(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-28
(45)【発行日】2024-01-12
(54)【発明の名称】熱可塑性樹脂の耐トラッキング性向上方法
(51)【国際特許分類】
C08L 101/00 20060101AFI20240104BHJP
C08K 5/29 20060101ALI20240104BHJP
C08L 101/02 20060101ALI20240104BHJP
C08L 101/08 20060101ALI20240104BHJP
【FI】
C08L101/00
C08K5/29
C08L101/02
C08L101/08
(21)【出願番号】P 2020563800
(86)(22)【出願日】2020-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2020012870
(87)【国際公開番号】W WO2020196470
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2020-11-11
【審判番号】
【審判請求日】2022-01-07
(31)【優先権主張番号】P 2019056265
(32)【優先日】2019-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390006323
【氏名又は名称】ポリプラスチックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 樹
(72)【発明者】
【氏名】浅井 吉弘
(72)【発明者】
【氏名】五島 一也
【合議体】
【審判長】細井 龍史
【審判官】海老原 えい子
【審判官】瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】韓国特許第10-2004-0001572(KR,B1)
【文献】特開2007-70615(JP,A)
【文献】特開2008-50579(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L1/00-101/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂にカルボジイミド化合物を配合することにより、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して、成形品を作製後引き続き測定される比較トラッキング指数を向上させる
方法であり、
比較トラッキング指数を向上させることが、以下の(i)又は(ii):
(
i)カルボジイミド化合物添加前の比較トラッキング指数が500V未満であったものを、カルボジイミド化合物添加後の比較トラッキング指数が500V以上に向上させることである;
(ii)カルボジイミド化合物添加前の比較トラッキング指数(CTI-1)とカルボジイミド化合物添加後の比較トラッキング指数(CTI-2)との比[(CTI-2)/(CTI-1)]が1.15以上であることである;
であり、
熱可塑性樹脂が、カルボキシ基、ヒドロキシ基、及びアミノ基から選択される1以上の官能基を有する、方法。
【請求項2】
熱可塑性樹脂100質量部に対してカルボジイミド化合物を0.01質量部以上の割合で配合する、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
カルボジイミド化合物が、芳香族カルボジイミド化合物を含有する、請求項1
又は2に記載の方法。
【請求項4】
カルボジイミド化合物の数平均分子量が300以上である、請求項1から
3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
熱可塑性樹脂が、加工温度が350℃以下である熱可塑性樹脂を含む、請求項1から
4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
熱可塑性樹脂がポリブチレンテレフタレートである、請求項1から
5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して、成形品を作製後引き続き測定される比較トラッキング指数を向上させるための、カルボジイミド化合物の使用
であり、
比較トラッキング指数を向上させることが、以下の(i)又は(ii):
(i)カルボジイミド化合物添加前の比較トラッキング指数が500V未満であったものを、カルボジイミド化合物添加後の比較トラッキング指数が500V以上に向上させることである;
(ii)カルボジイミド化合物添加前の比較トラッキング指数(CTI-1)とカルボジイミド化合物添加後の比較トラッキング指数(CTI-2)との比[(CTI-2)/(CTI-1)]が1.15以上であることである;
であり、
熱可塑性樹脂が、カルボキシ基、ヒドロキシ基、及びアミノ基から選択される1以上の官能基を有する、使用。
【請求項8】
熱可塑性樹脂100質量部に対してカルボジイミド化合物を0.01質量部以上の割合で用いる、請求項
7に記載の使用。
【請求項9】
カルボジイミド化合物が、芳香族カルボジイミド化合物を含有する、請求項
7又は8に記載の使用。
【請求項10】
カルボジイミド化合物の数平均分子量が300以上である、請求項
7から
9のいずれか一項に記載の使用。
【請求項11】
熱可塑性樹脂が、加工温度が350℃以下である熱可塑性樹脂を含む、請求項
7から
10のいずれか一項に記載の使用。
【請求項12】
カルボジイミド化合物を含有し、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して、成形品を作製後引き続き測定される比較トラッキング指数を向上させるための、熱可塑性樹脂用耐トラッキング性向上剤
であり、
比較トラッキング指数を向上させることが、以下の(i)又は(ii):
(i)カルボジイミド化合物添加前の比較トラッキング指数が500V未満であったものを、カルボジイミド化合物添加後の比較トラッキング指数が500V以上に向上させることである;
(ii)カルボジイミド化合物添加前の比較トラッキング指数(CTI-1)とカルボジイミド化合物添加後の比較トラッキング指数(CTI-2)との比[(CTI-2)/(CTI-1)]が1.15以上であることである;
であり、
熱可塑性樹脂が、カルボキシ基、ヒドロキシ基、及びアミノ基から選択される1以上の官能基を有する、耐トラッキング性向上剤。
【請求項13】
熱可塑性樹脂100質量部に対してカルボジイミド化合物が0.01質量部以上となる量で用いられるための、請求項
12に記載の耐トラッキング性向上剤。
【請求項14】
カルボジイミド化合物が、芳香族カルボジイミド化合物を含有する、請求項
12又は13に記載の耐トラッキング性向上剤。
【請求項15】
カルボジイミド化合物の数平均分子量が300以上である、請求項
12から
14のいずれか一項に記載の耐トラッキング性向上剤。
【請求項16】
加工温度が350℃以下である熱可塑性樹脂用である、請求項
12から
15のいずれか一項に記載の耐トラッキング性向上剤。
【請求項17】
熱可塑性樹脂がポリブチレンテレフタレートである、請求項
12から
16のいずれか一項に記載の耐トラッキング性向上剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性向上方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リレー、スイッチ、コネクタ等の、電気電子部品の電源近傍で使用される樹脂製の部品は、使用される過程で表面に水分や埃等が付着して微小放電が繰り返されると、表面に導電性の経路が生成され絶縁破壊現象(トラッキング)が発生し電極間を短絡してしまうことがある。そのため、電気電子部品の近傍で使用される部品を構成する樹脂は、耐トラッキング性を有することが求められている。例えば、特許文献1には、ガラス繊維により強化されたポリブチレンテレフタレート樹脂にエチレンエチルアクリレート共重合体及びエポキシ化合物を配合した樹脂組成物が耐トラッキング性に優れることが記載されている。
一方、カルボジイミド化合物は、エラストマーとともに樹脂に配合されることで、樹脂の冷熱サイクル環境での高度な耐久性と耐加水分解性を向上させることが知られている(例えば、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2017/010337号パンフレット
【文献】国際公開第2009/150831号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性を向上させる方法、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性を向上させるためのカルボジイミド化合物の使用、及び熱可塑性樹脂用耐トラッキング性向上剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下に関するものである。
[1]熱可塑性樹脂にカルボジイミド化合物を配合することにより、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数を向上させる、方法。
[2]熱可塑性樹脂が、カルボキシ基、ヒドロキシ基、及びアミノ基から選択される1以上の官能基を有する、[1]に記載の方法。
[3]熱可塑性樹脂100質量部に対してカルボジイミド化合物を0.01質量部以上の割合で配合する、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]カルボジイミド化合物が、芳香族カルボジイミド化合物を含有する、[1]から[3]のいずれかに記載の方法。
[5]カルボジイミド化合物の数平均分子量が300以上である、[1]から[4]のいずれかに記載の方法。
[6]熱可塑性樹脂が、加工温度が350℃以下である熱可塑性樹脂を含む、[1]から[5]のいずれかに記載の方法。
[7]熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数を向上させるための、カルボジイミド化合物の使用。
[8]熱可塑性樹脂が、カルボキシ基、ヒドロキシ基、及びアミノ基から選択される1以上の官能基を有する、[7]に記載の使用。
[9]熱可塑性樹脂100質量部に対してカルボジイミド化合物を0.01質量部以上の割合で用いる、[7]又は[8]に記載の使用。
[10]カルボジイミド化合物が、芳香族カルボジイミド化合物を含有する、[7]から[9]のいずれかに記載の使用。
[11]カルボジイミド化合物の分子量が300以上である、[7]から[10]のいずれかに記載の使用。
[12]熱可塑性樹脂が、加工温度が350℃以下である熱可塑性樹脂を含む、[7]から[11]のいずれかに記載の使用。
[13]カルボジイミド化合物を含有し、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数を向上させるための、熱可塑性樹脂用耐トラッキング性向上剤。
[14]熱可塑性樹脂が、カルボキシ基、ヒドロキシ基、及びアミノ基から選択される1以上の官能基を有する、[13]に記載の耐トラッキング性向上剤。
[15]熱可塑性樹脂100質量部に対してカルボジイミド化合物が0.01質量部以上となる量で用いられるための、[13]又は[14]に記載の耐トラッキング性向上剤。
[16]カルボジイミド化合物が、芳香族カルボジイミド化合物を含有する、[13]から[15]のいずれかに記載の耐トラッキング性向上剤。
[17]カルボジイミド化合物の分子量が300以上である、[13]から[16]のいずれかに記載の耐トラッキング性向上剤。
[18]加工温度が350℃以下である熱可塑性樹脂用である、[13]から[17]のいずれかに記載の耐トラッキング性向上剤。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性を向上させる方法、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性を向上させるためのカルボジイミド化合物の使用、及び熱可塑性樹脂用耐トラッキング性向上剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の効果を阻害しない範囲で適宜変更を加えて実施することができる。一実施形態について記載した特定の説明が他の実施形態についても当てはまる場合には、他の実施形態においてはその説明を省略している場合がある。
【0008】
[耐トラッキング性向上方法]
本実施形態に係る耐トラッキング性向上方法は、熱可塑性樹脂にカルボジイミド化合物を配合することにより、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性を向上させる方法である。従来、特許文献2に記載されているように、カルボジイミド化合物は、熱可塑性樹脂の耐ヒートショック性や耐加水分解性を向上させることができることは知られていた。しかし、本発明者の研究により、驚くべきことに、カルボジイミド化合物は熱可塑性樹脂の耐トラッキング性を向上させることができることが分かった。特許文献2で検討されている「耐ヒートショック性」は冷熱サイクル環境下での高度な耐久性のことであり、「耐加水分解性」は湿熱環境下(高温多湿)における加水分解による強度低下を抑制する性質のことである。これに対して、本発明者が新たに見出した「耐トラッキング性」は、樹脂の表面に埃や水が付着して微小放電が繰り返された場合でも樹脂の表面に導電性の経路が形成されにくい性質であり、耐ヒートショック性や耐加水分解性とは全く異なる性質である。
【0009】
なお、「耐トラッキング性」は、IEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数(CTI)により表すことができ、CTIが500V以上である場合に耐トラッキング性が優れているといえる。CTIの測定方法については後述する。
また、「耐トラッキング性が向上する」とは、以下のいずれか:
(i)カルボジイミド化合物添加前のCTIが500V未満であったものを、カルボジイミド化合物添加後のCTIが500V以上に向上させること;又は、
(ii)カルボジイミド化合物添加前のCTI(CTI-1)とカルボジイミド化合物添加後のCTI(CTI-2)との比[(CTI-2)/(CTI-1)]が1.10以上であること;
を意味している。(ii)におけるCTI比[(CTI-2)/(CTI-1)]は、1.15以上であることが好ましい。
【0010】
(熱可塑性樹脂)
熱可塑性樹脂としては、特に限定されず、耐トラッキング性を高めることが求められる熱可塑性樹脂を用いることができる。例えば、ポリフェニレンサルファイド樹脂のように、それ自体の耐トラッキング性が低い熱可塑性樹脂であってもよく、ポリブチレンテレフタレート樹脂のように、それ自体の耐トラッキング性は優れているものの機械的強度等の各種特性を調整するために充填剤等の添加剤を添加することによって耐トラッキング性が低下してしまう熱可塑性樹脂であってもよい。耐トラッキング性が低い熱可塑性樹脂に対して後述するカルボジイミド化合物を配合することで、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性を向上させることができる。また、それ自体の耐トラッキング性は優れているものの機械的強度等の各種特性を調整するたに充填剤等の添加剤を添加することによって耐トラッキング性が低下してしまう熱可塑性樹脂に対して後述するカルボジイミド化合物を配合することで、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性が低下することを抑制することができる。
【0011】
熱可塑性樹脂としては、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンテレフタレート(PET)等のポリエステル樹脂;ポリカーボネート樹脂;ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル等のビニル樹脂;ナイロン6、ナイロン66等のポリアミド(PA)樹脂;液晶ポリマー(光学異方性の溶融相を形成し得る性質を有する溶融加工性を示すポリマーであり、例えば、芳香族ポリエステル;芳香族ポリエステルアミド;芳香族ポリエステル及び/又は芳香族ポリエステルアミドを同一分子鎖中に部分的に含むポリエステル等)等が挙げられる。また、ポリマー重合時に副反応としてカルボン酸末端基が生成されるポリフェニレンスルフィド(PPS)等のポリアリーレンスルフィド樹脂も挙げられる。これらから選択される1以上の熱可塑性樹脂を用いることができる。
【0012】
熱可塑性樹脂は、少なくとも、カルボキシ基、ヒドロキシ基、及びアミノ基から選択される1以上の官能基を有する熱可塑性樹脂が好ましい。
熱可塑性樹脂としては、例えば、末端基にカルボキシ基、ヒドロキシ基及びアミノ基から選ばれる1以上を有する、上記したポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアミド(PA)樹脂、液晶ポリマー等が好ましい。
また、熱可塑性樹脂は、上記した熱可塑性樹脂と、カルボキシ基、ヒドロキシ基及びアミノ基から選ばれる1以上を有するコポリマー成分とを共重合した樹脂であってもよいし、上記した熱可塑性樹脂を重合後に水添、酸化によりカルボキシ基、ヒドロキシ基及びアミノ基から選ばれる1以上を生成させてもよい。
【0013】
熱可塑性樹脂としては、加工時にカルボジイミド化合物に由来するガスや臭気が発生することを防ぐ観点から、加工温度が350℃以下、好ましくは340℃以下、より好ましくは300℃以下である熱可塑性樹脂を含有することが好ましい。「加工温度」は、熱可塑性樹脂が溶融混錬される際の温度であり、通常は、熱可塑性樹脂の融点(非晶性樹脂の場合は軟化点)±50℃とされることが多い。加工温度が350℃以下である熱可塑性樹脂の含有量は、樹脂成分中50質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、100質量%とすることもできる。
【0014】
(カルボジイミド化合物)
カルボジイミド化合物は、分子中にカルボジイミド基(-N=C=N-)を有する化合物である。カルボジイミド化合物としては、主鎖が脂肪族の脂肪族カルボジイミド化合物、主鎖が脂環族の脂環族カルボジイミド化合物、主鎖が芳香族の芳香族カルボジイミド化合物を挙げることができ、これらから選択される1以上を用いることができる。中でも、耐トラッキング性をより向上できる点で、芳香族カルボジイミド化合物を含有することが好ましい。
【0015】
脂肪族カルボジイミド化合物としては、ジイソプロピルカルボジイミド、ジオクチルデシルカルボジイミド等を挙げることができる。脂環族カルボジイミド化合物としては、ジシクロヘキシルカルボジイミド等を挙げることができる。これらは2種以上を併用することもできる。
【0016】
芳香族カルボジイミド化合物としては、ジフェニルカルボジイミド、ジ-2,6-ジメチルフェニルカルボジイミド、N-トルイル-N’-フェニルカルボジイミド、ジ-p-ニトロフェニルカルボジイミド、ジ-p-アミノフェニルカルボジイミド、ジ-p-ヒドロキシフェニルカルボジイミド、ジ-p-クロロフェニルカルボジイミド、ジ-p-メトキシフェニルカルボジイミド、ジ-3,4-ジクロロフェニルカルボジイミド、ジ-2,5-ジクロロフェニルカルボジイミド、ジ-o-クロロフェニルカルボジイミド、p-フェニレン-ビス-ジ-o-トルイルカルボジイミド、p-フェニレン-ビス-ジシクロヘキシルカルボジイミド、p-フェニレン-ビス-ジ-p-クロロフェニルカルボジイミド、エチレン-ビス-ジフェニルカルボジイミド等のモノ又はジカルボジイミド化合物;及びポリ(4,4’-ジフェニルメタンカルボジイミド)、ポリ(3,5’-ジメチル-4,4’-ビフェニルメタンカルボジイミド)、ポリ(p-フェニレンカルボジイミド)、ポリ(m-フェニレンカルボジイミド)、ポリ(3,5’-ジメチル-4,4’-ジフェニルメタンカルボジイミド)、ポリ(ナフチレンカルボジイミド)、ポリ(1,3-ジイソプロピルフェニレンカルボジイミド)、ポリ(1-メチル-3,5-ジイソプロピルフェニレンカルボジイミド)、ポリ(1,3,5-トリエチルフェニレンカルボジイミド)およびポリ(トリイソプロピルフェニレンカルボジイミド)等のポリカルボジイミド化合物:を挙げることができる。これらは2種以上を併用することもできる。
【0017】
これらの中でも特にジ-2,6-ジメチルフェニルカルボジイミド、ポリ(4,4’-ジフェニルメタンカルボジイミド)、ポリ(フェニレンカルボジイミド)およびポリ(トリイソプロピルフェニレンカルボジイミド)から選択される1以上を好適に用いることができる。
【0018】
カルボジイミド化合物の数平均分子量は、300以上であることが好ましい。数平均分子量を上記範囲にすることで、熱可塑性樹脂の溶融混練時や成形時に滞留時間が長い場合において、ガスや臭気が発生することを防ぐことができる。数平均分子量は、ポリスチレン標準サンプル基準を用いたゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定することができる。
【0019】
カルボジイミド化合物の配合量は、熱可塑性樹脂100質量部に対して、0.01質量部以上であることが好ましく、0.05質量部以上であることがより好ましく、0.1質量部以上であることがさらに好ましい。カルボジイミド化合物を熱可塑性樹脂100質量部に対して0.01質量部以上配合することで、確実に熱可塑性樹脂の耐トラッキング性を向上させることができる。上限値は、確実に熱可塑性樹脂の耐トラッキング性を向上させる点及び加工時のガスや臭気を防ぐ点から、20質量部以下、15質量部以下、10質量部以下、8質量部以下、5.5質量部以下、又は5質量部以下とすることができる。
【0020】
カルボジイミド化合物は、取り扱いを容易にするため、マトリックス樹脂中にカルボジイミド化合物が分散しているマスターバッチとして用いることもできる。マスターバッチとして用いる場合、カルボジイミド化合物の配合量が、耐トラッキング性を向上させる対象の熱可塑性樹脂とマトリックス樹脂との総量100質量部に対して上記した配合量となるように用いる。マトリックス樹脂の種類は、特に限定されず、例えば上記した熱可塑性樹脂から選択することができ、耐トラッキング性を向上させる対象の熱可塑性樹脂と同じ種類の樹脂であってもよく異なる種類の樹脂であってもよい。
【0021】
マスターバッチの調整方法は、特に限定されず、マトリックス樹脂とカルボジイミド化合物とを、通常の方法で混練して製造することができる。例えば、マトリックス樹脂及びカルボジイミド化合物を攪拌機に投入して均一に混ぜ合わせた後、押出機で溶融及び混練することにより製造することができる。
【0022】
(その他の配合剤)
本実施形態に係る耐トラッキング性向上方法において、本発明の効果を阻害しない範囲で、必要に応じて、熱可塑性樹脂に、無機充填剤、難燃剤、可塑剤、酸化防止剤、耐候安定剤、耐加水分解性向上剤、流動性向上剤、分子量調整剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤、着色剤(染料、顔料)、潤滑剤、結晶化促進剤、結晶核剤、近赤外線吸収剤、有機充填剤等の添加剤をさらに配合することができる。
【0023】
無機充填剤としては、ガラス繊維等の繊維状無機充填剤;シリカ、石英粉末、ガラスビーズ等の粉粒状無機充填剤;マイカ、ガラスフレーク等の板状充填剤等を挙げることができる。無機充填剤の配合量は、成形品の強度を高める点で、熱可塑性樹脂100質量部に対して、5~200質量部であることが好ましく、20~100質量部であることがより好ましい。
【0024】
難燃剤としては、臭素系化合物等のハロゲン系難燃剤や、リン酸金属塩、リン酸エステル等のリン系(非ハロゲン系)難燃剤など公知のものを用いることができる。またアンチモン化合物やトリアジン化合物等の難燃助剤を併用しても良い。なお、耐トラッキング性の観点では、ハロゲン系難燃剤よりも炭化し難いリン系難燃剤を使用することが好ましい。難燃剤及び/又は難燃助剤の配合量は、所望の難燃性に応じ適宜設定すればよいが、難燃性と機械的特性の両立の面では、熱可塑性樹脂100質量部に対して、5~50質量部であることが好ましく、10~30質量部であることがより好ましい。
【0025】
無機充填剤、難燃剤以外のその他の配合剤としては、従来公知のものを用いることができる。その他の配合剤の配合量は、熱可塑性樹脂100質量部に対して、0.01~20質量部であることが好ましく、0.1~10質量部であることがより好ましい。
【0026】
さらに、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性をより向上させるため、及び/又は他の特性(耐ヒートショック性、低反り性等)を付与するために、必要に応じて、熱可塑性樹脂にアロイ材を配合することもできる。アロイ材としては、熱可塑性エラストマー、コアシェルエラストマー、フッ素系樹脂、ポリオレフィン、ポリアミド等を挙げることができ、これらから選択される1以上を用いることができる。
【0027】
熱可塑性エラストマーとしては、グラフト化されていてもよい、オレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマー、ポリエステル系エラストマー等を挙げることができる。熱可塑性エラストマーの具体例としては、例えば、プロピレン-エチレン共重合体、エチレンエチルアクリレート共重合体(EEA)、エチレンエチルアクリレートとブチルアクリレート-メチルメタクリレートのグラフト共重合体(EEA-g-BAMMA共重合体)、無水マレイン酸(MAH)変性ポリオレフィン等を挙げることができる。
コアシェルエラストマーとしては、メチルメタクリレート-ブチルアクリレート共重合体等を挙げることができる。コアシェルエラストマーはシェルにグリシジル基等の官能基を有するものであってもよい。
フッ素系樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等を挙げることができる。
ポリオレフィンとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、環状ポリオレフィン、これらの共重合体等を挙げることができる。
ポリアミドとしては、ナイロン6(PA6)、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン66等を挙げることができる。
【0028】
アロイ材の配合量は、熱可塑性樹脂100質量部に対して、3~50質量部であることが好ましく、5~30質量部であることがより好ましい。
【0029】
さらに、熱可塑性樹脂の耐トラッキング性をより向上させるために、熱可塑性樹脂にエポキシ化合物を配合することもできる。エポキシ化合物としては、例えば、ビフェニル型エポキシ化合物、ビスフェノールA型エポキシ化合物、フェノールノボラック型エポキシ化合物、クレゾールノボラック型エポキシ化合物等の芳香族エポキシ化合物を挙げることができる。エポキシ化合物は、2種以上の化合物を任意に組み合わせて使用してもよい。エポキシ当量は、600~1500g/当量(g/eq)であることが好ましい。
【0030】
(配合方法)
熱可塑性樹脂に、カルボジイミド化合物及び必要に応じて添加する配合剤を配合する方法は、特に限定されず、従来の樹脂組成物調製方法や成形方法として一般に用いられる設備と方法を用いて容易に調製できる。例えば、1)樹脂成分及び他の各成分を混合した後、1軸又は2軸の押出機により練り混み押出してペレットを調製し、しかる後成形する方法、2)一旦組成の異なるペレットを調製し、そのペレットを所定量混合して成形に供し成形後に目的組成の成形品を得る方法、3)成形機に各成分の1又は2以上を直接仕込む方法等、何れも使用できる。また、樹脂成分の一部を細かい粉体として、これ以外の成分と混合して添加する方法は、これらの成分の均一配合を図る上で好ましい方法である。
【0031】
カルボジイミドをマスターバッチとして熱可塑性樹脂に配合する方法は、特に限定されず、熱可塑性樹脂を溶融混練する時に併せて投入し、均一ペレットとしてもよい。また、カルボジイミド化合物以外の成分を予め溶融混練等により均一ペレットとしておき、カルボジイミド化合物のマスターバッチペレットを成形時にドライブレンドしたペレットブレンド品を成形に用いてもよい。
【0032】
押出機により練り込みペレット化する場合、押出機中での樹脂温度(加工温度)は、用いる樹脂の種類に応じて適宜設定すればよいが、カルボジイミド化合物の分解による有害ガスや臭気の発生を防ぐ点から、350℃以下となるように押出機シリンダー温度を設定することが好ましい。押出機中での樹脂温度は、樹脂とカルボジイミドを十分に反応させて耐トラッキング性を発現させる点及び他の諸物性を発現させる点から、好ましくは200~330℃、さらに好ましくは230~300℃となるように押出機シリンダー温度を設定することができる。
【0033】
(比較トラッキング指数)
上記方法は、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数(CTI)を、500V以上に高める方法であることが好ましく、550V以上に高める方法であることがより好ましい。CTIが500V以上に高める方法であると、耐トラッキング性が優れた樹脂成形品を与える樹脂組成物を得ることができる。
また、上記方法は、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数(CTI)を、カルボジイミド化合物の添加前後の比[(CTI-2)/(CTI-1)]が1.10以上となるように高める方法であることが好ましく、1.15以上に高める方法であることがより好ましい。
【0034】
本明細書において、CTIは、IEC(International electrotechnical commission)60112第3版に規定される測定方法により求めることができる。具体的には、0.1質量%の塩化アンモニウム水溶液と白金電極を用いて測定される。より詳細には、この塩化アンモニウム水溶液を規定の滴下数(50滴)滴下し、試験片(n=5)の全てが破壊しない電圧を求め、これをCTIとする。
【0035】
(樹脂成形品)
上記方法によりカルボジイミド化合物が配合された熱可塑性樹脂は、耐トラッキング性に優れているので、その成形品は、耐トラッキング性が求められる用途に広く用いることができる。例えば、リレー、スイッチ、コネクタ、アクチュエータ、センサー、トランスボビン、端子台、カバー、スイッチ、ソケット、コイル、プラグ等の電気・電子部品、特に電源周り部品として好ましく使用できる。樹脂成形品を得る方法としては、特に限定はなく、公知の方法を採用することができる。例えば、上記方法によりカルボジイミド化合物が配合された樹脂を押出機に投入して溶融混練してペレット化し、このペレットを所定の金型を装備した射出成形機に投入し、射出成形することで作製することができる。
【0036】
[カルボジイミドの使用]
本実施形態に係るカルボジイミドの使用は、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数(CTI)を向上させるための、カルボジイミド化合物の使用である。上記使用は、熱可塑性樹脂のCTIを500V以上にするための使用であることが好ましく、550V以上にするための方法であることがより好ましい。
また、上記使用は、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数(CTI)を、カルボジイミド化合物の添加前後の比[(CTI-2)/(CTI-1)]が1.10以上となるように高めるための使用であることが好ましく、1.15以上に高めるための使用であることがより好ましい。
カルボジイミド化合物及び熱可塑性樹脂の種類等については上記のとおりであるからここでは記載を省略する。カルボジイミド化合物の使用量についても、上記したカルボジイミド化合物の配合量と同じである。
【0037】
[耐トラッキング性向上剤]
本実施形態に係る耐トラッキング性向上剤は、熱可塑性樹脂に配合されることにより熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数を向上させるためものであり、カルボジイミド化合物を含有する。
耐トラッキング性向上剤中のカルボジイミド化合物の含有量は、50質量%以上であることが好ましく、70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上、又は90質量%以上とすることができ、カルボジイミド化合物のみからなるように構成することもできる。耐トラッキング性向上剤は、上記した熱可塑性樹脂に配合してもよいその他の配合剤を含有していてもよい。その他の配合剤を含有する場合、その配合量は、合計50質量%未満、30質量%以下、20質量%以下、10質量%以下にすることができる。耐トラッキング性向上剤は、マトリックス樹脂中にカルボジイミド化合物が分散しているマスターバッチの形状であってもよい。マスターバッチとする場合のマトリックス樹脂の種類やマスターバッチの作製方法については上記のとおりである。
【0038】
耐トラッキング性向上剤の使用量は、カルボジイミド化合物の量が上記した配合量になる量とすることができる。
上記耐トラッキング性向上剤は、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数(CTI)を500V以上にすることができる耐トラッキング性向上剤であることが好ましく、550V以上にすることができる耐トラッキング性向上剤であることがより好ましい。
また、上記耐トラッキング性向上剤は、熱可塑性樹脂のIEC60112第3版に準拠して測定される比較トラッキング指数(CTI)を、カルボジイミド化合物の添加前後の比[(CTI-2)/(CTI-1)]が1.10以上となるように高めることができる耐トラッキング性向上剤であることが好ましく、1.15以上に高めることができる耐トラッキング性向上剤であることがより好ましい。
カルボジイミド化合物及び熱可塑性樹脂の種類等については上記のとおりである。
【実施例】
【0039】
以下に実施例を示して本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例により本発明の解釈が限定されるものではない。
【0040】
各実施例及び比較例において、表1に示す熱可塑性樹脂及びカルボジイミド化合物を、必要に応じて用いる配合剤(ガラス繊維、アロイ材、耐加水分解性向上剤、可塑剤、着色剤)とともに、表1に示す量(質量部)でブレンドし、30mmφのスクリューを有する2軸押出機((株)日本製鋼所製)を用いてシリンダー温度260℃で溶融混練し、ペレット状の樹脂組成物を得た。
使用した各成分の詳細は以下の通りである。
【0041】
(1)熱可塑性樹脂
PBT1:ウィンテックポリマー(株)製PBT樹脂(固有粘度:0.77dL/g、末端カルボキシル基量:28meq/kg)
PBT2:ウィンテックポリマー(株)製PBT樹脂(固有粘度:0.88dL/g、末端カルボキシル基量:12meq/kg)
PS:PSジャパン製PS樹脂「PSJ-ポリスチレン HF77」
(2)カルボジイミド化合物
芳香族カルボジイミド:ランクセス社製、スタバックゾールP-100(数平均分子量:約10000)
脂肪族カルボジイミド:日清紡ケミカル社製、カルボジライトLA-1(数平均分子量:約2000)
(3)ガラス繊維
GF1:日本電気硝子(株)製「ECS03T-127」(繊維径13μm)
GF2:日本電気硝子(株)製「ECS03T-127H」(繊維径10μm)
(4)アロイ材
アロイ材1:MAH変性ポリオレフィン(三井化学(株)製、NタフマーMP0610)
アロイ材2:プロピレン-エチレン共重合体((株)プライムポリマー製、プライムポリプロJ707EG)
アロイ材3:EEA(日本ユニカー(株)製、エチレン含有量75質量%、融点91℃)
アロイ材4:EEA-g-BAMMA(日油(株)製、モディパーA5300)
アロイ材5:グリシジル基不含コアシェル(ダウ・ケミカル日本(株)製パラロイドEXL2311)
アロイ材6:グリシジル基含有コアシェル(ダウ・ケミカル日本(株)製パラロイドEXL2314)
アロイ材7:PA6(宇部興産(株)製UBEナイロン1015B)
【0042】
(5)耐加水分解性向上剤
エポキシ化合物1:ビスフェノールA型エポキシ樹脂(数平均分子量:1600、エポキシ当量:925g/eq)
エポキシ化合物2:ビスフェノールA型エポキシ樹脂(数平均分子量:1300、エポキシ当量:720g/eq)
(6)可塑剤
ピロメリット酸アルコールエステル:ADEKA社製、アデカイザーUL-100
(7)着色剤
カーボンブラック:三菱ケミカル社製、三菱カーボンブラックMA600
【0043】
<評価:耐トラッキング性>
得られた樹脂ペレットを用いて、(株)日本製鋼所製射出成形機「J55AD 60H-USM」、スクリュー径Φ28mm)により、70×50×3mmの試験片を作製し、IEC60112第3版に準拠して、0.1質量%塩化アンモニウム水溶液と白金電極を用いて、試験片にトラッキングが生じる印加電圧(V:ボルト)を測定した。500Vを印加してトラッキング破壊が生じなかったものについては、25Vごとに印加電圧を上げて試験した際にトラッキング破壊が生じなかった最大の電圧を評価した。また、トラッキング破壊が生じたものについては「≦475V」として評価した。なお、比較例1と2については、500Vでのトラッキング破壊の発生を確認した後、印加電圧を25Vずつ下げて、トラッキング破壊が発生しない最大の電圧を評価した。結果を表1,2に示す。
【表1】
【表2】
【0044】
表1に示すとおり、本発明の各実施例1~6においては、500V以上の耐トラッキング性が得られており、カルボジイミド化合物の配合量を増すに伴い、耐トラッキング性が向上することが確認された。また、通常、芳香族化合物は脂肪族化合物よりも耐トラッキング性が不利になると考えられているが、予想に反し、芳香族カルボジイミドを用いた実施例3の方が脂肪族カルボジイミドを用いた実施例6よりも耐トラッキング性が高くなっていた。なお、カルボジイミド化合物の配合量を10質量部とする以外は実施例5と同一組成にした場合、臭気発生による作業環境の悪化が確認された。
表2に示すとおり、実施例7,8においては、耐トラッキング性を向上させるための他の添加剤を用いない場合でも、カルボジイミド添加前(比較例14)とのCTI比が1.15である。すなわち、カルボジイミド化合物添加前のCTI(CTI-1)とカルボジイミド化合物添加後のCTI(CTI-2)との比[(CTI-2)/(CTI-1)]を1.10以上にすることができた。
また、各実施例と参考例1,2との対比から、末端基にカルボジイミドとの反応性官能基を含む熱可塑性樹脂において特に耐トラッキング性を向上させることができることが新たに分かった。