(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-28
(45)【発行日】2024-01-12
(54)【発明の名称】透過率可変素子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G02F 1/1506 20190101AFI20240104BHJP
G02F 1/155 20060101ALI20240104BHJP
【FI】
G02F1/1506
G02F1/155
(21)【出願番号】P 2020076294
(22)【出願日】2020-04-22
【審査請求日】2023-03-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(73)【特許権者】
【識別番号】000148689
【氏名又は名称】株式会社村上開明堂
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100161148
【氏名又は名称】福尾 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100179903
【氏名又は名称】福井 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】宮川 和典
(72)【発明者】
【氏名】久保田 節
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 泰士
(72)【発明者】
【氏名】守山 正巳
(72)【発明者】
【氏名】北村 和也
(72)【発明者】
【氏名】持塚 多久男
【審査官】横井 亜矢子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/093298(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/093274(WO,A1)
【文献】特開2011-241471(JP,A)
【文献】特開2018-180351(JP,A)
【文献】特開2000-089188(JP,A)
【文献】特開昭58-145288(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0011384(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/15-1/19
G02F 1/13,1/137-1/141
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
間隙を隔てて一対に配置した第1及び第2の透明電極付き基板により構成される電極対と、
前記間隙に充填され、銀イオンを組成に含む電解液と、
を備える透過率可変素子であって、
前記第1の透明電極付き基板は、第1の基板と、前記第1の基板上の第1の透光性導電膜と、前記第1の透光性導電膜上の第2の透光性導電膜と、を有し、前記第1及び第2の透光性導電膜の表面粗さが異な
り、
前記第2の透明導電膜の表面粗さRaが、前記第1の透明導電膜の表面粗さRaよりも大きいことを特徴とする透過率可変素子。
【請求項2】
前記第1の透明電極付き基板1枚あたりでの、波長635nmにおける透過率に対する、波長430nmにおける透過率の比が0.5~0.9の範囲である、請求項1に記載の透過率可変素子。
【請求項3】
前記第1及び第2の透光性導電膜のうち、少なくとも一方がITOで構成される請求項1又は2に記載の透過率可変素子。
【請求項4】
前記第1及び第2の透光性導電膜がいずれもITOからなる、請求項3に記載の透過率可変素子。
【請求項5】
前記第1の透明電極付き基板の透明電極のシート抵抗値が5~30Ω/□である、請求項1~4のいずれか1項に記載の透過率可変素子。
【請求項6】
第1の透明電極付き基板を形成する工程と、
第2の透明電極付き基板を形成する工程と、
間隙を隔てて前記第1及び第2の透明電極付き基板により構成される一対の電極対を配置する工程と、
前記間隙に、銀イオン及び前記銀イオンよりも含有量が少ない銅イオンを組成に含む電解液を充填する工程と、
を含む透過率可変素子の製造方法であって、
前記第1の透明電極付き基板を形成する工程は、第1の基板上に第1の透光性導電膜を成膜する第1成膜工程と、前記第1の透光性導電膜上に第2の透光性導電膜を成膜する第2成膜工程と、を含み、前記第1及び第2の透光性導電膜の表面粗さが異なるよう、前記第1成膜工程及び第2成膜工程を行い、
前記第2の透明導電膜の表面粗さRaが、前記第1の透明導電膜の表面粗さRaよりも大きいことを特徴とする透過率可変素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透過率可変素子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
外部から入射する光の光量又は色調を調整するためのフィルターは、カメラ用フィルター、防眩ミラー、照明用の調光用フィルター、窓材等の種々の用途で用いられている。
【0003】
こうしたフィルターの具体例として、
図1を参照し、テレビ放送用のビデオカメラにおけるフィルターの使用例を説明する。ビデオカメラ1において、撮像素子5の撮像面に入射する光6の光量を調整する際は、レンズ2の絞り3の開口径(F値)を変化させて、撮像素子5における出力画像の明るさ(信号量)を調整する。ここで、レンズ2の絞り3の値を変化させると、明るさが変わるのはもちろんのこと、ピントの合う深さ方向の距離(被写界深度)や、解像度までもが変化してしまう。特に、昨今の4K、8Kの高精細テレビシステムでは、レンズ2の絞り3の径を一定よりも小さくしてしまうと、光の回折現象由来の画像ボケ(「小絞りボケ」と呼ばれる)が生じ、取得した画像の解像度が著しく低下しかねない。そこで、光6の光量を調整するために、レンズ2のF値調整による光量調整に加えて、光量をさらに減衰するために透過率が異なるND(Neutral Density)フィルター4を数枚程度で複数併用し、その光量の状況において適正な透過率のNDフィルターを1つ選択して使用する。
【0004】
ところで近年、電圧印加することにより分光透過特性を無段階で連続的に変化させることのできる透過率可変素子が開発されている。例えば特許文献1は、ガラス基板に透明電極が形成された透明電極付き基板を透明電極側同士で対向させて電極対を設け、この電極対間の空隙に、金属塩となる銀及び銅をメタノールで溶解させた電解液を充填させた構造の反射率可変素子を開示する。この素子において、電極対間での電場を変化させることにより、透明電極の表面へ銀イオンを析出又は還元することを可逆的に繰り返すことができるため、光の透過率を無段階で変化させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えばテレビ放送用のビデオカメラを考えると、上述した従来型のNDフィルター4を透過率可変素子に置き換えることができれば、前述の「光の回折現象」への有効な対策になると期待できる。レンズの解像度が優れた絞りの大きさ(F値)に設定しつつ、透過率可変素子の光透過率を無段階で任意に調整すればよいからである。晴天時の屋外のような高照度下と、室内のような低照度下とが混在する状況を1台のビデオカメラで連続撮影する際にも、透過率可変素子の使用を期待できる。このような場合、高解像度を保つためにレンズのF値を調整するのみであれば高照度下の明るさを充分に減衰することはできずに過度な光量を撮像面に入れてしまうことになるが、透過率変換素子を用いれば透過率を無段階で素早く変更できるため、撮影面に入る光の光量調整は容易である。また、従来型のNDフィルター4では、複数の中から適切な透過率のものを選択して切替える際に、枠(ターレット部)が出力映像に映り込んでしまうが、透過率可変素子では無段階調整ができるため、その切替えが不要な利点もある。
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の素子では、光の反射と透過が複合的に作用するため、光透過率を変化させると光反射成分も影響するため色調に変化を及ぼしかねず、改良の余地がある。
【0008】
そこで本発明は、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制可能な透過率可変素子及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく、本発明者らは鋭意検討し、透明電極を表面粗さの異なる2層又はそれ以上の透光性導電膜からなる構造によって透明電極を設けることを想起し、本発明を完成するに至った。本発明の要旨構成は以下のとおりである。
【0010】
本発明による透過率可変素子は、間隙を隔てて一対に配置した第1及び第2の透明電極付き基板により構成される電極対と、前記間隙に充填され、銀イオンを組成に含む電解液と、を備え、前記第1の透明電極付き基板は、第1の基板と、前記第1の基板上の第1の透光性導電膜と、前記第1の透光性導電膜上の第2の透光性導電膜と、を有し、前記第1及び第2の透光性導電膜の表面粗さが異なる。
【0011】
ここで、前記第1の透明電極付き基板1枚あたりでの、波長635nmにおける透過率に対する、波長430nmにおける透過率の比が0.5~0.9の範囲であることが好ましい。
【0012】
また、前記第1及び第2の透光性導電膜のうち、少なくとも一方がITOで構成されることが好ましく、前記第1及び第2の透光性導電膜がいずれもITOからなることも好ましい。
【0013】
さらに、前記第2の透明導電膜の表面粗さRaが、前記第1の透明導電膜の表面粗さRaよりも大きいことが好ましい。
【0014】
さらにまた、前記第1の透明電極付き基板の透明電極のシート抵抗値が5~30Ω/□であることが好ましい。
【0015】
本発明による透過率可変素子の製造方法は、第1の透明電極付き基板を形成する工程と、
第2の透明電極付き基板を形成する工程と、間隙を隔てて前記第1及び第2の透明電極付き基板により構成される一対の電極対を配置する工程と、前記間隙に、銀イオン及び前記銀イオンよりも含有量が少ない銅イオンを組成に含む電解液を充填する工程と、を含み、前記第1の透明電極付き基板を形成する工程は、第1の基板上に第1の透光性導電膜を成膜する第1成膜工程と、前記第1の透光性導電膜上に第2の透光性導電膜を成膜する第2成膜工程と、を含み、前記第1及び第2の透光性導電膜の表面粗さが異なるよう、前記第1成膜工程及び第2成膜工程を行う。
【0016】
なお、本明細書において数値範囲を表記するための記号「~」は、その範囲の両端点の数値を含むものとする。例えば数値範囲「1~10」の表記は、1以上10以下と言い換えることができる。
【0017】
また、本明細書における表面粗さRaはJIS B 0601-2001の「算術平均粗さRa」に準拠する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制可能な透過率可変素子及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】従来技術に従うビデオカメラの模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態に従う透過率可変素子の模式断面図である。
【
図3】本発明の一実施形態に従う透過率可変素子における透明電極の模式断面図である。
【
図4】実施例1において作製した透過率可変素子の透過率を変化させたときの透過率特性を示すグラフであり、(A)は縦軸を線形スケールにしたものであり、(B)は縦軸を対数スケールにしたものである。
【
図5】比較例1において作製した透過率可変素子の透過率を変化させたときの透過率特性を示すグラフであり、(A)は縦軸を線形スケールにしたものであり、(B)は縦軸を対数スケールにしたものである。
【
図6】実施例1及び比較例1において作製した透過率可変を素子駆動したときの可変応答特性を示すグラフである。
【
図7】実施例1において作製した透過率可変素子の透明電極の電子顕微鏡像である。
【
図8】実施例2において作製した透過率可変素子の透明電極の電子顕微鏡像である。
【
図9】実施例1及び実施例2において作製した透過率可変素子における透明電極付き基板の分光透過特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(透過率可変素子)
以下、
図2及び
図3を参照して本発明に従う透過率可変素子の実施形態を説明する。
図3は、
図2に図示した透明電極112、122を拡大した模式断面図である。本発明の一実施形態に従う透過率可変素子100は、間隙を隔てて一対に配置した第1及び第2の透明電極付き基板110、120により構成される電極対と、この間隙に充填され、銀イオンを組成に含む電解液140と、を少なくとも備え、さらに必要に応じて他の構成を備えてもよい。そして、透過率可変素子100において、第1の透明電極付き基板110は、第1の基板111と、第1の基板111上の第1の透光性導電膜112aと、前記第1の透光性導電膜上の第2の透光性導電膜と、を有し、第1及び第2の透光性導電膜112a、112bの表面粗さが異なる。したがって、透明電極112は、第1及び第2の透光性導電膜112a、112bを少なくとも有する。なお、説明の便宜状、入射光310側の透明電極付き基板を「第1の透明電極付き基板110」と称し、透過光320側の透明電極付き基板を「第2の透明電極付き基板120」と称する。
【0021】
電解液140を電極対の間隙に充填させるため、透過率可変素子100は電解液140を封止するシール材171、172を備えてもよい。また、透過率可変素子100は、第1及び第2の透明電極付き基板110、120に電気的に接続する駆動電源200を備えてもよい。シール材171、172及び駆動電源200にはそれぞれ一般的なものを使用すればよい。
【0022】
各構成の詳細を説明するに先立ち、透過率可変素子100における析出層150の形成に伴う透過率の変化についてまず説明する。入射光310側の第1の透明電極付き基板110側を陰極(-)に、それとは反対側の第2の透明電極付き基板120側を陽極(+)として2.5V程度の電圧を駆動電源200により印加すると、入射光310側の透明電極112の表面全域に、電解液140中に溶け込んで無色透明状態であった銀イオンが、透光性導電膜から電子を受けて還元され、銀(金属)となって析出して析出層150を形成することができる。透過率可変素子100は、析出層150を形成し、その膜厚を増大させるほど透過率可変素子100を透過する光の透過率を任意に無段階で減衰することがで、きる。また、駆動電源200に供給する電位極性を反転させれば、析出層150に析出した銀の結晶粒が電解液140に溶出して透過率が上昇する。具体的には、入射光310側の第1の透明電極付き基板110側を陽極(+)に、それとは反対側の第2の透明電極付き基板120側を陰極(-)として0.5V程度の電圧を印加すれば、析出層150に析出した銀の結晶粒は酸化され、電解液140に透明な状態に戻る。透過率可変素子100においてこの析出及び溶解を繰り返すことによって、自由自在に透過率可変素子100の透過率を変更することができる。以下、各構成の詳細を順次説明する。
【0023】
<電極対>
第1の透明電極付き基板110及び第2の透明電極付き基板120を、所定の間隙を隔てて一対に配置することにより電極対を構成する。第1及び第2の透明電極付き基板110、120は、それぞれ第1及び第2の基板111、121並びに各基板上に設けたれた第1及び第2の透明電極112、122を有する。そして、第1及び第2の透明電極112、122を互いに対向させて配置する。
【0024】
<<基板>>
第1及び第2の基板111、121のそれぞれは、ガラス基板であってもよいし、樹脂基板であってもよい。両者は同種の材料であってもよいし、異種の材料であってもよい。各基板の表面に透明電極を成膜可能であれば、材料の制限はない。
【0025】
<<透明電極>>
第1の透明電極112は上記のとおり、第1及び第2の透光性導電膜112a、112bを少なくとも有する。第1の透明電極112は、さらに別の透光性導電膜を有してもよい。そのため、第1の透明電極112は2層またはそれ以上の複数層構造の透明導電膜からなる。ここで、第1及び第2の透光性導電膜112a、112bの表面粗さが異なるよう、第1の透明電極112を形成する。第1の透明電極112が、第1及び第2の透光性導電膜112a、112bと異なる別の透光性導電膜を有する場合、当該別の透光性導電膜の表面粗さは特に制限されないが、当該層の表面粗さは第1及び第2の透光性導電膜112a、112bの表面粗さと異なることが好ましい。製造方法の実施形態において後述するが、例えばスパッタ法における成膜時の酸素導入量を変えることで、形成される透光性導電膜の表面粗さを調整することができる。
【0026】
第2の透明電極122は、第1の透明電極112と同様に、表面粗さの異なる第1及び第2の透光性導電膜122a、122bを有することが好ましく、さらに別の透光性導電膜を有してもよいが、第2の透明電極122は単層構造であってもよい。
図3では、第2の透明電極122が第1及び第2の透光性導電膜122a、122bを有する場合を図示した。
【0027】
-透光性導電膜-
第1及び第2の透明電極透光性導電膜112、122を構成する各透光性導電膜は特に制限されないが、ITO(酸化インジウムスズ)、IZO(酸化インジウム亜鉛)、酸化スズ、酸化亜鉛等の透明酸化物導電体(TCO(Transparent Conductive Oxide))であることが好ましい。なお、各透光性導電膜は同種の材料であってもよいし、異種の材料であってもよい。各透光性導電膜の表面に銀を析出可能であれば、材料の制限はない。ただし、透明酸化物導電体のなかでも、ITOを用いることがより好ましい。そのため、第1の透明電極112の第1及び第2の透光性導電膜112a、112bのうち、少なくとも一方がITOで構成されることが好ましく、第1及び第2の透光性導電膜112a、112bがいずれもITOからなることも好ましい。3層以上で第1の透明電極112が構成される場合に、すべての層がITOからなることも好ましい。また、第2の透明電極122の第1及び第2の透光性導電膜122a、122bのうち、少なくとも一方が少なくともITOで構成されることが好ましく、第1及び第2の透光性導電膜122a、122bがいずれもITOからなることも好ましい。
【0028】
-表面粗さ-
さて、上述のとおり、本発明に従う波長変換素子100において、第1及び第2の透光性導電膜112a、112bの表面粗さが異なるよう、第1の透明電極112を形成する。第1及び第2の透光性導電膜112a、112bの表面粗さが異なるかどうかは、AFM(原子間応力顕微鏡)の表面等、またはSEM(走査型電子顕微鏡)の断面等により観察可能である。本発明者らは、入射光310側(析出層150が形成される側)に表面粗さの異なる透光性導電膜を複数層設けた透明電極を形成することにより、波長変換素子100を駆動させて透過率を変化させた場合でも、可視光領域内での色調への影響を抑制できることを実験的に確認した。また、本実施形態のように、表面粗さの異なる2層(以上)の透光性導電膜によって透明電極を形成する場合、表面粗さが比較的小さい層と、表面粗さが比較的大きい層との組み合わせを用いることになる。表面粗さが比較的大きい層の単層構造によって透明電極を形成すると透明電極が白濁する恐れが生じ得るが、本実施形態では複数層で組み合わせつつ、表面粗さが比較的大きい層を用いるため、反射光の影響を抑止しつつ、白濁現象を回避することが可能となる。また、単層構造で表面粗さを大きくすると第1の透明電極122のシート抵抗値が大きくなり、透過率を可変する際の応答特性への影響も危惧され得るが、本実施形態では複数層で組み合わせつつ、表面粗さが比較的大きい層を用いるため、こうした危惧を回避することも可能である。なお、この目的のため、特に、電解液140に接する側に相当する第2の透明導電膜122bの表面粗さRaが、第1の透明導電膜122aの表面粗さRaよりも大きいことが好ましい。
【0029】
ただし、第1の透明電極付き基板110における第1の透明電極112の(全体での)表面粗さは特に制限されず、例えば表面粗さRaが10nm~100nmの範囲であることが好ましい。なお、第2の透明電極付き基板120における透光性導電膜は特に制限されないものの、第1の透明電極122を構成する透光性導電膜122a、122bと同様の異なる表面粗さを有する透光性導電膜を積層して形成することが好ましい。
【0030】
--シート抵抗値--
第1及び第2の透明電極112、122のそれぞれのシート抵抗値は特に制限されず、5Ω/□~30Ω/□とすることができ、11Ω/□以上とすることが好ましく、15Ω/cm2以上とすることが好ましい。シート抵抗値は電極対の間に電場を加えて透過率を変更する際の応答性に影響を及ぼすところ、シート抵抗値が30Ω/□以下であれば、透過率の可変速度を十分なものとすることができ、シート抵抗値を20Ω/□以下とすることも好ましい。両透明電極のシート抵抗値は同じであってもよいし、異なってもよい。
【0031】
--膜厚--
第1及び第2の透明電極112、122のそれぞれの膜厚は特に制限されず、用途に応じて適宜の膜厚とすればよいが、例示的に100nm~200nmとすることができる。各透明電極の全体の膜厚は上述したシート抵抗値及び透過率に影響するので、所望の分光透過率特性及び透過率の可変速度を考慮して適宜設計すればよい。両透明電極の膜厚は同じであってもよいし、異なってもよい。また、第1の透明電極122を構成する各透光性導電膜122a、122bの膜厚は特に制限されないが、それぞれ10nm~180nm程度とすることが好ましい。第1及び第2の透光性導電膜122a、122bのどちらの膜厚の方が大きくても構わないし、同じ膜厚であってもよい。しかしながら、第2の透明導電膜122bの表面粗さRaが、第1の透明導電膜122aの表面粗さRaよりも大きい場合には、第2の透明導電膜122bの膜厚を、第1の透明導電膜122aの膜厚以上の厚みとすることも好ましい。上述した本発明による作用効果をより確実に得るためである。なお、第2の透光性導電膜を構成する透光性導電膜の膜厚も、上記例示した膜厚の範囲で適宜定めればよい。
【0032】
<電解液>
電解液140は、銀イオンを組成に含み、必要に応じて銀イオンよりも含有重量が少ない銅イオンを組成に含むことも好ましい。このような電解液140は、例えば、炭酸プロピレン等のエステル系溶剤及びメタノール等のアルコールを含む非水溶媒に、硝酸銀(AgNO3)等の銀塩及び塩化第二銅(CuCl2)等の銅塩を溶解させることにより得られる。上記非水溶媒に、必要に応じて、臭化リチウム(LiBr)等の支持電解質をさらに溶解させてもよい。電解液140は、必要に応じて増粘剤をさらに含んでもよい。こうした増粘剤の例は、ポリプロピレン、ポリビニルブチラール、ポリメチルメタアクリレート等のポリマーである。電解液140は第1及び第2の透明電極付き基板110、120により構成される電極対の間の間隙に充填される。
【0033】
-透過率の比-
また、第1の透明電極付き基板110の1枚あたりでの、波長635nmにおける透過率に対する、波長430nmにおける透過率の比が0.5~0.9の範囲であることが好ましい。第1の透明電極付き基板110がこの透過率の特性を満足すれば、透過率可変素子100を駆動させて透過率を変化させても、太陽光下での使用を考慮する場合、光量調整を行いつつ、目的の色調への影響を十分に抑制することができる。また、第2の透明電極付き基板120についても、波長635nmにおける透過率に対する、波長430nmにおける透過率の比が0.5~0.9の範囲であることが好ましい。なお、上記透過率は、析出層150を形成せずに、無析出状態での透過率を基準とする。
【0034】
以上のとおり、本発明に従う透過率可変素子100では、表面粗さが異なる第1及び第2の透光性導電膜112a、112bを有する透明電極112を用いる。この透過率可変素子は、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制することができる。特に、この透過率可変素子100をテレビ放送用のビデオカメラに用いれば、太陽光下のカメラ撮影において透過率を変化させても、常に色調バランスへの影響を抑止しながら透過率の可変動作を実現することができる。ビデオカメラが本発明に従う透過率可変素子を備えることは好ましいが、これは本発明による透過率可変素子の用途の一例にすぎない。本発明による透過率可変素子は、ビデオカメラ用のフィルターの他、カメラ全般用のフィルター、防眩ミラー、照明用の調光用フィルター、窓材等の種々の用途に適用可能である。なお、本発明に従う透過率可変素子100の大きさ及び形状(丸型、矩形等)は何ら問わるものではないが、素子面積が大きくなるにつれて応答性能が低下するため、応答性能を考慮して素子の大きさ及び形状を設計することが好ましい。
【0035】
(透過率変換素子の製造方法)
次に、上述した本発明に従う透過率可変素子100を製造する方法の一実施形態を説明する。引き続き
図2及び
図3を参照する。透過率可変素子100の製造方法は、第1の透明電極付き基板110を形成する工程と、第2の透明電極付き基板120を形成する工程と、間隙を隔てて第1及び第2の透明電極付き基板110、120を配置し、第1及び第2の透明電極付き基板110、120により構成される一対の電極対を設ける工程と、この電極対の間隙に、銀イオンを組成に含む電解液140を充填する工程と、を少なくとも含む。必要に応じて、他の工程を含んでもよい。なお、透過率可変素子100の実施形態において既述の構成には同一の参照符号を付し、重複する説明を省略する。
【0036】
<第1の透明電極付き基板を形成する工程>
第1の透明電極付き基板110を形成する。第1の透明電極付き基板を形成する工程は、第1の基板111上に第1の透光性導電膜112aを成膜する第1成膜工程と、第1の透光性導電膜112a上に第2の透光性導電膜112bを成膜する第2成膜工程と、を含み、第1及び第2の透光性導電膜112a、112bの表面粗さが異なるよう、第1成膜工程及び第2成膜工程を行う。こうした第1及び第2の透光性導電膜112a、112bを形成するためには、例えばスパッタ法を用いることができる。スパタリングターゲットは成膜する透光性導電膜の材料に応じて適切なものを採用すればよい。
【0037】
例えば、第1成膜工程と、第2成膜工程とで、スパッタ法における酸素導入量を変えることで、第1及び第2の透光性導電膜112a、112bの表面粗さを変えることが可能である。酸素導入量が0に近いほど、比較的表面が粗い透光性導電膜が形成されやすく、酸素導入量を増やすほど、比較的表面が平坦な透光導電膜が形成されやすい。そこで、スパッタ法を用いて第1及び第2の透光性導電膜112a、112bを順次成膜する場合、酸素導入量を第1成膜工程と、第2成膜工程とで異なる条件とすることが好ましい。第1の基板111に近い第1の透光性導電膜112aを比較的平坦な面とし、電解液140に近い第2の透光性導電膜112aを比較的粗い面とするのであれば、第1成膜工程における酸素導入量を0.6sccm~1.0sccmとすることが好ましく、0.7sccm~0.9sccmとすることがより好ましい。そしてこの場合、第2成膜工程における酸素導入量を、第1成膜工程における導入量よりも少ないとの条件下で、0.3sccm~0.7sccmとすることが好ましく、0.3sccm~0.5sccmとすることが好ましい。
【0038】
スパッタ法におけるその他のスパッタリング条件は、上記酸素導入量の範囲で行う以外は一般的な条件で行うことができ、酸素以外にアルゴンなどの不活性ガスを20~100sccm程度で導入してもよい。また、真空度は0.3Pa~1.0Pa程度の中真空下とすることが好ましい。DCスパッタリング法を用いることが好ましいが、RFスパッタリング法等を用いてもよい。成膜時間を調整すれば、透光性導電膜の膜厚、そのシート抵抗値及びその無析出状態での透過率が調整可能である。
【0039】
<第2の透明電極付き基板を形成する工程>
第2の透明電極付き基板120を形成する工程は、第1の透明電極付き基板110の形成手法と同様に行ってもよく、この場合、生産性を高めるために第1及び第2の両基板を同時に形成してもよい。もっとも、第2の透明電極付き基板120を第1の透明電極付き基板110とは同条件又は別条件で、それぞれ別々に形成してもよい。
【0040】
次に、第1及び第2の透光性導電膜付き基板110、120を用いて電極対を設ける。そして、電極対の間隙に電解液140を充填すればよい。電解液140を間隙に充填するため、シール材171、172を用いてもよい。電解液140の充填に先立ち、電解液140を調製する工程を行ってもよい。
【0041】
以上の任意工程を含む各工程を経ることにより、本発明に従う透過率可変素子を製造することができる。こうして得られた透過率可変素子は、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制することができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0043】
[実験例1]
(実施例1)
説明の便宜状、
図2、
図3の参照符号を参照する。ガラス基板111、121上にそれぞれITOからなる透明電極112、122を成膜した。各透明電極112、122の成膜にあたり、DCスパッタ法を用い、ITO(錫5重量%)のターゲットを採用した。また、スパッタリング条件は、まず、酸素流量0.8sccm、アルゴン流量50sccmとし、真空度0.6Paの状態として、膜厚40nmとなるよう比較的表面が平坦なITO膜112a、122aを形成した。次いで、酸素流量0.4sccm、アルゴン流量50sccmとし、真空度0.6Paの状態として、膜厚120nmとなるよう比較的表面が荒れたITO膜112b、122bを形成した。なお、DCスパッタの出力はDC200Wに固定した。得られた各透明電極のシート抵抗値(4端子4深針法(定電流印加)で、日東精工アナリテック社製:MCP-T370にて測定)は15.5Ω/□、膜厚(AFM(原子間応力顕微鏡)で測定)は160nmであった。また、表面粗さRaは85.2nm、二乗平均平方根粗さRqは105nmであった(表面粗さについてのいずれの値もJIS B 0601-2001に準拠し、以下同様である)。また、目視では透明電極付き基板表面は無色透明であり、白濁は観察されなかった。さらに、第1の基板111及び第2の基板121の大きさは、ともに34mm×50mmである。
【0044】
これら透明電極付き基板110、120を、間隙を隔てて一対に配置して電極対を設けた。次いで、電極対の間隙の内部に、銀イオンおよび該銀イオンよりも含有重量が少ない銅イオンを含む組成を有した電解液140を充填した。電解液140が漏れないよう、入射光310側のガラス基板111及び透過光320側のガラス基板121と、0.3mm厚のシール材171、172とで密閉された構造とした。透明電極112、122(特にそれぞれの第2の透光性導電膜112b、122b)が対向しており、両者の表面は電解液140と接する。こうして、実施例1に係る透過率可変素子100を作製した。
【0045】
実施例1に係る透過率可変素子を駆動させて析出層を形成したときの、波長550nmの透過率を60~10%の範囲で10%ごとに可変させたときの分光透過特性を
図4に示す。
図4(A)は縦軸をリニアスケール表示したものであり、
図4(B)は縦軸を対数スケール表示したものである。実施例1に係る透過率可変素子を駆動して波長550nm基準の透過率を変動させても、分光透過特性のバランスを維持し、しかも太陽光の色温度(5600K~7200K)を補正したバランス(透過率が赤、緑、青の順で低減)で同じ傾向で動作することが確認できる。したがって、この透過率可変素子をビデオカメラに用いれば、可視光全域に渡り色バランスを整えつつ、透過率を減衰させるフィルターとして使用することができる。
【0046】
(比較例1)
実施例1ではITOからなる透光性導電膜を2層成膜して透明電極を形成したところ、酸素流量を0.4sccmに変えて膜厚200nmの単層構造の透明電極を形成した以外は実施例1と同様にして、比較例1に係る透過率可変素子を作製した。なお、比較例1における透光性導電膜のシート抵抗値は21.5Ω/□であった。また、表面粗さRaは87.3nm、二乗平均平方根粗さRqは107nmであった。また、目視では透明電極付き基板表面は無色透明であり、白濁は観察されなかった。
【0047】
比較例1に係る透過率可変素子を駆動させたときの、波長520nmの透過率を85%、60%、15%に可変させたときの分光透過特性を
図5に示す。
図5(A)は縦軸をリニアスケール表示したものであり、
図5(B)は縦軸を対数スケール表示したものである。比較例1では、特に透過率(520nmの透過率基準)を10%に変化させると、透過光ではなく反射光成分の要因と考えられる影響を強く受けるために分光透過特性にウネリが生じていた。これをビデオカメラに使用すると、透過率を可変すると同時に色調までもが変化してしまう。つまり、分光透過特性のバランスが崩れてしまい色再現性に悪影響を及ぼしてしまう。実施例1と比較例1とでは、表面粗さRaは概ね同程度であるにも関わらず、分光透過特性に差が見られた。これは、表面粗さの異なる2層構造で透明導電膜を形成するか、単層構造で透明導電膜を形成するかの違いが理由であると考えられる。
【0048】
さらに
図6に、実施例1に可係る透過率可変素子において、透過率を約80%(波長520nm基準)から10%に変化させたときの速度と、10%から80%への戻したときの速度を評価したグラフを示す。実施例1では、透過率を広い範囲で操作しても、実用上問題が生じない速度が満たされていることが確認された。なお、比較例1のシート抵抗値は実施例1のシート抵抗値よりも若干高いため、応答速度が実施例1よりは遅かった。
【0049】
[実験例2]
(実施例2)
実施例1ではITOからなる透光性導電膜を酸素流量0.8sccmで40nm成膜し、次いで、酸素流量0.4sccmで120nm成膜して透明電極を形成したところ、酸素流量を0.8sccmで80nm成膜し、次いで酸素流量0.4sccmで80nm成膜することにより透明電極を形成した以外は実施例1と同様にして、実施例2に係る透過率可変素子を作製した。なお、実施例2における透光性導電膜の表面粗さRaは45.0nmであった。また、目視では透明電極付き基板表面は無色透明であり、白濁現象は観察されなかった。
【0050】
実施例1のAFM像を
図7に、実施例2のAFM像を
図8に示す。なお、AFM像は以下の条件で取得した。
測定装置:Veeco(BRUKER)社製DIMENSION icon with ScanAsyst
測定モード: Tapping in Air
Probe: RTESP(Tip Radius: 8 nm, k=40 N/m)
【0051】
また、実施例1、2で作製した透明電極付き基板1枚での分光透過特性を
図9に示す。表面凹凸の影響が要因となり、実施例1の方が良好な結果を示すが、実施例1、2のいずれも2層構造で透明電極を形成したため、太陽光の色温度(5600K~7200K)を補正したバランス(透過率が赤、緑、青の順で低減)を満たすことが確認できる。特に銀の無析出時と析出時の色調のバランスが合致することを示す。なお、実際の透過率可変素子の分光透過特性を測定する際には、2枚分全体での分光透過特性が測定される。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明によれば、特に太陽光(色温度5600K~7200K相当)下で使用しても、色調変化への影響を抑制可能な透過率可変素子及びその製造方法を提供することができ、色調制御が必要な種々のフィルター用途において特に有用である。
【符号の説明】
【0053】
透過率可変素子 100
第1の透明電極付き基板 110
第1の基板 111
第1の透明電極 112
第1の透明電極の第1の透光性導電膜 112a
第1の透明電極の第2の透光性導電膜 112b
第2の透明電極付き基板 120
第2の基板 121
第2の透明電極 122
第2の透明電極の第1の透光性導電膜 122a
第2の透明電極の第2の透光性導電膜 122b
電解液 140
析出層 150
シール材 171、172
電源 200
入射光 310
透過光 320