板110、120と密閉空間を形成すればよい。更に、駆動電源200には一般的な直流電源を用いれば動作するが、より応答性の向上と指定透過率の長時間維持には別途、透過率を検出可能な負帰還回路などを備えてもよい。
【0026】
ここで、透過率可変素子100における析出層150の形成に伴う透過率の変化について説明する。入射光310側の第1の透光性導電膜付き基板110側を陰極(-)に、それとは反対側の第2の透光性導電膜付き基板120側を陽極(+)として2.5V程度の電圧を駆動電源200により印加すると、入射光310側の透光性導電膜112の表面全域に、電解液140中に溶け込んで無色透明状態であった銀イオンが、透光性導電膜から電子を受けて還元作用を生じ、銀(金属)となって析出して析出層150を形成することができる。透過率可変素子100は、析出層150を形成し、その膜厚を増大させるほど透過率可変素子100を透過する光の透過率を任意に無段階で減衰することができる。また、駆動電源200に供給する電位極性を反転させれば、析出層150に析出した銀の結晶粒が電解液140に溶出して透過率が上昇する。具体的には、入射光310側の第1の透光性導電膜付き基板110側を陽極(+)に、それとは反対側の第2の透光性導電膜付き基板120側を陰極(-)として0.5V程度の電圧を印加すれば、析出層150に析出した銀の結晶粒は酸化し、電解液140に銀イオンとなり透明な状態に戻る。透過率可変素子100においてこの析出及び溶出を繰り返すことによって、自由自在に透過率可変素子100の透過率を変更することができる。
【0027】
<分光透過率>
さて、本発明による透過率可変素子100は、電極対間の電場の変化に応じて電解液140中の銀イオンを、第1の透光性導電膜付き基板110の表面(特に第1の透光性導電膜112)に析出させて光透過率を変化させた場合に、可視光領域内における分光透過特性を、太陽光下5600K~7200K相当の補正特性に合致した状態を保ったまま無段階に変化させる。ここでいう「太陽光下5600K~7200K相当の補正特性」とは、可視光領域(概ね波長範囲380nm~750nm)において太陽光成分の発光波長は、波長が増加するにつれて発光成分が減少する(青色領域>緑色領域>赤色領域)ため、スタジオ照明(タングステン光源)3200Kの発光波長の発光成分(青色領域<緑色領域<赤色領域)へ補正した分光透過特性のバランスをいう。すなわち、透過率が青色光領域<緑色光成分≦赤色領域となることをいう。分光透過特性がこの傾向を満足すれば、例えば透過率可変素子100をテレビ放送用のビデオカメラに使用して撮影した際、太陽光下で使用しても、色調に変化を抑制することができる。そのため、透過率可変素子100を可視光全域に渡り色バランスを整えつつ、透過率を減衰させるフィルターとして使用することができる。
【0028】
-透過率の比-
上述した補正特性を満足させるため、波長635nmにおける透過率をTR、波長520nmにおける透過率をTG、波長430nmにおける透過率をTBとそれぞれ表し、前記電場の変化に応じて前記光透過率を変化させた場合の各透過率の比が、TR:TG:TB=1:1~0.65:0.80~0.45の範囲であることが好ましい。透過率可変素子100の透過率を増減させても、各透過率が上記比の範囲内であれば、太陽光下での使用を考慮する場合、光量調整を行いつつ、目的の色調への影響を十分に抑制することができる。また、緑色光成分の光量を減衰させすぎると銀の析出現象がまったく生じていないときでも透過率の減衰が大きく、光量の調整範囲(最大透過時から最大減衰時)を狭くさせてしまう可能性があるため、より好ましい各透過率の比は、TR:TG:TB=1:1~0.70:0.6~0.5の範囲である。また、上述した補正特性を満足させるため、TR>TG>TBであることが好ましい。さらに、本発明による透過率可変素子100は、その透過率を調整可能な全範囲で上記透過率の比を満足することがもっとも好ましいが、少なくとも透過率を10%(析出大)~60%(析出小)の範囲の範囲で増減させるときに上記透過率の比を満足すればよい。なお、上記の透過率を増減させる際の比率は、無析出状態での波長520nmにおける透過率を基準とする。
【0029】
以上のとおり、本発明に従う透過率可変素子100において、入射光波長に対する透過率特性を規定した。この透過率可変素子は、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制することができる。特に、この透過率可変素子100をテレビ放送用のビデオカメラに用いれば、太陽光下のカメラ撮影において透過率を変化させても、常に色調バランスへの影響を抑止しながら透過率の可変動作を実現することができる。ビデオカメラが本発明に従う透過率可変素子を備えることは好ましいが、これは本発明による透過率可変素子の用途の一例にすぎない。本発明による透過率可変素子は、ビデオカメラ用のフィルターの他、カメラ全般用のフィルター、防眩ミラー、照明用の調光用フィルター、窓材等の種々の用途に適用可能である。なお、本発明に従う透過率可変素子100の大きさ及び形状(丸型、矩形等)は何ら問わるものではないが、素子面積が大きくなるにつれて応答性能が低下するため、応答性能を考慮して素子の大きさ及び形状を設計することが好ましい。
【0030】
(透過率変換素子の製造方法)
次に、上述した本発明に従う透過率可変素子100を製造する方法の一実施形態を説明する。引き続き
図2を参照する。透過率可変素子100の製造方法は、第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120を形成する工程と、間隙を隔てて第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120を配置し、第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120により構成される一対の電極対を設ける工程と、この電極対の間隙に、銀イオンを組成に含む電解液140を充填する工程と、を少なくとも含む。必要に応じて、他の工程を含んでもよい。なお、透過率可変素子100の実施形態において既述の構成には同一の参照符号を付し、重複する説明を省略する。
【0031】
<透光性導電膜付き基板を形成する工程>
まず、第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120をそれぞれ形成する。両基板を同時に形成してもよいし、別々に形成してもよい。ここで、この工程において、酸素導入量を0.4sccm~0.7sccmとするスパッタ法により第1及び第2の基板111、121上に第1及び第2の透光性導電膜112、122をそれぞれ成膜する。用いるスパタリングターゲットは成膜する透光性導電膜の材料に応じて適切なものを採用すればよい。
【0032】
<<スパッタリング条件>>
上記のとおり、スパッタ法において酸素導入量を0.4sccm~0.7sccmとする。酸素流量は可視光領域のうちでも青色光領域の透過特性に特に大きな影響を及ぼす。酸素流量をこの範囲よりも少なくすると青色領域の透過率が著しく減衰し、さらには可視光領域全体の透過率が減衰する。また酸素流量をこの範囲よりも多くすると、0.7sccmを超える辺りから青色光領域の透過性のみが向上するために、透過率の高い領域で透過率可変素子を動作させると色調のバランスを失う。さらに、酸素の量を0.4sccmよりも減らすと透光性導電膜の表面に白濁が生じ、テレビ放送用のビデオカメラの画質としては不適用となってしまう。
【0033】
スパッタ法におけるその他のスパッタリング条件は、上記酸素導入量の範囲で行う以外は一般的な条件で行うことができ、酸素以外にアルゴンなどの不活性ガスを10~150sccm程度で導入してもよい。またこの場合、不活性ガス流量に対する酸素流量(導入量)の比(すなわち酸素流量/不活性ガス流量)を0.00267~0.07程度とすることが好ましく、0.008~0.014程度とすることがより好ましい。また、真空度は0.1Pa~1.0Pa程度の中真空下とすることが好ましい。DCスパッタリング法を用いることが好ましいが、RFスパッタリング法等を用いてもよい。成膜時間を調整すれば、透光性導電膜の膜厚、その表面抵抗率及びその無析出状態での透過率を調整可能である。
【0034】
次に、第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120を用いて電極対を設ける。そして、電極対の間隙に電解液140を充填すればよい。電解液140を間隙に充填するため、シール材171、172を用いてもよい。電解液140の充填に先立ち、電解液140を調製する工程を行ってもよい。
【0035】
以上の任意工程を含む各工程を経ることにより、本発明に従う透過率可変素子を製造することができる。こうして得られた透過率可変素子は、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制することができる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0037】
(実施例1)
説明の便宜状、
図2の参照符号を参照する。ガラス基板111、121上にそれぞれITOからなる透光性導電膜112、122を成膜した。成膜にあたり、DCスパッタ法を用い、ITO(錫5重量%)のターゲットを採用した。また、スパッタリング条件は、酸素流量0.4sccm、アルゴン流量50sccmとし、真空度0.6Paの状態とした。そして、DC260Wで10分間の成膜によって各透光性導電膜112、122を得た。得られた各透光性導電膜の表面抵抗率(4端子4深針法(定電流印加)で、日東精工アナリテック社製:MCP-T370測定)は28.3Ω/□、膜厚(反射分光式測定器で測定)は160nmであった。なお、本実施例に使用したスパッタ装置では、酸素導入量を0.8sccmに変えた場合、かつ本実施例と同様に膜厚160nmでITOを成膜した場合、膜の表面抵抗率は15Ω/□となる。また、第1の基板111及び第2の基板121の大きさは、ともに34mm×50mmである。
【0038】
これら透光性導電膜付き基板110、120を、間隙を隔てて一対に配置して電極対を設けた。次いで、電極対の間隙の内部に、銀イオンおよび該銀イオンよりも含有重量が少ない銅イオンを含む組成を有した電解液140を充填した。電解液140が漏れないよう、入射光310側のガラス基板111及び透過光320側のガラス基板121と、0.3mm厚のシール材171、172とで密閉された構造とした。透光性導電膜112、122が対向しており、両者の表面は電解液140と接する。こうして、実施例1に係る透過率可変素子100を作製した。
【0039】
実施例1において作製したITOからなる透光性導電膜付き基板の1枚単独での透過率特性を
図3に示す。透過率測定の際には透過率測定器(大塚電子社製:MCPD-3700 )を用いた。以下の評価においても同様である。また、電極対としたときの透光性導電膜付き基板の総体での透過率バランスを下記表1に示す。
【0040】
【0041】
透過率可変素子全体の透過率は、ガラス基板等を含む素子全体での分光透過特性のバランスが影響する。そこで、実施例1に係る透過率可変素子を駆動させて析出層を形成したときの、波長550nmの透過率を60~10%の範囲で10%ごとに可変させたときの分光透過特性を
図4に示す。
図4(A)は縦軸をリニアスケール表示したものであり、
図4(B)は縦軸を対数スケール表示したものである。実施例1に係る透過率可変素子を駆動して波長550nm基準の透過率を変動させても、分光透過特性のバランスが同等を維持し、しかも太陽光の色温度(5600K~7200K)を補正したバランス(透過率が赤、緑、青の順で低減)で同じ傾向で動作することが確認できる。したがって、この透過率可変素子をビデオカメラに用いれば、可視光全域に渡り色バランスを整えつつ、透過率を減衰させるフィルターとして使用することができる。
【0042】
(比較例1)
実施例1ではITOからなる透光性導電膜を酸素流量0.4sccmで成膜したところ、酸素流量を0.8sccmに変えた以外は実施例1と同様にして、比較例1に係る透過率可変素子を作製した。なお、比較例1における透光性導電膜の表面抵抗率は14.9Ω/□、膜厚は160nmであった。
【0043】
比較例1に係る透過率可変素子を駆動させたときの、波長550nmの透過率を60%、40%、10%に可変させたときの分光透過特性を
図5に示す。
図5(A)は縦軸をリニアスケール表示したものであり、
図5(B)は縦軸を対数スケール表示したものである。比較例1では、特に透過率(550nmの透過率基準)を40%から10%へ変化させると、10%の分光透過率では透過光ではなく反射光成分の要因と考えられる影響を強く受けるために分光透過特性にウネリが生じていた。これをビデオカメラに使用すると、透過率を可変すると同時に色調までもが変化してしまう。つまり、分光透過特性のバランスが崩れてしまい色再現性に悪影響を及ぼしてしまう。
【0044】
実施例1と比較例1とを対比すると、比較例1において色調のバランスが不均一になってしまう要因は、透光性導電膜の青色透過が他の色に比べて極端に高透過の特性を有していたからだと考えられる。実施例1ではITO成膜時の酸素流量を低減したため、この問題は生じていないと考えられる。更に、銀がより多く析出しても反射光成分が抑制される効果により、実施例1の構造は比較例1に比べて赤色透過が、より減衰する傾向が得られることも特徴的であった。透明導電膜の青色成分透過率のバランスが整うことで、赤色成分の反射光成分にも影響を与えたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明によれば、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制可能な透過率可変素子及びその製造方法を提供することができ、色調制御が必要な種々のフィルター用途において特に有用である。
【符号の説明】
【0046】
透過率可変素子 100
第1の透光性導電膜付き基板 110
第1の基板 111
第1の透光性導電膜 112
第2の透光性導電膜付き基板 120
第2の基板 121
第2の透光性導電膜 122
電解液 140
析出層 150
シール材 171、172
電源 200
入射光 310
透過光 320